ブレイク・ユア・ディスティニー!! リローデッド 作:愉快な笛吹きさん
リポート② ようこそ過去へ
「でっ!」
異界空間を脱出し、横島たちが時間移動を完了した。着地音を立てずにセイリュートが、一拍遅れて横島が頭から派手に着地する。
強打した後頭部をさすりながら立ち上がり、辺りを見回すと、
「……あれ? 戦国時代に来たんじゃないのか?」
てっきり前回同様に天下統一を目指すと思っていた横島が、呆気にとられる。少し濁った空、立ち並ぶビルやマンション、無数に映える電柱に、たった今、赤に切り替わったばかりの信号機。
どこをどう見ても、いつもの事務所前の風景だった。それまで目をぱちくりしていた横島が顔を引き吊らせ、いつの間にかトレンチコートとセーターを着込んでいた――これも彼女の能力だろう――セイリュートに振り向く。
「おい。時間移動したんじゃなかったのか? こんな所にいたら美神さんに殺されるぞ!!」
血相を変えてセイリュートに詰め寄る横島。その脳内では修羅となった美神が襲いかかって来る光景が、現在無限ループで再生されていた。
やれやれといった顔のセイリュートが落ち着け、と言った。次いで、ゆっくりと事務所の方を指差す。
『よく見ろ。あそこには誰もいない。ちゃんと時間移動はしている』
「へ?」
正気に戻った横島が事務所に振り向く。確かに、事務所にはもう何十年も人の手が入っていない様だった。レンガ造りの三階建てのビルは、あちこちの窓がひび割れ、外装にも無数の亀裂が走っている。その建物の外周には鉄条網が張り巡らされており、とてもさっきまで自分たちがいたのと同じ場所とは思えなかった。
「……そ、そうか! そういう事か!!」
ここがどこなのか、ようやく気付いた横島が声を上げる。説明が省けて助かると思ったセイリュートだったが、
「ここは未来の世界だったのかー! どーりで美神さんたちがいない筈だ」
全力で勘違いをかました彼に、だああっ、とひっくり返る。
『アホかお前は! 何でそういう発想になる!』
「い、いや、以前に200年先の未来で幽霊になって成仏した夢を見たからつい、そうかと」
何気にすごい体験を告白して、はははと笑う横島に、もういい、とセイリュートが額に手をやった。
『ここは1991年の東京だ。私たちがいた時代から約8年前になるな』
「え、それって俺が美神さんと出会った年じゃねーか!?」
『正確には出会う少し前の時期だな。以前お前から話を聞いていたのでここに来た』
セイリュートの言葉を横島が頭で反芻する。自分の身の上については、戦国時代にいた時に一通り話した事があった。だが、
「……いまいちよくわからん。この時代が俺のモテモテ王国建国への道のりに、どう関係があるんだ?」
この時代を選んだ理由はわかったが、その意図は結局わからなかった。自分で考えるのは諦めて、彼女に訊ねる。
そうだな、と呟いたセイリュートが、考えをまとめるためか、やや間を置いてから口を開いた。
『強いて言えば、前回と同じ失敗をしないためだな。見ず知らずの女たちを権力でかしづかせても、お前は空しいだけだろう?』
「そりゃまあ……」
セイリュートの勢いに押されたように同意する横島。彼女が拳を作って続ける。
『だから今回は、お前の知り合いの女たちをターゲットにする。彼女たちの心を掴み、味方に引き入れるのだ』
「こ、心?」
『お膳立ては私がしてやる。協力者を増やし、ゆくゆくはお前がGS業界を牛耳って、あの美神という女から仕事を根こそぎ奪いとるのだ!』
どーんと、真っ直ぐ横島に指を突きつけて、セイリュートが言い放った。
「…………」
たっぷり数秒は固まっていただろうか。ようやく再起動した横島が、無言でセイリュートの指先を見つめる……が、突然ぽん、と手を叩くと、その場から体をどかせた。
ふう、と安堵する。汗を拭い、再び彼女を見遣って――ぎょっとする。指先はまたもこちらを向いていた。
「お、俺がか!?」
『長いな。どれだけ自信がないのだお前は』
引き吊った表情で自分を差す横島に、セイリュートの後頭部から大きな汗が浮かぶ。
「だって俺だぞ!? 除霊前は大荷物を抱えて歩かされ、除霊時には霊を誘う餌となり、最後は地面に這いつくばって美神さんに命乞いをするのがいつものパターンだとゆうのに?」
