魔法少女の中の人   作:通天閣スパイス

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ニ話

 ――とある家屋の、部屋の中。

 扉には現代科学とはまた別の方法で鍵が掛けられた、床の上に様々な機械的な部品が散らばっているその部屋の中で、一人の少年が空中に投影されたモニターを見つめていた。

 

 明らかに現代科学技術を越えたその空中投影は、実際地球上のものではない、遥か遠くの異世界で発達した技術であり。その技術を専門に扱っていたとある人間が異世界から地球へと移住して、そこで築いた家系の子孫は、代々その技術を受け継いでいる。

 そしてその家系の今代の一人息子であるこの少年もまた、異世界の技術を受け継いでいて。普段の生活では地球に溶け込むためにその技術は隠蔽しているものの、自宅の自室という完全なパーソナルスペースにおいては、惜しげもなくそのテクノロジーを晒していた。

 

 彼が今モニターに映し出しているのは、索敵を主目的とした小型機械がリアルタイムで映し出している、彼が住む町の風景の映像。

 とある目的のためにその機械を町の全域に設置し、町全体を監視している彼は、当然尾崎雄一郎という人物について把握している。

 

 

 尾崎雄一郎は、“ただの”人間。高町士郎と偶然ジョギング中に仲良くなり、そこから高町家と繋がりを持っただけの、ただの一般人である。

 特に頭がいいわけでもなければ、何か不思議な力が使えるわけでもない。おそらく何も知らない、『高町なのは』という名前を聞いてもとある特殊な記憶を思い出さない、完全に“この世界”の人間である。

 それが少年と、彼の仲間達が以前彼に対して下した、疑う余地もなかった結論だった。

 

 しかしつい先日、その結論を覆すかのような事態を雄一郎が引き起こしたことを、少年達は確認して。

その結果として、彼らの中でも監視を得意とするこの少年が、尾崎雄一郎という人間を今現在も監視を行っているのだった。

 

 

 

『――おい、大変だ! サーチャーで見たらあの野郎、士郎達と一緒にジュエルシードを探してるぞ!』

 

 

 

 ふと突如、少年の脳内に別の少年の声が響き渡る。

 これは『念話』と呼ばれる異世界の技術の一つであり、意思を直接相手に届けるテレパシーと呼べるもので。『魔力』と名付けられたエネルギーを使用するその技術は、所謂『魔法』といって差し支えないものだった。

 

 そう、異世界の技術とは、言ってしまえば魔法技術、そしてそれを利用するために発達した科学技術である。

 その魔法を用いる少年は正しく魔法使いであり、今彼に念話を仕掛けた少年もまた、彼と同じ魔法使いであった。

 彼らだけではない。彼らの仲間達――高町なのはの周囲に集う人間の殆どは、その魔法使い、あるいは魔法に匹敵する特殊能力を備える人間なのだ。

 

 そんな特別な人間達は皆、ある目的のために高町なのはの周囲に昔から近づいていて。その目的が進行し始めた矢先、彼らにとってイレギュラーな行動を起こした尾崎雄一郎という存在に、彼らのうちの何人かは敵意に近い感情を向けていた。

 

 

 

『ああ、こちらでも確認した。現在尾崎雄一郎は、高町美由希と共に町の外れを探索している。高町士郎と恭也は別行動、海浜公園近くで捜索を行っているようだな』

 

『くそっ、よりにもよってなのはの家族を巻き込みやがって……! あの雄一郎ってやつ、何のつもりだ!?』

 

『落ち着け、数馬。あいつが何も知らない部外者だとしたら、むしろこの行動は当然だ。その可能性を忘れるな』

 

『ジュエルシードが危険なものだってくらい、あの野郎も分かってるはずだろ! これで士郎さんがまた怪我でもしたら、なのははどうなると思ってる!』

 

 

 

