聖霊機IS   作:トベ

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 今回、かなりの改変になる要素があります。話自体は原作沿いなのですが、数名ほどキャラの立ち位置を変えて考えているので、どう反応されるかちょっと怖いです。では今回もよろしくお願いします


五話

「ええい! これしきの事ぐらい、早く何とかせんか!!」

 

 ここは、アガルティア王国内のとある研究所。その研究所からは外部まで聞こえるほどの大音量でサイレンが鳴り響いている。その研究所内にて老齢の男性が、所員に対して焦りながら声を荒げており、その様子から、今がどれほど切迫した状況かを伝えている。彼の名は、ムルク・エルク・ベルオール。禿げ上がった頭部と濃い眉毛、長い顎鬚が特徴的なこの人工進化研究所の所長である。

 

「後、30分頂ければ……何とか……」

「15分じゃ!!……まったく、これでは又、予算が削られてしまうではないか……やはり予算が削減されたと言え、真っ先にセキュリティをケチるべきではなかったかのぅ」

 

 現在、この研究所は外部からのハッキングを受けているのだ。その為、研究所のシステムに異常が起き、ここに所属する研究員は焦りの表情を隠そうともせずにその対処に追われているわけである。まぁ、扱っているものが物だけに無理もない話ではあるが。

 

「ああ! お前」

 

 イマイチ頼りない職員の応対に苛立ち気に辺りを見回すと、自身の助手の姿が見当たらない事に気づき、手近にいた別の職員に声を掛ける。

 

「……何ですか?」

 

 行き成り声を掛けられた所員は忙しく作業していた手を止め、顔を上げるが、当のムルクから中々声がかからず困惑の表情を浮かべている。

 

「あ奴は何をしておる……えーと、なんじゃったかのう……」

「マーシャさんですか?」

「おお、そうじゃ。そのマー……何とかはどこに……」

「はい? 呼びましたか。 博士~」

 

 そのムルクの言葉を遮るように妙に間延びした声が上がる。その声のした方へ、二人が視線を向けると、その場にあった用具入れの引き戸が開いいた。そして、その中からその声の主である女性がのそのそと這い出し、二人の前ですっと立ち上がると二、三回膝を払い姿勢を正すと顔を上げる。

 

「……そんな所で何をしておる?」

「えへへ。ちょっとお昼寝を……」

 

 そう答えた女性はボサボサのショートヘアーに瓶底眼鏡、研究者用の白衣を着て、アンテナが付いた妙な機械をリュックサックの様に背負うという、かなり個性的な恰好をしている。ムルクの問いかけに頭を掻きながら照れくさそうに彼女……マーシャ・モンシアンは答える。

 

「うむ。そうじゃったか」

「納得するんですか!?」

 

 あんまりな答えに、あっさりと頷き納得するムルクに驚愕の表情を浮かべる所員だったが、その所員の事など意にも介さず、急に考え込むようなしぐさをすると訝しむような視線をマーシャに向ける。

 

「まさかとは思うが、この騒動の元凶はお前ではないのか? いや! お前じゃ! お前に違いない!」

「ち、違いますよ~」

「う~む、そうか。しかし、そうだとすればいったい誰なんじゃ……」

 

 マーシャがムルクからの行き成りの言葉に焦りながら(とはいえ、彼女は相変わらず間延びした口調であり、周囲からは焦っているようにはとてもではないが見えない)答えると、またもやムルクは険しかった表情をあっさりと緩め、再びの思案に耽ると思いついた人物にマーシャと共に視線を向ける。

 

「この研究所のセキュリティを突破し、これほどの損害を与える事の出来るものと言えば……」

「何でこっちを見るんですか!!」

 

 焦りながら声を上げた所員ではあったが、それを議論する暇もなく新たな異変が彼らを襲った。室内の明かりが一斉に消え、突如として室内は暗黒に包まれたのだ。何とか復旧しようと励んでいた矢先の出来事に室内にいた他の所員からは怒号や落胆の声が響く。

 

「ぬ! 停電か!」

「くっ、暗いです~!」

 

 そのような事態でもペースを崩さない二人はさすがと言うべきか、それとも、もっと気にしろよと責めるべきか迷う所ではある。だが、流石にそう言った時の対処は怠っていなかった様で、すぐさま非常電源が作動し、赤い非常灯が点灯し、室内は暗くはあるものの、一定の明るさを取り戻す。

 

「非常電源、作動しました!」

「ええい、いちいち言わんでも見ればわかるわい!」

 

 取りあえず電源が何とかなった為、所員は手元のコンピューターで作業を再開しようするが、その画面に映し出された情報に悲鳴じみた声を上げる。

 

「たっ、大変です!! 博士!!」

「これ以上何があるのじゃ!」

「今の停電によりゲートを破壊し数体の実験体が逃走した模様です!!」

「なんじゃと! まったく。これでは予算を削られてしまうではないか!!」

「いや。そういう問題じゃ……」

「それで逃げ出したのは!!」

「はっ、はい! №3、6、8、9、12、14、16、17、18、19、22、23、25です!!」

「ふむ……な!! 16番じゃと!!」

 

 その報告を聞いたムルクは眼を見開き、今まで平然としていた態度が嘘の様に狼狽し、焦り出す。その様子から事情を知らない所員さえも、余程の事態が起きたのだと顔を青ざめさせる。

 

「16番って……確か、博士が趣味で改造しちゃった子じゃ……」

「だからその場のノリと勢いで改造するのは止めて下さいって何度も……どうするんですか!! 自己増殖機能が付いているんですよ!! あれ!! しかも……何体かの実験体が向かった方向は……まさか」

「はい。ヨークですよね~」

「あそこには、今、確か……ジグリム軍が」

 

 自国にて作られていた実験体が逃げ出したうえ、他国の領内に侵入し、あまつさえ展開している他国の軍と衝突でもしたら……これから起こり得る事態に流石のマーシャも僅かながら声が震え、報告した所員は声を詰まらせる。

 

「うう~む、まいったのう……これでは予算が……」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 そんな二人の横で相変らずマイペースな様子で予算を気にするムルクに流石に堪り兼ねた職員が声を掛けようとしたが、その言葉に何を勘違いしたのか、行き成り顔を上げ、目を輝かせながら見当違いな答えを一方的に喋り出した。

 

「む?……おお! そうか!! 実験体の自然環境下での活動を観察するチャンスということじゃな!! そうと決まったら……さあ!! 行くぞ!! マー……何とかよ!!」

「だから私はマーシャですって……何度言ったら覚えてくれるんですか。博士ぇぇ」

 

 そう声を上げるとムルクは急いで用具ロッカーを漁り、必要な機材を見繕うとマーシャに同伴を促し、一目散に駆け出し去って行った。二人の足音は徐々に遠ざかっていき、やがて何も聞こえなくなると、残された職員は拳を握りしめながら、絞り出すように呟いた。

 

「また、逃げましたね……博士」

 

 その時、この場にいた全所員は思った「もう……止めたい……この職場」と、だが、自分達が居なくなった後、この研究所が何をしでかすのかと思うと、怖くてしょうがない彼はストレスで痛む意を摩りつつ、再び黙々と復旧作業に勤しむのだった。

 

 

 

 

 

「う……ん。あ、れ、俺は……マドカ?」

 

 目を覚ました一夏は、一瞬、状況が分からず周りを見回す。そこは、最近ようやく見慣れてきた場所……ゼイフォンのコックピット内だ。何でここに……そう思い、体を動かそうとしたが、ふと胸に感じた重さに視線を落とす。そこで、自身の胸にもたれ掛り眠るマドカを見ると昨夜の事を思い出した。

 

「そっか。俺、あのまま……」

「ん……」

 

 一夏が呟いたのと同時にマドカが一瞬身じろぎし、目を覚ました。すでに起きていた一夏に気づくと、一夏にもたれ掛ったまま顔を上げ声を掛ける。

 

