しかし回りこまれる   作:綾宮琴葉

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 はじめにお断りしておきます。今回の話は丸ごと書き直して別物にする可能性があります。
 更新するする詐欺にしたく無かったので、今暖めているものを投下したのですが、私自身が原作三巻(桜通りの魔法使い)に至る過程への展開に違和感と不満を持っています。「それじゃ、そんなもの読ませるな」と思う方もいらっしゃるでしょう。ごもっともです。申し訳有りません。ですが、更新をしないままお待ちくださいと言うのに耐えられなくなっての投稿です。
 現在の執筆に対する私の考え方に興味がある方は、5/7、5/9、5/21の活動報告を読んで頂けると助かります。自分の書いたものの何処がどう言ったセリフが展開が、何が面白いと思ってもらえているのか理解出来ないんです……。


第17話 彼と彼女が望む事

「やぁフィリィ」

「…………えっ? ……はぁ!?」

 

 突然過ぎて何が起きたのか分からなかった。脳が理解する事を拒否とか、そういう話ではなくて意味が分からない。今、私の目の前で起きている事は言葉通りのそんな状態だった。

 

「今日はとても良い天気だね。雲ひとつ無い青空で、まるで君の青い瞳を空に映したみたいだ。……綺麗だよ、フィリィ?」

 

 この状態が何かを考えるよりも早く、寒気が襲ってきた。歯の浮く様な台詞を、目の前で仰々しく語られる経験なんてした事がない。大げさに右手を天に掲げながら、口説き文句を続ける”彼は”一体何がしたいのだろう。まさか、口から砂糖を吐く様な甘い展開でも望んでいるのだろうか?

 そんな事よりも問題は、目の前の人が一体誰なのか。その方が圧倒的に重要だと思う。そしてどうしてこんな事になっているのか、良く観察して考える。

 

 目の前の“彼”の姿は、臙脂色よりもやや赤みがあって照り返しもなく高級感があるジャケットに白いシャツ。それに赤いネクタイと、赤と小豆色に白いラインが入ったタータンチェックのズボン。私よりも十センチ以上、いや二十センチ位は高い背丈で、細身の”彼に”フィットしてスマートな印象を与える。それにこの配色は、普段から良く見ているものを連想させる。つまり、麻帆良女子中のブレザーとリボンにスカートと同じ色。

 そして何よりも”彼”の顔が問題だった。赤いツンツン髪にバランスの整った西洋人の顔付きが、ナギ・スプリングフィールドを連想させた。そしてネギ・スプリングフィールドと、幻術で大人に化けた彼の顔。目の前の”彼”はこの三人に非常に良く似ている。ただし、長いツインテールが無ければ。

 

「まさか……アスナ?」

 

 意味が分からない事態をやっとの事で噛み砕いて、掠れた声を上げる。きっと口元が引き攣っているに違いない。右手で口元を押さえながら、何でアスナに行き届いたのか、そして男性の姿に成っているのかを考える。

 そうは言っても、赤い髪のツインテールというのは神楽坂明日菜のシンボルマークだ。それに遠い血縁に当たる彼と似た顔付きで、右の瞳が緑で左が青となれば、アスナかウェスペルタティア王族の関係者くらいしか思い当たらない。

 

「そうだよ。今日はどうしたんだい? フィリィ」

 

 目の前のアスナもどきはやたらと私の名前を連呼して、嬉しそうに声を返してくる。どうやら本当に彼はアスナらしい。この状態のアスナが、突然に私の前へ現れるまでの記憶は途切れている。まるで行き成り、どこか知らない場所に連れて来られたかの様で落ち着かない。

 だからと言って、これは無い。何がどうしてアスナが男性化しているのだろう。それに、なぜ口説かれているのかもサッパリ分からない。

 

「とても綺麗だ……」

「……え”?」

 

