IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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野獣の宴

 

さて、食事も終わった事だし、甘いモン大好きな少女達に美味しい美味しいデザートを献上しますかねっと。

俺が台車に最終兵器を積んで戦場へ戻ると、其処には幸せそうな笑顔を浮かべてダラけきってる1組の生徒が居た。

 

「ふぅ~……もぉお腹いっぱい……」

 

「私もちょっと食べ過ぎたかも……でも、幸せ♪」

 

しかも皆一様にお腹を擦って満腹感を表しているではないか。

まぁあんだけあった料理が全部綺麗に平らげられてるんだから、満腹でも仕方ねえわな。

 

「ううぅ、これ絶対体重がヤバイって……それもこれも鍋島君の所為だね。こんな美味しい料理を作る鍋島君が悪い」

 

「あっ、それは同感。もし体重増えてたら鍋島君に責任取ってもらおっと♪」

 

「え~それズルイよ!!私だってそうだもん!!抜け駆け無し無し!!」

 

と、何やら聞き捨てならねえ事を笑いながらおっしゃってる女子生徒が数名居た。

まぁ皆笑いながら言ってるから冗談なんでしょうけど……そんな事言うなら、少しぐれえ意地悪したっていいよな?

 

「ほっほぉ~?そんじゃあオメエ等は〆のデザートが要らねーって事でいいよな?」

 

『『『え!?』』』

 

俺が後ろから不意打ちに声を掛けると、話をしていた女子連中は驚きながら振り返ってきた。

そんな面白い反応を見せてくる女子に俺は意地悪い笑みを作りながら台車に置いてあったデザートを1つ手に取る。

俺が手に取ったデザートはトロッと柔らかくなるまで温めたリンゴと砂糖控えめのプレーンヨーグルトを使ったシンプルなデザートだ。

噛めば噛むほど柔らかい果実の旨味と濃厚な甘みが出てきて、素朴な味わいのヨーグルトと絡み合うことで絶妙のハーモニーを奏でてくれる一品。

カロリーもそこまで高くはねえから、女子には大人気間違い無しだろう。

 

「体重が気になって仕方ねえなら……まぁ、作った俺としては悲しい限りだが」

 

俺が掲げたデザートに食堂中のありとあらゆる場所から目が釘付けになっている中、俺は意地悪い笑みを浮かべたまま本音ちゃんに視線を移す。

既にパーティーが始まる前から俺のデザートを虎視眈々と狙っていた本音ちゃんの口元は、洪水でも起きたのかってぐらいに涎が出ている。

 

「本音ちゃ~ん。これ、食うか?」

 

「食べま~す!!」

 

俺の言葉に待てを解除された犬の如く、本音ちゃんは飛び着いて来たので、俺はそのデザートの器を渡してあげた。

そのまま本音ちゃんは手元に何時の間にか持っていたスプーンをデザートに突っ込んで、自分の目線まで持ち上げていく。

本音ちゃんが持ち上げたスプーンの中に収まっている2つの秘宝。

大地の恵みを温かく調理して黄金色に輝くとろ~りリンゴと、素朴な味わいでリンゴの甘みを引き立てる純白のヨーグルト。

純白に輝くヨーグルトという天然のランジェリーに包まれる豊満なリンゴの果実。

本音ちゃんの口に運ばれるまでの数秒で、モノの5回は周囲から唾を飲み込む音が食堂に響いた。

 

「あ~む♡……ごくんっ……はふぅ~……幸せぇ♡」

 

そして、デザートを口に運んでもっきゅもっきゅと味わっていた本音ちゃんは、普段より顔を緩ませて言葉を紡いだ。

もうなんていうか、顔がトロットロになってるとしか言い様がねえ。

まさしく垂れ本音ちゃん状態になってやがります、メッチャ可愛いぜこの野郎。

そして視線を元の女子に向けると、3人は本音ちゃんの持ってるデザートに釘付け状態のままだった。

 

「さぁてどうする?ホントに要らね……」

 

『『『『『た、食べます!!食べたいです!!食べさせて下さい!!』』』』』

 

と、俺が目の前の女子に意地悪く言うと、なんと1組の女子総出で返事が返ってきた。

やっぱり女子である以上甘いモンの誘惑には逆らえねえって事か。

俺は女子の返事を聞いて意地悪い笑みを普通の笑顔に変えていく。

 

「冗談だって。ココにあるのから好きなのを取っていきな」

 

俺はそう言いながら、身体を横にズラす。

そうすると、俺の後ろに停めてあった台車の存在が、クラスメイトの視界に入った。

 

『『『『『………わぁ……!!(キラキラ)』』』』』

 

その台車上に並べられている『宝石』の存在を確認すると、クラスメイトは目を輝かせながら声を挙げた。

台車の上に所狭しと並べられた数々のデザートが、其々の独特な光を放っている。

さっきのリンゴのデザートから今まで作ったパフェ、ショートケーキやチーズケーキ、果てはプティングまで作った。

ぶっちゃけ料理よりもコッチのデザート作りの方が大変だったぜ。

俺はもはや子供の様になってはしゃいでいるクラスメイト達に微笑ましい気持ちが湧きあがりつつ、台車の後ろに回って台車を転がす。

 

『……ごくっ……ぜ、全軍突撃ーーッ!!』

 

『『『『『わぁあああッ!!!(ドドドドドッ!!!)』』』』』

 

『うぉおお!!俺も出遅れる訳には(ゲシッ!!)うげ!?(ドカッ!!)めちょ!?(ズドォオオンッ!!)ほげぇえええ!?』

 

『『一夏(さん)ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!?』』 

 

おや?何やら一夏が轢かれた(誤字にあらず)気がせんでもないが……気にしたら負けだと思います。

 

そのまま全員が手に取りやすい位置まで移動してから離れると、彼女達は檻から放たれた虎の如き勢いで台車に突撃を始めた。

黛さんは集合写真を撮って直ぐに帰ってしまった為、このデザートの写真は撮れていない。

特集のために俺が作った料理は新聞に載せるって意気込んでたのに、女の子に大人気なデザートは撮り忘れるとは……まだまだ脇が甘えな(笑)

俺は台車の上に並べられた宝石と言う名のデザートを我が手に収めんと奮闘している女子を尻目に、席に戻っていく。

予め確保しておいた『3つ』のデザートを持って、俺は女子の波に逆らいながら席に座ることが出来た。

用意したデザートの1つは苺と生クリームをふんだんに使ったショートケーキ、もう1つはフルーツ盛り沢山のタルト、そして最後に抹茶のパウンドケーキだ。

実はこの内のケーキとタルトは千冬さんと真耶ちゃんの分だったりする。

あの2人に晩飯を届けに行った時はまだデザートが完成していなかったから、2人が仕事を終えてからコッチに顔を出すついでに食べる事になっている。

まぁこれで後は千冬さんと真耶ちゃんを待つだけだ。

 

「はむはむはむ♡……おいちぃ~♪(お昼はゲンチ~に膝枕してもらったし~♪夜は美味しいご飯とデザ~トがた~くさん……今日はサイコ~だね~♪)」

 

俺は椅子にもたれ掛りながら、隣で3つ目のデザートに舌鼓を打つ本音ちゃんを見て和やかな気持ちが湧いてきた。

もう何て言うか……本音ちゃんってホントに甘いもん食ってる時は幸せそうだよな。

 

「あむ……♪美味しい……女の子としては複雑だけど、やっぱり元次君って料理上手だなぁ……私も頑張ろっと♪」

 

更に反対側の隣の席に座っている夜竹を見てみると、彼女もデザートのプリン・ア・ラモードを食べて笑顔を見せている。

あぁ……この2人に挟まれてると、調理の疲れが消えていくぜ。

そうやって笑顔のままデザートに夢中になっている2人を一頻り眺めて、俺はさっき厨房から持ってきたビンの蓋を開ける。

さぁて、今日の疲れを癒すために、この何が入ってるかわからねえドリンクを飲んでみますか。

そう考えてボトルの中身をコップに注ごうとテーブルの上を見渡すが、生憎と空いてるコップが近くに無かった。

ホントなら行儀良くコップで飲みたい所だが……仕方ねえ、もうラッパ飲みでいいか、別に誰かに飲ませるワケじゃねえし。

俺は辺りに空いたコップが無かったので家でやってる様にボトルをそのまま傾けて口を付け、ゴクゴクと喉を鳴らしながら液体を飲んでいく。

 

 

ん~?中々に変わった味だが……ケッコー飲みやすい上にスルスルと喉を通っていくじゃねえか?

でも、何だ?この少し苦味が混じった様な変わった味と喉越しは?今まで飲んだ事のねえ味じゃねぇ……あ、あれ?

 

少しばかり苦味が混じった飲み物の味に疑問を持っていると、今度は目の前の景色がぐわんと歪んで見えてきた。

それだけでは無く、心なしか心臓の動悸も激しくなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うぁ、あ、あれれ?め、目が回ってやがる……なんかヤケに喉と心臓の辺りが熱くなってきた様な気がす……る……。

 

 

 

 

 

その妙な喉越しと心地よい浮遊感を感じたのを最後に、俺の意識は強制的にブチ切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?おかしいねぇ……柴田先生から預かってたブッカーズ(バーボン、63.5度)が無くなってる……もう柴田先生が持っていっちゃったのかしら?」

 

厨房のドリンクが置いてある戸棚の前で首を傾げながらそう呟く食堂のマダムが居たらしいが、それは誰も気付かなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

(あむ♪……美味しい♪……すっごく楽しいパーティーだったなぁ。元次君ってホント何でも出来るんだね……さ、さっきのコメントも……か、カッコ良かったし……)

 

夜竹は自分で選んだデザートのプリン・ア・ラ・モードを口に運びながら、今日の出来事を思い返す。

思いだされるのは先程、自分の想い人が男らしく堂々と宣言していた時の雄々しい横顔であり、夜竹はそのカッコよさに顔を赤く染めてしまう。

 

 

その日、夜竹さゆかはとても幸せな気分だった。

 

 

それこそ笑顔が絶えず、何時もより心なしかテンションが上がっている事が自覚できるぐらいに。

理由はとても単純であり、今回の織斑一夏クラス代表就任パーティーにおいて、とても美味しい料理とデザートを食べれた事。

もう1つは、IS学園にたった2人しかいない男性IS操縦者の1人であり、夜竹が今とても気になっている男子である元次の隣を占領出来ているからだ。

彼女はこれといって特技や趣味があるわけでもない只普通の女の子だと自負している。

親友である谷本癒子の様な明るさがあるわけでもなく、相川の様な元気ハツラツとしたノリがあるわけでも、本音の様な癒しがあるわけでもないと。

小学校も中学校も普通の女子校であり、今まで何か特別な事を体験した事も無い。

何処にでもいる普通の女の子、それが夜竹が自分の印象だとずっと思っていた。

勉強も運動も中間くらいで、唯一得意なのは料理を作る事くらい、ISの適性値に関しても、IS学園に入学できるくらいギリギリだった。

 

