聖霊機IS   作:トベ

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 今回千冬、マドカ、そして一夏の過去などに対してかなり無理がある改変が入ります、あの機体に乗れるのが一夏である理由をつけなければいけなかったので……そして今回の最後の部分は前回の最後に持って来ようとした部分でして、似たような感じになってしまい、くどく感じるかもしれません。

 それでは今回もよろしくお願いします。


三話

「アガルティア、そんなモノが……」

 

 移動する車内にて、呟くようにマドカは答える。話は聞いたものの、いまだに信じられないと言った様子だ。

 

「えぇ。この世界の裏にあるもう一つの世界です」

 

 そんなマドカにスーツ姿の男性、フォルゼンは運転しつつ、淡々と事実のみを伝える。そんなフォルゼンに対して、マドカは本来の彼女であれば勝気なその目を不安に曇らせながら、恐る恐る問いかける。

 

「じゃあ、私がいた場所は何だったんだ?」

「織斑君にも言いましたが、その他ではなく、もしも……可能性の世界です」

「私は……もう、戻れないのか?」

「今の段階では、戻っても同じ事の繰り返しになってしまいますね」

「……」

 

 帰ってきた答えに呆然と俯く。するとフォルゼンはちらっとマドカに視線をやると、カバンを漁り、櫛を取り出すとマドカに差し出す。

 

「何だこれは?」

「使いますか? 頭が凄い事になっていますよ」

「……いい」

「そうですか?」

 

 彼女の黒髪は駆けずり回った事でかなり乱れているが、今はそれを気に出来る心境ではないだろう。フォルゼンは櫛を仕舞いつつ、ふと疑問に思っていた事をマドカに問いかける。

 

「そういえば、あなた、織斑君のお姉さんにそっくりですが、やっぱり身内の方ですか?」

「では、なぜ、あいつの名前を出した?」

 

 フォルゼンは何となく聞いてみただけだったのだろうが、不躾な質問にフォルゼンを睨みながらマドカは言葉を返す。

 

「それはさっきも言いましたが、織斑君のお姉さんにあなたが似ていた事と、そして、あなたが織斑君に似ていたからです」

「私は、あいつになど!」

「似ていますよ。そうやって熱くなりやすい所などね……違うというのなら、少しは落ち着いてください」

「くっ」

 

 似ていたと言われた事が気に障ったのだろうか、不機嫌な様子を隠そうともせず、フォルゼンを睨むが、フォルゼンの尤もな意見にぐうの音も出ずに黙り込む。そんなマドカにフォルゼンはふっと穏やかな視線を向けながら言葉を発する。

 

「何か……複雑な事情があるようですね。まあ、あちらに着いたらゆっくりと話し合って下さい。今は織斑君にとっても、あなたにとっても、お互いに唯一の身内何ですからね」

 

 普段は飄々としていて何処か人を挑発する様な言動のあるフォルゼンであるが、やはり彼も人の様だ。気落ちするマドカに優し気に声をかける。

 

「私は……」

 

 一変したフォルゼンの様子にマドカも心が落ち着いたのか、一言だけ呟くと黙り込んだ。余程迷っているのか、マドカはそれからは一度も声を発することも無く、唯、時間のみが過ぎて行くのであった。

 

 

 

「おっと、そろそろ着きますよ、準備をしてください」

 

 それからしばらく時間が経ち、外の景色に気づいたのかフォルゼンが声を上げる。もう二度目であるからか、一夏の時よりも声をかけるタイミングが早い。

 

「……む」

 

 フォルゼンの言葉と共ににマドカは思考を止め、周囲の景色を見回す。準備と言われても彼女は本当に着の身着のままである。私物など何も持っていない。フォルゼンは一夏も案内した富士の樹海にマドカと共に再び降り立つ。そして、マドカが慣れたように歩くフォルゼンに付いて行くと、そこにいたのは青色の見た事のない服を着た、長い銀色の髪の女性……ユミールが待っていた。見慣れない衣服の人物に訝し気な視線を向けるマドカとは対照的にフォルゼンを嬉しそうに声を上げる。

 

「おや、ユミールさんでしたか! 出迎え、ご苦労様です」

「ええ。兄さんもお疲れ様」

 

 どうやら、久しぶりの兄弟の再会である様だ。だからか二人の口調は明るい。だが、ふと後ろに立つ少女にユミールが視線を向けるとフォルゼンに問いかける。

 

「そちらの方が?」

「はい。今回保護した織斑マドカさんです」

「……織斑?」

「はい、どうやら、織斑君の身内の方の様なんです。そういえば……織斑君はあれから?」

 

 ユミールの疑問に答えながら、ふと、気になったことを口にする、やはり連れてきた時の様子を思い出すと気になるようだ、そんなフォルゼンにユミールはマドカからフォルゼンに向き直り答えを返す。

 

「ええ、あの後ちょっと事件があって、その際織斑さんがゼイフォンに乗り、解決してくれたんです」

「ほう!?」

 

 ユミールの言葉にフォルゼンは感嘆の声を漏らすと若干、喜色を含ませた声を上げるが、事の詳細を聞くと真剣な面持ちで言葉を発する。

 

「では、織斑君も?」

「ええ。昨日、正式にゼイフォンの操者として協力を申し出てくれたわ」

「そうですか……」

 

 目的は飽く迄保護である以上、嬉しくもあり、悔しくもあり、と言ったところだろうか。だが、そこに今まで蚊帳の外だったマドカが不機嫌そうに二人に声を掛ける。

 

「ゼイフォンとは、さっき言っていた聖霊機という奴か?」

「ええ、そうです。今は織斑さんが操者を務めています」

「あいつに、そんな事が出来るのか?」

 

 少々棘のある言い方でマドカは話すも、ユミールは穏やかな口調で返答を返す。

 

「はい、初見でゼイフォンを操って見せ、敵機を撃退してくれました。まだ慣れていない様子は見られますが、飲み込みも早く、特にセリカは楽しそうにしてましたわ」

「あいつが……」

 

 ユミールの答えに驚いた口調で呟くマドカだが、その脇でユミールの話で納得したようにフォルゼンは頷いていた。

 

「まあ、セリカさんからしてみれば、ようやくゼイフォンをまともに扱える相手が現れたわけですからね。おっと、いけない。後一人、お連れせねばいけないのでした。では、ユミールさん……」

「ええ、後は任せて兄さん」

「それではマドカさん、ユミールさん失礼します」

 

 マドカに一言声かけるとフォルゼン襟を整え踵を返す。そして車に乗り込むと、走り去って行った。走り去る車の音が周囲に響くが、周囲が再び静けさを取り戻した頃、ユミールはマドカに声を掛ける。

 

「では、織斑さん行きましょう」

「ああ……」

 

 声を掛けマドカを伴って歩きだす二人だが、ふと、ユミールは微笑みながらマドカに視線を向けると嬉しそうに声を掛ける。

 

「それにしても、こういっては不謹慎ですが……良かったです」

「……何がだ?」

 