 理由が思い当たらず必死に考えていると、いつの間にか傍に寄った彼は、右手で私の髪の左側を一房持ち上げて、軽く触れるように唇を押し当てていた。つまり、キスをした。その事に、言いも知れぬ不快感が込み上げて来る。原作のネギをも越えるあまりにも気障な行動は、私の心の琴線に触れるどころかそれを軽く凌駕して、一気に沸点を超えた。と同時に、頭の中の冷静な部分が警告を上げていた。「これは誰だ?」と。

 地面を擦るようにじりっと右足を引いて左足を前に。左手で払うように、持ち上げられた髪を横に流して彼の手から取り返す。そのまま右手に魔力を込めて、全身のバネを使って右足で踏み込みつつ腰を入れた円運動で思いっきり平手を打つ。

 

「このっ馬鹿っ!」

 

 「不意打ちをするのに何で声を出す。馬鹿はお前だ」なんて、エヴァンジェリンの叱咤が聞こえてきそうだと思いながらも、全力で振りぬいた右の掌は空を切って、そのまま彼の姿が掻き消えた。

 次の瞬間に見えたものは木板の天井。それにどこかで見た覚えのある人形や、ぬいぐるみを飾ったファンシーな空間。背中には柔らかいクッションのような感触。そして大声を上げた事に驚いた、複数の視線だった。

 

 

 

「ねぇねぇ、フィリィ。どんな夢見てたの?」

「黙秘する。と言うか、聞かないで……」

 

 まさか夢オチだなんてありきたりな経験を、こんな状態でするとは思いもよらなかった。そもそも眠った覚えが無かったりする。それとも学園長とのやり取りで、そこまで精神的に疲れて居たという事なのだろうか。

 夢は無意識の願望なんてどこかで聞いた覚えがあるけれど、間違っても私には男性化したアスナに口説かれたいなんて願望は無い。無い筈、ある訳が無いと心の中で強く否定しておく。有ったら色々な意味でおかしい。

 

 それに、目が覚めて驚いたのはそれだけではなかった。いつの間に呼んだのか、高畑先生がエヴァンジェリンの家に来ていた。もしかして……高畑先生に寝顔を見られただろうか? 精神年齢は置いておいて、これでも中二で思春期真っ盛りなのだから、気になるといえば気になる。先生が私の恋愛対象になるかと問われれば、申し訳ないけどNoときっぱり言う。それはそれとして、異性に見られたかもと言うのは私なりの乙女心にちょっぴりショックを受けていた。

 コホンと咳払いで誤魔化しつつ、赤らめたかもしれない顔を引き締め直して大型のソファーに座り直す。そのままいつの間にか体に掛けられていたタオルケットを、少しばかり温もりが惜しいと思って膝の上に折り畳んで掛け直した。それから左隣に座っているアスナへと向き直って声をかける。

 

「ごめんアスナ。何がどうしてこうなってるのか、説明して貰える?」

「フィリィがカーペットで寝ちゃったから膝枕して、それから茶々丸さんとソファーに運んだの」

 

 それは状況を見たら分かる。というか、そんなに膝枕をしたのが嬉しかったのだろうか。一目で分かるほど上機嫌な様子のアスナは、いつもの様な楚々とした口調から出る鈴の様な声ではなかった。普段よりも若干弾みが付いた思春期特有のソプラノの声で話し、目尻も気持ち下がりつつ説明をしてくれた。

 茶々丸を見ても普段は無表情で淡々としているはずなのに、明後日の方へ目を逸らしてロボットらしさを欠いた様子が見える。テーブルを挟んだ対面のソファーに座るエヴァンジェリンの後ろに立ち控えながらも、やや頬に赤みが差した状態になっていた。その様子に軽く諦めたつもりで溜息を吐きつつ、アスナに改めて問いを繰り返す。

 

「どうして高畑先生がいるのか、順を追って説明して?」

「うん。えっと、エヴァンジェリンさんとネギの事、それから私達の事をタカミチに言っておいた方が良いと思って呼んだの。タカミチは私の保護者だし、フィリィだって後ろ盾になってもらってるでしょ?」

