IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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凶報……

 

 

 

ガチャッ

 

「いらっしゃいって、あら?伊達さん、もう見つかったの?」

 

「あぁママ。直ぐ目の前の道端で豪快な喧嘩してたよ。コイツが鍋島元次だ」

 

「あらあら。いらっしゃい、鍋島君。セレナへようこそ♪」

 

「は、はぁ。どうも、鍋島元次ッス」

 

俺に取材を依頼した新聞記者の伊達さんに案内されて、俺は裏手の入り口から待ち合わせしていた店の『セレナ』に足を踏み入れた。

クラシックな内装に、店内を彩る花とゆったりとした音楽……そして、店員と思われる女性の裏側にある棚に飾られた大量の酒瓶と酒の香り。

店内をキョロキョロと見渡す俺に気付かず、伊達さんはドレスを来た綺麗な女性と話していた。

俺も女性に声を掛けられて、少しどもりながらも返事を返す。

いやいやいや……ここってあれじゃね?スナックじゃねぇのか?若しくはバー?

 

「ママさん。お久しぶり」

 

「あら、秋山さんも一緒だったの?」

 

「まぁ、そこで一緒に喧嘩して、彼の事気に入っちゃってさ。伊達さんに頼んで取材に同席させて貰おうと」

 

「そうだったの。それじゃあ秋山さんの分も出さないとね。何時もので良いかしら?」

 

「あー……昼から酒飲むと、花ちゃんがうるさそうだからなぁ……アルコール以外をお願いします」

 

「クスッ。はいはい」

 

ママと呼ばれた女性は秋山さんとも知り合いの様で、楽しそうに会話しながら冷蔵庫を開けて飲み物を取り出している。

っていうか、こんな成人しか来れねぇ様な場所に未成年の俺が入ってるのも、場違いというか、おかしな話しだぜ。

 

「どうかしたのか?さっきから何か驚いてる様だが……」

 

と、想像だにしなかった場所での会合というモノに驚きっぱなしだった俺に、伊達さんが声を掛けてきた。

俺はその問いに、頭を掻きながら微妙な表情を浮かべてしまう。

 

「いや……自分未成年なんで、まさかこんなスナックで取材を受ける事になるとは思わなかったッスから」

 

秋山さんと伊達さんから座る様に促されたので、伊達さんの対面に位置するソファに腰を下ろしながら、俺はそう答える。

今までこんな場所来た事無いから、かなり物珍しいというか、雰囲気に当てられてる感じがする。

俺の正直な気持ちを聞いた伊達さんは、1つ頷いて俺に視線を合わせた。

 

「まぁ確かに普通ならそこらの喫茶店でも良いんだが、お前さんやお前さんの友達の織斑一夏は今やかなりの有名人だ。下手に人目の付く場所で取材を始めると、気付かれたら面倒な事になる」

 

「あー、成る程。だから人目に付かない様にココ(セレナ)って訳ですか。営業は夕方からですもんね?」

 

伊達さんの考えが分かった秋山さんが、顎に手を当てながら言葉を放つ。

成る程成る程、そういう考えがあっての事か。

 

「そういう事だ。まぁその所為で、未成年のお前さんには判りにくい場所になっちまってスマネェな」

 

「いえいえ。そういう配慮してもらった結果なら、ありがてぇっす」

 

軽く頭を下げて俺に謝罪してくる伊達さんに、俺は手を振って何でも無いと返す。

確かに、今日のラーメン屋での一件みたいな事が取材中に起きちゃかなり面倒だもんな。

そう考えると、分かりやすい店での取材は得策じゃねぇって事か。

伊達さんがココを指定したのは、それを起こさない様に考えてくれてたからってのは正直にありがたい。

心の中で伊達さんの配慮に感謝していると、俺の目の前に小さなグラスとロックの氷、そして並々と注がれたウーロン茶が差し出される。

出してくれたのは、さっきから伊達さん達に『ママ』と呼ばれてる女性。かなりの美人さんだ。

 

「ごめんね?気の利いた物が無くて」

 

「え?あ、いやそんな。飲み物出してもらえただけで充分ッスよ」

 

近くに来た時に鼻に触れた香水の香りにドギマギしながらも、俺は平然を装ってそう返す。

肩と胸元を露出させたドレスに大きなネックレス等で飾る、同年代の女子からは感じられない大人の魅力。

そして同じ大人でも、千冬さんとかには無い、裏街の女の様な妖艶な雰囲気。

近い感じとしては、学園の保険医の柴田先生だ。

俺は直ぐにママさんから視線を外して、目の前のウーロン茶を頂く。

喧嘩の後でちょっと喉渇いていたので、冷たいウーロン茶がとても心地よかった。

 

「へー?鍋島君はママさんみたいな人が好み?その歳で良い趣味してるなぁ」

 

しかし、俺の様子は年上の方々にはモロバレだったご様子。

やたらニヤニヤした視線の秋山さんにそう言われて、俺は少し焦ってしまう。

慌ててママさんに視線を向けると「あらあら」とか言って頬に手を当ててるじゃございませんか。

 

「い、いや!?別にそういう訳じゃ……」

 

「ふふっ。判ってますよ。でも女性の目の前でそういう事を言うのは減点ね」

 

「あっ、す、すいません。ってそうじゃなくて!?た、只その、珍しいっていうか……」

 

「ん?珍しい?そりゃどういう事だ?」

 

俺がママさんに注意された事に対して言い訳していると、目の前に座っている伊達さんから質問が飛んできた。

 

「ほ、ほら。今じゃISの影響もあって、女尊男卑の思考が強い馬鹿女が多いじゃないッスか?でもママさんにはそういう雰囲気が無いので、珍しいなってのと、ママさんは良識ある人なんだなって」

 

コレは俺が本当に感じた事だ。

前にも話した通り、今の世の中は女尊男卑思考に染まってる女がザラだ。

お店とかの店員でも、客が男性の時に不遜な態度を取る女店員ってのも珍しくない。

でも、ママさんにはそういう嫌な感じが一切感じられない。

こう言っちゃ失礼だが、こういう仕事してる人にそういう雰囲気が感じられないのが不思議ってのもある。

俺の言葉を聞いたママさんは少し驚いた顔を見せるが、直ぐに笑顔で俺に視線を向けてくる。

 

「ありがとう。確かに、今の世の中は女尊男卑が常識になってるけど……」

 

ママさんはそこで言葉を区切ると、伊達さんに一度視線を向けてから、また俺に向きなおった。

 

「男の人が、強くて頼りがいがあるのを良く知ってますから♪」

 

ママさんはそう言って楽しそうに笑いながら伊達さんへと向き直る。

それでママさんの言ってる頼りがいのある男性が誰なのかってのに感づいたんだろう。

伊達さんは照れながらそっぽを向き、後ろ髪を掻いていた。

 

「おやおや、何か良い雰囲気ですね。伊達さん」

 

「う、うるせぇよ秋山!!年上をからかうんじゃねぇ!!マ、ママ。俺にも飲み物頼む」

 

「はいはい。直ぐに持ってきます」

 

俺の時と同じく、ニヤニヤした笑みを浮かべた秋山さんが伊達さんをからかいに走る。

伊達さんはソレを怒鳴りながら誤魔化して、ママさんに飲み物を頼んでいた。

 

「ふぅ、さて。じゃあ、お前さんに取材を始めたいんだが、もう一度ちゃんと自己紹介しとくぜ。京浜新聞社社会部の伊達だ。今日は俺の取材を引き受けてくれてありがとうよ」

 

と、咳払いをした伊達さんが真剣な表情を浮かべて俺に視線を向けて姿勢を正す。

どうやらこっからはおふざけ無しって事らしいな。

俺もそれを感じ取り、椅子に座った状態から頭を下げる。

 

「初めまして。IS学園1年1組所属、鍋島元次です。今日はよろしくお願いします」

 

「あぁ。それじゃあまず始めに「あっ。ちょっと待ってもらっていいですか、伊達さん」って何だよ秋山?」

 

しかし、いざ取材を始めようかと言う所で秋山さんから待ったがかかり、伊達さんは表情を訝しませてしまう。

そんな伊達さんの表情を見ながら、秋山さんは軽く頭を下げつつ苦笑していた。

 

「いや、実はまだ俺も彼に自己紹介してなかったんで、取材に入る前にさせてもらおうかと思いましてね」

 

あー、そういえばちゃんと自己紹介はしてないよな。

秋山さんって名前も他の人が言ってる名前を俺が勝手に覚えただけだし。

そう言いつつ秋山さんは懐に手を入れて名刺を取り出し、俺に手渡してくれた。

その名刺を頭を下げながら受け取り、書いてある字に目を走らせる。

 

『㈱スカイファイナンス代表取締役 秋山 駿 』

 

そう書かれた名刺から目を離して秋山さんを見ると、秋山さんは笑顔で口を開いた。

 

