聖霊機IS   作:トベ

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 今回より原作名、変更しました。 また少し長くなりましたので前後に分け投稿します。


四話 (前)

 どことも知れぬ場所、その薄暗い部屋には円卓が置かれ、青白い照明が室内を照らしている。その部屋にいるのは二人、一人は腰のあたりで切りそろえられた長い髪の若い女性、そして長い銀色の髪を後ろで束ねた中年ほどの男性だ。だが、唐突に自動扉が開き入ってきたのは、ジグリムにてグロウスターと話していたバイザーを付けた二十代前半の若い男だ。

 

「おや、戻られましたか……首尾はどうでしたか?」

 

 それに気づいた銀髪の男性が成果について確認すると、若い男は円卓に備えられた椅子に無遠慮にドカッと腰かけながら銀髪の男性へ返答する。

 

「ジグリムの方は俺が渡した技術で、新たな装兵機の生産に入っている。それよりも、そっちはどうなんだ?」

「ええ、彼が来たその日に“あれ”からの強い反応が確認されましたので、間違いないかと」

「彼がいるのはヨークでしたね? そこには、あれもあるはずでしたね」

 

 二人が話していると唐突に女性からの問いかけが入り、銀髪の男性は女性の方を向くと彼女の言わんとしていることを察し、答えを返す。

 

「共鳴結晶……私たちの計画に必要なものですね」

「そいつになんかあったら元も子もねえ。うっかりそいつが死んじまわねえように気を付けてくれよ?」

 

 若い男はそう言うものの、その人物を心配するような様子は見られない。頭にあるのは飽く迄、自分たちの計画の心配のようだ。

 

「ええ、わかっていますよ。ようやく……ここまで来たのですから」

 

 その言葉に銀髪の男性は、今までの道のりを想い出すかのように目を閉じ、呟くように答えるのだった。

 

 

 

 場所は変わりヨーク王国のフラムエルク城内、若干の肌寒さを感じさせるが、朝の澄んだ空気が清涼感を感じさせる中、彼女……マドカは歩いていた。早い時間に目が覚めてしまい、かといってやることもないため、こうして城内を散策しているのだ。流石に髪は整えている様で、姉譲りの整った容姿はすれ違う人の視線を集めているが、どの人物も咎めようとする様子は見られない。如何やら、召喚された人物は、国家として重要な役割も任されている為、ある程度自由に歩ける権限はあるそうだ。

 

「ふむ……」

 

 散策に出たものの、辺りを見回す事はなく、思考に耽るマドカだが、考えるのは自身のこれからについてだ、今まで復讐という自身の目的のために生きてきた彼女だが、いざそれがなくなった時の事を何も考えていなかった。その為、一夏たちが消えた時も、そして今も、自身の在り方に悩み、周りをからの視線を気にする事もなく歩き回っていた。

 

⦅取りあえず、今の立場は了承したものの……これから、私は何をすればいいのだ……今まで、こんなこと考えた事もなかったな……ん?⦆ 

 

 周りからの視線も意に返さず思案に耽ったいた彼女だったが、ふと顔を上げる。そこにあったのは、広大な花壇だ。そこはちょうど城の中庭の辺りに位置し、多種多様な花が咲き乱れていた。

 

「花壇……か?」

 

 それは雑草などなく完璧に整備され、それを行った人間がどれほど丁寧に手入れをしてきたのかが伺える。こうやって落ち着いて周りを気にする事もなかったな、と思いながらマドカは花壇を見渡す。

 

「大したものだな……」

 

 少なくとも園芸の知識の無いマドカにも一目で分かる程整った花壇を見渡しながらマドカは呟くが、その時、不意に声が掛る。

 

「君は……新しくこちらに来た者だな?」

「……!!」

 

 ふとかけられた声にハッとして振り向くと、そこにいたのは180センチはあろうかという大柄な男性、タイロンだった。今は作業着の様な服を着ており、手には草刈を持っている。どうやらこの花壇を整備しているのはタイロンのようだ。

 

「お前は?」

「失礼した。私はタイロン・レン・アースダルアー。このヨーク王国にて騎士を務めさせて頂いているものだ」

 

 マドカの警戒するような視線を見て、まだ自身が名乗っていない事に気づいたタイロンは姿勢を正し、自己紹介する。

 

「騎士? ……この花壇は、お前が?」

 

 騎士と言う割にはそれらしい恰好をしていないタイロンにマドカは訝しむ様な視線を向ける。

 

「ああ、なかなか見事なものだろう。特に、この花は最近ようやく咲いたばかりでな」

 

 その視線を意に介さず頷くと質問に答えるように花壇を見回す。そして背後の花に視線をやり、後ろを向き片膝をつくと慈しむように微笑みながらその花に手を添える。

 

⦅この男……⦆

 

 後ろ向きであり膝をついた状態でありながら、全く隙の無い所作に驚愕するマドカだったが、不意にタイロンから声がかかる。

 

「そういえば、ここに来た時、随分深刻そうな面持ちをしていたがどうしたのだ?」

「……」

「悩んでいるのか? これからの生活に、彼とどう付き合っていくのかを?」

「!! どうして!」

 

 タイロンの問いかけに言いよどむマドカだったが、見られていたことが恥ずかしかったのか、俯き気味になるが続く言葉にハッとなり顔を上げる。

 

「なに、この世界にきてしまった以上、その思考は当然だ。それに私も仕事柄、大まかな話は聞いている、君たちが少々特殊な家庭事情を持っていたこともな……」

「……」

 

 女王の側近というタイロンの仕事柄、知らされていて当然ではあるが、マドカにとっては自身の知らないところまであの時の話がいきわたっていることが面白くないのか、ムッとした表情でタイロンを睨む。

 

