ブレイク・ユア・ディスティニー!! リローデッド   作:愉快な笛吹きさん

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プロローグ
リポート① 再会は突然に


「実働15分で2000万。バブルの頃よりはショボくなったけど、上々ね」

 

 明け方。T県某所にある瓦礫が散乱した廃ビルにて、美神は上機嫌に呟いた。手にしていた神通棍を腰のホルスターにしまうと、ん~、と伸びをする。

 

「思ったより楽勝でござったな」

 

「帰り際にきつねうどんが食べたいわ」

 

 背後にいたシロとタマモが気楽そうにやり取りを交わす。まだまだ年若いとはいえ、やはり人狼と妖狐。その実力は確かであり、今回でも除霊した霊の数だけなら美神のそれを上回っていた。

 振り向いた美神がにこりとする。

 

「お腹も空いたしちょうどいいわね。じゃ、私はクライアントに連絡するから、その間に道具の片付けよろしく」

 

「はーい」

 

 美神に携帯電話を差し出したおキヌが、ぱたぱたとした足取りで散らばった除霊道具を片付け始める。先の二人の様な華々しい活躍こそ無かったが、霊の集団を皆まとめてこの部屋に呼びこめたのは、紛れもなく彼女のおかげだった。

 報告を終えた美神が電話を切る。と同時に道具も片付いた様子だった。軽々とリュックを背負ったシロを確認して、引き上げるわよ、彼女が言った、その時――

 

「ち"ょ"っ"と"お"お"お"お"!!」

 

 地獄から響いて来る様な声に、全員の足がぴたりと止まった。冷や汗が流れる。そういえばもう一人いたのだ。裏方が。

 

「お、遅かったじゃない。横島クン」

 

「ち、ちょうど今から先生を呼びにいこうとしてたでござるよ」

 

「け、決して忘れてたわけじゃないからね?」

 

「ご、ごめんなさい~」

 

 おキヌを除いた全員が口々に言い訳を述べると、さすがの横島も声を荒げた。

 

「霊が残ってないかビルの上から下まで確認してこい、って言ったの美神さんじゃないですか!! ここ隣県っスよ!? なのに俺だけ歩いて帰れとでも?」

 

「わ、悪かったわよ……でも、ここんとこあんたの出番全然無いし、いっそのことそうしてもらったら、私も給料の払い甲斐があるかなーって」

 

「なお悪いわーー!!」

 

 雇い主からの遠慮呵責ない言葉に、横島が涙を噴き上げて吼える。

 美神の言う通りだった。シロ&タマモの加入からこっち、美神除霊事務所の戦力は大幅に上がった。接近戦はシロの霊波刀と美神の神通棍。後方からはおキヌのネクロマンサーの笛と、タマモの狐火・幻術がある。これだけ重厚な布陣なら、普段の雑魚霊など、物の数にもならない。

 そしてその煽りを一番喰らったのが横島だった。接近戦ではシロに遠く及ばず、後方支援は精々サイキックソーサーを投げつける程度。それとて味方に当たる危険性もあるので、滅多とやらない。残るは文珠だが、このメンツだと普段の雑魚霊レベルでは、使う前に除霊が終わってしまう。

 そういう訳で、彼の霊能力はここ数ヶ月、全く出番が無いのだった。

 

 

 

「ううっ、ちくしょう……」

 

 数時間後。事務所に戻ってきた横島は、独り除霊道具の片付けを命じられた。殆ど仕事しなかったから、というのが理由だったが、そもそも今日の除霊の割り振りを決めたのは美神だ。

 自身への扱いの低さに軽く涙しながら倉庫へ入ると、リュックを降ろす。

 

「ゴミ屋敷かここは……」

 

 久し振りに立ち入った第一声はそれだった。うず高く積まれた荷物と荷物の柱の隙間を埋める様に、様々な除霊道具がごった煮している。

 ため息を吐くとリュックを開き、道具を一つ一つ、元あった場所(と思わしきところ)に戻していく。

 

