ブレイク・ユア・ディスティニー!! リローデッド   作:愉快な笛吹きさん

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小竜姫編
リポート④ 再・ドラゴンへの道!!


 笛を鳴らすかの様に、風が音を立てていた。周囲からだけでは無く、谷底からも吹きつけるそれは、冷たくはなく、寧ろ生温い。

 日本の山である事は間違いないが、それでも植物は草花の一本すら生えておらず、道に至っては獣道どころか、人の横幅大ほどの細道しかない。

 それらが頂上に向けてとぐろを巻いている光景は、異界にでも迷いこんだかの様な違和感を感じる。

 

 足を踏み出せば、蹴飛ばされた小石が谷底に落ちていく。次の一歩で、自分たちがそうならないとも限らない。不幸にしてそうなった者たちは、あの風に混じって恨みの声を上げているのだろう。

 

 五感の全てが恐れを抱く場所。人間との交流を遮断し、しかしながら神と人間とを細糸で繋ぐ場所。その名を、妙神山と言った。

 

「……なんちゃって。俺ってカックイー」

 

『妙なナレーションはしなくていい。とっとと歩け』

 

「へいへい」

 

 

 バンダナの中心から顔を出して指示してきたセイリュートに急かされて、横島が再び歩き始める。

 現在彼らがいる場所は、妙神山の中腹辺りだ。とは言っても、相変わらず綱渡りの様な細い山道が続いているだけだったが。

 登山経験者すら裸足で逃げ帰りたくなる様なこの山も、何度も来れば余裕もできた。この辺りであれば、後30分も登れば門の前に着くだろう。

 問題は――

 

「大丈夫か? ルシオラ」

 

「へ、平気……」

 

 10メートルほど後ろを、息を切らせてついてくるルシオラに、横島が声を掛けた。返事とは裏腹に、その表情はどう見ても大丈夫とはいえない。

 

「魔族の頃だったなら……っ……ひとっとびだったけど……っ……人間って大変ね……っ」

 

 追い付いたルシオラが、立ち止まるやいなや岩肌に手を付いて呟く。麓で判明したのだが、人間となった彼女は、飛ぶ事はおろか、霊力や術の類までほぼ使えなくなっていた。

 

「…………はぁ。ヨコシマって、すごかったのね。こんな険しい山を、荷物まで担いで、すいすい、登っていくん、だから」

 

「まあ何度も来てるしなあ。それに最近じゃシロの散歩にも付き合わされていたし。あいつ散歩に朝晩50キロを要求してくるんだぞ」

 

『お前は色々と規格外過ぎるな』

 

「同感。でも……確かに体力は、必要かも」

 

 酸素を求め、深く呼吸をしながら喋るルシオラ。その姿になんだか懐かしいものを感じつつ――あの時は労りの言葉一つ無かったが――横島が再び足を進めた。それに10歩ほど遅れて、ルシオラの足音が交じり出す。

 助けてやりたくはあったが、霊力・体力を温存するために手は出すなと、セイリュートからも本人からも、厳命されていた。

 それでもリュックを背負い直すなどして、時間を稼いではいたのだが。

 と、その時だった――

 

「あっ!!」

 

 疲労で注意が削がれたのか、ルシオラが地面の段差に足を取られた。前につんのめり、視界がそれまで見ていた地面から、雲海立ち込める崖下に切り替わる。

 何もかもがスローモーションになった景色の中、無意識に死を覚悟した彼女が目を瞑った。

 その瞬間――

 

「ルシオラ!!」

 

 叫びながら、横島が右手を伸ばした。普通なら間に合わない距離。だがそこから飛び出した霊気の鉤爪が、間一髪でルシオラの腕を掴む。

 

「っっどぉっせええい!!」

 

 両足を踏ん張り、ルシオラの体重を感じた瞬間、腕をかち上げた。ぐん、としなった霊気の爪が、カジキの一本釣りを思わせる動きで上空に舞う。そのまま爪を手繰り寄せ、最後に両腕で彼女を抱きとめると、大きく息を吐いた。

 

「はー、危ねー危ねー……大丈夫か?」

 

