「よいっしょ」
そんな気が抜けるような掛け声とともにイングリッドが持ち上げたのは、全てのガラスが失われた窓の脇まで転がった教卓だった。それはルイズが見たところ、100人が見て99人が「彼女では持ち上げることは出来ない」と断言するような巨大なものである。無論、ルイズも99人側にいる人間である。
残りの1人は最初からイングリッドのことをよく知っていたか、或いは……人間としての「常識」をどこかに置き忘れてきた者なんだろう。そうとしか思えなかった。
教壇の上はルイズが箒で綺麗に掃いた後で、特に問題はないようだった。教壇自体には被害は無い様に見える。傷やら、破片が突き刺さった痕やら、イングリッドに言わせるならスプリンター(スプリンター痕)とか炸裂痕とか言いそうな模様がついているが、見た目が悪いことに目を瞑れば、教壇として利用するのに不自由は無い様に思える。
落下した黒板はすでに撤去されている。物品を管理する立場にある職員が顔をひくつかせながら作業員を幾人か伴って持ち去った。そのうち新品をもって作業者と共に教室にやってくるだろう。滅茶苦茶に壊れた机やら椅子やら、粉砕された窓ガラスやら、片付けるべきものは教室のそこここで自己の存在を主張し続けている。手早く作業しなければ、修復作業に移れないであろう。そうでありながらもルイズはイングリッドの姿に目が釘付けになってしまう。
「どうなさった、ルイズ。手早くやらんと間に合わんぞ」
あっけに取られていたルイズに、教卓を置いたイングリッドが声をかける。天板が粉砕されて酷い見た目の教卓だが、それ以外は意外なほどに綺麗で傷も目立たない。天板の交換だけで再利用は不可能ではないかもしれない。
僅かに口をあけて眼を見開いているルイズの姿に、溜息を吐いて肩を竦めたイングリッドは、箒で足元のガラス片を手早くかき集めた。彼女が箒を持つ姿が想像できなかったルイズは、それに対してもあっけに取られてしまう。意外と堂に入っていて、その仕草はそういった作業に慣れているように見えた。
散々魔法を失敗してきたルイズは、箒も塵取りも雑巾もその扱いに慣れている。貴族の子女としてはあるまじきことかもしれないが、嫌でも慣れた。実家で魔法の失敗を繰り返したとき、いつのころからかその失敗の結果として現れた、その後の結末を自身で片付けることが日常だった。どうしてそうなったか。その経緯は今となっては思い出せない。使用人が嫌がったか、母親に言われたか、或いは自分からそう申し出たか。そう遠い過去でもない掠れた記憶のなかで、涙ににじんだ視界で、母親に対して申し出ている自分の姿を幻視する。それが真実であるかどうかは定かではないが、ルイズの記憶の中ではそれが事実となっている。どうだったか……。それが摩り替わった記憶なのかどうかを判断する術が無い事だけがルイズにわかっただけである。
自身の起こした爆発の結果として授業が中断した後、シュヴルーズが教室の清掃を命じ渡したのだが、言われるまでも無かった。
1年生のある時期、やたら滅多らと教室を破壊して、魔法の実技は外部で行うべしと定められることになったが、教室の修理はともかくとして、清掃に関しては自分で志願することが多かった。
大抵の教師は、複雑な感情を持ってそれに同意していたが、今振り返ってみると、彼らの胸中は複雑どころではすまなかったのではないかとも思える。
貴族に清掃を命じる教師。
相当に外聞が悪い。
しかし、魔法を失敗するルイズ。
授業を続けたところで、何を成し得ると言うのか。
どれほど練習を繰り返したところで爆発という結果しか残せない生徒であるならば、爆発で滅茶苦茶になった教室を出て別の場所で授業を続けたとしても、何か結果が残せるわけでもない。ならば、掃除でもさせておけばよい……。
1年生の時期に行われた数少ない魔法の実習授業で、ただ成功を目指して必死であったルイズには見えない想像があった。
今やっと、間違いもなく、疑いようも無く、魔法の成功例として胸をはれるイングリッドという存在を得てようやく、あのころの周囲の困惑を理解したような気がした。
なんと自分勝手で迷惑な生徒だったのだろうか。苦い笑いが表情に浮かぶ。
「大丈夫かルイズよ。疲れているなら休むと良い……後は我がやろう」
心配そうに顔を覗き込むイングリッドにルイズは首を振って断った。どうも勘違いされているようだ。掃除自体は慣れたものだ。これくらいで疲れてしまうほど自分は柔ではない。イングリッドの行動に疲れたのだ。あんなことをするとは思わなかった。後から考えると顔から火が出そうである。一緒に手を握って魔法を使うとか。
否、イングリッドが魔法を使ったわけではない。魔法のサポートをしたわけでもない。優れた術者は、互いに魔法を補って、1人では扱えないような強力な魔法を行使したりするそうだが、イングリッドにはそのような能力はない。ただ後ろから手を回して、ルイズの手を包んだだけだった。
