ブレイク・ユア・ディスティニー!! リローデッド 作:愉快な笛吹きさん
――一週間後――
アパートに戻るわけにもいかない横島はこの数日間、とあるカプセルホテルで宿をとっていた。
その近所にある小さな公園で、一週間ぶりに出てきたセイリュートは、ベンチに座って横島から受け取った文珠を見ていた。
「ど……どうでせう……」
もみ手をしながら横島が恐る恐る訊ねた。それには応えず、指の腹で文珠を転がすセイリュート。
まるでワインを楽しむ様に眺め続けた後、ふむ、と呟いた。
『なるほど、良い出来だ。霊力の凝縮がすごく洗練されている。これなら私も十分な霊力を得られるだろう』
そう言って顔を和らげたセイリュートに、横島が天にも昇る気持ちになる。
この一週間、彼は猛烈に頑張った。食事と睡眠以外の時間は、もう脇目もふらずに文珠の精製に集中したのだ。
おかげで出来映えは上々、作った数も四個に増えた。それもこれも彼女に機嫌を直してもらうため。そしてその思いは今、成就されたのだ。
……という、端から見れば軽い洗脳状態に陥りかけている横島に、計算通り、とばかりに微笑むセイリュート。こういった人心掌握の妙は、さすがは元土地神といったところだった。
『とりあえずこれで準備は整ったが……もう一つお前にはやってもらう事がある』
「はい! この横島忠夫、どんなご命令にも、誠心誠意尽くさせていただきます!」
どこぞの教祖様に拝顔するかの如く、キラキラした目を向ける横島に、セイリュートが呻く。少々仕置きが過ぎたのかもしれない。
『……反省したのはわかったから、普通に話してくれ。で、その内容だが……お前には一度死んでもらう事になる』
「は?」
いつもの無表情で告げてきたセイリュートに横島が固まった。沈黙する。
春も近いというのに、やけに風が冷たい。あるいは、風など無かったのかもしれないが。
「……あ、あんまりだあああ!! この一週間、さんざん頑張ったのに、あれでは反省が足りんとゆうのかかああああ!!」
いつもの口調に戻り、怒涛の勢いで泣き叫んだ横島に、はあ、とセイリュートが息を吐く。案の定だった。
『落ち着けバカ者! これはお前の中にいる魔族を出すために必要な手順なのだ』
「て、手順なのか?」
取り乱していた横島がその一言で我に返った。そうだ、とセイリュート。
『最初から説明していくぞ。まずはこの文珠でエネルギーを回復した私が元の姿に戻る』
「元の姿って……あのSFみたいな船にか」
『そうだ。そこにお前を収容して――』
「なるほど、中にある設備で何とかしてくれるんだな。悪の秘密組織に捕らえられて改造人間になるように」
『また妙な例えを……だがまあ、その考えはある意味正しい。私はお前の魂を複製するつもりなのだからな』
「ふ、複製?」
困惑した顔で横島が呟く。GSとして様々な超常現象を経験してきた彼でも、この発言は流石に予想外だった。
セイリュートが話を続ける。
『そんなに意外な事ではないだろう? 魂といっても、その正体は記憶や人格の集合体だ。私の生まれた星は、この星より遥かに文明が進んでいる。外見はいくらでも変える事ができるし、記憶や人格……いわゆる魂もデータのひとつとして扱っている』
「そ、それじゃ絶世の美女になった俺のコピーを何人も侍らせたりもできるんか?」
『想像したくもない光景だが……まあ、一応は可能だ。増やした魂と同じ数の肉体が必要だがな』
嫌そうな顔でセイリュートが説明すると、途端に横島がそわそわした顔になる。何を考えているのか、一目でまるわかりだった。
『言っておくが、さすがに肉体は作れないぞ。あれは母星の科学力があってこそだからな』
「そうか……」
明らかにテンションが下がった横島を、もはや無視しようと決め込んで、セイリュートが話を戻す。
「魂を複製したら、元の方は魔族を復活させるために使用する。一度死んでもらうと言ったのはそういう意味だ。それが済めば――』
「あとはバックアップしておいた予備の魂で俺を生き返らせるって事か」
説明しながら、話の内容に付いていけてるのか視線を飛ばすセイリュートに気付いたのだろう。横島が後を引き継ぐと、気分良く彼女が頷いた。順応が早いのも、この男の長所の一つだ。
