『どうやら列車全体が、シャドウに支配されているらしいな……。』
通信が告げる加速の正体に、岳羽さんが不安そうに問う。
「らしいって、ちょっと大丈夫なんですか、それ?」
その言葉に返答が来る前に、列車はさらに速度を増していた。
高速で流れていく風景を見ながら、順平が誰に聞くでもなしに言った。
「おい、ヤバくね?」
言葉にせずとも、その場の全員が順平に同意していた。
『不味い、このままスピードが落ちないと、数分で一つ前の列車に追突する……!!』
焦りを多分に含んだ声に煽られるように、俺達は慌てて通路を駆けだした。
俺が突撃してから数分、俺達は幾度かシャドウに遭遇しつつも、上手く連携を取って何事もなく撃破しつつ進んでいた。
それからある程度車両を跨いで前に行くと、突然列車が動き始めたのだ。
焦る俺達に原因を伝えた桐条先輩から、前方の車両にいるシャドウを倒して、列車を止めろと言われたのが先ほどである。
状況を頭で整理しつつ、俺はそっと召喚器に触れる。そこにある冷たい感触に、微かに手が震えた。
出来れば、何事も無く終わって欲しいが。そう思いながら駆けると、終に最後の車両前へと到着した。
『本体はこの中だ、準備はいいな?』
その言葉に、視線が結城さんへと集まる。結城さんは数瞬だけ目を閉じると、そっと開いて薙刀を握り直した。
「大丈夫です、行きましょう。」
その言葉を皮切りに、俺達は先頭車両へと駆け込む。
そこには、奇怪な巨体が鎮座していた。
両手を後ろにつき、膝を立てて両足を投げ出した格好の人型。大型シャドウの一つ、プリーステス。
下半身を布のようなもので覆っているが、上半身は裸体。まあ、その布のようなものも服でなく、奴の一部なのだろうが。
その体色は正中線から黒白半分に分かたれており、どぎつい赤と紫の中間色の仮面が目元を隠している。
何処となく淫靡さの窺える、退廃的な造形。そんな中で、一際異質なものが車両内部を蠢いている。
「おわっ、な、何だありゃあ!?」
順平が驚きの声を上げた。その理由は、おそらく俺が考えているものと同じだろう。
髪だ。人間でいう髪の部分だろう、頭部から伸びたモノトーンの二色の帯が、車両の半ばまでを覆っている。
それは何事かを書き込まれた紙のようなものでありながら、生物的な生々しさで波打っている。
つくづく人の生理的嫌悪を煽る連中だ。心中で吐き捨てると同時に、俺は数歩進み出て剣を正眼に構えた。
これくらいの異質さなら、今までに何度も目にしている。全員が怯むこと無く、召喚器を引き抜いた。
「行くよ!!」
引き抜いた召喚器をそのまま側頭に当て、結城さんが引き金を引いた。
いつものように破砕音が鳴ると同時に、光の帯が彼女を囲む。それは徐々に広範囲へと広がって行き、やがて味方全員を包んだ。
ミックスレイド、カデンツァ。回避に大幅な支援を受け、戦いが始まった。
「いつも通りに!」
響く結城さんの声に、まずは順平が攻撃をしかける。
「了解!んじゃ、行くぜー!」
召喚されたヘルメスが、弾丸のように敵に迫る。
鋭利な翼を用いた斬撃、スラッシュが敵に直撃する。伸びた髪の数本を断ち切りながら、ヘルメスは敵のどてっ腹へとぶち当たった。
さらに、ヘルメスの攻撃の軌跡を追う様にして放たれた矢が、くの字に折れたプリーステスへと追撃を加える。
背を曲げたことにより低い位置へと来ていた頭部に、それは鋭く突き刺さった。敵から苦悶の声があがる。
「当たった!理、いけそうだよ!」