「せっかく俺だって霊能力が使える様になったのに……これじゃー昔とおんなじじゃねーか」

 

 一周回って、再びただの荷物持ちに戻りかけてる自分に心が荒む。給料は変わらないので楽といえば楽なのだが……自分がいてもいなくても変わらない様なこの疎外感に慣れる事はない。

 以前は頼られる場面も度々あったのだから尚更だった。

 

「俺って……もしかしていらない子なのか?」

 

 最後の道具――未使用の除霊札――を棚に戻すと、ぽつりと自問する。不景気の続くこの世の中。余分な人員はリストラされてもおかしくない。なのに何故。

 横島の額からだらだらと汗が流れる。ひょっとして今の状況は、無理やり辞めさせると法的に色々まずいので、自分から辞めると言い出すのを待っているのではなかろーか。

 

「まさか……いやでも美神さんなら……」

 

 美神を含め、誰かしらこの場にいたなら即座に否定しただろう。が、生憎ここには横島一人だけだった。

 すっかり疑心暗鬼に陥り、ううう、と哀しみの涙を流す。かなり精神的に追い込まれている様子だった。

と、その時、

 

『相変わらずあの女の言いなりになっているのだな。だからあのとき話を聞くなと言ったのに』

 

 呆れた様な口調の、聞き慣れない声が倉庫に返ってきた。はっとする横島。人工幽霊一号を含め、明らかに事務所メンバーの声では無い。だが、

 

「だ、誰だ!?」

 

 横島自身はこの声をどこかで聞いた覚えがあった。妙な感覚。忘れていたというより、まるで『あとから記憶を付け足された』かの様な。

 辺りを見回す横島に、先程の声がふん、と鼻を鳴らした。

 

『忘れたのか。短い間だったとはいえ、お前とは共に天下を目指した間柄だったのだがな』

 

 そう言われても急には思い出せない。声は女性のものだったが、マイク越しに話し掛けられている様な、どこか機械的なものを感じさせる。

 確かに覚えがあるんだが――そう呟きながら声のした方向に横島が振り向こうとして――トラブルが起こった。肘が荷物の柱に当たってしまったのだ。

 

「ひーーっ!!」

 

 脳が超加速にでも入ったのか、幾つもの段ボールがスローモーションで自分に迫って来る。理解はできたが、肝心の身体の方はぴくりとも動いてはくれない。

 そのまま下敷きになった横島が、蛙の様な悲鳴をあげた。

 

「…………あ~くそ。また美神さんにどやされる」

 

 ものの数秒で起き上がった横島が、うんざりした顔で散らばった荷物を見遣る。

 中身は色々だった。オカルト関係の書物や使用期限が切れていると思わしき破魔札。はたまた領収書の束や買い置きの文房具など、雇い主の性格がこれでもかとばかりに出ていた。

 呻きつつも、とりあえず片付けようと手を伸ばした横島が、ん?と何かに気付いた。

 

「これって確か……」

 

 赤い半球形の宝石の様なものを拾い上げて呟く。その瞬間、

 

『思い出したようだな』

 

 突然、石が光り出すと、中から掌サイズ程の少女が現れた。びっくりした横島が宝石を取り落としかけるが、何とか立て直す。

 見た目は女子中学生くらいか。黒髪に黒いタイツの様な衣装を着た、なかなかの美人だ。

 ただし、額に大きな石の様なものが嵌め込まれていたり、頭のあちこちに短い蛍光灯っぽいものが刺さっている辺り、明らかに人間ではない。ついでにノイズっぽい電子音が鳴る度、身体がぼやけたりもしている。

 おそらくは宝石が本体で、彼女は霊体、もしくは立体映像か何かだろう。

 その特徴的な姿に、横島の脳がようやく答に行き着いた。

 

「確か……セイリュート、だったよな。お前確か、美神さんに除霊してもらったんじゃなかったのか?」

 

 そう言って、彼が自分の記憶をなぞり始めた。

 

 

