聖霊機IS   作:トベ

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 ようやく、出来ました。何回も見直してようやくです。それに名前を考えると言うのは本当に大変です。
 機体名に関しては特に意味らしい意味を込める事は出来ませんでしたが。これで行こうと思います。 今回は主に艦内説明です。


プライベート①

「ここが俺の部屋か……」

 

 パイロットスーツから私服へと着替え、その後指定された自身の部屋へ向かうと一夏は室内を見て回り、その後ベッドに腰掛け一息つき、周囲へ視線を巡らし再び呟いた。

 

「いい部屋だな……」

 

 案内された部屋は過度な装飾はないものの、質の良い装丁の内装でかなり広い。部屋には壁掛けテレビやクローゼットもあり、ベッドもかなり大きい。更にどうやって用意したのか分からないが、替えの衣類まで用意されていた。これが一人一部屋と言うから、かなりの好待遇だ。聖霊機の操者に対する世間の期待が大きいと言う事を改めて認識させられる。

 

「あ……」

 

 そこで、ふと、あることを思い出した一夏は上着の胸ポケットを探り、あるものを取り出す。それはフラムエルク城を出立する際に渡されたモノ。四角い透明な箱に入った、八角形の結晶体。

 

「共鳴……結晶」

 

 言いながらその手を強く握りしめ、一夏は悔しさに顔を顰める。

 

「結局、返せなかったな」

 

 そう言いながら視線を伏せると、再び、気持ちが沈み込みそうになる。だが、いつまでもこうではいけないと頭を振り、勢いよく立ち上がると自分に言い聞かせるように声を上げる。

 

「考えてたって仕方ない。取りあえず、船の中を見て回るか。しばらくは此処で過ごすんだしな!」

 

 部屋を出た一夏はエレベーターへとむかう。エレベーターは艦の中心にあたる場所を地下に当たる格納庫から最上階に当たる四階まで延びている。他の階への移動は基本、これで行うようだ。

 

「……来たか」

 

 エレベーターの前に立ち、キョロキョロと周囲に視線を巡らせていた一夏だったが、エレベーターの到着を示す電子音が聞こえると扉へと視線を戻し、乗り込もうとする。

 

「おっと?」

 

 だがエレベーター内から現れた段ボールを持った誰かに気づき、慌てて立ち止まった。その人物は大きな段ボールを二つほど抱えており、その姿は完全に隠れてしまっていたが、相手も一夏の声に気づいたのかすぐに聞き覚えのある声を発した。

 

「その声……一夏か?」

「マドカか、何やってんだ?」

 

 姿が見えなかったが、聞こえた声から互いに口調を崩す二人。取りあえずマドカに道を譲り彼女をエレベーターから降ろす。

 

「どうしたんだ? これ……段ボール箱?」

 

 彼女の持った段ボールに手を添えながら、一夏はマドカに質問する。

 

「ああ、ユミールから当面の荷物を受け取ってきたのだ。お前の方も部屋に色々と用意されていただろう」

 

「ああ」

 

 そう言われ先ほどの事を思い出す。確かにクローゼット等の備え付けの収納に、自身のサイズに合った服が用意されていた。彼女が持っているのは彼女の服なのだろう。

 

「私は急だったからな。まだ運び込みが終わってなかったから、こうして受け取りに行ったのだ。用が無いのなら、もういいか? 早く運んでしまいたい」

「あっ、ああ。悪い」

「ではな……」

「……あ! ちょっと待ってくれ。俺も手伝うよ」

 

 一夏はそう言ってマドカに駆け寄り箱を一つ、強引に受け取るとよこに並ぶ。

 

 

「ん?」

「マドカの部屋も知っておきたいし。いいだろ?」

 

 一瞬、キョトンとした表情を浮かべ、一夏を見ていたマドカであったが、恥ずかしそうに視線を逸らす。

 

「そっ、そうか……」

 

 そう言うと恥ずかしそうに頬を染めると足早歩き出した。

 

「こっちだ。ついて来い」

「ああ」

 

 そんな彼女の今までにない表情にまったく気づかず、相変わらずの様子で一夏は彼女の後に付いて行くのであった。

 

 

 

 

 

「って、隣の部屋かよ」

 

 

 暫くして辿り着いたのは一夏の部屋の隣であった。マドカの部屋の前で一夏は自身の部屋に視線をやるとマドカはその意味を察したのか、一夏の部屋へ視線をやる。

 

「ああ。お前の部屋はそこか……」

「まあ、近くていいか」

「何やっているんだ? 手伝ってくれるのだろう……早く入れ」

 

 だが、今は部屋の準備の手伝いである。その事を指摘された一夏は既に中に入っていたマドカに指摘され慌てて入室する。

 

「それは洗面用具だと聞いている。そっちを頼めるか? どうやら、これで最後らしい」

「わかった。じゃあ、こっちをやっておくからな」

「ああ。頼む」

 

 そう言うと一夏は入り口わきの洗面所に入って行く。

 

「そういえば、今更だが……よかったのか?」

 

 すると不意にマドカから声が掛り、声をかけられた一夏は振り替えつつ返答した。

 

「何がだ?」

「どこかに行こうとしていたのではないのか? だからあそこに居たのだろう?」

「ああ、船の中をを見て回ろうと思っただけだ。気にしなくていいさ」

「成程、なら、これが終わったら私も行くぞ。何かあった時の為に、構造を把握しておいた方がいいだろうからな」

「分かった。なら、早く終わらせよう」

 

 話を切り上げると、マドカは部屋の奥へと歩いて行く。すると箱を開封したのだろう、紙が破れる音が響いてくる。その音を聞き、一夏は渡された箱を開封し、中を確認する。言われた通り、歯ブラシやタオルなどの洗面用具が入っている。取りあえず、一夏はわかりやすい位置に並べていく。

 

「ええーと、これは此処に……これは、こっち」

 

 歯ブラシをコップにさして洗面台に置き、タオルハンガーにハンドタオルをかけた後は予備のタオルなどを開封しておき、洗面台下の棚にしまい込む。元々そんなに量はなかったので呆気なく終わってしまい、すぐにやることが無くなってしまい、一夏はタオルなどを包んでいたビニールや紙類のごみを纏めはじめる。

 

「マドカー、そっちはどうだー?」

「ああ、問題ない。すぐに終わる」

 

 手を動かしながら声を掛ける一夏に自信ありげな返答が聞こえてくる。こういった事は慣れてなさそうだと思って、手伝おうといった一夏だったが、その返答に心配無用だったかと考える。

