魔法少女の中の人   作:通天閣スパイス

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一話

 カラン、カランとドアベルが鳴る。

 来客を知らせるその鐘の音を聴いて、喫茶『翠屋』のカウンターに立っていた高町士郎は店の入り口に顔を向けると同時に、「いらっしゃいませ」とドアベル鳴らした人物――扉を開けて翠屋に入ってきた青年へと、声をかけた。

 

 その青年は、士郎のよく知る存在で。平日である今、昼過ぎというこの時間帯なら、本来喫茶店に訪れるはずもない人間である。

 青年の表情は暗く、何かとてつもないショックを受けたかのように、打ちのめされた顔をしており。カタカタと体の節々を震わせつつ、青年は無言でカウンター席に腰かけると、一杯のコーヒーを注文した。

 

 士郎はそれに対し、にこりと微笑みながら了承の意を返して。青年に何か話しかけるでもなく、無言で彼の注文通りにコーヒーを淹れると、そっと彼の前に置く。

 それを見た青年は、ゆっくりとそのコーヒーを口に運び――――三分の一ほど飲み干した後、ほっと安心したかのように息を吐いた。

 

 

 

「落ち着いた、かい?」

 

「……はい。すいません士郎さん、ご迷惑をお掛けして」

 

 

 

 表情をいくらか和らげた青年に、士郎が声をかける。

 

 士郎にも、青年に何かが起きたことくらいは見て分かるし、それが原因で酷く意気消沈していることくらいは分かっている。

 それでも彼が青年に声をかけなかったのは、彼の人生経験上、そしてわざわざ彼が翠屋にやって来たという事実を考えて、待った方がいいと推測したから。まずは青年自身が事態を多少なりとも受け入れるべきであり、彼もそのためにここにやって来たのであろうと、推測したからである。

 

 そして、士郎ならばそれくらいはやってくれるであろうということを、青年の方も分かっていて。

 残りのコーヒーをちびちびと口に含みながら、青年は敬意を込めた視線を士郎に送っていた。

 

 

 

「いやいや、君はお客で、僕は店主だろう? お客様に安心を与えるのが喫茶店のマスターの仕事なんだ、これも仕事のうちさ」

 

「あはは、そうですか?」

 

「ああ、そうだとも。……で、そろそろ何があったのか、聞いてもいいかな?」

 

 

 

 青年が大分落ち着いた様子になったのを見て、士郎はグイ、と話に踏み込む。

 

 青年は一瞬躊躇う素振りを見せた後、いややはりと首を左右に振って。

 数回の深呼吸を終えて、恐る恐ると言ったように、その口を開いた。

 

 

 

「……えっと、その。なんというか、言いにくい、ことなんですけど」

 

「うん、なんだい? 場合によっては、手助けも出来ると思うけど」

 

「あー、えっと、はい。出来ればお願いしたいです。

 で、その、本題なんですが――――たぶん、見てもらった方が早いですね」

 

 

 

 そう言うと青年は席を立ち、翠屋の客席部分の中央、比較的広いスペースに移動する。

 いったいなんだと興味深げに士郎が見つめると、青年はその場で佇んだまま、短く「変身」と呟いた。

 

 すると、ほんの一瞬だけ、青年の体を光が包んで――――

 

 

 

「――なっ!?」

 

 

 

 その光が消え去ると同時に、青年と入れ替わりに姿を表した少女の容姿を見て、士郎は思わず驚きの声をあげた。

 

 なにせその少女は、他でもない士郎の末の娘、高町なのはと瓜二つと言っても過言ではなく。

 髪の長さ、瞳の色といった細かな違いはあるものの、士郎でさえ一瞬なのは本人かと見間違えるほどのものであった。

 

 その少女、もとい、少女に変身した青年はゆっくり目を開いて。

 驚きで表情を固めている士郎の姿を見ると、申し訳なさが半分、困ったようすが半分といった表情を浮かべて、彼に声をかけた。

 

