IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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サクッと載せておきまーすwww







千冬さん、覚醒


千冬さん、勘弁して下さい

 

 

 

「どうした!!遅くなっている、ぞ!!」

 

「そりゃ――すいません、ねぇ!!」

 

ドゴォ!!と大きな音をガードした腕から立てながら、スウェイで距離を詰めつつ肘打ちを繰り出す。

しかしそれは俺と同じタイミングでスウェイバックされた事で空振り。

やっぱ簡単には当たらねぇか!!

ならばと前方の相手に向かって、ヤクザキックを繰り出す。

 

「オラァ!!」ブォンッ!!

 

「甘い!!」

 

「いぃ!?」

 

しかし相手もさるもの。

俺のキックに合わせて横にスウェイで移動しつつ、伸びた足を掴まれ流れに沿って上へと上げてくる。

そのまま体は相手の作り出す流れに逆らえず、視界が反転。

逆さまの地面と空が視界に入った。

 

「んの!!」グルンッ

 

このままじゃ地面に叩き付けられる、と瞬時に悟れた俺は逆に体をそらして更に加速。

そのままバック宙の要領で体を持ち上げ、掴まれていない足で蹴りを伸ばす。

 

「うおらぁ!!」

 

「ッ。ちっ!!」バシンッ!!

 

苦し紛れだったが、相手の意表を突く事に成功したらしい。

蹴りが防がれたのを感じつつ、着地の体勢を整える。

ズンッという俺の重い体重が地面に落ちる音と共に無事着地して、顔を上げ――。

 

ボッ!!

 

「……参りました」

 

目の前に翳された拳を確認して降参する。

 

「ふっ。最後の蹴りは良かったぞ……が」

 

拳を目の前で寸止めしていた相手……千冬さんは微笑みながら拳を解いて指を形作る。

中指を曲げて親指に掛けて、力を溜める動作――あら?

 

「全体的に考え過ぎだ、馬鹿者」パッチィインッ!!

 

「痛ったぁああああ!?」

 

微笑みながらデコピン――って言うにゃ些か以上に威力過多な一撃を額に受けてしまう俺こと鍋島元次。

穿たれた額を抑えながら蹲ってしまう俺の目の前で、腰に手を当てて溜息を吐く千冬さん。

いや、そんな呆れた顔しなくてもいいじゃないっすか。

 

「まったく。色々な人間から技を吸収して自分の物にするのは結構だが、それで動きが疎かになってどうする?技の繋ぎ合せが無茶苦茶になっているぞ」

 

「す、すいません。やっぱ駄目でしたか?」

 

「駄目とは言わんさ。瞬発的な反撃やここぞという動きは良いし、力も以前より跳ね上がっている……だが、その全てが勘に頼っていたり理性で決めたりと反応がズレてるのが不味い」

 

現に私もヒヤッとする場面は幾つかあったがな、と少し上がった息を整えつつ、千冬さんは着ているジャージのファスナーを少し下ろす。

胸より少し上まで下ろしたお陰で涼しくなったらしく、一息吐いてる姿が大変よろしいです。

でもバレたら怒られんの確実なんで、視線は向けない様にしておこう。

額の痛みが引いてきたので、体を起こして千冬さんと目を合わせる。

 

「いてて……そんなに雑っすかね?」

 

「雑だな。お前が今まで使っていた喧嘩の動きに、中学を卒業してから地元で教えてもらったという新しい喧嘩の仕方。オプティマスの特殊なソードを扱う為の我流刺突剣術。更に勘や本能で攻撃を繰り出す『怒熊連撃』だったか?攻撃と技のバリエーションが多いのは良い事だが、理性が働くと取捨選択に迷いが生まれている。要は身に付けた技の住み分けが出来ていないんだ」

 

「あー……確かに正直、どの技使うかって一瞬考えちまいますけど……」

 

「その時の自分の動きに対しての最適な技を繋げる。技を繰り出す流れを整える構え(スタイル)を決める。それ以外にも大事な事はまだまだ沢山あるんだぞ」

 

「うげへぇ」

 

その豊満な胸の下で腕を組みながらつらつらと俺の問題点を指摘する千冬さんに、俺は苦い顔で降参寸前の顔になってしまう。

さすが世界最強なだけあって、俺の問題点なんてお見通しのご様子。もう勘弁してください。

これ以上頭に危ないモン(難しい事)詰め込まれたら馬鹿になっちゃう。

 

「……だがまぁ、お前は最低限スタイルだけ決めておけば良い。それ以外は蛇足だ」

 

「え?でも、他にも必要なんじゃないんすか?」

 

「あぁ、武術を嗜む者なら今のお前の状態は言語道断だな……しかし、お前は”ルールのある試合”をしている武術家ではない。お前がしているのは”ルール無用の喧嘩”だろう?」

 

……え?その違いって何かあるんだろうか?

首を捻る俺に対して千冬さんは胸の下で腕を組みつつ、苦笑しながら指をピッと一つ立てた。

 

「お前は武術で己を律して戦うタイプではない。どちらかと言えば本能で戦うタイプだ。なら小難しい事を考えるな。お前の頭でそれは処理しきれんさ」

 

「酷くないっすか!?」

 

「これ以上無い的確な正解だろう?」

 

まぁそうっすけど!!確かに小難しく考えんのとか嫌いですけど!!

そこまで軽く単細胞的な事言わなくても良いじゃないっすかチクショウ!!

さっきとは変わって楽しそうな笑みを浮かべる千冬さんの反応に、俺は肩を落として項垂れるのだった。

 

 

 

時刻は現在早朝の6時、場所はグラウンド。

日付は束さんにオプティマスを返して貰ってから二日程経っている。

 

 

 

俺こと鍋島元次は現在、ジャージを着た千冬さんとグラウンドでトレーニングとして組み手みたいなことをしていた。

というのも、あの束さんによる『イントルーダー盗難事件』とそれによって起きたオプティマスinイントルーダーについて、千冬さんに呼び出しを食らったのが昨日のSHR後。

千冬さんは政府からの通達と俺の話で全てを理解してくれたので、後は書類にサインをして終わり。

トーナメントを見ていた婆ちゃんと爺ちゃん、親父にお袋にも自分の無事は電話で伝えたし、これで面倒事は全部終了、という具合だったのだが。

 

『元次……お前、少し戦い方がぎこちない部分があったが、何かあったのか?』と千冬さんに聞かれたのだ。

 

最初は何の事かと首を捻ったが、千冬さんの言ってるのが『一夏とシャルルと戦っていた時の事』だと気付いたので、俺はその時に抱えていた悩みを打ち明けることにした。

悩みというのは勿論、あの戦いの時は気分が上がってて気付かなかったが、今思い返すと何度か動きが止まった時があったんだ。

そん時は決まって、テンションの赴くままに殴ろうとしたら、脳裏に”こっちの技の方が良いんじゃないか?”と過ぎる時だった訳で。

他にもパンチを打とうとした時に横振りすぎてビンタの方が威力が乗ったと瞬間で分かったり、か。

詰まる所、あれやこれやの技を覚えてるのに最適なタイミングと動きが見出せなかったんだよな。

まぁそんな感じで少し戦い辛かったと千冬さんに話すと、千冬さんは少し溜息を吐きつつ俺に視線を合わせて――。

 

『はぁ……なら、少し私が見てやろう。明日の朝、授業前にグラウンドに来い』

 

と、言われたのである。

まぁ俺としても怪我もほぼ完治してたし断る理由が無かったので有難く今の俺の現状を見てもらったのが今って訳だ。

とりあえずどうするんだろうと軽く思ってたら――。

 

『構えろ。まずは現状を見てやる!!』

 

との仰せのままに俺に迫るハイキック。いやはや死ぬかと思ったぜ。

とりあえずギリギリ避ける事が叶いそのまま俺も本気モードに切り替えて戦闘開始。

まさか朝っぱらから世界最強とガチバトルする羽目になるとは。

 

と、こうなるまでの事を思い出している俺だが、ちゃんと千冬さんの言葉は聞いておく。

 

聞いてないとかで制裁食らっちゃかないませんので。

まぁ確かに、俺が戦うタイプなのは尤もだ。

最近の俺は少し色々混ぜ込み過ぎてた感じもするし。

……千冬さんの言う通りちょっと今までやってた構えだけでも整理してみっか。

 

まずは右腕を腹近くの位置へ、左腕は胸の前辺り……冴島さんに教わった構えだ。

 

「……」

 

無言で俺の動きを注視する千冬さんの視線を一旦忘れ、構えを取る。

目の前に仮想敵がいると思いながら。

 

「ッ!!」

 

コンパクトに構えた体勢から鋭く真っ直ぐに拳を奔らせ、相手を打ち抜く気で殴りぬける。

そこから連撃へと繋げるが、一発一発で相手をKO出来る様に打ち続けた。

 

「うら!!だぁら!!」

 

更に追加で冴島さんから教わったチャージブロウを織り交ぜる!!

パワーを溜めて、兎に角重い一発のチャージブロウで動きを止め、続くフィニッシュブロウで相手をノックアウトさせられる様に。

しかも殴り倒したりブロウで打ち上げた相手の足や腕を掴む事で――この喧嘩術は真価を発揮する。

ここから相手をブン回して投げたり、壁や他の敵に叩き付ける事で複数の敵を一気に相手取れるんだ。

勿論、ヒートアクションに繋げる動きも可能。

しかもこの動きなら、例えば前蹴りを食らわして動きを止めた相手に――。

 

「でぃいやぁ!!」

 

俺が編み出した鍋島流喧嘩殺法のビンタを組み込める。

んでもって、掴んだ相手を壁に投げつけてから、全体重を乗せたハリテすらも使えるって訳だ。

オマケに『猛熊の気位』を使えばまず倒れたりよろける事も無い。

一対一でも一対多でも対応できる喧嘩のスタイルだ。

 

 

 

戦車みてーに相手を踏み倒して進むパワー(スタイル)――”喧嘩屋ノ型(ゴロツキ・スタイル)”とでも言うか。

 

 

 

一度仮想敵との戦いを止めて、今度は俺が中学の時、ケンカサピエンスって呼ばれてた時の構えを取る。

両腕を下ろした状態で少し開き、ガードを度外視した攻撃のみのスタンス。

 

この構えの時は――そう、俺が凄え怒ってた時の構え方だ。

 

中学時代、俺に徒党を組んで向かってくる奴等を纏めて叩きのめす為に――。

 

「ふん!!」

 

自分の前に立つ仮想敵を円を書く様な横振りの大きな軌道で拳を振るう。

ラリアットで殴りつける動きを両手で振りながら、沢山の相手を殴り飛ばしていた。

俺の自慢のタフネスで隙の多い所を狙って集まった奴等を耐え、一気に殴り飛ばす事が出来る。

兎に角パワーでゴリ押しするっていう動きだったな。

 

――そんで、ここでこうやって――!!