 ――セイリュート。正確な名前はプロトタイプ・セイリュートと呼ぶ。その正体は数百年前に機体の故障で地球に不時着した宇宙船だった。

 母星に帰る手立てを失った彼女だったが、当時の人々に敬られた事がきっかけとなり、土地神として共に生きていく事を決心する。

 だが時代が変わった事で彼女の祀られていた神社は潰れ、彼女自身もまた土地を不法占拠する妖怪として迫害される身となる。

 そして彼女の除霊を請け負ったのが……当時の美神たちだった。

 

 

 

『私もそうしてもらおうと想い休眠していたのだが。どういうわけか目覚めたらここにいた』

 

 不機嫌そうに彼女に睨まれた横島が、急いで続きを思い出そうとする。

 

 

 ――結局、セイリュートが退治される事はなかった。

 除霊のためにオトリにされかけた横島とウマが合い、二人で神社から退去したのだ……が、何故かそのまま戦国時代にタイムスリップして、横島はハーレムを築くために、彼女は裏切った人間たちに復讐するために、天下統一を目指す事となった。

 彼女のサポートもあって途中までは順調だったのだが、最後は後を追いかけて来た美神たちが横島を説得? した事で、元の時代へ戻る事となった。

 

 

 横島がうーんと唸る。セイリュートの処遇の事ではない。何故か現代に戻る直前の記憶がすごくあやふやなのだ。

 

「何だろう。あのときすごく希少な何かを見た気がするんだが……思い出せん」

 

『……まああれだけ折檻されればな。恐らく脳が無意識的に思い出す事を拒否しているのだろう。てゆうかそんな事はどうでもいい。さっさと続きを思い出せ』

 

 事情を知っているらしいセイリュートの口調が気になったが、いい加減先に進まないと本気で怒られそうだった。仕方無く断念して記憶を進める。

 

(確かあのあと……)

 

 

 地獄の折檻が終わった次の日。美神たちは活動エネルギーが切れて休眠状態になった彼女を除霊するか、別の土地に移住してもらうかで意見が別れた。

 美神は除霊側、横島とおキヌは移住側だった。丁稚を連れ戻すために色々と恥ずい思いをした美神の意趣返しを、横島たちが必死に引き留めた形だ。

 渋る美神だったが、おキヌの懇願もあって、何とか移住で話が纏まった。

 

 問題はこの後だった。

 

「言っとくけど私は手伝わないわよ。あんたたちが言い出したんだし、自分たちの力だけで探しなさい」

 

 どすん、と、一抱え程度はあろう移住先のリストの束をテーブルに置いて、美神が言った。

 これだけ大量の候補先を調べあげるのも大変だっただろう。素直でない美神の助力に感謝したおキヌは、俄然張り切った。セイリュートにより良い住処を見つけてあげようと、横島と共に自ら現地にまで足を運び、事務所を何日も留守にしたのだ。

 その結果――片付ける人物がいなくなった事務所はたちまち荒れ果てた。おキヌたちが帰って来たときには、ゴミや荷物が床の踏み場も無いほど散乱し、彼女の本体――宝石――は綺麗さっぱり消えてしまっていた。

 

「へ~~ん! セイリュートさ~~ん"!!」

 

「ま、まあ……除霊したわけじゃないんだし、そのうちひょっこり出てくるわよ……たぶん」

 

 雑巾を片手に嘆き悲しむおキヌを、冷や汗と愛想笑いを浮かべて宥める美神だった。

 

 

『…………』

 

「なんとゆーか……お前もつくづく浮かばれんやつだな」

 

 説明を終えた横島が、 流石に落ち込んだ様子のセイリュートに、同情の言葉をかけた。

 瞬間、きっ、と彼女に睨みつけられる。

 

『ああそうだ。人間たちには裏切られ、復讐も成らず。せめて最期ぐらいは神らしく威厳を保って成仏しようと思えばこの有り様だ!』

 