 

「よし。これでいいだろう」

「一夏、こっちは片付いたぞ」

 

 ごみの分別が終わり、パンパンと手の埃を払うように手を叩きながら立ち上がると後ろから声がかかる。見れば洗面所の入り口に立ち、室内を覗き込んでいるマドカがいる。

 

「ああ、こっちもだ」

「さて、行こうか」

「ああ……」

 

 促すマドカに返答しながら洗面所を出た一夏であったが、その際、ふと部屋の奥に視線を向けた時、目に入った光景に思わず驚愕の声を上げる。

 

「って!?」

「なんだ?」

 

 一夏は慌てて部屋の奥まで行くと室内を見回し、呆然としているが、一夏の表情の意味が分かっていないのか、後に付いてきたマドカは首を傾げ、怪訝そうな表情を浮かべながら一夏の視線の先を見る。

 

「どうした?」

 

 そこにある光景は入り口からでは見えなかったが、包装のビニールやら紙袋やらが床に散乱し、いくつもの段ボールが転がっている。それはベッドの上にまで及んでおり、そのまま投げ捨てたのであろう、包装ビニールが散乱している。

 

「『なんだ?』じゃないだろ! なんだよこれ!! って、まさか!!」

 

 しばらく呆然としていた一夏だが、なんだかひどく見覚えのある光景にクローゼットに駆け寄り開くと、そこに広がる光景を目にし、力なく手を下した。

 

「如何したのだ。急に……」

 

 そこには今マドカが着ているのと同じ服が何着もあるのだが、そこは置いておこう。恐らくそのまま投げ入れたのだろう。ハンガーに掛けられることもなく、畳まれもせず、床に積み重なり衣服の小山を形成していた。

 

「マドカ……」

「ん?」

 

 彼女はこの状態で自信たっぷりに『終わった』と言っていた。彼の姉である織斑千冬も片づけを頼んでも、なぜか散らかしてしまうような人物だったが、お願いだからこんなところまで似ないでほしい。心の底から思う一夏は背後にいる彼女へ振り向き、ガシっと両肩を掴むと有無を言わせぬ声で告げる。

 

「取りあえず……やり直そうか?」

 

 

 

 

「いいか、マドカ。ごみの分別位はしっかりしような……時々、抜き打ちで見に行くからな」

「あ、ああ……」

 

 妙に迫力のある一夏に拒否することが出来ず。あの後、一夏指導の下で部屋を片付け直し、今は再びエレベーター前にて、これからの事を話しながら待っていた。

 マドカは一夏の迫力に押され、終始、困惑気味な表情だ。だが、電子音と共に二人そろって扉に視線を移すと乗り込もうとする

 

「おーい」

 

 が、突然、聞こえた声に揃って振り向くとお互いに顔を引き攣らせる。

 

「待ってくれなんだな~」

 

 遠くから足音を立てて走り寄ってくるのは、見間違えようのない巨体、砲術士のデロックだ。どれほどの距離を走って来たかは知らないが、体中の肉を震わせ、汗を飛び散らせながら走ってくる様はハッキリ言って気色悪いが、さすがに無視していくのは気が引け、一夏はその場で待機する。

 

「ハア…ハア…ハア…間に合ったんだな」

 

 そうしているうちに近くまでやってきたデロックは、膝に手を当て苦しそうに息を乱していたが、どうにか落ち着いたのか、顔を上げ二人を見る。

 

「ん? 確か、君たちは……オリムラ兄弟だったかな?」

「ああ」

「えっと……確か、デロックさん?」

「そうなんだな。では、待ってくれてご苦労だったんだな。じゃあ、僕は急いでるんで先に乗るんだな」

「待て。後からきてなんだ……まったく」

「まぁまぁ、マドカそんな怒るなよ」

 

 デロックの厚かましい態度が気に入らないのか、苛ついた様子のマドカを一夏が窘めるが、気が収まらないのかマドカはぶすっとした顔をしながら慌てて先に乗り込む。そんな彼女に一夏もやれやれと肩をすくませながら乗り込む。

 

「それじゃあ、僕もなんだな」

 

 だが、続けてデロックが乗り込んだ瞬間、異変は起きた。エレベーター内に響く、けたたましいブザー音に最初、二人は何が起きたのかとエレベーター内を見回している。

 

「なんだ、警報か?」

「まさか……重量オーバー?」

 

 やがて、思い当たる事象にエレベーター内を見回していた二人は、揃ってその原因であろう人物へと視線を移した。

 

「「……」」

「なんでこっちを見るんだな! きっと偶然なんだな!!」

 

 二人の意図を察したのかデロックは降りるが、それと同時に鳴りやむ警報に思わず静寂が辺りを支配する。

 

「……鳴らないですよ?」

 

 少なくとも、たった三人乗り込んだだけで警報が鳴る様な構造でない事は先ほど確認済みだ。一体何キロあるんだ? この人、と一夏は顔を引き攣らせる。

 

「やっぱり、重量オーバーだったな……では、行こうか一夏。どうやら、こいつは乗れないようだからな」

「待つんだな! 僕は急いでいるんだからお前たちが退けばいいんだな!!」

 

 やけに得意げなマドカはイチカを促し行こうとしたが、デロックのふてぶてしい態度に額に青筋を浮べながら声を荒げる。

 

「なんだと……その言い草は……ムグッ!」

「まあまあ、マドカ。俺達は別に急いでないんでいいですよ」

 

 デロックの言葉に今にも掴み掛るのではないか思われるマドカをこのままでは一向にここから進めないと判断した一夏は口を押え黙らせるとデロックに先に行くように促した。だが、当のデロック本人はまさか譲られるとは思っていなかったのか、その言葉にキョトン、となっている。

 

「……君、結構いい奴なんだな」

「……ぷはっ。ふん……どうせ、乗れんさ」

 

 一夏のその言葉に彼は表情を緩めたが、一夏の手から逃れたマドカが相変わらず悪態をつくと、デロックはマドカを見下ろしながら体を震わせ、腹立たし気に顔を歪める。

 

「……イチカと違って、このちっこいのは嫌な奴なんだな。僕の復讐帳に名前を書いてやるんだな!」

「なんだと! 貴様!!」

「だから落ち着けって……急いでいるんじゃないんですか?」

 

