巌戸台分寮のロビーにある、でかいソファに身を沈める。
普段ならその柔らかさを堪能するところなんだけど、今はそんなことをしてる余裕が無い。
対面のソファに座る彼女の前では、高級ソファさえ処刑用の電気椅子に早変わり。
桐条美鶴。かの〝桐条〟のご令嬢であり、我らが月光館学園の生徒会長である彼女。
今もこちら鋭く見つめる麗しき女王に、俺は冷や汗まみれで向かい合っていた。
「さて、」
口火を切ったのは彼女の方だった。怜悧な響きが俺の耳を打つ。
「取り急ぎ聞いておきたいのは、君が私達に敵対する意思があるかどうかだ。」
真剣な表情で放たれた言葉に、俺も表情を引き締めて応える。
「俺としては、特に誰に危害を加えるつもりもありません。というか、俺があなた方と敵対する理由が無いです。」
そのまま、暫く沈黙が続いた。冷静そのものといった無表情でこちらを窺う桐条先輩と、
その横で同じように沈黙を保っている真田先輩。正直、沈黙が痛い。
疑われることは当然想定していたが、やはり思考の上のシミュレートと実際は違う。
緊張感とでもいうのだろうか、腹の底に重い物が鎮座しているような座りの悪さ。
そんな静寂を破ったのは、玄関近くのソファに腰掛けた向こうの親玉だった。
「まぁまぁ、そうピリピリすることは無いんじゃないかな?そっちの彼は、最初からこちらに手を貸してくれていたし、
暴れることもせずに、話し合いに応じてくれている。これからは、尋問よりも質問に切り替えるべきだと、僕は思うんだけど?」
柔らかな物腰で両者を諌めたのは、学園の理事長を務める男、幾月だ。
メガネの奥の目を弓なりにして、笑顔のまま提案をする。
それに同意している先輩がたを見ながらも、俺の意識は幾月へと向いていた。
〝幾月修司〟。先述の肩書きの他に、桐条グループの研究員としての顔を持つ男である。
一見すると、その性格は理性的かつ柔和、特記するべきことも無い人物に見える。
しかしだ。俺はこの男の暗い一面を知っている。それを知っているが最後、
こいつの表向きのスタンスに騙されてやることなど、出来るはずも無かった。
今もくだらない冗談で場を弛緩させている幾月だが、その実、この場にいる人間にこいつが抱いている印象は一つ。
〝駒〟だ。幾月は特別課外活動部の面々を、ある目的を成就するための手段としてしか捉えていない。
その結果、こいつは後に悲劇を巻き起こす。
俺はこいつを止めるためにここにいると言っても過言ではない。
では、その敵対者にどういうアクションを起こすのか、というと。
「ええと、質問とおっしゃられましたけど、俺としても正直、何が起こっているのか聞きたいくらいでして……。」
「おや、そうなのかい?まぁ、あまり難しい質問はしないよ。君は、自分の知っていることだけを答えてくれればいい。」
正解は何もしない、だ。正確にいうならば、今は、と頭につくが。
正直、社会的地位や、ペルソナ使いからの信頼度を鑑みると、俺は幾月よりだいぶ劣勢である。
だからこそ、俺はこいつの企みを白日の下に曝け出す確たる証拠を手に入れなければならない。
差し当たっては、桐条鴻悦が構想していたというシャドウを利用する研究の資料及び、幾月がそれに関わっていたと分かる情報を掴むために動くつもりだ。
そのためには大前提として、幾月に疑われずに、ヤツの懐へと潜り込まなければならない。
ならば。
「では、幾つか質問をさせてもらう。まず、君がいつあの能力、ペルソナを手に入れたのかを教えて貰えないだろうか。」
「あ、はい。……えーと、俺、つい最近、辰巳ポートアイランドに越してきたんですけど、引っ越しした日の晩に、あの変な怪物みたいなのに襲われまして。そのとき、必死で死にたくないって思ってたらアレが出たんです。それで、気付いたら使えるようになったました。アレ、いったい何なんです?」
無知を装い、使いでのいい駒として振る舞うのだ。ヤツに気付かれずに、獅子身中の虫となる。
程度の低い人間として認識されれば、ヤツとて人であるからには、油断を誘える筈。
そもそも、俺のスペックは〝向こう〟から持越した分そのままで、別に高い訳じゃない。
なら、逆にそれを利用してしまえばいい。
向こうはこちらを知らず、こっちは向こうを知っている。情報のアドバンテージを握ったまま、勝負せずに勝ちを得るのが俺のプランだ。
向こうは素の俺を見て、よもや自分の計画が俺に露見しているなどと、考えもしないだろう。
「そうか。なるほど、その割にはペルソナを上手く扱えているように見えていたが……いや、君を疑っているわけでは無いんだ。しかし、ペルソナを召喚器無しであれほど上手く扱える者が、つい先日覚醒したなんてことは、考え辛いのも確か。」
桐条先輩が腕を組み考えこんでいる。するとその横、今まで黙っていた真田先輩が話しかけてきた。
「なあ、それよりも聞きたいことがあるんだが。最初のときもそうだったが、お前のペルソナはシャドウを一撃で倒した。
あのスキルはいったい何なんだ?俺たちはあんなスキル、見たこともない。」
……なんか、すごいワクワクしてそうな顔で聞いて来てる。隣の桐条先輩は呆れ顔で首振っているし。
この人、ほんとにバトルジャンキーなんだ……。
「えっと、あれはマハムドって言いまして、端的に言うと相手を呪い殺すスキルです。
耐性の無い敵なら、一撃で倒せる……らしいです。俺もまだ、あんまり把握しきれてないんですけど……。」
「ほう。聞いたか美鶴!相性しだいではシャドウを一撃で倒せるらしい。これならタルタ「明彦ッ!!」な、何だ!?」
