それ往け白野君!   作:アゴン

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闇の中で……

 

 

 クリスマスイヴ。その日、少女は穏やかな幸福の時間を過ごす筈だった。小さく、儚く、けれど家族と過ごすその時間だけは確かな幸せに包まれる。そう───その“筈だった”。

 

闇の書に深く眠っていた“彼女”は、主である八神はやての願いの下、ナハトヴァールに侵食されるまでの最後の時間を使い、その願いを完遂させる為に行動する。

 

───の、だが。

 

「この引きこもりがぁぁ! 今更しゃしゃり出て人の夫を呑み込むとか何様のつもりだわりやぁぁっ!?」

 

「落ち着きなさいキャスター! アンタ、キャラの崩壊がエンラい事になってるわよ!?」

 

「幾つもの人気よりたった一人の若奥様になることこそが我が願いィィ、キャラ崩壊なんぞ知ったことかぁぁっ!」

 

「江頭か!?」

 

「くっ、よくもふざけた真似を!」

 

 眼下で吠える狐の様な耳と尻尾を生やしている少女を睨み、彼女は蹴られた尻をさする。

 

その光景を黒い縄から脱出したなのはとフェイトとはどうしたものかと悩む。先程まで………いや、実際今も緊迫した状況なのだが、涙目でお尻をさする彼女と、ビルの屋上で未だに何かを叫んでいるキャスターを前に、どうも緊張感を感じ取れない。

 

ひとまず、声を掛けて話を戻そうとするなのはだが。

 

「────どうやら、今この場で最も危険な存在はお前のようだな」

 

「はぁん? 私が危険? んなの当たり前だっつーの。ご主人様のピンチにはいつもこのタマモ、常にレッドゾーンに向かってフルドライブですから。つーか、いい加減マスター返しやがれ」

 

 銀髪の髪を靡かせて彼女はキャスターを睨む。その鋭い眼差しを真っ向から睨み返しながら、キャスターはコメカミに青筋を浮かべて岸波白野を返せと脅す。

 

しかし、そんなキャスターの言葉など耳にせず、彼女は手元にある闇の書を手に取り、その本を開く。

 

「今はお前の様な不確定要素を相手する暇はない。………悪いが、出て行ってもらうぞ」

 

 ペラペラと頁を開く度に闇の書からは眩い光を放ち、キャスターの足元には彼女を包み込むように輝く方陣が現れる。

 

「これは……転移の陣!? 勝てる見込みのない相手には即撤退とか、それはこっちの専売特許なのに! おのれぇ、覚えてろよこの古本────!」

 

 恨み言を吐きながらのご退場、らしいといえばらしいキャスターの退場に凛は苦笑いを零す。

 

だが、笑ってばかりもいられない。キャスターという貴重な戦力を失ったのは大きいし、何より未知数の怪物が相手なのだ。あの二人の魔導師がどれほど強力な力を持っていたとしても、目の前の存在には霞んで見える。

 

何故なら、あの存在はシグナム達が狩り続けたリンカーコア………即ち膨大な魔力量を内封した化け物なのだ。その魔力量はいち人間………いや、一個の生命体が持てる限界を振り切り、今や嘗てのBBと同じ巨大構成体(ギガストラクチャ)になりつつある。

 

「ランサー、いける?」

 

「とぉぜん、今宵はクリスマスイヴだし、聖夜祭に向けての一足早いコンサートといこうじゃない」

 

隣にいるサーヴァントに言葉を投げつけ、そのサーヴァントも当然いけると豪語してくれた。

 

その言葉に頼もしさを感じつつ、宙に浮かぶ銀髪の女性を睨みつける。

 

「お前達に罪がないのは分かっている。だが、我が主はこの日の惨劇を無かった事にして欲しいと望んだ。故に………」

 

 轟っ! 六つの黒い翼を広げ、銀髪の女性はその紅い眼光を凛とランサー、そしてなのはとフェイトに向け。

 

「その原因たるお前達を……消さねばならない」

 

 瞬間、世界は崩壊する。

 

地面から立ち上った幾つもの炎の柱、一棟丸々浮かび上がったビル群、その通常なら有り得ない光景はさながら終末を迎えた世界そのものだろう。

 

「これは……異界化? しかもこれほど大掛かりの異界化とか、デタラメにも程があるわね」

 

 背筋に冷たい冷や汗が流れる。改めて思い知る相対する彼女の底知れぬ力に凛は少なからず絶望を感じた。

 

(けれどこの程度の窮地、乗り越えなければアイツに笑われるってね!)

