しかし回りこまれる   作:綾宮琴葉

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 三人称スタートです。途中からはいつものフィリィ視点。


第16話 進む道は何処に

 赤毛の少年の乱入によりしんと静まる学園長室の中で、その瞬間は同時に訪れた。その場に居る少年少女達、熟練した魔法使いである老人までもが「不味い」と感じていた。

 その中でほぼ同時に解決への考えを巡らせたのは、薄い金の髪を揺らして青い瞳で少年を凝視するオフィーリアと、平時から物事を考える癖で長い顎髭を縦に梳く学園長だった。

 

「(必要なのは、彼に対するフォローと、学園長の丸め込み。魔法使いだとばれたくないはずの彼の心を利用して……。けど、学園長は絶対にばらしたいと考えているはず。八方塞かもしれない)」

 

 オフィーリアの心中にあるのは、完全な板ばさみ状態の心理だった。そうなるとここまで来るのに決めておいた、『魔法を知っている一般人』を装うしかない。あるいは『魔法を知ってしまった一般人』という答えに行き着いて、こんな形で巻き込まれてしまった悔しさで奥歯をかみ締めながらも、必死に声を出さずに堪えていた。

 

 その一方で、実は学園長の心中も穏やかではなかった。この時点でオフィーリアもアスナも知りえない事だったが、学園長が真っ先に魔法をばらしたいのは自身の孫娘の近衛木乃香なのだかから。その為には今この場でどのような結果に導けばよいのか、結論ありきで優先順位を決める。

 

 即ち、無かった事にすれば良い。

 

 その為には何をすれば良いか、結果を導き出すための方法を考える。即座に赤毛の少年を視界に入れて様子を観察。彼は学園長室のドアを開け放ったまま、予期せぬ人物の在中に固まっている様子だった。さらにその奥、廊下からは何者かが駆けて来る足音が聞こえる。ならば恐らくネギ少年の魔法を何らかの理由で目撃してしまった者だろう。更に目に力を入れて一瞬の内に観察する。これが自身の孫娘だったのならば最良だったのだが、姿は違っていた。2-Aの生徒ではあったが、突発的な遭遇と見て、”彼女達”の記憶操作を決定する。

 次に目の前の”優秀な魔法生徒達”。頑なに魔法使いへの道を拒絶する彼女を、いかなる方法を持ってこちら側へ引き込むかは常々考えていた。どんな偶然か数年前に迷い込んで来たこの少女。厳密な能力は未だ隠されて把握していないが、アスナと同じく気と魔法の無効化能力を持っているだけで十分に手元に置く価値がある。そうは言ってもあれだけの魔力を垂れ流しにして生活していたのだから、いずれは誰かに利用されただろうとは考えている。そしてアスナはあのウェスペルタティアの姫御子なのだから、彼のパートナーの一人として何の申し分も無い。

 

 だからこそこのチャンスを最大限に生かす。故に、この場で恩を売る事を考えた。

 

 だがしかし、ここで忘れてはいけない存在が居た。『神楽坂明日菜』という、原作においてもこの世界においても突発的な行動をとる存在がいたのだから。

 アスナが最初に考えた事はただ一つだった。それは、幼いあの日の自分を救ってくれた恩人でもあり、今現在においても最も大切な友人で心の中では親友だと決めている少女。オフィーリアが秘密主義で、知っている情報を意図的に隠している事も、その他にも何かを隠して苦しんでいる事も薄々把握している。

 だからこそ、誰も頼れない彼女を私が守らなくちゃいけない。そう考えていた。それは魔法の世界のお姫様なんて、爆弾も良い所の自分の存在価値を使ってでも。最終的には抜け道が無くなるだろうと思っている自分を前面に出せば、彼女だけは守れる。魔法の世界に踏み込ませずに済むと考えていた。

 

 そしてそれぞれが行動に出る。誰よりも最初に動いたのは、思案を巡らせていた少女と老人ではなく、赤毛の少女。今日の髪型は気が抜ける休日と言う事もあって、心の親友と同じくロングストレート。結おうとすると嫌がるので、密かに同じ髪形を狙ってそのままにしてるのだが、その事は今はどうでも良い。

