ZEROの使い魔 太陽の少女   作:伊豆擱 里弧芦

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ZEROのルイズ(4)

 トリステイン魔法学院は、強固で巨大な城壁を持って外周を守っている。その外側を更に空壕が囲んでいる。そのことにイングリッドはいろいろと思うところがあったがとりあえずは保留した。

 

 出入り口は北側にある正門がメインになっている。空壕を渡る「橋」は土を盛って構築され、その側壁は石積みで補強されているが、恐らくは爆薬か何か―――簡単な魔法で吹き飛ばせるようになっていると思われる。橋の部分だけ空壕が深く、広くなっているのは余りにも実戦的な設計と言えるだろう。崩壊した「橋」の体積を受け入れられるだけの余裕が作ってあるので、うっかり転落事故でも起こせばかなり不味い事になりそうな深さである。周辺の気象条件によってはいつまでたっても水が引かない水溜りとなって、見た目も環境も悪くなったりするのでその場合には水メイジの訓練の場となる事もある。そんな場所ではあるが建前上は、学院の出入りはまず持ってここから行われるべしとされている。

 学院に入学する新入生はまずこの門を潜るし、学院を卒業する貴族もここを潜って外の世界に帰る。そういう建前である。全寮制であるこの学院の生徒が、普段から頻繁にする出入り口という訳ではない。

 

 そこから少し離れた場所にあるのが使用人や荷物の出入りに使う通用口である。質素ではあるが豪奢で巨大で見るものを圧する正門から、衛視が詰める建物や城壁の外周形状、壁塔などで正門付近からは直接見えないように、うまく隠されている。基本的に隔離された施設である学院内部と外部の接触はその「通用口」が一番使用頻度が高い。

 こちらは空壕を木の橋で乗り越えている。それなりに頑丈そうだが、2本セット、4本の橋脚で空壕の中で橋を支えている。魔法どころか斧一つで簡単に落とせるだろう。斧で橋を落とした者は確実に残骸の下敷きになりそうだが。

 

 正門そのものには学院を訪れる「お客様」の使用した乗り物である馬やワイバーンを預かったり、学院内部の施設まで行く必要もなく済ませられる用事をこなす為に歓談室等が設けられ、それらの施設でそれなりに人をもてなせるように世話人が詰めている。

 

 確認すべき事柄が山のように積み重なってウンザリするが、それらの位置や警備状況、構造、周辺施設の状況等も早急に調べておきたいとイングリッドは思う。

 ルイズの身の安全を図るためには是非とも知っておかなければならないことだからである。

 

 東側には教職員が主に出入りする門があり、あまり使用頻度は高くない。これは教職員もごく一部の貴族階級にある教職員以外は、術からず学院の敷地内に居を構えているためであり、週に一度、誰かが出入りするかどうか程度である。

 教職員はその立場上、顔パスが基本であり、衛視達はその極僅かな出入りもほとんどまともに対応をせずに素通りさせている。ルイズが何度か偶然に見かけた経験として、挨拶だけして出入りしている教職員の姿を何度か目撃している。

 

 イングリッドにとって警備状況的に一番危険を感じる場所であるが、現状では教職員の行動に注目して注意を払っておくぐらいしか考えられる対応策が無い。教職員の出入りを顔パスで済ますことが学院の方針、であるなら根本的対応策を考えるのも難しい。ある程度の地位にある人間を抱き込んで何かを持ち込ませるとか、或いは入れ替わって地位の高い人間をブスリというのはまことにテンプレであるとイングリッドは知っているので、余計に心配になってしまう。

 何がしかの事件がおきない限り、対応が改まる事は無いであろう。そうは言っても、そういう事態が起きるという事は、誰かが犠牲になることを示していて、それはつまりとりもなおさず、その犠牲者がルイズになる可能性が僅かでもあるのであるから、不謹慎な願いをすること自体が、ルイズを守る役割の自身の立場の放棄、となってしまう。

 だからイングリッドは、そういう願いを一瞬でも考えた自身の思考を恥じた。

 

 西側には生徒達や使用人が出入りするのに使うことになっている門がある。学院外部に対して手紙をやり取りするためのメール・ボーイが年中無休、24時間体勢で詰めていて、自在伝書鳩や貸しワイバーンにその騎手、滅多に使われる事のない竜籠などが用意されている。馬小屋も備えられていて、多くの馬や単騎乗りの乗用魔法生物等がそこに繋がれている。

 生徒の属する貴族の格から言うと、馬やワイバーンを独自に用意している者も多いから、馬小屋といいながら設備は果てしなく巨大となる。それらを専属に世話する人間が、それぞれの貴族個人の責任で派遣されてもおり、そうなると大勢の人間が生活する事になる。

 それらの人間を世話するために、ランドリー以外の生活設備が学院そのものとは別途、用意されており、その周辺だけ雰囲気が違う状態となった。

 なぜ「使うことになっている」なのかと問えば、やはり使用人としては貴族の子弟たる生徒や、生徒個人に仕える貴族の、その領地から派遣された使用人の目に留まる場所を出入りするのは勇気がいることなので、そちらの施設を維持管理する「学院使用人」に急病人が出て、応援に出向く必要があったりしない限りは、「通常」の学院の使用人がそちらに近づくことも殆ど無い。

 

 それらはルイズの親しいメイドからの又聞き情報であった。

 

 使用人の愚痴に耳を傾ける貴族。なんとも世知辛い絵面だが、イングリッドとしても役に立つ情報であるので、ありがたく頷いておいた。

 警備状況的に一番混沌としていると思える場所である。

 

 この手の状態にある施設は、学院内に学院の常識とは別の常識が働いている場所があるという事を示している訳であるから、イングリッドの危機感も大きい。ただ生徒個人に仕える使用人がいるという事は、学院全体に危険を及ぼすような事を望んでいる人間はいない筈であろうと言う予測も成り立つ。更にそういう考えの人間が色々な貴族から別々に派遣されているとなれば相互監視も成り立っているであろうから、イングリッドも判断に悩むところだ。

 調査に行くにしても一番困難を感じるところであろうという問題もある。

 うっかり一人でその周辺をうろうろすれば、たちまち要注意人物とみなされて、いろいろな貴族に目をつけられかねない。どう調査していいか現状では思いつかない。

 

 ……ところで自在伝書鳩とは何ぞやとイングリッドがルイズに問えば、宛先を伝えればその目的地に直接手紙を送る事が出来るハトだと言うからなんとも便利なものであった。「本来」の伝書鳩とは帰巣本能を利用した一方通行の情報伝達手段であるし、なかなかに管理が難しいのが「地球」における伝書鳩である。

 鳩を伝書鳩として飼いならすのには簡単とはいえない手間がかかるのに、消耗も激しく補充も難しい。第一次世界大戦では前線から放たれた伝書鳩の内、2割が司令部に帰れば御の字といったところだった。

 どうでも良い話だが、伝書鳩を情報伝達手段としているが故に司令部の位置を移動するのを躊躇して大損害を被った軍隊、というか国があったぐらいだから伝書鳩が如何に使い難いモノか理解出来る。その手の問題の顕在化というのは使い方しだいというところだから、司令部が……などと言う話は、適材適所ではない事例のとびきり悪い見本と言うところである。これは極端過ぎる例だが。

 行って帰ってきて更に別の場所に向かわせる、どころか、行った先を中継して、その先へその先へと足を伸ばして誰が所有する自在伝書鳩かわからなくなっても最後の用事が済んだら「主人の元へ帰りなさい」で直接、大本の場所に帰還可能だというのだから呆れるばかりである。確かに「自在」伝書鳩である。

 

 学院成立時にはなかったが、現在ではそこそこの利用頻度を持つのが南門だ。使用人達が他に気兼ねなく出入りできるように設置された本当の意味での勝手口で、門と言うのもおこがましい唯の扉である。

 ただし使用人達のためのメール・ボーイや自在伝書鳩の用意、ソレがもたらす情報の管理、仕分け、使用人達が外部の者と出会うための施設等もあるから、存外この世界の貴族達の言うところの『平民』も随分と大事にされているのだなというのがイングリッドの感想であった。ただし、使用人達の身元調査が厳重であるという建前はあるが、やはり学院が一番危険視しているもの使用人であるから、そういう粗末なものであっても警備はもっとも厳重だ。そうしてイングリッドが聞く限りの印象では、最も安全性が高いとも危険性が高いとも言える。

 

 コレもまた先程の「ルイズと親しいメイド」からの情報である。何の屈託も無くその事を話すルイズの姿を見て、イングリッドは切なくなった。

 同じ立場、人としてのあり方の近い貴族の友人らしい話が一向に出てこないのだ。ルイズの過去1年間の生活がどういうものであったかと想像すると、イングリッドは胸が締め付けられそうになる。

 

 

 学院そのものの施設では、外周部から随分と距離を取って、まず生徒達の寮塔が存在する。各学年に2塔づつが割り振られて男女が厳密に分けられている。過去には男女がごっちゃになっていた時代もあったそうだが、そうなれば当然の如くお家騒動の原因となるようなアレやコレやをしでかす者が出てくる年齢層の、元気いっぱいの若者の集団であるから、学院成立後のきわめて早い段階で、現状に落ち着いたようだ。

 ごちゃ混ぜを是として学院を創り上げておきながら大慌てで対応したというのなら、実際にけしからん状況が現出したのだろう。常識的に考えて、最初からそうしておけよとイングリッドは思うが、きっと、学院を創り上げた人々は理想に燃えていたに違いない。理想に燃えて、人間的な常識も燃やし尽くしたんだろう。

