IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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歩くフラグ大魔王、織斑一夏の親友であり兄弟分の鍋島元次。
一夏がISを動かした事で巻き込まれた彼の運命は?


~本編~
その男、兄弟分ナリ


『インフィニット・ストラトス』通称『IS』と呼ばれるものが存在する。

 

 

とある大天才が生み出したこれは、宇宙進出を目的としていたパワード・スーツのことで、現存の兵器でこれに打ち勝つことは出来ないとされている。

ISが人類に初めて姿を表したのは、何者かにハッキングを受けて、日本の首都、東京に向けて放たれた二千発余りのミサイルを『たった一機』のISが全て撃墜した時であった。

コレが世に言う『白騎士事件』と呼ばれるISによる実戦であった。

戦車、戦闘機、軍艦……あらゆる兵器はISの登場によりその姿を歴史の表から姿を消していった。

その威力を重く見た世界各国の首脳陣営はアラスカ条約を発足。今は兵器としてだけではなく、スポーツの道具として世間で使用されている。

 

 

ただし、ISは女性にしか扱えないという欠点があり、これによって世界は完全に女尊男卑の状態となって男達は肩身の狭い思いを強いられる時代が到来しちまった。

 

 

……まぁ、俺には関係ない事なんだけどな(笑)

 

 

みーん、みーん、……み゛ぃぃぃぃぃいいん゛ッ!!!?

 

 

 

「……あっぢぃ」

 

 

 

 

季節は夏真っ盛り。時は8月5日なり。

 

蝉の活気いい泣き声があっちゃこっちゃから止め処なく聞こえる今日この頃、如何お過ごしだYO?そして最後の一匹、何があった?

ちなみに俺こと『鍋島元次(なべしまげんじ)』は肩にベルトをまわしたクーラーボックスが一つ。

体力に買い出す時のお買い物必須、主婦御用達エコ袋を反対の手に持って、ダチの家のインターホンを鳴らしたトコだ。

例年より高い気温に晒され、汗を垂れ流しながら俺はインターホンから返事が返ってくるのをいまかいまかと待ってる。

暑くて敵わねぇから早く返事して欲しいんだが……

 

「……ふむん?」

 

『シーン』

 

……返事がない、只のしかば『はい、おっ?やっと来たのk』

 

「言わせろや最後の一言までぇぇぇぇぇえええッ!!!」

 

中途半端なとこで遮るんじゃねぇよド畜生がぁッ!!!最後まで言い切れなくて気分悪いわッ!!!

 

『どおおわぁッ!?な、なんだよいきなり意味わかんねぇぞッ!!?つうか、何も言ってなかったじゃねぇかッ!?』

 

「じゃかあしいッ!!せめてもうワンテンポ遅く出やがれってんだよッ!!熱くてかなわねぇんだよパピーザパッピンスッ!!」

 

『ワンテンポってなんだよ!?って誰がパピーだ!?後パッピンスってなんだよ!?たくっ、ちょっと待ってろよ、今開けるから』

 

「早く開けねぇと大声で叫ぶぞ?『織斑一夏はMrシスドー。神に逆らいシスコンを極めんとする者』だって」

 

『不名誉なうえに理不尽すぎるッ!?しかも超越者扱いッ!?頼むから待てぇぇぇ!!?』

 

その言葉を最後にインターホンの向こうからドタドタと走る音が遠のいていく。

どうやら玄関まで走ってきてくれるようだな。うむ、よきに計らえ。

少しの間待っていると、玄関の向こう側が騒がしくなり

 

「(ガチャ)はー、はー、はー、ま……まだ言ってねぇだろうな…はー、はぁー」

 

開かれた扉の先には黒髪の無造作ヘアー、顔立ちはそこらの俳優もビックリなぐらい整ってる男。

なにやら汗だくになって、肩で息をする我が親友の姿が……ふむ。

 

「落ち着けや、ハァハァ言ってると変質者みてぇだぜ?」

 

「お前のせいだよ!?何をさも『何があったかわかりません』って顔してんだよ!?」

 

ありゃ?見た目よか元気そうじゃねぇか。

額の汗を拭いながら俺に詰め寄ってくるこのイケメンは、幼稚園から付き合いのある俺のダチ公の一人『織斑一夏』だ。

ちなみにコイツのお姉さんの『織斑千冬』さんもかなりの美人さんで、スラッとした切れ長の瞳はデキる女の人、キャリアウーマンの手本みてえな人だ。

オマケにIS無しの体術もハンパねぇ。まさしく誰もが認める天然チートなお方でありその滲み出るカリスマ性から周囲から尊敬の念が絶えたことは無い。

只、その滲み出るカリスマ=威圧感となるわけで男の影は一切、欠片とて無し。

以前これをポロッと口から零してしまったせいで24時間耐久デスレースをする羽目になった時はマジで死を覚悟しますた。

目がサイボーグみたいに紅く光ってたのは幻覚だと思いたい、マジで。

 

一方で弟の一夏の方はその輝く容姿と際限ない優しさから別名、『歩くフラグメーカー』『旗祭り男爵』『イケメンフェロモリア』『移動式メスホイホイ』とか呼ばれている。

女の数だけフラグをおっ勃て、建設した旗の分だけ爆破しにかかる『女殺し』ってやつだ。

まさに人類、いやオスの最終兵器でもあり、ダチの間では『一夏が来る時は妹、姉、母を隠せ、さもないとあっという間に旗が立つ』なんて格言すら生まれた。

もはや完全にナマハゲ扱いだなおい(笑)まぁ俺は一人っ子だからカンケーねぇが。

実際、俺と一夏の共通の友人である『五反田弾』の妹の蘭ちゃんにはあっという間にフラグ立ったからね(笑)

いやはや、ホントにモテない男の敵だぜコイツは。

 

「……ゲン……お前今トンでもなく不名誉なこと考えなかったか?」

 

なんか一夏がエラくジト目で睨んできやがる。

ちなみに今の『ゲン』ってのは俺の渾名みてえなもんだ。

名前の『元次』からとって『ゲン』。安直な上に判りやすいなおい。

まぁ自分でも気に入ってるからいいんだがよ。

 

「なに、今までのお前の罪を数えてただけだ。完全にギルティだよテメー」

 

「裁判所も弁護士もスッ飛ばして有罪確定ッ!?どんだけ理不尽なスピード裁判だよッ!!?異議ありッ!!再審を要求するッ!!」

 

「何ぬかしてやがる。オメーが墜とした女の数からしたら有罪なんて生温いぜ?本来なら即刻ギロチン首スパーンものだ」

 

「生温いと来た上に死刑ッ!?って何言ってんだ!?俺は女を落としたことなんて一度もねぇよ!!?」

 

「……はぁ」

 

「……な、なんだよその目と溜息は?」

 

「いや別に……はぁ」

 

溜息をつきたくなる俺の気持ちも察して欲しい。

なにしろこの一夏って野郎は女性にはすげーモテるんだが、その好意にはてんで疎いときたもんだ。

コイツについた別の通り名が『KING・OF・唐変木』だとか『鈍感王・オリムーラ・D(鈍感)・イチカ』。他には『恐竜よりも鈍い霊長類』なんてのも有る。

先も言ったように、コイツは旗を立てるだけ立てて木端微塵にフッ飛ばしちまうようなことを既にかーるく百八以上はこなしている。

煩悩の数超えるってドンだけだっつの。

 

おまけに被害は俺にも来た事がある。

 

例えば以前にあった事例なら、放課後の屋上というこれ以上ないシチュエーションに女生徒から手紙で『大事な話があるので屋上に来てください』と呼び出されて一夏がそこに行く。

呼び出した女生徒は頬を染めてありったけの勇気を振り絞り、一夏にこう言う。

 

