それ往け白野君!   作:アゴン

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闇の胎動 前編

 

 

 

 地球時間、12月24日。

 

 地球の……特に日本では待ちに待ったクリスマスイヴに街は賑わい、そこに住む人々は年に一度の一大イベントに浮かれていた。

 

そんな中、衛星軌道上で佇む次元航行艦『アースラ』では。

 

「つまり、その岸波勢力なる人達の真意を図るべく、貴方は単身その人の所へ殴り込みに行った訳ね」

 

「………はい、その通りです」

 

 まるで日本を勘違いした外人の部屋の様な内装を施された一室。

 

艦長室と呼ばれるその場所でクロノは、自身の母であり上司であるリンディ=ハラオウンを前に正座し、そしてうなだれていた。

 

そしてクロノの隣にいるエイミィは彼よりも青ざめた表情で正座し、リンディの一挙一動を怯えた様子で見つめている。

 

「しかも辞表届け何てモノまで出して……もし襲われた彼らが怪我、ないし万が一の事があれば貴方の首だけでは済まないのよ?」

 

「はい。……思慮が至らず、申し訳ありませんでした。リンディ提督」

 

 リンディと呼ばれる女性の威圧感が増していく。それを感じ取るクロノは下手に口答えする事なく、粛々と彼女の言葉に耳を傾けた。

 

最も、全面的に自分が悪いので最初からクロノには口答えするつもりは毛頭無かったが……。

 

「そもそも、向こうが予期せぬ戦力を持っている事に対し、慎重な対応をしなかったのが貴方の落ち度です。確かに彼らの有する戦力は危険な一面があるのは認めましょう。ですが、それを全て悪い方向へ考えてしまうのは貴方の悪癖でもあります。それに最初から次元漂流者の可能性を考慮しておけばもっと穏便に済ませたものを……」

 

リンディ提督の有り難いご高説から既に二時間以上が経過している。

 

慣れない正座の姿勢、普段から正しい姿勢の在り方として母から教育を受けていたクロノは兎も角、エイミィの方は限界を迎えており、全身をプルプルと震えさせている。

 

そして遂に、我慢の限界を越えたえはリンディに気付かれないようにモソリと身を捩るが───。

 

「エイミィ、誰が姿勢崩して良いと言いましたか?」

 

「ひっ!」

 

 リンディからの普段は聞き慣れない低い声にエイミィの肩がビクリと跳ねる。

 

「艦内に辛うじて残った通信記録を閲覧して分かったのですが、この度の騒動の原因はエイミィ、そもそもは貴女が原因のようですけど……弁明はありますか?」

 

ニコリ。とリンディの微笑みにエイミィはガタガタと震えている。

 

目の前の女性からの圧力に下手なことを言ったらとんでもない目に合うと直感的に悟ったエイミィは……。

 

「す、スミマセンでしたーー!!」

 

 土下座。それはもう見事なまでの土下座っぷりを披露した。

 

誰にも相談せず、ましてや艦長であるリンディに一言の相談もなく勝手な行動を取り、そしてその行動の代償に艦全体を危険に晒した。

 

そしてそれを引き金に執務官であるクロノも自身の勝手な妄執に囚われ、岸波白野なる人物達に無遠慮に接触してしまう。

 

どれもこれも重大な違反だ。最悪、彼らのクビが飛ぶことも有り得ない話ではない。

 

尤も、クロノはそのつもりで辞表を出したのだろうが……。

 

 ともあれ、頭を深々と下げてこれでもかと猛省しているエイミィにリンディは深い溜息を吐き出した後、顔を上げなさいと声を掛ける。

 

「まぁ、あなた方だけに任せて自分だけ休暇を満喫していた私が言っても説得力は無いわね。クロノ、エイミィ、二人の処遇のことは闇の書事件の後、岸波白野さんに改めてお伺いしますから、そのつもりでいなさい」

 

「はい。分かりました。艦長」

 

「す、スミマセンでした」

 

 と、一通り言いたい事は一度目を伏せ、その後やんわりと表情を和らげる。

 

「さて、一応これで私の言いたいことは終わりよ。二人とも、楽にして頂戴」

 

 先程とは違い、今度は優しさに満ちた表情で姿勢を崩して良いと告げるリンディだが、先程までの彼女の言葉が骨身にまで染みたのか、二人は正座の姿勢を崩す事なく座っている。