「そう睨むな……君は何がしたいのだ? ここで」

「分からない。いままで、自分の目的のために生きてきた……だが、それがなくなった時、どうするかなど、考えた事も……聖霊機があれば当面の目標も出来たのだがな……」

「だが今ここには余分な聖霊機はない、聖霊機に関して今、君ができることはない」

「それはおかしくはないか? お前たちの目的は異世界人を連れてきて、操縦者にすることでは? なら……」

「それは違う、我々の目的は飽く迄も保護であり、その先の選択に関してはその方の自主性に任せている」

「詭弁だな」

「……そうだな、おっと話を戻そうか」

 

 その話はマドカには少々白々しく感じられた、本人の自主性に任せると言ってはいるものの、異世界から身一つで来た人間に、そうそう選択肢などない。そのマドカの言葉の意図を察し、同様に思っていたのだろう、自嘲気味に笑うが、話がそれて行っている事に気づいたタイロンが話を戻そうと再度マドカに話を振る。

 

「君は彼とどういう関係を築きたい?」

「私は、唯……もう一人にはなりたくないだけだ」

「つまり……彼とともにありたい、と言うわけか」

「……っ」

 

 少なくとも本人を前にしては言えない事を言っていることを恥ずかしく思っているのか、顔を赤くして俯くマドカにタイロンが思う事を口にする。

 

「なら簡単な話ではないか、少しづつ触れ合い、絆を深めていけばいい」

「触れ合う?」

「……失うときは簡単だが、強い絆を結ぶのはそう簡単な事ではない。それこそ一朝一夕ではな……」

「……」

「きのう、イチカくんは確かに家族になろうと言った……だが、それは飽く迄、道が出来たという事だ。お互い歩み寄る努力を怠れば、また失われてしまう」

「……え?」

 

 失うと言う単語に顔を青ざめさせるマドカを見て、その緊張をほぐすかのように、微笑みながらタイロンは話を続ける。

 

「そう難しい顔をするな、それほど、大層な事をしなければいけないわけではない。花に水を与える事のように、簡単な事から始めていけばいい」

「簡単な事から……?」

「そう、そうすればこの花のように、いつか君もその思い咲かせることができるさ」

 

 言いながらタイロンが自身の育てた花たちを見やると、その視線の先を見詰めながらマドカは自嘲気味に笑う。自分は結果を焦りすぎていたな、そう思いながら、マドカは声を上げる。

 

「……まずは出来ることから、と言う事か」

「ああ、焦ることはない。君たちには……これから、まだまだ時間があるのだからな」

「そうだな。少し考えてみる。それにしても、流石は年の功と言う奴か……私もまだまだだ」

 

 そう言いながら身を翻し城内へとかけていくマドカを見ながらタイロンは自身の顔に手を当て、言われた言葉に愕然としながら呟いた。

 

「……やはり、そんなに老けて見えるか?」

 

 タイロン・レン・アースダルアー……同い年のユミールは疎か、年上であるはずのクロビスよりも老けて見える、自身の容姿をちょっと気にする29歳だった。

 

 

 

「ここか……」

 

 場所は変わり、マドカが居るのは一夏の居室前だ。勢いよく城内へと駆け出したマドカだったが、何も考えておらず、再び思案に耽る事になったが、取りあえず一夏の顔でも見ておこうと思い、辺りを歩いていた従者に部屋の場所を聞き出すとこうして部屋の前にやってきたのだ。

 

「不用心だな……入るぞ」

 

 ノックをしても返答はないため、ドアノブを回したら、すんなり開いた事に安堵しながらも、あまりの不用心さに呆れながらも扉を開き入室する。部屋内を見ると、目的の人物はすぐに見つかった。

 

「あいつは……まだ、寝ているのか」

 

 目的の人物は私服のまま、靴も脱がずベッドの上で大の字になって眠っていた。その緊張感のない顔を見ていると、マドカは今まで悩んでいた自分が馬鹿みたいに思え、ふつふつと怒りがこみあげてくる。

 

「私がこんなにも悩んでいると言うのに、こいつは……」

 

 マドカはその緩みきった頬を掴むと軽く抓り引っ張り出す。すると頬に違和感を覚えたのか、一夏は徐々に目を開くと行き成り目の前にいたマドカに驚き声をあげる。

 

「……む、う、うわ!!」

「起きたか?」

「お、お、お、お、お前! 何やって!」

 

 一夏が起きたのと同時に手を離したマドカは少々不機嫌そうに声を掛ける。当の一夏は起きたばかりの寝ぼけた頭では状況が読めず、上ずった声を上げ、問い詰める。

 

「何って、起こしに来たに決まっているだろ。さあ、行くぞ。さっさと起きろ」

「ちょ、ちょっと、待てってどこに行く気だよ?」

 

 そんな一夏の状態を意に返さずマドカはどこかに誘うが、当の一夏は終始自分のペースで話しを進めるマドカに困惑しているのかかなり戸惑った様子である。

 

「起きたのなら食事だろう。行くぞ」

「行くって……お前、場所知ってんのか?」

 

 困惑する一夏に「何を当たり前の事を?」とでも言いたげな顔を向け、先導しようとするマドカに一夏が問いかけると彼女は押し黙り硬直する。どうやらそこまで確認していなかったようだ。

 

「……」

 

 

 そんなマドカの様子を見ながら苦笑し一夏はベッドから立ち上がる。

 

「取りあえず、着替えるから外で待っていてくれよ」

 

 まずは私服のまま寝てしまった為、流石に着替えたいと思い、取りあえずの退室を促した。

 

「……ああ、わかった」

「そういや、マドカさ。その服、どうしたんだ?」

 

 渋々退室しようとするマドカを見ながら、ふと彼女が着ている見慣れない衣服に気づき声を掛けると、振り向き衣類を見せる様に手を広げながら説明を始める。

 