それだけ。
その瞬間を思い出して顔が熱くなるのがルイズは判った。いつからこんなに赤面症になったのだろうと考える。あんな事をする人はいなかった。今の今まで。
心配して声をかけてくる人はいっぱいいた。たぶん、心の底から応援してくれる人もごまんといたのだろう。しかし、一緒になって、失敗のそのときまで側にいてくれる人なんていなかった。母親も2人の姉もそんな事まではしなかった。そんな事をする人がいるなんて思いもよらなかったし、そういう方法で自分を支える事が出来るなんて想像しなかった。
ルイズは唐突に気が付く。
嬉しかった。ものすごく嬉しかった。あの瞬間に人生が終わったのだとしても満足して逝ける位に嬉しかった。その自身の心のありようにルイズは激しい動揺を覚えて顔を歪めた。
唐突に表情を曇らせて眼に涙を浮かべたルイズに、イングリッドが大慌てで飛びついて肩を抱く。
「ルイズ!大丈夫だ。我は大丈夫。我主も問題ない。心配するなルイズよ。失敗したがそれだけだ。いつかの成功を目指そう!」
そのイングリッドの姿にルイズはくすりと小さな笑みを浮かべた。
ゴメンね。また勘違いさせちゃった。悔やんでるわけでも悲しんでるわけでもないの。……ただ、嬉しいのよ……。
何があっても轟然と胸をそらして、いかなる雑音も跳ね除けるのがルイズのあり方だと思われてきた。ルイズ自身もそうだと嘯いてきた。周囲もそれで当然だと思っていた。ルイズ自身がそうだと信じてきた。
それが薄っぺらい殻でしかないことを自覚してルイズは涙を止める事が出来ないでいた。自分が自分の想像する以上に弱くて脆く、そして実は崖っぷちに立っていたのだと理解する。
イングリッドの存在はルイズにとってもはや欠かすことの出来ない存在だと自覚した。今、ルイズの前にあるこの少女は、ルイズにとっての蜘蛛の糸なんだと思った。思ってしまった。
いつの間にかイングリッドの胸をつかんで、自身が顔を押し付けてしまっている事に気が付く。イングリッドの表情をルイズはうかがうことが出来なかったが、イングリッドの手は優しくルイズの背を撫でていた。それがルイズの心を掻き乱す。信じられないほど大きな包容力を感じた。母親の中に感じたあの暖かな、そして大きなモノ。それよりも更に大きなモノをルイズはイングリッドの中に幻視してしまった。まるで春の麗らかな日差しを投げかける太陽が、眼前のちいさな人間の胸の中に詰まっているようにすら思えた。
ルイズの感情が唐突に恐怖に摩り替わった。
少女。
ただの少女。
自分とそう大して変わることの無い時間を過ごしているように見えた少女。
この少女はいったい何者なのだろう?
ルイズは俄かに心に浮かんだ本心を押し隠し、イングリッドの胸をそっと押して、彼女から僅かに身体を離した。後ろ足でたたらを踏むように距離を取りつつ、何度か鼻をすするが鼻水が止まらない。ハンカチを取り出して僅かに躊躇い、顔を振ってからそれを見つめ、その後に豪快に鼻をかんだ。その行為には自身に浮かんだ僅かな思考の澱みを誤魔化す意味があったのかもしれない。
なかなかに荒々しい音を立てたその姿にイングリッドは一瞬、顔を呆けさせて、次いでニヤリと笑った。
「ん……大丈夫そうだなルイズよ。掃除を続けるかや?」
ルイズは鼻水が付いたハンカチを一度広げて、その鼻から吹き出た物体の状況を確認する。埃やら何やらで随分と黒くなっているそれを苦笑いしながら見て取って、それを隠すように畳み込んだ。そうしてから、小さくなったそれをひっくり返して湿っていない面を表に出し、自身の顔に持っていって、弱々しく涙を抑えた。
しばらくうつむいたまま顔をハンカチで覆っていたルイズだったが、小さく頷くと、ハンカチをポケットに戻して顔を上げた。イングリッドに相対したその表情には笑みが戻っていた。
「……当たり前じゃない。私が汚したんだから。私が掃除するのは当然じゃなくて?」
ルイズが立ち直るまで、ただ静かにその姿を見つめていたイングリッドは、ルイズの発した傲岸な言葉に、腰に手を当てて大きく頷ずいた。
「その調子じゃルイズよ。それでこそ我主じゃ」
ガラス片の山が教室の隅に出来ていた。完全に分けて置かれたわけではないが、舞い上がった埃やどこから出てきたか判らないほどに出た量のゴミも、机やら椅子やらだったものの残骸も、それぞれに離れた場所で山を形作っている。
大きい破片は殆どがイングリッドの手によって集められた。左右が繋がって教室の幅の半分も在る机の残骸等も軽々と持って「かさばるから」と極めて自然な手つきでそれをへし折って小さくまとめてしまった。そのイングリッドの姿は、頼もしいを通り過ぎて恐ろしいほどに凄まじかった。いつの間にか、春と言う季節特有の人の心を沸き立たせる甘酸っぱい香りを感じさせる空気が、ガラスが完全に失われた窓から教室に流れ込んでくる。暖かさを感じるその空気は、過ぎ去った時間が昼に近いことを示しているようだった。
