『バリアジャケット』、という魔法がある。
それは魔力によって構成された防護服のことであり、魔法を使うものならば殆どが着用する、魔法使いにとっての戦闘服でもある。
例え防御魔法を使用しなくても、ある程度のダメージまでならバリアジャケットが防いでしまう。致命傷を負いかねないようなダメージの場合でも、バリアジャケットの一部をパージすることと引き換えに、そのダメージを格段に引き下げてくれるのだ。
言わば、バリアジャケットとは、魔法使いの最後の命綱でもある。
雄一郎の命を救ったのは、間違いなく、彼が纏っていたバリアジャケットだった。
「がっ――――!?」
雄一郎の背後から斬りつけられた、大太刀による斬撃。
左肩から逆袈裟に、右足のふくらはぎに至るまでの直線を、尋常ではない衝撃が襲い。
彼が纏っているバリアジャケット、つまり少女に変身する際に変化した衣服の全身が爆発し、その衝撃によって幾らか相殺されたものの、彼は真後ろからトラックが突っ込んできたかのような錯覚を抱いた。
堪らず吹き飛び、勢いよく地面に激突する雄一郎。
あまりの痛みに視界がホワイトアウトし、言葉にならない悲鳴をあげるのが精々だった彼は、それに対処することなど出来ず。
あっという間に地面に叩きつけられた雄一郎は、「ぐぎゃ」と蛙が潰れたような声を出して、地面をバウンドしながら転がってゆき。やがてぐったりとした状態で動きを止めた彼は、そのままピクリとも動かなくなった。
死んでしまった、というわけではない。バリアジャケットが斬撃を幾らか和らげ、地面に激突する寸前に杖が防御魔法を発動したことにより、命や生涯に関わるようなダメージには辛うじて達していない。
しかし意識を刈り取るには十分すぎるほどの衝撃に襲われた雄一郎は、少々の抵抗もむなしく、呆気なく意識を手放して。目を見開き、口から泡を吹き出した状態で仰向けに気絶し、地面で打った時に出来たのだろうか、頭の傷から盛大に血を垂れ流し始めた彼の姿は、端から見ると死んでしまったようにも思えた。
事実、雄一郎に攻撃を食らわせた張本人である葵は地面に転がった彼の姿を見て、コテンと首を傾げ。
「……あれ? まさか、今ので死んじゃった、とか?」
地上に降り立ち、死んだように動かない雄一郎へと近づいた葵は、幾度か彼の身体を刀の鞘でつついて。それになんの反応も返ってこないことを知ると、彼女の表情は一瞬で、血が抜けたように青く染まった。
「え? え? いや、だって、さっきの、ただの斬岩剣で。ちゃんと、私、峰打ちに――――!」
わたわたと、見るからに狼狽し始める、葵。
勘違いしている人は多いのだが、『死なないように手加減する』という意味においての『峰打ち』とは、言葉の通りに峰の部分で相手を攻撃するということではない。
そもそも峰打ちのイメージが強い日本刀という武器は、ほぼ全身が金属でできている武器である。その重量は一般の人間が考えるよりも遥かに重く、鍛えもしていない人間では持ち上げることすら不可能なほどなのだ。
その重さを利用して、相手を刃の部分で引いて斬る、というのが日本刀の使い方なのだが。もし峰の部分で叩いたとしても、確かに斬れはしないだろうが、それは相手を金属の棒で殴ることと何ら変わりはない。
某明治剣客浪漫譚のように通常の剣術と同じように相手を攻撃すれば、普通の人間を相手にしたとして、よくて相手は骨折。下手をすれば脳震盪、脳挫傷、内蔵破裂といった怪我を負わせてしまい、致命傷を遥かに越えたダメージを相手に与えかねないのである。
しかし葵は、その事実を知ることもなく。
峰打ちなら死なないと信じていたがために、そして普段彼女が相手にしている人間達が刃の部分で斬りつけようと平気な存在ばかりであったこともあって、彼女は今回も手加減することもなく全力で打ち込んで。
「わ、私、殺し……っ!? 違う、いや、こんなつもりじゃない。私じゃない、私のせいじゃない!」
今までの相手とは異なる、攻撃を受けた雄一郎の惨状を見て。
葵は怯えた表情で雄一郎の身体を見ると、数歩後ずさり。パニックを起こしたのか、急いで身体を反転させた彼女は、再び振り返ることなくそのまま遠くへと走り去っていった。
