IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

5 / 53
何故、この番外編だけ前後編と別れたのか?


答えは単純――書いたら130キロバイト超えたんだもん♪


ちなみに作者は書いてる途中で壁ドンしまくりました。


そりゃもうオラオラの勢いで。


皆さんはどうでしょうか?


IF物語~世界感チェンジ~後編(真剣で私に恋しなさい)

あの若獅子タッグマッチトーナメントから2日明けた休日。

百代を下した事で小雪からのご褒美を頂戴する権利を得た元次は、小雪と共に外出していた。

所謂、デートである……但し。

 

「はふ~~♪空気が美味しい……かな~?」

 

「そんな疑問系で言われても困るんだが……良い景色なのは確かだな」

 

「そうだねー♪晴れてて、水が冷たくて……気持ち良いのだ♪」

 

川神の地から離れた七浜の海へ海水浴をしに、である。

若獅子タッグマッチトーナメントの優勝商品の中にあった、とある超・高級旅館の一泊二日のチケット。

それこそが、元次があの大会に参加した理由だ。

自分がやらかした一夜の責任を取る……つまりプロポーズの為に、せめて良い雰囲気の場所をセッティングしたかった。

そしてあの大会は世界の九鬼財閥がスポンサーをしていた事もあって、商品がとても豪華だった。

他の商品は必要無ければ売り払って資金にも出来るという美味い話だったからこそ、元次が飛びついた理由である。

傍から見ればそんなちっぽけな理由で、元次はあの戦いに身を投じたのだ。

苦労した甲斐もあって、旅館も近隣の治安もとても良い、正にデートにはぴったりの場所だった。

 

まぁ本来は雨雲が近づいていたのだが、元次が荒ぶって吹き飛ばしたのはご愛嬌である。

 

 

 

ちなみにその頃、とある武神は目が醒めてから舎弟に『元次が女と二人で旅行に行った』と聞かされて、阿修羅の如く荒れ狂っていた。

それはもう川神鉄心がヒィコラ言いながら納めないと川神世紀末なフューチャーまっしぐらな荒ぶり具合だ。

同じく何処かの猟犬と呼ばれる女性も正体不明のイライラに苛まれ、振り払う様にトンファーを振るって修行に明け暮れている。

 

 

 

元次も生来の耳の良さで川神から立ち昇り荒ぶる気を感知していたが、小雪との時間を割くつもりもなく直ぐに頭から追いやった。

 

「……フゥ」

 

「どーしたのー?何だか、風船が萎んで捨てられたゴムみたいな声なのだ?」

 

漸く休めると気を抜いた様に息を吐いた元次に、隣で仰向けに寝転んでいた小雪がうつ伏せに転がり、肘を突いて顔を起こしながら問い掛ける。

大会で優勝し、百代を倒した事でこれから自分にも挑戦者が来るのかと思うと、元次は少し気だるさを感じていた。

だが、元次の作り出した音壁のボートで海の上をプカプカ浮かぶのに御満悦そうな小雪の笑顔を見て、元次は戦った甲斐があったなと笑う。

そして、自分の横で寝転がる、浜辺のビーナスを独り占めしている今という時間を噛み締める。

子供の様な無邪気な心を持ちながらも、グラビアアイドルなど霞んでしまう程にグラマラスな肉体は染み一つ無い。

それでいてアルビノ体質故に白い肌は陶磁器の様に美しいと、元次は小雪にドキドキしっぱなしだった。

彼女の希望でサウンドアーマーに日焼け防止の効果を施してあるので、雪の様に染み一つ無い美しい肌が焼ける心配は無い。

 

「ゴムの声って何だよ?、っていうかリアルだと悲し過ぎる例えだな……まぁ、嵐が過ぎてホッと気が抜けただけだ。気にする事はねぇよ」

 

「ふーん?……分かった。元次が気にしないなら良いや♪よいっしょ♪」

 

「ぬぉ!?こ、こここ、小雪!?そんな密着されたら俺の心臓がふ、吹き飛んじまうんですが!?」

 

「んふふー♪でも、折角のデートなんだよー?もっと僕にドキドキして欲しいからぁ……すりすりしちゃおっと♪」

 

「は、ぶらがががが……ッ!?」

 

「うーん……元次の躰、傷だらけだね……でも、男らしくてカッコイイのだ♪」

 

「かっふぁ!?(アカン!!このままだとマジで意識飛ぶ!?)」

 

水上体育祭の時の様なスクール水着では無く、黒いビキニを着た豊満な肢体で惜しげも無く抱き付いてくる小雪に、元次は慌てふためく。

幾ら規格外な戦闘能力を有していても、心はまだ思春期の男の子。

ましてや抱き付いてくる相手が子供の頃から意識していた少女ともなれば、元次が赤面してしまうのも無理は無い。

先ほどまで泳いでいたので水気を帯びて肌に吸い付く美しい白髪も、身体を擽る様に柔らかな感触であった。

片手を首に手を回して目を閉じ、嬉しそうに鼻歌を歌いながら体中の傷に指を優しく這わせて、小雪は元次の体を愛撫する。

何時もの様に無邪気な笑顔でそうしているなら、元次もじゃれてるだけだと少しは平静を保てたかもしれない。

しかし、小雪もドキドキしているのが、彼女の薄く桜色に染まった頬と、耳に届く何時もより速い鼓動の所為でどうしても意識してしまう。

小雪も小雪で、元次とのデートを思いっ切り満喫していた。

前日は本当に楽しみで、中々寝付けなかった程である。

子供の頃から夢想し、憧れていたデートをしているのだから無理も無い。

事実、今まで出かける時は一緒に居た冬馬と準の二人は、この旅行には付き添ってない。

小雪の為を思って好きな男と二人だけにさせてやろうという配慮と――。

 

『いいですかユキ?泊まりがけのデートに誘われたという事は、間違い無く元次君はユキに告白するつもりです。どうやら彼はまだあの夜にユキを抱いていないという事に気付いて無い様子。ここは畳み掛ける時ですよ』

 

『おー!!合点承知なのだ!!』

 

『……なぁ若、ユキ。俺さ?その作戦初めて知ったんだけど?え、何?そんな作戦を進行しつつ元次とユキの外堀固めてたの?何なのそのモノ捕り作戦?ロープで巻き巻き作戦?それともアロンアルファでガッチガチ作戦?』

 

『もー、違うよーだこのハゲー。ボンドじゃなくて鎖で雁字搦めにして溶接作戦だよー。元次はすっごく義理堅いから、僕と一線を越えたら責任を取ろうとする。そしたら今度は僕が元次を貰うの♪権利書獲得なのだー♪』

 

『黒ぉ!?ヤクザの裏仕事ばりに黒ぉ!?学園じゃ天然で通ってるけどそんな事ぁ無かったね!?ユキちゃんってば見た目純白なのに中身真っ黒だよ!?ダークサイドに堕ちちゃってるよぉ!?そして何気に俺への罵倒が混じってるぅううう!?』

 

『ウェーイ♪暗黒面の力を思い知るのだ♪』

 

『おいぃぃいいい!?元次逃げて超逃げて高飛びレベルで逃げて!?人生の墓場に突っ込まれちまうよー!?』

 

この旅行で確実に檻に捕獲してしまおうという畳み掛けの為に、邪魔にならない様にするためでもある。

準だけは元次に手を合わせながら送り出すという具合で、元次は最後までそんな準の態度に首を傾げていた。

そういった事情もあって、小雪は真っ昼間から元次に猛アタックを仕掛けているのだ。

この旅行で必ず元次を落とすつもりの小雪は攻撃を止めず、片手で元次の乳首周りを人差し指でユルユルとのの字を書く。

何とももどかしくくすぐったい指遣いと、色香によって人をたぶらかす蠱惑的な笑みを浮かべる小雪。

本能が捕食されると危険を訴え、元次の脳内に赤信号が点滅する。

 

「元次が嫌なら止めるけどー……い・や?」

 

「い、嫌じゃ……ねぇ……そりゃ、嬉しいけどよ……」

 

「じゃあ、僕まだこうしてよーっと。きーまり♪」

 

「……(畜生!!可愛い過ぎる!!マジで年上かよ!?)」

 

そうして、元次は小雪にされるがまま、音壁の上に寝転んで波間を漂い続ける。

鼻歌を歌いながら指で色々な文字を書いたり息を吹きかけたりしてくる小雪の笑顔の前に何度と無く本能が暴れそうになったが、それを耐え忍んだ。

 

「ふんふーん♪……あっ、いっけなーい」

 

正に鋼の理性を持って我慢に我慢を重ねていた元次は、唐突に聞こえた小雪の声で意識を現世に戻す。

目を瞑って煩悩退散色即是空と唱えていた元次が目を開けて胸元の小雪を見ると、小雪は少し困った様に指を下唇に当てて唸っていた。

自分の胸元に当たる二つの超柔らかくデカイ果物の感触を思考から切り離して、元次は頑張って笑顔を作る。

 

「ど、どうした?何かあったのか?」

 

「んっとねー……流されちゃったみたいなの」

 

「え?ちゃんと音壁は遠くに出過ぎない様に固定してるが……」

 

余りにも聞き流せない内容に、元次は落ち着きを取り戻して周囲を見渡す。

しかし景色は変わらず、陸から見えない上に離れすぎない絶好のポイントに居るではないか。

小雪がしなだれかかってるので躰を起こさずにそう答えた元次だが……。

 

「んー……そっちじゃなくてねー……よいしょっと」

 

「そっちじゃない?じゃあなに……が?……は?」

 

「……僕のー……み・ず・ぎ♡」

 

元次の言葉に答えながら身を起こした小雪を見て、固まってしまった。

先ほどまで元次に抱き着いていた小雪は太陽をバックに微笑みを浮かべながら、『指で胸元を隠していた』

その小さな指先で、隠すには無理がある豊満な胸元の大事な所を申し訳程度に隠す――。

 

 

所謂、『指ブラ』である。

 

 

さすがにこれは恥ずかしいのか、頬を赤くして照れながら舌をチロリと出している仕草が何とも男心を擽る。

経験豊富な男ですらドキッとするであろう小雪の仕草に元次は言葉が出せなかった。

指で隠せているのは僅かに胸の大事なボタンスイッチのみであって、その豊かに実った果実は包みが無い。

女の子らしく足を開いて座り、細くはあるが痩せ過ぎでは無い健康的な美しいくびれを惜しげも無く披露しながら妖艶な笑みを浮かべる小雪。

さくらんぼな青少年には刺激的過ぎる光景である。

 

「もう何処に行っちゃったか分かんないし、旅館に一回戻って水着を買いたいんだけど~……元次はこっちの方が良~い?」

 

「さぁ直ぐに旅館に戻ろうか!?新しい水着買いに!!速攻でぇ!!!」

 

上目遣いで妖艶に微笑む小雪から視線を体ごとズラして、元次は音壁を砂浜まで戻そうとする。

心中では、このままこうしてたら絶対に切れる。自分の中の決定的な何かが切れると戦慄していたが。

 

「あっ。でも~……このまま戻ったら僕、他の男の人に見られちゃうかも……」

 

《おぉいネズミ共ぉ!!死にたくなかったら、今直ぐこっから失せやがれッ!!死にてぇんなら……別だがなぁ!!?》

 

「「「「「「ひぃいいいいいいいいい!!?」」」」」

 

小雪のポツリと呟いた一言を拾った元次は迷う事無く、砂浜に居る男達に向かって『音弾』という技を飛ばした。

本来は威嚇では無く遠くに離れた人間に声を飛ばすだけの技だが、小雪のあられもない姿を見られたく無いが故に、気絶しない程度の気迫が篭っていた。

相手を威嚇する『吠え弾』を使わなかっただけ、まだ良心的な措置だったと言えるだろう。

そんな事をしたら砂浜が失禁の跡だらけで遊べたものでは無くなってしまう所だ。

砂浜や旅館付近から男達を追っ払った元次は笑顔で小雪に声を掛けようとするが、それより先に小雪が行動を取った。

 

「えい♪」

 

ぷにゅん♪

 

「くうが!?」

 

背中に触れる極上の柔らかさと、その柔らかい物が潰れて形を変えつつ、それでいて崩れないという生々しい感触。

そして少し硬さを持った小さいボタンの刺激が剥き出しの背中を伝わり、元次は素っ頓狂な声をあげる。

その際に衝撃波が漏れて近隣の魚が逃げたのだが、今の元次には気にする余裕も無い。

なぜなら、水着の無い生肌の小雪が笑顔で遠慮など一切無く、元次の背中に抱きついたのだから。

 