 

「おぉ!!らぁあ!!」

 

それと兎に角豪快に、蹴り技も遣り易い様に織り交ぜて適当に足を振り回す。

足は手の3倍のパワーがある上にパンチよりもリーチが長い。

普段は当てやすさと速さを優先してサッカーボールキックとかヤクザ蹴りしか使ってなかった。

だが、中学の時は複数の相手を纏めて薙ぎ倒すのに便利だったから、良く適当に蹴りを使っていたんだ。

さっきまでの喧嘩屋ノ型(ゴロツキ・スタイル)じゃ遣り難いって思ってたけど、こっちの動きなら問題なく使えるな。

 

 

 

ハイにミドル、ローキックは勿論、回し蹴りなんかも余裕で――あ。

 

 

 

「――そうか……確かに、考えすぎはいけねえっすね、千冬さん」

 

一通り自分の動きを復習してみて、納得がいったぜ。

俺の動きを見ていた千冬さんに視線を向けると、フッと笑みを零していた。

 

「漸く分かった様だな?」

 

「うっす。俺の中学ん時の喧嘩の仕方がそのまんま、怒熊連撃の下位互換だったって気付きましたよ」

 

『猛熊の気位』を覚える前にやってたガードなんて度外視の投げ遣りな――考えなしな動き。

ガードするのも面倒くさくって、でも殴られると腹が立って遣り返してた中学時代の俺。

それが『猛熊の気位』という千冬さんの攻撃をも耐え抜くヒートアクションを覚えて、そのまんま昇華した訳だ。

 

生半可な攻撃を意に解さず、怒りで攻撃がヒートアップする――『怒熊連撃』って喧嘩モードに。

 

勿論喧嘩屋スタイルでも『猛熊の気位』を使えば俺のタフネスは一気にアップする。

だが『怒熊連撃』はその性質上、俺の”怒り”がそのまま=で”攻撃力”に変換されるんだ。

アドレナリンとエンドルフィンがドッパドパ出てきて、一時的なドーピング状態になる。

しかも攻撃スピードも上がるから言う事なし。

絶え間なく殴り付け、途中でフィニッシュブロウを混ぜれば攻撃のバリエーションも増えるって訳だ。

問題があるとしたら、普通の時はこのモードが長続きしないって所だろう。

『怒熊連撃』をやる時は、ある程度ヒートの炎が高まらないといけねえからな。

 

 

誰が相手でも引かない、止まらない奥の手こそが『怒熊連撃』の真髄だ。

その様は強化燃料を燃やして緑、黄色、赤と点火する度にボイラーを壊しながら速くなる機関車の如く。

我が身を省みずスピードを上げる様は圧巻の一言だ。

 

 

確かな手応えを感じ、拳を握った手を見つめる。

たった一回、自分の構えを意識しただけで、自分の技が整理されたのが分かっちまう。

構えに沿って自分の使うべき技と組み合わせが本能的にセレクトされるんだ。

……千冬さんの言う通り、難しく考える必要なんてなかったんだな。

俺みてーなタイプは、気楽にやった方が上手くいくらしい。

 

「……ふふっ、そうだ。そっちの顔の方がお前らしいよ。悩むな、本能に任せて動け。そうすれば後はお前の闘争本能が、お前に最適な動きを勝手に弾き出す」

 

「あ、あはは……自分でもつまんねぇ事で悩んでたって感じがします……お手間かけました」

 

と、どうやら目の前の世界最強さんにはお見通しだったらしく、俺は恥ずかしくなって鼻の頭を掻いてしまう。

微笑む千冬さんに軽く頭を下げると、千冬さんは肩を竦める。

 

「なに、久しぶりに良い運動になったさ……だが、お前も一夏に負けず劣らずトラブルを起こすものだ。昨日の”バイク騒動”といい、な?」

 

「うっ……そ、そっちに関しましては、何と言いますか……ウサギさんの罠に嵌っちまったと言いますか……」

 

「幾らあいつの言葉だとはいえ、確認せずに鵜呑みにする奴があるか」

 

「仰る通りで、すいません」

 

微笑みを消して眉間を指で揉み解す苦労人千冬さんに頭を下げて謝罪。

でもアレは俺の責任じゃねぇと思いたい。

 

千冬さんの言ってるのは先先日、オプティマスに組み込まれた事で消えた俺のイントルーダーの事だ。

 

勿論、束さんは100%の善意で俺が何処へでもイントルーダーを持って行ける様にしてくれた訳だが……これが俺には悲しかった訳よ。

俺がガキの頃から一生懸命に直してやっと組みあがった俺だけの、俺が初めて心血を注いだバイクが、束さんの手でまるで別物の様に変わってしまったんだからな。

それこそ、俺の夢の結晶と言って差し支えないモンだったんだし。

ガワがそっくりなだけで、俺の手を加えたバイクじゃない……何か物凄く、虚しい気分になっちまったぜ。

だが勿論、束さんが善意でしてくれた事に悲しみ、増してや怒るなんて事は出来なかった。

束さんだって完全に悪気があった訳じゃねぇんだしな。

 

 

 

ってな感じで昨日までアンニュイな気分になってた俺なんだが――。

 

 

 

「偶々見に行った駐輪場には、お前のバイクが”何時もと変わらない状態で置いてあった”等と職員室に駆け込んできた時は何事かと思ったぞ」

 

「俺もまさか普通に置いてあるなんて思わなくって、二度見して数分後に『シェーッ!!?』なんて言いながらポーズ決めちまいましたよ。近くに居た女子に爆笑されました」

 

「何故そこでイヤミが出た」

 

「何となく……じゃねぇっすかね?」

 

後ろ髪を掻きながら言った言葉に溜息を吐く千冬さん。

しょうがないじゃないっすか、何か自然と出てきちまったんだから。

 

――そう。俺のイントルーダーは何時もと変わらず俺を待っていたんだ。

 

しかしてっきりもう束さんにお持ち帰りされてアレよアレよと手を加えられてオプティマスに量子変換されてしまったと思ってた俺は目の前の光景が信じられなかったんだ。

んで、油断しまくってた俺はその衝撃に耐えられず、思わず「シェーッ!!?」を繰り出してしまった訳で。

そのまま全速力でUターンして職員室に駆け込み、コーヒー片手に難しい表情の千冬さんに「廊下を爆走するな」と出席簿で沈められて頭から煙を吹いた。

とりあえず復活して直ぐ事情を説明していたら、急にマナーモードにしてた携帯が鳴り出した訳で。

一瞬何で?ってなったけど、よくよく考えたらこんな事を出来るのはあの人しか居ねえ、と千冬さんも頷きとりあえず電話を取る。

予想通り、スピーカーからは悪戯が成功して楽しそうな束さんの声が響いた訳であります。

 

 

その時の一幕が――。

 

 

『うーさっさっさっさっ!!引っ掛かったねゲン君!!ぶいぶい♪』

 

「た、束さん!?あの、楽しそうなトコすんませんけど教えてください!!お、俺のイントルーダーが……ッ!?」

 

『うんうん♪疑問に思うのも仕方無いよねー。簡単に解説しちゃうと、一度ラボに持って帰ったのはホントだよ。でも、データをスキャンした後で束さんが1から”別のそっくりなバイク”を作ってオプティマスにドッキングゥ!!借りたバイクはちゃんと返しておいたんだー♪』

 

「ぅえ!?で、でも、束さんはオプティマスにくっ付けたって……」

 

『勿論、最初はゲン君のバイクと合体!!しよっかなーって思ってたんだけどさ――あのバイクって、ゲン君の大事な夢の結晶なんでしょ?』

 

「は……は、はい……爺ちゃんの工場を継ぐっていう夢を形にしたのが、あのバイクっす」

 

千冬さんにも聞こえる様にしたスピーカーモードの携帯から聞こえる束さんの楽しそうな声に言葉を返す。

場所が職員室なだけに他の先生達も……真耶ちゃんに至っては千冬さんの横で聞いている程だ。

兎に角、そんな感じで皆が興味深そうに聞き耳を立てている中、束さんは俺の言葉に満足そうな声を漏らした。

 

『ふふふっー♪だからね、そんなゲン君の夢を勝手に束さんの夢の中に組み込むのは反則かなーと思ったのです。でも、ゲン君に少しでも安全な乗り物をあげたかったのはホントだよ?だからオプティマスに組み込んだバイクもちゃんと見て欲しかったから、ちょっとだけ意地悪しちゃったの!!勿論ゲン君の本来のバイクも量子変換で格納出来る様にオプティマスにオマケ機能つけておいたから、怒らないで♡許してニャン♡』

 

「た、束さん……ッ!!」

 

楽しそうな声で喋る束さんの言葉に、目頭が熱くなってしまう。

あぁ駄目だ、そんな優しい声で言われたら、こんな風に振り回されても怒れねぇよ。

 

 

束さんの何処までも俺を甘やかしてくれる暖かい優しさ、確かに受け取りま――。

 

 

「で、隠してた本音は?」

 

『ゲン君がおっぱいお化けのおっぱいに顔埋めてえっちぃ顔してたからちょっと懲らしめようと――謀ったなちーちゃん!!』

 

「束さぁああああああああん!?」

 

返して!!俺の感動した心を返して!!

 

「ふ、ふぇ!?お、おっぱいお化けって私の事ですかぁッ!?そ、それに元次さんが……えっちぃ顔を……ッ!?」

 

寧ろそこには突っ込まないで欲しいぜ真耶ちゃん!?

そんなエロい顔は……し、して……ないと思いたい!!(願望)

千冬さんの言葉に全部ゲロッた束さんに驚愕するも、相手はスピーカーの向こう。

驚愕に目をひん剥く俺も、隣で真っ赤になってる真耶ちゃんも溜息を吐く千冬さんも置いてきぼりにして事態は進んじまう。

 

『それじゃあこれで!!一期一会のとぅるとぅっるぅー!!』ガチャッ

 

「ちょっと!?もしもーーーし!?束さーーーん!?」

 

哀れ既に通話は打ち切られ、無情に響くプープー音。

やり場の無い何とも言えない気持ちを抱えながら、溜息と共に携帯をしまう。

ちくせう、何か振り回されて疲れたぜ。

 

「はぁ……お手間かけました、千冬さん。それじゃあ――」

 

「おい待て。真耶の胸に顔を埋めていた時のことを詳しく聞こうじゃないか。ん?」

 

「あ、あわわ……ッ!?げ、元次さんがわ、私のむ、むむ、胸の中でえ、えっちぃ顔を……ッ!?」

 

「記憶にございませんッ!!」ダッシュ!!

 

「逃がさん」

 

と、体中の筋肉を総動員しダッシュ。

荒ぶる千冬さんと林檎みたいに真っ赤な真耶ちゃんから必死の逃走を図りました。

 

まぁ5秒で捕まりましたけどね?