 ハッキリ言ってこのデロックの態度はマドカでなくても腹立たしいものだろう。だが、一夏は平然と受け答えができている。確かに彼はカッとなり安い性格ではあるが、こと人付き合いに関しては基本的に彼の心は海よりも深く、空よりも広いのだ。

 

「……そうだったんだな。こんなのを相手にしている暇はなかったんだな」

「くっ」

「だから、やめろって」

 

 彼の言葉にマドカは不満そうにするマドカを一夏は窘める。そんな二人の前でデロックは得意げにエレベーターに乗り込んでいく。ブザーは……鳴らなかった。

 

「……大丈夫、ですね?」

「ちっ……」

「ふふ~ん、あたりまえなんだな~。では、お先に失礼するんだな」

 

 その結果に不機嫌そうに舌打ちするマドカを見下ろしながらデロックはボタンを操作する。やがて扉が閉まり降下していくが、やがて聞こえる警報ブザーとデロックの悲鳴、どうやら降下中に緊急停止してしまったようだ。まあ、その後再び動き出したので、取りあえず心配はないだろう。

 

「ふっ」

「……はぁ」

 

 その様子に少し溜飲が下がったのか、ようやく表情を緩めるマドカを見ながら、これからも揉めそうだなと頭を悩ませるのであった。

 

 

 

 

 改めてエレベーターに乗り込み、一夏達は地下一階に当たる格納庫にやって来た。まずは自身の機体であるゼイフォンの様子を見に行こうと思い、左舷の格納庫へと向かう。格納庫に入ると内部は工具や部品の物であろう金属音や整備員の声が響き、かなり騒がしい。

 

 通路から続く階段を降り、格納庫に降り立ち改めて内部を見回す。前方の格納庫ハッチからゼイフォン、ビシャール、ドライデス、バルドックの順で壁に背を向けて並んでいる。四機格納しても、まだ搭載数には余裕があるように見える。

 

「さっきは落ち着いて見回せなかったけど……本当に広いな」

「そうだな。ん? セリカか」

 

 そうしていると見知った姿が目に入った。何人かいる整備員の中でもひときわ忙しそうに動き回っている作業着を着た少女、ショートヘアーの少女、セリカだ。

 

「あっ、確かに。おーい、セリカ!」

「……ん、ああ、イチカ。それにマドカも、どしたの?」

 

 声を上げ呼びかけると、それに気づいたセリカが笑顔で走り寄ってくる。着ている作業服は至る所が整備油で汚れ、おまけに鼻の頭まで油が付いており、一夏にそれを指摘されると恥ずかしそうに袖で拭った。

 

「えーと。まあ、艦内の探索、てところかな」

「それにしても、凄い船だな。装備もそうだが、これだけの艦をこれだけの人数で運用できるとは……」

 

 そう言い改めて見回すマドカ、見える限りこの格納庫内にはセリカを含めて7人ほどの整備員しか見当たらない。それに気を良くしたのか、ぱあっと明るい笑顔を浮かべると手を広げ、まるで、くるくると踊る様に船の説明を始めるセリカ。

 

「ふふ、そうでしょ!! 自立型のシステムを搭載したことにより少人数での運用を可能とし、更には永久機関を搭載!! 理論上は永続的に航行が可能。現在のアガルティアにおける最新の技術が詰め込まれた船。それが、このリーボーフェンなのよ!!」

「へえ、すごいな……」

 

 セリカの説明に対して素直に感心する一夏だが、妙に明るいセリカに疑問を投げかける。妙に大げさな素振りが、その言動が、どうにも無理をしているように見えたのだ。

 

「……セリカ、お前は大丈夫なのか? あの子とはセリカの方が付き合いも長かったんだろ?」

「あ……うん。大丈夫、大丈夫よ。それに、弱音を吐いていられる時でもないし、立場でもないから……」

 

 少なくとも上に立つ者としての責任があるのだろう。そう言ってセリカは儚げな笑みを浮べる。

 

「……無理だけは、しないでくれよ?」

 

 少なくともリーボーフェンを急に発進させたうえ、そのまま自分たちの機体の整備に入ったのだ。働きづめのセリカの身を案じる一夏にさっきとは変わってセリカは嬉しそうに微笑む。

 

「えへへ、ありがと……あっ!! そうだった、皆を紹介しないとね! 集合~!」

 

 セリカの声に整備員たちは手を止め走り寄ってくる。やはり見た通り、整備員はセリカも含めて7人だけの様だ。セリカが言うには人を増やすよりも少数精鋭の方がはかどるそうだ。

 

 このセリカが精鋭と称するくらいだ、彼らが相当優秀なのは想像できる。若くまだ未熟さを残した青年に若いがもう一人はその言動に暑さを感じる男性。がっしりした中年男性、ショートヘアーの若い女性に、無口そうな体格の良い男性に、女性のような物腰だが、妙に隙の無い男性と個性的な人物が揃っている。一通り自己紹介を終え、さすがに長居をして邪魔をするのも悪いと思い、立去ろうとする一夏達にセリカは名残惜しそうに声を掛ける。

 

「あれ? もう、行っちゃうの?」

「ああ。あんまり長居して仕事の邪魔をするのも悪いしな」

「それに、他のところも見ておきたい」

「うう~ん。じゃあ、しょうがないか」

 

 口では納得したような言葉を言っているが、やはり、残念そうな様子で話す。

 

「じゃあ、またな……あれ?」

 

 そう言って立去ろうとした一夏だったが、ふと視界に入った格納庫の隅の布が掛けられた何かに気づき、足を止めた。

 

「どうしたんだ? 一夏」

「なあ、セリカ。あれ、なんだ?」

 

 一夏は妙に気になる存在感を放つそれを指さし、セリカに質問する。そんな一夏に彼女は一夏の示す方向に視線を移すと笑みを浮べながら得意げに答える。

 

「ん? ああ、あれね。ふふ~ん、すぐにわかるわ。それまではお楽しみに」

「ふーん。なら、今はいいか」

 

 いつか分かるならいいかと、取りあえず一夏は納得する。再度皆に挨拶するとマドカを伴って格納庫を出る。

 

「次は右側だな」

 

 通路を通り、一夏達は今度は逆の右舷へと向かう。格納庫に入ると、そこにある機体は二機だ。フェインの乗っていたミレオンと共に見慣れない機体があるのに気付き、物珍しさもあり走り寄っていく。

 

「やあ、見学かい?」

 