「織斑さん……ああ、一夏さんの方ですが、こちらに来た時は大分気落ちしていましたから、身内の方に会えるとなれば、きっと、喜びます」

「いや、私は……」

 

 笑顔を向けられ顔を赤くしながらマドカは俯く、今までいた場所ではこのように、穏やかな笑顔を向けられることも、穏やかな物腰の女性もいなかった。自身に初めて向けられる言葉と態度に慣れない為に、どうにも対応に困り言い淀む。そんなやり取りをしている内に所定の場所に着いたのか、二人は足を止める。

 

「さあ、行きましょうか、ああ、その前に……」

 

 目的の場所にたどり着いたユミールは、手に持っていたポーチから円筒形の物を取り出しマドカに視線を向ける。

 

「なんだ? それは?」

「アジャスターと言って、翻訳機能や身体の回復力を高めるナノマシンを打ち込むための物です。少々痛みますが、手を貸して頂けますか?」

「あ、あぁ……」

 

 

 行き成り、妙なものを取り出した相手に身構えるマドカだが、相手を安心させるため、ユミールはあくまで丁寧に話をする。怪しいものではないと判断したのかマドかも素直に腕を差し出した。

 

「では」

 

 そして、ユミールはマドカの手を取ると、手に持ったそれを二の腕部分に当て、打ち込む。

 

「痛……」

「……これで、どうですか、オリムラさん」

 

 痛みにわずかに声をあげるマドカにアジャスターの働きを確かめるように、アジャスターが機能するころあいを見て、日本語からアガルティアの言葉に替え、ユミールは話しかける。一瞬首をかしげていたマドカだったが気づいた事を声に出す。

 

「なにが……? 口の動きが……! ……これが翻訳機能か?」

「ええ、どうやら正常に動いているようですね」

「こんなものが……」

 

 自身の組織でも似たような物は見たことがあったが、ここまで高性能の物を見たことが無い。確かに地球にも医療用のナノマシンはあるが、此方はほぼ恒久的に効果が続くのだと言う。その為、マドカは素直に感嘆の声をあげた。

 

「さて、準備もできたので行きましょうか? 転送を行いますので捕まってください」

「ああ」

 

 差し出された手を掴もうとしたマドカだったが、ためらうように一瞬の逡巡を見せ、服の袖をつかむマドカ、それを確認すると、転送機能を動かすため、ユミールは声をあげる。

 

「では、転送!」

「!!」

 

 其の言葉が発せられるのとほぼ同時にマドカは一瞬浮遊するような感覚を覚える。その後、暗い空間の中、流れる星の様な光景が広がる。まるで宇宙空間を飛んでいるかのような光景を見ながらマドカは思いを巡らす。それはこれから会えるという織斑一夏の事だ。

 

⦅会えるのか、あいつに……私はあいつに会って、何を……!!⦆

 

 あの時、もう会えないと思っていた相手に会えることが分かった時、抱いた感情は、喜びだった、今まで姉に対しての感情のみが自身のすべてだと思っていたマドカは今まで抱いたことのない感情に戸惑い、困惑していると突然の異変が彼女を襲う。

 

⦅何だ!?⦆

 

 居る筈のユミールに問い掛けようとするも、気が付けば手にはユミールの服の感触はなく、今この場にいるのは彼女一人だった。そのことに戸惑い辺りを見渡していると再びの異変が起こる。

 

⦅これは……一体!?⦆

 

 彼女の視界に見慣れぬ景色が広がったと思うと、光の奔流が彼女を包み込んだ。

 

 

 

 

 場所は変わり、ヨークのフラムエルク城内。一夏は午前の聖霊機のテストを終え、コクピットにて座りっぱなしで固まった体をほぐすように伸びをしながら歩いている。服装も今はパイロットスーツから着替え、今は長袖のワイシャツとジーパンというラフな格好である。

 

「う~ん。流石に腹が減ったな」

「おっ! イチカじゃないか」

 

 午前の仕事が長引いてしまい、かなり遅い昼食をとるため、食堂に向かい歩いている。すると不意に声がかかり、声のした方に一夏が視線を向けると、そこにいたのはクロビスだ。一夏に対し親し気に声を掛ける。

 

「よお。イチカ」

「ああ。クロビス」

 

 近づいてくるクロビスに一夏も姿勢を直し、返事を返す。

 

「お疲れの様だな。今から食事か? そういやあ、昨日は災難だったな」

「ああ、まあ、あれは自分から言い出したことだからな、しょうがないさ」

 

 昨夜の話題から始まり、その後談笑しながら歩いていると通りすがる人たちの様子がなんか忙しそうにみえた一夏は、先にこちらに戻ってきていたクロビスに問いかける。

 

「そういや、随分城の中が忙しそうだけど……なんかあったのか?」

「ああ、お前が演習場に向かった後に、フォルゼンの奴から新しい奴を送るって連絡が来てな。今、ユミールが迎えに行ってるんで、その受入れの為って訳さ」

 

 その返答を聞きながら一昨日のフォルゼンの去り際のセリフを思い出す。

 

「そういえば、あんとき、あと何人か連れてこなければいけない、とか言ってたっけ……どんな奴が来るんだ?」

「さあ?」

 

 質問に即答、しかもわからないという答えに一夏は不満げに答える。

 

「さあって……」

 

 自身の時はあれほど知れ渡っていたのにどういう事だ? そう続けようとした一夏だったが、それよりも早く、クロビスは話しはじめる。

 

「いやな、今回の奴だけど事情が変わっているらしくてな。詳しい事はあんまりわかんなかったんだと」

「そうなのか? まあ、来りゃ分かるか……」

「そういうこった。おっ、今度はセシリアか」

「あらクロビスさん、イチカさん」

 

 ちょうど通路が交差するところに差し掛かった時、左側の通路からセシリアが現れ、それに気づいたクロビスが声を掛ける。その声に気づいたセシリアはこちらに振り向きながら挨拶を返す。

 

「そういえば、セシリアは聞いてるか? 今日の事」

「ええ、先ほどユミールさんが出ていかれましたから、そろそろ……!!」

 

 お互いにこれから来る新人の事について話していると、突然轟音がなり響き、ついで振動が辺りを揺らす。一瞬、体を揺らした三人だったが、それが収まると辺りの様子を探る様に周囲に視線を巡らす。

 

「なんですの!! 今の音は!?」

「おい!! 一体何があった!!」

 

 すると、そこに慌てて走ってきた兵士にクロビスが問いかける。

 

「それが、原因は不明なんですが、転送が終わった瞬間、召喚施設で爆発が起きたとのことで!! 今、警備の者が向かっている所です!! ではすみませんが、これで!!」

 

 余程慌てている様で言い終えると兵士は即座に走り去る。それを見送った後、一夏が思わず声を上げる。

 

「……ユミール!」

「ああ、いこうぜ!!」

「ええ!」

 

 召喚施設で爆発があったと言う事は新人を迎えに行ったユミールに何かあったかもしれないと、気づいた三人は脇目も振らずに走り続ける。そして召喚施設にたどり着くと、現場は煙で視界が遮られ、救助は難航している様子だった。すると騒ぎを聞きつけたのかアーサーも到着する。

