これより下の今話は、読み飛ばしても本筋に影響のない幕間となります。
読み飛ばす方は、今回の話でオリ主と主人公が仲良くなったよ、という内容だったとだけ知ってくれれば大丈夫です。
瀬戸際の勝利だった。
結果的に〝賭け〟に勝利したから良かったものの、もしも失敗していれば、何人死んでいただろう。
正確な数は分からないが、まず、この場にいる全員が死んでいたのは間違いない。
俺は気怠い体を歩かせながら、つい先刻の戦いを思い出す。
よもや、プリーステスがあれほどまでに強いとは。
自在に動く髪の鞭という、たった一つの想定外であれほど苦戦するなんて、思いもしなかった。
こういったゲーム外の要素には、今まで以上に気を配らなければならない。
予め敵を知っているというアドバンテージを持つ俺だからこそ、こういった要素でやられかねない。
それを避けるためにも、早急に取り組まなければならないのはペルソナの強化だ。
俺のペルソナ、タンムズのスキルは、あまりにも極端な効果のものしか無い。
唯一、汎用性があるスキルはディアのみ。それも、最前線で使えば的になるだけだから実質死にスキルである。
その他は、一撃必殺だけどムラっ気があり過ぎるマハムド、同じく必殺だけど一度きりのメギドラ。
見事なまでの極端さ、成果か無か、ゼロイチのオンパレードである。酷い。
これでは、まともな戦闘を期待するだけ無駄というものだ。一刻も早く、新たなスキルを得ねばなるまい。
と、俺が決意を固めているあいだに、俺たちは気づけば駅のホームへと戻ってきていた。
動かない改札を通って駅前まで出ると、そこから桐条先輩が、バイクの前で腕組みしながら立っているのが見える。
疲れを感じさせる足取りで全員が戻ってくると、桐条先輩は微かに微笑みながら、良くやってくれた、と俺たちを労った。
「時間制限のあるプレッシャーの中で、君たちは素晴らしい成果を挙げた。大勢の人間が君たちの手で救われたんだ。そのことを、どうか誇りに思ってほしい。
……そろそろ影時間が明ける、君たちも疲れているだろうから、早めに帰って休んでくれ。では、解散とする。」
そう言うと、彼女はヘルメットを被ってバイクのキーを捻った。それを合図に、俺たちはコンビニの方向へと歩き始める。
が。
「おっと、君には今から用事がある。疲れているところをすまないが、言っておきたいことが少々あるのでね、同行願おう。」
桐条先輩が、俺に声を掛けた。俺はその用事とやらに心当たりがなかったため、記憶を反芻する。
「えっ……?あっ!」
すると、脳裏に例の〝やらかした〟場面がフラッシュバックし、汗が米神から顎に伝う。
「思い出したか。今日でなくとも良いかもしれないが、鉄は熱い内に打てということわざもある。」
桐条先輩が微笑んだ。俺にはその笑みが悪魔の嘲笑に見えて、冷ややかなものが背筋を滑り落ちていくような錯覚を覚えた。
その後、帰宅した二年生組がエントランスを通ったときに、春日の屍をソファの上に見たとか。
春日はその様に慄く彼らに聞こえないように、脱力しながら呟いた。
「未来を変えるって、良いことばかりじゃないんだな……。」
力の無い声は柔らかなクッションに沈み、綿の間で虚しく消えた。
春日は〝疲労〟になった。
翌日。精神に多大な疲労を残しつつ、俺はいつもより遅めに目を覚ました。
あまり開かない目でベッド側に置いた目覚まし時計を見ると、まだ朝の時間帯である。
これは、このまま二度寝すべきだろう。天啓を得た俺は手足に残る怠さが訴えるままに、布団を被り直した。
そのまま眠るわけではないが起きるわけでもない、所謂微睡みを楽しんでいた俺。
暫くして意識がはっきりと覚醒し、良い具合に腹が減ったので起きだすと、もう既に時計の針は真っ直ぐ上を指していた。
緩慢な動作で布団から這い出て、適当にカラーボックスから服を引っ張り出す。
着替えている最中、食事はどうしようかと思考する。
自分で作るのは時間と手間が掛かるし、今日は外食にしよう。
疲れと空腹でやる気がでない俺は、昼食を外で取ることにして寮を出た。
真昼の空には雲が無く、太陽が暖かく地を照らして程よい気温だ。
首元の緩いシャツにジップパーカーという、ラフ極まりない恰好で、俺は巌戸台駅前を目指して歩く。
大して遠くもないそこに着くと、見知った人影がふらふらと歩く姿を見かけた。
「おーい、結城さん?」
特に意味もなく声を掛けてみると、その人影は亜麻色の髪を揺らしながら振り返った。
光の加減で赤く見える瞳が、俺の姿を捉える。
「春日君?」
「うん。結城さん、ここで何してるの?特に用事もなさそうに見えたけど。」
誰何する声に頷いて問いを投げると、彼女は困ったような顔で答えた。
「えっと、お昼をどうしようか悩んでたの。ほら、何処が美味しいとか、まだ分かんないから。」