その横島が、うーん、と腕を組んで考えた後、首を向ける。
「それなら使うのはコピーした魂の方が良くないか? 中身は一緒とはいえ、やっぱ元の自分が無くなるってのはあまりいい気分じゃないぞ」
『その辺は意識の差なのだろうな。私も向こうにいた頃は、あまり死というものに関心を払わなかった』
セイリュートにしては珍しい、微妙にずれた回答だった。
そうじゃない、と横島が言おうとして――ふと気付く。
「今は……あるのか?」
『多少はな。数百年も土地神をやっていたのだ。親しかった人間が、一人、また一人と亡くなれば、流石に理解できるさ』
そう言って、少し寂しそうに表情を歪めたセイリュートに、横島は何となくわかった気がした。
「お前……本当はやりたくなかったんじゃ……」
問いかけに、セイリュートが苦笑を返す。
『……昔、病を患った友人にやろうとしてな。猛烈に怒られたよ。余計な事をするな、と』
「そうか…………すまん」
生物には寿命があり、それが尽きれば死んでまた生まれ変わる。例え善意からの行動であっても、自然の摂理に反する様な彼女の力は、拒否されても仕方がない。
言葉少なに謝罪をした横島に、気にするな、とセイリュートが言う。
『私が切り出した話だったからな。それに、今回はお前の方も乗り気だ。その魔族の女をどうしても救いたいのだろう?』
「ああ……って、な、なんで女ってわかる!?」
『お前が男のために何かする様なやつか?』
即答して、セイリュートが薄く笑みを浮かべた。
『とにかく、その女を復活させるなら、やはり元の魂を使った方が確実だ。魔族の魂はコピーした経験が無いし、複製には多くのエネルギーが必要になる。おそらく、チャンスは一回きりだろう』
「仮に失敗したらどうなるんだ?」
『元の魂には何も影響は無いからな。再び文珠集めからやり直しだ』
セイリュートの回答に横島がそうか、と口にする。時間をかければ、いずれ彼女は助けられるらしい。
『私はどちらでも構わない。お前の好きにしてくれ』
考えこんだ横島の心情を思いやってだろう。どちらの選択でも重荷にならぬよう彼女が付け加えた。
そして――
「わかった。最初の通りにやってくれ」
『いいのだな?』
「ああ。こいつはさ……俺みたいな奴を、自分の命と引換えにしてまで救ってくれたんだ。今度は俺がこいつを助ける番だ!」
胸に手を当て、真面目な顔で話す横島だったが……シリアスな雰囲気は長続きしないのだろう。
「ま、本当に死ぬ訳じゃないからってのもあるけどな」
そう続けると、最後は照れくさそうに頭を掻いた。
――三日後――
ぱちっ、と目が覚めたのは久しぶりだった。GSというのはその仕事柄、夜の出動が多い。よって朝――学校へ行かなければならない日なんかは特に――いつも寝不足だ。それがすっかり解消されている。
リフレッシュされたのは身体だけではなかった。何というべきか。心の奥底でずっと引っかかっていた何かが、ようやく取れた様な感覚だ。
寝たきりのまま、ぐるんと首を回す。こんな些細な動作も、やはりいつも以上に滑らかだった。そうして布団の横に置いてあった時計を見る。
見慣れないデジタルの表示は、最後の記憶から三日後になっていた。
「三日後?」
覚醒した横島が、がばっと布団から跳ね起きた。まだ混乱している事に気付いたのはその数秒後だ。寝ていたのはアパートの煎餅布団ではなく、白一色のパイプベッドだった。
落ち着かないまま、視線を周囲に向ける。10畳程の広さの部屋だ。床から天井まで、全てベッドと同じ色で統一してある。唯一カーテンだけが、それに抵抗するかの様に薄い水色を主張していた。
要は病室だ。 横島が結論に達する。 それにしては可愛いナースが一人もいないな……と思ったその時、
「ヨコ……シマ……?」
奥のドアから私服姿の彼女の姿が現れた瞬間、彼は全てを思い出した。ここが自分の相棒の本体の中である事。この部屋は相棒が作り出した仮想空間である事。三日前、自分はこの船に乗り込み、眠った後に一度死を迎えたらしい事。実感は無いが、今の自分は2号である事。
