今後の更新予定につきましては、活動報告に記載しておきます。
「さて、今日の探索の成果だが……。
結城、私も通信を通して聞いていたとはいえ、詳細は分からない。報告を頼む。」
「はい。ではまず、今回の探索で得た成果ですが……」
未だ影時間が続いている寮の作戦室にて、数回の探索を経て恒例となった報告会が開かれている。
今日は幾月がいないので、全体の総括を桐条先輩が務め、現場リーダーの結城さんが報告をするという形である。
以前、タルタロスの探索に不安を覚えた俺だったが、数日経った今に至っては、その不安もすっかり無くなっていた。
戦闘で危機に陥る事態は今までに数回あったが、逆に言えば数回しか無かったのだ。
手数と命中精度でシャドウに負けていると思われた我々だが、それを覆す鬼札が居たことで、形勢は一気に傾いた。
〝ワイルド〟。原則一人につき一つのペルソナを、複数所持し使いこなす結城さんのおかげで、俺たちは快進撃を続けていた。
結城さんが魔法で攻撃し、弱点を突くことが出来た場合、同じ属性の仲間が追撃をかける。
結城さんが態勢を崩したりとアクシデントがあった場合、俺がマハムドで牽制、もしくは撃破する。
基本的にはこの二つの原則を崩さずにいれば、安定して勝利できたのだ。
勿論例外もあり、各転移ポイントの傍にいる、普通よりも強いシャドウに関しては、この戦法は通用しない。
奴らには弱点が無く、基礎能力も高いためか、こちらが受け身がちになってしまうために、苦戦は必至である。
そんな時に使用するのが、結城さん第二の特殊技、ミックスレイドだ。
二つ以上のペルソナを組み合わせて放つ、強力な効果を持つ合体技であるこれは、俺たちの戦闘力をかなり底上げしたように思う。
回避率を上昇させる合体魔法、カデンツァの効果を使って敵の攻撃を避け徐々に敵の体力を削る作戦は、未だ破られたことが無い。
このように、敵が強くとも、結城さんが居れば大抵はなんとかなるのだ。
反面、これまでの戦いで浮き彫りになった作戦の粗なんかも大量にあるのだが。
まず最初に、これらの作戦は結城さんが居て初めて成り立つ、不安定な足場の上に成り立つ作戦であること。
結城さんが居ない、又はSP切れ、気絶している、などの状況になると、非常に分が悪くなる紙一重な戦い方なのだ。
さらに問題なのは、決定力が無いということだ。
俺たちの中で、強力な攻撃スキルを所有している者は俺のタンムズだけだ。
しかしそのタンムズも、必殺と言えるスキルを使えばSPが切れ、タダの役立たずに成り下がる。
もしもそれが外れでもしたら、大惨事だ。俺は忽ちお荷物になり、残り三人でSPのやり繰りを考えなければならない。
結城さんは雑魚戦、ボス戦の両方でスキルを使うためジリ貧になるし、岳羽さんも回復のためにSPを無駄使いできない。
必然的に攻撃役は順平だけとなり、その順平にしても、バカスカ撃ってればたちまちSPは尽きてしまう。
今までは敵に回復手段を持つ者が居なかったために如何にかなっていたが、これからも如何にかなる保障は無い。
他にも、〝時間制限のある敵に対して、現状の戦力で押しきることはできるのだろうか〟といった不安もあることだし、悩みの種は尽きない。
タルタロスを上ったり学校に行ったりを繰り返している内に、そう遠くないところまで満月の日が迫ってきている。
次の満月に現れるシャドウは、電車を乗っ取っているシャドウだ。ゲームでは前の車両との追突を避けるために、速やかに倒さねばならない敵。
およそ八分程度の時間制限の中、体感的にゲームより強いシャドウを削りきれるのだろうか。
日に日に不安は増すばかり……。
例の強力なスキルを使えば、もしかすると電車を破壊しかねないので、迂闊にスキルを放つのは避けたいところ。
マハムドは当然効かないし、いったいどうすればいいのやら。
「おい、春日!ちゃんと聞いていたのか?」