「初めましてってのはおかしいけど、俺はこの町で『スカイファイナンス』って店やってる『金貸し』の秋山ってモンだ。宜しく、鍋島君」

 

ファイナンス……金貸し。つまりは民間の金融関係者って事か。

銀行とかで融資を断られたりする人間でも、町金の審査なら通る場合もある。

そういう大手の銀行並みの融資は受けられないけど、幾らか融資を頼めるのが町金。

でも、元手は個人的な金だから……相当に金持ってるんだろうな。

 

「鍋島元次です。さっきの喧嘩はお見事でしたよ、秋山さん」

 

さっきの事を思い出しながらそう言うと、秋山さんはイヤイヤと手を振る。

謙遜してる様だが、あの足技のキレは相当なモンだった。

 

「君の喧嘩もかなりのモンだったと思うけど?人があそこまで豪快に宙を舞う姿は中々お目に掛かれないしね」

 

「あぁ。若いのに大したモンだ。喧嘩の仕方にしても、その腕力にしても……あの爺さんを助けようという行動力にしても、な」

 

今度は俺の事を褒めてくれた秋山さんに便乗して、伊達さんまで俺の事を褒めてくる。

口ぶりからして、多分どっかでさっきの喧嘩を見てたんだろう。

 

「いや、まぁ……さっき秋山さんに言った様に、例えホームレスでもアイツ等の様なチンピラ共が手を出して良い道理は無えし、年寄りは大事にするのが当たり前ッスから」

 

俺が基本的にお婆ちゃんっ子だったってのもあるし、爺ちゃんみたいに尊敬出来る老人が身近に居たってのも俺がそう思う理由の一つだ。

敬老精神は大事にせんとイカンのです、但しこっちの事を見下してる様なジジババ連中には手加減しねぇよ?

そこをちゃんと区別しねぇとな……俺の大事な爺ちゃん婆ちゃんと同列に扱うなんて反吐が出る。

俺がそう締め括ると、伊達さんはサラサラとメモ帳に何かを書いていく。

多分あれが取材用のメモだろう……どうやら俺の話は逐一メモられると考えておいた方がよさそうだ。

 

「フム……じゃあ、IS学園の許可が出ている範囲でいくつか質問させてもらうが(カチッ)……まず、世界に2人だけのIS操縦者っていうのはどんな気分だ?」

 

伊達さんはメモを書き終えるとテープレコーダーを取り出してスイッチを入れながら俺に質問を飛ばす。

俺も伊達さんの顔が仕事の真剣な表情になっているのを見て、気持ちを切り替えておく。

 

「一夏はどう思ってるかは判りませんけど……俺は正直、迷惑な肩書きだと思ってます」

 

「ん?世界中に名前が知られる上に、何処の国からもVIP待遇で迎えられるのにか?オマケにIS関連の仕事なら選り取りみどりじゃないか?」

 

伊達さんは意外とでも言いたそうな顔でそう聞いてくるが、俺からしたらまず前提が間違ってる。

 

「確かにIS関連の仕事ならそうッスけど、他の仕事がしたい人間からしたら堪ったモンじゃないですよ?」

 

「他の仕事?何かやりたい仕事があるのか?」

 

「ええ。俺は将来、爺ちゃんがやってる自動車の板金、整備工場を継ぎたいなって考えてます」

 

俺は自分の事情を掻い摘んで話しつつ、取材に応じる。

確かにIS関連の仕事となれば、最早エリートクラスの仕事な上に待遇、給料共に破格だ。

だけど、何の魅力も感じない仕事にずっと付きたいって人間が居るだろうか?答えはNOだろう。

勿論、不景気でコレしか仕事が無いとか今仕事を辞めても他に就職先が無いとかの止むを得ない事情ってのもある。

でも高校を卒業して、初めて社会に出ようって若い人間が仕事に生き甲斐を見つけようとするのもおかしくない。

 

「俺と一夏に貼られた『世界で2人しかいない男性IS操縦者』ってレッテル。これの所為で俺はこれからもISって物から離れる事は出来ないかも知れませんが……それでも足掻いて、自分の『夢』を叶えようと思ってます」

 

「……高給取りなエリート街道を捨てて、爺さんの工場を継ぐ事が、お前さんの『夢』なのか?」

 

「えぇ。傍から見たら馬鹿でチンケな夢かもしれませんが……俺は自分の持ってる夢を誇りに思ってます」

 

爺ちゃんが1から築き上げてきた仕事……親父はそれを受け継がなかった。

その時の爺ちゃんの落胆ぶりと悲しみは相当なモンだったと婆ちゃんは何時も言ってる。

だからって訳じゃねぇけど、俺は爺ちゃんの夢を『受け継ぎたい』。

親父も別に爺ちゃんが嫌いだから、爺ちゃんの夢を受け継がなかったって訳じゃねぇ。

親父は親父で、今の学者って仕事に惚れ込んでその道を選んだ……学者の道に『夢』を見た。

だからこそ、偶に掛かってくる電話の向こうでも、親父の楽しそうな声は絶えないんだろう。

俺だって責任感から跡を継ぎたいとか、そんな大それたモンじゃねぇ。

只、あの仕事に惚れ込んだってだけだ。

 

「爺ちゃんから、親父が受け継がなかった夢……俺がそれを受け継ぎたい。親父が受け取らなかったからとかじゃなくて、俺自身が爺ちゃんからその夢のバトンを受け取りたいって思ってます」

 

長々と話して乾いた喉を、ママさんが新たに入れてくれたウーロン茶で潤す。

ふと視線を上げると、秋山さんと伊達さんは感心した様な顔を見せて驚いていた。

ママさんも何やら微笑みを浮かべて俺を見てる。

え?何すかそのリアクション?

 

「へぇ……いや、良い夢だと思うよ俺は。鍋島君には是非その夢を叶えて欲しいって思ってる」

 

「写真で見た時と、さっきの喧嘩を見てた時はこんな考えをしてる奴だとは思えなかったが……若いのに、目先の利益より夢を取るか。大したモンだ」

 

「そうね。私も頑張ってその夢を掴んで欲しいわ」

 

どうやらかなり好印象を持たれたらしい。別段悪い気はしねぇな。

頑張れと応援してくれた皆さんに頭を下げると、伊達さんが次の質問をしてきた。

 

「それじゃあ、次の質問だが……お前さんはISが嫌いなのか?」

 

「いえ、それに関してはNOですよ」

 

「おいおい、それはおかしいだろう?今の女尊男卑の時代を作ったのは、ISと言っても過言じゃない筈。さっきお前さんは女尊男卑思考の強い女を馬鹿女と言っただろ?ならその風潮を作ったISが憎くないのか?」

 

俺のさっき言った言葉と矛盾してる答えがか返ってきたのが気になるのか、伊達さんはもう1つ突っ込んだ質問をしてくる。

まぁ確かに女尊男卑の思考は大っ嫌いだが、それでも俺はISを嫌いにならない。

 

「このクソッタレな世界を作ったのはISじゃなくて、ISに女しか乗れないっていう事実に酔い痴れた馬鹿女共ですよ」

 

伊達さんの質問に笑顔で答えながら、俺はこの嫌な世界が出来た原因を思い出す。

そもISが男に乗れないという事実を良い事に増長したのが、あのクソッタレ女性権利団体だ。

女の政治的出馬とか、女性と男性の不平等の見直しを提唱してたのは良い。

寧ろそれはしなきゃいけない事だと俺も思ってる。

だが、一度男を屈服させるという快感に酔い痴れたアホ女共は暴走し、今の嫌な世界の風潮が出来ちまった。

『男は女の奴隷』『男は無能』『女は男を従える権利がある』等などアホらしい事様々だ。

俺は別にIS自体が嫌いって訳じゃねぇし、寧ろスゲェと思ってる。

俺が嫌いなのは女尊男卑って思考に染まりきって、物事を正しく理解できてない馬鹿女共だ。

ISに直接恨みなんか無い……それに――。

 

「ISは俺の大切な人が造ったモンですから……それが余計、ISを背景に威張り散らしてる馬鹿女共が嫌いな理由っすね。あいつ等は俺の大切な人の造ったモンを穢してる」

 

「……篠之乃束、だな」

 

真剣な表情で呟く伊達さんに、俺はオプティマスのフレームを指でなぞりながら頷く。

束さんは、ISを宇宙探索の為のマルチフォームパワードスーツとして世界に公表した。

だが、現実はISの宇宙進出より、国の防衛に全てを置かれている。

それは仕方無い事だとも思う。

何せISの戦闘力は、過去の兵器全てを凌駕する規格外の代物だ。

自国を守る為に粉骨砕身の思いでいかなきゃならない人間からすれば、その戦闘力を生かさない手は無いだろう。

――それは『まだ』分かる。だが、その先が納得出来ねぇ。

 

「ISは女が威張る為の道具じゃねぇ。束さんの宇宙を見たいって『夢』を形にしたモンだ……俺の大切な人の『夢』を、自分達が好き勝手する為の背景、力としてるクソ女達っていう存在が、俺の大っ嫌いな存在です」

 

「……成る程な」

 

「今の世の中を堂々真っ向から全否定か。これってかなりの問題発言じゃないんですかねぇ?」

 

「正直、出て欲しくない台詞だったな」

 

「え?ダメでした?」

 

俺からしたら嘘偽り無く真剣に答えたんだけど?