そして――
「ルシ――」
言い終えるより早く、横島の胸に彼女が飛びこんだ。
「ヨコシマ……ずっと! ずっと会いたかった……!!」
しがみ付く様に横島を抱き締めた彼女――ルシオラ――が、肩を震わせて嗚咽を洩らした。乱れの無い黒髪が、ぐいっと彼の胸元に押し付けられる。
少しの間そうしてから――横島の反応が気になったのだろう。身体を離すと、ルシオラが涙に濡れた瞳で彼の顔をじっと見つめた。
そして――
「俺もだ! ルシオラ!!」
もはや自分を抑えきれず、横島がルシオラの背中に手を回して引き寄せた。 「きゃっ」と言って彼女が舞い込んで来る。どうやら驚かせてしまったらしい。胸元に彼女を預けたまま、どうしようかと考えていたが――そのうちに安心したのだろう。徐々に力が抜け始め、こちらに身体を預けてきた。それを機に、両腕でそっと抱き締める。あっ、と可愛い声が洩れる。確かな彼女の温もり。整った顔も、綺麗な脚線も、控えめな胸も、何もかもが在りし日のままで――
「控えめな胸って誰の事かしら……?」
「しまったああっ!! またいつの間にか声にっ!?」
身体を離し、さっきまでとは違う理由で肩を震わせはじめたルシオラに、横島が慌てふためいた。一瞬で正座になると、そのままベッドの上で土下座を開始する。
すんませんと連呼する彼を、すぐ横できょとんとして見ていたルシオラが、くすり、と笑う。あんな別れ方をしたというのに、彼は全然変わっていない。その事が何より嬉しかった。
だけど――
「ううん。謝るのは私の方よ。ヨコシマ……ごめんね」
「え? 何がだ?」
横島が訊き返すと、彼女の顔が曇る。
「魂が混じっていたから、大体の事情は知ってるの。私を助けるのに元の魂を……」
呟き、ルシオラが複雑な表情を浮かべる。自分を救うために、彼はまたもやその身を犠牲にしたのだ。そこまで想ってもらえる事が、嬉しくもあり、また悲しくもあった。
暗い思考に引っ張られ、徐々に頭が俯きかける。
そんな彼女を、横島がぐっと肩を抱いて引き留めた。
「いーって、気にすんな。コピーっていっても特に変わったところは無いし、俺がやりたくてやったんだしな。それに――」
彼女が見上げたのを待って、横島がにっ、と笑いかける。
「約束したもんな。また一緒に夕日を見よう……って」
少し照れくさそうに、しかし心からの優しさが伝わってくる横島の言葉に、ルシオラの目から涙が零れ落ちた。
「バカね……そんな約束、いつまでも覚えていたなんて」
「忘れたくても全然モテんしな。でもまー覚えてて良かったよ」
「バカ……」
軽口を返す横島に、ルシオラが涙を滲ませたまま、くすっ、と笑った。そのままゆっくり瞳を閉じる。入れ替わる様に薄っすらと開いた唇からは、彼女が何を求めているのか、嫌でも理解できた。
生唾を飲んで横島が目を閉じる。おあつらえ向きに、ここはベッドの上だ。未知の世界への期待に、心臓が痛いほど高鳴っていた。
徐々に首を進ませていく。 彼女の吐息が、鼻をくすぐった。
いただきます、か。それとも、男になります、か。
心の中で宣言を済ませた彼が、顎を傾け、本懐を遂げようとした、その時――
『気持ちはわかるが、船の中で事に及ぶのは止めて欲しいのだが』
横から飛んできた声に、はっと二人が振り向いた。いつの間にか転移してきたらしいセイリュートが、眉間を低く寄せてこちらを見返している。
「ご、ごめんなさいママ。ヨコシマに会えたのが嬉しくってつい……」
照れ笑いを浮かべ、慌ててセイリュートに近寄るルシオラに、横島が血の涙を流す。怒涛の勢いでセイリュートに噛みつきそうになったものの、ファミレスでの一件を思い出して、ぎりぎりで踏み留まった。次は一週間で済まないかもしれない。
「ん?」
リビドーを押さえ込み、冷静さを取り戻した横島が、ルシオラをたちを見て二度驚いた。さっきセイリュートをママと呼んだのもそうだが、何より、
「ルシオラ……お前、触覚はどうしたんだ!?」
彼女に再会できた喜び諸々で気付かなかったが、彼女の頭には触覚――ホタルの化身である証拠――が無かった。仮想空間にいるためかとも思ったが、特にそんな事をする理由も見当たらない。