「こうすれば、誰にも見られないのだ♪」

 

「が、ががががが……ッ!?」

 

「んー??ガオガイガー?」

 

処理落ちである。

 

「んぅ……元次の背中、暖かーい♪……このまま旅館まで、れっつごー♪」

 

「ご、が、ぎっ、ぼざびべ……ッ!?――ジェジェジェ、ジェットボォイスゥウウウウウウウウウウウウウッ!!?」

 

「え?なになに!?……おー!?飛んでる!?飛んでるよ僕!!わー!!風が気持ち良いー!!(ギュウ)」

 

「ぬおっはぁあああ!!?」

 

遠慮無く抱きつく小雪と、自分と小雪の間でムニュムニュと形を変える男の夢の塊。

等々理性が砕け散りそうになったその時、元次の最後の紳士な想いが小雪を素早く安全に旅館に運ぶ為に、技を使用した。

音の噴射を利用して、自分や他の人間を高速で飛ぶように移動を可能にするジェットボイスだ。

元次はそのジェットボイスの音の中に自分と小雪を包み込んで、旅館の部屋までひとっ飛びしていく。

その際に喜んだ小雪が一層強くしがみついてきたので、再びバグりそうになったが、ギリギリで小雪を風呂場に入れてサッと部屋に戻る事に成功。

 

「はっ、はっ……ッ!!……ぶ、武神先輩なんかよりよっぽどヤベェだろ……ッ!?」

 

風呂場の扉に凭れ掛かりながらズルズルと滑って床に腰を落とす元次は、百代との戦いで見せなかった程に憔悴していた。

一方で、理性で耐え切られた小雪は風呂場で不満そうに頬を膨らませていたが、直ぐに笑顔を浮かべて鼻歌を歌う。

ちなみにブラの紐が”偶々”外れやすいぐらい弱かったのは余談である。

 

『ふっふふーん♪(魅力無いって思われてる訳じゃ無いし……寧ろ僕の為に我慢してくれたって思ったら、嬉しくなっちゃうや♪)……ねー元次。やっぱり着替えてテレビ見ようよー♪』

 

「あ……あ、あぁ!!じゃあ、風呂から出たら教えてくれ。こ、小雪が着替えて出るまで、外に居るからよ」

 

『うん。分かったー』

 

小雪の提案にこれ幸いと乗っかり、元次は部屋を後にして外へ出る。

もしもまた海水浴にでも出たら、次こそは耐え切れずに野獣と化してしまう。

前科があるだけに、元次は自分の思いを小雪に伝えて尚且つその思いが成就するまで、絶対に手を出さないと心に誓うのであった。

だが何にしても、今日必ず、寝るまでには小雪に想いを伝えるという覚悟は決めていた。

 

 

 

――しかし、元次の計画はテレビを見た時点で水泡に帰してしまう。

 

 

 

九鬼財閥の従者部隊、序列2位『だった』1人の老婆――『星の図書館』と呼ばれるミス・マープルの造反によって。

 

 

 

約束通り服を着た小雪と共に宛てがわれた部屋でテレビを見ていた二人だが、突如として番組が電波ジャックを受けたのだ。

そして現れたのは喪服の様に黒いドレスを着たミス・マープル。

彼女の現代の若者に対する愚痴から始まり、今川神で自分が起こしている計画が語られた。

それこそが、東西交流戦の後、九鬼財閥が大々的に発表した武士道プランの事であると。

 

「武士道プランって、現代に甦った英雄達と切磋琢磨し、お互いを高め合うって名目だったよな?」

 

「うん。僕のクラスに居る与一と弁慶と義経」

 

「それと三年に居る葉桜って先輩を含めた四人が、今居る偉人のクローン……」

 

『彼女達は結果、優秀な子に成長した。この調子で英雄達のクローンを沢山作り、今の日本を導いてもらう。これが真の武士道プランだよ。計画は進行中なのさ』

 

今の頼りない若者では無く、クローン技術で甦らせた過去の偉人達に日本の改革と先導を取ってもらうという計画。

要は日本の要職を全て嘗て偉業を成したクローン達に挿げ替えるという事だ。

それはつまり、優れたクローンによる人類統治を行い、普通の人間を一度政治や経済から外すという無茶な計画だった。

嘗て無い程の大々的な計画を発表するミス・マープルは、更に衝撃の事実を口にする。

 

『そして、クローン達を束ねる王はもう決まっている……』

 

『葉桜清楚ですっ、あの、その皆さん。実は私……そのっ』

 

何と、全てのクローンの王となるというのは、あの心優しい文学少女の葉桜清楚だという。

これには元次と小雪も目を丸くして驚いた。

彼女が転校してきた日の自己紹介を聞いた時の事は元次も良く覚えている。

あの不良執事のヒュームに初めて喧嘩を売られた日でもあるからだ。

その時の彼女は正に虫も殺せなさそうな儚い少女という印象が強かった。

本人も誰のクローンか知らされていないという不安を持っていたが、それでも王に立つ者には見えない。

戦闘力で言うなら、あの若獅子タッグマッチトーナメントで意外な筋力を見せつけたが、それ以外は特に変わった様子は無かった。

 

『……項羽だったのだ』

 

ところが、彼女が手を顔に当てた瞬間、まるで人が変わった様に表情が一変してしまう。

儚い笑みなど消え失せ、他者に対してとても高圧的な笑みを浮かべる清楚の変貌に、元次は目を細める。

そして気にかかったのは、先ほど彼女が呟いた、恐らく彼女のオリジナルとなる人名。

 

「項羽って確か……」

 

「中国史上、最強の武人さんだよ。凄く有名な呂布よりも強いって話だったかなー」

 

「……とんでもねぇやんちゃなのが、葉桜先輩の正体だったって訳だ」

 

普段天然が入っていても、小雪は成績優秀者の上位50人しか入れないS組に席を置いている。

だからこそ、勉学レベルも普通の生徒より遥かに上なのだ。

 

『じゃあ項羽。あの工場は廃棄予定だから――あんたの力で更地に変えてくれるかい』

 

そして、ミス・マープルのそんな常識外れの頼み事を項羽は快く引き受け、工場を素手で解体し始めた。

テレビの向こうで人間の手による工場解体ショーが流れていく。

重機なんかよりも素早くパワフルに解体されていく様は、正に圧倒的な武力の持ち主だと言う事を明確に示していた。

そして、更地に変えた地面の下から日本風の大きな……それこそ古い城がせり上がってきたのだ。

天守閣に悠々とそびえる金の鯱が、戦国時代の大名の城を思わせる。

そして始まる項羽の未来についての演説。

それは、力のある者だけが上を目指せて、結果の出せない者には苛烈な処置を施すという、実力のみを重視した統治。

政治とすら呼べる代物では無く、聞き様によっては喧嘩を売ってる様にしか聞こえない。

そして話はミス・マープルが再び引き継ぎ、既に川神院に襲撃を掛けて川神鉄心を倒し、九鬼の重鎮である揚羽と英雄は捉えた事を伝えてきた。

 

『さて、これらを踏まえた上で、川神市の連中に……若者に勧告する!!川神は人材の宝庫な街だと聞いてるからねぇ。歯向かったって先は見えてるんだ。月曜日までに出頭してきな。一緒に偉人を支えようじゃないか』

 

「……要は戦っても無駄だから、怪我する前に降伏して偉人の下につけって事か……一方的に上からもの言いやがって……完全にチョーシにのってやがるな」

 

余りにも一方的な物言いに元次は血管がピクつくのを抑えられなかった。

冗談じゃない、誰があんな暴君に従うというのだ。

何より、川神には自分と同じ意見の、それこそマープルの言う生きの良い荒くれ者共がわんさとひしめいている。

その人達を筆頭として、こんな無茶な計画はブッ潰される事になるだろうと元次は高を括っていた。

 

 

 

――しかし、次のマープルの台詞で、元次の冷静な部分は粉々に吹き飛ぶ事になる。

 

 

 

『ちなみにこの川神城には、お客さんがいっぱいさ』

 

その一言を皮切りに、とあるマープルの居る部屋の中にカメラが向けられる。

……そこには、川神市や学園から集められた、所謂『人質』が項垂れて座っていたのだ。

金柳街の本屋の店長や、学園の小島先生に宇佐美先生、風間ファミリーの1人である師岡。

 

そして――。

 

『ユキ、そして元次君。私達は無事ですから安心して下さい。ちゃんと旅行を楽しまなくちゃ駄目ですよ?』

 

「なッ!?」

 

「あぁ!?トーマァッ!?」

 

丁重に捉えられたであろう冬馬の姿に、小雪は驚きと悲しみの入り混じった悲鳴を漏らす。

画面の向こうで微笑む冬馬は外傷は全く見られないが、この巫山戯た祭りの人質として利用されていた。

自らの、ひいては小雪の大恩人を人質に取られたとあっては、元次も冷静な部分が消え、熱い炎が心を支配する。

 

『少しミスっちまったか……ユキ、元次。俺達は何とか無事だ。だからここには来るなよ?これは罠だ』

 

「準!?」

 

「ッ!?……ふざけやがってぇ……ッ!!」

 

そして、次に映しだされた準も比較的健康そうに見えたが……右の頬が少し腫れてるのを、二人は見逃さなかった。

恐らく冬馬を守る為に戦って従者部隊にやられたのであろう。

 

 

 

――そして、それが引き金となり――。

 

 

 

「……どうして?……どうして皆……僕の大切な人に酷い事するの?……やめてよぉ……ぐすっ」

 

 

 

 

 

ブチッッッツツツツ!!!!!!

 

 

 

 

 

小雪の瞳から一筋の涙が零れ落ちた事で――ミス・マープルは、『最恐』を敵に回した。

 

 

 

画面の向こうでは回線が繋がれたのか百代達の声も混じり始めたが、そんな事はどうでも良かった。

兵力としてマープル達に着いてる実力集団の梁山泊や、使命の為に苦渋の判断でマープル側に着いた義経達。

更には己の野望のみで加担する西方十勇士などの存在も、元次にとってはどうでも良い。

 

 

 

只――奴等は己の大切な人を泣かせた。恩人に手を出した。

 

 

 

自分の大事な女に、カス共は涙を流させた――昔を思い出させて――心を傷付けた。

 

 

 

ならば己はどうする?そんな事は決まっている。

 

 

 

チョーシにのってる奴は――殺す。

 

 

 

それだけで有罪、死刑に値する。ここまで舐め腐るなら、自分が遠慮する必要は微塵も無い。

元次は怒りの余り、泣きながら胸に顔を埋めてくる小雪を締め付け無い様になけなしの理性で注意しながら――。

 

『んはっ!!好きな展開に(ドォン!!)ぐあ!?』

 

『『『『『ッ!?』』』』』

 

大切な女を泣かせた連中に、宣戦布告を下す。

突如、画面の向こうに映る覇王項羽が見えない何かに吹き飛ばされる様に部屋の天井へと吹き飛ばされる。

それに目を白黒させる一同だが、それで事態は終わらない。

 

『な、何だ――』

 

《テメェエエエエッ!!!!!良い度胸してるじゃねぇか!!!!!おぉ、天狗野郎!!!!?》

 

『ッ!?ぐっ、が、ぁ……ッ!?』

 

驚く項羽の目の前に、身の丈を遥かに超えた巨大な『元次の虚像』が現れ、項羽を手で握り絞めてしまう。

そのまま握り潰さんばかりの圧力で項羽を締めながら、元次の虚像は瞳を消した白目で壮絶な笑みを浮かべ項羽を睨む。

威嚇だけでは無く、歯向かおうとする生物そのものに重圧を掛ける荒業、『吼え弾』が創り出した、実体を持つ虚像だ。

鬼もかくやといった笑みを浮かべて項羽を握り潰さんばかりの締め付けに、さすがの項羽も顔に血管を浮き上がらせながら抗おうとするが、それでも拘束は外れない。

 

『お、おぉおぉぐぅ……ッ!?』

 

《ァァァァァアアアア……ッ!!!!!》

 

『な、鍋島君!?』

 

『……最悪だ。よりにもよって彼が来るのかい?』

 

『姉御はこいつに負けたんだったな……黙示録なんか目じゃねえ天災のお出ましかよ』

 

『ちょ!?こいつ5000Rの鍋島って奴じゃん!?何だこの化物染みた技!?』

 

『ッ!!!』

 

 

場が騒然とする中、梁山泊の一人らしき黒髪の女が手に持った武器を一閃して、吼え弾を斬り付ける。

それにより吼え弾の虚像が揺らめき、項羽の拘束が緩んだ。

 