 

 つまり、ネギの声なんて聞いてないし見てなかった。と言う事にすれば良い。

 

 ここで問題になってくるのはオフィーリアの耐魔・耐物理防御能力だった。アスナ同様にエヴァンジェリンによって鍛えられた事もあって、元々生まれ持った才能も掛け合わされて本人達の無自覚のまま、学園の魔法先生等は遥かに上回っている。

 それ故に必要なのは魔法障壁を出させないために、完全に意を殺して、気も魔力も纏わない首元への一撃でもって昏倒させる。それがアスナの出した結論だった。その後の行動は素早く、ただただ親友を守るという気持ちだけを込めて右の手刀が動く。その余りの速度に、魔法使いとしては駆け出しも良い所のネギ少年の眼には残像すら映らなかっただろう。これが身体能力の高いオフィーリアや高度の魔法障壁を有する上級魔法使いでなければ、昏倒どころか即死も考えられる程の一撃だった。

 

 もっとも、それで慌てたのははっきりと目の前で見えている学園長だった。一体何をどう結論が出たら彼女がオフィーリアを殺そうとしているのか。ネギ少年への対処も含めて、背中を嫌な汗が流れる。彼女の身体能力を知らない老人は、仕方が無しにこの場の全員を眠らせる方向へと思考を切り替える。

 

「ムラクモ・ルラクモ・ヤクモタツ――」

 

 この場合の学園長が考えた全員とは、廊下を走ってくる”魔法を目撃した2-Aの生徒達”も含まれる。よって、手加減する必要なし。そう判断して、全力を持って魔法を完成させる。

 前述の様にこのアスナの一撃と言えども、学園長やエヴァンジェリンなど超一級の使い手には見えているのだ。それと同時に、小学校一年から中学校二年の三学期まで、八年も連れ添ってきた親友がいる。特にこの二年はエヴァンジェリンからありとあらゆる魔法と対処法、戦闘技術を共に学んできた親友。だからこそオフィーリアは、そのアスナの一撃を彼女の意図は分からないままに気が付いた。

 

 その瞬間の感情は困惑。首元を狙った一撃だと言うのは理解した。けれども魔力を纏ってその一撃を受け止める、あるいはエヴァンジェリンが得意とする合気道の業を持っていなせば、確実にネギ少年に魔法の事を気づかれる。あるいは眼を輝かせて懐かれる。それは嫌だ。けれども悲しい事に彼女の身体は動いた。反射的に反撃してしまった。

 これはチャチャゼロから普段受けている急所攻撃の訓練や、エヴァンジェリンの扱きの結果とも言える。身体の向きは学園長の机に向かっていたが、ドアに視線を送った時に左半身を後ろに引いていた。結果的には、左側に立っていたアスナを正面から迎えていた形になる。オフィーリアの左側から踏み込んだアスナの右手を掻い潜り、アスナの内股に左足で踏み込んで、左手で制服のブレザーの胸元を掴み、右手で左手の袖を取る。そのまま腰を落として完全に投げの体制に入った瞬間にそれは発動した。

 

「大気よ 水よ 白霧となれ 彼の者等に 一時の安息を 眠りの霧!」

 

 元々オフィーリアは右利きで、左の踏込が不得意と言うのもあった。アスナ自身も手刀に集中していて完全に虚を付かれていた。ネギ少年に至っては何が何か分からないままに、眠りの魔法の直撃を受けた。それはもう直ぐ学園長室に届こうとしていた”彼女達”も同様の事だった。

 けれども良く考えてみて欲しい。学園長自身が焦っていたとしても、一方は完全魔法無効化体質のアスナ。もう一方は異常な魔法耐性を生まれ持ったオフィーリアだったのだから。だからと言って眠りの魔法を耐える事が出来たとしても、技がかかる瞬間の虚を付かれたらどうなるか? それがこの結果だった。

 

「「きゃぁぁっ!?」」

 

 彼女達は二人揃って思春期の少女特有の甲高い悲鳴を上げて、いまだ魔法の霧が晴れない学園長室内で、一方は押し倒される形で、もう一方は覆いかぶさる形で、怒気を孕んだ少女と思わぬ僥倖に途中から黄色い悲鳴に変わった少女の図が出来上がっていた。