葵が結界を出た瞬間、術者がいなくなったからだろうか、公園の景色は一瞬で元に戻る。
結界が解除されたために、空間の隔離は解け、雄一郎の体も通常空間へと姿を表した。
バリアジャケットが弾けとんだがゆえに、その下の私服――少女に変身したためだろう、女物のシックなワンピースに変わっていた――に身を包み。
頭からは血を流し、地面や衣服の一部を赤く染め上げていて。
右手にしっかりと握られた杖は、先端部分の珠が、何かを訴えるように点滅している。
そんな状態の雄一郎を発見したのは、公園の利用客でも、彼と一緒に公園を訪れた美由希でもなく。
「――――チッ、間に合わなかったカ。……アイツ、今度会ったら絶対にぶちのめしてヤル」
軍服のような意匠の衣服を纏い、パワードスーツのような機械を装着した、金髪を腰まで伸ばした少女だった。
「ええ、ええ、はい。そうです。……はい、ではこれで。失礼いたしました」
ガチャリ、と。自宅のリビングの中、長い時間話していた士郎は電話を切ると、一息ついたとばかりに溜め息を吐く。
電話の様子を心配な目で見つめていた彼の妻、高町桃子は、電話が終えられたことを見ると彼に駆け寄って。
どうでした、と心配そうに尋ねる彼女に、士郎は薄い笑顔を浮かべた。
「雄一郎君の親御さんと、話がついたよ。怪我を負ったことを話したら、大層心配なされてね。忙しくてこちらには来られないようだが、どうか面倒を頼むと入念にお願いされたよ。
……愛されてるね、彼は」
「……そう。それは、よかったわ」
顔を俯かせながら、不安を隠せないというように表情を暗くしている、桃子。
士郎は彼女を慰めるために、そっと頬に手をやって。そのまま優しく頬を撫でながら、彼女に柔らかな調子で言葉をかけた。
「……桃子、そう心配するな。なのはは今、恭也達が迎えに行ってる。きっと大丈夫だ」
「でも、雄一郎君が死にかけたのよ? そんな危険な事件になのはが関わってるかもしれないなんて、私、全然気づかないで」
「それは、僕も同じさ。事件の危険性をよく知らずに、なのはのことを見逃していたのは僕だ。……泣く子も黙る御神流が、聞いて呆れる」
グッ、と。士郎は顔を背け、血が滲まんばかりに強く拳を握りしめる。
御神流という実践剣術を修める士郎は、裏の世界で名の知られた、実力の高い剣士である。以前怪我を負ったために危険な仕事からは手を引き、喫茶店のマスターという仕事についた今となっても、彼は高い実力を保持していた。
それは彼にとって誇りでもあり、自信でもあり。彼が用いる御神流が『護る』ことを本質とした武術であることもあり、家族、そして彼の親しい人達をいざという時に護るために、彼は平時においても腕を磨いていたのだ。
にも関わらず、今回の事件――青い宝石に関連する事件において、士郎は下手をすれば関係者にすらなれなかった。
自身の娘が何かをやっていたのは知っていたが、まさか危険なものではないだろうと、それを見逃していて。彼女が危険な目にあっていただろうことに、今の今まで気づかず。
そして今日、青い宝石を捜索に出た際、彼の年の離れた友人である雄一郎が襲撃を受けて。万が一の護衛として美由希をつけていたものの、まるで瞬間移動でもしたかのように雄一郎の姿は消えてしまったらしく。彼女が慌てて付近を探しても見つけることは出来ず、再び現れた時には彼は満身創痍となっていた。
自分も、そして自分の弟子達である息子と娘も、ろくに護るべき存在を護れていないのだ。
士郎の悔しさと、護れなかった自分に対する怒りの気持ちは、心中察して余りあるほどである。
「――――おそれながラ。相手は現代科学の領域を逸脱シタ、SFやファンタジーの住人デス。ミスタ・タカマチが遅れをとったとシテ、何ら不思議のない相手であるト、私は愚考致しマス」
ふと。士郎の背後から、そんな声がかけられた。
少女独特の高いその声は、ちょうど廊下からリビングに入ってきたばかりの、短いミリタリーパンツと半袖のミリタリージャケットを着た少女のものであり。
錦糸のような金髪を腰まで伸ばしたその少女は、リビングの入り口で直立不動の姿勢をとっていた。
