IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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皆さんは覚えてないかも知れないけど、このSSは一応龍が如くとクロス(キリッ)


怪我と小さな一歩、そして妖艶

 

グシャリッ。

 

「ったく……たかがブリキのガラクタ野郎の分際で派手な事し腐ってんじゃねぇよ」

 

俺はフンと鼻息を一つ鳴らしながら、毟り取ってやったクソISの頭部を足で粉微塵に踏み潰す。

もうピクリとも動いちゃこねえが、一応念には念を入れてってヤツだ。

そのまま鉄屑にした頭部から足をどけて身体の方をチラッと伺うが、ソッチも起き上がる気配は無い。

まぁ一夏の雪片に左腕、鈴の龍砲にスラスター、俺のオプティマスに右腕と頭持ってかれてるから起き上がった処でさして問題にゃならねえがな。

俺のパンチの連打で他の装甲の殆どひしゃげてるし。

 

「……いや、まぁ俺が無人機だって言ったけどよ……まさか首を毟り取るとか思わなかったぞ?」

 

「完っ全にオーバーキルよねコレ……やっぱアンタ容赦無いわ。ゲンがクラス代表じゃなくて心底ホッとしたわよ」

 

と、俺が派手にブッバラしてやった無人機を見下ろしてると、背後から一夏と鈴がスラスターを吹かして俺の元に降りてきた。

そのまま俺の隣に立つと、一夏は無人機を見下ろして「うわぁ」って顔して無人機に同情的な視線を向ける。

鈴は腰に手を当ててあっけらかんとしてるが、それでも無人機の有様にビビッてる様だ。

 

「何がオーバーキルだっての。この俺に喧嘩売ってきたんだ、こーなるのは必然だろ?」

 

「どんだけ天上天下唯我独尊な考えだよ」

 

俺はそんな2人に肩を竦めて笑顔で言葉を返す。

そんな俺の言葉に一夏は直ぐ様切り返してきたが、俺はそれに取り合わず2人をニヤニヤと見る。

 

「まぁこの無人機の事はとりあえず頭から追い出して……結局よ?お前等の試合はケリ付かねーままに有耶無耶になっちまったが、約束の方はどーすんだ?」

 

俺の質問に、2人は揃って「あっ」とか言って今思いだしたみたいな顔を浮かべる。

っていうかこんな時だけ揃いも揃って息が合ってんなお前等。

件の二人は思い出したって表情のまま互いに向き直り、少しぎこちない笑顔を浮かべ始めた。

 

「ね、ねぇ一夏?さっきの試合は勿論アタシの勝ちよねぇ?終始アタシが押してたし」

 

「イヤイヤ鈴さんや。寧ろダメージはお前の方が大きかったよな?しかもアレが乱入してくる前の瞬間の時に俺の瞬時加速での奇襲は間違い無く決まってたろ?」

 

「そ、そんな事あったかしら~?まぁあってもちゃんと回避してたと思うけど?一夏ってば面白い事言う様になったじゃない?芸人志望なの?」

 

「な、なな何をおっしゃるかな鈴よ?アレは絶対に回避できない、グッドならぬゴッドタイミングだったぜ?文字通り神掛かった一瞬だったな、うん」

 

そのまま2人は俺の事なんざそっちのけで笑顔のまま互いにドッチが素晴らしかったかを一切譲らずに自分の勝ちを主張し始めた。

っていうかドンだけ負けず嫌いなんだよこの2人?

まぁ互いに譲れねえ思いがあるってのは結構だけどよ。そーゆう喧嘩は大いに推奨するよ俺は。

そんな気持ちで2人の言い争いを見てた俺だが、幾ら兄弟だ幼馴染みだと言っても勝利を譲らない様を何時までも見てたくねぇよな?

しかも傍に居る俺の事なんかそっちのけなんだぞ?ぶっちゃけ居た堪れない。

つぅワケで、俺はあーでもないこーでもないと表面上はにこやか、でも腹の中じゃ必死こいてる2人をその場に放置して飛び上がり、穴の開いた観客席へと飛んで戻る。

そして、観客席のフロアの上空まで飛べば、其処にはフロアの隅で呆然としてる女の子達、そして――。

 

「さゆかぁああ~~!!ぶ、無事で良かったよぉ~~!!」

 

「あ、あたしッ……も゛、もうっさゆかが死んじゃうとッ……ひっぐ……無事で……良かった……ッ!!!」

 

「癒子……清香ちゃん…………」

 

さっきと変わらず、観客席の床に倒れこんでる夜竹に駆け寄って泣きながら声を掛ける相川と、谷本の姿があった。

傍に駆け寄っている2人の友達に、夜竹は涙目で其々の名前を呼んでいる。

うんうん、誰も死ななくてホッとしたぜ。

俺はゆっくりとオプティマスのスラスターの勢いを弱めて静かに観客席の床に降り立つ。

つってもPICって機能で常時浮遊してるから降り立つって表現はおかしい気もするが。

そのままオプティマスを待機状態に戻すと、それまでのISスーツ姿から黒いカッターシャツとズボンの姿に戻る。

上着のブレザーは右の拳にグルグル巻きにされたままだ。

オプティマスを戻した俺は、現在進行形で夜竹の傍でわんわん泣いてる二人の横を通って夜竹の隣りにしゃがみこむ。

 

「……元次君……私……わ、たしぃ……ぐずっ」

 

と、俺が傍に行くと、さっきまで涙目で泣きそうだった夜竹の瞳からポロポロと大粒の涙が出てくる。

多分、本気で死にそうな目に遭ってたのが余程堪えたんだろう。

それが落ち着いてきて緊張が解けたから、ホッとして溢れる涙が抑えられなくなっちまったってトコだ。

俺はそんな風に泣いている夜竹の背中に右手を入れて上半身だけを引き起こし、左手で夜竹の頭をゆっくりと撫でてやる。

さすがに怖くて震えてる女の子前にして恥ずかしいだのとか言ってらんねぇって。

 

「もう大丈夫だぜ。あのクソISは二度と舐めた真似出来ねぇ様に、俺がしっかり躾けといたからよ……安心しな(ナデナデ)」

 

「……う、うぅッ……うわぁあああああああああんッ!!!怖かったッ!!怖かったよぉおおおおッ!!(ギュッ!!)」

 

もう色々と限界だったんだろう。

なるべく安心させる様に笑いかけながら言葉を掛けると、夜竹は感極まった様に涙を流しながら俺に抱きついた。

大声で泣き叫びながら、俺の背中に腕をかけてギュッとしがみ付き、顔を胸元に押し付けてくる。

その所為でくぐもった声になるが、俺はそんな風に泣く夜竹を安心させられる様に優しく彼女の頭を撫でていく。

ちゃんと背中に回した手で彼女の背中を優しく撫でたり、ポンポンと軽く叩くのも忘れずにだ。

時折「大丈夫、大丈夫だ」と優しい声を掛けながら夜竹を慰め、俺は泣きじゃくる夜竹が泣き止むのを待つ事にした。

 

 

 

……時折、他の女の子達が「良いなぁ……」とか言ってどろ~っとした熱っぽい視線を向けてくるのは気の性だと思いたい。

 

 

 

そうして暫く、他の観客席の避難誘導を終えた先生がココに来るまで、俺は夜竹をずっと抱きしめていた。

 

 

 

 

 

とりあえず先生達が避難誘導を始め、他の子達が移動し始めた波に乗った俺はアリーナから避難していく。

先生の話しでは、あのクソISがブッ潰れた時点でハッキングが止んだらしく、今は特に問題無いそうだ。

それを聞きながら歩き、やっとアリーナと学園を繋ぐ廊下に出た所で、両手を胸の前で組んで心配そうな表情をする真耶ちゃんを発見。

しかもその隣には腕を組んで立っている千冬さんも居た。

 

「あっ!?元次さん!!大丈夫です……か?」

 

「漸く戻ってきた……な?」

 

と、歩く集団の中に居た俺の姿を発見すると、千冬さんと真耶ちゃんは俺の傍に歩み寄ってきたんだが、何故か途中で言葉を止めてしまった。

オマケに俺の姿を見つけた時に真耶ちゃんは嬉しそうな表情を浮かべたのに、俺の傍に来たら呆然とした表情に変わるじゃありませんか。

それは千冬さんも例外じゃなく、さっきまでの真剣な表情が口をポカンと開けた表情になる。

……え?な、何スか一体?