 

せめて態度だけでも反省を示そう、そんな考え方が滲み出てくる二人の姿にリンディは苦笑いを浮かべる。

 

尤も、そうでなければ困る。幾ら子供の年齢でも二人は進んでこの仕事に就いたのだ。

 

だとすれば、これも良い経験だなとリンディは納得し、二人の姿勢に付いてそれ以上追及する事はしなかった。

 

「そう言えばエイミィ、貴女手の怪我はどうしたの? 報告を聞いた限りでは結構酷い怪我だったみたいだったけど………」

 

「あ、はい。医務室のスタッフ達のお陰でどうにか……オペレーションによるバックアップも今なら可能です」

 

 そう言ってエイミィは包帯の巻かれた手をリンディの前に翳す。

 

一見痛々しく見える彼女の手だが、包帯から血が滲んでいたり、汚れていない所から見ると、どうやら本当に怪我は回復してきている所だ。

 

 エイミィのオペレーションの能力は高い。彼女による状況分析能力はこのアースラに搭乗してから幾度となく発揮している。

 

「宜しい。なら、今後も貴女の活躍に期待しているわ。下がって」

 

「は、はい。失礼します!」

 

 リンディの指示に従い、エイミィは敬礼をして部屋を後にする。

 

「クロノも、貴方ももう下がっていいわ。今後は軽率な行動を取らないよう、気を付けなさい。そして、この辞表届けはひとまず私が預かっておきます。………いいですね?」

 

「はい。本当に申し訳ありませんでした」

 

 クロノの出した辞表届け。それを一時預かる事で彼にも退出の言葉を告げる。

 

しかし───。

 

「………クロノ?」

 

立ち上がってはいるが、一向に退出しないクロノにリンディは訝しげに思っていると。

 

「………母さん、父さんがまだ生きていた頃の話、覚えてる?」

 

「!」

 

クロノのその言葉にリンディは二重の意味で驚愕する。

 

クロノは公私の区別を弁え、その都度キッチリと切り替える若くありながら仕事人の在り方をしていた。

 

そして父の事も……10年前のあの日から訊ねられたら応えはするも、自分からは決して言葉にすることはなかった。

 

そんな彼が普段からは絶対に口にしない母という言葉に、リンディは少なからず動揺した。

 

今ここにいるのは自分と息子だけ、誰にも聞かれないよう部屋に簡単な防音結界を張った後、リンディはクロノの問いに答えた。

 

「……えぁ、覚えているわ」

 

「なら、三人でピクニックに行ったことも?」

 

 コクリとリンディは頷いた。

 

忘れもしない。あの日は最初で最後の家族揃ってのピクニックだったのだから。

 

忙しい日々の合間に、何とか互いに連絡を取り合いながら漸く合わさった休日。

 

広い公園の丘の上で、三人でお弁当を囲んだ記憶は……今でも鮮明に思い出せる。

 

「あの日、僕は父さんに肩車をしてもらった。広々とした広大な空の下で、僕と父さんは大はしゃぎだった」

 

「えぇ、しかもお父さんの方がはしゃいでいたものね」

 

 中々会うことのない息子に、今日くらいは一緒に遊ぼうとする夫の姿。

 

それを思い出したリンディは懐かしむように笑みをこぼす。

 

だが、それが一体どうしたのだろうか? クロノの言いたいことが理解出来ないリンディは首を傾げていると。

 

「三人でピクニックに行った事、母さんの作ったお弁当が美味しかった事、あの日の土の匂い、風の心地よさ、それら全て覚えているのに……どうしてだろう。肩車をした時、父さんと何の話をしたのか、それだけが思い出せないんだ」

 

「……………」

 

 クロノのまるで懺悔をしているような呟きにリンディには応える術がなかった。

 

あの日、風が少しばかり強かった為、離れていた二人の言葉はリンディの耳には届かなかった。

 

ただ一つ分かった事があるのは、あの日のクロノはとても力強く凛々しい顔付きをしていた事だけ。

 

 夫が息子に何を話したかは、彼の意固地な態度の所為で最後まで聞き出す事は出来なかった。

 

けど。

 

(これを渡せば、思い出せるかしら)