「……ああ。起きたのか?」

「ああ」

「少しは、落ち着いたか?」

「……ああ」

 

 声を掛けられた一夏は顔を赤くし、恥ずかしそうにマドカを見る。そして一夏は何かを言いたげにしているが、躊躇っているのか口ごもる。

 

「えっと、その……」

「なんだ?」

「悪い……世話、掛けたな」

 

 お互い自身の内心をさらけ出してしまった影響からか、その声色は今までにないほど親し気だ。マドカは身体を起こすと、どこか得意げな表情をしながら口を開いた。

 

「ふっ……気にするな。しかし、これで私が姉だと言う事が証明されたようなものだな?」

「あっ」

 

 マドカのその言葉に反応した一夏だが、その声は以前のようにムッとしたような声でも不機嫌そうな様子でもなく、ちょっと嬉しそうな様子が見て取れたが、その一夏の様子に気づかずマドカはフッと微笑むと話を続けた。

 

「……冗談だ。帰るまでは保留、それを破るつもりはない。お前も、隠し事をしないという約束は守ったしな」

 

 そう言い終わると立ち上がり、一夏を見下ろしながら話しかける。

 

「さあ、戻るぞ。結局、ここで一晩明かしてしまったからな……」

「あっ……ああ」

 

 そう言われ、ハッとしたように表情を変えるとコンソールを操作しハッチを開いた。それと同時にマドカはちょうど操縦席の真上に位置する搭乗口に手をかけ、コックピット外へと身を躍らせる。足場であるタラップの金属製の床を、マドカの靴がカンカンと鳴らす音が徐々に遠ざかっていくのを聞きながら、一人残ったコックピット内にて一夏は一言呟いた。

 

「……一瞬、姉でもいいかなって、思っちまったな……」

 

 そう思ってしまった事からか、言い出せなかった事からか、頭を掻きながら、少し悔しそうに呟くと、急ぎコックピット出て足早にマドカを追う一夏であった。

 

 

 

 マドカに追いついた一夏は連れ添って通路を歩いていた。休憩室前までたどり着き、開閉ボタンを押そうとした一夏だが、その前に扉が開き室内からセシリアが現れる。行き成り目の前の現れた為か、互いに驚いた表情をするが、お互いの顔を確認すると表情を緩め、口を開く。

 

「あっ……イチカさん。それに、マドカさんも」

 

 その表情からは若干の疲労感は見て取れるが、昨夜に比べ幾分か明るい。

 

「セシリア、もう大丈夫なのか?」

「大丈夫……と言えば、嘘になりますわね。流石に、そう簡単には……」

「そうだな……」

 

 一夏の問いかけに対して表情を曇らせるセシリア、流石に昨日の今日では無理もないだろう。一夏も思い出してしまった為か、少々表情が硬い。

 

「それでも!!」

「……ん?」

「いつまでも悲しんではいられませんわ。あの子が残してくれたものを、あの子想いを、守っていかなければいけませんから……」

 

 だが、セシリアは一夏の言葉を遮り、声を上げる。その様子からは親友の想いを守りたいと言う強い意志が見て取れる。そう話すセシリアの笑顔は、今の一夏には、とても眩しく見える。

 

「そう……だな」

 

 そのセシリアを見ながら、一夏もその顔に徐々に笑顔が浮かべ、二人はお互いに微笑みあう。その傍らで、マドカはどこか、ムスッとした表情で二人を見ていた。自分がほったらかしにされている事が面白くないのだろう。先ほどまで一夏に一番近かったのは彼女だったのに、もうその場を取られてしまったのだから、彼女の気持ちも分からなくもない。そんなやり取りをしつつ、三人は休憩室のドアを開け中に入る。

 

「オリムラさん、おはようございます」

「ああ、おはよう。ユミール」

 

 するとすぐにに声がかけられる。中にいたのはユミールだった。彼女もあまり余裕はないのだろう。その流れる様な銀色の髪も若干の乱れ、疲労感が見て取れるが、一夏達を気遣ってか、それとも年長者である責任感からか、それを感じさせないように明るく声を掛けた。

 

「……昨夜は?」

「えっと……その」

「ゼイフォンのコックピットだ」

 

 さすがに泣き疲れて寝てしまったと言うのは恥ずかしく、口ごもる一夏だったが、その時横から咄嗟に掛けられた言葉にその声がした方を見る一夏。

 

「ん?」

「え?」

 

 その視線の先にいたマドカは自分に視線が集まったのを確認すると口を開いた。

 

「さすがに男が一人というのも居心地が悪いだろう。だからだ」

「そう、ですか……」

 

 そのマドカの説明に何か感じたのか、少々表情を曇らせるユミール。だがすぐに何かを察し、表情を緩める。

 

「……悪い」

「ふっ。そういえば、クロビス達はあれから?」

 

 気を使わせてしまった事を小声で詫びる一夏に、微笑みながら頷き返すマドカだが、ふと思った事をユミールに尋ねた。

 

「ええ、お二人で見張りをしてくださって……今も周囲の偵察に行かれて……」

「そっか……結局、世話になっちまったな」

 

 自分たちが寝ている間中、ずっと見張りをさせてしまった事を流石に一夏達も申し訳なく思う。そんな事を考えているとユミールが声を上げる。

 

「ああ。そういえば、お腹が空いていませんか?」 

「え? ああ、空いてるけど」

「恥ずかしながら、私も……」

「うん」

 

 ユミールの言葉に一夏は思いだした様に、セシリアは何処か恥ずかし気にマドカは遠慮する様子もなく堂々と答える。

 

「そう思って用意してたんです。と言っても、こんな物しかないですけど……」

 

 三人の言葉にユミールが申し訳なさそうに差し出した物は、日本にもある様なブロック状の栄養補給食品と水差しに入った水だ。

 

「いや、あるだけありがたいよ」

「頂きます」

「ふむ……まあまあだな」

 

 真先に食べ始めているマドカを横目に見ながら一夏達も包装を破り、かじりつく。するとすぐに口中に甘い味が広がる。如何やらこういうものの味は何処でもあまり変わらないらしい。一夏達の世界にある物より若干、甘さが強いが、疲れた体にはちょうどいい。次いで口にした水と合わせて体にしみこんでいくようであった。

 

「……あら?」

「通信?……」

 

 だが、そんな時アラーム音が響き、何事かと四人とも操舵室へと向かう。ユミールが通信機を操作し、通話状態にすると、すぐにモニターへアーサーとクロビスが映し出された。その表情はどこか困惑気味だ。

 

「クロビスさん、何かありましたか?」

「ああ、聖霊機のセンサーが妙な反応をキャッチしてな」

「妙な反応?」

 

 聞き返したユミールにアーサーから補足するように、声がかかった。

 

「ええ、機械と生物が入り混じったような、そんな反応が複数確認されています」

「……確かに、この反応は?」

 

 アーサーの言葉にユミールは手元の機器を操作しながら、送られてきたデータを確認する。そのデータの奇妙さに流石のユミールも困惑気味だ。どうやら追われているようで、その反応は二機を確実に追いかけている。

 

「ユミールさん、取りあえず、私達も聖霊機で出ます」

「でも……」

「大丈夫……任せてくれよ」

 

 セシリアから提案に二人の心中を察し、ユミールは一瞬、思案する。だが、そのユミールを安心させるように表情を引き締め、一夏は力強く頷く。その様子から再度二人を交互に見ると真剣な顔で二人を見据え、返答を返す。

 

「……ええ。頼みます」

「ああ」

「イチカ……」

 

 操舵室を出て自機に向かおうとする一夏にマドカから声がかかり、振り向いた一夏に不安げな視線を送る。

 

「……行ってくる」

「ん、行って来い」

 

 マドカを安心させるように、一夏は微笑みながら頷く。それを見ながら、精一杯の笑顔で見送るマドカだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、何なんだ? こいつら」

 