いきなり過ぎる千冬さんと真耶ちゃんの豹変ぶりに首を傾げる俺だったが、その答えは――――。

 

「げ、元次さぁんッ!?な、なな何で夜竹さんを『お姫様抱っこ』してるんですかぁあッ!!?」

 

「え?……あー、いやそのー……ハッハッハ……」

 

「笑って誤魔化さないで下さいッ!!そんなうらやま、じゃなかった。み、密着するなんてズル、でもなくて……と、とととにかくッ!!そーゆうのはいけませーんッ!!」

 

何かおかしな言葉が多々混ざってた様な気がするんですけど!?

 

「…………はぅ(真っ赤)」

 

その答えに辿り着く前に、目の前の真耶ちゃんは驚きと若干の怒りが混じった悲鳴を挙げて俺に質問してきた。

真耶ちゃんの隣を見れば千冬さんの表情も何かスゲー怖い雰囲気に包まれてるんですが?

俺に詰め寄る様に質問、いや詰問してる真耶ちゃんの顔もぷっくりと膨れた怒り?顔でござんす。

そんな風にいきなり態度が豹変した2人に驚きながらも、俺は自分の胸辺りにおわす夜竹の事に思い至って納得し、苦笑してしまう。

 

 

 

そう、今現在、俺はさっきまでわんわんと泣いてた夜竹をお姫様抱っこしているのである。

 

 

 

勿論コレには理由があり、あのクソISのビームがシールドに当たった衝撃で倒れた夜竹は、足を挫いてしまって歩けなくなってたからだ。

さすがにそんな状態の夜竹に歩けと言うのは酷すぎるので、俺は恥ずかしさを呑み込んで、無言のままに夜竹を抱き上げたのである。

まぁその際に夜竹の顔色が一気に真っ赤になるわボンッ!!って音が鳴るわで互いに気まずい雰囲気もあったが。

ついでに言うならそんな俺達の傍でキャーキャーと黄色い声で騒ぐ相川と谷本のこ憎たらしさときたら……いや、もはや何も言うまい。

わかっちゃいるんだよ?夜竹だって、大勢の前でいきなり男にこんな事されたら恥ずかしいだろうって事は?

でも怪我してる子ほっとくのも我慢ならねぇっつうかまぁ……そんな葛藤を覚悟した結果なのだよ。

俺の胸元で、まるで借りてきた猫の如くジッとしている夜竹だが、彼女の顔は俺の胸板に押し付けられてて表情を見る事は叶わない。

でも髪の隙間から覗く可愛らしい耳がまるでトマトの親戚か?と思える程に赤くなってるので、夜竹の心中は恥ずかしさでいっぱいだろう。

うん、良く々考えりゃ、俺ってこんな可愛い娘をお姫様抱っこしてんだよな……やべ、考えたら恥ずかしくなってきた。

し、心臓の脈動が早くなる!?夜竹に聞こえそうな気がするけど、頼むから夜竹に聞かせないでくれよ俺のアイアンハートッ!!?

 

「(ドクン、ドクン)ぁっ…………元次君の心臓……凄い……どくんどくんって、鳴ってるよ……?」

 

「それは出来れば気にしねーでくれ。頼むから」

 

だがしかし、現実とは何時も諸行無常にして情け容赦無し。

やっぱ今まで胸に直接顔を押し付けていた夜竹には俺の心臓の音がバッチリと聞こえてしまってた。

その音を確かめる様に白くて細い指で、夜竹は驚いた様な声でか細く俺に囁きながら俺の胸に手の平を合わせる。

極めつけは子猫が主人の顔色を伺う様な上目遣いですよ?もうね?俺ってば色々と限界なのよホント。

腕に感じる生暖かさとか女の子特有の身体の柔らかさとか甘い匂いでもうクラックラなんですよ。

そんな色々アウト近くな俺を夜竹が上目遣いで見てくる超必殺、俺の頬に赤みが差す上に心臓の鼓動が早くなるのは仕方無い。

仕方無いったら仕方無いのである。

 

「ぅ、ぅん(コレって、つまり……お、女の子として意識してくれてるのかな?……ど、どうしよぅ……む、胸がきゅんってしちゃぅよ……)」

 

俺の懇願に近い頼みに、透き通る様な声で返事した夜竹はぽすっという音を出す勢いで俺の胸元に再び顔を埋めてしまう。

こりゃまさに今の顔を見られない様に必死に隠す恥ずかしがり屋な仕草……ごっつぁんです。

 

「ちょ、ちょっと元次さん!?何でそんな良い雰囲気になってるんでしゅか!?ちゃんとコッチに説明して下さいよぉ!!」

 

「えっ、あっ!?す、すまねえ真耶ちゃん。ちょっと考え事してて、な」

 

と、何かあんまりにも可愛すぎて身悶えしてた俺の鼓膜を震わして、怒った顔の真耶ちゃんが詰め寄ってくる。

っていうか1回噛んだよな?間違いなく俺の耳にゃ「でしゅか」って可愛らしい噛み噛みな台詞が聞こえたぞ。

真耶ちゃんの怒り顔って只ほっぺを膨らましてるだけだから怒った顔って感じらんなくて、俺は妙に余裕を持ってしま……。

 

「早く吐け、さもないと千切ってバラまくぞ?」

 

「さっきのクソISの攻撃で夜竹が足を捻挫して動けなくなったから俺が抱えて来ましたホントスンマセン生きてて申し訳ありませんだから千切るとかマジ勘弁して下さい千冬さんッ!?」

 

いっぺんに余裕が粉微塵となって吹き飛びました♪

だって千冬さん滅茶苦茶怖えから。

黙って腕組みしたまま俺を睨む千冬さんから放たれた脅しともとれる言葉で、俺は身体を震わせてしまう。

しかも半端ねえプレッシャーを浴びせてくるから血の気まで顔から引いちまったよ。

千切るって何スか千切るって!?一体俺のドコを千切るおつもりなんスか!?

暫くそうして俺にメンチをKILL千冬さんだったが、ふとした拍子にそれを止めて、呆れた様に溜息を吐いた。

 

「ハァ……まぁ、直ぐに観客席の生徒達を助けに行った事で大目にみてやる。そこはまだ、あの馬鹿共よりマシだからな」

 

「え?馬鹿共って……」

 

千冬さんの言葉に聞き返すと、千冬さんはクイッと自分の斜め後ろを指差した。

その行動に首を傾げながらも千冬さんの斜め後ろに視線を巡らせれば……。

 

「「……」」

 

そこには、正座したまま意気消沈って感じの表情を浮かべる一夏と鈴の姿がありましたとさ。

しかも何故か2人の頭には特大のたんこぶが出来てて、ご丁寧にシューシューと煙と音が出てる。

え?何これ?状況がさっぱりこってり理解出来ないんですけどー?

俺の呆けた表情から察したのか、千冬さんが腕組みしたまま呆れた声音で言葉を紡ぐ。

 

「コイツ等は、アリーナの惨状をほったらかして口論してたからな。あの馬鹿共と一緒に観客席の生徒を放ってたら、お前もこうするつもりだっただけの話しだ」

 

そう言って呆れと怒りを含んだ視線を一夏達に浴びせると、2人は肩を竦ませて縮こまってしまう。

まぁ確かに千冬さんの言う通りか。

さすがに怪我人がいるかもって状況でそれを放置して口論なんかしてたらイカンよな、うん。

元を辿りゃその原因作ったの俺だけど。

そう思いつつも2人から視線を外せば、そこには居心地悪そうな真耶ちゃんのしょんぼり顔があるじゃございませんか。

 

「あの……ごめんなさい元次さん……わ、私、夜竹さんが怪我してる何て知らなくて……か、勝手に怒っちゃって、ごめんなさい」

 

「い、いやいや。別に真耶ちゃんが悪い訳じゃねぇからさ。そんな謝んなくって良いぜ?それに、真耶ちゃんも無事で何よりだ」

 

千冬さんに説明した事で、俺が何で夜竹を抱いてるのかに納得がいったのか、真耶ちゃんはさっきまでの態度を変えて俺に謝ってくる。

しかし別に真耶ちゃんは何も悪くないので、逆に俺が萎縮してしまいそうだ。

俺自身は別に真耶ちゃんに怒られて凹んだってワケでも無いし、怒ってもいねえからな。

一応俺の言葉で少しは納得してくれたのか、真耶ちゃんは軽く微笑みを浮かべてくれた。

 