 

 リンディは制服のポケットに収納された一枚のカードをさする。

 

それは生前愛する夫が自分に託した一個のデバイス。

 

一瞬、これを渡すかどうか一考したリンディは………。

 

「クロノ、貴方に渡したい物があります」

 

 息子に、父から託された“想い”を手渡す決意をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶翠屋でバイトするようになってから数日、あれから特に変わった事もなく、凛からの連絡もないまま日々を過ごし、昨日漸くウチの女性陣に対してのプレゼントの準備が終えた。

 

そしてクリスマス、その前夜祭を迎えた今日、このままバイトを終えて皆にどうサプライズをして渡すかを考えていた所。

 

「入院? はやてちゃんが?」

 

 本日のバイトも後僅かに差し掛かった頃、凛から緊急の呼び出しを受けた俺は慌てた様子の彼女の声に思わず声を出してしまう。

 

店の裏で掃除をしていた為、幸い店側に迷惑を掛けた様子はない。

 

だが、電話越しの彼女の声が珍しく慌てている為か此方の声も上擦ってしまった。

 

『うん。闇の書の浸食が思った以上に侵攻してたみたい。あの子、本当は今までずっと苦しい思いをしていたのに我慢してて……ったく、子供の癖に変に頑固なんだから!』

 

 電話越しなのに髪をかき乱して狼狽する凛の姿が幻視する。

 

『いや、本当は私が気付くべきだった。私、万色悠滞まで使ってあの子の具合を看ていたのに、それに気付かないなんて……結局私もあの子の強さに甘えていただけじゃない!』

 

 自責の念に駆られた凛を落ち着けと言って返す。

 

彼女がここまで取り乱すのは珍しいが、今はそんな事を言っている場合じゃない。ましてや、今は後悔している暇も無い筈。

 

 凛、君は今病院にいるのか?

 

『え? うん、今は病院の外にいるけど……白野君?』

 

 なら、はやてちゃんの病室を教えてくれ、幸い此方には呪いに関してはピカイチのキャスターがいる。彼女を連れて先にこれから向かうから凛ははやてちゃんの側にいてやってくれ。

 

『………………』

 

─────凛?

 

『はぁ、まさか貴方に落ち着けと言われるなんて一生の不覚だわ。そうね、確かに言うとおりよ、今は悔やんでいる場合じゃない。これからはやての側にいて気休め程度だろうけど治癒術を施して見るわ』

 

 調子を取り戻した様子の凛に頼もしさを感じながら通話を切る。

 

彼女からしたら普段一緒にいたのにはやてちゃんの容態に気付けなかったから余計に自責の念が強いのだろう。

 

 それにはやてちゃんの容態に気付けなかったのは自分も同じ、これなら凛に変な気遣いをせずに頻繁に連絡を取り合うべきだった。

 

────いけない。先程凛に偉そうに言った自分が後悔に駆られてどうする。

 

 頭を横に振り、気持ちを切り替える。

 

「岸波君、誰か倒れたのかい?」

 

 背後からの声に振り返る。

 

そこにいたのは喫茶翠屋の店長、高町士郎さんだった。

 

彼を前にしたとき一瞬言うべきか戸惑う。彼にはこの喫茶店で働かせて貰ったり、此方の都合で一度は断っておきながらそれでも構わないと笑って許してくれた。

 

事情があるとはいえ、またもや此方の都合で仕事を抜け出したいなんて言うのは……やはり、勝手過ぎる。

 

けれど、こうしている間にもはやてちゃんは闇の書に蝕まれ苦しみに呑まれている。なんとか納得してもらい抜け出しを見逃して貰おうとする………。

 

「………聞いたよ。知り合いの子が入院したんだって?」

 

────士郎さん?

 

「済まない。立ち聞きをするつもりはなかったんだ。一通り此方の仕事が終わったから君も上がっていいよと声を掛けるつもりだったのだけれど……」

 

 士郎さんの申し訳無さそうに呟く言葉に気にしないで下さいと返す。

 

というか、え? お仕事はもう終わったんですか?

 

クリスマスケーキの方も? 全部?

