季節は冬。もうじき雪が降り、街が一面の白になるであろうこの季節。
クリスマスという年に一度のイベントに備え、せめてもの甲斐性を女性陣達に示す為に財布を空にし、心身共に寒くなった私こと岸波白野ですが………。
「さぁ、答えて貰おうか。貴様、何が目的で我等の居所に現れた?」
「正直に答えろよ? でねぇと、アイゼンの頑固な汚れになっちまうからな」
現在、自分のライフまで空になりそうです。
あの直後、鬼の形相で滲み寄ってきた彼女達に抵抗できぬまま、なすがままに家の中へ連れ込まれ、リビングにある椅子に座らせると、それぞれ獲物をこちらに突き立て、四方を囲むように鎮座している。
……あの、逃げるなんて真似はしないんでこれ、解いて貰えません?
椅子に座らせた直後、自分の体を締め付けるように覆う幾束の緑色の糸、それを発している緑色の女性に離してくれとダメもとでお願いしてみるが……。
「あまり動かないで。私のクラールヴィントの糸は拘束具としてではなく、斬撃系統の攻撃もできますから」
聞く耳持つ処か更におっかない話をし出した!
皆に連絡しようにも携帯は没収され、折角買った買い物は袋ごと犬耳男に回収されてしまっている。
というか、あの犬耳男が狼から変身したときは驚いた。異形の形をした存在を何度か目にした事があったから少しは耐性はあったつもりだが、まだまだこの世界は自分の知らない事ばかりのようだ。
以前ギルガメッシュに言われた聞いただけでは世界は知り得ないと言った言葉の意味、少しだけ分かった気がする。
すると、犬耳男改め狼男は買い物袋の全てを点検し終えたのか、袋を女騎士の方へ渡してくる。
「全て確認した。中に入っているのは櫛や毛糸といった雑貨の類のものばかり。毒といった過激物の反応もなかった」
「確かか?」
「間違いないわ。私の方でスキャンしてみたけど、特に危険物の反応は検出されなかったし……というかこれ、全部女性向けのプレゼントじゃない?」
「なんだと?」
「チッ、得体の知れないヤベー奴かと思ったら、単なるスケコマシかよ」
緑色の女性のその一言にリビング内に充満していた殺気が一気に四散し、代わりに軽蔑の眼差しが突き刺さってくる。
あれ? 何この仕打ち、自分なにかした?
というか、自分が危険な存在でないならいい加減解放してくれないだろうか? 昨夜言ったもう此方には手を出さないと誓ったあの言葉は嘘だったのか?
「嘘ではない。我々はもう二度と貴様には手を出さないつもりでいた。だが、貴様から近付いてきたのなら話は別だ。主に被害が被るようならば全て排除せねばならない」
睨みつけてくる女騎士の瞳を見て、嗚呼、 やっぱりと変に納得してしまった。
彼女達は多分、多くの功績、或いは力を示してきた屈強な騎士達だったのだろう。
セイバーに深手を与えたり、アーチャーやギルガメッシュを分断させた巧みな連携攻撃も出来る事から、彼女達が歴戦の戦士だと言うのは嫌でも分かる。
なのにどうして自分という倒すには容易い存在をこうまで敵意剥き出しなのか。
恐らく、彼女達は追い詰められている。それも肉体的にではなく精神的にだ。
ギルガメッシュの攻撃は他の三人と比べて熾烈さが違う。一撃が重いセイバー、巧みな技で翻弄し、敵を追い詰めるアーチャー、多彩な呪術で広範囲に作用させるキャスター。
それに対しギルガメッシュは一人で戦争が可能な圧倒的物量で相手を蹂躙する。そんな彼の攻撃を受け、どんな優秀な治癒師がいても一日で完治するなんて不可能だ。
それが分からない程追い詰められているのか、それともそれでもやらなければならないという覚悟でいるのか。
彼女達が抱いているのは────その、両方なのだろう。
だからどんなに傷ついても、壊れても、彼女達は続けるのだろう。蒐集という行為を。
だから、俺は聞いてしまった。聞かずには────いられなかった。