 そこはナイアガラの滝の様な広大な滝から流れる水が作る広大な湖の湖畔で、小高い丘が幾つも見て取れる。その起伏にとんだ地形は、正直バルドックには相性が悪い。当初は引き離そうと聖霊機を走らせていたクロビス達だったが、相手は思ったより足が速い。それに目をつけられてしまったらしく、しつこく追いすがってくる。

 

「生物……なのでしょうか?」

 

 機体を走らせながらクロビスとアーサーはその生物を見やる。そのあまりにも奇異な姿を見ながら、そのしつこさに苛立たし気に眉を顰める。

 

「クロビス! アーサー!」

 

 だが、そんな時、通信機から流れた声に生物へと向けていた視線を移す。するとすぐに正面からゼイフォンとビシャールが走ってくるのが見えた。

 

「お前ら、来たのか!?」

 

 ようやく開けた場所に出た二機は後から来た二人と合流する。まさか来るとは思ってなかったのか、驚きながら通信を送るクロビス。昨夜の様子を思いだし、気遣う様に声を掛ける。

 

 

「イチカ!! もう、大丈夫なのか?」

「ああ」

「……無理はするんじゃねえぞ」

「わかってるさ。それより……なんだ、あれ?」

 

 多少無理をしている様子は見られるものの、それでも、ここまで来た一夏達の思いをくみ取ると、再度労りの声を掛けクロビスは相手に向き直る。それに続き、一夏もゼイフォンを相手へと向けるがその奇妙な形状に思わず、とぼけた声を出してしまう。

 

「なっ、何なんですの? あれは」

「ええ。あれが、妙な反応の元です」

 

 セシリアはコックピットにて、ランドシップの操舵室では送られてくる映像を見ながら、ユミールとマドカが戸惑いの声を上げる。

 

「とても、自然発生した生物とは思えないが……いや、この世界にはあのような生物がいるのか?」

 

 聖霊機から送られてくる映像を見ながら素直な感想を述べるマドカだが、少なくともここは異世界である。もしやと思いユミールに視線を向けるが、流石のユミールも戸惑っている様子だ。

 

「いっ、いえ。さすがにあんな生き物は……いえ、あれは」

 

 否定しようとしたユミールだったが、何か思い出したのか、急に思案に耽る。

 

「なんか、知ってるのか?」

「え、ええ。 確か以前、あのような形の生物兵器の開発計画の起案書を見た事があって、確か……ガゼット・プロジェクトだったかしら?」

 

 そう言ってユミールは再度、モニターを見る。その相手は短い後ろ足にまるで虫の様な細長い前腕に爪を持った四つん這い、鳥の爪の様な鋭角的な甲殻を背負い、身体の前面辺りに蛇の様に縦に長い瞳孔の目を持ったナニカである。凡そ自然発生した生物には見えないが、作られた生物兵器と言われれば納得出来なくもない。

 

「それのテスト中って、わけじゃあ……ねえな」

「でしょうね。おそらくは……」

「逃げ出した……と考えた方が自然ですわね」

 

 そう、冒頭にて脱走したモノ。それが目の前の生物兵器、バルアミーである。研究所の所員の不安は的中、こうしてヨーク領内に侵入し、聖霊機と鉢合わせしてしまったのである。

 

「おいおい……って、うわ!」

 

 呆れながら声を上げた一夏だったが、コックピット内に警告音が鳴り響き、視線を向けるとバルアミーが眼球の前面にエネルギーを収束、細いレーザーを発射したが、一瞬早くゼイフォンを動かし、回避する。

 

「……危なかった」

「友好的ではなさそうですね」

 

 そのバルアミーの様子に皆は武器を構え警戒する。数は四体、それほど多くはない。

 

「ちっ! 攻撃してきやがった」

「どうやら、完全に戦闘態勢に入っている様ですわね」

 

 そう言いながらバルアミーを見るセシリア。その視線の先では一夏達を威嚇する様に甲高い声で五月蠅い位に鳴いている。

 

「ユミールさん! あれは倒してしまっても?!」

 

 流石にこの様な事態だ。問題はないだろうが、アーサーは取りあえずユミールに確認する。

 

「ええ! どのみち、あれをこのままにしてはおけませんから」

 

 言いながら険しい表情で相手を見るユミール。確かに逃げ出した生物兵器をそのままにしておくのは対外的にもまずい事だ。

 

「じゃあ、行くぜ!」

「「「了解!」」」

 

 そのユミールの言葉を聞いたと同時に各々の武器を向け、クロビスの号令と共に一斉に攻撃に移る。まずは牽制とばかりにバルドックがバルドックが両肩のプレシオン・ブラストを発射する。流石に発射までの為が長いため、相手も難なく回避する。だが、それも想定のうち、続けざまに残りの三機も攻撃にかかる。

 

「この距離なら外しませんわ!!」

 

 ビシャールが両腰のゼイン・ライフルを、ドライデスがその手のプラズマキャノンを発射、その攻撃で一匹は前面の甲殻にひびが入り一匹は前腕が吹き飛んだ。バルアミー達は甲高い鳴き声を上げながら怯むが、それも一瞬、即座に体制を建て直し、反撃しようと、エネルギーを収束させる。だが、それは、バルアミーに接近した機体により、阻まれる事になった。彼等?が気づいた頃には、もう接近したゼイフォンは既にその手のゼウレアーを一匹のバルアミーに向けて突き入れるところであった。

 

「この!!」

 

 砲撃が開始されていたと同時に、ゼイフォンを走らせていた一夏は、甲殻に損傷を受けたバルアミーにゼウレアーを突き入れ、力を込め、深く突き刺していく。

 甲高い声で泣きわめき、緑色の体液をまき散らしながら暴れるバルアミーだが、やがて力なく倒れ伏す。

 それを確認するとゼウレアーを抜き去るゼイフォンだが、そのゼイフォンに向けてバルアミーがその鋭利な爪を振り下ろす。一夏はそれをゼウレアーの腹で受け止めるが、思っていた以上のパワーに顔しかめた。

 

「くっ!! こいつ!」

「イチカさん!!」

 

 受け止めた爪をゼウレアーで押し返すと大きくよろめいたそのバルアミーに、その足の速さを生かし、接近してきたビシャールがその手に持った棒状の打突武器を振りおろす。

元々、砲撃戦用の機体である為、格闘戦は精々こなせる程度ではあるが、それでも怯ませることには成功した様で、その隙に距離を取り体制を立て直す。

 

「悪い!!セシリア!」

「いえ。それより、思ったよりパワーがあるようですわね」

「イチカ!セシリア!横に跳べ!!」

 

 距離を取った二機の視線の先では再度攻撃をかけようと三体のバルアミーがエネルギーを収束させているが、その時クロビスより声がかかり、指示通り二機が跳躍する。

 

 バルドックは腰部より三本目の足とも言うべきアンカーを展開させて地面にその機体を固定して、プレシオン・ブラストに収束していたエネルギーを発射する。その砲撃の衝撃で地面にめり込むように後ずさるバルドックだが、それほどの砲撃の威力は絶大であり、三匹のバルアミーを飲み込み、やがて光が消え去るとバルアミーは、焼け焦げ動きを止めていた。

 

「これで……きゃあ!」

「セシリア!」

 

 その砲撃により、すべての敵が消滅したのを確認すると一瞬、気を緩めたセシリアだが、その隙を突き、近づいてきた何かによってもたらされた一撃により、大きく吹き飛ばされる。吹き飛ばされたビシャールであったが、流石にこの程度の攻撃では怯むことは無かった。

 

「だっ、大丈夫ですわ! これくらい!」

 

 駆け寄ろうとするゼイフォンを声で制するとビシャールを起き上がらせ、その相手を見据える。数は8体、その内7体は先程までのバルアミーだが、一体は明らかに形状が違う。逆関節の二本足で立ち、細長い腕、虫の様な6枚の羽根を持ちバルアミー達を従えている。人型であるが頭部はなく、人で言えば心臓に当たる部位に通常のバルアミーと同様の眼球がみられる。