「……これか、昨日、眠る前にユミールから渡された。着替えが無いし、あの爆発で着ていた服も汚れていたからな」

「そ、そうか……何と言うか……」

 

 この世界の服なのだろうか、上は民族衣装の様な袖の長い灰色のゆったりした服で下は丈の長いスカート。その上に丸首の膝まである黒い巻頭衣の様な物を着て、それを腰ひもで縛っている。はっきり言ってかなり地味だ。ユミールがこの服を選んだと言うのなら、ユミール自身、こういった事にはかなり無頓着のようだ。

 

「……なんだ?」

「いや、お前が気にならねえなら、いいや……」

 

 少々思う事はあったが、本人がなんとも思っていない様子であった為、その言葉を飲み込む一夏だった。

 

 

 

 

 

「さてと、どっかにあいている席は……っと」

 

 身支度を済ませ一夏はマドカと共に食堂を目指した。一夏本人は二食も抜いてしまったためかなり空腹を感じており、足早に食堂をめざし食事のトレーを受け取った後、開いている席を探していた。だが、その時不意に掛けられた声に振り向くとそこには見知った顔があった。

 

「あら、イチカさん、それに……マドカさんでしたね。おはようございます」

「おはようございます。よく眠れましたか」

「ああ。おはようセシリア、それにユミールも?」

 

 ユミールについてはこちらではあまり見かけなかった為、尋ねる様な声色で返答を返す。

 

「昨日の今日なのでやはり気になりまして、親睦もかねてご一緒にどうですか?」

「ああ、マドカもいいか?」

「ああ」

 

 マドカにも了承を得ると四人連れ添って手近な席を見つけ、着席すると食事始める。一夏はようやく食事にありつけたため、大盛りで貰っていた食事を勢いよく口に運んでいく。半分ほど食べ進めるとコップの水をのみ一息つく。空腹感も落ち着いたためユミール達に対して、昨日、疑問に思ったことを問いかける。

 

「そういえば、ちょっと聞いていいか?」

「ええ、何ですか」

「マドカのいた世界ってさ、俺や千冬姉が居なくなっていたんだよな? それってどういう事なんだ? 俺の時は誰かがいないことになる、なんてなかったぜ」

 

 一夏の時は逆に増えていたぐらいだ。

 

「わたくしも詳しく知っているわけではありませんが、おそらくマドカさんはそういう“もしも“の世界に飛ばされたのでしょう」

「俺と千冬姉がいない世界って事か?」

「そういう事ですね」

「……」

「ああ! 悪い! つい……」

 

 じゃあ、俺の時は鈴が転校しなかった世界なのか? と考えていた一夏だったが、自分の隣の席でその時の事を思い出しているのか、表情を暗くしているマドカに気づくと慌てて謝罪をする。その様子からその時の事がよっぽどショックだったことを一夏に予想させた。

 

「……いや、いい……参考までに聞いておきたいんだが、いいか?」

「……? ああ。いいぜ」

「お前が飛ばされた世界はどうだった?」

 

 表情を戻すとマドカ自身も疑問に思っていたことだったのだろう。今度はマドカが一夏に同じ質問をする。その質問に一夏はその時の事を思い出す。

 

「ああ、それは……」

 

 流石にゼイフォンが出てきた事は話さず、フォルゼンと会った当日のことを話す。フォルゼンの態度に「もう、兄さんは……」とユミールは少々呆れながら頭を押さえている。姉が料理をしていた時の衝撃を語ったときにセシリアより疑問の声が上がる。

 

「なぜ、そこまで驚かれたのです?」

「ああ、千冬姉さ、仕事とかが忙しかった影響もあるんだろうけど、家事とか全然だめでさ、料理なんてとてもじゃないけど……」

「そ、そうですか……」

 

 本来の姉を思い出しながら微妙な表情で話す一夏にセシリアは苦笑いを浮かべる。やはり世間一般には姉は完璧な人物だと思われているんだなと彼は思う。だが、一夏はあの時の衝撃は空からゼイフォンが落ちてきた時、以上だったなとしみじみ思う。だが、その時、ふと思いついたことがあった為、マドカに対し問いかける。

 

「そういや、マドカさ……家事とかって……」

「した事あると思うか……」

「いや、全然」

 

 即答するマドカだったが、一夏自身も経験があるとも思っていなかったため、何故かマドカの顔を見ながら納得した表情を浮かべる。その様子を見ながら、そんなに織斑千冬は家事がだめだったのかという事を皆に想像させると同時に一夏の心には一つの使命感が湧き上がってきていた。

 

「なかったら何だと言うんだ?」

「俺が教えるよ、必ず!!」

「いや、別に……」

「いいや!! 絶対にやっておいた方がいいよ!! 将来、千冬姉みたいにならないようにさ!!」

 

 それは決して姉の様な家事能力ゼロの人間にしない事だ。一夏自身、姉に対して思う事はあるが、不満があるわけではない。しかし彼が新しい家族に姉と同じ道を歩ませたくないと思っているのも事実だ。

 

「あ、ああ、わかった」

 

 その一夏の妙な迫力に押され、引きつり気味に了承してしまうマドカであった。

 

 

 

 

 

「おう、ここにいたか……」

 

 賑やかに食事が進み、今は食器の片づけを始めていると聞き慣れた声が耳に入る。そこにいたのは左頬に走る傷が特徴的ながっしりとした体格のこの国で医師を務める中年男性、ガボンだった。食器のトレーを持っていない為、これから食事をとるという様子でもない。単純に一夏たちを探しに来たのだろう。4人に近づき声をかける。

 

