同室の菫さんが夕食の後に相談したいことがあると言いました。
菫さんが相談事とは珍しいです。大抵のことは自分でやる菫さんが私に相談するということはおそらく……。
今、私と菫さんはテーブルを挟んで向かい合って座っています。テーブルの上には私が依頼の帰りに買ってきたチョコレートケーキと菫さんが入れた紅茶が並んでいます。
菫さんは紅茶を一口飲んでから話し始めます。
「相談事というのはね、私の後輩から相談されたことなのだけれどね。最近、夢見が悪くて困っているそうなのよ」
菫さんの後輩とは美術部の部員のことでしょうね。菫さんは美術部副部長ですし、冷たそうに見えて実は優しいですし。
それにしても、入部して僅か数日で悩みを聞くまでに親しくなるなんて、相変わらず手が早いんですね。
そんな考えが顔に出ていたのでしょう、菫さんは呆れた顔をしていました。
「あのねぇ、勘違いしないで欲しいけど、彼女は中学からの知り合いよ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうよ。話を戻すわよ。彼女が夢見が悪くなったのはここ最近のことらしいのよ」
「その夢の内容は何か分かりますか?」
「ええ。毎回場所は違うそうだけれど内容は同じそうよ。その内容は黒いナニカに襲われる、というものらしいわ」
その黒いナニカというのが菫さんの後輩に取り憑いて悪夢を見せている元凶でしょう。その黒いナニカを倒せば悪夢も見なくなるでしょう。どうやら今回は大したことはないようです。
「分かりました。それじゃあ、明日にでもその人に会って除霊すれば……」
「ちょっと待って、多分それは無理よ」
「……それはどういう意味ですか?」
私が明日の方針を話そうとしたら菫さんに止められてしまいました。しかも無理と言われてしまいました。確かに菫さんの時は主に彼が戦っていましたから私の実力を知らないのかもしれませんが、それでも無理と言われると傷付きます。
「話は最後まで聞いてちょうだい。別に貴女が弱いと言っている訳ではないの。貴女の強さは疑ってないし信頼もしているわ」
菫さんは真っ直ぐに私の目を見て話してきます。
私は人が嘘をついているかどうかが直感的にわかるので、菫さんが本心からそう思ってくれていることが分かります。私は気恥ずかしくなって、菫さんから目をそらします。
私は目をそらしたまま菫さんに話の続きを促します。
「そ、それなら何故無理だと言えるんですか?」
「それはね……見えないのよ、取り憑いているはずの悪霊が」
いくら何でも見えないものを退治は出来ないでしょう?と菫さんは言います。
「まぁ、取り敢えず明日本人に会って話を聞きたいので、菫さん、お願いできますか?」
「それは構わないけれど……、どうするの?」
菫さんは不安そうに聞いてきます。
まぁ菫さんにとって霊とは見えて当然であって実害があるのに霊の姿が見えないのは不安になって当然です。
なので私は菫さんを安心させるように言います。
「任せてください、菫さん。必ず退治してみせますから」
翌日の放課後。
私は校門で菫さんを待っていました。今菫さんは彼女の後輩―――
そして菫さんには彼女に悪夢の原因―――悪霊についてや私が霊能者であること等を事前に説明してもらっています。突然あった人から言われるよりも知り合いから説明された方が理解を得られると思ったからです。菫さんは有紀はオカルト好きだから大丈夫よ、と言っていましたが、オカルト好きだからといってもオカルトの実在を信じるかどうかは別問題なので不安です。
そうして校門で待っていると校舎から菫さんが女子生徒と一緒に出てきました。その女子生徒が有紀さんでしょう。
有紀さんは茶髪を肩で揃えていて、菫さんより頭一つ小さいです。目はパッチリしていて活発な印象を受けます。しかし、悪夢の影響でしょうか、顔色は悪いようです。
私が観察していると菫さんが私を見つけたようで、二人は近付いてきました。菫さんは顔の前で片手を上げて謝るジェスチャーをしながら話しかけてきます。
「ごめんなさい、待たせたわね」
「いえ、構いません。それで、そちらの方が……」
私はそう言って有紀さんを見ます。
遠目からでは分かりませんでしたがかなり濃い目に化粧をしているようです。おそらく目の下の隈を隠すためでしょう。そんな有紀さんは何故か私を見てガッカリした様子です。
何故でしょう? 私と有紀さんは初対面の筈なので心当たりはないのですが。
「えぇ、そうよ。ほら、有紀」
菫さんは有紀さんの様子に心当たりがあるのか苦笑いしながら有紀さんの肩を叩きます。
「あ、はい。えっと、初めまして。佐原有紀です。有紀と呼んでください」
「初めまして、天草沙代です」
有紀さんは私の顔を見てきます。
「えっと……私の顔に何か付いてますか?」
「どうしたのよ? そんなに沙代の顔をじっと見つめて。……もしかして、一目惚れでもしたのかしら?」
菫さんは意地悪な顔で笑いながら有紀さんに問い掛けます。
これは菫さんがからかっているだけだと分かっていますがもしもがあるので私は有紀さんから少し離れます。
「ち、違いますよ! 先輩と一緒にしないでください! って天草先輩も本気にしないでくださいよ!ただ、大分予想と違っていてビックリしたというかガッカリしたというか……」
有紀さんはそう言いながら頬を掻きます。
「全く、だから貴女は漫画の読みすぎよと言ったのよ」
菫さんは肩をすくめながら言います。
あぁ、なるほど。そういうことですか。
「つまり、私の格好が