 

 今頃、取り込まれた彼は彼女の中で必死に取り込まれないよう足掻いている頃だろう。ならば、自分に今出来る事は……。

 

「ちょっと! そこのちびっ子達!」

 

「ふぇっ!?」

 

「わ、私達の事?」

 

「そう! アンタ達のどちらでもいいから時空管理局の連中と連絡取れない?」

 

 此方の戦力が増えるまで、どうにか持ち堪える他ない。そして願わくば……。

 

「ったく、マスターがピンチだってのに、他のサーヴァント達は何やってんのよ!」

 

 岸波白野が言っていた残り三体のサーヴァント。彼らの登場に期待を寄せながら──。

 

「闇に───沈め」

 

「ちぃ、ランサー!」

 

「お任せってね!」

 

 迫り来る怪物を相手に、盛大に火花を散らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────暗い。

 

何も見えず、何も感じず、ただ“黒”しかないその空間。

 

闇と呼ぶに相応しい虚構の空間で、どうにか自我を保ち続けていた自分は今何がどうなっているのか、頭の中で整理する。

 

はやてちゃんのお見舞いに向かい、キャスターに彼女の容体を看て貰い、凛とメルトリリスを交えて今後の話をして、何故か戦っていたシグナム達となのはちゃん達の間を割って入り………それから、あの奇妙な蛇が現れて黒い渦に呑み込まれたのだった。

 

 ………これで、自分という存在が認識出来なくなってきた度に行う脳内整理は五度目である。

 

我ながらしぶといと、内心で苦笑する。

 

だが、行けども行けどもこの暗闇からは抜け出せる気配はない。

 

終わらない闇。その所為か自分という存在は認識出来ても歩いている感覚は極めて薄くなっている。

 

このままでは六度目の自我を守る為の脳内整理を行われるのも時間の問題かと、ほとほと困った時。

 

ふと、前方に黄色い点の様なものが見えた。

 

見間違いかと思ったがそれは違うと直ぐに頭で否定する。ここは闇。終わる事はあっても変わることのない………正しく悪夢の世界だ。

 

だが、事実としてあの黄色い点は存在している。このどこまで行っても闇しかない世界に一つの異物を目にした事で、岸波白野は己を今までよりはっきりと認識し、黄色い点を目掛けて走り出した。

 

どれだけ走り続けただろう。初めは豆粒のように小さい点だったソレは徐々に輪郭を帯びて、やがては一つの形となって自分の前に鎮座している。

 

黄色い点だったソレは、髪だった。

 

長い長い髪、地面に着くまで延びきった黄金色の髪。

 

今まで黄色い点と認識していたソレは、小さな子供位の背丈の後ろ姿だった。

 

一体誰だろう? そう疑問に思った自分は目の前の人物に声を掛けようと────

 

「貴方は……誰?」

 

───する前に、その人物は自分に名前を尋ねながら此方に振り向いた。

 

少女だった。まだ幼い……はやてちゃんやなのはちゃん達よりも一回り程小さい………女の子。

 

 純粋な眼差しを受け、彼女に自分の名前を名乗った。

 

「俺は岸波白野。君は……誰なんだい? 何故こんな所に?」

 

気になって此方も聞き返してみる。ここは闇の書、ならばこの少女は闇の書に関するナニかだとは思うが……。

 

すると少女は一瞬だけ困った顔をして、けれど次の瞬間には氷の様な……感情を無くした能面みたいな表情になり。

 

「私は……システムU─D」

 

 システム……U─D? 名称からして闇の書のプログラム……それも高性能AIのようなものだろうか?