「ああ、ガボンさん……どうされたんですの」

「いや、ローディス殿下たちが国元に帰る事になったんでな、そのことの報告だ」

「それは、また急ですわね……」

 

 昨日会ったときはそんな話もなく、本人達にもそのようなそぶりも見られなかった為に少々驚きながらセシリアは声をあげる。

 

「まあ、そんなわけだ。だから、この後は帰還の挨拶とマドカの正式な紹介もかねて、陛下の執務室まで来てほしいとのことだ」

「わかりました」

 

 如何やら用件はそれだけの様だ。それだけ伝えると踵を返したガボンだったがユミールの横を通り過ぎる際に小声で呟いた。

 

「……俺は、一足先にあそこへ行っているからな」

「わかりました、ではお気をつけて」

 

 一夏達には何のことだが、よくわからなかったが、ユミールはそれだけで理解した様だ。一瞬思案した後、一夏たちを促すと、待たせるわけにもいかないため女王の執務室へと向かう一夏達だった。

 

 

 

「失礼します」

 

 執務室へと到着した後、入室するとその場には既に数人の人物が集まっていた。クロビスにアーサー、アルフォリナ、タイロン、セリカ、フェイン、ローディスともう一人、薄茶色の髪の、一見すると少女のような少年が一緒に居るのが見て取れた。着ている衣服がローディスと似通っている点から王族関係の人物であろうと予測される。

 

「ご苦労様です。ユミールさん、そちらの方が?」

「はい、昨日召喚されました、オリムラ・マドカさんです」

 

 その後、アルフォリナから労いの言葉がかけられ、そしてマドカへと視線を移すと尋ねるように声を掛けられる。マドカは経過しているのか、表情が硬い、そんなマドカを気にした様子も無く。会談は進んでいく。

 

 マドカ自身の自己紹介から始まり、アルフォリナ、ローディスと話が続いていく、その際アルフォリナがしているペンダントに話がふられ、そのことに対して思う事があるのか先ほどの少年、名前はティックスといい、どうやらセリカやローディスの弟であるようだ。アルフォリナに対して好意を持っているようでティックス自身も指輪を誕生日プレゼントとして送ったようだが、その指輪ではなく、兄が送ったペンダントをしていることが不満であるようで少々棘のある話し方でアルフォリナに話しかけていた。

 

「申し訳ありません。唯、身に余るほどの高価なものであったので、気に障られたのでしたら謝罪します」

「いえ! そんな!」

 

 だが、アルフォリナよりの謝罪により、目で見ても分かる程に狼狽えている。如何やら、ローディスと違ってこういった対応には慣れていない様だ。

 

「ティックス、アルフォリナ女王がそう言った理由で物を選んだりしない事は、お前も良く分かっているだろう?」

「……はい」

「兄さん、そろそろ時間がないわ」

 

 その後、ローディスが割って入りティックスを窘めていたが、セリカより声がかけられる。流石に今日も作業着ではなく、半袖の上着にショートパンツだ。先日もこの服装だったが、如何やらこれがセリカの普段着の様だ。

 

「そうですわね、名残惜しいです」

 

 その言葉にアルフォリナは一瞬表情を曇らせるが、すぐに平静を取り戻し話を続ける。

 

「私もです、この様な時にここを離れるのは心苦しいのですが……」

 

 何か含むところのあるローディスの言葉を疑問に思う一夏だったが、その後、興奮気味に話しはじめるフェインによってその思考を遮られる。

 

「ならば、残るべきです、殿下!! 友好国の危機を知りながら、ヨークを発たねばならないなど!!」

 

「フェイン……あなたの気持ちはわかるけど、今の状況だってかなり無理な理由で認めさせて、何とかここまで引き延ばせたのよ。今回、本国からの正式な帰還命令が出た以上、それに逆らうわけにはいかないわ」

 

「しかし……」

「大丈夫ですよ、ジグリムの威圧行動は今に始まった事ではありません。昔からあの国はこういった行動を繰り返してきました……今まで大きな争いになった事はありません、今回も大丈夫ですよ」

 

 アルフォリナは口ではそう言っているがその言葉は楽観視していると言うよりは、ローディスたちが心残りなくここを発てるようにとの気遣うような様子が見てとれる。

 

「それにここで無理を言って後々にローディス様の動きが制限されてしまうわけにはいかない。我々の計画は聖霊機を建造するだけではないのだから……」

「そうですが……」

 

 その後続いたタイロンの言葉にフェインは考え込む。確かに作ったのは良いが、いざ戦おうとする時に、権限を失い、その行動を制限され思った様に使えないのでは元も子もない。俯くフェインに対し、タイロンは安心させるように明るい声色で話かける。

 

「なに、国境のベルネア砦にはガリュード様がいる。それとも、君はそれだけでは不安かな?」

 

「ま、まさか!! 剣煌幻聖であられるガリュード殿の守られる砦です!! ジグリム如きに落とされるなど……」

「……剣煌幻聖って確か、この世界で最高の騎士の称号だったっけ?」

 

 二人の会話に一夏の頭に先日の講義の内容が過り思わず声を上げる。するとその声に反応した様でフェインが興奮意味に一夏に話しかける。

 

「おお!! イチカも知っていたか!! その通り、その名の威光は世界に轟きガリュード殿がこの国を守るようになられてからは、明確にヨークを侵略する者が居なくなるほど!! まさにこの国の守護神と言っても過言ではないお方なのだ!!」

「では、安心して行けるな?」

「……はっ」

 

 話し終わった時に不意にかけられたタイロンの言葉にそこまで言う相手が居ながら安心できないとは言えず、フェインは素直に頷いた。

 

「フェイン、そう心配しなくても大丈夫よ。じゃあ、アルフォリナちゃんも元気でね」

「ええ。セリカ様こそ」

 