 場合によっては貴族同士の紛争に繋がりかねない貞操の問題である。さすがにイングリッドも同僚から聞いただけであるが、地球における歴史の中で過去には男女関係のもつれで1つ国を滅ぼすような戦争に至ったケースもあると言うから納得である。まったく関係ない国民には双方共々良い迷惑だが、人のプライドとはそんなものだろう。貴族や王族となればなおさらである。彼らはプライドを保ち、守り、誇る事すら存在意義の1つとしている。ソレは国家規模の問題に容易く摩り替わるのだ。

 「イングリッド達」の立場で言っても、勝てる死合をプライドが何とかと言ってみすみす失うような話は茶飯事であるので、そういった類の話には大いに頷けるところもある。

 ……まあ、地球のその話では、戦争の原因となった男女が全然別の場所でよろしくやっていたというオチが付くから、なんともはやというところである。

 

 学院が3学年制を取っており、男女別にしても6塔あれば済む筈なのに、なかば放置されているものも含めて12塔も寮塔が存在するのは、過去にとんでもない人数の生徒数を数えた事がある名残で、学院の諸設備が広大で巨大となってしまった理由にも繋がる。やたらめったら学院内の諸設備が広大な敷地に散在してうっとうしい理由がようやくイングリッドに理解出来た。

 この世界では固定資産税等が無いのであろうから、設備を増やしたり敷地を広げたりする事はあっても、使用しないからそれらを削って狭くしようという発想が出ないのだろうと納得する。

 生徒達が主たる移動手段を空を飛ぶと言う形で取っていれば、事故の危険性を考えると、広いほうが都合が良いとも思える。設備が狭いところに集中していれば彼らの動線が交錯して空中衝突と言う事になるのは容易に想像出来る。管制設備なんてある訳も無いから、空域混雑となれば最悪な状況に陥るだろう。

 だいたい、人の動体視力と言うのは人が思う程に性能が良いものではないのだ。ましてや平面を歩く事に特化した身体形状を持って進化した人間と言う生物である。立体機動中の周辺状況把握能力はかなりの疑問があるだろう。或いは6000年もの長きにわたり空を飛ぶことを普通としてきた貴族達である。何らかの差異が平民との間に出来ている可能性は否定出来ない。それがルイズを守る目的にあたって影響を与えかねない可能性もあるので無視して捨てる問題でもないかと、イングリッドは1人ごちる。問題山積で『頭痛が痛い』どころではない。

 そんな風な貴族達の「ため」の施設が魔法学院なのだから、移動時に面倒があるからコンパクトにせよという文句も出ないのであろう。使用人達からどういう感想が出ているのか興味深いところではあるが。

 ことさらそれを目的にしているかどうかは別として、敷地が広大であるが故に、移動のたびに少なからず飛行魔法を行使する必要があるというならばそれもまた勉強、鍛錬の1つといえる。単純にいろいろ面倒だからと言う理由が大きそうだが。また現在でも落第者や、いろいろと問題のある生徒を隔離するためもあって、使用する寮塔は6塔では足らないという。さもありなん。

 

 

 学院は2塔1学年1セットで風呂場や大きな歓談設備が用意している。過去にはそれぞれに食堂も併設されていたが生徒数の減少により、酷く人手のかかる食堂は、教職員の分も含めて一箇所に纏められた。現在、食堂であった部屋は、改造されてレクリエーション設備になったりクラブ活動を行う部屋になっていたりしている。それもあって浴場がある施設はレクリエーション棟と呼ばれていることをイングリッドは知った。

 残された入浴設備も維持する手間隙はかなり大きな物である筈なのだが、実際にそれを維持するに当たり作業員を配する手間は少ないので、それで良いということだろう。現実にぶっ壊れない限りは、入浴設備というのは使用できる状態を維持するのに存外手間のかからないものなのだ。衛生管理面を無視すればと言う恐ろしい但し書きが着くのだが。その事実はイングリッドにとって要確認事項だった。今日の夜にでも確かめる事が出来るだろうかと考える。

 2塔1学年1セットであるから3つの設備が供用停止状態にあって閉鎖されている。ただし警備はそれなり以上に厳重にされている。貴族向けのそれなり以上の体裁を誇る施設である。手付かずの放置された建物があるとなれば、よからぬことをたくらむ人間も出るし、そこに忍び込んでけしからんことをする人間も出るし、そういう場所で密会してよろしく楽しんじゃう人も出るしで、学院としては結構扱いに悩んでいる。もしかしたらありえるかもしれない将来的な事も考えれば、使わないなら壊してしまえと言えないところが苦しい。

 

 

 中央に聳え立つ巨大設備が学院の肝。教育棟(塔ではない)である。外周を全力疾走して周れば、元のところに戻ってきたときには息も絶え絶えになるという雄大な建築物で、1~2階が食堂、礼拝施設、大小のホール、その他の集団活動設備となっていた。大食堂に関しては天井はぶち抜き。食堂自体も通常の集団食堂に、24時間営業の簡易食堂も維持されていて、小さな売店も用意されている。ルイズの言うところの「小さな」が本当に小さいかどうかはイングリッドにとって大いに疑問だったが、それもまた24時間営業で年中無休で維持されており、唯生活するだけならそこで何でもそろうがお値段が張るのが欠点と学院に住む者達に認識されている。生徒や教職員はともかく、平民から広く集められた使用人にはハードルが高かった。

 しかし、24時間営業の霊験あらたかなところは使用人たちにも恩恵が会った。値が貼ることに目を瞑れば、危急の用事もある程度は済ます事が出来るのだ。女性のみに押し付けられた一カ月置き程度にやってくる面倒事の処理を行うための道具とか、普段のペースが崩れて急遽必要になったりする場合でも間違いなく用意されているというのは大きな利点であり、生活する上でも仕事をこなす上でも安心材料だった。よって、生徒、教職員はもとより、使用人も利用頻度が相当に高い施設だった。

 そういう諸施設の中に、イングリッドがぶち込まれていた医療施設も含まれている。

 

 

 3階以上が勉学の場となっており、6階までが教室である。正方形の1~2階の構造物の外周に沿った回廊状の設備となっていて、専門教科向けの専用室を含めて60室以上あるというから壮大な設備だ。移動するだけでうんざりである。事実ルイズは走る羽目になる場合が多かったから、大きいのは常に好い事ばかりでもないのだ。最近では一部教師による明らかな配慮により移動距離が少なくなって大分に楽になったルイズだが、それもえこひいきで、そんな配慮は要らないと嘯くルイズのあり方はイングリッドにとって好ましくもあった。

 建物に囲まれた中央に、2階の屋根を利用して中庭が用意されている。ただし、1年の殆どで日当り良好といえない中庭はあまり生徒達に人気のある場所とはいえない状況であった。男女で弁当を広げて「きゃっきゃうふふ」という定番が見られないというのは、イングリッドにとって残念であった。

 表彰式とか卒業式とか学院を挙げての大規模な式典があれば利用されるが、普段は放置状態である。せいぜいが中庭を挟んだ先の教室に近道するのに、その上を飛んでいく程度の「空間利用」である。まさに正しく「空間利用」だ。イングリッドは眩暈を覚えた。

 施設の屋上は、単なる屋上以外の意味を持たない。エレベーターの動力室とか、暖房設備の排気口とか突き出ているだけで面白くもなんともない場所だった。空を飛びまわれる人間にとって足を付けた高いところと言うのはなんとも思えない場所なんだろうかとイングリッドは思ったが、すぐ脇で職員塔が見下ろしているから落ち着かないという答えが帰ってきた。イングリッドはなるほどと頷く。

 

 

 その施設の東側に教職員の仕事場や生活の場が設けられている。教育棟に近接して職員塔が配されて、それは学院内施設内でもっとも高い建築物である。その威容を持って教育棟を睥睨し、威圧しているが、職員室は1~3階にあるだけで、利用頻度が高いのはそこだけ。その上は倉庫、となっている。

 高いのは飾りかよ。イングリッドは内心で呟いた。

 12階に宝物庫があり、その上に学院長室が備わる。学院長は基本的にそこで生活もしている。呆れた事に彼専用の風呂もあるというのだから大したものである。水はどうやって上に上げているのだろうという当然の疑問がイングリッドにあったが満足な答えは返って来なかった。ルイズも始めて気が付いた問題に、頭を捻るばかりだった。

 

 高い場所に最高責任者がいる。イングリッドにとってはテンプレな話だ。どこの世界でも変わらない世界の理なのだろうか。煙か何とかは、というものなのだろうか?

