聖霊機IS   作:トベ

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 それでは後編を投稿いたします、また今回少々の原作改変があります、では拙い文章ですが、よろしくお願いします。


四話(後)

「緒戦は、どうにか凌げましたね」

「はっ……」

 

 緒戦を凌ぎ、タイロンは報告の為、執務室に来ていた。装兵機の数こそ少ないもののヨークの兵士の練度は高い。城門を硬く閉ざし、今なお頑強に抵抗を続けている。タイロンの策により損害を被ったジグリム軍は一度部隊を引き態勢を立て直している。かなりの数の装兵機を破壊したものの、ジグリム軍の機体総数にしてみれば微々たるものであり、戦況はハッキリ言って悪いと言わざるを得ない。

 

「なるべく、長くジグリム軍をここに引き付けておかなければいけません、彼らが此処から離れる時間を稼ぐために……」

「ええ……」

「状況を考えれば厳しいでしょうが……頼みましたよ、タイロン」

「はっ!!」

 

 それでも彼女達は今降伏を選ぶわけにはいかなかった。ジグリムの今までの動向を考えれば彼らの手に聖霊機が渡れば無事で済むかどうかは分からないからだ。故に今は少しでも長く、ここにジグリムを引き付けて置く必要があった。主君の激励に力強く返礼するとタイロンは執務室を出る。

 

「ローディス様……」

 

 一人執務室に残ったアルフォリナは胸元のペンダントをなでると不安げに、愛しい人の名前を呟いていた。

 

 

 

 

 変わってジグリム軍の陣地では、損傷した機体と負傷した兵を運ぶ衛生兵等の怒号が飛び交っている。それでもなお再度の攻勢に出るため部隊の再編を急いでいる様子が見られ、損害を被ってなお高い士気を保っている様子が伺える。

 

「いやはや、大したものですな。圧倒的に不利な状況にありながら、ここまで損害を与えられるとは……」

 

 その様子を見ながら指揮所内にて軽い所作で話す20代前半の一人の男性、ショートの茶髪で好青年と言った印象を受ける彼の名はジグリム軍のリーモンド・ダライム中尉、敵でありながらここまでの損害を与えた相手に素直に賞賛を送っている。

 

「確かに、装兵機の保有数こそ少ないが、ヨークの兵の練度はかなりのものだ」

「そうですね。しかし……」

 

 その言葉に同意する言葉が指揮所内に響く、そこにいるのはフラムエルク城攻略の指揮を任されている、フォレス・ミシュアル中佐だ。長い髪を後ろでまとめた少々きついところが見られるが女性らしい体つきの凛々しい印象を受ける美人だ。今回の侵攻に関して思う事はあるが、それが務めであると自信を殺し任務に当たる強さも持っている女性である。

 

「どうした? ダライム中尉」

「いえいえ、なんでもありませんよ」

「……ならばいいが」

 

 ふとフラムエルク城の方角を見ながら黙り込むダライム中尉を見てフォレスは声を掛ける。その時彼が普段は見せないような暗い顔をしているような気がしたが、振り向いた彼が普段通りの様子であった為、自身の勘違いだったかと結論付けた。それと同時に一人の兵が指揮所に入り、礼を取ると報告を始める。

 

「中佐!! 部隊の再編成が終了しました! ご命令さえあれば今すぐにでも進軍が可能です!!」

「わかった、行くぞ! ダライム中尉!」

「わかりました」

 

 部下の報告を受け再度の出撃の為、フォレスは指揮所を出る。リーモンドもそれに続き指揮所を出ようとし、再度フラムエルク城の方角を見ると思考に耽る。

 

「間違いなく、指揮しているのはあいつだな、三剣騎士タイロン……まったく、こんな戦いで終わる様な奴ではないだろうに……」

 

 一言そう呟くと、急ぎフォレスの後を追うリーモンドだった。

 

 

 

 

 

 

「始まったね……でもこれで終わりじゃない。始まりだ、世界を巻き込んだ戦いのね……。ここから、戦いは始まるんだ」

 

 そのジグリム軍の陣地が見渡せる小高い丘のうえにはその装兵機はいた、右肩に長い砲身のキャノン砲を背負いその手にはランスを握った鋭角的な黒い機体、そのコックピットの中で人物は呟く。恐ろしいほどに冷たく、憎悪に満ちた声で、まるで世界そのものを呪うかのように。

 

 

 

 

「正門の方を確認しましたが、どうやら今、戦闘は行われていないようです!」

「裏門の方にいたぜ!! さっき見た装兵機だ!」

 

 ジグリム軍の部隊編成が終わり、進軍が開始されるより少し前、一夏たちはフラムエルク城にたどり着いた。離れた場所へランドシップを停泊させると機体を散開させ索敵を行っていたが、クロビスより各機に通信が入り裏門へ集結し様子を探る。その視線の先にいるのは一夏たちのほうへ背を向け弓型陣で待機する6機のデック・バスタイトとそのさらに前方にて同様の形で待機する6機の同型機。

 

