IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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龍が如くは神ゲー(キリッ)


鍋島元次、眠らない町へ

 

 

 

 

 

キィッ。ドッドッドッドッ……。

 

久しぶりに火を灯れた愛車、イントルーダーを町の裏手側にあった店先に停車させ、エンジンを切る。

ちょっと小腹が空いてきちまったし、軽く休憩を兼ねた昼飯タイムに入るか。

バイクスタンドを起こしてイントルーダーを駐車し、俺は目星を付けた店の黄色い暖簾を潜る。

暖簾を潜った先のガラス戸に書かれた『九州一番星』という店名を流し読んで、俺は入り口を開けた。

 

ガラッ。

 

「へいらっしゃい!!お席は好きな所へ掛けて下さい!!美香ちゃん、お冷お出しして!!」

 

「はーい!!」

 

店内へ入った途端に香る濃厚なスープの香り、客の吸ったであろうタバコの匂いを肺に充満させながら、俺はカウンター席へと腰掛ける。

リーマンの入り出すピークの時間を外して来たお陰か、店内にはまばらにしか人影は居ない。

俺的には混み合ってるよりちょうど良い……周りを気にせず考え事に集中出来る。

 

「(コトッ)お冷失礼します!!ご注文はお決まりでしょうか?(うわっ。怖そうな人……ちょっと注文聞くの早過ぎたかも)」

 

と、考え事をしようと思った俺の目の前にお冷が置かれ、ウェイターのお姉さんが営業スマイルを浮かべて注文を聞いてきた。

ってそういえばサングラス(オプティマス)を付けたままだったな。

 

「(スッ)えっと……お勧めってあります?」

 

「(え、嘘?け、結構イケてる)は、はい。最近人気なのは、コチラの九州とんこつつけ麺ですけど……」

 

「じゃあ、それ1つと……あっ、後あそこに貼ってあるチャーシュー丼もお願いします。以上で」

 

「はい!!えー、九州とんこつつけ麺1つとチャーシュー丼1つですね、かしこまりました!!大将、つけ1チャー丼1入りました!!」

 

「へい、ありがとうございます!!」

 

大将の力強い返事と一緒に、お姉さんは伝票を置いて別の卓に向かった。

サングラスをかけてた俺に営業スマイルを崩さねーとは……やるな、あのお姉さん。

そんなどうでも良い事を考えながら、俺は出されたお冷に口を付けて喉を潤す。

 

「ン……フゥ……」

 

喉を潤してコップをカウンターに置けば、水面に自分の顔が映りこむ。

只、何時もより若干影を落とした暗い顔ではあるが、な。……ったく。

 

 

 

「(何でこんな事になっちまったんだか……いや、何でアイツがあんなヘビーな体験しなくちゃならねぇんだっての)」

 

 

 

 

 

東京の中心近く、別名『眠らない町』と言われる『神室町』の一角にあるラーメン屋で、俺こと鍋島元次は重い溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

今日はあの腐れISがアリーナを襲撃した次の日。

生徒達の心身ダメージを考慮して作られた休養日なワケであり、当然他の生徒達も家に帰るなり寮でのんびりするなりしてる。

そんな日に俺がIS学園を離れてこの神室町に来てるのは、ちょっとした依頼と気分転換を兼ねてのドライブってトコだ。

事の発端は昨日、つまりあのクソISが防護扉を閉め切り、俺がソレをパンチでブッ壊して怪我をした日の夜。

さすがに怪我をした身で料理を作る気にもなれず、本音ちゃんと一緒に食堂で夕食を取ってた時の事だ。

食堂には生徒は殆どおらず、俺と本音ちゃん以外の生徒は数人。

一夏達も、既に夕食は取り終えてしまったので、俺と本音ちゃんの2人だけで夕食を食ってた時、俺を訪ねて一人の上級生が現れた。

その上級生とは、あの一夏クラス代表就任パーティーで俺にインタビューしてきた、新聞部の黛薫子先輩だったんだが……。

 

『ハァ?俺が新聞会社に取材を?』

 

『う、うん。受けてくれないかなーと思って、ね(うー、やっぱ緊張するよぉ……あの時の鍋島君、カッコ良すぎなんだもん)』

 

何やらソワソワしながら俺に依頼してくる黛先輩だが、俺は眉をしかめてしまう。

 

『いや、それが学園新聞とかなら判りますけど、何で外の新聞会社の事を黛先輩が言うんスか?正直その辺りがわかんねーんスけど?』

 

そう、これが学内の新聞なら話しは分かるが、社会の正規に新聞を出してる会社ともなれば話しが違ってくる。

何の為に俺がその取材を頼まれてるかも判らねぇのに安請け合いは出来ねえぞ。

俺の言葉を聞いて、黛先輩は少し苦笑いした表情を見せながら口を開く。

 

『実は、私のお姉ちゃん。とある雑誌の記者をやってるんだけど、そのお姉ちゃんの友達……のお父さんが、是非鍋島君を取材したいって言ってるらしくてさ。私に聞いてみてくれない?ってお鉢が回ってきたの』

 

『お姉さんの友達のお父さんて……中々ややこしいッスね』

 

『うん。それでね?その人、今回の仕事を機に前にやってた仕事に戻るらしくて……記者としての最後の仕事に、世界で2人しかいない男性IS操縦者のどっちかの取材がしたいって言ってるんだ』

 

何で記者最後の仕事に俺と一夏のインタビューなんてモン出したんだよ。

俺達が受けなかったらどうするつもりだったんだ?