そう思いながら伊達さんに視線を向けると、伊達さんは呆れた様に額を手で覆う仕草をする。

 

「当たり前だ。こんな話、新聞に乗せたら俺が叩かれちまうよ」

 

どうにも新聞に乗せる話題すら女性権利団体の奴等は口出ししてくる様で、新聞記者もかなり気を使うらしい。

大きくは言えないが、犯罪を犯した女性ですら公になっていないで釈放されてる話も多々だとか、ホントやりたい放題だな。

まぁこの話は乗せないで別の話題を乗せる事にすると伊達さんは言った。

ちっ、恥ずかしいの我慢して話したのに語り損かよ。

 

『2人ワンマンで飛ばして良いさ~♪加速ビートに飛び乗って♪HEーY♪』

 

「ん?あっ、ちょっとすいません。電話ですんで」

 

「おう。構わねぇぞ」

 

鳴り出したスマホをポケットから取り出し、電話を掛けてきてる相手を見ながら、俺は一度席を外す。

ってあれ?そういえば俺、取材に入る前にスマホをマナーモードにした筈――。

 

 

 

『愛しのラヴリーな愛妻』

 

 

 

何時から俺は既婚男性に昇格したんだろうか?しかも意味が重複しまくってるとです。

っていうかこの手のアレは間違いなく束さんですよね?何故にこのタイミング?

 

「……(pi)も、もしもし?」

 

『ゲ、ゲゲゲ、ゲン君!!ゲン君今何か欲しい物は無いかな!?束さんどんな物でもあげちゃうよ!!アメリカとかどう!?』

 

「とりあえず冷静になって下さいっす」

 

俺はまだ指名手配されたくない。

っていうかアメリカという国を貰っても俺にどないせぇっちゅうねん。

開口一番に受話器から聞こえる弾みまくった声に冷静になってくれとリクエストしつつ、俺は頭を抱えてしまう。

そんな俺の様子等お構い無しに、受話器の向こうで「うぉっくぇい!!」と叫ぶ束さんは中々テンションが下がらない。

 

『え、えへへ。ゴミンゴミン!!束さん今かーなーり嬉しい事があって、頭の中がフジヤマヴォルケーノしちゃってるのさ!!(束さんがゲン君の大切な人アーンド束さんの夢を覚えててくれたなんて!!やーん束さん感激だよぉー!!)』

 

噴火したらイカンよ束さん。束さんが本気出したら洒落にならねぇって。

電話の向こうで♪が飛び交ってそうなテンションの束さんに、俺は苦笑いを隠せない。

 

「あー、まぁその……お願いっていうのはありますけど……」

 

『うんうん!!何かな!?この天才束さんにドーンと任せんしゃい!!世界が欲しいなら熨斗付けてプレゼントしちゃうぜぃ!!』

 

どうやって地球に熨斗付けるつもりなのかはこの際置いといて……。

 

「また、何時でも良いんで……俺の作ったメシ、食べに来て欲しいッス」

 

『……はにゃ?』

 

「束さん。どうせロクなモン食ってねぇんでしょ?料理も上手だってのに、自分1人分だと絶対作らないじゃないッスか」

 

俺は昔を思い返しながら、懐かしむ様に笑みを浮かべる。

束さんは昔っから、文字通り天才の称号を欲しいままにしてる人だ。

勉強や発明だけじゃなくて、家庭科や料理に於いてもそれは変わらない。

一度見ただけでどんな料理も完璧にこなしてしまう。

それどころか運動だって……あの人は隠してるけど実際は千冬さんとタメ張るぐらいに凄い。

束さんも、俺より喧嘩の強い人だ。

そんな束さんも実はかなりズボラな人で、自分の事とか結構無頓着な所がある。

あの人の頭脳なら、食べないで活動できる発明とか難なく作ってそうだし。

 

『た、確かにゲン君の言う通り、ここ1ヶ月はちゃんと食べてないけど……で、でも大丈夫だよ!?必要な栄養はちゃんと取ってるから!!』

 

予想以上に堕落した生活送ってらっしゃる!?

 

「栄養で済ませられるのも1つの理想かも知れませんが、そりゃ駄目ッスよ。食事を味わってこそ生きるって事じゃないかと思います」

 

『うっ……イ、イカンのですか?』

 

「イカンのですよ?」

 

『う゛ー……だって、面倒くさいんだもん』

 

最初の頃とは打って変わってテンションダダ下がりな束さんのお声に、俺はクスリと笑ってしまう。

昔からこの手の説教は苦手だもんなぁ、あの人。

しかし、さすがにずっとこのままで居られたら、味わう楽しみってものを忘れられそうだ。

それだけは困るぜ……束さんも、俺の大事な人なんだからよ。

 

「何時でも良いッス。一報入れてくれりゃあ、俺は束さんの為に美味しいご飯を作って待ってますから。なんなら洗濯もしましょうか?確か束さんが高校生の時、研究所に篭りきりで服を変えわ――」

 

『にゃ゛ーーーーーーーーッ!?な、何で知ってるのぉおおッ!?わ、分かったよ!!ちゃんとご飯食べに行くからそれだけは言わないで!!じ、じゃあね!?』

 

「はい。連絡お待ちしてますぜ?」

 

『さ、さらばーなのじゃ!!後洗濯は毎日してるし、服も下着も変えてるんだからね!?そ、そこを忘れたらおしおきだべぇ~!!(何で高校の時の事まで知ってるのぉ……ちーちゃんか、ちくせう……死にたくなってきたぜぃ……あれ?でもそれって、ゲン君が束さんの事をちゃんと見てくれてる証拠でもある?……でへへへ)』

 

最初から最後まで賑やかな束さんとの会話を切り上げ、俺は再びセレナの中へと戻る。

大体5分ぐらいだからそこまで遅くなってねぇけど、待たせちゃ悪いよな。

そう考えて少し急ぎ気味に中へ戻ると、伊達さんがメモ帳に走り書きをしていた。

多分、さっきまでの会話で使える文章を纏めてるんだろう。

 

「すいません。お待たせしちまって」

 

「ん?あぁ、構わねぇさ。こっちはお前さんに大事な休日を潰させて取材受けてもらってるんだからな」

 

席に戻りつつ謝罪すれば、伊達さんは構わないと言って笑っていた。

それに笑顔を返しつつ、俺も席に付きなおす。

これから取材の再開だな。

 

「良し。それじゃあ取材を再開するが……鍋島。お前や織斑一夏には、ISに乗れない他の男達の希望が掛かってる」

 

「……」

 

「勝手な事だと思うだろうが、男の中でISに乗れるのはお前さんと織斑しか居ない。だからこの勝手な期待は付いてきてしまうものだ。それは分かるな?」

 

「えぇ、まぁ」

 

伊達さんが重々しく語る内容を聞きながら、俺は相槌を打つ。

そう、俺と一夏は、ISに乗りたくても乗れない男達の期待とか希望なんかが乗せられている。

それは最初に政府のお姉さんから説明されていたし、自分でも理解してるつもりだ。

今までの女尊男卑の風潮で虐げられてきた男達。

そんな時代の中で生まれた、同じ男のIS操縦者という存在。

増長した女達を止められるかもしれないっていう希望を掛けたくなるのも無理ないだろう。

 

「それが分かっていても、お前さんはさっき言った様にIS操縦者という存在になった事が迷惑と言えるのか?」

 

伊達さんは念を押すかの如く、俺に対して真剣な表情を浮かべて質問を続ける。

この話、というか俺の考えが新聞に載れば、下手すると同じ男達からも恨まれる可能性があるって事だろう。

『お前はISに乗れる癖に、ISに乗れなくて悔しい俺達を差し置いてイヤだと言うのか!?』って言われるかも知れない……けどよ。

 

 

 

「言いますよ」

 

だからどうした?――って話なんだよな、俺からしたら。

 

 

 

「……随分、ハッキリと言うんだな」

 

俺が真っ直ぐに伊達さんを見詰め返しながらそう返したら、伊達さんは呆れた様な感心した様な表情になる。

まぁ、これって普通に期待を掛けてる男達に対する裏切りだしな。

 

「大体、世界で2人だけのIS操縦者になった事で、俺が被った迷惑な事なんざ幾らでもありますよ?政府からモルモット認定されかけるわ、人身売買されかけるわ、女性権利団体から睨まれてるわ、必死こいて合格した高校は入学式すら出れずに退学扱い。終いには当事者の俺抜きで、俺の所属国籍で争ってるらしいですよ?」