 

こっちがダッシュなのに対して千冬さんてば縮地だったし。

職員室から廊下に出た時、偶然一夏とシャルと箒が居たんだけど、突然千冬さんが背後に現れて俺の頭を廊下に叩き付けたそうな。

そこで俺は意識が途絶えた訳だが、千冬さんはそのまま俺の足を掴んで引き摺り、職員室に連れ込んだと後で一夏に聞かされた。

3人とも青い顔色しながら、特に一夏が「千冬姉の後ろ姿がホラー映画の1シーンだった」なんて言ってたよ。

何故か顔の輪郭が真っ黒で、目だけ真っ赤に光り輝く形相だったらしい。そりゃホラーだわ。

そんなこんなで千冬さんに制裁を加えられ、真耶ちゃんに謝り倒して、昨日は終わった訳だ。

……束さんが夕食食べに来た日に出席簿で沈められた上に蹴り飛ばされた訳だが、何故昨日は二重に制裁されたんだろうか。

でも突っ込んだら薮蛇になりそうだから言わないでおこう。

 

 

ともあれ、昨日の事件で俺は2台のバイクを手に入れたって事になった訳だ。

 

 

それに伴う書類制作やら何やらで千冬さんと真耶ちゃんに多大な迷惑を掛けたのは事実。

う~む……良し、束さんにもやったことだし、いっちょやるか。

千冬さんにも今の組み手のお礼として、同じ様に労いをな。

 

「千冬さん。ちょっと聞きたいんスけど」

 

「ん――んぅ?何だ?」

 

と、組んだ腕を頭上に軽く伸びをしながら千冬さんは応えた。

……ちょっと気の抜けた千冬さんの声にドキッとしたのは内緒だ。

 

「えっと、今夜って空いてます?空いてたら千冬さんの部屋に伺いたいんスけど」

 

「んんっ――ふぅ、何だそんな事か。今夜なら空いてる……ぞ?…………――はぁ!?」

 

ババッ、と空気が動く音を鳴らしながら千冬さんは俺に振り返る。

俺に驚愕の視線を向ける千冬さんの顔色は、林檎もかくやといった具合に赤く染まって……ゑ?何で?

俺って只今夜の予定を聞いただけ――あ゛。

 

「ば、ばば……ッ!?な、何を朝っぱらからいきなりお前は……ッ!?こ、このドすけべが!!」

 

「ちが!?ま、間違えました!!あ、あのっ、夕食を作らせてもらえねえかなと聞こうとしまして!?」

 

決して!!決して変な意味じゃないんですよマジで!!

あんまりにも酷いやらかしに頭が痛くなるが、兎に角弁解が先だ。

顔を真っ赤に染めながら両腕で自身の体を抱きながら後ずさる千冬さんに、俺も顔が熱くなるのを自覚しながら必死に言葉を重ねる。

すると、俺の弁解を聞いた千冬さんはポカンとした表情を浮かべた。

 

「……は……?……夕食?……」

 

「そ、そうッス!!迷惑お掛けしたお詫びに作らせて頂けたらな、と……考えた……次第で……」

 

「……~~~ッ!!――~~~~~~ッ!!」

 

必死に弁解を重ねながらも、俺はズリズリと摺り足で後退してしまう。

え?それは何故かって?

……目の前の千冬さんが真っ赤な顔のまんまでプルプルと震えてらっしゃるからですハイ。

目をギュッと瞑りながら口を真一文字に絞りつつ、真っ赤な顔でちょっと俯き加減。

体を抱いていた腕は下ろされ、地面に向けた拳がギッチギチに握り締められてて……う~わ、額にお怒りマークまで……。

 

「……ま……」

 

「え?……ち、千冬さん?」

 

「――ま……ッ!!」

 

「ちょっ、ちょま――」

 

「紛らわしいわ馬鹿者がぁッ!!!」ドッゴォオオオオオッ!!!

 

「ごべぇええええッ!?」

 

怒声と共に打ち出されたアッパーカットが俺の顎にヒット。

哀れ俺の体は5メートル程の空にFRY A WAY。

……人と話す時はちゃんと主語を入れるのを忘れねぇ様にしよう、うん。

惚れ惚れする綺麗なフォームで腕を天に突き出す千冬さんを見下ろしながら、俺は地面へと落下していくのだった。

 

そしてズドォオンッ!!と豪快に着地、いや不時着だわこれ。

 

「ぐへぇ!?……お、お騒がせしまし……た……」

 

「まったく!!お前という奴はどうしてこう……ッ!!ああもう!!この馬鹿!!」

 

「さ、さーせんです、はい」

 

地面に倒れ付す俺に背を向けてプリプリと怒ってらっしゃる。

うん、今回ばかりは俺の言葉足らずが酷すぎだ。

 

「……(む、無駄に期待させおって)……はぁ……で?」

 

「あいてて……え?」

 

「だ、だから……メニューは何だ?……今晩、用意してくれるんだろう?」

 

地面から体を起こしつつそっちに視線を向ければ、千冬さんは腕を組んで背を向けたまま質問してきた。

どうやらお誘い自体は受けてもらえるらしい。

よ、良かったぜ……とりあえずお礼はちゃんとさせてもらえそうだな。

体を起こして服に付いた砂を叩き落としながら、笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「えっと、ビーフシチューっすね。食堂のマダム達が食材を分けてくれるそうなんで、ちょっと漫画飯を作ろうかと思ってます」

 

「漫画飯?……再現料理というやつか?」

 

「そうっす。勿論ちゃんと自分で作って食ってますんで、味は保証しますよ」

 

なんせ昨日ラウラを加えたいつもの面子に作ってやったら眼を輝かせて美味い美味いと言わせた一品だ。

作った俺を抜いても総勢10人の舌を唸らせる事に成功してるしな。

千冬さんの舌だって唸らせてみせるぜ。

 

「……そうか。では楽しみにしておこう」

 

「へへっ、ドーンと任せて下さい。後悔はさせませんから」

 

「……はぁ……調子の良い奴め」

 

コツン、と自信ありげに言い放った俺に苦笑しながら、千冬さんは俺の頭を軽く叩く。

とりあえずご機嫌は直して頂けた様で一安心ってな。

んで、そろそろシャワー浴びて用意したらゆっくり飯が食える時間帯になったので組み手は終了。

 

「ではな、元次。SHRには遅刻するんじゃないぞ」

 

「さすがに今からなら遅刻なんてしねえと思うっすけど、了解っす。織斑先生」

 

「うむ」

 

千冬さんのありがたいお言葉に返事を返し、寮の部屋前で別れ、部屋の中に入る。

そこからパパッとシャワーを軽く浴びて制服に着替え直し、食堂へと向かう。

まだ飯食う時間にゃ少し早えけど、運動したら腹が減っちまったんだからしょうがない。

という訳で、食堂に向かって歩を進めたんだが……。

 

「うにゅ……おはようごじゃいます、兄貴」

 

「おうラウラ。えらく早えな……って、なんでパジャマのまんまなんだよ?しかも服がズレてるじゃねえか」

 

「ふぁ、あ……これは、ですねぇ……あふ……」

 

「あぁほら、ちゃんとしろって」

 

前からフラフラしながらのっそりと歩いてきた我が妹分であるラウラの姿に面食らってしまう。

何時もはキッチリと制服を着てるのに、今のラウラは肩口やらズボンやらがずれた寝起きのスタイルだ。

ボタンも1,2個しか留められてないのでこのままだと全部脱げてしまいそうだ。

多分世の中の変態紳士(ロリコン)諸君が見たら狂喜乱舞して脱がしにかかるだろう。

まぁその時はYES,ロリータNO,タッチの標語を文字通り体に叩き込む事になるがな。

若しくはバイクで引き摺り回す。

我が妹分の可愛らしい姿と欠伸にほっこりしながらも、その姿はちょっと頂けねぇのでササッと直してやる。

 

「ちゃんとボタンも留めなきゃ駄目だぞ。風邪でも引いたらどうすんだっての」

 

「ふみゅ……ありがとうごじゃります……」

 

眠たげに寝惚け眼を擦る仕草と舌っ足らずな言葉が相まって妖精にしか見えん。

お礼を言うその動きは相変わらず緩やかだ。

 

「これで良しっと」

 

「ふぁい……」

 

「んで、どうしたんだ?まだ起きるにゃちょっと早えんじゃねえの?」

 

「いえ……嫁と寝床を共にしようと思いまして……今から向かう所なのだ……」

 

ラウラの目線に合わせて質問すれば、返ってきた答えに苦笑してしまう。

まぁ、裸じゃねえだけマシだわな。

寝惚けていたから出ていたであろうですます口調が少しづつ何時もの調子に戻ってきてるし、まぁ大丈夫か。

 

ちなみにラウラの着ているパジャマは昨日俺が買ってきたパジャマだったりする。

 

何故かと言えば、ラウラは私服を一切持っていなかったからで、それで寝る時は裸で寝てたらしいからだ。

真面目に、ラウラを育ててたドイツ軍に乗り込む事を考えつつもこりゃ不味い、と俺と兄弟は判断。

直ぐに千冬さんに直談判して許可を貰い、近くのデパートにバイクでひとっ走りして買ってきた代物だ。

……パジャマ一つで嬉しそうに「初めてのプレゼントだ!!ありがとう兄貴!!」なんて言われて泣きかけたわ畜生。

 

ドイツぜってぇ許さねぇ、という気持ちを抱えながら、ラウラの頭を撫でて髪の跳ねを軽く直す。

 

「んぅ……気持ち良い……あぁ、処で兄貴」

 

「ん?どした?」

 

俺に頭を撫でられて猫みたいに目を細めていたラウラだが、何かを思い出した様に笑みを浮かべて俺と視線を交わす。

その様子に首を捻っていると、ラウラは腰に手を当てて胸を反らしたポーズを取った。

 

「私はちゃんと兄貴に言われた通り、兄貴がくれたパジャマを着てる……従って、これなら嫁と一緒に寝ても良いのだろうか?」

 

「あぁ、そういう事か。良いぜ、まだ30分くらい寝たって余裕で間に合うからな」

 

「そうか、ありがとう兄貴」

 

「た・だ・し、ちゃんとパジャマでだぞ?一夏の前で脱ぐのは禁止だ」

 

この前みてーな事にならない様に頭を撫でていた手を離して指を立てて注意をする。

これでもし一夏が性欲に負けてラウラとヒュージョン、ハァ!!何て事態になってみろ。

ラウラは一夏をゲット出来るが、一夏は鈴達にぬっ殺される可能性大だ。

 

「了解した。では早速行って来る」

 

「おう。遅刻に気を付けろよー」

 

ある程度目の覚めたラウラはさっきよりもマシな足取りで一夏の部屋に向かい、慣れた手付きでピッキング。

所有時間10秒程で鍵を開けて中へと入っていってしまった。

……まぁ、全裸じゃねえし、一夏もそこまで驚きゃしねえだろう。

勝手に許可出しちまったがそこはホレ、可愛い妹分には逆らえねぇって事で。

 

ちなみに俺と一夏が何故か相部屋じゃなく別々になってるのは何か特別な理由があるらしい。

 

詳細までは千冬さんは教えてくれなかったが、まぁ気にするほどの事でもねぇだろ。

朝飯にチョイスしたドネル・ケバブをかっ食らうと、そんな疑問は頭の中から消えてしまった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

さて、久しぶりに早起きしたお陰でゆっくりとした朝食が採れたぜ。

時間と財布に余裕があったからケバブ7個も食ったお陰で、コンディションもバッチリ。

何時もより余裕を持ちながら、教室へと足を踏み入れる。

 