 

こんな幼い少女が闇の書のAIとは……その性能さは自分には計り知れないが、ここで出会えたのは寧ろ幸運だ。彼女にお願いすれば闇の書とはやてちゃんの繋がりを断てるかもしれない。

 

 そう思った自分は彼女に近づき、闇の書の事について相談しようと……一歩前に出た時だ。

 

「ゴメンナサイ」

 

…………へ?

 

「私に出来るのは……ただ壊すだけだから」

 

 瞬間、自分の躯に何かが巻き付く。見れば自分の躯にはあの時の蛇が幾重にも重なって自分の躯を縛り上げていた。

 

全身の言うことが利かない。魔力回路を総出で出力を上げているが、まるで抜け出せる気配がない。

 

「私には何も出来ない。だから、せめて闇の底で……微睡みの中で眠って下さい」

 

 そう言って自分を押し出すように掌を向けて、少女は言った。

 

“ごめんなさい”と。

 

それは、贖罪。決して許されない自分(U─D)に対してと、これから消えゆく自分(白野)に大して出来る最大の謝罪。

 

だというのに、その瞳は……涙で溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「闇に……沈め」

 

「さっきから毎度毎度、それしか言えないんかアイツは!」

 

 降り注ぐ魔力弾の雨の中、ビルや遮蔽物を駆使して避け続けながら凛は今も頭上でふんぞり返っている銀髪女に愚痴る。

 

時には車を遮蔽物代わりに、時には隣で走るランサーを頼りに逃げ回る彼女の姿は、どことなく岸波白野に似ている。

 

「ランサー、アレなんとか撃ち落とせないの!?」

 

「何言ってるのよ凛、私はランサーよ? アーチャーの真似事なんて出来るわけないじゃない」

 

「だったら翼! あんた仮にも竜の娘でしょ!? バサァッと翼を広げて飛べないの!?」

 

「出来たらとっくにやってるわよ!」

 

ぎゃあぎゃあと言い合う二人、悔しいが状況は此方に圧倒的不利な方へと傾いている。そもそも、空を自由自在に飛行する敵を相手にする事自体二人には初めての経験なのだ。

 

幾ら槍を振っても、どんなに物を飛ばしても、思うがままに空を駆ける彼女には当たる事すら満足に出来ない。

 

だが、このままやられっぱなしでいられる遠坂凛ではない。

 

 ふと、手に握りしめた幾つもの宝石を見る。そのお守り代わりで手にしている宝石は彼女が日雇いバイトを経験しながらコツコツと溜めた汗と涙の結晶。

 

一瞬、ほんの一瞬だけ使うか躊躇するが、そうも言ってられないのが今の現状だ。

 

「出し惜しみしてる場合じゃないわね。ランサー、私達で何とか隙を作るからアンタはその隙をついて組み付いて! アンタの怪力なら流石のアイツだってダメージは通るでしょ!」

 

「了解よ凛。───そんじゃあ!」

 

 今まで逃げ足だった二人は足を止め、銀髪女と向かい合う。凛は宝石を握りしめ、ランサーは───。

 

「ふんぐぉぉぉぉぅっ!!」

 

丁度ソコにあった巨大デコトラを持ち上げ──。

 

「ふんっ、ぬらばぁぁっ!!」

 

宙に浮かぶ銀髪女に向けて、巨大デコトラを投げつける。

 

その可憐な見た目とは違い、馬鹿げたランサーの怪力に一瞬だけ銀髪女は目を見開くが、所詮は一直線に飛来する物体。彼女は横に移動して軽く回避しようとするが。

 

「ガンドッ!」

 

凛の指先から放たれる黒い弾丸がデコトラのガソリンタンクを射抜き、デコトラは銀髪女の爆発に巻き込まれる。

 

盛大な花火に巻き込まれ、一瞬銀髪女の視界全てが爆炎に包まれていく。

 

「ちっ、小癪な」

 

 舌打ちを打ち、今の一連の動作を小癪と断ずる。慢心とも取れる言動だが、彼女にはそれを言わしめるだけの力があった。

 

至近距離で爆発したにも関わらず、無傷でいられるその耐久性………いや、障壁の頑強さはもはや規格外のレベルに達している。

 

