キリストの生誕前夜祭、つまりはクリスマスイヴ。
既に街はクリスマス一色に彩られ、人々はその楽しい時間を思い思い過ごしていた。
そんな中、凛からの突然の呼び出しでキャスターと共に入院しているだろうはやてちゃんの下へと急いだ。
キャスターは呪術のエキスパート、闇の書の呪いに蝕まれたはやてちゃんをどうにか出来ないにしても、何かヒントになるようなものが分かるかもしれない。
そんな期待を胸にはやてちゃんのいる病室へと足を運んだのだが……。
「どう? 私の歌声の子守歌バージョンは? 気に入って貰えたかしら?」
ご満悦。エリザベートことランサーは先に見舞いに来ていた少女達に自慢の歌声を存分に披露できて酷く嬉しそうである。
「え、えっと……凄い歌だったよね、フェイトちゃん」
「う、うん……相当凄いと思う………よ?」
凄いの後に酷いという言葉を使わない辺り、この二人の少女の気遣いにホロリとした。
そんなランサーの独占コンサートに見事耐えきっていた二人の少女は苦笑い。
そして、残ったもう二人の少女はと言うと……。
「………………」
「………………」
死んだ魚の目の如く、瞳から光を失っていた。
椅子に大人しくうなだれている彼女たちに合掌し、凛と共に病室へ踏み込む。
すると此方に気付いたのか、ベッドで腰掛けていたはやてちゃんが此方に向けて声を掛けてくれた。
「あ! 誰かと思ったら岸波さん! お見舞いに来てくれたんですか?」
耳からポンっと耳栓を取り外すはやてちゃん。………そうか、どうやら既に彼女はランサーに対しての対応を熟知していたらしい。
そんな眩しい笑顔と共に迎え入れてくれるはやてちゃん。その声と顔からとても闇の書の呪いに蝕まれているとは思えなかった。
けれど、それが強がりなのは凛から話を聞いて知っている自分としては、こんな小さな子供にそんな気遣いをさせている事実に胸の奥が痛む。
此方の気持ちを悟られないよう気を付け、少女達を迂回し、向かい側にいるランサーの隣へと座った。
「あら? 貴方も来たのね子ブタ。今可愛らしい子リス達に私の可憐な歌声を披露していた所よ」
自分が隣に座った事に機嫌を良くしたのか、彼女の尻尾はフリフリと揺らいでいる。
「可憐? 今の雑音が可憐と言いましたかこのトカゲ娘は? 今のが歌だというのならその辺の工場音はヒットチャートの上位に食い込めるっての」
呆れ顔のキャスターが自分の隣に腰を下ろす。
自分の歌がバカにされたのが気に入らなかったのか、額に青筋を浮かべたランサーが睨みを利かせる。
「あら、何かしらこの無礼なオバサン狐は? 厚いのはその無駄な顔にノった化粧だけにしといて下さる?」
「なっ!? 私は基本的にパックだけだっつーの! 化粧なんてご主人様との結婚披露宴の時だけです!」
互いにメンチを切らせ、険悪ムードになる二人。
……というか、自分を挟んで睨みを利かせないで下さい。居心地が悪すぎる。
するとゲンナリとした自分の表情を見たランサーは自分の腕を抱き寄せ、その体を密着させてきた。
「ホラ、アンタが怖ーい顔をしてるもんだから子ブタが怯えているじゃない。ねぇ子ブタ、貴方こんなおっかないツレがセイバー以外に二人もいるの? 今からでも遅くないわ。セイバーを連れて私達の所へ移籍しなさい。可愛がってあげるわよ」
「はん、まだ経験/Zeroの生娘がなーにをえらそーに。というかご主人様の貞操はこの私が既に予約を入れているのでお断りします」
「なっ!? しょ、しょしょしょ処女ちゃうわ!」
…………一体何の話をしているのだろうかこの駄狐は?
いやそれ以上に小学生を前に何ちゅー話をしているんだ。しまいには………。
「さて、後で岸波君は折檻しておくとして。キャスター、早速看て上げて頂戴」
殺気立った凛の視線が一瞬自分を射抜いていた。
うん、何となく分かっていたけどどうして自分が折檻されなければならないのだろう。
「強いて言うなら気持ちかしらね」
特に理由のない暴力が岸波白野を襲う!
「あははははは! 相変わらず兄ちゃん達はおもろいな~、ウチ兄ちゃんのファンになりそうや」
そしてすっかり自分がお笑い芸人だとはやてちゃんに勘違いされていた。
「ねぇ、すずか。しょじょって何?」
「ふぇ、フェイトちゃんはまだ知らなくて良い事だよ!!」
此方が勝手に騒いでいる一方、残った二人の少女達はコソコソと話し合い、紫髪の少女は顔を真っ赤にさせて俯いていた。
イヤ、ホントすみませんね。
「この変態」
なんでや。
凛の心ない言葉の暴力に自分の硝子のハートはボドボドである。
以前から思っていたがどうして凛は自分に対してこうもキツく当たるのだろう?