 

 

「えー、と。分からないとは思いますけど、俺です。尾崎雄一郎です。

 

 ……士郎さん、大丈夫ですか?」

 

「ん、あ、ああ。……本当に、雄一郎君、なのかい?」

 

「ええ。今朝の帰り際、変な青い宝石を拾ったら、なんか女の子に変身できるようになっちゃいまして。

 しかもその姿がなのはちゃんそっくりなもんだから、その、本気でどうしようか困ってるんですよ」

 

「……」

 

「……こんなこと相談できるのが、正直、士郎さんしかいなかったんですけど。

 ぶっちゃけこれ、どうにかなったりしません、かね……?」

 

 

 

 あははと乾いた笑いを浮かべつつ、そう言って士郎を見上げる、雄一郎と名乗った少女の姿をした青年。

 

 実の娘と同じ姿をした、親しい男の友人を目の前にして。

 ……高町士郎は、つい頬をひきつらせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……」」

 

 

 

 ガタン、ゴトンと揺れる車内。

 あれから数日後、空が赤く染まり始めた時間帯に、雄一郎と士郎はとある路線の電車に乗り込んでいた。

 

 雄一郎は青年の姿で、疲れたようにぐったりと座席に座り込んでいて。その隣に座る士郎は、時折チラチラと雄一郎に視線をやりながら、何かを考えるように顎を手で擦っている。

 二人の様子は明るいとは決して言えないもので、どちらかと言えば意気消沈している、と言った方がしっくり来るだろう。事実彼らは、検査のために何日も費やしてなお、問題の解決に至らなかったのだ。

 

 

 雄一郎に相談を受けた士郎は、あれからすぐに我を取り戻すと、急いで自身のつて――彼の昔の職業で築いたものである――を使い、病院や研究所に連絡。

 店を自身の妻に任せた後、雄一郎の体に起きた異変を詳しく調べるために、彼にそういった施設で検査を受けさせた。

 

 その日に検査を始め、数日通いつめて色々とやった後に結果が出たと報告を受けたのは、数日後の夕方前頃。

 長時間かけて出された、彼の異変に対する回答は――――『現代科学では解明不可能』という、なんともしまらないものだったのである。

 

 

 

「……なんで、いきなり別の人間に変わるんでしょうね、俺」

 

 

 

 疲れた顔でそう呟く、雄一郎。

 

 彼が受けた検査の中には、体細胞から遺伝子情報を調べるDNA検査もあり。青年の状態と少女の状態それぞれでサンプルを採取し、それの比較を行った。

 その結果は殆ど一致せず、つまり遺伝子的には青年の体と少女の体は他人と言ってもいい関係だ、という判断が下されて。

 その他様々な検査の結果も合わさり、彼が少女に変化するのは、体細胞が何らかの原因で変化したというような科学的プロセスを踏んでいない、全くの未知の現象だということが分かったのだ。

 

 変身の原因も、過程の詳細も、大事な部分については研究者達にも匙を投げられて。

 現在の科学技術で把握できる範疇を遥かに越えた事態が自分に起きたのだと理解して、雄一郎は憂鬱そうに深く溜め息を吐いた。

 

 

 

「僕としては、HGSを疑っていたんだけどね。検査結果じゃ違ったようだ。

 ……すまないが、あそこで分からない以上、僕にも分からない。せっかく頼ってくれたのに、すまないね」

 

「あ、いえ、お気にせず。検査させてくれただけでも嬉しかったですし、士郎さんに文句を言うつもりなんかないですよ。

 現状の科学じゃどうしようもないことが分かっただけでも、前進したんですから」

 

 

 

 申し訳ない、と士郎が頭を下げたのを見て、雄一郎は慌ててそれを留める。

 

 そもそも士郎は、雄一郎に巻き込まれただけだ。

 検査の手配をしたのは士郎の善意であり、それが不振に終わろうとも雄一郎は文句を言える立場にないし、士郎が責任を負う必要もない。

 