 彼女の声に同調して、映像がばちばちと乱れる。相当怒っている様子だった。

 冷や汗を浮かべてビビりまくる横島に、彼女がずいと顔を近づける。

 

『……ここでお前と再会できたのはちょうど良かった。どうだ? もう一度私と組む気は無いか?』

 

「く、組むって……?」

 

『決まっている。約束を違えたあの女に復讐するのだ!』

 

 復讐という言葉に、横島がうっ、と顔色を変えた。

 『それは出来ない』という彼の意思表示を素早く汲み取ったセイリュートが、かぶりを振る。

 

『別に命まで取るつもりはない。悔しいが、今の私の力では、精々あの女を悔しがらせるくらいだろう。てゆうかお前こそ何故あんな女を庇う。あれからかなりの月日が経ったみたいだが、見たところあまり扱いは変わってない様に見えるぞ』

 

「いや、流石にあの時よりかはマシな扱いになったんだが……」

 

 それを皮切りに、横島がたどたどしく彼女に話し始める。自身が霊能力を身につけた事。それをきっかけに美神にも少しずつ頼りにされて来た事。シロとタマモがメンバーに入った事。そして――最近再び自分が役立たずになり下がっている事。

 

「あいつらの修行のためだっていうのは分かってるんだけどな。それでも自分がいる意味が無いって感じるのは……なんてゆーか、正直キツい」

 

『そうか……』

 

 横島の話を淡々と聞きながら、セイリュートは内心では感心していた。霊能力を身につけた事もそうだが、以前会った時より遥かに周りの事が見えている。

 何より、あれだけギラついていた煩悩が、今は随分落ち着いたものになっていた。

 

 ――きっと良き出会いと別れを経験したのだろう。

 

 この星の土地神として、沢山の人間に接してきた自身の勘が、そう告げていた。

 

 

 

『お前の霊能力を見せてくれないか?』

 

「え? ここでか?」

 

 横島が話を終えた後、しばらくの間何かを考えていたセイリュートは、突然そう言った。

 面食らった表情で訊き返す横島に、そうだ、と頷く。

 

『お前がどうするにせよ、このままでは私は動くことすらできない。お前が霊能力を使える様になったのなら、エネルギーを少しわけて欲しいのだ』

 

 そう言って、軽く微笑んだセイリュートの頼みを横島が断れるわけもなかった。セイリュートの本体を床に置くと、久しぶりに誰かから頼られた事もあり、ノリノリで右手に霊力を集中する。

 

『よし、それを私に』

 

 右手が光るのを見て、身を乗り出しかけたセイリュートに、横島が首を振った。

 

「どうせならこっちのが良いだろ」

 

 そう言うと、右手の光が徐々に収束していく。

 一瞬後、掌の上には小さな珠が二個浮かんでいた。出来映えに満足した横島が、キーワードの漢字をどうしようか考える。

 悩んだ末、結局はシンプルにした。

 

『これは?』

 

 横島から渡された珠を見つめて、セイリュートが訊ねた。

 

「文珠って言うんだ。とりあえず握ってみてくれ」

 

『あ、ああ』

 

 左右の手に一個ずつ珠を持ったセイリュートが、言われた通りに拳を閉じる。

 瞬間、力が急激に満ち溢れるのを感じた。省エネモードがあっさり解除され、ミニチュアサイズだった自分の身体が、一気に元の大きさに戻る。

 

「な……!?」

 

「どうだ?ちょっとは回復したと思うんだが……」

 

『ちょっとどころではないぞ。さっきの珠は一体何なのだ?』

 

 目を丸くして詰め寄るセイリュートを、まーまーとなだめる横島。その反応に新鮮な感動を覚えつつ、文珠について――キーワードの漢字に則した効果が表れる事や、二文字同時なら更に効果が上がる事など――簡単に説明する。

 

「お前は霊力が欲しいって言ってたろ?だからさっきは【霊】と【力】をイメージしたんだ」

 

 そう結んだ横島に、セイリュートは唖然とした。あの節操無しだったボンクラ男が、まさかこれほどまでにすごい霊能者に育っていようとは。

 何とか顔を取り繕い、彼女が告げる。

 