 もちろん、頭をぶつけたりして痛い所は痛いのだがこの際これは割愛する。余談にはなるが、学園長室前の2-Aの生徒達と、この事態を引き起こしたネギ少年も記憶に無いたんこぶが出来ていたりする。

 

 

 

 

 

 

 一瞬何が起きたのか判断が付かなかった。いまだ魔法の煙が薄らと覆っている中で、反射的にアスナを投げ飛ばそうとしたのは、良かったのか悪かったのかも判断が付かない。

 今分かっているのは、とりあえずアスナがうっとうしいと言う事だけになる。うつ伏せになった状態から顔を上げてみれば、アスナが嬉しそうな顔で私の胸の上に乗っかっていたりする。とりあえず心の中で、またアスナの変態度をワンランク上げなければいけないのかと溜息をつきながら、現状を確認する。

 

 ちなみに私の胸は決して小さくない。この前、エヴァンジェリンに子供に変えられて散々弄られたのだが、彼女自身も思う事があるのだろう。私だって十歳の姿のまま六百年も生きたいと思わない。

 

 それはさておき今の身体の状態は、頭を打って後頭部のやや右側が少し痛い程度。後は少し瞼が重いくらい。特に怪我をした様子はないし、不幸な事に学園長の眠りの魔法にも掛からなかった。

 しかしこれで、学園長に私の魔法防御の高さが露見した事を意味している。より優秀な魔法生徒として今後も見られる事を念頭において行動しなくてはならなくなった。考えるだけで最悪な気分になる。それでも、学園長の念書が貰えればまだましなのだけれど。この状態で果たして貰えるのかどうかはかなり怪しい。

 

 周囲を探ってみると、ネギ・スプリングフィールドをお姫様抱っこして部屋のソファーに寝かせる学園長の姿が眼に入った。分かってはいるものの、私達とは扱いに雲梯の差がある。ウェスペルタティアのアスナですら放置なのだから、どれだけ彼の事を可愛がっているかが良く解る。

 その一方、風で空中に浮かされてから、ソファーに置かれた女生徒達の姿が眼に入った。宮崎のどかと綾瀬夕映。しかも制服がところどころぼろぼろになっている。この二人がそんな姿でこの場に居るという事は、彼の魔法を何らかの理由で見てしまったのだろう。それに焦って逃げ出した彼を追いかけて、学園長室までやってきて纏めて眠らされたという事になる。

 

 つまり、二人とも魔法生徒扱い。もしくは記憶の隠蔽をされる対象となった。

 

「はぁ……」

 

 無意識に溜息が零れた。もう本当にやってられないという気持ちと、どう足掻いても彼はトラブルメイカーなのだと、何とも言えない気持ちになる。それはそうと――。

 

「アスナ! いい加減に離れて!」

「え~~。もうちょっと、この辺とか……」

「良いから離れなさい……」

 

 抱き付いているだけじゃ満足出来なくなったのか、この馬鹿娘はよりによって脚を手で触り始めた。これが異性なら十分に犯罪者……。いや、異性じゃなくても十分にやり過ぎだと思う。

 そこでふと、別の視線に気づく。見られていると感じる先は、本当に人間なのか疑いたくなる眉毛を持った学園長の瞳だった。

 

「何を……。見てるんですか?」

「いや、なかなか眼福じゃと思うての」

「セクハラで訴えますよ?」

 

 先ほどのネギ・スプリングフィールドの扱いと比較して、こちらをよく見ている学園長の言葉に、もう一度、自分自身とアスナを見てみる。……と、ある事に気が付いて確かめざるをえなくなった。

 恐る恐る自分の服装とアスナの服を、冗談だと思いながら見てみると、転んだ拍子に制服のスカートがめくれ上がって、……所謂、ダメだ口に出すのを躊躇う。

 

「アスナ! 起きて! パンツ見られてるから!」

「どこっ!? フィリィの、痛っ!」

 

