バカと冬木市と召喚戦争   作:亜莉守

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第十問

 

それから完全に夜中になって、明久は部屋をそっと抜け出した。月の見えるベランダのようなところへと来て、柵の上で片肘ついて片腕を外の方へ投げ出して、ぼうっと月を眺める。ちょうど満月に近いころだったらしく丸い月が輝いていた。

 

「ふぅ、疲れた」

「あれ、明久か?」

 

後ろから声がかかったので振り返ってみれば、ジャージ姿の日暮だった。手にはなぜかジュース缶が二本ある。

 

「あ、広夢?」

「よー、変質者撃退お疲れさん」

 

明久が驚いて聞けば、日暮は返しつつ、ジュース缶を一本投げてよこした。慌ててキャッチしてから礼を言う。

 

「ありがと、てか何でここに?」

 

こんなことやっているのなんて自分だけだと思っていた明久は心底驚いた表情で言った。

日暮はこちらへとやってきて、柵に背を付けてから、少し頬を掻きながら答えた。

 

「ま、俺も疲れたとなんか妙に目が冴えてさ」

 

眠くならないのでふらふらと抜け出していたらしい。その様子を眺めながら、カシュッと音を立てながらジュース缶を開け、一口飲んで、それから明久は言う。

 

「あー、わからなくはないね。僕は久方ぶりに自分の魔術使ってだるい、何で魔術使うと痛みがあるんだか」

 

その様子を見た日暮もジュース缶を開けて、口をつけようとするがその前に思い出したように明久に言った。

 

「一応、魔術回路って神経みたいなもののはずだろ? それを考えたら当然のように思えるけどな」

「確かにそうだね。一応、基礎としては知ってるけどさー。納得できるかって言われるとちょっとね」

 

もう少し痛み抑える薬とかないのかなーとぐちぐちと小言を言いながらジュースをちびちび飲んで行く。日暮が少し考えてから言った。

 

「あれか、頭で理解してても感情的には納得できないと」

「あ、それだね」

 

明久と日暮はそれで納得した。そのまま無言でジュースを飲んでいく。互いに視線は月を見ていた。日暮がふとつぶやく。

 

「それにして、いい月だな」

「そうだねー」

 

その後も二人は無言で月を眺めていた。その時に日暮が何かを思い出したらしく明久の方を向いて聞いた。

 

「そういえば、明久の苗字って元々吉井なのか?」

 

こちらを向いて、明久の動きがそこで止まった。しばらくそのままになる。それからものすごく嫌そうな顔をして明久は答えた。

 

「う……まあね、ほとんどの人は知らないだろうけど」

「確かにな普通に衛宮だって思ってたぜ。それで? なんで苗字言われて反応したんだ?」

 

明乃と喋っていた時の様子を見て気にしていたらしい。よくそこまで見てたなぁと明久は感心しながらそんな様子をおくびにも出さずに呆れた感じで日暮に言い返した。

 

「はぁ、なんていうか広夢って鋭いってよく言われない?」

「まあ、割と」

 

そのせいでまあ、気が付いちゃまずいことにも気が付いてとんでもない目に遭ったけどなぁと日暮は愚痴をこぼす。その様子をみて明久はあ、これは誤魔化してもろくなことにならないと思い、軽くため息をして話を始める。

 

「はぁ、僕の元々の家は魔術師でね。僕の上にはかなり優秀な姉がいたからどうあがいたってスペア代わりだったんだよ。それでもまあ、家の中は平和だったけど。それでウチは魔術界では割と有名だったらしくて、時々襲撃をかけてくる魔術師がいたりもしたんだ。今でもその名残で元々のほうの苗字で呼んでくる人間は敵だって警戒するようになっちゃって」

 

てか、普通に家庭内事情なんて知っている奴はおかしいと思わない? と明久は続ける。その言葉に納得した日暮が頷いた。

 

「そっか、ん? お前ってどこかの家の刻印継いだのか?」

 

その話を聞く限りは何処の家の刻印も継いでいないように聞こえたので気になって聞いてみた。すると明久が目を丸くする。

 

「刻印? ああ、じーさんの継いでるよ。一応、僕は正式に衛宮家の魔術師さ」

 

ああ、なるほど。それならばとさらに日暮は聞いた。

 

「へぇ、元々の家の方の魔術は継いでないのか」

 

その質問にも明久はきょとんとする。そして答えた。

 

「いや、できるけど」

「は?」

 

今度は日暮が固まる番だった。魔術師(メイガス)の魔術は基本一子相伝、上に優秀な姉がいるというのだ。だったら彼には教えられないはずだが?