 怒り心頭といった様子で少年に念話している、名を数馬という少年は、その中でも特に敵意を向けている一人であって。

 今にも雄一郎に襲いかかりかねないと数馬の声の調子から判断した少年は、やれやれと軽く首を振って、手だしはするなと数馬に制止の言葉を告げた。

 

 

 

『……お前に難しいことを言っても無駄だろうから、とりあえず簡潔に言っておく。尾崎雄一郎への襲撃行為は禁止だぞ』

 

『んなっ!? 何でだよ、今のうちに止めないと――――』

 

『あいつがジュエルシードの影響を受けた可能性が高いのは知っているだろう? 今は安定しているようだが、もし魔力ダメージを与えてしまうと、あいつに何らかの不調が発生する可能性を捨てきれない』

 

『あの野郎の体がどうなろうが、こっちは関係ないだろ。なのはが嫌な目に遭わない方が大事だ』

 

『あのな……。尾崎雄一郎は、高町なのはにとって決して知らない人間じゃないんだぞ? そんな奴が怪我したり、最悪死亡でもした場合には、彼女はどう思う?

 それに彼女なら間違いなく、その原因をジュエルシードと結びつける。尾崎雄一郎に魔法が関わっているのは間違いない事実だからな』

 

 

 

 少年の言葉に、数馬はうぐ、と言葉を詰まらせる。

 

 数馬は幼児期からなのはの側にいた人間で、彼となのはの関係は仲のいい幼馴染み、という言葉がしっくり来る。

 その性格はよく言って熱血一直線、悪く言って頑固で人の話を聞かない脳筋野郎であり、なのは第一主義を公言して憚らない男である。つまり恋愛的な意味でなのはを愛している人間であり、なのはのためなら何でもする、他のものは簡単に切り捨てるような人間なのだ。

 

 そのことをよくよく理解している少年は、逆になのはを盾にしてしまえば数馬は動けない、ということも理解していて。

 実際、数馬は彼の言葉に暫し迷った結果、最終的に『分かった』と了承の意を示したのだ。

 

 

 

『そもそも尾崎雄一郎が“どちら”かさえ、完全に判明した訳じゃない。監視は俺がやっておくから、お前はなのはと一緒にジュエルシードの探索を続けていろ』

 

『おう、それは任せとけ。もしフェイトが襲ってきても、返り討ちにしてやるさ!』

 

『……原作通りなら出会うのは一週間以上先だが、油断はするなよ。細かい日付は正直宛にならないし、フェイト側に俺達の同類がいる可能性は高いんだ』

 

『ああ、それは分かってるさ。でも安心しろって、俺の強さはお前も知ってるだろ?』

 

『勿論知ってるとも。その上で言わせてもらうが、数馬、どうも君は余裕と慢心というものを――――』

 

 

 

 と、そこまで言いかけて。少年は突然、そこで言葉を途切れさせた。

 

 少年の眼前には、先程と変わらずモニターが映し出されている。しかしそこに流れている映像は、とても先と同じものと呼べるものではない。

 その映像の場所は、町の外れにある公園。雄一郎がいたはずの場所であり、一般的な公園モデルと同じ、普遍的なものだったはずだ。

 

 しかし映像に映っているのは、本来の自然ではあり得ない、白黒の映像。大抵の部分は現実と同じだが、その色だけが抜け落ちた、モノクロの空間。

 少年達がよく知る『結界魔法』が使われた証拠が、モニターに一瞬で映し出されていた。

 

 

 

『――数馬ッ!』

 

『ああ、誰かが結界張りやがった。尾崎の野郎がいきなり消え失せた、あいつ間違いなく取り込まれたぜ』

 

『くそっ、誰か暴走したな……。数馬、救援出来るか?』

 

『無理だ、今なのはと一緒にいる。今行ったら確実になのはもついてくるけど、それでもいいか?』

 

『……いや、ダメだ。高町なのはに俺達の裏事情を話すわけにはいかない、なんとか誤魔化して近づかせるな』

 