その言葉に納得し、成る程、と相槌を打つ。確かに、越してきたばかりの結城さんには分からないことだろう。
俺もここに越してから色々と回ったが、中々に店の数が多くて回りきれてないし。
まぁ、この辺りの飯屋には中々に当たりが多いので、どこで食べても間違いはないんだけれど。
そこまで考えが及んだところで、脳裏に名案が閃いた。
「じゃあさ、俺も飯行くところだから、一緒に行く?」
何の気なしにといったふうに出した提案に、結城さんは軽く考えてから頷いた。
……良かった、断られたらヘコむところだった。
さり気に緊張していたせいか、掌に掻いた汗を袖で拭うと、俺は彼女と連れ立って歩きだす。
ワック横の螺旋階段を上り、数歩歩けば目的地に到着、案内ってほどでもなかったな。
「ここ?」
「うん。ダメかな?」
手頃なランチや頭が良くなると噂のDHA定食とやらがある、定食屋わかつ。
本当はその横にあるはがくれに行きたかったのだが、女の子に昼間からラーメンを進めるのもどうかと思ったのだ。
ラーメンは旨い食べ物だが、こってりしてたりニンニクが入っていたりと、女の子にお薦めできる代物ではない。
まあ、彼女がそういうのを気にするタイプだとは思わないが、一応の配慮である。
ここでいいかと聞くと、彼女は今度は悩む素振りを見せずに頷いてくれた。
暖簾を潜って中へと入り、テーブル席で注文をする。
昼時なせいか、忙しそうな店員が注文を聞いて走り去るのを見ながら、視線をそっと横に滑らせる。
そこには一人の少女がいた。少なくとも見ている分には、ただのごくありふれた少女でしかない。
友達と笑い、適度に勉強をし、明日が必ずくることを疑わない少女。
結城理は実際に触れ合ってみると、俺が思っていたよりも普通だった。
確かに、一般の区切りを逸脱した活躍を見せることもあるが、ただそれだけだ。
別段、人間の括りから外れることはない範疇の活躍である。
いずれ奇跡を起こすとしても、今はただの人間なのだから、扱いもそうであるべきか。
そんなふうに、自分の中での人物評を修正していると、彼女と目が合ってしまった。
窓際の席だからか、明るい陽射しが差し込んで、彼女の目が緋色に見える。
それを何となく、宝石のようだと思った。
「ね、結城さん。リーダーって大変?」
なぜか気が付くと、そんな言葉を口にしていた。
あまり意図して放ったわけではない言葉に、彼女は額に指を当て、数瞬間を置いてから口を開いた。
「そこそこ大変、かな。」
そう言って少し笑うと、彼女はコップの水を含んだ。
「どうしてそんなこと聞くの?」
不思議そうなその響きに、今度はこちらが答えるための間を要した。
「うーん……。結城さんがリーダーになったのって、俺の提案が原因みたいなもんだから。
しんどいと思ってるなら、謝らなきゃなと思って。」
咄嗟に口にした言葉は、しかし、でまかせではない。
常々思っていたことだ、先ほど考えていたこととも繋がるが、普通の女の子に、重荷を背負わせていやしないかと。
しかしそれは、過ぎた心配であったようだ。彼女は俺の言葉を聞くと、微かに笑った。
「大変だとは思ってるけど、嫌々やってるわけじゃないよ。寧ろ、やりがいがあって楽しい、かな。」
なんとなくフォローされたんじゃないかと思いつつ、そっか、と返しておく。
普通の女子高生にフォローされる、総合精神年齢三十路の男。
自分で言って、自分でへこんだ。ダサすぎだろ、俺……。思わず眉尻が下がる。
まあ、へこんでいるところを気取られでもしたらさらにダサい。
俺は表情をデフォルトに戻し、真っ直ぐ前に向き直る。すると。
「また心配してくれたんだね、ありがとっ。」
真正面から満点笑顔の直撃をくらった。俺が後少し若ければ、勘違いしていたかもしれない程に強烈だった。
軽く火照った顔を誤魔化すために上着を脱ぎ、手で顔を煽る。
「また、余計なお節介だったみたいだけどね。」
おどけたふうに笑顔を返すと、彼女の笑顔が少しいたづらっぽい表情に見えた。
……人物評を修正しておこう。彼女は少々、普通じゃない。
読了、ありがとうございます。以下、蛇足。
・今回の話の意義
ぶっちゃけるとコミュニティの取得です。
今回の話は主人公が春日のコミュニティを得るための話であり、それ以外には春日の意識改革のための側面も持ち合わせています。それが今後どのように影響するかはまだ秘密です。
ちなみに、春日のコミュのアルカナは当初思い描いていたものが使用不可になる事態が発生したので考え中です。あまり本編に出てきたコミュを弄りたくないのですが、場合によっては原作に出てきたコミュをオリ主に変更し、非常に申し訳ないことになるのですが、原作通りのコミュが一つ減る事態が発生するかもしれません。