一体、君達は何の為にこんな事をしている?と。
「……それを聞いて、どうするつもりだ?」
返ってきたのは、先程以上の敵意。
いや、これは殺意だ。触れてはいけない部分に触れ、今自分は自ら死地に飛び込んだのだ。
けれど──いや、だからこそ引いてはいけない。そう自分に言い聞かせ。
自分は二度も君達に襲われた。勝手気ままに仕掛けて於いて、その言い草はないだろう。
君達は自分に事情を説明するだけの義務がある、と。
無論、それを大人しく素直に聞き入れる彼女達ではない。此方が強気に出たのが癇に障ったのか、赤い少女はその手にあの鉄槌を握り締め────。
「あんま調子に乗るなよ? 昨日はちょい油断したから手傷を受けちまったけど、今度はそうはいかねぇ。大体テメェはあの板チョコ野郎達がいねぇと何にも出来ない屑野郎なんだろ? だから機嫌を損ねないようあんなプレゼントを買ってる。違うか?」
鉄槌を突き付け、瞳孔の開いた目で殺気を叩き込んでくる少女に、自分は何も言い返さず、ただ睨み返した。
彼女の言う事は正しい。自分には満足に戦える力もなければ逃げる事すら出来ない弱者だ。
プレゼントを買ったのも、そう言った気持ちが無いとは残念ながら言い切れない。けれど、それ以上に彼女達を大切に想っているのもまた事実だ。
皆で初めて味わうクリスマス。それを楽しい思い出にする為にプレゼントという自分に出来る事を選んだのだ。
だから、それを言葉にはしない。口に出してしまったらあのプレゼントが自分の言い訳の為に買ったと、認めてしまうからだ。
─────1分、それとも10分か。体感時間にして結構な時が流れたと思ったら、女騎士は深い溜息を漏らし。
「………そうだな。貴方の言い分も確かに正しい。此方は二度に渡り貴方を襲い、更には命を見逃して貰った。となれば、私達も多少の事情は話す義務がある……か」
「ちょ、シグナム!?」
「本気かよ!?」
「…………」
シグナムと呼ばれる彼女の発言に、残りの三人はそれぞれ納得いかないような声を上げている。
寡黙な狼男でさえ、口では言わないがその鋭い目つきで異論を主張している。
だが、それを女騎士────シグナムは目で彼女達を制し、三人はそれ以上何も言うことはなかった。
以前から思っていたが、やはり彼女がこの中のリーダー格のようだ。
そんな彼女に従うのか、赤い少女は鉄槌を下げ、ふて腐れた様子でテレビの近くのソファーに座る。
それに合わせ、緑色の女性が糸を解き、体の自由が解放される。
荷物や携帯はまだ返して貰えないが、まぁこればかりはしょうがないだろう。
「では、話や自己紹介の前に一つだけ聞かせて貰おう」
テーブルにあった椅子を引き、シグナムが自分と向かい合うようにして座り、こちらをジッと見つめてくる。
「貴方は……時空管理局なる組織の者か?」
──────はい?
じくう……時空の………管理局?
何だろう。聞いたことがない名前だ。
シグナムからの問い掛けに全く心当たりがない。訳も分からず頭を傾げていると……。
「成る程、どうやら本当に知らないようだ。なら約束して欲しい。もし今後、その者達と出会う事になれば、我々の事は決して話さないと」
その言葉、裏側の意味まで理解した上で頷く。
もし今後、そのような組織と出会い、彼女達について何か一つでも口を滑らせる事になれば……その時は、命を懸けた制裁が待っている。
無論、言うつもりはない。だから話してくれと言うと。
「ありがとう。では───」
「ただいまー」
シグナムが口を開き掛けたその時、玄関の方から声が聞こえてきた。
この家の住人が帰ってきたのだろうか。と、玄関へ繋がる扉へと視線を向けると。
「どどど、どうしようシグナム! はやて帰って来ちまったぞ! しかもアイツと一緒に!」
「し、しまった! この男の問答で時間を忘れてた!」
「ど、どどうしましょう!」
……えー、と?