勿論そんな依頼を引き受けるつもりは毛頭無かったんだが、一夏の方には既に断られてるらしく、もはや俺に縋る以外無いと泣き落としまで仕掛けられたよ。

まぁ最終的に黛先輩から深々と頭を下げられてしまったので渋々引き受けたが、あんまり乗り気じゃないわけだ。

何が悲しくて芸能人の真似事しなくちゃいけねーんだか……ハァ。

 

 

 

「お待たせしました!!九州とんこつつけ麺1つとチャーシュー丼1つになります!!ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」

 

 

 

「あっ、はい」

 

と、考え事をしてる内に頼んだ飯が運ばれてきたので、俺は一度考えを中断して飯を食べ始める。

ホッカホカの湯気を立てている美味そうなチャーシュー丼をかっこみ、口をモグモグと動かす。

甘辛のタレが絶妙にご飯に絡まり、パラパラと刻まれた青葱の食感がシャキシャキと口の中で踊り出す。

美味い……そういや、鈴の親父さんのチャーシュー丼も、美味かったっけなぁ。

 

 

 

『――離婚したんだ……ウチの両親』

 

 

 

それが、昨日俺等幼馴染みだけで集まった時に、鈴の口から語られた衝撃の事実だった。

最初は俺も一夏も鈴が何を言ってるのか分からなかった……でも、鈴の寂しそうな目が理解させてくれた。

これが……鈴の表情に影があった理由……親父さんが元気かと聞いた時に見せた、悲しそうな表情の正体だったわけだ。

 

『中学の時から、ホントにちょっとした歪があって……そこからあっという間に離婚が決定。アタシが中国に帰ったのも、それが原因なの』

 

鈴は俺が淹れた茶を飲みながら、伏せ目がちにゆっくりと語ってくれた。

 

『ほら、今ってISの影響で、何処へ行っても女が強いじゃない?だから親権は母さんにあって……父さんは離婚した後直ぐに日本に戻ったらしいんだけど……その時から会ってない』

 

『鈴……』

 

『……お前』

 

悲しい事なのに、それでも我慢して俺達に話してくれる鈴に対して、俺も一夏も口を挟めなかった。

そんな事があったなんて……親父さんもお袋さんも口喧嘩する時はあったけど、直ぐに仲直りしてたのに……。

思い返しても、あの2人が本気で罵り合う姿なんて想像出来ない、いやしたくなかった。

それだけ、俺や一夏にとっては繋がりの深い人達だったから……。

 

『こっちに来る前に、母さんを問い詰めてさ。父さんが何処に行ったのかって……母さんも、日本の東京に向かったって事しか知らないって。広過ぎだっつうの』

 

『……鈴』

 

『まぁでも?あの元気の塊みたいな父さんの事だから、今もどっかで悠々してんじゃないのかなーってさ』

 

『鈴』

 

まるで自傷するかの様に独白する鈴に一夏が呼び掛けて言葉を止めさせる。

俺も一夏も、その時の鈴を見ていられなかった……くしゃくしゃに顔を歪めて、涙を耐える鈴の姿が、あまりにも弱弱しくて。

――あまりにも痛々しくて。

 

『もう良いって……』

 

『……一夏?』

 

そんな友達の姿を見ていられなくて、一夏は己の胸に鈴を抱きしめて、頭を撫でた。

だが、俺は何もしない、いや出来ない……鈴の心を癒せるのは、一夏だけにしか出来ない事だからだ。

俺や弾、数馬という友達じゃそれは出来ない……鈴の惚れた男じゃなきゃ、な。

 

『向こうで辛かったかもしれない……でも、鈴はこっちに帰って来たんだ。ここには俺達が居る』

 

『……』

 

一夏があやす様にゆっくりと紡ぐ言葉は、鈴の胸に染み渡ったんだろう。

今さっきまで耐えていた筈の涙が、鈴の瞳からポロポロと零れ落ちていく。

 

『弾も、数馬も、ゲンも……そして俺も……これからまた昔みたいに皆で騒いでさ』

 

『……ひっぐ』

 

『楽しい思い出、皆でいっぱい作って……また、親父さんに会えた時に、笑顔で話せる様になろう……だから、今は気を張らなくても良いって』

 

『ぐすっ……う、わぁああああああああんッ!!』

 

鈴の感極まった泣き声を背中に聞きながら、俺は静かに部屋を後にした。

好きな男と2人にさせてやった方が良いだろうという、俺なりの気遣いと……。

 

『……クソがッ』

 

大事なダチが悲しくて泣いてるのに、何も出来ないっていう無力感を噛み絞めながら……。

 

 

 

「――お客様?」

 

 

 

「ッ!?」

 

昨日の夜に起こった出来事を思い返している内に、大分時間が経ってたんだろう。

目の前の皿は両方とも空になっており、横からお姉さんが心配そうな表情で俺を見つめていた。

ヤベエヤベエ、考え事に熱中し過ぎたか……時間も迫ってるし、そろそろ行かなきゃな。

 

「すんません。ちとボーっとしちゃって……おっちゃん、勘定頼むわ」

 

「へい!!毎度あり!!九州とんこつつけ麺が800円、チャーシュー丼450円で。1250円になりやす!!」

 

美味いラーメンと飯を食し終えた俺は、大将に勘定を頼み席を立つ。

俺は財布から2000円を取り出して受け皿に乗せる。

後は大将がお釣りを渡してくれる筈なんだが……。

 

「……(ポカーン)」

 

「ん?ど、どうしたんだおっちゃん?」

 

何故か大将は俺の顔を見て、口をあんぐりと開けた表情のまま固まってしまっていた。

え?何その顔?俺の顔がどうかしたのか?

何で大将が驚いてるのか判らず、もう1人のお姉さんに視線を向けると、お姉さんも驚いた表情で固まってるではないか。

……いや、マジで何が起こった?

 

「あ、あんちゃんひょっとして……あの世界に2人だけしか居ないっていう男性IS操縦者の……鍋島元次じゃねぇのか?」

 

「え?あ、あぁ。そう、だけど?」

 

どうやらこの人は俺の事を知ってるみたいだ。

そういえば、俺がIS学園に入学してから俺が男性IS操縦者だってニュースが全世界に放映されたんだっけ。

IS学園に入学してから外に出てなかったから、今の今まで忘れてたぜ。

 

「……き……ききき、来たーーーーーーーッ!!有名人キターーーーーーーッ!!」

 

「うおッ!?」

 

「さ、さっきまで気付かなかったけど、まさか今尤も有名なあんちゃんがウチの店に来てくれるたぁ思わなかったぜ!!あ、握手してくれ!!」

 

「は?あ、握手?……ど、どうもっす」

 

俺の正体を知った途端、さっきまでラーメン作ってた時の様な気合の入り様で、大将は俺に握手を求めてくる。

そのテンションに面食らいながらオズオズと手を差し出すと、大将は俺の手を両手で握ってブンブン振り回す。

何この芸能人に会った様な対応の仕方は?俺はどう対応すれば良いってんだよ?

