──正妻戦争。たった一人の旦那を巡って複数の嫁候補同士が戦う殺し愛。ある者は愛の為、ある者も愛の為、またある者も愛の為。自らを真の妻として正妻の座に至る為に他者を蹴落とし、欺き、利用する。この世で最も醜く、それでいて儚く美しい醜美に満ちた激闘。
何故このような戦いが許されるのか? 全ては愛を得るが為、見初めた夫を自身の伴侶にする為、全てを賭して戦う。
彼が好きだから、彼を愛しているから、純粋過ぎる彼女達のそんな想いを、蔑む事は出来ても卑下にする事は許されない。
故に、自称嫁達よ。戦うが良い。己の誇りと愛(ラヴ)を賭け、たった一人の男と添い遂げる為に。
さぁ、正妻戦争の幕開けだ。
───ただ一言、くれぐれもヤンデレ(バーサーカー)化はご遠慮してください。あとリア充死ぬがよい。
「ふふ、いい加減諦めるがよい。さすれば貴様の命を助けてやると言うのだ。妾の慈悲をくれてやるというのだ。大人しく従うのが賢明というものだぞ?」
荒廃した大地。木々は枯れ果て、空は濁り、海が汚れ、街は滅び、この世の地獄が具現化した世界で美姫は微笑む。
その臀部に九つの尾を生やした彼女は正に神なる者。遙か古の時代からその存在を確固たる者にしてきた彼女の存在感は、今やただそこにいるだけで世界に破滅を齎すモノへと化していた。
美姫の唇から吐息が漏れる。それだけで世界は軋み、助けてくれと悲鳴を上げる。
そんな桁違いの神格を前にしているのは、どこにでもいるありふれた女子高生。ボロボロになったスカートを握り締め、美姫を睨むその姿勢はさながら魔王に立ち向かう勇者のソレだった。
「イヤ……です」
掠れた声で囀く彼女の零れた一言に美姫は耳と眉をピクリと跳ねらせる。
「私は、あの人が好きです。恋をしたいし、愛したいとも思っています。貴方のあの人に対する想いも知った。だから諦めたくない。負けたくないんです!」
ソレは、少女の心の叫びだった。最初の頃は彼を連れ出し、夜逃げ紛いな事をしでかした自分を心底後悔し、時には死にたくなった。
けれど、そんな自分を彼は許してくれた。大丈夫と、自分も謝るから一緒に帰ろうと。その言葉にどれだけ救われたか定かではない。
単純だが、彼女はそれだけで救われ、同時に心底願った。この人の物になりたい。この人と一緒に生きていきたい。
けれどそれを許さないとばかりに、次々と彼を狙う女性が彼を囲むように現れた。
彼と同じ先輩の堂坂、インドからの留学生ロニ、遙かローマから現れる自称皇帝キャロ、今をときめく絶唱の歌姫(聞いた奴は死ぬ)エリー。
自分と同じく前々から彼を狙っていた者。偶々見かけて一目惚れをしたもの。そんな誰もが超の付いた美少女の中で、田舎生まれの小市民の自分では適わないと、少女は悟った。
何度も諦めようと思った。彼の為に彼の幸せを望んで身を引こうと、何度も思った。
けれど、それは出来なかった。ただ女々しかっただけなのか、自分が思っていた以上に図太いのかは分からない。
けれど、彼女……生き分かれた筈の妹達からの言葉を聞いて、このままではダメだとも思ったことも確かだ。
彼女だって好きな癖に。彼の事を自分以上に想っていた癖に、彼女はそれを露にも出さずに言った。
叫べと。どんなに世界が許さなくてもそれでもと叫び続けろと。
人間だけが持つ神。内なる可能性という名の神を信じて。
だから、諦めたくはない。
既に万策は尽きた。皇帝の人間離れした剣技も、歌姫(滅)の歌も、僅か程度の効果しか出せず、目の前の神の前に力尽きた。
堂坂もロニもその神気を前にリタイア。彼の婚約者を名乗っていたお嬢様が九つに分かれた神の化身だと知るには、余りにも自分達は遅かった。
「……そうか。ならば語るまい。この街諸共消し飛び、それを我がダーリンとの祝砲の狼煙にするとしよう」
掌を天に掲げ、莫大なエネルギーの塊を生み出す。もはやこれまでと少女は諦めかけた。