『正島驚いたぞ。これまで色んな霊能者に出会ったが、お前ほど強力な術を使う者は初めてだ!』

 

「そ、そーかな?」

 

 セイリュートからの賞賛の声に、横島が照れた様に頭を掻く。美神たちがピンチに陥ったときに颯爽と登場して危機を救い、「助かったわ。やっぱり横島クンがいないと私――」としなだれかかる美神をベッドに押し倒す計画用にストックしておいた文珠が、まさかこんな形で役に立つとは。

 頷き返したセイリュートが、ふっと笑う。

 

『ウソではない。お前がこれ程までに成長していて私も嬉しいぞ……って何故泣く?』

 

「いや……こうして素直に褒めてもらえた事って、しばらくなかったなーって……」

 

 正体が宇宙船のためか、セイリュートの言動は良くも悪くもストレートで、余分なものが無い。以前行動を共にしていた横島は、それが分かっているからこそ、彼女の言葉が深く染み込んだのだった。

 

『…………』

 

 苦笑いを浮かべて涙を流す横島に、セイリュートが改めて美神に憤る。

 彼女は宇宙船ではあるが、人造された機械ではなく、れっきとした一生物だ。

 彼女の一族はとある星の王族と共生関係にあった。王家に男子が生まれると、彼女の一族にも新たな種が造られ、一心同体となって成長していく。

 だがあくまで共生関係である以上、彼女たちは一方的に力を貸すわけでは無い。時には監視役として、王家の子に試練を与える。正しき力と心を持たぬものに彼女たちが力を貸す事は無かった。

 だが無事に認められた暁には、彼女達はあらゆる危機から王家の子を守る。セイリュート自身は実証試験機として造られた為に、王族と直接関わる事は無かったが、一族としての掟や価値基準などは、しっかりと心に根付いていた。

 そんな彼女の基準からしてみれば、美神は不合格もいいところだった。特に心が。優秀な部下を飼い殺しにし、そのフォローも碌に行わないどころか、未だにこういった丁稚まがいの雑用を押し付けてすらいる。

 給料の方も横島曰く、だいぶ多くなった、との事だが、それが本当ならば、もう少し身なりに気を使っていてもいいのではなかろうか?

 

 美神に一泡吹かせ、横島の現状を改善するにはどうすればいいか。黙考を重ねたセイリュートが、やがて一つの案にたどり着いた。

 

 

『お前……確かヨコシマといったな』

 

 へ?と返した横島が、そういえばいつも『お前』と呼ばれていた事を思い出す。

 

「あ、ああ……横島忠夫だ」

 

『よし。ではヨコシマ、やはりお前は私と来い。このままここにいても、心が病んでいくばかりだぞ』

 

「そー言われてもな……」

 

 いきなり話が進み、横島が困惑する。他人にちょこっと言われたくらいで「じゃ辞めるわ」となるのなら苦労は無い。働く原動力が美神の色香のみだった昔とは違うのだ。

 幽霊を卒業したおキヌとの青少年らしい甘酸っぱいイベントの数々や、散歩に付き合わされるのには勘弁とはいえ、常に自分を先生と呼び、慕ってくれるシロ(あと数年もすれば身体の方もドキドキものだろう)、いつもはクールだが、根は情に厚いタマモ。こちらも先が楽しみな逸材だ。

 いくら最近立場が不遇とはいえ、この美女一人と美少女三人に囲まれた今の状況をほっぽり出すなど、馬鹿のする事だろう。

 

『そうか……残念だな。共に来てくれたのなら、今度こそお前の野望を叶えてやろうと思ったのだが』

 

 否、前言撤回だった。近況を遥かに上回る好条件を提示されれば迷うのも道理だ。

 エロ本の背表紙によくある、詐偽商品で夢を掴んだおっさんみたいな想像図を思い浮かべた横島が、思わず首を縦に振りかけるが、何とか押し留める。

 そう簡単に振るわけにはいかなかった。なんだかんだで自分は事務所一番の古株なのだ。雇い主への義理や情は、とても報酬なんかでは代えられない。

 

