しかし回りこまれる   作:綾宮琴葉

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第13話 ある日常の一幕(1)

「ゆえゆえ~! 次の時間、ネギ先生だよ! 英語の授業だよ!」

「はしゃぎ過ぎですよのどか」

「う~ん。頭が良くて、将来のルックスも期待大。さすが英国紳士は伊達じゃないって? あの本の虫ののどかが一目惚れだなんてね~」

「キャー! 言わないでよハルナー」

「痛いってば! 教科書で叩くんじゃないわよ!」

 

 春って、二月からだった? 私の記憶が確かなら四月くらいだったと思う。立春は二月だけど、何だかとっても何かを悟ってしまったような、物悲しい気がする。

 要するに近頃のA組では、彼の授業の前になると、この手のやり取りがよく見る光景になってしまった。もっともそれは彼女に限った事ではなく、何人かの好意的な生徒の間で良い話しの種にされている。それにしても、教科書をバシバシ叩きつけて恥ずかしがる宮崎のどかの姿はとても新鮮に映る。

 

 彼が赴任してきてからは、高畑先生の授業に代わって英語の教育実習をするようになった。前世の記憶と参考書の勉強も含めて、子供の頃からアスナの英語に付き合わされたおかげか、とりあえず中学レベルのものは問題ない。問題ないのだけれど、かえって墓穴を掘っている気がしてならない。

 つまり英語の授業に限っては、私の容姿のせいもあってどうしても目立ってしまう。ネイティブな英語が話せてしまうのも問題で、アスナと合わせて当てられる回数が多い。

 

 それに自分から手を上げる雪広あやかもよく当てられるが、彼女の天然金髪は本当に日本人なのかと聴きたくなる。わざわざ聴かないけれど。他のクラスメイトは露骨に目を逸らして、当てられない様にする姿も良く見かける。

 そんな事もあって、彼の授業ではどうしても憂鬱になる。まぁそれでも、親密で魔法を知っている相手として当たられた、原作の神楽坂明日菜に比べれば大分ましなのかもしれない。

 

 ちなみに純粋な白人のエヴァンジェリンは、彼が赴任してきてからサボりが目に見えて増えている。特に彼の授業が有る日は、高確率で授業に出てこない。

 

「はぁ……」

「フィリィ、大丈夫?」

「帰りたい」

「まだ午前中……」

「それでも良い、帰る」

「帰ると余計目立つよ?」

「分かってる……」

 

 そんな事をしたら目立つと分かっているけれど、それでも彼の授業だから出たく無いわけで……。

 やっぱり、彼の来訪初日で何かのフラグを立ててしまったのだろうか。どうも彼が教室に入ってきてから授業をしている間、キラキラとした目線がこちらに向いている様な気がしてならない。

 どう考えても私の思い込みと言うか、意識し過ぎだと思うのだが、気になるものは仕方が無いと思う。とにかく、気にしていても進展は無いのだし、気を取り直して授業に向かうしか無いだろう。

 

「真常さん。少しよろしいですか?」

「……なんでしょう?」

 

 本当は少しもよろしくは無いが、何も応えないで無視する方がもっとよろしく無いので、仕方が無く返事をする。綾瀬夕映も早乙女ハルナも席が近い事も有って、いつも騒いでいる宮崎のどか達のグループの声はどうしても聞こえてしまう。けれども、彼女からの問い掛けは本当に珍しい。

 まさか勉強が嫌いでバカブラックと原作で呼ばれた綾瀬夕映が、勉強を教えてほしいなどと言う事は無いだろうし、一体何なのだろうか?

