マスターとマスターのクラスメイトに追い出された私は衛宮邸への道を帰っていた。その途中で茶色の髪と緑を中心にした服装の見覚えのある男と出会った。
「何だ? 猫」
首を掴まれ、持ち上げられる。いきなり何をする!! 私は渾身の力を込めて目の前の男の顔面に前足をぶつけた。
「だっ、何しやがんだよ。この猫!」
「ちょっとアサシン、何猫相手にムキになってるのよ?」
遠坂凛も一緒に居たようだ。そこに声がかかる。
「あれ、凛とアサシンさん?」
マスターの実の姉、言峰明乃だ。この辺の事情は複雑らしい。
「あら、明乃 どうしたの?」
「僕は普通に通りかかっただけだよ。あ、猫だ」
アサシンの手から解放されていた私を見つけた彼女は私の元へ駆け寄り頭を撫でた。
「美人さんだねー」
美人と言うのは少し違うと思うのだが。
「ちっ、女にばっか懐きやがって」
「随分と賢そうな猫よね」
そこへさらに別の声がかかる。
「あれ? 明乃ちゃんと凛ちゃん?」
間桐の現当主、間桐雁夜だ。ここも随分と歴史が違うのだと思い知らされる部分だ。
「あ、雁夜おじ様」
「雁夜さん! 見てください。美人さんですよね」
彼女が私を持ち上げて、間桐雁夜の顔のそばまで持っていく。
「へぇ、確かに綺麗な猫だね」
「あ! こんなところに居やがったのかよ」
「あれ? 士郎の家の猫? 猫飼ってた?」
! どうやら未熟者のようだ。
「違うんだよ。兄さんが預かってる猫。はぁ、探したんだぞ。急に居なくなるからアイリさんとかイリヤが大騒ぎだ」
それはすまなかったな。
☆
結局そのまま二人して夜遅くまで作業した。とは言え強制的に寝かしつけられたけど。
その関係か普段より無駄に早い時間に起きてしまった。午前5時って貫徹した時しか起きてないよ。
「ふぁぁぁ」
「ねむ」
客用の布団をひっぱり出してきて、敷いて適当に雑魚寝って形になった。眠いと色々と無頓着になるよね。朝起きても朝食の匂いがしない。やっぱりアーチャーが居ないんだと思わせる一幕だ。
「普段だったらアーチャーがご飯作ってくれるんだけどなぁ」
「アーチャーって聖杯戦争のサーヴァントか?」
びっくりすることに日暮さんは聖杯戦争についてとてつもなく詳しく知ってた。日暮さんがウィザードとはいえ、神秘の秘匿って何処に行っているんだろうなぁ。
「うん、僕のサーヴァント 料理が嫉妬するレベルので美味しいんだよね」
「ふぅん、さぞかし美人なんだろうな」
あ、もしかして女の人だと思ってるっぽい?
「へ、何言ってるの? アスリートもびっくりな筋肉質の男の人だよ」
「……マジ?」
日暮さんの口があんぐりと開いた。
「うん、写真あったはず……あった」
「どれど……」
携帯に撮っていたアーチャーの写真(僕とのツーショット)を見せると、日暮さんの顔が真っ青に変わる。
「え、どうしたの?!」
いきなり三角座りになって頭を抱えてがたがたと震えながら何かを言い始めた。
「これはオリジナルオリジナルオリジナルオリジナル」
「なんか呪詛呟いてる?!」
☆
三十分くらいして、日暮さんが復活した。
「すまん、取り乱した」
潔く謝られた。その潔さにこっちがびっくりする。
「そ、そうなんだ。わけとか聞いたらまずい?」
「いや、もう吹っ切るためにも事情説明するわ。前提としてだが俺には前世の記憶がある。このことを踏まえてくれ」
「前世があるってことが驚きだよ?!」
そういう人間って本当に居るんだ。ちょっとびっくりした。
日暮さんによると日暮さんも実はルールは違えど聖杯戦争に参加したことがあるらしい、ただその時に起こったバグのせいで月の裏側と呼ばれる無法地帯に放り込まれたのだそう。その時に自分のサーヴァントだったアーチャーがマスターである自分を守るために裏で色々と動いていたそうで、気が付いたら月の裏側の安全地帯から出れなくなっていたらしい。しかもそのことが露呈した後、さらなる異空間に軟禁されたそうな。
「いや、ダメだろ。色んな意味で」
「だよなー。俺って割と人に縛られるのが嫌いだから余計にトラウマで」
人間トラウマとか嫌だよね。
「うわぁ、っていうかそれウチのアーチャーと同じ外見? 真名は?」
「同じ、真名は本人無銘って名乗ってたが奥底にあるのはお前が考えているのと同じだぞ」
これで士郎とか嫌だなぁとか思ってたけど当たり?!