説明するためだろう。ルシオラと入れ替わりに進み出たセイリュートが口を開く。
『すまない。思った以上に魂の癒着が激しくてな。色々と試してはみたのだが、結局元の身体のままで復活させる事はできなかった』
「じゃあ今のルシオラは……」
『魔族ではあるが……限りなく人間に近い。魂の中にあった彼女の人格を目覚めさせ、事情を話してお前の魂を取り込ませたのだ。恐らくはその影響だろう』
「私はこれで良かったわよ。思っていた形とは違ったけど、晴れて人間に転生できたんだもの」
横合いからそう言ってきてにっこりと笑うルシオラに、思わず横島がどきっとした。若干、声が上ずる。
「あ……じゃ、じゃあママってのは?」
「最初はおまえと誰かの子供になって生まれ変わる予定だったから……この際だし転生させてくれた彼女をママって呼ぶ事にしたの。ね? ママ」
『あ、ああ』
珍しく困惑した様子のセイリュートにウインクすると、再びルシオラが横島の方を向いた。どこかいたずらっぽい笑みを浮かべると、
「ヨコシマが望むのなら、パパって呼んであげてもいいわよ?」
そんな衝撃発言をかまし、横島が勢い良く噴き出した。酸欠のためか、ふらふらとよろめく。
「い、いかん……恋人は魔族な美少女でそのうえ娘に転生したらパパだなんて…………! ああっ!! 俺は一体どちらのロマンを選ぶべきなのかああっ!?」
頭を抱え、意味不明な葛藤を叫ぶ横島を見て、ルシオラがくすくすと笑う。
『……あいつの魂を取り込んで、少し性格が変わったのではないか?』
半目で睨みながらセイリュート。最初に呼び起こしたときはもう少し真面目な感じがしたのだ。
少しの間、顎に手を当てて考えたルシオラが、悟った様にそうかも、と言った。
「今の身体は私とヨコシマの魂を混ぜ合わせてできたものだから……ほら、魂は肉体のしもべに過ぎないって言うじゃない?」
『いや、人間ならそうだろうが、お前には当てはまらないだろう?』
魔族は霊体――魂がそのまま皮をかぶっている様なものだ。ルシオラの言葉は、そのりくつはおかしい、だ。
ルシオラがふふっと笑う。
「何だっていいわよ。私は私。今はヨコシマの彼女で、あなたの娘よ。それとも、そう呼ばれるのは……嫌だった?」
少し不安げな表情を覗かせたルシオラに、セイリュートが首を振った。
『私にも自我や感情はあるからな。最初は面食らったし、今もまだ戸惑っているのだが……』
つ、と視線を外し、
『…………悪い気はしないよ』
照れくさそうに、僅かに笑みを浮かべたセイリュートに、ルシオラが顔を明るくさせたのだった。
『さて、これで気掛かりは無くなった。これからは計画に専念していくぞ』
横島の復活を待って、セイリュートが本題に入り始めた。ちなみに結論は、たまに呼んでくれると嬉しいぞ、だ。
仮想空間をいじり、美神事務所に似た応接室のテーブルについた三人の前に、突如、本が落ちてくる。それも一冊ではない、どかどかと音が聞こえる程の量だ。
その内の一冊の角が横島の後頭部に直撃し、慌ててルシオラが介抱する。血を噴き上げながらのけぞる彼を抱き、ハンカチで血を拭う。
そうして床に落ちた血糊のついた本に目を向けて、
「GS美神……!? こ、これって……」
本のタイトルを読み上げたルシオラが冷や汗を浮かべて本を拾う。やや分厚めの本の表紙には、GS美神極楽大作戦17と銘打たれ、その下には何故か遠くを物憂げに見つめる戦闘服姿の自分が載っていた。
『魂を複製したときにこいつの記憶を記録しておいたのだ。確実に味方に引き入れるためにも、ターゲットの人となりは詳しく把握しておきたいからな』
未だ気を失っている――ふりをしてルシオラの胸に顔を擦り付けている――横島に視線を向けて、セイリュートが告げた。
「それがこの本の束?」
ルシオラが立ち上がり、持っていた本をテーブルに置くと残りを番号順に並べ替える。
一分もしない内に、計20冊になる本の垣根ができあがった。
「何でまんがなんだか」
突然、テーブル下から横島がにゅっと出てきた。どうやら立ち上がった際に床に落としてしまったらしい。