『わ、私とッ!!……つ、……つ、つ付き合って下さいッ!!』

 

全てを出し切って、返ってくる返事に恐怖と不安を混ぜたまま、女生徒は顔を伏せて一夏の答えを待つ。

 

『ああ、いいぜ』

 

そして一夏は応えた。

その一言に女生徒は俯かせていた顔を上げて凄い嬉しそうな顔を浮かべる。

一夏はその女生徒に安心させるような柔らかい声と暖かい微笑でもって……

 

『で、どこに付き合ったらいいんだ?』

 

ナチュラルにトドメをブッ刺した。

 

なんて事例が多々、多々あったんだこれが。

 

その一言で女生徒のハートは粉微塵にブロークン。

泣きながら屋上を走って逃げ、次の日は学校を欠席しちまった。

この話を偶々一夏の家に遊びに行った時に聞かされた日にゃ、そこに偶々いた一夏のお姉さんの千冬さんと俺で一夏に制裁を加えたのはもはや言うまでも無し。

俺が繰り出した「百一烈拳」の乱打と、一夏のお姉さんの鉄をも切り裂く神速の居合い斬り(木刀)でボロボロにのされても文句は言わせなかったぜぇ。

 

そして制裁が終わった後に、千冬さんがスッゲー申し訳なさそうな顔で俺を見てきてさぁ。

 

『元次、すまないが……一夏の代わりにその女生徒に謝ってやってくれないか?コイツはなんでその子を泣かしたのか根本的に判ってないし、そんな心の篭っていない謝罪を受けてもその女生徒は納得しないだろう……こういった事は家族が出るものではないし……心苦しいんだが、お前以外に頼める相手がいないんだ……頼む』

 

なんて軽くだけど頭下げられた日にゃあ、覚悟を決めたよ。

なんとか事情をぼかしてその女生徒に連絡つけて、その子の家の近くにあった喫茶店『翠屋』に来てもらったんだわ。

かなり泣いてたのか、目が真っ赤になってたのが凄い心に響いた。

最初、店に入った時は俺がやったみてぇに見えたのか、喫茶店の他の客の目と女性店員の目がスッゲー痛かったよ。

でも俺達の話しに聞き耳を立ててたのか、段々と俺に同情の視線が向いてきたがな。

そんでまぁ、ここに呼んだ事情を説明して、とりあえず俺が一夏の代わりにその子に誠心誠意謝った。

 

 

そん時の一幕なんだがよ……

 

 

『……ひっくッ……ぐずっ……ううぅぅ……』

 

『ま、まぁ、なんだ……アイツも悪気があったわけじゃねえんだ……アイツの代わり……では役不足で悪いが、俺が頭下げさせてもらうよ……本当にすまねえ』

 

俺はテーブルに手を突いて頭を思いっ切り下げた。

とりあえず何かしら反応があるまでそうしとこうと思ったんだが……

 

『……ぐすっ……い……かぃ』

 

『……ん?』

 

何か小さく聞こえたので顔を上げて見るとよぉ。

 

『一回だけ……叩かせて下さい』

 

って泣きながら言われたんだよ。

俺はさすがにあんなのでもダチだからあんまりそーゆうのは見たくなかったのよ。

だからなるべく穏便に済ませようとしたんだ。

 

『い、いやでもよ?こんな事があった後でアイツを、一夏を叩いたりしたら後味が悪くな『違うんです……』るぜ?……ゑ?』

 

俺はこの時、自分の聴覚を疑ったぜ。

いや、おかしいよね?

だって『叩かせろ』って言ってる相手が『違う』なんて言うんだぜ?

じゃあ何よ?って思うだろ?

 

さてここで状況を整理してみましょうか。

 

1、この喫茶店は俺は初めて、他に知り合いはいねえ。

 

2、目の前の女の子は気弱な感じな子で誰かを叩いてるなんてこととは無縁そう。

 

3、彼女の真っ赤に腫れた目の恨みがましそうな視線は俺の顔をロックオンしてらっしゃる。

 

4、従って導き出されるアンサーは?

 

『俺ぇぇぇッ!?』

 

『……ッ!!(コクコクッ!!)』

 

思わず自分の顔を指差して絶叫したよ。

んでこの子メッチャ頷いてるし。

この時点で喫茶店内の俺に向けられる視線は憐れみと同情のみだったぜ。

 

『え!?いやちょ!?なんで俺!?なんで俺を叩きたいのよ!?一夏じゃねぇの!?』

 

『い、一夏君の顔をはたくなんて、私には出来ません!!それにもし傷がついたら可哀想です!!』

 

『ちょっと待ってくんねぇ!?俺は!?俺はいいのかよ!?俺は可哀想じゃねえぇってか!?』

 

どんだけ理不尽なんだよ畜生って話だったぜ。

さすがにコレは勘弁と思った俺は彼女には悪いが断ろうとしたんだけど……

 

『こ、このままじゃ私……こんな……こんな、モヤモヤと燻ってる想いがあったら、学校になんて行け……ませんっ……ぐずっ……ふぇぇ』

 

そう言って大泣きしだしちまったんだよ。

このまま帰るわけにもいかねえし、千冬さんから『頼む』って頭まで下げられたんだから引き下がれなかったんだよなぁ。

 

『……』

 

『ひっく……うえぇ……ぐずっ…』

 

『……ハァァ……(スッ)ほらよっ』

 

『ぐずっ……え?』

 

ぐずってるその子に俺は軽く声を掛けて、目を瞑ったまま顔を叩きやすい位置に出してた。

 

『……あ、あの?』

 

困惑してる辺り、本当に叩かせてくれるとは思っちゃいなかったんだろうなぁ。

まぁこうしたからにはイモ引けねーわけでして。

 

『……1発だけな?』

 

『ッ!?……えいッッ!!』

 

パァンッ!!!

 

そりゃあもう見事な快音が店内に鳴り響いた。

正直に言おう。

本気で泣きそうになった。

心から顔の一部分からもういろいろ痛かった。

 

『ご、ごめんなさいッ!!』ダダダッ、ガチャンッ!!

 

その子はそれだけ言うと走って店から出て行った。

 

『『『『『…………』』』』』

 

後に残されたのは、頬に見事な紅葉を刻んだ俺と、泣きそうな顔で俺を見ているお客&店員。

そして……

 

『……痛い出費だなぁオイ』

 

テーブルに残された、さっきの子のヤケ食いケーキの山と領収書だった。

まぁ、会計しようとしたら店員らしき若いお兄さんが俺の手から領収書を取り上げて……

 

『……俺の奢りだ……立派だったぞ?』

 

なんか目元を拭いながら店の奥に引っこんでいった。

……ありがとうございます。見知らぬお兄さん。

そのままとりあえず一夏の家に向かって千冬さんに報告しに行ったんだが……俺の頬に刻まれた紅葉を見て目が点になってた。

『その頬は一体どうしたんだ!?』とすげえ勢いで詰め寄ってきたので、勢いに押された俺は喫茶店であった出来事を包み隠さず話しちまった。

そしたら千冬さんが滅茶苦茶申し訳なさそうな顔になった訳で。

 

『……本当に済まない、元次……一夏が迷惑を掛けた』

 

『い、いや、気にせんで下さい。アイツのこーゆうのは今に始まったわけじゃねーっすから……ね?』

 

今度は90度の深い謝罪を貰ってしまった。

さすがに年上の、しかも長年付き合いのあるダチのお姉さんに頭下げられるのは居心地が悪かったので、慌てて頭を上げてもらった。

まぁ、キチンと謝罪してもらったしこれでいいかな?とか思ってたんだが。

 

『ゲ、ゲン?……悪かったな?俺の代わりにあの子に謝りに行ってくれたんだろ?……そのせいで叩かれたんだよな?……本当に悪い』

 