『ッ!!この……無礼者がぁああッ!!!』

 

その緩みの一瞬を突いて、項羽は吼え弾の虚像を部屋の壁ごと消し飛ばす。

轟音と共に部屋に外の風が吹き込む中、義経達も周囲に警戒を向ける。

その中で項羽は荒い息を吐きながら汗を拭う仕草を取り、マープル達を驚かせた。

 

『ハァ、ハァ……ッ!!』

 

『ッ!?(あの項羽がたった一回の技で息を乱すとは……ッ!?あの鍋島とかいうBOY。戦闘力は壁超えの中でも一際とんでもないみたいだね……さすが武神を下しただけはある、か……)』

 

『与一!!』

 

『分かってるさ姉御。ちゃんと今探ってる。……ッ!?』

 

弁慶が杓丈を構え、義経が刀を抜く中で、天下五弓と評される程の弓の名手、那須与一が辺りを探る。

飛距離と威力が抜きん出た与一が真剣な表情で弓を構えて辺りを見回すが、与一は直ぐに驚愕に顔を染め、弓を降ろす。

 

『馬鹿な……ッ!?ここから1キロ先にも、2キロ先にも居ねぇ……あれだけの技を放ったってのにこの近く、いや!!……川神市にゃ居ねぇぞ……ッ!?』

 

与一の半ば呆然とした言葉に、周囲の人間も声を失う。

彼はは環境の所為で重度の中二病を患っているが、それを差し引いても弓の腕は天下に轟く程の豪傑である。

その与一の目にも写らず、コレほど大規模な攻撃をしてくるなどと、あの大会を見た者達でもさすがに想像出来なかったのだ。

しかしその空気の中で、九鬼従者部隊の序列第42位の桐山鯉が冷静に情報を述べる。

 

『彼は大会の優勝商品で、七浜にある九鬼系列の旅館に泊まっている事は確認済みです……つまり』

 

『今の技は、七浜から放ったってのかい?』

 

『はい。しかも人里から離れ海に面した旅館からという情報も付け加えられますがね……何れにせよ、川神からは相当離れているかと』

 

『その距離でテレビを見てからココに技を放つ。無茶苦茶にも程があるBOYだね』

 

マープルの呆れを含んだ言葉に、誰もが心の中で同意する。

幾らテレビで放送してるとはいえ、七浜から川神市までの距離をモノともしない技をもっているとは誰も思わなかった。

唯一例外で言えば百代や鉄心、ヒュームクラスの壁を超えた者の中でも上位の人間くらいである。

そうして場の人間が言葉を失う中、息を整えた項羽が怒髪天もかくやといった表情で怒鳴り散らす。

 

『おのれ……ッ!!王たる俺に手をあげたばかりか、姿も見せんとは……ッ!!姿を現せ!!王の言葉を遮った罪は重い!!この俺が地獄に送ってやるぞ!!』

 

《勝手な事抜かしてんじゃあねぇ!!地獄に行くのはテメェだこのタコ!!!》

 

そして、己の琴線に触れた項羽の物言いに対し、元次も音弾を使って怒鳴り返す。

急に聞こえた声に驚く者もいれば、項羽は変わらず憎々しげな表情でその声に叫び返した。

 

『鍋島ぁ……貴様も王に歯向かうというのだな!?』

 

《黙れや!!テメェ等の所為で、俺の大事な女が泣いちまったじゃねぇかぁ!?この落とし前どう付けるつもりだゴラ!!テメェ等全員の命程度じゃ一ミリも釣り合わねえぞぉ!!》

 

『ッ!?……女が泣いた、だと?……たったそれだけの理由で俺に牙を向くか!!無礼にも程がある!!』

 

《テメェの事なんぞ知った事か糞ボケ!!それにそこのババアもテメェが若者に絶望したからって、勝手に俺達全員を同列に数えるだぁ!?随分とチョーシこいてんじゃねぇか!?》

 

『く、糞……ッ!?』

 

『やれやれ。口も随分と達者な様だ……』

 

今正に王として日本に喧嘩を吹っ掛けた少女をテレビとはいえ公衆の面前で口汚く罵る元次の声に、項羽は怒りで顔を真っ赤にする。

そして自分の計画を貶されたマープルも、溜息を吐きながら元次の言動に呆れ返っている。

この放送を見ていた川神の若者達……川神院に居る風間ファミリーを中心としたメンバーは元次の破天荒さに呆然としていた。

百代も最初は笑っていたのだが、元次の大切な女が~という下りで機嫌は急降下して闘気が跳ね上がり、今は燕や一子に宥められているのだが。

 

《テメェの勝手な考えと都合で俺の恩人を巻き込むわ、女は泣かせるわ……挙句に……俺の……ッ!!俺の一世一代の勝負に水差しやがってぇええええ!!今からそっちに行って、一人残らずグチャグチャに捻り潰してやるからよぉ!!今生に別れを済ませとくんだなぁ!?》

 

『っ……どうやら、我々の放送したタイミング。そしてあの場では仕方無かったとはいえ、彼の友人達を誘拐したのが不味かった様ですね。彼が私達に牙を剥かない様、最高級の宿をセッティングしたのですが……』

 

『嘆かわしいねぇ。たった一度の失敗で当り散らすだなんて、女々しいったらありゃしないよ……まぁ良い。歯向かうってんならしょうがない。相手してやろうじゃないか』

 

『当たり前だ!!あいつだけは俺の手で必ず仕留める!!川神の若者達の事はその後だ!!』

 

元次の声が聞こえなくなると、項羽は肩をいからせながら部屋を後にし、それに続いて他の十勇士や梁山泊の面々も持ち場に向かった。

義経だけは人質の皆に複雑そうな、申し訳無さそうな視線を向けてから退出し、やる気の無さそうな弁慶と不機嫌な与一もそれに続く。

従者の桐山だけがその場に残るが、彼も人質達に「替えの部屋を用意しますので、暫しお待ち下さい」と言い残し、部下を見張りに置いて立ち去った。

後に残された人質達は、今の遣り取りを見て口をあんぐりと開けていたが、直ぐに平常を取り戻す。

一頻り怒りをぶつけて少しは落ち着きを取り戻した元次は、人質全員に音弾を飛ばす。

 

《皆さん。俺はこれからそっちに戻って、奴等を一匹残らず無残にブッ殺しますんで少し待ってて下さい。他の放送を聞いた人達も動くと思いますし》

 

『不穏な台詞が思いっ切り混ざっちゃってるけど、おじさん聞かない事にした方が良いのかな?』

 

宇佐美との会話が終わった時点でテレビの放送は打ち切られ、カメラを持った従者が部屋を後にする。

もう元次と小雪には、冬馬達の声も届かなくなってしまったが、元次は最後の音弾を飛ばした。

 

《それと……冬馬さん、準さん。聞こえていたら聞いて下さい。もう俺達にはそっちの様子が分かりませんから》

 

『ん?どうしたぁ?』

 

『なんですか?』

 

部屋の隅で座り込んでいた二人は元次の声に耳を傾けて、言葉を返す。

 

《小雪からです……絶対に助けるから、待っててと……小雪も行くって言って聞かないので……その代わり、必ず小雪は守ります……それじゃ》

 

元次はそこで、川神城に向けていた意識を戻す。

既に小雪も服を着替えて出る準備は万端だったので、元次も着ていた浴衣を脱いで自前の服に着替え始めた。

オレンジ色の袖なしでピッチリとしたシャツを着て、動き易いワークパンツを履き、元次は小雪と合流する。

必ず、自分の居ない間も小雪の心を守ってくれた恩人を助ける為に……元次は己が闘志を煮え滾らせた。

最速で現場に向かう為に元次は、ジェットボイスで空を飛んで川神へと音速で飛行していく。

しかし、道中で川神院の上を通った時に、見知った顔を発見して一度川神院に降り立った。

元次が空を飛んで現れた事に一同は驚くも、その中のブレイン的な役割を持つ大和が直ぐに復活した。

 

「や、やぁ。元次君。会えて良かったよ」

 

「直江先輩……川神先輩が居ねえみたいですが?」

 

周囲の人物を見渡して、川神院の最大戦力である百代の姿が見えない事を疑問に思い、元次は大和に問いかける。

大和はその問いに対して真剣な表情を浮かべると、事情を説明した。

百代はあのヒューム・ヘルシングを抑えるためにヒュームと共にこの川神から離れたと。

その御蔭で、マープル陣営の項羽に匹敵するジョーカーを抑える事には成功しているらしい。

 

「でも、向こうにはまだ項羽を筆頭にヤバイ連中がゴロゴロ居るんだ……まだ状況は芳しくない」

 

「九鬼従者部隊、序列2位のマープルは戦闘力はそこまで高く無いが……護衛に居るであろう3位のクラウディオは、かなりの実力者だ」

 

「……紋白」

 

大和の説明の途中で割って入ってきた同級生の九鬼紋白に、元次は複雑そうな目を向けた。

何せ九鬼の身内から……信頼していた従者から裏切り者が出てしまったのだ。

その裏切られた主人である紋白の心中は計り知れないであろう。

 

「身内の者が、お前に迷惑を掛けてしまった……九鬼の人間として、心から詫び――」

 

「必要ねえ」

 

赤子と大人、と表現するくらいに身長差がある故に、紋白は元次を見上げて謝罪を口にしようとした。

しかし、元次はそれをバッサリと切り落としてしまう。

やはり、許してもらえないのだろうか、と紋白は下げようとしていた頭を起こしつつ、悔しそうな表情を浮かべる。

紋白の謝罪を無碍に断った元次に向けて、従者部隊の面々が剣呑な視線を向けるが、元次はその一切を意に介さない。

元次の浮かべていた表情は怒りでも無関心でも無く……ニカッとした晴々しい笑顔であった。

 

「九鬼の身内の不祥事だか何だか知らねえが、俺はお前に頭下げて謝られる覚えなんざこれっぽっちも無え」

 

「え?……」

 

「俺がブチキレてんのはなぁ?あっちで好き勝手絶頂カマそうとしてるボケ共にだ。おめぇが謝る必要は無えよ」

 

「し、しかし、我はあやつらを束ねる九鬼一族の者として、迷惑を掛けたお前に謝罪せねば……」

 

「ンな立場なんざ知るか。俺がダチになったのは、九鬼財閥の娘の紋白じゃねぇ。紋白って只の同学年の奴だ。ダチに立場がどうだとか小難しい事言ってんじゃねえ」

 

何とも自己中心的な暴論。それを元次は臆す事無く言い切ったのだ。

余りにも自分勝手で、相手の立場を考えない言葉だが……それは、人の顔色を窺う必要が無い程に真っ直ぐな言葉だった。

言葉の裏を考える必要が無い程に、清々しくありのままで受け止められる言葉。

あぁ、そうだったなと、紋白は思い出していた。

自分は、元次の人の顔色を伺わない所を見て、学友になりたいと思ったのだと。

悪く言えば社会不適合者かも知れないが、アウトローとしての一本気を通している。

相手がどんな立場でも、自分が思った通りの言葉をぶつける元次の変わりなさに、紋白は笑ってしまった。

 

「そうか……なら、学友として頼もう……身内のバカ騒ぎを収めたいんだ……私に力を貸してくれ」

 

「当然だ。アイツ等に聞かせてやろうぜ……骨太のロックンロールってやつをよぉ」

 

武力では絶対に叶わない元次に対して、真っ直ぐに自分の思いをブチまけた紋白の言葉。

元次はそのへりくだらない姿勢、そして九鬼の者が放つオーラを気に入った。

故に、学校の時の様な肩肘の張ってない笑顔を見せた紋白の頼みに一もニも無く頷く。

川神若者連合に、猛獣の暴力が味方についた瞬間だった。

コレ以上無い強力な戦力が味方に付いた事に、大和達は大きく安堵の息を吐く。

 

「良かったよ。テレビの声を聞いて思ってたんだけど、かなりお冠みたいだったからさ。今は冷静なんだね?」

 

あくまで確認を篭めた、大和なりに場を和ませようとした言葉だったのだが。

それは間違いだったと再確認する事になった。

何処まで行っても、元次は鎖に繋がれていない猛獣なのだと。

 

「冷静?んな訳ねえじゃねえっすか?今もあいつらをどんな風にこの世に生まれた事を後悔させてやろうかってずっと考えてますぜ?」

 

「oh……」

 