 

「まだいんのか!!」

「くそ!」

 

 敵の増援に身がまえる一夏。バルアミー達は先ほど仲間をやられた怒りからか甲高い声で鳴き、聖霊機を威嚇している。

 

 お互い攻めあぐねているのかどちらも動く気配はなく、事態はしばらく膠着していた。だが、その沈黙を破る様に、高らかな笑い声が辺り一帯に大音量で鳴り響いた。

 

 

「はっーはっはっはっはっは!!」

 

 

 

 

 

「「「「は?」」」」

 

 

 その声に一同は一瞬、呆けた声を上げてしまったが、すぐに声の主を探そうとし……バルアミーすらも、キョロキョロと辺りを見回していたが、やがて100mは有ろうかと言う崖の上にて、陽光に照らされて輝く機体を見つけると、皆の視線がそれに集まった。

 そこにいたのは一機の装兵機、灰色の機体色でゼイフォンより一回りほど小型で両肩に一機ずつ搭載されたミサイルが特徴的だ。やがてその機体は聞き覚えのある声で、高らかに名乗りを上げる。

 

「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと俺を呼ぶ!! 正義の使者! フェイン・ジン・バリオン!! ここに推参!!」

 

 名乗り終えたと同時に妙なポーズを取るその機体。余りにも場違いな言動に、一同は只々、唖然とその機体を見上げていた。バルアミーですら、その丸い眼球を更に丸くし、戸惑っているように見えるのは、気のせいだろうか? 

 

「何をやっているのだ。奴は?」

「さ、さぁ……」

 

 それはランドシップで事態を観測していたマドカとユミールも例外ではない。だが、フェインは皆の様子も意に介さず、次の行動に移った。

 

「行くぞ! 化け物ども! とお!」

 

 フェインは皆の見ている前でその丘の上から飛び降りた。取りあえず事の推移を見守っていた一同であったが、程なくして一夏とセシリアの焦りの声が、それぞれのコックピット内に響いた。

 

「ちょ、お、おい!」

「何をやってるんですの! あの方は!!」

 

 それも無理もない。流石に姿勢制御用や滑空の為のスラスターの類は搭載されているだろうが、目の前の機体は一向にそれを使用する気配が無いからだ。

 

「ふっ、ゆくぞ!!」

 

 しかし、そんな一夏達の視線の先で重力に身を任せ、落下し続けた後、何事もないかのように、その機体は平然と着地、敵に向かい駆け出していく。さすがにその頃にはバルアミー落ち着きを取り戻しており、新たに現れた敵に向け、数匹のバルアミーがレーザーを放つ。

 

「甘い!!」

 

 だが、それを軽快なステップで交わすと、腰に備えられた一振りの剣を構え、手近なバルアミーをすれ違いざまに横薙ぎに切り付ける。だが、その一撃で倒れなかった事を確認するとフェインは踵を返し、更に縦一文字に切り付ける。するとバルアミーは真っ二つになり動きを止める。

 

「ふ、次は……」

 

 その機体に対し、一斉に腕を振り上げ、バルアミーが迫ったが、それをフェインは跳躍し回避すると、空中で体をひねり機体を敵へと向けると、両肩のミサイルを切り離し発射する。

 ミサイルはバルアミーが群がった中心、先ほどまでフェインの機体が立っていた場所へ着弾、その爆風により、吹き飛ばされたバルアミーは絶命には至らなかったものの、そのダメージから動けず、体を震わせていた。

 

「他愛もない……」

 

 ミレオンを着地させると同時にコックピットではフェインは何とも無いように声を上げる。一連の行動を呆然と見ている一同であったが、真先に口を開いたのはイチカだ。

 

「すっ、すげえな、あの機体。あんな事できるのか」

 

 感心するように呟いた一夏だが、その声を遮る様に珍しくアーサーが戸惑うような声で説明する。

 

「いえ。あの機体、ミレオンはアガルティア王国の一般的な装兵機でして……間違ってもあんな事、できるわけ……ないのですけど……」

 

 以前の講義で淀みなく話していたアーサーが、自信なさげに口ごもりながら解説する姿に戸惑いながら、一夏はその機体を見る。

 

「まあ、フェインだしな……」

「そういう事……ですわね」

 

 クロビスのあまり説明になっていない言葉に、何故かセシリアも納得してしまう。普段の言動はあれでも、王女の護衛を任されているのは伊達ではない、と言う事だろう。

 

「とにかく! 今がチャンスだ!! たたみかけんぞ!!」

「ああ!!」

 

 クロビスのその言葉と共に、戸惑いを払拭するかのようにリーダー各であろう人型のバルアミーに向かって駆け出していくドライデス。その間、周囲のバルアミーは、ダメージが抜けきらぬ体で迎撃しようと動き出すが、ビシャールとバルドックが砲撃を行い牽制する。

 

「はあ!」

 

 その間、そのバルアミーの至近距離まで近づいたドライデスが膝の機構を展開、人間で言うと、ちょうど心臓の位置にある眼球めがけて膝蹴りを叩き込む。だが、相手は両手を交差し受け止める。しかしその威力から、両前腕の甲殻には大きく皹が入る。

 

「くっ!!」

 

 倒しきれなかったのを見ると、即座に離れ体制を直すドライデス。それと入れ替わる様にゼイフォンがその脇を走り抜け、バルアミーに接近する。

 

 そして、まだ体制を立て直していない人型のバルアミーにゼウレアーで切り付ける。ダメージを受けていた前腕ではゼウレアーの一撃を受けきる事が出来ず、両前腕ごと胴体まで縦一文字に切り付けられ、体液をまき散らしながら絶叫、辺りにガラスを引っ掻いたような甲高い声が響く。

 

「これで……!?」

 

 やったか? そう思い敵を見た一夏だが、両前腕を切り落とされ、体の中心線上に深く傷を負っているが、それでもまだ絶命には至っていない。信じられない生命力である。

 

「まだ、動けんのか?!」

「それに、これは!?」

 

 驚愕の声を上げる一夏の横でセシリアも同様に声を上げる。だが、その声の意味はすぐに分かった。人型のバルアミーの横に新たに数体のバルアミーが姿を現したからだ。如何やら先ほどの声に呼ばれた様で人型のバルアミーを守る様にその周囲を固めている。

 

「また来たのか!」

 

 その敵を見据え、一夏はゼイフォンに再度剣を構え直させる。

 

「待て、イチカ!!心配ない!」

 

 だが、フェインより、何か含んだ自身ありげな声がかかり、一夏は再度攻撃に出ようとしたその足を止め、振り向いた。

 

「え?……な!」

 

 フェインに問い掛けようとした一夏だが、その時レーダーに映った反応に、唖然としながら、その方角を見上げる。レーダーに映ったその機影は、装兵機や聖霊機とは比べ物にならない程巨大だ。

 

「おいおい……」

「この反応は!」

 

 他の皆も同じようにその反応を確認すると、それぞれ驚きの声を上げながら、呆然とその方角を見つめる。その視線の先では、滝の内部から一隻の飛行戦艦がその巨大な姿を現していた。

 

「あれって……戦艦、なのか!」

 

 滝から流れ落ちる水を直に受けながら、少しの揺るぎもなく、内部から悠々と飛行しながらその姿を現した戦艦は、船と言うよりは城と言う印象を見るものに与える。

 

『リーボーフェン……』

「あれが……リーボーフェン」

 

 皆の通信機にユミールの呟くような声が届く。流線型のそのフォルム、艦首に艦橋を持ち、艦の両舷に翼の様なパーツを、艦の上面の中央部に塔のような機構を、船尾に小型だが、同型の塔が間隔を開けて横に二本並んでいる。

 

 皆が呆然とその光景、巨大なその姿に圧倒されていた。それが出来たのも当のバルアミーも新たに現れたその船に、聖霊機をそっちのけに大声で威嚇する様に鳴き、警戒していたからだ。