そんな彼女が、一夏や元次の様な存在が気になる様になったのは必然だったかも知れない。

最初の自己紹介の時、夜竹は元次の出で立ちにとても強く惹かれた。

同い年とは思えない程に引き締まった体、強い生き物を彷彿させる鋭い瞳、時折魅せる優しい笑顔。

それだけの事、つまり容姿だけなら夜竹は元次の事を気にするだけで、今の様に態々隣に座りたい等とは思わなかったかもしれない。

だが、元次は見た目だけのこけおどしでは無かった。

セシリアがクラスで接触し、理不尽な物言いをしてきた時も、元次は威風堂々とした佇まいを崩さずにセシリアに向かって言葉を返していた。

たったそれだけの事でも、夜竹は物凄く驚愕したのを鮮明に覚えていた。

この女尊男卑の時代、例え女に理不尽な事を言われて歯向かったとしても、男だからという理由で逮捕されかねない。

そんな時代の風潮があるというのに、元次はそうするのが当たり前という振る舞いで1歩も引かなかった。

更にセシリアが元次の家族を侮辱した時も、彼は媚びる事もせずに己の怒りを露にした。

その時はさすがに恐怖した夜竹だったが、思い返せば家族の為に怒り、時代の風潮にも逆らう元次の姿はとてもカッコいいと思っていた。

 

極めつけはこの前のクラス代表決定戦。

 

自分よりもISの稼働時間が決定的に少ないにも関わらず、専用機を与えられた代表候補生のセシリアを相手取って文句無しの勝利を飾った。

武装を一切使わず、拳と蹴りという圧倒的に不利な戦いでも、元次はセシリアと互角、いやセシリアを完全に上回った大立ち回りを演じていた。

その姿に、夜竹は心臓の鼓動が収まらず、その日は中々寝付けなかったのを覚えている。

だが、どれだけ心を躍らせても、自分は所詮普通の女の子。

そんな目立たない自分なんかが元次の様なカッコイイ男に振り向いてもらえるワケがない、と、夜竹は心の中で半ば諦めていた。

それでも諦めきれない想いが、せめて元次に彼女が居ない今ぐらいは、彼の横に座る事ぐらいは良いだろうと考えて夜竹は元次の隣に座っていた。

 

 

夜竹はそんな儚い想いを抱きながら、自分の隣に座っている元次の顔を見ようと、おもむろに視線を上に上げて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒック……うぃ~……ごくごくごくごくッ……ぷはぁ!!こりゃうめえ!!何だこのチョーシぶっこいたドリンクはよぉ!?ヒック……かっかかかかかかか!!」

 

上機嫌に茶色いボトルを傾けて中身をラッパ飲みする、顔が真っ赤に染まった元次が見えた。

 

 

 

 

 

(……え?)

 

ここで一度、夜竹の脳は目の前の光景に活動を停止してしまう。

おかしいなと思いつつも、夜竹は一度元次から目を離して目を2,3回瞬きしてみる。

目の前に見えるのは今食べていたプリンの皿、別段おかしな所は無い。

つまり自分の視覚は正常に動いている。

多分何かの見間違いだろう、うん、絶対そうだ、と彼女は自分に言い聞かせる様に心の中で反復する。

そして深呼吸をして、夜竹はもう一度元次を見るべく顔を上げた。

 

「んぐんぐんぐんぐ……はぁ、最高に美味え……う~ん?どぉしたぁ夜竹ぇ?なぁ~んでそんなにジロジロ見てくるんだ?」

 

「え!?な、何でもないよ!?気にしないで!!」

 

だが、振り向いた先に居た元次は、豪快にボトルの中身を煽っていたにも関わらず夜竹の視線に気付いて声を掛けて来た。

妙に呂律のおかしな声だったが、夜竹はそれよりも行き成り目がバッチリ合ってしまった事に驚いてしまう。

気恥ずかしさから反射的に何でも無いと返事をして、夜竹はもう一度視線を俯ける。

 

「あぁ~ん?(ぐいっ)」

 

「へ?……え、えぇぇ!?げ、元次君!?」

 

唐突に視界一杯に飛び込んできた元次の楽しそうな顔に、夜竹は顔の熱が上がっていくのを自覚した。

 

「へっへっへ。どぉしたよ?そんな素っ頓狂な声あげちまって……顔も真っ赤じゃねぇか?」

 

「え、ぁ!?だ、だってこんなちか、近くに!?」

 

如何にも面白い物を見つけたと笑う元次に、夜竹はしどろもどろになりながらも何とか言葉を紡ごうとする。

元次が行ったのは実に単純な事で、俯いた夜竹の顎に指を添えて、自分の正面を向くように持ち上げただけであった。

だが、行き成り想い人の顔がドアップで近づいてきた夜竹にとってはそんな単純な事では済まされなかった。

普段の彼女なら、この元次の行動はおかしいと感じたかも知れ無いが、夜竹は今、羞恥心の所為で冷静な思考が出来ていない。

それが夜竹の抵抗力と発言力を奪ってしまったのである。

元来、夜竹という少女は引っ込み思案な所があり、元々誰かに言葉を投げ掛けるのは苦手な所がある。

それが今まで禄に話した事がなかった『異性』という要素によって、更に彼女は言葉を発する事が出来なくなった。

だが、そんな夜竹の乙女な事情もお構い無しに、元次は更に行動を加速させる。

 

「何だ?ひょっとして俺に見られてんのが恥ずかしいってか?……くくっ、イジらしいっつうか、可愛いトコあんじゃねぇの」

 

「か、可愛!?そ、そそそそそうじゃなくてね!?だからその、何て言うかその!?……あ、あの……(モジモジ)」

 

行き成り発せられた爆弾発言に夜竹は恥ずかしさから視線を外そうとするが、顎に指を添えられていて動けなかった。

そのために、視線を右往左往させるというせめてもの抵抗を実行する。

いや、それ以外に有効な手立ては一切無かったと言うべきか。

オマケにさっきまで心の中で『自分はとりえの無い普通の女の子』と考えていたのに、行き成り元次に『可愛い』と言われた事で、夜竹の頭は爆発しそうだった。

その言葉と視界に広がる元次の優しい微笑みが、元次の顔を直視できない原因へと加えられていく。

 

「ほぉ~?俺の言ってる事が違うってんならよぉ(ぐいぃっ)」

 

「あ……あぁぁ……だ……だめぇ……こんなの……だめだよぉ(グルグル)」

 

そして、何とか視線を逸らして恥ずかしさから逃げようとする少女を弄ぶかの様に、ケダモノは追い討ちを掛けていく。

先程から獲物の顎を掴んでいた指に傷つけない様に力を篭めていき、更に顔を接近させたのだ。

傍から見ればもはやキス一歩手前といった具合の距離まで接近され、夜竹は目をグルグルと渦巻きの様に変化させてしまう。

思わず拒絶の言葉を出してしまうも、身体と心は悦んで元次に身体の主導権を預けていた。

もはや何処へ視線を向けても、視界に入るのは目の前の男の楽しそうな顔だけ。

元次の体から漂う雄の香りに思考は麻痺し、身体の自由を奪う強椀に、夜竹の中にある女の本能が歓喜に打ち震えて屈服していく。

 

そして……。

 

「俺に見られて恥ずかしくねえってんなら、目ぇ逸らしてねえで……俺だけを見ろ」

 

「…………ぁ」

 

途轍もなく強制力のある雄の言葉と、絶対的強者を思わせる元次の力強い瞳を最後に、そのまま夜竹の視界は黒に呑まれ……。

 

「……ぁぅ(ぱたり)」

 

やがて夜竹は考えるのをやめた。

 

 

 

 

夜竹さゆか、回路ショート。

 

 

 

「ん?おいどぉした?……何だ、寝ちめえやんの」

 

と、夜竹が目を回して気絶したのを確認した元次は、彼女の顎に添えていた指を離して椅子に凭れかかせた。

なるべく苦しくならない様に、頭を背もたれに寝かせる様にしてから元次は自分の座っていた体勢を更に深く背もたれに預ける。

傍から見れば、ギャングが堂々と座るような形のその座り方は、ある意味元次にピッタリの座り方だ。

そのままの体勢で、元次は片手に持っていた茶色のボトルに口を着けて、またもや豪快に中に入っている謎の液体を飲み始めた。

 

「……こ、こら~~!!な~にしてるの~~!?」

 

「んぐ?」

 

だが、そんな風に少女1人を気絶に追い込んでおきながら、普通に飲み食いを再開する元次に物申す声が聞こえた。

その声に従って元次が視線を向けると、其処には両腕を腰に当てて頬をこれでもかと膨らませた本音が居た。

ご丁寧に食べていたデザートは空の状態で、スプーンも行儀良く皿の上に置いてあった。

 

「んぐ……ふぅ、どした本音ちゃん?そんな大声出して?」

 

そして、自分自身にご立腹顔を見せているのに気付いた元次は、再びボトルから口を離して不思議そうに問いかけた。

だが、そのまるで何事ですか?といった表情を見せる元次が気に入らなかったのか、本音は形の良い眉毛を上へ吊り上げてしまう。

 

「どぉした?じゃな~~い!!私は今、さゆりんと何をしてたのって聞いてるんだよ~!!答えなさ~~い!!」

 

そう言って頬を膨らませた顔で「私、不機嫌です!!」と露骨にアピールしてくる本音に、元次は益々首を傾げた。

元次からすれば怒りながら、両手をバンザイさせて降ろす仕草を何度も繰り返すというのは微笑ましい仕草なのだが、これは本音の精一杯の怒りの表現だったりする。

 

「いや、何って言われてもなぁ……夜竹がちゃんと俺の目を見ねえから、話す時は俺の目を見ろって言ってただけだぜ?」

 

と、至極当然ですと言った具合に返す元次だったが、その顔の赤みは半端では無かった。

だが、嫉妬に身を焦がす本音は冷静にその辺りが見る事が出来ず、そんな元次の変化にも気付けなかった。

 

「それを言うために~あそこまで顔を近づける必要は無いでしょ~~!!ホントはゲンチ~がさゆりんに近づきたかっただけなんじゃないの~~!?」

 

「はぁ?……何でそぉなったんだ?」

 

「知らない知らない知らないよ!!もぉゲンチ~なんか知らないよ~~だ!!」

 

まるで訳が分からないといった表情の元次に、本音は叩きつけるように拒絶の言葉を吐き出して元次から視線を外してしまう。

そのまま本音は反対側に顔を向けたまま目を瞑り、席に座り直して押し黙る。

 

(うぅ~!!ゲンチ~のばかばかばか!!謝っても絶対に許してあげないもん~~!!)

