聖霊機IS   作:トベ

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 このままでは一緒に居るのがずっとセシリアになってしまいそうなので当初の考えから変更し、最初の考えではもっと後に出す予定だったキャラを一人、強引ですが出します、ヒロインにすると言うわけではありませんが……そうでもしないと一緒に居るのがいつもセシリアになってしまいそうで。
 ルート選択、迷った……何とか融合できないか? と考えたが、欲張っても出しても収拾できなくなるので諦めます。


二話

「う、う~ん。ふぁぁ、あ、あれ?」

 

 一夏は欠伸をしながら眠い目を擦りつつ体を起こしたが、目に入った見慣れない景色に戸惑った。とりあえず分った事は自分がベッドで寝ていた事、その周囲がカーテンで仕切られている事だ。

 

「……ここは?」

 

 取りあえず自分がどこにいるか確認しようと、ベッドから起き上がるとカーテンを開け、周囲を観察するように見回す。そこに並んだベッドや医療機器や消毒薬の匂い等が此処が医務室であると教えてくれる。一夏は今だぼうっとする寝起きの頭で昨日の自身の行動をなぞるように辿って行く。

 

「昨日、検査するって医務室に来て、それで……」

「おう。起きたか!」

 

 だが、その最中、不意に声を掛けられ一夏はそちらを振り向いた。そこにいたのは左頬に縦に走る傷をもった体格のいい中年男性、昨夜、一夏の検査を行ったガボンだ。自身のデスクの前で椅子に腰かけつつ話しかけてくる。そこで一夏は思い至った。昨日、聖霊機を操縦した後に医務室で検査を受けた後の記憶がない事だ。

 

「えっと? あれ? 俺、あの後、如何したっけ?」

「覚えてないか? 昨日、検査が終わった後、お前ここで寝ちまってな。起こすのもなんだから、そのままここのベッドに寝かせたってわけさ。まあ、取りあえず座れ」

「あ、はい」

 

 そう言ってガボンは一夏を手前にある簡素な椅子に座る様に促し、一夏も素直にそれに従う。

 

「で、体調はどうだ?」

 

 そして、伺う様な視線を向けつつ聞いてくるガボンに一夏は少し考えるが、すぐに返答を返す。

 

「ちょっと疲れた感じがするけど、それ以外は、特に」

「そうか。検査結果なんだが……」

 

 そして、一夏の言葉を聞き、ガボンが手元のカルテの様な物を見つつ話そうとした時、ドアを叩く音が部屋に響く。

 

「おお、いいぞ」

「失礼します」

 

 ガボンが入るように促すとドアが開き入って来たのは銀色の長い髪を後ろで纏めた女性と、金色の長い髪の少女だ。昨日、一夏が会ったばかりのユミールとセシリアだった。二人とも一夏を見ると心配そうな表情で部屋に入ってくる。

 

「オリムラさん、起きられましたのね。体調は大丈夫ですか?」

「ああ」

「よかった……」

 

 元気そうに見える一夏の返答を聞いたセシリアは心底ほっとした様に息を吐く。

 

「それでガボンさん。オリムラさんの様子は?」

 

 そのセシリアの傍らでユミールがガボンへ問いかけると、ガボンは資料を一瞥すると三人へ向き直り、口を開いた。

 

「本人が多少の疲労を感じている以外は特に問題ない。検査結果も至って良好だ。それにアジャスターも正常に機能しているようだしな」

「ん、それってどういう?」

 

 アジャスターの役割は言語翻訳だと思っていた一夏であったが、ガボンの話ではどうもそれだけではない様だ。ガボンの言葉に思わず聞き返した

一夏へユミールが思いだした様に語り掛ける。

 

「あぁ、すいません。そういえば言ってませんでしたね。アジャスターには翻訳機能のほかに体の免疫機能を高める機能があるんです。傷の治りを早めたり、体にとって有害な物質を体外に排出する機能があるんです」

「オリムラさんの頬の傷も治っていますわよ」

「え……あ、ほんとだ」

 

 ユミールの説明を受けつつ、セシリアに指摘され思わず一夏は頬に手を当て傷を確かめる。その際、セシリアに差し出されたコンパクトの鏡で傷痕を確認すると昨日はあった傷が、もうその痕すらなかった。その機能に関心しつつ一夏は二人に問いかける。

 

「そういやあ、二人そろってどうしたんだ」

「どうしたって、オリムラさんの様子を見に来たのですわ。それと昨日のお礼を」

「礼って……?」

 

 一夏の疑問にまず答えたのはセシリアだ。次いで、ユミールがかしこまった様子で頭を下げつつ声を掛ける。

 

「昨日はありがとうございます。オリムラさんのおかげでセシリアも、ビシャールも助かりました」

「え。あぁ、あんときは唯、必死で……」

 

 行き成り礼を言われた事に一夏は視線を泳がせながら、照れくさそうに返答する。正直一夏にとっては礼を言われるような事はしていないつもりであった。

 

「それでも、お礼を言わせください、オリムラさん」

 

 そんな一夏にセシリアは微笑みつつ答える。

 

「いや、そんな。それにオルコットさんこそ無事で―――」

「セシリア……ですわ」

「……え?」

「セシリア……で構いませんわ、オリムラさんにはそう呼んでほしいんです」

 

 行き成り名前で呼ぶように言うセシリアに驚く一夏だったが、すぐに表情を緩めつつ答える。

 

「そうか?……じゃあ、そうさせてもらうよ。それなら、俺の方も一夏でいいよ」

「いいんですか?」

 

 一夏の言葉に嬉しそうに聞き返すセシリアに微笑みながら一夏は答える。

 