 

「いやぁ、正確に言うと盗んだ?」

「……それ魔術的には地味にやばいんじゃないか?」

 

盗んだっておいと日暮は内心思う。そんな様子なんて気にする雰囲気も無く明久はあっけらかんと言った。

 

「起源のせいで魔術の内容大幅に変わったけど」

「おいおい」

 

起源とはその人間の魂の本質みたいなものだ。そのせいで魔術の内容が変わるとなると明久はよっぽど起源が表に出ているらしい。

苦笑いをして明久は続けた。

 

「だから『もうそれは継いだじゃなくって、開発だ』って言い切られたよ」

「そっか、今回はどっち使ったんだ?」

 

興味本位で日暮が聞いた。本来なら秘匿のはずだが明久は秘匿をあまり気にしない方だったので普通に答えた。

 

「ああ、固有時制御(タイムアルター)だよ。衛宮家特有の魔術のほうね」

 

固有時制御(タイムアルター)という単語を聞いて日暮が少しだけ驚いた。しかし、それは明久に気付かれることは無かった。それから日暮はジュースの最後の一口を飲むと言った。

 

「ふぅん……世界は狭いな」

「そう? そうでもないけど」

 

広いと思うけどなぁと明久は続けた。明久のジュース缶もちょうどよく空になる。

 

「いーや、狭いな……色々とさ。さて、部屋戻るか 西村先生に見つかるのはヤバい」

「それもそっか、とりあえずまた明日」

 

明久は先にベランダを去って行った。その背に日暮は軽く手を振って声をかける。

 

「おう、またな」

 

それからほぼ満月に近い月を見上げて呟いた。

 

「……ホント、世界は狭いな。こんな近くにあの人と同じ魔術使える奴がいるんだからさ」

 

日暮の脳裏には黒髪に黒コートに黒シャツ、黒づくめだった正義の味方を目指していたどこかの誰かの姿があった。

 

                   ☆

 

次の日、明久の暮らすマンションに明久が帰ってきた。ケーキを舞弥に届け、そしてバイクの方も切嗣に引き渡してからの帰宅である。

 

「ただいまー」

 

明久が玄関を開けて声を出せば、ちょうど料理をしていたのか黒いエプロンをつけたアーチャーがやってくる。ちなみにアーチャーのエプロンは明久が母の日のついでに買って来て、丁寧に『Archer』と魔力入りの刺繍を施した品だ。本人は母の日のついでということに少々憤慨していたが、エプロン自体は割と普通に使用している。

 

「帰ってきたようだな。有意義な合宿になったか?」

「ま、そこそこかな。むしろ疲れたよ。一部の男子が集団覗きとかバカやるし」

「……」

 

明久の言葉に思わず固まるアーチャー、そして少しだけ明久の方を疑わしげに見た。その視線に気が付いて明久が慌てて言う。

 

「あ、僕はやってないからね?!」

「あ、ああ 集団覗きって……」

 

アーチャーが詳細を知りたそうに明久を見るが、明久はアーチャーの向きを変えて背中を押す。

 

「はいはい、話はあとー。洗濯機使える? 洗う物とっとと片づけたいから」

「それくらいは私がやろう。軽食が冷蔵庫に入っているから食べるといい」

 

いいの? と明久が聞けば構わんよとアーチャーが返した。すると明久の表情が少しだけ申し訳なさそうになってからぱぁっと輝いた。

 

「あー、ごめんね。……ふぅ、なんか緊張感から解放された気分だよ」

 

もう疲れててしょうがないんだよねー。と言いながら明久は肩と首を回す。その様子と言葉を聞いてアーチャーが言った。

 

「そうか、疲れているなら仮眠をとるがいい。夕食の時間になったら起こすから」

「じゃあ、そうさせてもらうよ。流石に卯月から冬木までバイクはきつかった」

「?!」

 

