IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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遅くなってしまいまして、申し訳ありません。

最近ハイスクD×DのSSを読み漁ってまして、執筆が手付かずでした。

思わずハーメルンのSSをほぼ目ぇ通してました(*ノω・*)テヘ

そして次の話を投稿したら、次からJOJOを書きます。

いや、ホントはこれで終わりのつもりが終われなかったので、スイマセン。




100%?NO!!120%Sparking!!

 

 

 

 

 

「元次さん!?しっかりしてください!!元次さん!!」

 

「落ち着け山田先生!!鍋島のバイタルサインを確認するんだ!!私達が取り乱しては納まる事態も納まらなくなる!!」

 

アリーナの異常事態に伴い、事態の平静を保つ様にと学園側から厳命されていた千冬と真耶だが、既にその命令の事を忘れ掛けている。

画面に映る大事な生徒であり、愛する男が滅多打ちにされているからだ。

トドメとばかりに打ち込まれたグレネードの直撃を受けて動かなくなった元次を見て、真耶は半狂乱気味に声を張り上げて元次に呼びかけた。

しかし自分達が混乱すれば事態は更に悪くなる事を理解している千冬の叱り付ける声に、真耶も平静を取り戻す。

 

「ッ!!……バイタル正常値!!命に別状は……ありません……ッ!!」

 

「怪我の具合は!?」

 

「肩と胸から出血が確認されていますが、内臓に傷は見当たりません!!ダメージの過剰蓄積で気絶しています!!」

 

「そうか……ボーデヴィッヒのISはどうだ?相変わらずか?」

 

一先ず命に別状が無い事を確認出来た管制塔のメンバーは全員安堵の息を吐く。

しかしまだ確認出来たのは元次の無事だけだ。

故に全員、千冬の言葉を聞くと直ぐに顔を引き締めた。

 

「駄目です。今も此方からの呼びかけに一切応答がありません……やっぱり、ボーデヴィッヒさんの意思に関わらず、自立行動しているモノかと」

 

「やはり此方からは手の打ち様が無いか……」

 

千冬は自分を含めた管制塔の人間では事態を納める事が出来ない事に歯痒い気持ちを感じた。

本当なら今直ぐにでも打鉄に乗ってアリーナに向かいたい所だが、いざという時に千冬が命令を無視するであろう事は学園長に読まれていたらしい。

訓練機の格納されている格納庫は学園長の権限で閉鎖され、緊急用に出してあったラファールは既に破壊されている。

大事な家族が戦っている場面に駆けつけられず、千冬は表情を苦く歪めるが、直ぐに真剣な表情でモニターを見る。

 

『おぉおおおおおおおおおお!!!』

 

モニターに映る大事な家族である一夏は、烈火の雄叫びを挙げて暮桜へと突撃している。

今の自分には何も出来る事が無い……であれば、自分がすべき事は、大事な家族を見守る事だけだ。

それに、千冬には確固たる確信がある。

自分の弟は……紛い物の力には決して負けないという気持ちが。

それに元次にしても、あの程度の傷でくたばる程ヤワじゃないという信頼があった。

自分の愛する男は、どんなに傷付いても、胸に抱いた一本の芯が曲がる様な弱い男では無いと。

 

 

 

 

 

――この時、現場の緊急事態にのみ目を向けていた千冬と真耶は、別のコンソールに浮かぶ文字を見逃していた。

 

 

 

 

 

――そう。

 

 

 

 

 

 

Damage Level……E.

 

 

 

Certification……Clear.

 

 

 

the rate of operation.……32%

 

 

 

Mind Condition……anger

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――One Off Ability……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新たな暴力の目覚めを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「おぉおおおおおおおおおお!!!」

 

腹の底から搾り出される咆哮。

それは内に渦巻く激情を吐き出さんがばかりの、魂の叫びだ。

家族の想いを土足で踏み躙られた怒り。

自らの兄弟分が、文字通り身体を張って作ってくれた機会を無駄にせんとする意気込み。

兄弟の受けた傷を倍返しにせんとする気迫。

其れ等がごちゃ混ぜにされた叫びを吐き出して、一夏は暮桜モドキへと駆ける。

 

『……(チャキッ)』

 

一方で、ラウラの最強への執着が生み出した虚像は、敵性意識のある一夏へと剣を構え、一夏を待ち受ける。

対象の構えから、使われるであろう技を計算し、それに最も適した迎撃法をシュミレート。

銃火器は手元に無い……いや、必要ないと判断し、暮桜モドキは千冬の剣技を使用する事にした。

一夏の戦闘能力は先程沈めた元次には遠く及ばないと、判断した故に。

……その考えこそが、暮桜モドキが所詮『モドキ』でしか無い事の証明だった。

 

「ブッタ斬ってやる!!この偽者野郎ぉおおおお!!」

 

一夏は己が激情の全てを吐き出すかの如く雄叫びを上げ続け、暮桜モドキとの距離を詰める。

兄弟に傷を付け、姉の剣技を貶める目の前の偽物を見ていると、頭の中に過去の情景が蘇る。

暮桜モドキが一番最初に一夏を迎撃する為に使用した剣技。

それを千冬から一番最初に教わった時の光景が鮮明に浮かんできたのだ。

 

『いいか一夏。刀に振り回されるな』

 

夏の日差しが差す道場で、学生服に身を包んだ千冬が刀を手に持って一夏に視線を向ける。

視線を向けられてる一夏の手にも、同じく真剣が握られていた。

 

『刀は振るうモノだ……振られる様では、剣術とは言わない』

 

まだ幼い一夏には持ち上げる事すら困難な重さを持っていた真剣。

一夏は呻きながらもそれを一生懸命に持ち上げようとしていた。

千冬はそんな一夏に対して昔から変わり無い冷静な表情を浮かべて見つめる。

 

『……重いだろう?……それが、人の命を断つ武器の重さだ』

 

本来は握る事すら許されない、相手の生命を刈り取る武器。

そんな代物を幼き子に持たせる事は到底許される事では無い。

しかし、千冬は一夏に知って欲しかった。

自分に憧れて剣を学ぶのなら、剣を振るう大切な心構えを。

 

『この重さを振るうこと。それがどういう意味を持つのか、考えろ。それが強さということだ』

 

ただその生命を絶つかどうかの問題ではなくて、人を生かすか殺すかという心の持ちよう、刀の使い方の問題である事を。

何時か剣を振るう時に、その道を誤らないで欲しいという願いを込めて、千冬は真剣の技を教えた。

 

『刀とは、その重さを利用して振り抜くのだ』

 

右腕のみ装甲を展開して、雪片弐型を横薙ぎに構えながら、一夏は暮桜モドキに肉薄する。

一方の暮桜モドキは雪片モドキを上段に構えて、一夏を一撃で葬らんとしていた。

 

『手にするのではなく、自らの一部と思って扱え』

 

あの頃は出来なかった、千冬の教えた動き。

頭の中でそれを鮮明に思い返しながら、一夏はその流れを自ら作る。

剣の間合いに入り、互いの制空圏が重なる。

先に雪片を振るったのは、暮桜の方だ。

 

『ッ!!』

 

音は、鳴らなかった。

振られた風切り音を置き去りにして振り降ろされる一刀の軌跡。

 

「――疾ぃいいいッ!!!」

 

目の前の全てを両断せんと振られた剣に、一夏は渾身の力を込めて刀を振るう。

敵では無く、その刀に。

 

ギィイン!!