金属製のバケツに半分ほど入った水に雑巾を浸して、思ったよりも冷たいそれに身を震わせる。雑巾を取り出して、水が飛び散らないように縦に雑巾を絞る。ルイズにはおなじみの作業で、特に気負う必要もない。具合良く水が切れた雑巾を広げて、そして畳み、手早く机を拭いてゆく。
イングリッドはその姿に頷いて、同じように机を拭いていく。
「ん……なかなかの威力じゃったな、ルイズよ」
何気なくイングリッドから漏れたその言葉はしかし、若干のこわばりが見えた。どこか、何かを伺っているような気持ちが透けて見える。
何を伺っているかを正確に理解できたルイズは小さく溜息をついて、その問いに答えた。
「そうね……。風竜ぐらいなら一撃でぶっ飛ばせそうだったわ」
ハッと顔を上げたイングリッドに視線を合わせて、次いでニヤリと笑う。
「どう?すごいでしょ」
すっかり黒く染まってしまった雑巾に気が付いて、バケツの置いてある場所に移動する。
「これが私の実力よ……」
自分で思ったよりも大きな悲しみが言葉に乗っていることに気が付いて、ルイズは刹那、焦った。思わずイングリッドに視線を戻してしまう。難しい顔をしたイングリッドが、一度視線をそらして手近な机に持っていた雑巾を投げつけた。どこかに苛立っている様な空気があった。それにルイズも気が付いて僅かに身を震わせてしまう。あの苛立ちが自分の無能に向けられているのだとしたら……。
イングリッドは自分の顔に右手を近づけて指をこめかみに当てようとした。眼前に運ばれた自分の指が思ったよりも汚れていることに気が付いて溜息を一つつくと、ポケットから自分のハンカチ―――ルイズから借りたハンカチを取り出して、一瞬、それが自分の持ち物ではないことに気が付いて躊躇った後、諦めたように肩を竦めて、それで手を乱暴な仕草で拭う。
「ん……力はある。力はあるんじゃ。そこに間違いは無い……」
今度こそ自分の眉間を揉んで、顔を振るイングリッド。机にもたれて天を仰ぎ、顎に手をやる。左手でハンカチをポケットに戻す。芝居がかったその仕草は妙に老成された雰囲気を、ルイズに感じさせた。
「我も感じた。ルイズから何かが出て行くのを……」
頭をかきむしる姿は、何かを推理する探偵のようにも見えた。
「わからん……なぜ爆発に摩り替わるか。直前までは、あの先生と違わんように感じた。どこで、なにが違うのか……。経験が足らんのか。我も情報が足らんな……それだけか?」
頭を捻るイングリッドが刹那、顔を上げて強い視線でルイズを見る。それを受けてルイズも頭を捻った。
「なに?」
常の失敗ならここまで冷静でいることはなかっただろうと思うルイズだった。ヒステリーに身を焦がして、いろいろなものに当り散らしながらそれでも掃除だけは何とかこなしただろう。だが今は妙に心が平板だった。直前直後にそれどころではない感情の起伏を感じたし、その
何が重要なのかはわからない。なんとなく、イングリッドと話をしていたかった。変な気分だった。
「失敗……失敗な?あれが?」
イングリッドが勢いをつけて机から身体を離した。
「失敗とは……魔法の失敗は、術からずして爆発するのかや?」
ルイズにイングリッドが近づく。
妙な迫力がある彼女の姿に、思わず身を引くルイズ。
「そ……そうよ。私の失敗は爆発するわ」
身を引きつつ頷くルイズ。イングリッドはそれを確認して頷き、そして再度頭を捻る。
「『私の』……つまり、普通は爆発しないのではないのかや?」
遂に眼前までやってきたイングリッドとルイズは視線を合わせた。イングリッドが何に頭を捻っているかに気が付いたルイズは、今度も頷いた。言葉は出せなかった。
イングリッドは何かを視線に乗せて、ルイズに頷き返す。
「だろうな……失敗の結果が爆発ならば、教室内で魔法を使おうなどと言う授業のあり方は異常であるからな」
目を閉じたイングリッドが腕を組んで唸る。
そう。魔法の失敗。それはイコール爆発では『ない』。断じてありえない。
ルイズ自身すらも経験のあることだが、『本当の失敗』は腕から何かが漏れ出て、外に散っていく感覚だった。何もおきない。ただ瞬間に、身体が弛緩するだけだった。あれこそが
翻って自分の『今』の失敗はどうだろう。
なにかが収束する。杖に集まる。そしてそこから飛び立つ。目標で収束する。そして爆発。
ルイズはそのプロセスすら失敗だと思っていた。何かが足らないのだと信じていた。人が使う魔法を良く観察した。そこには自分に足らない何かがあると信じたからだ。何かは判らない。判らないことすら自分の未熟ゆえだと思った。そう信じた。
何かが違う。自分の行おうとする行為に人とは違うの何かがある。或いは無い。で、あろうから爆発という失敗を招いているのだ。と、いうことは判っているつもりだった。
つもりでしかなかった。
実際には何も判っていなかった。
何が違う?