『迷っているのか……まあ無理もない。あれ程の霊能力を身に付けたのだ。最近はともかく、それ以前はさぞかしあの女に厚遇してもらっていたのだろう?』

 

「ぐはっ!」

 

 セイリュートの追撃に、横島の心がハリセンボンと化した。胸を押さえて苦しみながら、何とかこれまでの良き思い出を振り返ってみたが……今に至るまでキス(唇に)の一つすらされた事がなかった事に絶望した。

 頬キス程度ならあったが、美神からしてくれたのは初仕事での一回のみ、そもそも、自分が損をせずに美味しい思いをした事は恐ろしく少ない。99%は自身からアクションを起こし、それすら後に過剰なまでの報復が漏れなく付いてきた。

 そんな心も体も揺れ揺れの横島に、セイリュートが申し訳なさそうな顔で俯く。勿論演技だ。ここまで来ればあと一押しだった。

 

『お前の気持ちを考えなくて済まない。今回の話は無かった事に――』

 

 言い切る前にセイリュートが肩に手を乗せられた。顔を上げると、白い歯を見せた横島が目をキラキラとさせている。

 

「何を言ってるんだ! 人間ってのはずっと一ヶ所に留まっていても成長しないんだぞ! 君に付いていくのはむしろ当然! いや、必然じゃないか!!」

 

『いや、まあ、私としてはそれでいーのだがな……』

 

 最後には土下座をし始めた横島のあまりの切り替えの早さに、若干肩をコケさせたセイリュートだった。

 

 

 

「遅いわねー横島のやつ……」

 

 いつもの広間。仕事終わりのシャワーを済まし、所長用のデスクでビールを喉に流しこんだ美神は、不満そうにぼやいた。

 

「もしかして倉庫で泣いてるとか?」

 

「先生、大分しょげていたでござるからな……」

 

 熱い風呂は苦手なのだろう。デスク向かいのリビングテーブルに、若干のぼせた様子で突っ伏したタマモとシロが、そう言って視線を美神に投げる。

 

「あんたたちだって忘れてたでしょーが! ったく……心配しなくても、あいつに限ってそれは無いでしょ。大方ミスって倉庫の荷物でもひっくり返したんじゃない?」

 

 当たりだった。こと横島の行動に関しては恐ろしい程の的中率を誇る美神。だが、今はそういう予測の話をしているのではなかった。

 

「な、何よ……」

 

 じろっ、と目を細める二人に美神がたじらいだ。険悪になりかけた空気を察してか、シロたちと同じテーブルの椅子から立ち上がったおキヌが、慌てて声を上げる。

 

「で、でもほら、美神さんの言う通りだったら、尚更横島さんを手伝いにいかないと。ね? 美神さん」

 

 笑顔を取り繕いながら問いかけて来る彼女に美神がぐ、と言葉に詰まった。彼女の意図は痛い程に伝わってくる。このまま倉庫に向かい、横島に謝ろうという事だ。

 それでも躊躇を見せる美神に、おキヌの表情が徐々に悲しげなものに変わっていく。これではダメだと直感した彼女は、冷静になろうと、大きく息を吐いた。

 

 ――そう、確かに最近は、シロとタマモの修業にかまけて、彼を蔑ろにし過ぎている感があった。

 いくら凄まじい霊能力を持っているとはいえ、所詮はまだ高校生。一歩退いた位置から全体を見極め、どんな状況でもフォローに入れる様に、という現在の役割を、きちんと説明したわけではなかったし、あいつに確固たる意志があったわけもないだろう。

 

(そうね――)

 

 自分が高校生だった頃を思い出しながら、美神が頷く。あの時の自分が同じ立場だったなら、きっと納得していなかっただろう。プロのGSとして成熟しきった自分を基準に判断するのはいけなかった事だと反省する。