 取りあえずアスナの頭をグーで殴っておく。魔力を込めなかっただけましだと思って欲しい。そのまま勢いよく身体を起こして、アスナもきちんと座らせる。

 

「学園長。本当に訴えて良いですか?」

 

 次から次に展開が飛んだハプニングだけど、この際利用させて貰おう。これで学園長を追い出せるのならパンツの一枚や二枚安いもので、何なら鍵付きの下着ケースを鍵ごとくれてやってもかまわない。

 けれども、もちろんそんな事で学園長が動くとも思えないので、とりあえずじろりと睨みつけたままで済ますのだが、その後の学園長の一言が余りにも衝撃的だった。

 

「かまわぬよ。『念書』が要らんのならのう。ふぉっふぉっふぉ」

 

 その一言に、完全に身体が固まった。つまり、学園長は私達に先ほどの条件を、この状況でも飲む事が出来るという事になる。

 

「訴えなかったら、貰えるんですか?」

 

 真剣な声で、学園長の瞑られた瞳に目掛けて、射抜く程の勢いで見つめ返す。一時は最悪の事態を想定したけれども、もしかしたらそれが回避できるかもしれない。それならばこの交渉を絶対に失敗するわけにはいけない。まだ魔法に関わらずに、一般人として普通の一生を過ごせるチャンスをもぎ取れるかもしれないのだから。

 

「別に訴えてもかまわんよ。確実に勝つからのう。それよりもネギ君じゃ」

 

 まぁ、そうだろうとは思う。こんな事で学園長を失脚させられるのならば、源しずな先生辺りがとっくに訴えてそうだ。

 

「お主らも今見たじゃろう? ネギ君の魔法防御の薄さをのう」

 

 学園長の言葉に嫌な予感がした。私の体の性能を一般人や見習い魔法使いと比較されては困る。けれども、対外的には私は末端の魔法生徒で、”未熟であるはず”なのだから。この学園長はそれを解った上で言っているのだと。本当に性格が悪い。

 

「……『念書』は貰えるんですよね?」

「良くわかっとるのう。エヴァも中々に優秀な”先生”の様じゃの」

 

 ぎりりと奥歯をかみ締めて堪える。彼女が学園の中でどんな位置に居るのかは分からないけれども、学園長の中では学園に必要な人材として認識しているのだろう。原作ではナギ・スプリングフィールドと共に、割りと指導者の如く優しい言葉をかけていた記憶があるのだけれど、この世界においては余り当てにならないのかもしれない。やはり、先入観には気をつけようと思う。

 そう考えている間にも、学園長は机に向かって書類を作っていた。座り込んでいた状態から立ち上がって、その内容を眼に入れる。そこには――。

 

 『魔法使いである事を隠しても良い』という事。『ネギ・スプリングフィールド先生のサポートを可能な範囲で努める事を頼んだ』という事。そして『有効期限は麻帆良中学校卒業まで』という、前者にとってはありがたく、後者にとってははた迷惑な言葉が書かれていた。しかも、私とアスナの両名の名前入りで。

 

「えっ……」

「学園長、何で私の名前もあるんですか?」

 

 さすがにこれは、驚くほどの好条件だと思う。後者は余計だけれども。

 

「まぁ、先払いの報酬のようなものじゃて。心配せんでも良い、今日ここで起きた事は無かった事になる」

「……先生達の記憶を消すんですか?」

「操作するのは、四人の生徒じゃよ。お主等は建前上じゃがのう」

 

 という事は、今日ここで彼が乱入した事実は揉み消すと言う事だろう。もちろん、宮崎のどかと綾瀬夕映が彼の魔法を目撃した事も。その代わり言う事を聞けという暗黙の了解を求められた事になる。

 彼女達にとっては、今後の人生を左右する程の大きな出来事が帳消しになるのだから、私から見たらあまりにも羨ましい。けれども事実として、関わらない方が良いと思っているから、悔しくても我慢しよう。そうは言っても、この世界の宮崎のどかは恐ろしいくらい積極的なので、今日みたいにあっさりと魔法使いの真実を目撃しそうだ。

 

「さて、その上で魔法使い人間界日本支部の長として命を下す」

「――なっ!?」

「しばらくエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの指揮下に入り、ネギ・スプリングフィールド先生の修行をサポートせよ」