 そのフェインの言葉を最後に議論は終わり、セリカの言葉を皮切りに皆は思い思いに別れの言葉を交わしていく。

 

「では、次は聖地にて……」

「あっ、ローディス様」

 

 その様子を見てローディスもアルフォリナに言葉をかけたのだが、その言葉を遮る様に声をかけるアルフォリナの深刻な様子に穏やかな笑みを浮べていた表情を引き締めつつ、問いかける。

 

「はい?」

「ちょっと、お耳を……」

 

 ローディスに寄り添うような形で話をするアルフォリナを見ながら悔しそうにティックスは表情をゆがめる。その表情は嫉妬以外にもなにか含むものを感じさる。

 

「……」

「ティックス……」

 

 その要因を知っているのであろう、その心中を察するようにセリカは彼を見つめる。

 

「なっ!! それは……わかりました」

「お願いいたします」

 

 突如として声を上げるローディスであったが、アルフォリナよりの真摯な懇願にすぐに表情を引き締め、平静を取り戻す。一瞬、その様子に皆の視線が集まったが、ローディスがすぐに表情を戻したことで再びそれぞれの会話に戻っていく。

 

「なんか寂しくなるな……」

 

 セリカも皆を見回す様に挨拶していくが、その際、呟くように声を漏らす一夏に軽い感じでセリカは返答を返す。

 

「これが落ち着いたら、すぐにまた会えるわよ。イチカの事、もっとしりたいしね」

「ユミールさん、では自分はこれで」

「え、ええ?」

 

 そんな二人の横でユミールに話しかけるフェインではあったが、その様子は普段の様子とは違い妙に丁寧だ、その後の様子からもフェインがユミールに対し好意を抱いている様子が感じられたが、当のユミールは全くわかっていないようだ。

 

「イチカ、お前の腕は本物だ、今度会うときはもっと強くなっていろよ!」

「ああ! もちろんだ!」

 

 それが終わると今度は一夏に振り向くと力強く激励の言葉をかけてくる。その言葉に答えるように一夏自身も強く拳を握り返答を返しているが、そんな中、ティックスはアルフォリナに悔しそうな表情を浮かべながら自身の想いを語っている。

 

「アルフォリナ様、僕にもっと力があれば……」

「ふふ、ティックス様、そうお気になさらずに。ティックス様は十分ローディス様やセリカ様、そして私の力になってくれていますよ」

「……ありがとうございます、それでは」

「ええ……」

 

 先程の複雑な表情は何もできない自分への苛立ちだったのだろう、アルフォリナの言葉に少し気が楽になったのか表情を和らげるティックスだった。

 

「それではお見送りします……ユミール、すまないが、ローディス様も交えて聖霊機について話しておきたいことがある。ついてきてもらえないか?」

「ええ、わかりました」

 

 ひとしきり言葉を交わしあい、落ち着いたころ合いを見計らってタイロンがローディスたちに声を掛けると五人は順々に退室していき、その後に声を掛けられたユミールも共に部屋を出ていく。皆を見送った後、先ほどから不穏な話があった為、一夏はアルフォリナに問いかける。

 

「さっきから話を聞いてたけど、隣の国が攻めてきているのか?」

「いいえ……国境の砦前に集結し、挑発行動を繰り返しているのです。それ自体は以前から繰り返し行われてきた事ですから、こちらから乗らない限りは大丈夫です」

 

 そのアルフォリナの返答を聞き少し安心したような表情を見せる一夏だが、彼よりもこの国の現状を知っているセシリアとアーサーは口々に苦い表情で現在の状況を口にする。

 

「それにしても、このような時に使用できる装兵機が三機のみと言うのはいささか苦しいものですわね」

「そうですね……二機がベルネア砦にある以上、この城にあるのはタイロンさんのブランダイムのみですからね」

 

 その現状を聞いたマドカ話険しい表情をしがアルフォリナに対して棘のある言葉が向けられる。

 

「……それでコイツを聖霊機に乗せて、戦争の片棒を担がせようと言うわけか?」

「おっ、おい! マドカ!!」

「マドカさん!!」

 

 余りにも無遠慮な言葉に一夏は焦った声を、セシリアは怒りをにじませた声を上げるが、当のアルフォリナは表情を変えずに穏やかな口調でマドカに話しかける。

 

「それは違います、聖霊機は飽く迄、対ゼ・オード用の物、間違っても殺戮のために創られたのではありません」

「……」

「確かに実際、聖霊機に乗る事を異世界の方々に強いてしまっています。ですが、だからこそ、その思いをたがえるわけにはいかないのです、ここにいる方々も、そして聖地にいるお二人も世界を救うと言う目的だからこそ、異世界の事にも関わらず協力してくださっているのです、そんな皆様の、そして今まで協力して下さったすべての方々の想いを裏切るわけにはいきませんから」

「……そうか」

 

 そのアルフォリナの言葉をマドカは唯、黙って聞いていたが、やがてその言葉に偽りがない事を察したのか、納得はしていないのだろうが、幾分か表情を和らげると視線を伏せる。

 

「おい、マド……」

「失礼します!!」

 

 あまりに失礼な態度のマドカに対し注意しようと声を掛けようとした一夏だが、ノックもせずに入室してきたタイロンにより、それは遮られる、その普段は見せないような彼の所作に何事かと皆の視線が集まる。

 

「……どうしましたか?」

「先ほどグラスシェールの谷にて所属不明の装兵機の反応が確認されたとの報告がありました!!」

「まさか……」

 

 その話から何か思い当たる節があるのか、アルフォリナは思案するような様子を見せる。

 

「はい、もしかするとリーボーフェンの存在が外部に漏れたのかもしれません」

「リーボーフェン?」

 