『オッケー、あいつらの誰かが張った結界だって言っとくわ。別に何か起きた訳じゃなくて、そうだな、訓練用とでも言えばいいか』

 

『ああ、そうしてくれ。――これで念話を終了する』

 

 

 

 数馬との念話を打ち切った少年は、焦ったような表情を浮かべていて。

 目の前のモニター――――尾崎雄一郎が襲撃を受けている映像を見ながら、眉間の皺をさらに強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 雄一郎が士郎達と合流し、二組に別れて捜索を開始してから、一時間近く経った後。

 士郎の娘の高町美由希と一緒に町外れの公園を調べに来た雄一郎は、敷地内を色々と探し回っていたその時、突然周囲の風景が変化したことに気がついた。

 

 夕焼けの光で赤く染まっていたはずの周囲は、白黒の色のない世界に変わって。遠くから聞こえる車のエンジン音等の生活音も、いつの間にか聞こえなくなっている。

 それを認識した瞬間、雄一郎が思い出したのは、彼の目的物の青い宝石。あれが自身に引き起こしたような不思議なことがまた起きたのかと、彼は無意識に体を固めた。

 

 視線を四方に散らせて、何かあればすぐ動けるように注意を持続させて。

 そうして数秒ほど時間が経過した時、ふと何か、風を切るような音が聞こえて、

 

 

 

「――――うおぅっ!?」

 

 

 

急いで雄一郎が体を横に捻ると、一本の矢が彼の体のギリギリを掠めていった。

 

 それは彼が体を動かさなければ、間違いなく腹部に命中したであろう。紙一重で腹部に矢が突き刺さるという致命傷を回避した雄一郎は、冷や汗を滴ながらその矢が飛んできた方向を見て。

 巫女を連想させる衣装を纏い、矢筒を背負って、古式な日本弓を手にした少女が睨み付けてくる姿を発見した雄一郎は、思わず声をあげた。

 

 

 

「な、何をするんだ!? もし俺が避けなかったら、どうするつもりだったんだ!」

 

 

 

 少女はその言葉に答えず、無言で次の矢をつがえる。

 それを見た雄一郎は、即座に相手はこちらを襲うのが目的なのだと判断して。急いで足を動かすと、近くにあった遊具を盾にするように隠れた。

 

 すると直後にその遊具に矢が当たり、間違いなくあの少女は自分を狙っているのだと、雄一郎は確信を強めて。

 顔半分だけを遊具の外に出し、彼に向けて弓を構え続ける少女の姿を見つめつつ、もう一度彼女に声をかけた。

 

 

 

「いったい誰なんだ、お前! どうして俺を襲う必要がある! 青い宝石と、なにか関係があるのか!?」

 

「……青い宝石って、ジュエルシードのこと? まるで無知を装う、その素振り――白々しい」

 

 

 

 すると今度は少女も言葉を返してきたが、その調子はひどく冷淡で、心底雄一郎を見下したものだった。

 おそらく雄一郎にかなりの敵意を持っているのだろう、少女の眉はこれでもかとばかりに吊り上げられている。

 

 雄一郎は少女に見覚えはないし、何故そこまで敵意を持たれているのかも、その原因にあまり覚えはない。

 ならばおそらくこれであろうと青い宝石を話題に出せば、やはりというか、彼女は間接的に青い宝石も関係していることを認めて。それどころか、青い宝石のことを指しているらしい、『ジュエルシード』という名称すら口にしていた。

 

 間違いなく、少女は青い宝石が関係している事件について知っている。

 そう判断した雄一郎は、時折飛んでくる弓矢を隠れてやり過ごしながら、彼女との会話を続けた。

 

 

 

「待て、俺は何も知らないんだ! 『宝石の種(ジュエルシード)』って言ったな、あれはやはり宝石なのか!?」

 

