言い訳は活動報告に記載しておきます。
無駄に時間をかけてしまい、申し訳ありませんでした。
今回、文が少々雑ですので、のちに修正をかける予定です。
鈍い打突音が、薄暗い路地裏に反響した。
「ぐッ、お、つ、つえぇ……。」
痛烈な頭突きに二重の意味で鼻っ柱をへし折られた不良が踏鞴を踏む。
拳を振った前傾姿勢にカウンターの如く合わせられた一撃に、彼は鼻血を流している。
「テメエ、今三途の川渡ったぞ!!タダで帰れると思ってんのかァ!?」
顔面とプライド、両者に傷をつけられた男は、怒りに任せて吠えたてる。
しかし、相対する青年は気怠げな様子でそれを受け流し、静かに呟いた。
「……試すか?」
たった一言に籠められた不可視の重圧に、怒り狂っていた不良はすっかり竦んでしまっていた。
「い、いや、特に……。」
そんな彼の怯えた様子を笑う声が周囲から上がり、彼とその友人は悔しげな表情で青年を見やる。
すると、顔を抑えた不良の友人が、はっとしたような顔で叫んだ。
「テメェ、確か荒垣とか……そうだ、荒垣真次郎!テメェも確か月高だな?」
確かめるような言葉に、青年、荒垣は無言で返す。
その佇まいに恐れをなしたのか、不良少年たちは捨て台詞を吐き捨てながら去って行った。
「テメェ、覚えてろよッ!!」
その情けない様を見送りながら一頻り笑うと、周囲に屯していた路地裏の住人たちも次々と去り始める。
夜闇の静けさが辺りに満ち、一本しかない街灯の瞬く音だけが聞こえる中で。
荒垣真次郎は、その背に庇っていた者に向けて、ゆっくりと振り返った。
「すげーッス、先輩つえーッス!!」
そんな、感嘆とも安堵とも取れる声を上げたのは順平だった。
まあ、気持ちは分かるが。生まれ変わってこの方、喧嘩なぞしたことがなかったから緊張した。
シャドウを相手取るのとは事情が違うし、相手は人間なのだ、俺の方は手加減をしなければ殺してしまいかねない。
多分、順平の危惧は俺のものとは気色が違ったのだろうけど。
今まで化け物ばかり相手にしてきて、何故今更、不良なんぞを怖がるのやら。
奴らが逃げ去ってからすぐに立ち上がって騒いでいることからして、不良の拳は順平に然して効いていない。
多分、ああいう輩は喧嘩が強いという先入観からあそこまでビビッていたのだろう。
実際に彼我の戦力を鑑みると、岳羽さんでさえタイマンで不良を倒せるスペックがある筈なのだが。
ホントに戦ったらエライことになってただろうけど。ああいう人種は報復してくるから怖いのだ。
安っぽいプライドを傷つけたおかげでおちおち外出もできないはめに陥るのは御免である。
と、くだらない思考を巡らせていたらため息が聞こえてきた。
他人の耳に聞こえる前に、空気に溶けて消えてしまいそうな微かな息遣い。
音の元を辿るとそこには、やや呆れたような表情をした荒垣先輩の姿がある。
「チッ。お前らみたいなのの来るとこじゃねぇだろ、帰りな。」
擦れた低めの声が耳朶を打ち、緩んでいた場の空気が冷たさを取り戻す。
そのまま背を向けて去ろうとした荒垣先輩の背中に、岳羽さんが慌てて声を掛けた。
「ま、待って!」
足を止め振り返る臙脂色のコートの背中に、彼女は事情を説明した。
「私たち、聞きたいことがあって来たんです!」
紡がれる言葉の最中、彼は不意に眉を顰めると微かに呟く。
「……の病室に……アイツに言われて……か?」
何事かを口にした後、彼はこちらに向けて岳羽さんの問いへと返答を始めた。
「怪談とやらの話が聞きたいんだったな。あれは、〝ウワサ〟だ。」
彼が言うに怪談の元となった噂は、この裏路地に屯していた女生徒たちの話が発端になるらしい。
なんでも彼女らは病院送りになる前に『山岸』という生徒をイジッて遊んでいると話をしていたとか。
その彼女らが全員、病院送りとなり、その原因を話のタネに膨らましていった結果。
「ウワサじゃ、そいつらをやったのは山岸の怨霊ってことになってるぜ。」
まるで信じていない様子で吐き捨てた先輩に、岳羽さんが噛みつく。
「怨霊……?それ、どういう、」
「おまえら、知らないのか?もう一週間かそこら家に帰ってねぇって話だ。」