千冬さんに説明が終わった後で、一夏が悪かったって顔でリビングに降りてきた。

なんかシュンとした子犬が簡単に想像できちまったよ。

こーゆう姿を外で見せたら、女の子達は鼻から愛を垂れ流しながら保護欲の赴くままに暴走するんだろうな。

とどのつまり、一夏は何やっても、どんな仕草でも、女の子を堕とす。

 

『まぁ、なんだ?そぉ気にすんなよ?叩かれたのは……まぁ、俺が行った結果がこぉなっただけなんだしな……』

 

ぶっちゃけ俺が一夏並みのイケメンだったら叩かれることはなかったんだろう。

そう考えると一夏ばっかりを責めるわけにゃいかねぇか。

何しろコイツは昔から色んな人間に千冬さんと比べられてきたわけだしな。

千冬さんはISの世界大会『モンド・グロッソ』で総合優勝を飾り、その頂点に立つ者にのみ送られる称号『ブリュンヒルデ』の名を持つ世界最強に輝いた人だ。

その分、一夏にゃ周りから勝手な期待が掛かって、いつも姉と比べられるっていう辛い思いを経験してる。

オマケにコイツは真正のシスコン。

自分の大好きな姉の名を汚さないように周りの目にも負けずにひたすら頑張ってきた……本当にスゲエ奴だ。

そんな一夏が、今回俺が叩かれた本当の理由が『一夏と顔を比べられた』なんて知ったら大激怒モンだろうしな……黙っとくのもダチへの気配りってな。

 

……ここまでだったら充分、美談で済んだんだが……

 

 

『え?『俺が行った結果』って……お前まさかあの子にヘンなことし――』

 

『ストロングッ!!ハァンマァァァァァァァァッ!!』

 

ドゴシャァァァァァッ!!

 

『ガルボァァァァッ!?』

 

 

あまりにもふざけた一言に対して、俺が渾身のヘビーパンチを放ったのを誰が責められようか。

あ、後その女の子は後日学校で会った時にちゃんと俺に謝ってくれたよ?

 

以上。昔話だ。

 

 

 

 

……まぁ、これでもまだ治らない一夏の鈍感さに俺は匙を投げてる。

ギブ、もう無理。

そんな感じで、その辺は割り切ってる。

 

「……とりあえずよ?上がらせてもらうぜ?いい加減荷物持ってるのがダルくなってきたからよ」

 

「ん?あぁ、そうだな。冷蔵庫は何時も通りにスペース開けてあるからそこに突っ込んでくれ」

 

「あいよー」

 

過去を懐かしんでた思考を引き起こして、俺は一夏と一緒に玄関を潜る。

そのまま一緒にリビングへ行き、冷蔵庫の前で荷物を降ろしてクーラーボックスとエコバックを開ける。

 

「どれどれ?……おぉ!?どれもこれも極上じゃねぇか!?こいつはスゲーな!?」

 

一夏はエコバックの中身を見て目を輝かせている。

興奮気味に喋っている一夏の手の上には。

 

「ほらゲン見ろよこの『茄子』!!艶も色も実の大きさも凄えぞ!?こんなのスーパーじゃお目に掛かれねえよ!!」

 

「確かになぁ。コッチのレンコン、人参、ジャガイモなんかもスゲエや……ばあちゃんは野菜作らせたら右に出るモンはいねえんじゃねぇか?」

 

スーパーで売ってる市販の物なんざ比べ物にならないぐらいに品質のイイ『茄子』だ。

危ない物じゃねぇよ?

そんなモン一夏の前でチラつかせたら、一夏には殴られ、説教の嵐。

千冬さんにぬっ殺されちまうよ。

 

……ここでちょっと俺の家族の事を話そうか。

まず俺の両親なんだが、仕事は考古学者かなんからしい。

らしいってのは俺自身も良く知らねーんだ。

俺が小学校に上がった辺りから俺に家事とかを仕込み始めて、俺が小学校を卒業する半年前に世界へ旅立った。

そん時に聞いた話じゃ、なにやら古いものの研究をしてるって話しだったから、多分考古学者なんじゃねーかと思う。

俺自身、よく一夏が遊びに来たり、じいちゃんとばーちゃんが気に掛けてくれてたからそんなに寂しくなかった。

 

じいちゃんとばあちゃんは兵庫県の田舎の方に住んでる。

爺ちゃんが経営してるのは自動車の板金修理工場で、昔からの老舗で腕も確かだから、自分が生きてる内はずっとやるって言ってた。

趣味が海釣りで自前の船を持ってるスゥパーパワフルな爺ちゃんだ。

ばあちゃんは自宅で専業主婦と趣味の野菜園をやってるんだが、どーゆうわけかこの野菜がまた品質最上級に育つもんで、よくこうやって俺に届けてくれる。

ちなみにクーラーボックスに入ってるのは……

 

「こっちの方は……うお!?アオリイカに車海老があるぞ!?」

 

「おまけにキスに鮎、しまいにゃワカサギて……爺ちゃんハッスルしすぎだろ!!?」

 

そう、爺ちゃんの趣味の海釣りで釣れた魚や貝なんかが送られてくる。

ご丁寧にクール速達だからこっちも品質はサイコーなんだよな。

 

「あれ?ゲン、手紙が入ってるぞ?」

 

「あ?マジか?どれどれ?」

 

一夏がエコバックの底から見つけたのは封筒に入れられた手紙だった。

俺はそれを受け取って封筒から手紙を出す。

 

「えっとぉ……何々?『元次へ。暑いけど元気に過ごしとるん?おばあちゃん達はとっても元気です。コッチは盆地やから蒸し暑いけど、東京の方はどうや?熱中症にならんよう、ちゃんと塩分取るんやで。おばあちゃんが作った野菜とおじいちゃんが釣った魚を送ったから、それをたんと食べて元気出しや?それと、今年のお盆は帰ってくるんやったら先に電話してな。美味しいご飯作って待っとるで。身体にきぃつけて元気な顔を見しとくれ。おばあちゃんより』……ばあちゃん、ありがとよ」

 

俺はあったけえ気持ちになりながら、ばあちゃんの手紙を封筒に仕舞い込んでズボンのポケットに入れようとする。

 

「いっつも思うけど、お前のばあちゃんって優しいな……本当にいい人だと思うぜ?」

 

「あぁ、ばあちゃんもじいちゃんも俺の大事な家族だ……マジで誇りに思える人達だぜ」

 

「ははっ全くだ。……ん?おいゲン?」

 

「ん?なんだよ?」

 

「いや……こっちのクーラーボックスにも手紙が入ってるぞ?」

 

「え?マジか?」

 

「あぁ、ホラ」

 

イチカが差し出してきたのは、濡れないようにか、ビニールの袋に入ったもう一つの封筒だ。

そっちも一夏から受け取って中身を広げてみると……

 

「(ペラリッ)何々?……じいちゃん?『元次へ、元気かどうかは別にいい。偶には帰って来てツラぐらい見せやがれアホンダラァ』……アホンダラァはねぇだろアホンダラァは……ったく」

 

封筒の中身の手紙は、大きさこそばあちゃんの手紙と同じだが、たったそれだけの文字が豪快に習字用の太い筆で書き殴られてた。

 

「はははっ……なんかよ?お前の爺さんって巌さんと似てるよな?」

 

「確かにな……連れてきたら気が合うんじゃね?」

 

ちなみに巌さんとは俺等のダチ、『五反田弾』の爺さんで、昔気質の頑固親父だ。

弾の実家『五反田食堂』の店主で俺も一夏も良く世話になってる。

巌さんについてはまた今度にするとしよう。

今はまず目の前の食材たちを保存せねばなるまい。鮮度を落とすわけにゃいかん。

 