 

本音からすれば、今日という日はとても良い日であったというのに、最後の最後で台無しになった気分であった。

午前中の授業で、元次が千冬をお姫様抱っこした時こそ機嫌が悪かったが、昼休みに元次の膝枕でぐっすりと眠った事でそれは忘れた。

更に今日のクラス代表就任パーティーで、元次の美味しい料理とデザートに舌鼓を打てた。

好きな男の膝でぐっすりと眠り、更に好きな人の心が篭った料理を食べる……これで終われたなら、本音の機嫌は良いままに今日と言う1日は幕を閉じたであろう。

だがそうはならず、本音は目の前で起きた出来事に憤慨していた。

楽しく幸せな気分で美味しいデザートを味わっていた自分の直ぐ傍、それも真横で、自分と違う女の子とラブコメをされたのだ。

何やら騒がしくなっていた隣に視線を送れば、もうキス目前ですといった具合の距離で見詰め合う元次と夜竹。

その光景が本音の心をとても強い嫉妬心で瞬く間に埋め尽くしてしまった事で表に表れたのが、今の元次へ叩き付けた癇癪にも似た言葉である。

何時もなら元次が謝ってくれば許してあげる心の広い本音だったが、今回に関しては許すつもりは毛頭無く、暫く元次とは口を聞くつもりは無かった。

 

「ふむ?……よっと(がばぁっ)」

 

と、本音が元次の為した所業に心底腹を立てているにも関わらず、自身の後ろで何やら気の抜けた声を出して何かをし始めたのを本音は感じ取った。

だが、彼女は元次に対して怒っているので、例え何をしようが何を言われようが全て無視するつもりだった。

コレを機に、思いっきりヘコんで反省してくれればいい。と本音は自身の内に渦巻く嫉妬の感情に身を任せていた。

 

 

 

そう、例え『自分の腰に何かが巻き付く』感触がしようが、少しばかりの『浮遊感』を感じようとも自分には関係ないと……。

 

「……ふぇ?」

 

ここで1度、本音の思考は疑問を感じて動き出した。

そう、今の彼女が感じているのは僅かばかりの浮遊感があった事と、今も現在進行形で腰辺りに感じる硬い何かの感触だ。

つまり、自分の身体に何かがあったということは理解できた。

これはさすがに知った事ではないと無視する訳にもいかず、本音は閉じていた目を開けて視界を開いた。

 

「……(じ~っ)」

 

そして本音の視界に飛び込んできたのは、自分を不思議そうに見つめてる元次の顔のドアップだった。

2人が見詰めあうその距離、約3センチと少し。

本音は目の前の事態が飲み込めず、数秒間タップリと沈黙し……。

 

 

「……ふえ?……ふえぇぇぇえ~~!?」

 

絶叫した。

 

 

まるで水が紙を侵食するかの如く、本音の顔は首元からグングンと赤色に染まっていく。

その状態で自分の格好を見下ろすと、まず腰に何かが巻き付いてる感触の正体は元次の太い腕だった。

本音の右側から腕を廻し、手で反対の腰を苦しく無いように加減して掴んでいる。

そして少しばかり感じた浮遊感というのは、座っている位置が違う事から、身体を持ち上げられたモノだという事に気付いた。

本音が腰を下ろしているのは先程座っていたソファの椅子では無く、その隣に座っていた元次の足……その丸太の様に太いふとももの上だった。

 

(な、何で何で何でぇ~~~!?何でこんな事になってるのぉ~~!?)

 

だが、自分の体勢を確認した所で今の現状に至った理由が分かるワケも無く、本音の頭は絶賛パニック中だ。

そんな風に焦り混乱している本音の心中など知った事じゃないとばかりに、元次は表情を笑顔に変えていく。

 

「ワリィなぁ、本音ちゃん。俺が構ってやれなかった所為で、寂しい思いさせちまったみてえでよぉ」

 

「うぇえええ!?ち、ちちちちち違うよぉ~~!!そ、そんな、さ、ささ寂しいなんて……寂しいなんて事ない~~!!」

 

そして元次の口から吐き出された的を射た言葉に、本音はドキリとする心臓を誤魔化そうと否定の言葉を返す。

しかし本音が首をブンブンと音が鳴るぐらいに振りながら紡いだ言葉を聞いても、元次は笑顔を崩してない。

 

「へへっ、そんな真っ赤っ赤な顔で言っても説得力無えぞ本音ちゃん?正直に言えたら、ご褒美にいっぱいナデナデしてやるからよ、素直に言ってみ?」

 

「はぅ!?だ、だから……その……うぅ~(真っ赤)」

 

畳み掛ける様に甘い誘惑を乗せた言葉を聞いて、本音は恥ずかしさで俯き、その赤く染まった顔を隠してしまう。

もし言ってる事が外れだったら恥ずかしすぎる台詞だが、元次はあくまで余裕の表情を崩したりはしない。

本音の本心と答えが判りきっているからこそ、元次は其処につけ込む様に言葉を掛けたのだ。

そして元次の考え通り、本音は心中で欲している願望と羞恥の狭間で葛藤していた。

自分が夜竹に嫉妬していたのは間違い無く、自分が元次に構って欲しくて怒っていたのも当たっている。

正直に、一言だけ言えば、あの優しく撫でてくれる心地良さが手に入る。

だがしかし、それは自分が嫉妬していたというのを肯定するのに他ならず、それはそれで恥ずかしいという思いもあった。

オマケに本音の心が素直になれない理由はもう一つあった。

 

それは……。

 

『『『『『……(ゴクッ)』』』』』

 

(み、見られてるぅ!?すっごい見られてるよぉ~~!?)

 

今この食堂に居る生徒全員の目が、全て本音と元次に集中しているのが素直になれない理由であった。

彼女達野次馬の視線は、『羨ましい!!』と『先の展開にワクワク♪』といった二つの思いにキッパリと別れていた。

先程の夜竹の時からこの視線を受けていた元次だったが、『今の状態』の元次には差したる問題ではなかったので、元次はその視線の全てを無視していた。

だが本音はそうはいかなかった、だからこそ衆人環視の目の前で元次に甘えるという選択肢を素直に選べなかったワケだ。

それを身体で表現するかのように、本音は俯いていた顔を少しだけ上げ、チラチラと元次を盗み見る。

本音の小動物を思わせる仕草を見ていた元次は、そのいじらしい仕草に笑みを優しくした。

 

「さ、もう一度聞くぜ?……本音ちゃんは、俺に構って欲しいのか?……ん?」

 

「う……………………ぅん(コクンッ)」

 

そして、甘く、まるで凝縮された蜂蜜の様に何処までも甘美な誘惑に本音は負けた。

恥じらいの気持ちに心を惑わされて大きな声は出なかったが、自分の意思を伝える様に、しっかりと頷く。

本音の可愛らしい返答に元次は満足そうに頷く。

 

「よろしい、正直な良い娘にご褒美だ……好きなだけ撫でてやるよ(ナデナデナデナデ)」

 

そのまま流れる様な動作で左手を本音の頭に乗せ、ゆっくりと優しく撫でてあげ始めた。

頭の天辺から下に降りて本音のうなじ辺りまで手を降ろしてから上に上がり直すという念入り且つ丹念なやり方で、だ。

何時ものように頭の上だけを撫でる簡単なやり方では無く、とても丁寧な撫で方に本音は緩む口元を抑える事が出来なかった。

 

「はぅ♡……うにゃぁ♡」

 

そんな風に何時もより甘やかしてくれる撫でを受けた本音は、その思いに心が暖かくなるのを感じていた。

今このご褒美を受けていられるのなら、先程の羞恥心など微々たるものだ。

ずっと、何時までもこうやって自分にだけ優しくしていて欲しい、本音の頭の中はそんな思いで溢れかえっていた。

溢れんばかりに湧いてくる淡い想いが心の中だけで納まりきらないかの如く、本音の表情はトロンとした笑顔になっていく。

 

「まるで猫みてえだな、本音ちゃんは……可愛い過ぎて、撫でる手が止まらねえじゃねえか(ナデナデナデナデ)」

 

「あうぅ……恥ずかしいよぉ♡……も、もぉやめてぇ~♡」

 

「あ?何言ってんだ。そんな蕩けたツラで嬉しそうな声出してる癖しやがって……おら、もっと可愛がってやるからこっち来な(グイッ)」

 

「んあぁ♡……だ、だめなの、にぃ……けだものぉ♡」

 

言葉だけ聞けばイケナイ事をしている様にも捉えられるが、実際はそんな疚しい事では無い。

只、元次が本音の頭を撫でながら腰に廻した腕に力を篭めて、膝の上とは言え離れていた本音を自分に密着させただけの事だ。

元次の右ひざの上に座っている本音は、その強引な力に身を任せて上半身を元次の身体にもたれさせていた。

両手は膝の上で組み、目を細めて笑顔のまま頬っぺたを元次の胸板にスリスリと擦りつけるその様は、まさしく甘えん坊の猫そのものだ。

本音自身は口では嫌がる言葉を出していたが、身体と心は全くの正反対な行動をしている。

 

「くくっ、ホント甘えん坊だな、本音ちゃんは……スゲエ可愛い子猫ちゃんだ……(グイッ)」

 

「あっ……」

 

そんな風に甘えまくってくる本音に気を良くした元次は、先程夜竹にしたのと同じ様に本音の顎に指を添えて持ち上げる。

いきなり顎先を持ち上げられた本音は驚くも、元次のやる行動に、一切の拒否を示さない。

そうして、蕩けた瞳の本音と面白そうな笑顔を浮かべる元次が近距離で見詰めあい……。

 

 

 

 

 

「そんなに俺に甘えてぇならいっその事、俺が『飼ってやろうか?』……そうすりゃ『一生可愛がってやるぜ?』」

 

この一言が脳髄から爪先に十万ボルトは軽くある電流が流れ、本音は胸の高鳴りが抑えられなくなった。

それこそ密着している元次に聞こえてしまうんではないかと心配してしまう程に、心臓は激しいビートを刻んでいる。

いくら「落ち着いて」と命令しても、心臓の鼓動は激しさを増して、顔の熱は限界を突破していく。

普段の元次なら絶対言わないであろうセリフ、そして傍から聞けばトンデモない『俺のペットになれ』宣言に、本音の頭は甘い痺れに犯され……。

 