ルイズが初めて魔法を『失敗』させてからの、ここまでにいたる10年ほどは唯それを探る、探り続けた10年であったと言っていい。ひたすらに感覚を研ぎ澄ませて、何かを探る10年。
失敗だと断じていた感覚が混乱したのは他でもない。イングリッドの存在。
イングリッドを呼び出したとき、あそこで感じた感覚。基本的には常の失敗と変わらなかった。そこに手ごたえがあった。失敗。そう断じた感覚の先に現れた成功と言う結果。
混乱した。
そして契約の儀。
失敗するかと思った。余りの緊張で表情を変える暇もなかった。力が出て、力が収束する感覚。普段と変わりはなかった。だから爆発すると思った。内心ではこれで終わったのだと思った。
イングリッドを打ち倒したあの爆発。それが唇の先で起きる。その結果は。
成功だった。
だから、ルイズはなおさら混乱した。
爆発。爆発の先にイングリッドが現れた。だからあの時点では、推測が、一つ変化した。
ルイズの魔法は失敗して爆発するのではなく、爆発の先に結果が伴うのかとも思った。何らかの理由で、結果をもたらす現象が途中で爆発という状況を作っているだけなのかと思ったのだ。
力の出現。収束。爆発。そして結果。
今までは結果の発現の前に起きる爆発で結果が吹き飛ばされて確認できなかった。それだけ、とすら想像した。
今までであったら単なる妄想でしかない推測。弱気になって、ありえない妄想に逃げたのだと言われても仕方が無い。
しかし、あの時は違った。イングリッドという結果を伴ったのだ。成功と言う結果が観測された。魔法の発現の失敗と言う風に見られていた爆発の後に伴った結果がイングリッドなら、この推測は十分に成り立つものだった。ルイズの魔法にとって、爆発とは成功を導くためのプロセスの一段階に過ぎないのではないか?それがあまりにも結果の瞬間に近しいタイミングで発生するので、正しい成功の結末を観測できなかっただけだった。そんな推測もありうるかと思った。
しかし、契約は違った。爆発しなかった。しかし本当の失敗でもなかった。ちゃんと成功した。イングリッドにはルーンが刻まれた。
ルイズの思考は螺旋回廊に迷い込んでしまった。出口が見えない。出口が見当たらない。
イングリッドが何を言いたいか判るような気がする。いや、とっくに理解していた。皆、理解しているのだろう。たぶん言えなかった筈だ。言える筈が無い。
魔法。
魔法のあり方。
常識としての魔法のあり方。
本当の意味で、本当に、召喚と契約は、ごく僅かの成功の実例だった。そうなのかも知れない。初めて本質的な意味での成功だった。そういうことなのだ。
いや、本来人々が知っている意味での、魔法と言う体系の中での『成功』。
魔法を知っている者なら言える筈が無い。言おうとした者が大勢いた筈である。恐らく、母も姉も―――厳しく接することこそ義務と気負った長女も、その分だけ暖かく包むのが私の義務と決め付けたであろう次女も、言えなかった言葉。
大勢の者が私を指導した。皆、熱心に指導した。10年である。10年間という短くは無い年月の中で、ルイズに対して、ルイズの「失敗」に対して、ありとあらゆる試みが行われた。
ルイズが心折らなかったのは、自分が信じる無能に対して大勢の人間が、その結論は性急だと断じ続けたからである。
ありとあらゆる人々がルイズを調べた。ありとあらゆる方法でルイズの魔法を調べた。
全員が全員、心の底からルイズを心配してという訳ではなかったと思う。中には、誰もが知り得なかったルイズの秘密を暴いて、他人を見下そうという浅ましい考えを持った人間もいたのかも知れない。ルイズに対して欠片も人間的興味を持たずに、自身の功名心だけを持ってルイズを調べた者もいたかも知れない。しかしそういう人間であっても、いや、だからこそかも知れないが、真剣にルイズの魔法の失敗の謎を解き明かそうという気概に、他との違いはなかった。きっとそういう事も考慮して、ルイズの両親は大勢の人を呼んだのだろう。その実力におかしいところがある人間はいなかった。
彼ら彼女らは結局、ルイズの謎を解き明かすことは出来なかった。
ルイズの元を離れてなお、調査を進めているのだというメイジは少なくは無い数がいたという。事実、魔法学院に入学したことに対して、恨み言じみた手紙を送ってきた者すらいる。魔法に関しては疑うことすら罪と、外からは見られているハルケギニアの魔法技術研究の総本山である魔法学院である。そこに入学すればたちまちルイズもその能力を開花させるでしょう今畜生!ぐらいの意味不明な手紙を見たルイズは好意的に苦笑いするしかなかった。ああ、私はこんなにも心配されているんだ……!