敵の耐久力をそれほど高くないと見た岳羽さんから声が上がる。それに頷いた結城さんは召喚器を手に取り。
劈くようなシャドウの声に、追撃を断念した。
何事かと思い敵を注視すると、そこにはどす黒い煙が二条ほど渦巻いていて、その場から染み出るようにシャドウが出てきていた。
『くっ、仲間を呼んだのか!?』
通信の声の通り、敵は護衛を呼び寄せたのだ。現れた敵、囁くティアラは、出現して間を置かずにこちらへと向かってきた。
空中を浮遊して滑るように近づいてくる敵を、俺は剣を振って牽制する。
刃先を避けて後退する敵に横合いからヘルメスがスラッシュを喰らわせ、一体を退けた。しかし、敵の狙いはそこには無かったのだ。
耳障りな鳴き声と共に、もう一体のティアラが魔法を唱えた。淡い光がプリーステスを覆い、ちぎれた髪が再生していく。
「かっ、回復!?」
驚きの声を上げた岳羽さんに反応したのか、プリーステスはうねる髪を鞭のようにして攻撃してきた。
「ぐっ、おォ……!?」
咄嗟に攻撃の軌道へ飛び込み、剣の腹を抑えて盾にする。しかし、踏ん張っていた筈の足は床を離れ、俺は防御の上から吹き飛ばされていた。
シャドウの持つ時間、空間に干渉する能力の所為だろうか、妙に広い空間を束の間浮遊し、俺は背中から列車の床に突っ込んだ。
衝撃が全身に伝播し、一瞬呼吸が止まる。痛みが背を走り抜る、しかし、ペルソナの身体能力強化のおかげか、大きな傷は無かった。
「この野郎……!!」
良くもやってくれたなと、戦意が滾る。しかし、あふれ出る感情とは裏腹に、事態は防戦へと推移していた。
敵の攻勢が苛烈過ぎるのだ。新たに召喚されたティアラがこちらの前衛を封じ、もう一体がプリーステスを回復する。
全快したプリーステスは髪、いや、触手とでも言った方が正しいものを鞭のようにしてこちらを攻撃してくるのだ。
一方こちらは攻め手が足りず、襲い来る触手を躱すのに精いっぱいといった様子。非常に不味い状況だった。
「……やるしかないか。」
決断は一瞬だった。ホルスターの留め具を外し、召喚器を握る。頭部を狙ってきた触手をしゃがんで躱すと、俺は叫ぶように声を上げた。
「ちょっと試してみたいことがある!!合図したらみんな、後ろに下がってくれ!!」
いいかげんジリ貧なのが効いていたのか、皆があっさりと頷いてくれた。俺は敵に向き直ると、一気に疾走を開始した。
まず、向かってくるのは対前衛用のティアラだ。相手していると触手に足止めされてしまうので、全力で躱し歩を進める。
次に向かってくるのは触手だ。数が多く、三次元的な軌道で攻撃してくることが厄介だ。
足を薙ぐ攻撃を跳んで躱し、右斜めからの打ちおろしに剣を合わせて防御。多少ダメージを喰らったものの、撃ち落とされて着地が早まった。
そのまま間髪入れずに駆け出すと、背後から飛んで来た魔法が触手を打ち払ってくれた。
ガルが触手を弾き、力の抜けたそれをアギで燃やしていく。鮮やかなコンビネーションで触手は数を減らし、真直ぐに道が開けた。
「今だッ!!」
短く合図を送ると、俺は走りながら額へ銃口を向けた。荒い所作で額が痛むのにも構わず、トップスピードで敵の懐へ飛び込む。
緊張が体を走り抜け、心臓が激しく暴れ出す。失敗を恐れて指が震える。自分が死ぬのは怖くないが、他人を死なせるのが怖い。
どうせおまけの人生なのだから、今死のうが何時死のうがそれほど差は無い。怖いのは、俺の差配が他人の命を左右することなんだ。
列車の乗客、仲間、どちらの命も失いたくは無い。予想が正しければ、成功する筈だが……!