「ご、ごめんなさいヨコシマ! 私のせいで無駄に霊力を使わせて……」

 

 身体を斜めに傾け、足をつけてやると、途端にルシオラが謝ってきた。

 心底申し訳なさそうに俯く彼女に、反射的に慰めの言葉をかけようとするが、

 

『まったくだ。今回は栄光の手だけで救出できたが、あと一歩遅れていたら文珠を使わざるを得なかったぞ』

 

「お、おい! そんな言い方は……」

 

 突き放した様なセイリュートの言動に、思わず突っかかる。だがそれを「待って」とルシオラが引き止めた。

 

「いいのヨコシマ。完全に私のミスだもの。ママに責められるのは当然だし、かえってその方がすっきりするわ」

 

「い、いや……でも……いいのか?」

 

「ええ。庇ってくれてありがとう。ママもごめんなさい」

 

『ああ』

 

 言葉少なにセイリュートが返事をする。そこで話が途切れると、笑顔を作ったルシオラが「先に行くわね」と言い残して歩き出す。

 疲労はまだ回復してないだろうが、その足取りは先程よりもはっきりしていた。

 

 何か言ってやるべきだろうか。彼女の背中を見つめつつ、横島も後を追いかけたが……結局は何もないまま門の前に辿り着いたのだった。

 

 

「おー着いた着いた」

 

 二階建ての家ほどの高さはある巨大な木造の門を、横島が額に手を当てながら見上げる。

 達筆な墨字で【妙神山修行場】と書かれた看板は、 初めて来たときこそ、門を挟む様に控えている鬼門たちの迫力と合わさり、おどろおどろしくも見えたが、今となっては単なる美少女管理人が住む家の表札くらいにしか見えなかった。

 

 ただし、彼女の機嫌を損ねなければ、だが。

 

 

「平気か?」

 

 横を向くと、先に来ていたルシオラが、岸壁を背にへたり込んでいた。近くに行って声を掛ける。

 

「平気……ってわけにはいかないわね。足がもうぱんぱん」

 

「そっか……待ってろ。今冷やすものを……」

 

 言うが早いかリュックを開ける。来訪の目的が目的だけに、外傷薬の類は――安物ではあるが――念のために準備してあった。

 サイドポケットから湿布を取り出すと……貼ってやりたい気持ちをぐっと抑え込んでルシオラに手渡す(額にセイリュートさえいなければ!!)

 

「ありがとう」

 

 礼を言うと、彼女がくるりと後ろを向いた。間を置いてしゅるしゅると聞こえてきた衣擦れの音に、ついつい妄想が掻き立てられる。

 

(くうううっ! こんな近くにルシオラの……ルシオラの生脚があるとゆうのにっ……!!)

 

 涙を見せて歯噛みする横島。そんな中、突然、ルシオラがぽつりと言ってきた。

 

「さっきから……おまえの足を引っ張ってばかりね」

 

 どうやら湿布は貼り終えたらしい。横島が覗き込むと、三角座りになったルシオラが、膝に顎をくっ付けてしゅんとしていた。

 

「…………」

 

 少しの間、何かを考えていた彼が、突然、彼女の手を無言でとり、自分の胸に押し当てた。

 

「ヨ、ヨコシマ?」

 

 びっくりしているルシオラに構わず、横島が心臓の音を聞かせる。落ち着いた、規則正しい鼓動は、手を通じて彼女にも届いているだろう。

 ゆっくりと彼女の手を離し、口を開く。

 

「……な? 全然緊張してないだろ? 普段の除霊だったら、もっとバクバクいってるんだけどな」

 

 ルシオラが、見上げる様にこちらを向いた。

 

「ましてやこれから小竜姫さまと戦うってのにさ……やっぱ、お前が励ましてくれたおかげなんだろーな」

 

 そう告げて、にっ、と笑った横島に、ルシオラの胸がいっぱいになる。思わず彼の胸に飛び込みたくなったのを必死で押し留めると、感謝の言葉を述べた(額のママさえいなければ!!)