「もぉ……元次さんは優し過ぎます…………甘えちゃうじゃないですか(ぼそっ)」

 

「ん?何か言ったか真耶ちゃん?」

 

「い、いえいえ!?な、何でもないですよー?ア、アハハ……」

 

何やら最後にぼそっと呟いた言葉が聞こえず聞き返せば、何故か愛想笑いで煙に巻かれてしまった。

まぁ何でも無いんなら良いけどよ。

 

「……まぁ色々と言わねばならない事があるが、今は夜竹を保健室まで連れて行け……お前も治療が必要だろう」

 

と、何故か愛想笑いを浮かべる真耶ちゃんに疑問を持っていた俺の耳に千冬さんからこの後の行動を指示された。

っていうか「俺も」って……やっぱり隠せねえよな、この人には。

今の千冬さんの言葉の意味が判らなかったのか、一夏や鈴、そして真耶ちゃんと夜竹は揃ってキョトンとした表情になるが、俺はちょっと笑ってる。

いやだって鋭ど過ぎるんだもん千冬さん。

 

「あちゃ~……やっぱ気付いてました?」

 

「それぐらい解かるに決まってるだろうが……それに、微かにだが血の匂いもする……鉄製の鍵を拳で壊す等という馬鹿な事を馬鹿みたいに何度もするからだ、馬鹿者」

 

俺に馬鹿馬鹿と連呼しながら、千冬さんの呆れた様で心配そうな視線は夜竹の足を支えてる俺の右拳に向けられてる。

グローブの代わりに巻かれたブレザーは所々破れてるだけじゃなく……真ん中部分が赤く染まっていた。

流石に生身で何度も鉄の扉に挑むのは無茶が過ぎた様で、グローブ越しに俺の拳の皮が擦り剥けちまった。。

そこで漸く千冬さんの言葉の意味が判った真耶ちゃん、鈴や一夏は俺のブレザーを染める赤色にぎょっとした表情を浮かべてしまう。

 

「だ、大丈夫かよゲン?結構血の染みが酷いぞ?」

 

「っていうか、鉄の扉を生身で壊してきたの!?アンタ馬鹿!?馬鹿じゃない!?いや馬鹿過ぎるでしょ!!常識の枠内に収まりなさいよ!!」

 

「あ、あわわわ!?ち、血がいっぱい出て!?い、痛くないんですか元次さん!?」

 

とりあえず鈴の反応は中々腹立つが、真耶ちゃんと一夏はちゃんと心配してくれてるのが嬉しいぜ。

俺は3者3様の顔を見渡しつつ、若干苦笑しながら口を開いた。

 

「さすがに俺様自慢のアイアン・フィスト(鋼鉄の拳)がかなり頑丈でも、鉄を何回も殴るのはキツかったぜ……多分、拳の皮が裂けちまってら」

 

「そ、そんな……怪我してるのに、私の事抱えてくれたの?……ダ、ダメだよ!?自分で歩くから降ろして、元次君!!」

 

俺の苦笑しながらの言葉に、抱き上げられてる事が申し訳無く思ったのか、夜竹は何度も「降ろして」と言いながら身体をジタバタさせ始める。

さすがに捻挫してる方の足は痛くて動かせなかったみてえだが、腕で俺から離れようとぐいぐい押して離れようともがくので今にも落ちそうだ。

ってちょ、さすがに暴れられると抱えづらいっての。

俺は腕にもう少し力を込めて暴れる夜竹の行動を出来るだけ痛く無い様に制限しつつ、彼女に注意する。

 

「お、おいおい夜竹。お前捻挫で動けねーんだから大人しくしてろよ。無理したら怪我が悪化するかも知れねえし」

 

「でも、元次君だって怪我してるのに……」

 

「心配すんな。こんなモン怪我の内に入んねぇし……どっちみち怪我してる女放り出すなんざ、俺にゃ出来ねぇよ」

 

「ひぅッ!!?(ボォンッ!!)あ、あぁぅ…………ぁ、ぁりがとぅ(ぼそっ)」

 

「なぁに。どう致しまして、ってな」

 

ちょっと語気を強めて夜竹に注意すると、夜竹は俺の言葉を聞いて顔を更に赤くレベルアップさせてしまう。

もはや完熟トマトなんかよりも赤くて、体中の血が顔に集中してるんじゃないかと思うほどだ。

っていうか何で一々この人(夜竹)はこう可愛らしい反応してくるんだ!?

お、俺だって顔が赤くなるの必死で我慢してるってのによぉ!!

俺に潤んだ瞳を向けて小さくお礼の言葉を呟いた夜竹は、少しして顔を俯けて黙りこむ。

一方の俺は夜竹が視線を外してくれても、胸と腕に掛かる心地良い重みの所為で夜竹の存在をしっかりと感じ取ってしまってる。

……このままお持ち帰りしてもよろしいでしょうか?

 

「……(デレデレデレデレデレデレしおって……ッ!!真耶と布仏に続いて夜竹まで……アァ、イッソ縛ッテ閉ジ込メテシマオウカ?)(ゴゴゴゴゴ……)」

 

「~~~~ッ!!(織斑先生に続いて夜竹さんもですか!?た、多分布仏さんも同部屋だからお姫様抱っこぐらいしてもらってるだろうし……見せつけるなんて酷いです!!)」

 

あっ、お持ち帰りは駄目?ですよねー。

ハッとして前方に視線を戻せば、まるで阿修羅の様なオーラを纏うKISHIN千冬さんが、俺をブッ殺さんばかりに睨んでらっしゃる。

美人なだけに睨む形相も半端無く恐えよ。

その隣に居る真耶ちゃんの方はそんな恐えオーラは出してねぇけど、両手を胸の前で組んだまま口をキュッと一文字にしてブルブル震えてるで御座い。

しかもその口元が何かを我慢する様に波打って震えてるから結構恐かったり。

そんな責める視線に晒されて、じんわりと冷や汗を掻いてしまった俺は、引き攣った笑みを浮かべつつジリジリと後退する。

偉い人は言いました、『三十六計逃げるに如かず、現実は逃避するもの』と……ってなワケで。

 

「そ、そんじゃあ俺は夜竹を保健室に連れて行きますんでコレでさいならーッス!!(バビュンッ!!)」

 

俺はクルッと反転して現実から目を背けつつ、夜竹を抱えたまま這々の体で真耶ちゃんと千冬さんの視線から逃げ出す。

少しの間非難がましい視線を背中越しに受けていたが、それも廊下を駆けていく内に消えてくれたので、俺は大きく息を吐いて心の底から安堵しました。

あ~マジ怖かった……っていうか、真耶ちゃんはどー考えても俺よりか弱い筈なのに、何故に俺が瞬殺されるビジョンしか浮かばねーんでしょうか?

謎だ、果てしなく謎だぜ。

 

「……あ、あの……元次君?」

 

「ん?」

 

と、何故か真耶ちゃんに勝つ事が思い浮かばない自分の予想に頭を捻っていると、さっきから喋らなかった夜竹が突然声を掛けてきた。

その問い掛けに頭を捻りながら、俺は走る速度を緩めて夜竹に視線を向ける。

 

「そ、その……もし良かったらね?……め、迷惑じゃ無かったら……お願いがあるの」

 

「お願いって……何だ?そこまで無理な事じゃねーなら聞くけど……」

 

俺が視線を合わせると、夜竹は恥ずかしそうに視線を上げたり下げたりしながら口ごもり、そこで言葉を止めてしまう。

その様子に戸惑いを見せつつも、俺は聞き返して続きを促す。

一体どうしたんだ夜竹は?……さっきの言葉から察するに、俺に何か頼み事がある様に聞こえるが……。

暫く彼女が話すまで待ってみると、やがて夜竹は両目をキュッと瞑ったままに、意を決したかの様な感じで口を開き――。

 

 

 

「あ、あのね?……わ、私、今まで元次君に苗字で呼ばれてたけど……これからは……わ、私の事を名前で呼んで欲しいの…………『さゆか』……って」

 

 

 