「なるほどね、ありがと」

「うんっ!」

 

 相変わらず上機嫌で元気の良い返事を返して来たアスナを横目に、改めて状況を整理する。学園長の手には乗せられてしまったけれど、彼と言うか魔法関係者とは全く係わり合いにならずに済むとは、流石に思っていない。これはこれまでに何度も確認してきた事だ。

 現に私達は麻帆良の魔法生徒扱いで、いくらエヴァンジェリンのところで修行しているからと言っても、子供の時の契約から高畑先生にはお世話になっているのだし、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)出身で身寄りの無いアスナは高畑先生が保護者だ。

 ちなみに私の場合、厳密には育児施設が保護者扱いになっている。魔法関係の事はあくまで裏の世界の話。義務教育を終えて就職するか成人するまでは、施設の園長経由が色々な時に必要になる。まぁこれは、今は関係の無い話。それにいつまでもお世話になってばかりという訳には行かない。さっき聞いたエヴァンジェリンの話もあるけれど、出来る事なら一般的な就職をしたいとは思う。

 

「すまなかったね、真常君。学園長が君達にそんなに固執してるとは思ってなかった」

「いえ……。こうなったら、出来る限り正体を隠すだけですから。……あっ」

「フィリィ、どうかしたの?」

 

 そうだ、思い返せばどうしてそんな事に気付かなかったのだろう。そもそもなぜ学園長は私達に拘るのだろうか。思い返してみればみるほど不思議になる。学園長にとって重要な人材は、まず第一にネギ・スプリングフィールドだろう。そして第二に、孫娘の近衛木乃香だと思う。その割には原作の就学旅行では予防線が全くと言って良い程に足らず、危険な目に遭わせて居たけれど。彼女に魔法をばらす為だろうか?

 しかしA組という、言わば彼のための生贄にも近い特殊な生い立ちの生徒達。その中でも、頑なに拒否を続ける私達。その相手にそこまで固執する理由はあるのだろうか?

 

 学園長室でのやり取りを思い返せば、エヴァンジェリンの事は間違いなく買っているのだろう。彼女の皮肉めいた物言いや、容赦の無い指導は教えられる側を選ぶけれども、未来における彼の成長や私達自身の能力や知識の向上を考えれば優秀な先生だと思う。

 ならば、彼女によってどれだけ鍛えられたかの確認なのだろうか? 呪文詠唱が生まれつき出来ない高畑先生には申し訳ないけれども、魔法使いの先生としては、学園に名立たる魔法先生よりも優秀なのは火を見るよりは明らかなのだから。

 

 それは兎も角、真面目に実力の確認をするのであれば、別に彼の事を絡める必要は無かった。夜間にでも強制的に呼び出して、一対一で試合でもすれば良かった。もっとも不干渉を理由に断っただろうけれど。それでも何かしら理由をつけて呼ばれる可能性はあると思う。しかしそれは昨日までの事。念書が出来た事で逆に彼に絡めれば、有る程度の融通が利いてしまう。もちろんそれでも断るけど。あぁそれに、学園長室の事と言えば……。

 

「ねぇ、アスナ。あの時なんで首筋狙ってきたの?」

「え? だってフィリィが気絶しちゃえば、ネギには気づかれないで済むでしょ?」

「……それじゃ本末転倒じゃない。アスナが何かやってるって目を付けられるでしょ」

「うん。でも、フィリィは守れるよね?」

「えっ?」

 

 まさか、私を庇う為に? アスナは自分自身が魔法生徒であると彼にばれるのを承知で、あの行動をしたというのだろうか。それに思い当たってアスナの瞳を見つめれば、柔らかく笑ってはいても、何かしらの強い意思が篭った瞳で見つめ返された。つまり、本気だと言う事なのだろう……。

 

「馬鹿……」

 