士郎は人目が出来たために桃子から手を離し、その少女へと身体を向けて。
少女が今ここ、高町家にいる理由であり、今までリビングに足を踏み入れなかった理由のそれを、彼女に尋ねた。
「ああ、君か。……雄一郎君の容態は、どうだい?」
「ご心配ナク。回復魔法にヨリ、既に肉体的な損傷は完治しまシタ。すぐニ、彼も目を覚ますかト」
「……そうか。いや、本当に助かったよ。君がいなければ、彼はどうなっていたことやら」
「そうね、本当にありがとう。私からも礼を言わせてもらうわ」
公園の付近を捜索していた美由希に、突然接触してきたこの少女。
傷だらけの雄一郎を抱え、この男を治療したいと話した彼女を高町家に連れてきて。士郎の部屋のベッドに雄一郎を運びこみ、今までずっとそこで治療行為を行ってくれていた彼女に対し、士郎と桃子は合わせて礼を言った。
対して少女は、当然のことをしただけだとその礼を断って。
「そんなことよりモ、早速話を始めまショウ。
まずは自己紹介ヲ。ワタシ、インテリオル社ドイツ支部所属のテストパイロット、『ヘンリエッタ・エールラー』と申しマス」
そう言って綺麗な敬礼をしたヘンリエッタと名乗る少女に、士郎と桃子も名乗りを返して。
『インテリオル』という単語に聞き覚えがあった士郎が、少女にふと問いかける。
「『インテリオル』は、確か欧州の軍需企業だったと思うんだが。そのインテリオルかい?」
「ハイ。おそらくご想像のものでお間違いないかト」
「……兵器を作る会社のテストパイロットが、おそらく試作品であろう兵器に乗って、ここにいる。偶然じゃなかったとしたら、あまり歓迎したくないんだけどね」
彼女が出会った時に装着していた、どのような技術を使っているのか、今はドッグタグとなって彼女の首に掛けられている、とあるパワードスーツ。
多くの武装が付き、確実に新種の兵器と目されるそのパワードスーツが、今現在危険な事態に巻き込まれているであろう海鳴市に存在する。それを偶然と判断しろというのは、どだい無理な話だ。
事実、士郎の言葉にヘンリエッタはコクリと頷いて。
「勿論、偶然などではありまセン。ワタシはある任務を受けテ、ある目的を持ってこの地にやってきまシタ」
軍需企業が食指を伸ばすような事態が起きているのだ、と言外に肯定した彼女の言葉を聞いて、士郎は気が遠くなる錯覚を覚えた。
「……その目的は、僕達が聞けるものだったりする、のかい?」
おそらく聞かせてはもらえないだろうが、念のために士郎が聞いた、その問いに。
ヘンリエッタは首を縦に振ると、まさかの「ハイ」という返事を彼に返した。
思わず訝しげに見つめる士郎の視線に、ヘンリエッタは無理もないと苦笑を浮かべると、その理由――士郎が予想していた以上に危険な任務内容について、軽く説明を始めた。
「ワタシが受けた任務内容ハ、日本時間の4月1日夜半に宇宙より飛来シタ、青い宝石に似た物体、仮称『ジュエルシード』の回収及び封印。そして予想されるであろウ、敵対勢力との戦闘行動でありマス」
「う、宇宙!? 雄一郎君が言っていた青い宝石は、宇宙からやって来たというのか!?」
「その通りデス、ミスタ・タカマチ。このヤーパンの海鳴に落ちた、合計二十一個のジュエルシードを出来るだけ無力化。引き起こされる災害を可能な限り防ぐことガ、任務の大目標となっていマス」
二十一。
今、彼女は、二十一個と言った。
ジュエルシードについて、士郎は細かなことは知らない。だが、人を性転換させるような摩訶不思議な事態を引き起こせるものだということは、よく知っている。
もし、ジュエルシードが悪い影響を及ぼしたら。人間の身体を簡単に変化させてしまうようなものが、その力を破壊といったマイナス方向に向けてしまったなら、いったいどれだけの災害をもたらすだろう。
そんなものが、二十一個もある。
海鳴を、自身や家族、友人達が住むこの町を、脅かしている。
……士郎の顔には、いつの間にか、殺気がありありと浮かんでいた。