「そんなの……言えるわけないじゃない」
ツンとした態度でソッポ向く凛。取り付く島もない彼女の言動にうなだる。
「ご主人様、いい加減にしてくださいましね?」
にこやかに微笑むキャスターが怖い。あれ? 何だろう? 微妙に命の危機?
だが、確かにいい加減話を進めなければならないだろう。
はやてちゃんに向き直り、取り敢えず見舞い代わりに持ってきたロールケーキを差し出す。
「岸波さんもケーキを買ってきてくれたんですか?」
目をパチクリさせるはやてちゃん。ケーキといってもコンビニに売ってる安物だけどね。
「そんな事あらへんよ。ウチ、嬉しいです。すずかちゃん達もワザワザありがとうな」
「気にしないでよ。私たちもはやてちゃんと一緒にクリスマスを過ごしたかったから……かえってお邪魔じゃなかったかな?」
「それこそ気にしなくてええよ。入院している合間は基本暇やし、寧ろ嬉しいサプライズや」
子供らしい和気藹々とした会話が続く。そんな中、今まで黙っていたキャスターが自分の服を引っ張り、目線を扉の向こうへ促していた。
どうやら、ここでは話せない内容らしい。
はやてちゃんに失礼をしてキャスターと一緒に廊下へ出る。
そしてその後間を置いて凛も用事を思い出したと言って病室を後にした。
◇
そしてはやてちゃんの病室から少し離れた所にある休憩所。患者達の憩いの場として設けられた所に場所を移した自分達は、それぞれ向かい合う形で対峙していた。
「キャスター、何か分かったの? 見た限りでは何か特別な術式を組んでいた様子もなかったけど……」
凛の疑問に自分も頷く。彼女の言うとおりキャスターは特に目立った行動は起こさず、はやてちゃんを見ていただけだった。
「あんなの見ただけで分かります。あぁまで躯を蝕んでいたらプログラムだろうが呪いだろうが瞬時に分かるってーの」
キャスターのその物言いにイヤな予感を感じる。
見ただけで分かる。それはつまり、それ程までにはやてちゃんの容態は────。
「良くて一ヶ月、悪くて一週間、今の彼女は殆ど………虫の息です」
────────っ。
予想よりも遙かに深刻………いや、事実上キャスターの死刑宣告の一言に肩が震える。
あの扉の向こうで無邪気に笑っているはやてちゃんが………死ぬ。
信じられない。信じたくない。けれど、キャスターの真剣な表情が事実だと告げている。
「………そう、私の方と大体同じね。予想していた期間より一ヶ月以上間があったけど……」
重苦しい空気の中、最初に口を開いたのは凛だった。
その口振りは予め予想していたらしく、その様子はショックはあるものの驚きはないように見えた。
だが、それ以上に彼女の言い方に違和感を覚えた。予想通りということは自分の考え通りに事が進んでいる事。
彼女がこういった口振りは決まって何らかの手段がある時だ。
だから自分は敢えて問うように聞いた。凛、何か手はあるのか?
「あるわよ。尤も、その方法はかなり危険よ。私一人では到底無理だし、下手をすれば闇の書に取り込まれるわよ」
凛のその言葉に沈み掛けた希望が一気に浮き上がってきた。
手段がある。はやてちゃんのあの笑顔を守れる術がある。それを聞いただけで俄然、やる気が出てきた。
無論、手段が無くても何とか模索するつもりだったが……。
「待って白野君。喜ぶ所を水差すようで悪いけどキチンと説明させて頂戴。これから私の言う案を理解した上で判断して」
釘を刺すように、諫めるように言う凛に浮かれ掛けた気持ちを静める。
それから椅子に腰掛けた自分に宜しいと頷き、凛は自身の出した案を語り始めた。
案……といってもやる事は単純だ。凛の万色悠滞で自分の意識を闇の書に送り込み、闇の書の奥で眠る管制プログラムとやらを目覚めさせ、主であるはやてちゃんの了承を下に闇の書との契約を破棄させるというものである。
確かに口にすれば簡単だ。やり方に関してもまるでサクラ迷宮で行った衛士攻略法のソレだ。
自分が闇の書に意識をダイブさせるのも、そういった経験を持つ自分こそが成功する可能性が高いと踏んだ上での指名なのだろう。
方法は出た。後は実行あるのみだ。
「待って白野君。最初に言ったけどこれは私一人では到底無理な手段なの。私だけでは充分なバックアップが出来ない。不備とか何らかの緊急事態が陥ったとき、私だけじゃあカバー仕切れない。最低でも優秀な魔術師があと一人は欲しいわ」
確かに、凛の言うとおりだ。これから自分が潜ろうとするのはこれまでの少女の“心”ではなく闇の書という物質に潜り込むのだ。
なによりはやてちゃんの命が掛かっている。満足な支援も出来ず失敗となっては笑い話にもならない。
だったらキャスターならどうだろう? 呪術師でジャンルは違うが、それでも彼女が超一流の術者であるのは違いない。
キャスターの手を借りることが出来れば自分としては勿論、凛としても頼もしいのではないだろうか?