 

「ああ、イチカさん!」

「アーサー、これは一体!?」

「すみません、私も爆発音を聞いてきたので、詳しい事は……」

 

 そんなやり取りをしていると兵士に支えられ、ユミールが煙の中から姿を現す。ユミールの姿を確認した一夏たちは心配した様子で駆け寄った。

 

「ごほ! ごほ! うぅ……」

「ユミールさん! 大丈夫ですか!!」

「ええ、何とか……でも」

 

 セシリアの問いに答えながら、ユミールはいまだに煙に包まれた内部に視線を移す。その意味を察した一夏は声をあげる。

 

「新しい奴は、まだこん中にいんのか!?」

「ええ、それに……」

「クソ!」

「待て、イチカ! 無茶するな!!」

 

 ユミールの言葉もクロビスの制止も聞かず、一夏は施設内に向かって駆け出す。咄嗟に来てしまったが、内部は火の手こそ上がっていないが煙が充満しており、かなり無謀な行為である。一夏は袖口で口元を覆いながら目を細めながら辺りを見回していたが、徐々に煙が晴れ、視界が開けてくる。するとちょうど召喚陣の中央辺りに倒れている人物を見つけ、咄嗟に走り寄り抱き寄せるとその少女の様子を確認するため仰向けに体制を変える。

 

「おい! 大丈夫か! 君……え?」

 

 その顔をみた一夏は、ぽかんと口を開け、見入ってしまった。現れたその顔は、本人よりも幼い容姿であるものの、自身の姉に、あまりにも似ていたからだ。

 

 呆然とその少女を抱き上げていた一夏だったが、追いかけてきたクロビス達が一夏の背後から声を掛けると、一夏の抱える少女を見るとそれぞれ驚きの声をあげる。

 

「おい! 先走るなって……っておい、それって」

「オリムラ・チフユ氏……ですか? しかし」

「ああ、似てるけど、違う。でも何で、こんなに……」

 

 呆然としていた一夏だったが、その声で我に返ると絞り出すように声をあげる。

 

「オリムラさん!」

「ユミール?」

 

 声の聞こえた方向に振り向くと向くとユミールが走り寄ってくるのが、見える。一夏の腕の中にいる少女を心配し、無理をして戻って来たのだろう。

 

「マドカさんは!?」

「マドカって……この子の事か?」

「……え?」

 

 ユミールの呼ぶ、聞いた事のない名前にその名前の持ち主であろう少女を見ながらユミールに問うが、その一夏の様子にユミールは怪訝な顔をする、少なくとも身内だと言った時、マドカはそのことを否定はしなかった、そのためユミールは一夏に不思議そうに質問を返す。

 

「ご存じないのですか? オリムラさんの身内だと聞いているんですが……」

「そんな……馬鹿な……俺には」

「イチカさん!! その前にその方を医務室へ!」

「……あ、ああ!!」

 

 歳は違うようではあるが、姉と同じ顔の自身の身内だと言う、見知らぬ少女が現れ、一夏は頭が追いついていかなかったが、遅れてやってきたセシリアの声に我に返ると、ここに来た目的を思いだし、少女、マドカを抱きかかえると、医務室に走った。

 

 

「じゃあ、この娘は預かる。少し待ってろ、おっとユミールもすぐに来いよ。一応検査しなきゃいかんだろうからな」

 

 医務室へ到着しガボンへとマドカを預けると、医務室前にて先ほどの少女について話し合っていた。一夏の反応にユミールは確認するように問いかける。

 

「あの……オリムラさん。本当にオリムラさ、いえ、マドカさんをご存じないんですか?」

「マドカ……マドカ、それがあの子の名前なんだな」

 

 名前が重なってしまい咄嗟に言い直すユミール、一夏は再び聞いたその名前を確認するようにつぶやく。

 

「え、ええ」

 

 一夏の質問に対して戸惑うように頷くユミール、その返答を聞き一夏はさらに考え込む。

 

「お前の妹とかじゃねえのか?」

「いや、俺、家族は千冬姉だけで……」

 

 考えこむ一夏に対して、クロビスは一夏よりも幼い彼女の容姿から尤もな疑問を投げかけるも、一夏は余裕がないのか、力のない声でそれを否定する。

 

「あら? ご両親は?」

「わかんねえんだ。俺、いや俺と千冬姉さ……昔に両親に捨てられたらしくてさ、物心ついたときには、家族は千冬姉一人だった」

「あ……申し訳ありません」

 

 一夏の言葉にセシリアは気まずそうに謝罪をかえす。だが、一夏の言葉でこれ以上の議論は意味が無いと思ったのか、アーサーが一息吐くと言葉を発する。

 

「取りあえず、詳しい事は、彼女が目を覚ましてからですね」

「そうだな……」

 

 一言、一夏が呟くと病室前のソファに5人は深々と腰を掛ける。だが、話を切り上げたものの、皆、気になるのか、思案する様に黙り込み、その場は静寂に包まれる。

 

「じゃあ、ユミール入りな」

「はい」

 

 その後、ガボンに言われた通りユミールが医務室に入る。一同はそのまま医務室前で待機していたが、突然医務室内が慌ただしくなり、只ならぬその雰囲気に一同は不安に駆られる。だが、しばらくするとユミールを伴ってガボンが姿を現す。

 

「何かあったんですか!!」

「ガボンさん! いったい何が!!」

 

 一夏に続いてセシリアがガボンに詰め寄るが、そんな二人を窘めながら、皆を見渡し説明に入る。

 

「落ち着け、ユミールは大丈夫なんだが……あのマドカって子だが……どういう奴なんだ? 妙なものが体に入ってやがる」

「妙なもの?」

「ああ、どうやらアジャスターと似たようなものなんだが、あの子に使われているのは、どうやら行動を抑制するもののようだ」

「なんだよ……それ?」

 

 一夏はガボンの言葉に呆然と声をあげながら二人を見る。ユミールは悲痛な様子で視線を伏せている。どうやら、確かめもせずに当たり前のようにアジャスターを打ち込んでしまった事に自責の念に駆られているようだ。

 

「ユミールの所為じゃないよ」

「すみません……」

 

 そんなユミールに一夏が気にしすぎないよう声を掛けると、幾分か表情が和らぐ、ユミールの状態が落ち着くとガボンは説明を再開する。

 

「簡単に言うなら、アジャスターとは真逆の物だ、詳しく調べたわけじゃねえが、身体の動きを抑制する機能があるようだ」

「そんなものが、なぜ?」

 

 ガボンの言葉にアーサーは顎に手を当てて思考に耽る。その疑問に対しガボンは頭を振る。流石にそこまでは分からないのだろう。腕を組み、唯現状を説明する。

 

「それは……分らん。唯、そのナノマシンをアジャスターが排除しようとしているため、あの子の体に異常をきたしているようだな」

「なあ、あの子に会わせてもらえませんか?」

 

 そんな話を聞き、一夏は居ても立っても居られないと言った様子でガボンに問いかける。

 