 

合わせられた刀は弾かれ、目測を誤る。

弾かれたのは……暮桜の刀だ。

元々一刀で切り捨てるつもりだった暮桜モドキの剣技。

二の太刀いらずの斬り込みが弾かれ、暮桜は剣を明後日の方向へ向けてしまう。

しかし元より一太刀で終わらせるつもりの無かった一夏の行動は、既に次の段階へと移っている。

横薙ぎの斬り上げから、弾いた余力で刀を上段に持ち、開いた活路へ剣を通す。

これが、一夏が千冬から最初に受け継いだ剣。

 

 

 

一足目に閃き、二手目に断つ……千冬姉に教わった、これこそが――。

 

 

 

「――ハァッ!!!」

 

 

 

ズバァ!!!

 

 

 

一閃二断の構え。

 

 

 

『――』

 

 

 

――静寂。

 

 

 

縦一閃に振り降ろされた剣戟が、贋作の胸元に亀裂を刻む。

一筋の線となって体表に刻み込まれた一撃。

間違いなく、一夏の剣は、暮桜モドキに届いていた。

 

バチッ!!

 

活動を停止した暮桜モドキだが、その周囲に電撃が一瞬迸り、その体躯を降ろす。

まるで負けを認めるかのように崩れ落ちる暮桜モドキを、一夏は雪片が消えた事で残心の構えを解きながら見つめる。

自分の思いを篭めた一撃が届いた事に喜びを見せる事すらせず、一夏はある一点に視線を向けていた。

それは倒れ伏す暮桜モドキの斬られた箇所から割り出る様に現れ、その身を外界へと晒す。

 

「……ぅっ」

 

まるでベールを脱ぐかの如く現れたのは、この突然変異したISの操縦者であるラウラだった。

両目を閉じたままに暮桜の体内から抜け出る姿は、籠から解放された鳥を彷彿させる。

ラウラの姿が現れたと同時に暮桜モドキの姿が崩れ落ち、泥の様に辺りへと散らばっていく。

倒した――それを認識しつつ、一夏は自分の胸元へと倒れ込んできたラウラを抱き支える。

 

「……わ、た……し……は……?」

 

「……」

 

と、あのISの中から解放されたラウラは弱りきった声を出して、自分を支える一夏に視線を向けた。

その問いに対して、一夏はラウラの顔に黙って視線を向けている。

一夏としては言いたい事は山ほどあったし、元次に宣言した通りにブン殴ってやりたい気持ちもあった。

しかし、自分を見つめるラウラのオッドアイが――まるで親に縋る弱々しい子供の様な表情を見せている。

何が原因でラウラがそんな目をするのか等、ラウラの事情を知らない一夏には知る由も無い。

言ってしまえば他人事だ。

……だが。

 

「……手間かけさせやがって」

 

「ぅ……ぁ……?」

 

そんな視線を受けて、その上で殴り飛ばそう等とは思えないのが、一夏のお人好しな所だ。

最初は厳しい目で見ていたが、今はその感情を抑えて、弱々しい姿のラウラに苦笑を浮かべる。

 

「……まぁ、なんだ……ぶっ飛ばすのは、勘弁してやるよ」

 

一夏は力が入らなくて弱ったラウラの体を抱き止めながら、彼女の顔に掛かる銀髪を避けた。

長い銀髪に隠されていた顔が良く見える様にすると、そこには今の状況が理解出来ずに目をパチクリとさせるラウラの姿がある。

そんな表情が可笑しくて、一夏は少し頬を緩ませた。

兎にも角にも、自分の怒りの原因である偽物は倒す事が出来たのだ。

他の二体は自分の兄弟が倒したので、元のラファールの形へと戻っている……ほぼ残骸ではあるが。

何とも波乱万丈な一回戦だったがとりあえず危機を乗り越える事は出来たと、一夏は安堵して溜息を吐く。

しかし安心してばかりも居られない。

まだ、姉の真似事をした憎きISに吹き飛ばされた元次が残っている。

そう意識した一夏は若干焦りながら、未だに起き上がらない元次へと視線を向ける。

絶対防御を突破したダメージを受けたのか、見るも無残な姿を晒す元次とオプティマス・プライム。

アーマーは所々が破壊され、内部構造の見える部分からスパークを撒き散らしている。

明らかにこの前のセシリアや鈴よりも深刻なダメージを負っているのが直ぐに理解出来た。

速く兄弟を治療してもらわないと――!!

自分にとって、もはや無敵なんじゃ無いかと思っていた元次の敗北。

その事実に歯噛みしながらも、一夏はラウラを抱えたまま立ち上がって元次へと駆け寄る――。

 

 

 

ボゴ!!ボゴボゴボゴボゴ!!!

 

 

 

「な!?――う、そだろ?……」

 

「ッ……なん、だ……コレは?」

 

 

 

しかし、その歩みだした脚は止まってしまう。

余りにも予想外だった光景に脳は思考を止め、身体は動きを停止した。

目の前で起こっている事態に驚愕したのは一夏だけでは無い。

一夏に抱えられたままのラウラや、遠巻きに自分達を見つめていたシャルル達もだった。

それどころか、この会場に居る誰もが驚愕の表情を浮かべている。

 

 

 

――悪夢は、まだ続いていたのだ。

 

 

 

 

ボゴボゴボゴボゴ……!!!

 

 

 

一夏達が目を見開いて眺める光景は、正に常軌を逸脱した光景だ。

先ほどの零落白夜の一撃を受けて崩れ去った筈の暮桜モドキ『だった』モノ。

つまりラウラのシュヴァルツェア・レーゲン『だった』モノ。

その崩れ去った筈の残骸が泥の様に流動して、再び一箇所に集まっていく光景。

有り得ない光景の筈だった。

あの暮桜モドキによって変異させられたラファールは別にしても、大本であるシュヴァルツェア・レーゲンが再生する等。

ましてや操縦者すらも乗っていない無人のISが、再生と再起動をするのは、今までのISの常識というものを根底から覆してしまう。

今までの歴史が引っ繰り返る様な出来事に、観客席の人間達は驚愕していたのだ。

 

「冗談じゃねぇぞ……ッ!!こっちはもうエネルギー全部使い果たしたってのに……ッ!!」

 

「……アレは……私のレーゲンなのか?」

 

一方でアリーナに居る一夏は折角脱した窮地が再び襲い掛かってきた事に歯噛みし、ラウラは目の前で起こる現象に呆然とした声を出す。

 

「まぁ、さっきまではそうだったよ……何でああなっちまったのかは俺も知らねえけどな……お前は知らないのか?」

 

「わ、分からない……あんなシステムは、今まで見たことが無い……それ以前に操縦者が居ないのに独立で動くISなんて……」

 

「いや、そっちの方は少し前に見たことがある……つっても、アレはこんなのよりISっぽかったけどな」

 

ラウラの言葉に、一夏は先日のクラス対抗戦で襲撃してきた無人機の事を思い出す。

結局あの無人機も何処の誰が作った物かは判らなかったが、今回のコレに関しても一夏には何も判らなかった。

只、ドイツの何処かが作ったんじゃないかという予測は、シャルル達と考えていたが、結局は憶測の域を出ない。

そんな事を考えてる間にも泥は流れ続け、遂にその集まりは人の形を作り始めた。

 

グニュグニュグニュ――。

 

「おいおい……もう暮桜の面影すら無えじゃねえか……」

 