「一夏、とりあえずこいつら冷蔵庫に仕舞おうぜ?」

 

「おう、そうだな」

 

そこから二人で手分けして野菜と魚を分けて仕舞っていく。

時間はお昼過ぎ、俺達二人とも昼飯は済ませてあるのでこれから晩飯までは暇な時間になった。

晩飯はここで食う予定だし。

俺が織斑家に食材を持って来るのは恒例行事の一つだ。

ばあちゃん達が食材を送ってくれるのはありがたいが、いかんせん一人で食うにゃ量が多いんだ。

だから腐らせないために織斑家の二人にも飯を振舞うのさ。

飯を作るのは俺と一夏で交代でやっている。

俺の方が料理スキルは一夏より高いんだが、前に一夏が「食材を持ってきてもらってるのに働かないのは心苦しい」って主夫魂に火ぃつけちまったんだ。

ちなみに今日は俺の番なのよね。

千冬さん?俺はまだ死にたくない。

あのお人に料理やらせたら昨今の一家食中毒事件を再現しちまうっての。

こーいった日は一夏が千冬さんに連絡を入れる。

するとやっぱり新鮮な野菜や魚は魅力的な様で、千冬さんはちゃんと帰ってくる。

なんでも千冬さんはかなり忙しい仕事に就いてるらしく、滅多に家には帰ってこない。

俺も織斑家とは付き合いが長いが、千冬さんの仕事は全く知らない。

 

 

 

……昔、まだ俺と一夏が小学校一年生ぐらいの頃、一夏と千冬さんは両親に棄てられた。

 

 

 

と言っても元々が家に全く帰ってきた所を見た事が無いから、俺は一夏と千冬さんの両親がどういった人間か全く知らない。

だから”棄てられた”というより、知らねぇ内に”消えた”とも言えるがな。

俺がそうゆうのを疑問に思う歳になった時にゃ、もう千冬さんと一夏にそんな話題を出す事は出来ねぇくらいのタブーになってたし。

 

 

 

兎に角、そういう理由で千冬さんはこの家と、最後の肉親である一夏を守るために、女手一つ、しかも未成年の身で生計を立てなくちゃいけなくなった。

その時に俺の両親が養子縁組を申し出たんだが、千冬さんはそれを突っぱねた。

今にして思えば、多分大人を信じられなくなったんだろう……あの時の千冬さんは。

だから、家の両親は養子の話は無しにして、千冬さんが働ける歳になるまでは私達が支援するといった形で落ち着いたんだよな。

そのお陰で千冬さんは無理に働く必要が無くなったし、まだちっちゃかった一夏との時間も削らずに済んだって、泣きながら嬉しそうに言ってた。

でも親父とお袋、それに話を聞いて駆けつけてくれた爺ちゃんと婆ちゃんに申し訳無さそうにしていたのも覚えてる。

そういえばその時も、千冬さんが親父に聞いてたっけ。

 

『何故、私と一夏にここまでしてくださるんですか?』

 

親父はその質問に口の端を吊り上げてこう返した。

 

『元次の友達が……私達の大事な息子の、大切な友達が困っている……なら手を貸さない道理はないだろう?何より私も妻も、元次と友達でいてくれている一夏君とその姉である千冬君とは、長い付き合いだ。事情を知って放っておく事などできんよ』

 

あん時に見た親父の背中は……すげえデカかったなぁ。

いつか俺もあんな風にデケエ背中になりてえや。

でも、じいちゃんはもう一つデカかった……なんつうか、『山』みてえだった。

一回だけ『どうしたらそこまで背中がデカくなるんだ?』って聞いたんだ。

そしたら爺ちゃんはちょっときょとんとしたかと思ったら、いきなりすっげえ大笑いして。

 

『ぶはははははははッ!!!いいか、元次!?男の背中ってなぁよ?いつの間にかデッカくなってるモンだ。なり方なんて誰も知らねえ。只なりたいモンを目指してたら、いつの間にかなってるモンなんだよ』

 

そうやって笑う爺ちゃんは……ほんとに楽しそうだったな。

と、まぁ過去を懐かしむ事は今はいいや。

とりあえず晩飯まで暇を潰しますか。

 

「一夏ぁ、とりあえず今からどぉするよ?結構時間空いちまったけど」

 

「あーそうだな……今日は特にやることも無いしなぁ」

 

「夏休みの宿題は皆で終わらせちまったし」

 

お陰で7月は地獄だったけどな。

 

「うっ、それを言うなって……思い出したくもねぇよ」

 

「だな……」

 

なんせ千冬さんの監視付だったし。

無言のプレッシャーが重いのなんのって。

まぁでもそのお陰で中学校生活最後の夏休みは有意義に遊べるわけだが。

もしかしたら千冬さんなりの配慮だったのかもな。

 

「とりあえず音楽でもかけるか……コンポ使うぞ?」

 

「ああ、いいぜ」

 

俺はポケットからプレイヤーを取り出してリビングのコンポに繋ぐ。

コンポのボリュームを上げてリビングのソファに寝転ぶ。

 

『~♪~♪♪』

 

「お?この曲いいな。すげえゆったりとしてて聞きやすい……なんてアーティストの曲だ?」

 

「だろ?コイツは『DS455』の『かげろう』ってんだ」

 

心地いいウエッサイメロウがリビング中に鳴り響く。

俺は音楽に関してはそこそこの自信がある。

特にこういったウエッサイ系の曲は俺の好物の一つでもある。

 

「あ~いいなぁこれ……ゲン?また俺のプレイヤー渡すからコレ入れといてくれよ?」

 

「お~ら~い」

 

それから俺達は晩飯の準備が始められる時間までリビングでゆったりと過ごした。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

さて、現在時刻は7時なり。

 

只今下ごしらえを終えた食材たちを一纏めにして、鍋に油を準備。

温度も上がっていつでもいけますよ状態にキープ。

後は千冬さんが帰ってくるのを待つだけだ。

 

結局、主夫魂が疼いた一夏がゴネてきたので、下ごしらえと食器なんかを任せたけどな。

 

ガチャリッ

 

と、準備を終えて待っていた所で、玄関の鍵が開く音が聞こえた。

その音を聞いた一夏が満面の笑顔でリビングを出て行く。

本当に千冬さんが大好きなんだなぁ。

やっぱり『Mr,シスドー』って称号は間違ってなかっ

 

「おいゲン!?お前今またヘンな事考えたろ!?」

 

ちゃっかり扉から顔を出して俺を睨み付けてくる一夏。

なんでこーゆー時は変に鋭いかねぇ。

それをもちっとでいいから恋愛ごとに向けて欲しいぜ俺ぁ。

 

「事実以外は考えちゃあいねえよ?それよりとっとこげふんげふん……とっとと千冬さんを出迎えて来いや」

 

「おい待てコラ今何言おうとしやがった!?とっとこってなんだよ!?俺はハムスターか!?」

 

「そんなモン需要がねえよ!!」

 

「言い切りやがった!?地味に傷つくぞ!?っといけねえ……お帰り!!千冬姉」

 

「あぁ、ただいま」

 

そんな軽いやり取りをしながらも一夏の足は自然と玄関に向かっていった。

さて、コッチの準備は万端。

一夏の手伝いもあってサッサとできるぜ。

 

「今戻った」

 

と、ここでリビングに上のスーツを脱いだ織斑家の大黒柱、食物連鎖の頂点織斑千冬さん登場。

いやはや、なんとも男らしい一言だぜ。貫禄があらぁな。

 

「元次、ノコギリと鉈ならどっちがいい?特別に選ばせてやるぞ?ん?」

 

「大変失礼致しやした、後お邪魔してます千冬さん」

 

サクッと90度のお辞儀で誠心誠意の謝罪。

とんでもなく綺麗な微笑で究極の二択とは恐れ入るぜ。

つうか人に向けるモンじゃねぇ。

俺の脚が生まれたてのバンビちゃんよろしくプルプルしてるんですが?