「今はまだ安定してねえから、ちょっと待ってろ……落ち着いたら、また声を掛ける」

「……はい。頼みます」

 

 そう言われては、無理に言うわけにもいかず一夏は、祈るようにつぶやくと再び医務室に戻っていくガボンの背中を黙ってその見送った、その後一時間程経つと医務室より顔を出したガボンより声がかかる。

 

「いいぜ……どうにか落ち着いた。今は眠っているが、取りあえず確認するといい」

 

 ガボンに促され一同は連れ添って医務室の中に入る、彼女が眠るベッドの前に立つと一夏はまじまじと彼女の顔を見つめ考え込む。

 

「この子が……」

「やっぱり……記憶に無えか?」

「ああ、千冬姉、両親の事とか話してくれなくてさ、俺も両親とかに会いたいとも思っていなかったからさ……」

「そうか」

「こんな事になるんだったら、ちゃんと聞いておけば良かった」

 

 家族について考える一夏だが、姉はそう言ったことを話してくれなかったことを思い出す。一夏自身も迷惑になるのが嫌で、あまり話題を振らなかったのを今更ながらに悔む。

 

「く……うっ……ここは?」

 

 そうやって、お互いに言葉を交わしていると、一瞬呻くような声が聞こえ、そちらを見るとマドカの意識が戻ってきているのが見えた。目を開けた直後、まぶしさに目を細めるが、徐々に目を開けると体を起こしながら辺りを見回す。

 

「おお、気が付いたか?」

「お前は? それにここは?……!!」

 

 そんなマドカにガボンが近づき腰を落とし、安堵したような声を掛ける。見慣れない人物に警戒しているのか、一瞬身構えるが、その背後から一夏が顔を見せると、体を震わせ目を見開きながらその顔を凝視する。

 

「君は……一体誰、なんだよ? 何でそんなに?」

「織斑……一夏か?」

 

 

 近づき素性を訪ねる一夏の声を遮るように、震える声で確認するかのように一夏の名前を彼女は呟く。

 

「……ああ」

 

 突然かかった言葉に思わず応えると身を硬くし、続く言葉を待っていた一夏だったが、言葉が続くことはなく彼女は顔を歪め、行き成り一夏の胸元を掴み引き寄せる。

 

「……な!?」

 

 彼女の行動に皆身構えるが、その後の彼女の様子を見て動くのをためらわせた。

 

「………お前、お前……なんか……」

「お、おい……行き成り、どうし……」

「うえ、ぐす、あ、ああぁぁ」

 

 最初は睨みながら声を出そうとしていた彼女であったが、徐々に俯くとその声が掠れていく。涙声になっていく彼女に一夏は戸惑いの声をあげるが、やがて一夏に縋り付き、今まで押し込めていた感情があふれるように声をあげ泣きじゃくる。

 

「……」

 

 声を上げ泣き続ける彼女に呆然としていた皆は二人に気を使ったのであろうクロビスに促され、医務室を出る。

 

「おい。俺たちは外に出ておくから……なんかあったら、呼べよ?」

「ああ、悪い……」

 

 一夏はクロビスの声に振り返る事無く答える。退室するクロビスが最後に見たのは、泣くじゃくる少女を見て、いたたまれなくなった一夏が縋り付く彼女の後頭部に手を回し、無言のまま、あやす様に手を添える姿であった。一夏はクロビスが退室した後も彼女が泣き止むまで唯、胸を貸し続けていた。

 

 

「……落ち着いたか?」

「……ああ」

 

 数分後、ベッド脇に腰かけ、落ち着きを見せ始めた彼女に一夏は声を掛けるとその前に置かれた椅子に腰掛ける、いまだ俯き涙声ではあるが、はっきりとした返事を返すマドカ。

 

「……」

「なあ」

「……なんだ?」

 

 しばらくの間、沈黙が続いたものの、やがて意を決した様に一夏は声を掛ける。そんな彼に対し、泣きはらした赤い目を向け、自身の感情を隠すかのような平坦な口調でマドカは返答する。そんな彼女に初めて見た時からずっと気になっていた事を、震える声で問い掛ける。

 

「君は、一体誰なんだ? 俺の身内だって聞いたけど、俺は君の事は……それに何でそんな……」

「……知らないだろうな。いや、知ろうともしなかった、の間違いじゃないか?」

「……な!!」

 

 行き成り出た、棘のある言葉に一夏は一瞬言葉を失う。行き成りの態度にムッとしながら彼女を見る一夏に対し、彼女は平然とした視線を返す。

 

「……」

「……」

「聞きたいか?」

 

 しばらく続いた沈黙は彼女の方から破られた、その声にどこか怯えた感情を滲ませながらマドカは声を発した。

 

「……ああ、聞きたい。もう、何も知らないなんて、俺は嫌だ」

 

 そんな彼女を正面から見据え、視線をそらさず、声を震わせながらも決意を込めた声で一夏はつぶやく

 

 

 

「………私たちの世界に、一つの組織があった。お前の、いや私たちの親はその組織の創始者のひとりの血縁だった」

「組織?」

「正確にはその組織を創設した研究機関だ。今はその組織の支援組織になっているがな。お前の両親もその組織に所属していた」

「……!?」

「その組織においてある時、一つの計画が始まった」

「計画って?」

「表ざたに出来ない組織おいて、確保が難しいものは何だと思う」

「え~と……資金……かな」

「それもあるが……その時、重要視されたのは人員だ。特に必要だったのは優秀な前線要員だったそうだ」

「それと俺たちに、なんの関係が……」

「遺伝子レベルでの強化を加えた強化人間を作成し、それを量産すること、両親はその計画に自分の子供を……姉さんを使った」

「んな!!」

 

 マドカの口から発せられた余りの無いように一夏は驚愕の声を上げる。

 

「変に思わなかったのか? 姉さんを近くで見ておきながら……」

 

 そんな馬鹿な、と思う一夏だったが、少なくとも彼女に嘘を言っているような様子や余裕が見当たらない事と、姉の才能がある、では済まされないほどの能力を一度見ているのでそのセリフを話すのをためらわせる。またそれと同じくらい気になる事が頭に浮かび一夏は言葉を発する。

 

 

「まさか、俺も?」

「……それはない。以前調べて、それがない事は証明されたからな」

 

 震える声で問いかけるが、帰ってきた言葉に一瞬、安堵の息を漏らすも、続いた言葉にその感情はかき消され、驚愕に目を見開く。それは知らない間に自身の事を調べられたという事、一夏はおびえと怒りの交じった声で声を荒げ、問いかける。

 

「それって、いつだよ!!」

「二年前だ……」

「……まさか」

 

 二年前と言われ、一夏はすぐに思い至った、少なくとも二年前と言われ思いつくのは一夏にはそれしかなかった。

 

「そうだ、あの誘拐にはその組織が関わっていた、目的は、お前の遺伝子情報の調査だ」

 