彼女の言葉を切るように、彼は言った。
「山岸ってヤツ、死んでるかもな……。」
帰路。
「どういうことだよっ、山岸って病気じゃ……ってかこれって行方不明ってことかよ!?」
噂について四人で意見を交換しつつ帰っていると、順平が疑問を口にした。
行方不明。不登校とは重みが違うその言葉に、岳羽さんが口を開く。
「これ、もう怪談なんかじゃないよ。これって、事件だよね……。」
顎に手を当て、深く思い悩む岳羽さん。
こちらが想定していたよりも事態は複雑に絡み合っていることを知り、思い悩んでいるようだ。
結城さんも普段の宙に浮いたような雰囲気は鳴りを潜め、真剣な表情で思考を巡らせているふうに見える。
それからいくらか議論が行われたが、結果は何も分からず終い、各自が胸に疑問を抱えて就寝することとなった。
お休みと一言残して部屋へ戻り、暗い室内を明かりもつけずに横断してベッドに飛び込む。
反動で二度ほど跳ねる体を遊ばせつつ瞼を閉じれば、眠りはすぐに俺の意識を閉ざしていった。
そうして次の朝が来て、休日だということだから何もせずにいたら、あっという間に夕方になっていた。
エントランスへと降りてみれば、寮生は全員そこに居るようだった。それぞれが何かしら食べ物を口にしている。
さっそく輪の中に混じって会話していると、今日は神社で偶然にも集まったという話を聞けた。
他愛のない話が柔らかく耳を擽り、その心地よさに気が緩む。
思わず欠伸を漏らすと、間抜けな表情だと随分笑われてしまった。失礼な。
俺は明日に備えてコンディションを整えているのだ。と言っても伝わる筈が無いので言わないが。
とまあ、緩やかに時間は過ぎていったのだ。
誰もが、明日に決死の戦いを強いられることになるとは思ってもいなかった。
明日に何が起こるかを知っている、俺でさえも。
翌日には、大きく事態が動いた。
『恐らく、彼女はまだ、この学園を出ていない。』
桐条先輩の言葉と共に告げられた集合予定に従い、放課後の生徒会室へと向かう。
全員が集まり、机を囲んだところで、桐条先輩が口を開く。
「今夜、この学園への潜入作戦を行う。目的は、山岸風花の救出だ。」
告げられたその内容に、順平が不可解そうな表情で問う。
「あの、イマイチわかんないんスけど、山岸って、ガッコの中にいるんスか?」
その疑問はこの場に居る者の多くが感じていることだった。
各自の頭に、今日の昼、噂の真相を確かめるべく向かった職員室での会話が思い出される。
『あんなことになるなんて、思ってなかった……!』
森山夏紀、山岸風花に対するいじめを行っていたグループの生徒が吐露した事件の真相。
根深いところに自分たちと同じ物を感じていたという彼女に対する蛮行、
同属嫌悪と異種に対する迫害、そして僅かな羨望の入り混じった感情による複雑な思考。
体育倉庫に閉じ込めたという山岸が姿を消してからの、焦り、恐怖。
消えた山岸を探しに行き、次々と倒れていく仲間。
そういった背景を伝えられ、さらに江古田教諭から山岸の捜索がなされていないことを聞いた上で、
桐条先輩は一連の事件の繋がりと、事件そのものが別箇に発生して絡まったものであることに気付いた。
怜悧な瞳で江古田を睨みつけ、冷え切った声で下衆と断じてから数時間。
その間に整理されたであろう推理が、聴衆の耳へと流れ込んでいく。
「恐らく山岸は、零時を境に迷いこんでいたんだ。」
――――タルタロスに。
その一言を皮切りに、生徒会室の空気が一気に熱を帯びる。
推理が正しいとすると、山岸風花がタルタロスへと迷い込んだのは十日も前のこととなる。
シャドウのうろつく中での生存は厳しいのではないか、という意見に、真田先輩が顔を上げた。
「タルタロスは影時間にしか現れない。なら、山岸風花は日中、いったいどこに居ると思う?」
誰に聞くでもないその問いに、先輩は自ら答える。
山岸風花は恐らくだが、〝その日〟を境にずっとタルタロスに居るのだろうと。
つまり、こちらの経過日数は十日でも、彼女の体感している時間は、影時間を足し合わせた分のみ。