急に掛けられた声に、沈んでいた意識が引き上げられる。
顔を上げると、真田先輩が眉間に皺を寄せてこっちを見ていた。怒られるのは御免なので、慌てて返事をする。
「はい、聞いてますよ!今行ける最上階まで上ったって話ですよね?封印が施されてて上れないのは残念ですが、それをこじ開ける手段が無い以上、探索は暫く中止せざるを得ない、でしたか。」
「何だ、ちゃんと聞いてたのか。暫くは既存の階で訓練するくらいしか、タルタロスに用事は無い。お前たち、いざってときのために、しっかり鍛えておけよ。」
「ああ、鍛えておいて損は無いからな。……では、今日のところは解散するとしよう。皆、ご苦労だった。」
桐条先輩の音頭で、全員が部屋を後にする。眠い目を擦りながら自室へと戻ると、俺はベッドに倒れこんだ。
引っ越してきたばかりでダンボール箱の多い部屋を、半ば目を閉じながらぼんやりと眺める。
暗い室内に差し込む月光が、時計と壁のカレンダーを照らしていた。
翌日。放課後になったので帰宅する準備をしていると、順平が急に大きな声をあげた。
「やべー、今年も嫌なイベントが近づいて来てやがる……!!」
「何の話?」
「ばっ、お前、普通分かるだろっ!テストだよ、テ・ス・ト!!」
「ああ……。」
順平の言葉に、そういえばそんなものもあったか、と、学生の天敵の存在を思い出した。
高校時代は、随分と数学に苦戦させられた記憶がある。今となっては平然と解ける問題も、あの時は難解な呪文にしか見えなかった。
「何、勉強会でもするか?」
順平に向き直ると、彼は凄まじくイヤそうな顔で首を振った。
「イヤイヤイヤ、ありえないだろ、まだ十日も先の話だぜ?テスト勉強なんて、一週間前からやりゃ十分だろ。」
「俺からすりゃお前がありえねーよ。もう二週間前に突入してんだぜ?」
「うわぁああ!!聞きたくねー!!てかお前、裏切ったな!?マコトっちはあれだったけど、お前はこっち側の住人だと思ってたのに!!」
「裏切るも何もねーだろ。てか順平はさ、勉強しないから点とれないだけだって。何なら今から勉強するか?」
「あ、いや、遠慮します……。」
「どんだけイヤなんだよ!?」
五月に入って暖かくなってきたからか、こういった緩いやりとりが最近多い。
ちなみに、俺がツッコミに回り、ボケ担当が順平、ツッコミ兼色ボケ担当が友近、天然ボケ担当が宮本、といった役割分担が基本である。
そのせいか、俺たちは五月の時点で早くも、クラス内でバカ四人組といったカテゴリに分類されている。ひどくね?
まぁ、ノリにまかせて馬鹿をやれる空気が懐かしくて、ついやり過ぎる俺も悪いんだけれど。
そういう扱いは如何なものか、と唸っていると、不意に疲れ気味な声がとんできた。
「しっかし、テストってある意味、シャドウと戦うよりもメンドーだよね……。」
そう言ってため息を吐いたのは岳羽さんだ。なんでも、弓道部の先輩が優秀な所為で、うかつに気を抜けないらしい。
「あんまり酷い点数取ると、ネタにされそうだし……。ね、理はテストいけそう?」
その問いかけに、結城さんは小首を傾げて眉根を寄せた。
「うーん、転校してきたばっかで、テストの傾向とか分かんないから……。今回はちょっと低めかも?」
「ホントに?まぁ、最初にちょっと授業抜かしちゃったもんね、その辺りは大丈夫なの?」
「うん、春日くんがノート貸してくれたから。」
そんな会話を続ける二人を見て、青い顔になった順平が呟いた。
「なんか、マジでテストがやばいのって、寮じゃ俺だけ?」
「うん。」
weak!!順平は机の上に崩れ落ちた!!
「何バカやってんだか。」
「順平……。」
one more!!女子二人の憐みの眼差し!!順平は気絶した。
放課後の教室に吹き込む春風が、順平の屍をそっと撫でる。
嗚呼、勇者イオリよ、死んでしまうとは情けない!!