「……」

 

そして、遂に形作られた異形を前にして、一夏は乾いた声を出してしまう。

一夏の腕に抱えられているラウラは呆然とした表情で目の前に浮かぶ異形を見つめている。

 

『……シュー』

 

新たに形作られた異形は、口の様な部分から小さく空気を吐く様な音を鳴らしつつ、その赤い眼を一夏達に向ける。

悪夢の様なシステムが新たに成った姿は、およそ人の姿には見えない。

まるでカマキリの如く細長い身体に、支えを付け足した形の手足。

全体的に細長い顔の造形に、顔の周りには柳葉の様な細長い装飾が施され、それが規則的にユラユラと揺らめく。

その異形の手には、指し示した先の者を殺める殺意が体現している。

無骨にしてシンプルなデザインの槍……その向けられる先は火を見るより明らかだ。

 

『……(ググッ)』

 

「……やっぱそうなるよなぁ……くそっ」

 

「あ……あぁ……ッ!?」

 

「ッ!?一夏ぁああ!?」

 

「織斑君!!ボーデヴィッヒさん!!」

 

「逃げなさい!!早く!?」

 

一夏達の危機を感じ取ったシャルルと先生達は声を張り上げて走り寄る。

まるで品定めするかの様に、膝を付く一夏と抱えられたラウラへ視線を向けた新たな脅威。

その異形は歪な造形の顔の口元をニイィ、と吊り上げる。

まるで人間が笑うかの様な形……本当に目の前の物体はISなのかという疑問が一夏の脳裏に浮かぶ。

しかしそんな疑問はこの場では意味を成さない。

……目の前で槍を高々と振り上げるISを止める事は出来ないのだから。

シャルルや先生達は今正に死の縁に足を落としかけている一夏達の側へ向かおうと走るが……。

 

「来るな!!」

 

「「「ッ!?」」」

 

しかし、それは他ならぬ一夏の声で止められてしまう。

 

「ISが使え無えんだから、こっちに来ちゃ駄目だ!!逃げろ!!」

 

「で、でも!?」

 

シャルルは一夏の言葉に声を詰まらせるが、それでも本心は駆け寄りたくて仕方が無かった。

シャルルとて、一夏達の側に行っても死ぬだけだと、理性では理解してはいる。

しかし彼女の本能とも言うべき場所がそれを否定して感情の渦を呼び起こし、思考を乱す。

このままでは一夏達が死ぬ。

それを考えると居ても立ってもいられない程の焦りが湧き上がる。

一方で自らを死へと誘う槍の穂先を見つめる一夏の顔には、恐怖ではなく悔しさが浮かんでいた。

 

「くそ……ッ!!折角兄弟が露払いしてくれたってのに……最後の最後でこれかよ……ッ!!」

 

それは目の前の脅威から大事な者達を守る事が出来ない悔しさと、兄弟の決死の行動が意味を成さなくなってしまった事への罪悪感。

もしこのまま槍が自分とラウラを穿けば、次は間違いなくシャルル達にその矛先が向かうであろう。

更にその後は、もしかすれば観客の皆。

箒や鈴、セシリアやクラスメイトが死ぬかもしれない。

脳裏に浮かんだ最悪のシナリオに終止符を打つ事が出来ない自分の無力さを、一夏は嘆く。

 

「……あ……ぅぁ……ッ!?」

 

「……すまねえ、ラウラ……今の俺じゃあ、お前を守れそうに無え……でも……」

 

そして、目の前から迫る死の恐怖に震えるラウラを、一夏はしっかりと抱きしめて目の前の異形から守ろうとする。

そんな一夏の行動に、ラウラは呆然とした表情で自分を抱き締める一夏を見上げた。

どうしようもない現実を前にして、何故この男はこころが折れない?

自分と同じ様に窮地にいるというのに、何故自分では無く他人の心配が出来る?

ダメージを負って動けない自分を囮にすれば、もしかしたら逃げられるかもしれないのに。

そんな疑問で、ラウラの頭の中は埋め尽くされていた。

一方で一夏にしてみれば、気に入るとか気に入らないとかじゃない。

何より、震える女の子を見捨てて逃げるという下劣畜生の所業は、一夏の最も嫌う行為だった。

例え、それが守り通すには無力過ぎる自分であっても……同じく死の淵にいようとも――。

 

「絶対に、見捨てねぇ……ッ!!何があっても……ッ!!」

 

「お、お前……ッ!?何故……」

 

何故憎いはずの自分を庇うのか判らずに声を出すと、一夏は異形に目を向けたまま苦笑する。

 

「……只の意地だよ……例え無謀でも……自分の意地だけは、絶対に曲げねえ……曲げちゃいけねえんだ……ッ!!」

 

一夏はラウラにそう答えながら、槍の穂先を真剣に見つめる。

まだ身体は動く、それなら諦める訳にはいかない。

真正面から戦って勝てる筈も無いのなら、死に物狂いで槍を避けるしかないと一夏は考えていた。

それは誰が考えても無謀な考えだが、一夏は決して諦めない。

どんなにかっこ悪くても、自分が死ぬ事で大事な家族を……千冬や元次を悲しませたくないからこそ。

そして、動けなくて自分の腕に抱かれているラウラの命は、今や自分が握っているのだ。

その命を自分の所為で散らせるなんて事は絶対にしたくないからこそ、一夏はその瞬間まで絶対に諦めない。

 

 

 

女の子一人を見捨てる様な、最低でかっこ悪い男にはなりたくないから――。

 

『……(ググッ)』

 

「ッ!!」

 

「一夏ぁあああああ!?」

 

 

 

 

 

そして、異形が振るった槍が確かな殺意となって振り下ろされた。

一夏は迫り来る槍に対して決死の回避を行い、その光景を見つめるシャルルは涙を零しつつ悲鳴をあげる。

刹那、高速で迫り来る槍が一夏を貫かんとし――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――オイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――すべての時が、止まった。

 

 

 

 

 

『(ピタッ)……??』

 

「ッ!?……え?……」

 

「……な、なにが?」

 

振り降ろされる筈だった槍は動きを止め、異形はある一点を凝視する。

その動きに疑問を持ったのは穿たれそうになっていた一夏とラウラだけでは無い。

このアリーナに居る誰もが、突如として動きを止めた異形に対して疑問を持っている。

一夏は困惑しながらも異形の向ける視線の先を辿っていく。

 

「……なに……してんだよ?……テメェ?……」

 

「ッ!?ゲン!!!」

 

そして、異形の見つめる先に居た自分の兄弟……元次が起き上がろうとしている光景を見て声高に叫んだ。

先ほどまでうつ伏せで倒れていた元次は両手を地面に付きながら、身体をゆっくりと起こそうとしている。

――生きていた、無事だった。

震えながらも身体を起こそうとしている自分の親友の姿を見て、一夏は目から涙が出そうになる。

未だに顔は俯いていて表情は判らなかったが、それも元次が無事に生きている事を感じて、一夏は震えながら(・・・・・)も笑顔を浮かべる。

 

「――ん?」

 

震えながら?