 

『ふん……悪者は私だけか』

 

 そのママが、バンダナから面白くなさそうな表情で呟いた。どきりとし、やや上ずった声で否定し始める横島たち。

 その顔に、少しだけ機嫌を直すと、続ける。

 

『だが、確かに、こいつのやる気を引き出せたのはお前のおかげだ。あらためて感謝する』

 

「ママ……」

 

 目頭を熱くさせたルシオラに、セイリュートも軽く微笑む。

 

『それに、お前の霊力は無くなってなどいない。ヨコシマの魂を取り入れた結果、今は人間側の因子が強く出ているだけだ。魔族としての力は、未だお前の奥底で眠っている』

 

「……! だったら……!!」

 

『何かきっかけがあれば、再び力を取り戻す事もできるだろう。できればこの場所が助けになると良いのだが』

 

 セイリュートの言葉に、横島たちが再び門を見遣る。中央には左右二対の鬼の面、その更に外側には首無しの、巨大な石像が控えている。

 見るからに威圧感があるものの、自分たちは今から、あいつらよりも遥かに恐ろしい相手に喧嘩を売りに行くのだ。

 

『行くぞ』

 

 バンダナから飛び出したセイリュートが、そう言って先陣を切っていった。

 

 

『何者だ!』

 

 門の正面。少しの狂いもないタイミングぴったりの声で、左右二対の鬼――鬼門――が、制止してきた。横島たちが止まると黒い穴の様なその目で見据え――驚いた様に見開かれる。

 

『誰かと思えば、星龍斗ではないか!』

 

『おお。随分と久しぶりだな。元気であったか?』

 

『ああ。お前たちも変わりはないようだな』

 

 警戒の色を緩めて挨拶を始めた鬼門に、セイリュートが気軽に応じた。そのまま二言、三言やりとりを交わすと、セイリュートが本題に入る。

 

『小竜姫はいるのか?』

 

『もちろんだ。最近は下界に降りる機会もめっきり減ったからな』

 

『このところ修行を受けにくる者も碌におらん。我らと同様、暇をもて余している事だろう』

 

『そう言えばこの間、少し目方が増えたと嘆かれておったぞ』

 

『毎日茶をすするだけの生活だからな。あれではまあ、仕方がない』

 

『いや、実はそれが違っていてな。増えたといっても――』

 

 久しぶりなうえ、顔見知りの来客がよほど嬉しいのだろう。鬼門たちが、いつまでも交互に喋り続ける。

 

「で? 具体的にはどのくらい大きくなったんだ!?」

 

『そうだな。サラシの長さが基準になるが――』

 

 いつの間にか会話に加わっていた横島に、セイリュートたちが、だああっと、ひっくり返る。

 チャンスとばかりに、言葉巧みに小竜姫のプライベート情報を聞き出そうとしたところ、門が開いた。

 

「何を話そうとしているのですか! あなたたちは!!」

 

 吹き飛ばすほどの勢いで開け放たれた扉から、燃える様な赤髪の少女が現れた。比喩だけでは無く、実際に怒りに燃えている。足早にセイリュートの方に進み出ると、後ろを振り返り、岩に当たって跳ね返って来た鬼門たちを睨み付ける。

 そのすぐ下には、ぺしゃんこに潰れた哀れな死体が転がっていた。

 

『す、すすすすみません小竜姫さま。ですがこれには訳がありまして』

 

『そ、そう。懐かしい者がここにやってきたので、つい!』

 

 目一杯ビビりながら鬼門たちがセイリュートたちの来訪を示唆する。頃合いと見たセイリュートが、未だ背を向けている小竜姫に、後ろから声を掛けた。

 

『やあ小竜姫、息災で何よりだ』

 

「……!? 星龍斗、星龍斗ではありませんか!? いつからここに?」

 

 振り向いた小竜姫が、ようやくセイリュートの存在に気付いて声を上げた。

 セイリュートが苦笑する。

 

『門から出てくるずっと前からだ。猪突猛進なところは相変わらずの様だな』

 

「み、見ていたのですか……でもあれは鬼門たちが変な事を言い出すから……」

 

 そう言って、恥ずかしそうに顔を赤らめた小竜姫が、同時に後ろの鬼門たちにプレッシャーを送った。

 後のお仕置きを想像した鬼門たちの悲鳴を聞き流しながら、セイリュートが和やかな様子で会話を続ける。

 