 聞いたことのない単語に思わず声に出してしまった一夏に答えるようにアルフォリナから声がかけられる。

 

「聖霊機開発計画の一環で建造された移動要塞です。すでに戦闘が可能な段階まで仕上がっているため、もし奪われでもしたら、大変なことになります」

「でも、どこの奴らが……」

「えっ! いやっ そこまでは……」

 

 そう言って声を上げたのかクロビスだ。クロビスの声と共に皆の視線がタイロンに集まるが、何故かタイロンは狼狽しつつ声を詰らせる。

 

「……タイロンさん? 何か……」

 

 セシリアは何か引っかかるものを感じたのか、眉を顰め、声を上げるが、それを遮る様にアルフォリナが声上げた。

 

「この前のテロリスト、もしくはジグリムの装兵機かもしれません。前者は現在力をつけてきているとの事です。リーボーフェンを奪いさらに力をつける心算かもしれません」

「そうですとも! とっ、とにかく調べてみなければなりません!」

 

 タイロンの言葉と共にアルフォリナは皆に視線を向けると懇願する様に語り掛ける。

 

「……すみませんがお願いできますか?」

「先程は聖霊機を、戦争の道具にはしないと言っていた筈では?」

「ええ、ですから飽く迄、偵察で結構です。もしイチカさんが心配なのでしたら、どのような事をするのか、一緒に見に行ってはいかがですか?」

「わ、私は別に……心配など……」

 

 またも棘のある言葉を上げるマドカだったが、彼女からの思いもよらない切り返しに焦りながら否定をしようとする。

 

「それに、一度否定的な考えの方からの意見も聞いておきたいのです、あなたが聖霊機のあり方を見てどう思ったか、それを見極めて私に教えて頂きたいのです」

「そっ、それなら構わない」

「ふふ、ではお願いします、ああ、イチカさん」

 

 そのマドカの返答を聞きながら、満足そうに微笑むとアルフォリナは一夏に向き直ると一転、真剣な面持ちで話しかける。

 

「え?」

「あなたからは強い力を感じます。これをお持ちになってください」

 

 そう言いながら彼女は、執務机に置いてあった、手のひらに載るくらいのガラスケースを一夏に差し出す。

 

「えっと、これは?」

 

 戸惑いつつも、渡されたそれを一夏はまじまじとそれを眺める。見ると中には紋章の刻まれた五センチほどの八角形の結晶体がおさめられている。

 

「共鳴結晶と言います、私が母から受け継いだ形見の品です」

「えぇ! いやいや! そんなの受け取れないって!」

 

 そんな大事な物は受け取れないとばかりに一夏は焦りながら渡されたものを差し出し返そうとするが、アルフォリナは強引に一夏の手にそれを握らせる。

 

「貴方に持っていていただきたいのです、だめですか?」

「いや、でもさ……」

 

 そして、アルフォリナからの頼み込むような視線に一夏が言葉を詰まらせていると、そんな様子を見かねたクロビスから声がかかる。

 

「イチカ、そこまで言ってくれてんだから、受け取っておけよ」

「う~ん……それなら借りるだけ……戻ってきたら返すからさ」

「ええ、わかりましたわ……では、あなたに希望の風があらんことを」

 

 その一夏の返答に満足したように、アルフォリナは一夏に微笑み掛ける。その言葉を聞き、一夏たちは順々に退室していくが、一人残った人物がいる、セシリアだ。

 

「……? どうしましたか、セシリアさん」

「アルフォリナ……本当に、大丈夫ですのね?」

 

 首を傾げ、訪ねてくるアルフォリナにセシリアは不安げな表情を浮かべながら問いかけるが、彼女を安心させるように微笑みながら返答する。

 

「ええ、心配いりませんわ」

「共鳴結晶はあなたにとってお守りの様な物だったはず、それを……」

「ふふ、あの方に持っておいてほしい、そう思ったのです。それに、私には新しいお守りが出来ましたから」

 

 それほどのものを預けた事に何かあるのでは、と感じたセシリアではあったが、アルフォリナはそれを否定すると愛おしそうに胸元のペンダントをなでる。

 

「……わかりましたわ、なるべく早く戻ってきますわ」

「ええ、ありがとうセシリアさん。お気をつけて……」

 

 そう言いながらアルフォリナは、精一杯の笑顔でセシリアを見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 パイロットスーツに着替えた皆は指定された場所へ行くため通路を歩いているが一夏は先ほどのマドカの態度が気になった為、マドカに問いかける。

 

「マドカ、一体どうしたんだよ? 行き成りあんな事を……」

「確認したかっただけだ、あの女王が何を考えているのかをな……」

「だからって、あんな言い方は……」

「………それに、お前に何かあったら、私は……」

 

 如何やら一夏を心配してのあの態度の様だ。だが、面と向かって言うのは気恥ずかしいのか口ごもっている。

 

「え、なんか言ったか?」

「なんでもない!! 行くぞ!!」

「お、おい! まてって!」

 

 一夏の問い掛けを大声ではぐらかすと目的地に向かって駆け出すマドカ、それを一夏は慌てて追いかけていくのだった。

 

 

 

 

 

 指定された場所に到着した一夏たち、そこは桟橋の様な物があり幾つかの輸送機が停泊した場所だった、そこには先ほどタイロンについていったユミールがおり、整備員と何か話してる、その話の内容から今回はユミールも同行するようだ。

 

「あれ、ユミールも行くのか?」

「ええ、今回は偵察も兼ねますので、このランドシップで聖霊機の輸送とサポートを行わせていただきます」

「へえ、こんなのもあるんだな……」

 