 

「ネギ先生が赴任してから、クラスではその話題で持ちきりです。ですが真常さんの場合はまるで興味が無いように見えます。と言うよりは近づかないように見えたのです。先生の様な特別な存在に、興味が沸く事は無いのでしょうか?」

 

 あぁつまり、彼女は彼に興味がある。と言う事なのだろう。流石にまだ魔法を見たわけでは無いだろうし、憧れが芽生えているはずも無い。つまり、純粋な興味と言うことだろう。私が彼を避けている態度に、薄っすら気付かれていても不思議は無いけれど、それだけ彼女は私を見ていたと言う事だろう。

 ……あれ? いつの間にかよく分からないフラグが、また立っているのではないだろうか? 彼女が私に興味を持つのも、宮崎のどかによく近くで騒がれるのもまったく持って意味が分からない。初対面だろうがなんだろうが、ハッキリと嫌悪でもしない限りあっさり仲良くなる女子特有の部分は分かるのだけれど、よりによってなんで原作の重要キャラの彼女達から私に向いてくるのかと、頭を抱えたくなる。

 

 ここで彼に興味がありません。と一言で片付けるのは簡単だけれど、それでは角が立つし逆に不自然に目だって余計な興味をもたれるのは良くない。それなら、彼女の様な自己解析をするタイプには、自問自答となって引き下がる答えを返せば良いのではないだろか。

 

「綾瀬さんにとって、彼は特別と言える意味があるんですか?」

 

 つまり、哲学というか理屈に重きを置いている彼女なら、彼に特別という言葉を使った自分に戸惑うのではないだろうか?

 ここで哲学に詳しい人間ならば、彼女を理屈で退散させられたのかもしれないが、生憎私はさっぱり分からない。もちろん馬鹿になんてしていないが、人には向き不向きと言うものがあるのは間違いないと思う。

 

「……特別な意味、ですか?」

「え、夕映もネギ先生の事が好きなの?」

「マジで!? 哲学少女の夕映が?」

「違いますよ。私はそんな話はしていないです」

「夕映はネギ先生の事好きじゃないんだよね!? 信じちゃうよ? 好きだったらライバル宣言しちゃうぞー?」

「はい、誓ってそんな事はありません。だから安心してください、のどか」

「なーんだ、まさかの三角関係かと思ったのにねー」

 

 どうやら、目論見は大幅に外れたらしい。やっぱりこの時点では彼に興味はあっても、大きな好意は無いという事だろう。それに、彼女達にとってはやっぱり恋愛の方が重用だったと言う事だろう。宮崎のどかは彼女達の親友なのだし、必ず結ばれると言うわけでは無いだろうが、ささやかな恋を応援したい気持ちのほうが勝ったと言う事なんだと思う。

 即座に否定した彼女の言葉にぶれは無かったし、いつも通り寝ぼけたような目付きをして、真顔のまま即答した事からも、彼を恋愛対象として見たりはしないのだろう。

 

 というか今、何気にまた何かのフラグが立たなかっただろうか? まさか綾瀬夕映が彼を好きになったら、性格が激変している宮崎のどかと修羅場なんて事になるのでは? とりあえず今は、それは頭の隅に追いやって、考えない事にしておこう……。

 

「私はネギ先生の理知的な行動と、紳士的な姿勢に驚いているのです。十歳と言う年齢も去る事ながら、それを身に付けてきた先生の環境にも驚きは隠せません」

「こらこらゆえ吉さん、あんまり難しい事は分からないってば」

「つまり、のどかの見る目は間違っていないと言う事ですよ」

「えへへ、そっかー。それじゃ、卒業したら本格的にアタックしないと! さっすが夕映、私は良い友達を持ったよ!」

「それに、真常さん。貴女もですよ」

「……え?」

 

 何だろうか、彼女に何かを言われる様な事は、何もしていないと思うのだけれど。

 

「貴女の勉学に対する熱意は私には理解できませんが、ネギ先生のような天才少年と言われる存在と貴女はとても似ていませんか?」

「そう言うのは、葉加瀬さんとかに言ったら良いんじゃないですか?」

「彼女達は科学の分野や、超包子といった方向に既に興味が向いています。ですが、真常さんは特に向けている分野は無いですよね?」

 

 不味い……。どうしてこう食いついてくるのだろうか。大分、苛々してきている。

 私だって短命と言われた運命と、魔法と言う理不尽に、命が刈り取られる世界に身を置いていなければ、普通の学生として生きられたんじゃないか。そう考えた事は一度や二度じゃない。今となってはアスナもいるのだし、逃げ出そうとは思わないけれど、A組のあまりにも気楽な様子には、思う事が無くも無い。

 

「もしですが、よろしければ哲学研究会に入ってみませんか? その理解力と理性的な瞳には興味があります」

「…………お断り、します」

 