『ゆうのに、ではない! 調教され過ぎだお前は!! だいたい、あれ程の霊能力があってそんな事をする必要がどこにある?』
顔を付き合わせて、全く噛み合わない主張をぶつけ合う二人。知らぬ間に声がでかくなっていたらしく、道行く人の何人かが、こちらに視線を向けていた。
はっと気付き、二人が離れる。
『とにかく』
興味を失った野次馬を目で見送ってから、セイリュートがこほん、と咳払いをした。
『今のお前の実力なら何も問題はない。あの文珠とかいう能力に私の力が加われば、お前に敵うGSなど存在しないだろう。協力してくれる仲間さえ揃えれば、必ず覇権を握る事ができる!!』
流石は元土地神といったところだろうか。きっぱりと言い切ったセイリュートの言葉には、ものすごい頼もしさを感じる。
それほど自分を高く買ってくれているのかと、思わず胸を熱くさせた横島だが、とはいえそう簡単にいくものだろうか。
「やる事はわかったが……GSやるには資格がいるんだぞ。俺が持ってるのは未来のものだし、もう一回試験を受けようにも、住所も戸籍もないんじゃ応募すらできん」
取り合えず思い付くままに挙げていく。とはいえ、あそこまで断言するからにはとっくに対策は考えてあるのだろう。
案の定、間髪入れずに彼女が口を開いた。
『資格など別にいらん。こういった仕事は昔も今も完全な実力主義だ。結果さえ出せば、モグリだろうが何だろうが関係ない……もっとも、圧力は受けるだろうが。だからこそ、前もって味方を作っておくのだ』
そういえば友人の一人は、しばらくモグリで活動していた事があった。
なるほど、と頷き、横島が次の質問に移る。
「知り合いのねーちゃんたちをモノにできるのは嬉しいが、そんなに過去を変えて大丈夫なんか?お前が寝てる間に、かなりでかい事件も起こったんだが……」
口を動かしながら横島の脳裏によぎったのは、あのアシュタロスとの激戦だった。ここで自分たちが何かしてしまう事で未来に変化が起きないか、それが気がかりだった。
『問題ない。歴史には修正能力があるからな。多少の改竄なら影響は無いし、歴史を揺るがす様な事件なら、どうあがこうと結果が変わる事はない。つまりは好き勝手にできるという事だ』
「そうか……」
すらすらと告げるセイリュートに納得しながら、横島は胸がちくりと痛むのを感じた。思い出すのは、あの戦いの中で失われた一つの命。ここに来たときに、もしかしたら、とも考えたが……結果が同じになるというのなら、どの道だめなのだろう。彼女の犠牲無しには、あの最凶最悪な魔神は倒せなかったのだから。
『……質問は終わりか?』
何故か少し哀しげな表情を見せた横島を訝しみながら、セイリュートが言った。
「ああ、大体分かった。要は前みたくお前の指示に従うだけで、関係者全員が俺の魅力にドッカンするって事だな?」
『まあ間違ってはいないが……えらく自分に都合の良い解釈だな』
「わーははは。伊達に長年煩悩に生きとらんわ」
自信満々といった様子で笑う姿はいつもの横島だった。セイリュートが顔を和らげる。気にはなったが、すぐに切り替えができるなら大丈夫だろう。
『別に褒めたわけではないが……まあいい。私の方もお前に訊きたい事がある』
「ああいいぞ。なんだかんだいって、お前も俺の事が気に……すみません。何なりとお訊ね下さい」
半殺しどころか全殺しにされそうなほどの圧力を放ったセイリュートに、横島が小動物の如く縮こまる。付き合いこそ浅いが、彼女を怒らせるのはとんでもなくヤバイという事は、何となく理解していた。
気を取り直したセイリュートがさて、と前置きする。
『バンダナ越しに直接霊力を供給されてわかったのだが……お前の魂は魔族の気配がするな。何かあったのか?』
無遠慮に、と言うよりは何も知らないからこそ訊けたのだろう。セイリュートの問いかけに、横島が一瞬顔を強張らせると、再びあの哀しみを帯びたものに変わった。そのままゆっくりと俯く。
これ以上は踏み込んで欲しくないという、暗黙のサインだった。
『答えたくはないのだな?』
「……すまん」
絞り出す様に、その一言だけを横島が言った。効果はあったのだろう。彼女にしては珍しく、若干申し訳なさそうな顔で、そうか、と呟いた。
『もし不満なら取り除いてやろうかと思っていたのだが、余計な発言だった様だな』
「は?」