「とにかく、あいつらを何とかしねえと城内に入れねえって訳か……」

「とにかく、今彼らはこちらに気が付いていないようです! 一気に仕掛け突破してしていましょう!!」

「そうだな。そうすれば最悪、女王様だけでも救えるか……」

「お、おい!! 他の人たちを見捨てるってのかよ!! そんな事……!!」

 

 

 まるで城内の人を見捨てるような発言をするクロビスに一夏は抗議の声を上げるが、続くクロビスの言葉に黙らされる。

 

「……イチカ、気持ちはわかるが状況を考えろ。今の俺たちにすべての奴らを助けられる余裕はねえ。欲を出すと助けられるものも助けられなくなる」

 

 確かにこの様な状況で優先されるのは女王だろう。それは一夏も理解しているものの納得はできず悔しそうに歯ぎしりしながら、出掛っていた言葉を飲み込み、同意を示す。

 

「くっ! 分かった……」

 

 その一夏の言葉を聞いたクロビスが敵を見据え、一夏たちに激を飛ばす。

 

「いくぞ……イチカ! アーサー! 俺とセシリアで援護する! 二人はその間に距離を詰めて仕掛けろ!!」

 

 その声とともにバルドックは両肩のプレシオンブラストの発射体制に入り、ビシャールは両腰のゼインライフルを構える。

 

「わかりました!!」

「ああ!!」

 

 答えると同時にゼイフォンは剣を後ろ手に構えて一気に駆け出し、それに続くようにドライデスも敵との距離を詰めていく。

 

 その振動に気づいたのか、数機の敵機が気づき振り向くが、それよりも早く一夏はゼイフォンはゼウレアーを敵機に向けて弧を描くように一気に振りおろす。

 

 ゼウレアーの一撃は振り向いた敵機の左肩から右腹まで届き、両断された敵機は爆発四散する。

 

「はあ!」

 

 その横でアーサーはドライデスは膝の機構を展開させ、エネルギーフィールドを纏った膝蹴りを叩き込んでいる。

 

 ドライデスの膝蹴りもちょうど敵機の胸部に直撃し、その機体は大きく吹き飛ばされるとそのまま動きを止めていた。

 

⦅死んだよな……今の……いや、今は考えるな!! 今は、あの子を助けることだけを考えろ!!⦆

 

 一夏はそばにいた機体に向き直るが、その眼前でその機体はビームソードを展開させ切りかかろうとするが、後方から発射された光弾に撃ち抜かれ、大きくよろめくと力を失い、崩れ落ちる。どうやらビシャールの砲撃が命中した様だ。同様にドライデスの背後にいた機体がプレシオン・ブラストの閃光に飲み込まれ爆発する。

 

⦅アルフォリナ! お願い、無事でいて!!⦆

 

 ビシャールのコクピットにてセシリアはアルフォリナの身を案じながらも新たな敵機を見据え両腰のライフルを発射するが、雑念が入った為か、その射撃はわずかにずれ、命中はしたものの撃破には至らなかった。

 

「くっ……!」

 

 焦りながら再度攻撃に移ろうとするセシリアの視界の先で、その機体は両肩に装備された武器を構え攻撃に移ろうとするが、バルドックの両肩から放たれた閃光に機体を貫かれ爆散する。

 

「セシリア! 気持ちはわかるが集中しろ!!」

「もっ、申し訳ありません!」

 

 クロビスに叱責されながらも敵を見据えると、その視線の先では残りの一機が左手に装備されたビームソードを展開させ、尚もゼイフォンに切りかかろうとしており、ビシャールは再度射撃体勢に入るが、ドライデスが左手のプラズマキャノンを撃ちこみ動きを止めると、その隙を逃さずゼイフォンがゼウレアーを叩き込み沈黙させる。

 

「なあ。あれさ、動きがねえけど……まさか」

 

 敵機が沈黙したのを見ると、一夏は前方にて待機する6機がいまだに動き出す気配が無い事を確認すると、震えるような口調で声を上げる。

 

「生体反応なし……どうやら城内に、入られていると考えた方がいいな、急ぐぞ!!」

 

 敵機に生体反応がない、という事は導き出される答えは一つだった。すべての敵機が動きを止めているのを確認すると全機は全速力で城内へ向け駆け出していた。皆一様に顔を青ざめさせながら。

 

 

 

 

 

 

「陛下……」

 

 

 静寂に包まれた女王の執務室内に突然、暗い声が響く。不意に掛けられた声にアルフォリナは訝しむように声を上げる。暗い面持ちで入室してきた人物は宰相であるオズヴァルドであった。

 

「エグゾギルム卿? どうされましたか?」

「ここは危険です、どうか避難を……」

 

 懇願する様なオズヴァルドの様子に不審なものを感るアルフォリナだが、それに続くように6人の兵士が入ってくる。

 

「いえ、私は此処を動くわけにはまいりません。それにそちらの兵は我が国の者ではありませんね?」

「か、彼らは最近、配属になったばかりの……」

「……」

「……」

 

 不審な人物を数人前にしながら毅然とした態度を崩さないアルフォリナにはすでに女王としての風格を感じさせられが、その兵達は動く様子がないアルフォリナに対し強硬手段に出るため動こうとするが、それはオズヴァルドによって制止される。