「え、えぇ。まぁ、そういうことです。あ! ただ、信じてないとかではなくてですね!」
「はい、分かっていますよ」
「ごめんなさいね、沙代。ちゃんと言っておいたのだけど……」
「いえ、気にしてないから大丈夫です。実際仕事でも何度か馬鹿にされたこともありますし」
懐かしいですね。霊能者としての活動を始めた頃。あの頃は小さかったですし馬鹿にされて当然なんですが。
「多分貴女が考えていることとは大分意味が違うと思うのだけれど・・・・・・まぁ、いいかしら。それよりこの後はどうするの?」
「そうですね。有紀さんに詳しい話を聞きたいですから、何処か座れる場所へ行きましょう」
「それなら私、先輩方の部屋へ行ってみたいです!」
そこで有紀さんが目を輝かせて私たちの部屋に行きたいと言い出します。
「私達の部屋なんてあなた達の部屋と変わらないわよ」
「それでも先輩方の部屋ですから気になるんです!」
菫さんは有紀さんの様子にあきれた様子です。そして私に「どうする?」と目配せしてきます。
「いいんじゃないんでしょうか?」
「やった! それじゃあさっそく行きましょう!」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
そして場所は移り私達の部屋。有紀さんは部屋に入るなり部屋を見回しています。
「ここが先輩方の愛の巣ですか……!」
「違います!」
有紀さんが聞き逃せないことを言っていたので即否定します。
私はそういう趣味はありません! だからと言って男にも特に興味もないんですが。
そして必ずと言って良いほど悪ノリをする菫さんはやはり意地悪な顔で有紀さんをからかいます。
「あら、今日から貴女も混ざるのよ。有紀?」
「え゛っ!?そ、それは勘弁してください」
「あら残念」
菫さんは勿論有紀さんがそう言うと分かっていたのでしょう。大して残念そうもなく言います。
「そ、そんなことより私、菫先輩のハーブティーが飲みたいです!」
有紀さんは慌てて会話を変えようとしています。
「いいですね。私も久々に菫さんのハーブティーが飲みたいです」
「分かったわ。今入れてくるわね」
そう言って菫さんはキッチンにハーブティーを入れに行きます。
待っている間私達はソファーに座り、まずは私が有紀さんの聞きたいことに答えていきます。
私の質問はその後です。
「で、実際沙代先輩と菫先輩ってどういう関係なんですか?」
「どういう関係と聞かれても菫さんとはただの友人としか言えません」
まぁ確かに菫さんとそういう関係なしに付き合っている人は少ないですから、私達の関係もそう思うのも当然だと思いますが。
「そうなんですか。じゃあどうやって知り合ったんですか?後輩の私が言うのもなんですけど菫先輩って好かれてはいないじゃないですか」
有紀さんは後半は声を潜めて言います。
まぁ、確かに事実ではありますが本人に聞こえたらどうするつもりなんでしょう?聞こえてはいないようですが。
「そうですね。有紀さんと同じように霊関連で知り合いました」
私がそう言うと有紀さんは少々驚いた様でした。まさか自分と同じように知り合ったとは思わなかったのでしょう。そして有紀さんは身を乗り出すようにして聞いてきます。
「それってどういう霊だったんですか!? やっぱり女の霊とかですか!?」
ち、近いです! 興奮しすぎですよ!? オカルト好きだと聞いていましたがまさかここまで食い付くとは……。正直甘く見てました。
私が有紀さんの勢いに押されながら口を開こうとしたところで菫さんが有紀さんの背後に立っているのに気が付きました。
菫さんは私が気付くと同時に有紀さんの肩を叩きました。
「何をやっているのかしら、有紀?」
「わきゃ!? す、菫先輩、驚かさないで下さいよ」
有紀さんは驚いて飛び上がります。
「別に驚かしているつもりはないわよ。まぁそれはともかく、はい、できたわよ」
菫さんはそう言ってティーセットを並べます。
「わぁ、いい匂いですね」
有紀さんの言うとおりいい匂いです。
「それで、何の話をしていたのかしら?」
「私と菫さんが知り合ったきっかけの話ですよ」
「あぁ、あの時の……。そうね、あれからもう二か月たったのね」
私と菫さんがあの時のことを思い出していると有紀さんが話しかけてきます。
「あ、あの~、二人だけで思い出に浸ってないで私にも何があったのか教えてくれませんか?」
「私のことは後でいいでしょう。あまり気持ちのいい話ではないから。今はあなたの話優先にしましょ」
確かにあの時の話は菫さんにとってあまり思い出したくない部類の記憶でしょう。
「そうですね。そうしましょうか。有紀さん、いいですか?」
「……なんか微妙に納得がいきませんが、そうですね。じゃあ、お願いします」
その言葉を聞き、私はハーブティーを一口飲んで喉を湿らせてから話し始めます。
「まず、このところの有紀さんの悪夢の原因ですが、悪霊によるもので間違いないと思います」
私がこうして直接有紀さんを見た感じでは低級霊ですが絶対に悪霊に憑りつかれていると言えます。
「それは分かったけど、その霊は一体何処にいるの?」
「そのことですが、有紀さん。悪夢を見始めたころに何処かに出かけたり何か物を拾ったり貰ったりしませんでしたか?」
「えーと、確かそのころは祖母の墓参りに行きましたね。そこで綺麗な石を見つけたので拾いましたね」
「それがなにか?」と言うように首をかしげる有紀さん。
「それですね」
「へ?」
「悪夢の原因はその石だと思います」