さらっと言ってきたセイリュートに、今度は横島の顔が変わる番だった。ぽかんと口を開ける。
「ちょ、ちょっと待て! お前これを何とかできるのか!?」
『できるが……そのままの方が良いのだろう?』
「場合によるんだよ。た、例えばだぞ……俺の魂にくっついた魔族を生きて外に出してやる、なんて事も可能なのか?」
切羽詰まった様子で訊いてくる横島に、セイリュートはそうだな、と呟くと、顎に手を当てた。そのまま考え込む。時間にすればおよそ10秒。それでも彼にとっては恐ろしく長く感じられた。
セイリュートが顎から手を離す。横島の鼓動が一際大きく鳴った。
『できるぞ。多少条件はあるがな』
あっさりとした回答。だがその一言こそ、彼が心の奥底でずっと求めてやまないものだった。横島がぺたんとへたり込む。
「良かった……良かったんだが、今までの俺の葛藤って一体……」
ほっとした様な、拍子抜けした様な気分でぽつりと呟く。その目には今日何度目になるかわからない、だが明らかに違う涙が滲んでいた。
セイリュートが呆れた様に言う。
『そんなに邪魔だったのか? もっと早く私を思い出していれば良かったものを』
「無茶いうな。連載時にいなかった奴にどー頼めと……そうだな。すっかり忘れてた」
そう言って、ごまかす様な笑いをあげる横島に、セイリュートがうさん臭そうな目を向けた。理由は不明だが、この男はたまに不可解な発言をする。
「で、どうしたらいいんだ? 言っとくが痛いのは嫌だぞ」
しゃがみ直した横島が、膝に頬杖を付き、見上げながら訊ねる。はあ、とセイリュート。あれだけ望んでおいて痛いもクソもないだろう。
ひょっとしたら美神のこの男への接し方は正しかったのかもしれない、などと少しだけ思いながら、彼女が告げる。
『まず必要なのはエネルギーだな。さっきの文珠とやらはあとどのくらいある?』
「ちょこちょこ溜め込んでたから……残り六個ってところだな。どのくらい必要なんだ?」
『さっきの回復量からすると……八個は必要だな。それだけあれば、しばらくは【船】の姿に戻れる』
「げ! 結構いるんだな」
『ああ。やるなら今のうちだ。いくらお前でも除霊をしながら文珠を溜め込むのはさすがにきついだろう?』
セイリュートの言葉に横島が同意する。確かに、これだけ文珠を溜め込めたのは、ここ最近ヒマだった事が大きい。セイリュートについて除霊の前線に立てば、気力、霊力の消耗も大きいだろうし、戦いの中で文珠を使う場面もあるだろう。ならば前もって済ませておいた方が、目算も立てやすい。
セイリュートが質問を変える。
『文珠を一個作るのにはどのくらいかかるのだ?』
「調子によるけど、まあ数日ってところだな。二個だったら一週間もあれば作れるぞ 」
その返答にセイリュートがほう、と感心する。思っていたよりはかなり早い。自身の計画に更なるプラス要素が加わった事に内心ほくそ笑む。
だが、
『一週間か。それはそれで問題があるな』
「何かあるのか?」
『金が無いだろう?』
さらっと告げてきたセイリュートに、横島があっ!と気付いた。立ち上がると、ジーンズ、ジージャンの順にポケットを手早く探る。が、給料日前ということもあって、出てきたのは合計三百円にも満たない小銭の束だった。
泣きたくなる程の薄給生活に、セイリュートも憐れみのこもった眼差しを向ける。
「何とかならんのか!? ほら、モグリで除霊の依頼を受けるとか」
『そこまでの交通費はどうするのだ? それに物事には順序というものがある。この世界ではまだ何の実績もないお前に、依頼など受けられるわけがないだろう』
「くそおおお……どうすりゃいいんじゃー!!」
空に向かって吼える横島。普通のバイトをしようにも未成年なうえ住所すらない自分が即採用されるとはとても思えない。
何か方法は――焦った様にもう一度体をまさぐる横島の手が、突然何かに触れた。
「なんだ、アパートの鍵か」
インナーに着込んでいたワイシャツのポケットから出てきたのは、横島の住んでいるアパートの鍵だった。
横島の首がかくん、と落ちる。こんなもんあっても意味ねー、と思いつつポケットに戻しかけたが――
「……いいことを考えついたぞおーーーっ!!」
小悪党風味たっぷりの顔で、にやりとする横島だった。
――一時間後――