 

「よせ、勝手に動くことは許さん」

「エグゾギルム卿、あなた……」

「陛下、私と一緒に来ていただきます。この国はもう……」

「貴方は、やはり裏切っていたのですね……」

 

 普段の言動はどうあれ信頼していたのであろう。家臣の裏切りにアルフォリナは悲しげな表情を浮かべるが、しびれを切らしたのか焦りの表情を浮かべながら、オズヴァルドはアルフォリナの手を取り引き寄せようとする。

 

「私は常にあなたの為を想っているのです!! さあ、こちらへ!!」

「くっ!! 離しなさい! 」

 

その手を振り払われ、以前とは違い、明確な拒絶の意思を見せるアルフォリナにオズヴァルドは顔を歪める慟哭する。

 

「なぜ! 分って下さらないのです!!……こんなにも、こんなにも、あなたを想っているのに!!」

 

 だが、その彼に突如として異変が訪れた。

 

「私は! わた、し、は がっ!ぎっ!がああああああああああああああ」

 

 

 しばらく苦しそうに頭を抱え身悶えしていたオズヴァルドだったが、顔を上げるとその顔は血走った眼を見開き、明らかに常軌を逸した表情を浮かべていた。

 

「さあああ、陛下、今日こそ、私の物にぃぃぃぃぃ!」

「エグゾギルム卿、あなた……」

 

 その様子に思い当たる節があるのかアルフォリナは一言呟くも、その手を取り、抑え付けとするオズヴァルドを振り払おうと尚も抵抗する。

 

「くっ! ローディス様……」

「また! 奴の名を!!」

 

 恐怖からか思わずつぶやいた名前に、オズヴァルドはその顔に狂気を滲ませると懐にあったナイフを取り出すとその刀身を振り上げると……

「渡さない!! 誰にも! 誰にも!!」

 

 叫びとともにそれを、アルフォリナへと振り下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「裏門が……開いてる!」

「明らかに、中から開けられている。まさか……」

「くそ! 誰かが中から手引きしたのか!!」

 

 すでに解放されていた裏門を通り過ぎると近くの入口へと聖霊機をつけ、一夏達は機体を降りる。だが降りると同時に誰よりも早く駆け出した人物がいる、セシリアだ。

 

「くっ!」

「!! セシリア、待て!!」

 

 さすがに敵が侵入している状況で単独行動はまずい、そう思いセシリアを追い皆も駆け出した。

 

「アルフォリナ!!」

 

 そして、執務室へと辿り着くと勢いよく扉を開け放ち、室内にいるだろう人物の名を呼びながら室内へと飛び込んだ。そして、室内の光景を見ると言葉ナック立ち尽くしていた。

 

「……あ」

「セシリア、どうし……な、あぁ」

 

 セシリアに続き部屋に入った一夏だがその光景を見た瞬間、同様に言葉を失う。その先に見たのはその手に血に濡れた短剣を持ち、呆然と立ち尽くすオズヴァルドと、腹部から血を流し力なく床に横たわる……アルフォリナの姿だった。

 

「え、あ、ああああ、そんな、陛下! ああああああああああ、こんな、こんなバカな!!」

 

 自身がやったであろう事にも関わらず、その手に握った凶器とアルフォリナを交互に見ながらオズヴァルドは激しく狼狽する。

 

「なんという事を!」

「てめえ……!」

 

 それを見ながら、クロビスもアーサーもオズヴァルドに対し激しい怒りの感情を向け、その前に立つ兵士と対峙する。

 

「陛下!! な……」

 

 そこへ慌ただしい足音が聞こえ、タイロンが息を荒げ飛び込んできた。目の前に広がる光景に一瞬、言葉を失うも即座に状況を理解しその相手へと詰め寄ろうとする。

 

「ひ! タイロン……何をしている!……殺せ……殺せぇ!!」

「邪魔をするなあ!!」

 

 オズヴァルドは狼狽しながらも、自身の身を守るため周囲の兵に命令を下す。命令に従い兵士が各々の銃を構えるが、引き金が引かれるよりも早くタイロンが動き、凄まじい速さで抜き放った剣により、一瞬の内に6人は切り伏せられる。

 

「ひ!あ、ああ、ああああああああああ!!」

 

 その光景に見苦しいほどに怯え、手に持った凶器をタイロンに投擲するが、難なく弾くとそれは離れた場所へと落下する。その隙にオズヴァルドは奇声を上げながら走り去っていきその声は徐々に遠ざかって行った。

 

「陛下!!」

「アルフォリナ!!」

 

 それを確認するとアルフォリナへと駆け寄り、その脇に膝をつき縋り付くセシリアと、力なく項垂れるタイロン。その周囲の絨毯は多量の血に濡れ、流れ出た血の多さを想像させた。

 

「陛下……」

「タイロン、セシリアさん……」

 

 そんな二人に息も絶え絶えになりながらも声を掛けるアルフォリナ。声に普段の様な力はなく、その顔にも血の気はない。もはやだれが見ても手遅れだった。

 

「陛下! 申し訳ありません! こんな、こんな!!」

「いいのです、タイロン……あなたは、よくやって下さいました……」

 