傷一つ無い顔で、呆れた様に呟いた横島に、セイリュートがわからない、と返す。
『最初はちゃんと映像で記録されていたのだが……モンタージュとかいう妖怪や新撰組などが出てきた辺りで映らなくなって……どうした?』
いきなり四つん這いになってすすり泣きを始めた二人にセイリュートが訊ねた。が、
「……っ……放映が続いてさえいればっ……私にも……声が……!」
「視聴率はよかったんや……グッズさえ……! グッズさえ売れていればあああ!!」
どうも心の傷を抉ってしまったらしい。意味不明な言葉と共に、二人が落ち込み続ける。体勢はおろか顔の歪み方まで同じな辺りは、 さすが同じ魂を持つ者同士といったところだろうか。
そんなどうでもいい事を感心しながら、セイリュートが二人の回復を待った。
――五分後――
『落ち着いたのか?』
泣き声が止み、ふらりと立ち上がった二人にセイリュートが言葉を投げ掛ける。
「ああ、もう平気だ。過去は捨て去るもんだと実感したからな」
「今を生きようって二人で決めたの」
謎の連帯感で互いに見つめ合う二人を、セイリュートが咳払いで引き剥がす。まるで本当に母親になった気分だった。
気を取り直して、テーブルに並べてある本を一冊掴む。
『これが私たちの最初のターゲットだ』
「彼女って……」
「しょ、小竜姫さま!?」
02と番号のついた本を広げた中には、小柄な竜神の美少女が載っていた。ついでにいえば、今まさに胴着の帯を引っ張られようとしている。
その犯人が自分である事に気付いた(思い出した)横島は、渋面を作って呻いた。
「俺……なんでこんなに飢えてたんだろう」
呟き、気まずい思いでページをめくっていく。そのどれもが、過去の自分が誰かしらにセクハラをかましていた。
「私がいなかったからじゃない?」
ブラックなヒストリーを垣間見てげんなりする横島に、ルシオラが自信ありげに言いのける。お前はワシが育てたと言わんばかりだ。
セイリュートも、 記録を全て見た結果、ある意味当たっているとは思ったので何も言わなかった。
取り合えず先に進める事にする。
「私も小竜姫とは古い知り合いでな。計画を進めるには彼女の力が必要だ。念のためにお前の記録を見たのだが……相変わらずの様で安心したぞ」
「確かに、友人は変わらない方がいいよな」
うんうんと頷く横島の心に、人気俳優の幼友達の姿が浮かぶ。せめて芸能人にさえなっていなければ、ここまで女関係で水を開けられる事も無かったかもしれない。
だが、
『これなら倒すのもさほど苦労しないだろう。早速妙神山に向かい、彼女に挑むぞ』
「へ?」
さっきまでの友を懐かしむ雰囲気はどこにいったのかといった様子で、セイリュートが腹黒い笑みを浮かべている。
だが今は何よりも重大な事があった。
「あ、あのーセイリュートさん?」
『何だ?』
今のは聞き間違いだろう。そうに違いない、むしろ違っててくれ、と祈りつつ、横島が訊ねる。
「な、なんか今、小竜姫さまを倒すって幻聴が聞こえた気がしたんスけど……気のせいっスよね?」
『大丈夫だ。幻聴ではなどではないし、お前の体調にも問題はないぞ』
あっさりと潰えた希望に、口を開けたまま固まる横島。解凍後、慌ててルシオラに助けを求めるが、
「ん。頑張ってねヨコシマ」
セイリュートとは対照的な、邪気の無い笑顔で送り出された。
「ああ……あああ……!」
逃げ場の無くなった横島に、たちまちプレッシャーが襲いかかる。最初はおキヌや小鳩辺りの優しそうな人物からと思いきや、いきなり最難関の一つで、しかも何故か命懸けのバトルに駆り出されようとしている。
「何でだ!? ふつーあのテの女は組んずほぐれず修行をする内に師弟の枠を越えた仲に進展していくとかがセオリーだろ!?」
家のビデオデッキに刺さった女教師もののシチュエーションを思い出しながら、 セイリュートに詰め寄る横島。登場人物を自分と小竜姫に置き換えているせいもあって若干鼻息も荒い。
彼とは対象的な空気で、セイリュートが切り返す。
『そんな方法では時間がかかり過ぎるだろう。大体、仲が進むまでの間、お前は一切手を出さないと誓えるのか? あいつはそーいった事には厳しいぞ』
「うっ……」