おかしいなと感じて一夏は自分の身体を見下ろすと……間違い無く震えていた。

自分が気付かなかっただけで、身体の方はもの凄く震えている。

 

「────────んん?」

 

自分の身体の震えを自覚した瞬間、何とも言えない感覚が腹の底から湧きあがってくる。

止めようの無い、自分の意思ではどうにもならない……外から向けられる圧力ともいうべき感覚。

 

「――ハッ――――ハ、ァ――」

 

「……へ?……お、おい?ラウラ、大丈夫か?」

 

「ハ、ァ……か、身体が……震えが、止まらない……これは、一体……?」

 

自分の身体に起こる現象に戸惑っていた一夏だが、ふと顔色が蒼白なラウラを見て声を掛ける。

しかしラウラも自分と同じく原因不明の震えが起きてるらしく、しかも呼吸が覚束ない。

明らかに自分よりも重い症状を出しているではないか。

しかも周囲の異変はまだ終わりではなかった。

 

「(ペタン)あ、あれ?ど、どうして?……あ、足が……」

 

「な、何?何で座り込んでるの、私は?」

 

「ち、力が、急に……抜けて……」

 

「シ、シャルル?それに先生達も……」

 

一夏が視線を向けた先に居たシャルルと先生達は、急に足に力が入らなくなったのか、地面にペタンと座っている。

本人達も自分の身に何が起きたのか困惑しているらしく、更に身体は一夏やラウラと同じく震えていた。

一体自分達に何が起きているのか?

突如襲ってきた感覚に戸惑う一夏だが、今は目の前に自分達の命を狩り取らんとする異形が居るのを思い出し、視線を向け直す。

 

『……ッ!!?』

 

「……え?」

 

しかし、向け直した視線の先に居る異形を見て、一夏はマヌケな声を出してしまう。

目の前に居た異形のISは、まるで焦った様に自分達から距離を離して、別の場所に向けて構えを取ったのだ。

そして、その槍が向けられた先に居る存在こそ――。

 

「……ISってのが、どんな存在か……テメェ知ってんのかよ?」

 

『稼働率、39%に上昇、更に上昇中……』

 

大地に四肢を付いて立ち上がらんとする、満身創痍の元次だ。

他の者達には聞こえていないが、オプティマス・プライムは無機質な声音で現状を分析していた。

見るからに無残な姿になってしまったオプティマス・プライムの外観。

しかし身を起こそうとしている元次はそれに構う事無く、ゆっくりと言葉を紡ぎ続ける。

 

「ISは……束さんの……(そら)に行きたいっていう……『夢』の結晶なんだぞ?」

 

『神経伝達ホルモン、アドレナリン及び脳内麻薬エンドルフィンの異常発生を確認。抑制開始……エラー。抑制不能、尚も分泌中』

 

自分達の乗っているISに込められた本当の目的。

それを、今の危機的状況で語る意味が判らず、一夏達も、観客も、皆困惑していた。

 

「千冬さんの、雪片にはなぁ……家族を守る為の強さっていう……『誇り』が詰まってんだぜ?……それを――」

 

ボゴォ

 

突如、語り続けていた元次の筋肉が脈動を起こし、膨張した。

それは先ほどの本気と言っていた時の力を超え、更に上の次元へと引き上げられていく。

更に変化は続いて、元次の身体を覆う様に蒼海色に揺らめくヒートの炎が湧き上がる。

だが、その色合いがおかしい。

まるで別の色が混ざり合ったかの如く色合いを変えて……それは紅蓮の如き紅色へと変貌していく。

まさに地獄の業火と呼ぶに相応しい赤色の炎……一夏は知らない事だが、これぞ千冬が纏っていた『レッドヒート』の炎だった。

本物の強者しか纏えない強さの証に、元次は至ったのだ。

ここで一夏は長年の付き合いから、今の元次の様子に対して「もしかして……」という憶測を立てた。

 

 

 

それ即ち――。

 

 

 

「それを……俺の大事な人達の『夢』と『誇り』を……土足で踏み躙って――」

 

『体温急上昇、異常値。身体能力レベル、更に上昇中……稼働率、条件、共に達成――』

 

 

 

「ん?こいつマジ切れしてね?」という仮説――。

 

 

 

そんな仮説を一夏が胸の中で考えた時、身体を起こして周囲に晒されたのは――。

 

 

 

 

 

「『――――その上俺のダチを傷付けようってヤツァ……ッッッ!!!』」

 

『オプティマス・プライム単一仕様(ワンオフ・アビリティー)――『暴獣怒涛(ぼうじゅうどとう)』――発動します』

 

 

 

 

 

歯茎を剥き出し、顔中の血管をこれでもかと浮き上がらせ、獣の様に瞳を小さく、鋭くした――。

 

 

 

 

 

「『――何処の……どぉいぃつだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!』」

 

 

 

 

 

キュキュキュッ……ボオォオオオオ!!!

 

 

 

歪に哂う、『鬼』の『貌』だった。

 

 

 

オプティマスの肩アーマーから伸びる煙突の様な部分から青い炎を撒き散らして佇む元次の姿。

鬼と呼ぶのに相応しい、いやそれ以外に呼べない憤怒の形相。

それは正しく元次の細胞から心に至るまで、全てが怒り一色で染められた事の現し。

猫背の状態で立ち上がった元次は憤怒の形相を浮かべたまま、歪に嘲う。

目は先程浮かんでいた瞳すら消えて、白目を向いているのだから、尚の事恐怖を煽る。

ボロボロのオプティマスを纏いながら哂うその様は、手負いの野獣を彷彿させる程のものだ。

ここに至って一夏は漸く気付いた――自分達の身体の異常は、元次の怒りに充てられた事の反応だと。

余りにも強すぎる怒りに、自分達は脳で理解する前に本能が屈したのだと、漸く思い至ったのだ。

 

「あっ……ぁ……――」

 

「ひ、ぅっ――」

 

ドサッ。

 

ここで、元次の怒りに染まった表情を直視した先生達二人が、余りのショックで気絶してしまう。

普段なら助けに行く一夏だが、生憎今の一夏にはそんな余力は残っていなかった。

――気絶しそうなのは、自分も同じなのだから。

 

「ひっ!?」

 

「う、うあぁ……あ、ぁ……ッ!?」

 

更にシャルルとラウラの二人は、元次の溢れる怒りの波動の前に涙を流して嗚咽してしまう。

まだ気絶していないだけ賞賛に値すると、一夏は素直に尊敬した。

長年の付き合いがある自分ですら、気を抜けば腰が抜けそうな状況で意識を保っていられるのだから、それだけで充分だ。

 

『ッ!?……』

 

ふと、あの異形のISに目を向けると、異形はジリジリと元次から距離を離していく。

操縦者が居ない筈の『機械』が、人間である元次に『怯えている』のだ。

元次はそれに気付いているのか気付いていないのか、変わらぬ姿勢で異形を見据えて言葉を発する。

 

「『俺を怒らせやがって!!!お陰でエネルギーがフル生産されたぜぇ!!!――チョォオシに乗ってるヤァツがいるなぁあああああああああ!!?』」

 

正に獲物を見つけた猛獣の如き眼差しを受けて、異形は槍を構えて元次に敵対する。

その相対図は、手負いの猛獣と狩人というのがピッタリ当て嵌まるだろう。

 

 

 

――しかし、狩られる側は猛獣にあらず。

 

 

 

その咆哮と共に、元次は身体を沈め――。

 

バゴォオオオオオ!!!