───しかし。
「それでも!!」
少女は叫ぶ。叫びながら駆け出す彼女の行動に美姫は僅かに目を見開いた。
諦めたくない。それは、自分が惚れた男の根本たる姿だった。
少女の体に彼の姿が被る。そんな幻影を見た瞬間、美姫は今まで見たことのない憤怒の顔をさらけだし、大質量のエネルギーを放った。
「どうして、こんな事に………」
死闘を繰り広げる目の前の少女達を前に少年は嘆く。
皆、ホントはいい子で優しい子達の筈だ。それを歪めてしまったのは偏に自分の所為にほかならないだろう。
誰かが傷付くのは見たくない。可愛い後輩や同級生が傷付け合うのは見るに耐えなかった。
その結果がこれだ。中途半端な優しさで皆をその気にさせて、当の自分はなにも出来ずにただ傍観する事しか出来なかった。
その為にあのマーボー神(真名)の悪巧みにつけ込まれ、こんな悲惨な未来を作り上げてしまっていた。
そのマーボー神父は既に高飛びしている。去り際の『愉悦サイコー』と書かれた風呂敷が癪に障り、神父にローキックをかました自分は悪くない。
このままでは殺し合いになってしまう。どうにかしなくてはならないのにどうしようもない。そんな無力を噛みしめる彼の所に……。
「ふん、ならばその願い。我が叶えてやろう」
一匹の猫(?)が自分の前に現れた。
余りにも場違いな組み合わせだった。荒廃した世界に黄金に輝く猫モドキ。それはさながら神の使いにも思えた。
「神如きと同列に扱うなよ雑種。我の名はギルベェ。雑種よ。我と契約し我のモノになり魔法少年と成るがいい。さすれば、貴様の願いを一つだけ叶えてやろう」
色々言いたい事は多々あるが、それでもある一言が気になった。……願いが叶う?
もしそれが本当なら彼女達を止める事ができるかもしれない。
「当然だ。だがしかし。あそこまで事態が発展しては止める方法は一つしかない。雑種……いや
キジナミよ。全てを捨てる覚悟はあるか?」
ジッと見つめてくるギルベェの赤い瞳。一瞬だけ戸惑ってしまうが、戦う彼女達の姿を思い出し迷いは完全に消え去った。
あぁ、交わそう。その契約!
「良い覚悟だ」
瞬間。世界はまっさらな光に包まれた。
「あ、あれ? 私、一体なにを?」
「んー?」
荒廃した街中で、呆然と佇む二人の少女達。何が何やら分からずじまいの彼女達は混乱になりながらも側で倒れていた複数の少女達と共にその場から去っていく。
去り際に見えた彼女達の横顔は、混乱しながらも笑顔になっていた。まるで憑き物が落ちたかのように。
「……いいのか?」
「あぁ、おかげで決心が付いた。行こうギルベェ。俺達の戦いはまだ始まってすらいないのだから」
少年に関する記憶を全て失った彼女達にはきっとこの先素敵な異性と対面する時が来るだろう。
自分がいるから彼女達が争う。ならばその元凶たる自分が消えればいいと彼は願った。
後悔はしない。してはいけない。既に自分は人間ではない。後悔の時間など存在しない。
……だが。
「泣くのは、今回限りだぞ」
せめて祈ろう。この先の彼女達の人生が幸福であることを願って。
どきどきクリティカル~正妻戦争編~ 完。
…………なぁにこれぇ?
「フハハハ! 見たか雑種! これが我が作り出したドラマの完成形よ! 既に次回作である『魔法少年リリカルはくのん』の制作が決定されておる! 存分に楽しみにしているがいい!」
病室で高々と笑うギルガメッシュに自分はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。
あと、後にアーチャーから聞いた話だと、あのDVDを見せたウチの住居人達が軽くハルマゲドンで大変だったとか。
今度胃薬買ってあげよう。そう心に決めた岸波白野でした。
これでホントに今年最後の更新となります。
来年も宜しくおねがいします。