『まあ久しぶりに会ったのだ。つい羽目も外れるだろう。最近は修行者も全く来ないと聞いたぞ』

 

「また余計な事を……」

 

 額に手を当てて小竜姫が呻く。

 

「とはいえ、確かにその通りです。最後に誰かが来たのは……いつだったかしら? 確か、唐巣さんという人間の方だった事は覚えているんですけど」

 

『人間か。確か今はゴーストスイーパーなどと言われているらしいな』

 

「そう言えばそんな事も言ってましたね。私が最後に下界に降りた時などは、まだ退魔士などと呼んでいましたが」

 

『かなり世間ずれが激しくなってきているのではないか? 以前私の神社を訪れた時もそうだったからな 』

 

「……ま、まだ覚えているのですか!? あのときの事を」

 

『忘れるわけがなかろう。まさか音に聞こえた神剣の小竜姫がああも――』

 

「い、言わなくてもいいですから! いい加減に忘れて下さいーー!」

 

 セイリュートの言葉を、小竜姫がわたわたと手を振って遮ろうとする。神としての位であれば、所詮はいち土地神だったセイリュートとは、天と地ほどにも格が違うのだが、普段のやりとりでは明らかに彼女の方が上手だった。

 

 とはいえ小竜姫の方もそれを邪険には思わない。最後に会ったのは二百年以上も前だったが、土地神としてのセイリュートの公正で実直なふるまいは、非常に優秀かつ好感の持てるものだった。彼女を慕ってやって来る氏子の多さも、それを証明していた。

 何よりも、竜神の一柱として普段は頭を下げられる事が多い自分に、明け透けなく、対等に接してくれる事は、とても嬉しかった。

 

 一方のセイリュートも、それは同様だ。真っ直ぐで正直。竜神の一族にしては物腰も柔らかい小竜姫の事は決して嫌いではない。

 むくれる彼女に、珍しく楽しげな笑いを浮かべる。

 

 元土地神と、竜神。立場も身分も違う二人は、久しぶりの再会を心から喜んだのだった。

 

 

「どうぞ」

 

「あ、これはご丁寧に」

 

 小竜姫手ずから差し出された玉露を、頭の後ろに手をやった横島がお辞儀しながら受け取る。

 普段なら湯呑みごと彼女の手を包んで自己紹介と求愛の言葉を述べるところだったが、セイリュートからは『絶対に何もするな』と事前に厳命されている。もし禁を破れば自分を置いて未来に帰るとまで言われれば、我慢する他なかった。

 

「美味しい」

 

 横を見ると、ちょうどルシオラが茶の感想を述べたところだった。畳に囲炉裏、壁には掛け軸という和一色に染められたこの部屋で、艶やかな黒髪の彼女が湯呑みを持ってほっこりする姿は何とも色っぽい。

 思わず飛びかかりそうになったものの、それをすれば、こちらは未来という名の地獄への強制送還が待っていた。彼女とは兄妹という設定の事もあり、湯呑みに手を伸ばして何とか場をしのぐ。

 

「お、本当だ。おいしい」

 

 一口飲んだ横島が、驚いた様に口を開ける。茶なんてどれも同じだと思っていたが、たった今口にしたものは、今までにないほどの上品な味わいだった。

 

 二人からの素直な賛辞に、小竜姫がふふっ、と、顔を綻ばせる。

 

「良かった。こう見えても、お茶を入れる事には自信があるんですよ?」

 

 武神の割には、という意味だろう。傍らの神剣をちらり見て、小竜姫が言った。自身も茶を一口含むと、さて、と前置きする。

 

「落ち着いた事ですし、そろそろここに来た目的を話してもらえませんか?」

 

『ただ旧交を温めにきたというわけにはいかぬか』

 

「あなたほど職務に忠実な者が、そんな無用な事をする訳が無いでしょう。それに、それでは彼らを連れてきた理由になりません」

 

 横島たちを一瞥し、きりっと表情をあらためる小竜姫にセイリュートが苦笑する。正直に話して欲しい。何かあれば力になる。そんな目だ。

 