 

「まったく……それと、『お邪魔してます』ではないだろう?」

 

俺が頭を上げると何やら悲しそうなお顔の千冬さんがいらっしゃった。

あれ?お邪魔してますって間違ってたか?

 

「私も一夏も、お前の事は家族だと思っているんだ。家族がお邪魔してます等と言わんだろうが、馬鹿者」

 

……ありゃ~、そう言われると確かに俺が馬鹿だったな。

 

「……うすっ、すいませんでした。それでは改めて、『お帰りなさい』っす。千冬さん」

 

「フッ、それでいい」

 

普通に微笑んでるとこを見ると、どうやら機嫌は治ったようだな。

そのまま千冬さんはリビングから出て行った。

多分着替えてくるんだろう。

そして、入れ替わりでスーツを片付けに行ってた一夏が戻ってきた。

 

「あれ?千冬姉は?」

 

「今さっき出て行ったぞ?多分着替えに行ったんじゃね?」

 

「そっか。まぁ、確かにスーツのままで飯を食いはしねえよな」

 

「そうゆうこった。ほんじゃ一夏。席に着いときな、今から揚げにかかるからよ」

 

「あぁ、わかった。いや~しっかし、天ぷらは久しぶりに食うな。ホントに手伝わなくて大丈夫か?」

 

「まぁ任しとけって、素材は滅多にお目に掛かれない極上、なら自然と気合も入るってもんよ。楽しみにしてな?」

 

「おう」

 

俺はそれだけ言ってカウンターを挟んだキッチンの方に向かう。

今日の晩御飯は天ぷらにしたぜ。

あんだけ美味そうな食材だし丁度いいだろう。

 

ガチャッ

 

お?千冬さん降りてきたか?……って何故にそんな疲れ切ったお顔なわけ?

何やらカウンターからドアの辺りを覗くと黒のタンクトップにジャージのズボンを履いた千冬さんが残業で疲れ切ったサラリーマンみてぇな雰囲気を纏ってらした。

 

「ち、千冬姉?どうしたんだよ?」

 

一夏もワケがわからんのかちょいキョドった声で千冬さんに声を掛ける。

あの千冬さんがこんな表情を浮かべるなんて滅多にねぇぞ?

 

「……いや、なんでもない……元次」

 

「うぇ?な、なんすか千冬さん?」

 

「すまないが夕食を一人分追加してくれないか?」

 

「ゑ?どうゆうことで――」

 

なんで一人分追加?誰か呼んだのか?

とりあえず千冬さんに詳しい話を聞こうとキッチンからリビングに戻った処で……

 

「やっほー!!ゲーンくーん!!」

 

目の前にやんごとなき膨らみ、ふつくしい渓谷がフライアウェイ。

 

ギュムッ

 

「んぶぉっ!?」

 

そして柔らかい何かで視界が強制ブラックアウト。

中々の重みが俺に襲い掛かり、後ろに倒れそうになるのを踏ん張って止める。

俺の上半身に何かが引っ付いて頭の後ろと腰に巻きついてやがる。

な、なんだこのモチモチとした柔らかさは!?そしてこのなんとも形容しがたい甘い匂いは!?

ってか顔塞がれちゃ息が出来ませんぜ!?

 

「むごっ!?ほごご!?」

 

だ、誰だ俺にコアラよろしく引っ付いてるのはよ!?

っていうかホールドが外れないんですけど!?

 

「た、束さん!?」

 

視界が塞がれて何も見えない俺の耳に驚愕って感じの一夏の声が入ってきた。

は!?いやちょまてコラ!?この引っ付いてる誰かってまさか!?

っていうかこの声はぁ!?

なんとかホールドを外して顔を動かして目の辺りをずらしてみる。

するとそこにはそれはそれは美しく見事な谷間と……

 

「はーい!!皆のアイドル篠ノ之束さんだよー!!やーやーやーお久しぶりだね、いっくんアーンド、ゲンくん!!束さんはゲンくんに会えなくてとっっっても寂しかったのだー!!すりすりすり♪」

 

俺を見下ろして満面の笑顔を浮かべている女性の顔がドアップでフレームイン。

機械的なウサ耳のカチューシャを付け、水色のドレスと白いエプロンに身を包んだこの不思議の国からやって来たような女性の名は『篠ノ之束』さん。

この束さんは昔引っ越してしまった俺と一夏の幼馴染、篠ノ之箒の姉であり、ご近所にある『篠ノ之神社』の娘さんだ。

千冬さんの親友でもあるこの人は、なんとあのIS、『インフィニット・ストラトス』の開発者であり、束さん以外の人にはISのコアは作れないと言われている。

「天才」を自称し、またその自称に恥じないだけのスペックを持つスゥパートンデモ科学者。

ぶっちゃけ俺はこの人以上に頭のいい人は俺達が死ぬまで見る事はねーんじゃねーかと思う。

ISの基礎理論の考案から実証までを1人でこなすという荒業を現在進行形でやってのけてるし。

おどけた態度でイタズラを好む飄々とした性格の人だが、それはあくまで自身が「身内」と判断している箒・千冬さん・一夏・俺の四人に対してのみ。

あとはかろうじて両親を判別できるくらいというぐらいハチャメチャな性格。

身内以外の人間に対しては徹底的に無関心な人だし、他人から話し掛けられても冷たい態度と聞いてるコッチが鬱になるぐらいの暴言を浴びせて拒絶する。

これでも千冬さんに殴られて矯正されたためにマシになった方で、それ以前は完全に無視していたらしい。

 

そんな世界が血眼で捜してる人物があろうことか自分の口で擬音を出しながら俺にそのすんばらしきナイスバディを摺り寄せてらっしゃるぜ。

あぁ、束さんか。ならこの膨らみの豊かさ、素晴らしさも頷け……いやいやいや!?

 

「……ッ!?……ぷはぁ!?た、たた束さん!?」

 

「はーい!!皆のアイドル篠ノ之たば…」

 

「それ二度目!?つうか何をしてらっしゃるの!?離れてくれません!?俺のアハトアハト88ミリ砲がスタンディングしちまうよ!?」

 

「くぉるあゲン!?食事の前にアホなこと言ってんじゃねぇよ!?」

 

ドやかましいわ鈍感一夏のボケがぁ!?

こちとらいきなり過ぎていっぱいいっぱいなんだよ!!

確かに!!確かに食事前だけども!!すんばらしいバディだけども!!一夏みたいにモテてるわけじゃないけど俺だって男なんだぜ!!

こ、ここんな柔らかさ満点のバディを持った超絶美人に抱きしめられたら、俺の主砲が砲撃体制に移行しちゃう!?