「おーっす」

 

「あっ、鍋島君おはよー」

 

「おう、おはようさん」

 

「ゲンチ~。おっはよ~♪」

 

「あぁ。本音ちゃんもおはよう」

 

クラスメイトに返事を返しながら自分の机に向かうと、既に本音ちゃんが俺の席の前でスタンバッてるじゃないか。

う~む、この三千世界を照らす癒しスマイル、自分だけのモノにしたい。

本音ちゃんのポヤポヤした笑顔にほっこりしながら自分の机の横に鞄を掛けて席に付く。

 

「ゲンチ~今日は何処でご飯食べてたの~?探しても居なかったし~」

 

「え?俺を探してたのか?」

 

「そ~だよ~。一緒にご飯食べようかな~って思ってたの~」

 

「あちゃあ。そりゃあ悪い事しちまったな。今日は早くに飯行ったから、結構奥の方に居たんだ。ごめんな?」

 

「ん~ん~。謝らなくていいよ~。私も、約束してなかったし~」

 

入り口からだと奥過ぎて見えない場所だったから見つけられなかったんだろうな。

どうやら俺を探してたらしかった本音ちゃんに軽く謝罪すると、本音ちゃんはニパッと笑みを浮かべて許してくれた。

あぁ、そのスマイルで浄化されるぅ~。

 

「元次君、おはよう♪」

 

「おはよー」

 

「おう、さゆかと相川もおはよう」

 

と、本音ちゃんに負けず劣らずの癒しを届けてくれるさゆかと、何時も通り元気な相川にも挨拶を返す。

さゆかの優しさに溢れた笑顔見てるだけで戦闘力3倍増しになるなこりゃ。

 

「今日は谷本はまだ来てねぇのか?」

 

「癒子?癒子はさっき二組の子に借りてたCDを返しに行ったよ」

 

「ほー。まぁ、まだSHRまで余裕あるしなぁ」

 

SHRまで後15分程あるから、まぁ隣の二組なら問題無いだろう。

答えてくれたさゆかの言葉に頷きを返しつつ、俺達は雑談に興じた。

ちなみに二組といえば、二日前に鈴がブッ壊した壁は綺麗さっぱり修復がなされている。

たった二日ぐらいであんな大穴を修理出来るとか、IS学園の技術屋はスゲエと感心したもんだ。

 

そして肝心の壁に大穴を空けた張本人の鈴だが、昨日やっと姿を確認する事が出来たぜ。

 

かなり項垂れた様子で、どうやら相当絞られたらしい。

試しに千冬さんの名前出したらガタガタ震えてたぐらいだ。ムチャシヤガッテ……。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「あっ、予鈴だね」

 

「おっ?もうそんな時間か」

 

「お話してたら、あっと言う間だね~」

 

さゆか達と話してたら何時の間にか授業5分前になっていたらしく、予鈴が鳴り響いた。

それを合図に、其々グループを作ってお喋りしていた面々が着席し始める。

勿論俺達も例に漏れず、自分達の席に座るが――。

 

「……おいおい。兄弟もラウラも箒もまだか?」

 

「ゲンチ~ゲンチ~。デュッチ~もまだ来てないよぉ?」

 

「マジか」

 

マジマジ~と俺の斜め横後ろの席に座る本音ちゃんの言葉に、俺は頬をヒクつかせてしまう。

何時も時間に余裕を持って現れる筈の4人が予鈴が鳴ってもまだ来る気配もねぇとはどういうこった?

あいつ等も我が一組の生徒なら分かってる筈なんだけどなぁ。

 

千冬さんのSHRで遅刻。それは『遅刻=死』。一年一組の中で出来た恐ろし過ぎる式だ。

 

っつうか兄弟に至っては既に以前グラウンド十週のペナルティ受けてんのに、学習能力はどうした?

既に予鈴が鳴ってから2,3分経った段階で、一組のクラスメイトは誰も喋ってない。

っつうか4人もいっぺんに遅刻者出たら千冬さんプッチンしちゃうんじゃねぇかってのが一番怖いぜ。

そうなると自動的にクラス全体の雰囲気が重くなるから勘弁願いてぇんだが――。

 

「さて、もう直ぐ本鈴がなるが……空席が目立つな?」

 

OH……本鈴前に我等がボス、千冬さんがご光臨あそばせたぜ。

教室の入り口に着いた千冬さんが目敏く前の席である一夏とシャルロットの空席を見つけ、眉を寄せる。

 

ま、まぁまだ本鈴鳴ってねぇし、まだ一夏達が遅刻してくると決まった訳じゃ「到着っ!!」「な、何とか間に合ったな!!」――おいおい。

 

まさかと思って声の聞こえた方を見れば、そこには窓に足を掛けたシャルロットと手を繋いだ一夏の二人が。

オマケにシャルロットは専用機であるラファールの脚のスラスターと背部推進ウイングだけを部分展開したおめかし姿だ。

二人の姿が見えたと同時に二人の安堵する声が鳴り響き――。

 

「おう、ご苦労なことだ」

 

一夏が言う所の『真面目な狼』様の唸る様な声が教室に響く。

その狼様である千冬さんの声と厳しい眼差しに、二人揃って顔色を青くさせていく。

……まさかシャルロットが堂々と規律違反やらかすとは思ってなかったので、俺達は総じて面食らってしまう。

だが、千冬さんは違反をやらかした相手が誰であろうと、特に動じる事は無かった。

そのまま無言で二人に近付き、その眼差しで二人を縫い止める。

 

「本学園はISの操縦者育成の為に設立された教育機関だ。そのためどこの国にも属さず、故にあらゆる外的権力の影響を受けない」

 

相手に言い聞かせる様にジワジワと真綿で首を絞められる様な感覚で言葉を聞かなきゃならない。

それは滅茶苦茶重たいプレッシャーになるし……。

 

「だが――」スパパァアンッ!!

 

「はう!?」

 

「へべけ!?」

 

実際に体に教え込まれるから堪ったもんじゃねえんだよなぁ。

青ざめるシャルロットと一夏に振るわれる、いつもながらいい音がする出席簿アタック。

シャルロットの方はまだ俺らに比べたら加減されてたけど、一夏に落ちた雷は何時も通り重めだった。

そんな打撃をほぼ同時に打つとか、相変わらず世界最強でいらっしゃるぜ。

 

「デュノア、敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味はわかるな?」

 

「は、はい……。すみませんでした……」

 

「織斑も理解したか?」

 

「ご、ご指導ありがとうございます……織斑先生……」

 

千冬さんからの説教にションボリと謝まるシャルロットと、頭を抑えながら呻く一夏の二人。

そしてその隙を突いて箒とラウラが二人が怒られている後ろをすり抜けて着席していた。

お前等……と半目になっちまったがこっちの二人も知らぬ存ぜぬで俺と視線を合わせようとしない。

まぁ、態々怒られに行くのは誰だって嫌だわな。

二人の気持ちは充分に分かるので、俺も敢えて指摘はしないでおく。

 

「デュノアと織斑は放課後教室を掃除しておけ。二回目は反省文提出と特別教育室での生活をさせるのでそのつもりでな」

 

「「はい……」」

 

と、二人揃って意気消沈しながら席に座る。

しかし、この広い教室を二人だけで掃除かぁ……大変だな、兄弟も。

だがしかし、遅れたのは自己責任って事で頑張れや兄弟、シャルロット。

心の中で二人にエールを送っていると、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴って、SHRが始める。

その音が鳴ったと同時に教壇に立った千冬さんが俺達を見渡し、SHRが幕を開ける。

 

「さて、確か今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」

 

千冬さんの言葉に、俺は苦い表情を作ってしまう。

そう、授業の数自体は少ねえがちゃんと一般教科もあるんだこれが。

IS学園と言うと、ISについての授業しかやらないと思うだろうがそんな事はねえ。

仮にも倍率1万超える超が付く程のエリート学園だからな。

もし期末テストで赤点を取っちまったら最後、夏休みは連日補習となってしまう。それだけは回避しねぇと。

何せ俺の夏休みは婆ちゃんの家に帰って爺ちゃんの工場でバイトしてもっと技術を吸収するって予定なんだからな。

 

「あぁそれと、来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ?三日間だが学園を離れる事になる。自由時間では羽目を外し過ぎないように」

 

おぉ、こっちは嬉しいニュースだな。

七月頭の校外実習、つまり臨海学校が来週からあるんだ。

三日間の日程の内なんとなんと!!初日は丸々全て自由時間。

そしてそこは海。言うまでも無く女子達がテンション上がりっぱなしだ。

それも先週からずっとな。

 

「ではSHRを終わる。お前ら、今日もしっかりと勉学に励むように」

 

「あの、織斑先生。山田先生は今日はお休みですか?」

 

千冬さんがSHRの締めをしようとした所で、クラスのしっかり者と名高い鷹月静寐がそう質問する。

実はさっきから俺も気にはなってたんだ。

何時もは千冬さんの代わりにSHRをやってる筈の真耶ちゃんが今日に限って居なかったからな。

多分クラスの皆も気にはなってたんだろう。

 

「山田先生は校外実習の現地視察に行っているので今日は不在だ。なので山田先生の仕事は私が今日一日代わりに担当する」

 

鷹月の質問に対して千冬さんは表情を崩す事無く答えるが、この答えにクラスが少し沸き立つ。

 

「ええっ!?山ちゃん一足先に海に行ってるんですか!?いいな~!!」

 

「ずるい!!私にも一声掛けてくれればいいのに!!」

 

「あー、泳いでるのかなー。泳いでるんだろうなー」

 

おうおう、さすがは咲き乱れる十代女子だ。

話題があったら一気に賑わうもんだぜ。

そんな彼女等の言葉に、千冬さんは本気で鬱陶しいと言わんばかりの表情を浮かべる。

 

「あー、いちいち騒ぐな鬱陶しい。山田先生は仕事で行ってるんだ。遊びじゃない」

 

そんな千冬さんの言葉にハーイと一丸になって返す我がクラス。

連帯感良すぎじゃねぇか?

そしてSHRが終了し、次の本鈴がなるまでの5分間はちょっとした休憩が始まる。

 

……ふむ……臨海学校に関しては俺も他の女子と同じ様に楽しみなんだよなぁ。

 

だって十代女子の水着姿だぜ?男としてテンション上がるに決まってんじゃねぇか!!

 

美人美少女ばかりが集まったIS学園生徒の水着姿とかもう堪んねぇってばよ。

しかも……その初日は教師陣もほぼほぼ自由時間らしい。

 

 

とくれば、だ――ま、真耶ちゃんも千冬さんも水着を着るかもしれねぇ訳で――ごくりっ。

 

 

あ゛ー考えれば考える程楽しみッスねぇ……って、何故に皆さん俺を見て顔を青くしてらっしゃるんで?