 なのに今、こうして自分から頭を下げたのは、士郎のお人好しさが原因であろう。

 相談に乗ってもらって、検査までしてもらって、こちらこそ頭を下げねばならないと、雄一郎は礼を返した。

 

 

 

「しかし、問題は何一つ――――」

 

「あー、ほら、別に平気ですって! なんか知らないけど、『戻れ』って念じると元の姿に戻れるみたいですし、『変身』って念じなければあの姿にはならないみたいですし。

 ぶっちゃけ日常生活を送るだけなら変身しなけりゃいい話なんですから、今すぐっていう問題はないですよ。別に死んじゃうわけじゃないんだし、焦る必要なんかないんですから」

 

 

 

 だからあまり気にやまないでくれ、と。そう励ます雄一郎に、士郎は「そうか」と一つ呟くと、顔を上げて。

コホンと気をとりなおすように咳払いをして、彼は口を開いた。

 

 

 

「そういえば、青い宝石、だったっけ? 君の話を聞く限り、この事態に何かしら関係している、と見ていいんだろうけど」

 

「ええ、俺もそう思います。……こうなるなら、あの時持って帰ればよかったと、本気で思いますよ」

 

 

 

 雄一郎があの時拾った、綺麗な青い宝石。

 

 雄一郎は少女に変身した際にそれをそこらに取り落としてしまい、突然の事態に大層慌てていたものだから、それを拾わずに家へと逃げ帰ってしまったのだ。

 後に落ち着いてからその場所に行ってはみたものの、既に宝石はそこにはあらず。誰かが拾ったのだろうかと警察に問い合わせてみても、誰かが届け出た記録もなかった。

 

 結果として、雄一郎はおそらく最大の手がかりをみすみす手放してしまった、という形になり。

 その時拾い直してさえいればと、雄一郎は悔しさを表情に滲ませた。

 

 

 

「警察になかったのなら、おそらく誰かが持っていったんだろうね。……見つかる可能性はそう高くないとは思うが、僕の方でも探してみよう。金銭目的なら、質屋や宝石店に流したかもしれない」

 

「え? いや、ありがたいんですが、そこまでご迷惑は――――」

 

「なに、こっちで勝手に調べるだけだから、気にしなくていいさ。

 君の異変を解決するためのアプローチは、もうその青い宝石くらいしかないだろう? これでも僕は君の人生の先輩なんだ、もっと頼って欲しいね」

 

 

 

 それに、と。士郎は優しげな微笑みから、危ぶむような真剣な表情に変えて。

 

 

 

「君が変身したのは、なのはによく似ている。似すぎている。

 ……偶然なだけかもしれないが、この事件、どうも僕も無関係じゃないと思うんだ」

 

「……と、言うと?」

 

「可能性の域を出ないが、なのはが何らかの事態に関わっている恐れがある。そしてその事態と君の異変は、おそらく無関係じゃない。

 それを調べるためにも、君の異変の切り口を探すのが最上だ、と僕は思ってる」

 

 

 

 だから、僕も最後まで協力しよう、と。

 そう言って雄一郎を見据えた士郎の顔は、先程よりもさらに真剣味を増した、“親”の表情だった。

 

 

 

「なのはちゃんも、ですか? ……まさか、なのはちゃんは普通の小学生ですよ」

 

「君も普通の大学生だったろう? 巻き込まれたとするなら、普通の人間だろうと関係ないさ。

 それに、少し気にかかることもあってね。君も知ってるとは思うが……なのはの周りは、ほら、少々特殊だろう?」

 

「え? ……まあ、確かに個性的な友達が多くはありますよね」

 

 

 

 翠屋に訪れた際などに見かける、なのはの友人達の姿を思い浮かべて、雄一郎は頷いた。

 