 

「えぇー?久しぶりに会ったんだからいいでしょー?去年会った時から今日まで触れ合えなかったせいで束さんはゲンくん成分『ゲンニウム』が足りてないんだよ!?深刻なぐらい不足してるの!!よって補給を所望するー!!」

 

「そんなブッ飛んだ名前の成分出した覚えはひとっかけらもねぇんですけど!?って顔を埋めるなコラァ!?」

 

「うにゅー♪久々のゲンくんのぬくもりだ~、っておやぁ?ま~た一段と筋肉が付いて逞しくなってるではないか!?背中もすっごく硬くなってるし!!」

 

「へ?ま、まぁガキの頃からずっと鍛えてますから、それなりに自信はありますが……」

 

「いやいやいや、それなりってお前嫌味にしか聞こえねーよ。正直な話、お前の身体はマッチョとか逞しいってレベルじゃねーぞ?それ以前に中3の身体じゃねぇ」

 

「言うなし。照れる」

 

「照れんな褒めてねーよ」

 

横にいる一夏が呆れながら話しかけてきた。

仕方ねーだろ?俺も正直、やりすぎた感が否めねえけどよ。

俺と一夏が話してる間にも、なにやら束さんは俺の身体のあちこちをなにやら悩ましい手つきで撫でながら驚いてる。

そんな手つきで撫でんなって。いろいろのっぴきならなくなるから。

俺の身体スペック、身長179センチ、体重85キロ、体脂肪率8パーだからなぁ。

昔、親父の身体に憧れて鍛え続けた結果がこれだったりする。

 

「ほうほう?胸板もすっごく逞しくって、腹筋もしっかり割れてるし、咄嗟に束さんを支えてくれたこの腕もぉ……カッチカチだねぇ~?…………じゅるり」

 

「最後なんか聞き捨てならねぇ音が聞こえたんですが!!?」

 

何今の水っぽい音は!?

 

「ん?気のせいだよワトソン君♪…………ぐへへへ、じゅるり」

 

「あっるぇ増えた!?ってかどこのエロ親父だよ!?誰がワトソンだ!?」

 

「ぐへへへへ♪よいではないかよいではないか♪」

 

「どこの悪代官!?後女の子がぐへへとか言うんじゃねってちょこれ以上はいかんよ束さぁぁあん!?」

 

「ハァハァハァハァハァハァハァハァ……ッ!!」

 

(こ、これはもう我慢できませんなぁ、じゅるり)

 

「息荒!?目ぇ怖!?っていうか一夏!!テメェ見てねぇで助けろやオイ!?フレンドが貞操のピンチなんだぞ!?」

 

「無茶言うな!?束さんに逆らったら後で何されるかわからん上に怖え!!よって俺は放置を決め込む!!」

 

「テメッ!?」

 

即行で見捨てやがって!?友達がいのねぇ奴だな畜生!!

話してる間にも、束さんの手は俺のシャツの中にするすると入り込んで、俺の肌を直接刺激してくる。

胸元を束さんのやーらかい手で撫でられる度になんかぞくぞくっとした感覚がするんだけど!?

なんで束さんはそんな妖艶な顔で俺を見てくるわけ!?

なんだよ誘ってんのかいいのか喰うよ?喰っちゃうぞ?喰い散らかしちゃうぞコラァ!?

あーやばいって甘い匂いやらビッグなスイカのやーらかさでもうなんか俺の理性がやばばばばばばばばばばば。

 

「……束、いい加減に元次から離れろ」

 

ここで救世主サウザンドウインター様が降臨して下さったぜ。

止めてくれるのはスッゲーありがてぇが……額に青筋が奔ってるのは何故ぇ?

横にいる一夏の顔が真っ青になってるんですが?

 

「え、ちょ?ち、ちーちゃんなんでそんなに怒ってるのぉ!?」

 

「何を言っている?別に怒ってなどいない。至って冷静だ」

 

いや……背後から阿修羅出したまま言われても説得力は皆無ですたい。

しかも阿修羅の目がキュピーンって擬音出しながら光ってる。

まさかの千冬さんスタンド使い説!?

いや千冬さんなら「まぁあっても不思議じゃねえ」って納得できちまうけど。

 

「嘘だぁ!!絶対怒ってるよ!!なんか天元突破しそうな勢いじゃん!?」

 

涙目の束さんに同調してウサ耳がへにゃってなってる。

うん、そればっかりは束さんに同意です。

危うく束さんの言葉に頷きそうになるが、寸での処で踏み止まる。

頷いたら俺までデスるよ。

 

「怒ってなどいないと言ってるだろう」

 

「背後に阿修羅出しながら言う台詞じゃないよね!?もしかして束さんがゲンくんに抱きついてるのが羨ま――」

 

ガシィィイッ!!

 

「へ?」

 

ギギギギギッ!!

 

「にゃああああああ!!?」

 

もはや自殺行為以外の何者でもない台詞をのたまった束さんの顔面にプレゼントされるアイアンクロー。

千冬さんの左腕一本でぷらーんと宙吊りにされる束さん、なんだこの図。

 

「ふむ?何か言ったか束?良く聞こえなかったんだが……まぁいい。スマンが左は利き腕じゃないのでな……」

 

怒りが一巡して逆に冷え切った千冬さんは氷の微笑みを浮かべながら

 

 

 

「加減が一切できん」

 

 

 

私刑宣告。

確か千冬さんって中身満タンのスチール缶潰せたって一夏が言ってた様な……いや俺もできるけど。

そんな握力で加減が効かないと……つまりは束さん終了のお知らせですねわかります。

 

「にゃ!?にゃあああああああああああぁぁぁ!?…………(チーン)」

 

最強の狼の怒りを買った哀れな兎は、狼の手で安らかに逝った。

兎の最期を看取った俺と一夏は黙祷を捧げ、それぞれ何事も無かったかのように所定の位置に向かう。

 

 

織斑家は今日も平和です。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「う~ん!!ゲンくんゲンくん!!この海老の天ぷらぷりっぷりですっごく美味しい~!!」

 

「そいつぁ良かったです。まだまだ沢山揚げますからたんと食べてくだせぇ、ちなみに次は何揚げましょうか?」

 

「次はう~んとねぇ……じゃあ、レンコンをお願いするぜー!!タレが絡んでご飯が進む進むぅ♪」

 

「あいあい、レンコンっすね?ちょいっとお待ちんなって下さいよっと……あ、千冬さんビール飲みます?イイ感じに冷えてますが?」

 

「あぁ、もらおうか……一夏、そこの大根おろしを取ってくれ」

 

「あぁはい、タレは要る?千冬姉」

 

「いや、タレはまだあるからいい……『~♪♪~♪』……中々落ち着いた曲だな……一夏、コレは誰の曲だ?」

 

「え?あぁ、曲はゲンのプレイヤーの曲だから俺じゃわかんねえな……なぁゲン、俺はジャガイモ頼めるか?後これは誰の曲なんだ?聴いた感じはさっき言ってた『DS455』っぽいんだけど」

 

「おう、ジャガイモだな?ちょいと待ってな。後、アーティストはお前の言うとおり『DS455』で今かかってる曲は『LIFE』って曲だ……はむっ……うん、この茄子うめえ」

 

只今食事中なり、賑やかで良かとです。特に音楽がリビングを彩ってくれるのがすげえイイ。

とりあえず一夏が束さん用に新しく食器を出して、千冬さんが席に着いたところで俺が揚げ始めた。

んでカウンターの受け渡し場所から揚がった分の天ぷらを順次持っていく。

そこそこバリエーションが出揃った辺りで、束さん復活。

なんでも束さんが今日来たりゆうは俺の料理を食べたかったからだそうな。

料理やってるもんからしたら嬉しいお言葉だねぇ。

とりあえず復活した束さんも席について夕食が幕を開けた。

皆思い思いの一品を頼んでくるから作りがいがあるってもんよ。

 

「『LIFE』か……いい曲だな……それと元次、揚げるばかりじゃなくちゃんと食べてるか?」

 

「大丈夫っすよ千冬さん、合間合間でちゃんと食べてますから」

 

「ならいいんだがな……ゴクッゴクッゴク、ぷはぁ……そんな一回一回揚げずとも、全部一度に揚げてしまえばいいじゃないか?」

 

「そりゃ駄目っすよ、天ぷらは揚げたてが一番美味いんですぜ?料理やってるモンからしたら、やっぱ一番美味い時に食ってもらいたいもんなんです。なぁ一夏?」

 

「確かにそりゃ言えてるな。一番美味い時に食べてもらって、美味しいって言って貰えるのが料理やってる人には嬉しいもんだよ」

 

「そういうものか……なるほどな」

 

「そういうもんです……っと、束さん、レンコンをどうぞ。ほいよ一夏、ジャガイモだ」

 

「おぉ~!?待ってましたぁ♪!!」

 

「あぁ、サンキュー」

 

落ち着いた曲を聴きながら皆で和気藹々と囲む食卓。

そこに咲く笑顔。コレに勝る贅沢はそうねぇよな。

 

「はむはむ♪う~ん♪サクサクしててうまうま~♪……ごくんっ」

 

さて、次は何揚げよっかなぁと。

次のネタを考えながらキッチンに再度引っ込んで考えていると。

 

「ねぇ、ゲンくん?ちょっといいかな?」

 

「っと、はいなんすか?」

 

いつの間にかキッチンに入って俺の後ろに来てた束さんから声を掛けられた。

次の追加注文かなと思って束さんに視線を向けるたんだが……なんか俯いてらっしゃる。

え?何で?