 そうかと思えば、更にその上は繋留設備だという。なんの?ヒンデンブルグでも飛んでるのだろうか?MEGA~っ!MEGA~っ!て叫ぶ大佐でもお空を飛んでくるんだろうか?科学的時代背景の揺らぎの中で、ましてやファンタジックな世界である。そういう可能性もありうるかとイングリッドは思いなおす。しかしここで状況的にもヒンデンブルグになったら大変どころではなかろうと想像する。可能性は少ないかもしれないがイングリッドは、ルイズの安全を守るという点でそういう状況がありうる事には留意しておいた。

 

 職員塔は生徒の出入りがそれなりにある場所だが、更にその東側から城壁までの空間に広がりひしめいている職員の生活施設は基本的に生徒の出入りは無い。ごくごく一部の貴族の立場にある教職員以外は使用人が付くことも無いし、そういった使用人は彼ら自身が手配する専属の人間であるから、学院の使用人がことさらその区域に立ち入る事も無い。

 一部例外を除いて、全員が貴族であるという訳でもない教職員が住まう場所なので、まごうことなく貴族である生徒が遠慮する必要もないのだが、ルイズも含めて殆どの者がそこに足を踏み入れる事は無なかった。別に教師に敬意を払ってとかプライベート空間だからと言う考えが彼ら、彼女らにある訳でなく、単に行く理由がないからというだけである。よってその内部はイングリッドに問われるまで想像した事も無いとはルイズの弁だった。

 まあイングリッドが想像するところ、教職員の元に足繁く通う生徒の姿と言うのはどうにも絵面が悪い。どう考えてもけしからん予想しか思い浮かばない。教師と生徒の道ならぬアレ。よくある話ではある。

 

 

 同じように南側の使用人区画も大いに謎であった。ランドリーを始めとした学院全体を維持するために必要な諸設備が集中しているが、イングリッドに尋ねられるまでルイズは、存在すら忘れていたというから呆れるばかりだった。まあ仕方ないかとイングリッドは嘆息する。貴族はそんな些細な事に気を配る必要はないのだ。貴族は貴族足らんとするだけで、貴族であり、使用人や作業者をヒト睨みで走らせて何ぼである。一々その生活まで干渉する必要もなければ監督する必要もない。

 彼らの生活設備も良くわからない。彼ら自身も基本的に学院設備から外に出なくても1年間を快適に暮らしているようだというのだから、それはもう1つの町だが、どう考えていいか判らない。イングリッドによる調査も難しいだろう。

 

 

 北側から正門にかけては、屋外実習の場で、何らかの式典などがあればここを使って大々的にということもある。イングリッドが過去を振り返れば、さくらの生活を覗いた時に見た学校とやらを考えれば、まあ、運動場といったところで、そういうものだと理解した。体育教師として職を得て、教師でありながらオリンピック競技でメダルを総なめにするという事をやらかした彼女であるなら、ここの広さは垂涎物だろう。波動拳も打ち放題だ。「通常の状態」では遠中距離攻撃に弱いイングリッドとしては闘争の現場に選びたくない場所でもある。イングリッドは端っこに相手を追い込んで「ずびしずびし!」とやるのが基本の戦闘スタイルなのだから。

 ただし屋外実習はこの場所だけでは場所が足らずに、学院敷地の外に出ることも多い。単純に広さが足りないだけでなく、森や川、丘などの地形を利用した実習もあるし、単純に学院施設内部で攻撃魔法をぶちかますのは危険極まりないという理由もある。

 爆裂波動拳でどかーん!とかやってたら教室で授業をしている者も迷惑だろう。

 

 

 西側に姿を現すのは巨大な図書館と自習棟で、その蔵書は世界有数である。なんでルイズがそれを誇って胸を張るか知らないが、ルイズはそこの常連で、職員には知られた顔である。せっかくの立派な設備ではあるが利用者は年々減るばかりで、学院生活3年間で、そこに唯の一度も足を踏み込むことなく学院を去る生徒も多いというのがルイズが聞いた職員の愚痴だった。

 ルイズ自身には自覚のないところであるが、貴族が平民かそれに類する立場の人間と容易く話をし合えるような気さくな関係をもてると言うのは、たいしたコミュニケーション能力である。イングリッドはシエスタとの疲れる会話でも思い知らされたが、この世界における貴族と平民の断絶は相当に大きいものであるから、ただ貴族が望むからと言う理由で関係を持とうとする平民は殆どありえないと思う。そういう状況でルイズが言葉を交わす平民の知り合いを造れるというのは為政者候補としてはなかなかに頼もしい限りである。

 そういえばシエスタはルイズのことを相当に詳しく知っていたような雰囲気があったとも、イングリッドは思い出す。気疲れを理由にしてそんな簡単なことすら確認しなかった自分の落ち度を思って気が沈む。イングリッドは随分と気が緩んでいるらしい事実に思い至って、思考が澱んでしまった。

 

 

 

 食堂に移動する道すがらイングリッドは、夜に聞くことの出来なかった事を思いつくままどんどん聞いていく。常識を常識であるとして無意識に扱っていると陥りやすい事であるが、そういうものである、では何故そうなのか?で話が収まらなくなりがちであるので、聞くほうもかなり気を使って質問を考えなければならない。うっかり突っ込んだ話を聞けば、回答者が悩んで話も進まなくなってしまうので難しい。

 

 たとえば時間単位であるが、現在では24時間制だという。不思議な事にイングリッドの体内時計と照らし合わせるところ、その24時間の、というかハルケギニアの絶対時間の経過は地球とそれほどの差異を感じさせない。えらく都合の良い話だとも思ったが、それはその後に続くルイズの説明からすると単なる偶然なんだとイングリッドは納得した。

 ハルケギニアの過去には25時間だったりした可能性があり、また、過去の1時間が現在の1時間と間違いなく同じであったかと言うと、疑問が多かった。旧い文献に描かれた描写では、とても1時間では済ませられない作業を行った描写が複数の文献で確認出来たりするし、それに付随して、記録に残る人の一生が極端に短かったりするのに、発掘される過去の人間の遺体を調査すると、生物学的な観点から見て、現在とそれほど極端に寿命が違うと言う訳でもないという結果が出ているのだ。

 また時間経過が不明になるように工作された部屋で、対象者の感覚だけで生活をさせると、1日あたりで平均1時間から1時間半の時間のずれが発生すると言う実験結果が報告されているため、過去には1日の絶対時間が現在の時間に換算して、25時間強でありそれが人の身体に受け継がれているのだ言う説は歴史家と生物学者の双方での間に結構強く囁かれている。先程の生物学的な例と、文献の分析結果から、日が昇り日が沈み、また日が昇るという意味での1日が現在換算時間で50時間以上であり、睡眠、起床、活動、また睡眠と言う人間の都合に合わせた「1日」の1サイクルの生活が太陽の運行に合わせた自然現象的な意味での「1日」で2サイクル1セットで行われていたのではないかと言う過激な主張すらある。イングリッドは感嘆した。なかなか面白いことを言う人間がいるものである。

 確かにそうなれば平均寿命が現在60年であると想定して、単位日換算であてはめれば現在使用されている時間を定数とした絶対的時間換算平均寿命に変化がないと仮定すると、過去の平均寿命はそのまま当時の時間単位で30年となってしまう。

 囁かれているらしいで終わっているのはそれを強力に認めようとしない集団がいるからで「何だそれ」とイングリッドが聞けば、宗教集団と言うのだからその時点で質問内容を直ちに切り替える必要が出た。それとなく聞いてみればなかなかに強力な一神教教団であるようなので、それを貶めかねない話題をうっかり他人に聞かれて、それを理由にルイズを排斥する人間でも現れたら面倒だし、うっかりずんばらりんとなれば大変なので、どうにもその辺の危険性に疎いルイズはともかく、疑いようもなく異邦人のイングリッドには極めて微妙な取り扱いを求められる話題である。

 まさか時間の話でそういった微妙な問題が飛び出るとは思いもよらなかったので、イングリッドは大きく唸るばかりである。

 

 もともと寮塔から外に出て食堂に向かう道すがら、朝日に視界が開けたこともあって、夜間移動であったがために説明されなかった施設の紹介の後に、時間つぶしでアレコレ知っておこうとイングリッドがはじめた話である。それが質問の1答目でこれでは、どうにも不特定多数の人間の存在が予想される場所で、うっかりな質問をすることが憚れてしまった。どんな致命的な問題をうっかり誤発動スーパーアーツさせるかもしれない。イングリッド自身のうっかりでルイズの人生を決着させる訳には行かないのだ。

 

 

 ルイズとしては、こういう風にかしましく会話をしながら歩くこと自体が新鮮でこの上もなく楽しい経験であった。それだけでも何をする必要もなく使い魔がいることに大変な満足感を得ていたのだが、その相手であるイングリッドが突然うんうん唸りだしたので、驚いて、心配して、その顔を覗き込んでしまう。

 

「どうしたの?身体の調子がまだ戻ってないの?」

 

 イングリッドはそんなルイズの姿に、小さく笑ってなんでもないと首を振る。

 

「んむ。突っ込んだ話はまた後日としようか。今は食堂に向かおう。時間は大丈夫かや?」

 

 ルイズは心配そうな表情を崩さないまま頷き、懐中時計を取り出す。まったくの実用品のようで、何の装飾も見られない。ただし純銀で鍍金されている。反射される太陽の力のベクトルでソレが見て取れる。

 その表面に傷ひとつないのはどういう理由だろうか?なんらかの微弱な力を感じる。その力はこの世界で眼を覚まして以降、散々にイングリッドを悩ましている力であり、何であるかを確認したくともどう説明して良いかもわからないので、ただ眺めて無視するしかなかった。

 

「ん……7時35分。後ちょっと歩けば食堂だから、問題はないわ」

 

「朝食は何時からじゃ……いや、その後の時間の流れも教えてくれないかや」

 

 うんと頷いて、頭を捻りながら、ルイズが応える。

 上空を何人もの生徒が飛び交い始めて、それらから余り良い気持ちのしない視線が投げかけられるが、イングリッドは無視する。ルイズは気が付いていない。2人で学院敷地内を歩くという新鮮な体験に心奪われて、周囲に対する警戒が疎かになっていた。

 

「そうね。まず朝食は8時から。2時間、時間が取られているわ。開始時間に間に合うように行く必要があるけど、食べ終わったら、授業開始までは自由ね」

 

「2時間って……」

 