絶えず足を動かしていたからか、随分早く敵の足元へと辿りついた。
ここまで来たら、後は指先を引き絞るだけだ。緊張を押さえつけるように、俺は笑って引き金を引いた。
「〝メギドラ〟」
囁くように絞り出した声は、圧倒的な光量と爆砕音に掻き消された。
気づけば彼らは、狭い車両の床に座り込んでいた。
慌てて周囲を見渡すが、シャドウの影は一切見えず。ほっと息を吐いた瞬間、鋭い声が響く。
『列車が止まっていない、このままではぶつかるぞ!!』
瞬間、その場に緊迫感が戻る。慌てて前方を透かし見れば、窓の先に列車が見える。
「嘘、えっ、どうすれば!?」
「おいおい、マジかよッ!?」
皆が慌てている中、一人立ち上がった少女が、車両の運転席へと駆け込んでいった。
「まかせて!」
小さく発せられた声を掻き消すブレーキ音が、辺り一面に唸りを上げた。
列車は激しく火花を散らして急激に減速。見る間に迫る前方の列車を目の前にして。
「と、止まった……?」
「止まってる、みたい。」
完全に、停止した。
その場にしばし、沈黙が流れる。数秒して、己が助かったことを知った彼らは、気が抜けたようにへたり込んだ。
「ヤバ、あたしヒザ笑ってる……。」
「あーっ、あーもう、めちゃくちゃ嫌な汗掻いたっての!!」
そんな彼らの元へ、言わば命の恩人とも言える少女が戻ってくる。
「おいヘーキか、マコトっち?」
「全然いける。」
何事もなかったかのように佇む少女に、彼らは呆れた様子で溜息を吐いた。
すると、少女、結城が周囲を見回し始める。彼らはその様子を見て、あることに気付いた。
「あれ、郁人のやつ、何処だ?」
「ホントだ、どこ行ったの!?」
慌てて春日を探す彼らに、か細い声が掛かる。
「お~い……ここ、ここだー……。」
弱弱しい声に気付いた彼らが立ち上がって周囲を見ると、そこには。
「た、助けて……。」
体力気力その他を使い果たし、座席の手すりにもたれ掛る春日の姿があった。
こうして彼らは、最初の試練に打ち勝った。しかし、これは始まりに過ぎない。
が、しかし、今日この日においては彼らの完全な勝利であり、未だ先は遠い。
彼らは並んで線路上を歩き、日常へと帰還する。
今日も、月が沈む。
読了、ありがとうございます。以下、解説です。
ちなみに、次回は番外編か日常回で、二週間後の前後に更新の予定デス。
・車両壊れるとかどうとかはどこいったの?
次話で触れるつもりでしたが、いろいろ不親切すぎるために一応の解説おば。
シャドウには時間と空間を操る能力があり、各アルカナの大シャドウにはそれが顕著です。
しかし、小粒なシャドウにはそれを発揮する力も機会も無いため、春日は当初ただの車両で戦闘した場合、メギドラは強力過ぎるのではないかと考えていたのです。しかし、蓋を開けてみれば、プリーステスは巨体を車両に押し込めるために空間を広げているし、散々暴れても周囲が傷ついていないしで、春日はこれなら行けるんじゃね?と、メギドラ行使に踏み切りました。又、敵に接近することによって、爆圧の触れる範囲を敵の体と触手のみに絞ったことも効いています。本当は本文中に書き切りたかった事柄ですが、それをすると説明的になって文から勢いが損なわれると感じたため、カッとしました。疑問に思われた方がおられたならば、ここに謝罪させていただきます。すいませんでした。
・メギドラかよ()
メギドラオンだと強力すぎますし、消費SPも高いので。ちなみに、今の春日のSP量では、一発撃つのが限界です。
※ちなみに、メギドラとは万能属性大ダメージ消費SP強の強力な魔法のことです。