 

『みんな! 主砲を撃つ!! 射線データを転送するからその範囲内から退避を!!』

 

 その沈黙を破る様に、少年の声が通信機に届き、ハッとした表情で送られてきたデータを確認すると、その範囲外へと聖霊機を走らせる。

 

 一夏達が移動を始めたのと同時に、その船は艦中央の塔を中央から左右にスライドさせると、その塔の間にエネルギーを迸らせる。

 

「何か、やる気だ! 急ぐぞ!!」

 

 その様子にクロビスが焦った声を上げる。見ればその機構は徐々にエネルギーを溢れさせている。

 

「ああ!!」

 

 その声に一夏達の何かを感じたのか更に聖霊機を加速させる。そして聖霊機が範囲外へと走り抜けたと同時にエネルギーが最大まで高まり、巨大な閃光を一直線に放射、射線軸の湖や川の水さえ干上がらせながらバルアミーを飲み込む。その光の中でバルアミーは膨大な光の奔流に耐える事が出来ず、その体を崩壊させていく。やがて、その光が消え去った場所にはバルアミーの跡形もない。

 

「すっげ……」

「湖の水ごと、敵を蒸発させるなんて」

 

 その光景を見ていた皆は、呆然とした様子で声を上げ、湖の上を飛行しながら接近してくるその船を見上げる。これが皆のこれからの拠点となる、リーボーフェンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘終了後、着陸したリーボーフェンの格納庫に聖霊機を格納すると、皆はコックピットから降り、格納庫にて一息つく。そして一夏達が機体から離れたのと同時に整備員が聖霊機に取り付き、整備を始める。

 

「お前たち!! 大丈夫だったか!?」

 

 そんな中、整備員の怒号や器具等が接触して響く金属音の騒音に負けないくらいの大声でフェインの声が響き、皆はその方向へ視線を向ける。すると、その顔に笑みを浮かべながら走り寄ってくるフェインが見えた。

 

「助かったよ、フェイン」

「でも、アガルティアへ帰られた筈では……」

 

 駆け寄ってきたフェインへ、一夏は素直に感謝のことばを述べるが、セシリアは怪訝そうな表情をしながら問いかける。

 

「……それも含めて、話がある。付いて来てくれ」

 

 そのセシリアの言葉を聞くと何かあるのか、フェインの顔から笑みが消え、どこか浮かない表情で踵を返すと、皆に着いて来るように促した。

 フェインについて格納庫を出て、金属製の床に機械が剥き出しになった通路を通り、エレベーターに乗り込む。そして1フロア上に上がると、そこはがらりと印象が変わり、まるで客船の様に立派な内装の船内だ。

 

「おお……」

 

 その内装に一夏は思わず感嘆の声を上げる。そして、その通路を尚も進み、ブリッジの両開きの自動扉を開き、入室する。広いブリッジは、天井は高く室内は明るい。そこにいたのは全員で五人。まず目に入ったのは扉の正面で作業していた二人。そのうち一人は見覚えがある。がっしりした体格の中年男性、ガボンだ。コンソールを操作していた青年と話していたが、一夏達が入室してきたことに気づくと近づき、笑みを浮べながら大声で声を掛けてくる。

 

「よお、無事だったか?」

「ガボン!! 昨日言ってた場所って……ここの事だったのか」

 

 昨日、ユミールと話していた時は何を言っているのか分からなかったが、ここに来て、ようやく一夏はその答えをえられた。するとガボンにとっては背後で、一夏達にとっては正面でシートに座り、コンソールを操作していた青年がひと段落ついたのか「ふう」と一息つくと、作業していた手を止め、立ち上がり振り向くと、一夏達に声を掛ける。年は16才ほどでボブカットのような髪型で、黒を基調とした服を着た青年だ。

 

「久しぶり、っと、そっちの二人は……初めましてだね? 僕はカイン・イスファンデイル。今はここの責任者を務めさせてもらっている。取りあえず、無事でよかったよ」

 

 そう言って話す青年の声からは芯の強そうな印象を一夏に与えた。その少年は、ほっと一息つくとその優しそうな瞳を一夏達に向ける。

 一夏達にとっては初対面であるが、気さくな感じで自己紹介をしてくる彼の声は先ほどの砲撃の前に入った通信の声だった。

 

「あ、さっきの声の……オリムラ・イチカ……こっち風じゃイチカ・オリムラです。それで……こっちが」

「……マドカ・オリムラだ」

「マドカ、もうちょっと丁寧に話せないのか?」

 

 取りあえず青年、カインに対し自己紹介する二人だか、一夏は相変わらず仏頂面で愛想の悪いマドカを窘める。

 

「ああ、別にいいよ。君も硬くならなくていいから」

「え、ああ、そっかそれじゃあ」

 

 だが、当の本人は気にしていない様で笑いながら答えており、一夏もそんな様子に親しみを覚えたのか口調を崩す。

 

「それで……フェインは何でここにいるんだ? 国に帰ったんじゃねえのか?」

 

 そんなやり取りをしている横で本題を切り出した。国に帰ると出立したのに、今になってもまだヨーク領内にいる事を疑問に思っていたのだろう。一夏達、全員の視線がフェインに集まると、フェインは言いあぐねているのか腕を組み、考えるそぶりを見せる。だが、背後の扉が開くと入室した人物から、フェインに声がかかる。

 

「それは、私から説明するわ」

 

 聞き覚えのある声に、皆一様に驚いた表情で、その声の聞こえた方を向く、そこにいたのはフェイン同様、帰国したはずのセリカだった。作業中だったのか、その服装は出立した時と違い作業服だ。皆の視線を一身に集めながら、どこか思いつめた表情で入室すると、先ずは報告があると皆に一言告げるとカインの傍に立つ。

 

「セリカさんまで……」

「どういう事です?」

「セリカ、機関の状態はどうだい?」

「急に動かしたから不安はあったけど、どうにか安定はしているわ。それに……皆に、事情を説明しなきゃいけないしね」

 

 そう言ってセリカは皆を見据える。その表情は何かを思い出しているのか、先ほどとは違い、苛立っているような印象が見て取れる。

 

「姫、宜しいのですか?」

「黙っているわけには、いかないよ。これ、ばかりはね……」

 

 セリカを気遣うように声を掛けるフェインに、カインも先ほどまでの穏やかな様子とは違い、明らかに怒気を含ませた声を上げる。

 

「……どういう事だよ?」

 

 その二人の様子から、只ならぬ事態である事を皆に想像さ、皆、押し黙っていたが、意を決したように一夏が口を開くと、それに答える様にセリカは説明を始めた。

 

「私たちが帰国することになったのはね。アガルティアの諜報機関が、ジグリムの侵攻計画を察知したからなのよ」

 

「な!!」

「なんですって!!」

 

 

 セリカの口から出たあまりの内容に一夏は言葉を失い、セシリアは余りの事に怒りを露わにして声を荒げる。確かに、急に帰国した事の真相がこれでは、皆に話すのは憚られる。話した時に皆から向けられる感情を想えば、先ほどの思いつめた表情も納得できるものである。

 

「同盟国を見捨てた……という事か?」

 

 その話の内容に、マドカさえも嫌悪感からか、顔を顰めている。クロビス達も同様に険しい表情だ。

 

「そう言われても仕方がないね……実際、もみ消しを行ったのは軍の上層部だからね」

 

 今まで、共に聖霊機開発に励んできた仲間を裏切る様な結果になってしまった事に悲しそうな顔をしながらカインは視線を伏せ、呟く。

 

「国家自体が、事のもみ消しを行ったって事か」

 

 ジグリム侵攻を察知し、要人を帰国させる事自体は攻められる事は無いだろう。だが、そのやり方は問題であった。クロビスは腕を組みながら確認するように呟くと、そのクロビスの呟きに答える様に、セリカが話を続けた。

 