「ジュエルシードとハ、魔力が大量に凝縮されたタンクのようなものだと推測が出ていマス。安定している間はなんともありませんガ、溜め込まれている魔力が不安定になってしまうト、どんなことを引き起こすか分かりまセン」
「……『魔力』か。魔法を使う人間が裏にいることは知っているが、あまり見たことはないな。それと関係はあるのかい?」
「ああ、イエ。地球上に存在する魔法があることモ、勿論知ってはいますガ。
我々が疑っているのハ、異世界の技術。『次元世界』と呼ばれる異世界群で用いられていル、魔力をエネルギーとした『魔法技術』デス」
その言葉を聞いて、思わず頭を抱える士郎。
ただでさえ、様々な新しい情報ばかりが頭にインプットされているところに、今度は異世界ときた。
士郎も頭はそれなりに柔らかい方だと自負しているが、さすがに事態が超展開過ぎやしないかと、内心愚痴を吐く。
「異世界の魔法、か。君も先程回復魔法と言っていたし、信じないと言う訳じゃないんだが……それはさすがに、突飛に過ぎる」
「そうですカ? 発達した科学力を基礎にシタ、科学的アプローチから発動させる魔法ですシ、地球の魔法よりは余程現実的なものですガ。我々インテリオルがジュエルシードを察知出来たノモ、その魔法技術を一部使用していたお蔭ですシ」
それから少々の間、ヘンリエッタは異世界の魔法技術についての説明を行って。
その技術を持つ人間がこの地球には移り住んでおり、幾つかの技術が現在の地球で転用されているということまで話が進むと、士郎、そして黙って聞き役に徹していた桃子の二人の表情は、驚愕に染まった。
そして、二人がさらに驚いたのは、二人の反応を見たヘンリエッタが言ったこの言葉であり。
「ちなみニ、異世界から移住してきた人間が一番多く住んでいるのハ、この海鳴デス。ジングウジ、ハバ、ハナサキ、スピードワゴン……例を挙げればキリがないほどの家系ガ、魔法技術を世間から隠して保持していマス。
実ハ、ジュエルシードの何個かは既に回収されていまシテ。おそらくはそれらの家の人間ガ、独自に回収を行ったと思われマス」
神宮寺、羽場、花咲、スピードワゴン。
ヘンリエッタが挙げた家名は、全てなのはの友人のものと一致した。
「……うそ。じゃあ、やっぱり、なのはは」
桃子は両手で口を押さえ、顔を真っ青にしてその場にしゃがみこむ。
ジュエルシードの危険性を説明され、もしホントになのはが巻き込まれていたらどうしようと心配していた時に、巻き込まれるどころか積極的に関わっているのかもしれないとヘンリエッタに言われたに等しい。
不安の感情が突き抜けてしまった彼女は、声を失って呆然としていて。士郎は彼女をなんとか宥めようと背中を優しく擦りながら、ヘンリエッタとの会話を続けた。
「一応、聞いておくが。その回収作業というのは……危険は、ないのかい?」
「危険、ですカ。詳細な情報が足りないノデ、断定はできませんガ……。
危険じゃナイ、ということはないでショウ。命の危険も十分に考えられますシ、同じく回収を行おうとしている他の人間に襲撃される可能性もありマス。ユーイチローの件を考えれバ、そのような事態が起こりうるのは確かなようですシ」
「……ああ、うん。そうだったね。そうだ、雄一郎君が襲われるような事件だった、これは」
士郎の顔は下を向いていて、その表情を窺い知ることは出来ない。
だが彼から漏れ出る雰囲気は鋭いものになっていて、ピリピリとした、重苦しい空気がリビングを埋め尽くしている。
二人の様子から何かを察したヘンリエッタは、コホン、と一つ咳払いをして。
「マア、お話ハ、ご本人にドウゾ。……どうやらお子さんモ、たった今帰ってこられたようですシ」
そう言って、彼女は玄関へと視線を動かし。
その視線の先では、兄姉に挟まれて泣きそうな顔をしている小学生ほどの少女が、玄関の扉を潜ろうとしているところだった。
Q.日本国内で他国の軍事会社が戦闘っすかwww
A.一応黙認をされてる、という設定。きっと色々と裏であったんだよ(震え声)
Q.アイエエ!? シュテル!? シュテルナンデ!?
A.正直趣味です。シュテルんカワイイヤッター!
Q.またACか
A.企業は名前だけだから関係ないと思います。うん、多分。