 すると、その機体の前でタッチパネル式の薄いボードの様な物を操作し作業をしていた人物が一夏達に気づくと朗らかな笑みを浮べ、声を掛けてくる。先ほどブリッジで会った少年、カインだ。作業もする為か、先ほどの黒を基調とした衣服ではなく、作業着の様な服を着ている。

 

「ああ、カインだっけ? まあ、そんなところさ」

「でも、ほどほどにしてしっかりと休んでおいた方がいいよ。あんな事があったばかりだからね」

「ああ……それは、分かってるよ」

「アルフォリナ女王の事は……本当に、残念だったね。はぁ、ティックスに、何て言えばいいのか……」

 

 そう言いながら肩を落とすとカインは大きなため息をつく。今回の事の顛末を聞くことになる友人の事を想っている様だ。

 

「セリカ達とも昔から知り合いなんだっけ? カインって、どうやって知り合ったんだ?」

 

 先ほどのセリカとのやり取りも含め、セリカやその弟であるティックスともかなり親しい間柄であるようだ。

 

「え、ああ……昔、ちょっと縁があって知り合ったんだ。ティックスもセリカもそれ以来の付き合いさ」

 

 王族相手に親し気に話すカインを不思議に思ったのか、問いかける一夏だが、何か言いたくない事でもあるのか、カインは言い淀む。その様子を疑問に思いながらも、目の前に鎮座する黒い機体を見上げると問いかける。

 

「そういや、これが?」

「あ、ああ。僕の聖霊機、レーヴェ・ザクセンさ」

 

 余程言い難い事だったのか、一夏の問いかけにカインは何処か、ほっとした様子で言葉を返しながら、一夏に次いでそれを見上げる。その機体は全体的に鋭角的で機体色は黒、右肩には折り畳み式のロングキャノンを装備し、機体脇の武装ラックにはこの機体の武器であろう手持ち式のランスとシールドが掛けられている。頭部のトサカの状の飾りが特徴的だ。

 

「何処か、一夏達の聖霊機とは意匠が違って見えるな」

「あ、わかるかい! 今まで君達が見た聖霊機の設計者はセリカだったんだけど、この聖霊機はその内の一機の設計を僕に合わせてレイフォンが再設計してくれたものなんだ。まあ、主に基礎フレームに関してなんだけどね。外装等には装兵機から流用したパーツも多いから、その影響もあるかな。この機体は、正確に言えば装兵機とのハーフって所かな」

 

 自身が言い出したことではあるものの、目を輝かせ自分たちに視線を向けながら、やたら饒舌に機体説明を始めるカインにマドカは少々引き攣った笑みを向ける。

 

「そ、そうか。その……レイフォンと言う人物は?」

 

 ブリッジでの会話でもそうだったが、技術者ゆえの特性なのだろうか、もしくはセリカと似たような人種なのかもしれないと一夏も傍らでその様子を見ながら思ってしまう。

 

「……あ」

 

 対するカインはマドカの問いかけに我に返ったのか、一瞬ハッとした様子の後、恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「あ、ああ、すまない。つい、うっかり。それに、君たちは知らなかったね。レイフォン・ラング・マクソード……セリカ達にとっては従兄にあたる人で、今はアガルティアの装兵機開発局で局長をしている人さ。ちなみに、セリカに設計などを教えたのもレイフォンなんだ」

「へえ、すごい人なんだな」

「ああ、僕の憧れの人だからね」

 

 カインはそう言いながらその機体を誇らしげに見上げている。その表情からはこの機体を設計したであろう人物への信頼と尊敬がにじみ出ている。

 

「しかし、セリカの師か」

「……ああ」

 

 だが、そんなカインの横で一夏達は想像する。あのセリカの師に当たる人物だ。きっとセリカに輪をかけた様なメカフェチで、とても王族とは思えない、変わった人に違いない。二人が頷きながら、かなり勝手で失礼な思考をしていると、隣にいたカインはその一夏達の考えに気づいたのか、ジトっとした表情で二人に向けて言い放つ。

 

「……一応、言って置くけど、セリカみたいな人じゃないからね?」

 

 カインのその思考を呼んだのではないかともいえる的確な反論に、今度は逆に一夏達が気まずそうな表情を浮かべ苦笑いを浮かべる。そんな中、ふと思った事を口にする。

 

「所で……装兵機からパーツを流用したって言ってるけど、大丈夫なのか? 装兵機って聖霊機より弱いんじゃないのか?」

「あ、それは装兵機を馬鹿にしすぎだよ。確かに聖霊機は強力だけど、それだけで勝てるほど、戦いは甘いものじゃないんだよ」

「……そうだな」

「まあ、それは分るさ」

 

 カインの言葉にマドカは頷き、一夏も納得する。彼とて装兵機を低く見ているわけではない。一夏の言葉は装兵機を低く見ていると言うよりは、素人の自分を生き残らせてくれた聖霊機やゼイフォンへの信頼から出た言葉でもあった。

 

「それに、この機体に使われた機体パーツは大陸四大装兵機にも数えられる装兵機……鳳の騎士の異名をとるレスト殿のザクサスのパーツだ。ザクサスは機体性能だけでも決して聖霊機に後れは取らないよ。ましてや装兵機や聖霊機において物を言うのはパイロットのプラーナ、そして本人の実力だ。それは、フェインのミレオンを見れば理解できると思うよ。普通のミレオンでは、決してあんな真似は出来ないからね」

「まあ、確かに……」

 

 カインもあのミレオンは何処かおかしいと感じているのか、表情が引き攣っている。それに、その言葉には、なんだかすごく納得できる。ミレオンの通常機を見たことが無い二人でもフェインのあの機体の異常さは一目瞭然だったのだ。例え、量産機でも優れた操縦者が乗ればあそこまで違う、と言う事なのだろう。

 

 序に説明しておくが、大陸四大装兵機の概要は上記のアガルティアの鳳の騎士、レストのザクサスに加え、同じくアガルティアの紅蓮の騎士ガイウスのザイクス、リンバーク公国の蒼き餓狼、オーキス卿のブラオ・アーベント、そしてジグリム共和国の西の獅子、グラード・バーグリー少佐のグリオールとなっている。ちなみに、このグリオールは飽く迄、グラード少佐乗機のグリオールであり、彼のジグリム軍においての一線を画す実力が伺える。

 

「……そう言えば、ユミールを見なかったかい?」

「いや、ここに来るまでは見なかったけど、なんか用なのか?」

「いや、そうじゃないんだけど……」

 