 

「ん? あぁ、予約されていた分のケーキな桃子が一人で終わらせたよ。君が他の雑務を全部片付けてくれたお陰だ。ありがとう」

 

礼を言う士郎さんに思わず「はぁ、こちらこそ」と間抜けな声を漏らしてしまう。

 

え? 予約のあったケーキを桃子さん一人で作ったの? ………マジで?

 

「桃子は昔、一流ホテルのパティシエ達のチーフを担当していた事もあったから、あのくらい朝飯前さ」

 

 あのポワポワとした桃子さんにそんな経歴があったなんてっ!

 

いや、けどそうしたら配達はどうするんだろう。もうすぐ夜になるし、士郎さん一人では大変じゃあ………。

 

「なに、そこは恭也や美由希も手伝ってくれるから何て事ないさ、君は君のやるべき事があるんだろう? 早く行ってあげなさい」

 

士郎さんの漢気溢れた気遣いに胸に熱いものがこみ上げてくる。

 

どうしてそこ恭也さんや美由希さんが出てくるのかは知らないが、ここは余計な詮索をせずに厚意に甘えるとしよう。

 

士郎さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうござます。

 

「明日、余裕があったらまた来なさい。桃子が君の為にもう一個ケーキを作るみたいだから」

 

 士郎さんの言葉に手を振って応え、俺は急いで私服に着替えて凛やはやてちゃんのいる海鳴総合病院へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白野君!」

 

 大急ぎで駆けつけ、はやてちゃんのいる病室に差し掛かった時、廊下で待っていてくれた凛が此方に気付いて手を振ってくる。

 

「済まない。遅れた」

 

「気にしないで、今知り合いの子達がはやての見舞いに来てくれたの。あの子も今は落ち着いているみたいだしランサーだけ置いているわ……というか、汗だくよ貴方、大丈夫?」

 

 心配してくる凛に気にするなと返す。伊達に鬼教官(アーチャー)に毎日鍛えられていないからこの程度は苦にならない。

 

それよりもキャスターはまだ来ていないのだろうか? 病院の場所や病室は携帯で教えた筈なのだが……。

 

「どうやら一足先に貴方の方が早かったらしいわね。ほら、来たわよ」

 

「ご主人様~! 遅れて申し訳ありません~!」

 

 凛に促されて振り返ると、私服姿のキャスターが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「久し振りねキャスター、積もる話もしたい所だけど……早速看てくれる?」

 

「それは構いませんけど……ご主人様、本当に私で宜しいのですか? 確かに呪いの類なら私も少々詳しいのですがぶっちゃけた話、あの金ピカなら適当な宝具でも使って治してくれそうなものですけど」

 

 キャスターの疑問の言葉に確かにと口を滑らせる。しかし、しかしだ。

 

彼はこの状況を楽しんでいる節がある。一応メールで連絡をしてはいるが、一向に返信が返ってくる様子はない。

 

ギルガメッシュがいない事に少しばかり不安に思う部分はあるが、今はキャスターがいる。もし万が一はやてちゃんの容態が急変するのなら彼女に頑張って貰う他無い。

 

 色々押し付ける形になってしまうが……頼むキャスター、力を貸してくれ。

 

「私からもお願いするわキャスター。はやてを助けて上げて」

 

「う~ん、正直な話私よりもサクラーズの方が適任な気が……ともあれ、ここで見せ場を見せればご主人様のハートもキャッチ! 不肖タマモ、頑張らせて戴きます!」

 

 何だか気乗りしない様子のキャスターだったが、此方の願いを聞き入れてくれた様子で今はやる気を出してくれている。

 

最初の呟きが聞き取れなかったが、兎も角やる気を出してくれた事を良しとしよう。

 

凛を先頭に病室の扉を開け、いざはやてちゃんのいる病室に踏み込むと。

 

「ヤノーシュ山から貴方に~♪ 一直線、急降下~、く~し~ざ~し~で~、ち~ま~み~れ~♪」

 

「あ、あははは~、あれ? なんでかな? 何で笑いがこみ上げてくるんだろう?」

 

「あ、アリサちゃんしっかり!」

 

「フェイトちゃん、私なんだか眠くなってきたよ」

 

「なのは、しっかりして! この歌で眠ってしまったら戻ってこれないよ!」

 

 ………地獄絵図が広がっていた。

 

え? なにこのカオス。

 

 

 




今回は話を分けますので短めです。


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