泣き所を突かれて、横島が再び呻いた。不甲斐ない有り様に、セイリュートがため息を吐く。
『もう少し私を信用したらどうだ。これでも土地神として多くの人間を導いて来た身なのだが?』
「ちなみにどんな事をしてたんだ?」
『主には豊穣だ』
「豊穣で武神に敵うかあああ!!」
さらっと答えたセイリュートに再びパニックに陥る横島。 考えてみれば、今までこういった美味しい話には節操無く飛び付けど、いつも最後は痛い目に遭っていた。今回だけはそうならないなんて保証は何処にもない。
怒らせるとマジ怖い女ランキング上位の小竜姫が、烈火の如く怒っている姿を想像するだけで、
『ええい! 取り乱すな! さっさと腹を括れ!!』
「できるかアホーー!! いやーー!! おうち帰るーー!!」
いい加減、叱り付けたセイリュートに、横島がテーブルにしがみついて抵抗する。
いつまでも進まないやりとりに、それまで腕を組んで傍観していたルシオラが、もーー、と言って近付いていった。
「ヨコシマ」
「ひっ」
背後から声を掛けられた横島が慌てて振り向いた。
その瞬間、
「――――――!?」
横島の目が見開かれる。懐かしい、柔らかい感触が口元を覆い被さったのだ。それがルシオラの唇だと気付いたのは、数秒も経ってからだった。
その隙に、ルシオラがちらりとセイリュートを視る。「これくらいは許してね?」のサインに、母は顎をしゃくって返して来た。『いいからこいつを黙らせろ』
(わかったわ)
晴れて母からゴーサインも出たので、遠慮はしなかった。離れていた時間を取り戻すべく、じっくり、たっぷり、情熱的に唇を愛撫していく。
ん、と息継ぎの声が洩れる度に、彼の身体から力みが取れていくのがわかった。
(そろそろかしら)
目の焦点が戻ってきたのを確認したルシオラが、唇を離し――仕上げとばかりにもう一度軽いキスをした。
「…………はっ!? お、俺は一体……」
「気が付いた?」
放心状態から回復した横島に、ルシオラがにこりと笑い掛けた。地獄と極楽を両方味わった事で心がリセットされたのかもしれない。その顔はいつものものに戻っていた。
ぽんと肩を叩いて彼女が言う。
「ヨコシマなら大丈夫よ。今までだって、何だかんだで最後は上手くいったじゃない」
「そ、そうか?」
訊き返してきた横島に、ルシオラがはっきりと頷いた。
「私のときはどうにもならなかったけど……でも、それすらママのおかげで何とかなったわ。だから二人……ううん。私たち三人が揃えば、きっとどんな事だってできるわよ」
ね? と横島とセイリュートを交互に見るルシオラ。その仕草は、ついさっきの情熱的なキスをしてきた彼女とはうってかわった、まるで両親の仲を取り持とうとする娘の様だった。
そして――
「……わかった。そこまで言われちゃ仕方ねー。もう一度、お前に見る目があったって事を証明してやる!」
その想いが全く伝わらない程、鈍感な横島ではなかった。すっくと立つと、あらためてセイリュートの方に向き直る。その表情は、再びあのアシュタロス戦で見せた時のものに戻っていた。
「例え相手が竜神だろーと、アイツや美神さんよりかはなんぼかマシだ。敵う気は全くしねーが、やってやる」
『ようやくやる気になったのだな。安心しろ。勝つための策もちゃんと考えてある』
記録の中で見た彼の顔付きを前にして、セイリュートが微かに笑った。横島も頷く。
「俺が無傷でいられるよーに頼むぞ。それと――」
ふと、今の雰囲気なら言えるかもしれないと思った。
「……ルシオラを生き返らせてくれて、ありがとな」
そう言って、横島が照れた様に頬を掻いた。一瞬、呆気にとられていたセイリュートだったが――やがてその心に、久しく忘れていた満足感が蘇る。
『礼はいい。お前が心置きなく動ける様に努めるのも私の役割なのだからな』
そう言いながらも、照れくさそうにぷいと横を向いた彼女が何だかおかしくて、横島とルシオラが共に笑う。
『……ふん。爆発しろ』
心安らぐこの雰囲気を、満更でもないと思いつつも、つい毒づくセイリュートだった。
――その頃の横島(過去)は――
都内。警察署、取調室にて。
「さっさと吐いたらどうだ?」