 その説明を聞いている最中、カインはふと気づいたように話題を切り出す。だが、ユミール個人の事に関わる事なのか、少し言いよどむが、やがて呟くように語り掛ける。

 

「ユミールの普段の様子を見て、君達はどう思った?」

「え? うーん……なんだか働き通しだなって感じるな」

「それに、普段は何処かぬけている様子だが、かなり優秀な人物に見えるが……」

 

 カインの言葉に考え込むと一夏とマドカは素直に思っている事を口にする。ヨークに居た頃は自分やマドカの案内に世話もしてくれていたし、ランドシップに乗ってからはその操舵に管制までこなしていた。だが、それに比例して自分達を休ませて、彼女は休まず仕事をしていた様に見受けられる。

 

 その答えを聞き、カインは溜息を付くと、マドカ、一夏を見ながらそれぞれ、返答する。

 

「まあね。ユミールは聖地の錬金学アカデミーを首席で卒業し、百年に一度の秀英と呼ばれる程の逸材だ。このアガルティアでユミールに比肩する程の錬金学士はそうそういない、って言われているくらいだけど……はぁ、やっぱりか」

「ユミール……なんかあんのか?」

「そういうわけじゃないんだけど……彼女、イチカの感じたように、どうにも無理をし過ぎるきらいがあってね。家族の方からも、気を付けてあげて欲しいって言われててさ、君たちも見かけたら、それとなく言ってくれないかな?」

「ああ、分った」

「ふふ、ありがとう……じゃあ、僕も作業に戻るからこれで、君たちもしっかりと休むようにね」

 

 そう言ってカインは昇降機に乗ると、自機に乗り込んでいった。その姿を見届けると二人は格納庫を出ると、取りあえずユミールを探そうと、まず思い当たる場所、ブリッジへと向かった。

 

 

 

「ユミールは……いないか」

「だな……」

 

 ブリッジへとやってきた二人はそれぞれ視線を巡らし件の人物を探す。だが室内にいる人物は二人、通信士のミヤスコと操舵士のバレンだ。

 

 

 残念ながらユミールは見当たらないが、この機会に取りあえず自己紹介はしておきたいと考えた一夏はマドカを伴い、先ず、近くにいるバレンに歩み寄り、声を掛けた。

 

「えと、イチカ・オリムラです。あの時はしっかりと自己紹介できなかったんで、よろしくお願いします」

「……マドカ・オリムラだ」

 

 イチカに続いてぎこちないながらもマドカもしっかりと名乗る。だが二人に視線を向けると横目で見ながらも、終始、バレンは無言だ。その2m越えの身長も相まって少なからず威圧感を二人は感じた。

 

「……」

「……」

「……バレン」

 

 長い沈黙の後、バレンは一言、ぼそりと呟くと視線を戻し、口を閉ざす。セリカ曰くかなりオートメーションされた船である為、操舵にもかなり余裕があるだろうに、操舵輪から一向に手を離す様子はなくその眼はじっと前を見つめている。職務に忠実なのか、それとも唯、寡黙なだけなのか、またはその両方かは分からないが、せめてもうちょっと何かあってもいいのではと思うものの、再び口を開く気配はない。

 

「……」

「次、行こうか?」

「……そうだな」

 

 長い沈黙に耐えられなかったのか、マドカも若干諦めの交じった表情で一夏の言葉に同意を示す。残る人物は金色の長い髪を後ろで纏めた細目の女性、ミヤスコだ。彼女は考え事をしているのか、こちらはバレンと違って話しかけられても気づいていないのか、どこか上の空と言った様子だ。

 

「あの……」

「はい?……ああ、確か、オリムラさんでしたか? どうされました」

 

 イチカよりの再度の声掛けにようやく気付いたのか、姿勢を正すと慌てて返答を返す。

 

「ちょっと自己紹介をと思って……それに名前でいいですよ。紛らわしいですから」

「そうですか? じゃあ、イチカ君、マドカさん、改めてよろしくお願いしますね」

「此方こそ」

「そういえば、さっきは如何したんです? ボーっとしてたみたいですけど」

 

 その言葉に何か恥ずかしい事でも考えていたのだろうか? 急に顔を赤くするとミヤスコはごまかす様に質問を返してくるが、そんな彼女の様子に気づくことなく、一夏はにこやかに返答する。

 

「え、ああ、何でもないですよ! ちょっと考え事をしていただけですから。イチカ君達こそ、こちらには慣れましたか?」

「まだ色々と慣れない所はあるけど、まあ、少しは……」

「マドカさんも……何かありましたら、遠慮なく、言ってくださいね?」

「わかった……そう言えば、ミヤスコは医務室の仕事も受け持っていたな」

「ええ、メインは通信士ですので、あくまで先生の手伝いですけど」

「そうか……」

 

 ミヤスコの返答を聞くと、マドカは急に顎に手を当て考え込む。一夏はその様子を疑問に思ったのか問いかける。ミヤスコの表情も困惑気味だ。

 

「どうした、マドカ?」

「いや、私だけ何もしていないのはちょっとな……何か、仕事があればいいと思って……な」

 

 どうやら、一夏達も、そして目の前のミヤスコや他の人員が幾つも仕事を抱えているなか自分だけ何もしていない事を気にしているようだ。その言葉を聞いたミヤスコは困惑気味だった表情を緩め、気遣うように声を掛ける。

 

「そんな事、気にしなくていいですよ。異世界人の召喚の目的は飽く迄、保護なんですから」

「だが……」

 

 ミヤスコからの言葉にも納得できないのかマドカは口ごもる。組織にいた頃は死に物狂いで訓練に励んでいたのだが、こちらに来て一夏とは和解し、急にやる事がなくなってしまったのだから、妙に落ち着かないのだ。他の皆が忙しく働く中、彼女は今のところ食べて寝るくらいしかしていない。このまま自分はニート一直線になってしまうのではないのかと、少し彼女は焦っていた。

 

「そんなに焦る必要はないんじゃないか? これから何か見つかるさ」

「……そう、だな」

 

 そんなマドカに対し一夏は声を掛ける。その言葉にマドカは以前、タイロンより言われていたことを思いだし、多少思う事はあるが納得する。

 

「ふふ」

「如何したんです?」

 

 そんな二人の様子を見ながらミヤスコは微笑んでいる。一夏達の仲のよさそうな様子を見て思わず声に出てしまったようだ。

 

「ふふ、すみません……仲の良いご兄弟だと思いまして、そう言えば……どちらが目上なんですか?」

「……今は、保留中だ」

「え?」

「色々ありまして……そのあたりの事は、ちょっと……」

 