 

『ッ――』

 

「……え?」

 

一瞬で異形の眼前に現れ、勢いをそのままに異形を蹴り飛ばした。

全く目で追えず、いきなり異形と元次の立ち位置が入れ替わり、一夏は呆然とした声を出してしまう。

何時の間にか接近していた元次の繰り出したケリを腹部に受けた異形は、身体をくの字に曲げて空へと撃ち出される。

まるでブースターを吹かして跳び上がったかの様な速度で空へと打ち上げられていく異形に対して、元次の身体に量子変換の光が纏わる。

IS内部に量子変換されていた武装を展開する予兆だ。

 

「『(ガチャッ)グガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァ!!!』」

 

口元が張り裂けんばかりに開かれた壮絶な笑みを浮かべ、元次はまるで地獄から響く唸り声の様な笑いをあげる。

その両手と両肩に展開されたのは巨大なコンテナボックスに無理矢理取り付けられた巨大な大砲の様な銃。

まるで拳と見紛う程に巨大な銃弾……否、砲弾を連射でバラ撒く凶悪銃、『セミオートカノン』だった。

展開されてから間髪入れず、元次は両手の砲口を空に高々と翳して、その豪砲を轟かせる。

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

ブリットが撃ち上がり、シェルが排莢されて甲高い音を地面に鳴らす。

コンテナボックスから次々とベルト給弾でカノンに運ばれる大量のシェルブリット。

尽きない弾幕を描く為にまるで狂った様にトリガーを乱打する元次。

反動の物凄い筈のセミオートカノンを己が腕力のみで抑え付け、矛先を制御している。

打ち上がった砲弾は寸分違わず、全て空にいる異形の身体を削っていた。

 

『ッッッ!!?』

 

「『グァガガガガガガ!!誰の夢と誇りを穢したと思ってんだテメェ!!!死刑(ミンチ)確定だぞア”ア”~ン!!?』」

 

瞳孔の無い血走った白目で睨みつけてくる、血管の浮き上がった憤怒の形相。

それでありながら口元は張り裂けんばかりの笑みを携える元次の表情は、もはや恐怖以外の何物でも無い。

笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。

まさしく傷を負わされ怒りに狂う野獣が牙を剥いた表情というのは、最も元次に相応しいのかもしれない。

人間が使わなくなった長い時の中で退化した筈の鋭い牙を思わせる八重歯。

その顎に掛かるは、哀れな獲物でしかない。

 

『ッッ(バヂヂ!!)』

 

やがて人の目で目視出来る距離まで落ちてきた異形の姿は……無残の一言に尽きる程だった。

砲弾の集中砲火を喰らった所為で、体中の彼方此方のパーツが欠損している。

円に無理矢理引き千切られたかの様な傷跡が、野獣の牙に食い千切られたモノを想像させる程だ。

まるでボロ雑巾の様に落下してくる異形を、元次は笑みを絶やさずに迎え撃つ。

即座にセミオートカノンを収納してエナジーアックスをコールして構えた。

しかしてそれは『断つ』動きでは無く、『潰す』構え。

まるでバットの様に肩に担いだ体勢から、片足を上げて落ちてくる敵を見据えている。

 

「『ドラァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』」

 

ドゴォオオオオッ!!!

 

『ッッ!?』

 

大地を踏みしめる1本の足から残りの脚を地面に付き、力を伝えて回転。

腰、腹、胸から肩へ、肩から肘、手首へと連動させつつ、己の筋力を総動員した振り。

鋼鉄のエナジーアックスがまるで曲がった様に見える程の速度で振り抜かれた一撃は、確かに異形を捉えた。

しかもその一撃は彼方へとカッ飛ばす為の一撃では無い。

 

「『グアラァアアアアアア!!!』」

 

『ッッッッッ!!!?』

 

バゴォオオオオオオッ!!!

 

自らの力で、敵を大地に叩きつける一撃だ。

鉄と鉄の鳴らす不快な金属音を奏でつつ、異形は地面へと叩き付けられる結果となり、その身体を地面へと横たえる。

零れ落ちる破片が元次の身体や顔に当たるが、それでも表情は一切変えない。

元次は何食わぬ顔で攻撃を続行し、異形の手から離れた槍を掴んで力の限り振り降ろした。

 

ブシュッ!!!

 

『PIGYAAAAAAAAAAAAAA!?』

 

と、ここで異形に変化が起きる。

振り降ろされた槍が肩を貫いた瞬間、何と異形が声を発したのだ。

口の様な造型の部分を開いて、まるで苦悶に苛まれているかの様な表情を浮かべる異形。

普通ならここで馬鹿な、ありえないと思う輩も居るだろう。

しかし今は会場全体が元次の怒りの覇気とも言えるモノに充てられており、恐怖に震える事しか許されて居ない。

だから誰も騒ぎ立てられなかった。

 

「『やぁかましぃぜ!!!STRONGHAMMERrrrrrrrrrrr!!!』」

 

ドゴォオオオ!!!

 

『gyu!?』

 

元次は悲鳴を挙げる異形に刺した槍を掴んで異形の身体を持ち上げると、必殺とも言えるストロングハンマーを叩き込んだ。

何時もならこの段階で敵は吹き飛ばされていくのだが、今の敵は肩に刺さった槍で上体を固定されている。

故に、元次の攻撃はまだ終わらなかった。

鉄を砕く甲高い音を鳴らして抉り込んだ拳を引き戻して、再度拳を振るう。

 

「『HAMMER!!HAMMER!!HAAAAAAAAMMERRRRRRRR!!!』」

 

ドゴォオオオ!!!ドゴォオオオ!!!――バグシャァアアアアアア!!!

 

『g――』

 

計三度、寸分の違いも無く顔面へと撃ち込まれたストロングハンマーの連撃。

最後の一撃にIMPACTを使用した威力は凄まじく、掴んでいた槍の柄が折れて、異形が吹き飛ばされていく程だ。

殴られた顔の造形は酷く崩れ、最早見る影もない。

 

『g……g!!』

 

そこまで蹂躙されようとも、アリーナの外壁に叩き付けられようとも、異形はまだ形を保っていた。

しかし壁に力無く寄りかかる様を見れば、誰もが満身創痍である事を理解するには難しく無い。

そんな哀れな姿を晒す異形に嬉々として突撃していく元次は、最早誰にも止められない暴走機関車そのものだ。

アリーナの外壁にもたれかかって無様を晒す異形へと、元次はエナジーソードとショットガン『AA-12』を展開して迫る。

 

「『カハハハハハハハハァッ!!』」

 

『ッ!!!』

 

迫り来る野獣に対して万策尽きたのか、異形は自身が激突した事で出来た外壁の破片を元次に向かって投げつける。

肩に槍が刺さっているが、それを抜いている暇が無いと判断したからだ。

 

「『ア”ア”ァ!?それで攻撃のつもりかぁ!!?』」

 

その投擲に対して、元次はスラスターの出力を左右で変えて、ドリルの様に螺旋を描いて回転して回避する。

続く第二投は左手のエナジーソードで斬り落とし、右手のAA-12を突き出す。

弾種は近距離で最も威力を発揮する12ゲージバックショット。

最も得意な射程距離に近づき、暴威がその火を噴く。

 

バァババババババババババババババ!!!

 

『ggggg!?』

 

撃ち出された小粒のペレットがバラ撒かれ、射線上に位置する異形の身体を食い破る。

更にマガジンは束ご謹製の特別製ドラムマガジン。

常識を超えた暴力の嵐が撒き散らされる上に、弾丸が尽きても攻撃は止まない。

 

「『ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴゥラァアアアアア!!!』」

 

ズバァアア!!

