魔法少女の中の人   作:通天閣スパイス

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三話

「……なに、その姿。そんなになのはが好きだったの? 正直気持ち悪いんだけど、変態」

 

 

 

 明らかに別人である少女に姿を変えた雄一郎を見て、少女はその場で足を止めたまま、眼光をさらに強くして。

 雄一郎を警戒するように刀を正眼に構えると、そう呟く。

 

 対する雄一郎は、心外だと言わんばかりに表情を歪めて。「おいおい」と溜め息を吐きながら呟くと、少女に否定の言葉を返した。

 

 

 

「この格好は俺の意思じゃないし、趣味でもない。お前の想像で勝手に決めつけないでくれ。

 それに、初対面の相手を変態呼ばわり、か。……礼儀を親から教えてもらわなかったのか?」

 

「変態が、私を馬鹿にしないで。これでも由緒正しい神社の娘、作法なら叩き込まれてる。あなたに見下される覚えはない」

 

「いや、馬鹿にしたわけでもないし、見下してもいないんだが……。さっきも言ったと思うけどさ、会話はドッジボールじゃないぞ」

 

 

 

 相も変わらず人の話を聞く様子がない少女に、雄一郎は呆れたような視線を向ける。

 

 少女の年齢は、外見だけで見るならば、中学生くらいというところだろうか。生意気な盛り、子供が自己を形成しだし、その自己を執拗なまでに大切にする時期である。

 それを考えるならば、ある意味少女の態度も分からなくはない。自分の思考だけに溺れ、他人に興味を示さない彼女の発言は、正しく思春期の子供のそれであった。

 

 が、その自己中とも言うべき態度の弊害を現在進行形で被っている雄一郎にとって、そんなことは関係ない。

 むしろ、話を聞かない子供というのはひどく頑固であることを知っている雄一郎にとって、その情報はさらに状況を悪化させる、追い討ちに等しいものである。

 

 やはり、穏便な解決は望めそうにはないか、と。

 両手に握った杖を、雄一郎は強く握りしめた。

 

 

 

「……まあ、あなたが変態だろうが、何でもいいけど。今はあなたを捕まえて、フェイト側を探るのが優先」

 

「いや、だから、会話は相手に分かるように話すものなんだって。フェイトってなんだ、組織の名前か?」

 

「まったく、本当に白々しい……。何年も正体を隠して、裏でこそこそ動いてたことは既に分かっている。

 魔力も持ってなかったからマークしてなかったけど、まさかジュエルシードの力を使うとは思わなかった」

 

「……だから、あのさあ」

 

「願ったのは、『なのはになりたい』とか? あなたの変態性癖にはドン引きするけど、発想は褒めてもいい。主人公の能力なら、潜在的にも優れているのは確か」

 

 

 

 でも、と。少女はそう繋ぐと同時に、両手で握った刀へと力を注いでいく。

 すると刀はみるみるうちに変化を起こし、少女が力の流入を止めた頃には、神々しい雰囲気を纏った一振りの大太刀へと姿を変えていた。

 

 少女はその太刀を下段に構え、視線の先の雄一郎の顔を、しっかりと捉え。

 

 

 

「付け焼き刃の力に負けるほど、私達は弱くない。自分勝手な人間に、あの二人の物語は壊させない。あなたみたいな人間は、彼女達に近づく資格すらない。

 

 ――――京都神鳴流、花咲葵。いざ参る」

 

 

 

 その言葉を言い終わるが早いか、葵と名乗った少女は、自分の背丈の倍はあろうかという太刀を軽々と扱って。疾風のような速さでもって、雄一郎へと斬りかかった。

 

 

 

「げっ、ちょっと、待っ!?」

 

 

 

 当然、雄一郎は焦る。

 

 刀が突然太刀に変化したという光景にまず驚き、その太刀を葵が平気な顔で扱っているという事実に、彼は驚愕を隠せないでいた。

 予想以上の葵の戦闘力に、いつからここは漫画の世界になったんだと内心愚痴を呟いて。ジュエルシードを拾った時から世界はファンタジーになったじゃないかと、慌てる思考を無理矢理納得させた。

 

 

 

「――鈍い」

 

 

 

 が、その時間が致命的だったのか。

 瞬く間に眼前に移動していた葵に対し、彼はほぼ無防備のままで。

 

 

 

「え、」

 

「大丈夫、峰打ち」

 