 タイロンはその手を血が滲むほど強く握りしめ、その顔は苦渋に満ちていた。

 

「アルフォリナ! あああ、傷が……血が、止まらない……なんで、なんで!!」

 

 セシリアは普段の様子からは想像もつかないほどに狼狽し、流れ出る血を止めようと傷口を抑えるも変わらないそれを見ると、その顔に悲愴感が満ちていく。

 

「セシリアさん、ごめんなさい……あの時の……約束を」

「いいんですわ! そんな事! そんな!!」

 

 アルフォリナはセシリアに視線を向けると、手を差し出しながら約束を果たせない事を謝罪する。セシリアは悲痛な面持ちで血に濡れるのも構わずその手を唯強く握りしめていた。そして虚ろなその目を一夏に向けると、最後の力を振り絞るように手を伸ばし懇願する。

 

「はぁ、はぁ……イチカさん……どうか……ゼ・オードを……この、世界を……守って……」

「……そんな、こんな、時まで……ああ!! 分かった!! 分かったから!! もう、やめてくれよ!! 」

 

 死の淵にありながらもこの世界の行く末を案ずるアルフォリナに気圧され、一夏は声を詰まらせていたが、やがて絞り出すように声を張り上げる。それを聞いたと同時に限界が来たのだろう、急速にその体から力が失われていく。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ああ、御免なさい……みなさん……あぁ、ロー…ディ…」

 

 薄れる意識の中、皆にもう使命を果たせない事を謝罪し、最後に愛しい人の名を一言呟くとアルフォリナはその眼を閉じ、その短い生涯を終えた。

 

「アルフォリナ!!!」

「陛下!! くっ!! うおお……」

「くっ!!」

「くそっ!!」

「……」

 

 皆一様にアルフォリナの死を嘆く。だが、それに浸る余裕すらなく砲声が皆の耳に届き、続いて振動が部屋を揺らす、それは一度で終わる筈はなく、その後も連続して響きその都度振動が部屋を揺らした。

 

「始まりましたね……」

「総攻撃、だな」

 

 クロビスとアーサーは窓の外を睨みながら苦々しく呟く。セリアは未だに項垂れ、一夏も未だに俯いていた。

 

「……お前たちは脱出しろ……ここは私が時間を稼ぐ」

 

 そこへタイロンの声がかかり皆は彼を注視する。それに真先に反応したのは一夏であった。焦りながらタイロンに詰め寄っていく。

 

「そんな、たった一人じゃ!!」

「……行きましょう」

 

 一夏がそのタイロンの言葉に一人異を唱えるが今までアルフォリナのそばで俯いていたセシリアがすっと立ち上がると扉へ向けて歩を進める。そのセシリアを見て一夏は信じられないと言った風に声を上げる。

 

「セシリア!?」

「……聖霊機を、ここで奪われるわけにはいきませんわ。早く、ここを離れるべきです」

 

 セシリアは一夏の言葉に振り返る事無く、心を押し殺したような感情の籠らない声でそう続けるが、それに納得いかないのか一夏はセシリアに向けて声を荒げた。

 

「おまえ!! 何とも思わないのかよ!! 何でタイロンさんをこのままにして何でいけるんだよ!! それに……彼女とは友達だったんじゃだろ!! 彼女をこのままにしてていいのかよ!!」

 

 その声に一瞬体を震わせると振り向き、その眼を見据え一夏を睨みつけたが、その口から言葉が発せられることはなかった。

 

「っ!?」

 

 一夏もその顔を見ては何も言えなかった。イチカを見るセシリアはその眼に涙をため、唇を噛みしめ、今にも泣きだしそうなのを必死に耐えていたからだ。先日アルフォリナの事を語るセシリアは本当に彼女の事を思っていた。自分は一体何を見ていたのだと今更ながらに後悔の念に苛まれながら一夏は呆然と立ち尽くした。

 

「!!……くっ!!」

 

 だが、彼女は何度か口を開閉させると悔しそうに唇を噛みしめながら振り返ると走り去って行った。此処で言葉を発していたら泣き出していたのだろう。聖霊機を守るため、親友の想いを果たすため彼女は自身の想いを殺し走っていく。

 

「……」

 

 残された一夏はそのまま立ち尽くしていたが、突然肩を掴まれ振り向くとそこにあったのは静かな怒気を含んだクロビスの顔。そのクロビスには普段の軽い印象はなく、確かな迫力があった。

 

「……お前にも、余裕がねえのは分るさ。だけど、掛けていい言葉じゃなかったってえのは……分かるな」

「ああ」

「……後で謝っとけよ」

「……」

 

 そのクロビスの声を聞きながら悔しそうに視線を伏せ、体を震わせ強く拳を握りしめながら一夏は無言で頷く。だが、いまだ鳴りやまぬ砲声が一夏を現実へと引き戻した。

 

「……行きましょう、時間がありません」

「ああ」

 

 その時アーサーから声がかかる。少なくとも今は悲しむ時間も反省している余裕もない。急ぎ部屋を出ようとする三人だが、その直前一夏はタイロンへと向き直り懇願するように訴えかける。