 何か気の効いた言葉を返せば良かったのかもしれないけれど、口から出てきたのはそんな飾り気の無い一言だった。

 

「うん。それでもフィリィの事は信じてるから。ネギに私の事を知られたら知られたで、こっそりと裏からフォローするでしょ?」

「……その時点で無理やり学園から転校してたかもよ?」

「じゃぁ付いてくね!」

「はぁ…………」

 

 アスナの考え無しの様な言葉を頭の中で噛み砕いてから、わざとらしかったかもと思いつつ盛大に溜息を吐いた。そんな事になれば、原作乖離や崩壊どころじゃない。アスナの能力が無ければ、この先の彼の行動や魔法世界の事がどうなってしまうのか恐ろしい。……と、そこまで考えてから自分の中の矛盾に気付いた。

 私は彼、ネギ・スプリングフィールドに関わりたいと思っていない。これは絶対。理由は、圧倒的な戦力を持つ『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』を初めとした、彼の父の因縁や『スプリングフィールド』のブランドネームによる巻き添えを回避したいから、彼に関わりたくない。

 

 つまり私と言う存在、死に易い運命とかふざけた人生を繰り返したくない。そこに繋がる。

 

 だからこそ、並みの危険からは遠ざかる事が出来るように、エヴァンジェリンの所で修行を重ねてきた。今では生まれ持った時空魔法は、本来のゲームのものとは大分違う効果ではあるけれど、ある程度使う事が出来る。もっともゲームシステム上の効果なのだから、グラビデ系が相手のHPのパーセントダメージとか、ヘイストが何ターン先まで持続してATB(アクティブバー)が加速とか、そう言うのを現実で考えるのは意味が無いと思う。そういった効果は込める魔力の調整で制御をしている。

 それに加えて、この世界に元々有る西洋魔法。あまりこっちの適正は大きくないけれど、魔法障壁だけでも交通事故や突発的な事態には対処出来ると思う。もっとも裏の世界のプロ相手とかは論外。そんなのに出会いたくないからこそ、目立つ事を避けてきたのだから。

 

 考えが逸れたけれども、つまり私は、無意識の内に彼の補佐をしたいと考えて居たのだろうか? 確かに、今後の展開しだいでは何かしないと不味いかもしれないとは考えていた。それに、アスナが神楽坂明日菜として育たなかったのは私の責任なのは間違いない。だからと言って、人格を封じられて別人にされた事もどうかは思う。

 いけない、また考えが逸れた。要は彼が原作と同じ道を辿ってエンディングを迎えれば、少なくともA組のメンバーに死者は出ない。彼女達は苦労するだろうし、悲惨な目に会う事も遭う場合もあると思う。そもそも巻き込み過ぎだと思う。私は……確かに一般人じゃない。だからと言って、分かっている原作の危険に飛び込むような真似をしたいとは思わない。それでも原作に関わるなら、それはとても余裕がある人間か、実力と経験を備えた死の恐怖が無い人だろう。武術家とか力試しを望む人なんかはまた話が変わるが、私にそんな願望は無い。そんな馬鹿な事は考えていないと、考えを否定してから本来の流れを思い出す。

 

 原作では、彼が最初に神楽坂明日菜を巻き込み、そこから麻帆良学園での生活が始まる。魔法がばれてるとしか思えないギリギリの行動を取りながら、エヴァンジェリンと戦って主人公補正とも言うべき方法で辛勝。その後は修学旅行でフェイト・アーウェルンクスと出会い、アスナの能力とエヴァンジェリンの援護によって再び辛勝。その後、エヴァンジェリンに弟子入りしてから悪魔へルマンに打ち勝ち、学園祭で超鈴音の企みを阻む。その後は魔法世界で急成長を遂げてクライマックスだった。

 