 あの誘拐の目的は自身だったと言われ、一夏の内心は戸惑いと驚きで溢れていた、つまり組織は一夏の誘拐の真の目的を隠すために、あの時を待ったのだ、あのタイミングならば誰もがブリュンヒルデの二連覇阻止を目的とした誘拐として処理される可能性が高く万が一にも、真の目的が判明することも、そこから組織につながることもないからだ、そしてその調査の結果、それが否定され、組織は彼に対する興味を失ったという事らしい。

 

「……なんでそんな事?」

「……あいつらの子供であるお前も同様の処置を受けているのではないか? と考えたものがいた、そのため、お前を誘拐し、その情報を手に入れ、調査する計画が実行された、それで分かった事は、お前が何の変哲もない子供だと言う事だけだったがな」

「……」

 

 自身が普通の人間だと言われても、目の前の少女から出てくる言葉があまりの内容で素直に安堵することができない一夏、そんな彼に追い打ちをかけるように、さらに言葉を続ける。

 

「莫大な資金を掛け、私の様な失敗作しか作れなかった事を認めたくなかったのだろう。だが、それで分かったのが自身達の失策の証明をしただけだったがな」

 

 組織にてそう言われ続けてきたのか、怒りの感情を滲ませながらも、その連中の失策が判明した時の事を思い出しているのだろうか、あからさまな嘲笑を浮かべるマドカ、よっぽど組織の奴らが気に食わなかったのだろう。

 

「……失敗作って、まさか!?」

「私は……姉さんの、織斑千冬のクローンだ……正確にはお前たちとは姉弟ではないんだ」

「なあ、もしかしてお前以外にも……」

 

 その話を聞いて一夏は恐る恐る自身が抱いた懸念を口にする。

 

「いや、私だけだ。10年前に私が想定以下のスペックしか発揮できないと分かり、計画は中止。計画の中枢にいたあいつらも何年か前に実験中の事故で死んだことによって計画自体もなくなってしまったからな……それでも失敗を認められなかった奴らが起こしたのが、二年前の事件だ」

 

「!!……そうか、死んだのか」

 

 両親が死んだ、そう聞かされても今まで親と言うものを意識したことが無かった一夏は悲しみの感情は浮かばなかった、彼らは親ではあったかもしれないが、家族ではなかったことも要因の一つだろう。両親が死んだことの悲しみよりも、姉にそっくりな人間が量産されていない事への安堵の方が強かったのだ。

 

「……」

「……」

「なあ、今までの話は本当なのか?」

「……こんなところまで来て、嘘を話して何になる……」

 

 しばらく、二人の間に沈黙が続いたが、一夏は尤もな疑問を投げ抱えるが、マドカからの、怒りをにじませながら反論され、釈然としないものの、無理やり自分を納得させ、一夏は話題を切り替える。

 

「そう……だな、でもそんな技術が、あったのか……」

「……創始者は、お前の先祖は、当時としては考えられないほどの技術を保有した科学者だったそうだ。今の技術をもってしても、解明できないほどのな。まぁ、詳しい経緯等は分からん。所詮、私は末端だったからな」

 

 なんで自分の子孫の生活を狂わせるような組織を作った、と一夏は見たこともない先祖に恨み言を言いたくなったが、それ以上に浮かんだのが姉への疑問だった。

 

「なんで、千冬姉は、お前の事を、何も」

 

 俯きながら片手で顔を覆いながら呟く一夏に泣き笑いの様な声でマドカは話しだす。

 

「ははっ……当然だ。お前と違って私は……本当の家族ではないんだ、姉さんにとっては、どうでもいい存在だったんだ……」

「そんなこと!!」

「じゃあ!! なぜ私がいる事を姉さんはお前に言わなかった!! 姉さんは私を知っていたんだ! 私だって確かにあの世界にいたんだ!! なのに!! なんで私だけずっと一人でいなければならなかった!!」 

 

 あまりにも自身を、そして姉を卑下するような言葉に思わず声を荒げ、立ち上がる一夏だったが、それ以上に感情を爆発させ、声をあげる彼女を見て何も言えなくなった、その眼には涙をため、徐々に声に嗚咽が交じってきている。

 

「……」

 

 姉は知らなかったんじゃ……そう反論したかった一夏ではあったが、出来なかった……なぜなら、この話の通りに考えると、今までの姉の行動に納得できてしまうからだ、もしかしたら、護衛という名の監視はついていたかもしれないが、少なくとも家族に自身の職場は疎か、連絡先さえ教えていないなど、家族を誘拐されたことのある者の取れる行動ではないからだ。だが誘拐の目的も、その後の顛末も含め「もう一夏は狙われない」と知っていたのなら……そう考えると一夏はすべてが納得できた。

 

「お前だってそうだ!! どうせ「姉さんが居ればいい」などと考えて、知ろうともしなかったんだろう!! 」

 

 

そう指摘され黙り込む一夏、少なくとも彼女の言っている事は間違いなく自身が思っていたことだったからだ、泣きながら自身の感情を吐露する彼女を見て一夏は恐る恐る口を開く。

 

「……恨んでるのか?……俺や千冬姉を」

「当たり前だ!! だけど……あの日、お前たちは、行き成り、いなくなった!! 誰に聞いてもお前は疎か、姉さんすらもしらないって言って……私は、自分の生きる目的すら失ったのに、お前こんな所でのうのうと……!!」

 

 今まで機会がなかったのであろう、唯ひたすら自身の感情を吐き出す、少なくとも今の現状に甘んじ、知ろうともしなかったのは事実だ。その結果が、今目の前で泣いている少女なのだ。彼女を見ていたためれなくなった一夏は沈痛な面持ちで彼女を引き寄せ、抱きしめる。

 

「何をする!! はなせ!!」

「聞いてくれ!!」

「!!」

 

 突然の行為に怒りと戸惑いの交じった表情でマドカは一夏を引きはがしにかかる。だが、とっさに一夏が彼女の肩を掴み正面からマドカの目を見ながら声を張り上げるとビクッと一瞬体を震わせ押し黙った。。

 

「……」

「千冬姉がお前をどう思っていたのかは、今の俺じゃ分からない。もしかしたらお前の思っている通りかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

 正直、一夏自身も頭の中がぐちゃぐちゃで何と言葉をかけていいかも分からない。だが、それでも自身の思っている事を精一杯口にしていく。

 

「……誤って済むことじゃないって事は分ってる、お前の言う通り、俺は何も知ろうとしなかったしな……」

 

 そんな一夏を先程まで泣きわめいていたマドカは黙ってじっと見据えている。一夏もそんな彼女を見ながら自嘲気味に話すと言葉を続ける。

 

「だけどこれからは違う、今はこうして知ることができた。お前の話を聞いて分かったんだ……俺達は、この世界で二人だけの家族なんだって事が」

 

 一夏は思っていた、彼女は姉の事を姉さんと呼び、自身の名前を告げるときに織斑と名乗っていた、だからマドカは恨んでいながらも、まだ自分たちとのつながりを持ってくれているのではないかと。

 

「……!」

 

 対するマドカは家族と言う言葉に反応し、体を震わせる、自身を認めるような言葉を掛けられた喜びからか、マドカは眼に涙をため、その恥かしさからか俯くと、その途端に眼から涙がこぼれる。

