それは、ほんの数分間の出来事でした。
私の大切な友人の一人であるすずかちゃんの提案の下、私とフェイトちゃん、アリサちゃんの四人ですずかちゃんの友達のお見舞いにする事になりました。
事前にすずかちゃんが連絡してくれた事もありはやてちゃんとはすんなりと出会えて、そしてはやてちゃんのご家族らしい遠坂凛さんとエリザベートさんとご挨拶をした後、いよいよプレゼント!
まだ小学生である私達ではお小遣いを出し合ってウチのお店のケーキを買うので精一杯。
で、でもでも、味は確かだから大丈夫の筈!
そんなちょっぴり不安な私の気持ちを、はやてちゃんは飛びっきりの笑顔で受け入れてくれました。
ああ、この子も良い子なんだなって、この時私は流石すずかちゃんのお友達だなと嬉しくなったのです。
恐らくそれは、アリサちゃんもフェイトちゃんも同じ。新たに知り合えた友達にこれからの事をお話しようとすると………。
「さて、それじゃあ可愛いらしい子リス達が集まった所で、一つ私の歌を聴かせて上げようじゃない」
席を立ったエリザベートさんがそう言うと、凛さんは「知り合いと待ち合わせがあるから失礼するわね」と言って病室から逃げるように後にして。
はやてちゃんも心底申し訳なさそうな顔をした後、エリザベートさんに気付かれないよう千切ったティッシュを耳栓の様に耳に詰め込みました。
はやてちゃんのおかしな行動を疑問に思っていると………。
「ではまず最初の一曲、『恋はドラクル』! 私の歌を聴きなさい!」
個室で防音設備もされているらしいから、多少は騒いでも大丈夫。そうはやてちゃんの担当医から聞かされていた私達はノリノリなエリザベートさんを止めようとせず、ちょっと面白い人だなと、一体どんな歌を唄うのだと呆れ半分楽しみ半分で耳を傾けると……。
「恋はドラクル~♪(朝は弱いの)優しくしてね~、目覚めは深夜の一時過ぎ~♪」
そこからの記憶は……あんまりはっきりしない。
なんだかその後、他の人もはやてちゃんのお見舞いに来ていたみたいだけど、その辺りの記憶も曖昧で側でフェイトちゃんが必死な顔で私を揺さぶっていた事位しか思い出せない。
その後、意識を取り戻した私が最初に見たのは……。
「…………」
怒るべきか、同情すべきか、そんな微妙な感情を表情を浮かべたヴィータちゃんが目の前にいた。
そして辺りを見渡すといつの間にかすずかちゃんとアリサちゃんや、凛さんやエリザベートさんの姿は見えず、この場にいるのは守護騎士の皆さんとはやてちゃん、そして涙目で抱きついてくるフェイトちゃん。
そんな私達をシグナムさん達がヴィータちゃんと同様、なんとも言えない表情で此方を見ていた。
………あれ? なにこの空気。
そしてその後、漸く私ははやてちゃんが闇の……夜天の書の主なのだと知ることになるのでした。
というか、どうして私気を失ってたんだろう?
◇
ども、みなさん。少し早いですがメリークリスマス。
最近はもうめっきり寒くなり、厚手の上着やコートなどが手放せなくなってきています。
実際、ここ海鳴病院の屋上に来た直後は肌寒い空気が刃のように突き刺していました。
え? なんで過去形かって? ………それはですね。
「悪魔で……いいよ。話を聞いて貰えるなら、悪魔だっていい!!」
燃え盛る炎を前に、めっさ暑い思いをしています。
いやー、季節的に寒くてもやっぱり近くで焚き火をすれば暖かいものなんですねー。
『白野、気持ちは分からない事もないけれどそろそろ現実を見つめなさい。このままでは流れ弾に当たる危険性が出てくるわよ』
冷ややかなメルトリリスの言葉に我に返る。
………うん、取り敢えず言いたいことは一つだけ。
何やってんのアンタらぁぁぁぁっ!!?