 

「ゴメン。俺も今の話聞いたらIS操縦者になんてなりたくないって思ったわ……苦労してるね、君」

 

「俺も同じく、だな」

 

俺のぶちまけるかの如く打ち出された愚痴の嵐に、秋山さんと伊達さんは同情を篭めた瞳で俺を見てくる。

そんな目で見られても嬉しくなんかねぇやい。

今話した様に、何故か上の政府連中、そして国際IS委員会というISについてのみ議論する世界の組織が俺の所属国籍について熱い議論を交わしているらしい。

千冬さんからそれを聞かされた時から今も思ってるが、俺の存在を勝手にどうしようかなんて考えるんじゃねぇっての。

俺はれっきとした日本人だから日本国籍に決まってるだろタコ。

人の居ない所で当事者そっちのけで何勝手な事ぬかしてやがるんだよ。

 

「そんな中で勝手な希望を押し付けて、それが叶わないなら俺に怒りをぶつけてくるってんなら……俺は全部叩きのめすつもりッス」

 

自分達の都合ばっか押し付けて、俺に何の見返りも渡さず応援するだけなら、そんな連中の思いに答えてやる義理もねぇ。

俺はオプティマスを外して目に力を篭めながら、伊達さんを真剣な表情で見つめ返す。

 

「期待するのは勝手だが……俺は俺の夢の為に、やりたい様にやる。自分達は何もしてねぇのに俺の人生にケチつけるってんなら、そん時は覚悟してもらうだけだ……ってね」

 

こちとら学園じゃビーストで通ってるからな……気に入らなきゃ暴れるだけだ。

ニヤリと笑いながら伊達さんにそう答えると、伊達さんは苦笑いしながら「血の気の多い奴だな」と言った。

いや、別に血の気が多い訳じゃねぇんだけど……まぁ良いか。

と、この他にも色々な質問をされ、ソレに答えるという作業が続き、大体一時間程した頃に、漸く取材は終わった。

 

「良し。これで取材は終了だ。今日はご苦労さん……これが、取材を受けてくれた報酬になる」

 

全ての質問を終えた伊達さんは笑顔を浮かべつつ、俺に茶封筒を差し出してきた。

あぁ、そういや取材受けたら報酬が貰えるって黛先輩言ってたっけ。

今更ながらに思い出しつつ礼を言いながら茶封筒を受け取り、中身を確認すると――。

 

「え?いやちょっ!?こ、これ多くないですか?」

 

驚く事に、茶封筒の中には愉吉殿が5人もいらっしゃったのだ。

たった2時間もしないぐらいの取材で5万……どう考えても多すぎるだろう。

 

「そんな事無いぞ?休みの日を潰して、更にはこっちが示した場所へ来て貰った事を考えれば、それぐらいが妥当なんだよ。寧ろ今一番ホットな男性IS操縦者の独占インタビューって事を考えると、それじゃ安すぎる気もするがな」

 

「い、いやいや!?これ以上はさすがに怖くて受け取れませんって!!あ、ありがとうございます!!」

 

「いや、俺の方こそ感謝してるよ。これで前の仕事に戻る前に、一番良い仕事が出来た。感謝するぜ」

 

お互いに感謝し合い、俺と伊達さんは頭を下げる。

傍から見たらどんだけ面白い光景なんだろうな、コレ。

そう思っていると、後ろから肩を叩かれたので振り向いたら、そこには笑顔の秋山さんが居た。

 

「良し。じゃあ仕事も終わった事だし、改めてどう?一緒に飯でも行かないか?」

 

「あっ。はい、良いですね。ちょっと小腹も空いてきた事だしご一緒しますよ、秋山さん」

 

「よしっ。それじゃあさっきの取材以外にも、IS学園での生活とか教えてよ。結構面白そうだし」

 

「あはは。そんなに良いモンじゃねぇっすよ?」

 

主に無自覚天然女キラーが齎す嫉妬と愛憎が混じったサスペンス劇場の渦中に巻き込まれる事が殆どだからな。

折角誘ってもらってるんだからと、俺は秋山さんの誘いに乗って一緒に飯を食いに行く事にした。

俺がOKを出すと、秋山さんは嬉しそうにしながら色々な店を候補に挙げてくる。

まぁ、今日の目的は果たした事だし、後はゆっくりしてから家に帰ろう。

まだ後2日間は休みなんだしな。

 

「おぉう、ちょっと待て秋山。俺も昼飯食い損ねてたから一緒に行くぜ。まつ屋にでもどうだ?」

 

「あっ、伊達さんも行きます?そんじゃあ亜細亜街の故郷にしません?あそこの中華、1回だけ食ったけど絶品でしたよ」

 

「あぁ。谷本の行きつけの……まぁ、あそこは作ってる人間が本場仕込みだからなぁ……良し、そこにすっか」

 

どうやら2人の知り合いの良く行く店に決まった様だ。

俺にもそれで良いかと秋山さんが聞いてきたので、俺はOKと答える。

偶には町の飲食店を巡るってのも良いもんだ。

もし美味いモンがあったら、自分の料理として研究したり技を取り入れたりも出来るからな。

 

「今日はありがとうございました。また成人したら、改めて客として寄らせてもらいます」

 

今回の取材の為に店を貸してくれたママさんにお礼を言いながら頭を下げる。

さすがに未成年でこの店に来る事は出来ねぇからな。成人するまではお預けにしとこう。

そんな俺を見てママさんは微笑みながら手を振ってくれる。

 

「えぇ。今日は色々話しが聞けて楽しかったわ。またお酒が飲める歳になったら是非来てね、鍋島君」

 

「はい。その時は是非」

 

最後に深く頭を下げて、俺は秋山さんと伊達さんと共にセレナを後にする。

だが、セレナを後にした俺の目には驚くべき光景が広がっていた。

裏の階段を下りて道路に出てみれば、あのゴミ共の姿は忽然と消えて影も形も無い。

どうやら秋山さんの言う通り、あいつ等の組のモンが回収した様だが……手慣れたモンだな。

 

「とりあえず亜細亜街に向かおうと思うんですけど、普通にピンク通りの方から行きますか?」

 

この町在住の秋山さんにとっては見慣れたモノの様で、さっきのゴミが居ない事に疑問も抱かず、俺達に声を掛けてきた。

 

「俺はこの町初めてなんで、お2人にお任せしますよ」

 

「あー、それじゃ悪いけど飯に行く前に泰平通りの方に出て、ミレニアムタワー前に寄りたいんだが良いか?」

 

「ん?何かあるんですか?」

 

俺は特にどう行ったら良いとか全然分からないので、秋山さん達に任せるつもりだ。

しかしそれに伊達さんが申し訳無さそうな表情で待ったをかけ、秋山さんは不思議そうに聞き返す。

 

「あぁ。そこで待ち合わせしてる編集の若造に、この取材したレコーダーとメモを届けておきたい。先に会社で目を通してもらわねぇとな」

 

そう言いつつ伊達さんはさっきの取材で使っていたレコーダーを取り出す。

つまり仕事の用事って訳なので、俺も秋山さんも了解したんだが……。

 

「そういえば、秋山さんは仕事大丈夫なんスか?」

 

もう1人の社会人である秋山さんは大丈夫なのか、俺は少し疑問に思ったので聞いてみた。

イメージだけど、代表取締役。つまりは社長って凄く忙しいってイメージあんだけどな。

俺の問いかけを聞いた秋山さんはタバコを取り出しながら「あぁ、それね」とリラックスした笑顔で言葉を返してきた。

しかしその後に言葉は続かず、何故か秋山さんは今俺達が出てきたビルを指差していく。

何だ?と思いつつ、その指が指し示す方向へ視線を上げていくと、『スカイファイナンス』と書かれた窓が――。

 

「って同じビルの中だったんすか!?」

 

「そうそう。俺の店はセレナよりもう1階上に上がった所にあってね。今は秘書の子が店番してくれてるから大丈夫(ピリリリリ)……じゃないかも」

 

驚きの事実にビビッた俺の顔が可笑しかったのか、秋山さんは楽しそうに笑う。

が、それも着信音の鳴り出した携帯の表示を見てヤバイって表情に彩られていった。

な、なんだ?誰かマズイ人からの着信でも入ったのか?

 

「……(pi)はい」

 

何か聞いてるこっちが情けなくなりそうな声音で、秋山さんは電話を取る。

……もしかして今言ってた秘書さんか?