 

『gigyaaaaaaaaaaaa!?』

 

弾切れを起こしたAA-12を放り出し、右手のエナジーソードを真っ直ぐに突き出す。

その剣の通り道に、まるで親に叱られた子供が叩かれない様にと同じ様に突き出された異形の手があるが、元次の剣はそれすらも喰らう。

物の序でと言わんばかりに異形の指を何本か斬り落とし、更に顔を横向きに横断する様に切り裂く。

 

『――nuaaaaaaaaaa!!!』

 

しかし、異形も只やられてばかりではなかった。

直ぐに持ち直した異形はまず突き出されたオプティマスの腕を掴み、残った手で逆方向に叩き飛ばした。

そうすることで体勢が崩れた元次の裏側に回り込み、オプティマスのロケットブースターにしがみつく。

その動きは死に物狂いと呼ぶに相応しい速さだ。

 

バギィ!!

 

「『――ク、クガガガガガガ!!』」

 

『ッ!?guiiiiii!!』

 

そして、元次の背後へと恐るべき速度で回り込んだ異形は、オプティマスのメインブースターを無理矢理引き剥がした。

しかしそれすらも意に介す事無く、元次は只狂った笑い声を出すだけだ。

そんな元次の尋常ならざる様子に何かを感じ取ったのか、異形はその手に持つブースターを、自身へと振り返ろうとしている元次の顔面へ振りかぶる。

 

バゴォオオ!!

 

「『ブッ――カァッカカカカカカカァ!!!喧嘩売った相手が悪かったなぁオイ!!!』」

 

顔面へと勢いを付けたブースターを叩き込まれた元次だが、それでも笑いを止める事は無かった。

更に追撃とばかりに肩から引き抜いた槍を振る異形だが、今度はしっかりと両手で止められてしまう。

そのまま元次は槍を掴んだ状態で回転し、異形の手から無理矢理武器を取り上げた。

強力な力で元次に槍を掴まれたまま回転された異形はその力に引っ張られてしまい、無防備な背中を元次に晒す形になる。

 

「『ぬぅん!!』」

 

『(ザブッ!!)gugi!?』

 

無防備に向けられた背中に対して元次も背を向けているが、元次はそこから奪った槍を突き出し、異形の首もとを貫通した。

その状態で槍を振り回して、異形をアリーナの外壁に叩き付け、槍を腕力で捻じ曲げながら異形の正面に回る。

背中を向けていた者同士が対面に向き合い、元次は捻った槍の持ち手と刺した部分を両手で掴み――。

 

 

 

「『――その面ァ剥いでやる!!!』」

 

ブチブチブチィイイ!!!

 

『go――ga――』

 

 

 

何と強引に力を掛けて、異形の顔面を剥ぎ千切ってしまった。

人間で言うなら、顔の皮膚を剥ぎ取るという残虐非道にして無慈悲な行為。

それを笑いながら敢行した元次に、元次に敵意を持つ者達は皆一様に恐怖した。

そして顔面を剥ぎ取られた異形は、鋭い眼光の下にあった丸いモノアイが白日の元に晒されてしまう。

既に戦う力は残っていないのか、顔を剥ぎ取られた異形は力無く動きを止めていく。

 

 

 

しかしそれでも満足しないのが猛獣だ――猛獣は、獲物の息の根を完全に止めるまで止まらない。

 

 

 

最早動く事すら敵わない異形の肩を掴んで無理矢理体勢を引き起こさせた元次は、残った右腕にあらん限りの力を込めて撃ちだす。

握られた拳ではなく、熊手の形を取った元次の攻撃は――あらゆる相手を一撃で戦闘不能にさせる事に重点を置いた『必殺必中』の攻撃。

元次が自身の本能で生み出したレッドヒートの――極アクション――。

 

 

 

 

 

「『――グルァアアアアアアアッ!!!』」

 

ズドォオオオオオオオッ!!!!!

 

『真・猛熊撲殺の極み』だ。

 

 

 

 

 

『――』

 

自身を形成する核――ISコアとは『別』の重要なファクターを抉られた異形は、最早形を保てない。

只、己の胸から伸びる腕によって外気へと抉り出された核が握りつぶされるのを黙って見ているしか出来なかった。

 

「『ハァ――俺の手で……地獄に落ちろ!!!』」

 

核が破壊された事で形を保てなくなったISに対して凄惨な笑みを浮かべながら言い放った元次。

その暴風とも言うべき暴力の嵐を、一夏は呆然と見つめるしかなかった。

 

「あっ……あっ…………」

 

一方で一夏に抱えられていたラウラは、元次の力を目の当たりにした上に撒き散らされる怒りのオーラに当てられて、遂に意識を落としてしまった。

寧ろ今まで涙をボロボロと零し、歯をガチガチとカチ鳴らしていたとしても堪えられた事こそ、称賛に値するモノではあった。

シャルルはとっくに気絶してしまっているからだ。

そして、長い時間を共に過ごした一夏は身体は恐怖に震えながらも、まだ意識を保ち続けていた。

殺意の塊とも言える異形のISを、それ以上の圧倒的な暴力で叩き潰した元次を見て一夏が思ったのは――。

 

「……やっぱ、兄弟には敵わねえなぁ」

 

何時もと変わらない勇猛果敢な後ろ姿を見せる兄弟への、惜しみない賛辞だった。

圧倒的に不利な戦いを制し、怒涛の勢いで全てを捩じ伏せてしまう腕力。

何処までも暴力的で、粗暴にして凶暴凶悪。

正に悪鬼羅刹と見紛う一方的な蹂躙劇を繰り広げ――自分達の命を守ってくれた。

例えそれが結果論であったとしても、敵を捩じ伏せて味方を守る兄弟の背中に――何処までも憧れた。

今はまだ守られる立場かもしれない……でも、何れは――。

 

「『フーッ!!フーッ!!……チョーシに乗った……罰だ……』」

 

そう心に決意した時に現れた増援部隊が倒れゆく元次の背中を支えたのを最後に、一夏も気が抜けたのか、地面に倒れて憎たらしく晴れ渡る青空へ目を向ける。

 

「あ~あ……もっと修行しなきゃなぁ……頑張ろ」

 

突き抜ける様な蒼天に一夏の呟きが吸い込まれたのを最後に、長かった激闘に幕が降ろされた。

 

 

 

 

 

――学年別トーナメント、第一回戦――終了。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……知らねえ天井だ」

 

重たい瞼を上げて一番最初に飛び込んだ天井に、俺はテンプレなセリフを零す。

しかし鼻孔にツンとくる独特な匂いが、ここは保健室である事を告げてくる。

どうやら俺は保健室のベットに寝かされているらしいな。

身体に奔る鈍い痛みに顔を顰めながら身体を見下ろすと、上のISスーツを脱がされた包帯だらけの上半身が視界に入った。

 

シャッ。

 

「ッ……目が覚めたか……気分は、どうだ?」

 

「あ~……ちぃと、頭が寝惚けてる感じで、まだ何とも言えねえッスね」

 

「そうか……身体の方だが、全身を無理に酷使した後遺症で、普通なら二週間は痛みに苦しむ所らしいが……相変わらずのタフネスだな……幸い雪片に貫かれた傷も浅いそうだ。綺麗に斬れていたから傷跡も残らない……あの時はさすがに、肝が冷えたよ……」

 

自分の置かれてる状態を確認していると、個室のカーテンを開いて千冬さんが入ってきた。

その表情は何とも泣きそうな感じに歪んでて、余り見た事無い表情だから戸惑っちまう。

 