「それより直江先輩、何時カチ込むんスか?俺ぁもうあいつらの、チョーシこいてる奴の断末魔が聞きたくてウズウズしてんスよ。動く用意なら出来てんスけど?」

 

「い、いや待って?まだ敵の戦力も把握出来てないから、さ?ほ、ほら、九鬼財閥の裏切った従者部隊の面子とかも調べないと駄目だよね?全員が裏切った訳じゃ無いんだからさ。後断末魔って殺しちゃぁマズイと思うよ?」

 

拳の骨を鳴らしながら獰猛に笑う元次に、大和は怯えながらも待ったを掛ける。

ここで元次に意見出来る唯一の人物である小雪も、早く冬馬と準を助けたいという思いがあるので、元次を止める事をしない。

それどころか準備運動をして行く気マンマンであった。

ここで大和は、こういった先走りしやすい人間を諌められる人物を小雪以外で探す。

しかし皆に一斉に目を逸らされてしまった。

クリスや一子、そして由紀江といった頼りになる武士娘達ですら、ニヤァと笑う元次が怖くて目を逸らす有り様だ。

この場で唯一の壁超えである燕は、既に視界の範囲から姿を消していた。

正に孤立無援となった大和は風間ファミリーの軍師の名に恥じない様にその頭脳をフル回転させて、何とか元次を諌めようと口を開く。

 

「さ、さすがにこの状況で味方の従者部隊の人達を攻撃しちゃマズイでしょ?ま、まずは情報を纏めて、それで戦うメンバーを選出しないと……」

 

「アァん?んーなまどろっこしィ事しなくてもよぉ、メイドと執事片っ端からハントした方が速くね?一匹づつ嬲り殺しにしていこうぜ(ゴキッゴキッ)」

 

「いやーんワイルドなお方」

 

人権なんて遥か彼方へブレーンバスターされたとんでもない作戦を、元次は首の骨を鳴らしながら提唱。

もう誰か助けてーと思いながら、大和はタパーと涙を流す。

 

「え、あたし等メイドなんだけど?ロックどころかクレイジー通り越してマッド過ぎるぜ……つうか、調べた感じじゃ裏切ったの50人程度しかいねーから。1000人中50人な?」

 

「う、うむ。さすがに我も50人の為に1000人全員を生贄にしたくは無いんだが……」

 

「1000人も50人も変わらねえよ。間違えて血祭りにあげても後で『わりぃ』って謝っときゃ、例え病院のベットの上で包帯ギプスまみれでも許してくれんだろ?九鬼の従者は心が広いって聞いた様な聞かなかった様な気がしないでもねえし」

 

「そんな訳あるかー!?それなんてとばっちりじゃ!?っというか一番重要なトコがうろ覚えではないか!?さすがの此方も可哀想に思うぞ!?」

 

コイツ、味方に入れたの間違いじゃね?と大和が思う中、不死川心の渾身のツッコミが炸裂するのであった。

結局の所、紋白の大反対と大和にマシュマロで懐柔された小雪の執り成しもあって、元次はその日に特攻するのを諦めた。

そして着実な調べの元、彼等連合軍は四つの防衛ポイントを割り出し、その各地に守勢を配置。

更に攻撃隊に人質の奪還と首謀者マープルの捕縛というミッションの枠を作って、万全の体勢で挑むのであった。

 

 

 

ここに、若者連合軍 VS クローン連合による川神防衛戦――クローン戦争が幕を開けたのである。

 

 

 

――そして、決戦の朝。

 

 

 

「……良し、ここまでは何とか順調だな」

 

敵の城近くまで来たのに敵に出くわさない事を幸運に感じながら、大和はボソリと呟く。

堂々真正面から川神城へと向かう元次と小雪、そして大和、京、風間翔一や九鬼従者部隊のあずみとステイシー。

更には紋白の依頼を受けた燕に不死川心と、戦闘力では下位クラスでしかない紋白の姿もあった。

この連合軍の総大将として、若者の力を信じられないマープルとサシで対話する事を望み、紋白はここに居る。

その目立つ一団は目立たない様に注意しつつ、川神城の正門を目指して歩いていた。

 

「まずは与一を探さないと……駄目だな、天守閣とかその上に居ると思ったのに……」

 

「じゃあ、場所移動する?」

 

ある程度川神城まで近づいた大和が望遠鏡を覗きながら与一の姿を探すが、芳しく無い様だ。

これが戦力差を少しでも埋める為に、大和の立てた作戦その一。

この騒動に不満を持っているであろう那須与一を説得してこちらの軍に寝返らせる事だった。

与一は友達を作ろうとしない中二病の末期患者だが、大和なら話を聞くかもしれない。

そう言い出した大和の案で、大和は突入組と途中まで一緒に行動しながら与一を探していたのだ。

ちなみにそのニは弁慶を説得して戦いに来ない様に懐柔する事であり、それは夕べの内にコンプリート済みである。

 

「あぁ。もう少し城全体が見えそうなポイントを……」

 

「ちょっとタンマ。コレ以上時間かけんのもアレですし、なんなら俺が那須の野郎を探しましょうか?」

 

え?という全員のありえないものを見る目が集中し、元次は不機嫌そうな顔付きになる。

それを察知した大和は慌てて元次に質問した。

 

「も、もしかして元次君も、姉さんみたいに気の察知が出来るのかい?」

 

「いや。俺は気で作った特殊な超音波の反響を利用して、物体の距離や大きさを把握出来ますから。射程距離は大体80キロってトコっすけど」

 

「モモ先輩以上のスーパーレーダーを持った存在が居ました。大和結婚しなきゃ」

 

「とんでもないチートだな、後お友達で良いと思うんだ」

 

「惜しい……」

 

何処から出したのか、京は10goodというプラカードを出して驚きを露わにしつつ大和に結婚を申し込み、玉砕。

なんだかおかしな関係だなと思いつつ、他人の恋路に首突っ込むのは野暮なので、元次は流す事に。

 

「取り敢えず、この技は多少神経を使うんで……少し周囲の警戒をお願いします」

 

「おう、任せとけ」

 

元次のお願いを快く聞いたのは、風間ファミリーのリーダー風間翔一、通称キャップ。

疑う事無くお願いを聞くのはどうかと思った大和だが、この後輩なら何でもアリに思えてしまうのも確かである。

どのみち元次の言う事が本当なら、与一の他にも誰が何処に居るのか把握出来るかもしれないと、大和は淡い期待を持つ。

……直ぐにその期待は『良い意味で』裏切られる事になった。

 

「スウゥ――エコーロケーション――”反響マップ”」

 

少し足を開いて仁王立ちした元次は、口から人間や動物には感知出来ない特殊な気で作り上げた超音波を放つ。

エコーロケーション、反響マップは超音波の反響により最大数十キロまでの物体の距離や大きさを把握するに留まらず、地上だけでなく地中や水中にも適応している。

この技を使えばマップ内の出来事は手に取る様に元次に伝わり、あらゆる場面で先手を取る事が可能になる技だ。

 

「お、見つけたぜ」

 

「は!?もう!?」

 

「うっす。ここから南西6キロ……工場地帯の一番高い建物、バネ工場の屋上で弓を片手に……携帯で何か打ち込んでるな」

 

「そんなに細かく分かるのか!?」

 

「余裕だろ」

 

もはや驚きで目が飛び出すんじゃないという勢いの紋白に、元次は笑いながら答える。

百代の気の探知能力以上に鮮明に物事を把握出来るエコーロケーションの性能に、もう呆れるしかない。

まるでカメラで見てると言われた方が納得出来る探査性能であった。

これで武闘家では無いというのだから勿体無いを通り越して才能の無駄である。

兎に角、味方に付けるべき与一の場所が判明したので、大和は皆と分かれて与一の説得に向かうのだった。

 

「あっ。直江先輩、那須与一に伝えて下さい。全部終わったら30連パイルドライバーの刑だって」

 

「……う、うん……わ、忘れなかったらね?」

 

別れ際に元次に頼まれた言伝とマジな目を見て、大和は与一に同情するのであった。

 

 

 

 

――さて、直江と別れて川神城の付近まで来た一行。

ここで元次と小雪は皆と別れて別行動を取った。

 

 

 

それ即ち――。

 

 

 

「キーック!!トーマと準を返してもらう為に、王様の家にお邪魔するんだから、邪魔しないでよー!!」

 

「ぐはぁ!?」

 

「な、なんて速さと威力、ぶげぇ!?」

 

「くそ!!飛び道具が当たらねえし当たっても効かねえ!?あの男の作った鎧か!?」

 

「し、史進さんが手も足も出ないなんて……ッ!?」

 

「おいおい何だぁ?この程度の腕で俺に喧嘩売りやがったのか?チョーシに乗りすぎだぞ、このアバズレ」

 

「が、がふ!?……ぢぐ、しょぉ……ッ!?ば、ばけもんかよぉ……ッ!!」

 

攻撃部隊を確実に中へ侵入させる為に、二人だけで正門へ堂々と乗り込んだのである。

既に正門を守っていた従者部隊、そして天神館の生徒や梁山泊の兵隊の悉くは、血達磨で地に伏している。

勿論この阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出したのは、元次の手加減少なめの拳や蹴り、そして小雪の蹴りだ。

自分から進んで戦う事は無い小雪だが、今回は大事な家族を奪還する為に本気で戦っている。

本気になれば蹴りだけなら既に壁超え級とまで称される小雪の蹴りを止められる猛者等、この場には誰も居なかった。

 

「おら、さっきまでの威勢はどぉした?俺はまだ気が済んでねぇぞボケ。立て、もっと俺を楽しませろ」

 

「ごぶぇ!?が、ぐげぁ!?おごぇぅ!?あがぁ!?」

 

唯一その可能性があった梁山泊の史進は、元次の気を晴らすサンドバッグと化しているのだから。

片手で胸倉を掴みあげて女の子をタコ殴りにする笑顔の巨漢。

絵面的には充分アウトな光景である。

 

「オラ、オラ、オラ……っと、いけねえ。こんな雑魚に感けてねぇで、早く人質助けに行くか」

 

さすがにコレ以上は相手が死ぬと判断し、元次はポイっと史進を投げ捨てる。

ドチャリと音を立てて地面に転がった史進は起き上がらない。完全にKOされていた。

小雪も他の兵隊を得意のハイキックで豪快に沈め、元次の側に歩み寄る。

周りが気絶なり、痛みで呻きながら地面に平伏す中、二人は閉じられた正門の前に立った。

 

「さてと、漸く着いたなぁ、王様ん家」

 

「そーだねー。あれー?玄関なのに、インターホンが無いのだー?」

 

「おー?そりゃしょーがねーなー……じゃあコレだ♪――ンガァ」

 

何とも態とらしい会話を繰り広げて、元次と小雪は困った様に唸る。

だが直ぐに笑顔を浮かべた元次が大きく口を開き、その口内に膨大なエネルギーをチャージし始めた。

ギュイイイインッ!!!と気の塊が元次の口の中で物凄い音と共に唸りをあげ、一発の『ミサイル』が完成。

それを見た小雪はニコニコしながら、元次と同じ様に大きく息を吸い込む。

 

 

 

一方その頃、川神城の天守閣近くの部屋では、正門の騒ぎに乗じて京が放った爆矢の爆発音を聞いて、項羽がはしゃいでいた。

 

 

 

「早速仕掛けて来たか!!鍋島は臆病風に吹かれたのか来なんだが……いい、いいぞ!!面白い!!」

 

「何とも派手だねぇ。さて、ここまで来る事が出来るやら。昨日の鍋島BOYみたいな口だけじゃ無けりゃ良いけど――」

 

 

 

『――――おーうっさまーー♪』

 

「「ん?」」

 

昨日乗り込むと公言しておきながらこなかった元次を馬鹿にしていた二人の耳に、実に楽しそうな声が正門の方から届いた。

一体何だと思った二人が、開いている窓から顔を覗かせると――。

 

 

 

 

 

「「あーーーそーーーぼーーーッ!!!!!」」

 

 

 

ドッッッッッゴォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!