 

「あー、もうそんな時間になっちゃってたの!?いやー、ゴメンゴメン!!ちょっと凄い事があって気付かなかったよ!!」

 

何やら滅茶苦茶言い訳染みた言葉を重ねながら、秋山さんは電話の相手にひたすら低姿勢でいる。

まぁ秘書に働かせて自分は外で優雅に飯食いに行こうとしてんだもんなぁ……色々後ろめたかったり焦ってたりとあるんだろう。

 

「いやそれがさぁ、聞いてよ花ちゃん。実はさっき今話題の超有名人、鍋島元次君と会っちゃってさ……そうそう!!あの世界で2人しかいないっていう男性IS操縦者の!!でさ、その彼から色々と話を聞かせてもらうつもりで飯に誘ったから、まだもう少し帰れないんだ。悪いけどもう少し店番しててくれない?」

 

「おい、何かごく自然にお前さんをダシに使ってるが、良いのか?」

 

「……ま、まぁ、お昼は奢って貰えるらしいですから、ダシに使うぐらい良いんじゃないッスかねぇ?」

 

あんまり良い気はしねーけど、秋山さんも何か必死な感じだし、ここは黙っておこう。

 

「頼むよー花ちゃん。帰りに韓来の特選焼肉弁当買って帰ってあげるから!!3個だよ!!どう!?……え?5個?……了解しましたー」

 

等々買収し始めたぞこの人。

まぁしかしそのお土産が功を奏した様で、秋山さんは笑顔で電話を切って俺達に出発を促してきた。

花ちゃん、ね……名前の感じじゃ女の人っぽいけど……大食いなんだろうな。

とりあえず話は纏まったので、俺達はその故郷という飯屋を目指して一路歩き出した。

駐車場にイントルーダー止めっぱなしだけど、伊達さん達も歩きだから置いて行った方が良いと考え、バイクは置いてきた。

最悪盗まれでもしたら束さんに頼んで捜索してもらい、犯人は血祭りにあげよう。

 

「そういえば、IS学園って君と友達の織斑君以外は皆女子なんだよね?」

 

「えぇ、まぁ用務員の人達に何人か男性が居るらしいッスけど」

 

泰平通りに入る劇場近くの角、松屋と銀だこを横切りながら質問してきた秋山さんに、俺はそう答える。

そんな話しを真耶ちゃんから聞いたけど、まだ会った事は無い。

用務員との接点なんて皆無だしな。

 

「じゃあもうハーレムじゃない?世の中の男達が一回は憧れる環境だと思うんだけど、実際どう?」

 

俺の言葉に、秋山さんはニヤニヤしながら脇を肘で小突いてくる。

期待してる所悪いが、そんなに良いモンでもねぇんだよな。

呆れた様な表情の伊達さんとニヤつく秋山さんが対照的過ぎて、俺は苦笑いした。

 

「実際そんなに良いモンじゃねぇっすよ?周りは女の子だらけだから気ぃ使うし、良い子ばっかりじゃなくて女尊男卑思考の馬鹿女とかもザラに居ますから」

 

「ふーむ……成る程ね。そうなるともしも女の子の機嫌損ねたら針の筵って事もありえるんだ」

 

「はい。しかも千冬さん……一夏のお姉さんにして先生なんですけど、その人からもハニートラップには充分気を付けろと念押しされましたし」

 

「あー、あの有名なブリュンヒルデさんかぁ……え!?でも君達、まだ高校1年でしょ?そんな歳でハニトラを仕掛ける……っていうか出来る女の子居るの?」

 

「うーん。どうなんスかねぇ……今の所、まだハニトラには遭った事ありませんし、難しいトコっすよ」

 

まさかの色仕掛けが俺達の歳で存在する事に、秋山さんは目を引ん剥いて驚きを露にする。

伊達さんも何やら渋い顔をして俺の話しに耳を傾けていた。

実際俺と一夏が出てくるまでは男性のIS操縦者は居なかった訳だし、俺だってそういった罠なんて映画だけの存在かと思ってたからな。

それに、今一緒に勉強してるクラスの仲間を疑う事はしたくねぇからこそ、俺は普段ハニトラの存在の事は忘れる様に心掛けてる。

 

「まぁそれでも、性格の良い可愛い女の子とか居るでしょ?その中で気になる子とか、居るんじゃない?」

 

「え?……ま、まぁ、その……えぇっと……」

 

俺の答えを聞いても納得がいかなかったのか、秋山さんは更に追求して聞いてくるが、俺はその質問にどもってしまう。

気になる女って……そりゃあ、俺だって思春期の男子だからそういう風に考えた女も居ない訳じゃ無い。

あの鈍感野郎の一夏はどうか分からねぇが……俺にはその……まぁ、何人か居る……気になる女ってのが。

っていうかそれが何人も居る時点で人間として駄目過ぎるだろ……俺って気の多い野郎だったのか。

改めて考えると急に気恥ずかしくなってきて、俺は空を見上げたまま鼻を掻いてしまう。

 

「おぉ!?その反応、気になる子が居るんでしょ!?どんな子!?」

 

「おいおい秋山。あんまり若いのを苛めてやるんじゃねぇって」

 

「いやぁ~、でも伊達さんだって気になるでしょ?」

 

「バカ。俺はそこまで下世話じゃねぇっつの」

 

「い、いや!?俺は別に何も……ッ!?」

 

しかし、そんな俺の様子は、俺より年上のお二人にはお見通しだった様だ。

秋山さんは俺の反応を見ると顔を輝かせて肘で脇を小突いてくるではないか。

伊達さんはそんな事はせずに秋山さんの反応を見て呆れた表情を浮かべる。

俺が焦りながら訂正しようとするも、2人は俺のさっきの反応で確信してるのか、まるで取り合ってもらえない。

な、何でこんな事態に!?だ、誰か助けてけすたーー!?

雲ひとつ無い神室町の青空が、今の俺には憎たらしかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「~♪」

 

一方、コチラは元次と一夏が不在のIS学園。

そのとある一室では、先日の襲撃騒ぎで怪我を負い、恋を自覚した夜竹さゆかが雑誌を読んでいた。

しかも、足を怪我してるとは思えないぐらいの上機嫌振りで、鼻歌を歌いながら笑顔で雑誌を読んでいる。

その様子を眺めている親友の相川と谷本は、少し離れた所でヒソヒソと話していた。

 

「ねぇ?さゆかってば、何か凄く機嫌良さそうじゃない?足怪我してるのに(ひそひそ)」

 

「うん。確か、購買であの本を買った時から嬉しそうにしてたと思うけど(ひそひそ)」

 

怪我をしてるというのに、妙に楽しそうな友達の姿に訝しむ2人だが、夜竹はそんな2人の視線に気付くこと無く雑誌を読み耽る。

 

「~♪(あっ、これ良いかも。えっと、冷めてもお弁当に最適な唐揚げ、か……元次君、唐揚げ好きかな?……た、食べてくれると……良いな♪)」

 

雑誌のある1ページで手と視線を止めた夜竹は、何かを考える様に空中に視線を向けた。

かと思えば、直ぐに照れくさそうな笑顔を浮かべて顔を雑誌で覆い隠してしまう。

その横顔、というか頬の辺りはほんのりと朱に染まっていた。

 

「な、何か……すんごく嬉しそうな顔してるね(ひそひそ)」

 

「う~む……怪しい……あの本が凄ーく怪しいのですよ、相川さん(ひそひそ)」

 

「ですねぇ、谷本さん。な~にかあのオーラから……甘酸っぱい青春のスメルがぷんぷんしてきやがりますね~(ひそひそ)」

 

女は、特にこの年代の少女達というのは総じて色恋に敏く、興味を無くさない。

友人の恋路を傍から見たり聞いたりして盛り上がる。

それは相川と谷本も例に漏れず、友達から漂う青春の香りを鋭く把握していた。

何があったのか知りたい。あの上機嫌の源が何なのか激しく知りたい。

その欲求に突き動かされるかの如く、2人は顔を見合わせて頷き、雑誌に夢中になっている夜竹の後ろへと近づく。

抜き足刺し足忍び足、更に雑誌を読む夜竹に影がかからない様に直接、背後から覗くのではなく、死角である左右からゆっくりと覗きこむ。

今の2人のスニーキング技術を見れば、バンダナがトレードマークのスパイでさえ「いいセンスだ」と褒めたであろう。

 

「~~♪」

 

「(何々?)……『男の好きなお弁当のおかず20選。これで気になるあの人の胃袋を掴みましょう』ですってぇ!?」

 

「『貴女以外では満足できない様に、気になるあの人を貴女の料理だけの虜とするのです』だとぉ~!?」

 

「ひゃあああああああああああッ!?ふ、ふふ、2人とも何で後ろに居るのぉおおおッ!?」

 