 

 一瞬、不干渉の約束を反故にされたのかと思った。喉から出掛かった「約束が違う!」という言葉を飲み込んで、開きかけた口を閉じる。

 私と学園の契約は、私が社会人として世に出るまで有効のはず。極端な事を言えば中卒でも良いわけだけれど、さすがにそれで就職は無理なので高校卒業までは我慢するしかないと思っていた。いっその事、転校するとか無理やりな手段もあるのかもしれないけど、知らない危険よりは知っている危険をとったのが今の状態なのだから。けれども学園長は私の苦悩を知る事無く、たった今渡した『念書』を逆手にとって、中学を卒業するまで堂々と彼のサポートを頼めるという結果を作った。

 

「そう言うわけじゃからのう、二人ともエヴァンジェリンの所へ向かって欲しい。まぁバイト代くらいは出すぞい。ふぉっふぉっふぉ」

 

 断れば、『契約書』と『念書』で脅される。と言う事なのだろう……。何だかどんどん逃げ場が小さくなっていく。もう、本当に魔法使いとして生きるしかないのだろうか。

 

「ね、ねぇフィリィ。元気出して? 大丈夫だって、死んじゃうわけじゃないんだから。ね?」

「……分かりました」

 

 アスナが気遣ってくれるのは分かったけれども、学園長に対して意気消沈しながら了解の言葉を返すのがやっとだった。そのままソファーで何も知らずに眠る彼を一目見て、何かを考えるのも嫌になり、無感情に学園長室を後にした。

 

 

 

 憂鬱な気持ちのままエヴァンジェリンのログハウスに到着してから、先程あった学園長とのやり取りを説明する。彼女がネギ・スプリングフィールドをどう料理したいのかは知った事ではないけれども、始終面白そうな表情で話を聞く彼女は、私を余計に疲れさせるだけだった。

 

「爺め、素知らぬ顔をしていながら虎視眈々と狙っていたな」

「何をですか?」

「そんなのは自分で考えろ。それよりもあの先生だったな」

「これまでの事、考えが有ってして来たんですよね?」

 

 わざと教室で目立つような行動や、彼の授業になるとサボるなど、悪目立ちも良い所だったのだから。何かしら今後に繋げる計画が有ったのだろう。一体何をどうしたいのか分からなかったけれども、きっと私では気付かない様な策略があったに違いない。と、思いたい……。

 

「あぁ、あれか。意味など無いな」

「「はぁっ?」」

 

 さすがにこれには私とアスナの声が重なった。くつくつと笑う彼女の眼には、二人揃って呆けて間抜けな顔が映っているだろう。あれだけ目立つ事をしておきながら、特に意味が無いとはどういう事なのだろうか。

 

「あえて言えば、それであの”先生”がどう反応するか見ていたと言った所か。その程度で怯えるなら、国に帰った方が良い。立派な魔法使い(マギステル・マギ)に成る以前の問題だ。逆にこちらに興味を持ってくるのならば、喜んで迎えよう。もっとも歓迎の方法は辛辣になるだろうがな。フフフ」

 

 ……この人も相当に性格が悪い。ただのいじめっ子にしか見えない事もないのだけど。要は、ナギ・スプリングフィールドという好きな男性の息子を苛めたいだけ。原作知識がある私だから、そういう方向に考えがちだけど、もうそうとしか考えられない。

 それで良いのだろうか。仮にも彼は既婚者のなのだし、母親であるアリカ・アナルキア・エンテオフュシアとか置いてけぼりも良い所だ。彼女がどこに行ったのか知らないけれど……。魔法関係の余計な事に詳しくなりたくなかったからあえて聞かなかったけれども、場合によっては後でアスナに知っている範囲で彼等の事を聞いておいた方が良いかもしれない。一応心に留めておこう。

 

「はぁ……」

 

 何だかもう今日は考えるのが嫌になってきた。とりあえず、私達は彼女のサポートをして、彼をいたぶる役、あるいは誘い出し、逆に彼のフォローか正体を隠して援護なり何なりしないといけないのだろう。