「……きゅぅ(コテン)」

 

その得も言われぬ激しい幸福感に包まれたまま、本音は眠りについた。

先ほどの夜竹の様に目を回してではなく、正に幸福の絶頂といわんばかりの笑顔で……。

 

 

 

 

布仏本音、オーバーヒート。

 

 

 

「……ん?……ありゃ、本音ちゃんもかよ……しょ~がねぇ~なぁ」

 

ここで本音を気絶させた元凶である筈の元次は、本音が気絶した事が自分の所為では無いとばかりに声を挙げる。

まるで「まったく仕方ねえな」とでも言いたそうな雰囲気を漂わせながら、本音の顎を支えていた手を離して自分の後頭部をガリガリと掻く。

その一連の行動に、食堂に居る生徒達は『『『『『オメーの所為だろーがッ!!』』』』と、心の中でシンクロしていた。

ちなみにこういう時にストッパー役になりそうな一夏はというと、セシリアと箒に目と耳を塞がれていて状況が分かっていなかったりする。

それの所為で外の状況が掴めず、2人の拘束を振り払おうとすれば2人から強烈な肘打ちをもらったので、今は静かにしている。

だが一夏の視覚と聴覚を塞いでいる2人はというと、目の前で行われていた嬉し恥ずかしドッキリイベントに目が釘付け状態だ。

しかも顔を赤く上気させながら時折一夏を盗み見る辺り、2人の脳内はピンク色真っ盛りかもしれない。

でもそんなの関係ねえ!!とばかりに、元次は膝の上で幸せそうな顔を浮かべたまま気絶している本音の膝裏と背中に手を回して、座った体勢のまま器用に抱き上げた。

そのお姫様抱っこを見た瞬間、食堂の視線にもう一つの意味合いが篭められる。

『羨ましい!!本音ちゃん変わって!!』という羨望の眼差しだ。

傍から見れば間違いなく「美少女と野獣」というお姫様抱っこの絵図に、「インスピレーションが沸いてきたぁぁああ!!」と興奮する女子も居たが。

周囲から注がれる数多の視線による嵐を物ともせず、元次は本音を最初に座っていたソファーに優しく寝かせてやっていた。

野獣の手に抱えられている純真無垢なお姫様は、ソファーに降ろされても、幸せそうに笑顔を浮かべている。

その幸福感に包まれた表情を一頻りジーッと見つめて満足したのか、元次は良しっと頷きを1つして、再び席にドカッと乱暴に座った。

そして恒例の如く、またもや茶色いボトルに口を着けてラッパ飲みを再開していく。

とりあえずはコレで終わりだろうと安堵する者も居れば、次は私が、と期待に胸を膨らませる者も居る中で……。

 

 

 

「あっ、間に合って良かった~♪って夜竹さん!?布仏さんも!?な、なんで顔を真っ赤にして倒れてるんですかぁああ!?」

 

新たな贄が、何も知らない哀れな小動物を思わせる女性がトコトコとケダモノに近付いてしまう。

そう、正しく鴨が葱も味噌も肉も鍋も、ついでにガスコンロまで背負ってきた……そんな表現がピッタリの女性……。

 

「げ、元次さんも一体何があったんです!?顔が凄く赤いけど、もしかして風邪ですか!?」

 

外見はパッと見、少女のソレだが、ある一部分はとてもアダルトな主張が激しい山田真耶という小動物が野獣の前に現れてしまったのである。

 

 

 

真耶は食堂に着くなり、席にもたれ掛る様に寝て(気絶)いた夜竹と本音に絶叫するも、更に元次の顔が異常に赤い事に気付いて、元次に詰め寄っていく。

仕事を終わらせて元次の手料理に舌鼓を打った彼女は、その料理スキルの高さに驚愕しながらも、食堂で待ち構えるデザートに心を躍らせていた。

何より、彼女にとっては、元次と初めて共にする夕食であるので嬉しく無い筈が無い。

本来なら一緒にココへ来る筈だった千冬は、教頭からいくつかの連絡事項があり、少し時間が掛かるので一緒には来ていない。

その時の千冬の表情はというと『感情だけで人を殺せる』としか言い様が無かった。

元々内気気味な所がある真耶がそんな怒りの雰囲気に堪えられるワケが無く、急いで職員室から逃げ出してきた所だった。

若干上目遣いで心配そうな表情を見せる真耶に、元次は等々カラッポになった茶色のボトルを脇に置いて、真耶に笑顔を向ける。

 

「おぉ~う、いらっしゃい真耶ちゃん。来るの待ってたぜ?……ヒック」

 

「あっ、いえ、遅くなっちゃ……ってそうじゃなくて!?元次さん大丈夫なんですか!?顔の赤さが尋常じゃ無いですよ!?」

 

何やら的外れな返事をもらった真耶は普通に返そうとしてしまうが、途中で我に帰って元次に質問を投げ返した。

そんな真耶のリアクションが面白かったのか、元次は笑顔のまま片手を顔の前で左右に振る。

 

「心配すんなって。別に風邪なんざ引いてねえからさ」

 

「で、でも、なんだか、顔がタコさんみたいに真っ赤になってますけど……」

 

あくまで軽く返してくる元次に、真耶は不安を隠しきれずにチョコチョコと歩いて元次に近づきながら言葉を掛ける。

普通に聞けばかなり失礼な物言いだが、元次は全く気にしていないようで、笑顔は全く変わらなかった。

 

「だぁから、大丈夫だっつってんだろー?そんなに俺の言葉は信用できねえか?」

 

「そ、そういうワケじゃないですよ!?只、その……どうしてもし、心配で……(ウルウル)」

 

真耶はそう言いながら元次に更に近づいて瞳を潤ませる。

それだけ純粋に自分の身を案じてくれている真耶の優しさを感じて、元次は嬉しそうに笑った。

 

「へへっ、真耶ちゃんはホントに優しいなぁ……まぁ心配してくれてんのはありがてえが、ホントに大丈夫だからよ?そんな不安そうな顔しねえでくれって(ナデナデ)」

 

「ふぇ!?あ、あの元次さん!?こ、こここれはえっと!?……あぅ」

 

突如、元次が起こした行動に真耶は素っ頓狂な声を挙げて驚いた。

元次がした事は、只自分の傍まで近づいてきた真耶の頭を本音にしたように優しく撫でてあげるという、至ってシンプルな行動だった。

幾ら外見が実年齢より幼く見える真耶でも、彼女は立派な成人女性。

そして学園での元次と真耶の立場は教師と生徒という関係上、こういったイベントは全く無かった。

真耶自身は、いつも元次に頭を撫でられている本音を羨ましく思う反面、自分がされるのは子供扱いになるのでは?という複雑な思いもあったりする。

そんな乙女らしい複雑な思いがあったというのに、目の前の男は只楽しそうに笑って無遠慮に頭を撫でてきた。

男らしい無骨な手の平が自分の頭を優しく往復する度に、真耶の中で妙にくすぐったいというか、今まで体感した事のない不思議な気持ちが渦巻いてくる。

気分が悪いワケでも無いが、何やら気恥ずかしいのも確かで難しい感覚だと、真耶は感じていた。

そんな風に真耶が頭の中で妙な感覚を味わっている等とは露知らず、元次は目の前で若干俯きながら頭を撫でられている真耶を楽しそうに見ていた。

行き成り頭を撫でられるという行為に慌てて振り回していた細い腕も、今は所在なさげにお腹の辺りで組まれ、親指同士をぐにゅぐにゅと捏ね合わせている。

時折、俯いた顔を上げて上目遣いに元次を盗み見る真耶だったが、目が合うと恥ずかしさから直ぐに目を伏せてしまう。

 

「まっ、とりあえずはここまでにしてっと(スッ)」

 

「うぅ……あっ……(しょんぼり)」

 

そうして恥ずかしがる真耶を見て楽しんでいた元次だったが、唐突に真耶の頭から手を離して撫でる行為を中断した。

先ほどまで自分の頭に掛かっていた心地良い重みと暖かさが急速に失われて、真耶は顔をがっかりとした表情に変えてしまう。

 

「さぁ真耶ちゃん、これが真耶ちゃんの分のデザートだ。是非味わってくれ」

 

と、元次はテーブルの上に置いておいたイチゴのショートケーキを指差して、真耶に声を掛けた。

元次が指差すショートケーキは、従来の三角形のケーキではなく長方形の形をした珍しいケーキだった。

3枚に重ねたスポンジ生地に生クリームをサンドし、更に薄くイチゴ風味のシロップが重ねてある。

その断層一段一段に小さくカットされたイチゴの赤い肌が見え隠れしている。

最上段にはイチゴを丸々1つ乗せている所は、定番を抑えた形だ。

だが定番だからこそ、女性からの受けは非常に良い。

現に、そのケーキを見た真耶も、しょんぼりした顔が直ぐに輝き始めた。

 

「わぁ……!!凄い美味しそうですね♪態々ありがとうございます♪」

 

真耶はそう言ってケーキから元次に視線を移す。

お礼を言われた元次の方は、先ほどと同じように手を左右に振って「いいっていいって」と返した。

そんな元次に微笑みながらも、真耶は目の前に置かれているデザートを食べようとテーブルに近づくが……。

 

「あっ……席が空いてないですね……」

 

真耶はそう言って辺りをキョロキョロと見渡す。

今現在、元次の左右の席は気絶した夜竹と本音の2人に占領されて座る事が出来ない。

ならばと他の席周りを見渡してみたが、どこもかしこも1組の生徒に占領されており、座る場所が無かった。

だがそれは仕方ないだろう。

元々このパーティーは1組の生徒だけで行う筈のものであり、そこに千冬と真耶は入っていなかった。

だからこそ、このパーティーから外れた他の食堂の席に座るしかない。

それはそれで疎外感があって余り嬉しく無い事だが、それも仕方無いかと、真耶は諦めていた。

 

「あはは……せ、席が空いてませんので、向こうで食べてきますね」

 

真耶は元次に苦笑いしながら、元次の目の前に置いてあるケーキを取ろうと、テーブルに手を伸ばす。

 

「なぁに言ってんだよ真耶ちゃん、席が空いてねえんならココに座りな(ガバッ)」

 

「え?きゃっ!?……え?えぇ?えぇええええええええ!!?」

 

と、真耶がケーキを取ろうと伸ばした手を元次が掴み、困惑する真耶に構わずそのまま自分の前まで引っ張っていく。

更に元次は足を少し開き気味にして、真耶の手を掴んでいた左手を腰に回して軽く持ち上げてしまう。

そのまま本音にしたのと同じ要領で、元次は自分の膝の上に真耶を座らせ、腰に回した左手で、真耶のバランスを支えていた。

一方で行き成り引き寄せられて悲鳴をあげた真耶は何時の間にか元次の膝の上に腰を下ろしている自分を見下ろして……。

 