 タイムランがいきなりイングリッドの予測を粉砕破壊してしまった。もはやそれ以降のイングリッドの予測は無意味だ。

 イングリッドの呟きに気が付くこともなく、ルイズは言葉を重ねる。

 

「午前の授業は2時間1コマ。でも先生によるわね。早く終わっちゃうことも多いし。でも2年生の実習授業はどうなるのかしら?終われば昼食と休憩。これも2時間。ただし昼食の内容は軽食が基本ね。ガッツリ食べたい餓鬼どもは前の週に申請して別に用意しておく必要があるの」

 

 イングリッドは「ふーん」としか言えなかった。地球における学校生活なんてTVドラマとかアニメーションとかで、フィクションとして知る以外にはないのがイングリッドの生活であったのでそれが普通なのかどうかも判らない。

 

「昼食は指定された2時間以内に自由に時間を取って食べればいいの。女の子の中には食べない子もいるわね」

 

 はー、へー、と頷くイングリッド。「そうなのかー」としか言いようが無い。

 

「午後の授業は2時間2コマ。でも授業の間に移動したり準備したりがあるから最初の1コマは30分ぐらい早く終わらせるわ。逆に後のコマを遅らせることもあるし。これも先生によるわね」

 

 イングリッドは首を捻って、地球でのさくらの話を思い出す。彼女の職場では1日最大で7時限の授業やっても17時ごろまでには終わっていたはずだが……。随分と違うのだな、と感心する。なるほど異世界じゃ。

 

「そうすると授業が終わるのは18時か……遅いの。食事はその後かや?」

 

 教育棟。正確には食堂に向かいながら、ルイズは頷いた。

 

「うん。食事自体は18時から21時までの間に自由に時間を取れば良いわ。先に風呂にしてもいいし、クラブ活動をしてもいい。私は授業の復習を先にするんだけど」

 

「なるほど。自習棟か」

 

「うん」

 

 イングリッドは余計な想像もしてしまう。ルイズの立ち位置を考えると、早い時間に食堂に向かって大勢の生徒に囲まれるのはつらかろう。時間を見計らって、目立たないように食事を取るしかあるまいと考える。

 

「お風呂はね、いつでも入れるの」

 

「昼間でもかや」

 

「うん」

 

 イングリッドは頭を捻る。随分と目的地に近づいた事にも気が付いた。

 

「授業があるのじゃろ?」

 

「そうね。たとえばね……」

 

 2人は大きく開け放たれた正面入り口を潜り、建物に足を踏み入れる。さすがに建物の中を飛んでいくような無作法者もいないが、入り口自体は3メートル近い高さがあるし、中の天井はイングリッドの見たところ目測5メートルといったところであった。壁の中腹にバルコニーらしき構造があり、等間隔で渡り廊下があるのを見れば、単なる吹き抜け構造なのだろうと推測する。これが教育棟の1フロアの高さでございだと言われたならイングリッドは、どんな文句を言われようとも、移動に際してルイズを抱っこして飛んでいくところだった。

 

「今は良いけど、夏とかは……ね」

 

「ああーそうよな。男はともかく女性は、な」

 

 女性、というより、貴族は、と言い換えても良い。身奇麗にする事も立場上求められる地位であるから、風呂と言うのは結構重要な問題だった。

 文化的特長からすると、これだけ風呂風呂と言うのも不思議ではあるが、ここは地球では無いのである。

 地球のある文化圏の歴史では、香水を多用している時期があったが、それは自身の体臭を気にしてであり、本来であれば、体臭を抑えるよりもその根本を断ち切りたかった筈だ。技術的な問題とか衛生的な問題とかから風呂と言う選択肢が取れないから、香水と言う手段をとったのであって、本来であれば入浴したかったに違いない。

 

 ここでいう衛生的な問題とは風呂に入らないが故に身体的な衛生状態を保てないと言う意味ではなくて、風呂を多用する事による捨て湯の処理が適当であるが故の、衛生状態の悪化という問題である。

 中世あたりでは、どこの国でも古代よりも下水等の設備が退化していたから、街路がそのまま下水の捨て場になっていた。そこに年がら年中1日1人当たり200リットルの身体を洗った残り湯が押し寄せたら、衛生的には大惨事である。病人が混じっていたら年がら年中パンデミックだろう。湿潤状態が維持される事で大発生する類の厄介な細菌もいるし、ムッシームシムシ大行進となっては目も当てられない。特にGの存在等はどこの国でも厄介なものだったが、街路一面をおおい尽くすそれとかなったら大惨事どころではない。

 糞も小便も街路に投げ捨てていた時代があったから、風呂の残り湯ぐらい、と言う考えもあるが、一応はご不浄に関しては専門の処理者がいたし、ビックジョンを含んだ土で火薬の原料が取れるとわかってからは、逆に町が綺麗になったからアレな話である。風呂の残り湯となれば量的にとんでもない話になるし、また、お湯を年がら年中大量に沸かすのを繰り返せば100年と立たないうちに、ヨーロッパの自然は消え果ていたであろう。現代であっても、ただ炊事のための燃料を集める行為だけで周辺の自然環境が壊滅状態になった地域なんてごまんとあるので、それが入浴となると洒落にならない。

 そういうことを防ぐために、風呂文化が逆に衰退したのではないかと言う主張を行う研究結果もある。

 公衆浴場文化が高度に発達していたローマあたりでは、それを維持するために恐ろしいほどの木を切り出して、気候を激変させ、山の保水力を壊滅させて、大水害を引き起こしたり、港を流出土で埋めてしまってその文明を急速に衰退させたのだという考えもあるから、それらが伝承的に伝えられて風呂に毎日入ることを非とする雰囲気が無意識にヨーロッパの人々に伝播したと言う推測をいう歴史学者もいる。風呂がローマ人を滅ぼしたのだ。そして風呂にこだわらない(こだわらなくなった、と言い換えても良い)ヨーロッパの人々の考え方が永い間、ヨーロッパの自然環境をそれなりに保ち、彼らの繁栄を維持する原因となった。そういう考え方である。これは極論ではあるが。

 

 それはともかくとして、イングリッドにとっても女性の端くれとしてはいつでも風呂に入れる環境と言うのは魅力的であった。特に夏ともなれば抗いがたい。

 

「ん。納得よ。そうなれば……ルイズ、どうしたのじゃ?」

 

 幅5メートル程の広さの通路は突き当たって左右に分かれる。ただしその突き当りには通路の幅と同じくらいの幅で天井まで届く高さを持った巨大で重厚な扉があり、その上に、ルーン文字が刻まれている。両開きの扉の先からはかなりの数の人間のざわめきが響いている。それにあわせて様々な臭いが複雑に絡み合って漏れ出る。

 ここから見る限りでも、高い天井から吊るされた豪華なシャンデリアに、人1人横になっても左右の端に届きそうにない幅を持った長いテーブル。その真ん中を飾るフラワーポッドと交互に置かれた果物の山。敷かれたプレートが見えなくなる程の山盛りである。

 テーブルと椅子に座った生徒の間を縫って忙しそうにメイドが走り回っているところを見ると、食事の時間には早いが、腹を空かせた生徒の中には早々に果物に手を伸ばしている者もいる。

 見える範囲内の事であるので壁は見渡せないし、シャンデリアが天井から釣ってあると言うのも推測に過ぎない。いろいろイングリッドから見て型破りな学院の施設である。シャンデリアが空中に浮かんでいると言われてももはや驚くつもりはない。装飾が豪華なのにも慣れてしまった。

 

 その風景の手前で、滝の汗を流してルイズが固まっている。顔色も心なしか悪い。焦ったイングリッドは彼女の前に回り顔を覗き込む。

 

「どうしたルイズ。主こそ体調が優れないのではないか?我が心配させたせいかや?食事はやめておくか?我なら1食ぐらいは抜いても……」

 

 ゆっくりと首を振って、それを否定するルイズ。顔色の悪い表情のままイングリッドに視線を移して、かすんだ声で言葉を出した。

 

「……ゴメン、イングリッド……あなたの食事、忘れていたわ……」

 

 身体を跳ねさせて、妙な表情で驚くイングリッド。納得したように声を上げた。

 

「ああー、あああ、そうじゃ。そうじゃな……。昨日の今日か。用意できるわけもあるまい……!」

 

 イングリッドは先程の、昼に多く食べたいのであれば、前の週から申請しなくてはいけないと言う言葉を思い出す。であれば、朝食に新たに1食を増やすのも同じで、ましてや人間の使い魔である。肉の塊をぽいっと投げてお仕舞いとはならないし、ましてや食堂に使い魔を連れて来るなんて想像できる話しではない。椅子すら用意されていなくてもしょうがないだろうと、早手回しに考えてしまう。

 イングリッドは鼻で笑って、ルイズから1歩距離を取って、頭を掻く。

 

「まっ、そうよの。すぐに用意できるわけもあるまいて。ふむ。そうすると……」

 

 ルイズはこの世の終わりでも来たかのような表情で、イングリッドに飛び寄り、肩をつかむ。思った以上に深刻なその表情にイングリッドもびくりと身体を震わせてしまう。

 

「お……おい、ルイズ?」

 

 首を振って、うなだれるルイズ。

 

「違うの。違うのよ、イングリッド。ゴメンね……ただ、その、ね。……忘れていただけなの……」

 

 泣き出しそうなのか、悲しそうなのか。酷く紅潮させた顔で、眼を合わさないルイズ。その姿を見てイングリッドは僅かに笑った。

 その声を聞きとめて、ルイズが顔を上げる。

 それを見つめて、イングリッドはルイズの頭を撫でた。

 