 

「分かったわ。確かに最近、ちょっと横島クンに冷たかったもんね……いい加減倉庫も整理したいと思ってたとこだったし、行くわよ、おキヌちゃん」

 

 それでも、いちいち言い訳を作る所が彼女らしい。素直で無い所長にくすっと笑ったおキヌが、元気よく返事をする。

 

「拙者も手伝うでござる」

 

「後でおあげ奢ってね」

 

 席を立ち、当然の様に後ろに付いて来た二人に、美神が小さく微笑む。なんだかんだで皆あいつの事を気にしているのだ。

 ぞろぞろと階段を下りていく四人。 片付けが終わったら、あいつのお詫びも兼ねて、皆でリッチな外食でも――

 そんな事を考えながら、美神たちが倉庫の近くまでやって来た。その時、

 

『霊気!?』

 

 倉庫の中から横島のものとは異なる霊気を察知した四人が、瞬時に顔つきをGSのものへと変化させる。

 もしや横島の身に何かが――美神が三人に視線を送る。全員頷いたのを合図に、そのまま口々に横島の名を呼びながら倉庫に飛び込んだ。

 

『来たか……だが一足遅かった様だな』

 

「横島クン!? あ、あんたは――」

 

 散乱した荷物と段ボールの山の向こう側に、涙を流す横島と見知らぬ少女――おそらく妖怪だろう――がこちらを向いていた。

 いや、違った。自分はこいつを知っている。たった今記憶のパッチが最新のものに更新されたところ――もとい、忘れかけていただけだった。

 

「セイリュート!! あんた横島クンに何をしたの!?」

 

「え、セイリュートさん!?」

 

 横島の時よりも数倍早く正体を思い出した美神が叫んだ。ワンテンポ遅れておキヌが続く。

 彼女たちを一瞥したセイリュートは鼻を鳴らすと、淡々と告げた。

 

『何もしていない。単にこいつが、これ以上お前のそばにいるのは耐えられない、と言ってきただけだ』

 

 そこでセイリュートが言葉を切った。と同時に、横島の額のバンダナから淡い光が漏れだす。見れば、彼女の本体である宝石がそこに装着されていた。

くっ、と顔色を変える美神。この場から存在が薄れていく様なこの感覚を、彼女は良く知っていた。

 

「時間移動するつもり!? ちょっと横島クン!!」

 

「堪忍やーー仕方なかったんやーー!!」

 

 きっ、と睨み付ける美神に、顔を歪めていつもの謝罪用セリフを口にする横島。もう時間が無かった。舌打ちをして前に進み出るが、荷物の山が行く手を阻む。

 

「俺……今度こそ幸せになります。美神さんや皆のちちしりふとももは忘れません!」

 

「横島さん!」

 

「先生!」

 

「横島!」

 

 横島の別れを告げる様な言葉に、はっとした三人も美神に手を貸す。が、間に合わない。必死さと悔しさが同居する美神の表情に、少し溜飲が下がったのだろう。セイリュートの口角が僅かに上がった。そして――

 

『さらばだ』

 

 その言葉と共に、ふっ、とセイリュートたちの姿が消えた。

 倉庫が再び静まり返る。残されたのは横島たちがひっくり返したと思われる大量の荷物と段ボールだけだった。

 呆然とする四人。時が止まったかの様な沈黙が続く中、いち早く再起動したタマモが、

 

「……で、誰が片付けるの? これ?」

 

『あ!』

 

 場違いな様で、この場にぴったりな言葉を口にしたのだった。




はじめまして。

ヒーローズカムバックで美神を見て、久々にGS熱が復活

セイリュートが可愛かったので一番湯のカナタも見る。

可愛いしこんだけチートならさぞ面白そうなSSの一つや二つあるに違いない――見つかりませんでした。

よし、無いなら書くか、といった次第です。

筆は早い方では無いのでゆっくりとした更新になりそうですが、完結目指して頑張ります。

良かったらお付きあい下さい。

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