 

「あ、あのあのあの!?しゃ、写真一緒に撮ってもらっても良いですか!?」

 

「は、はぁ……別に良いッスけど……」

 

「あ、ありがとうございます!!(大学の皆に自慢できちゃうよこれ!!キャー!!)」

 

そして今度は胸元のポケットから携帯を取り出して興奮した様子で詰め寄ってくるお姉さんのターン。

そして俺はさっきから翻弄されっぱなしだな。

 

「あっ!!だ、だったらよ!!ウチの店に飾る様に別でもう一枚取らせてくれ!!後、出来たらサインを……」

 

サインてアンタ……今まで書いた覚えも無けりゃ、これからも書く予定無いんですけど。

そう思うも、既に色紙とサインペンを持って待機してる大将に断る事も出来ず、俺はサインを書く羽目になりましたとさ。

ついでに写真と一緒に額縁に収められ、俺が食べたメニューについての感想まで聞かれたんだけど、どうなってんの?

 

「じ、じゃあ用事があるんで、これで失礼しますわ」

 

「あっ、ハイ!!写真ありがとうね!!また来てよ!!お姉さんいっぱいサービスしちゃうから!!」

 

いや、お姉さんはバイトなのでは?

 

「あぁ、次に来てくれる時までに、極盛りチャーシュー丼を完成させておくから、是非来てくれよなあんちゃん!!くぅ~!!あのいけすかねぇラーメン屋には川越達也が来たとかで人気が持ってかれそうだったけど、コッチはそれ以上のビッグネームが来てくれたぜ!!」

 

俺の考えなんて他所に、大将はお姉さんと同じぐらい乗り気でした。

まぁそんなこんながあって、俺がラーメン屋を出る頃には、入る前より疲れが溜まってたよ。

いや、一応憂鬱な気分がブッ飛んで気が楽にはなったけど……なんだかなぁ。

釈然としない気持ちを抱えながら、俺はイントルーダーに跨って九州一番星を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

ドルルォオン……キィッ。

 

「さて……確か此処ら辺に、向こうが指定した店がある筈なんだが……」

 

神室町の外周を周って、神室町の入り口とも言われる『天下一通り』にバイクを進めた俺は、駐車場にバイクを止めて歩き出す。

おおよそ俺の視界から見える範囲で、向こうの記者が指定してきた店の名前を探すが、目ぼしい名前の店は見当たらない。

ちっ。分かり難い場所選びやがって、どうせならあのラーメン屋の近くにあった『喫茶アルプス』とかにしてくれりゃあ良かったってのに。

 

「愚痴っても仕方ねぇ。兎に角歩いて探すか……」

 

溜息を吐きたい気持ちを抑えながら、俺は天下一通りと書かれた入り口を潜り、再度神室町に足を踏み入れる。

 

ザワザワザワ……。

 

俺は雑多な町並みを歩きながら、人にぶつからない様気を付けて進み、通りの角を見渡す。

そこには、看板持ちのバイト、訪問販売に精を出すサラリーマンやおよそマジメとは思えない金髪で服を着崩した学生なんかが居る。

しかも、中には明らかにその道を進んでいるであろう強面の男達の姿が嫌に目に付く。

良く見たらギャングやチーマーの人間も、様々だ。

……これが噂に聞く神室町……昼間だってのに、ヤバげな人間がうろついてる所見ると、あながち嘘じゃねぇらしいな。

神室町に集まる人種は、大抵がヤバい事に首を突っ込んでる奴等ばかり。

それが外から見た神室町の人間達に対する印象だ。

ホームレスの数も、神室町の中と外では全然違うし、何よりヤクザが多い。

まぁそれも当然の事だよな……ここは天下の『東城会』、そのお膝元と言っても過言じゃねぇ。

東城会は関東一円のヤクザを束ねる一大組織。直系100団体、構成員3万人という極道の大御所だからな。

関西には「近江四天王」と呼ばれる強力な大幹部達を中心とした堅い結束と、直参120団体、構成員3万5000人の兵力を誇る極道組織、『近江連合』なんてのがある。

もし西と東が戦争でもやろうモンなら、警察の力じゃ止められねぇとか言われてるっけ。

5年位前にこの町で起きた『100億円事件』は結構有名だ。

勿論事件の詳細なんてのは公開されなかったが、起きた事実までは隠し切れない。

この神室町のシンボルとして建てられた『ミレニアムタワー』の最上階が爆破され、空から1万円札が大量に降ってきたんだっけ。

他にも最近じゃ、1年前に警視庁の副総監だった宗像って男がやったっていう汚職に殺人、極道との癒着なんて事実が発覚。

刑務所に入るのを恐れて拳銃自殺したとかなんとか……ニュースでもエラい騒ぎになってたな。

アレの所為もあって、益々女尊男卑の風潮が強まり、政治家や高官にも女性が急増した……迷惑な話だぜ。

とはいうものの、今の世の中の抑止力はISだ。

だからもし、極道の西と東の大戦争が起これば、警察は政府に要請してISを出撃させるだろーな。

 

「っと……俺に対しても、誰も関心を向けねぇ、か」

 

道を譲ろうとせずに友達と楽しくお喋りする女子高生を避けながら、俺はそう呟く。

俺自身かなりゴツイ体格だから周りの人間が勝手に道を空けてくれるが、ココじゃそれも通用しない。

それだけヤバイ奴等に対する耐性が付いてるって事なんだろうがな。

……いや、耐性がある、じゃねぇな……麻痺してるってのが正しいだろうよ。

明らかに自分よりも強い相手に対して何も思わないんじゃ、いざって時にはもう遅い。

要するに危機感が欠けてんだな、ここの住人たちは。

 

「まっ。俺には関係ねぇか……さぁ、さっさと店探さねーと、約束の時間過ぎちま「テメェ臭ぇんだよコラァッ!!」ん?」

 

早く約束の店を見つけようとした俺の耳に、がなり立てる様な声が聞こえてくる。

その声に誘われて、他の通行人たちも足を止めて、その方向に目を向けると――。

 

「ったく。ゴミが俺等の周りをウロチョロしてんじゃねぇってんだ!!」

 

「ヒイィ!?た、助けて下さ……」

 

「ゴミが喚くんじゃねぇよ!!」バキィ!!