今思い直すと、その手紙の内容は随分と含むところが多かったような気がする。ある一面で同意するような別種の苦笑いが浮かんでしまう。きっと手紙を出した主は、魔法学院のあり方をある程度理解した上であのような捻じ曲がった、本心を隠した手紙を自分によこしたのだろう。そうとまで思ってしまう。
それはともかくとして、あるいはそれも含めて、実のところ、ルイズを見て指導した人々にはある種の結論があったと思う。推測ではない。ルイズ自身もなんとなくそれに気が付いていた。
両親も気が付いていたかもしれない。いや、彼ら彼女ら以上に常に近い位置にいた2人である。その可能性に気が付かないはずが無い。
姉も気が付いていたのだろうか。やはり気が付いていただろう。そのほうが自然なのだ。何をしようと、何を行おうと、何を試みようと、爆発。どう指導しようと、どう教えようと、爆発。
手を尽くし、技術を尽くし、言葉を尽くし。そしてなお、爆発。
ルイズは指導に対して熱心に応えた。必死になって応えた。言われたとおりの事をやった。教えられたとおりに魔法を行使した。爆発。
爆発。
爆発。
そして爆発。
ルイズの魔法。ルイズと言うあり方の持つ魔法。その結果。それが導く結果。それが導くべき結果。
駄目。
それは駄目。
もし、イングリッドがここに「いなかったら」。
召喚の儀に失敗していたら。
納得したかもしれない。諦めたかもしれない。
しかしイングリッドがここにいる。
これは成功の証。
「普通の魔法」の成功の証。
到底納得できない。
駄目!
イングリッドが硬い表情を浮かべている。何かを迷っている。何かを口にしようとしている。
彼女が口を開くであろう直前にルイズは声をかぶせた。
「いや!」
ルイズは一度視線をそらして、そして思い直し、強い感情を乗せてイングリッドの視線に自身の視線を絡める。
それを受けたイングリッドは一瞬言葉につまり、そして口をつぐんでルイズの言葉を待った。
「その結論は聞きたくない。その結論に
ルイズは見開いた目でイングリッドを強く見つめる。同じように強く見つめ返すイングリッド。
「まだそれで、納得したくない!」
見つめるイングリッドは僅かな時間を置いて目を閉じ、小さく頷いた。
イングリッドは納得していた。やはりそうであったのか。そう思った。
イングリッドは、どれほどの間、いかほどの期間、ルイズが苦しみもがき続けていたか。それを正確には知らない。
しかし短い期間ではないだろうとは予測していた。あまりにも諦観の滲んだルイズのあり方。ありとあらゆる試みが行われてきたのであろうことぐらいは容易に想像がついた。
ましてや貴族なのだ。今日起きた出来事で、そのあり方が半端では利かない、半端で済ませられない大貴族であろうと言うことまで理解できた。そういう大貴族の子供が魔法を使えない。
貴族、すなわちメイジ。そのあり方が普遍的な認識であるハルケギニアで、魔法が使えないまま放っておかれる貴族。そんな事はありえない。ならば、何とかしようとするだろう。
当然である。当然、ありとあらゆる試みがなされて来たに違いない。
そして、ここまで来てしまった。
本当に無力で無能か?
それは無い。そうであったならそもそも魔法学院にルイズが現れることはなかった筈だ。まだイングリッドが知らぬルイズの両親が、貴族であることを最優先に考える人間であるならば、そもそもここまでルイズが生きていられる筈が無い。そのような外聞を憚って、貴族としての立場を揺るがす材料になりかねないルイズという存在を許して置ける筈が無い。
ハルケギニアの貴族のあり方をすべて理解しているとは言いがたい現状であっても、貴族の両親から生まれた「事」になっている子供が魔法を使えない。そんな事がありえるか?