「ん……仕方がないじゃろ。いろいろあったのじゃ。いろいろ、な。うん。まあ、よいわ。先程も言った様に……」

 

 イングリッドは思い出す。地球における任務を。闘争の連続を送る日々もあったが、張り詰めた緊張感が持続するその日々は、空腹等覚える暇もなく、ただ目的に向かって走るだけであった。

 それはいい。満腹で鉄山靠を食らって私たちマーライオン!などと言うよりは、いい。

 問題は、何かを探せ、と言う任務の場合だ。どこにあるやもしれん何かを探して世界のあちらえこちらえ。過ぎ去るいくつもの日々。

 町や村を巡るなら、何とかなる。金銭感覚に疎い組織であったが手ぶらで行け!ということはなかったし、人がいるなら路銀を失っても、バイトをするとか、手はある。よほどに就労制度に厳しい国でも意外と何とかなるもので、人の善意に付込んで泣き落としてどこぞの職場にねじ込んでも良いし、あまり褒められない方法で収入を得る術もある。イングリッドはすべてを許した事は無いが、最悪、女性であると言う利点を最大限に発揮することも可能であった。それらの術がすべて不可能であってすら、人が営みを過ごす上では大なり小なり発生する廃棄品、つまり残飯をあさるという()()手段もある。

 人がいない場所であっても自然があれば、何とでもなる。野生動物を狩って、草を食み、泥水をすすっても生き抜く術はある。イングリッドは、その立ち姿からは想像し難いが、相当に野性的な生活を送ってきたのだ。で、あるからこそブランカと知り合えたし、仲良くなれたのだ。

 問題は、極地の探索だ。

 水を得るのも難しい砂漠であるとか、水を飲むのも危険な山の頂、或いは氷の荒野となると当然食事すら不可能である。気温が低くても風さえなければ何とかなる場合もあるが、そういう「理想的な状況」というのは極地ではほとんどありえない。だからこそ「理想的な状況」なわけだが。水を飲んだ瞬間に食道付近で凍結。窒息死なんていうこともある。あるいはその冷たさにショックを受けて死亡とか、首の血管が凍結なんていうこともある。そうなれば極めて悲惨な死に様を曝す事になる。十分に気を配った周到な用意を行ったうえで準備を行って行動しないと、食事をしたのがトドメとなって命を失うかもしれない場所を踏破探索して彷徨う場合が多いのがイングリッドの「仕事」なのだ。

 秘密結社とか謎の組織と言う手合いは好んでそういうところでアレコレたくらむから面倒である。面倒だからこそそういうところにアレコレ作るんだろうが、造り上げるのも面倒だから、特殊な何かを大量に用意したり、作業員を多数引っ張って痕跡を残して場所を推測しやすくしているのだから何をいわんやというところである。

 しかし、そうして場所を知れたところで凶悪な気候と地勢を踏破して実際にそこに出向かないといけないという面倒がなくなるわけではないから、そういう中では、何日も食事も水も摂れない場合があったし、その状況で闘争な等となるとなかなかに絶体絶命であるが、そういう状況を何度も乗り越えて生き延びた経験もイングリッドにはあった。

 

 ルイズの鬼気迫る表情から、イングリッドも混乱して滑稽な程に思考を飛ばしてしまっていたが、とりあえずはルイズを宥めようという思考に変わりは無く、何とか宥め様として、その努力は報われなかった。

 なぜなら彼女の背に、今日の朝に出会った少女の声がかけられたからである。

 

「イングリッド様……ミス・ヴァリエール。準備させていただきましたので、此方にお越しください」

 

 「ほへっ!」と叫んだルイズと「ニヤッ!」と喚いたイングリッドに妙な表情を浮かべて、2人を大げさに避けていく生徒達。立ち尽くす2人の生徒の前で、小さく首を傾げる黒髪のメイド。

 

「あ……!シエスタ。どういうこと?」

 

 ルイズがシエスタの名前を知っていた事にイングリッドは驚いたが、そういえば、契約の行われたあの部屋を立ち去る時に確かに名前を言っていたなと思い出した。

 

「ご無礼かとは思いましたが、此方でイングリッド様の食事を手配しておきました。いろいろと忙しかったご様子。勝手なことをしまして大変に申し訳ありませんが、お許し願えないでしょうか」

 

 見事な言葉回しであると、イングリッドは感心する。何もおかしいところは無いな。

 ルイズの失敗も立場も押さえて両方ともに問題が無いように誤魔化しきる言葉だ。実態はどうあれ、この言葉でルイズの不名誉は雪がれたと言っていい。メイドが勝手をして無礼を働いたと言う事実に問題をすり替えながら、無意識に貴族に対して責任をかぶせつつ、有耶無耶にしている。そして結果を解決の方向に導いている。

 やはり一筋縄ではいかないメイドである。これがこの世界の使用人のあり方だと言うなら、平民も存外にしぶといのであろう。

 関心しきりになんとなく頷いてしまうイングリッドの横でその様に気が付かないでいるルイズが驚いて声を張り上げそうになって、自分の口を手でふさいだ。息を1つ吐いて落ち着くと、シエスタに近寄り、小声で囁く。

 

「うんうんうん!許す許す許すわ!シエスタ。ありがとう!さすがね。いつイングリッドに気が付いたの?」

 

 シエスタに先導されながら、ルイズ、イングリッドの順で、食堂に入る。見た事も無い妙な闖入者に、訝しげな視線を送る者がいたが、そういった反応が広く沸きあがる前に、1人の恰幅のいい―――最大限好意的な解釈をした上で、そう言える黒マントの生徒が勢い良く立ち上がり、その結果として大きな音を立てて椅子をひっくり返した。

 当然のように食堂の注目は彼に集まり、部屋全体を満たしていたざわめきも一瞬、消え去る。

 妖精でも通り過ぎたような瞬間であったが、食堂の注目を一身に集めたその生徒は、恥ずかしそうに頭を垂れて周囲に謝罪の仕草をすると、メイドが戻した椅子に腰掛けて身体を竦めた。

 それを見届けて、ざわめきが戻る。その頃にはすでに、ルイズもイングリッドも案内されて席に着き、シエスタともう1人の金髪のメイドの世話の元で食事の準備を始めた。

 

「イングリッド様とは、朝にご挨拶をさせていただきました」

 

 先程の問いに答えたシエスタに、ルイズが頭を捻る。そして何かに気が付いて「ぽんっ」と手を叩いた。

 

「『叱責した』メイドってのはシエスタだったんだ。そっか」

 

 シエスタは周囲の注目を浴びないように小さく頭を下げて、これまた小さな声でルイズに謝罪した。

 

「差しでがましい事をしてしまいました。大変申し訳ありません」

 

 ルイズは笑顔でひらひらと手を振る。

 

「いいのよ。私こそゴメンね、シエスタ。あなた達をないがしろにするような事をしたわ。此方も謝罪させてね」

 

 シエスタはその言葉に再度腰を折り、小さく笑った。

 

「ありがとうございます」

 

 イングリッドには2人の間に隠しきれない親愛の情があるのに気が付いて、小さく胸を痛めた。

 その事に慌てて頭を振って、目線を彷徨わせてしまう。その先にもう一人のメイドの姿があった。

 

 金髪のメイドは、無表情、無愛想で黙々と作業を進めるが、シエスタは隠し切れない僅かな笑みを浮かべたまま仕事をこなす。

 フム、と頷いてイングリッドは2人のメイドを何となく見比べる。

 

 医療室でブリティッシュ・スタイルにフレンチが混ざった妙なお茶の準備をしているときも感じられた事であったが、イングリッドの見るところ、このシエスタと言うブルネットのメイドは、見ているほうも釣られて笑顔になるような楽しそうな仕草で仕事をする。非常に好ましく思えた。

 仕事の態度が、ではなく、人としてのあり方が、である。

 人との出会いを繰り返しても、印象的なのは強い感情を互いに浴びせて死合ばかりで、それもまた人との付き合いの1つと信じてはいたが、そこにある感情が殺伐としたものになるのは避けられなかった。

 だからと言って死合うのを楽しそうにやられてもどうかと言うところはあるし、とはいっても、自分自身も表面上は楽しそうに死合うのが常と言う状況になっていた。

 これはある種の防衛反応だと思う。

 絶対に、楽しからざるものである死合。華やかならざる世界で、それに身を置き続ける以上は自身に黒いものがたまるばかりである。だからと言って正面からそれを受け止め続けては染まった後に残るのは何であろうか?

 となれば演技であっても、楽しそうにするぐらいでしかイングリッドは自身を保つ方法を知らなかった。

 リュウのような悟りきった人間は余りにも人のあり方を踏み外している。或いは人のあり方を歩んだ末の先にある、あれが到達点なのであろうか?