 流石に彼らの関係は、おいそれと話せるような事ではない。話した方も聞いた方も、ハッキリ言っていい気分にはならない。そう思った一夏は気まずそうに言葉を濁す。だが、その言葉を聞いた途端、ミヤスコは急に沈んだ表情になる。

 

「……そう、ですか。すみません、無神経に……」

「いっ、いえ! そこまで謝らなくてもいいですって!」

 

 暗い表情をした彼女を見て気を悪くしてしまったか? と思った彼らだが、逆に恐縮するぐらいに謝られてしまい流石に焦る。彼女も昔に何かあったのだろうか? いくらなんでも大げさすぎだ。そう思う一夏達だった。

 

 

 

 その後、尚も謝ってくるミヤスコを何とか落ち着かせるとブリッジを出ていく2人。一階にはその他に医務室に会議室、艦長室があるのを確認すると、エレベーターに乗り上階に上がっていくが、やがて開いた扉の先には見覚えのある光景が広がる。

 

「いけね。俺の部屋がある階か……」

「そういえば、この階はまだ見ていないのではないか? 確認していこう」

「あ、そっか。じゃあ、次はこの階だな」

 

 そう言うと、エレベーターを降りる一夏達。降りた場所は一夏達の部屋もある三階の居住区。エレベーターを降りるとそこを中心にE字型に通路が分かれており、両端の通路にそれぞれ居室が、中央の通路奥に機関室がある作りになっていた。機関室ではガボンが忙しそうに動き回っていた為、さすがに声を掛ける気にはならず、気づかれない様に立ち去る。ついでに、その足でその手前にある食堂及び、厨房をのぞく。

 

 食堂はあまり使われていないのか、新品同様にぴかぴかだ。リーボーフェンの稼働時期から思えば当然だろう。それは厨房も同様で、こちらも使われた形跡はない。

 

 そして、厨房の隣にある部屋に入ると、見慣れた人物がいるのに気が付いた。二人に気づいた一夏達は二人へと歩み寄っていく。

 

「アーサー、それにクロビスも……」

「なるほど、ここは談話室と言ったところか」

 

 そこはソファやテーブルが備え付けられ、かなり大勢の人間が寛げるような作りになっている。クロビスはカップに口をつけ何かを飲んでいるようだ、香りからすればコーヒーだろう、香ばしい香りが二人の鼻腔をくすぐる。

 

 アーサーは私物なのか、ここの物なのかは分からないが、真剣に本に目を通していたが、二人が入ってきたのに気づくと視線を上げる。

 

「ああ、イチカさん……」

「よお、マドカと艦内の探検か?」

「まあ、そんなところだ……そういえば、セシリアは?」

「此処には来てません……おそらくは部屋にいるのでしょう。さすがに疲労もたまっているでしょうから」

 

 確かに、あのような事があったばかりだ。一夏も一瞬顔を見に行こうかと思いはしたものの、さすがに以前、セシリアが差し入れに来てくれた時とは状況が違う。今はゆっくりとさせてあげたいと思い、断念する。

 

「それにしても、何の本を呼んでいるんだ?」

「これは翻訳してもらった装兵機に関する本です。これから装兵機との戦闘も増えるでしょうし、取りあえず知識だけでもと思いまして……」

「それに、こいつは本の虫でな……ジャンルを問わず、大量の本を読み漁ってんだ」

 

 クロビスの声を聞きながら一夏はなるほど、と思う。以前の講義の際によどみなく勧められたのはそこから得られた知識ゆえだろう。

 

「何か読みたいものがあればお貸ししますよ。本は先人の残した知恵の結晶、読んでおいて損はないですよ。 まあ、今は私の持っているものに限られますが」

「うーん、今はいいや。何かあったら頼むよ」

「そうですか……」

「じゃあ、あんまり長居するのも悪いから行くよ。マドカ?」

「ああ、わかった」

 

 別れる間際にユミールを見なかったかと一夏は話題を振ったが、どうやら二人とも見かけなかったそうだ。

 

 二人に礼を言い談話室を出ると、エレベーターに乗り込み四階へと上がる。だが、四階へと降り立った途端、妙な声が二人の耳に届いた。

 

 

「ん? なんだ、この声……」

 

 離れた場所にいる人物の声なのか、ここからではかすかに耳に届く程度の声。気になり声の聞こえる方へと歩を進めると、ある居室へと辿り着く。四階も三階と同じ居住区で、基本は同じ構造である。たどり着いたのは一番奥の居室であった。

 

「……天に……だ!!……七つの……!!」

「……この部屋から、だな」

 

 遠くからではよく聞こえなかったが、声の主はフェインの様だ。さすがに尋常ではない声量ににドアを叩く一夏。だが、一向に帰ってこない返答に再度ドアを叩こうとするがその直前に中から声がかかる。

 

「ん、おお、開いてるぞ!!」

 

 その声と共に部屋に入る二人。その視線の先にてフェインは息を切らせながら、うっすらと汗を浮かべていた。恰好もいつもの騎士服ではなく動き安そうなジャージの様な服だ。

 

「フェイン……何やってたんだ。声が聞こえてるぞ」

「ああトレーニングだ。騎士たる者、常に己を鍛えておかないとな」

「そうか、それにしても……凄い数だな」

 

 そう言って一夏は辺りを見回す。一夏の視線の先にはバーベルやダンベルはもちろん、様々なトレーニング器具が並んでいる。

 

「イチカもやらないか? こういう事は、日々の積み重ねだからな」

 

 服の上からでもわかるくらい鍛え上げられている彼が言うと、何とも説得力がある。そのフェインの誘いに嬉しそうに返答する。

 

「いいのか?」

「当たり前じゃないか! 共に強くなろうと、誓っただろ」

「そうだな……」

「一夏……その気になっている時に悪いが、今は早く艦内の構造を把握してしまおう。それに、今は身体を休めるべきではないか?」

「あ、そうだったな……悪い、また今度だ」

 

 フェインの言葉にすっかりその気になっていた一夏が早速とりかかろうとしたその時、横から掛った声にハッとなる。確かに、こういった事は日々の積み重ねであるが焦ってやったところで唯、体を壊すだけだ。

 

「おお、そうか。確かに、それもそうだな……」

「じゃあ、また来るよ。 邪魔して悪かったな」

「ああ、またな」

 