とても小さくて消えそうな声で、名前を呼んでくれと俺にお願いしてきた。

…………ヤベエ、めっちゃくちゃ可愛い。

夜竹の如何にも女の子らしすぎる面を感じさせられながら、俺は無意識にゴクリと喉を鳴らしてしまう。

まぁ普通に俺は女の子だろうと男だろうと大体の奴は名前で呼ぶんだが……こんな風に面と向かってお願いされるとその……恥ずいぜ。

本音ちゃんの時は、苗字が呼び辛いからって理由があったから苦も無くそう呼んでたけど、これは中々に難易度が高え。

ヤ、ヤバイ!?改めて考えると腕の中に収まってる夜竹の生々しい感触ががががが。

そんな事を考えてる間にも時間は過ぎ、気づけば夜竹は俺に潤んだ瞳を向けて俺の言葉を待っているジャマイカ。

 

「……ダ、ダメ……かな?……み、苗字だと、壁がある様に感じちゃって(ウルウル)(ご、強引過ぎたかも……で、でも……私だって好きな人に……呼んで貰いたいもん)」

 

こ、こんなウルウルした目で見つめられたら……断ったら大泣きされそうデス。

だからこそ、ゆっくり深呼吸を三回、羞恥心を抑えこんで、懇願する様な目をずっと向けてくる夜竹の顔を見つめ返し……。

 

「わ、分かった……こ、これからもよろしくな?……さ……さゆか」

 

「ッ!!?…………ぅん♡(パァアッ!!)」

 

言いましたよ、ええ言いましたとも。断れって方が鬼畜ですよアレは。

しかも俺が名前を呼んだら、まるで後光が射さんばかりの光と共に弾けんばかりのスマイルを見せてくれた。

クソッ、そのキューティクルな笑顔が可愛い過ぎる。

 

「えぇッ!?か、可愛いって、そ、そんな……ッ!?(オロオロ)」

 

と、俺がやた……じゃなくてさゆかの笑顔に心打たれた感想を考えた瞬間、当の本人は何故か顔を真っ赤にして慌て始める。

え?い、いやいやちょっと待て?別に俺は何も言ってな……言ってない……よね?

アレ?何か色々と自信無くしてきたぞ?

ふと頭の片隅に過ぎったまさかという思いを、現在抱えてるさゆかに向けて恐る恐ると口にしてみる。

 

「え、えと……ひょっとして俺……口に出してたか?」

 

「う……うん……(コクンッ)」

 

結論、完璧に俺の盛大でド派手な自爆ですねわかります。

うぁーちくしょー、何やらかしてんだよ俺ェ……恥ずかしすぐる。

その恥ずい空気を払拭する妙案なんざ俺の馬鹿な頭で浮かび上がる筈もなく、結局その空気を引き摺りながら俺はさゆかを抱えて保健室へと足を動かした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「えぇっと……虚ちゃん、コレって何かしら?」

 

所変わってコチラは先程元次達が退出した第3アリーナ、その観客席通路である。

本来なら生徒達は全員避難が終わり、誰も彼もが教室に居るであろう時間に、彼女達は居た。

何故かと問われれば、彼女達は学園の生徒達が運営する機関である生徒会の役員だからである。

ここで言う生徒会とは、単なる生徒達の象徴ではなく、代々ある取り決めで決定される。

それは、『生徒会長は、生徒達の最強でなくてはならない』という武闘派顔負けの取り決めだ。

ちなみにこの場に居る2人はそれぞれ、会長と副会長を担っている。

そこに居る2人の少女の内1人が、困惑した表情で……内心引き攣り捲くってるが、それを押し留めながらもう1人の少女に話しかける。

 

「……報告では、防護扉のロック機構部分だったモノです。先程確認した防犯カメラの記録では、鍋島君の拳によって破壊されていました」

 

質問した彼女の隣りに佇む少女から、同じ様に困惑した表情で語られた言葉を聞きつつ、彼女は床に落ちている残骸に視線を移す。

床に落ちている残骸、それは元次が破壊した防護扉のロック機構で、見た目は無残な姿に変わり果てている。

綺麗な円形は中心から陥没し、くっきりと大きな拳の後が刻み込まれたロック機構。

彼女はそれを見ながら徐にしゃがみ、その拳跡に自分の拳を合わせて見た。

 

「……私より三回りくらい大きいけど……コレってISの部分展開?」

 

「いいえ、私が見ていた記録では、彼はコレを生身で破壊していました。グローブ代わりに服を巻いていましたが、只それだけです」

 

「なにそれこわい」

 

思わずネタっぽい返し方をしてしまうが、彼女は来れでも真面目に返したつもりである。

それだけ、目の前の残骸が生身の人間に拵えられたという事が現実に理解出来ないのだろう。

それでも直ぐに気を取り直して咳払いをする辺り、彼女の判断力や即応性が他とはずば抜けている事が窺える。

 

「こんな拳で殴られたら、おねーさんイケナイものが飛び散っちゃうでしょうね……ホント非常識の塊だわ。鍋島君って」

 

まるでモデルの様にキュッと括れた悩ましい腰に手を当てて呆れながら、彼女は愛用のセンスをバッと広げる。

書かれていた文字は以前と違って、『驚愕、唖然、ぶっちゃけありえない』と書かれていた。

 

「まさかISを使わずにこんな人間離れした技が使えるなんて……ハァ、接触する時の事考えると憂鬱よー」

 

「……別に鍋島君だって、挨拶も無しにいきなり襲い掛かる程野蛮とは思えませんが?」

 

頭の中で考えていた接触方法を実行した時の事を考えて、彼女は溜息を吐く。

そんな彼女の様子に、長年付き添ってきたもう1人の少女は目を細めて問い掛けるが……。

 

「えー?普通なんてつまんないでしょ?だ・か・ら・♪色々とおねーさんがリードしてあげようと思ったんだけどねー……それすると、もれなく愛のパンチが返ってきそうじゃない」

 

その場合は愛どころか色々と乗せられたおどろおどろしいパンチになりそうだが、深くは言わないでおこう。

 

「普通に接触して下さい。只でさえ織斑君に時期をみて接触すると伝えて、織斑先生から睨まれてるんですから」

 

「判ってるわよぉう……まぁでも、鍋島君に接触するぐらいなら織斑先生も怒んないでしょ♪それに彼って、可愛い子には弱いみたいだし♪」

 

そう言って花の様な満面の笑みを浮かべながらしなを作る少女の様子に、虚と呼ばれた少女は目頭に手を当てて呆れる。

確かに彼女のプロポーションは、女なら憧れの的であり男なら欲望の的を体現している。

ボン、キュ、ボンのナイスバディに可愛らしい笑顔、コレで落ちない男といえば同性愛者か鈍感か、自分に惚れるなんて在り得ないと思ってる者だろう。

後者の二つに関しては、既に学園に存在しているのだから何とも言えない。

 

「ハァ……まぁ、その辺りはお任せしますが、本当に大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫♪別に鍋島君の事が隙ってワケじゃ無さそうだし、ちょーっと位誘わ……こほんっ、からかってみても織斑先生なら何も言わないでしょ♪」

 

不安げな表情で問いかけてきた従者の少女に対して小悪魔を思わせる笑顔でそう言いながら、彼女は楽勝気分で千冬の待つ職員室へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

また完全なる余談だが、彼女はこの後職員室で件のブリュンヒルデに話しをして、物理的に押し潰されそうな程に濃密な殺気を受けて逃げ出す事になる。

生徒会長曰く、「愉快な形で棺桶に入りたいならやってみると良い」というブリュンヒルデ直々のありがたい仰せだったらしい。

そして副生徒会長である少女曰く、職員室から帰還した主は「殺気が形を持って襲い掛かってくる体験が出来た」と涙ながらに語っていたそうだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「んふふ♪……さぁ、ジッとしててね~鍋島君。動いちゃダメよ?」

 

唐突だが誰か助けて下さい。

夕暮れの鮮やかな赤色の光が差し込む部屋の中で、俺は史上最大のピンチを迎えていた。

現在、俺はその部屋の主と一対一で向かい合い手をしっかりと握り締められて身動きが取れない。

振り解く事は簡単だが、目の前で俺の手を捕まえていらっしゃる御方は良識ある女性。

従って荒っぽい方法は使ってはならないのだ。

だがしかし、それでも俺は恐怖心からこの身を任せる事が出来ず、例え無駄と判っていても抗ってしまう。

 

「い、いや!?ホント大丈夫っすから!?これぐらい、態々先生の手を煩わせる事じゃねぇッスよ!!」

 

そう言いつつ捕獲されてる手を離れさせ様とするが、俺の動きを読んでいた様に腕を先回りさせて俺の手を優しくも妖しい手付きで捕獲してしまう。

だが、目の前の女性の表情は変わらず、まるで熱に浮かされた様な艶の篭った女の笑顔ってヤツだ。

 