 

「あぐあ!?」

 

ソコには、何とも胸糞悪い光景が広がっていた。

俺が目を向けた喧騒の先には、只歩いていただけのホームレスの爺さんを蹴り飛ばすガラの悪い男達が居る。

音からしてモロに入ったんだろう、爺さんは苦しそうな表情を浮かべて蹲っていた。

蹴り飛ばした男の連れであろう男達は、そんな爺さんを見てゲラゲラとい笑ってやがる。

 

「オイオイ、そんなボロ布なんか相手にすんなよ」

 

「苛め、カッコ悪い……ギャハハハハッ!!」

 

「苛めぇ?なぁ~に言ってんだよ。俺はこの町を汚す『ゴミ』を掃除してやってるんじゃねぇか。立派なボランティアだっつうの」

 

蹴り飛ばした男の言葉に「それもそうか」と相槌を返して、他の奴等もゲラゲラと笑う。

……屑もここまでくると大したモンだぜ……だが、ちょうど良い。

最近鈴の事で出来ちまったモヤモヤを発散する、程度の良いサンドバックがゴロゴロしてやがる。

最近外での喧嘩もご無沙汰してるし、いっちょ暴れさせてもらうとすっか。

俺は爺さんを蹴り飛ばして笑うバカ共をブチのめそうと、群衆から進み出ようとし――。

 

 

 

「――確かに、ゴミはちゃんと掃除しなくちゃいけないよね?」

 

「……あぁ?なんだオッサ(バキィッ!!)ごべ!?」

 

 

 

爺さんを足蹴にしていたバカを蹴り飛ばす、『鋭い目をした男』の登場で、足を止めてしまう。

途轍も無く速いスピードで振るわれた足刀蹴りが顔にヒットしたバカは、たたらを踏んで地面に倒れる。

気絶はしなかった様だが、あの鋭さだ。

痛みで起き上がる事も呻き声を挙げる事も出来ずに、地面に蹲っていた。

 

「……はっ!?な、何しやがるんだこのオヤジ!!」

 

「俺らが誰だか知ってて喧嘩売ってんのかコラァ!!キモい正義感振りかざして登場ってワケかよ!?」

 

蹴り飛ばされた男の仲間達は、ハッと意識を取り戻すと、口々に罵声を浴びせ始める。

一方で乱入した『緋色のストライプスーツとグレーのズボン』を着た中年の男は、そんな馬鹿共を面倒くさそうに眺めていた。

ネクタイを絞めず、だらしなく胸元を開けた風貌からチョイ悪っぽいイメージを抱かせる。

 

「えぇ。アンタ等の事なら知ってますよ?佐奈田組って東城会に属するヤクザ屋さんでしょ?」

 

男はバカ共を眺めながら軽く奴等の素性を明かすが、その明かされた素性にギャラリーがザワつく。

事もあろうに、あの男は東城会というヤクザ組織に属するヤクザと知って、喧嘩を売ったからだ。

普通の人間ならそんなの正気の沙汰じゃねぇ。

周りが騒いだ事で気分が良くなったのか、バカ共はニヤリと汚ぇ笑みを浮かべる。

 

「へっ。知ってるなら話が早え。俺ら佐奈田組のバックには、天下の東城会が付いてんのに、その極道に手を出しちまったんだ。今更泣いて謝っても遅ぇからな、オッサン」

 

自分達より強い者の力を背景に相手を脅す……カスのやりそうな事だ。

だが、それを聞いても、乱入した男は悠然とした佇まいを崩さない。

 

「まぁ、東城会の5下層ある団体の中でも末席の5次団体。大した威光も無い下部組織、いや……カス組織ってトコでしたよね?お宅の組?」

 

プッ。

 

誰が笑ったかは判らないが、ギャラリーの中からそんな失笑が響き渡り、バカ共は顔を真っ赤にして怒りを露わにする。

へぇ……大した度胸だな、あの人。

 

「とりあえず、私が言いたいのはですね?お宅等が言ってたゴミ掃除。それは直ぐにでもしなくちゃいけない事ですねって事で……何せこれだけ沢山のゴミが歩いてるんですからねぇ。公共の迷惑じゃないですか?」

 

口では丁寧な言葉でゴミ掃除と言いつつも、男は視線をバカ共から外さない……それだけでもバカ共に伝えるにゃ充分だろう。

つまりあの人はこう言いてぇんだ……『ゴミ』は『テメエ等』だ……ってよ。

すると、バカ共の1人がポケットからナイフを取り出し、汚い笑みを浮かべたまま――。

 

「……そんなにこの爺が大事なら――」

 

「ッ!?おい、止めろッ!!」

 

バカが視線を爺さんに向けただけで勘付いたんだろう。

さっきから余裕の表情を浮かべていた男の表情に焦りが浮かぶ。

 

「先にこの爺をブッ殺してやるよぉおおおッ!!」

 

だが、バカはその静止を無視して、爺さんへとナイフを振り下ろしてしまう。

人間って奴は、追い詰められたり怒りに身を任せると、得てして理論的じゃねぇ行動を取る。

爺さんは最初の蹴りで動けないのか、迫り来るナイフを絶望の眼差しで見つめる事しか出来なかった。

 

「あ、うぅ……」

 

「ヒャハハッ!!くたばれゴミぃいいいいいッ!!」

 

バカはそう叫びつつ、ナイフを突き立てようと真上から振り下ろす。

あのバカがやろうとしているのは『別の人間に悪意を向ける』という、一番質の悪い行動であり――。

 

 

 

 

 

「――――テメエがな?」

 

 

 

 

 

俺が一番嫌いな行動だ。

 

 

 

ボグチャァアアッ!!

 

 

 

「――――」

 

 

 

バカがナイフを取り出した段階で動いていた俺は、ナイフを振り下ろそうとしていたゴミに腰の回転を加えたスイングアッパーを叩き込んで思いっ切り振り抜く。

それだけで、60キロはあろうかという成人男性の身体は言葉すら発せず、紙くずの様に宙を舞って――。

 

ガシャァアアンッ!!