「……その前に、お前は怪我を治すべきなんじゃないのか?朝に彼女の容体を確認しに行くから、その時についでに診てもらうといい。」
「ぐっ……。」
文字通り痛いところを突かれたのか、押し黙る真田先輩。てかこの人、肋骨折れてんのに何でこんな元気なんだ……。
「さて、次の質問だが――――
それから、幾つか質問を受けた。
何故、寮付近にいたのか。これについては、シャドウの気配を感じたということにしておいた。
実際、タンムズは死に近い危険を察知することが出来る。まあ、その範囲は狭く、精々俺の見える範囲であることは黙っておいたが。
次に何故、先輩たちに加勢したのか。そう、特に語ってはいないが、俺はまず先輩たちに加勢していたのだ。
シャドウが出現した(真田先輩を追っかけてきた)時、俺は近くの建物の上で様子を見ていた。
「シャドウ、って言うんですか?あの化け物どもが、一か所に集中するなんて見たことなかったんで、様子を見てたんです。」
その場の面々にはそう言ったが、もちろん嘘だ。正確には、特別課外活動部の出方を見ていた。
そうこうしている内に先輩がたが交戦し始めたのだが、そこで以外な事実が発覚したのだ。
「人がアレらと戦ってるのが見えて、押されてたので加勢しなきゃと思いまして……」
これは本音。実際に見て驚いたのだが、先輩たちは劣勢になっていたのだ。
シャドウは見た目に反して案外素早いし力も強い。少なくとも、ゲームでの雑魚よりは現実の雑魚の方が強いだろう。
俺はそれをゲームと現実の違いとして考えていたが、実際、シャドウは強かったのだ。
複数いるシャドウに対し、怪我をしている真田先輩を庇いながら戦う桐条先輩では、火力が足りていなかった。
ゲームではあっさり片付けたシャドウに苦戦しているのが見てとれた。それがまず最初の思い違い。
当初は魔術師の満月シャドウ戦にしか手を出すつもりは無かったのだ。
桐条先輩の索敵から遠いであろう範囲から接近し、一気に敵を叩いて使えるペルソナ使いだということをアピールする作戦だった。
しかし、目論見は大外れ。慌てて近づきスキルで遠距離攻撃し、先輩に誰何される前に急いで離脱。
汗まみれのまま寮の屋上を見れば、何だかヤバイ雰囲気になっている。
またまた慌てて取って返し、ペルソナに放り投げて貰って屋上の縁を掴みよじ登る。
そのままシャドウをけん制するために大声を上げ、その隙にペルソナを割り込ませた。
これがあの、「間に合ったか!」の真相である。うむ、我ながら非常にダサい。
別にカッコつけたかったわけではないが、それにしてもどんくさい。如何に自分が焦っていたかが分かる。
ちなみに、何故に先輩たちから逃げたのかという質問には、
「深夜に外出してるのが生徒会長にばれたら、怒られると思ったんで……。」
「……はぁ。」
無言で、ため息を吐かれた。
「なるほど、大体の事情は分かった。君を疑うことが無意味だと分かった以上、今日のところはこれで終わりにしよう。……それと、深夜の外出については、助けて貰ったこともある、特別に見逃そう。」
その言葉を放った瞬間の、桐条先輩の微妙な表情は、何とも言えない感情を俺にもたらした。
あれ、俺ってば、アホの子認定されてる?いや、目論見通りなんだけど、複雑な気分だ……。
それから、重要なことは明日以降に話そうと約束を交わして、その場は一旦解散となった。
俺はソファから立ち上がって踵を返し、両開きの扉へと歩く。
その時だ。俺は一つ、重要なことを思い出した。
慌てて振り返り、階上へ去って行こうとする桐条先輩に声を掛ける。
「先輩ッ!」
「何だ!」
緊張を含んだ声に反応したのか、真剣な表情で振り返る桐条先輩。
その目を真直ぐ見つめながら、俺は懇願した。
「あの、終電行っちゃったんで、泊めて貰えないでしょうか?」
「……………………あ、ああ。」
空いている部屋に案内されるときに、真田先輩はさも面白そうに言った。
「美鶴のやつがあんな顔をしたのは、久しぶりだったな。」
……まぁ、そうだろう。桐条先輩の拍子抜けした顔なんて、そうそう見れるもんじゃないだろうし。
読了、ありがとうございます。以下、解説的さむしんぐ。
・桐条美鶴の索敵範囲
寮に居ながらタルタロス付近を探れるような描写があるので、それなりに広いとは思いますが、シャドウを連れて接近する真田に機敏に反応するようなことは無かったので、探知範囲はそれなりだが、遠ざかるほど精度が落ち、また、意識して探っていなければ異常に反応することは無いのでは、と考えました。それに加え、オリ主はシャドウでなく人間ですし、桐条も戦闘中だったので精密な索敵の余裕がなかったとして、オリ主は見つからなかったとしています。……結局、作中で説明しきれてないんですよね。五千字未満三千字以上の範囲に収めようとしていたら、いつのまにか描写が削られている謎。
・あれ、岳羽は?
救急車に付き添いで乗っていきました。必要のない事柄かな?と思いましたが、ここに一応付け足しておきます。
・マハムドの成功率
これも、一応の補足です。マハムドに限らず、一撃死系のスキルは本来決まりにくく、ムドブースターのような命中率ブースト系の補助スキルがあっても、必中とはいきません。何故オリ主のマハムドが当たるのかというと、ほとんどの場合が不意打ちで放っているからです。いきなり横からとか、視界の外からとか。真正面から使っても、そうそう当たるもんじゃないのです。後、敵に闇属性の耐性が無いからですね。