 

 

 

 

 

元次の口から放たれた音のミサイル、ボイスミサイルが、正門を突き破って天守閣に至るまで全ての上部を吹き飛ばした。

その破壊力は百代の星殺しに近い威力を誇り、ミサイルは衰える事無く宇宙へと飛翔する。

尚、宇宙ステーションで戦いを繰り広げていた百代とヒュームはボイスミサイルがスレスレを通って行くのを見て肝を冷やしていたが、完全な余談である。

その天へと続く道の如きミサイルがMOMOYOでは無いと知って各国が泡吹いたのも完全な余談。

城のシンボルとも言うべき天守閣が消滅して煙を上げる中、元次と小雪は悠々と歩いて城内へと向かう。

 

「さぁーて。俺等『B&B』を敵に回すとどーなるか……教えてやるか、小雪」

 

「ウェーイ!!月に変わってお仕置きなのだー!!」

 

張り切る小雪にサウンドアーマーを纏わせ、二人は城の中へと突入する。

役割は昨日の内に決めておいた通りだ。

 

「じゃあ小雪。俺は項羽をシメてくっから……」

 

「うん!!僕はトーマ達を助けに行ってくる!!」

 

「あぁ……気を付けてくれよ?」

 

「だいじょーぶ♪お任せあれ、なのだー!!きーん!!」

 

心配する元次に笑顔で敬礼した小雪は、人質が居る部屋を目指して走っていった。

……本来なら、元次は小雪の事を戦いの場に連れ出したくは無かった。

それは当たり前だろう。

誰が好きの好んで大切な、惚れた女性を戦場に連れ出すであろうか?

しかし、小雪は引き下がらなかった。

 

『僕は、あの二人に助けてもらったから……今度は、僕が二人を助けてあげたいんだ……ごめんね?』

 

あの日、母親に殺されそうになった所を元次に助けられた小雪は、泣いてばかりだった。

母親に殺される寸前で割って入った元次のお陰で、小雪は命を取り留めたが……代償は大きかった。

泣きじゃくる自分を庇った幼い元次の顔に、一生消える事の無い大きな傷跡を刻んでしまったのだから。

その責任感と嫌われるかもしれないという思いに押し潰されそうになっていた小雪を慰めたのが冬馬と準である。

二人の慰めと、そして元次本人が気にしてない、寧ろ無事で良かったと言ってくれたお陰で、小雪は立ち直れた。

そして、家の事情で元次が引っ越してしまった時も、側に居て一緒に過ごしてくれた冬馬と準。

自分を支えてくれた二人を助けたい。

その強い意志を無下にする訳にもいかず、元次は戦いに小雪を連れてきた。

しかし、心配なモノは心配なのである。

小雪と別れた元次は逸る心臓の動悸を感じながら、急ぎ最上階を目指す。

そこに居る筈のクローンの親玉、覇王清楚を倒す為に。

 

「こうなりゃ秒殺速攻即殺で、小雪の所までいかねぇとな……ッ!!」

 

そして、小雪と別れて10分程走った元次は漸く最上階に着くが……。

 

「あん?……心音が聞こえねえ……誰も居ねえだと?」

 

其処には項羽どころか一緒に居たはずのマープルの姿も見当たらなかった。

どうやら先のボイスミサイルで天守閣を破壊した折に移動したらしい。

 

「小賢しい真似しやがって……スゥ……エコーロケーションッ!!!」

 

ターゲットが居ない事を確認した元次は即座にエコーロケーションで項羽の姿を探す。

反響マップの有効範囲は数十キロに及ぶ。

しかも地下であろうが上空であろうが、その全てが範囲なのだ。

全ての状況を把握しながら下の階へマップを降ろし……。

 

「ッ!?くそ、小雪達と鉢合わせやがったか……ッ!!」

 

何十階と下の階で、風間達別働隊と小雪を含めたメンバーと対峙してる場面に遭遇した。

まだ開戦してそう経っていない様だが……小雪が準と冬馬に支えられて膝を着いてるのを発見して、元次は歯を食いしばる。

階段を悠長に降りてる暇等、微塵も無かった――。

 

「近道させてもらうぜ!!スゥ――サウンドッ!!!バズーカァアアアアアアッ!!!」

 

故に、下の階までの床を全て吹き飛ばして、小雪達の居るフロアへと飛び降りる。

歴史ある城を再現したであろう川神城は見る影も無い程にその内部を瓦礫の山へと変えていく。

重力に引かれて下へと落下する元次は――己の探してやまない少女と落下中に目を合わせ、大声でその名を叫ぶ。

奇しくもそれは、下で元次が飛び降りてくるのを見て笑顔を浮かべる小雪も同時だった。

 

「小雪ぃいいいいいいいいいいいい!!」

 

「ッ!?元次ーーーー!!!」

 

「何!?ぐわ!?」

 

そして、自由落下を続ける事一分も経たない内に、元次は小雪の元へと降り立つ。

ズドォオオオン!!、と人が落下してきたとは考えられない重量級な轟音を響かせて、元次は小雪の元に急ぐ。

途中、小雪に方天画戟を振ろうとした項羽を蹴り飛ばしながら、元次は小雪を背にして立ち塞がった。

辺りの状況を確認すると人質は全員解放され、あずみがクラウディオと対峙し、桐山の前に与一と大和が居た。

どうやら説得には成功した様子である。

更にその奥には数十人の天神館の兵隊が倒れ付し、マープルの周りに転がっている。

どうやら先程のサウンドバズーカの余波に巻き込まれたらしい。

 

――見ツケタ――。

 

小雪を泣かせ、自身のプロポーズ計画を台無しにした張本人。

正に憎っくき仇敵を見つけた元次は、己の口元を曲げて壮絶な笑みを浮かべる。

元次がその笑みを浮かべた瞬間、この場に居る人間は誰もが背中に感じる悪寒と殺気に、反射的に元次に視線を向けた。

全員の視線を浴びながら片手で反対の肩をほぐしつつ、元次はゆっくりと小雪達の前に……怒りに燃える項羽の前に歩み出ていく。

 

「小雪に手ぇあげやがるたぁ……チョーシにのってる奴らがいるなぁ~……」

 

「……元次……ッ!!(来てくれた……ッ!!僕の、たった一人の……ヒーローッ!!)」

 

悠然とした歩み。なれど、それを止められる人物はここには居ない。

クローン軍の生き残りは、壮絶な笑みを浮かべながら自分達と若者連合軍の境に歩む元次を見て冷や汗を流す。

項羽ですら止められるかすら怪しい、暴威の権化。

その一歩一歩重々しく歩む音は、己に近づく『死神の足音』にも等しい。

元次の背後で黒いローブを来て鎌を持った『鬼の存在』が、尚の事リアリティを持たせるのだ。

やがて、2つの軍を区切る様に立ち止まった元次は、自分に敵意を向ける者達を見渡してニヤリと口元を釣り上げる。

戦力の総数ではどちらに転ぶか分からないとされているこの戦い。

 

 

 

だが唯一つ、この場の状況を現すならうってつけの言葉がある。

 

 

 

それは――。

 

 

 

「そんなに死にてーなら”絶滅”させてやるよ。オラ掛かって来な」

 

 

 

最強、参上。

 

 

 

「おーおー、派手な登場しやがって。紋様に当たったらどう責任取る気だこのヤロー」

 

「よいのだ、井上。あやつも大切な者の為に急いで来たのだからな。責めるのはお門違いであろう」

 

「さっすが紋様ぁ!!俺は何処までもお供しますぅ!!」

 

「さながらユキを守る、白馬……?の……王子様?……だと良いですね」

 

「冬馬さんは相変わらずっすね……準さんも」

 

後ろから聞こえてきたあんまりな物言いに苦笑しながら振り返ると、準は紋白を背後にしながら紋白に降り掛かる瓦礫を全て撃ち落としていた。

冬馬は戦闘力は無いのでそういった武働きはしていないが、小雪を支えながらこちらに笑みを浮かべている。

案外元気そうで良かったと安心して笑みを浮かべる元次だが……。

 

「元次……やっぱり、来てくれた……♪」

 

「ッ!?(俺が纏わせた音の鎧が破壊されてる!?)」

 

ここに突入する前に纏わせたサウンドアーマーが破壊されてるのを見て、元次は目を見開く。

恐らく相当なダメージ……いや、攻撃を受けたのだろう。

外傷は無いにしても、小雪は何処か疲れた様子で冬馬に凭れ掛かっている。

そんな攻撃が繰り出せるのは、今この場に居る実力者でも只1人。

怒りの表情で方天画戟を構える、覇王項羽だけだった。

 

「貴様……!!王を上から襲いおって!!無礼者が!!」

 

「……小雪の鎧を破壊したのはテメェか?」

 

「ぬ、鎧だと?……あぁ、その者が身に纏っていたアレか。あぁそうだ、それは俺がやったが?存外脆くて加減に困ったぞ?」

 

幾度となく虚仮にされて、項羽は頭に血が登って冷静に相手を観察出来なかった。

だからこそ、小声で呟く元次に対して笑みを浮かべながら言い放てたのかもしれない。

そして、それ故に項羽は気付く事が出来ない……目の前の猛獣が、静かに怒りの炎を燃やしていると。

 

「……なら修理代を貰うぜ……代金は――」

 

元次の質問に項羽が肯定で答えると、元次は振り返り――。

 

「テメェの血肉だぁッ!!!!!」

 

「ッ!!?」

 

今までに無い程の凶悪な形相で笑みを浮かべながら、舌舐めずりをしていた。

代金が血肉とは、恐ろしい修理代もあったものである。

以前にステイシーは豚の様な悲鳴を代金と言った事もあったが、それよりも恐ろしい。

元次の凶悪な形相に項羽の本能が真っ先に反応して、元次から距離を取って方天画戟を構える。

その肉体の反射的な回避、いや後退は……項羽のプライドを激しく傷つけた。

自分は覇王、故に後退など無い!!その覇王が真っ先に攻撃ではなく回避を選ぶ等、あってはならないと。

 

「グオ゛ォオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアァァァァアッッツツ!!!!!」

 

しかし自分自身を叱責する項羽を置いて、元次は大声を上げて空へエネルギーを打ち出す。

あの大会で百代を沈めたサンダーノイズと同じモーションだが、放たれたモノはまるで違う。

空が丸見えになるまで撃ち抜かれた城の真上に停滞するのは、赤黒い危険なエネルギーの塊だった。

しかも幾度と無く脈動を繰り返して、次第にその大きさを増していく。

この場に居る者の誰もが、その球体をみて思った――アレは、前のよりヤバイ、と。

そして、遂に城から飛び出して太陽の如く城の真上に向かったエネルギー弾に視線が行く中で――。

 

「何処見てやがるんだ?あぁ?」

 

「ッ!?く――」

 

「スァ――ボイスミサイルゥ!!」

 

「ぐ!?ぐあぁあああああああああああ!?」

 

元次は既に、行動を開始していた。

頭上に向かったエネルギーに気を取られていた項羽に近づき、至近距離で音速のボイスミサイルをお見舞いする。

回避も迎撃も出遅れた項羽はこの一撃をモロに喰らい、吹き飛ばされそうになるが――そうは問屋が卸さない。

 

「音速移動!!!」

 

「ッ!?吹き飛ぶ俺の速度より速く――ッ!?」

 

攻撃の勢いで吹き飛ぶ項羽を、元次は自身を音速で移動させる音速移動を使って捉える。

そのまま吹き飛ぶ項羽を両手で捕まえて自分の顔……否、『砲口』へ近づけていく。

 

「ミサイルッ!!」

 

「ッ!?」

 

「ミサイルッ!!!」

 

「がッツ!!?」

 

「 ミ サ イ ル ゥ ッ ツ ! ! ! ! ! 」

 

「ッツツツ!!?――」

 

超至近距離から“ボイスミサイル”連打に、さすがの項羽も意識を失いそうになった。

躰を固定された事で背後に吹き飛んで攻撃を和らげる事すら許されない。

 

「まだだコラァ!!!」

 

「ごほぁ!?」

 

しかし項羽に離れる権利が無くとも、元次にはその選択権が存在している。

掴んでいた肩から手を離し、そのままヤクザキックを腹にブチかまし、項羽と距離を取った。

近接戦闘も阿修羅の如き強さを誇る元次だが、本来の戦闘スタイルは、『砲撃』なのだ。

この世でも気功波を操れる達人の中で、更に限られた武人にしか名乗る事を許されない戦闘スタイル。

その意味を、元次は余すとこなく披露していく。

 

「スゥ――レーザーボイスッ!!!」

 

「あ゛ぐッッツ!!?」

 

今まで使用してきたボイスバーストやサウンドバズーカよりもグンと細い一陣の光線。

破壊力や爆発力を二の次に、貫通力に重きを置いた技がノータイムで放たれる。

技が発動してから音速で目標を駆逐するレーザーボイスから逃れる事も敵わず、項羽の肩を貫く様に被弾。

たったそれだけで、項羽は全身に痺れる様な衝撃を味わう事となる。

壁に寄り掛かる様に立つ項羽の様子にマズイと感じたのか、あずみと戦っていたクラウディオの操る糸が、項羽の前に防御柵を固める。

既に最初のエコーロケーションと紋白からの情報でクラウディオの獲物を把握していた元次は小賢しいと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