 アスナの事は、修学旅行でフェイト・アーウェルンクスに出会わなければ、またネギ・スプリングフィールドに関わらなければ、大きな事件に巻き込まれる事はないと思う。楽観的なのは十分に分かって居るけれど、それ以外の部分で魔法世界崩壊の一端を担えてしまうアスナの正体が、彼らに伝わる出来事が有るのかどうか分からない。だからこそ、魔法関係者との接触は極力避けたいと思っている。

 近衛木乃香の事は……。悪いとは思うけど、正直こちらも命が掛かっているのだから直接的な事は避けたい。彼と戦うなんて冗談じゃない。

 けれども、原作通り学園長の配慮が余りにも不十分ならば、先日の伝手で龍宮真名に警護を頼むのも有りだろう。それに高畑先生経由で関西の長の近衛詠春に警戒を強めてもらい、根本的な派閥問題を解決してもらって先手を打つとか方法はありそうだ。それから――。

 

「おい、小娘」

「――っ!?」

 

 思考に耽って集中して居た私に向かって、若干の殺気と凄みを効いた声が、それでいて凛とした声が届く。その事に一度びくりと体ごと驚いて、ハッとしながらも声の主へと意識を向ける。考え込んで俯いていた頭を持ち上げると、正面に座るエヴァンジェリンの顔が目に映った。

 

「何を悩んでるのか知らんが、その癖は直せ。悩み込み過ぎて思考の迷路にはまるぞ」

「……はい。すみません、ありがとうございます」

 

 心の片隅でやってしまったと思いつつ、それでも考える事は無駄じゃないと自分に言い聞かせて、もう一度軽く考え直す。と言うか殺気まで向ける事はないと思う。多少は慣れたけれど、未だ本当に殺されると思うような殺気を浴びせられた事はない。とりあえず、全てが平穏無事には終わらないだろうけれど、私は……アスナも含めて無事に生き残りたい。

 そもそも彼が関西まで出張ってこなければ、彼は超鈴音に巻き込まれる以外には大きな出来事は無いのだから。でも彼に会わなかったら、彼の成長はあるのだろうか? 魔法世界の事は? と、そこまで考えてから軽く頭を振って考えを振り払う。これが悪い癖なのだと思う。今必要なのは、目の前にあるネギ・スプリングフィールドの修行をサポートしなくてはいけない事実。

 

「アスナ、とりあえず無茶はしないで。アスナ一人を魔法の世界に巻き込みたくないし、そうならないように行動しようって決めたでしょ?」

「……うん。そうだね」

 

 アスナにしては少し歯切れが悪いと思いつつ、素直に頷いてくれた事に安堵した。ここで変な覚悟を持ってくれてなければ良いのだけれど。

 あくまで私は小さな存在で、彼の様に世界を救うなんて事は出来ないのだから。現時点でもあちらの人間が色々対策をして居たのだし、最悪の場合は超鈴音関係で動きもあるだろう。今はこの事に蓋をして、以前の宮崎のどかと綾瀬夕映共々、心の奥にしまっておく事にしよう。

 

「それでエヴァ。ネギ君をどうするつもりなんだい?」

「悪いが呪いは解かせて貰うぞ? 爺は好きにやれと言っているからな」

「ネギ君の経験のため、と言いたいところだけど、正直やり過ぎになるんじゃないのかい?」

 

 難しく悩んだ顔をしながら、エヴァンジェリンの隣に座る――パーソナルスペースなのか、その間を一人分程離した――高畑先生が彼女の顔を見つめていた。先生から見れば敬意を抱く人の息子なのだからその気持ちは分かる。

 けれども、十五年も中学生をやらされているエヴァンジェリンの苛立ちも分かるので、難しいところだ。私だってもう一度小学生に中学生をやれと言われ、更に何度もループしたら発狂してしまうんじゃないかって思う。小学生を二度も経験したのだから、なおの事良く分かる。

 