 

「いつかこの事件を終わらせて、異変の原因が分かって帰れる事になったら、俺は必ず元の世界に帰る。千冬姉の真意も確かめなきゃならないし、すぐには無理だろうけど……お前とも一緒に暮らしたいしな、お前は間違いなく家族なんだから……俺の……俺たちの大切な妹だ」

「……おい」

「ん?」

 

 不意に声あげるマドカに一夏は疑問の声をあげる。その時見た彼女の顔は妙に不機嫌そうだった。

 

「言いたいことは色々あるが……まず言っておく」

「なんだ?」

 

 一夏が肩から手を離すとマドカは話しながら腕で目元をぬぐい、一夏を見る。一夏も穏やかな声色で彼女から声を掛けられるのを待っていた。

 

「まだ……少し戸惑っている、正直、今、自分が此処まで穏やかな気持ちでいられる事も、信じられない。だが、一つ確実に言える事がある」

「うん」

 

 

 

 

「私がお前の妹ではない……お前が私の弟だろう?」

「……はぁ!」

「そうだろう? 私の方がお前より能力的には優れている。そうなるのは当然だろ?」

 

 自身が認められた余裕からか、そこには先ほどまで、ぐずっていた少女はいない。色々迷っていたものの、それだけは確信していたのだろう、マドカは腰に手を当て、自信たっぷりに話していた。

 

「んなわけないだろ! さっきまで散々……って、だから千冬姉のことは姉さんで、俺はお前とか一夏なのか!!」

 

 そう言われ一夏は気づいた、あれほど恨んでいると言いながら、姉の事はしっかり『姉さん』と呼んでいる事、そして自分の事は『兄さん』じゃないことに。

 

「今頃気づいたのか……鈍いやつめ、さあ、私たちは家族なのだろう?  遠慮なく呼べ“姉さん“と」

 

 そう言いながら腰に手を当てふんぞり返るマドカに対し、先ほどまでの穏やかさをかなぐり捨てて声を荒げ、一夏も反論する。

 

「待てよ、おい! 新しくできた家族なんだから、普通、妹になるだろう! だからそっちが“兄さん“って呼ぶべきだろ!!」

「いいや! 私は姉さんの情報から生まれたんだ、だから、私が姉だ!!」

「あー!! そこ普通、気にするとこだろ!! 第一……」

「おいおい!! 何でいきなり喧嘩腰に……」

 

 流石に声が聞こえたのだろう。慌ててガボンが止めに入ろうとするが、二人はガボンの方へ振り向くと、ほぼ同時に言葉を発する。

 

「ガボンさんは黙ってくれませんか!! 今、大事な話をしてるんですから!!」

「お前は黙ってろ! いま取り込み中だ!!」

「は、はい……」

 

 喧嘩を始めたはずの二人の妙に息の合った反論に黙らされ、ガボンは後ずさる。そんな彼を余所に言い争いは更に加熱していく。

 

「いいだろう! お前とはとことん話し合うべきだな 私のこれからのアドバンテージの為にも!」

「ああ、いいぜ! このままじゃ俺も納得しないからな!!」

「ああ……まぁ。ほどほどにしとけよ?」

 

 まるで決闘を挑むかのように一夏を指さし宣言するマドカと手を腰に当てそれに相対する一夏を横目に見ながら、すごすごと退室するガボンだった。

 

 

 

 

 数分間、議論重ねるも一向に決着は見えず、やがて話す内容も体力も尽き、どちらともなくイスとベッドにへたり込む。疲れたのか息を切らせている二人だったが、一夏が取りあえず得た結論を切り出した。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……取りあえず、詳しい情報が分からない以上、この問題は保留って事でいいな?」

「ハァ、ハァ……ふん、まぁ、確かにこれ以上、この話題に関して話していても無駄だな……元の世界に戻れるようになったら、真っ先に確かめてやる」

 

 肩で息をしながら一夏は「もっと他に確かめなきゃいけないことがあるんじゃ?」と思いはしたが、本人が取りあえず納得してくれているので取りあえずいいか、と思い息を整える。

 

「……」

「……」

 

 しばらくお互い無言のまま、視線を伏せていたが、おもむろに一夏が口を開く。

 

「なぁ……」

「……なんだ?」

「……これからは、家族に対して隠し事ってのは無しにしようぜ。もしかしたら千冬姉は俺を守るために、あえて教えてくれなかったのかもしれないけど……こんな風にすれ違って、ここで会えなかったら、もっとひどい出会い方してたかもしれないし……」

「……」

「それと……さっきも言ったけど、今まではお前が居ることを知らなかったから無理だったけど、これからは違うんだし、思い出を作ろうぜ、お前が確かにここにいるって証拠をさ……」

「……ふん」

 

 一夏はそう言いながら精一杯の笑顔を向ける。そんな一夏に対し、マドカは少し顔を赤くしながら視線を逸らした。その時の彼女は今まで通り不機嫌そうな顔ではあったがまんざらでもなさそうな表情だった。そんな時、医務室の扉が開きガボンが入室してくる。二人を見ながら気遣うように声を掛ける。

 

「話は終わったか?」

「ああ、取りあえずは……まあ、保留って事になりました」

 

 結局、あれだけ話して問題が解決出来なかったため、そのことを恥ずかしがるように頭をかく一夏。

 

「まあ、それはじっくり後々話し合ってけ……それと、えーと?」

「マドカでいい……オリムラだと紛らわしいからな」

 

 最初どう呼べばいいか困惑していたガボンだったが、マドカからの返答を聞き、笑みを浮かべると、この後の事についいて話しはじめた。

 

「マドカはこの後、検査をしたら大事を取ってここで休んでけ、取りあえずは大丈夫そうだがな……それとイチカ、お前も、もう休め」

「分りました」

 

 そう言われ、窓から外を見ると大分暗くなっている。どうやらかなりの時間ここにいたようだ。

 

「ああ、それじゃあガボンさん……マドカをお願いします」

「まかせとけ」

 

 ガボンの頼もしそうな言葉に一夏は再度マドカを頼むと席を立った。医務室の出口に向かって歩き出した一夏であったが、何か気づいたように振り返るとマドカに向かって声をかける。

 

「忘れてた。マドカ」

「……なんだ?」

「おやすみ」

「………………オヤスミ」

 

 なれないのか蚊の鳴くような声ではあるものの、しっかりと答えてくれた事に内心喜びを感じ、再度微笑むと一夏は医務室を出る。医務室前では皆が心配そうな面持ちで一夏を迎えていた。

 

 

「イチカさん……」

「皆、待っててくれたのか」

 

 セシリアの気遣うような視線を感じながら皆を見回しながら、一夏は嬉しそうに声をあげる。

 

「大丈夫ですか?」

「まぁ、結構混乱しているけど何とか……」

 

 取りあえず一夏は皆を心配させまいと明るく振舞う。

 

「しっかし、お前も随分と厄介な家庭事情みたいだな?」

「……まあ、取りあえず、この事は保留って事にする。今は……目の前の問題を片づけないとな」

 