 

5メートル程離れた場所に備え付けられていた町角のゴミ箱へと叩き込まれていった。

俺に殴り飛ばされたバカは悲鳴すら挙げる事も無く、口の周りからダラダラと血を流して痙攣している。

ヒットした感じだと、顎の骨がグチャグチャになったんだろうな。

 

「……(ポカーン)」

 

「……ヒュウ。強烈、それでいてパワフルだねぇ」

 

俺が乱入した事にギャラリーは口を閉じ、バカ共は口をあんぐりと開けて呆けてしまう。

唯一この空間で、あの赤スーツの人だけが口笛を吹きながら笑みを浮かべて俺を見ているだけだ。

俺はその辺の視線を全部無視して、地面に倒れ伏す爺さんの側に膝を着く。

 

「う、あぅ……アンタ」

 

「大丈夫っすか、爺さんよ?」

 

「あ、あぁ……兄ちゃんのお陰で、助かったぜ……ありがとうな」

 

俺の短い問い掛けに、爺さんは涙を零しながらお礼を言ってくれた。

それだけで俺には充分だ。

俺は爺さんを起こし、喧嘩に巻き込まれない場所に下がらせてから、再び喧嘩の場に舞い戻る。

約束してた新聞記者さん、すまねぇな……ちっと野暮用が出来ちまった。

この辺りを綺麗にしてから行く事にするぜ。

それに……このゴミ共はもう一つ、俺の前で許せねえ事をした……そのケジメも付けてもらわねえとな。

 

「……て……てめえ!!いきなり何しやが(ガシッ!!ギギギギギッ!!)ぐぎゃぁあああッ!?」

 

「えー?……片手で人を軽々って……まぁ、あの人で見慣れてるっちゃ見慣れてるけど……」

 

悠々と歩いて戻ってきた俺に食って掛かったゴミ1を、俺は片手で顔面を握りしめながら上向きに力を篭める。

そうする事で、ゴミ1は足が浮き上がり、空中に足を投げ出されていく。

苦しさと必死さから足をジタバタ振り回して暴れるが、俺は微動だにせず、ゴミを持ち上げた。

 

「何って……ゴミ掃除に決まってんだ――」

 

俺はそこで言葉を貯めつつ、己の内に宿るヒートの炎を纏う。

『猛熊の気位』発動状態のまま、俺は勢いを付けて横向きに回転し、ゴミの身体を振り回す。

そのまま側にあった電柱に――。

 

「ろッ!!!」

 

ボガァアアアアアッ!!

 

「ぐおあッ!?」

 

回転の力を上乗せして、力いっぱい叩きつけてやった。

これぞ、柱の硬さをそのまま攻撃に利用したヒートアクション、『柱撃の極み』だ。

背中を強い力で叩き付けられたゴミは呻き声を上げて、地面に倒れたまま動かなくなる。

呼吸はちゃんとしてるから問題無い。

2つ目のゴミを処分し終えた俺は、そのまま残りのゴミの数を確認。

ひい、ふぅ、みぃの……7つか、こりゃちっと多すぎるが、やりだしたからには全部処分しねぇとな。

 

「……お……おいガキ……お、おお、俺等が、ヤクザだと知っての事なんだろうな?あぁん!?極道舐めてたら生きていけねぇぞ!?い、今なら許してやる。そこのオッサンをブチのめせば――」

 

……そうだ……そこだよ。

 

「テメエ等みてえなチンピラのド三下が……(スチャッ)極道を語るんじゃねぇよ……『埋めるぞ?』」

 

「ヒッ!?」

 

「お、おいおい……ッ!?随分おっかない目ぇしてるな、兄さんよ」

 

目に掛けていたオプティマスを外しながら俺が繰り出した怒りの威圧を浴びて、ゴミは短く悲鳴を上げながら腰を抜かして後ずさる。

緋色スーツの男も俺の目付きと怒り様に、目を少し見開いて驚きを露わにしてた。

良く言うぜ。俺の威嚇をまともに浴びてるのにそれだけの反応……この人も、かなり強い人なのは明白だ。

 

「確かにテメエの言う通り、俺は極道を知らねぇ16ちょっとのガキだ」

 

「ん?……へっ!?16!?……ウッソだろー?遥ちゃんと同い年?アレで?……詐欺だわソレ」

 

……スーツの男の人に驚かれてちょっぴり傷ついたのは内緒だ。

っていうか遥ちゃんて誰だって話なんだけどな。

 

「だがよぉ……俺はテメエ等みてーなゴミなんか比べ物にならねぇぐらいにスゲエ極道を知ってんだ……本物の極道って人をな」

 

俺に戦い方を……男が意地を張ってでも戦わなきゃいけないって時の事を教えてくれた冴島さん。

堅気の人間や、弱い人間に対して権威や力を振るう事をせず、恩義に対して真摯に報いろうとする人……冴島さんこそ、本物の極道だと俺は思う。

だが、極道はどこまでいっても極道……世間の鼻つまみ者ってのが、冴島さんの口癖だった。

それでも冴島さんは、自分でプライド持って選んだ生き様を曲げる事は絶対にしない、心の強い人だ。

そんな人の極道って生き様を……コイツ等は覚悟も無く穢す。

 

「そんな俺の目の前で……極道って生き様に生きるでも無く、力と暴力を振り回したいだけのチンピラ風情が……軽々しく代紋振り翳して、極道だなんて名乗るんじゃねぇ」

 

「……ふ、ふざけんじゃねぇ!!綺麗事並べて、テメエの勝手な理屈を押し付けてんじゃ――」

 

「ヴォルアッ!!」

 

まるで生まれたての子鹿の様に足を震わせながら立ち上がろうとしたゴミ3に、渾身のローキックをブチかます。

 

ゴチュッ!!

 

「い――ぎゃぁあああああッ!?」

 

「ジャアッ!!」

 

ギュルッ!!ドゴォオオオオッ!!