 一言挨拶した後、二人は部屋を後にする。さすがに、もう自室へ戻ろうかと話しながら歩いていると、中央の通路に別のエレベーターがあることに気づいた。疑問に思いながら登っていくと、そこにあったのは広い空間。観葉植物が置かれ、前面はガラス張りになっており、そこからは前方の景色が一望できる。

 

「……展望室か?」

 

 呟きながら二人はその景色を見渡す。そこに広がっているのは元の世界ではあまり見られないであろう雄大な自然、そして、大分時間が経過していたのだろう。空の光球は光を徐々に失い、地球の太陽と同じ夕焼けを作り出している。この世界に来て、初めてこうしてゆっくりと夕日を眺めているのが、ジグリム軍に国を追われ、慌ただしく戦艦に乗り込んだ後と言うのは、何とも皮肉な事だ。

 

「綺麗、だな」

「……ああ」

 

 ただ、一つ違う事があるのなら、それは沈む夕日を見る事が出来ない事だろう。目の前の光景を作り出しているのは太陽ではない。ここで説明しておくが、このアガルティアに宇宙は無いそうだ。空で徐々に光を失っていくモノは、飽く迄、太陽の役割をした光球が明滅を繰り返しているだけなのだ。それでも、その時の夕日に照らされた光景は地球のそれと変わらずに美しく、二人は言葉を発することもなく、しばらくその光景に見入るのだった。

 

 

 

 

 

「さて、大体これで見て回れたな」

「そうだな、そろそろ部屋に戻ろうか……結局、ユミールは見つからなかったか」

 

 日もくれた後、自身の部屋のある三階へと戻って来た二人はそんな話をしながらエレベーターを降り、少々の心残りは有るものの、部屋へ向かい歩いて行く。すると、視界にとある部屋に入る探し人が目に入った。

 

「あ……ユミール」

「どうした?」

「ああ、今ユミールが居た」

「やっと見つけたか……あそこは確か……厨房か」

 

 厨房に入って行くユミールは妙に複雑な表情をしており、その様子がなんだか気になった一夏だが、やっと見つけた探し人に二人は急ぎ足で後を追い、厨房に入る。

 

「……」

「ユミール?」

「え、ああ、オリムラさん……それにマドカさんも」

 

 ユミールはシンクの前で呆然と立ち尽くしていた。思考に耽っていたのか、一瞬、驚いた表情で振り向いた。

 

「どうしたんだ? こんな所で」

「その……皆さんの食事の用意何ですが……厨房担当も聖地で乗り込んでくることになってまして……」

「つまり、今は調理を行う者がいない……と言う事か?」

 

 なぜ彼女になったのかは、単純に消去法だろう。整備員はさすがに手が離せないだろうし、医師や機関士も務めているガボンも同様。クロビス、アーサーは出来るかどうかは分からないし、セシリアは論外。よってユミールとなった、という事なのだろう。

 

「はい……それで、出来るものが交代で行うことになったのですが」

「どうかしたのか?」

「実は……私も……実は、今まで料理と言うものをしたことが無くて……どうするべきかと思って……」

「ああ、成程」

 

 そう言いながら恥ずかしそうに顔を伏せるユミール、姉という例を知っている一夏は容易にその様子が想像できた。姉も世間のイメージからは想像も出来ない程、家事は大の苦手なのだ。おそらくユミールも秀英と言われるイメージが先行してしまって、大抵の事が出来ると思われてしまっているのであろうと考えられる。恥ずかしそうに視線を伏せるユミールを見ながら意を決したように一夏は口を開く。

 

「……なら、俺にやらせてくれないかな?」

「え……」

「大した物は作れないかもしれないけどさ。それでも、久しぶりにやりたいからさ……」

 

 一夏の申し出に戸惑った表情を浮べていたユミールだが、数瞬の思案の後、どこかほっとしたような表情を見せ、口を開いた。

 

「……すみません、オリムラさん。では、お願いできますか?」

「ああ、任せてくれ」

 

 そして、軽く会釈をし厨房を出ていくユミールを見送り、厨房を見回るる。幸い調理道具も地球と変わらないようだし、食材も良い物が揃っている。これなら大抵の物が作れるだろうと思考する。

 

 少なくとも料理を行う事は一夏にとっては日常の事である。聖霊機による戦闘にその為の勉強と、彼にとっては非日常の経験が続く中、久しぶりに行える行為に嬉しさから疲れも忘れ、一夏は想わず表情を緩める。

 

「さてと……何を作るかな」

「……」

「あれ? マドカ、まだいたのか?」

 

 食材を前に考え込んでいると、その様子をじっと見るマドカ。真剣に自分の様子を見ているマドカに一夏は不思議そうに声を掛けるが、彼女はどこかムッとしたように口を開く

 

「……何を言っている」

「え?」

「家事をやっておいた方がいいと言ったのはお前だろう。料理も教えてくれるんじゃないのか?」

「あ、ああ! そうだ、そうだったな!」

 

 確かに以前そう言ったものの、まさか自分から言い出してくれるとは思ってなかった一夏は戸惑いながらも嬉しそうに声を上げた。

 

「さて……ところで何を作るんだ?」

「う~ん、人数も多いし、たくさん作れるのがいいんだけどな……」

 

 取りあえず人数も人数なので大量に作れるものを考える。食材を見ながら、しばらく思案すると口を開いた。

 

「よし、シチューにしよう。じゃあ、マドカは今から言う材料を探してくれないかな」

「わかった」

 

 考えがまとまると、マドカに指示を出す。作るのはホワイトシチューにして必要なものを吟味していく。その最中、冷蔵庫から野菜を調理台に集め終わったマドカから不意に声がかかった。

 

「……ところで、一夏」

「なんだ?」

「シチューの素は、使わないのか?」

「ああ……そういうのがあれば楽なんだけど、無くても大丈夫だ。それに、さすがにそんなのはないだろ?」

 

 鍋や包丁を用意しながら一夏は答える。さすがにそんな物はないだろう。そう考え、それに合わせて必要なものを見繕ってもらったが、その一夏の思考をよそに、未だ冷蔵庫を覗き込んでいるマドカから思いもよらない返答が返ってくる。

 

「……あるぞ」

「あるのか!?」

 

 思いもよらない答えに思わず素っ頓狂な声を上げ振り向く。マドカに歩みより、ひったくる様にそれを受け取ると、まじまじと見つめる。

 

「ああ。しかも、これ……地球のだ」

「ホントだ。……一体、どうやって手に入れたんだ?」

 