 イングリッドから比べれば、消しゴムのカス程にも届かない短い期間で、あそこにたどり着いた、或いは歩み去ったリュウは彼女には眩しすぎた。

 

 「人の魂は肉体の寿命以上には保てない」

 

 遠い昔に聞いた、龍の秘術を受けた少女の言葉であるが、けだし名言だと思う。永い生を過ごすだけでも磨耗する魂は死合う事で擦り切れて砕けていったような気がする。今ここにいる自分は単なる搾りかすではないかと想像する時があった。単に永い経験と、人が扱うには強すぎる力のくびきが、人のようなモノを維持させているに過ぎない。そう思ってしまう。

 そういうところで、何の邪気も無いシエスタのような人のありようを眼にして、それを受けて心を震わせると、ようやく安心して自分が人の心を保っているのだと納得出来るのだ。

 自分が弱いとは思いはしないが、心のありようの面で強いかは疑問ばかりである。

 シエスタもそうであるが、アレコレと彼女に声をかけつつ楽しそうに笑うルイズのありようも美しく、また、強い。

 イングリッドは、そんな彼女だからこそ、望んで側にあって守りたいのだと強く思う。ルイズの強さと、シエスタの強さ。それを引き寄せるルイズの力。ルイズ自身は気が付いていないであろう、同じように惹きつけられたキュルケ。

 

 イングリッドの顔はほころぶ。

 なんと素晴らしい主を得られたと言うのか。

 

 いつの間にか、シエスタもルイズも、金髪のメイドも妙な表情を浮かべてイングリッドを見つめていた。それに気が付いて、イングリッドは気圧された様に身を引く。

 

「お……おう、なんじゃ?」

 

 ルイズはシエスタと顔を見合わせて、首を捻り、それを受けてシエスタは金髪のメイドと顔を見合わせて、首を捻り、それを受けて金髪のメイドはイングリッドと顔を見合わせて、首を捻り、イングリッドはそれを受けて、硬直した。

 

「なんじゃ、ってねえ。イングリッド」

 

 シエスタに目線をやったままでルイズが呆れたように呟く。

 シエスタがそれを受けて視線をイングリッドに移して再度首を捻って笑いかける。

 

「すごい、良い笑顔でした。よね、レン?」

 

 最後の言葉は金髪のメイドに向けられていた。無愛想な無表情に顔を作り変えていたそのメイドも、隠しきれずに唇を僅かに跳ねさせている。

 ルイズが肩を竦ませて、身体を傾げて、少しイングリッドに身を寄せて小さい声で言葉を紡ぐ。

 

「ねえイングリッド。平民では食べられないような豪勢な食事だからって、喜びすぎじゃない?」

 

 眼を見開いて、「ニヤッ!」と小さく叫んで椅子の上で身体を跳ねさせる。

 イングリッドは頬を両手でさすりながら恥ずかしそうに身を捩った。

 

「お……おおう。そういうわけではないのじゃが……我は、そんなにマンモスウレピーな顔であったか?」

 

 イングリッドは肩を掻き抱いて真っ赤な顔を振りつつ身を震わせる。

 

「『まんもすうれぴー』ってどこの言葉よ。意味わかんない」

 

 イングリッドは頭を抱えた。このような()()()を説明するのは滑ったギャグを説明するのに()()()恥ずかしい。

 

「う……うむ。『すごくうれしい気持ち』を強く強調したいと思ったときにじゃな、会話で可愛く表現する場合に使う感嘆語じゃ」

 

 熟れたリンゴの様に、まっかっかに染まった顔でルイズを見つめながら説明する。すさまじい公開処刑だ。ライフゲージがやばい。

 

「へー、面白い表現があるのね。違う国には違う表現があるのね。勉強になるわ」

 

 存外にまじめな表情でそれに頷いたルイズにイングリッドは呆けてしまう。その後ろでルイズの言葉の一部分に驚いたシエスタが、思わずルイズを強い視線で見つめてしまう。

 それに気が付いたルイズはシエスタに向き直り、口に人差し指を当てた。いたずらっけな表情でウインクをする。

 

「ごめんねシエスタ。時間があるときに詳しく説明するわ。ここで説明するのはちょっと、ね。黙っていてくれるとうれしい」

 

 まじめな表情に戻して小さく頷いたシエスタ。ルイズはそのまま視線をレンに移す。レンも無表情で頷いた。

 

「助かるわ」

 

 その次の瞬間にざわざわとした雰囲気が食堂の奥のほうから潮が引くように収まり、僅かに緊張した雰囲気が部屋に満ちる。

 シエスタとレンはさっと身を引いて、通路の中央に陣取る。大勢のメイドたちが同じように身を引いて、テーブルとテーブルの間で、互い違いにそれぞれの身をそれぞれの受け持ちのテーブルに向きなおして、済ました顔で眼を閉じる。

 ルイズも身を正して、遠い食堂の奥に一瞬、視線を移しそれからすばやく自身の正面を向いた。その空気を読んでイングリッドも同じように身体を椅子に浅く腰掛けて、身を正し、正面に視線を移す。

 僅かに顔を傾げて視線でその姿を追っていたルイズは、小さく嘆息して今度こそ本当に正面を向いた。

 

 個人が発するには存外に大きい声が食堂内に響き渡る。

 

「本日は、私、サヴァティエ・マーテル・ラ・カステン・ジョーレキべリが挨拶させていただきます」

 

 「ふぬ?」っと、イングリッドが内心で首を傾げると、ざっと音を立てて、生徒達が両手を握ってテーブルの上に掲げる。眼を伏せて顔を下に傾げて。何かに祈るようだ。

 イングリッドは合点した。祈るようだ、ではない。まさに祈るのだ。

 イングリッドも見よう見まねで同じ仕草をする。はて、様になっているであろうか?ただ「握る」だけならいいがゴルフクラブのグリップを握るような「ややこしい作法」があると困りものじゃ。

 

「我らを導きたもうは偉大なる始祖、ブルミエル」

 

 一拍置いて、それに続く声。人数が極めて多いため、叫んでいるわけでもないのに怒声を浴びせかけられている気分になる。

 

『我らを導きたもうは偉大なる始祖、ブルミエル』

 

 その声が収まるか収まらないかのタイミングで次の声が響き渡る。相当な緊張がこもることが知れる声であった。

 

「今生で我らを導きたもう、ブルミエルが子、トリステインが頂、女王陛下よ」

 

 妙な震えが残る声の後を次いで、唱和が続く。

 

『今生で我らを導きたもう、ブルミエルが子、トリステインが頂、女王陛下よ』

 

 声の後ろで大きく息を吸う気配が食堂に響き渡る。

 

「今ここに、今朝のささやかなる糧を」

 

 彼は、自分自身の呼吸が大きく響き渡ってしまったことに『ささやかに』動揺してしかし、声を続けた。

 

『今ここに、今朝のささやかなる糧を』

 

 隠せない溜息を大きく吐いてしかし、強く言葉を紡ぐ。

 

「我ら、幼き子羊の群れに与えたもうたことを感謝いたします」

 

 一気に言い切った。それに唱和が続く。

 

『我ら、幼き子羊の群れに与えたもうたことを感謝いたします』

 

 食堂の奥で祈りの言葉を紡いだラ・ジョーレキべリと食堂全体が安堵にも似た空気に包まれる。

 それを切り裂いて大きな声が響き渡った。

 

「はぁー。緊張したよ!コロム!」

 

 一瞬の静寂の後に、どっと笑いが巻き起こった。

 

「まずいって、拡声を解いていないよ。変な事言うなよ、サヴァル!」

 

 大慌ての声が、囁くような調子で、だが食堂中に響き渡る。

 

「わあああー!しまった、コロム!どうしよう!」

 

 爆笑に包まれる食堂に混乱した声がかぶさる。

 

「黙れ!今、拡声を……!」

 

 ようやく声が収まったが、笑いは収まらずにしばし尾を引いた。イングリッドは思わずルイズを見る。ルイズもイングリッドを見つめる。かわいそうなのは使用人たちである。テーブルの間に立つメイドも、壁際に控えるフットマンも必死で笑いを堪えている。酷い拷問だろう。なんともしまらない食事の風景だ。イングリッドは嘆息する。何故だかこういう風景を繰り返し見ている気がする。何故だろう?

 

 

 ざわざわとかしましい食堂で、食事が進む。昨日のルイズのお茶の風景から貴族たちが食事に当たり、強く抑制されたテーブル・マナーを発揮して物音一つしない食事風景を展開させたらどうしようと思ったが、そんなことは無かった。

 様々なルールに従い、様々に使い分けるはずの、様々な大きさとデザインのフォークにスプーンにナイフ。しかし、それらすべてを使い分けて優雅に食事をするのはごくごく僅かの人間だけである。その中には我らが主、ルイズも当然の如く混じっているわけだが、イングリッドとしては、酷く複雑な気分である。市井の『高級な』レストランでのテーブル・マナーは折に触れ、習う機会もあったが、さすがにここまで本格的な、しかも、別世界のテーブル・マナー等まったく自信がない。どうしていいかわからない。

 ルイズと、イングリッドの席は他の生徒達から随分離されたところにあるが、そこから見ても、相当に適当な【不確定名称:テーブル・マナー】を発揮している者がいて、げんなりする。はっきり言って、ファミリーレストランでもちょっとありえないだろうという「食い方」をして恥じない人間がいっぱい居る。恐ろしいことに、それは女性も関係ない。男女の区別無く、一定数の人間がアレな食べ方である。せっかく育ちが良く、顔も良く、スタイルも良い人々なのにあんな食事風景を見せられては……。あれでは百年の恋も醒めようと思った。

 食事のマナーが悪すぎて、離婚したのだと言う話を男女の区別無く聞いたことがあるイングリッドだ。当時は「そんなことで!?」と随分と首を捻ったものだが、ここでああいう様を見てしまうと納得してしまう。ましてや完璧な比較対象があるのだ。よって、イングリッドは最高に困ってしまう。どう食べればいいのだろう……?