「コレ以上の暴挙は、止めさせていただきますよ?」

 

「ア゛ア゛ン!?チマチマとセコい真似しやがってッ!!――ボイスカッタァアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

項羽の援護の為に張られた糸の結界ごと、元次は音の刃で項羽の体を切り刻んだ。

幾重にも伸びる鉄の硬度を持つ糸に対して、音の振動を刃とするボイスカッターの群れで蹂躙を開始。

 

「ぬ!?鉄の硬度を誇る私の糸が!?」

 

「誰の邪魔してやがる!!チョーシにのるんじゃねぇぇええええッ!!!」

 

「ぐううぅうううう!?」

 

「げ、おわ!?オイこらぁ!!味方のアタシ等まで巻き込むつもりか!?」

 

「にょわーーー!?ば、馬鹿者!!こ、此方の雅な着物が切れる所ではない(ズバァ!!)にょわーー!?て、鉄扇が真っ二つにぃ!?」

 

「ガハハハハハハァッッツツツ!!!クローン達が俺等を統治する!?俺を地獄に送るだぁ!?腹痛えぞ!!チョーシにのってる奴ぁ皆殺しだぁッ!!!ダーッハッハハハハハァアアアッッツツツ!!!」

 

「にょにょにょにょわぁぁっ!!?じ、じ、地獄じゃ!?此処は地獄なのじゃーーー!?や、山猿なんて可愛いものでは無い!!誰かあの荒ぶる野獣を止めてたもーーー!?」

 

「アタシ等の声なんか聞いちゃいねぇ!!こいつ紋白様にロックンロール聞かせるとか言ってたけど、ロックじゃなくてヴァイオレンスメタルじゃねえか!?ハードコアなんて目じゃねぇし!!マジで誰かコイツをどうにか出来るロックな奴ぁ居ねえのか!?」

 

「ここにいるぞーーー!!」

 

「「おお!?」」

 

「そ、そうじゃ!!小雪ならあの猛獣を大人しくさせられ――」

 

「元次ーーー!!やっちゃえやっちゃえ!!!お仕置きなのだーー!!♪」

 

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!キィルゼムオォオオオオルゥウウウッ!!!」

 

『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

「おーーー!?僕の声は届いたーーー!!ウェーイ!!♪」

 

「「「これ以上そいつを煽るなーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!?」」」

 

そして、糸と項羽を切断したボイスカッターはクラウディオにも牙を剥き、彼の体に裂傷を刻み込む。

ついでにクラウディオと戦っていたあずみ達すらも巻き込まれそうになって罵声を飛ばすが、テンションが天元突破中の元次はそれを意に介さない。

あずみの罵声もステイシーの嘆きも不死川心の涙する悲鳴も全て無視した元次は、小雪の言葉に力を増して新たな獲物を見定める。

次なるターゲットは、項羽との戦いの横でチマチマと戦っている鬱陶しい小蠅の番だ。

そして、その小蠅こと桐山鯉に元次が目を付けたと察知した大和は慌てて与一に声を掛けながら後ろに逃げる。

 

「お、おい与一!!そこから離れろ!!テンペストが火を吹くぞぉ!?」

 

「いぃ!?さ、災厄が歩んでくるとは……ッ!?くだらねえこの世に、奴はまだ災いを齎すのか……ッ!?」

 

与一の為に中二病な言い回しを使って注意した大和は心に傷を負いながらも、「こっちだこっちぃ!!」と叫ぶステイシーの元へ飛び込む。

遅れて与一も慌てふためきながら中二病発言をし、大和達の元へ合流を果たす。

 

「くッ!?幾ら貴方が相手でも、私には諦められない大望があ――」

 

連鎖爆弾(チェーンボム)ゥウウウッ!!!」

 

「ごっ――」

 

元次に対して覚悟を決めた桐山が攻撃に出ようとした直前、元次の放った音の爆弾が桐山を直撃する。

その直撃は桐山の体半分を巻き込んでの爆発となったが、悪夢はまだ終わらなかった。

何せ、連鎖爆弾(チェーンボム)の名前の通り――。

 

「がっ、ぐっ、ぎぃ――ぐあああああああああ!?」

 

「ハッハァ!!カスは黙って寝てろぉ!!」

 

「ごぶふぁ!?」

 

「「うわぁ……」」

 

連続した爆破の嵐が、桐山の体を襲ったのだから。

連鎖爆弾(チェーンボム)は音の塊を撃ち出してから、音の塊が爆発した場所から更に連鎖的に爆発が起こる。

つまり一度目を防いでも二度、三度と連鎖的に攻撃が押し寄せる悪夢の技なのである。

その全ての爆破を食らった桐山はトドメに元次の豪快なパンチで倒壊しかけの部屋の片隅に吹き飛ばされ、そこでグッタリと動かなくなった。

通常の人間よりも体が丈夫なのが幸いし、怪我の内容はどうあれ桐山は気絶で済んでいる。

更に言うと、壁に靠れていた項羽も連鎖爆弾(チェーンボム)の余波を食らって吹き飛んでいた。

これは幾ら何でも酷い、と大和と与一は同時に呟き、味方からやり過ぎだと思わせる程の元次の暴れっぷり。

それに対して、マープルは虎の子たる切り札を切る。

 

「しょうがないね……クッキー部隊!!展開しな!!」

 

「「「「「「「「「「了解!!!」」」」」」」」」」

 

「あぁん?」

 

マープルの叫び声に呼応して返事を返した者達を、元次達は見上げる。

それは、城のアチコチの通路から元次に向かって飛び降りる、九鬼財閥が作り上げた人工知能搭載ロボ、クッキーの集団だった。

彼等は皆一様に戦士の様な……第二形態の状態でレーザーブレードを振り上げながら元次に目標を定めていた。

 

「クッキーシリーズ!?そんな物まで用意してたのか!?」

 

「ファック!!ご丁寧に全機ハッキングされてやがるッ!!」

 

「あくまで兵が足りない時の為にしか考えてなかったけどね……そこのBOYが相手じゃ仕方ない。全機で時間稼ぎを――」

 

驚愕する人質の1人だった九鬼英雄の言葉にマープルが答える最中、その『音』は鳴り響いた。

 

 

 

「スウウゥ――声噴火(ボイスイラプション)ッツ!!!!!」

 

 

 

――それはまるで、『大地の怒り』を現す様な光景だった。

 

 

 

上空を見上げてクッキー達に視線を向けた元次の放った攻撃は、一言で言えば『噴火』だ。

元次の口を火山口に見立てて発射された溶岩の様な音の噴火、ボイスイラプションがクッキー達をドロドロに溶かしたのだから。

しかし仲間がやられようとも見向きもせず、更に数十体のクッキー達が地面に着地してから元次へと向かう。

その行動に対して、元次はボイスイラプションで上を向いた体勢のまま息を吸い込み――。

 

「スゥ――ボイスプレス!!!」

 

グシャアァ

 

『『『『『――ガッ――』』』』』

 

反動を付けて砲口をクッキーシリーズに向け、音の圧力で相手を押し潰してしまった。

正面から迫ったクッキー達がボイスプレスで根こそぎ圧壊されるが、残った最後の一機が斜め横から奇襲を掛ける。

 

『油断したな!!クッキーダイナミッ――』

 

自身満々に言葉を放っていたクッキーだが、突如その言葉が止まる。

何故なら、元次の片腕がボコボコと音を立てて大きく膨れ上がり、巨大な力瘤を形成していたからだ。

更に、ビリビリと震えながら極小の電磁波を放つ謎の『振動』を腕全体に纏っている。

高性能な人工頭脳を搭載されているクッキーには、アレが何か理解出来た。

奴が目を光らせながら振るう、『アレ』は――。

 

「ビートパンチィッ!!!!!」

 

『――ギ――ギ、ギ――』

 

触れてはならない、破壊の振動である、と。

決して触れるべきでは無かった音の振動に触れたクッキーの末路。

それは、内部から自分が崩壊するのが手に取る様に分かるという悲惨なモノだった。

クッキーは自分が滅び行く前に、全姉妹機に通達する――『アレ』に決して触れるな、と。

 

「へっ。少しは勉強になったかぁ?決してチョーシにのるな――だぜ?……あの世でしっかり複習しな」

 

その言葉を最後に、クッキーは内部部品の崩壊、爆発によって全身を粉々にされた。

元次の持つ技の中でも、手加減が一切出来ない『殺す為の技』の一つ。

音の振動を載せて撃ち出す殺人拳、ビートパンチである。

残っていた全てのクッキーが鉄のガラクタと相成り、火花をあげながら機能停止する中、マープルは驚愕に顔を染める。

全部で50機。壁超えには届かずとも、そこそこの戦闘力を持つクッキー軍団が瞬く間に蹂躙されてしまったのだ。

文字通りジョーカーだった戦力も、全てがたった1人の男に藻屑とされていく。

 

「次はどいつだ?あ?――俺に”絶滅”させられてぇのは……よぉ?」

 

味方の人間達すらも呆れるほどの傍若無人な振る舞いをした元次は、クッキー達の残骸を踏みつけながら笑っていた。

 

「なんという……あれは最早、暴虐の徒だな。紋よ、あの者は……」

 

「あ、はい!!あ奴は鍋島元次!!我が友です!!自分の大切な者の為にと、それと我の依頼に応えてくれました!!」

 

ここで、元次の暴れっぷりを見て溜息を吐いたのは九鬼局。

次代の傑物である英雄と揚羽の産みの親にして、紋白の義母である。

少し前まで紋白とギクシャクしていたが、今は胸を張って親子だと言える関係になった、正に母の中の母。

何せ夫の浮気で出来た娘の紋白を笑顔で受け入れる程の大きな器量持ちだ。

母親である局の言葉に紋白が答え、局は何と言おうか迷っていたが――。

 

「違うぜ、紋白。そいつぁ違う」

 

それよりも先に、元次が口を開いた。

紋白の言葉を否定した元次は、振り返って紋白と顔を合わせずに背中で語る。

 

「俺ぁお前の依頼になんざ応えちゃいねえ……ダチの頼みに応えただけだ。そこは間違えんなよ?」

 

あっ、と紋白は声を漏らす。

そう、この男は九鬼としての紋白の依頼では無く、学友の紋白の頼みを聞いたのだと。

利害の一致もあったが、報酬を望まずに友としてその願いに応えたのだと。

 

「小雪の事もあるが、お前の頼みを忘れたつもりもねぇ」

 

「……ちゃんと、覚えていてくれたのか?」

 

「あぁ。約束したからな。嘘をつくフザけた真似はしねーよ」

 

背中を向けながらも、その大きな背中で信じさせられる言葉。

その言葉に、九鬼局は任せてみるのも母の務め、と一応言葉を飲み込んだ。

英雄が冬馬を親友に得たのと同じく、紋白も――真に親友を得た瞬間だったのだから。

 

「……呆れたモンスターぶりだね、BOY」

 

「あぁ?」

 

「正直、揚羽様と川神百代を抑えておけば問題ないと思ってたけど……まさかここまでしてやられるとは」

 

「馬鹿が、テメェが俺を怒らせやがったんだろ」

 

「それにしたって何でそんな大技連発しといて、全く気が減ってないんだい?普通ならとっくに枯渇してるだろうに」

 

敵を倒せば倒す程に弱っていくのが普通である。

例えそれがどんな達人であろうと、カロリーを消費して生きる人間なら常識中の常識。

星の図書館と呼ばれる程に膨大で、この世の歴史全てを暗記するほどの人間離れした記憶力の持ち主のマープルでも理解出来ない存在。

過去にこんな力を持った人間は只の1人として記録されていないからだ。

それはそうだろう。何処の世界に、相手を倒せば倒す程にハッスルしていく人間が居ようか?