「あはは……情けねえトコ、見せちまいましたね……俺、結構寝てました?」

 

「いや、まだ二時間程さ……柴田先生は、底知れない頑丈さ(タフ)だと、心底驚いていたよ。ボーデヴィッヒはまだ目が覚めていない」

 

少し苦笑しながらそう言うと、千冬さんは首を横に振りながら、備え付けの椅子に座った。

 

「試合の事、何処まで覚えている?」

 

「えっと……途中意識がぶっ飛びそうになりましたけど、一応あの訳分かんねえISを叩きのめしたトコまではちゃんと覚えてます」

 

「そうか。なら、お前がワンオフ・アビリティーを発現したのも覚えているか?」

 

千冬さんの問いに、俺は頷いて肯定する。

もうなんか途中からテンション上がりすぎて訳分かんなくなったけど、一応俺がブチキレて暴れたのは覚えてる。

あの時に発現したワンオフ・アビリティー、暴獣怒涛。

能力は今一つ良く分かんなかったけど、残り20ちょっとだったシールドエネルギーが一気に回復したんだったな。

そこから千冬さんと束さんの大事な想いを二度に渡って穢したクソ野郎にキレて、ちゃんとトドメは刺したんだが……。

 

「……ボーデヴィッヒのIS……ありゃあ一体なんだったんすか?セカンドシフトって訳じゃ無えっしょ?」

 

俺はベットに寝そべったままに、千冬さんに質問する。

あの時のボーデヴィッヒの苦しそうな様子と、ISらしくない変化の仕方。

幾らISに詳しく無え俺でも、アレは異常だって事が分かる。

思い返しながら千冬さんに視線を向けると、千冬さんは真剣な表情を浮かべていた。

 

「……一応、重要案件である上に機密事項なんだが、被害に遭ったお前には話しておくのが筋だな……あれは恐らく、VTシステムに類似する代物だ」

 

「VTシステム?」

 

聞いた事の無え名称だ。

オウム返しに聞き返した俺に千冬さんは嫌な顔一つせずに頷く。

 

「正式名称はヴァルキリートレースシステム……アレは過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムで、現在はIS条約で研究・開発・使用の全てを禁止されている。それがボーデヴィッヒのISに積まれていたんだ」

 

「オイオイ……じゃあ、それを積んだドイツの連中は……」

 

「完全に条約違反だな。追ってIS委員会から査察と強制捜査が入るだろう」

 

「そんな曰く付きの代物だったんスか……だったらまぁ、ブッ壊しても、いやブッ壊して正解っすね」

 

「あぁ。条約に違反したドイツには何も言わせんさ」

 

「そいつは良かったです」

 

何せ跡形も無くブッ壊しちまったからなぁ……アレ、弁償しろとか言われたらどうしようとか今更になって考えちまってた所だし。

とりあえず一つの心配事が無くなって、心が楽になったぜ。

俺の考えも千冬さんには予想通りだったらしく、少し微笑みを浮かべている。

そんな視線に少し気恥ずかしくなって、俺は話題をすり替える事にした。

 

「と、ところで、今千冬さんはVTシステムってのに類似する代物だって言いましたよね?類似するってのはどういう事ですか?」

 

俺としては今の空気がムズ痒かったから何の気無しに変えた話題だったんだが、千冬さんはそうでは無い様だ。

急にさっきまでの微笑みを消して、かなり真剣な雰囲気を醸し出している。

 

「……さっきも言ったが、VTシステムは過去の部門受賞者の動きをトレースするだけのモノだ。あの時の様な変形や、戦った相手のデータを取り込んでパターンを変える様な事は出来ない。ましてや他の操縦者が乗っていないISを操るなど、どんなシステムでも有りえん話だ」

 

「え?じゃあ、あの時の無人で動かされたラファールは……」

 

「分からん。開発側のドイツもVTシステムの開発を行なったという事実すら認めようとはしなかった。更にシステムそのものを破壊してしまったから、調べようも無い」

 

「……すいません」

 

千冬さんの言葉を聞いて、俺は身体を起こして頭を下げる。

どうにも俺はこの事件の重要な部分の鍵を握る代物を壊しちまったらしい。

マジでどうしよ?

 

「いや、良いんだ。あの状況ではシステムそのものを破壊するのが一番確実だったからな。お前達の命に比べれば、何て事は無い……それに――」

 

謝る俺に言葉を返した千冬さんだが、言葉を切って何も言わなくなってしまう。

何だ?なんで千冬さんはいきなり黙っちまったんだ?

訝しく思った俺が頭を上げて飛び込んできた光景に、俺は目を疑った。

何故なら、千冬さんが椅子に座ったまま頭を深く下げていたからだ。

 

「謝らなければならないのは私だ……本当にすまない……私達大人の都合で……お前に怪我を負わせてしまった……」

 

「え、ちょ!?ち、千冬さん!?俺は別にそんな――」

 

「世間体や、組織の体裁。お前には全く関係の無い事に巻き込んで、挙句に怪我を負わせてしまった……何が世界最強だ……大切な家族すら守れないで、最強も何も無いな」

 

「千冬さん……」

 

千冬さんは俺の言葉に耳を貸さずに、深く頭を下げて謝罪をしてくる。

俺はそんな千冬さんの姿を見て、何も言えずにいた。

多分今この人は、自分が戦わずに、俺や一夏達を危険な目に合わせた事を後悔してる筈だ。

厳しいけど、人一倍責任感が強い千冬さんだからこそ、今回の件は許せねえんだろう。

戦わなきゃいけない自分達大人が後方に待機して、守るべき子供達を戦わせた事を悔いてる。

今回の事件で俺達を戦わせた事が、こんなにも千冬さんに重く圧し掛かってるなんて……。

俺はそんな千冬さんの姿を見ているのが辛くて――。

 

「……(ギュッ)」

 

「ッ!?……げん、じ?」

 

手を伸ばして、千冬さんを抱きしめた。

俺よりも華奢な身体の千冬さんは俺の胸の内にスッポリと収まり、困惑した表情で俺を見上げている。

 

「謝らんで下さい……俺は寧ろ、戦えて良かったんスから」

 

俺の胸にしな垂れる千冬さんを見下ろしながら、俺は笑顔でそう言い放つ。

ホント、俺の大事な人達の想いを踏み躙った野郎をこの手でブチのめす事が出来たのは良かったと思ってるからな。

千冬さんは俺の言葉を聞いて目を見開いて驚くが、直ぐに表情に影を刺してしまう。

彼女が見つめているのは、包帯の奥に隠れている雪片で斬られた俺の胸元だった。

 

「だが……私が命令を無視してでも戦場に出れば、お前にこんな傷を創らせる事も無かったんだぞ?一夏にだって怪我をさせずに済んだかもしれない……なのに、私は」

 

「権力に負けたって言うんスか?」

 

「……そうだ……世界最強などと持て囃されようとも、命令が無ければ動けないのが今の私の現状だ」

 

千冬さんは変わらず視線を俺の傷のある所に注ぎつつ、その綺麗な指をそっと這わせる。

労わる様に、慈しむ様に傷痕を撫でている。

別に俺としては、自分の意思で戦ったからそんなに気にはしてねえ。

 

「千冬さん。俺は今回、自分の意思であのISモドキと戦ったんだ。この傷だって俺の自己責任ですから、そんな気に病んだりしねえで下さい」

 