(変わらないな)

 

 そんな彼女を好ましく思いつつ、頷いたセイリュートが『実は――』と話を切り出した。

 

 

 ――小一時間後――

 

「――という事はこの二人は」

 

『私の最後の氏子だ。見ての通り兄妹なのだが、不慮の事故で両親を亡くし、どこにも行き場が無かったらしい』

 

 セイリュートが説明すると、小竜姫が横島とルシオラに視線を向けた。見ての通りといっても、もちろん二人に共通した点など無い。とはいえ、今のルシオラは横島の魂の影響を受けており、その気になれば彼のクセや考えなどを読んで、それらしく振る舞う事もできた。

 

 先の鬼門の如く、ほぼ同じタイミングで頭を下げた二人を見て、小竜姫が納得する。

 

『困り果てた様子でたまたま境内にいたところ、私が発見した。後で聞けば、小さい頃はよく家族で神社を訪れていた、との事だ』

 

 いけしゃあしゃあと偽エピソードを披露しきったセイリュートに、横島が冷や汗を浮かべながら苦笑いする。実は――どころか、殆ど嘘だらけの内容だったが、自身が落ちぶれた経緯など、少しは本当の事も混じっているのでタチが悪い。隣りのルシオラも、呆れが混じった顔で感心している。

 

 そして肝心の小竜姫は、

 

「そんな事が……知らなかったとはいえ、辛い記憶を掘り返す様な真似をしてしまって、すみません」

 

 そう言って、沈痛な表情で頭を下げてきた小竜姫に、横島の罪悪感がマッハになる。裏を知っている自分たちですら、セイリュートの話にはまるで不自然が無かった。ましてや久しぶりに会ったうえに、真面目に土地神をしていたイメージしかもっていない彼女には、何一つ疑う余地はなかっただろう。

 

 『計画通り』といった感じの笑みを、 親友が頭を上げるまで浮かべ続けるセイリュートに、あらためて、彼女だけは敵に回してはならないと悟った。

 

「大体の話はわかりました。最後の氏子となった彼らを導くために、あなた自らが後見人となった、という事ですね?」

 

『立ち退かねばそのうち除霊される事になるだろうしな。虚しくはあるが、これも世の定めというものだろう』

 

 神妙な顔で告げるセイリュートに、小竜姫は感心し、横島たちは半眼になる。復讐するために自分を戦国時代にまで連れて行ったのはどこの誰だったのか。

 潔さに感銘を受けている小竜姫が、何とも気の毒だった。

 

『そういう訳で、ここには彼らの望みを叶えるために来たのだ。すまんが協力してはくれないか?』

 

「ええ。私にできる事なら喜んで」

 

 すっかり情にほだされたのか、小竜姫が快く応じた。

 感謝する、とセイリュート。

 

『望みは二つある。まず一つ目だが、彼らに妙神山からの紹介状を書いてやってほしい』

 

「紹介状ですか?」

 

『ああ。こう見えてもこの二人……特に兄の方は、かなり優秀な霊能力を持っている。自立するためにはGSになるのが手っ取り早いと思ったのだが……』

 

「今の身の上では門前払いになってしまうという事ですね」

 

 そうだ、とセイリュートが頷く。

 

『いくら実力があろうと、どこの馬の骨かもわからない者を雇うほど、今の世の中は甘くはない。霊能者の間でも名高い妙神山の紹介があれば、彼らでも仕事にありつけるだろう。ぶしつけな願いではあるが、頼めるか?』

 

 控え目に言ってきたセイリュートに、小竜姫が目を閉じて考えた。

 そして――

 

「……わかりました。こういった事は初めてですが、協力しましょう。ただし、後で実力は見せてもらいますよ?」

 

『構わない。私も力を貸すつもりだったからな。もしかするとお前の足元を掬う事すらあるかもしれん』

 

「それは……へえ。楽しみですねえ」

 

 挑発するかの様なセイリュートの言葉に、笑みを残したまま、小竜姫の瞳が怪しくなる。僅かな期待と、あまり竜神を嘗めるな、といったところだろう。

 雰囲気の変わった彼女を、セイリュートは涼しげに、ルシオラは若干気圧された様に、そして横島は完全にビビった顔で見返す。

 一触、とは言わないまでも、もう二、三くらいで即発しそうな空気の中、セイリュートは構わず先を続けた。

 