あれを抜くには至近距離……ないし零距離からの強力な一撃か、若しくはあの障壁を撃ち抜く程の攻撃を浴びせ続けるしかない。

 

どちらも殆ど無理無謀と言っていいほどの難易度だが、やらなくては始まらない。

 

故に。

 

「今よちびっ子!」

 

「はい!」

 

「了解!」

 

 凛の合図と共に今まで潜んでいたなのはとフェイトがそれぞれビルの屋上から姿を現す。

 

手にした杖を掲げ、銀髪女に突きつけると黄色いキューブと桃色の縄が彼女の動きを止めようと拘束する。

 

「今よランサー! 盛大にやっちゃって!」

 

「分かってるわよ凛。さぁ、盛り上げていこうじゃない!」

 

 拘束から逃れようともがくが、解く度になのはとフェイトが逃さないと更なるバインドを追加する。

 

すると槍を掲げたランサーがその槍を銀髪女に向けて勢い良く投擲する。

 

串刺しにすると言わんばかりに向かってくる槍を前に、左手だけを拘束から解かれた銀髪女は掌を槍に向けて障壁を展開する。

 

 黒く塗りつぶされた三角形の障壁。何度も此方の攻撃を防いできた強固の壁を前に、やはり通らないかと思われたが。

 

「まだ終わりじゃないわよ!」

 

 浮遊するビル群、或いは崩壊した足場を使ってランサーは銀髪女へと接近し、助走を付けての跳び蹴りをぶちかます。

 

ただでさえ力の乗った槍に更なる力を加えられた事により、銀髪女の障壁に僅かな亀裂が生まれ───。

 

「イッちゃいなさい!」

 

 遂に障壁を砕き、銀髪女の腹部へ深々と槍を突き刺した。

 

そして更に、追撃とばかりに槍を銀髪女から引き抜き。

 

「サービスよ、受け取りなさい!」

 

 ランサーは横凪に尻尾を彼女に叩きつけた。痛烈な二撃を受け、宙に身を投げ出す銀髪女、そこへ逃がさないとばかりに杖の形状を変えたなのはとフェイトが、それぞれ狙いを付けて……。

 

「ディバイン───」

 

「サンダー………」

 

「バスターッ!」

 

「スマッシャーッ!」

 

 特大の魔砲の一撃を叩き込まれ、黄色い閃光と桃色の奔流に呑まれた銀髪女は幾重ものビル群ごと貫かれていく。

 

遙か彼方まで吹き飛んだ銀髪女に、流石にダメージが通っただろうと確信する凛は握り拳を作り小さなガッツポーズを見せる。

 

が、しかし……。

 

「今のは少し利いたな。流石は守護騎士達と互角の力を持つ者達だ」

 

 所々に傷跡は見えても、さして利いた様子のない銀髪女が翼を広げて舞い上がる砂塵の中から姿を現す。

 

「……冗談でしょ? 今ので擦り傷程度とか、どんだけの耐久力してんのよ!」

 

「仕方ないわね。凛、宝具を解放するわ! 子リス達、もう一度やるわよ!」

 

「わ、分かりました!」

 

「頑張ります」

 

「いい子ね、素直な子リスは大好きよ」

 

 手応えのあった攻撃なのにまるで利いた試しのない目の前の怪物に、流石の凛も戦慄を感じる。

 

だが、まだこちらの手が尽きた訳でもない。ランサーの奥の手である宝具を開帳すれば、まだ可能性は充分にある。

 

 しかも嬉しい誤算にあの二人のお子様魔導師は相当の力をまだ秘めている。これらを全て出し切れば倒せないまでもほぼ確実に動きは止められる。

 

仮に機能停止をさせられなくても異変を感じ取れた管理局の人間が助勢に駆けつけてくれるだろうし、あとは数の暴力で以てごり押しで状況を進められる。

 

(いい流れね。後は白野君をどう助けるかによるけれど……流石に纏めて吹き飛ばす訳にもいかないか)

 

 と、取り込まれた岸波白野の事まで考えられるだけの余裕が生まれた時。

 