先程までの緊張感から一変。慌てふためく三人にこちらもどうしたものかと頭を掻く。
唯一冷静だった狼男はただの狼に戻っており、買い物袋とその中に入った携帯を渡してくれる。
一体どうしたのだろうと、困惑する自分を余所に、扉は開かれ。
「あれ? なんや珍しいなー。今日は四人共一緒なんやね。……あれ? そちらの方はどちらさん?」
車椅子に乗った少女───赤い少女と同じくらい───が、不思議な物を見る目で訊ねてくる。
あ、どうも。岸波白野です。
「あ、これはどうもご丁寧に。ウチは八神はやて言います。岸波さんはシグナム達のお友達ですか?」
此方の紹介にはやてと名乗る少女もまた丁寧な関西弁で返してくれる。彼女の問いには取り敢えず肯定だけしておく。
───何だか、話どころではなくなった。ひとまず今日は帰る事にし、また後日改めて話す事にしよう。
そう思い立ち上がると。
「あれ? もう帰るんですか? シグナム達が友達連れてくるなんて今までなかったから、もう少しゆっくりしてけばいいのに」
ま、まさか引き止めてくるとは思わなかった。その純粋な気持ちは嬉しいが、ひとまずここは退散────
「ちょっとはやて、まだ車椅子に着いた汚れは取れてないんだから、リビングに入っちゃだめよー」
玄関から聞こえてきた声に、思わず心臓が跳ね上がる。
「えー? ちょっとくらいええやん」
「ダメよ。物を長持ちしたいんだったら整備、点検は必須よ。折角アンタの乗る車椅子は高価な物なんだから大事に乗ってあげないとその子も可哀想よ」
脳裏に蘇るは月の裏側で自分に最後まで付き合い、助けてくれた大事な仲間の一人。
そんな、バカなと思う一方でこの胸の高鳴りは間違いないと告げている。
「うー。分かったよー。せやからそんなに目くじら立てんといてー」
「ったく、素直にそう言えば良いのよ。大体アンタ─────は…………」
玄関から出てきた赤い服の女性、両サイドに髪を纏めたツインテールは、紛れもない彼女の証し。
「う、そ……白……野……君?」
リビングから顔を覗かせ、此方に向けたその時、自分も、彼女の時間も停止した。
衝撃。そう、今までにない衝撃を受けて自分は呆然となり、愕然となり、そして………悲しくなった。
何故なら………そう、何故なら。
あの遠坂凛が、髪を金髪に染め、カラコンなんてしたりして非行に走っていたなんて───!!
「最初の第一声がそれかぁぁぁぁっ!!」
彼女の手からカチカチに固まったカップアイスが投げつけられ、見事自分の額に命中する。
「あ、アタシのアイスがーー!」
「なんやおもろい人やなー。凛姉ちゃんの知り合い?」
「ふん! 知らないわよこんな奴!」
「もぅ、うっるさいわねー。満足に昼寝もできやしない……て、子ブタ? なんでこんな所にいるの?」
頭を打った衝撃で意識が朦朧としていく中、ふともう一つ聞き慣れた言葉が聞こえてきた。
───あ、エリザベートもいたんだ。
「ちょっと! 私との感動の再会これでおしまいなの!?」
ガクッ
◇
「そうか、うむ。では晩ご飯はいらないな。……なに、気にする必要はない。あぁ、ではな」
時刻は既に夜の七時を迎え、空は夜の帳を降ろした頃、アーチャーの携帯に岸波白野からの連絡があった。
食堂に集められたセイバー達は携帯を切り、振り向くアーチャーに疑問の言葉を投げ掛ける。
「そ、それでアーチャーさん。先輩は……先輩はどうしたんですか?」
掴み掛かる勢いで詰め寄ってくる桜。心配性である彼女はいつもならいる筈の岸波が帰ってこない事に酷く狼狽し、そして落ち着きがなかった。
それはセイバーやキャスターも同様で、その素振りこそ見せないでいるが、その心の内は焦りに埋まっている。
尤も、ギルガメッシュだけはワインの注がれたグラスを片手にニヤニヤとほくそ笑み、悦に浸っているが……。
「無事かそうでないかと言うと、彼は無事だ。事故に遭ってもいなければ迷子になっている訳でもない」
「そ、そうなんですか……良かった」
「では何故奏者は帰ってこぬのだアーチャー。真面目な奏者が夕餉になっても帰ってこぬとはちとおかしいのではないか?」
「…………」
白野が無事だという報せに安堵する桜だが、では一体何故帰ってこないというセイバーの問いに、アーチャーは苦笑いを浮かべる。
