ペルソナ3 招かれし者   作:パステルいろ

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1.an eve/物語の始まり

深夜にも関わらず、ポートアイランド駅の前には、絶えることのない人波が溢れている。

その顔ぶれは様々で、疲れた顔のサラリーマンから夜遊びに胸躍らせる学生まで、千差万別である。

人々はうねるように駅の改札に飲み込まれ、また、吐き出されていく。

そんな人の営みの流れを、俺は何とはなしに眺めていた。

雑踏の音を聞きながら、駅前に据え付けてあるベンチに座ってぼんやりと周囲を眺める。

多種多様な音や人の声を聴いていると、何故だか安心してしまう。

俺は今日も生きている、世界に存在しているのだと、他人の存在が俺の実在を肯定してくれている。

だから、俺はこの雑然とした雰囲気のある駅前が好きなのだ。

 

……なんて、末期的な思考が頭を掠める。

痛々しい、馬鹿馬鹿しい。厨二病末期患者みたいな思考だな、おい。

一度死んで生まれ変わったからか、こんな半端な哲学みたいな思考をすることが増えた気がする。

生前は自分の存在についてなんて終ぞ考えることはなかったのだが。

どうも生まれなおしてこの方、この転生とでも言うべき現実が俄かに信じがたく、この今が果たして本物なのかを思考し続けているのだ。

これは、死の間際に見ている夢みたいなものではないのか。そう思ってしまう。

なにせ、疑わしい事象が山ほどあるのだから。

 

まず、怪しむべきポイントその一。

今、俺が住んでいるところが、人工島、辰巳ポートアイランドに隣接する港区という場所であるということ。

……この時点で既にダウトである。ポイント一も十もなく、これだけで疑わしい。

これらの地名は俺の中ではフィクション、つまり創作の地名であって然るべきものだ。

しかし、現実として俺はそれらの土地で活動し、日々を安穏と送っている。

これが夢でないならなんだというのだ。と、割り切れれば良かったのだが。

残念なことに毎日がリアル過ぎるほどリアルなのでして。

一個人の妄想の産物と片付けるには複雑過ぎる構造なのでして。

つまるところ、これを夢と切って捨てるには判断材料が足りないのだ。

そもそも、夢だとしても延々続けば現実に変わりない。

夢だとしても、困ることは何も無い。退屈だった前世よりか、こっちの方がよっぽど刺激的だし。

なんて、ちょっと超然とし過ぎかもな、俺。まあ、死人が生き返ってる時点でいまさら他事に驚けと言われても、無理だよね。

と、そんなことを考えてる間に、時間が随分過ぎてしまっている。

現在時刻、23:56分。そろそろだな。

 

「おい、君!」

 

「へ?」

 

何だろ、誰かに呼び止められた?

 

「へ、じゃない、こんな時間に何をしてるんだ!!見たところ中学生だな、夜遊びは止めてさっさと帰りなさい!」

 

なんと、面倒な。呆っとし過ぎて駅員に声をかけられてしまった。

というか、中学生って……。今世の俺は確かに童顔だが、制服で分かんないもんかね。

って、そういや高校生でもこんな時間じゃ補導されるか。いやぁ、前世の感覚って中々抜けないものだ。

前世じゃ成人一歩手前だったしな。お酒の味も知らずに死んだのは勿体無かったと思うよ。

 

「おい君、聞いてるのか?ちょっと、駅まで来なさい。警察に連絡して、それから学校にも連絡するからね、おとなしくしてるんだよ!」

 

いや、お酒ちょっとだけ飲んだんだけどね?大学だと、飲み会とかで飲まされることあるんだよね。

まあほら、そこは前世の行いだから、今世ではノーカンってことで一つ。

って、俺は誰に弁解してんだよって話だが。と、腕掴まれちった。さすがに無視し過ぎたかな。

駅員さんってば、渋い顔で俺を引きずってる。いやあ、すいませんね、こんなクソガキの相手させちゃって。

でもま、すぐに相手する必要なくなるんで、どうかご勘弁を。

 

……だってほら、もうすぐ0時だ。

 

 

 

 