 多分鏡があれば、間違いなく引き攣っている私の顔が見れると思う。苛々する気持ちを押さえ込んで、至極何でもないように、努めて普通の表情を保つ。けれどきっと、保てていない。

 どうして放っておいてくれないのだろうか。どうして日常への憧れを引き出させようとするのか。なぜ、彼女達に羨ましいと思わされてしまうのか。日常のたわいも無い会話や、ちょっとした事で騒ぐ姿を、羨ましいなんて……。

 

 そもそもなんで彼女達が、私に話しかけ始めたのかも分からない。宮崎のどかのハイテンショントークがきっかけだったのは分かるのだけれども……。ダメだ、抑えないといけないのは分かるけど、理性でどうにもならないものもある。

 

「どう、して……」

「え?」

「何で、私に構うんですか。放っておっ――! むぐ」

 

 思わず怒鳴りかけた口を、背中から抱きしめてきた誰かの手で、押さえ黙らされていた。耳元で「落ち着いて」と小さな声で、いつもの鈴の様なアスナの声が聞こえてくる。

 助かった。ここで感情任せに怒鳴っていたら、取り返しが付かなかった可能性も有る。些細な喧嘩から仲直りして友達に……。何て事はごめんだし、これ以上彼女達と深い仲にはなりたくは無い。それにこのクラスの場合、悪目立ちしたまま囲まれて仲良しグループに認定みたいな事になっても困る。それならまだハブられていた方が、A組に限ってはましだろう。

 

 口を押さえているアスナの手首に軽く触れて、指先で二度ほど叩いて「もう大丈夫」と言う意思を示す。それから拘束を解いたアスナに「ありがとう」、「ごめん」と言葉を伝える。

 するといつも通りの、原作の神楽坂明日菜の面影などどこかに吹き飛んだ、清楚感のある笑顔で返してくれた。

 

 目立ちたくない目立ちたくないと言いながら、熱くなってしまった自分に反省しなくてはいけない。私が出来る事は、持てる力を活かして考える事なのに、これではエヴァンジェリンの忠告も生かすことが出来なくなってしまう。

 

「そうですね。私は語らえる相手が欲しかったのかもしれません」

「あ、そうそう私も! 真常さんはいっつも難しい本読んでるからお話してみたかったんだ! 私もたくさん読んでるけど、ファンタジー小説とかばっかりで、難しい本が読める人は尊敬してます! それにそれに、やっぱり優しいと思うんです! だって、嫌そうにしててもちゃんと応えてくれるじゃないですか!」

 

 つまり、結局はただの友達になりたいだけ。と、言う事なのか。……それこそ、放っておいてもらいたいところなのだけど。

 

「少し、頭を冷やしてくる」

「あ、フィリィ。もう――」

 

 座っていた椅子から立ち上がり、教室を後にしようとする。けれども、やっぱり運命と言うものは残酷で、教室から出ようとした時には最悪な出会いが待っていた。

 

「あ、あれ? もう授業が始まりますよ、フィリィさん」

「…………はい」

 

 どうしてこう、彼はいつもタイミングが悪いのだろう……。そんなに不思議そうな顔と、期待に満ちた目を向けられても困る。

 

 

 

「えっと、今日の授業は皆さんと仲良くなるために、プリントを作ってきました」

 

 プリント? 彼の授業内容は、漫画では殆どカットされていたから、どんな事をしていたのかは分からない。これまでは普通に教科書を読んで訳して文法の説明をする。そんな授業だったのだけれど、急にどうしてそんな事を?

 それにしても、こんな時に誰も隣に居ないと言うのは少し困る。邪推ばかりして嫌な予感が拭えない。茶々丸は居るものの、サボってばかりいるエヴァンジェリンに、少しばかり文句も言いたくなった。

 

「皆さん、プリントは行き渡りましたか? これから隣の席の人と、英語で友達になるための会話をしてもらいます」

「えー、私ネギ君とお友達になりたーい」

「こらこら、今は授業中だぞ」

「はーい! 怒られちゃった、てへへ」

 

 ちょっと待て。高畑先生に注意される生徒はともかく、隣ってあのエヴァンジェリンなんだけれど。とは言っても今は居ないし、一体誰と? と言うか、あちこちで微妙な悲鳴が聞こえてくる。

 例えばどこかのネットアイドルがぶるぶると震えて嘆いていたり、どこかの無口剣士が微妙な雰囲気を出していたり、喋らないピエロとかどうしろと? なにか人選ミスというか、授業内容の選択ミスのような気がするのだが、一体何故急にこんな事を?