「そういう事……こんな事をするのは、恐らくレビオス元帥ね」

「レビオスって確か……アガルティアの」

 

 一夏は聞いたことのある名前に思い出したように呟いた。それは、以前の講義で聞いていた。その名はアガルティアにおける軍事の最高責任者の名前だ。

 

「でも、何で……アガルティアはそんな事を?」

 

一夏が尚も言葉を続けると、カインは嫌悪感を隠そうともせずに、顔を顰めながら言葉を続けた。

 

「単純な話だよ……彼らは戦争がしたいだけさ。だけど、アガルティアから仕掛ける事は出来ない。そんなことをすれば、国内外からの反発は必至だからね。だからこそ、ジグリムから仕掛けさせる必要があったのさ。そうすれば、大義名分のもと軍を動かすことができる。すべては、大陸の盟主たる強いアガルティアを世界に示すためさ……」

「なんだよ。それ……」

「そんな事のために……」

 

 この世界も一枚岩ではないと聞いていた一夏ではあったが、まさか協力しないどころか、足を引っ張り合っている現状に、一夏は悔しそうに顔を歪め、怒りからか、身を震わせ拳を握りしめる。セシリアの声は悔しさからか今にも泣きだしそうである。

 

「生憎、私たちはフラムエルク城を出てしまった後だったから、戻ることは出来なかったし。兄さんが取りあえずリーボーフェンを動かせるようにしておこうって、私をここに向かわせたってわけ」

「それであの生物兵器と戦っている君たちを見つけたってわけさ」

「あ~、ちょっといいですか?」

 

 取り合えず、事の経緯は理解できた。だが、如何せん空気が悪い。そんな状況を破るかのごとく声を上げたのはガボンである。

 

「そろそろ……俺たちも自己紹介しておきたいんだが」

「え、ああ、そうね。取りあえず、知っていると思うけど彼はガボン・ジン・ボレイジョ。機関士兼医務官を務めてもらう事になるわ」

「改めてよろしくな。そういや、マドカは身体の方は何ともねえか?」

「ああ。好調だ」

 

 少なくとも、彼に対しては紹介はいらなかった。マドカも一夏もヨークにて世話になった相手だ。

 以前のマドカの様子を見ていたからか、心配そうに声を掛けるガボン。そのガボンに対しマドカは元気そうな様子を見せ、答えていた。

 

「それで彼が操舵手のバレン・ジン・ヨーグル」

「……」

 

 次に紹介されたのは背が高く、がっしりとした体躯の男性。セリカの紹介に対し、一言も言葉を話さず装舵輪を握り続けている。

 

「えっと……」

「まあ、余り喋らないけど腕は確かよ」

「そうか……」

「それで彼女がミヤスコ・ジニア・ブランブレ。オペレーターを務めてもらっているわ」

 

 まったく言葉を話そうとしないバレンに対し、戸惑いながらも納得する一夏をよそに、セリカは次の人物の紹介に入る。

 

「これから、よろしくお願いします」

 

 セリカの言葉に反応したのは年は20代前半の長い金色の髪を後ろで纏めた細目の女性だ。見た目の印象通り、落ち着いた物腰で自己紹介を始めた。彼女は医師の資格も持っていて場合によってはガボンの助手も務めるそうだ。

 

「えーっと。こんな所かしらね……」

「……セリカ、もう一人いるじゃねえか。何で言わないんだ?」

 

 そう、この場にいたのは五人。もう一人いるにも関わらず紹介を終えようとするセリカに対し、その人物に視線を向けながら、セリカに疑問を投げかける一夏だが、セリカは一夏の両肩に手を置きながら、疲れたように声を掛ける。

 

「イチカ……あなたが見ているのは幻覚よ……何が見えてるとしても、気にしない方がいいわ。何だったら、後で医務室で診てもらっても……」

「ひっ、ひどいんだな!やっぱり、姫は飽きたらすぐに男を捨てる魔性の女だったんだな!」

 

 セリカに無視されて、わざとらしく、嘆く様に話しかけるその人物は、巨漢としか言いようがなかった。ただ、先ほどのバレンの様にがっしりとした体格ではなく、はっきり言うとデブだ。それも太っているなんて言うレベルではない。着ている制服はパッツンパッツンで、今にもはちきれそうだ。指は太くたらこ唇、首はあるんだか、わからないほど太い。そのあんまりな言い方に、セリカは焦りながら彼の紹介を始める。

 

「ちょ!人聞きの悪い事言わないでよ!分かったから!……えーと。デロック・ジン・エイカク……航海士兼砲手を務めてもらっているわ。非常に不本意ながら砲撃技術は大陸でも五本の指に入るほどよ」

「む~ん、なんか引っかかる言い方なんだな。まっ、でも姫だから特別に許すんだな。デロック・ジン・エイカクなんだな。お手柔らかに頼むんだな」

 

 そう言って自己紹介を始めた彼は、かなり個性的なしゃべり方だ。それに、一応王女であるセリカにかなり礼を失した話し方だ。そのセリカは、怒るものの、其処まで気にした様子はないのは、もう諦めたといった感じだろう。皆の視線の先で、セリカは大きくため息をついている。その様子から以前より、同様の苦労をさせられている事を感じさせた。

 

「なんていうか。個性的なメンツが揃ってるな……」

 

 紹介された人物たちは役職を幾つか兼任しているようだし、人手不足と言うのはかなり深刻なのだろう。そして、この計画についての国の姿勢も見て取れる。大方、下手な人物を送るわけにもいかないが、今の世界情勢を考えれば、扱いやすい人物は自分の組織で確保しておきたい。それゆえ、この様な人選になったのだろう。実力はあるのだろうが、普通の組織ではかなり扱いづらそうな人物が揃っているようだ。まあ……全員がそうと言うわけではないだろうが。

 

「取りあえず、今はこれだけよ。後の人員は聖地で乗り込む事になっているから」

「あれ、後は何が足りないんだ?」

 

 紹介を終えようとするセリカだが、あまり、そういった事に知識のない一夏は素直にセリカに疑問を投げかけた。

 

「主計士、観測士、それに艦長よ」

 

「あれ? 艦長って、カインじゃねえのか?」

 

 そう言ってカインに視線を向け、声を掛ける一夏。その視線の先で、カインは肩をすくませながら一夏の言葉を否定する。

 

「まさか。僕は一技術者さ……とても、そんな事は務まらないよ」

 

 軽い口調でそう返すカイン。その彼に対し補足するようにセリカが声を掛けた。

 

「それに、カインは聖霊機の操者も務めていてね。まあ、今は格納庫で整備中だけど……」

「ここに来るため、未完成なのに無理して走らせすぎたからね。機体フレームや外装面ではともかく、電子系統が、まだ……と、こんな事行っている場合じゃなかったね! 早くフラムエルク城へ!」

「そうね! 急ぎましょう!……ん?」

 

 技術者ゆえか、専門的な説明に入ろうとしてしまう自身をカインは自嘲気味に笑うと、今の状況を思いだし表情を引き締め、皆に支持を出す。そのカインの指示に対し、即座にそれぞれの作業を始める三人は、やはり優秀な人員なのだという印象を与えるが、残念ながら今の一夏達に、それを実感している余裕はなかった。

 

「如何したの?」

 

 一夏達の様子が可笑しい事に最初に気づいたのはセリカだ。

 

「それは……」

「フラムエルク城は……」

「……まさか」

 

 皆が沈んだ様子を見せ、言いよどむその姿にセリカは戸惑いの様子を見せるが、その様子に気づいたカインは、最悪の事態を想像し、徐々に顔を青ざめさせると呆然と声を上げていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!! 間に合わなかったのか……!」

「そんな、嘘よ。フラムエルク城が、アルフォリナ女王が……!」

 

 そう言って悔しそうに表情を歪め、歯を食いしばりながら、手元のコンソールに拳を叩きつける。その脇に立つセリカも今にも泣きそうな表情だ。城が陥落したなどと言う重要な情報は即座に入ってきそうなものなのだが、恐らく機密を守るために情報を遮断してしまっていたのが仇になってしまったのだろう。