不意に訪れる沈黙、その刹那に全てが停止し、世界が緑光に塗り替えられる。

まるで最初からそうだったかのように、あらゆるものが静止し、不気味に照らす巨大な月に睥睨されている。

辺り一面に犇めいていた人の群れは消え、街灯の明かりが無い薄闇の広場には、棺桶だけが乱立していた。

舗装された地面には血液の如き赤い液体があちこちに撒き散らされ、ホラー映画のワンシーンのよう。

一秒前の生きた世界は、死のイメージを凝り固めた悪趣味な箱庭にとって変わられてしまった。

そんな無残な世界の中で一人。変わらぬ様子で立っている人影がいた。

彼は先ほどまで自分を引きずっていた人間だった棺桶を一瞥すると、その場を歩き去った。

彼の足は止まることなく一定のリズムを刻みながら、ポートアイランド駅の近くにある、路地へと入っていった。

暗い路地は建物に囲まれている所為か、不気味なほど大きい月の光も遮られて一段と闇が濃い。

先刻も見られた血色の液体は壁面をも赤く装飾しており、スプラッタムービーさながらの様相を呈している。

映画なら、何か出てきそうな雰囲気だな。彼はそう呟いてから口元で緩く弧を描いた。

まるで、彼はその何かを待ち侘びているかのようだ。笑みを崩さず、暗闇を静かに見つめている。

すると、彼の視線に呼応したかの如く、黒一面の闇に変化が訪れた。

波打つようにさんざめき、建物の影が滲みだす。否、それは建物の影などでは無い。

形容するならば闇を凝縮した泥濘、唾棄すべき醜悪さを煮詰めた液状の邪悪。

青ざめた人面を模した仮面、何かを欲すように突き出された腕。

怪物は徒党を組んで、少年の前に滑り出た。

その数、四体。その全てが同時同速で機械的に、と言うには生々し過ぎる動きで、少年へと迫りくる。

にじり寄る不快な影に、少年は何を思ったか口元の笑みを消し、まるで仮面のように無表情になる。

じわじわと浸食するかの如く地を滑る影を睥睨しながら、彼は小さく、されどはっきりと、その言葉を紡いだ。

「ペ・ル・ソ・ナ……!」

言葉の末を発声したと同時に、彼を鮮烈な青い光が包んだ。

路地を染め上げ、空間を埋め尽くした光に次いで、少年の背後から力ある何かが顕現した。

その輝きに気圧されるように後ずさる影を嗤いながら、少年は背に現れた力に必滅の意思を籠めて振り下ろす。

「マハムドッ!!」

言霊が響き、少年の背後に見える光が薄れたことによってはっきりと表れた人型が、桶を担いでいる腕を掲げた。

その動作に呼応して路地の地面一帯に複雑な魔法陣が出現した。

その中心へと捉えられもがく影を後目に、魔法陣は紫炎を燻らせて一際強く発光する。

呪わしい燐光が瞬き、その輝きに打たれるままに、這いずる影は跡形も無く一掃されてしまった。

後に残ったのは先ほどまでと変わらぬ暗闇と、立ち尽くす少年のみ。

やがて少年の背後にあった人型の力も闇に溶け去り、少年は荒れた呼吸を整えると路地を去った。

彼の住んでいる港区に戻るには、今の時間では遅すぎる。しかし、彼は今日からそこに戻る必要をなくしていた。

明日以降の新生活に際し、新たに住む場所が決まったのだ。今日はそこに移るまでの仮の拠点へと向かっている途中である。

無数の棺桶をかわしながら進む彼の歩みを止めるものはなく、淀みない歩調でその場から遠ざかる。

総コンクリートの癖に現実感の無い道を歩き、単調過ぎる道行きに飽いたのか、彼は空を見上げる。

今夜も月は天上からこちらを見下ろしている。毒々しいほど発色の良い黄色を見つめ、彼は嘆息した。

「明日だ、明日で全てが決まる。」

我知らずといった雰囲気で零れ落ちた言葉は、停滞した夜に溶けた。

 

現在時刻、00時00分/影時間。

年月日、2009年4月6日。

 

月光館学園高等部の始業式は、僅か一分後に来る明日のことである。

そこが始まり、そこが終わり。

 

 

 

何れにせよ、時は、待たない。

 

 

 

 

 




読了、ありがとうございます。以下、ネタバレ気味の解説になります。











・影
シャドウです。稀にいるイレギュラー的な。ちなみに種類はアルカナ魔術師の最弱シャドウ、臆病のマーヤです。

・ペルソナ
召喚器無しで召喚出来たのは3以前の方式で手に入れたペルソナだからです。しかし3以前のキャラのようにワイルド染みた複数ペルソナを所持しているわけではありません。
あくまでオリ主のペルソナは一つです。正体はいずれ。

・マハムド
闇属性、全体呪死魔法。成功率は低いです。


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