「むっ! お前は?」
「岸波君!?」
「岸波!?」
「白野さん!?」
「さっきの……!?」
自分の叫びにヴィータちゃんの除いた面々がそれぞれ驚愕を露わにしながら此方に振り返っていた。
大声を叫んだ為に幾分冷静さを取り戻した自分は落ち着きながら辺りを見渡す。
騎士甲冑を纏うシグナム達と法衣らしき格好をしたなのはちゃんとフェイトちゃん、それぞれ手にした武器を見る限りどうやら彼女達は互いに敵対関係にあるようだ。
……いや、正しくは違うのだろう。シグナム達は兎も角フェイトちゃんの瞳は敵対者の目じゃない。言葉が通じず悪戦苦闘する外国人のようだ。
なのはちゃんは……うん、なんか据わった顔付きでヴィータちゃんと対峙している。
ヴィータちゃんはヴィータちゃんで親の仇を見るような目つきでなのはちゃんを睨んでいるし、かなり複雑な事情があると見た。
ひとまず、一番話の分かりそうなシャマルさんに話を聞くことにする。
………何があったんですか?
「…………」
「お前には、関係ない」
黙したシャマルさんに代わり、シグナムが突き放す様に言い放つ。
そう、関係ない。彼女達が対立しているのは自分には何の関係もない。
本来ならこうして間に割って入ることもなく、見て見ぬ振りをすれば良かったのだ。
………だが、岸波白野には最初からそんな選択肢は存在しない。
知り合い同士が戦っているのを黙って見過ごす程、自分は鈍感ではない。
故に、冷たい眼差しを向けてくるシグナムを真っ向から見据えて。
「………関係なら、ある。そもそもはやてちゃんを放っておいて何やってるんだアンタらは?」
「…………」
その言葉にシグナムの目が一層鋭くなる。
お前に言われる筋合いはない。そんな事は分かってる。目障りだ。消えろ。等々………。
そんな拒絶に満ちた眼光が岸波白野を射抜く。
正直、その眼光に恐れを感じていた。だが、それ以上に彼女の追い詰められた瞳が気になった。
シグナムだけじゃない。シャマルさんもヴィータちゃんも、そして今はここにいないザフィーラさんも、死に着実に向かっているはやてちゃんに何も出来ないでいる自分を責め続けていた事だろう。
それが強迫観念に近い状態に陥り、自身を追い詰め、誰の言葉にも耳を傾けられなくなっている。
だが、だからと言って言葉をかけ続けるのを諦める訳にはいかない。喩え届かなくても気持ちを言葉に乗せて吐き出せなければ永遠に互いを分かり合う事なんて出来ないのだから。
「こんな事をして、はやてちゃんが喜ぶと本気で思っているのか?」
「………黙れ」
「凛やエリザベートもいるのに、どうして誰も頼らない?」
「それ以上、近付けば……斬る」
一歩ずつ、ゆっくりだがシグナムとの距離を縮めて往く。
此方に切っ先を向けているシグナム。一切揺るぎはせず、その言葉通り近付けば迷い無く切り捨てるだろう。
だが、それでも自分の歩みは止めない。止めてはいけない。
何故なら……。
「誰かに迷惑を掛けるのが嫌なのか? それははやてちゃんが言った言葉だからか?」
「黙れ───っ!」
こんな苦しんでいる友人を見過ごすなど、何より自分自身がそれを強く拒否しているからだ。
「もしそうだとしたら……きっと君達は意味を履き違えている。はやてちゃんが言いたかったのは迷惑を掛ける事よりも───」
「煩い……」
一歩、また彼女に近付く。
その度に剣を握り締めた手が、カタカタと静かに揺らいでいた。
決意に満ちた瞳が、後悔と呵責に滲み出始めていた。
やがて、彼女の間合いへと入り込み。
「誰かに打ち明けて、悩みを吐き出して欲しかったんじゃないのか?」
「煩い!!」
叫びを上げると共に、シグナムは手にした剣を自分に向けて振り下ろした。
瞬間、鋭い痛みと共に額から暖かい液体が流れるのを感じた。