 

「嘘だったら……どれほど」

 

その言葉に、セシリアは怒りと悲しみから声を震わせる。その様子を見た皆は、表情を沈ませる。沈んだ空気が艦橋に立ち込める中、フェインはハッとしたように顔を上げ、手近にいたイチカに声を掛けた。

 

「タイロン殿は! フラムエルク城には、タイロン殿がいただろう!!」

「……俺たちを、逃がすために。城に……残って」

 

 視線を落とし、力なく答える一夏に、信じられないと言った様子でフェインは声を震わせる。

 

「まさか……討死を―――」

「―――違う!!」

「……!!」

 

 

 フェインが最悪の想像を口にしようとした瞬間、一夏は大声を上げ、否定する。その後も、まるで自身に言い聞かせるように、フェインを正面から見据え、声を上げていた。

 

「あの人は……死んでない。絶対に……!」

「……くっ!!」

 

 フェインもそんな一夏の様子を見て、顔を歪める。だが、そんな状態を打開するようにユミールが口を開いた

 

「……取りあえず、今は聖地に向かいましょう。いつまでも、ヨーク領内にいるのは危険ですから、聖地ならば、当面の安全は確保できます」

 

 確かに、もう、ここはジグリムの勢力圏内。いつまでも、ここに留まりジグリム軍と遭遇してしまっては、彼らの奮闘が無駄になってしまう。

 

 さすがにユミールの声にも疲労感が漂っていたが、技術者でありながらこのような状態で冷静な判断ができるのは、さすがと言うべきだろう。そのユミールの提案に、落ち着きを取り戻していたカインは同意を示す。

 

「そうだね……それに聖地にはシィウチェンやシャルがいる。これからの事を考えるなら、早く戦力を整えておきたい。彼らとも、早く合流すべきだね」

 

 そう言って、カインは改めてブリッジ要員に指示をだす。それに応じてデロックは航路確認を、その後ミヤスコにより各部に通達が発せられ、バレンが装舵輪を操作しリーボーフェンを発進させる。その頃には皆も少し落ち着きを取り戻しており、幾分か室内の空気が和らいでいた。

 

「所で、聖地に行くと言う事は、アガルティアの領内を通る事になりますわよね? いくらセリカさんがいるとはいえ問題にならないでしょうか……」

 

 ふと、感じた疑問をセシリアが問いかける。如何やら落ち着きを取り戻している様だ。案ずるような声色でセリカに問いかける。皆の視線がセリカに集まると、セリカは皆を安心させるように笑いながら話しはじめる。

 

「それなら大丈夫。このリーボーフェンには光学遮蔽迷彩が搭載されているから」

「光学遮蔽と言うと……視認できないと言う事か?」

「それに加えて、レーダーを阻害する機能もある。わかりやすく言うなら目にも見えないし、レーダーにも映らないって事さ」

「……すごいな」

 

 感心しながら呟く一夏の声には疲労感がにじみ出ており、それを察したのか、カインは皆を見回し声を掛けた。

 

「……取りあえず。皆を部屋に案内しよう。少し、落ち着いて休んだ方がいい。ミヤスコ、皆を部屋に案内してあげてくれ」

「わかりました。では、皆さん此方へ……」

 

 作業がひと段落ついていた彼女は、皆を先導し歩き出す。そんな彼女について一夏達は退出し、彼らが退出したのを確認すると、カインは再び手元のコンソールを操作し作業を行う。平静を装っているが、彼自身も耐えているのだろう。その表情に、どこか、浮かない様子を滲ませながら、今は一心不乱に作業に勤しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「16番の行先を追えなかったが、これを見ることができただけでも、大きな収穫じゃ。それに聖霊機か……うむ! 聞きしに勝る性能じゃ。儂のバルアミーをいとも容易く……」

 

 周囲一帯を見渡せる小高い丘の上で、周囲に観測用の機材を設置し双眼鏡を覗きながら先ほどまでの一部始終を観察する人物が一人。自分が引き起こした事態にも拘らず、まるで子供のようにはしゃぎ、満足げに頷くのは冒頭にて研究所より逃亡したムルクである。それに、助手を引き攣れて研究所を出たにも関わらず、ここで観測を行っているのは彼一人である。それは何故なのだろうか?

 

「は…か…せ」

 

 その答えは、すぐ近くにあった。ムルクの後についていったマーシャは、ムルクの後方にて地面に突っ伏し、息も絶え絶えになりながら、どうにか声を上げているという状態で、その身なりも何故か、ボロボロだ。

 

「む! なんじゃ……え~と、なんじゃったかのう……」

「マーシャですよ~。いい加減覚えてください~」

 

 自身の師の相変らずな様子に、どうにか顔を上げたマーシャが泣きながらムルクに訴える。

 

「そうじゃったか。マー……どうでもええか。しかし助手よ。この程度でへばるとは情けない。それでは一人前の科学者にはなれんぞ」

「そんなこと言ったって、博士はバルちゃんに乗ってきたじゃないですか~私も一緒に乗せてくれたっていいじゃないですか~」

 

 そう言って、マーシャは近くで大人しく待機する“それ”に視線を向ける。ムルクは自身の作品である小型のバルアミーに乗り、ここまで来たのである。その見た目は先ほどのバルアミーと一緒であるが、2mほどの大きさのバルアミーだ。ムルクがこれに乗り走って行ってしまうため、マーシャは自身の足で全力疾走してここまで来たのであった。どうにか、見失うと言う事態は避けられたものの、ここにきて力尽き、倒れ伏してしまったのだ。

 

「む! それは出来ん!! このバルアミーは一人乗りじゃ。助手に無理はさせても、バルアミーに無理はさせられんと言う言葉を知らんのか!?」

「知りませんよ……うう、ひどい……」

 

 余りの仕打ちにマーシャは不満げに抗議の声を上げるが、ムルクに真面目なのか、ふざけているのか分からない理屈で反論され、さめざめと泣く。そんな彼女を意にも返さず、周りに散乱していた機材を片付けバルアミーに跨ると、その手綱を取り、明後日の方向を向くムルク。彼の中ではもう次の目標が決まっている様だった。

 

「では助手よ! 次は16番を発見し、自然環境の中で繁殖をするバルアミーの生態調査行う! ついてくるのじゃーー!!」

「うえ~ん! 待ってくださいよ~!!博士~!!」

 

 付いて来いと言いながらも、やはり自身を置いて走り去るムルクに、泣きべそを掻きながらも何だかんだ言って、必至でついて行こうとするマーシャであった。

 

 

 

「そうか……分かった。気に留めておく」

『はい。お願いします……それと』

 

 所変わってここはジグリム共和国。グロウスター大将の執務室。その執務机にて通信機にて会話をしている人物はこの部屋の主、ナガレク・グロウスターだ。その通信機より聞こえてくる声から、通信相手はラウラの様だ。内容から察するに任務の報告を行っているのかもしれない。だが会話がひと段落したとき通信機から聞こえてくるラウラの声がふと暗いものになる。そのことに疑問を感じたグロウスターの声色が、口調は堅いものの、どこか優し気なものになる。

 

「?……どうかしたのか?」

『申し訳……ありません。お預かりしたアルム・ダーガを……』

「よいよい。機体は破壊されても、貴様は生き残った。何が不満なのだ?」

 

 内容からわかる通り、ラウラの初戦の結果は情けなくも、機体を撃破されると言った結果で終わった。新鋭のカスタム機を任されておきながら、初戦で破壊されてしまった事を心底情けなさそうに詫びるラウラに、グロウスターは声を諭すように声を掛けた。

 

『しかし……私は』

「新兵が優先すべきは生き残る事だ……無理に戦功をあげる必要はない。今回、貴様はそれが出来た……なら。それで良い」

 