「あん、こぉら。先生の言う事は聞かなきゃダ・メ・♪こんなにおっきくなっちゃってるのに……辛かったでしょ?こんなになるまで我慢して(サスサス)」

 

「ぐっ!?う、おぉお……ッ!?」

 

逃げようとする俺を軽く叱りつつ、彼女は俺の固くなって自己主張している部分を優しい手付きで撫で上げてくる。

その刺激にぞくぞくっとしたモノが背筋を駆け上り、俺は呻き声を挙げてしまう。

自分の口から出たとは思えねぇ情けない声を挙げてしまった事が羞恥心として頬に赤くなって浮き上がる俺が面白いのか、彼女は更に笑みを深めていく。

 

「あぁ♡……鍋島君のココ……凄い事になってるわ……固くて、熱くて、おっきい……凄く逞しいのね♡」

 

「ま、まぁ、そこが俺の取り柄ッスから……ってじゃなくて!?さ、さゆか助けてくれ!?」

 

「えぇッ!?え、えっとその……ふぁ、ファイトッ!!」

 

「軽く見捨てられたッ!!?」

 

もう俺の手に負える段階を軽く5段ぐらいスッ飛ばしてると判断し、少し離れたベットに腰掛けてるさゆかに救援を求めるもアッサリ見捨てられてしまった。

いや、ちゃんと誠意の篭った応援の言葉は貰いましたけどね?それだけじゃ無理があるってマジで。

もう呆けるぐらいにすっぱりと見捨てられた俺だったが、直ぐに気を取り直して再度さゆかに助けを求めようとするも……。

 

「はーい♪あんまり我侭言っちゃメッ♡よいっしょっと(トスッ)」

 

それは蛇の如く俺の顔の両隣りから伸びてきた細い腕によって遮られてしまった。

しかも先生はそれだけでは済まさず、俺のイスに乗った足の上に、艶やかなナマ足を組んだままに座りこんでいく。

かなり短い丈のにして、深くきわどいスリットの入ったスカート。

その際っきわなスリットから覗く、むちっとしたナマ足が生々しくて目の毒に御座います。

目を背けたいのに、まるで何かの引力に惹かれるかの如く俺はその神々しいまでにエロい足から目が離せない。

あぁ畜生何だよこの生殺しならぬ男殺しな光景は。

オマケに俺に反対向きにより掛かる彼女の濡れた黒羽の様な髪から甘い匂いがプンプンしやがるしよぉ。

しかもそんな俺の視線に気付いてるこの御方は笑みを更に妖艶なモノに変えつつ、足の角度を組み替えてくる。

ヤバイ、今チラッと黒い紐の様なモノが視界に入った希ガス。

俺の心境?ンなもん目が離したくても離せない、正に蛇に睨まれた蛙状態に決まってるじゃないですか。

 

「んふふ♡……じゃあそろそろぉ♪」

 

「いぃッ!?い、いやちょっとまっ……ッ!!?」

 

そして遂に、俺の必死の静止も虚しく……。

 

「この、オイタしちゃった拳の治療を始めるわよ~♡それそれ~♡」

 

「ア゛ーーーーーーーーーーーッ!!?」

 

消毒液の付いた綿で、傷口を直に拭うという拷問にも等しい治療が幕を開けた。

その直に伝わる激痛で叫び声を挙げながらも、俺に柴田先生が凭れ掛かってるから逃げる事も出来ねえ。

え?誰がエロい事してるなんて言いましたっけ諸君?勘違いも程々にしたまえAMEN。

まぁそんなバカな事を考えてる合間にも、現在俺の足の上で優雅に座ってる柴田先生は傷ついた俺の拳をテキパキと治療していく。

その手際の良さはさすが保険医と言った処だ。

 

「全くもう、幾ら緊急事態だったと言っても、鉄の扉を殴るなんて無茶をしたらこんな風になっちゃわよ。もう少し自分の身体は大事にしなさい」

 

「お、仰る通りッス。はい」

 

俺の拳の現状を見ながら呆れた様に言う柴田先生は、ガーゼを当てて包帯をクルクルと巻いてくれている。

まるでヤンチャした子供を叱る様な穏やかな言葉遣いに俺は身体を萎縮させてしまう。

実は俺こと鍋島元次は只今保健室にて、保険医の柴田先生に拳の治療をしてもらってる最中なのです。

 

「まさか、怪我をした夜竹さんを運んできてる鍋島君の方が怪我が酷いなんて思いもしなかったけど……はい、もうコレで良いわよ」

 

柴田先生は俺の手の具合に呆れながらも治療を進めていた様で、喋ってる間に手の治療は終わった。

その声に治療から開放された手を見ると、拳の部分にガーゼを当て、その上から包帯が何重にも巻かれた右手が視界に入ってきた。

試しに軽くグッパッと握って開いてを繰り返してみるが、動きに支障は無い。

うん、この分ならペンとか箸を握るのは問題無えな……料理も右手で食材に触ったりしなきゃ問題無えだろ。

 

「2,3日はちょっと痛むけど、治るのにそんなに時間は掛からないと思うわ……と言っても、拳の骨が見えちゃってたから、傷は残っちゃうと思うけど」

 

「充分っすよ。傷なんて特に気になりゃあしねーし、ノープログレムっす。ありがとうございます、柴田先生」

 

俺はそう言いながら、俺にもたれ掛かってリラックスしてる柴田先生にお礼を言う。

さすがに腕に巻いてたブレザーを解いた時に、拳の骨が擦り剥けて少し見えてたのには焦ったけど、治るんなら特に問題は無えさ。

柴田先生は俺の感謝の言葉に大人の女を思わせる笑顔と柔らかな声で「どう致しまして♪」と返事を返してくれたが……。

 

「あの~……治療が終わったんでしたら、そろそろ降りてもらっても……」

 

「あら?先生ってそんなに重いかしら?」

 

苦笑しながら絞り出した言葉に、少し頬を膨らませたあどけなさを感じさせる顔になる柴田先生。

おぉう、あどけなさと妖艶さが絶妙な具合にマッチして男心が擽られげふんげふん、心の底から落ち着け俺。

 

「い、いや。羽毛を思わせるぐらい軽いっすけど……」

 

「うふふ♪じゃあ、もう少しこのままでも良いわよね?」

 

いや、ダメじゃね?とは思いつつも声に出す事が出来ないチキンな俺なのであった。

そう、治療が終わったというのに、柴田先生はいまだ俺の太ももの上に腰を降ろした体勢から動いてくれないんだ。

さっきまでは俺が治療中に暴れない様にという暴れ止めだったのは納得出来るけどよ、何故に治療が終わってからもそのままなんでしょうか?

俺の言葉を聞いてクスクスと上品に笑う柴田先生だが、俺はかなりタジタジだったりします。

フワッと優しい感じの匂いがしたさゆかとは違って、何処か男を酔わせる様な妖艶なる大人の香りを放つ柴田先生。

俺の周りの大人の女って言えば、束さんや千冬さん、そして真耶ちゃんだが、柴田先生は今までの人達とは全然違うタイプの人だ。

千冬さんはその纏うオーラとクールな受け答えから、仕事の出来る女の人って感じで隙が無いタイプ。

真耶ちゃんは……悪いがとても年上に見えないぐらいの癒やしを搭載した、所謂ポワッとした雰囲気の女性だし。

束さんに至ってはどのジャンルにも当て嵌まらない、正しく新ジャンルの「不思議系年上お姉さん」ってヤツだろう。

でもって今オレの足の上に腰を降ろしてる柴田先生は……アダルトな雰囲気で男を骨抜きにするっていうか……お姉さんってジャンルを超えてる気がする。

もうなんていうか……何時の間にか捕まえられてるっつうか……ピシっとしてる様で、ワザと隙を作ってるって感じだ。

その隙にホイホイと浸け込めば、逆に漬け込まれちまう。

ほら、今だって無遠慮に俺の身体にもたれ掛かって隙を見せつつも、俺の視線が何処向くかさり気なく注視してらっしゃるし。

何時もピシっとスーツを着こなしてる千冬さんと違って、同じ様なタイトスーツを少しだけ、下品にならない様に着崩してるからマジ目のやり場に困るぜ。

チラッと視線を下げれば、少しだけボタンを開けたスーツの隙間から見える見事な谷間に視線が吸い寄せられて……ハッ!!?