恐らくは剣の切っ先が額を掠めてのだろう。額から流れる流血を見て、フェイトちゃんはその顔を驚愕の表情で染め上げていく。
後ろではシャマルさんが息を呑む声が聞こえてくる。
だが、誰よりも驚いているのはシグナム自身だった。
誰よりも敵を斬り伏せてきた彼女が、表情を真っ青に染め上げている。
いつも凛々しい彼女がそんな顔をしていると思うと、ちょっと笑えてくる。
だけど痛みはない。いや、痛みは在るが歩けない程の痛みではない。故に再び自分は歩み始める。
「やり方なんて、それこそ探せば沢山在るはずだ」
「止めろ」
「時空管理局の人達にだって、助けを請えば出来た筈だ」
「止めてくれ」
「騎士というものがどれほど高潔なのかは俺には分からない……けれど、君達のこれまでの行いは……」
「止めてくれ!!」
「その誇りを捨てる程の価値はあったのか?」
我ながら、なんて浅ましい言動だろう。
当事者でも無い癖に、ただ巻き込まれただけの部外者な癖に。
勝手にでしゃばって、その場を掻き乱して、彼女達からすればいい迷惑だっただろう。
止めにはまるで傷口に塩を塗りたくる言葉責めまでやってしまう始末。
自分には加虐性質はない筈だけれど、黙している携帯からはメルトリリスのクスクスと漏れる笑い声が聞こえてきそうだ。
自分の行いは決して褒められた行為ではない。けれど、それ以上に自分で自分の首を締める彼女達が許せなかった。
そして、自分の言葉が届いたのか。
「………では私は、私達は、どうすれば良かったのだ。死に瀕した主を前に……私は!」
片手で顔を抑えるシグナム、開いた指の隙間からは彼女の涙で滲んだ瞳が見える。
「だから、これから助けるんだ。シグナム達だけでなく、今度は俺達全員で」
「………っ!」
その言葉が意外だったのか、シグナムは顔を上げて信じられないといった形相で此方を見つめている。
「此方にはプログラムに関しては優秀過ぎる仲間がいる。だから、きっと大丈夫さ」
『結構良い感じで説得出来てたのに、最後の最後で私達に丸投げとか……ホント行き当たりばったりのプロフェッショナルね、貴方は』
ぐふっ、メルトリリスの真実というなの槍がゲイボルグの如くハートに突き刺さる。
けれどこの程度では挫けない。情けなくて涙が出そうだけど、根性で耐えてみせる。
「けれど、私達は……」
手を震わせ、未だ迷っているシグナム達。彼女達からすれば散々各所に被害を出しておいて今更誰かに頼るのも抵抗が在るのだろう。
それこそ、彼女達が捨てるべき誇り(プライド)だろうに。
「どうしても自分が許せないのなら、全てが終わってから怒られよう。時には殴られよう。それが正しいケジメの付け方だ」
騎士である彼女達のプライドを真っ向からへし折るみたいで申し訳ないが、それこそ要らない考えである。
迷惑を掛けたのなら謝る。心配かけたのなら謝る。そんな事、子供でも分かる理屈だ。
言葉では決していわないが、彼女達に当てはまる表現は唯一つ。
なんて事無い、ただの、『駄々っ子』だ。
そんな自分の言葉に漸く納得してくれたのか、シグナムは手にしていた剣をアクセサリーらしき物体に変え。
「済まない……世話になる」
深々と頭を下げて敵意を下げてくれた。
後ろに控えていたシャマルさんも甲冑姿をから私服へと姿を変え、シグナム同様頭を下げている。
ひとまずこの場は何とかなった。後は空で激しい魔法バトルを繰り広げているヴィータちゃんとなのはちゃんに声を掛けるだけ。
なのはちゃんは兎も角、ヴィータちゃんの説得には骨がありそうだな~。
なんて考えていると、今まで大人しくしていたフェイトちゃんと目があってしまう。
なんて応えればいいか分からず、取り敢えず笑顔とサムズアップで応えてみた。
すると萎縮したのか、困ったように頭を縦に振り、そそくさと空へと飛んでいった。
………ちょっと、寒かったかな?