「うわーははは。やはり持つべきものは自分よのう。少ないとはいえこれだけあれば一週間なんぞ余裕だ余裕!」
『お前……やむを得ないとはいえ、人としてこの行いはどうかと思うぞ』
横島たちが向かったのは自分のアパートだった。もちろんこの時代の、だ。
到着するとドアノブを回し、鍵が掛かっている事を確認した。GSのバイトを始める前なので、今は学校に行ってるのだろう。
持っていた鍵を挿すと、当然あっさりと解錠する。そうして現在は部屋の中を絶賛物色中だ。
「いーじゃねーか。他人の金ならともかく自分の金なら盗っても無問題だろ。あ、そこのタンスは二番目の引き出しな」
横島の指示に従い、セイリュートが引き出しを開ける。乱雑にしまわれた衣類の奥に、現金がはいっていると思わしき封筒が入っていた。
恐らくは本当に危機に陥った時のものなのだろう。涙を撒き散らした相棒の顔が一瞬浮かぶ。が、容赦無く掴みとる。
何だかんだで、目的の為にはなりふり構わないところはそっくりな二人だった。
「いやー大漁大漁」
アパートでの接収行為も無事終わった横島たちは、近くのファミレスで食事を摂っていた。
料理をがっつきながら上機嫌で呟いた横島を、テーブル越しにセイリュートが睨む。
『お前は艶本ばかり集めていたがな』
ぎくっ、とした横島がその拍子に食べ物を詰まらせた。慌ててコップを手にとり、水を流し込む。
「い、いーじゃねーかちょっとくらい! あれだって元いた時代なら凄い価格になるんだぞ」
『ほう? 根こそぎ持ち去ろうとしておきながら、ちょっと、とはな』
セイリュートの眉間がぐっと寄る。空き巣のとき、放っておけば部屋にあったコレクションを全て持っていきそうだった横島を、無理矢理引きずり出した光景が蘇ったのだ。
不機嫌さを一層溜め込んだ声で、彼女が訪ねる。
『お前……まさか私たちが何のためにここにやって来たのか忘れていないだろうな?』
「そ、そりゃあもちろん。でもせっかくだから、この際失った思い出(コレクション)たちもついでに取り戻せたらなーって……」
なおも未練を残す横島に、ついにセイリュートもキレた。空き巣に手を染めたのはまだしも、本人は金品そっちのけでエログッズ集めに精を出し、そのうえ祿に反省もしていないとなれば已む無しだ。
席を立ち上がった彼女が、ばん、と両手をテーブルに打ち付けた。
『……目的も果たさずにそんな事にうつつをぬかしてみろ、ヨコシマ』
様子の変わったセイリュートに、横島がひいっ、と声を洩らす。普段は名前を呼ばないだけに、本気で怒っている事がよく分かった。
彼女がぐっ、と顔を近づける。そして――
『嫌いになるぞ!』
きっぱりと告げて、セイリュートがそのまま乱暴に席に座る。その効果は絶大だった。頭の中で、さっきの言葉が何度も繰り返される横島。日頃バカだの変態だの言われ、罵声には慣れている筈なのだが、面と向かって嫌いと言われたのはかなりキツい。ましてやそれが(宇宙船とはいえ)かわいい女の子なら尚更である。
「セ……セイリュートさん?」
言い様の無い焦燥感に駆られ、滝の様な汗を浮かべた横島が、恐る恐る彼女に問いかける。が、完全に無視だった。半目のまま、つん、とそっぽを向き、目線すら合わせようとしてくれない。
横島の顔が凍り付く。すがる思いで何度も彼女に呼び掛けるが、全てかわされた。
「お、俺が悪かった。謝る……謝るからこっちを向いてくれえええ!!」
テーブルから身を乗りだす程の勢いで謝罪をかました横島に、ようやく彼女がこちらを向いた。
ほっと安堵しかけた横島だったが、
『一週間後には残りの文珠を作っておけ……ではな』
そう言い捨てて、セイリュートが姿を消した。再び血相の変わった横島が彼女を呼ぶ。バンダナの本体に戻ったのだろうが、当然の如く返事は無かった。
「セ、セイリュートォォォ!!」
テーブルの上でおがああ~んと泣き叫んだ横島が、店員に追い出されるまで、そう時間は掛からなかった。
第2話です。
「嫌いになるぞ!」はクロス元の一番湯のカナタに出てくるセイリュートが使ってました。かなりツボに来たセリフだったので今回導入する事に。
もしリアルで言われたら結構くるよなあとは思いますが。
1話からさっそく感想コメントやお気に入りに入れて下さった方々、本当にありがとうございます。
良かったら引き続き応援してやって下さい。