 

 ルイズはそうやって戸惑うイングリッドに気が付いて、手を休めて僅かに嘆息する。

 

「あのね、イングリッド。あなたに完璧なマナーなんて求めてないから。最低限、まあ、あいつらみたいに」

 

 イングリッドの眼を見たまま、僅かに顔を振って、奥の生徒達を指し示す。

 

「最低な様を見せなければ、どう食べてもらってもいいのよ」

 

 イングリッドは唸る。

 

「しかし、ルイズよ。主が完璧な食事マナーを発揮してる横で、それでは……」

 

 ルイズはその言葉に一瞬顔を赤らめて、眼を閉じ、表情を戻してイングリッドに視線を戻す。小さく溜息を漏らした。

 

「あのねぇ。10年以上貴族をしている私のマナーをイングリッド。あなたが1分でまねできるとでも?違うでしょ。それなりで良いから」

 

 会話を遮らないように注意を払って回り込み、ルイズのグラスにワインを注ぐシエスタ。

 ルイズはそれを見るとは無しに眼で追って、小さく会釈をしてからイングリッドに眼を戻す。

 

「そのまま残すほうが失礼だわ」

 

 その言葉に僅かに眼を見開いて、小さく感嘆してしまうイングリッド。

 

「う、む。我が主ルイズよ。その通りじゃ、な。うむ。自信は無いがそれなりで、食べさせてもらおう」

 

 眼に笑いの感情を乗せて、芝居くさい仕草で肩を竦めてルイズは正面に向き直った。

 

「そうしてね」

 

 

 

 残さず食べるには余りにも多い食事量であった。朝から栄養をたっぷり摂取して、仕事に向かうが最も効率の良い合理的食事方法だとは言うが(異論もある)、それにしてもあまりにも多かった。ルイズもすべての皿に満遍なく手をつけているが、無論食べきれる訳でもなく残している。

 

 食後のヨーグルトに添えられたブルーベリーかな?と思わせる果実を口にして、ナプキンで上品に口を隠して種を吐き出すルイズの姿はもう芸術的だった。

 

 用意された食事が半端なく多いのは、理由があるのはイングリッドも理解している。残ったものは、使用人の賄になるのだ。いや、賄の材料になるのだ。使用人が高級なものを食べるのはいろいろと憚りがあるが、明らかに生徒や教職員の人数を軽く上回る数の―――なにしろレンとシエスタがここにいる2人に専属で付いて、誰も困らないのだ。それだけの数の使用人の食事を別に作っては材料費も手間隙も含めて大変に馬鹿馬鹿しいことになる。

 無論、材料を足して作り直し、体裁を整えて、完全には貴族の食べるものと同じ物になる事は無いだろう。いろいろ投入して、それこそ生徒達の食事の準備で出た料理に入れる訳には行かないもの―――食べるには困らないが、食卓には出せない材料、野菜の端部とかを混ぜたりして、見た目も悪く、量を増やすためにいろいろ混ぜて、しかし当然価格が高いだろう調味料を足すことなく、それがために味が薄くなった賄となって彼らの口に入る筈である。

 大変に合理的である。

 裏の意味もある。常に貴族達の口に入る食事の残りが、使用人たちの口に入るとなればけしからん事を考える者がいなくなると言うことだ。こういう厳密な階級差がある世界では、致命的になりかねない食事などは、恨みつらみを晴らす武器になってしまいかねない。別に毒を混ぜる訳ではなく、例えば鼻くそを入れたり、雑巾の絞り汁を混ぜたりというのは十分にありえる。そうしたものが最終的に自分達に帰ってくるとなれば、けしからんことはしがたい。かくして貴族たちの健康は守られた、と言うことである。

 

 むしろ、問題は、教職員達である。コルベールも含めて、教職員には、純然たる貴族は少ないと言うのがルイズの説明によるところである。学院長という立場にある、トリステイン魔法学院の頂点に立つ人間ですら貴族ではないというのだから、その彼らが、純然たる貴族である生徒達に用意されたのと同じ食事を取るのはどうか?とイングリッドは余計な心配をしてしまう。

 非常に困ったことに、教職員の中は「純然たる貴族」が混じっているというのだからややこしい。彼らの間で食事に差をつけてはそれこそ諍いの種であろう。きっとみなし公務員という制度のように、みなし貴族みたいな形を取って整合性を取っているのだろうと想像する。だいたい、一番問題になりそうなのはほかならぬイングリッド自身である。一番に自分の心配をするべきかもしれない。

 

 

 

 すべての作業……食事が終わって、まったりとした時間が4人にすぎる。優雅でありながら素早い食事と言うなかなかに高度な技を見せた自身の主たるルイズは懐から懐中時計を取り出して、時間を確認している。イングリッドの体感時間としては40分位しか経っていない筈だ。数字で見ると短いようで、その実、「現代社会」からすると随分と長い食事時間である。

 自分がそうである事は任務の一環として紛れ込むところで経験したぐらいではあるが、まあ朝食の時間がある職業と言うのは酷く少ないが、たとえば、職業に就いている人々が昼食で40分も時間をかけて食事をするというのはなかなかありえない。

 大体は昼食時間と言うのは、ごく一部の国を除いて1時間であろうし、極東のある地域の会社等では食事時間も含めた昼の休憩時間が45分だというのがあたりまえというところもある。ある種のサービス産業では30分という所すらあった。短期のバイトでそういった業界で働いたことがあったが、それもその業界では普通で、そこで働く人は疑問を思わないというのだから大した物である。

 その時間に、手を洗い、あるいはトイレに行き、食堂に移動して、食事を取る。酷く忙しい。一斉に休憩に入れば、一斉にトイレに人が押し寄せるであろうし、無論、食堂にも一斉に人が押し寄せるであろう。酷く面倒な事に、仕事着で食事を採る事を禁止しているような職場もあった。そうなると45分、或いは30分の間に着替えを2回も行う必要があるわけで。食事そのものに40分も時間をかければ、午後の仕事に遅刻間違い無しである。

 手早く済ませたようで、やはり貴族なのだとイングリッドは思ってしまう。イングリッドの生活では昔はともかく、「今」ではコンビニやスーパーで弁当を買って5分で掻き込んでおしまいと言う場合すらあるのだ。それでいながら食事に対する満足度は昔より高いと言うから、技術的文化的進化と言うのは恐ろしい。しかも先進国であればたいていは国の端から端まで―――離島とか、山奥とかの特殊環境で無い限りはほぼ同じレベルの食事を取るのが可能と言うのだからすさまじいと思う。

 

 ルイズはイングリッドに頷いて席を立とうとしたが、イングリッドはそれを制した。

 小首を傾げてルイズが椅子に座りなおす。

 

「時間はあるようじゃから……下らんことかもしれんが、教えて欲しいことがあるんじゃ。よいか?」

 

 それを聞いて、腕を組んで小さく首を捻り、頷くルイズ。懐から懐中時計を取り出して、蓋を開け再度、時間を確認する。

 

「ん……そうね。授業の30分前ぐらいまでなら、まあいいわ」

 

 その言葉にイングリッドは頷いた。

 

「ん。ありがとう。ルイズに感謝を」

 

 くすりと笑みを浮かべて頷いて、手を振ってシエスタを呼ぶルイズ。

 

「いいからいいから……シエスタ、紅茶をお願い。ホットで……イングリッドもいい、それで?」

 

 それにイングリッドも頷く。

 

「かしこまりました」

 

 ワゴンを押して、ルイズとイングリッドの前から下げた食器とそこに残る食べ残しを運ぶレンを小走り、いやぎりぎり歩いているともいえなくも無い素早さで追い越して、どこかに……おそらくは厨房であろう方向にシエスタは「早足で走り」去った。

 厨房の位置はあそこか、と、記憶に刻み付けるイングリッド。

 ルイズは視界からシエスタの姿が消えるまでを見届けて、イングリッドに向き直る。

 

「で、なに?」

 

 

 

 6つのテーブルがあり、そのうち中央よりの3つを使って食事がなされた。いや、終わったような言い方はおかしい。すでに食堂を立ち去った生徒も多いが、まだまだ食事を続けている……というか料理を突いて崩すだけで、駄弁っている者も多い。ああいう行為は無意識であるにせよ使用人の反発を招くであろう。行儀が悪いのはいろいろと損を招くものである。

 中央の通路が広く、正面奥、向かって右手に2年、1年の順にテーブルを使い、左手に、空きテーブル1つを挟んで3年が座るように配されている。その理由は様々な噂があるらしいがルイズもこれと言って納得できる理由を聞いた事は無いそうだった。

 生徒達のマントが見事に3つに分けられているのは、学年を区別するためで、茶色は1年、黒は2年、紫は3年と言うわけ方であるという。学年によって固定されているのではなく、入学時に前年度、卒業した生徒の色をローテーションで受け取るのだという。

 そこに銀色のマントが混じっているのは監督生という制度らしいが、まったくの形骸化をしてしまった制度で、過去には教職員の手を煩わせる程でもない問題をその生徒達のもとで解決していたらしいが今では単なる名誉職だという事である。噂でしかないようだが、卒業にあたり箔をつける程度のものであって、どうも金で買えるらしくもあり、ルイズに言わせると、つまり望んで自身が無為な学院生活を送ったことを広く知らしめて喜んでいる極めつけの阿呆と言う事になる。そういう意味では区別しやすいので良いかもしれない。

 

 上にはロフトが設えられて、そこが教職員の食事の場であるという。食事を運ぶことが面倒そうだといっても、エレベーターがあるからといわれて納得するし、納得がいかない。確かにエレベーターは地球に於いても存外長い歴史を誇る装置だが、こういうファンタジー世界では随分に場違いに思えるのはイングリッドの頭が固いせいか?