「あ、あわわわわわ!!?げ、げげげげげ元次しゃん!?は、はんにゃらりへふにょ!?」

 

一気に顔が熟れたリンゴ色に変色していった。

ご丁寧に言語機能も粉微塵に壊れてしまったのか、真耶は声にならない悲鳴をあげてしまう。

一体今日だけで何度目の悲鳴であろうか、そしてその悲鳴の元凶は何時も同じ男である。

もはやお決まりとなったこの悲鳴を合図に1組の女子、いや食堂の女子生徒全員から視線が再び元次達に集中する。

 

「ココなら移動する必要もねえだろ?1人ボッチなんて可哀想なマネはさせらんねえからよ」

 

だが、そうやって真耶が真っ赤になりながら慌てふためこうとも、元次は楽しそうな笑顔を崩す事はなかった。

一方で元次の膝上に座る真耶は真っ赤な顔から大量の蒸気を吹きつつも、元次に遠慮するような表情を浮かべる。

 

「で、ででで、でも……ぁの……くない……です、か?」

 

「……あん?何だって?」

 

そして、遠慮気味に顔を少しばかり伏せたまま、真耶はチラチラとメガネを通して元次を盗み見る。

更に口元をおちょぼ口にしてボソボソと小さい声量で何かを呟いた。

彼女の両手は膝の上でスカートの端をキュッと握りしめていて、時折所在なさげにモジモジと動かしていた。

勿論、聞こえない声量で何かを呟かれた元次は、首を捻りながら真耶に質問を返す。

 

「~~~~~~~~ッ……だ、だから……ですね?」

 

元次に声が届いていなかったの所為でまた伝えたい事を言わなくてはならない真耶は、ギュッと目を瞑ってしまう。

もう一度目を開けたかと思うと、視線を右往左往させながらスカートを握っていた両手を離して、人差し指同士をツンツンさせ始める。

暫くそうやってツンツンしていたが、今度は顔を俯けたまま、元次の顔を覗き見ると……。

 

 

 

「その……お……重く、ないです……か?…………わ、私が乗っていて……」

 

 

 

とても女の子らしい、異性に聞かれたく無い言葉を恥ずかしそうに口にした。

この質問に、元次は顔をきょとんとさせてしまう。

だが、直ぐにこの質問が何を指してるのかを理解すると、元次はさっきまでの面白いモノを見る笑みではなく優しい笑みを見せた。

 

「くくっ、問題ねえよ、むしろ軽すぎてちゃんと飯食ってるか心配なぐれえだ……それに、見くびってもらっちゃあ困るぜぇ真耶ちゃん?」

 

元次は優しい声で、膝の上で恥ずかしそうにしている真耶に答えながら、真耶を支えていない右腕に軽く力を篭めていく。

そのまま右腕の力こぶを魅せつけるかの如く、マッスルポーズを取った右腕を真耶の視線まで持ち上げる。

若干伏せ気味の真耶の視線の先には、腕まくりされている黒いカッターシャツを千切らんばかりに膨張している逞しい右腕が掲げられていた。

 

「生憎、こちとら女の子1人支えらんねえ様な柔い鍛え方はしてねえんだ……だから、真耶ちゃんはそんな事気にせずに安心して座ってろ……な?」

 

元次は真耶を安心させる様に柔らかい声で語りかけ、最後にウインクしてみせる。

その言葉を聞いた真耶は目尻に涙を少し溜めたまま恥ずかしそうに頷く事で返事を返した。

 

「良し、そんじゃあ……ほい(スッ)」

 

「……ふぇ?」

 

もはや恥ずかしさでこのまま倒れてしまうんじゃ無いかと思っていた真耶に、元次は軽い感じで声を掛けた。

その声に従って真耶がおもむろに顔をあげてみる……。

 

 

 

「ほれ、あ~ん」

 

 

 

其処にはまたもや楽しそうな笑顔で『一口分に切り分けられたケーキ』をフォークに刺して突き出している元次の姿があった。

この瞬間、食堂の空気は凍りついた。

正に『山田先生羨まし過ぎる!!』という羨望の感情が渦巻き、食堂中を覆いつくしたのだ。

元次と真耶を見詰める、いや穴が空くほど凝視している生徒の中にはハンカチを口で噛み、手で引っ張って悔しがる生徒や『血涙を流している生徒』まで居た。

そんな風におかしな熱気が渦巻き始めた食堂の中、その中心に居る真耶はと言うと……。

 

「…………(ぱくぱく)」

 

目を見開いたまま、陸に打ち上げられた魚の様に口をパクパクと開閉させていた。

彼女の顔色は、赤くなって無い場所を探すのが無理という程に、隙間無く深紅色に染まりきっている。

もはや言葉になら無い、という状況はこういう事なのだろう。

しかしこうやって只時間が過ぎていく、等という都合の良い事は無く、何より元次はそこまで我慢強い人間では無い。

そのまま何度も口をパクパクさせているだけの真耶に焦れったくなったのか、彼女の口が空いた隙を突いて……。

 

「そぉら(スッ)」

 

「(パクッ)んむぅっ!?ふ、んうぅ!?」

 

強引に、真耶の小さな口に向かって捻じ込んだ。

何の前触れも無く行き成り口に異物を捻じ込まれたショックからか、口に突き入れられたモノを咥えたままの格好で少々悲鳴を挙げてしまった真耶。

パニックに陥り掛ける真耶だったが一度口に含んだモノを吐き出す等、女性の出来る行為では無いと押し留まる。

オマケに目の前にいる人物が作ってくれたデザート、それを驚いたという理由で吐き出す醜態は到底晒せるモノでは無い。

そのまま元次は真耶の口にケーキを無事放りこめたのを確認すると、ゆっくりとフォークを真耶の口から引き抜いていく。

完全にフォークを引き抜くと、真耶の口がモゴモゴと動き出して、ケーキを咀嚼し飲み込んだ。

 

「どうだ真耶ちゃん、美味えだろ?……ヒック」

 

「え、あ、ぅはぇ!?(あ、ああ味なんてわかりませんよぉ!?)」

 

夢現といった具合で元次に返事をするも、本来口の中に広がる筈だった苺の甘酸っぱさも生クリームの甘みも、今の真耶には全く感じられなかった。

しかし表面上はちゃんと返事を返したので、元次は真耶の言葉に嬉しそうに頷きながら反応する。

 

「そんじゃあもう一口……ほれ、あ~ん」

 

「(うぅぅ……も、もうどうにでもして下さい!!)……ぁ~ん……もぐもぐ」

 

そして、再び差し出されたケーキと元次の顔を交互に見て悩む真耶だったが、半ばヤケクソ気味にケーキを頬張った。

今の元次に何を言っても無駄、正に暖簾に腕押し、一夏への恋心(総じて意味の無い事)だと真耶は本能的に理解してしまったのだ。

そのままされるがままに、真耶は元次の膝の上に座った状態で、ケーキを一口一口ゆっくりと食べさせられていく。

せめてもの抵抗に目を瞑って心を落ち着けようとするも、腰に回された元次の大きくゴツゴツとした手が、自分の今の状況を明確に伝えてくる。

今の自分は目の前の男の逞しい身体に、文字通り全身で支えられているという事をだ。

更に食堂のありとあらゆる席から注がれる視線のプレッシャーという二重の責めに、真耶の羞恥心はどんどんと膨らんでいた。

勿論恥ずかしいばかりではなく、意中の男性にここまで尽くしてもらっている事の幸福感も半端ではないが、羞恥心とのバランスを考えるとどっこいどっこいだった。

 

「へへへ……さて、残念だが真耶ちゃん。次が最後の一切れだ……よぉく味わって食ってくれよぉ?」

 

と、この羞恥と幸福感に挟まれる奇妙な責め苦の中で聞かされた元次の言葉は、真耶の心に大きな安堵をもたらした。

同時に、この尽くして貰える時間の終わりが訪れた事も考えると、心の何処かでそれを悲しんでしまう。

 

本当に乙女心とは、複雑怪奇にして難解迷宮の如く入り組んでいる。

 

「あっ……はい、わかりました」

 

そして、この奇妙な状況を終わらせるために、真耶は少しだけ考えてから元次に言葉を返す。

その際に瞑っていた目を開けて目の前の元次を見つめると、元次は皿の上のスポンジケーキと一番大きいイチゴをフォークに刺していた。

それを皿から持ち上げて、自分を見つめてくる元次の笑顔に、真耶は心臓が高鳴るのを制御出来なかった。

 

「あいよ。それじゃ……あ~ん」

 

「は、はい……あ~ん」

 

持ち上げられたケーキが少しづつ自分の口元に運ばれていくのを見ているとやはり気恥ずかしくなったのか、真耶は再び目を閉じてしまう。

だが、目的のケーキは真耶の口の近くまで運ばれていたので、別に目を閉じても問題は無いだろうと、真耶は自分を納得させる。

そして、開いた口にケーキが入ってくるのを感じた真耶は、口を閉じてケーキを食べる……さっきまでと『同じ要領』で。

 

「あっ!?おい真耶ちゃ……」

 

と、口に運ばれたケーキを食べた所で、元次の焦る様な声が真耶の耳に聞こえてきた。

さっきまで聞いていたのとは全然違う声音だったので真耶は不思議に思い閉じていた目を開ける。

すると、目を開けた先にあるフォークから『食べ損ねたイチゴとスポンジケーキ』が転げ落ちていき……。

 

「(べチャッ)んん!?」

 

何やら悲惨な音を立てながら、真耶の『ある場所』に落ちてしまった。

行き成り襲ってきた冷たい感覚と、肌に浸透するかの様なヌルッとした感触にビックリした真耶は悲鳴を上げた。

その今まで感じた事の無い感覚に焦りながらも、真耶は自分の口の中にあるケーキをさっさと飲み込んで、自分の胸元に視線を降ろす。

 

「あうぅ……やっちゃいましたぁ……」

 

「あ~あ~。最後だからってイチゴも一緒に食べれると思ったのが駄目だったか……ゴメンなぁ?真耶ちゃん……ヒック」

 

「い、いえ。元次さんの所為じゃありませんから……でも、コレどうしよう?」

 