「オレっちまだ死んでねぇーし!!」
ザオラルかリカームか黄昏の羽か、順平は程なく復活した。
勢い良く跳ね起きたかと思うと、次の瞬間には手を眼前で合わせて、こちらに向かって頭を下げている。
「郁人、頼む!テストに出そうなとこだけ教えてくれっ!」
「うーん……。まぁ、良いけど。」
「じゃあ「そんかわり、ワックおごりな。」ぐっ……、あんま高いのは無しな。」
商談は速やかに成立し、俺たちは鞄を持って教室を出た。
昇降口を出て、横並びに校門へと向かう。四人一緒に下校するのは、何気に初めてかもしれない。
ん?四人?
「郁人はともかく、何で二人ともついて来てんだよ?」
「え、だって順平のおごりでワック行くんだよね?」
「イヤイヤ、おごるのはコイツだけだって!何でナチュラルにタダ飯食おうとしてるワケ!?」
「順平、ありがとっ!!」
「ははっ、どういたしましてー、……ってなるかーッ!!」
相変わらずのやり取りである。順平のいじられっぷりは留まることをしらない。
その後、必死に財布の薄さを訴える順平だったが、まぁ、事の顛末は半ば以上予想通りで。
結局美少女二人の攻勢に陥落した順平は、財布の中身を削られてため息を吐いていた。
普段は結構〝おいしい〟ポジションにいる順平だが、こういうときは同情を禁じ得ない。強く生きろ、順平。
なお、勉強の方はそこそこいい感じだった。
流石にタダ飯は気が引けるのか、女子二人が順平の勉強を見てくれたのだ。
暇になった俺はちょくちょくアドバイスしながら湿ったポテトを貪り、得体の知れない新バーガーを齧っていた。
順平も頭の回転が悪いわけでは無いので、それだけ教えて貰えば十分に問題を解けるようになっていた。その調子でテスト勉強を続けられればいいのだが……。
そのまま暫く勉強を続け、日が暮れて来たので、現在は帰るところである。
夕焼け空の道を連れだって歩きながら、先のことに想いを馳せる。
……いよいよ、第一の試練が訪れようとしている。
明後日、5月9日。影時間に例の大型シャドウの一つ、女教皇のシャドウが現れる。果たして、現状の戦力で勝てるかどうか。
最悪、スキルで車両ごと吹き飛ばす準備をしておかなければならないかもしれない。
本当に切羽詰ったとき、優先すべきはこちらの命と多数の乗客の命だ。
車両を破壊してでもシャドウを倒すことが出来たなら、被害は追突した場合よりは少なくすむだろう。
ただ、これは本当に最終手段だ。何故なら、車両を吹き飛ばせば、その車両近くの客も死ぬからだ。
影時間が明ければ、電車は元の速度のままで進む。車体に風穴を開けられたまま走行すれば、近辺の乗客はそこから投げ出されて死ぬだろう。
最悪、影時間が明けた瞬間に電車が横転し、凄惨な事故が起こるかもしれない。
追突を避けて前の車両を救った結果、後ろの車両が全滅でしたなど、笑えない冗談だ。
自分の一挙手一投足が他人の命に影響するなどと考えると、微かに手が震えた。
震えを抑えるために僅かばかり立ち止まってしまい、全員に不思議そうな顔で見られてしまった。
「どうしたの?忘れ物?」
「いや、なんでもない。知り合いを見た気がしたんだけど、気のせいだったよ。」
適当な言葉を並べてはぐらかし、歩調を早めて合流する。
明後日のことなんて、今考えても仕方のないことだ。それに、全力でぶつかる、それ以外に俺に出来ることは無い。
必ず、勝つ。それだけを意識していればいいのだ。
それっきり、俺は影時間のことを考えるのを止めた。それ以外にも、やることは大量にあるのだから。
そうこうしているうちに一日が過ぎ去り、自分でも驚くほど落ち着いた気持ちで満月の前夜を迎えた。
ついに決戦である。俺は明日に備えて、早めに寝ることにした。
――――そして、5月9日が来た。現在時刻、23時59分。――――
読了、ありがとうございます。以下、蛇足な解説です。
・例のスキルって何?無駄に引っぱってんじゃねーぞ!
すいません、もうちょっとで出てくると思います。というか、既にほとんどの方が
気づいておられるとは思いますが。死神のペルソナが持ってる強力なスキルなんて、
あの系列しか無いだろうなと予想できますし、それで四文字なんて……。