「まさか、この程度で私に傷を付けたと本気で考えているのか? ならば今すぐその甘い認識は捨てた方がいい」

 

『reparare』

 

 銀髪女が闇の書を片手にページをめくると、闇の書は煌びやかな輝きを放つと同時に瞬く間に彼女の傷を回復していく。

 

その様子を見てしまった凛達は回復能力すら併せ持つ彼女に、嫌な物を見たように表情を歪める。

 

「我等の守護騎士達が身命を賭して集め、そしてその身を差し出して完成させた魔導書だ。お前達に破られる道理は……ない」

 

「身命? は、こっちの言うことなんて全然聞きもしない連中が勝手に集めただけの古本が、えっらそーに語ってるんじゃないわよ」

 

「………何?」

 

 身命、そして文字通り身を変えて闇の書を完成させたシグナム達。それを嘲笑い、貶すような口振りの凛に銀髪女の声が自然と低いものになる。

 

「お前に何が分かる。日に日に命を消えていく主を、ただ眺める事しか出来ないでいた我等の苦悩が」

 

「確かにはやてがああなるまで気付かなかった私が言えた事じゃないわ。けどね、アンタ達ははやてを助ける事だけを頭になかった所為でもっと基本的な事を忘れてたのよ。人に頼るって当たり前の事をね」

 

「………我等の主は他人に迷惑を掛けるなと仰った。誰にも迷惑を掛けず、闇の書を完成させるにはこれしかないと───」

 

「だからバカだって言ってんのよこの駄プログラム!」

 

 銀髪女……いや、官制プログラムの言い分にとうとう我慢出来なくなった凛が、声を荒げて罵倒し始める。

 

「誰かの迷惑? んなの生きている内は誰だって誰かに迷惑かけてるもんだっての! 私はどうよ! 年上の癖に未だにはやての家で厄介になっているしよーもない女よ! つーか既にアンタ達は多くの人に迷惑掛けていること分かってる!? 主の願いだって言い訳にして現実逃避してんじゃないわよこのバーカ!」

 

 ボコボコである。フルボッコである。今まで何かとシグナム達に対し思う所のあった凛はここぞとばかりに爆発させて管制プログラムに八つ当たりをする。

 

その光景になのはは「うわぁ」と軽く引いており、フェイトはどうしたものかとオロオロしている。

 

「……ねぇ凛、私が言うものなんだけどあんまり癇癪は起こさないものよ。色んな意味で鬱になるから」

 

「ほっとけ!」

 

ランサーからの指摘に顔を真っ赤にさせる凛。一方の官制プログラムは……。

 

「だが、事態がこうなってしまっては最早私ですら止められない。残された時間を我が主に捧げると誓ったのだ」

 

 凛の言葉は届いてないのか、官制プログラムはその手に力を込め。

 

「お前も……眠れ」

 

凛に向かって一直線に急降下してきた。

 

「させるもんですか!」

 

当然。彼女のサーヴァントたるランサーが間に割ってはいるが───。

 

「どけ」

 

「っ! これ、さっきの子リス達の……きゃっ!」

 

 先程、管制プログラムを縛り上げたバインドが、ランサーの動きを封じ、身動きの取れなくなった彼女に回し蹴りを浴びせて吹き飛ばす。

 

「ランサー! 何これ、体が!?」

 

何度も地面をバウンドし、崩落したビルの中へ叩きつけられたランサー。彼女の下へ走ろうとする凛だが、思うように体動かない事に目を見開かせる。

 

 目の前に翳された開かれた闇の書、あれが自分を取り込もうとしているのだと凛が悟ったとき。

 

「危ない!」

 

黄色い閃光となったフェイトが、凛を弾き飛ばす様に割って入ってきた。

 

フェイトの体当たりにより吹き飛びされた凛、しかし彼女のお陰で闇の書に取り込まれる事はなかったが……。

 

「フェイトちゃん!」

 

「っ!?」

 

 なのはの叫びに振り返ると、凛の瞳には自分に代わり闇の書に取り込まれるフェイトの姿が映し出されていた。

 

「お前には、心の闇が潜んでいるようだな」

 