 

「(キュピーンッ!!)あら?あらあら♪」

 

俺の視線が自分の谷間に集中したのを見逃さなかった柴田先生から、何とも楽しげな笑い声が聞こえてくる。

くっそ!?あんなあからさまな罠に引っ掛かっちまった!?ヤバイヤバイぞ!?

自分から罠に掛かってしまった事を悔む俺だったが、既に後手に回った状況は覆せない。

 

「うふふ……鍋島君ったら、今ドコを見てたのかしら?目が少しエッチになってた様に見えたんだけど♪」

 

問いつつも、「わかってるんだぞ」と言わんばかりの悩ましい視線が、俺の目を射ぬいてくる。

こ、肯定しちゃ駄目だ!?何とかして誤魔化さないと相手の思う壺になっちまう!?

 

「い、い~え?別に何処も見ちゃいませんよ~?」

 

「そう?……それにしては、私の足にえっちな視線を感じたんだけど……」

 

「いや、俺が見てたのは先生のサイコーにナイスな谷間で……ヴァ!?」

 

「ふ~ん?……やっぱり見てたんだ~♪うふふ♪(スリスリ)」

 

ヤバイ!?会話で答えを誘導させられた!?と気付いた時には既に色々と遅すぎた。

慌てて柴田先生の顔に視線を向ければ、そこにはしてやったりな笑顔を浮かべて俺に流し目を送る先生が居るではないか。

もう既に取り繕う事は不可能。

こ、これが俗に言う大人の余裕ってヤツなのか!?(違います)

目の前で妖艶に微笑む柴田先生のアダルティな雰囲気に驚愕している俺を他所に、先生は身体を横に向けて、全身で俺にもたれ掛かり直す。

ぬぉおおお!?こ、ここ、これってもしかせんでも誘われてる!?YUUWAKUされてんの俺!?

焦り、パニクる俺を他所に、先生は目を細めて楽しそうにクスクスと笑っていた。

 

「ハァ……凄く逞しいのね……目を閉じても、鍋島君の力強い所が良く分かるわ♡……強い雄が持つフェロモン、って言うのかしら?……寄り掛かるだけで、力が抜けちゃう♡」

 

先生はそう言いながら俺の胸元に顔を押し当てつつ、人差し指で俺のカッターシャツの開いたトップ部分でのの字を書いている。

アカン、素肌の上を指が這い回る感触が何ともエロいですよ先生ッ!!そして寄り掛かるだけで力抜けたりしねえよな普通!?

 

「あっ。柴田先生もそうなんだ……」

 

ちょっとWaitしようかさゆかさん!?「も」って何だ「も」って!?さゆかもそうだったのか!?

っていうかココまで無防備な姿晒して色んな事してくるってことは、俺間違い無く誘惑されてるんだよな!?

別に食っちまっても良いんだよな!?理性なんて用無し!!ここからはR18指定のパラダイ――。

 

「その先に進めば、確かに18禁になってしまうだろう……ちょうどココには良く斬れるメスもあることだし……なぁ?」

 

「スイマセンちょーしブッこきました謝りますからどうかなます切りだけは勘弁して下さい千冬様!?」

 

「あら、織斑先生。随分と早かったですね」

 

うん、危うくR18指定の世界に足を踏み入れる処だったぜ……残酷指定の方だけど。

血塗れバラバラ系のR18指定は勘弁願うってホント、しかも痛い思いすんのは俺じゃないっすか。

目の前でユラユラと誘惑の香りを振り撒く柴田先生に辛抱堪らず襲いかかろうとした俺だったが、何時の間にか保健室に居た千冬さんの瘴気で正気に戻る。

いや、マジで何時から其処に居たのかすら気付かなかったぞ?

そんな景色が歪む程の瘴気を放出しつつ存在を相手に感知させないとか、千冬さん何処の暗殺者ですか?

もはや底冷えどころか心臓が凍るかと思う程に光の無い瞳で見詰められたお陰で俺のジュニアがシュンと縮こんじまいましたよ。

っていうか俺の太ももの上に腰を降ろして俺にしなだれてる柴田先生?貴女は目の前で殺気を垂れ流す千冬さんが怖くねえんですか?

モシャァアアッとか擬音が付きそうな感じで千冬さんに纏わりついてる漆黒の殺気を前にして微笑むとかどんな度胸持ってんの?

 

「……柴田先生、貴女は一体何をしているんだ?その格好では、教師が生徒に淫行を強要しようとしている様にしか見えないが?」

 

「ふぅん?そう見えます?私は只、鍋島君が手の治療を嫌がって中々受けてくれないから、暴れない様に彼の上に乗っただけですよ……織斑先生の言う淫行の強制なんて、全くの事実無根です」

 

「ほぉ?では何故、既に粗方の治療は終わってるというのに元次の上に乗ったままなのかも、納得の行く説明が出来ると?」

 

千冬さんのハイライトが消えた瞳、そしてお面の様な固まりきった表情を目の前にしてるってのに、柴田先生は微笑みを崩さずに淡々と淀みなく千冬さんの質問に答えていく。

一方で俺の方と言えば、目の前の千冬さんを直視する勇気は微塵も無かったので、思いっ切りさゆかの居るベットの方へと視線を逸らしてたりする。

俺の「助けて」って思いを篭めた視線は、ベットの上で足に包帯を巻いた姿で座ってるさゆかには届かず、彼女は目の前の恐ろしい雰囲気に当てられて外に視線を向けていた。

うんわかる。良ーく判るぜさゆか、誰だって好き好んで超獣決戦に巻き込まれたくなんてねぇよな。

 

「えぇ……と言っても、そんなに難しい事じゃありません。強いて言うなら…………鍋島君の反応がとても可愛かったから、ですかね♪」

 

「ぶは!?」

 

と、視線の先で我関せずを貫いていたさゆかを見習って、同じ様にこの騒動から目を背けようとした俺の耳にありえない言葉が入ってきて、俺は意識を目の前に戻してしまう。

っつか可愛いって何だよ可愛いって!?俺に似合わない形容詞NO,1じゃねぇッスか!?今まで生きてきて言われた事ねぇんですけど!?

俺の視線が自分に戻ったのを察知した柴田先生は、さっきまでと同じく妖艶な雰囲気を漂わせながら俺に微笑み、下げていた手を再び俺の素肌に当ててくる。

 

「こぉんなに立派な身体をしてるのに、私にからかわれぐらいで頬を赤くして恥ずかしがるくらい初心だなんて……あぁ♡本当に可愛い人♡」

 

「ちょちょちょちょ!?し、しし柴田先生、これ以上は勘弁して下さ(グシャッ!!)ピィッ!!?」

 

「……ッ!!……~~~ッ!!!(ゴゴゴゴゴゴ)」

 

のぎゃーーーッ!?しゅ、出席簿が千冬さんの尋常じゃない握力でひしゃげとるーーーーーーッ!!?

ち、千冬さんの腕力+残像を残すレベルの速度で俺の頭をぶん殴っても歪まなかった出席簿が悲鳴をーーーーッ!!?

落ち着いて千冬さん!?出席簿から「千切れる千切れる無理無理ぃ!?」って心の叫びが聞こえてきそうなんだけど!?

今や俺を睨む千冬さんの目はハイライトが灯っちゃいるんだが、その代わりに地獄の業火の如き怒りが渦巻いてらっしゃる。

このまま行くトコまで行ったら、閻魔様も裸足で逃げ出す様な存在に成り変わっちまいそうだよ。

頭ではそう理解しつつも、身体を動かす事が出来ずに只千冬さんの怒りが篭った視線を受け続けてたら、俺を見て笑ってた柴田先生がふいに立ち上がって俺から離れた。

それと共に少しだけ怒りを潜めつつ、俺では無く柴田先生を見つめる千冬さん。

な、何とか命の危機だけは回避できたぜ……ハァ、何でこんな心臓に悪い目にばっか遭ってんだろ、俺。

 

「……盗られたく無いって思うなら、怒ってばかりじゃなくて行動に移さないとダメじゃない?(ぼそぼそ)」

 

「なっ!?な、何を……ッ!?」

 

自分の危機が回避出来た事に安堵していると、俺から離れた柴田先生が何やら千冬さんの耳元でボソッと呟いていた。

すると、柴田先生から何を聞いたのか、千冬さんは一気に顔色を真っ赤にさせてアタフタと慌て出すではないか。

そこにはさっきまでの怒ってる雰囲気は無く、何か人の形が出来てそうだった恐怖のオーラは全て払拭されていく。

柴田先生、その怒り狂った千冬さんを止められる素晴らしい術を俺にも伝授して下さい、マジで。

 