そこから想像される物語は余りにも外聞が悪い。メイジである貴族からメイジである子供が生まれるのが当然という常識がハルケギニアにおける人々の共通認識であるならば、つまり、当然ではない結果の元にルイズが生まれたのだとなってしまう。真実がどうあれ、現実にはそう認識されてしまうに違いないだろう。外聞が悪いどころではない。ルイズはどこから生まれたというのだ。どこで拾われたというのだ。どこで種付けされたというのだ。
そのように互いに疑心暗鬼を抱きかねない状況下で、夫婦の仲が睦ましいというなら異常どころではない。ほとんどホラーだろう。緊張、衝撃、不安。それらは恋に必要な事だと言われているが、それどころではない。普通の結婚生活はそれを超越したところにいたる結果であろう。それが継続した結果がルイズというのならば……。
ただ単にルイズを愛した結果だと言っても、やはりルイズが魔法学院に足を向ける理由にはならない。貴族にとって魔法が使えないという結果が大変にまずい状態であるのは変わらない。
「魔法が使えない」ルイズが共通認識であるというなら、魔法学院に送るだけ無駄という話だ。むしろ魔法が使えない貴族を魔法が使える貴族の中に投げ込んで、どんな虐めだ、どんな嗜虐趣味だ。そういう結論になる。しかしルイズの生き方、ルイズのあり方に、そんな人間性の見えない家族の後姿は見えない。愛されていなければ、人の愛を知らなければ、人に愛される意味を知らなければ、人を愛する事の意味を知らなければ、こんな人間は生まれない。こんな人間にはならない。
たしかにルイズは余裕が無い。ルイズは感情を激発させる。しかしそれはイングリッドの見るところ、誰かを愛しているからゆえだと思えた。
誰かに期待されている。誰かから何かを貰い受けている。だからそれに応えたい。応えられない。不甲斐ない。だから感情の激発。
不完全で不器用ゆえの感情の発露。ルイズのヒステリー気味のあり方は、愛情を受ける者の裏返しとしてたまさかに見られる、それなりに珍しくも無い思春期的行動の一種だ。イングリッドの理解はそれぐらいである。だからルイズがヒステリックになってもイングリッドにとっては何ということはなかったりする。生暖かい視線を向けないように苦労するぐらいだ。
しかし、そのあたりの推測が正しいとなると、ルイズが魔法学院に今、現に存在する理由が難しくなる。
貴族として魔法を使えない子供が許せないなら、それがわかった時点でいなかったものとされるであろう。魔法学院なんて選択肢にもならない。そこまでたどり着く事すらない。
家族として愛があるならば、貴族として魔法が使えない子供を表に出すのは危険すぎる。魔法学院に入学させるなんてとんでもない。
しかし、現に魔法学院にルイズは入学している。そして今回の結果を見るに遠慮会釈なく魔法を「失敗」させている。周囲の人間も、少なくともルイズの同級生はその「失敗」の程を知っている。
本当の意味での魔法の「失敗」がいかなるものかを理解している者達が、ルイズの魔法の「失敗」を何度となく見せ付けられている。
魔法の失敗。
メイジとしての無能。
貴族としての無力さの証明。
……それを多くの者に見せて回っている。むしろ周知しているようなものである。ルイズは魔法を失敗する。
逆に考えてしまう。イングリッドは、逆に見てしまった。
ルイズの魔法は爆発する。
それこそがルイズの魔法。
実は結論はとっくに出ているのではないか?
本当に無能。
本当に失敗。
それならば魔法学院に入学させる意味がわからない。
ルイズは言った。今の魔法学院のあり方は、ねるとんする事こそが本質だと。ルイズは自身の無能ゆえにそれを諦観と共に自身に当てはめている雰囲気があった。
それもありえない。
まったくの無能と決め付けられて、貴族としてのあり方を揺るがすような人間に求婚するような阿呆がいるか。いるわけ無い。無意味だ。いいとこのお嬢さんをつかもうと必死の「無能者」が本当の無能者を欲しがるものか。このように聡明に育ったルイズを、聡明に仕立て上げた両親が無能なわけも無い。
で、あるならば……。
実はルイズを思い、ルイズの将来を案じる人々は、ルイズに対して、ルイズの魔法に関してとっくに結論を出しているのではないか……?
生徒達も気が付いているのではないか……?