キャスターは心当たりがあるのか、表情を険しくさせ………。
「実は彼は今………例女騎士達の所にいる」
ガタンッと、セイバーが立ち上がる。そしてその時は既にキャスターは食堂を出てマンションの玄関に向かっていた。
やはりキャスターは白野がどこにいるのか想像できたらしく、女騎士の“お”の部分で既に食堂の扉に手を掛けていた。
そんな神速の速さ、且つ鬼気迫る勢いで駆けるキャスターだが。
「天の鎖よ」
マンションの通路を爆走していたキャスターの躯を天からの鎖が縛り上げる。
「えぇいこの! 離しなさいこの金ピカ! 私のご主人様がピンチなのです! 今すぐこれを外しなさい! てか外せ! 呪うぞこの野郎!」
「落ち着きたまえキャスター。マスターは無事だ。幸い今は彼女達の主らしき人物に快く迎えられている様子で、今あちらで夕食をご馳走になるようだ」
「そんな事はどうでもいいのです! 問題なのはご主人様があの女共にフラグを立ててしまうかもしれないという事です! 貴方も知ってますでしょう? 次々と立てては回収するご主人様の一級フラグ建築っぷりを!」
追い付いたアーチャーがキャスターを宥めるよう言い聞かせるとするが、聞きようがない。
「大丈夫です。ご主人様の居場所はこのタマモ、匂いで分かります。ご主人様の居るところが分かり次第………」
「分かり次第……どうする気かね?」
「チャージしてボンッと、綺麗な花火を上げるつもりです」
「良し分かった。ひとまず今晩君はそうしておけ」
サラッと恐ろしいこと口走るキャスターに、アーチャーは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
すると此方に追い付いたセイバーと桜が、それぞれ納得いかない様子でアーチャーに意見を投げ掛ける。
「アーチャーよ。何故助けに行かぬ? 奴等は二度にも渡って余の奏者を狙って来たではないか」
「おいコラ、そこの淫蕩皇帝、なにさり気なく自己主張してやがる?」
「わ、私も心配です! 幾らもう手を出さないと言ってきてもそれはその場限りの方便かもしれません!」
キャスター、セイバー、そして桜の三者三様の意見にアーチャーは若干気後れしながら落ち着けと促す。
「そもそも、何故そなたはそんなにも落ち着いておる? まさか、奴等の言葉を鵜呑みにしたわけではあるまい?」
「流石に私もそこまでのお人好しではないさ、確かに奴等の言っていることは今一つ信用できないが、信頼できる要素が一つだけ“生まれた”」
「要素が……“生まれた”? あったのではなく……ですか?」
「そうだ。故に私はもう彼女達は脅威になり得ないと判断した」
「一体何がどうなればそんな結論になるんですか? いい加減勿体ぶってんじゃねーです」
要点を話さず、変に勿体ぶるアーチャーに業を煮やしたキャスターが口調を尖らせて問い詰める。
そんな彼女たちにアーチャーはやれやれと肩を竦ませて────。
「なに、大した事じゃない。彼女達の拠点には私達の敵であり、それ以上に頼れる遠坂凛なる少女がいるだけだ。無論、ランサー付きでな」
さり気なく言い放ったその言葉に、セイバー達は言葉を失った。
誰もいなくなった食堂で、英雄王は一人悦びの笑みを浮かべる。
「クク、さぁどうするマスター。あの本に眠る女はどうあってもその結末は変えられんぞ?」
彼の脳裏に浮かぶのは、あの禍々しい光を放つ闇の書なる魔導書。
その最奥に眠る、未だに悲痛な叫びを上げ続けている一人の女。
殺してくれと、死なせてくれと、何度懇願し、願い続けてもその想いは叶うことはない。
故に諦めた。どんなに願っても決して叶う事はない願いに。
それでも叫び続けているのは、そんな彼女に残った最後の抗い。
「何とも純粋で哀れで、滑稽な願いよな。壊れている自分を自覚しながらも、壊せずにはいられんとは……」
全く以て度し難い。と口にする英雄王の口元は愉悦の味で歪んでいる。
「さぁ、此度の主は貴様の願いを叶えてくれるか……見物よな」
グラスに映る赤い瞳を細めて、英雄王は愉悦に滲んだワインを飲み干した。
今回はキリの良いところで終わったので少し短めです。
申し訳ありません!
そして感想にあったノリの良い人達に向けて一言。
許されるのはニーソックスと手ブラまでです。