 

「死なないで下さい……お願いします!!」

「分かっている……お前たちこそ、な」

 

 一夏の言葉に柔和な笑み浮かべながら頷く。その言葉を聞いた一夏は一瞬戸惑う様子を見せるも、やがてその迷いを振り切るように振り向くと、振り返ることなく走り去って行った。

 

「……聖霊機を、アルフォリナ様の想いを……頼む」

 

 皆を見送った後、一人残ったタイロンのひとり呟いた声が、主を亡くした部屋に寂しく響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正門前にては無数のジグリムの装兵機がいまだ抵抗を続ける銃座に向かい砲撃を繰り返していた。だが。すべての機銃が沈黙したのを確認すると城門へと殺到する。

 

 やがて城門が開いたのを確認した機体が城内へ侵入しようと前進したが、城門より現れた一機の装兵機により先行していた二機のデック・バスタイトが一瞬で両断される。

 

 その機体はひし形のパーツが三対扇状に連なった翼をその背に二基装備した黒鉄色の機体。爆散した機体の黒煙を纏いながら現れたその機体ジグリム軍の機体が武骨と言った印象を受けるのとは対照的に余りにも流麗であり、兵器と言うよりは芸術品を思わせる。

 

「あの機体は……」

「来たのか」

 

 それはゆっくりと歩を進め、やがて敵機を威嚇する様にその手に持った剣の先を敵軍へと向ける。現れたその機体が全軍に認識されると優勢であるはずのジグリム軍の将兵の間に動揺が広がっていく。そんな将兵を落ち着かせながら、フォレスは自機の隣に控えるリーモンドに通信を送る。

 

「中尉」

「ええ、機体照合……間違いありません。アート・ウェスペル二号機、ブランダイムです」

「中尉、一応、降伏勧告を……」

「はい。まっ、無理でしょうが……」

 

 すでに勝敗は決したようなもの。これ以上の戦闘は無意味と判断したフォレスはダライム中尉に降伏を促す様に命令するが、当のリーモンドは無理であろうと踏んでいる。この状況下において尚出撃してくるのだから大人しく勧告に従うとも思えないからだ。

 

 リーモンドは自身の乗機であるグランバイトを前進させる。その機体はがっしりとした下半身のオレンジ色の機体だ。背にリアウイングの様なパーツを装備し、左手には銃剣一体の装備であるブラッシュ・ブラストを装備しているが取りあえず降伏勧告を行うために使用する意思がない事を示す様に銃口を下げつつ、ブランダイムに相対する。

 

「ダライム中尉か……今日は、調子がいいようだな……」

 

 そして降伏勧告を行おうとしたその時、ブランダイムからタイロンの声が響く。

 

「!!!」

 

 タイロンより放たれたその言葉にリーモンドは思わず、身を震わせる。だがタイロンはそんな彼の様子は構わず話を続ける。

 

「私もあの計画には興味があってな、まあ、否定側としてだが……」

「中尉、奴は何を言っているのだ?」

 

 如何やら顔見知りである様な会話なのだが、内容がさっぱり分からないと言った様子でフォレスはリーモンドに問いかける。

 

「……」

「中尉もあまり無理をしない方がいい、その方が身の為ではないか?」

 

 そのリーモンドはフォレスの言葉に答える事無く俯き、黙ってその言葉を聞いていたが、やがて顔を上げるとその目に暗い物を宿らせながらグランバイトのブラッシュ・ブラストの銃口を向け発砲する。それをタイロンは避けるでもなくブランダイムの手に持った剣で切り払う。

 

「黙れよ……」

「中尉!! 何をしている!!」

 

 普段は見せないようなリーモンドの行動にフォレスは一瞬唖然とするが、すぐさま上官として部下の行動を問い詰める。

 

「中佐……どうやら相手側に降伏の意思はなさそうです」

「……そうだな、勝てるか?」

 

 リーモンドの様子から、タイロンは明らかにリーモンドに狙いを定め挑発を行ったとフォレスは理解した。リーモンドの行動に問題は有るものの、今は目の前の敵機に集中するべく、即座にリーモンドに問いかける。

 

「一人では厳しいですな」

「なら、直援を7機つける。それならばどうだ?」

「う~ん……それでも、少し厳しいですかね」

 

 如何やらすっかりいつもの様子を取り戻したようだ。先程の何処か危ういい様子は無く軽い口調で応える。

 

「その内の一機は私だ。それでも不安か?」

 

 フォレスのその言葉に、モニター越しにフォレスの乗機たる深緑色の両腕にブラッシュ・ブラストを装備した機体、グランバイトとは一回り程スマートな機体を、指揮官機たるグリオールを見つめる。そしてその機体内にてこちらを見ているであろうフォレスを想うと、フッと笑みを漏らすと表情を引き締める。

 

「その言い方は卑怯じゃないですかね。余計に負けられないじゃないですか」

 

 そしてブランダイムへと向き直り、展開した各機はそれぞれの武器を構え対峙する。そしてリーモンドは機体のビーム刃を展開させ、獰猛な笑みを浮かべると敵を見据える。

 

「俺を本気にさせた事……後悔させてやるぞ、タイロン!」

 