「今までも、彼を興味本位で狙う人は沢山居たでしょ?……でも彼は今日、その身を挺して女の子達を閉じ込められた空間から救い出していた……さて、その助けられた女の子達は、これから鍋島君の事をどういう目で見るかしら♪(ぼそぼそ)」

 

「ッ!!?……有り得ん……と断じきれない話しだな(ぼそぼそ)」

 

「ふふっ♪勿論、私だけじゃなくて山田先生や他の先生も、ね……ボヤボヤしてると、本当に掻っ攫っちゃいますよ?(ぼそぼそ)」

 

「……生憎だがアイツは誰にも渡す気は無い。昨日今日で惚れた男旱の餓鬼や、見た目で惹かれた先生達とは訳が違うんだ……((ここ|IS学園))に居る誰よりも、アイツと共に過ごし、アイツを想ってる年月が違うからな(ぼそぼそ)」

 

「あら♪それは楽しみね♪(ぼそぼそ)」

 

何故か俺の方にチラチラと視線を送ったりしながら目の前で繰り広げられるヒソヒソ話し。

時折千冬さんが俺と視線が合うと頬を赤く染めるのは何故だろう?あんまり深く考えるとヤバイ気ががが。

何て事を考えてると、目の前でヒソヒソ話しをしてた千冬さんが俺に向き直り、コホンと咳払いを一つして、場の空気を変えた。

 

「……とりあえず夜竹、そして元次」

 

「は、はい?」

 

「何すか?」

 

そして、千冬さんは俺とさゆかの名前を呼んだので、俺達はそれぞれ返事を返す。

さゆかも呼びかけられた事で、明後日の方に向けていた視線を戻して俺達に向き直る。

 

「まずは二人共、軽い怪我のみで何よりだが……済まなかったな。我々教師がしっかりと注意していれば、事故は未然に防げたかも知れなかったというのに」

 

千冬さんは自嘲気味な声でそう言うも、瞳にはしっかりと心配する色がアリアリ出ている。

例え死者が出てねえとは言っても、やっぱ千冬さん達教師の立場からしたら悔しいんだろうな。

クールに見えてもその実とても思慮深い、でもそれを硬い精神と理性で御してるからこそ、千冬さんは尊敬出来る人なんだ。

 

「い、いえ大丈夫ですよ!?け、怪我も痕は残らないし、直ぐに治るって言われました……そ、それに、元次君が助けてくれましたから」

 

「俺も別に問題無えっすよ?ちょいと傷跡は残るらしいけど、男からすりゃ拳なんて傷ついてナンボなんですから」

 

普段は見せない優しさを篭めて心から心配してくれる千冬さんの姿に胸が暖かくなるのを感じつつ、俺は問題無いと返事を返す。

さゆかも千冬さんの謝罪の言葉に慌てふためきながらも、キチッと返事を返した。

すると、千冬さんはフッと小さく笑ったが、直ぐに表情を真剣なモノに変えて俺達を見据えてきた。

 

「そう言ってくれれば幸いだ……それと、先ほどの事件、及びあの所属不明ISに関しての話は極秘事項として取り扱われる事になる。従って、お前達にはこの誓約書にサインしてもらう」

 

千冬さんは真剣な表情でそう語りながら、俺達に一枚づつ紙を手渡してきた。

それを受け取って内容を軽く流し読みながら、視線を千冬さんに戻す。

 

「これってつまり、あのクソISの事を学園と外で話すなって事ですよね?もし話せば罰則が出るっつぅ」

 

「そうだ。既にあのISの攻撃に晒された織斑と鳳、そして襲撃された観客席に居た者達はこの書類にサインしている。お前達は怪我の治療があって遅くなったが、これは絶対にサインせねばならない。何か引っ掛かる処があったか?」

 

「いやぁ引っ掛かるっつうかですね?あのクソ野郎が何処のどいつか分かってりゃ、ちとお礼参りにカチ込んでやろうかと思った次第で。へへっ」

 

俺はそう言葉を締めくくりながらニヤリと笑い、拳と手の平を勢い良く叩き合わせる。

その際にバチンッ!!と小気味良い音を鳴らしていたが、千冬さんは俺の返答が予想の内だったのか、軽く溜息を吐く。

見れば千冬さんの後ろに立つ柴田先生は頬に手を当てて「あらあら♪」と、子供を見る様な目で俺を見てる。

え?俺の今のリアクションって微笑ましかったの?

 

「……残念だが、既にその先を話す事が極秘事項に触れるからな。お前の望む答えは返せんよ」

 

「わーかってますって。だからちょいと残念だなってだけッスよ。別にサインする事に異論は全く無いッス」

 

「わ、私も大丈夫です」

 

別段何があってもって程じゃ無いので、俺は千冬さんの無理だと言う言葉にヒラヒラと手を振って返す。

さゆかも特に異論は無いのか直ぐにOKを出し、俺達は保健室のペンを借りてサラサラと署名して千冬さんに書類を返却した。

千冬さんは俺達からそれを受け取ると、問題無かった様で頷きながら書類をちょっと曲がった出席簿の中に仕舞う。

 

「確かに受け取ったぞ……それと連絡事項だが、まずクラス対抗戦は全て中止になる」

 

「まぁ、あんな事あったってのに続行なんか出来ねぇか」

 

とりあえず今後の話しを聞きながら、俺は腕を組んでウンウンと頷く。

まさかいきなり訳の分からねえISが殴りこみかけてくるとか誰も予想出来なかっただろーし、そんな状況で試合なんか無理だわな。

もしかしたらまた別の奴が乗り込んでくるかも知れねぇって事だろう。

さすがにそんな危ない兆候が出てるなかでクラス対抗戦なんか続行出来る筈も無い。

俺の言葉に同意の意味で頷きながら、千冬さんは更に言葉を続ける。

 

「そして2つ目に、今回の事件で精神的ストレスを受けた生徒も多い。よって学園は明日、つまり金曜日をアリーナの修理も兼ねて休みとし、土日合わせて3連休になった」

 

「お!?マジっすか!?くうぅ~!!3連休になるなんてラッキーだぜ!!久々に外出したかったんスよぉ~!!」

 

「ア、アハハ……」

 

正に棚からぼた餅な休み、クソISの如く降って沸いた休みに俺のテンションは鰻登り状態。

休みが多ければ多い程、学生ってのはテンションが上がるもんなんです。

そんな風に嬉しくてハイになってる俺を見てさゆかは苦笑いしてるし、柴田先生はさっきと同じで微笑んだまま。

さあて、3連休ときたら何しようか今からワクワクする「ただし」な……ん?

ウキウキ気分で明日からの予定を決めようとしてた俺だったが、それは千冬さんの言葉で一旦停止。

一体なんだろうと、腕を組んで呆れた表情を浮かべてる千冬さんを見れば――――。

 

「お前はアリーナの扉、つまり備品を壊したとして――400字詰め原稿用紙で反省文30枚の罰則を受ける義務がある」

 

「神は死んだぁあああああああああああああッ!!?」

 

「げ、元次君!?」

 

「あらあら♪大変ねぇ……頑張れば3日以内に終わるけど、休みは全部返上になっちゃうかしら?」

 

余りにも無情な宣告に、俺は椅子から身を乗り出して地面に両手両膝を着いて嘆いてしまう。

酷え!!幾ら何でも鬼な仕打ち過ぎるぜそんなのぉおおおおッ!!! 

確かに学校の備品っつうか、アリーナの扉をブッ壊したのは俺だぜ!?それは認める!!

でもだからって、3連休全部使っても間に合うかわからねえ量の反省文書けとか無いわー、もう色々無いわー。

俺の休み……始まる前に終わっちまったよ。

残酷過ぎる死刑宣告に打ちひしがれて色々とおかしくなってきた俺だが――――。

 

「――――だが、まぁ……」

 

床を見ていた俺の頭に千冬さんの声、そしてポフッと誰かの手が乗せられる。

その感触に「何だ?」と思いつつも視線を上げると……。

 

「……(こうしてコイツの頭を撫でるのは、何時ぶりだろう……妙にくすぐったい気分だ)」

 

其処には頬を少しばかり赤く染めた千冬さんが居た。

しかも片腕が伸びて俺の頭の上にある……これってつまり、千冬さんの手が俺の頭に乗せられているってワケで……え?