『二つ目だが……実はこの男、女に全く縁が無いらしい。妙齢で美人なら、誰でもいいから付き合いたいとまで言っている』

 

「…………それで?」

 

『あまりに必死なものだから何とかしてやりたいとは思うのだが……昔の馴染みは皆亡くなり、かといって氏子も神主もいない私にはどうする事もできん』

 

「……あなたがいるでしょう?」

 

 話の先が読めたのか、小竜姫の声から感情が消える。

 セイリュートが平然と首を振った。

 

『この身体は幽霊みたいなものだからな。流石にそれではまずいだろう。とゆう訳で、人間以外の知り合いで、一番の美人を紹介してやる事になったのだ』

 

 そこで、横島がセイリュートに手招きされた。俯き、一切の表情が見えなくなった小竜姫に、全身が粟立つが、ここで帰る訳にもいかない。

 もはや往くことも退くこともかなわぬ状況だったが――往くとすれば、幸い次にするべき事は分かっていた。

 

「ど、ども……横島忠夫っス」

 

 頭を掻き、全く空気を読まないフリをして立ち上がる。そのまま、へこへことしながら彼女の元へ歩み寄ろうとして――全力で背中を反らした。刹那の差で、鼻先を通り過ぎた神剣が、前髪の何本かを刈り取っていく。

 

(あ……ああああ……!)

 

 彼女の性格と、わざと怒らせる様に仕向けたセイリュートの計画を事前に知っていなければ、絶対にかわせなかっただろう。

 安堵と同時に力が抜けて、ブリッジの体勢が崩れた。這う様にその場から後ずさると、彼女に向き直る。

 

「……よくわかりました。あなたが私の事をどう思っているのかを。ええ、本当に」

 

 抜き身の剣をだらりと下げて、小竜姫が旧友を見据えた。形の良い唇からは、今や不気味な笑いが洩れ、その背後には、黒い殺気が渦を巻いている。

 

「いち土地神に過ぎないあなたに、情人を紹介される謂れはありません。即刻お引き取りを。でなければ、次は脅しだけではすみませんよ?」

 

『生憎だが、私は私の都合でここに来ている。言葉では解決できぬと言うのなら、実力でもぎ取っても良いのだな?』

 

「……そこまで命が惜しくないと言うのであれば、良いでしょう。全力で相手をします。万一勝ったなら、あなたたちの好きにしなさい!」

 

 ついに怒りが頂点に達した小竜姫に、セイリュートが真っ向から視線をぶつけた。

 ばちばちと火花を飛ばしながら、さっと、横島に向けて二本の指で輪を作る。

 

 どうやらお膳立ては整ったらしい。生きるも死ぬも、後は自分次第なのだが、今までに無いほど怒った様子の彼女に、早くも覚悟が萎えそうだった。

 

 反射的にルシオラの方を向く。

 

「兄ちゃんは……兄ちゃんは……もうダメかもしれん」

 

 励ましてもらえるのを期待し、そんな弱気な一言を彼女に投げたが、

 

「えっと……兄さんなら大丈夫よ…………たぶん」

 

 微妙にトーンの落ちた彼女の返事に、更なる不安がのしかかるのだった。




4話です。

今回から文体を少し変えてみました。多少は状況がわかりやすくなったのではと思いますがどうでしょうか。

小竜姫さまとセイリュートの間柄は、刑事ドラマなんかでよくあるキャリア組エリートと現場のベテランみたいな感じかなと思います。

下界に降りる事はあまりなく、妙神山でずっと管理人をしている小竜姫さまと、土地神として色んな問題を解決してきたであろうセイリュートとでは、やはり突発的な対処能力には差があるんじゃないでしょうか。

お陰様で、お気に入り数が二桁になりました。応援して下さりどうもありがとうございます。

次回はガチバトルになります。泥臭い感じになる予定ですが、良かったらおつきあい下さい。感想、ご指摘などもお待ちしております。

それでは

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