 そう言って一夏はランドシップをと呼ばれた物を見上げる。そこにあったのは全長が100m以上、全高も20m以上とかなり大型の船の様な輸送機だった。着陸脚で地面に直接着陸している状態で、全体を見渡すと艦後方の格納庫に聖霊機4機が積み込まれている所だった。そうしてしばらく作業を見ていると、パイロットスーツに着替えたセシリアが遅れて到着すが、いまだにどこか浮かない顔をしている。

 

「……どうした? セシリア」

「い、いえ、なんでもありませんわ、なんでも……」

 

 一夏が心配そうに声を掛けるもセシリアはどこか上の空だ。その様子を訝しむが、その時ユミールからの呼びかける声が聞こえる。どうやら積み込みが終わったようだ。

 

「さあ、聖霊機の積み込みが終わったので出発しましょう。マドカさんは私と一緒にランドシップの操舵室までついてきてください。みなさんはコクピットへ、詳しい事は通信機にて説明します」

「わかった」

 

 ゼイフォンのもとに向かおうと歩き出そうとした一夏だったが、ふと空を見上げ歩みを止める。

 

「どうしました? オリムラさん」

「いや、雨が降りそうだなって思って……」

 

 見上げた先に広がる暗雲を見ながら妙な不安に駆られた一夏ではあったが、その不安を振りは払うように頬を叩くと気分を入れ替え、自身の機体に向かって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、出発した様です」

「ええ、ご苦労様でした。タイロン」

「しかし、どうにか乗り切れましたな」

 

 一夏たちが出発し数分後、タイロンより報告を聞くアルフォリナはほっとしたように一息つき、タイロンはアルフォリナからの労いの言葉に心底疲れた様子で額の汗を拭う。

 

「タイロンがあそこで言葉を詰まらせたときは、どうなるかと思いました。あの時と言い今回と言い、もう少しタイロンは演技を勉強した方がいいようですね。セシリアさん、たぶん疑っていましたわ」

「そこに関しては、面目次第もございません……」

「ふふ……」

 

 以前の事と今回の事を思うと恥ずかしいのか視線を伏せるタイロン、そのタイロンを見ながらアルフォリナは口元に手を当て笑う。落ち着いたのか顔を上げるとアルフォリナの背後にある窓に視線をやり口を開いた

 

「……あいにくの天気になりましたな」

「ええ……」

 

 そこには一夏たちが出発した後に降り出した雨に濡れる見慣れた景色があった。アルフォリナは顔を少し後ろに向け外の景色を見ると、表情を引き締めタイロンを見る。

 

「タイロン、よくここまで私に尽くしてくれました、心より感謝をしています」

「勿体なき、お言葉です」

 

 主君よりかけられた賛辞に彼は背筋をただし一礼を返す。その様子を見るアルフォリナは一転して悲し気な表情になりタイロンを見据える。

 

「この度の戦、これまでにないほど厳しくなりそうです……いかに……」

「陛下……このタイロンの命、既に陛下に捧げたものと思っておりましたが?」

「タイロン……」

 

 そのタイロンの言葉に微笑むと背後の窓を見るアルフォリナ。

 

「雨……早くやむといいですね」

「はっ」

 

 

 

 

 

 

 

 グラスシェール渓谷、フラムエルクの北東に位置する広大な渓谷であり、装兵機は疎かランドシップの様な船ですらすっぽりと隠れるほどの切り立った谷が幾つも見られる場所だ。目的の場所に差し掛かった一夏達ははいつ何があっても良いように、聖霊機を降下させ警戒を強めながら進んでいく。そして飛行するランドシップの操舵室にはユミールが真剣な面持ちで計器類を眺める傍ら、マドカは物珍しそうにその様子を眺めている。

 

「珍しいですか?」

「ああ、騎士というのものが残っていたり古めかしい印象を持っていたが、これと言いアジャスターと言い、進んでいるのだか古臭いんだか……何とも変わった世界だな」

 

 

 近くにある計器類に触れながらマドカは言う。彼女のいた組織にも、これと同等かそれ以上の装置は当然あったが、ここに存在するそれらは地球の機械とは大分様式が異なり物珍しさを感じさせた。特にそれを感じさせるのが今、ユミールの扱っている記録媒体だ、記録結晶といい地球のそれとは大きく異なりまるで宝石のような形をしている。

 

「異世界から来た方はそう仰いますね。そういえば、今朝はオリムラさんと一緒にこられたようですが……」

「……取りあえず、今朝はあいつを起こすことができた、今は、少しずつやって行こうと思う……色々あったが、折角得た機会なのだからな」

「ふふっ。そうですね」

 

 頬を赤らめながらユミールにマドカはそう告げる。本人の前ではっきり言えば良いのでは、と思わなくもないが、今のマドカではどうにもハードルが高いようだ。そのマドカを微笑ましそうに見つめるユミールではあったが、その時コールがなり、前面のモニターに画像が映し出される。

 

『ユミール、ちょっといいか?』

「オリムラさん? どうされましたか?」

「いや、ゼイフォンのレーダーに変な反応があるんだ。そっちではどうなのかと思って」

「え、すいません。データを転送していただけますか、こちらで確認してみますから」

「ええっと、これでどうだ?」

 

 映像の中の一夏はもたつきながらもなんとか機器を操作し情報を送信する。

 

「ああ、大丈夫です……ええと、確かにこれは……」

 

 転送されたそれを確認したユミールは顔をしかめ思案に耽る。

 

『何か分かったのか?』

「ジグリムの装兵機なのですけど、所属部隊のデータがないんです」

 

 データに映し出されたのは、三本指の細い腕に左肩にミサイルポッド、右肩に小型のキャノン砲を装備した薄緑色の装兵機、データではジグリム軍のデック・バスタイトという機体だ。

 

「それは、明らかに国際連盟条約違反ですね……」

 