 

 

あれ?っていうか何か俺の周囲だけ一気に暗くなった様な?太陽が雲に隠れでもしたの――。

 

「~~~ッ!!!」

 

「」

 

おかしいな、と視線を上げれば――重さ100キロはあるであろう『教壇』を天高く持ち上げた体勢で俺を見つめる千冬様のお姿が。

その美しい切れ長の瞳の中でニトロでも爆発したのか、燃え盛る業火の幻影が見えております。

しなやかで美しい均整の取れたそのお体から湧き上がるのは――情熱に燃えた”レッドヒート”の炎。

思わずポカンと口を半開きのままフリーズしてしまう俺。

あー成る程、教壇の影に光が隠れて俺の周囲が暗くなっちまった訳か、なるほどなるほどー。

 

 

 

そしてこれはレッドヒートで繰り出されるヒートアクションの前兆な訳ですな、んなるほどなるほどー。

 

 

 

――超・重量武器の極みですね(震え)

 

 

 

「……ちょっとお待ち下さいませ千冬さ――」

 

「死ねぃ!!」ズッドォオオオオオオオッ!!!

 

「きゃべっし!?」

 

俺の懇願する声なんて何のその、慈悲無く高速で振り下ろされた教壇が、俺の頭を強かに机とサンドイッチ。

咄嗟に『猛熊の気位』発動したのに滅茶苦茶痛えんですけど!?

余りの衝撃で教壇が持ち上げられても机に倒れ付したまんまになっちまい――。

 

「フン!!」ドゴォオオオオオオオオオッ!!!

 

「めぶろっぱぁ!?」

 

再び振り下ろされる教壇の一撃ぃいい!?

どうやら我等が一組のボスは出席簿では足りないご様子。

他のクラスメイトと差別せずに何時もの武器を使って頂きてえよ。

つうかお代わりは頼んでませんよ千冬さぁあああん!?

机に叩きつけられた反動で持ち上がった視界に写るは、真っ赤に燃えるレッドヒート状態な千冬さんのお姿。

バカな!?こ、こんなヒートアクションが連発されるというのか!?

 

「貴様、鼻の下を伸ばして何を考えていた!?大方の予想は付くがなぁ!!こーのドすけべめ!!女の敵めぇ!!」

 

バゴォオオオオオオオオオオオッ!!!

 

「ぎぴぇええ!?」

 

「いつもいつも貴様という奴は所構わず見境無く性懲りも無く……ッ!!今死ねすぐ死ね骨まで砕けろぉ!!!」

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴォッ!!!(連続して振り下ろされる音)

 

「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!?」

 

まるで厚手のステーキ肉を柔らかくするために叩いて繊維を切断するかの如く念入りに教壇を振り下ろす千冬さん。

さながら千冬さんの持つ教壇はミートハンマーで、叩き伸ばされている俺は筋張ったステーキ肉でしょう。

絶え間なく連続で、しかも均一に威力を保つその手腕……正に世界最強です……。

 

 

一時間目の授業が始まるまでの5分間、俺は荒ぶる千冬さんによって叩いて潰して念入りに伸ばされるのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「あー死ぬかと思った」

 

半分に切り分けた500gのステーキを頬張りながら一つゴチる。

生きてるってすばらしい。

頑丈なのが取り得です。お母さん、ありがとう。

 

「寧ろあれだけ千冬さんに叩き潰されて何で1時間目が始まる前に回復してるのかが謎なんだが?ヒーリングファクターでも持っているのか?」

 

「元次さん。貴方やはり何処かの研究所で改造手術をお受けになってるんじゃありません?記憶が消されてるとか、知らないドックタグとかお持ちでは?」

 

「僕もセシリアの予想に1票だね。元次の骨はアダマンチウムで覆われてるんだよ、きっと」

 

「モグ……ばっきゃろう。こちとら100%ナチュラルテイストで出来てるっつーんだよ。ウェポンX計画は俺にゃ無縁だ」ゴキッゴキッ

 

口の中の肉を咀嚼して首の骨を鳴らしながら箒、セシリア、シャルロットの言葉に反論を返す。

3人揃って俺に怪訝な表情を浮かべるが、これは死にそうな環境で鍛えた結果なんだよ。

今は昼休み。食堂の一角で、俺達は鈴を加えた面子で食事をしながら雑談を楽しんでいた。

いやまぁ、俺のタフネスに関する話が雑談なのは頂けねぇんだが。

シャルロットはキッシュにクロワッサン、セシリアはサンドイッチ、箒は焼き魚定食と国際色豊かな取り合わせだ。

 

「にしたって包帯すら巻かずに出血すらないのはおかしいだろ?もうゲンがターミネーターシュワちゃんモデルじゃねえと納得できねえよ」

 

「誰がスカイネット製だアホゥ。俺なんぞがT-800なら千冬さんは超絶美人で最強なTerminator,T-Xになっちまうじゃねえか」

 

照り焼きチキン定食に舌鼓を打つ一夏にごく自然な事実を返しつつ、”二つ目”のステーキ定食を頂き始める。

しかし千冬さんがT-Xだったら俺、逃げ切れる自信が無いぜ。

まだ俺が生きてる←千冬さんがサイボーグじゃ無いという理論が成り立つからな。

 

「っつうか、打撃技だったから出血する程じゃなかったってだけだろ?それよりもデコと後頭部が痛えっつうの……あー、ちょっと瘤になりかけてんなこれ」

 

「なぁ兄弟?千冬姉にあれだけ念入りに教壇なんて鈍器ならぬ重機でシバかれて出血する程じゃないってのは有り得ないって気付こう。それと瘤になりかけで済んでるのもおかしいよな?」

 

「ううむ……教官の猛攻撃をあれだけ浴びてもピンピンしているとは、さすがは兄貴!!これがクラリッサの言っていた”さすおに”というものなんだな!!」

 

「ラウラ。次に新しい知識を仕入れる時はこのお兄様に相談しに来い。いい加減そのクラリッサって奴とは白黒ハッキリ付けてやる」

 

「む?我が黒兎隊のカラーは黒のみだが?兄貴はIS学園の制服が白だろう?白黒ははっきり付いてると思うぞ?」

 

色彩の話じゃねぇよ。

寧ろその辺りの比喩的な日本語教えてやれよ。

何でこの子に与える知識が漫画的なアレばっかりなんだっつうの。

でも首を傾げるラウラが可愛いので頭を撫で撫で。

 

「はむ……ふむ、食堂のおばちゃんでは作れんだろうと高を括っていたが、ドイツの店と比べても遜色ない。良いセンスだ」

 

「マダム達の腕を舐めちゃいけねぇぞ。世界各国から来てる留学生達の舌を満足させてんだ。勿論ドイツ料理だって例外じゃねぇさ」

 

「うむ。やはり兄貴の言葉はためになる事が多いな。私はまた一つ、良い事を知る事ができたぞ」

 

「こんなもん、幾らでも教えてやるよ」

 

ご満悦な顔でソーセージを頬張るラウラ。その笑顔に癒されます。

ちなみにラウラの昼食はドイツで国民的人気を誇るカリーヴルストって料理だ。

ソーセージの上にケチャップとカレー粉を塗しただけのシンプルな料理だが、これが根強い人気がある。

本場仕込みのぶっといソーセージにカリカリに揚げられたフライドポテト。

付け合せのパンは濃いライ麦で作られたラントブロートというパンだ。

 

「あー、あの打撃音はやっぱ千冬さんで、ヤラれてたのはゲンなのね……あの音からしたらゲンがここに居るのはおかしくない?二組まで普通に聞こえてたんだけど」

 

鈴が油淋鶏を箸で持ちながら呆れた表情で俺を箸+油淋鶏で指し示す。

止めろっての行儀の悪い。

炒飯と油淋鶏、卵スープの中華なセットを頂くチャイニーズ幼馴染の言葉に、呆れた表情を浮かべてしまう。

 

「おかしかねえっつってんだろ。寧ろまだ軽い方だな。千冬さんのナマの拳の方がよっぽど効くわ」

 

「千冬さんの拳は教壇以上なの?あれ確か鉄の塊でしょうが」

 

「ボクサーがグローブを嵌める理由知ってっか?相手の骨を折らねぇ様にする為だぜ?」

 

「あの人にとって教壇はグローブ代わりって事かしら?」

 

「この間知ったが、千冬さんって生身でISブレード振り回せるんだよなぁ」

 

「ズンバラリンされなかっただけ温情ね」

 

「やめろ、これ以上人の姉を人外筆頭みたいに言うんじゃねえよ」

 

こんな事聞かれでもしたら、と一夏が青い顔で呟くと、俺達幼馴染組は揃って周りを見渡す。

そして千冬さんの気配が無いのを確認してホッと一息。

こんなもんバレたら乗車無料地獄巡りツアー(三途の川もあるよ★)に繰り出さなきゃいけねえ羽目になっちまう。

しかし言わずにはいられないくらいに千冬さんのチートっぷりに磨きが掛かってる訳です。

 

「っつうか、一夏とシャルロットは何であんなトチ狂った真似したんだよ?そりゃ千冬さんのSHRに遅れたら地獄だが……見つかった時のリスク考えてなかったのか?」

 

再び半分になったステーキにナイフをズグリと刺しながら二人に質問する。

一夏もシャルロットもあんなバレそうな事、普通ならやんねぇ筈なんだがな。

 

「あ、あはは。それは、その……ぼ、僕はちょっと寝坊、というか二度寝しちゃって」

 

「二度寝だぁ?珍しい事もあるもんだな。夜更かしでもしたのかよ?」

 

「い、いや。別に夜更かしした訳じゃないんだけど、ね?(チラッ」

 

「ん?どうしたシャルロット?」

 

「ッ!?な、何でも無いよ!?そ、そういえば一夏達も何時もより遅かったけど、何かあったの?」

 

と、何故か俺の質問に苦笑いしたシャルロットが顔を赤くしながら一夏をチラ見する。

更にその視線に兄弟が気付けば、慌てた様に何でも無いと言う始末。

……俺には分かる。一夏に恋する乙女がこういう反応をすんのは……一夏が夢に出てきたとかその辺だろう。

んで、幸せな夢に浸っていたくて遅れた、とかだろうな。

完全に一夏の存在が麻薬な件について。依存性パネェな(確信)

シャルロットは誤魔化しながら、今度は一夏に質問を返す。

 

「ん?兄弟と箒も遅かったのか?」

 

「それとラウラもだけどな」

 

軽く聞いてみると一夏は疲れた様な声を出すではないか。

 

「あ~、その……悲しいすれ違いがあったというか……箒?」

 

「う、うむ。実は今日、一夏を朝食に誘おうと思って部屋に行ったのだ」

 

「ほー……あら?」

 

何か、オチが見えてきた様な……。

 

「が――何故か一夏の部屋の鍵が開いていて、だな。無用心なのを注意しようと思って部屋に入ったら――」

 

「私が嫁とベットの上で寝技の練習をしようとしていた所に出くわしたという事だ。全く不躾な」

 

箒の疲れた声に追従して今度はラウラが少し不満げな顔で後を引き継いだ。

しかも”ベットの上で”という何ともR-18な匂いを醸し出す素敵に不穏な言葉を混ぜて、だ。

あー……多分、それで箒と言い合って暴れて、遅くなったって事なんだろうな。

 

「ほーぉ?寝技ねぇ……?」

 

「ベットの上で……かぁ……そっか。それで朝起きたらラウラが居なかったんだ」

 

「う、ふふふ……随分と仲のよろしいご様子ですわね」

 

ラウラの言葉にユラァ、と体を揺らしながら怖い目で一夏を見つめるセシリア達。

嫉妬に濡れたその制裁先は「自分達を放っておいて何してんだクルァ」という無言の圧力に気付いているんだろうか?