……十時間。影時間に慣れたこの場の面々でも、相当疲労するであろうその長さ。
一度は持ち直したものの、僅かに山岸風花の生存に陰りが見え始める。
他にも問題はあった。彼女が未だ生存していると考えて、次に浮かび上がるのはその救出方法だ。
山岸風花がタルタロスの何処に居るかは不明。そんな中で探索をするとなると、こちらも危険なのだ。
各フロアを隅々まで探索するのなら、遭遇するシャドウが進路を塞いでいる場合は必ず戦闘になる。
体力が持たないことは明白だった。しかし、その言葉に待ったをかける者が居た。
真田先輩が再び口を開き、皆に提案をする。
「山岸と同じ方法でタルタロスへ入るんだ。そうすれば短時間で辿りつくことが出来る。」
その言葉に反応したのは順平だった。順平は身を乗り出すようにして反論する。
「無茶ッスよ!!大体、そんな方法でタルタロスに入れる保障なんてないし、
もし皆で遭難なんかしたら「ならこのまま見殺しにするのかッ!!」あ……。」
言葉を裂いて声が木霊する。常日頃の冷静そうな佇まいをかなぐり捨て、真田先輩が叫んでいた。
少しの静寂が漂い、おかしくなった空気をとりなすように、桐条先輩がまとめにかかる。
「私は、正直に言えばこの作戦、諸手を上げて賛成は出来ない。しかし……。」
「助かる可能性があるのに、放っておくなんて俺には出来ない。
お前らが行かないなら、俺一人で行く!」
考えこむ桐条先輩に突っかかるように真田先輩が噛みつく。
今にも飛び出していきそうなその様子をみて、桐条先輩は決断を下した。
「しかし、放っておくことも出来ないだろう。今夜零時、体育倉庫にて作戦を開始する。」
「よし、改めてチームを分けるぞ。」
普段よりも僅かに声量を落としつつ、桐条先輩が場を取り仕切る。
月光館学園の玄関ホールには、ペルソナ使いが足並みを揃えて集まっている。
作戦通り夜を待って学校へと侵入し、今しがた、体育倉庫へと侵入する手はずを整えたところだ。
途中でウギャだなんて叫び声が聞こえた〝気がした〟が、なんとか無事に用意を済ませることが出来た。
普段とは違い少し寒々しい、照明の無い玄関ホールの中を、結城さんの視線が左右に動く。
桐条先輩の提案で、内部に突入する突入組、外でバックアップを行う待機組と分かれることになったのだが、
早々に真田先輩が突入組へと志願、仕切り役にと結城さんを指名したので、組み分けはあっさりと済んだ。
かと思われたが、人数が多い上に、待機組は戦闘の心配が無い、ということで、もう一人を急遽連れて行くことに。
桐条先輩はバックアップに残るため、選択肢は俺と岳羽さんなのだが……。
「うん、それじゃあゆかりで。」
「オッケー!」
突入は岳羽さんに決まったようだった。俺としてもその選択に異存は無い。
というよりか、願ったり叶ったり、であった。
今回戦うシャドウの性質上、俺がエントランスに居れば戦闘が有利に進むからだ。
エンペラーとエンプレス、二体同時に相手取って戦うということは、一見不利に見える。
しかし、この二体は実はそれほど強くない。何故ならば、明確な弱点が存在するからだ。
エンペラーは魔法に弱く、エンプレスは物理攻撃に弱い。
その弱点はパラダイムシフトという奴らの特性によって変化していくが、大きな括りでの弱点は変わらない。
例えば、エンペラーがシフトしても、その弱点が物理になることは無いのだ。必ず、魔法でのカテゴリ内でのみ変化する。
その為、俺は事前知識により、エンプレス相手には絶対的に有利に立ち回ることが出来るのだ。
エンペラーにしても、行動は物理攻撃のみ。倒し切る必要のない身としては、遅延戦闘を心がければ組し易い。
唯一の懸念は敵が強化されていた場合の対処だが……。
何れにせよ、今ここでこちらにメンバーを割いてくれと頼むのは不自然であるから出来ない。
手持ちの戦力でなんとかするしかないのだ。
「それじゃあ、俺は待機組ですね。」
「ああ。それでは、零時までに所定の位置に向かうとしよう。」
俺は桐条先輩と共に、校舎の外へと向かった。
読了、ありがとうございます。