それを共通認識とするために魔法学院に。ルイズは。
見詰め合ってしまう。
イングリッドが見たルイズの反応は、どうもそれをルイズ自身が気が付いているのではないか?そう疑わせるものがあった。
ルイズが見たイングリッドは、イングリッドがルイズ自身が下して目をそむけ続けた結論に気が付いているのではないかと思わせた。
しかしルイズは迷っている。召喚。契約。
どちらか一方だけの結果であるなら、別の選択肢も浮かんだ。
成功した。今また失敗。だが成功の可能性はある。信じればいつかは。
しかし片方はまごうことない成功。片方は良く判らない。
問題は、どちらが成功でどちらが良くわからない結末であるとしても、どちらにせよルイズを迷わせるという問題があることだった。
だから結論を出せない。
どう結論を持っていっていいかわからない。
だから2人は見つめあう。それしか出来ない。
「おっほん!」
そのわざとらしい咳払いに2人は飛び上がって驚いた。文字通り飛び上がった。
イングリッドはうっかり天井に突き刺さるかとまで思った。実際には足がほんの少し床から飛び上がるだけで済んだ。ルイズは危うく倒れこむところだったが、それも堪えることができた。
「ぎぎぎ」とでも音が出そうな動作で2人がゆっくりと首をまわすと、その先には、キュルケが苦笑いをして教室の入り口に立っている姿が見えた。
何かを手に持っている。
「仲良くなにを見詰め合っているのかしら……?」
わざとらしく手で天を仰いで、顔を傾げながらルイズに歩きよるキュルケ。
顔を紅く染めて、怒りを表しながらルイズが手を振り上げようとしたところでキュルケは、その振り上げられそうになったルイズの手をつかんだ。
「お邪魔だったらごめんね。でも、これは返しておきたかったから……」
手をつかまれて表情も動作も固まってしまったルイズの手のひらに、キュルケが何かを置いた。
疑問符を浮かべたルイズがキュルケの顔を見て、それから自身の手のひらを見る。
そこには懐中時計の姿があった。ルイズがハッとしてキュルケを見る。
「あ……これ!」
キュルケがぱっと離れて頭を下げる。
「ゴメン!大事なものだったんでしょ。でも直すのにしょうがないから」
ルイズは首を振る。
「ううん。ありがと。私も忘れてた。どうしたの、これ?」
「ほっ」と安堵の息を吐くと、キュルケは顔を上げて頭をかいた。
「うん。私の前まで飛んできたのよ。かなりの勢いだった。直撃だったら死んでたかも」
いたずらっぽく笑うキュルケにルイズは怒りをあらわにして唸る。
「むー、ちゃんと隠れなさいって言ったわよ、私!」
イングリッドがそんな2人を見て笑う。ルイズの怒りの矛先がイングリッドに移りそうになった。
慌ててキュルケがそこに割り込む。
「ああああのね、ルイズ。ふたは取れるし、文字盤は割れるし、結構酷いことになってたから、こういうのが得意な奴に治させたのよ……余計なお世話だった?」
顔を赤らめて言うキュルケに、ルイズはふっと緊張感を緩めて笑いかけた。
「ん……ありがと。そうね。大事にしてたのよ。忘れてるなんて私も薄情よねぇ……」
溜息をついたルイズの表情を見てキュルケも小さく笑う。
「うん。いい物を見れたわ。あれ。劇場でも見れないような感動的なシーンだった」
一瞬呆けたルイズの顔が見る見る赤くなって行く。イングリッドは頭を掻きながら視線をそらした。キュルケはそんな2人を順番に見てから、今度は声を出して笑った。
それを見てキュルケに飛びかかろうとしたルイズだったが、ルイズが飛び掛る前にキュルケが頭を抱えて蹲ってしまう。
首を傾げて見ると、キュルケの頭があった場所に大きな杖が顔を出していた。キュルケがうずくまったことで通るようになった視線の先には青い髪の少女が、無表情に佇んでいる。
「やりすぎ」
溜息でも出そうな声で、表情を変えずに呟く少女の姿はシュールだった。イングリッドは笑いを堪えながら彼女に近づく。
「ん。タバサだったか、主よ。授業中は世話になったな」
首を傾げて少し悩んだようだったが、タバサは小さく頷いた。
「なにもしていない」
「くっ」と笑い声を上げて、イングリッドは思わずタバサの頭を撫でた。
「そうか。なら我の勘違いとしておいてくりゃれ」
特に嫌がる風でもなく、タバサは頷く。
杖で頭を殴られたキュルケは、頭をさすりながら立ち上がる。ルイズは良くわからないと肩を怒らせながら3人に近づく。
「なによ、さっきからさ。3人だけで秘密めいたことしちゃって、さ。私にも判るように言いなさい!」
3人で顔を見合わせて、イングリッドは苦笑いをし、キュルケは何かを含んだいやらしい笑いを浮かべ、タバサは無表情にルイズを見てイングリッドに視線を移した。イングリッドはそれを見て「おや?」と首を傾げる。
キュルケはルイズを見て笑いながら口を開いた。
「ああ、あれはね。あの時、あの馬鹿が……」
「ガツン」と音でも出そうな勢いでキュルケの頭にタバサの杖が突き刺さる。
なかなかに痛そうなその姿にイングリッドは思わず「おおう……」とか口走ってしまうし、ルイズは口をひくつかせて身体を引いてしまった。
タバサはうずくまったキュルケを見て、ルイズに視線を戻した。