「ジュエルシードは、ジュエルシード。あれを使って何をするの? 物語はもう動いてる、これ以上の介入は迷惑」

 

「物語? 介入? なんだ、何を言ってる……。どういうことだ、会話はちゃんとキャッチボールしろ!」

 

「……あ、ひょっとして、フェイト側? じゃあ捕まえて情報吐かせなきゃ、他に誰がいるのか知りたいし」

 

 

 

 そう言うと弓をしまい、今度は腰に下げた日本刀を抜いて構え出した少女を見て、雄一郎は相手に会話をする気がないことを悟った。

 

 ……そう言えば、美由希は何処に行ったのだろうか、と。

 一緒に行動していたはずの美由希の姿が先程から見えないことに気づいて、雄一郎は視線を周囲に巡らせる。

 

 するとそれを見た少女は、雄一郎の思考を読んだのだろうか、彼女の方から声をかけてきて。

 

 

 

「この結界の中は、私とあなたの二人だけ。他の人間はいないし、早々入ってもこれない。

 もし逃げようとしても、私の結界は簡単には破れないし。……大人しく諦めたら?」

 

 

 

 細部の単語は理解出来なかったが、とりあえず美由希の援護は期待出来ず、逃亡すら難しいということは理解して、雄一郎は思わず目の前が真っ暗になりかけた。

 

 チェックメイト、というレベルではない。

 弓矢や刀で武装した相手がいて、対する自分は非武装で格闘技経験もほぼ皆無。頼りにしていた剣術家である美由希は戦う前に閉め出され、何らかの方法で閉じ込められて逃げることも出来ない。

 これで未来がどうなるかなど、子供でも分かる話だ。

 

 しかし、少女の言葉から察するに、これで敗北すれば雄一郎はろくな目に遭いそうにない。

 そもそも平気で人に弓矢や刀を向けるような人間が相手なのだ、戦闘を行うだけでも間違いなく無事では済まないだろう。さすがに雄一郎も、そんな痛い目に遭いたいとは思わない。

 

 ならば、自分は、どうするべきであろうか。

 突然の事態であるがゆえに、脳内物質が多量に分泌され、頭を普段よりも遥かに早く回転させている雄一郎は、ふと、一つの可能性に思い当たって。

 

 

 

「……ええい、ままよっ!」

 

 

 

 どうせろくな手段がないのだから、これに賭けるぐらいしかないのだと、直ぐ様判断を下し。

 少女が近づいてくる前に、急いで遊具から躍り出て、

 

 

 

「あ、かかってくるの? 武器もないみたいなのに、無駄な努力を――――」

 

「頼むぞ、ジュエルシードとやら!

 

 ――――変身ッ!!」

 

 

 

そう雄一郎が叫んだと同時に、周囲を眩しい光が埋め尽くした。

 

 

 その光に驚いた少女は思わず目をつぶり、反射的に足を止める。

 数秒ほど続いたその光が止むのを待ち、視界が回復した少女は、再び雄一郎の姿を目に収めようとして――一瞬その目を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにいたのは、雄一郎ではない。彼の代わりに佇んでいたのは、一人の少女である。

 

 

 水色の瞳は、理知的に。子供らしい顔立ちでありながらも、冷静な雰囲気を醸し出している。

 

 黒に近い紫を下地に赤いラインを入れ、全体の色合いは暗めながらも可愛らしい印象も残す、服とスカートを纏い。

 

 銀色の持ち手の部分の先に赤い半円型の部品を付け、その中央には紫色の珠を配置した杖を、両手でしっかりと握っていた。

 

 

 その少女はクルリと杖を一回転させ、薙刀のような構えで襲撃者である少女に向けて。

 

 

 

 

 

 

 

「喜べ。――――みんな大好き、魔法少女だ」

 

 

 

 少女。もとい、少女に変身した雄一郎は、そう言ってニヤリと微笑んだ。

 

 

 

 

 




次回、初バトル。

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