 

 そうは言っても、一応ちゃんとした授業である事は間違いないのだし、やるしか無いのだろう。今日の欠席は隣の彼女だけだし、そうなると私の相手は……。姿が見えない相坂さよの隣の、朝倉和美? もの凄く相手にしたくないのだけど……。

 

 それでも一応、彼には考えがあったようで、一人で居る私達に指示が出された。

 

「今日はさよさんと、エヴァンジェリンさんが欠席なので、お二人にはタカミ……高畑先生と、僕が代わりを務めたいと思います」

「何ですって!?」

「ネギ君、私が代わりに相手するよ!」

「ええー! だ、ダメですかー!?」

 

 ダメと言う事は無いと思うけれど、出来れば私の相手は高畑先生でお願いしたい。困ったような視線を高畑先生に送ると、苦笑いしながらもすでに朝倉和美に向かっていた。一応ちゃんとした授業ではあるのだし、ここで彼に帰れと突っぱねるのも無理だろう。

 はぁ……。今日何度目か分からない憂鬱な気持ちを押し返して、こちらに近づいてくる彼を視界に納める。本当に凄く嫌なのだけれど、どうしてこんな授業を思いついたのだろう。

 

 エヴァンジェリンとは逆の隣。備え付けの開いている席に座ってこちらに向かってくる。

 一瞬、彼の少しの前の席に座っているアスナと目が合うと、視線で「頑張って」と言われている気がして、どうしようもない現実が認識できた。

 

「それじゃ、よろしくお願いします。あ、英語の方が良いですか?」

「……日本語で結構です」

 

 どうしよう。今度こそ間違いなく顔が引き攣っているに違いない。それどころか、周囲から物凄い視線を感じる。雪広あやかに宮崎のどか。アスナからもそうだし、なぜか茶々丸からも。何だか授業どころか、彼と友達になる権利を不意に得た女狐みたいに思われているのだろうか。冗談じゃない。欲しければ誰かが間に入って、持って行ってほしい。

 彼の悪意の無い視線に、どうしようもなく冷や汗が出る。本当にどうしてこんな事に。いや、逃げていても仕方が無いのだけれど。彼に友達になりましょうと言われても、友達にはなりたくないわけで……。

 

「それじゃ、僕から――」

 

 「Hello.(こんにちは)」から始まって、例文通りの自己紹介。そして、その時が迫ってくる。何でこんな事で心臓の鼓動が早まるのか分からない。今すぐ物理的に黙らせてやりたいのだが、教室でそんな事をするわけにもいかないし。あぁそういえば、エヴァンジェリンが校内暴力をしても良いとか言っていたような? これは間違いない。どうでも良い事を考えて、現実逃避している。

 

「Please be my friend.(僕の友達になってください)」

 

 ごくりと、渇いた喉に唾を飲み込む音が聞こえた。答えたくない。教科書通りに「You welcome.

(よろしく)」なんて言葉を口にしたくない。

 頭がくらくらして眩暈がする。彼と友達になんてなりたくない自分が、何度も自問自答を繰り返して拒絶している。手に握った汗が気持ち悪い。どうしよう。けれど、やっぱりここは……。

 

「You…………No.(なりません)」

「え、えぇー!?」

「ちょっとちょっとー!」

「そこはOKするとこでしょ!」

「流石です、真常さん」

「はいネギ先生! 私が、私がお友達になりますわ!」

 

 何か変なセリフが聞こえた気もするのだが、教室中が椅子から転げ落ちるような雰囲気に包まれた気がする。けれどもクラスメイト達が彼に押し寄せて、私が私がと、次々にYesとwelcomeを答えて友達になろうとしている。