 少なくとも、ヨークは装兵器の保有台数こそ少ないが、その兵の精強さはすでに周知の通りである。今回の戦いにおいても、装兵器の配備のない戦場で多数のジグリム軍機が撃破されたのだ。その中には、今のラウラよりも実績も経験もある将兵が大勢存在したのだ。いくら高性能のカスタム機とはいえ、性能だけで生き残られる程、戦いは甘くはない。

 

『閣下……』

「剣煌幻聖と相対し、生き残った……たとえ相手に敵として認識されていなかったとしても……新兵にしては出来すぎだ」

 

 それに、今回ラウラが相対したのは、この世界最強の騎士でもある剣煌幻聖ガリュード・ビア・ヴラッツェンの乗機ベーゼンドルファーだ。その実力は一騎当千ともいえるべきものであり、ハッキリ言って相手が悪かった。それを前にして生き延びれたのだから、充分誇ってもいい事だろう。まあ、面と向かって戦ったわけではなく、剣煌の移動ルートの前に、たまたまラウラがいたと言うだけであり、攻撃に移ろうと、意識を向けた次の瞬間にはもう、自機が腰部で両断されていたと言う、情けない話であった。

 

 この戦いで功績を上げ、自身を拾ってくれたグロウスターの目は正しかったのだ。そう内外に示し上官の評価を上げることで恩に報いたい。そう思っていたラウラにとっては、完全な敗北であった。そんな部下の考えを、声に出さずとも察したグロウスターは労うように声を掛ける。

 

「それとも……臆したか?」

 

 その後、まるで挑発するような言葉を投げかけたが、その言葉に先ほどとは打って変わって覇気に満ちた声が通信機から響いた。

 

『まさか! あれこそが目指すべき頂であると思うと。私の心は一層、燃え上がっております!!』

「ふふ……今後については追って連絡が行く。それまではバーグリー少佐について任務に当たれ」

『は!! それでは失礼します!』

 

 通信が終了したのと同時にグロウスターは端末を下した。その顔は部下が敗北したと言うのに、どこか満足げであった。その時、彼の傍に控えていた副官より、声がかかった。その彼も、上官の内心を察しているのか、やはり、どこか嬉しげな表情だ。

 

「……ボーデヴィッヒ少尉は、なんと?」

「ああ。アルム・ダーガを両断された、と」

「ふふ。今頃、落ち込んでいるでしょうか?」

 

 そう言う副官の口調はどこか明るい。彼自身、そう言ったものの、微塵もその可能性を感じていないようだ。

 

「ふん。あ奴は、手柄を挙げたがっていたようだが、戦功を挙げる等、十年早いわ。死ななかっただけでも上出来だ……それに、この程度で歩を止めるような軟弱な鍛え方など、しておらん」

「そうでしたね……しかし」

「ああ、バーグリー少佐を狙った狙撃……やはりこの度の侵攻には、何かあると思ったほうがいいだろうな……」

 

 そう、今回ラウラからの通信でもたらされた、もう一つの情報がそれだった。ベルネア砦での戦において、行われたのは両軍の代表者による一騎打ち。それも、唯の戦いではなく、その戦いの結果がその場の戦闘の結果になると言う、厳正なものだ。当然国家間で定められた法令は厳しい。戦闘中の横やりなどもっての外、敵軍からだけでなく、自軍からも処断されると言うほどなのだ。

 

 にもかかわらず、それは起きた。しかもジグリム軍から、グラード少佐を狙って……組織として、そのような事をするメリットが無い以上、個人的なしがらみと言う事が考えられるが……それが起きた事によって、元からこの侵攻に対して懐疑的であったグロウスターは、さらにそれを承認した大統領への疑念と警戒を強めていた。

 

 その時、行き成り執務室の扉が開き一人の人物が姿を表した。その人物は先日、グロウスターが話していた頭部にバイザーを付けた若い男だ。

 

「入るぞ……」

「貴様か……」

 

 ノックもせずに入ってくる無遠慮さに、不快感を露わにするグロウスターだが、この男な行動は今に始まった事ではないと、内心諦めた風に溜息をつく。

 

「勝ったと聞いてな……祝いに来てやったぞ」

「ふん、そんな気なぞ、毛頭ないだろうに」

 

 相手のまったく誠意のない、その言葉にグロウスターは苛立ち気に答える。

 

「それで……次はアガルティアか?」

「おそらくな……まったく、わが国にはそれだけの力があるのだ。ヨークなど放っておいてもよかろうに……まあいい。新型の生産状況はどうなっておる?」

「今のところは順調に稼働している。アンタの機体も、もうじき完成する」

 

 今の今まで不機嫌そうな表情を浮かべていたグロウスターだが、その言葉を聞いた途端、口角を吊り上げ、思わず笑い声を漏らした。

 

「ふふふ……あれが完成すれば……さあ、ディルマよ。一泡吹かせてやるぞ」

「まぁ、今日はそれだけだ……ん?」

 

 ノックの音が響き、言葉が遮られたことに苛立ったのか不機嫌そうな表情でドアを睨むと入ってきたのは仕立ての良いスーツを着こなし、頭髪を七三に分けた身なりの整った中年男性だ。睨まれているにも関わらず、臆した様子もなく、見た目通り、丁寧な口調で言葉を発した。

 

「おっと。先客でしたか?」

「ふん……」

 

 するともう用はないのか、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、男性は退出していく。扉が閉まったのを確認すると、一息ついてから、グロウスターは新たな来客に問いかける。

 

「バイオか……何のようだ?」

 

 その人物を確認すると心底、面倒くさそうな顔をする。

 

「いえ、何やらきな臭い動きがあると言うので、ちょっと、お話ししておきたいことがありまして」

「なんだ?」

 

 バイオの話なのだが、国の上層部がアガルティアの州都市と交わした密約について、どこからか情報を手に入れたようでその事を盾にグロウスターを脅す……と言うほどではないが、何らかの譲歩を引き出そうとしに来たようだ。別にグロウスターからしてみれば、密約に関しても大統領が勝手にやった事であり、ばれようが一向に構わないのだが、その回りくどい言い方が癪に障ったようで、額に青筋を浮かべながらバイオを怒鳴りつける。

 

「ふん!それはあの昼行燈が独自にやった事、わしには直接関係ないわ。回りくどい言い方などせんで、目的があるならはっきりと言わんか!!」

「おや、これは失礼、では、次期主力装兵機の選定なのですが……とある科学者が持ってきたバイン・ダーガの採用を見送って頂きたいのですが……」

「なんだ、そんな事か……あんな物、言われんでも採用なぞせん!」

 

 バイン・ダーガ、これこそが、とある科学者が売り込みに来た最高傑作である。わざわざそのような情報を調べてまで言いに来たから、何を言うかと思えば……そう思いながらバイオに答える。

 

「そうですか、それは何より。どうやら、私の心配は杞憂であったようですな。ではこれで……」

 

 グロウスターのその言葉を聞くと満足そうに微笑むとバイオはあくまで優雅に一礼し退出する。

 

「何をしに来たのでしょうか? 彼は」

 

 その彼を見送った後、副官がどうにも釈然としないと言った風に口を開いた。密約の内容まで掴み、機体の採用を見送れ程度では……はっきり言って、その情報がもたらす危険性からしてみても、割に合わないからだ。

 

「ふんっ!!大方、べイオの商売の邪魔をしたいのだろうよ。まったく、実の兄を困らせて何が楽しいのだ?」

 

 ベイオ・ダングル……それが件の科学者の名前であり、彼、バイオ・ダングルの兄でもある人物である。別に兄弟の確執がどうのとか、面倒な裏はない……どうにも、バイオは兄をおちょくって楽しんでいる気がある様にグロウスターには見て取れた。どちらにせよ、これで、ベイオが怒鳴り込んでくるのは確定なわけで、今からどうするべきかと心底、面倒くさそうな表情で、眉を顰めるグロウスターであった。

 




 

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