 

『かっとばしの極み』

 

たったそれだけで肉が潰れる様な鈍い音が鳴り響き、ゴミ3は絶叫しながら蹴られた箇所を抑える。

まるで、十字架の前に跪く罪人の様な格好になったゴミ3に対し、俺は回転の力を乗せて回し蹴りを胴体に見舞う。

自動車が衝突した時の様な音を鳴らして、ゴミ3は先にゴミ箱に叩きこまれたゴミの上に倒れ伏した。

人が話してる時に邪魔するんじゃねぇよアホったれが。

 

「……テメエ等がどう思おうが知ったこっちゃねぇが、テメエ等は俺の尊敬する人の生き様を穢した……それと……(ゴキッゴキッ)」

 

俺は肩越しに後ろで壁に背中を預けてる爺さんを見てから振り返り、首を左右に傾けて骨を鳴らす。

モチベーションもエンジンも良い感じに暖まってきたぜ。

 

「敬老精神の欠片すら持たねえゴミは、綺麗に掃除しなきゃな……そこのおじさん。悪いけどこの喧嘩、勝手に参加させてもらうぜ?」

 

「え、俺?……まぁ、喧嘩は別に誰の許可取るモンじゃないし……良いんじゃない?」

 

「そいつはどうも」

 

「か、勝手に話進めてんじゃねぇぞガキが!!食らえやぁああ!!」

 

と、俺がスーツの男に許可を取ってる隙を狙って、俺の睨みが逸れて動ける様になったゴミが、自販機の側にあったレンガブロックで殴りかかってくる。

俺はその攻撃を何処か他人事の様に眺め、ブロックは吸い込まれる様に俺の頭目掛けて振るわれた。

普通の人間がこんなモン頭に当たれば致命傷だが……。

 

ゴシャッ!!

 

「へ、へへへ。調子に乗りやがって……あ、あれ?」

 

「……へぇ……武器、使ってくんのか?」

 

『猛熊の気位』を発動させてる俺からしたら、蚊に刺された様なモンだ。

力いっぱい振り下ろした筈のコンクリートブロックは、確かに俺の頭に命中していた。

だが、砕けたのはコンクリの方だけで俺はケロッとしている。

目の前の光景が信じられないって顔を浮かべたまま、ゴミは自分の手元にあるコンクリの破片と俺の顔を見比べている。

普通なら致命傷になる攻撃簡単に使いやがって……だったら、やり返されても文句はねぇよな?

俺も負けじと、地面に落ちていたスチール缶を拾い、そのまま振り被る。

 

「どぉ、ら!!」ゴズッ!!

 

「あがぁ!?」

 

固いスチール缶がベコッと潰れる勢いで叩き付けてから、頭に手をやって無防備状態の腹目掛け――。

 

「ソラソラソラソラソラァッ!!!」

 

ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴッ!!

 

「ごべばばばばばばばッ!?」

 

両腕を使って激しく乱打を浴びせまくる。

やがて自分の力で立つ事もままならなくなり、体勢を崩しかけたゴミに向かって――。

 

「ドラァッ!!」

 

ゴシャアァッ!!!

 

「ぎゃぁあああああッ!?」

 

トドメのフィニッシュ・ブロウを叩き込み、目の前から吹き飛ばす。

脳天への一撃から乱打へ続く極悪ヒートアクション、『砕き殴りの極み』だ。

暫くは飯を食う事も辛いだろうが、人様の頭にコンクリ叩き込んだ罰としては、少し軽い部類だろう。

これで残るゴミは5つだけだが――。

 

「は!!せい!!おぉら!!」

 

ガス!!バキ!!ドガガガガガガガッ!!

 

「おぶげ!?ぺぱぁ!?」

 

「ほぎゃが!?」

 

そのゴミ共は、あの緋色のスーツと黒いズボンを履いた男の繰り出す連続蹴りに翻弄されていた。

っていうか、蹴りの速度が尋常じゃなく速え……オマケに、蹴りの軌道が縦横無尽、まるでボクサーのラッシュさながらだ。

変幻自在の蹴りに、圧倒的な移動速度……足で拳、か。

あんなに圧倒的な手数で、腕の3倍は力があるっていう足での攻撃……食らう方は堪ったモンじゃねぇだろうな。

 

「うおおおおお!!」

 

と、目前で2人の男を交互に蹴り飛ばしていた男の後ろから、ゴミの1人が雄叫びを挙げて襲い掛かる。

男の方はそれに気付いたが、目の前の相手に食らわせた右ハイキックの体勢だったので、直ぐに動くことは出来なかった。

コレはさすがにマズイと感じた俺は、駆け出してゴミの攻撃を止めようとしたが――。

 

「――せりゃあッ!!」

 

ゴスッ!!

 

「ひぎう!?」

 

だが俺の予想を裏切り、男は残心の構えだった右ハイキックをそのまま勢いを付けて戻し、後ろへの攻撃に繋げやがった。

要は振り子の要領で、後ろ蹴りへと攻撃を繋げたのだ。

オイオイ……ッ!?変幻自在っつっても限度ってモンがあんだろ……ッ!?

しかもゴミに当たった蹴りのヒットポイントは、男の急所である金的。

人体の中で唯一鍛えようの無い箇所を勢い良く蹴り飛ばされたゴミは、急所を抑えて苦悶の声を挙げるが、男の攻撃はまだ止まない。

男は後ろを向いた体勢のまま、身体を跳躍させ――。

 

「――せいッ!!」

 

ズドォオッ!!

 

「ごうぁあああ!?」

 

 

 

『金的の極み』

 

 

 

なんと、背中越しに空中で回転しつつ、ゴミの脳天に回転蹴りを放ったのだ。

アクロバティックかつダイナミックな蹴り技に、俺達を取り囲むギャラリーから歓声が沸く。

スゲエ……あんな技、一朝一夕で出来るモンじゃねぇぞ。

 

「ひ、ひいいいいいッ!?」

 

と、仲間が無残にも倒れていく様を見せつけられたゴミの1人が、泡食って逃げ出そうとする。

逃がすワケがねぇだろうが。

俺も直ぐ様走り出し、逃げようとしてるゴミに肉薄していく。

兎に角この場から逃げ出したい一心で行動するゴミには、背後から近づく俺の存在に気付く事が出来なかった様だ。

俺は直ぐ後ろまで迫った所から跳躍し――。

 

「(ガシッ!!)っ!?」

 

ゴミの後頭部を握りしめ、前へ飛ぶ身体の勢いをそのまま利用して――。

 

「おらよっと!!」

 

ゴブシャァアアッ!!!