 ついついNoと言ってしまったけれども、授業なのだしここは耐え忍んでwelcomeと言うべきだっただろうか。しかし、私の中の警鐘がどうしても答えるなと告げていた。今も冷や汗は収まっていないし、今すぐ寮に戻ってシャワーでも浴びて落ち着きたい。

 

 高畑先生に視線を送ると、苦笑いをしながら此方へと足を向けて近づいてくる。やっぱり、さっきの対応は不味かっただろうか。

 

「いや、すまないね。授業内容がこうなるとは思ってなかったんだ。けど、出来ればNoとは言って欲しくなかったよ」

「……すみません。つい、本能的に……」

 

 とりあえず今日の授業は、もうこのまま騒いでまともに進まないだろう。収拾が付かなくなれば高畑先生が纏めるだろうけれど、基本的には彼の教育実習なのだから、先生が纏めて落ち着かせるのは筋が違う。もっとも、あまりに酷ければ隣のクラスの先生か新田先生がやってくるかもしれない。

 それはまぁともかく、放課後は息抜きに費やした方が良いかもしれない。むしろ、誰かの様に偶にサボってみるのも良いんじゃないかと思える程、今日一日で疲れた気がする。

 

 

 

「ねぇ、フィリィ。ネギのアレはちょっと目立っちゃったね」

「うん。でも、答えたくなかったし……」

 

 救いなのは、騒ぎながら友達になったクラスメイト達のおかげで、直ぐ収まった事だろう。少しやらかしたような気もするが、気にしていても仕方が無いし、嫌な事はさっさと忘れるに限る。

 甘味処のあんみつを、一匙分掬って口に運ぶ。甘さを噛み締めながら、今日あった出来事に次々と蓋をしていく。もちろん、嫌な予感がしたフラグは別に分けておく。

 

 しかし、今日の事である程度確信に近いものが持てたかもしれない。やっぱり、彼は私達にある程度の興味を持っているかもしれないという事を。

 

「そうだアスナ。止めてくれてありがとね」

「え? うん、どういたしまして」

「それとネギの事。やっぱり、避けて通れないかも……」

「しょうがないよ。タカミチだって全部面倒見られないもん」

 

 午前中の綾瀬夕映とのやり取りで、思わず失敗仕掛けた事を思い出して、もう一度お礼を伝える。それに彼の事。先生と生徒と言う立場なので、これからも避けて通れないと強く感じる。

 

「はぁ……」

 

 思わず今日何度目か分からない溜息が出た。日常への憧れは、やっぱり簡単には捨てられない。だからといって、あのA組の中に飛び込んでいくつもりはまったく無い。B組の生活が懐かしい。そうは言っても、結局アスナがべったりだったわけだけど。

 

「何だ、随分と盛大な溜息をついて。あぁ、他に席が無いんだ。相席構わないかい?」

「……龍宮、さん? それに……」

「すみません。失礼します」

 

 桜咲刹那……。まさかこんなお店で会うとは思わなかった。彼女達が言う様に、確かに他の席は開いていない。それにお店から見ても、同じ制服を着ているから構わないと思われるだろう。

 断るのは簡単だけれど、ここは普通の態度で居た方が良いだろうし、彼女達と喧嘩して敵対する事も無い。彼女達だって、私が魔法関係は不干渉で居るのは分かっているはずだし、易々と聴きに来ないと思う。

 

「あぁ、私はあんみつデラックスを二つ」

「私は普通のを一つお願いします」

「かしこまりました~」

 

 うっ……。もう夕方だと言うのに、デラックスサイズを迷いもなく二つも頼んだ彼女に一瞬引いてしまった。龍宮真名はそんなに甘いものが好きだったのだろうか。流石に原作キャラの細かいプロフィールまでは覚えていない。とりあえず、本人は平気そうなのだしそういう事なのだろう。

 桜咲刹那は普通に見える。私達を意識する理由は特には無いのだろう。彼女にとって必要なのは、近衛木乃香に敵対する存在を排除する事なのだし、魔法関係者との接点を拒否したい私としては、興味が無いと思っていてくれたらありがたい。けれども、逆にそれを罠と感じて、狙っている刺客だと勘違いされたら元も子もない。

 

 チラリとアスナに視線を送ると、こちらの意図を汲んでくれたのか、少し早口であんみつを片付け始めた。私もそれに習って、楽しんでいた甘味を少し惜しいと思いつつ口に運ぶ。