「あ、ああ……」

 

「我が闇の書の中、永劫と刹那の狭間で眠り続けるがいい」

 

 バタンッと、本が閉じる頃にはフェイトの姿は完全になくなり。

 

「お前達も、安らかに眠るといい」

 

「こんの……駄々っ子がぁ!」

 

 平然と平気な顔をしている官制プログラムに、凛は額に青筋を浮かべ、怒りを露わにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、憎しみの連鎖だった。

 

 それは、悲しみの連鎖だった。

 

こんな筈じゃなかったと、力に呑み込まれ、消えていった嘗ての闇の書の主達……。

 

いや、本当はそんな名前じゃなかった。ただの記録、魔導の歴史を記すだけしかなかったその魔導書は一人の悪意によってその力を全く別の物へと変質させた。

 

呪い、奪い、壊し、消す。『  』と呼ばれた魔導書はいつしか死と呪いをまき散らす害悪となり果ててしまい。

 

数多の主と命を奪い、破壊と死を振りまいていった。

 

止めてくれ、 死にたくない、 殺してくれ、死なせてくれ、なんで自分が、もういやだ、力なんて望むなんじゃなかった。

 

力を求めた者がいた。願いを叶えたい者がいた。或いは闇の書そのものすら知らない者もいた。

 

優秀な力を持った魔導師がいた。覇を唱える王がいた。誰かの為にこの力を使おうとする者がいた。

 

欲望のままに力を奮った者がいた。闇の書から逃げようとする者がいた。

 

千年にも及ぶ時の中、様々な主と人と関わり合いになった闇の書だが、その結末を変えるものは一人として現れなかった。

 

 闇の書に呑まれた誰もが呪い、叫び、死んでいった。ここにあるのは全てその掃き溜め。

永い時の中で蔓延る“負”は、もはや呪いではなく怨念の類へとその性質を変化させていった。

 

“この世、全ての悪”とは別の負。それが闇の書の中に溜まりに溜まった膿の正体。

 

呑み込まれていく。この負の海に……。

 

どんなに足掻いても、もがいても、この掃き溜めの海に溺れるだけで…………

 

岸波白野は……もう

 

 

 

 

何も────できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『助けて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コエ、が……聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえた。

 

この掃き溜めの中で、薄暗い闇の中で、それは聞こえてきた。

 

まるで掠れた声、何かの雑音なのではと疑ってしまいそうな声。

 

だが、その言葉にはこれ以上無いほどの“願い”で溢れていた。

 

この負の凝縮された世界でただ一言、その言葉を聞いた瞬間、自分は再びもがき始めていた。

 

無意味だと、無駄だと、諦めろと、世界がそう語りかけてくる中で自分は無様にも足掻き続けてきた。

 

今の自分に何が出来る? サーヴァントもいない、ただの魔術師にすら劣る自分が、足掻いた所で何になる?

 

 そうだ。その通りだ。自分はセイバー達の力がなければ何も出来ない半人前以前の未熟な人間だ。

 

力がない/だが、それはいつものことだ。

 

悪足掻きだ/寧ろそれは褒め言葉だ。

 

どんなに無力でも、意味のない行動でも、前に進んで歩き続ける。

 

それが岸波白野が自分の魂に刻み込んだたった一つの誓い。

 

だから足掻く、だからもがく。

 

苦しくても、どんな痛みを伴おうと、その声に向けて進み続ける。

 

だから……そう、だからこそ。

 

手を伸ばさずには─────いられない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マスター岸波白野。クラス“セイバー”を選択。承認します』

 

『いきなり騎士王を引き当てるとか、相変わらずもの凄いガッツですね。先輩は……けど、これで漸く私も全力を出せるってもんです。さぁ! やっちゃいますとしますか!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまでも暗闇に包まれた世界で、俺が手にしたのは────

 

光り輝く、黄金の剣だった。

 

 

 

 

 




はてさて、今回色々ぶっ飛んでいますが岸波白野の活躍にご期待下さい。


PS
岸波君って、意外にも王様系の英霊とは相性がいいんじゃないだろうか?
騎士王とか征服王とか。

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