しかし、人間とは驚愕した時や不測の事態に遭遇した時に大声を上げてしまうものである。

それは相川と谷本にしても例外にあらず、夜竹が見ていた雑誌の意外過ぎるページのタイトルに目を見開いた。

しかもご丁寧に赤ペンでチェックまでつけておかずを何品かピックアップする念入り具合である。

幾ら女尊男卑の時代とはいえ、結婚せずに生きる事と結婚する事では雲泥の差がある。

だが、男性は結婚して最初は良くても、後々女性に扱き使われ、後に離婚しようとすれば一生かけても払い切れない慰謝料を要求されるのを知っている。

だからこの女尊男卑の時代では『結婚しない男が勝ち組』とされているのだ。

しかしそれでは人類は滅び行く一方であり、女性だって誰しも男を道具と思ってる訳では無く、普通の結婚願望はある。

だからこそこういった特集も、女尊男卑の時代では存在し、ニーズはうなぎ登り。

一方で雑誌に夢中になっていた矢竹は友人2人が直ぐ傍で自分の見ている恥ずかしいページのタイトルを読み挙げて、羞恥心から顔を真っ赤に染めてしまう。

慌てて雑誌を開いたまま自分の顔を隠す夜竹だが、彼女達の追撃は止まらない。

 

「さゆか……まさかアンタが兵糧攻めなんてやらしい手段に出るとは……」

 

「やらしい。さすがさゆか、やらしい」

 

「やらしッ!?ち、違うもん!!やらしくなんかないもん!!」

 

余りにも理不尽な言い掛かりに矢竹は椅子から立ち上がって二人に抗議するが、2人はそれを見ても戦慄した表情を隠さない。

何で私この2人と親友なんだろう?とさすがの矢竹も心の隅で考えてしまうほど憎たらしいリアクションだった。

 

「いやー。男女共に攻められたら陥落するしかない胃袋を狙うとは……ピンポイント過ぎでしょ」

 

「でも、単純なだけに効果は雄弁。さゆかったら本気で鍋島君落としにかかってるわねー」

 

固い城壁に(筋肉)に守られた柔らかい王室(胃袋)だけを狙える、女のリーサルウェポン(お弁当)をこうも前面に押し出しての使用とは……」

 

「はうぅ……だ、だって……」

 

傍から聞けばもう散々な言われ様に、夜竹も肩を落としてしまうが、顔の赤色だけは褪せない。

それは羞恥でもあり、そして……恋の熱病でもあった。

彼の事を思うと胸がドキドキする、顔が熱い、傍に居たい……先日の一件以来、それは夜竹の心の中で益々活発に活動していた。

そして、その溢れんばかりの思いが燃料となり、彼女の行動を促進させていく。

親友2人からの責めを受けつつ、夜竹は顔から蒸気を吹きながら両方の人差し指をツンツンさせる。

 

「ま、前に元次君が……私の作った卵焼きの事を……か、家庭的な味だって、褒めてくれたから……もっと、色々食べて欲しくて……よ、喜んでくれたら良いなぁって……あうぅ」

 

「……そ、そうなんだ(お、乙女だ)」

 

「わ、私も聞いてたから良く覚えてるよ(今時ここまで純情な子居る?……あぁ……自分が汚れて見えるわ)」

 

まるで後光が差してるんじゃないかと見紛う程に輝かしい笑顔を浮かべながら、夜竹が自分の想いを語ると、二人は仰け反ってしまった。

それは自分達の親友のピュア具合が予想を遥かに超えてピュア過ぎたからだ。

何この子?ヤダ可愛い。と素直に思え、自分達が女として置いていかれている事を強制的に悟らされてしまう。

この女尊男卑のご時世だからこそ、その驚きは尚更だ。

今時、女よりも男を立てて尽くすという亭主関白が当然と考えている女性等、もはや絶滅危惧種だ。

女の方が偉いから、男子を顎で使える権利がある。

そんな時代に生まれてきたからこそ、その考えは当然だと思って育ってきた。

だというのに、夜竹の純粋に元次に喜んで欲しいという想いを間近で見せられた二人は、自分が汚れている様に感じてしまったのだった。

だからこそ、2人は気まずさから茶化す方へと話しを軌道修正しようと必死になる。

 

「う、うーん。でも、本気で鍋島君と恋人になりたいなら、倒すべき壁はいくつもあるもんねー?」

 

「う゛」

 

「織斑先生に山田先生は確定でしょ?」

 

「寧ろアレで隠せてると思ってる織斑先生に親しみと可愛さを感じたけどさ」

 

もしここに本人が居たら即あの世行きになってしまいそうな台詞である。

話す前に防音具合を再確認した二人は流石と言えるだろう。

 

「後は……やっぱり……」

 

「本音、だよねぇ……本音も間違いなくベタ惚れだなぁ」

 

「部屋も同じだし、殆ど毎晩鍋島君の手料理食べてるみたいだもんね」

 

「はうぅ……織斑先生はモデルみたいに綺麗だし、本音ちゃんは可愛いし……山田先生は……」

 

「ヤマヤンは……アレだね」

 

「うん。もう何ていうか……G級。しかも自分から捕獲されに行きそうな」

 

三人が一様に考えた事は、あの水でも詰まってるのか?と言いたくなるぐらいに大きく実った果実の事である。

しかも真耶は身長が低く童顔な為、余計に一部分の自己主張が激しい。

スタイル的にいうならボボンッ!!キュッ!ボンッ!というコンパクトにしてダイナミック級。

身体の大きさからは想像も出来ない破壊力、まさにC4爆弾級であろう。

ちなみに夜竹は気絶していたので知らないが、二人は真耶が大人のエロさを兼ね備えたスーパーヤマヤンの状態を良く覚えている。

それを敢えて言わないのは2人の優しさからであろう。

 

「はぁ……あの人達に囲まれたら、自信なんか無いよぉ……」

 

と、元次を取り巻くライバルの多さにすっかり気落ちしてしまう夜竹。

しかし敢えて言わせて貰うなら、夜竹さゆかという少女も、容姿の面では先程上がった人物達と比べても遜色無いのだ。

上質な黒羽の様な艶を持つ腰まで伸びたロングヘアーは、日本の古き良き大和撫子の象徴とも言える。

顔もとても整っており、優しそうに垂れた瞳は、見るものに安心感を与える母親の如き暖かさに溢れている。

スタイルの良さはグラビアアイドルと比べても上位に食い込む事間違い無し。

理想的なボンッキュッボンッを体現している。

唯一気にしているバストサイズも、平均を大きく上回る大きさを保持し、恵まれない者達の標的となっている。

クラスには同じ日本和美人として箒が居る為に隠れがちだが、黒髪の美少女である事に変わりは無いのだ。

箒が胴着袴の似合う凛々しい大和撫子なら、夜竹さゆかという少女は着物の似合う儚い大和撫子そのものである。

しかし生来の自信の無さが災いして、彼女は自分を卑下しがちな思考をしてしまっていた。

そんな親友の姿を見てこれはマズイと焦り、2人は頭に思いついた事を考え無しに口にしてしまう。

 

「よ、良し!!こうなったら直球勝負しかないよ!!」

 

「うんうん!!これはもう勝負に出るしかないね!!」

 

「……ふえ!?そ、それってその……こ、こくはッ!?ででで、出来っこないよぉッ!!い、いきなりこ、告白なんてハードル高過ぎるってばッ!!」

 

そして、夜竹は親友2人から示されたプランの事を考えて、首を高速で横に振りながら更に顔を赤く染めてしまう。

――――告白。

それは自分の想いを伝える行為であり、恐らく人が人生で一番緊張する場面といっても過言ではないだろう甘酸っぱいイベント。

今、相手の事を考えるだけで胸の動悸が激しくなってしまう夜竹からすれば、恥ずかしさで死んでしまうのではないかというモノだ。

だからこそ無理だという。それは正しい選択だっただろう。

 

 

 

……しかしこの時、夜竹は失念していた……目の前の親友2人から、そんな『まとも』なアドバイスが出る訳無いという事を。

 

 

 

「なに告白なんて生っちょろい事言ってるの、さゆか!!――お弁当に薬盛って、野獣になった鍋島君に自分を襲わせるんだよッ!!責任取らせちゃえばさゆかが勝者だッ!!」

 

「若しくは自分に手錠を付けて鍋島君の部屋のベットで待ち構えて、『私を食べて下さい♡』とか甘えた声で誘えッ!!踊り食いされろッ!!既成事実さえあればコッチのモンよッ!!」

 

 

 

「――よ――余計に出来る訳無いでしょおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!?」

 

 

 

やたらイイ笑顔で告白のハードルをこれでもかとブッチぎった事をのたまう親友2人。

更には「ヤッちまいなよYOU」と言いながら親指を立てる親友2人に、夜竹はあらん限りの声量で吼える。

IS学園は、本日も平常運転であった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「――ん?」

 

「どうした、鍋島?」

 

「何か珍しいモンでもあったかい?」

 

「いや……気のせいか?」

 