そういった、ミス・マープルからすれば『常識』に基いて質問したというのに、元次は笑うだけである。

 

「簡単な話だ。元々俺の気の総量がバカみてぇに多いのもあるが……俺の場合、手っ取り早くエネルギーを生産する方法がある……怒れば良いってだけだ」

 

「えぇー……怒ったら怒った分だけMP回復?それなんてバグだよ?」

 

「あ?川神先輩の瞬間回復だってよっぽどバグだと思うけどな?」

 

大和の呟きが、この場に居る人間の思いを代弁していた。

敵、味方全員から『もう、何なのこの理不尽生物?』と一致して思われる程である。

そんな全員の思いも、元次からすればどうでも良い事だった。

今はマープルの前に、どうしても落とし前を付けなくてはならない相手が居るのだから。

全ての敵勢力をたった一人で蹂躙しつくした元次は悠々と歩いて倒れる項羽の胸倉を掴んで引き起こした。

 

「んじゃまぁ、そろそろ遊びも――」

 

「か、ぐ……――ぐうおおお!!!」

 

「あ?」

 

しかし、さすがは鬼神と謳われた古代の英雄のクローン。

普通なら意識を保つ事すら難しい攻撃の連打を浴びたとは思えない程のパワフルさで、元次を殴り飛ばしたのだ。

顔を殴られた元次は少し口の端を切って血を流して後退するが、それ程問題視していない。

只単に、『本命』が使える様になるまでの暇つぶしでしか無いのだから。

だからこそ、視線の先で方天画戟を杖代わりに立っている項羽に対して、元次はニヤリと笑った。

 

「はぁ、はぁ……貴様ぁ……ッ!?」

 

「……へっ……テメエ等とじゃれ合うのも、これで最後だ……――そろそろ『溜まった』かぁ!?」

 

「なにを言っ――ッ!?」

 

立会の最中に空を見上げた元次に首を傾げるが、項羽は思い出す……空に何があるのかを。

慌てて空を見上げてみれば、そこには10メートル前後にまで肥大化したエネルギーの塊が浮遊していた。

 

「さぁ降りてきな――」

 

しかも、今にも破裂しそうな勢いで脈動を繰り返しながら、主の命令を待っているのだ。

既に自分の体はあちこちガタが出て、回避は不可能。

そして、あのエネルギーを見た味方陣営は、大会で百代に使ったサンダーノイズの事が脳裏に過り、大汗を掻いていた。

誰も合図は出さなかったが、全員が見事にシンクロして城からの退避行動を取る。

しかし、先のサウンドバズーカによって出口が見えなくなっていると気付き、皆絶望を露わにする。

ちなみに小雪と準、冬馬の3人は元次への信頼故か、その場から動かずに元次の戦いを見守っていた。

唯一準だけは頬を引き攣らせて二人に「大丈夫?大丈夫だよねこれ?」と頻りに聞いていたが。

標的である項羽など目の前の状況に頭が追い付かず思考停止している程だ。

最早この先の運命が見えてしまった項羽が、呆然とそのエネルギーを見つめ――。

 

 

 

 

 

「 メ テ オ ノ イ ズ ゥ ! ! ! ! ! !」

 

 

 

 

 

音速の隕石が、轟音を奏でて大地を穿ち――川神城は文字通り、崩れ去った。

 

 

 

――ここに、川神の地を揺るがした大事件『クローン戦争』は、大爆音と共に幕を降ろしたのである。

 

 

 

そしてこの出来事から数日後、元次に対して全世界が共通してあるコードネームを付けた。

 

 

 

MOMOYOを、武神を超えた、KAWAKAMIのクレイジーな生物――生物名称、『鍋島元次』

 

 

 

体中に幾重にも刻まれた傷跡は――野生のゼブラを思わせる。

 

 

 

縞馬の擬態色の様に、人間の模様を被ったモンスター。

 

 

 

故に――コードネーム――ZEBRA――世界認定、『第一級危険生物』、と。

 

 

 

「く、あ~……ダリィ」

 

「ウェーイ♪元次、いっぱい怒られてたもんね~♪」

 

川神の地を騒がせていた事件を解決した元次だが……つい先程まで、物凄い説教を食らっていたのである。

原因は勿論、最後に使った大技、メテオノイズの事だ。

メテオノイズは口から超巨大な音の塊を空中に飛ばし、その後地上に音の塊を降らせて攻撃する技で、発動まで時間が掛かるという弱点がある。

しかし、その発動まで掛かる時間で膨大なエネルギーを更に増幅させているので、一度放てば全てを破壊する、正に究極の破壊奥義。

そんな危険極まりない技を、まだ沢山人が近くに居たのに使った件で全員から説教をもらっていたのだ。

味方側からの説教は甘んじて受けた元次だが、敵方でまだ元気の有り余ってる面子と与一にはマッスルインフェルノを一発づつお見舞いしていた。

 

「つってもなぁ~。ちゃんと全員サウンドアーマーで守ってたのにあそこまでキレる事ぁ無えだろ」

 

「あはは。皆それを知らなかったから、大丈夫なのに『死ぬ~!!俺死ぬ~!!』とか『生涯独身……寂しい人生だったなぁ』なんて色々言ってて面白かったね~♪」

 

「特に直江先輩の『フッ……やっぱり、俺みたいな特異点は世界に削除される運命なんだな』ってのは傑作だったな。あの人も昔中二病だったのか」

 

「多分、それで与一の説得出来る~って言ってたんだよー。僕、お腹抱えて笑っちゃった~♪」

 

「何とも変な所で役に立ったな、中二病が……直江先輩としてはかなり恥ずかしいだろうけど……小雪に笑われて凹んでたし」

 

そのトラウマを掘り起こしたのは他ならぬ元次なのだが、それは割合しよう。

今は皆事後処理に取り掛かったり傷の手当をしてもらいにいったりと大忙しだった。

そんな忙しい中で、元次は小雪と共に土手に座って英気を養っている。

さすがに声を連発して使ったので”少々”疲労が溜まっていたのだ。

早朝からの電光石火の如き戦いだったからか、まだお天道様は高く登っていて直ぐには沈まないだろう。

 

「やれやれ……しかしまぁ、あんだけ頑張ったのに褒美貰う処か説教喰らうとはな……骨折り損の何とやらってヤツだぜ」

 

「けたけた、可哀想~♪……それじゃあ、僕があげるよ~」

 

「え?小雪が?俺に何かくれんのか?」

 

「うんうん♪元次は頑張ったから、僕が優しーく労ってあげるのだ♪とーう♪」

 

「は?お、おいちょっ――」

 

え?と聞き返そうとした元次の下腹部に、突如心地良い重みが掛かった。

それと同時に目の前が暗くなり、視界いっぱいに小雪の笑顔がフレームINする。

そう、小雪は元次の腹を跨いで、その上に座ったのだ。

艶めかしく腰をくねらせるその姿は、普段の小雪には無い妖艶な色気が感じられる程に悩ましい姿であった。

予期せぬ突然の行動に、元次は声を出す事すら忘れる程に呆けてしまう。

それほどまでに、小雪の純真無垢な笑顔が元次を引き寄せたと言っても過言では無いだろう。

 

「ふふ~♪色々あって、先延ばしになっちゃったけど……モモ先輩を倒した時のご褒美だよ♪」

 

「え?え?……こ、小雪?」

 

突然の出来事に目を白黒させる元次に取り合わず、小雪は微笑みながら背中に隠していた両手を胸の前に突き出し――。

 

「ウェーイ♪ご褒美のマシュマロなのだー♪」

 

これまた予想外のご褒美に肩をズルッと滑らせてしまう。

もし小雪が乗っていなかったならば、思いっ切りズッコケていたであろう。

想像していたご褒美とは180度違った事に肩透かしを食らった気分の元次だが、其処は苦笑いで誤魔化す。

真昼間だと言うのに空から何処かへ落ちた『二つの流れ星』が、妙に哀愁を誘う。

 

「あ、あはは……あ、ありがたく貰うぜ……」

 

少し残念そうな雰囲気を出しながら差し出されたマシュマロに手を伸ばすが……。

 

「あっ。ダメダメー。これは……僕も食べるんだから♡」

 

「へ?」

 

小雪の手に乗ったマシュマロは寸での所で引っ込められてしまう。

そして、引っ込めたマシュマロを、小雪は半分だけ口に咥え――。

 

 

 

「ん~~♡」

 

 

 

そのまま空いた両手を元次の首に絡ませ、元次の口元へとマシュマロを運んだ。

恥ずかしそうに頬を赤くしながらも、幸せそうに微笑みながらマシュマロを咥える小雪。

これまた全く予期していなかった元次は小雪の行動に呆然とし――。

 

 

 

「ん♡」

 

「」

 

 

自然と、マシュマロと”マシュマロの様に柔らかい唇”の感触をダブルで味わってしまった。

頭が理解に追い付けない中、幸せそうに目を閉じる小雪の顔を見つめる事しか、元次は出来ない。

しかし、これは小雪の言う通り自分にとって最上級のご褒美だと、元次は本能で理解する。

 

元次の唇と小雪の唇が触れ合った瞬間、体中の『細胞が進化し、一気に活性化』したのを感じ取ったから。

 

それに終わらず、体に纏わりついていた疲労が消え、気力が一気に満ち溢れてくる。

もしもこの世界に『人生のフルコース』があるなら、前菜からドリンクまで全てが『小雪のマシュマロ』で良いとさえ思った。

口の中に感じる仄かな甘味とそこはかとないフワフワした食感のマシュマロ。

――更にその先から唇に伝わる、マシュマロの様に柔らかい小雪の唇のプルプルとした感触。

そして得も言われぬ自分の全てを潤してくれる極上の甘み。

 

 

 

名を付けるなら――『マシュマロキッス』であろうか。

 

 

 

正に口元にこれ以上ない幸福感を、元次は唇から全身に伝わるのを感じ取っていた。

気付けば元次は小雪の華奢な背中に手を回し、優しく彼女を抱きしめている。

小雪も嫌がる事無く、自然とそれを受け入れていた。

 

「ん♡……はふっ♡」

 

「……」

 

「……えへへ♪……どーお?僕のご褒美♪」

 

やがて、小雪ははむっ、とマシュマロの半分を噛み切り、モグモグと頬張って飲み込み、感想を聞く。

恥じらう様に頬を染めながら元次を見下ろすルビーの様に紅い魔性の瞳。

半ば夢見心地でマシュマロを食べた元次は、自らの首に腕を絡める小雪の頬に手を当てて優しく撫でる。

最早言える事は、唯一つであった。

 

「……最ッ高」

 

「わーい♪良かったぁ♪」

 

元次の感無量と言える呟きに、小雪は全身で喜びを現す。

ギュッと元次の野性的な体に抱きついて甘える彼女の様子を見て、元次は自然とその柔らかな髪に指を通す。

絹の様に柔らかく繊細な触り心地を堪能しながら頭を撫でると、小雪は更に甘えを強くした。

顔を胸に押し付けていた抱きつき方を変えて、全身を余す所無く元次の体に密着させていく。

そうなると自然に、最初の様な同じ目線で見つめ合う構図になった。

 

「……小雪……聞いてくれるか?」

 

「……なーに?」

 

「……俺は――小雪が好きだ」

 

「――~~~ッツツ!!!」

 

「昔、小雪の笑顔を初めて見た時から……ずっと、お前が好きだった……俺は、小雪が欲しい――俺の女になってくれ」

 

そして、不意打ちも良いタイミングで、元次はストレートに且つシンプルに、小雪に想いを伝えた。

真っ直ぐに自分を、自分の全てを射抜いてしまいそうな力強い眼光に、小雪は背筋を震わせる。

勿論それは恐怖では無く、歓喜の感情故にだ。

ずっと、小雪が欲しかったモノ――胸に燻る想いを理解してから、何よりも欲したモノ。

もう届かないと分かって涙した過去……悲しかった記憶が脳裏に過る。

しかし、自分を引き取ってくれた榊原夫妻が何時か教えてくれた――想い続ければ、きっとまた会える。

慰めだったかもしれない……だが、凡そ10年近くの片想いが……本当に実った。

その事実が何よりも嬉しくて、幸せで……小雪は自然と涙を流していた。

嬉しすぎて、言葉が出ない。

だから小雪は、返事の代わりに力いっぱい、元次に抱きつく。

もう二度と、自分の前から居なくならない様に、離れない様に……そんな想いを込めて。

そんな中で、小雪は自分の体が疼くのを感じた。

下腹部から伝わる炎の様な熱さ、全身の血流が一気に加速して顔がどうしようも無く火照る。

……もう良いよね?10年も待ったんだから……好き同士なんだから……我慢しなくても、良いよね?