 確かにそこに書かれているのは見慣れた文字の書かれた見慣れた商品、よく近所のスーパーで売っているような一般的なものだ。

 

「まっ、まあ、いいか。とにかく、始めようか」

 

 少し怖くなった一夏は引き攣った顔をしながらも気を取り直し、それを置くと調理にかかろうと準備を始める。ルウは使わずにマドカに基本的な事から教えながら調理にかかった。

 

 

 

 

 

 結論から言えばマドカはかなり飲み込みは良かった。危なっかしいながらも包丁の使い方はどうにか様にはなってきていたし、これなら直にいろいろと教えられるかなと思いながら調理していった。

 

「じゃあ、俺は付け合わせとか作るから、マドカは鍋が焦げ付かないようにかき混ぜていてくれるか?」

「わかった」

 

 今は甘い香りを漂わせながら煮えるそれを見ながらマドカに木べらを渡しながら声を掛ける。指示通りに鍋をかき混ぜるマドカを満足そうに見ながら一夏は次の調理に入る。

 

「後は、サラダと……パンはあるから、これで。……ん、これって……よし! あれも作ろう」

 

 調理の最中、一夏はある物を見つけた。そう言えばクロビスも飲んでいたし、あって当然か、と考えながら、それの調理も行うために食材を探す。その様子を疑問に思ったのかマドカから声がかかる。

 

「一夏、今度は何を作っているんだ?」

「ああ……まあ、デザートかな。今日は無理だろうから、明日になるだろな。まあ、楽しみにしておいてくれ」

 

 声を掛けられた一夏は作ったそれを冷蔵庫へとしまいながらに返答する。

 

「そうか。なら、楽しみにさせてもらおうか。ん?」

 

 マドカの返答と同時に厨房の扉が開き、誰かが入室してくる。突然の訪問者に二人して視線を向けるとそこにいたのは、カインだ。

 

「あれ、イチカ……それにマドカも?」

「カインか? どうしたんだ?」

「ああ、いや。ガボンからユミールに調理を頼んだって聞いてね……大丈夫かと思って見に来たんだけど……」

 

 そう言いながら所在なさげに頭を掻くカイン。どうやらユミールの事を心配し、無理にやってないかと見に来たようだ。その結果、そこにいたのが一夏達だったため少し驚いている様子だ。

 

「あれ? カインは知っていたのか? ユミールの事を……」

 

 そのカインの言い方からカインはユミールが料理を出来ない事を知っていたように思え、一夏は疑問に思い、問いかける。

 

 

「ああ、まあね。ちょっと以前、聞いたことがあってね。ちょっと、驚いたよ……」

 

 そう言って、その時の事を思い出しているのか苦笑いするカイン。やはり世間の評価は一夏の想像した様だったようで、カインもその例にもれずだったようだ。

 

「はは。まあ、もう少しで出来るから、皆を呼んでおいてくれないか?」

「ああ、分かったよ」

 

 

 

 

 

「うん、うまいじゃないか!」

「そうか? そう言ってもらえるとやった甲斐があったよ」

「……」

「そうですね。とてもおいしいですよ、イチカさん」

 

 流石に全員を集める事は出来ないが、集まった者にはどうやら好評のようで一夏は笑みを浮べる。なぜか、打ちひしがれる様なセシリアを気にしないのならば。かなり多めに作ってしまい、余ってしまうのではと心配していた彼だが、フェイン辺りはトレーニングで空腹なのか、凄い勢いで食べているし、この様子なら大丈夫だろうと安心する。

 

「大変だったのではないですか? お一人では」

「いや、大丈夫さ、それに今回はマドカにも手伝ってもらったんだよ」

「へえ、マドカがねえ」

「……切っただけだ」

 

 そう言いながらマドカに視線を向けるクロビスだが、当のマドカは恥ずかしいのかシチューを口に運びつつ、視線を逸らしている。

 

「そんなに卑下することはありませんよ。初めての事に挑戦しようとする熱意は大したものです。」

「そうだな。それに結構飲み込みもいいし、これなら直に一人でも出来る様になるって」

「そっ、そうかなのか?」

 

 アーサーや一夏の賞賛にマドカは顔を上げ恐る恐る尋ねる。

 

「お、そりゃあ良い。じゃあ、うまく作れるようになったら、また作ってくれよ?」

「え……私が、か?」

 

 口ぐちに自身へ言葉をかける皆を、マドカはしばしキョトンと言った風に見つめる。

 

「ええ、期待していますよ?」

 

 やがて言われている意味が分かると微笑みながら力強く頷く。

 

「……ああ、ああ!」

 

 ともすれば重圧に感じてしまう事だが今の彼女はそんな事を微塵も感じてはいなかった。自分の行動を期待されている事への強い喜びと、自身のやりたい事がおぼろげながらも見えてきた事ゆえの高揚感が彼女の心を満たしていた。そして皆の期待に答えんと頬を紅潮させながら、目を少し潤ませながらもしっかりと頷く彼女を、嬉しそうに眺める一夏だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食後、空腹を満たした後は皆思い思いの行動をとっていた。彼、アーサー・ヌコモは部屋へと戻り、再び本を開き読書を始めていた。だが、開いた本を四分の一ほど読み進んだ時、不意にドアをノックする音が聞こえ、来客を迎えるべく入口へと赴いた。

 

「……はい、どなたですか?」

「すまない。私だ、アーサー……」

「ああ、マドカさんですか。如何しました。」

 

 ノックの後、ドア越しに聞こえてきたのはマドカの声、意外な訪問者に少々驚きながらドアを開いたアーサーだが、そこにいたのはマドカ一人だ。いつもセットになって行動している一夏の姿を探す様に辺りを見回すが見当たらない。一人で尋ねてきた事にアーサーは更に驚きながら口を開く。

 

「珍しいですね……お一人と言うのは……」

 

 お互いの身長差があるため、見下ろして、見下ろされる状態になってしまっている。アーサーの視線の先では緊張感からか、もじもじと言い淀んでいる様子のマドカが見て取れる。

 

「実は、借りたい物があってな……少し、いいか?」

 

 しばらく言い淀んでいたが、やがて意を決したように顔を上げ、その顔に決意と熱意を漲らせながら口を開く。それは、マドカにとっては初めての頼み事であった。

 




 マドカについては此処より改造を始めようと思います。彼女の機体が出るまでは、主に厨房で活躍させます。そうすれば、これから出てくる乗組員達とも色々と絡ませることが出来るので。

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