 クロビスからの言葉にそう答えるものの、本心なら今すぐにでも確認に行きたい。しかし、今の自身の状態を考えるとそうは言っていられない、それならば今は今回の事を早く解決しなければいけないと、一夏は気持ちを切り替えたのだ。

 

「……そうだな」

「取りあえず、イチカさんはもう休んで下さい。さっきまでのやり取りで随分疲れているようですから」

 

 明るく振舞っているが、無理をしているのが分かるのだろう、自身も長い間、ここで待っていたはずであるのに、アーサーは一夏の身を案じ、休むように促してくる。

 

「そう、だな……そうさせてもらうよ……じゃあ、これで」

「ええ、それではまた明日」

 

 せっかくの申し出を無碍にするのも悪いと思い、また一夏自身も今は精神的に限界であった為、折角だから甘えさせてもらおう、そう考え、皆に挨拶すると一夏は自室に戻る。昼食も夕食もとっていないため、かなりの空腹を感じているが、疲労には勝てず、ベッドにたどり着いた途端、うつぶせに倒れるようにベッドに身を預ける。

 

「はあ……」

 

 そして体を仰向けにし、一息つくと確認するように呟いた。

 

「織斑……マドカ、か……俺の、新しい家族」

 

 分からない事だらけではあるが、取りあえず間違いのない事を一夏は呟く。それは……自身に新しい家族が出来た事だ。

 

「がんばらねえとな。そんで……俺が、兄貴だって……認め……させ……」

 

 ここ数日で彼を取り巻く状況は驚くほど変わった、姉と別れ異世界に来た事。その世界の戦いに巻き込まれた事。だけど、それでも彼は悪い事ばかりではないと感じていた、戦うのは怖いが聖霊機と言う力を得て、自分でも誰かを守れるんだと感じた事、そして、思いがけず新しい家族が出来た事……残された問題を考えると不安を感じずにはいられない一夏ではあったが、今は唯、明日への希望と活力を胸に抱き、穏やかな眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「ふん……」

「気に食わないみたいだな?」

 

 時間と場所は変わり、ここは、一夏が召喚される数日前のジグリム共和国、その首都ブランデンクロイスの軍施設、その一室にて三人の男性が話をしている。一人はこの部屋の主である、執務机の椅子に腰かけ、不機嫌そうに鼻を鳴らす緑色の軍服を着たスキンヘッドの中年男性。口ひげをはやし、眉は太く小柄ではあるものの、その振舞いからは迫力を感じさせる。その人物はジグリム軍のナガレク・グロウスター大将、一兵卒であろうとも気さくに酒を酌み交わす人物であり実際、兵よりの信頼は厚い。今回、正式に議会で決定されたことが気に食わないのか、目の前にいる男性に対し、声を荒げる。

 

「あたりまえだ!! 今、ジグリムがヨークなんぞ攻めて何になる!! あの昼行燈め……一体何を考えて?」

 

 昼行燈とはこの国の大統領を揶揄した言葉である、今のジグリムの大統領は議会の決定を承認するだけの暗愚だと周囲に認識されているが、裏では何かと不可解な動きを見せている人物で、彼は以前よりの確執もあり、対立している間柄でもあるのだ、今回の決定に対しても何やら感じる事があるようで、どうにも納得できず、こうして自身の執務室にて来客がいるにも関わらず、怒りを露わにしていた。こんなことがたびたびあるのか目の前の若い男は肩をすくめながら声を上げる。

 

「まぁ、精々、なめてかかって足元をすくわれんようにな」

 

 その男性は赤毛を肩まで伸ばし、目元をバイザーで覆った人物だ。開いた胸元から鍛えられた胸板が見て取れる。口ではそう言っているものの、態度からは心配しているような様子は見て取れない。

 

「言われるまでもない!! 油断をし、足元をすくわれるなど、そのような愚は犯さんわ!!」

「そうか……まあいい、しっかりやってくれよ」

 

 鼻息も荒く宣言するグロウスターに対し、興味がないと言った様子で答えると踵を返し男は執務室から退出する。その背中を見送ると、グロウスターの脇に立つ副官は自身の懸念を口にする。

 

「閣下、あの男、もしや」

「ああ……いや、まさかな?」

 

 その副官の言葉にグロウスターも一瞬、考えるそぶりを見せるも、すぐにありえない事だと頭を振るい、考えを頭の片隅に追いやる。その時、部屋をノックする音が響き、グロウスター自身が入室を促すと一人の少女が興奮気味に姿を現す。

 

「閣下!!」

「貴様か……」

 

 それはグロウスターとは違い、肩の膨らんだ緑色の尉官用のジグリムの軍装に身を包んだ小柄な少女だった。銀色の長い髪を揺らし、左目には眼帯をつけ、その視線は熱い意志を秘めている。

 

「閣下、ヨークへの侵攻が決定したというのは……本当なのですか?」

「うむ」

 

 詰め寄る様な彼女の態度を咎めるでもなく、グロウスターはただ頷く。

 

「……しかし、閣下は」

 

 心から上官の心中を思う様子を見ると彼女のグロウスターに対する信頼と尊敬が見て取れる。不本意な戦いをせねばならぬ上官の心中を察し、言葉を掛けようとするが、それは他ならぬグロウスターによって遮られる。

 

「わしの意思は関係ない。国の意向として正式に決定した以上、我々はそれに従う義務がある……それが軍人というものだ」

「閣下……」

 

 彼女にとって、理想の軍人像である彼の決意を語る姿を見て、目を潤ませ、胸を熱くさせる彼女であるが、不意にかけられた言葉によって現実へと戻される。

 

「……それより、貴様は今回が初の従軍だったな? 貴様にはバーグリー少佐の補佐官として、ベルネア砦での作戦に赴くことになる。まずは貴様の機体を受領しに格納庫へ行け。連絡はつけてある」

「は、はっ!!」

 

 そう、彼女は今回が初の従軍であり、突如かけられた上官の言葉でその事を思い出した彼女は姿勢を正し返答する。

 

「以前より言っておるが、栄光あるジグリム軍人の名に恥じぬ振舞いと戦いをするように……間違っても力に、そして戦場に飲まれることの無いように、軍人はその一挙手一投足に国の名を背負うと言う事を忘れるな」

「はっ!! 私を拾い、鍛えあげて下さった閣下の為、そして栄光あるジグリムの為に!! 粉骨砕身の覚悟で任務に当たらせていただきます!! それでは失礼いたします!!」

 

 表情を引き締め、礼を返し退出する彼女を見送った後、副官はかねてより思っていたことを口にする。

 

「閣下……よろしいのですか?」

「子供を戦場に出すことか? 完全に納得したわけではない。だが、あ奴は軍人であることを選び、自らの足で立ち上がった……それをわしが捻じ曲げるわけにはいかん」

 