今の自分の疼きを正当化する様に、小雪は心の中で何度も自分を納得させる言葉を並べ――甘えた。

 

「……ねぇ、元次。知ってる?」

 

「ん?何だ?」

 

「あのね、トーマが教えてくれたんだ……女の子は――」

 

 

 

マシュマロみたいに、甘くて柔らかいんだって

 

 

 

「……へ?」

 

突如、耳元で今までに聞いた事も無い艶の篭った声でそんな事を言われ、元次は呆然としてしまう。

そういう顔に似合わない隙を見せる所も、小雪にとってはとても愛おしく感じられる所だった。

自分が何を言おうとしてるか考えて、小雪は顔に集まる熱、早まる動悸、そして下腹部にジュンとオンナの火照りを感じる。

はしたないと思いながらも、10年という月日の想いは心のダムを乗り越える程に溢れて止まらなかった。

 

 

 

ねぇ、元次……僕もう……我慢出来ないよ……僕だって……元次が……大好きなんだもん♡

 

 

 

小雪はそんな元次を見てクスリと妖しげに微笑みながら、ルビーの様に紅い瞳に女の色を灯す。

 

 

 

 

 

ねぇ、元次――”マシュマロ”――食べる?

 

 

 

 

 

――その日も次の日も、合計二日間……元次と小雪は家から1歩も出歩かなかった。

 

 

 

さて、子紆余曲折色々と忙しかった川神だが、やがて落ち着きを取り戻し……。

 

「らんらんるー♪」

 

「コラ、そんな歌を歌っちゃいけません!!」

 

「まぁ良いではありませんか、準。ユキも嬉しいんですよ」

 

川神学園も平常通りに学校を再開した。

近隣住民から変態の橋とも呼ばれる多馬大橋を、学園の生徒達が渡る中に、何時もとは少し違う光景があった。

学園でも天然不思議系美少女で有名な榊原小雪が嬉しそうな表情で、一人の男の腕に抱き付いているのである。

男の方も笑顔でそれを受け入れながら、冬馬と準と一緒に通学している。

 

「10年も想い続けた人と、恋人になれたんですから」

 

「そうだよー♪僕と元次は恋人なの♪」

 

「あはは……俺も嬉しいッスよ……初恋がキッチリ叶いましたから」

 

「そうか……良かったな。ユキ」

 

「うん♪」

 

そう、御存知川神の暴走機関車、鍋島元次その人である。

顔の傷を縫い合わせた元次は自分の腕に腕を絡めて微笑む小雪を見て幸せを噛み締めつつ、冬馬達に言葉を返す。

まぁ勿論、小雪と元次は晴れて恋人同士になった訳であるが、川神学園の生徒はそこまで驚いていない。

あの若獅子タッグマッチトーナメントの大々的な場でキスをしたのは周知の事実。

寧ろこれでくっつかなかったら、元次は周囲から大ブーイングを食らってる所である。

 

「ねー元次?夏休みはどうするの?向こうに帰っちゃう?」

 

「ん?いや。向こうには特に予定もねーし、盆まではこっちに居るぜ。小雪と色んな所に行きてーし、さ」

 

「ホントー!?じゃあじゃあ、今度七浜の新しい水族館に行こうよ!!お魚さんで英気を養うのだ♪」

 

「おう。じゃあちょっと奮発して泊まり掛けで行くか。そうすりゃナイトアクアリウムも見れるし、大会の景品を売った金がたんまりあるから問題も無え」

 

「……えー?……泊まり掛けで、僕に何するつもりさー?」

 

「さーてなー?俺には何の事やら分かんねーや」

 

「もう。スケベー♪」

 

……この会話の最中、元次と小雪に表情の変化は見られない。

どちらも幸せいっぱいと言葉が無くとも伝わる程に笑顔なのである。

傍から見れば、二人の間にはピンクとハートのオーラが大量に見えるであろう。

その幸せオーラを間近で見ていた二人は顔を見合わせて苦笑いする。

 

「やれやれ。少し妬けてしまいますね」

 

「ホント、幸せそうにしやがって……っていうかユキの奴、水族館を寿司屋と勘違いしてないよね?やだよ夕方のニュースで『水族館の魚、消失!?』なんてタイトル見るの」

 

「まぁ元次君がいるので大丈夫でしょう。それに確か七浜の方に出来た水族館には、本当に館内に寿司屋さんがあるそうですよ?何でも、資源問題を訴える為だそうです」

 

「マジでか?……時代は進んでるなぁ……子供の頃で時間が止まる偉大な発明が出来る事を祈るよ」

 

「準さん……心を病んじゃってるんスね……」

 

「ロリコンとハゲは不治の病なのだー」

 

「お前等さっきまで二人だけの世界に居たのに何で俺の罵倒の時だけ戻ってくんの!?そしてひどいわ!!」

 

と、いった感じで、葵ファミリーは今日も賑やかに登校していく。

勿論小雪と元次の仲を妬む者も居るが、大半は二人のラブラブっぷりに涙を流して諦めてしまう。

更に実力行使で小雪を奪おうにも、小雪自身が学園でも上位クラスの強さを誇っていて太刀打ち出来ない。

何より、小雪に手を出せばこの世の何よりも恐ろしい人間の皮を被ったモンスターが本気で殺しにくるので、やはり諦めて涙を飲む。

そんなこんなで、二人は川神学園での円満な恋人ライフを満喫しているのであった。

ちなみに、同じく学園で有名な風間ファミリーはと言うと……。

 

「グギギ……ッ!!羨ましい妬ましい羨ましい妬ましい羨ましい妬ましい羨ましい妬ましい……」

 

「ッ!!……~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

「マルさん!?が、眼帯を外してどうしたんだ!?」

 

「モモ先輩がダークサイドに堕ちかけてるぅううううううう!?」

 

「姉さん……諦めよう。ありゃ突け入る隙なんて無いって。ホント」

 

「うぅー!!弟!!軍師なら何か良い案出せよー!!」

 

「いやもう無理ホント。話聞いたら10年越しの恋が叶ったらしいし、あんなにラブラブだとマジで無理(恋敵の応援なんかしたくないっての。クソッ)」

 

「それに、二人が真剣に愛し合ってるなら……モモ先輩には辛いが、身を引くべきだと自分も思う。マルさんもそう思うだろ?」

 

「ッ!?……そう、ですね……お嬢様の言う通り……です」

 

「ぐぐ!?……クリの言う通りなんだよなぁ……はぁ……クソー!!挑戦者は弱いしあいつとは戦えないし……あいつはあいつで女作っちゃうし……ッ!!うがー!!」

 

「お爺ちゃんから鍋島君との戦闘禁止ってお触れが出ちゃって……それでお姉様が荒れ狂ってるのよぅ」

 

「そりゃ……ねぇ?」

 

「さ、さすがにモモ先輩と鍋島さんの試合となると、大掛かりな準備が必要かと……」

 

『バケモン同士で何の準備も無しに戦われたら、街が火の海の包み焼きハンバーグだぜ』

 

初めて好きになった男が既に別の女を作ってイチャイチャしてるという事実に、百代は血涙を流さんばかりに悔しがった。

あのクローン大戦に於いて、ヒュームヘルシングを抑えていた百代は、苦戦の末にヒュームを倒した。

そして、勝負が付いたと同時に二人で大気圏を突破して落下している所を燕に助けられ無事生還。

元次の気を感知して会いに行こうかとも思ったが、そこで気を失ってしまった。

そして目が醒めてみれば――。

 

「何時の間にか試合は終了。優勝商品も持ち逃げって訳だ……まぁ姉さん、彼の事は諦めてまた別の恋を探すべきだと思うよ?」

 

「ううぅ~~ッ!?……今、あいつ等のイチャイチャ見てたら弾け飛びそうだしなぁ……いや、待てよ?……こうなったらNTRか?」

 

「ぶっ!?モ、モモ先輩なんでそんな事知ってんの!?」

 

「いや、大和の部屋のエロ本に、な」

 

「うぉおおおおおおお!?姉さん何勝手に人のバイブルを!?」

 

「や、大和……ッ!?一体誰をNTRつもりなんだ!!?棒付きにしか興奮出来ないのかぁッ!!」

 

「お、落ち着け京!?これは孔明の、いや姉さんの罠だぁ!!」

 

「大和をNTRのは私だぁ!!」

 

色々とカオスな意味で騒がしくなる風間ファミリー。

しかしその内容を筒抜けで聞いてしまっている元次はというと、些か微妙な気分だった。

何せ自分への気持ちだけでは無くとんでもない発言まで入っているのだから。

女が男をNTRとか無駄に男らし過ぎる発言である。

 

「……何と言うか……正面から言われた訳でもねえし……これから気を付けた方が良いんだろうか?」

 

「知らないよ」

 

「そうかぁ……ん?」

 

と、ボソリと一人事を呟いた元次の耳に、何やら聞き慣れていて、でも聞いた事の無い冷たい声が飛び込んできた。

おかしいなと思いながら声の発生源に目を向けると、そこにはそっぽを向いて頬を膨らませる小雪の姿があった。

 

「こ、小雪?」

 

「なーに?彼女が居るのに他の女の人の事ばーっかり気にしてた元次?」

 

言葉の刃が、武神の拳ですら貫けなかった元次の胸を思いっ切り抉った。

しかし、恋人が出来た元次には彼女が何故こんな態度を取るのか分かっている。

要するに、小雪は他の女の事を考えた元次に腹を立てているのだ。

自分という彼女が腕に抱き付いて甘えているのに、他の女性の事を考えるなんて、という具合に。

 

「ご、誤解だ!?俺が好きなのは小雪だけだって!!只、今後の対策を……」

 

「つーん、だ」

 

「こ、小雪ぃ……」

 

遂に元次の腕から離れた小雪は、両手を組んでそっぽを向きながら頬を膨らませてしまう。

過去にこういった喧嘩をした事が無い元次は、しどろもどろになって慌てふためく。

世界最強の危険生物も、たった一人の愛する女性には敵わないらしい。

 

「……どーしても、許して欲しい?」

 

「ッ!?そ、そりゃ勿論!!」

 

「ふーん?……じゃあ、キスして欲しいなー♪」

 

そして、元次が藁にも縋りつく思いで小雪に許しを請うと、小雪は悪戯っ子を思わせる笑みを浮かべて元次に向き直った。

え?キス?何処で?と混乱する元次だが、既に両手を後ろで組みながら目を瞑っている小雪を見れば一目瞭然。

この変態の橋のド真ん中、沢山の生徒達が見てる前でキスしろという事である。

武神との戦いがお遊戯に思えるこの状況、元次は腹を括るしかなかった。

ここでヘタれて小雪を悲しませるぐらいなら、この程度の羞恥は飲み込んでみせる、と意気込む。

目を瞑りながら「早く♪早く♪」と急かす小雪の肩に手を沿えて――チュッと唇同士で触れ合う。

 

「……ん」

 

「ん~~~~~~~~♡」

 

『『『『『『『『『おおおおおおおおお!!?』』』』』』』』』

 

外野の色々な感情が混ざった叫び声の聞こえる中、繋がった唇を離して元次と小雪は見つめあう。

元次は照れを残しながら、小雪は嬉しそうに微笑みながらと違いはあるが――。

 

「えへへ♡……もーいっかい!!」

 

「も、もう一回?……わ、わあったよ……ん」

 

「ん~~~~~~~~♡」

 

「……フゥ……これで許してくれるか?」

 

「んー♡まだダーメ♡もーいっかい!!もーいっかい!!はいはいはい!!」

 

「何処のホストのノリだよ……良いぜ。こうなったら何度でもしてやらぁ」

 

 

 

「うん♡いっぱいして♡――これからも、ずーっと……僕だけに、ね♡」

 

 

 

こうして、川神学園にとても仲の良いカップルが誕生した。

1人は昔、心に傷を負った少女。

そしてもう一人は……その少女を守ると誓った、心優しい怪物。

 

二人が付き合いだしてからも、様々なドタバタ騒動が巻き起こった。

 

やれ浮気の疑惑や武神の猛アタックや九鬼を相手取った戦争等、枚挙に暇が無い。

極めつけは川神学園に蔓延る魍魎の宴の信者や童帝との学園を巻き込んだ一大戦争もあるのだが……。

 

 

 

元次♡だーい好き♡

 

あぁ、俺も大好きだ……小雪

 

 

 

その話は、少女の笑顔が嫉妬で膨れるまで、話す必要は無いだろう。

 

 




はーい。という訳でマジ恋でした。


良く番外編とかやって『続き希望』を頂きますが……。


今回は最後まで書いたから良いと思うんだ(悟り)


今回はpixivで発見したイラストにインスピレーションを受けて書いた物です。


題名は『マシュマロを半分』と犬江しんのすけさんの作品、指ブラの『小雪さん』というイラストでした。




皆さんもぜひ一度見て下さい。小雪さんめちゃ可愛えぇ!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。