 

「すみませんちょっと休ませてください」

「あ、フィリィ。今度こそ膝枕――」

「もうそれで良いから休ませて」

「ふぃりぃがおかしくなった!?」

 

 もう反論するのも疲れたので、学園長にもらった魔法の念書を、テーブルの上に投げ出したままカーペットに寝転がる。いそいそと私の頭を持ち上げる嬉しそうなアスナと、それに参加してくる茶々丸が意味不明なのだけれど、彼女達は一体どこに向かおうとしているのだろう。

 

「まだ寝るんじゃない。後二つ言う事がある」

「二つ、ですか?」

 

 閉じかけていた瞳をぱちりと開いて、声の方向へと顔を向ける。

 

「一つ目は、セクハラがどうとかほざいていた事だ」

「はぁ……。それが何か重要なんですか?」

「どうせお前の事だから、スパッツやらズボンやらを履いておこうとか考えているのだろう? やめておけ」

 

 それは、確かに頭の隅で考えていた事だけれど、なぜそんな事を? これから原作に巻き込まれてしまうのだとしたら……。非常に不本意だけれども、本当に巻き込まれてしまうのだとしたら。セクハラ小動物とかネギ・スプリングフィールドのラッキースケベにさらされてしまう可能性がある。今日の学園長の行動でもそれは良く分かるけど。

 

「馬鹿な事を考えるな。せっかく女に生まれて、それも見目が良いのに利用しない手はない。あの爺ですら結局は男という事だ。見られるのが嫌ならアンダースコートかブルマでも買って来い。どうせなら際どい格好でも普段からしていれば良いんだ」

 

 ……不味い。だんだんエヴァンジェリンの眼が据わってきた。もしかしてもまた、彼女自身の体形の事で絡まれるのだろうか。この年になって、小学生の様に扱われる羞恥プレイはもう二度と体験したくない。人生の総計で既に三度したけど、それは忘れる事にする。

 凄い下着を着せられて、堂々と見せて歩けと言われなかっただけましだと思っておこう。この人が本気になったら、一体どんな事をされるのか分からないのだし、何かしら見せて良いものを用意するしかない。ここは頷いておくに限る。

 

「それからもう一つ。お前はいい加減に覚悟を決めろ」

「どういう意味ですか?」

「確かにお前は強くなった。それは戦いを主に置いた魔法使いとしての意味だ。だが、逃げ続けた先に、本当に最悪のタイミングで追い詰められるのが人生だ」

 

 言いたい事は分かる。確かに私は平凡な人生を、一般人としての普通の人生を望んでいる。けれども、いずれはまともに生きられなくなる事は、この体質からしても分かっていて棚上げしている。

 彼女の人生は、成長せずに変わらない外見や吸血鬼という体で、一方的に殺されかけたり化け物と罵られた事もあると知っている。けれども、何でそれを、今私に言うのだろうか。

 

「現代社会はあらゆる意味で厄介だ。過去の様に城に篭り続けるわけにもいかず、既存の戸籍や魔法社会で管理されている。魔法組織の力関係もある。将来的に、独立するのか組織に身を寄せるのか、隠れ住むのか。今のうちに考えておく事だな」

「……はい」

 

 彼女は、いずれ私が魔法の世界でしか生きていけなくなると確信しているという事か……。余り嬉しくない想像なのだけど、年長者の経験を軽々しく蹴るほど愚かな選択をするつもりは無い。

 何だか疲れて休みたかったはずなのに、脳を覚醒させられて、寝転んだまま瞳だけを閉じて考える。彼女の言葉が、前者はともかく、後者の言葉は深く深く私の中に染み込んでいった。




 いくつかフラグを立てる必要があったので、ここで立てました。
 エヴァとネギの対決フラグと、巻き込まれるフィリ達の将来と服装です。原作では雑誌の特性もあって、際どいシーンや全裸とか酷い事になったりしていたのでその辺の対策の話も。

 2013年7月3日(水) フィリィが学園長の眠りの魔法を完全に無効化している点を不自然だと感じたため、眠気を耐えた表現に修正しました。その他、細かな表現を修正しました。

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