「……なんでそうなったのさ。シロウ」
平行世界とはいえ兄さん悲しいよ。
「だよな。なんでああなったんだよバカ馴染み」
日暮さんが物凄くいろんな感情を込めた感じで言った。
「へ?」
「あ、あー実はな」
さらなる事実として、日暮さんは生前のその人と幼馴染だったらしい。その人が処刑されたことを知った日暮さんは人形遣い(こっちにも居る。平行世界って本当に同じ人がいるんだって知った)にかなりの額を出して人形をこしらえたのだそう。魂が尽きるまでは壊れないっていうとんでも人形だ(こっちにあったら多分封印指定物だね)。その人形を使ってその人の知名度を地道にあげていく努力をしたらしい。
「えっと、何そのドラマ的事情」
そこまでしてくれた友人を軟禁って………
「まあな、今さらだが俺もどうかしてたと思う……まあ、そういうわけだ。あんまりあの外見好かないんだよ」
「うん、よくわかったよ。でもウチのアーチャーそういう奴じゃないからさ」
「分かってるよ。錯乱しないように頑張るわ」
がんばれとしか言いようがなかった。とりあえず元に戻せる薬作らないとなぁ。
☆
それからしばらくして昼休みの理科室、先生に無理言って鍵を借りて最後の調整をしていた。
「うん、出来た!」
フラスコに試薬が入っている。これなら直せるはず。
「はぁ、ここまでが長かったな」
あはは、まさかのスパコンレベルの演算がいるなんて思わなかったよ。てか、僕は最初どうやって作ったんだよ。どうにか完成したことがうれしくて日暮さんに笑いかける。
「日暮さん、ありがとう」
すると日暮さんが少し頬を掻いていった。
「……あー、俺のことは広夢でいい。俺もお前のこと明久って呼ぶから」
「え?」
いきなりどうして?
「なんかここまで付き合ってたら仲間意識みたいなものは出来るもんだぜ?」
「……そうかな?」
そういうもんだろと日暮さんが笑う。
「おう、困ったことがあったら何でも言ってくれよ。明久」
「……うん、じゃあよろしくね。広夢」
僕らは握手を交わした。
☆
放課後、実家にもどってアーチャーを回収する。ちょうどみんな出払っていたらしくて、士郎しかいなかった。
「今日でこの猫返すことになったんだ」
「そうか、アイリさんやイリヤ寂しがるだろうな」
アイリさんもイリアもかわいい物好きだろうし当然か。
「そうかもね。まあ、今度はアーチャー連れてくるよ」
「何でアーチャーなんだ?」
士郎がいぶかしげにこっちを見てきた。
「あわわ、じゃあこの子連れてくね」
「わかった。兄さん無茶するなよ」
その言葉に手をひらひらさせて返す。
「へーきへーき、じゃあまた明日」
明日は土曜日だ。今週は無駄に濃かったなぁ。むしろ疲れた。
「じゃあな」
家路を急いで帰る。そして、リビングで猫のアーチャーに試薬をかけた。控えめなポンという音とともに煙が出てくる。煙が晴れれば見慣れたアーチャーの姿があった。
ほんっとうによかった! 内心喜んでいるとちょっとぽかんとしたアーチャーの顔が普段の表情に戻る。そして、ちょっと怖い感じの笑みに変わった。あれ?
「ふぅ、ようやく元に戻れたわけか。さて、マスター」
「な、何かな。アーチャー」
自分の顔が思いっきりひきつるのがよくわかった。
「そこに直りたまえ、説教の時間だ」
思わず助けて! とか思ったのは悪くないって思う。
むりくりやらかした感が半端ないね。そんなこんなで猫化騒動終了!
この後明久は多分無茶やったこと怒られると思うよ。薬ぶっかけたことに関しては全く何も言われないというね。
日暮の設定は元からありました。日暮の元サーヴァントはアーチャーで、裏側の騒動がきっかけで信頼していたはずのアーチャーがトラウマになり、未だにアーチャーと似た姿の人間が苦手って言うのまでが元設定。
まさかの生前無銘と幼馴染設定はCCCのサーヴァント√見て思いつきました。一緒に行動していた頃はどつき漫才のごとき会話をしながらわちゃわちゃと人助けをしてたことでしょう。
明久は地味に歪んでいます。自分を大切にできないっていうか、自分の価値は最底辺というか、他人のためなら自分は犠牲になってもいいみたいな発想になるタイプ、他人が一緒に居ればそれが見えることは少ないけど、一人でいるとタガが外れてしまう。今回みたいな無茶な生活が一番いい例、自分の生活<<(壁)<<アーチャーを治す くらいに考えてる。