「私の方が都合良いのは分かり切っているだろう? 元・賞金首の悪の魔法使いだ。クラスでの印象も悪く、あの”先生”が食いつく様が良く見えるぞ?」

「……マスター」

「何だ?」

「いえ、何でもありません」

「フンッ、そういう訳だ。後は奴の血を引いた”先生”の血を因子に、呪いは解かせて貰う」

「少量の血で済むんだろうね?」

「”おそらく”な。文句なら奴に言え。力任せで不具合を起こす呪いをかけた馬鹿にな」

「……分かったよ」

 

 何かをかみ締めるように口を一文字に閉ざしつつ、渋面で仕方が無しにと頷く高畑先生の顔が印象的だった。学園長の許可があるのと、登校地獄の呪いが解けないと言う不具合から言い出せない部分があるのは間違い無いのだろう。

 こうなれば何をどうするのか分からないが、――何も口を出さなければ原作通りかもしれないが――彼女のやり方を見守ってサポートに付くしかないと思う。仕事として与えられてしまった以上はやるしかないだろう。それに、状況に流されて彼に気付かれない様にと逃げ腰よりは、覚悟を持ってやった方が良いと思う。

 

「ねぇ、エヴァンジェリンさん」

「何だ?」

「ネギにどんな修行をするの? それに呪いが解けたらどうするの?」

「む、そうだな……」

 

 アスナから当たり前と言えば当たり前の質問が出ていた。私は原作を知っているからこそ、彼を襲撃して血を奪うんじゃないかと思って居たのだけど……。アスナは普通の修行だと思っているのだろうか。

 多分だけどアスナの中では、これまでに私達が経験してきた、扱きという名の地獄の特訓の光景が浮かんでいたのかもしれない。ぼろぼろになるまで体力を消費させられて、余計な力が抜けてからが本番とか。慣れろと言われて、圧倒的火力で吹き飛ばされるとか。私の中でエヴァンジェリンは、近づけば投げられて、離れれば大火力の魔法使いのイメージが付き纏っている。もっとも彼女の最大の強みは、六百年の人生経験とオリジナル魔法にあるのだろうけど。

 

 何にしろ、高畑先生の表情とエヴァンジェリンの悪発言を聞く限り、やはり襲撃の線が濃厚のような気がする。実力差は圧倒的とか言う次元じゃなくて、本当に赤子の手を捻るレベルなのだから、先生の心配様も良く分かる。

 彼女の呪いに関してはどうだろう。私が知る限り身内や行く当ては無いだろうし、やはりナギ・スプリングフィールドの関係者を総当りして彼の行方を探すのだろうか。

 

「十歳だったか? 飛び級でプライマリースクール相当の魔法学校を出たんだったな。」

「数えでだけどそうだね。魔法使いとしての初歩は間違いないと思うよ」

「初歩、か……。従者も使い魔も持たずにか? それにしては今日の顛末はお粗末だな」

「エヴァ、そうは言ってもまだ十歳なんだ。それに慣れない教育実習も――」

「それだ。貴様は甘やかし過ぎる」

「む……」

「本気で魔法使いとして育てる気があるのか? 実力を付けるのならこんな所で”先生”なんてさせるのはどうかしてる。紛争地域の前線にでも送り込めば良いんだ。それとも本気でただの先生にする気か? 貴様はどうなんだ、奴の息子をどうしたい? 後継者にでもしたいのなら此方に置いておくのはおかしい」

「それは……」

「ついでだ、そこの小娘共にも貴様が魔法使いとしてどんな仕事をしているか話してやれ」

 

 つまり、私が寝る前に彼女が言っていた、将来的に独立するのか、どこかの組織に身を寄せるのか、または隠れ住むのか。それらの話に関わる事なのだろう。彼女にしては妙に気遣いが過ぎてる気もするけれど、妙な風の吹き回しを変に勘ぐってしまう。

 

「高畑先生も……。私達が将来魔法使いとして生きていくしかないと思っていますか?」

 

 積極的に関わるつもりは無いけれど心の内の不安なのか、ふと気が付けばおずおずと声に出してしまった。


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