『今の表情を保存、後でムーンセルにも記録させておこうっと』
やめて!?
メルトリリスのガリガリと自分の自尊心を削っていく一方、俺はこれではやてちゃんも何とかなるだろうと心のどこかで安堵していた。
だが………。
『自動防衛運用システム《ナハトヴァール》起動』
頭上から聞こえてくる声………否、音声に視線を向けると。
アレは……蛇?
不気味に蠢く蛇の集合体が、妖しい光を発し。
『守護騎士システムの維持を破棄、闇の書《ストレージ》の完成を最優先、守護騎士システムは消去、敵対勢力の排除の後、コアを収集』
瞬間、蛇の放つ光に飲み込まれ、岸波白野の意識は途絶えた。
そして、意識を取り戻す頃には……。
「いやぁぁぁぁっ!!」
はやてちゃんが絶望に満ちた表情で空に向かって叫んでいた。
一体何があったのだろう? 目の前で叫ぶはやてちゃんは元より、今までここにいるはずだった守護騎士の皆がいない。
いるのは黒い縄で拘束された状態を必死に抜け出そうともがくなのはちゃんとフェイトちゃん、そして……不気味に蠢く蛇の集合体だけ。
先ほどとは全く異なる状況に、頭を混乱させていると………。
「あああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
狂った様に叫ぶはやてちゃん。その足下にはどす黒い三角形の方陣が浮かび上がっていき、黒い渦が周囲に広がっていた。
なんだ? はやてちゃんに何が起こっている!?
更なる事態の急変に、自分の脳内が処理できない領域にまで陥っていく。
すると、足下が崩れていくような錯覚に陥る。
みれば黒い渦に触れた所から岸波白野の躯がボロボロ崩れ落ちていっているではないか。
(違う! これは………吸収されてるのか!?)
このままではあの黒い渦に呑み込まれてしまう。どうすれば良いか考えていると。
『白野!』
「っ!」
メルトリリスの声に我に返り、携帯を手にメルトリリスと対面する。
「メルトリリス! 今他の皆との連絡は繋がるか!?」
『結界が敷かれているか時間は掛かるけど、可能よ!』
どうやら此方の意図を既に読んでいたのか、分かっていると言わんばかりの対応に少し安心する。
「ならこの事を外にいる皆に知らせてくれ、頼んだぞ!!」
そう言ってメルトリリスからの返事を待たずに携帯を屋上から投げ捨てる。
これで彼女まで取り込まれる心配は無い筈。
後は自分という存在が、闇の書に完全に取り込まれるまで足掻くしかない。
───足掻く。その言葉に僅かに頬が弛む。
何故なら、無様に足掻き続ける事が岸波白野の数少ない特技だからだ。
そう思ったら一気に覚悟は決まった。
自分の名前を呼ぶなのはちゃん達を耳にしながら、岸波白野は完全に黒い渦へと呑み込まれていった。
そして、闇の書の“ソレ”は目覚める。
「また、全てが終わってしまった」
全ては主の安らぎの為に、“ソレ”は願いを執行する。
ある日を境に、歪んでしまった機能と共に。
世界は、終焉えと向かおうとしていた。
だが、忘れるな。闇の書よ。お前が呑み込んだその者は、史上最強のワクチンであること。
そして記録しろ。彼に手を出せばどんな目に合うのかを。
「人の夫に手を出す奴はぁ、私に蹴られて地獄に堕ちろぉぉぉぉっ!!」
「何っ!? ぐはぁっ!?」
「い、いきなり背後からの奇襲とか……」
「流石狐、やることえげつないわね」
おかしいな。今一シリアスになりきらない。
どうしてだ?