ペルソナ3 招かれし者   作:パステルいろ

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0.unconsciousness/プロローグ

奇妙な浮遊感を感じていた。

落下しているようでもあり、上昇しているようでもある。

停滞してはおらず、絶えずどこかへ向かっていると感じる浮遊感。

それに身を委ねて意識を曖昧にしていると、幸福感すら感じるような感覚だ。

どこに向かっているのかは知らないが、そんなことはどうでも良かった。

なんせ、時間も世間体も気にすることは無い身分になったのだから。

 

俺は、春日 郁人は死んだのだ。それも、割とあっさりと。

バイクで通学しているところを、交差点から飛び出てきたトラックに轢かれてお終い。

瞬間的にブラックアウトした意識が回復すると、ここに浮遊していたって流れだ。

痛みも無く、感慨も無く、随分とあっさりとした命の終わりに、俺は拍子抜けしてしまった。

もはや事ここに至れば、トラックの運転手に怒りを覚えることも無い。

悟りの境地である。ま、悟ったところですぐに消えるから、意味は無いのだが。

何時かは分からないが、俺の意識は消えるだろう。

現世で多数語られている死生観は、その大体が終わりへと行き着く。

それは輪廻の輪だったり、天国地獄といった死後の国だったり。

しかし俺は、死後の国というものは存在しないと思っている。

だって、おかしいじゃないか。

死後にも自分という一個体を保って、しかもこれ以上終わることのない状態で永遠に居れるなんて、信じられない。

それなら、生きている意味なんてまるで無いんじゃあないのか。

生前、俺はそういう考えで生きていた。だから多分、俺には死後の世界は無いと思う。

仮に死後の国があっても、俺みたいにそういった救いを欲してない人には行けない場所だと思うし。

 

だから、俺は多分ここで消える。

真っ白に漂白されてゼロになった魂がどこに向かうのか、あるいは消えるのかは知らないが、ここで消える俺という個人にはどうでもいいことだ。

……どうでもいい、か。

こんなところで生前やってたゲームを思い出すなんて。何だか笑えてくる。

確かあのゲーム、死がテーマになってたっけか。そのせいで思い出したのかも知れない。

ペルソナ3、懐かしいな。結構、熱中してやってた気がする。

当時はまだ思春期だったからか、すごい影響受けた憶えがある。

エアガン頭に当てて、ペルソナッ!!て、そんなもん出るはずないのに。あ、一回残ってた弾が出て痛い思いしたっけな。

なんか、恥ずかしいけど懐かしい記憶だなぁ、嗚呼、もう一回プレイしたくなってきた。

……ま、無理だろうな。もう、感覚が消えかかってる。

怖くは無いが、不思議な感じだ。自分が溶けて滲み出すみたいな感じで、それに妙な安堵感を覚えてしまう。

臨死体験をした人間は、死の間際に安堵感や肥大した感覚を感じると言うが、これはそれに近いものかもしれない。

最後を迎える最中、意識は微睡に足を取られ、ゆっくりと無限の闇に溶けていく。

 

思考が溶ける間際、青い光を見た気がした。

さらにその光を遮って、金色の何かがひらひらと舞う。

 

あれは……、蝶、か?

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。……おや、これはこれは、珍しいお客様だ。」

 

その空間を支配しているのは、一面の青。壁、床、調度品に至るまでが青く統一されている、異質な空間。

その中心にある丸テーブルに、一人の老人が鎮座している。

背がかなり婉曲していて、そのせいか一層小柄に見える老人だ。それだけなら普通の老人なのだが、その相貌は、異様の一言に尽きた。

眼球は大きくせり出し球の形、鼻は猛禽の嘴の如く尖り、しかしてその数倍は長い。

異貌の老人は鼻に隠れた口元を笑みに歪め、迷い込んだ稀人を歓迎した。

 

「どうやら貴方は、意図せず迷い込んでしまわれたようだ。貴方は私どもの助けを必要としておらず、既に旅を終えておられる。」

 

老人はそこで言葉を止め、ますます笑みを深めて対面を見つめた。

老人の対面には、淡く光る球体のような光があり、それは青い椅子の上に揺蕩っている。

不規則に揺れ動く光の明滅を眺めて、老人は再び口を開いた。

 

「突然訪れた終わりに、貴方はその結末に至る旅路を、半ばで終えてしまわれた。

そればかりか、このような場所まで引き寄せられて、再び始まる資格さえも奪われておいでだ。」

 

老人は視線を伏せ、テーブルに肘をついて顔の前で手を組んだ。

途端、テーブルの上には長方形のカード、タロットが複数現れて展開し始める。

複雑に動いたタロットは裏向きのまま等間隔に並び、その内の一枚を老人が捲った。

その図柄は……。

 

「……ふむ、どうやら貴方には、奪われた物を取り返す権利と、意欲と、責任がおありのようだ。

ならば、私どもは役に立てずとも、その道行に幸運のあることを祈らせてもらうことにしましょう。」

 

その言葉が引き金であったかのように、椅子の上にあった光が徐々に薄れていく。

やがて光は完全に消え、そこには老人と、その手に握られた一枚のタロットだけが残された。

老人は張り出た眼球を動かし、もう一度その図柄を見つめた。

 

タロットの意味は、正位置ならば停止、損失、逆位置ならば、それは死からの再生と、やり直しを意味している。

 

……タロットの名は死神。その逆位置がしっかりと、老人の骨ばった手に握られていた。

それを静かにテーブルの上へと戻し、老人は再び腕を組む。

老人は大きな眼球をまぶたで覆い、沈思黙考に耽る。

アルカナが示した意味は、果たしてどちらなのか。

死からの再生か、それともやり直しか。

何せ、かの客人はまだ死んではいないのだ。

その証拠に、彼は老人の主から力を与えられている。

あの力は、生きている人間にしか振るえぬ力であるはず。しかし。

ならば何故、彼からはあのように濃い死の気配がするのだろうか。

それは、いったい。

老人は薄く目を開け、卓上のタロットをねめつけた。

そこには変わらず死神が鎮座し、暗い眼窩を覗かせている。

アルカナは沈黙し、ただ卓上で図柄を晒すのみ。

老人はやがてそれに興味を無くし、再びまぶたを閉じた。

 

そして、彼らにとっては僅かばかりの時が流れた。

 




読了、ありがとうございます。
このスペースでは文中のわかりにくい表現をネタバレ気味に解説しようとおもっています。
興味が無い方、理解力MAXな方は読まなくても大丈夫です。









・金色の蝶
フィレモンです。といっても別段本人(?)ではなく、その力の片鱗みたいなもの、とでも考えていただければ。後に主人公のペルソナを出すにあたって、主人公があるアルカナを扱えるのは、この方に力を与えられたからなんだよ、というこじつけのための出演です。

・老人
イゴールです。といっても、彼は今後オリ主に関わることが無い予定なので、登場しないかもしれません。ですから、彼が何者か分からなくても大丈夫です。

・タロット
死神のカードに文中の意味が付与されているのは、タロット占いの時のみです。
本来は死神のタロットは不死性、霊魂といった意味を持つんだとか。

・オリ主
春日 郁人。読みはかすが いくと です。読めなくても大丈夫です。
大して考えもせず、語感だけで命名しました。深い意味はありません。
設定としては19歳の大学生だったって感じです。THE☆適当。

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