その目に恐怖を覚えた一夏が、慌てて無罪を主張し始めた。

 

「ま、待った!?俺も訳が分からなかったんだぞ!!ちゃんと鍵閉めてたのに朝起きたら何時の間にかラウラがベットの中に居て――っていうかラウラ、不法侵入は止めろって前も言ったろ!!」

 

「ふふっ――今回は不法侵入では無いぞ!!」

 

「はぁ!?お、俺はOKした覚えは……っ!?」

 

「兄貴が許可してくれた!!」

 

「ゲェエエエエン!!てめぇ何してくれちゃってんだコラァ!!?」

 

勿論それが悪い事と思っていないラウラが、寧ろ誇らしげに俺の事をバラす。

そして席から立ち上がった怒れる一夏の視線が俺を射抜くが、その程度の目つきじゃ俺はビビらねぇっての。

まぁメンチ切ってくるぐらいの事なら、俺は笑うだけで済ませるさ。

だがそっちの専用機持ち共、その漂ってる量子を武装に変換しやがったら戦争も辞さねぇぞコラァン?

 

「まぁ落ち着け兄弟。ここは寧ろ俺のファインプレーを褒めて欲しい所だぜ?」

 

「女の子を兄弟の承諾無しに部屋に入れた所の何処にファインを感じろと!?」

 

「だってよぉ。俺がラウラに会わなかったら、寝惚けてたラウラが結局パジャマやら下着やらを全部脱いで”また”ラウラが全裸でお前のベットに入るトコだったんだぞ?なら、パジャマをちゃんと調えて脱がないように注意して健全な朝にしてやった俺に感謝しても、バチは当たんねぇんじゃねえの?」

 

「止めろよ!?そこまでアフターケアしてたんなら、まず部屋に入ろうとしてんのを止めろよぉおおお!?」

 

「そこまでは俺の管轄じゃねぇわドアホ」

 

どこか実写版デスなノートの主人公っぽい雰囲気で絶叫する兄弟に、俺は溜息を吐く。

兄弟を取り巻く恋愛憎劇を間近で見せられ続けてる俺の気持ちも考えやがれってんだ。

寧ろラウラがそういう行動を取ろうとする原因が俺に憤るとかおかしくね?

 

「――待って。ちょーっと待って一夏」

 

「な、なんだよ鈴?俺は今、この優しい様で優しくないスパルタな兄弟に説教をだな――」

 

「だから待ちなさい――今、ちょーっと気付いちゃったのよねぇ、アタシ」

 

「はぁ?一体何――を?」

 

と、俺に切れるのを止めてきた鈴に訝しげに一夏が振り返ると、言葉を止めてしまったではないか。

何故かと言えば……一夏を見つめる鈴の目にハイライトが無いというおっかねぇ目で見つめられてるからだろう。

思わず、といった具合で通路に向かって後ずさった一夏だが、その後ろには既に別の魔の手が迫っている。

 

「ねぇ、一夏?僕もちょっと聞きたい事があるんだけど?」

 

「へ?あ、あの?シャルロットさん?」

 

何時の間にか後ずさる一夏の後ろに移動したシャルロットが、一夏の肩に手をそっと添えて行動を制限。

次いで現れたのは前髪で目元を隠した、どこかおっかない雰囲気のセシリアである。

 

「ふふ……ふふふふふ……い・ち・か・さ・ん?」

 

「は……はひ」

 

「今……お二人がおっしゃった……ラウラさんが”また”ベットに入る――とは、どういう事でしょうか?」

 

「「あ」」

 

と、セシリアの言葉に俺達は二人揃って間抜けな声を出してしまう。

しまった。そういやコレは俺と一夏とラウラしか知らねぇ事だったか。

いやー俺とした事がうっかりミスったぜ。

思わずやっちまったなぁぐらいに思ってしまうが、それは俺が火中の人間では無いからだ。

現在進行形で火炙りに処されそうな一夏は、そりゃもう捨てられて雨に打たれてる可哀想な子犬っぽい目で俺を見てくるではないか。

止めろキメェ。

 

「それとさぁ、アタシの聞き間違いじゃなかったら……”全裸”って言ってなかったかしら?」

 

「「言ってた」」

 

「い、いやちょ」

 

「ふん。夫婦とは互いに包み隠さないものなのだ」

 

ラウラ、それフォローやない。トドメや。

 

「「「いぃちかぁあああ/さぁんッ!!」」」

 

「のぎゃーーーーーッ!?」

 

プラグから飛び散らされる火花がガスに燃焼して爆発。

ピストンを押し込むかの如き勢いで烈火の如く怒りという名のエンジンをブン回す3人。

そのままうっかり口を滑らせた想い人をゲシゲシと踏みつけはじめるではないか。

うーむ。口は災いの元って事だな。

ちなみに箒は3人に参加していない。

鈍感な一夏に暴力は駄目だと口を酸っぱくして言っておいたからな。

だが気持ち的には許せないから助けもしない、と。

っつうか鈴にも同じ様に注意したけど、まぁアイツは自分で納得してやってるから別にいいだろう。

 

「む~……」

 

……さぁ~て、そろそろ現実と向き合うとするか。

先程から俺の隣でほっぺたで焼き餅を焼いていらっしゃる本音ちゃんの咎める視線。

実は本音ちゃん、あの千冬さんの言動で俺が何考えてたのかちょっと気付いてらっしゃるご様子でして……。

昼休みのこの時間までず~っと不機嫌なんですわこれが。

凄くじと~っとした目で俺を睨みながら、昼食のクリームとフルーツたっぷりパンケーキをパクついてらっしゃいます。

 

「あ、あはは……」

 

更にそのお隣では、頬を少し赤くしたさゆかがいらっしゃる。

バランスの良さそうな唐揚げ定食に手をつけながらも、視線は俺から外さない。

何やら俺を見つめながら複雑そうな、でも少し恥ずかしそうな表情。

はい、さゆかさんにもバッチリばれてます。

……よし。兎に角まずは隣の本音ちゃんのご機嫌を回復しましょう。

こーゆー時の為の状況打破アイテムをポケットから取り出して、笑顔で本音ちゃんに向き合う。

 

「……あー……本音ちゃん?」

 

「む~……」

 

返事すら返してもらえません。

し、しかしこれなら――。

 

「本音ちゃん。ここにレゾナンス期間限定のDXパフェの無料券があるんだが――」

 

「にゃ!?」

 

しめた、食いついたぞ。

この無料券、実は弾が知り合いにもらったらしいんだが、あいつ甘いのあんまり得意じゃねえんだわ。

んで、この前のパンチングマシーンでDREAM・LINEのチケット取ってやったお礼に貰った訳だ。

しかしこんな女子力高えモン、俺が貰っても宝の持ち腐れだったから丁度良い。

ひら~っと右へチケットを傾ければ、本音ちゃんも倣って一緒に動く。

 

良し、これで有耶無耶に出来るだろう(ゲス顔)

 

「デ、DX――は!?ば、ばいしゅ~なんてひきょ~だぞ~!!」

 

バレた!?い、いや表情に出すな!!

普段の本音ちゃんからは感じられない鋭さに戦くも、それは悟らせない。

表情筋稼働率90%です。

ちなみに一夏ラヴァーズの「私達には?」という視線は封殺。

 

「なに言ってんだよ本音ちゃん。これは俺からの、ささやかな心遣いだって。本音ちゃんスイーツ好きだろ?」

 

「む、むむ~……ッ!?」

 

怒った顔で俺を見ながらも、その視線はチケットに揺られてゆ~らゆら。

そのまま目の前まで持って行き、笑顔で本音ちゃんの手を握る。

突然手を握られてビックリしたのか、本音ちゃんはそのや~らかそうなほっぺを林檎色に染めた。

 

「っ!?……あ、うぅ……」

 

「まぁなんだ……俺も男だからよ。男の性って事で、勘弁してくれや。な?」

 

「……う~……ずるい~……も~」

 

「嫌か?今日の所はここら辺で平和条約を結んで、過去は水に流してくれよ」

 

「ふにゅ……し、しょ~がないから、和平に応じるよ~。調印しますぅ~」

 

苦笑いを浮かべながら、俺は本音ちゃんの握った手を開いてチケットをそっと乗せる。

すると本音ちゃんは少し恥ずかしがりながらも、チケットを受け取った。

ククク、他愛無し……おっと忘れてくれ。

そのまま内心を出さずに「ありがとよ」と伝えて頭を撫でると、にへら~と笑顔を浮かべる本音ちゃんテラ可愛ユス。

 

「あっ……(良いなぁ)

 

おっと、もう一人の気付いていらっしゃるお方にもゴマ掏りの方をせねば。

本音ちゃんに渡したのと同じチケットを懐から取り出し、羨ましそうな表情をしてるさゆかの前に一枚。

するとさゆかは、ちょっと驚いた表情を浮かべる。

 

「えっ?……わ、私も良いの?」

 

「勿論、さゆかにも渡さねぇと不公平だからな……だからここは一つ、今回のことは穏便にお願ぇします、お代官様」

 

「……ふふっ♪……コホンッ……良きに計らえ、越後屋♪」

 

「へへぇ~、ありがたや~さゆか様~」

 

「も、もう。そこまでされると恥ずかしいよ……」

 

と、俺の冗談に乗ってくれたさゆかに頭を下げながら、山吹色のお菓子(チケット)を献上。

少し恥ずかしかったのか頬を赤く染めるさゆかに萌えを感じつつ、ミッションコンプリート。

そして取り出し足るは最後の一枚。

 

「ほれ、ラウラ。お前もこれでパフェを食って来な」

 

「おぉ!?私も良いのか兄貴!?」

 

「おう。折角日本に居るんだ。偶にはそういうのも楽しんでこい」

 

俺がヒラリと投げ渡したチケットを手に、クリスマスプレゼントを前にした子供みてーにキラキラした目を見せるラウラ。

今まで楽しめなかった分、甘やかしてやってもバチは当たんねぇだろ。

そう思って渡してやったのだが――。

 

「ッ!?た、楽しんでこい、とは……あ、兄貴は来てくれないのか?」

 

「んあ?俺か?」

 

と、急に不安そうな目で俺を見てくるではないか。

俺の渡したチケットを両手で握り締めながら、ラウラは瞳をウルルとさせて俺を見上げてくる。

 

「わ、私は、兄貴と一緒に行きたいぞ!!」

 

と、腕をバンザイの格好で行きたいアピールをする我が妹。

まぁ確かに、幾らラウラが軍属とは言え、幼い少女を異国で一人で行動しろとか鬼畜にも程があるわ。

そう思ってOKを出そうとしたら、今度は逆隣の我が癒しマスコットが半目で睨んでらっしゃるではないか。

ば、ばかな!?さっきご機嫌伺いをしたのにどうゆう事だ!?