目の前に広がる光景に、元次と真耶はこぞって困惑の表情を浮かべてしまう。

2人の視線の先に広がるのは、真耶の胸元に落ちてしまった丸々一個のイチゴとスポンジケーキだ。

幸いだったのは、真耶の着ているレモンイエローのワンピースタイプの服は、胸元が少々開かれたデザインだったので、服には付いていない事だ。

そして、落ちたスポンジとイチゴの行方はというと……真耶の幼い風貌に不釣合いな大きさを誇る胸の上に落ちていた。

赤く瑞々しいイチゴは真耶の大きな胸の谷間に挟まれ埋もれる様に、いや実際に埋もれていた。

更に、そのイチゴに付着していた生クリームとスポンジにデコレートされていた生クリームが真耶の胸を汚し、というかデコレートしていた。

健康的な色の染み一つ無い肌に大量の白い生クリームがブチ撒けられてしまっているので、少しばかり大変な事になっている。

真耶の両手は左右に広げて肘を軽く曲げた状態、つまり胸には一切触っていないというのに、イチゴは谷間に挟まれて全く動かない。

その絶望的というか、圧倒的な戦力差に、今までとは違った意味を持った女子生徒の妬みの篭った視線があちらこちらから真耶に突き刺さってくる。

 

「え、えぇっとぉ……ナプキンは……(キョロキョロ)」

 

とりあえず、彼女は自分の胸元にあるケーキの残骸を早く取り除きたかったので、視線を無視しながら拭くものを探し始める。

しかも時間が経つ事に、真耶の体温で生クリームが熔けて服にまで被害が及ぶ可能性があったのだ。

せっかく服だけは汚さなかったのだからそれだけは避けたいと考えつつ、真耶はテーブルの上を見渡していく。

だが、もう既にテーブルの上にあるナプキンは、他の女子生徒達が拭くために使ってしまっていて余りが無かった。

さすがに他の人が手を拭くのに使ったナプキンで胸元を拭うというのは抵抗感があり、真耶はどうしたものかと困り果ててしまう。

そこで真耶は、自分の傍にいる頼れる男に何か手は無いか聞こうと思い、元次に視線を向ける。

 

「……(じ~っ)」

 

「……あ……あの?……元次、さん?」

 

「……(じ~~っ)」

 

だが、視線を向けた先に居る元次は、何処かおかしかった。

コチラの呼びかけに全く反応を見せずに、何故か真耶の胸元に落ちたケーキを穴が開くほど凝視している。

元次の視線に言い知れぬ雰囲気を感じ始めた真耶は、顔が真っ赤になっている元次が何を考えているのか不安になってきた。

そんな事を考えていると、不意に自分の腰を支えていた元次の手が、服の上から背中を滑る様にゆっくりと撫でながら、上へ上へと動き出した。

その動きに困惑していると、元次の腕はあっという間に首元まで這い上がり、真耶の左肩を抱く様な位置で停止した。

つまり、左側の腰の辺りから後ろへ手を回し、真耶の背中を逞しく硬い腕が斜めに支えている状態だ。

それとは反対の腕、つまり右腕が、さっきまで左腕で支えていた腰に入れ替わりで添えられていく。

 

「げ、元次さん?一体何を……」

 

しているんですか?と問いかけようとした真耶に、元次はおもむろに視線を上げて真耶を見つめる。

その真剣な眼差しに心奪われそうになるも、真耶は元次の言葉を待った。

 

「……真耶ちゃん……」

 

「は、はい……何です、か?」

 

そして元次は真耶の名前を呼び、それに対して真耶が返事を返すと同時に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワリィ。もう我慢出来ねえ」

 

獲物を捕食する、獰猛な肉食動物を思わせる笑みを浮かべた。

そのセリフと笑みに真耶の本能が何かを感じ取り、真耶は慌てて元次に声を掛けようとする。

だが、それよりも早く元次は真耶の胸元に顔を近づけ……。

 

「……あ~(ジュルゥッ)」

 

「ひぁあ!!?」

 

そして元次が顔を近づけた次の瞬間、真耶の胸を形容しがたい『ナニカ』が這いずった。

その今まで味わった事が無い電流が流れる様な感覚に、真耶は金切り声を上げて驚きを露にする。

一体何が?と思考を働かせようとするも……。

 

「ん(ジュルッ)ぁむ(ジュラァアアッ)」

 

「ひぐ!?ふぁ、んあぁあああ!!?」

 

再び胸元を『ナニカ』が這いずり、真耶の頭はスパークが散ったかの如く一瞬意識を失いかけた。

何処かへ飛びそうになる意識を必死に引き止めながらも、真耶はこの『ナニカ』の正体が分からず混乱していく。

自分の胸の上をザラザラとした感触、しかし皮膚に吸い付く程に柔らかい『ナニカ』が這い回る感覚を感じはするが、まるで検討がつかない。

しかも先ほど自分の胸に落ちたケーキより、明らかに温度が高い上にヌメヌメとした粘液の様な物が分泌されている。

訳の分からない『ナニカ』の這い回る恐怖に苛まれた真耶は、明らかにこの『ナニカ』の事を知っているであろう元次を、涙を目尻に溜めながら必死に見つめる。

 

「げ、元次さ(ジュルルッ)はぁああああぁう!!?」

 

そして、真耶が必死の思いで見つめた先には……。

 

「んぐ(ヌチャァアア)……うむ(ベロォオッ)」

 

「いぅうッッッッ!?んや、あぁ、あぁああ!?らめ、らえぇええ!!?」

 

その『ナニカ』の正体を目撃した真耶は、ショックで倒れそうになる身体を元次の肩に両腕でしがみ付いて止めながら、叫び声をあげる。

羞恥に顔を赤く染めた彼女の視界には一心不乱に自分の胸に妖しく濡れる『舌』を這わせて、胸に着いたクリームを『舐め取る』元次の姿が写っていた。

自らの想い人に、自分の胸に着いたケーキやクリームを『舐め取られる』という恥ずかしい等と言う話しでは済まない光景。

それが今、真耶の目の前、というより胸中で起こっている出来事だ。

そんな状況の中、元次の舌がもたらす刺激に必死の思いで耐えながら食堂に視線を巡らせれば、其処には唖然とした表情を浮かべる生徒しか居なかった。

ある者はコップを取り落とし、ある者は何も無い空間にコーヒーを注いで床を汚し、ある者は目の前の光景に引っくり返って気絶した。

幾ら何でも、十代のうら若き乙女達には刺激が強すぎたのだろう。

 

 

 

 

 

だがそれでも、この暴走している『ケダモノ』が容赦等する事は無かった。

散々真耶の胸をねぶった事により、真耶の胸の表面に付着していたクリームは全て元次が舐め尽くされていた。

そこで元次は1度真耶の胸から舌を離して舐める行為を中断する。

 

「はぁ……は、ぁ……う……ふぁぁ……(……終わった……の?)」

 

一方で突然訪れた強烈な刺激の波から解放された真耶は、とても荒く、大きい息を吐いてしまう。

顔は恍惚の表情を浮かべ、何時もの小動物を思わせるほんわかとした雰囲気とはかけ離れている程に妖艶な色香を漂わせていた。

薄いピンク色の艶やかな唇の端からは涎が一筋流れ、健康的な色の肌は僅かに赤く染まっている。

エメラルドを思わせる真耶の瞳はこれでもかと淫蕩を帯びてうっとりと潤む様子は、如何に彼女が『感じて』いたかを如実に物語っている。

元次の膝の上に腰掛けている足は、内股に八の字を描き、伝わってくる刺激に耐える様に震えていた。

与えられた刺激によって、まるで弓の様に仰け反った体勢になった身体を支える為に元次の肩から背中に伸ばされた手は、ベットで男にしがみ付く女そのものだ。

しかも男の広く、逞しい背中を確かめるかの様に手の平を開いているので、尚の事想像が逞しくなってしまう。

背中は弓なりに反った所為か、その似つかわしく無い程に大きい双丘が更に突き出されるその様は世の中の男達を奮い立たせる程に扇情的だ。

更にその誘惑と母性の塊である二つの果実が荒く吐き出される呼吸に合わせてブルンブルンと揺れる光景など、もはや雄を誘う雌の動きとしか思えない。

 

 

 

 

 

そして、その『谷間』に挟まれているイチゴなど、目の前のケダモノにとってはエデンの園にある禁断の果実以上に魅惑的な果実だった。

今や思考の9割近くが正常では無い元次がその誘惑に抗える筈も無く、疲労している真耶には一切遠慮せずに顔を近づける。

先程と同じ様に胸元が開かれた胸に顔を近づけつつ、己の舌を限界まで伸ばし……。

 

「あ~(ズプッ)」

 

「ん゛んっ!?はふゅぁあああっ!?」

 

なんと、真耶の胸の谷間の中に何の躊躇もなく奥深くまで刺し込んだ。

しかも胸の頂きという、イチゴの挟まれた場所から随分離れた所に入れ、そのまま刺し入れた舌をゆっくりとイチゴまで近づけていく。

その際に真耶の身体を支えている腕に力を入れて、真耶の身体を逃げられない様に引き寄せた。

 

「ぁああんっ!?ん、ら、らめっ!?こんらろらめらめぇ!!?」

 

対して、強烈な刺激に晒された真耶は、本能的に身体を仰け反らせてその刺激から逃れようとした。

だが背中から肩までかけて元次の腕が支えている為、後ろへ離れる事は全く出来ない。

その耐え難い刺激がゆっくりと真耶の胸の付け根、つまりは肋骨側まで近づいてくる動きの所為で、彼女が感じる刺激はさっきまでの比ではない。

更に真耶がその刺激に喘いでしまった時に、彼女の手から力が抜けてしまった。

そうなると、何とか身体を支えようと震える手に力を篭めたのだが、それは元次の背骨付近を撫でながら滑っていく結果にしか終わらず……。

 

「ふぁああっ……ッッ!ひやっ、あぁああっ、(ぎゅ~)」

 

「む……れぇろ~(ズルズルズルッ)」

 

最終的に手が止まったのは元次の後頭部であり、真耶は元次の頭を抱える様に抱きしめて身体を支えた。

その所為で元次の顔は真耶の胸に埋もれてしまうが、元次は全く気にせずに舌を奥へ奥へと進める。

元次の頭を抱きかかえる真耶の唇はキュッと一文字に紡がれ、漏れ出る嬌声を我慢している為か、フルフルと小刻みに震えてしまう。

傍から見れば対面に座って愛し合い、女が快楽に耐えようと男の頭を抱きしめている様にしか見えない光景だ。

決して食堂という場所でする行為ではない。

やがて、ケダモノの伸ばされた舌が、真耶の胸に埋まる獲物に到達し……。

 

「ん~~(ぱくっ)」

 

「くぁっ、むっ、んくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!?」

 