明久の爆弾発言にアーチャーはさらに驚いた。

 

                   ☆

 

一方、冬木教会の明乃の部屋。明乃が帰ってきた。

 

「ただいま」

「よ、嬢ちゃんおかえり」

 

ランサーが出迎えた。明乃にとってはそれは普通だったのですぐに返事を返す。

 

「ただいまー、ランサーさん なんか疲れてるけどどうしたの?」

「ん、なんでもねーよ」

 

ランサーの雰囲気は全体的に疲れているような感じだ。心配した明乃がさらに大丈夫かと聞くがランサーは大丈夫だから気にすんなと答えた。

 

「そう? ならいいけど」

「嬢ちゃんも妙に疲れてるな」

 

明乃の雰囲気も妙に疲れているような感じだ。明乃の目が明後日の方を向く。

 

「アハハ、合宿先で集団覗きとか言うアホな騒動が」

「は?」

 

明乃の発言にランサーが驚いた。まあ普通そうなるだろう。

 

「まあ、どうにかなったからいいんだけどねー。一部の男子生徒が停学だとさ」

「アホだろそいつら」

「うん、そうとしか思えない。そういえばだけど、脅迫状どうなった?」

 

今更ながらに脅迫状の存在を思い出した明乃がランサーに尋ねた。あの現場にはランサーも居たのだから聞けば何らかの答えは得られると考えたのだ。

 

「あー、あれか……気にすんな」

「へ?」

 

思わぬ回答に明乃が驚く。

 

「気にしなくていいぞ。もう解決してるから」

「あ、そうなんだ。それならいいか さて、洗濯物どうにかしないとってわけで洗面所行ってくるね」

「おう分かった」

 

明乃が出て行った後、愛想よく笑っていたランサーの表情が疲れたような表情に変わった。

 

「……はぁ、嬢ちゃん愛されてんなぁ……色んな意味で」

 

手に入れた画像データがカレンの秘蔵メモリーの中に入っていて、その秘蔵メモリーの内容がとんでもないものであるなんてことはばらしたらまずいなとランサーはどこか遠くを眺めて考えた。

 

                     ☆

 

その頃、日暮は一人電車に乗っていた。ローカル線らしく人もいない。

 

「はぁ、どーにもこーにも一人っきりか」

 

日向とは少しだけ住んでいるところが違うため日暮は一人で電車に揺られている。どこかの駅で買ったであろう缶ジュースを片手に外を眺めてポツリと呟いた。

 

「……エミヤのばーか」

 

電車の揺れる音に声はすぐにかき消された。ぼうっと外を眺めながらさらに呟く。

 

「……空しいなこれ」

 

呟きながら遠い日を少しだけ思い出した。トラウマになったあの頃よりも数段幼い彼の姿が目に浮かんだ。

 

「……会いたいなぁ」

 

一目でいいから会いたいな。日暮はそう思った……思ってしまった。

 

《O.K》

 

その日はとてもきれいな月の晩だった。

……溺れる夜のその後に、

 

『何処か温泉でも行こうか』

『お、いいなぁ。それ』

 

遠い日の記憶は今、現実となる。

 





今章、妙に難産でした。
アンケートの方はこれが投稿された時点で締切りです。集計結果などは次回のザビエル道場で発表します。






以下設定語りなので注意

日暮はまあ、基本は紅茶disってますが本当は嫌いじゃありませんよ。
それから紅茶の師匠は若い切嗣とそれからナタリアで日暮も面識有、旅客機の一件で撃ち落としたのは二人という設定があります。日暮は全力で師匠二人をリスペクトしていた感じです。
無銘の本名が『エミヤシロウ』なのは多分公式で確定かなって思うので、当時の士郎が亡き師匠の名前を広めるために『衛宮士郎』と名乗り始めた……みたいなのだったらロマンあるかなって思います

EXTRAはこの辺の背景描かれてないから勝手に考えてしまいがちになるんですよね。


それから一応、wiki読み込んではいるつもりですがタイプムーンの世界観(特に魔術システム)を完全に把握しているわけではありません。その辺ご了承ください

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