 

「あのね?……お願いがあるんだけどイイかな?」

 

「お願いっすか?……まぁ、よほど無茶なモンじゃ無い限りは引き受けますぜ?どんな事ですか?」

 

「うん、あのね?かき揚げを揚げて欲しいんだ」

 

「?かき揚げっすか?それぐらいなら別に構いやしませんが?」

 

俯いた束さんからのお願いは別に無茶でもなんでもなかった。

むしろいちいちお願いって形にする意味がわからねぇ。

確かにかき揚げのタネは作っちゃいないが、それぐらい直ぐに作れるんだが……。

 

「あ、説明不足だったね?めんごめんご♪……あのね?そのかき揚げを箒ちゃんに食べさせてあげたいんだ」

 

「え?箒にっすか?」

 

箒ってのは束さんの妹の篠ノ之箒のことで俺と一夏の幼馴染であり、一夏に恋してる乙女のことだ。

実はこの束さんと箒、篠ノ之姉妹はつい去年の夏ごろまで仲が……というか、関係が最悪なぐらい悪かった。

 

9年前、ISを世界に発表した束さんは政府の、いや全世界の最重要人物として政府の監視下に置かれていたらしいんだが、それをうっとおしく思った束さんはどこへともなく姿を消してしまった。

そんで、政府の重要人物保護プログラムとかゆーので、篠ノ之家は一家散りじりに引越しせざるを得なくなっちまった。

つまりは束さんのISを作れるっつー技術を狙って、悪い事考えてるどこぞのアホンダラ共とかに人質にされないようにってわけだ。

これのせいで箒は俺たちと別れることになった。

この時既にそのイケメンっぷりを遺憾なく発揮していた一夏に箒はベタ惚れしていたから、このことで箒は束さんを心底嫌いになっちまった。

 

『姉さんがISなんか作ったから……姉さんのせいで、私は一夏と離れなきゃいけなくなったんだ!!』

 

これが箒の言い分だった。

 

用は溜まりに溜まった怒りが、身近にいた束さんに全部ブチ撒ける対象としてちょうど良かったってだけなんだがな。

オマケに重要人物保護プログラムのせいで、短期間で各地を転々としなくちゃならなくなった箒は、そういった本音をブチ撒けられる友人がいなかったからこそ過剰に意固地になって束さんを嫌った。

そんで束さんは箒を心底大事に想ってるからこそ、この一言が精神的にかなり堪えた。

自他共に認める『天才』と言えども、束さんも人の子、つまりはそれ以上箒に、大切な身内に嫌われたくなかったから束さんはずっと箒の前に姿を表せなかった。

そのままズルズルとその状態を引きずったままで去年まで二人の仲はとんでもなく悪かった。

んで、なんで俺が各地を転々としている筈の箒の事でこんなに詳しいかっつうと、だ……偶然、偶々箒と再会したんだ。

それは去年の夏休みのお盆に、爺ちゃんとばあちゃんのいる兵庫県に遊びに行った時だったんだが……偶々、箒がその重要人物保護プログラムで爺ちゃん達の家の近くの中学校に転校していたからだ。

まぁ思わぬ再会を果たした俺はそん時に箒と話しをして、束さんとの不仲を箒自身から聞いた。

だから俺はその場で箒に束さんが箒の事をどれだけ大事に想ってるか話しをして、その場に束さんを呼びつけて、二人の仲を仲介したんだ。

束さんがそん時にどんな手を使ったのか知らねえが、俺達が話してる間、箒を影から護衛、監視をしてる筈の政府の人間は誰一人として現れなかった。

その場で感情的にならないように箒を宥めながら話をしていく内に、二人は自然と抱きあってた。

束さんはそりゃもうワンワンと泣いてたし、箒も同じように『姉さん……ごめんなさい』って言いながら泣いてたけど、そんな感じで二人の仲は和解してた。

まぁ結構長い話になるからこの話は終わりにしよう。

 

今は束さんの話を聞かねば。

 

「うん……ホントならここには箒ちゃんがいる筈だから、さ……せめて同じ物ぐらいは食べさせてあげたいんだ」

 

あらら。

本当に妹想いの姉だよ束さんは。

なら期待には応えなくちゃな、それぐらい手伝ってもバチは当たんねえだろ。

 

「……わっかりました。そーゆー事ならいくらでも協力しますぜ?」

 

「ホント!?ホントにいいの!?」

 

「あったり前でしょうに、箒も一夏と同じで俺の大事なダチなんですから。それで箒が喜んでくれるなら頑張りますよ……それと……」

 

「?それと……なに?」

 

「いや、まぁ……俺にとっちゃ束さんも千冬さんも、一夏や箒と同じで大事な人ですし、俺が頑張って喜んでもらえるならそれでイイかな……って感じっす」

 

気恥ずかしくなってきたので、そのまま束さんに背を向けて俺は再び天ぷらの揚げにかかる。

 

「ッ!?(ゲ、ゲンくんってば、束さんのこともちゃんと考えてくれてたんだ)……えへへ♪ゲ~ンく~ん♪ぎゅ~♪」

 

「おわ!?ちょ、ちょっと危ないですって束さん!!今火ぃ使ってますから!!」

 

「いいの~♪今、束さんはこうしていたい気分なのだ~♪」

 

「いやいやいや!?危ないです、ってうぉぉぉぉぉ!?や、やんごとなき柔らかいものが背中にぃぃぃぃぃ!?お、お願いっすから離してくれ束さんー!?」

 

「えぇぇ~?離してもいいのかなぁ~?♪好きなク・セ・に・?」

 

「い、いやいやいや!!?た、確かに大好きっすけど!?」

 

「ぬふふ♪正直でよろしい♪ではでは、存分に堪能したまえ~♪うりうりうり~♪」

 

「うぬぉおおお!?ア、アハトアハトが強制解放しちまうぅぅぅぅぅ!?」

 

「ふっふっふ♪ゲンくんがいいならぁ……こ・の・さ・き・も・♡」

 

俺に背後から抱きついた束さんは陶磁器のように白くて細い手で俺の腹の辺りを悩ましく這い回しながら、そこで一度言葉を切った。

何?その先もなんなのよ!?まさかその先のアダルティーな展開まで期待しちゃっていいの!?いいんですか!?

極度の緊張に喉を鳴らしながら唾を飲み込んで、俺は束さんに振り返る。

 

「この先も……なんだって?束?」

 

振り返った先におわすは殺意の波動に目覚めた千冬様ですた、ジーザス。

というか、さっきより凄くなってね?