 

「がばぼ!?」

 

公共の吸殻入れにゴミの頭を叩き込んだ。

ゴミの頭突きを食らった吸殻入れの天井蓋は、その力に耐え切れず破壊され、ゴミの頭は中の汚水へとダイレクトにINした。

汚水に浸かる寸前で手を離していた俺はそのまま着地して事無きを得る。

これぞ勢いと力、そして敵の固さを利用したヒートアクション、『叩き付けの極み』ってな。

これで片付けたゴミの数は5……つまり残りは――。

 

「あ、あれ?……そんな……」

 

「これで残りはアンタだけ……ですね?」

 

最初から俺とスーツの男に喚いていたリーダー各のゴミだけってワケだ。

周りの仲間が全員ヤラれて呆然とした声を挙げるゴミに、スーツの男は態々丁寧な言葉で対応する。

さて、さっさとゴミを片付けるか……約束してる人を待たせてるんだしよぉ。

こんだけ派手な騒ぎ起こしたし、警察が来る前にシケこまねぇとな。

 

「ま、ままま待て!?い、今からでも遅くない!!お前等が詫びだけで済む様、俺が組長に取り計らって(ガシィッ!!ギギギギギッ!!)あぎゃぁあああッ!?や、止めろ!!離せぇええ!?」

 

「今更見当違いの事抜かしてんじゃねぇよタコ……テメエの言った言葉をそのまま返すなら、こういう事だ――」

 

「『ゴミが喚くんじゃねぇよ』……って事だね」

 

まだ自分の方が立場が上だと勘違いしてるゴミの頭を掴んだ俺は、あの爺さんに言った言葉をそっくりそのまま返して、ゴミの言葉を封殺。

それはスーツの男も同意権なのか、俺の言葉を引き継いで同じ様に許す気はねぇと笑みを浮かべて同意してくれた。

 

「そういう事っす……ねっ!!」ゴォウッ!!

 

俺はゴミの掴んだ頭を、そのまま真っ直ぐに速度を乗せて突き出し、スーツの男の前に差し出す。

男はそれを見ても焦る事無く、寧ろ余裕すら見える表情を浮かべ――。

 

「おぉらッ!!」バキィッ!!

 

「げは!?」

 

俺の掴んでいたゴミの顔に前蹴りを放って、ゴミの動きをストップさせる。

そこで俺は手を離し、ゴミを地面に降ろしてやるが、ここで終わらせる気は更々無い。

元々そんなに大した威力で蹴られたワケでは無かったので、ゴミはよろめくも膝を付かない。

ただし、前後に対して注意が掛けている所を狙い、俺とスーツの男は同時に動く。

 

「「うらぁっ!!」」ズドンッ!!

 

『連携挟み蹴りの極み』

 

「ぼぎ……ッ!?」

 

事前に打ち合わせしたワケでもねぇのに、俺とスーツの男はまるで示し合わしたかの如く攻撃を繰り出した。

それは、目の前でフラつくゴミの頭に、左右逆のハイキックを叩き込むという同時攻撃だ。

両端からの同時攻撃で挟み込まれたゴミは、空気の抜けた様な悲鳴を挙げて崩れ落ちる。

ソイツを最後に、他のゴミも片付け終えていたので、ギャラリーからかなりの歓声が挙がった。

スーツの男はそれに「どーもどーも」と言いながら応えるが……これって普通に警察への通報いったんじゃね?

だとしたら面倒くせぇ事になりそうなんだが。

 

「あー、おじさん。逃げなくて大丈夫なんスか?」

 

「ん?あー、大丈夫大丈夫。この人達は同じ組の人達が回収しにくるだろうし、ね」

 

いや、微妙に心配するポイントが違う。

 

「いや、っていうか、俺達は逃げなくて大丈夫なんスか?かなり派手にヤラかしましたけど……」

 

「……成る程、ね……兄さん、この町は初めてかい?(シュボッ)」

 

「えぇ。まぁ……」

 

男はポケットからタバコを取り出して火を点けながらそう聞いてくる。

俺がその問に頷いて肯定すると、男も一つ頷いてタバコを吸い込む。

 

「フー……この神室町って町じゃ、喧嘩は日常のサイクルみたいに組み込まれてる。だからってワケじゃないが、警察も中々動かないのさ」

 

笑いながら男は「まっ、それもあって喧嘩が絶えない町なんだけどね」と言い、再び懐からタバコを取り出す。

こんだけ派手な喧嘩ヤラかしても警察が動かないって……どんな町だよここは。

改めて考えると随分ヤバイ町に足を運んじまったモンだなと、考えていた俺の目の前にスッとタバコが差し出される。

それに視線を上げれば、スーツの男が笑顔でタバコを差し出してた……いやいや。

 

「いや、俺未成年なんスけど?」

 

「え?」

 

「え?」

 

2人揃っておかしいな?と首を傾げてしまう。

いや、さっき喧嘩する前に俺未成年ですって言ったぞ?

 

「え?……えっ!?あれってマジだったの!?本気で君、16!?」

 

……今から第2の喧嘩が勃発してもおかしくねーよな、コレ?

言葉で伝えても分かってもらえそうもなかったので、代わりに拳……いや、財布から免許証を取り出して無言で差し出す。

それをマジマジと穴が空く程眺めてから、男は心底驚いたって顔で俺を凝視してくる。

やれやれ、やっと分かって貰えたか。

 

「はー……その体格と、あんだけのメンチが切れる16歳ねぇ……てっきり20代かと思ってたけど」

 

「ひでぇ」

 

自分の実年齢が嘘だと思われていた事に、俺は方を落として落ち込んでしまう。

男はそれを見ながら「ゴメンゴメン」と軽い調子で謝るだけだ。

何時の間にか、あれだけ居たギャラリーは引けていて、爺さんも何時の間にか現れた別のホームレス達に助け起こされていた。

その爺さんが仲間の肩を借りながら、俺達に近づいてくる。

 

「あ、あんちゃん。秋山さん。本当にすまねぇ、何とお礼を言っていいやら……」

 

「気にしないで良いよ。ゴンさん」

 

「俺も同じッスよ。ただ俺が勝手にやった事なんで」

 

本当に申し訳ないって表情で謝ってくる爺さん改めゴンさんに言葉を返す。

どうやらこのスーツの男……秋山って人は、このゴンさんや他のホームレス達と知り合いらしい。

何やらフレンドリーな様子で話してる。

 