 

 

 

 幾条もの閃光と炸裂音、そして一際大きな爆音を背後に聞きながら、後ろ髪をひかれる思いでランドシップを全力で航行させる。そしてフラムエルク城から遠ざかり周辺に敵機が存在しない事を確認するとランドシップを停泊させ、それぞれの機体から降り操舵室と格納庫の中間に位置する簡易の休憩室へ集合する。

 

「どうにか、落ち着けそうだな……」

「ええ、ここまでくれば当面は大丈夫でしょう」

「……」

 

 そう言いながら入っては来たものの、その表情はいまだ暗く、また先に室内にいた皆も一様にしてその表情は暗い。マドカは女王に一言言いそびれたからか苦い顔をしていたが、一夏が戻った事に気づくと何かを考え込むように一夏を見つめている。その一夏は何かに耐えるように壁にもたれ沈黙を保ったままだ。その時ふとアーサーが室内を見回すと一人足りない事に気づきユミールへと問いかける。

 

「そういえばセシリアさんは……」

「……まだ、戻ってきていないわ」

「まだ、ビシャールのところって訳か」

 

 俯きながら答えるユミールだが、そこで今まで黙っていた一夏が口を開き、返答を待たずに扉へと歩き出だす。

 

「……なあ、俺、ちょっと行ってくるよ」

「ああ、行って来い……こっちは任せとけ」

「ああ、悪い……」

「……」

 

 穏やかな口調でクロビスが一夏を促すと、一夏は一言礼を言って部屋を出ていった。その一夏を黙って見送ったマドカであったが、程なくして次いで扉に向かって歩き出す。

 

「……イチカのところへ行くのか?」

「っ!」

 

 その様子を見ていたマドカが無言のまま後に続こうとするが、クロビスの横をすれ違った所で不意に声がかかり、背を向けたまま驚いたように体を震わせる。

 

「ちょうどいい。迎えに行ったらあいつらにそのまま休むように伝えておけ。さっきイチカにはああいったが……あいつだって参ってるだろうからな」

「そうですね、見張りの方は私とクロビスで交代でしておきます。マドカさんもそのまま休んでおいてください」

「なら……」

 

 自分もやる、とでも続けようとしたのか振り向き声を上げるが、それはクロビスによって遮られる。

 

「手伝うってんならお断りだ。前のとこじゃどうだったか知らねえけど、こっちじゃまだまだ新人なんだ。少しは先輩の言う事を聞いておけ」

 

 そう言ってマドカに歩み寄ると、クロビスはまるで子供をあやす様にわしわしと頭をなでる。

 

「おっ! おい!! 何をする!!」

 

 クロビスに怒りからか羞恥からか、顔を真っ赤にして抗議の声を上げ振り払おうとするが、その手が届く前に手を戻し言葉を続けるクロビス。

 

「イチカもそうだが、お前も少しは誰かに甘えるって事を覚えろ。今の内だけだぜ? そういうのは」

「……分かった、そうさせてもらう」

 

 此方に来てからどうにも自分のペースが崩されていることに思う事はあるが、今はそれでいい。そう思ったマドカは振り向き部屋を出ていく。その様子を三人は唯黙って見送っていた。

 

 

 

 

 休憩室からつながる聖霊機が格納されている後方の格納ブロック、そのビシャールへと続くタラップの前に彼女はいた。ちょうど機体胸部に位置するそこで機体にもたれ掛り、耐えるように自身の身を抱きしめ俯いていた。音を発するものはなく、未だに振り続ける雨音と雷鳴のみがそこに響いていた。だが、不意に聞こえた足音にセシリアは顔を上げた。

 

「セシリア……」

「っ!? イチカさん……」

「……ごめん!! セシリアの気持ちも考えずにあんな事を言って!」

 

 当初声を掛けられた際、キッと一夏を睨むようなそぶりを見せたセシリアであったが、頭を下げ心から謝罪の言葉を述べる一夏を見て表情を緩めた。一夏との付き合いはまだ短いが、悪気があってあんな事を言うような人物ではない事はセシリアも分っている。

 

「……いいですわ、イチカさんに悪気が無かったのは分りますし……それに二人の事を思って言って下さったのですから」

「セシリア……」

「あの子、女王として立派に努めて見せていましたけど、普段は普通の女の子でしたのよ。いろんな事に興味を持っていましてね」

 

 そう言って弱弱しくも笑いかけてくれるセシリアに一夏は少し気持ちが楽になった気がした。そしてセシリアはぽつぽつと思い出に浸る様に語りだした。

 

「私以前、政務が忙しいあの子のために料理を作って差し入れた事がありますの」

「へえ」

「……でも、わたくし、料理と言ったものをしたことが無くて。取りあえず本と同じになればいいと思ってしまって……失敗して、しまいまして」

 

 以前、セシリアは名家の生まれだと聞いていた為一夏は意外に思い、思わず感嘆の声をもらしたが、続いた言葉に顔をひきつらせる。

 