「なんでもない」
なんとなく勢いで、キュルケとタバサも掃除に加わった。大分片付いていたとは言っても、教壇の周りはともかく、教室の後ろは結構どころではなく散らかっていた。ルイズとイングリッドだけでは昼食時間に踏み込んでなおどうしようもなかったであろうと思われた。しかし、キュルケとタバサの参戦により、人数が倍になっただけで掃除の勢いが違う。戦力二乗の法則というのは、普段の生活の中でもかように発揮されるものなのだと、イングリッドは1人ごちる。
バケツの上で雑巾を絞るイングリッドに、汚れた雑巾を持ったタバサが近づき、そして立ち止まった。そのままイングリッドを見上げて見つめる。
タバサが何を意図してそうしているのかがわからないイングリッドは戸惑うばかりでそれを見つめ返す。教室の後ろで机の雑巾がけをしていたルイズがそれに気が付いて、イングリッドに声をかけた。
「イングリッド!机の上じゃ、タバサは困っちゃうよ。バケツを床におろしなさい!」
ああ!と納得してイングリッドが視線をタバサにやると彼女は頷いた。
「すまぬのう、気が利かなくて」
床におろされるバケツを視線で追いながらタバサは小さく頷く。
「いい」
その2人の姿に箒を持ったキュルケと雑巾を持ったルイズは顔を見合わせて笑った。
その気配を背に、イングリッドはタバサにことさら顔を近づけて声をかけた。
「で、なんじゃ。何か言うことがあるんじゃろ」
タバサは小さく驚いた仕草を見せると、小さく頷いて声を潜めた。
「ヴィノグラドフ」
極端に言葉を惜しむのが個性だとでも言うタバサではあったが、流石に惜しみすぎて意味不明だった。イングリッドは苦笑いをしてしまう。
「あの阿呆が何じゃ?」
ざぶざぶと雑巾を洗うタバサの表情が僅かに苦味走る。
「納得してない」
「?」
意味が通らない言葉に首を傾げてしまうイングリッド。
構わず言葉を続けるタバサ。
「あれはいろいろおかしい……ルイズに対する態度も、授業態度も、ヘン」
上から足音と共に声が降ってくる。
手が伸びてバケツの縁にかけられた雑巾を取り上げた。
「あいつ、余裕が無いのよ。おかしいよね。召喚の後から特に余裕が無いの」
雑巾を持って立ち上がり、自分の持った雑巾が思ったよりも乾いていることに気がついて、キュルケも大きな身体を縮ませて窮屈そうに腰をかがめた。
「ルイズの失敗はいろいろあれだから……無視って言うか、見守るのが暗黙の了解なのに、あいつだけ激しく突っかかるのよ。そのセイでクラスの雰囲気も悪いの」
雑巾を絞るタバサの横で、黒ずんだ水に顔をしかめながらキュルケがざぶざぶと音を立てて雑巾を洗う。
イングリッドは思わず声を出してしまう。
「む。ルイズの魔法に、笑ったりからかったりするのは日常ではないのか?」
自分の役割はキュルケに譲ったとばかりに、タバサは立ち上がり、ルイズが拭いている机のほうに向かう。イングリッドはきっと、ルイズがこちらに向かってこないようにタバサが対応するのだろうと思った。
雑巾を絞る手が、なんとなく重く見えるキュルケ。
「んーほとんどあいつのセイなんだよね。いろいろ言いたいことはあるけど、さ。ルイズはいろいろあるから。触りたくないんだけど、ヴィノグラドフが口に出すから、ここぞとばかりに釣られて口を出す、みたいな?」
キュルケの体勢が―――主に胸のせいで思ったより苦しそうなことに気が付いたイングリッドはバケツを手にとって、持ち上げようとして、だがキュルケに止められる。
キュルケは一瞬、教室の後ろに視線を移して、ルイズとタバサが椅子の拭き掃除に移っていることを確認して溜息を吐いた。イングリッドに視線を移す。
「なんて言うのかな……。ルイズに文句を言わないと生きていけないって言うか」
首を振って、雑巾を広げる。
「それは言いすぎだけど、なんか、ね。あいつのルイズに対するこだわりは尋常じゃないよ」
「ふむ」と頷いてイングリッドも唸る。
「ん。それは思春期特有の好きな相手には……って、訳でもなさそうじゃの。主の顔を見ると」
雑巾を畳みながらキュルケは苦笑いを浮かべた。
「そんなんじゃないよアレ。いっそルイズを憎んでる、って言ってもいいね。そういう感じ」
立ち上がったキュルケは教室の後ろに向かいかけて、そして足を止めて振り返った。大きな声を張り上げる。
「それからね、あなた!」
釣られて立ち上がったイングリッドに声をかけていた。
「なんじゃ?」
いたずらっぽい表情でウィンクをするキュルケ。
「あたしはキュルケ、よ!」
その声にタバサとルイズが顔を上げて此方を見つめる。
一瞬何を言われたか分からないイングリッドだったが、次の瞬間には理解に至って「ああ」とばかりに頷いて応えた。
「うむ、キュルケよ。我はイングリッドじゃ!」
くすくす笑いながらタバサのほうに向かうキュルケ。ルイズも苦笑いを浮かべてタバサと顔を見合わせる。タバサは無表情のまま首を傾げた。
イングリッドは腰に手を当てて、天井を振り仰ぐ。
「やっかいじゃの……」
呟くイングリッドの背にがやがやと声を立てながら、がっちりした体格の男達が手に手に道具や材料を持って教室に入ってきた。本格的に教室の修理を行うのだろう。