「確かにそうね。キャスター、そう言うことだからお願いしても良いかしら?」
「え、えーと……ですね」
? 何だろう。キャスターの歯切れの悪い口振りに首を傾げる。
彼女にしては珍しい歯切れの悪さにどうしたのだろうと声を掛けると。
「凛さん、一つお伺いしてもよろしいですか? あの魔導書───闇の書はデバイス、つまり情報媒体の端末でその全貌はプログラム形式なのですのよね?」
「え? えぇ、そうよ。あの闇の書はこの世界で言うデバイス。基本的にプログラム形式よ。だからこそ私でも結構深い所まで闇の書を解析できた。……って、どうしたのキャスター?」
凛と同様、何やら様子のおかしいキャスターに疑問に思っていると……。
「あの……ご主人様、やっぱり此度の件、やはり私よりサクラーズの方が向いているかと思います。確かに私もその手の知識が無いわけではありませんが、万全を期すのなら彼女達の助力を請うべきかと……個人的には気にくわないんですけどね~」
最後の方は聞かなかった事にして……それにしてもサクラーズとは、一体誰の事───
『あら、惚けるなんて酷いわね。サクラーズという名称はどうかと思うけど、その場合示しているのは私達の事ではなくて?』
マナーモードにしていた筈の携帯から音声が聞こえてくる。驚きながらポケットから取り出すと……。
『はーい』
メルトリリスが携帯の画面に映し出されていた。
「ちょ、メルトリリス!? どうしてアンタがここにいるの!?」
『ふふ、乙女の秘密をいきなり聞き出すなんて、そういう無粋な所も相変わらずね、凛』
「こっちの質問に答えろって言うのよ! 大体アンタの秘密なんてとっくに知ってるのよ!」
『そうね、私の秘密も大概だけど……凛、そういう意味では貴女も中々のものよ』
「勝手に人の秘密を暴露しようとすなー!」
目の前で携帯と喧嘩する少女のアレ一歩手前のこの状況は兎も角として、………メルトリリス、どうして君がここに?
『白い桜がね、私に言ってきたの。私では力になれないから代わりに付いてってってね、あの子の言いなりにはなるのは癪だけど、貴方の側にいられるのは中々優良条件だから、こうして今まで貴方の携帯の裏で待機していたわけ』
彼女の何気ない言葉に納得してしまう。
メルトリリスはその存在自体が高度な上級AIだ。BB程でないにしろネットワークを通じて自分の携帯に潜入する事など造作も無いだろう。
「それで、側にいたという事なら今までの話も聞いていたのでしょう? ならとっとと答えやがれ」
『やれやれせっかちなんだから、そんなに私が彼の中にいるのが気に入らないのかしら?』
「そんな卑猥な表現聞いてないってーの! たかがご主人様の携帯に入り込んでいる位でいいきになるなってーの!」
『今の私の台詞のどこが卑猥だったのかしら? 全く、これだから脳内万年ピンクの発情INーRAN狐は、貴方も大変ね、白野』
うん、そうだね。大変だね。
大変ついでにキャスターを挑発するのは止めて貰えないでしょうか? 隣にいるキャスターの顔がめっさ怖いです。
『そうね、強いて言えば出来ないこともないかしら? 凛のように万色悠滞で覗いた訳でもないし、その闇の書とやらがどうであれ私の蜜を受ければ私になるしかないんだもの。若しくはドレインして片を付けるわ』
あぁ、やはりあの極悪なスキルは健在なのね?
『どちらにせよ、もっと詳しくみる必要があるわ。もし万が一私の手に負えない代物ならBBの力も借りることになるかも……』
BB……あれ以来マトモに言葉を交わしていない。本来ならプレゼントを渡す切っ掛けに色々話をしたかったのだが───仕方ない。
キャスター、凛、先に言っててくれ。こっちはBBと話を付けてくる。
「分かりましたマスター。凛さん、まずは私達ではやてさんの容態を看ましょう」
「なんかサラッとBBの事も言わなかった? ……あぁもう! 分かったわよ! 今ははやてと闇の書を何とかする方が先決! だけど白野君、後でキッチリ説明してもらうからね!」
ズビシッ!と、此方に指を向けた後、凛はキャスターと共にはやてちゃんの病室へ向かっていく。
そんな二人の後ろ姿を見送った後、自分はBBに連絡入れようと我が家へと電話を掛けようとする………が。
「しまった。ここ病院だ」
病院内は基本通話を控えるべき。近くに公衆電話も見あたらないし、仕方ないと半ば諦め、病院の屋上へと向かう。
そして、そこで自分を待ち受けていたのは……。
「待って! お願い。話を聞いて!」
「聞く耳は持たんと言った!」
シグナム達が鬼の形相で悲壮な顔をしたなのはちゃん達に向かって刃を突きつけていた。
………今度は修羅場?
一方、白野からメールを受け取っていた筈のギルガメッシュは……。
「おい英雄王、貴様携帯はどうした?」
「無くした。明日買い換える」
呑気に酒を煽っていた。
すみません。リアルが忙しくて中々投稿出来ませんでした。
しかも短い。
本当、すみません。