「それは……」

「それでも、あの子は表情を変えずに「美味しい」と言ってくださいましたが、そうでないことはすぐわかりましたわ」

「そうなのか?」

「ええ。その時、一緒におられたタイロンさんにも召し上がって頂いたのですが……タイロンさん、とてもお強いのですが演技の方は駄目の様で。どう見ても『これ、不味いです』ってお顔をされてましたから」

 

 その時の事を思い出しているのか、儚げな笑みを浮かべるセシリアを見ながら一夏はハッとした表情を浮かべる。

 

「だから、あの時……」

 

 自分達が城を離れる事になった原因であるあの執務室での会話の後、遅れてきたセシリアの様子が可笑しかったのはそういう事だったのかと今更ながらに一夏は納得した。それと同時にそれだけアルフォリナ達との付き合いが深かった事を想像させた。彼女からタイロンの事を聞いていてもおかしい事ではないし、彼女と一緒に居ると言う事は当然、護衛であるタイロンもその傍にいると言う事なのだから。

 

「だから、今度はちゃんと作って心から美味しいって言わせて見せます、ってその場で言ってしまいましたわ」

「セシリア……」

 

 何処かおどけた様な口調で言い切ったセシリアであったが、不意にその表情を曇らせる。泣くまいと必死に耐える様子は見られるものの、その言葉も涙声の交じったたどたどしいものになっていく。

 

「あの子も……楽しみにしていますって言ってくれて……でも……もう、それは、かなわないん……ですよね」

「……」

「もう、あの子を笑わせてあげられない……喜ばせてあげられない……なんで!! あの子がこんなところで、死ななければ……いけないんですの!」

「あの子は、普通の……女の子でしたのに、なんで!!」

「セシリア……今は我慢しなくても、いいと思う」

「えっ……?」

 

 耐えるセシリアの姿が余りにもいた痛々しくて一夏は思わず声をかける。

 

「泣きたいときには、泣いておいた方がいい。それが大切な人の事だってんなら……なおさらだ」

「イチカさん……」

 

 少なくとも一夏に親しい人間と死別したことはない。両親の事はあるが、親しいかと言えばそうではないし、元からいないと思っていたものとは話が違ってくる。だから一夏に言える事なんてたかが知れている。だが、今言える精一杯の言葉をセシリアに投げかける。

 

「俺がいるから恥ずかしいってんなら、俺は行くよ……次会う時は、普段のセシリアに戻っていてくれよ。セシリアが元気ないと、やっぱり寂しいからさ……!!」

 

 そう言って背を向けようとした一夏の胸に不意にセシリアが飛び込んできた。一夏の背に手を回し、額を一夏の胸に押し当てる。

 

「……セシリア?」

 

 一夏が受け止めたその体は若干震えており、あまりにも弱弱しい。悲しみに押しつぶされそうだった彼女は掛けられた言葉に一夏の優しさを感じ、共にゼイフォンに乗り込んだ時に感じた時の温かさを思いだし、今はただ縋り付いていた。

 

「すみません、少しの間、少しの間だけでいいんです……こう、させてください」

 

 そう言った彼女は徐々にすすり泣くような様子から、やがて声を上げながら咽び泣く、そして自身の胸で泣く彼女を一夏は優しくその肩を抱き、それを感じたセシリアは一層その手に力を込めて、その身を寄せる。

 

「うう、ああ、アルフォリナ!……アルフォリナぁぁぁ!!」

 

 亡くしてしまった親友の名前を叫びながら泣き続ける彼女見ながら、一夏は唯黙って彼女が泣き止むまで、その胸を貸し抱きしめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか……?」

「ええ……すみません、お恥ずかしい所を…見せてしまいまして」

 

 数分後、セシリアはようやく落ち着きを取り戻したものの、取り乱していた為とはいえ恥ずかしいのか、顔を赤くしながら俯き気味に一夏を見る。

 

「気にしてないさ、セシリアが大丈夫ならそれでいいさ」

「イチカさん……」

 

 そう言いながら、まだ泣き腫らし赤くした目を一夏に向け、お互い見つめあうように二人は視線を交わす。

 

「終わったか?」

 

 だが、その時、不意にかかった声に二人同時に視線を向けると驚いたように声を上げた。

 

「「マドカ(さん)!」」

「話し声が聞こえた時から離れていた。何を言っていたかは聞いていない」

 

 そう言って笑みを漏らすマドカに二人は安堵の息を漏らす。もしや聞かれていたのか? そう思った二人は揃って声を上げたが、その言葉に取りあえず安心する。

 

「どうしたんだよ? こっちまで来て」

「クロビスたちから伝言だ『自分たちが見張りを交代でやっておくから落ち着いたら休んでおけ』とのことだ」

「そうでしたの……では、イチカさん……」

 

 クロビス達の申し出に申し訳なさそうな表情をするが、その気遣いに笑みを漏らすとセシリアは一夏に声を掛けるが、それはマドカの声によって遮られる。

 

「すまないが、こいつに話があるので借りていく。先に戻っていてくれないか?」

「ですが……」

「お前もまだ、落ち着く時間が必要だろ?」

「……そうですわね、すみませんイチカさん、マドカさん……では」

「ああ」

 