 例えば、とある財閥のお嬢様や、地元の名家のお嬢様。外国の大会社の息子に、パソコンのプログラムを簡単に独自で作り上げる天才、剣道小学生日本一の少女。

 その他様々な人間がいるが、彼女の友人は殆どがそのような個性的な面子の集まりで、将来の人脈が凄いことになりそうだと、雄一郎はなのはのことを少々羨んでいたりしていた。

 

 その友人達がどうしたのかと尋ねると、士郎は「実は」と前置きして、彼が把握している事実を雄一郎に伝えた。

 

 

 

「君が宝石を拾った日と前後して、彼らの数人が怪我を負っているんだ。

 それだけじゃない。数日前にはなのはがいきなりペットを飼いたいと言い出したし、その日からなのはが夜中に抜け出すようになった。

 

 ……僕の勘では、正直、なのはが無関係であるとはどうしても思えない」

 

「んなっ……! け、怪我って、事件と関係があるんですか!?」

 

「今考えると、その可能性が高いね。初めはなのはの好きにさせようと思っていたんだけど、どうも子供の手に負えるものじゃないみたいだし、危険度は僕が思っていたよりも遥かに高いらしい。

 ……まいったね。どうも、事態が予想以上に大事になってきた」

 

 

 

 そう言って目を細める士郎の顔には、少々の怒気が浮かんでいる。

 それは彼の娘であるなのはが危ないことに首を突っ込んでいるかもしれないことに対して、という部分ももちろんあるだろう。しかしそれよりも、娘がそんな危ない目に遭っているかもしれないことに今まで気づかなかった自分自身に、彼は憤りを感じていた。

 

 

 

『藤見町ー。藤見町でございます、足元にお気をつけて――――』

 

 

 

 ふと、電車のアナウンスが、目的の駅に到着したことを教える。

 ほぼ同時に二人は立ち上がり、電車を降りて駅のホームに降り立つと、そのまま真っ直ぐに自宅方面の出口へと向かった。

 

 

 

「……それで、その。どうします?」

 

「宝石の捜索は、今日から始めよう。しかるべき人に連絡して、恭也と美由希と一緒に町を探して回る。

 なのはに関しては、今晩にでも話を聞いてみよう。なのはの友達の親に連絡を取ってもいいかもしれない」

 

「警察に連絡とかは? やっぱり危険かもしれませんし、そういった機関に頼った方がいいんじゃ……」

 

「警察は簡単に話を信じないだろうし、行動は出来るなら急いだ方がいい。それに、僕の家が剣術をやっていることは知っているだろう? 多少の危険なら自力で大丈夫さ」

 

 

 

 足を動かしながらも、二人は会話を続ける。

 その表情は険しく、先程までの落ち込んだ様子とは全く違った、それぞれの真剣な雰囲気を身に纏っていた。

 

 士郎にとって、なのはは愛する娘の一人であり。雄一郎にとっては、士郎との付き合いの結果として、なのはとの付き合いはそれなりに長く、彼女を親戚の姪っ子ぐらいには可愛く思っているのである。

 そのなのはが危険かもしれないと聞いて、根が優しい、真面目な二人は、すぐに思考を切り替えていて。

 

 

 

「もう恭也達は帰ってきているだろうし、帰ったらすぐにでも捜索に向かうよ。雄一郎君は――――」

 

「宝石が本物かどうかを確かめられるのは俺だけですし、俺も一緒に行きますよ。これでも多少は腕っぷしがたつんです、逃げ足も速いですしね」

 

「……そうか。それじゃ、五時半に翠屋の前に来てくれ。そこで合流しよう」

 

「はい。任せといてください、士郎さん」

 

 

 

 雄一郎は、自身の異変についての心配などつゆほども感じさせない表情で、薄く笑って。

 

 差し出された士郎の右手と、強く握手を交わした。

 

 

 

 

 




どうしてイノセントのフェイトとレヴィはあんなに強いのか。
完全回避とか一部が封殺されるじゃないですかーやだー。

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