その大きな胸の真ん中に埋め立てられたイチゴを、シャベルで掬い上げる様な動きで、己が口の中へと運んでいく。

ソレに伴い、真耶の胸奥深くまで差し込んでいた舌を抜き取り、赤々としたイチゴを見せつける様に外気へ晒した。

掘り出された禁断の果実は元次の舌の上をコロコロと転がりながら、口の中へ運ばれていき咀嚼されていく。

そして、喉を鳴らしながらそのイチゴを飲み込んだ元次は、目の端に涙を溜めて震えている真耶へと視線を移した。

 

「ふ~む……なんかイチゴとは違う濃厚なミルクみてえな味がすると思ったら……なぁ~るほどぉ……ヒック」

 

「はひゅ、はぅ……元次ひゃん?」

 

いきなり1人で納得したように自分を見詰める元次に、真耶は飛びそうな意識を保ちながら、呂律の回っていない言葉を搾り出す。

そんな真耶の快楽に打ち震える雌の顔を見ていた元次は、不意に顔を笑みに染め……。

 

 

 

 

 

「この濃厚なミルク味が、『真耶ちゃんの味』ってワケだ……ご ち そ う さ ま ♪ 真耶ちゃんのビッグなマシュマロ、サイコーに美味かったぜ♪」

 

 

 

 

 

暗に、『貴女をたっぷりと味わせてもらいました』という元次のトンでもない言葉を理解した瞬間……。

 

 

 

 

 

「…………ふぁ(ガクッ)」

 

羞恥とその他諸々の限界を突破した真耶は、綺麗な川とお花畑が見えたのを最後に、意識を彼方へ飛ばした。

 

 

 

山田真耶、ブレーカーアウト。

 

 

「おぉっととと?(トスッ)真耶ちゃ~ん?」

 

「…………」

 

と、色々限界を超えて後ろ向きに首が倒れ込んでいく真耶だったが、元次は危なげなく肩に添えていた手を上に上げて首を支える。

とりあえず真耶を抱きとめた元次は、真耶の耳の傍で名前を呼んでみるが、真耶は一切反応を示さなかった。

 

「う~む困ったなオイ……やっぱりもう少し味あわせてもらおうかと思ったってのによ……」

 

何やらフザケ倒した言動をのたまう元次だったが、もはやこの食堂内において、元次に言葉を掛ける者は誰も居なかった。

余りにもアダルティック過ぎる光景に目を回して倒れる生徒、妄想に突っ走り帰ってこない生徒、巻き込まれない様に隠れる生徒。

今この食堂内にはその3つの区分に分けられているからだ。

一夏は相も変わらずセシリアと箒の2人に聴覚と視覚を奪われていて、この状況が一切掴めていない。

更に一夏の視覚、聴覚を奪っているセシリアと箒すら、今の元次の取った行動を一夏にしてもらうモノに頭の中で置き換えていて、絶賛妄想族の2人だった。

誰も元次に声を掛ける事がない、それは1つの事実を指している。

 

「まぁ、あれだ……起きねえんなら仕方ねえ……勝手に味わうとしますか」

 

つまり、目の前の野獣の行いを止められる生徒が皆無ということだ。

元々周囲に無関心状態だった元次は、周りの様子等気にする事なく、目の前にあるご馳走にかぶりつこうと舌を思いっ切り伸ばす。

 

そして、元次の長く伸ばされた舌が、真耶の白くほっそりとした首筋に触れる……。

 

 

 

 

 

「そんなに味わいたいなら……」

 

しかし、元次の舌が真耶の首辺りを這いずろうかという瞬間、食堂に、途轍もない威圧感の篭った声が響く。

その声を聞き、元次が舌を口に戻して顔を上げれば……。

 

 

 

 

 

其処には、音速に迫らん勢いで飛翔する『脚』があった。

 

「私の『蹴り』を味わっておけぇえええっ!!!!!(バキィイイイイイイッ!!!)」

 

怒りとやるせなさと嫉妬とその他諸々を注ぎ込んだ魂の叫びと共に、元次の顔面に女の怒りが炸裂。

 

 

 

 

 

とても人の身体では奏でられないであろう轟音が、元次の顔から鳴り響く。

その凄惨な轟音により食堂の乙女達は強制的に意識を覚醒し、目の前の光景に小さく悲鳴を上げる。

例に漏れず妄想爆走していた箒とセシリアも例外ではなかった。

そんな食堂に居る生徒達から畏怖の篭められた視線を送られている女性はというと、元次に蹴りを放ったポーズのまま静止している。

だが、彼女のクールビューティーな美貌を思わせる顔にはいくつもの青筋が浮かんでいる所為で、その美貌は鳴りを潜めてしまってた。

一気に払拭された食堂の甘い空気に変わって部屋を満たすは、怒れる阿修羅の如き威圧感。

 

 

 

 

 

そう、このIS学園の教師にして世界最強の女性。

 

 

 

 

 

「足りないと言うのなら、幾らでも味あわせてやるぞ?……死ぬ程でも……なぁ?(ゴゴゴゴゴゴゴ……)」

 

そして元次に恋心を持つ1人の女、織斑千冬は圧倒的な威圧感を引っさげて混沌極まる食堂に登場した。

 

 

 

 

 

(あぁくそ!!嫌な予感がするから急いで来てみれば……どうにもコイツは、余程私を怒らせたいらしいな……!!)

 

千冬は身の内に猛る怒りの炎を隠そうともせず、今しがた蹴りを叩き込んだ元次をその体勢のまま睨みつけている。

その溢れ出る威圧感に当てられて、恐怖に顔を染める大勢の生徒が視界に入ったが、千冬はそれらを全て無視した。

全ての元凶は、目の前にいる大馬鹿者なのだから構うものかと自分に言い聞かせて……。

 

千冬の本来の予定なら、今元次の腕に抱かれている真耶と共にこの場に出席して弟である一夏に労いの言葉を送りつつ元次のデザートに舌鼓を打つ筈であった。

だがそれも、まず最初の段階で頓挫してしまった。

原因は言わずもなが、担任教師に対しての連絡事項が増えて邪魔されたからである。

この時点でまず真耶に先を越されてしまい、千冬としては気が気では無い思いに胸をヤキモキさせていた。

幾ら世間から世界最強だ何だと言われていても、千冬も人の子であり人間だ。

だからこそ休憩も必要であり、千冬とて立派な女性、彼女もまた多くの女性と同じく甘い物は人並みに好きだったりする。

だが世間や周りの人間が固めた『世界最強』のイメージが先行しすぎて、こういった機会が無い限り中々甘いものを食せないのだ。

 

ましてや今回のシェフは自分の想い人、千冬が焦るのも無理はない。

千冬は連絡事項が終わるやいなや、常人を遥かに超えるスピードで食堂に向かって疾走した。

普段なら廊下を走る生徒を注意する立場にいる彼女が形振り構わず駆け出す様子は、それこそ普段の彼女からは想像も出来ない。

それほどまでに、千冬の中で鳴り響く本能的な警報の度合いが尋常では無かったという事だろう。

案の定、千冬が食堂に着いて目にしたのは、元次の腕の中で幸せそうに気絶している真耶とその傍で顔を赤く染めて気絶している夜竹と本音の姿だった。

しかも件の男は、己の舌を限界まで伸ばして外気に晒し、その舌をもって真耶の柔肌を蹂躙しようとしていた。

 

この瞬間、千冬の行動は音速を超えるスピードを叩きだす。

 

一足飛びに元次の座る席に向かい、今正に真耶の柔肌に顔を降ろしてした元次の顔面を、そのスピードを十全に乗せた蹴りで持って叩き伏せたのだ。

その威力は、元次の比較的近くに座っていた生徒が耳を塞ぐほどの音をもって叩きこまれた事で想像できる。

間違い無く、常人なら顔の骨が折れているだろう。

 

「……千冬さぁ~ん?いきなりキックかますなんて酷くねぇっすか~?」

 

「ッ!?」

 

だが、それは常人ならの話しだ。

 

そのとんでもない威力の蹴りを喰らった筈の元次は、まるで何事も無かったかの様に顔を起こして千冬に話しかけてきた。

これに驚いたのは他ならぬ千冬本人だ。

千冬は間違い無く全力の蹴りを叩き込んだと、この場に居る誰よりも理解している。

それこそ普段の元次なら絶対に痛みで悶えるか、意識を刈り飛ばすレベルの蹴り、それを無防備な顔面に放っている。

 

「まぁ~ったくよぉ。俺1人なら別にいいっすけどね?今は真耶ちゃん抱えてんですから、ソコは気ぃつけて欲しいっすよ……よいしょっと」

 

だというのに、目の前の元次は痛そうに顔を歪める事も無く平然とした顔で真耶を担ぎ直し、本音の隣に寝かせていく。

だが元次の取ったその行動が、言外に自分は眼中に無いとされているように感じる。

まるで何事も無いと言わんばかりの行動に、千冬の怒りのボルテージが急速に上昇してしまった。

 

「……貴様、今自分が真耶に何をしようとしていたのかは、理解してるな?」

 

そして、当然の如く千冬はその怒りの矛先を元次へ向ける。

もはや彼女を止める事は誰にも出来ないだろう、というかそんな勇者は居ないであろう。

千冬の怒りのオーラに当てられた女子生徒は、身体をガタガタと震わせて元次の冥福を祈っていた。

どれだけ元次が強いと言っても、相手は世界最強、分が悪いなんて話しでは無い。

もう元次は助からないだろうと、女子達は考えていた。

だが、そんな空気をまるで理解していないのか、真耶を寝かせた元次は先程と同じ様に椅子に座りなおして、千冬の言葉に首を傾げていた。

 

「俺が?真耶ちゃんに何をしていたかっすか?」

 

そして、元次は何でも無いように目の前に佇む千冬に言葉を返す。

傍から見れば自殺志願者以外の何者でも無い。

 

「そうだ……知らんとは言わせんぞ?……答えろ」

 

「何をしようとしたかっすか……そぉっすねぇ~……う~む」

 

目の前の怒れる千冬を前にしても、飄々とした態度を全く崩さない元次は少し言葉を溜め……。

 

 

 

 

 

「まぁ、所謂……『味見』っすかね☆」

 

「死ねぇッ!!!(パァアアアアアアンッ!!!)」

 

そして、空気を読まな過ぎる発言をイイ笑顔でのたまった。

勿論合いの手で千冬の拳が元次に炸裂する。

それはもう綺麗に元次の顔面に決まった、決まってしまったのだ。

もうこの先は、誰もが目を背ける様な凄惨たる光景が広がっているであろうと、食堂に居る誰もが考えた。

 

 

 

 

 