え?いや、何コレ?何のドッキリ?まさかのトドメのアイアンクローに移行ですか?

行き成りすぎる急展開に困惑するおれだったが、事態は俺の困惑なんか置いてけぼりにして進み――――。

 

「……お前が行った行動のお陰で夜竹の命は救われただけでなく、他の生徒達を守る結果にも繋がった……だから、お前の処罰は帳消しだ……ま、まぁ、その…………よく、頑張ったな……え、偉いぞ?(ナデナデ)」

 

「…………え、あっ、いやその……あ、ありがとうございます」

 

何と、千冬さんから直々にお褒めの言葉を頂いただけでなく、何故か俺は千冬さんに頭を撫でてもらっている。

な、なにを言ってるかわからんだろぉが俺もよく判らん……超スピードとか催眠術だとかそんなチャチなモンじゃ断じてねぇ。

唐突に頭を優しく撫でられるというワケわからん状況に俺の表情がポカンとしたモノに変わっちまうのは誰も責めれないだろう。

何故なら、今俺に労いの言葉を掛けつつ俺の頭をナデナデしてらっしゃるのは、あのクールビューティーの代名詞としか言えない千冬さんなんだぜ?

その千冬さんが普段のクールな表情を崩して優しく微笑みながら頭撫でるとか、どんだけレアな光景だよ。

コレ多分千冬さんのファンクラブの奴等が知ったら恍惚な表情で気絶するんじゃね?……後一夏も気絶すると思う。

っていうかヤバイ、こんな事されんのは小学生ん時以来だから、果てしなく恥ずい。

 

「え、えぇっと、千冬さん?ちょ、ちょっとコレは……何と言いますか……」

 

「な、何だ?……い、嫌なのか?(しょんぼり)」

 

ぐはあっ!?そ、そんなシュンとした目で俺を見ないで!?そげな動物っぽい瞳を俺に向けないでぇええええッ!!?

さすがに何時までも優しく撫でられてると、この歳になって何されてんだ俺?という気持ちと共に頬が熱くなってきたので、そろそろ止めてもらおうと思ったが言えなかった。

俺が断ろうとした瞬間、千冬さんは女性にしては若干キツめの目尻をショボンと垂れさせて悲しそうな表情を作ってしまう。

その様子、正に普段可愛がってもらってた犬が構ってもらえなくて悲しそうに切ない声で鳴く風景を連想させてくるではないか。

まぁ犬と言っても千冬さんのイメージと掛け合わせたら主人に懐いた大型の狼だったんですがね?

っていうかヤベェ……普段とのギャップが激しすぎて千冬さんが綺麗とかじゃなくて激しく可愛いと思えちまう。

 

「あっ、いやいやいや!?べ、別に千冬さんに撫でられるのが嫌ってワケじゃねぇんスけど……ちと、こっ恥ずかしいっつうか」

 

「い、嫌じゃないなら良いではないか……は、恥ずかしいのは私も一緒なんだぞ……お、男ならそれぐらい我慢しろ(ナデナデ)」

 

あれ?それなら別に無理して撫でなくても良くね?と思った俺はおかしいのだろうか?

只それを口に出せば、何かキュッと絞められちまいそうな予感がするから口に出しゃしませんけどね?

そして、結局自分でこの窮地を抜け出す事は不可能だと理解して助けを求めようにも、さゆかは何やら頬を赤くしながら俺を見てるだけ。

何か時折さゆかの口から「……ちょっとやってみたい……かも」何て聞こえるんですが、何を?とは突っ込まない方が良いと俺の直感が囁いてるので放置。

同じく柴田先生も「あら、そういう手もあったわね……」とか意味深に呟いてたから視界から外します。

これ以上生身で地雷原に特攻カマしたくねぇからな。

 

 

 

そうして千冬さんにされるがまま頭を撫でられる事約5分。

相変わらず千冬さんは頬を赤く染めたまま優しく微笑みを浮かべて俺を撫でている。

っていうかこの羞恥プレイ何時まで続くの?誰か止めてんねぇか――――。

 

 

 

「(シュンッ)ゲンチ~~~!!さゆり~~~ん!!」

 

「「「さゆか!!怪我大丈夫!?」」」

 

 

 

と、俺が天に助けを求めた次の瞬間、保健室の自動ドアが開かれ、そこから姦しい声が保健室に響き渡った。

その乱入者の声が響いたと同時に千冬さんは残像を残すスピードで立ち上がり、何事も無かったかの様に何時ものクールな表情に戻っていた。

変わり身速!?……って、この癒しボイスはもしや!?

 

「ほ、本音ちゃん……皆も、どうしたの?」

 

千冬さんに撫でられる恥ずかしさで若干俯いていた俺より早くさゆかが気付き、入ってきた者の正体を口にする。

俺もさゆかに少し遅れて顔を上げれば、俺達に向かって入り口から走ってくる女子が4人。

 

「2人とも怪我したって聞いたけど、大丈夫なの~~!?」

 

何時もの様に、間延びした声と癒し成分の塊とも言えるオーラを振りまきながら、心配そうな顔で俺達に言葉を掛けてくれる本音ちゃん。

 

「大丈夫!?傷とかになってない!?痛みは酷いの!?」

 

「さゆかが動けなかったのは知ってたけど、私てっきり怖くて力が入らないと思ってて……まさか怪我してるなんて思わなかったよ」

 

「ゴメンね、さゆか……アタシがもっと早く、あの鉄屑を消してやれば、アンタも怪我しなくて済んだのに……ホントにゴメン」

 

それぞれ心配そうな表情を浮かべながら口々にさゆかを気遣う鈴、相川、谷本の3人組。

次から次へと繰り出されるマシンガントークで、さゆかは目を回しかけていた。

多分、俺達の治療が終わったから皆面会に来てくれたんだろうが……本音ちゃん以外、誰も俺の心配してねぇとか……。

しかも本音ちゃんも俺に声掛けたら直ぐさゆかの方に行っちまったし。

明らかに俺への労いor心配の言葉が皆無だった件について、俺もう泣いても良いんじゃなかろうか?

まぁ別に大した怪我なんか一切してねぇけどさ……何か気分的にやるせねえ。

 

「(シュンッ)っと、やっぱ全然大丈夫そうだなゲン」

 

「あん?……おぉ、一夏。オメェも無事だったか」

 

「お互いに、な」

 

俺への心配が本音ちゃんだけだった事に少し凹んでいると、又もやドアが開いて客が入場。

しかもそれはサラリとした笑顔を浮かべる俺の兄弟分の一夏だった。

コイツは怪我らしい怪我も無く、多分今日最大のダメージは千冬さんの拳骨だろう。

 

「ほら、お疲れ。俺からの奢りだ(ポイッ)」

 

「おう(パシッ)サンキュ」

 

一夏は何時も通りのイケメンスマイルを浮かべながら俺に缶ジュースを放り投げたので、それを慌てる事無くキャッチする。

どうやら珍しく一夏の奢りの様だし喉も渇いてたトコだ、ありがたく頂くとしよう。

俺が受け取った缶ジュースの銘柄は『舌が痺れる強炭酸!!シビレモンサイダー蜂蜜入り!!』という新作のジュースだった。

コレ、缶ジュースの割りに180円とぼったくりも良い商品なんだが……。

 

「随分奮発したじゃねぇか?」

 

「ん?あぁ。俺もコレが飲みたかったからさ。序にお前にもと思ってよ」

 

一夏がそう言いながら見せてきたジュースのラベルには……。

 

『1度飲んだら病み付き!!電気の如き鋭い刺激をアナタに!!エレキバナナソーダミルク入り!!』と書いてあった。

 

……それって明らかに地雷じゃね?俺のみたいに炭酸って書かれてるなら分かるが、鋭い刺激て……。

心の中で一夏の持っているジュースの地雷臭に戦慄を覚えるも、俺は何も言えなかった。

 

「コレ1本で290円もするから今まで飲んだ事ねぇけど、こんだけ高かったら抜群に上手いだろ」

 

おいバカそれ間違い無くフラグ――――。

俺が一言注意しようとするも間に合わず、一夏はその恐ろしいジュースを勢い良く口に含み――――。

 

 

 

 

 

――結果として言えば、一夏の目の前付近に誰も居なくて良かったとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

序に言えば、俺の飲んだシビレモンサイダーは中々上手かったぜ。


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