さゆかの悲鳴……というか慟哭が聞こえた気がしたんだが……気の所為だな、うん。

あの後、俺は秋山さんのしつこいぐらいの質問の嵐を何とか回避して、今は目的の中華料理屋に向かってる最中だ。

先導する伊達さんに付いて、俺は秋山さんと並んで歩いている。

ミレニアムタワーという神室町のシンボル的なビルの真下で、伊達さんの言う若造さんに荷物を渡すのはもう済んだ。

今は泰平通りから真っ直ぐ歩いて泰平通り東の方へと来ている。

しかしこの直ぐ傍のピンク通りって……ピンクってのはそういう意味だったのか。

 

「鍋島君も入ってみたいだろうけど、それはまた今度の機会って事で」

 

「いやいや。俺があの辺の店入ったら即行でブッ殺されちまいますよ」

 

主に千冬さんとか千冬さんとか千冬さんとか、あと千冬さんとか。

思わずピンク通りの店を覗き見ていると、隣から秋山さんがからかう様にそんな事を言ってきたので、俺は乾いた笑いを見せてしまう。

若しくは低確率で束さんかなぁ……前にエロ本買ったら、笑顔でウサ耳から火炎放射ブッ放してきたし。

初めて悪い事した気分を味わいながら店から出たら、ニコニコ笑う束さんに出迎えられた時はこの世の終わりかと思ったな。

そのキラキラスマイルのままで『汚物と一緒にゲン君も消毒だぁーッ!!ヒャッハーッ!!』ってウサ耳から炎が……アレは怖かった。

そのまま炎を吐くウサ耳を着けた笑顔の束さんに追い掛け回された事件は若干のトラウマです。

 

「……何か色々遭ったみたいだけど、まぁ今日の目的は飯だし、そんなに気を落とさないで」

 

「アハハ。気は落としちゃいませんよ。只……昔っから俺、耐久力あったんだなぁって」

 

思わず遠い目をしてしまうが、秋山さんの同情的な視線を浴びて元に戻す。

悲しい、というか怖い思い出には蓋をして忘れよう。

さて、そんなイベントがありながらも歩を進めていくと、伊達さんは何故か何処かの店の裏口であろう場所に入り込んでしまった。

確かに開け放ってあったし看板も出てるが、入り口はその隣りに大きな入り口がある。

まさか、ここがその故郷って店なのか?

 

「ふふ。『ここが故郷って店なのか?』って顔してるけど、ここじゃないんだよ。ここは亜細亜街に繋がる『入り口』の1つさ」

 

「亜細亜街?神室町とは違うんスか?」

 

「いや。ここもれっきとした神室町の一部だけど、皆そう呼んでる。まぁ兎に角、入ってみたら分かるさ」

 

首を捻る俺に秋山さんはそう言うと、タバコを消して伊達さんの後に続いていく。

俺も置いていかれる訳にはいかないので、秋山さんの後を着いて裏口らしき場所を潜った。

そのまま進んでいくと、何故か何処かの店の厨房の中を横切り、裏口から出る。

更にそこから店同士の裏側がくっついた様な場所に出て、その複雑な通り道の階段を上がる。

おいおい、一体全体ここは何だってんだよ?

ここだけ日本の法律が無くなってるフリーダム地帯か?

 

「これが亜細亜街。不法滞在の中国系外国人達が集まって形成された路地裏の町なんだよ」

 

「そりゃまた……随分とヘビーな場所っすね」

 

不法滞在とか、穏便じゃねぇ町並みだな。

 

「まっ、路地裏を凝縮した場所だから、警察もまさかこんな場所に店構えてる奴が居るなんて思わないだろう?」

 

「そりゃそうッスね……見た感じ、ヤバそうな雰囲気の店だらけじゃねぇっすか」

 

俺達が目指してる料理屋の様な飲食店に始まり、見たことも無いモノを店先に並べてる老人。

更には地面に露店を構えるホームレスやら……他にも――。

 

「オニイサン。一晩ドウ?好ミダカラ安クデ良イネ♪」

 

「私ノマッサージ、本場中国仕込ミ。トッテモ気持チイイヨ♪」

 

明らかにイケナイマッサージをしてそうなお姉さん達とか、な。

俺と秋山さんを見つけたお水系のお姉さん2人は笑顔を浮かべながら俺に擦り寄ってくる。

形だけの笑顔とはいえ、その笑顔には男をその気にさせる何かが含まれてた。

香水の匂いもあって、俺の中の何かが刺激される。

まぁでも、俺はこういう誘いには乗らない。まだ死にたくねぇからな。

 

「遠慮するぜ、お姉さん達。俺まだ未成年だしよ」

 

「アラ、残念♪」

 

「フフ♪モウ少シ大人ニナッタラ来テネ♪」

 

恐らく未来永劫無理かと。その時には既に墓に入れられてるだろうし。

流し目とウインクしながら手を振るお姉さん2人に、俺は苦笑しながら手を振り返す。

そのまま待っていてくれた秋山さんと伊達さんに謝罪してから、俺達は再び故郷を目指して歩く。

 

「まぁあんな感じで、ここの住人達は生計を立ててるんだ。ギリギリ法に触れるか触れないかのラインを維持してるから警察も迂闊に査察出来ねぇ」

 

「それどころか、警察内部でもここにお世話になってる人が居るらしくてね。結構そっちが見逃したり、ここにガサ入れの事タレこんだりするらしいよ?」

 

「なんともはや……完全に見逃す体勢が出来てるッスね」

 

こういう場所が乱立してる事こそ、神室町って町が本当にヤバイ事の証明なんだろうがな。

間違いなく日本の都市の中で一番危険なスポットと言っても過言じゃねぇだろう。

 

「まぁその分、俺達は美味い中華料理が食えるから良いんだけどね。もうすぐそこにあ(ガシャアアンッ!!)ッ!?何だ?」

 

だが、秋山さんがこれから行く店の事を指さした瞬間、その店の窓ガラスが割れて椅子が飛び出してきた。

おいおい、まさか治安までトップクラスの悪さなのかよ?

俺達は歩きから走りにギアを上げて、『故郷』と書かれた看板のある店に駆け込んだ。

そして、店の中を覗いた俺達の目に飛び込んできたのは、2人の赤い服を着たガラの悪い男共が、エプロンを着けた男の襟を占めているという光景だった。

 

「オラァ!!さっさと吐きやがれ!!あの野郎は何処に居るんだよ!?」

 

「うぐうぅ……し、知らない。そんな男の事は知らないぞ!!」

 

「しらばっくれてんじゃねぇよ!!」ブンッ!!

 

「ッ!?父さんッ!!」

 

刹那、口論をしていた赤服の男がエプロンを着けた男に殴りかかった。

側にはもう一人の男に捕まえられてる女の子も居る。

ふむ、とりあえず――。

 

ガシィッ!!

 

「はぁ!?って何だテメ(ギギギギギッ!!)あいでででででッ!?お、折れるぅううううッ!?」

 

「悪モンはテメエ等で確定らしいな」

 

「おいマスター、大丈夫かい?」

 

俺は殴りかかろうとした男の手を止め、そのまま力を込めて男の動きを封殺する。

戒めから開放されたエプロンの男は椅子に倒れこみ、伊達さんがその男の介抱に回った。

 

「ちょ、ちょぉおおおお!?ほ、本気で折れちまうから離してもらえません!?もう暴れませんからお願いしま「うるせぇ」(ドゴッ!!)おう!?ぶくぶくぶく……」

 

「おう。痛そーだ……」

 

とりあえず腕を握って引き寄せた男の股ぐらに金的をぶち込み、意識を奪う。

秋山さんは俺の金的を見て自分の股間を抑えて後ずさる。

まぁ俺も自分でやってなかったらそうしてるな。

もう1人の男は腕に捕まえてる女の子と一緒になって呆けているではないか。

好都合なのでそのまま側により、掛けているサングラスを少しズラして、目に威圧を篭める。

 

「一回しか言わねぇぞ?その子を離せ」ギンッ!!

 

「はい」

 

「あっ……お、お父さん!!」

 

俺の威圧を食らった男は俺の言葉に人形の様に従い、少女をその手から開放した。

解放された女の子は少しポカンとした顔をしたが、ハッと意識を取り戻すと俺に頭を下げて父親の元へと駆けていく。

それを見送ってから、俺を見て汗を流している男に言葉を掛ける。

 

「そこで伸びてる仲間連れて失せろや。さもねえと関節全部逆にすんぞ?」

 

「は、はいぃいい!?す、すいませんしたぁあああ!?」

 

赤い服の男2を脅して、最初に金的を叩き込んだ男を連れて帰らせる。

後はガラスの割れた大窓と、少し荒れた店内、そして泣く少女をあやす父親の図。

まぁ小腹が空いたって程度だから問題ねぇけどよ……さすがに事件起こり過ぎじゃね、神室町?