「ちがーう!! 俺は無実やーー!!」
「嘘を付け!! 空き巣があったとの通報で来てみりゃ、ドアや窓が破られた形跡もないし、指紋だってお前の物しかない。おまけに盗られたのが厳重に隠しておいた現金と秘蔵のアダルトグッズだって!? どう考えてもお前が自分でやったとしか考えられんだろうが!? もういい……さっさとこいつを連れていけ!!」
「俺が何したっていうのよ! 弁護士を呼んでくれーー!!」
そんなエンドレスなやりとりが続いていた。
5/31
※『リポート③の解説みたいなもの』をこちらに移しました。旧あとがきは解説の後に掲載しています。
03話の解説になります。
自身で読み直してみたところ、自分でも超展開かもなあと思った事や、セイリュートの能力など、一番湯のカナタを未読の人や、内容を忘れている方にはやや判りづらい話だったかもと思い、別枠で設ける事にしました。
――魂の複製について
カナタの話中で、主人公が敵に殺されるものの、セイリュートがあらかじめ保管してあった記憶、人格データを別の身体に移植した事で復活するシーンがあります。
そこから「これってGS世界で言えば魂をコピペして別の身体に入れるって事だよな」という超解釈をした結果、こうなりました。
また、記憶と人格を、それぞれ別データとして扱っている場面などもあったため、単なる丸写し以外にも、色々できるんじゃないかと推察しています。
――例の本
ワイド版準拠です。
同じくカナタの中で、主人公がどの様に敵に殺されたのかの記憶を映像で追体験でき、またそれを第三者の目からも見れる場面があったのと、美神の方でもオキヌちゃんが生き返る話で、氷室家の人たちと一緒に単行本を読み返し、彼女との出会いを振り返るというメタな一コマがあったので、それらの合わせ技になりました。
とはいえあくまで横島の記憶が基準なので、他キャラの心理なんかはわからない(メタ的にいえばセリフがない)様な感じに受け止めていただけるとありがたいです。
――セイリュートと小竜姫さまが知り合いな件
漫画の中での描写は無かったですが、椎名先生のブログで「セイリュートと小竜姫が知り合いというプロット案もあった」という内容があったため、それを流用してみました。確かに、生真面目な者同士、よく気が合うんじゃないかなーと思います。
――ルシオラの復活方法と(ほぼ)人間化について
アシュタロス編のラストで、横島の中にルシオラの霊体が大量にあったにも関わらず、復活できない理由について、土偶羅が「おまえ(横島)は人間だから、何度も魂をくっつけたりちぎったりすれば魂が原形を維持できなくなる」という台詞があります。
これは逆に言えば『横島の魂がどうなっても良いなら復活は可能』とも考えられ、魂が複製できるなら無問題じゃないかなと判断しました。
人間化については……単に娘設定を放り出すのは惜しいなーと思った事や、ルシオラにセイリュートを何て呼ばせようか迷った結果こうなりました。
ただ、原作でも魔族のメフィストが(魂の結晶の力を借りてですが)人間になる事を伺わせる描写があったので、死ななくても転生する方法はあるんだと思います。
概ねこんなところでしょうか。なるべく原作に描写された以上の能力は書かないように心掛けているつもりですが、力不足のようであればすみません
↓からは旧あとがきになります。
3話です。色々とぶっとんだ話になった気がしたので、その辺りの事は解説の方もご覧下さい。
一応ここまでがプロローグ的な話で次回から話が動いていく予定です。
というかここまで殆ど立ち話……orz
とりあえず基本は横島、セイリュート、ルシオラの三人で進めていこうと思ってます。
横島が父、セイリュートが
母、ルシオラが恋人&娘ってな感じです。
アシュタロス編以降の美神事務所は家族みたいな印象が強かったので、そんなノリで書いていけたらなと思います。
あと今回で書き溜めのストックが無くなりました。次話からは少し時間が開くかと思われます。
亀更新ではありますが、良かったら引き続きお付き合い下さい。批評、感想などもあればよろしくお願いします。
それでは