 

 すさまじく豪華絢爛に彩られた食堂の様子に疑問を向ければ、なにか苦いものを噛んだように表情を歪めて、ルイズはイングリッドに視線を合わせた。

 

「あのね、学院で教えるのは魔法の技術だけではないの」

 

 イングリッドは頷く。

 しかし溜息を吐きながらルイズは身体を傾げた。

 

「……メイジは、まあつまり、貴族、なわけよ」

 

 ルイズは指を立てて、しかめっ面をして言葉を紡ぐ。

 

「貴族は魔法をもってしてその精神となす」

 

 欠片も信じていない神の御言葉を唱えるような表情で、ルイズはそれを吐き捨てた。

 

「学院ではその精神の元、貴族足るべき教育を、存分に受ける、わけよ。だから、っていうことで、食堂も!貴族の食卓に相応しいものに設えているってわけ」

 

 言っている内容は大変に素晴らしいが、それを言い終えたルイズの表情もまた大変に素晴らしく歪んでいる。自身の言葉を全然信じていないようだ。その顔は、そう、とある訪れた土地で、歓待を受けて最高のもてなしだと、器いっぱいに盛られた足をもいだアリンコを差し出された時の自分のようであった。

 いや、あのね。文化の違いを馬鹿にするわけではないの。環境によっては、虫類が重要な蛋白源になることは知っているし、芋虫を食べるとか、蜂の幼虫を食べるとかに躊躇は無いのよ。結構おいしいのもあるし。でもね。器いっぱいのアリンコ。しかも生きてるの。足をもいであるけど。生きてるのよ。それも器いっぱい。

 一応ね。私も女の子だから。だから、ね。

 

 妙な事を思い出して、ルイズの表情に釣られるように顔をしかめたイングリッドに彼女は気が付く。本当はそうではないのだが、ルイズはイングリッドが自分が何を言いたいかを理解した上でその表情に至ったのだと考えて、苦い表情をしたまま頷いた。

 いや、理解したのは事実だが表情の原因は違っていた。無論、そんな些細な事をルイズに伝える気はイングリッドにはさらさら無いので神妙に頷き返す。

 

 ルイズが深ーい溜息を吐いてイングリッドに力なく視線を戻す。

 

「どう?トリステイン魔法学院って素晴らしいでしょ」

 

 イングリッドはアリンコを、いや苦虫を噛んだような表情でそれを見つめ返して、しかし、すぐに小さく笑みを浮かべてルイズに笑いかけた。

 

「うむ。素晴らしいの」

 

 ルイズが首を傾げる。実は伝わっていなかったのかと疑問に思ってしまう。だが予想もしない言葉がイングリッドの口から飛び出した。

 

「そこななかで、ルイズは立派な貴族なのだな」

 

 一瞬呆けて、急激に顔に朱を表すルイズ。この少女は、イングリッドは、こういうことを……。

 

 先ほど食事マナーがどうこうと言われた時にも思ったのだが、イングリッドは不意打ちでルイズを手放しで褒めちぎる事がある。それも何の打算も感じさせ無い言い方で。心の底からそうだと言うように。恥ずかしい内容の言葉を、へっちゃらな表情で言い放つのだ。始末に終えない。昨日からどれだけの不意打ちを受けただろう。そう。「昨日」からだけである。その僅かな時間で、どれほどに。

 その言葉に攻撃力があるのであれば、ルイズの身体はすでに生徒が踏み荒らした使い古しの玄関マットの如くにずたぼろだろう。

 

 慌てて焦って、震える腕で懐中時計を取って、ルイズは時間を確認する。まだまだ時間はあったが、顔を振ってイングリッドに視線を戻す。

 

「あああああああのさ、もうそろそろさ、じかんもいいところだからさ、そろそろいこうか!」

 

 その言葉に少し眼を見開いて、組んでいた腕を解いてイングリッドは頷いた。

 イングリッドはルイズがどもるのを時間が無い故だろうと思い違いをして即座に同意した。

 イングリッドが勘違いをしたのに気が付いて、ルイズはこっそりと安堵する。

 

「む。そうか、少々しゃべりすぎたようじゃの」

 

 さっと周囲を見回すと確かに随分と食堂内の生徒達の姿は減っていた。視線を上げて上を見回すと、ロフトも空っぽに近い。いや、ほぼ空っぽだ。完全に空っぽではないのはコルベールが難しい顔をして此方を見ているからで、イングリッドがにやりとそれに笑いかけると彼は慌ててそっぽを向いて立ち上がった。

 それを見届けてイングリッドはルイズに視線を移す。

 

「ん。いくかの」

 

 互いに頷いて、立ち上がる。2人の背に張り付いていたレンとシエスタがさっと距離を取る。その2人にルイズとイングリッドが声をかけた。

 

「シエスタ」

 

「レン」

 

 2人は互いに顔を見合わせて、小さく笑う。

 

「ルイズからどうぞ」

 

「イングリッドからどうぞ」

 

 しばしどうぞどうぞとやってから、同時に噴出して、イングリッドが頷くと、ルイズも笑って頷いた。その顔をイングリッドから引き剥がして、シエスタとレンに向ける。

 

「ゴメンね、ありがとう。私たちを守ってくれて」

 

 そう。イングリッドは失敗したと、若干の後悔があった。いや若干どころではなかった。

 シエスタたちは2人が下手な注目を浴びないようにと、入り口近くに席を設えてくれたのだ。嫌でも目に付くイングリッドである。好奇の眼に曝されないようにと配慮していたのである。それは理解していた。理解していたからこそ、時間を取って、会話をするのを選んだ。大失敗だった。

 入り口に近い場所なのである。当然テーブル奥の生徒達が外を目指せばルイズとイングリッドの後ろを通らなければならない。最奥であれば1年側に回って迂回も出来ようが、無論そのような遠慮をする必要など無いから、中央通路を歩けば、必然的に2人の後ろを通る。

 そうした人々の注目から2人を守るために、わざと2人の座席の後ろに位置して「邪魔」になったのだ。通路を歩いて外を目指せば、メイドを突き飛ばすのでもない限りはレンとシエスタを大きく避けるしかない。中央通路は十分な広さを持っているからそれほど不自然という訳でも無いが。

 しかし、途中わざと4人ぐらいで横に広がってこれ見よがしに近づいてくる者がいたので、面倒を避けるために、或いは面倒ごとにするためにイングリッドは腰を浮かしかけた。だが、ロフトの上から咳払いと言うには大きすぎる音を立ててコルベールが注目を集めてかなり強い視線でそれらを睨み付けた。

 それですんだのだが、そうまでされると逆に立ち去り難くなってしまい、後ろの2人に申し訳なく思いつつも会話を続けた。

 随分と「太ましい」2年生が何度と無く後ろを往復したようだが、2人の背を守る2人のメイドがさり気無く視界を遮って守護してくれたために、彼は諦めて立ち去ってくれた。

 そういう、平民と言う立場にありながらも相当に強い態度で生徒を跳ね付けてくれたメイドには感謝のしようも無かった。

 

 ルイズが周囲の視線を気にしつつ、近くにいるからこそ気がつける僅かな動作で2人のメイドに目礼した。

 

 囁くような声で、2人に声をかける。

 

「ほんとっゴメン。この埋め合わせは必ずするから」

 

 レンとシエスタは顔を見合わせて視線を戻し、シエスタだけが小さく笑みを浮かべて頷いた。レンの方は昨日からかわらずのポーカーフェイスである。

 

「いいんです。勝手にやったことですから」

 

 素早く周囲に視線をやって、次いで視線を2人に戻し、イングリッドも小さな声でメイドに謝意を示す。

 

「面倒をかけた。思慮が足らんかったな、許せ」

 

 再度「いいんです」と小さく頷いたシエスタと、無表情で此方を見つめるレンに、ルイズとイングリッドは目礼をして、足を出口に向けた。

 

「ルイズ、そういえば壁際の人形は何じゃ?」

 

 歩きながら、イングリッドが小声でルイズに問う。

 

「ああ、あれね。あれはアルヴィーていう魔法人形で……」

 

「アルヴィー?この食堂の名と関係あるのかや?」

 

「ええっ、何で知ってるの?」

 

「入り口の上に書いてあったよぞ。『アルヴィーズの食堂』とな」

 

「えええっ!あなたルーン語が読めるの!?」

 

「イングリッドじゃ」

 

「それはいいから!」

 

 

 最後は随分と大声で楽しく笑いながらアルヴィーズの食堂を出て行く二人を、やわらかい笑みで見送りながら、テーブルの上を片付けるシエスタ。

 レンは呆れたように息を吐きながら2人を見送り、カップとソーサーを手にする。

 シエスタはポットを手にして素早く揺すると、中身の反応がないことを確認して蓋を開け、確かに湿った茶葉がある以外には何も残っていないことを確認して、蓋を戻す。

 楽しそうに笑顔でそれらを手早くティーワゴンに戻すと、素早くテーブルを拭いて満足したように1つ頷いて、ワゴンを押し始めた。

 

 後ろをレンがついて歩く。

 

「変わった人たちよね……」

 

 無意識にレンが呟いたが、それを背中に受けてシエスタは大きく頷いた。

 

「良い人たちでしょ」

 

「良い人たちって……」

 

 レンは見た事の無い話であったが、馬鹿馬鹿しい事にアルヴィーたちは夜になると食堂で踊っているという。メイジ様の考える事はわからないと思いながら、シエスタの顔をしたアルヴィーたちが楽しそうに踊っている姿を想像すると何かの意味があるのかもしれないと、下らない思考を一瞬浮かべて、顔を振った。シエスタの背中に視線を戻す。

 

「あんたも変わってるわ……」

 

レンの呟きはシエスタには届かなかった。

 

 

 


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