 国際連盟条約とはこの世界における軍事に関する情報を公開するための協定であり、戦争をなくすことは出来なかったが、互いに相手を監視し戦争を抑制するために成立した法律の事だ。それに反すると言う事は全ての国を敵に回すことなのだ。

 

「でも、何でこっちに向かってんだ? この方向じゃ、フラムエルク城へ……」

 

 一夏は首を傾げながら、手元にあるモニターを見る、これではタイロンより指定された場所とは反対になってしまう。かなり怪しい一団ではあるがジグリムの装兵機である以上、迂闊な行動はためらわれた。

 

『とにかく無用な戦闘は避けるべきでしょう。私たちに任されたのは飽く迄偵察です、他国の軍に対し迂闊な行動は避けるべきです』

『俺も賛成だ、こっちから攻撃して相手に口実を与えるわけにはいかないからな、条約を守ってねえって事はテロリストかもしれねえが、もしも正規の部隊ならあいつらだけの筈はねえ、今の俺らで部隊を相手取るのは厳しいだろうしな』

 

 確かに今の状態では部隊規模での戦闘は難しいだろう、見たところ数は12機であるが、今は非武装のランドシップを抱えている。その上数で押されては分が悪い。そう判断した二人はやり過ごす事を提案する、それに聖霊機の立場上こちらから仕掛けるのは自分たちにはともかく対外的には不味い事になる。

 

「そうね……セシリアはどう思う……セシリア?」

「……え? ええ、わたくしもそう思いますわ」

 

 ユミールもそう思ったのか同意を示し、今まで何も言ってなかったためセシリアにも意見を求めようと話を振るが返事が返ってこないため、不思議に思い再度声を掛けるも、当のセシリアはどこか上の空と言った感じだ。

 

「どうしたんだ? セシリア」

「いえ、なんでもありませんわ……なんでも……」

「そうか?」

 

 心配になり一夏が声を掛けるが、それでもセシリアは相も変わらずの様子だ。本人にそう言われては一夏も強く言う事も出来ない。

 

「……とにかくやり過ごしましょう。今、この船と聖霊機を隠せる場所を算定しました。そこに機体を隠して機体を待機状態にしてください」

 

『わかった』

 

 今はまだ、その部隊とかなり距離があり、離れた谷間にランドシップを停泊、聖霊機を待機状態にし、強制冷却機能で機体の熱を取る。緊張感からか荒くなりそうな息を何とか抑えながら一夏は彼らが通り過ぎるのを待った。だが、部隊が行き過ぎるとマドカがおもむろに口を開いた。

 

「……今の奴ら、少なくともテロリストではないな」

「ああ、進軍速度と言い、乱れの無い動きと言い、かなり訓練されたやつらだな。これは判断を間違えたか?」

 

 それに同意を示したのはクロビスだ。マドカの言葉に同市しつつ、自身の意見を話す。その瞳は普段の軽い様子は見られず、険しい表情でモニターを睨んでいる。

 

「それならなおさら、リーボーフェンに合流した方がいいのでは? 部隊と戦う以上、バックアップができる体制を整えた方が……」

「いえ、戻りましょう……」

 

 アーサーの話に割って入るようにセシリアが口を開く、普段の様子からは信じられない程、顔に焦りの表情を滲ませていた。

 

「セシリア?」

「あの子も、タイロンさんも明らかに様子が変でしたわ! 絶対に何か隠しています! 少なくとも、かなり不味い事を!!」

「不味い事って、なに―――」

「そうね……セシリアの言うとおりかもしれないわ」

「ユミール?」

 

 一夏が問い質そうとした瞬間、今まで黙っていたユミールが声を上げる、何か知っているのか、表情が険しい。

 

「……何か知っているのか?」

「アルフォリナ様が私に聖霊機のサポート任せて、リーボーフェンに向かわせたのは、聖霊機の機密保持の為よ」

「……え」

「ユミールさん!! まさか!」

 

 ユミールの告白に意味が分からず反応が遅れた一夏とは違い、その言葉で即座に状況を読みとったのか怒気を含んだ声でセシリアはユミールを問い詰める。

 

「さっきの部隊を見て確信したわ。国境に我々の目を集中させて別働隊による侵攻……おそらく、それが、ジグリムの狙いよ」

「な、なんで言ってくれなかったんですか! ユミールさん!」

 

 焦りと怒りが交じった声色でセシリアは尚も声を上げる。

 

「ごめんなさい! 念のために私に頼んだのだと思っていて、まさか、ここまで事態が進んでいるなんて……」

「それでも……」

「セシリア! 今は言い争っている場合じゃねえだろ!!」

「そうですね、それが本当なら一刻を争う事態です!!」

 

 謝罪しても尚ユミールを責めるセシリアをクロビスが怒鳴りつけ、アーサーが行動を促す。

 

「ユミール、今は早く城に戻るべきだ……私もあの女王には一言、言ってやりたい事が出来た」

 

 マドカもその顔に怒気を滲ませながらユミールを促す。マドカにしてみればすっかり乗せれられてしまった事になるのだから無理もない。

 

「……そうね、皆! ランドシップに乗って!! 全速力でフラムエルク城にもどるわ!!」

 

 ユミールの声が響くと同時に全機動き出し、格納庫に向かい、機体を格納し待機させる。

 

「アルフォリナ……無事でいて!」

「間に合ってくれ、間に合ってくれよ……頼む!」

「たくっ!! 悲劇のヒロインになんてさせてやらねえからな!」

 

 それぞれのコクピットにてセシリアは今にも泣きそうな表情で、一夏は何かに駆られるように、クロビスとアーサーは女王の決断に少々の苛立ちを見せながら、今は唯、彼女達の無事を願う事しかできなかった。

 

 




 続きに関しては出来上がっているので見直し終了次第、近いうちに投稿します。

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