 軍人であることを選んだとはどういう事か……それは彼女の出身に由来する、実は彼女はジグリムの人間ではない。それどころかこの世界の人間でもない。彼女は今回の異変に際し、召喚された人間だからだ。本来なら保護として行われている異世界人の召喚であるが、三年前、ジグリムの大統領管轄の諜報機関が得た情報の中で、興味深い報告があった。それは異世界人が強力な操者になり得ると言う事、それにより大統領命令により非公式に異世界人の召喚が行われることになった。だが急増された施設であった為か、無理やり呼び込んだ影響か、もしくはそれ以外の要因かは分らないが、施設が爆発事故をおこし、召喚についてグロウスター大将の知るところになった。召喚されたものが異世界の軍人であるという報告を受けた彼が興味を持ち、足を運んだその先にいたのは何のことはない、膝を抱え蹲る少女だった。詳しい事情をその少女から聞き出したグロウスターは憤慨した、一つは彼女が作られた兵士である事、グロウスターは真の兵士とは「戦いの中で己を磨き、友と語らい成長していくもの」という持論を掲げている、兵士を製造しようなどと言う性根は彼は何より気に食わないのだ、もう一つは彼女自身の態度だった、聞いてみれば以前は常にトップの成績を記録していたが、とある処置を行ったときに起こった時の『事故』の影響でトップの座から転落、その為出来そこないの烙印を押され、闇へと落ちていったと事だった。

 

 

 本来ならそこで、慰めの言葉の一つでもかけるのだろう、だが彼からその言葉が出る事はなかった、なぜなら彼女が自分の事を軍人だと言ったからだ、そして彼は蹲る彼女に対してこういった。

 

「貴様は自身を軍人だと言ったな……ならば、なぜその程度の事で膝を屈する!! まさか貴様は誰かからの賞賛の言葉が無ければ戦えないと言うのではないだろうな!! そんなもの軍人ではないわ!! 軍人であるならば、自身に降りかかる理不尽に対し、膝を屈するな!! たとえ守るべきものから罵声を浴びせられても、なおその者のために戦える者こそ真の軍人だ!! 貴様が自身を軍人だと言うなら立ち上がれ!! 立って戦え!! 自身に降りかかる苦難と!!」

 

 

 少なくとも彼の言った事は年端も行かぬ少女に掛ける言葉ではない、だが彼女は自身を軍人であると言った。ならば半端な事をしては他の兵士を、そしてその国の民を、ひいては彼女自身を危険に晒す、故にあえて彼は厳しい言葉を投げかけたのだ。そして彼女は立ち上がった、その胸にはまだ、自身が軍人であると言う自負があったのだろう自身の足にしっかりと力を込めて彼女は立った。

 

 その後、彼女はグロウスターが後見人となりジグリムの新兵訓練所に入り鍛錬を積んだ。当然、様々なやっかみはあったが、彼女の心の底には理不尽に屈するなと言う彼の言葉があり、逆境において、なお自信を奮い立たせ、その後、無事彼女は任官した、そして今回が初の従軍となったわけである。ただ……良くも悪くも、叩き上げであるグロウスターの教えを受けた影響か、当初の無感情な様子はなりを潜め、無駄に暑苦しくなってきてしまってはいるのが欠点であると言えば欠点であるが。

 

「大丈夫だ、機体の方もあ奴の操縦についていけるよう、十分な改修をさせてある、今の奴なら、そうそう遅れをとらんさ」

 

 

 

 そんなやり取りが執務室で行われて、しばらく経った格納庫にて、彼女は自身が任されることとなる黒い機体を見上げて、整備員より説明を受けている。

 

「此方になります、閣下の指示でダーガをベースに改修を行いました。武装は両肩の多連装プラズマガトリングと両前腕部のプラズマソードです。この機体なら少尉のプラーナにもついていけるでしょう。機体名称はアルム・ダーガで登録してあります」

 

 本来ならば専用の改修機をいち新兵が任されることなどないが、今現在のジグリム軍において彼女の高いプラーナと操縦技術についていける機体は指揮官機であるグリオールのみ、まさかそんなものを新兵に与えるわけにはいかず、かといって中途半端な機体を与え機体と兵を無駄にするわけにはいかなかった、そこで白羽の矢が立ったのが、以前とある技術者が自身の最高傑作を売り込みに来た時にともに持って来ていた、このダーガであり、そのダーガを高いプラーナを持つ操者用の機体開発のための試験機を開発する、という名目のもと、その科学者が言う最高傑作の予備パーツで強化、改修を行ったのがこのアルム・ダーガと言うわけである。

 

 ちなみにその最高傑作の機体の方であるが、グロウスター曰く「量産出来ず機体の慣熟とは別に特殊訓練が必要、更には今までの機体とは規格が違い専用の設備が必要な機体など話にならん!」 と見向きもされなかった、いずれ、その人物が怒鳴り込んでくるのではないかと少々頭を抱えている。

 

「アルム・ダーガ。これが、私の装兵機……」

 

 だが、そんな事は彼女には関係ない。感慨深げに呟くとその機体を隅々まで見据える。両肩に円錐上のガトリングを装備し、両腕、両足、両肩の装甲は黒く関節部は灰色、本来のダーガは脱出装置に難があったがその部分も改修されているとのことだ。全体的にがっしりした造りでその二つの目は力強く前を見据えていた。苦労の果てに任官し、初めて任される機体なのだ。感慨も一塩だろう。だが、そんな彼女に不意に声が掛った。

 

「君が新しく配属される者か?」

「……しょ、少佐!? し、失礼しました!! 機体受領後、すぐにでもと……」

 

 機体を夢中で見ていた為、反応が遅れた彼女がその方を向くと、そこにいたのは短い茶髪の口髭をはやした目つきの鋭い男性であった。彼こそが彼女の配属先の隊長であり、西の獅子の異名をとる、グラード・バーグリーである。ひょっとして時間を過ぎてしまったのか、と焦って姿勢を正し謝罪の言葉を口にしようとするが、やんわりと窘められる。

 

「構わん、まだ時間はある、ここ来たのは単純に私の興味だ」

「は?」

 

 行き成りそのような言葉を掛けられ、つい呆けた声を出してしまったが、そんな彼女を見ながら彼は同じ年頃の自身の娘と彼女を重ね、思考に耽る。

 

⦅……あの子と、そう変わらん歳だな……この様な娘まで、戦場に出すことになるとは⦆

「あの……?」

「いや、なんでもない。正式な着任の報告は後でしてもらうが、取りあえずこうして顔を合わせたのだ。自己紹介をしておこう、私はグラード・バーグリー……階級は少佐だ。わが部隊は貴官を歓迎するぞラウラ・ボーデヴィッヒ少尉」

「はっ! 西の獅子と謳われる少佐の名に泥を塗らぬよう、務めさせて頂きます!!」

 

 当初上官の態度に戸惑っていたものの、その言葉に対し彼女……ラウラは踵を打ち鳴らし力強く返礼を返すのだった。

 

 




 取りあえず、これからしばらくは原作沿いになります、マドカにはとある機体を任せるつもりなのでしばらくは戦わない予定です、取りあえず、マドカを出すのを早くしたので、これでヤマトポジはどうにかなりそうだ。
 
 説得描写も無理やりな感じがする……もっと精進しなければ。

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