 

「……」

 

っていうかさゆか様までちょっと眉尻を下げて悲しそうな顔してらっしゃるんですけど!?

余りの展開に焦る俺に、兄弟を裁き終えたセシリア達から呆れた眼差しが飛んできた。

兄弟?カエルみてーな格好で冷たい床に寝っ転がってるよ。

 

「はぁ……無いな」

 

「そうだね。元次、それは無いよ」

 

「な、無いっつってもよぉ。今ちょうどラウラにOK出す所だったんだが?」

 

呆れた目を向ける箒とシャルロットにそう返せば、またもや深い溜息が。

今度は鈴とセシリアが呆れた顔で額に手を当てて被りを振る。

 

「殿方がチケットのみを渡して楽しんで来い等と言っておきながらその内の一人だけと行くなんて、それでは余りにも他の女性が報われませんわ」

 

「アンタねぇ。自分から興味占めさせておいてそれは駄目でしょうが。こういう場合は本音とさゆかも誘って行くに決まってんでしょ」

 

「なん……だと……?」

 

余りにもショッキングな指摘に、俺は呆然。

慌てて二人に視線を向ければ本音ちゃんは拗ねながら、さゆかは悲しそうな表情のまま頷く。

な、なんてこった……確かにこれって「チケットあげるから一緒に行こう」という誘いになるな。

それで本音ちゃん達には渡すだけでラウラに付き合うって中々に駄目過ぎる。

 

「す、すまねぇ二人とも。ちっと考え無しだった」

 

「ぶ~ぶ~。ラウランだけずるいぞ~。私も一緒に行~き~た~い~」

 

「え、えっと……私も……元次君と一緒に行きたい、な……だ、駄目?」

 

「お、おう!!勿論ご一緒させて頂くぜ」

 

「わ~い♪」

 

「や、やった……ッ!!楽しみにしてるね?」

 

「お……おう」

 

う、上目遣いでそんなお願いされたら……行かねぇ訳にゃいかねえだろぉおうがよぉ!?

OKを出したら、2人とも心底嬉しそうな顔で見てくるではないか。

もう俺の心臓バックバクですよ?こんな美少女2人にこんな嬉しそうな顔させるとか、勝ち組かよ。

勿論俺の横で万歳しながら行きたいと駄々を捏ねるラウラも行く事が決定し、次の休みの予定が決まったのだった。

 

その後一夏も復活し、昼食を終えた俺達は駄弁りながら昼休みを満喫した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「まったく、何時もお前という奴は……ほら、早く注がんか」

 

「は、はい」

 

不機嫌な表情で差し出されたグラスにワインをゆっくりと注ぐと、千冬さんはそのまま一気に飲み干してしまう。

ふぅ、と溜息を吐く千冬さんのお顔は既に真っ赤だ。

何時も着てる黒のスーツを脱ぎ、白いYシャツだけになったその姿は実に眼福である。

その姿は、キッチリと着こなした何時もとは違って妖艶な艶姿だ。

これも千冬さんが美人過ぎるのが原因だろうなぁ。

ちなみに俺も制服の上は脱いで、上は黒のYシャツだけである。

 

 

放課後も終えて現在は夕食――が終わってゆっくりとする余暇時間。

 

 

そんな中、俺は不機嫌な表情の千冬さんにワインを注いでご機嫌伺いの真っ最中である。

いやー、何せ夕食の時間になって鍋と食材を持って伺った時、入り口を開けて俺を迎え入れた時の千冬さんの表情ったら無かった。

ライオンすら視線で睨み殺せそうなヤヴァイ目付きで現れた時は死期を悟ったぜ。

 

そのまま無言で顎をしゃくって中に迎えられた訳だが、俺には寮長室が処刑場にしか思えませんでした。

 

ちなみに部屋の中は綺麗に片付けられてた。間違いなく兄弟が掃除したんだろう。GJ。

 

とりあえず無言で睨んでくる千冬さんだったが、夕食に用意した『ゴロゴロ肉のビーフシュー』を食してる時には、その視線も大分緩和した。

ヒレ肉・牛タン・テール・ホホ肉・ハラミ肉、更にはハチノスまで入れた至極の一品。

漫画の様に上手く出来た会心の仕上がりだったよ。

んでまぁ、かなり機嫌を戻して頂けた千冬さんに晩酌に付き合えと言われて、現在に至る訳だ。 

 

「ふぅ……まったく。私に礼がしたい等と抜かしておきながら舌の根も乾かぬ内に破廉恥な下心を浮かべるなどありえんだろう」

 

「す、すんません」

 

「まぁ、確かに先程のビーフシチューは絶品だった。あれを礼と言うなら、書類くらいの面倒事には釣り合っていただろう……しかし、その後の分には足らんからな」

 

「分かってます。ですからこうして晩酌のお摘みを作らせて頂いてる訳でして」

 

不機嫌な千冬さんにひたすら下出に出ながら、俺はキッチンに戻って次のつまみの準備をする。

さっき出したトマト・バジル・モッツァレラのカプレーゼも、千冬さんがパクパク食べちまってるから急がねぇと。

常備している菓子棚から薄いクラッカーを取り出して準備。

千冬さんの今日のお酒はワインだし、クラッカーカナッペが合うだろう。

 

おつまみ用に買い足した食材を切りながら準備を続ける。

しかし今回の夕食の食材、中々の金額になるだろう。

食材を無料で分けてくれたマダム達への感謝の念が尽きません。

と、そんな事を考えてる内につまみが出来上がったので、皿に乗せて千冬さんの下へ戻る。

 

「お待たせしました。クラッカーカナッペです」

 

「ほう。随分と洒落たつまみだな」

 

その内の一つであるアメリカンチェリーとクリームチーズのクラッカーを一つ、パクリ。

眉間の皺が大分解れてきた千冬さんの表情に、やっと笑みが戻り始める。

や、やっと千冬さんのお怒りも鎮火して頂けたか……長かったぜ。

思わず微笑む千冬さんのお姿に安堵の息を吐いてしまう。

 

「……まぁ……お前も年頃の男だ。オマケにこんな女子ばかりの空間に押し込まれては、そうなってしまうのも仕方無いだろう。元々スケベだしな」

 

「ごっふぅ!?す、すけべすけべと仰らないで下さいよ!?」

 

「事実だろう」

 

「そりゃそうっすけど!!言われんのと自覚してんのとじゃえらく違いがあると言いますか……ッ!!」

 

「ふん」

 

俺を言葉という名のガゼルパンチで叩きのめした千冬さんは新しいワインを開けるとそのままラッパ呑みで一本開けてしまう。

っていうか一息でボトル開けるとか、酒豪にも程があると思います。

既に夕食が済んでから3時間。

てっぺんまで後1時間ちょっとの今までに空けたワインの本数は軽く二桁いってるんだぜ?

つまみのクラッカーもパクパク食べてるから、残りは後数個しかない。

 

「だが、おまえのすけべ根性を利用されるかもしれんのを覚えておけよ?」

 

「……それってつまり、ハニートラップの事っすよね?」

 

「そうだ」

 

と、不意に言われた言葉に俺は自分でも分かる位に顔を歪めてしまう。

ハニートラップ、つまりは色仕掛けとかを利用して情報を得るスパイ行動の一つ、らしい。

直訳すると「蜜の罠」や「甘い落とし穴」という、男が掛かりやすい罠の代表格だな。

 

「お前や一夏の生体情報を欲しがる輩はごまんと居る。クローン研究等に利用されたくなければ、気をつける事だ」

 

千冬さんの言葉に益々苦い顔になってしまう。

ハニトラについては政府のお偉いさんや最初に出会った秘書風のお姉さんにも口を酸っぱくして言われたぐらいだ。

 

「でもっすよ。俺らの歳でハニトラとか、普通有り得るんスか?」

 

「……スペイン、アメリカ、ギリシャ、それとスイスにブラジルだったか」

 

「え?」

 

ワインを飲み終えた千冬さんが、俺の質問に対して難しい顔で何故か世界の国々を羅列し始める。

 

「明らかにお前達へのハニートラップ目的で学園に送り込まれる予定だったガキ共の出身国だ」

 

「……マジかよ」

 

「束の奴が態々そいつ等の経歴を書類付きで私に送ってきたぐらいだ。冗談でもないだろう。私も直に会って納得したがな」

 

「会ってって……そいつ等、試験落としたんスか?」

 

さすがに俺と一夏を力で狙ってきた輩なら心配する必要はねぇ。

だが、色仕掛けというある意味で成功もしてねぇ作戦を任されてた女子。

そいつ等が俺らの所為で人生を棒に振っちまってたら、後味が悪い。

そう思ってたんだが、向かいの千冬さんは不敵な笑みを浮かべて俺を見ていた。

 

「おいおい。私を誰だと思ってる?――小娘の一人や二人、更正させるぐらい訳は無いさ」

 

「……ははっ……御見逸れしました」

 

不敵な表情で言い放った千冬さんに、俺も嬉しくなって笑みを浮かべてしまう。

学園に送り込まれた政府の思惑を背負わされた生徒を更正させちまうとは、恐れ入ったぜ。

聞けば今は普通の生徒として過ごしているとか。

さすがは世界最強の先生だ。

 

「だがまぁ、私が更正させても全ての生徒を見れる訳ではない。可能性は低いが、まだ他にもそういう思惑を背負わされた生徒が居ないとは限らない」

 

「まぁ、生徒数めちゃくちゃ多いっすからねぇ」

 

「そうだ。だからこれだけ注意している訳だが、肝心のお前がよりにもよってすけべ根性丸出しときてる。餌を目の前にブラ下げられたロバか貴様」

 

「おdisが酷すぎて泣けます」

 

しかしまぁ、上げて落とすのがお得意なご様子の千冬さんの言葉に項垂れてしまう。

しゃーねぇじゃん、男はエロに弱いんだ。

例え罠だと知ってても、男にゃ引けねえ時ってモンがあるんだ。

そんな事を考えてると物凄い目力で俺を睨んでらっしゃる世界最強のお顔が。すいませんでした。

 

「……馬鹿者が…………し、しし、仕方ないから、私が訓練をつけてやる」

 

「え?訓練っすか?それって――」

 

一体何の?とは聞けなかった。

突然立ち上がった千冬さんが俺のYシャツの襟首を掴んだからだ。

 

「ふん!!」

 

「うおぉ!?」

 

千冬さんの気合の篭った一声と共に、視界が反転。

そのままボフッという音が背中側から聞こえる。

慌てて上半身を起こすと、俺は千冬さんの普段使っているであろうベットの上に放り投げられていた。

 

「ち、千冬さん!?何を――」

 

「ッ!!」

 

「ぬあ!?」

 

するんですか、と言おうとした俺だったが、それも叶わず。

いきなり両手を突き出した千冬さんに再びベットに押し戻され、そのまま腹の上に跨られてしまう。

現在俺の視界には、俺をキリッとした目で見つめる千冬さんのお顔がドアップで映し出されていた。

 

「は、え、ちょ!?」

 

な、何事よマジで!?何で俺千冬さんに押し倒されてんの!?