「おいお~い?いきなり拳はねえっしょ、千冬さぁん?」

 

「なッ!?」

 

だが、目の前に広がる光景は、誰もが目を見開く光景だった。

なんと、千冬の拳は元次に届いていなかった。

正確には元次が顔面スレスレの所で千冬の拳を受け止めていたのだ。

それも拳の威力に顔を歪めるワケでもなく、さっきまでとかわらず飄々とした笑顔を浮かべながら。

 

「くッ!?このぉッ!!!(ヒュボッ!!!)」

 

「おっとっと(パシィッ!!!)危ねえ危ねえ」

 

『『『『『ッ!!?』』』』』

 

更に追撃とばかりに放たれた千冬のもう片方の拳すら、元次は空いた手で楽々と受け止める。

これで両腕が塞がり膠着状態となってしまい、焦った千冬は手を離そうと後ろ向きに力を篭める。

 

「ッ!?……こ、のぉッ!!は、離せぇ!!」

 

だが、千冬がどれだけ力を篭めようと、元次の手から抜け出す事は叶わなかった。

それこそ持てる力の全てを使っているというのに、元次は涼しい顔を崩さない。

 

「へっへっへ、嫌っすよ。離したらまた殴ってくるじゃねえっすか」

 

「それは……ッ!!お前がッ、殴られる様な事をしているから、だろう、がぁッ……!!」

 

「殴られる様な事、ねぇ……俺が真耶ちゃんを抱きしめてた事っすか?」

 

方や渾身の力で拳を離そうとする千冬と、方やそれを涼しげな顔で見ている元次。

普段とはまるで間逆の構図が出来てしまっていた。

そして、殴られる理由が判っているというのに、まるで小馬鹿にする様な問いかけをされて千冬の怒りは更に上昇した。

 

「判っているなら……ッ!!大人しく殴られ、ろ!!」

 

「いやいやいや、誰も自分から進んで殴られたくなんてないっしょ?……しっかし真耶ちゃんを抱きしめて味見しようとしたのがダメだったのか……」

 

と、まるで判りませんでした、といった様子で返してくる元次に、千冬は怒り以外に悲しみの感情もせり上がってしまう。

その悔しさにも似た感情の促すままに、千冬は少しばかり潤んだ瞳で元次を睨み付ける。

 

「ッ!?あ、当たり前だ!!そんな事を他の女にするお前が悪いんだ!!さっさとこの手を離せ!!そして私に殴られろぉ!!!」

 

そして、千冬の色々な感情がごっちゃ混ぜになってしまった瞳を見て、元次は少しばかり驚く。

おそらく千冬の瞳が泣きそうな形になっている等、見た事が無かったからだろう。

自分に向けてくる言葉も、教師の言葉というより感情を吐き出してる様にしか元次には感じられなかった。

今も元次の手から必死に逃れようともがく千冬だったが、その力は段々と弱くなっている。

もしこの光景を一夏が見ていたなら、一夏は玉砕覚悟で元次に喧嘩を売っていただろう。

 

そんな風に弱っていく千冬を、この男が良しとする筈も無く……。

 

「……(グイッ)」

 

「ッ!?……あっ……」

 

掴んでいた千冬の両手を引き寄せて、彼女を両手で抱きしめた。

片手は背中へと廻し、もう片方の手で優しく頭を撫でるという形で。

行き成り引き寄せられた千冬は抗う事が出来ず、腰は元次の開いた両足の間にスッポリと収まってしまう。

 

「……げ、元、次?貴様何を(ナデナデ)んっ……こ、こら……やめ……」

 

しているんだ?と続けようとした千冬の言葉は、元次の優しく撫でるという行為で中断される。

千冬の全身を包みこむ様に抱きしめながら、胸板に顔を預ける千冬の頭をとても優しい手つきで撫でる様は、誰が見ても愛し合う恋人にしか見えなかった。

元次は何も言わず、只優しく千冬の頭を撫で続け、千冬は元次の胸板に耳を当てて心臓の鼓動をBGMに聞くだけだ。

そんな元次の優しい手つきが擽ったいのか、千冬は小さく声を上げて目を細める。

 

「まったくよぉ……あれですぜ?千冬さん」

 

そして、行き成り突拍子もない行動に出た元次に身を任せていた千冬は、頭上から聞こえた元次の声に顔を上げる。

千冬が顔を上げた先の元次は、まるでしょうがない人だ、とでも言いたそうな苦笑いを浮かべていた。

 

「妬き餅なら妬いてんなら、素直にそう言って下さいよ。『私も同じ様にして欲しい』って」

 

「……ッ!?んな!?ななななな……!?」

 

そして、苦笑いを浮かべたままに元次の口から紡がれた言葉を理解した瞬間、千冬は顔を赤く染めてしまう。

思わず出てくる言葉も、もはや言葉ではなく只の呻き声だった。

 

「ば、ば馬鹿者!?い、いつ私がそんな事を言った!?ふざけた冗談も大概にしろぉ!!」

 

不意打ちとも言うべき言葉に、千冬は声を大にして叫び否定する。

内容が当たっているだけに恥ずかしさも倍プッシュ、何の罰ゲームだこれは!?と叫びたい思いでいっぱいだった。

だが、そんな否定の言葉を聞いても、元次は笑顔のままだ。

 

「良くそんな事言えるっすね?千冬さんさっき自分で言ってたじゃないっすか?『そんな事を他の女にするお前が悪いんだ!!』って。これつまり、『他の女にじゃなく自分にしろ』って意味じゃ……」

 

「ち、違!?そんな意味じゃないぞ!?ふ、ふふふ深読みしすぎだ馬鹿者!?」

 

「くくっ、そんなに焦ってちゃ自分で肯定してるようなモンっすよ?……あぁもう、ホントーに可愛いなぁ千冬さんは♪(ナデナデ)」

 

「うわぁああああああ!?や、止めろぉおおおおお!!?(か、可愛いだとか言うなぁあああ!?)」

 

元次は千冬を言い負かした事に満足したのか、はたまた焦る千冬が可愛かったのか、千冬の身体をもっと自分に密着させて頭を更に撫でていく。

勿論、千冬は恥ずかしさで爆発しそうになり身体をジタバタさせて元次から離れようともがくが、その動きにはまるで力が篭っていない。

どれだけ世界最強といえる力を持とうと千冬も女であり、好いた男から可愛い等と言われて嬉しく無い筈が無い。

但し、それは話している場所がまだ2人っきりだとかの状況なら素直に受け取れたであろうが、ここは食堂。

つまりは大勢の視線が集まっている場所なので、今の千冬は素直に受け取る事は出来ない。

歓喜と羞恥、この2つの感情の狭間で葛藤する千冬だが、それは目の前で楽しそうに笑っている男には全然伝わっていない。

 

「い~や、止めませんよ千冬さん。普段のクールなとこも千冬さんの魅力っすけど、今はトコトン、千冬さんの可愛いところを俺に見せてもらいますんで」

 

「み、魅力ッ!?と、年上の、しかも教師をからかうな!!このマセガキ!!」

 

「くくくっ、そのマセガキの言葉に顔を赤くして恥ずかしがってる人の言葉じゃねえと思いますぜ?」

 

「~~~~~~~~ッ!!?」

 

ダメだ、勝てない。

それが千冬が羞恥心で爆発しそうな頭の中でなんとか理解できた事だった。

元次の抱擁から何とか抜け出そうにも、今の元次は有り得ないレベルのパワーアップをしている。

力も速度も勝てないと千冬は感じてしまっていた。

更に、何故か自分の体に力が入らないのだ。

まるで身体が元次から離れるのを拒んでいるように、身体が言う事を聞かないという状況になっている。

そこまで考えて、千冬は自分で出した結論に更に恥ずかしくなってしまった。

せめてもの抵抗にと、千冬は自分を抱いている元次を思いっきり睨み付けるが、それも然程効果は期待出来ない。

 

「お~お~、そんな風に睨んじゃって……そーゆうトコも、俺が千冬さんを可愛いと思うトコだって気付いてます?それともワザとっすか?」

 

「ううううるさい黙れぇえええ!?よ、よくもそんな歯の浮く台詞が言えるな貴様!!?(プイッ)」

 

そして、千冬の睨みを受けた元次は、その反応に笑顔を浮かべながら千冬に言葉を返す。

もうこれ以上無い程に顔を赤くした千冬はそっぽを向くが、元次はそれを良しとしなかった。

 

「だぁ~か~らぁ~、そりゃ千冬さんが可愛い所為だって言ってるでしょ~に?千冬さんがそんな反応ばっかりするから(グイッ)……」

 

「ッ!?うぁ、ぁあああ……や、止めろぉ……もう、これ以上は……」

 

話しの途中でそっぽを向いた千冬の頬に頭を撫でていた手を添えて、顔を強制的に自分に振り向かせる。

自分だけを真っ直ぐに見詰めてくる元次の瞳に、千冬は言葉にならない声を上げながら懇願するように言葉を搾り出す。

更にその瞳には何かの((魅了|チャーム))があるのか、千冬は元次の瞳から目が離せなかった。

普段の千冬からは想像も出来ない懇願の声は、食堂にいる生徒には驚きで顎が外れる程のインパクトを起こす。

 

だが、元次はそれら全てを無視して、ドンドンと顔を近づけていく。

 

そして、元次と千冬の距離が5センチ程に迫り……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(チュッ)……こうやって、可愛がってあげたくなるんだよ……『千冬ちゃん』」

 

好いた男から額に接吻され、千冬は意識を朦朧とさせていく。

更にキスでは飽き足らず、普段なら絶対に呼ばれないであろう『ちゃん付け』で呼ばれ……。

 

 

「…………」

 

織斑千冬は、ヴァルハラへと旅立った。

 

 

 

織斑千冬、GAMEOVER

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コレが、後にIS学園の生徒達の間で後世まで語り継がれる出来事である『野獣の宴』の全貌だった。

あの世界最強の女性、初代ブリュンヒルデが男に負かされた(色々な意味で)瞬間。

そして同時に3人もの見目麗しい女性を気絶させた衝撃の事件。

その事件の当事者である鍋島元次がIS学園を卒業した後も、この事件を体験したかったという女性が後を絶たなかった。

 

 

 

当時の新聞部関係者、黛薫子は卒業後も、この事件の現場に居合わせる事が出来なかった事を心底悔やんでいたという。

 

 

だが、これは生徒達の間でしか知られていない事件の全貌。

野獣の宴の生贄は、まだ『居た』のだ。

 

 

 

そう……世界を股に駆ける『天災ウサギ』が……。

 

 

 

 

 

 

………TO BE CONTINUED

 

 

 


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