 

 

 反射的に言葉にもならない声を漏らした、雄一郎の頭上から。

 

 避ける暇もなく、葵の太刀が、幹竹割りに振り下ろされて――――

 

 

 

 

 

 

 

《Protection.》

 

 

 

 

 

 

 

 そんな機械的な声が聞こえたと同時に、彼の前方に円形の魔法陣が現れた。

 

 バリアの性質を持ったその魔法陣は、太刀の力強い一撃を防ぎ、さらに衝撃を発して太刀ごと葵の体を弾き飛ばす。

 その力に逆らわず、クルリと空中で一回転することで体勢のリカバリーを行った葵の姿が、自分から離れて行くのを見て。

 雄一郎は自身が握る杖、今しがたの音声を発した存在へと、視線を落とした。

 

 

 

「……お、おい。今のは、お前が?」

 

 

 

 思わず彼が投げ掛けた言葉に、杖は何も話さず。

 その返答代わりだろうか、杖の先端の珠が数回瞬くと、雄一郎の脳内に存在していた、“自分が知らない”記憶が強制的に想起させられた。

 

 その記憶は、先程のバリアを初めとした、所謂『魔法』と呼ばれる技術に関するものであり。相手を攻撃する魔法、捕縛する魔法、さらには空を飛ぶための魔法など、それらは魔法と呼ぶに相応しいものばかりであった。

 様々な魔法の術式が記憶としてフラッシュアップしてくる事態に、何故こんな記憶が自分にあるのだと、雄一郎は思わず混乱を――――起こすことはなく。

 

 

 

「お、おおっ……!? やっぱり、俺、本当に魔法少女になってるのか。

 

 ……まさかとは思ったけど、あの呟きが原因だったなんて、なぁ」

 

 

 

 多少慌てた様子は見せたものの、納得するように一つ溜め息を吐いた彼は、どうにも複雑な表情を浮かべていた。

 

 

 雄一郎が少女の姿に変身出来るようになったのは、彼も決して忘れることがない、ジュエルシードを手に取った直後のことであった。

 突然そのジュエルシードが青く眩い光を放ち、それと前後するようにして姿が変わっていたことを考えれば、その変身の原因にジュエルシードが関わっているであろうことは容易に予想出来る。

 

 そしてまた、彼が忘れもしない事実の一つに、ジュエルシードが輝きを放つ直前に、彼がとある台詞を呟いたというものがあり。

 『魔法が使えたらいいのに』というその言葉は、雄一郎にとってはあくまでも軽口程度のものであったのだが。おそらくその言葉に反応して、ジュエルシードが何かをしたのだという可能性は、確かに考えられるものではあった。

 

 そして、その可能性こそ、正しく真相に近いものなのだろう。

 自身が魔法少女に変身しているという、端から見れば馬鹿馬鹿しい可能性にすがりついた雄一郎は、見事にその賭けに勝ったのであった。

 

 

 

「はぁ……。まあ、詳しいことは後で士郎さん達と相談するとして。とりあえず今は、これを切り抜けないと、な」

 

 

 

 雄一郎は、ひとまず気持ちをリセットするために、一度深く息を吐いて。

 記憶から引っ張り出した飛行魔法を発動し、着地して再び襲いかかろうとしていた葵から距離をとるように空中に浮かび上がると、杖を構えた状態で彼女の姿を睨み付ける。

 

 雄一郎が魔法という力を得たことで、襲撃者である葵に対抗することは、決して不可能ではなくなった。

 無論、彼にとってはこれが初めての実戦――それも、今まで思いもしなかった、ファンタジー的な戦闘である――であるために、戦闘経験はほぼ確実に彼女が勝る。経験は時に才能すらも上回る以上、状況はまだ彼女に傾いているだろう。

 会話が出来れば戦闘を回避できる目もあったものの、相手側が勝手に一人で話を進めてしまうこの状況では、どうあがいても平和的な解決は不可能である。解決は古来から存在する手段、戦闘による暴力に頼るしかない。

 

 それでも雄一郎が見る限り、魔法の種類は多彩で、決して貧弱ではないものばかりだ。

 それらを上手く使いこなせれば、彼が勝利を収められる可能性は、万が一など比べ物にならないほどに、十分な可能性があった。

 