動こうにも千冬さんが上に乗ってるから動けないこの状況。

そんな中でも千冬さんは動こうとせずに、ジッと俺を見つめているではないか。

 

「……訓練をつけてやる……尻の青い小娘共に、篭絡されん様に、な」

 

俺を押し倒したまま、片手で千冬さんは何時も使っている髪留めを解き、髪を開放していた。

長い艶やかな黒髪が解け、何時もとは違う髪を下ろした千冬さんの姿に心臓が跳ねる。

っていうかこの人今なんつった!?

 

「く、訓練って……ッ!?」

 

「……決まっているだろう?ここまでされて察せん程、愚かでもあるまい」

 

シュルッ

 

布の擦れる音と共に、ネクタイが俺の顔にかかる。

千冬さんが片手で外したネクタイだ。

唖然とする俺に構わず、更に千冬さんはYシャツのボタンに手を掛ける。

っていうか千冬さん顔真っ赤なんですけど!?これ確実に酔っ払ってんだろ!?

 

「ちょ!?ちょ、ちょっと待――」

 

「やかましい……黙って、見ていろ」

 

俺の言葉を切って捨て、千冬さんは胸元のボタンを解放させていく。

遂にそのままボタンは全て外され――その豊満な魅惑の果実を覆う、黒の下着が露に。

 

「な……なななななッ!?」

 

「……ふっ……どうやら私も、捨てたものじゃないようだな……顔が真っ赤だぞ?」

 

捨てたものじゃない?それどころか千金の価値ありなんですけど!?

っていうか千冬さん完全に酔っ払ってますよねぇ!?

あぁ忘れてた!!この人酒豪だけど、酔っ払うボーダーラインが全然分からねぇんだった!?

だから俺も反応が遅れちまったんだ!!もう疑い無く出来上がってるよこの人!!

 

俺の反応に気を良くしたのか、千冬さんは不敵な笑みを浮かべながら体を下ろし、俺と10センチも無い位置で顔を見合わせてくる。

しかもそのまま体を上に流して黒の下着に包まれた胸元を俺の視界いっぱいに差し出すではないか。

 

「――ッ!!」

 

駄目だ、もう我慢できねえ。

例え千冬さんが酔っ払ってこんな事してるとしても、ここまでされたら食い付かねぇ筈も無し。

後で千冬さんには土下座しよう。許してもらえなくっても構わねぇ。

いや寧ろ喜んで責任は取らせて頂きます!!

一瞬で理性が蒸発し、目の前の戦乙女の肢体を護る邪魔な布を剥ぎ取ろうと手を伸ばす。

 

ガシッ

 

「――え?」

 

「……こら……勝手に動くんじゃない」

 

しかし、俺の手は他ならぬ千冬さんの手に掴まれて阻止されてしまった。

慌てて視界を上げると、何時か魅せたサドッ気の溢れる千冬さんの笑顔が、俺を見つめているではないか。

不敵な表情の千冬さんと見つめ合っていたら、優しく、しかし力強い動きで俺の手はベットに戻されてしまう。

 

「ふっふふ……元次ぃ……♡」

 

「ち、千冬さん?」

 

何で?と問おうとする前に、千冬さんの甘い声が耳元で零れる。

熱い吐息が耳に掛かって獣欲が灯るも、千冬さんは耳元でクスクス笑っていた。

 

「言っただろう?……これは”訓練”だと……ん?」

 

「え?あ……く、訓練って……?」

 

「く、くっくく……お前がハニートラップにかかって、こんな状況になっても――”手を出さない”様に……”耐える”訓練だ♡」

 

「んな!?」

 

余りの驚愕に声が漏れるも、再び体を起こした千冬さんは俺を見て笑うだけだった。

酒気の漂う鼻腔を擽る酒の甘い匂いと、千冬さん自身から香る女の妖艶な匂い。

それらがぐちゃぐちゃに混ざった何とも言えない……興奮を誘う匂い。

女の色香をこれでもかと魅せつけながら、千冬さんはサディストな笑みを浮かべている。

 

「くくっ。勝手に手を出してくれるなよ?私はそんな簡単に体を許す女ではない。もし手を出すというなら、それは好きにするが良いさ……尤も、その時はお前への全ての信頼を失うだろうがな?」

 

「なッ!?」

 

こちらを馬鹿にする様な笑みを浮かべて、千冬さんはそんな事を言う。

つまり、千冬さんは俺を信頼してここまでしている。

しかし手を出していいなんて一言も言っていない。

だから、ここで手を出そうものなら、俺は長年敬愛し続けたこの人の信頼を永遠に失う事になる。

 

――それだけは、何があっても失う訳にはいかない。

 

それは正しく、俺を信じてくれた千冬さんの心に、決して癒えない傷を残す事になるから。

そこまで理解して慌てて理性で本能に蓋をした俺に、千冬さんは自らの体を抱く姿をとった。

俺を見下ろしながら、何かを耐える様にブルリと体を震わせる。

 

「あぁっ……可愛いやつだな、お前は……私を傷つけまいと、我慢する……だが」

 

そこで言葉を切ると、千冬さんはとても緩慢な動きで、再び体を下ろしてくる。

そしてその白魚の様な細く白い手で、俺のYシャツのボタンを一つずつ、ゆっくりと外しにかかった。

 

「ぬぁッ……」

 

「その我慢を……止めさせたくなるな……」

 

そして全てのボタンを外した千冬さんは、俺のシャツを開いて俺の裸体に指を這わせ始めた。

まるで蛇の様にゆっくりと、ゆっくりと上に登る動き。

手から伝わる少しヒヤッとした感触に背筋が震えそうだ。

やがて、千冬さんの手は俺の顔を捉え、真っ直ぐに目を合わせられてしまう。

 

「ふふふっ……そうだ……何をされても我慢しろ……私を安心させてくれ」

 

「……酷いお言葉っすね」

 

「女がここまでして願う言葉が、か?」

 

「そう言われちまうと、頑張りたくなっちまいますよ。他ならぬ千冬さんのお言葉なんすから」

 

「……くくくっ……良い子だ♡……ガキ共のハニートラップなんぞに惑わされるな……ン」

 

チュ

 

「おぉあッ!?」

 

く、首!?首筋にぃ!?今この人俺の首にキスした!?

慌てて体を起こそうと考えるも、俺の上には弛緩しきった千冬さんが乗ってる。

即ち、いきなり体を起こしたら千冬さんが怪我しちまう可能性もあるので動けない。

 

「んん……はぁふ……ちゅ……」

 

「ぬ、ぬぁああ……ッ!?」

 

と、千冬さんは首筋から顔をどかして、そのまま下がっていく。

そして俺の胸や腹筋にちゅっちゅっとリップ音を鳴らしながらキスの雨を降らせていた。

もどかしく、しかし興奮を呷る動きに手を動かして千冬さんを抱きしめたくなる。

 

だ、駄目だ……ッ!!千冬さんは俺を信じてるからこんな大胆な事をしてくれてるんだぞ!!

その信頼を裏切る訳にゃいかねぇ……ってか酔っ払ってる時に手を出すなんざ男のする事じゃねぇ!!

念じろ!!これはハニトラだこれはハニトラだこれはハニトラだこれはハニ……。

 

「かぷっ♡」

 

「はう!?」

 

胸元を甘噛みされて変な声が出るも、千冬さんは気を良くして今度は首筋の甘噛みしてくる。

それはまるで、孤高の一匹狼が気を許してじゃれついてくる様にも思えてしまう。

 

そんな事考えながら千冬さんを見ると……楽しそうに笑いながら俺を甘噛みしてくる千冬さんの頭にぴょこんと生える犬耳を想像してしまった。

ご丁寧にお尻の辺りでゆらゆらと揺れるフカフカの尻尾まで――どこまで想像力逞しいんだよ、俺ぇ……ッ!!

ヤバい、想像したらすげえ可愛い……駄目だ、我慢我慢我慢我慢……ッ!!

 

思わず所在無かった両手をギシリ、と音が鳴るくらいに握り締め、妄想を追い払う。

こんなのってねえぜ……マジで生殺しだ……ッ!!

 

「ふふふ♡……あぁ、そろそろ眠くなってきたな……まぁ、今日はこの位で勘弁してやろう」

 

「……ッ!!……ご、ご指導ありがとうございます……ッ!!」

 

楽しそうに笑う千冬さんが時計を見ながら言った言葉に、俺は本気で脱力してしまう。

あ、危なかった……もうマジに意識がブッ飛ぶ所だったぜ……ッ!!

アレから本当に色々された。

体中をちゅーちゅーされたり、耳を甘噛みされたり、足を絡められたり……。

下着に包まれた胸を俺の露出した胸や腹辺りに擦れさせて、時折「んぅ♡」とか艶かしい声を出されたり、だ。

 

恐るべし、織斑千冬のハニートラップ……ッ!!

 

だが兎に角、漸くこの地獄の時間も終わりが「あぁ、言っておくが、お前は訓練続行だぞ?」――何ですと?

 

「私はもう寝るが……お前はまだ訓練を続けるんだ……こうして、な♡」

 

むぎゅっ

 

「もふ!?」

 

め、めめ、目の前にふつくしい谷間がががががが!?

いきなり千冬さんに抱き寄せられた俺は抵抗する暇も無く、千冬さんの谷間に顔を埋めてしまう。

慌てて視線をあげれば、やはりそこには楽しそうに笑う千冬さんのお顔があった。

 

「少し抱き枕にしては硬いが……まぁ良いだろう。では寝るとしようか♡」

 

「ももも゛!?」

 

「さて、元次……私は信じているぞ?」

 

この状況でどうやって寝ろとおっしゃいますか!?

そう抗議したいんだが、千冬さんの腕はまるで万力の如き力で俺をホールドしているのだ。

オマケにそのままくーくーと可愛らしい寝息を立てて寝入ってしまう始末。終わった。

しかも千冬さんの寝る寸前の信じているというお言葉。

つまり「私が寝てる間に襲う様な事はしないな?」という訳である。

 

勿論、俺の信条としてそんな卑怯な事はしな――い、つもりだ。

 

 

 

――しかし、である。

 

 

 

「……」

 

「すぅ……んぅ……」

 

 

 

こんな艶かしい声出されて寝れるかぁああああああああああッ!?

 

 

 

世界で一番隙の無い美女の、隙だらけの姿。

こんなご馳走が目の前にあるのに手を出せない生き地獄。渡る世間は地獄ばかりだ。

しかも時折もぞもぞと動かれて刺激され、逆に目が冴えてしまう。

あぁ、千冬さん!?足をそんな所に絡ませたら――!?

 

 

 

だぁあああああ!?いっそ殺してくれチクショォオオオオオ!!

 

 

 

あぁ、性欲を持て余す。

 

 

 

 







千冬さん、覚醒(酔)

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