「こんなナリしちまってるが、孫と同じくらいの歳のあんちゃんに助けてもらえるたぁな……世の中、まだ捨てたモンじゃねぇよ、ホント」

 

「家は捨てちまってるがな」

 

「へへっ、違いねぇや。最初は俺達、この兄ちゃんがゴンさんに手ぇ出してると思っちまったしよ」

 

他のホームレス達も俺を取り囲みながら、何やら失礼な事を言ってくるが、俺は別に気にしない。

例えホームレスでも、良識ある爺さん婆さんは大事にしねぇとな……女性権利団体のババァはブッ殺すけど。

ゴンさんは仲間に助けられながらも、俺の手を両手で握って頭を下げてきた。

 

「絶対にこの恩は忘れねぇ。いつかまた会ったら、何かお礼をさせてくれ。老い先短い爺だが、恩返しするまでは死なねぇ様にするからよ」

 

「じゃあ、その前に一応病院に行かないとね。ほら、これで彼処の柄本医院に行って、蹴られた所見てもらいなよ」

 

と、先程までタバコを吸っていた秋山さんが、ゴンさんに1万円札をポンと渡す。

オイオイ……普通顔見知りでも、そんな簡単に一万円なんて渡せるか普通?

まぁ見た感じ、スーツもズボンもブランド物だし、時計なんか今年の春の最新モデルをしてる……相当な金持ちってワケだ。

一方でゴンさんは秋山さんから金を受け取り、「何時もすまんね、秋山さん」と言いながら深く頭を下げる。

秋山さんはその言葉に笑顔で「良いよ」と答えるだけだ。

そのままゴンさんは最後まで俺達にお礼を言って、ホームレス仲間と一緒に、神室町の中へと消えていった。

後に残されるのは、なんとなく一緒に居る秋山さんと俺の2人だけになる。

 

「……仲、良いんスね」

 

何となく気になった事をボソッとつぶやくと、秋山さんはゴンさんの去っていった方を見ながら口を開く。

 

「まぁ、昔同じ事してた時に随分助けられたからさ。恩は返しておきたいじゃない?」

 

「へぇ……って同じ事してた!?ホ、ホームレスだったんすか!?」

 

「あ?やっぱ驚く?」

 

軽い感じでそう返して笑う秋山さんだが、俺は開いた口が塞がらなかった。

ホームレスから今みたいに1万円札をポンと渡せる境遇になるって……成り上がりとかそんなレベルの話じゃねぇだろ!?

そ、そうか……だから、この人はホームレスの人たちでも関係無かったのか……嘗ては自分の仲間だったから。

 

「まぁそれより兄さん、アンタ中々面白いね?普通はあんな喧嘩に参加しないでしょうに?しかも守る相手がホームレスなのにさ」

 

「は、ハァ……まぁホームレスでも、あんな屑が嬲っていい相手じゃねぇし……アイツ等は心底気に要らなかったもんで」

 

話が急に転換して、今度は俺の話になり、俺は明後日の方向を見ながら秋山さんに言葉を返す。

秋山さんはそんな俺を面白そうに見ながら、更に口を開く。

 

「成る程……興味が沸くね、君が言ってた本物の極道っていうのがどんな男なのか。それに――」

 

そこで一度言葉を切ると、秋山さんは俺を真っ正面から見据えつつ、笑みを更に深くしていく。

 

「――今を時めく、世界にたった2人しか存在しない男性IS操縦者っていう立場の君が、この女尊男卑のご時世で何を為すのかとか、ね……IS学園の鍋島元次君?」

 

「……気付いてたんスか」

 

「最初は似てるかなって程度だったけど、サングラスを外した時にそうなんじゃないかなって思ってさ。決め手は免許証の名前と、君の風貌からは想像も出来ない年齢だね」

 

どうやら喧嘩を始める前から、俺が誰なのか秋山さんには想像が付いてたらしい。

まぁ、さっきのラーメン屋の事があったから、こうなる事は想像してたし、そこまで驚きはしないが。

そう思っていると、秋山さんは俺の肩に手を置いて楽しそうな笑顔を浮かべる。

 

「良し!!自分に得の無いホームレスを庇った君が気に入ったよ!!もし良かったら今から少し話、聞かせてくれないか?勿論、俺の奢りで飯でも食いながらさ」

 

「え?あ、いや。俺、実はこの町で待ち合わせしてる人が居まして……」

 

何やらフレンドリーな感じで俺を飯に誘ってくれるが、俺はそれを断ろうとして、一つの事実に気が付く。

この秋山さんは神室町の人間みたいだし、待ち合わせしてる店の名前を言えば教えてくれるんじゃないか?

喧嘩してた所為で待ち合わせの時間過ぎちまってるし、秋山さんには悪いがお誘いを断わりつつ、店の場所を聞いてみよう。

そう頭の仲で考えを纏めて、秋山さんに言葉を掛けようとしたが――。

 

 

 

「コラコラ秋山。俺の客を取るんじゃねぇよ。コッチが『先約』なんだからな」

 

「え?……あれ?『伊達さん』?」

 

「ん?」

 

 

 

そんな俺達の中に、1人の男が割り込んできた。

俺がその声に振り返ると、そこにはベージュのコートを羽織った年配の男が立っていた。

ボサボサ気味の白髪混じりの髪をしたその男は、どうやら秋山さんの知り合いらしい。

だが、この男は今、俺の事を『先約』と言っていた……もしかして。

そう考えていると、男は懐に手を入れて一枚の名刺を取り出す。

 

「分かり難い店の名前出して悪かったな。俺が君に取材を頼んだ伊達ってモンだ……俺の最後の仕事、引き受けてくれてありがとよ」

 

『京浜新聞社、社会部、伊達真』と書かれた名刺を差し出してきた伊達さんは、俺に握手を求めると笑顔で手を路地裏へと向ける。

 

「この先に、待ち合わせの店がある。そこでゆっくり、話を聞かせて貰うぜ」

 

伊達さんが指し示したビルの中間辺りにある扉……どうやら、彼処が待ち合わせの店『セレナ』らしいな。

少しばかりアクシデントに見舞われた今回の取材劇、今からが本番の様だ。

 

 

 






これでワンサマーは最新話まで全てこっちに書き終えました。


また暫く亀更新になります。申し訳ありません

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