 そう言うマドカに逡巡を見せるセシリアだが、やはりまだ割り切れていないのだろう。軽く表情を歪めると申し訳なさそうな顔をしながら二人に軽く会釈し格納庫を出て行った。その様子を見送った後、マドカは今も心配そうにセシリアが去った方角へ視線を送る一夏に向き直る。

 

「……それで、話ってなんだ」

 

 それに気づいた一夏は視線を戻し困惑気味に問いかける。

 

「ここでは話にくい。場所を変えるぞ」

「お、おい!」

 

 そうして一夏の腕をつかむとマドカは無言のままずるずると一夏を引き摺ってとある場所まで連れていく。抗おうとする一夏だが、姉がベースなのは伊達ではないらしく、力の差は明白で、抵抗むなしく引きずられ、連れてこられたのは……ゼイフォンのコックピット前だ。

 

「この中ならいいか、入るぞ」

「入るって……」

「いいから」

「……わかった」

 

 そう言ってコクピットの中に入る様に促すマドカ。その彼女の訴えに戸惑いの表情を浮かべるが、そんな事はお構いなしに言葉をつづけるマドカに一夏は渋々と言った様子でハッチを開け、内部に入るシートに着座する。その後についでマドカが入るとハッチを閉める様に促される。内部は僅かな明かりが灯っているだけで薄暗くお互いの顔がやっと認識できるほどだ。

 

「ここなら大丈夫だな」

「こんな所で何すんだよ?」

 

 戸惑いながら声を掛ける一夏だが、その後、マドカより思いもよらない声がかかる。

 

「なに、外では難しいだろうからな……さて、もう我慢しなくていいぞ」

「……我慢って」

 

 マドカのその言葉に一夏は体を震わせ、表情を歪めると視線をそらす。だが、マドカはシートに片膝をのせ、一夏に覆いかぶさるようにその顔を抑え正面を向かせると、その眼を正面から見据え話を続けた。

 

「お前がこんな事に慣れているわけがないだろう。平静でいられるわけがないだろう。お前の方こそ……我慢しないで吐き出しておけ」

「お前……やっぱり!」

 

 にんまりとした笑みを浮かべながら自分が言った事と似たような事を言われ、やっぱり聞いていたのか、そう続けようとしたが途端にマドカは真剣な表情になり、その言葉を遮るように静かに話し続ける。

 

「……お前は言ったな? 私達は家族だと」

「ああ……」

「家族に隠し事は無しにしよう……そう言ったのもお前だ。そのお前の方から……約束を違えるのか?」

「……」

 

そう言われ一夏は言葉を詰まらせる。二人の間にしばらくの間沈黙が続くが、やがてぽつぽつと自身の心の内を吐露し始める。

 

「……俺さ……今までずっと千冬姉に、誰かに守られてきた……」

「……ああ」

「この世界に来て、不安はあったけど、それ以上に嬉しかったんだ。聖霊機に乗って、俺も戦えたことが」

「……」

「俺も皆を守れたんだ。これから、この聖霊機で誰かを守れるんだって、思って……」

 

 コックピット内を見渡しながら語る一夏の言葉に徐々に嗚咽が交じり、やがて滂沱のごとく涙を流し泣き始める。

 

「だけど!! 俺は、守れ、なかった!! あの子の国も! あの子も!! 何も、何も……!!」

 

 何も出来ないと思っていた少年が突然力を手に入れ、周りから頼りにされれば仕方ない事だが、得た力が余りにも強かった為、一夏は完全に勘違いしていた。あの戦いでゼイフォンを操って見せた一夏は十分特別ではあるが、最初の戦いで生き残れたのは飽く迄ゼイフォンの性能のおかげ。そしてそれを建造し、完璧な状態で動かせるように保っていた者達の力だ。決して彼一人の力ではないし彼自身が強くなったわけでもない……ましてや、当の本人は唯の学生である。目の前で泣きながら感情を吐き出し続ける一夏を見ながらマドカは思う。

 

⦅こいつも悩んでいたんだな、私と同じように⦆

 

「俺は……無力のままだった……!! 強くなんて……なって、なかった!!」

「当たり前だ、そう簡単に強くなんて、なれんさ……」

「マドカ……?」

 

 不意にマドカから掛けられた言葉に涙でくしゃくしゃになった顔を上げ、一夏はじっと彼女を見つめる。

 

「焦ることはない、少しずつ強くなっていけばいい……私達には、まだまだ未来があるのだからな」

 

 マドカはまるで自身に言い聞かせるかのように、優しげに一夏に語る。

 

「だから今は泣いておけ。泣くだけ泣いて、また明日から始めればいいさ」

「……うあっ、ううう、うあぁぁぁぁぁ!!」

 

 一夏はこの世界に来てから、いや、地球にいたころからため込んできたものを吐き出すかのように泣き続けた。先ほどとは逆に自身が抱かれながら、自身が得た力と託されたモノの重さを噛みしめながら、そして彼女も唯黙ってその胸を貸し続けた。一夏が隠さずにその想いを話してくれたことでまた一歩、家族に近づけた事を感じながら。

 




 一夏とマドカを急接近させすぎた気がしないでもありませんが、これで行こうと思います。

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