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

コトッ。

 

「さっきは俺とメイファを助けてくれてありがとうな。これはウチからのサービスだ。遠慮せず食ってくれ」

 

「ぎ、餃子もどうぞ!!お兄ちゃん!!」

 

「あっ、どもっす。ありがとうな、メイファちゃん」

 

「うん!!」

 

さて、何とかあの後落ち着きを取り戻した中華料理店故郷。

俺達はあの子……メイファちゃんが泣き止んだあたりで店の掃除を始めたマスターを手伝い、その御礼って事で無料で飯をご馳走になってる。

チャーハンに餃子、麻婆豆腐から北京ダックに至るまでの豪華振り。

こりゃ堪んねぇなぁオイ。

しかも秋山さんの言った通り――。

 

「ハグッ。ムグムグ……ッ!?この米のパラつき加減に深いコク。其処らの中華料理店とは比べ物にならねぇ……美味え」

 

「ふふっ。ありがとよ」

 

チャーハン一つとっても旨さが尋常じゃねぇ。

これは正に本場の味を知りつつ、何十年も研鑽を重ねる事でしか生まれない味だ。

……そういや、鈴の親父さんのチャーハンもこれと同じぐらい美味かったっけ。

そういう意味では、この味はすげぇ懐かしさがある……故郷とは良く言ったモンだぜ。

 

「うーん……麻婆豆腐も最高だねぇ……やっぱ中華なら故郷だよ、ホント」

 

「あぁ。違いねぇ」

 

「秋山さんも、伊達さんも助けてくれてありがとよ」

 

「いやいや、俺からしたら行きつけの店を守るのは当然だって」

 

「まぁ、俺も復職するからな。問題ねぇよ」

 

俺と一緒に卓を囲む秋山さんと伊達さんも、マスターに問題無いと返しながら飯を食っている。

2人も人を守って当然だという気持ちがあるからな……神室町にも、真っ直ぐな人間が居るのは間違いねぇ。

良くも悪くも、この町は人を魅了する町なんだな。

だからこそ、良い人も悪い人も集まる……冴島さんに会えたら、何時かこの店に誘いてぇや。

 

「ングッ……プハァ……それにしてもマスター。さっきの連中、何なんだ?誰かを探してたみたいだが……」

 

「ん?あぁ……」

 

と、皿の飯が消えてきた頃に、伊達さんが真剣な表情でさっきの連中の事を聞いた。

それに反応したマスターは苦い表情で重い溜息を吐くと、椅子に腰掛けた。

 

「さっきのは、レッドカーニバル(赤い狂乱)とかいうカラーギャングの連中だ」

 

「レッドカーニバル?何か頭の悪さ爆発のネーミングッスね……あぁそっか。レッドだから赤色の服を着てたって訳だ。確かにカラギャンだな」

 

マスターが語った連中の正体と名前に、俺は少し笑ってしまう。

カラーギャングってのはアメリカのストリートギャングを模倣した日本の不良行為少年達の集団のことを言う。

名前の由来はこれらのギャングと同様にチームカラーを身につけることからであり、「カラギャン」と呼ばれることもある。

各々のチームカラーを持ち、その構成員はチームカラーのバンダナや服、お揃いTシャツを着用、グループを誇示している。

爺ちゃんの地元の兵庫県の俺が住んでた町にもカラギャンが闊歩してたが、俺と冴島さんで殲滅したっけ。

ギャング潰して回ってたら、何時の間にか俺の元に集う奴等が出てきて、俺までギャングの頭にされたのには顎が外れるかと思った。

一応町の為になる事をして回る変わったギャング集団になってたから、今も元気にやってんのかなぁ。

 

「聞いた事あるよ。確か最近売り出し中のギャングだね。数は30人ちょっとだっけ?」

 

「あぁ。喧嘩にカツアゲ、強引なナンパなんかをしてる町の愚連隊だ」

 

伊達さんの話を聞く限り、どうやら再起不能にしといた方が世の中の為になる奴等だったみてぇだな。

しかし何でそのカラギャンが、こんな裏路地にある中華料理屋を襲ったんだ?

 

「……実は、1年ちょっと前にこの亜細亜街に流れてきた中国人の男が居てな。そいつが奴等と揉めたんだ」

 

「揉めた?喧嘩でもやらかしたの?」

 

「いや。喧嘩なら連中はあそこまでしつこくないさ」

 

秋山さんの質問に、マスターは目頭を抑えながら否定する。

どうやらかなり根の深い話みてーだな。

 

「その男、最初は日本に住んでたんだが、本国に戻ってカミさんと離婚したらしい。向こうに行く宛も無くてこっちに帰ってきたんだが……やはり、就職が難しかったらしい」

 

聞いてる限りでは典型的な転落人生の初まりみたいだな。

 

「その内貯金も全て尽きて、この神室町に流れ込んできた所を俺が拾った。あのままじゃ野垂れ死んでたからな」

 

「……」

 

「奴は人生をやり直そうと必死にこの亜細亜街で働いていたんだが……ある時、さっきのギャングのリーダーの女が、その男を顎で扱き使おうとしたらしい。路上でな」

 

「……今どき良く見る『女だから偉い』の思考を持った女に絡まれるアレか?」

 

「あぁそうさ。当然、ソイツは拒否したんだが、女は自分の男、つまりカラーギャングの連中を呼ぼうと携帯を取り出した」

 

「まぁ、自分の男がそういう集まりなら、そういう事もするよね」

 

秋山さんと伊達さんがマスターの回想に相槌を打つ中、俺は不機嫌な表情になってしまう。

結局自分の思い通りにならなきゃ男か権力に頼るのかよ……ウザってえ。

本気でこの女尊男卑の世界が嫌いになってくぜ。

 

「ソイツは面倒事が増えると思い女の携帯を奪おうとしたんだが、弾みで女を殴り飛ばしてしまったんだ」

 

「あ~らら。それであのギャング達は報復しようと?」

 

可哀想にと言いたそうな秋山さんの言葉に、マスターは重々しく頷く。

まっ、俺からしたら良い気味だが、それの所為でマスターとメイファちゃんが危ない目に遭ってるのはとばっちりだな。

 

「アイツは俺に事のあらましを説明すると、俺達に迷惑が掛からない様にって言って行方をくらましたんだ……だが、結局この店は突き止められてしまった」

 

「それじゃあ、今こうして呑気にしてちゃマズイんじゃねぇのか?」

 

「いや、さっきのアレで、亜細亜街の入り口は封鎖したよ。俺とメイファも暫くほとぼりが冷めるまでは別の所に隠れておこうと思う」

 

伊達さんの心配に対してマスターは笑顔で答えるが、メイファちゃんはマスターの服を握って俯いてしまう。

怖いんだろうな……胸糞悪いし、あのカラギャン潰してくるか。

30人程度なら腹ごなしの運動にゃちょうど良いだろ。

 

「う~ん……ちなみにマスター。その男の名前は?こうなった以上、本人からも話が聞きたいからさ」

 

秋山さんが興味本位からか、この騒動の元凶となってしまった男の名前を尋ねる。

伊達さんも秋山さんと同じなのか、椅子から立ち上がって聞きの体勢に入った。

 

 

 

 

 

まぁ馴染みの店の危機だし、秋山さん達がそっちに動くなら、俺はカラギャンを潰しに行こ――。

 

 

 

 

 

「……維勳(ウェイシュン)、という男だ」

 

 

 

 

 

「――え?」

 

 

 

 

 

マスターの口から語られた名前に、俺は呆けた声を出してマスターを見つめる。

さっきまで何も言わなかった俺が呆けた表情を見せたからか、全員の視線が俺に注がれていく。

でも、俺はその視線に何かを感じる暇が無かった。

 

「ど、どうしたんだ、鍋島?」

 

「……もしかして、そのウェイシェンって男の事、知ってるのかい?」

 

「…………その男の苗字……」

 

訝しむ表情で俺に質問してくる秋山さん達を無視して、俺はおぼつかない足取りでマスターに近づきながら言葉を紡ぐ。

まさか……まさか……。

 

「……その男の苗字……『鳳』、じゃないッスか?」

 

「な、何でお前さんがッ!?」

 

「え!?お兄ちゃん、ウェイシェンのおじさんの事知ってるの!?」

 

「……やっぱりか」

 

俺の口から出た苗字にマスターは心底驚いた表情を浮かべ、メイファちゃんは聞き返してくる。

驚愕する2人に言葉は返さず、俺は店の外に視線を向けて難しい表情を浮かべた。

やっぱ……そうなのか……あの人なのか。

 

 

 

 

 

俺の知ってる中で、中国人であり鳳の苗字を持つ男はただ一人。

 

 

 

 

 

「――見つけたぜ――ウェイの親っさん……嫌な再会になりそうだがな」

 

 

 

 

 

俺の大事な幼馴染み、鳳鈴音の父親――『(ファン)維勳(ウェイシェン)』だけだ。

 

 

 






夜竹さゆかって見た目と性格が葉桜清楚に似てる気がするのは俺だけだろうか?

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