 

「どうした?続きを言ってみろ束?元次もコッチを向いて話しの続きを待っているぞ?」

 

ここで俺を引き合いに出すとか千冬さんマジぱねぇ。

 

「……えーっとぉ……つ、続きはまた来週!!それでは!!」

 

「いやドラマじゃねーんすから」

 

「じ、じゃあ束さんはご飯の続きを頂いてきちゃうから!!ゲンくん!!さっきの約束忘れないでね!?」

 

ぴゅーっとでも擬音がつきそうな勢いで、束さんはキッチンからリビングへ脱出。

後に残されたのは冷や汗ダラダラの俺とそんな俺を厳しい目で睨んでらっしゃる不機嫌MAXな千冬様、軽く詰んでね?

 

「まったく……元次、お前もあれぐらいの色仕掛けに安々と引っかかるな馬鹿者」

 

「うぐ!?……い、いやまぁ……返す言葉も無いっす」

 

「ふん、やれやれ……ところで、だ。お前に聞いておかねばならん事がある」

 

「はい?」

 

そう言って俺を見てくる千冬さんの視線は、さっきまでの不機嫌なものではなく真剣なものになってる。

 

「お前の進路のことだが……やはり、行くのか?」

 

敢えて「どこへ?」とは聞いてこないって事は一夏から聞いてたのか。

 

「……はい、俺はここから引っ越して、爺ちゃん達のいる兵庫県の高校に行くつもりです」

 

コレは中学1年で進路相談の話しが出た時に考えていたことだ。

知ってのとおり、俺の両親は海外を飛び回っている。

親父はここに永住するつもりは最初からなかったみたいで、昔から住んでる俺の住居はどこにでもある普通のアパートだ。

だから親父とお袋は高校については「お前の好きにしろ」と一言で済ましてきた。

一夏からは一緒に藍越学園を受けようって誘いがあったんだが……悩んだ結果、俺はそれを断った。

 

「……やはり、御爺さんのことか?」

 

「えぇ、まぁ……ばあちゃんの話しだと、爺ちゃんはやっぱり工場の跡継ぎが欲しいらしいんです」

 

ばあちゃんは爺ちゃんに内緒で俺に教えてくれた。

本来なら、爺ちゃんの跡は俺の親父が継ぐ筈だったらしい。

でも、昔から親父は海外を飛び回ることを夢見てたので、工場を継がずに今の仕事に就いた。

そん時の爺ちゃんの落胆振りは見てられなかったって言ってたな。

 

「幸い、俺も自動車関係の仕事には興味があったし。そう考えて見ると、俺が夏休みに田舎へ遊びにいく度に知り合いの廃車置場とかじいちゃんの工場に頻繁に連れてってくれたのは、俺に車とかバイクへの興味を持たせるためだったんじゃないかと思うんです」

 

「……」

 

千冬さんは何も言わずに俺の話をジッと聞いてくれてる。

俺は何時も爺ちゃん達の家に遊びにいく度に、そういった車関係の店に連れてってもらってた。

おかげで今じゃ大抵の修理やら改造はお手の物だ。

ここ数年は、俺が単車の免許を取ったときのためにと、スクラップの山から自分の手一つでバイクを組み上げている。

もちろんスクラップの部品じゃ危ない所もあるのでその辺りは新品を買って使っているが、ソレも今年中には組みあがって走れる状態になるだろう。

 

「その……千冬さんに一言も無しで決めたのは申し訳ないと思っています。でも、やっぱ親父が継がなかったんなら、孫の俺が親父の変わりに継ぎたいって気持ちがあったので……すいませんでした」

 

自分の気持ちを全部言い切った俺は千冬さんに頭を下げる。

家族だと思ってるなんて言ってくれたこの人に隠しながら今後の進路を決めちまったんだしな。

ちゃんと通すべき筋は通しましょう。

 

「……馬鹿者が」

 

「おっしゃるとおりですはい」

 

返す言葉もねぇとはこのことだぜ。

 

「別にお前が勝手に進路を決めたことには怒っていないさ」

 

「え?」

 

以外すぎる一言だったので俺は反射的に頭を上げる。

すると俺の視界に入ってきたのは、俺に視線を向けたまま、腕を組んで苦笑している千冬さんだった。

 

「他の高校に行くのも、それはお前の人生だ。だからお前の決めた進路が世間的に間違っていない限り、私は口出ししたりはしない。一夏のように中卒で働く等と寝ぼけたことを言っていたら話しは別だが」

 

「千冬さん……」

 

一夏の奴だって、何も最初から藍越学園を受けようとしてたわけじゃない。

アイツはアイツでどうやったら千冬さんの負担を減らせるか頭を捻っていたんだ。

その考え抜いた結果が中卒で働くことだったんだが、千冬さんはコレに猛反対。

いわゆる拳で判らせるという肉体言語的な話し合いに発展した。

当然、一夏はボロ雑巾の如くのされて、千冬さんの「家族が家族に遠慮するな!!」って言葉で考えを改めた。

それでアイツはこの近辺で学費が安くて就職率が高い、おまけに家から近くて安上がりな藍越学園を受験する事になった。

 

「だがな」

 

ここで突然言葉を切った千冬さんはおもむろに組んでいた腕を解いて、片方の手が握り拳を形作り、俺の頭上に翳され……ってちょ?

 

「フンッ!!」ゴシャアアアッ!!

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

「遠くに引っ越すことになるのなら相談ぐらいしろ馬鹿者」

 

目から鱗、ならぬ目からスター状態の俺。

殴られた頭を抑えて蹲っちまう。

この人いま本気の本気で殴ったぞ……いくら俺に並大抵の攻撃が通じないからってこれはないわ、涙ちょちょぎれそう。

っていうか!?

 

「つ~~~~ッ!?お、怒ってなかったんじゃ……ッ!?」

 

「怒ってなどいない、あぁ別に家族と思っていた奴に何の相談も無しに遠方の高校を受験する話を内緒で決められたからといって怒るほど私は狭容ではないさ」

 

怒ってる。

確実に疑う余地も無いぐらい間違いなく怒ってるよこの人。

だって顔は笑ってても目は一切合財笑ってねぇもん。

一呼吸で言いたい事全部言い切ったし。

これで俺に謝る以外にどうしろとおっしゃいますかね?

 

「……すいません」

 

「悪いと反省してるならこのぐらいの罰は甘んじて受けることだ(私にぐらい話してもいいだろうに……この馬鹿が。束に迫られてあんなにデレデレとだらしない顔をした罰だ)」

 

「うっす」

 

その後は特に何事も無く、一夏が俺が殴られた時の音を耳にして「ご愁傷様」って目で見てきたり、箒に食べさせるかき揚げを一夏と一緒に作ったりして束さんに渡した。

何やらIS技術の量子変換で保存しとけば覚めずに出来たて熱々のまま運べるやらうんたらかんたら言ってたけど話半分で聞き流した。

俺は男だからISなんざ乗れねえし、覚えても仕方ねえからな。

そのまま夕食はお開きになって後片付けをし、束さんが箒にかき揚げを届けるために帰る事になった。

帰り際に束さんがまた抱きついてきたのでその感触を楽しみながら鼻の下を伸ばしていると……千冬さんからさっきの倍以上の速度でアッパーカットをもらい俺の意識は堕ちていった。

 

目が覚めた時には、太陽がサンサンと照りつく織斑家の庭で大の字に寝転がっていたよ。

日が照るまで意識を刈り取るとか千冬さんの本気ってどんだけだっての。

一夏が言うには、千冬さんに「その大馬鹿者はそのまま放置しておけ」と凄まれたらしく、俺を家に運び込めなかったそうな。

千冬さんは既に出勤したらしくもう家にはいなかった。

 

 

 

中学校生活残り半年とちょっと。

残りのこっちで過ごす生活をめいっぱい楽しもうと、シャワーを浴びにいく道中で俺は決意した。

 




過度な期待はしないでねー

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