 

「なんだ、ゆっくりして行けば良いのに」

「そういうわけにも行きません。基本的に、干渉は無しです」

「……真常さん。一つだけ、聴いても構いませんか? 木乃香お嬢様の敵には――」

 

 干渉は無しだと言った側から聴かれるなんて……。やっぱり原作初期の彼女は、とても頭が固いと思ってしまう。もっとも、柔らかくなったからと言ってそれが全部良い事かと問われると、、全てが悪いとは言えないところもある。

 とりあえず彼女には、不干渉を貫く姿勢だと話すべきだろう。

 

「心配はいりません。私の契約の相手は学園長ですよ? その孫に何をするって言うんですか」

「……なるほど。その言葉、今は信じさせてもらいます」

 

 「今は」と言うならば、今後の私達の姿勢で考え直す余地がある、と言う事だろう。その姿勢を崩す気は更々無いけれど。

 ……そうだ、向こうから言って来たのだから、ついでに聴いても良いかもしれない。アスナに念話で以前に話した事を軽く確認すると、肯定の答えが返ってきた。けれどもこれは、あくまで非常手段の一つ。私達が表立って力を使えない時の保険にしたい。

 

「龍宮さん」

「おや、不干渉じゃなかったのかい?」

「先に聴いてきたのはそちらでしょう? そのお礼に、私の質問にも答えてくれませんか?」

「……何だと?」

「良いじゃないか刹那。珍しく無口なクラスメイトが声をかけてくれるんだ。たまには聴いたって良いだろう?」

「それでは単刀直入にお聞きします。貴女を護衛に雇うとしたら、一仕事いくらかかりますか?」

「へぇ……」

 

 彼女の目がすっと細められたのが分かる。面白がっているのか、警戒されているのか分からないけれど、彼女の中で何かしら思う事があったのかもしれない。

 けれど、彼女も桜咲刹那も口は堅い方だろうし、仕事ならば洩らすような事はしないと信じたい。ここで彼女達に洩らされたとなると、私の信用が無かったか、彼女達と取引をしようとした私が甘かったと言う事になる。

 

 コトンと小さな音を立てて、何かの魔力を発する円筒型の魔導具がテーブルに置かれた。おそらく、認識阻害か盗聴防止のアイテムだろう。

 

「理由は聞かないが、仕事となればそれなりに要求はするぞ? 学生に払える額じゃない」

「聴くくらいはタダでしょう? それでもと言うなら、デラックス一杯分くらいは奢りますよ」

 

 鞄から財布を取り出して、千円札をすっと彼女の元に送り届ける。こちらが真面目に聞きたい意思表示と、彼女が甘味好きならばちょっとした賄賂になるだろう。一瞬、驚いた目をしてから口元が綻んだのを見ると、決して悪い選択では無かったと思う。

 

「そうだな。クラスメイトのよしみで多少割り引こうか。丸一日で二百万と言いたい所だが百九十万。一時間の護衛で九万にしておこうか」

「……龍宮」

 

 面白がった声ですらすらと答える彼女と対照的に、桜咲刹那の声は硬い。おそらく、遊ぶような事をするなと言っているのだろうが、私達だって本気だ。それを証明するためにも、一度素直に飲み込む必要があるだろう。

 

「ではそれでお願いします」

「なっ!?」

「良いのかい? それじゃ連絡先を交換しておこうか」

「龍宮!」

「落ち着いてください。私達だって本気なんです。それと、この事は内密に」

「……分かりました」

 

 少しだけ怒気を放っていた桜咲刹那に、本気の一言で黙ってもらい、彼女と互いの連絡先を交換する。かなりの金額である事は間違いないけれど、二度か三度なら、時間制限付きで頼めば何とかなるだろう。彼女自身はプロなのだし、私みたいに言い出す相手だって一人や二人ではないと思う。

 

 そのまま席を立って会計を済まし、店を後にする。少し危ない橋を渡った可能性もあるけれど、それなりの収穫はあったかもしれない。

 もしかすると、彼女達が私達に対して悪意を持っていない可能性を確認できた事の方が、収穫だったかもしれない。


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