「……」

 

「それにさっきも言いましたが、俺はアレと戦えて良かったス……自分の大切な人の誇りや想い、夢を踏み躙ったクソ馬鹿野郎を完膚無く叩き潰せて……大切な人の夢を守れて良かったってだけッス」

 

「元次……」

 

俺の言い分を聞いて、千冬さんは少し複雑そうな表情を浮かべる。

そんな千冬さんに、俺は笑顔を向けながら自分の思いを口にした。

 

「一夏……兄弟だって同じですよ。大切な人の想いを守りたいから戦った……何時迄もガキじゃねぇんだ。俺達だって守られてばっかじゃ――男が立たねえ」

 

結局は意地なんだよな、俺と一夏が今回戦ったのだって。

誰の手でも無く、自分達の手でケリを付けたいって我侭を通しただけ。

その結果がこの怪我なら、これは千冬さんが悔むモノじゃなくて俺の責任だ。

自分で勝手に馬鹿やって自分で傷付いただけ……それだけなんだよな。

 

「……」

 

「まぁ、だからアレっすよ千冬さん。そんなに落ち込まんで下さい。千冬さんのそんな悲しそうな顔見るのは……その……すげえ辛いですから……こ、こう、何時もみたいにドーンと構えていて下さい」

 

気恥ずかしくて段々と言ってる事が支離滅裂になってきた。

うわー俺真顔で何のたまっちゃってんだか……っていうか自分がどんだけ大胆な事してるか理解してるのか俺?

俺アレだよ?千冬さん抱きしめちゃってんだよ?しかも自分から強引に抱き寄せちゃってんだよ?

ちょっと傷心気味だった人を無理矢理抱きしめるとか馬鹿じゃねぇのか俺?

っていうか今更になって気付いたけど、俺って気絶してからそのまま運ばれたんだよな。

って言う事は、あんだけ動き回って汗掻きまくった体で千冬さん抱きしめちゃってるとか……やっべえ殺される。

恥ずかしさで赤くなってた顔が、今になって事の重大さに気付いて青色にジョブチェン。

女の人って清潔じゃねえのを嫌がるだろうし、このままじゃ千冬さんにデストロイされちゃう。

そこまで考えが至り、俺はすぐさま千冬さんを離そうと――。

 

「……(ギュッ)」

 

「あ、あれ?ち、千冬さん?あ、あの……」

 

「……もう少し、こうしててくれ」

 

「え?い、いやあのでも……」

 

「……嫌なのか?」

 

したのだが、今度は逆に千冬さんが俺にもっと体重をかけて身体を預けてきたので、離れるに離れらんなくなっちまった。

しかも俺の胸元に顔を押し付けながら、チラリと目だけを俺に向けて窺う様に聞いてくる。

普段のクールビューティーなトコを欠片も感じさせずに、甘える様な声で囁く千冬さんの姿……正直、興奮してます。

しかしこうしててもしも嫌な顔されたら立ち直れないのは間違い無え。

なので俺は喉まで出かかった「嫌な訳無い」という言葉を無理矢理飲み込んで別の言葉を絞り出す。

 

「い、嫌な訳じゃ無えんスけど……そ、その、俺って今、凄え汗の匂いがするんじゃねえかなって……」

 

そう質問すると、何故か千冬さんはキョトンとした目で俺を見つめ、直ぐに可笑しそうに目を細めてクックと笑った。

 

「ぷっ、ククッ……自分から強引に抱き寄せておいて、そんな事を気にしてたのか?」

 

「ぐふ!?い、いやその、これはまぁ、何というか……身体が勝手に動いちまったって言いますか……」

 

「ふ、ふふっ……確かに、濃い男の匂いはするな」

 

可笑しそうに笑って言い放った千冬さんの言葉がクリティカル。

あぁ、なんてこった……まさか面と向かって女の人に臭いなんて言われる日が来ようとは……。

思いっ切りショックを受けた俺の胸元で千冬さんは相も変わらず楽しそうに微笑んでる。

 

「そんなに悲しそうな顔をするな……私は別に臭いといった訳じゃ無い」

 

「はい、すいませ……ん?」

 

おかしいな?ドギツイ現実から目を逸らしたい余り幻聴が聞こえたのか?

どうやら中々に俺の脳みそは見苦しいらしい。

 

「言っておくが、幻聴では無いぞ」

 

おうふ、心の中を読まれたッス。

俺の胸元にしなだれかかる千冬さんは俺の思ってる事を察して先に釘を刺してきた。

何時もの鋭い瞳は少しだけ弧を描き、柔らかな優しい雰囲気を見せてくる。

 

「私は強い男の匂いがすると言っただけだ……野生の雄の様なフェロモン、とでも言うか……今まで、ここまで強く男を感じた事は無い……中々に心地良い」

 

「や、野生って……」

 

「ふふっ……それに、こうされて分かったが……随分と逞しい身体つきになっている……お前ももう、1人の男なんだな……」

 

そう言いつつ、千冬さんは俺の胸板に指を這わせてくる。

俺の身体を見つめる千冬さんの表情は、まるで熱に浮かされた様に上気しているではないか。

赤みの指した頬、俺の身体を見つめる潤んだ瞳。

吹きかけられている身体の方が溶けちまいそうな熱い吐息。

俺が無理矢理引き寄せた所為か、横向きにベットへ腰掛ける千冬さんの身体が嫌に艶かしく写る。

キュッと括れた腰、美しい曲線美を描くしなやかな足腰。

黒いストッキングというヴェールに包まれた芳醇な『女』の肢体。

しなだれかかる身体に身体に衣服越しからでも感じる豊満な胸の感触。

今まで感じた事の無い、千冬さんの『女』という部分に目を奪われた。

ふと、急に視線を上げた千冬さんと、ずっと見つめていた俺の視線が交差する。

千冬さんの潤んだ瞳を見つめていると、千冬さんはゆっくりと俺に顔を近づけてきた。

いや、千冬さんだけじゃなくて俺も顔を近づけている。

まるで引き合う磁石の様に、俺達は動きを止める事が無かった。

 

「元次……」

 

「……千冬」

 

さん付けを忘れて呼び捨てで呼んでしまったというのに、千冬さんは嫌な顔一つしない。

俺は片手を千冬さんの頬に添えて、千冬さんの瑞々しい唇へと顔を落としていく。

千冬さんも狙う場所は同じ様で、俺と同じように顔を近づけてきた。

お互いの鼻先が触れそうな位置に来るが、まだ目的の位置までは遠い。

まるで示し合わせたかの様に、俺と千冬さんは顔を反対向きに傾けて、更に距離を縮める。

 

 

 

やがて、互いの吐息を口の中に感じる位置まで近づき――。

 

 

 

「(ガラァ!!)どりゃぁあああ!!そうは問屋が卸しやがらねぇぜぇえええ!!!」

 

「んな!?」

 

ドゴォオオオオオ!!!

 

「ぶべらば!?」

 

 

 

突如ドアを開いて乱入してきた束さんに驚いた千冬さんに突き飛ばされ、壁に埋もれる結果となった。

 

 

 

そりゃ無えっすよ千冬さ~ん……ガクッ。

 

 

 

壁に上半身が埋もれた中で、口論する束さんと千冬さんの姿を見たのを最後に、再び俺の意識は堕ちた。

 

 

 






中々話が纏まりませんねぇ……。

ん~、困ったねぇ……

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