 そして、さすが魔法というところか、攻撃魔法はどうも『非殺傷設定』というものが付いているようで。

 それはつまり、もし攻撃魔法を相手に当てても物理的なダメージを与えない、絶対に殺してしまうことがないという、気兼ねせずに相手を魔法で攻撃出来る免罪符であり。

 雄一郎の思考は、今が襲撃を受けている緊急事態ということもあって、魔法を用いての戦闘による対抗を、それほどの抵抗もなく容認したのであった。

 

 

 

「――パイロシューター」

 

《OK,Pyro shooter.》

 

 

 

 雄一郎の呟きを、杖の機械的音声が繰り返し。ソフトボール大の炎の玉を三つ生成すると、それを地上の葵に向けて発射した。

 

 『パイロシューター』というその攻撃魔法は、『アクセルシューター』という魔力で出来た弾を発車する攻撃魔法を元にした、敵を追尾する炎の玉を幾つも発射する魔法だ。

 魔力を炎に変えるこの魔法はそれなりに高度なものらしいのだが、どうも雄一郎、と言うよりも雄一郎が変身した少女の身体は魔力を炎に変える性質を元々備えているようで、発動は非常に容易に行えたのである。

 雄一郎が放ったその炎弾は真っ直ぐ葵へと向かい、彼女を穿たんとした。

 

 

 

「神鳴流、斬空閃」

 

 

 

 対する葵は、両手で太刀を一振りすると、なんと剣から空中を走る衝撃波を飛ばして。鎌鼬のようなそれによって、届ききる前に炎弾を全て相殺。

 そして彼女は高く跳躍すると、まるで空中に足場があるかのように宙を走り、逆に彼へと斬りかかる。

 

 が、雄一郎は人が空中を走ったことに驚きながらも、直ぐ様新たな炎弾を生成して発射し、彼女を牽制。

 彼女が太刀で炎弾を斬り払ったのと同時に、先程以上に葵から距離を取った。

 

 

 

「パイロシューター、シュート!」

 

 

 

 雄一郎は続けて、今度は九つの炎弾を発射。それは先程のような直線ではなく、複雑な曲線軌道を描きながら、空中を走り続ける葵へと迫る。

 

 葵は再び斬空閃を放つと、炎弾の殆どを相殺。しかし幾つか衝撃波から逃れた炎弾もあり、それらは相殺されることなく、続けて葵に向かっていった。

 かなりの速さで移動する炎弾は、葵が太刀を構え直すよりも早く、彼女に近づいて――――

 

 

 

「……甘い」

 

 

 

 構え直さず、素早く刃を返して太刀を振るうことによって、彼女は炎弾を全て斬り捨てる。

 

 そして、彼女はもう一度刃を振るうと、背後に迫っていた光弾――雄一郎がパイロシューターの直後にこっそりと放った、『ルベライト』という名称の捕縛魔法を斬り、魔法の発動を阻害して。

 

 

 

「な、気づかれてたのかっ!?」

 

「……言ったはず。付け焼き刃には、負けない」

 

 

 

 驚いて動きを止めた雄一郎に近寄ると、太刀を横に一閃。

 慌ててバリアを張った雄一郎は、急であったがゆえにその衝撃は防げず、数十メートルほど後ろに吹き飛ばされることとなった。

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 

 衝撃に顔を歪めながら、慣性で回転する身体の体勢を戻し、数秒ほどかけて立て直す雄一郎。

 

 彼が魔法に触れたばかりの初心者で、戦闘の覚えもない人間だということを考えれば、数秒というのは驚くべき短さだ。

 慣れない空中で、数秒で平衡感覚を取り戻し、体勢をニュートラルに戻せるというのは、彼に空中戦の才能があるまごうことなき証である。

 これから数年かけて訓練を重ねて行けば、彼は空のエースに名を連ねることも夢ではないだろう。

 

 

 

「くそっ、よくも――――」

 

「遅い」

 

 

 

 だが、今、この時においては。

 

 数秒という時間は、あまりにも遅い。

 

 

 

「神鳴流――――」

 

 

 

 雄一郎が体勢を立て直すよりも、早く。彼が姿を再び補足する以前に、葵は彼の背後へと移動していた。

 

 振り上げられたその太刀は、彼が、彼の杖が何か音を発するよりも早くに、振り下ろされて。

 

 

 

 

 

 

「――――斬岩剣」

 

 

 

 

 

 

 

 防御魔法が展開されるよりも、その剣速は速かった。

 

 

 

 

 


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