「勿論。セシリアの方がこっちの事については先輩なんだしさ。遠慮しなくてもいいさ」

「では、イチカさん……と呼ばせていただきますわ。改めてよろしくお願いします」

 

 二人の様子をユミールはしばし微笑ましそうに眺めていたが、やがて2人に向かって声を掛けた。

 

「ふふ、それじゃあ、そろそろ行きましょうか。昨日はあんな事になってしまったから、アルフォリナ様への紹介が出来ませんでしたから……」

「あっ。そう言えば、そうでしたわね」

 

 セシリアも思いだした様に声を上げるが、一夏はその中にある聞き覚えのある名前を昨日の皆の会話を思いだしつつ、伺うように問いかける。

 

「えっと、アルフォリナって確か?」

「この国、ヨークの女王……アルフォリナ・エル・イスターシュ様です」

「あぁ……やっぱり、そうか。今度は女王か。なんか、緊張するな」

 

 これから会うのが女王であると聞くと一夏は緊張に身を硬くする。確かに昨日、王女には会ったが、セリカではどうも、そういった風には見えないからか、そういった感情は湧かなかった。

 

「ふふ、大丈夫ですわよ、一夏さん。アルフォリナは優しい娘ですから」

 

 そんな一夏の緊張をほぐすかのようにセシリアはアルフォリナの印象を口にする。敬称すらつけない口ぶりからすると、どうも二人は親しい間柄の様だ。

 

「そうですね。それほど緊張しなくても大丈夫ですよ。では、ガボンさん、お邪魔しました」

「おう、早く行くといい。イチカもあんまり無茶するんじゃねぇぞ!」

「はい」

 

 三人はガボンに礼を言うと医務室を後にした。二人の後に付いて一夏は城内の一室にたどり着く。

 

「ここです。少し待って下さい」

 

流石にすぐに入るようなことはせず一夏へと待機する様に声をかけ、まずユミールが扉を軽く叩く。

 

「どうぞ」

 

 返答はすぐにあった。中から入室を促す男性の声が聞こえると三人は扉を開き入室する。部屋に入った一夏がまず目にしたのは五人の人物だ。三人が執務机の前にあるソファに向かい合うようにして座り、男性2人がその傍らに立つ形になっている。ソファに座る1人はショートヘアの少女、セリカである。その傍らに立つ男性はその護衛である青年のフェインだった。

 

「あっ、イチカ、おはよう」

「ああ。おはよう」

 

 一夏に気づいたセリカは親し気に声を掛けてくる。セリカは今日は作業着を着ておらず私服ではあったが、豪奢な服ではなく、半袖に短パンと言った仕立ては良いのだが、凡そ王女らしくないラフな格好である。そのセリカの隣に座るのは金髪の男性、その体面に座る人物の傍らには日本刀の様な細身の剣を腰に下げた和装と洋装が合わさったような青い服を着た背の高い男性が控えている。そして、その隣に坐する人物が目に入ると一夏は驚愕の表情を浮かべ声を上げた。

 

「え!……君は!!」

「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか? イチカ・オリムラさん」

 

 そこにいたのは長い金色の髪の豪奢なドレスを纏った可憐な少女、服装はこそ違うが、昨夜、医務室前で話をしたあの少女であった。

 

「あら、一夏さん。アルフォリナと会った事が?」

 

 

 面識があるとは思っても無かったセシリアは驚きながら声を掛けるが、驚いているのは一夏も同じだ。その視線をアルフォリナに向けたまま驚愕の表情のまま答えた。

 

「え、ああ、ちょっとな……やっぱり、君が?」

「はい、私がアルフォリナ・エル・イスターシュ……このヨーク王国の女王を務めさせて頂いている者です」

 

 一夏の目の前で優雅な所作で礼をしながら少女は自己紹介する。やはりこの少女がこの国の女王であったようだ。驚きすぎて一夏は頷くことしかできなかった。しばらく沈黙が続いたが、やがて脇に立つ男性が声を掛けてくる。

 

「君が、イチカ君か……」

「えっと、あなたは?」

「私はタイロン・レン・アースダルアー。アルフォリナ女王陛下の騎士を務めさせて頂いている。まずは昨日の一件、ヨーク王国の国防を預かる者として正式に礼を言っておく。君のおかげでビシャールを奪われずに済んだ」

「いや、その、何と言うか……」

「私からも、礼を言わせてくれ。オリムラ君」

 

 次々に声を掛けられ、あたふたしながら答える一夏に更に声を掛けてきたのはセリカの隣に座る金髪の美青年だ。

 

「えっと?」

「おっと、失礼した。私はローディス・ラング・メスティナ……そこにいるセリカの兄だ」

「へ……って事は!」

 

 王女の兄って事は王子なのか! と慌てて姿勢を正そうとする一夏に微笑みながら声を掛ける。

 

「そんなに硬くならなくてもいい。君にはセリカを助けてもらった恩があるからね」

 

 どうやら、セリカに似て気さくな性格のようだ。先ほどから普通なら縁がないような立場の人物たちに感謝の言葉を掛けられ続け、恐縮しっぱなしの一夏だったが、ふと昨日の事を思い出しセリカに声を掛ける。

 

「あっ。そういえばセリカは大丈夫だったのか?」

「もちろんよ! ふふ、ありがとね、助けてくれて」

 

 その様子からは無理をしている様には見えなかった。その為、一夏はほっと胸をなでおろしていたが、フェインが興奮気味に声を掛けてきた。

 

「イチカ!! 身を挺して姫を助けるとは……やはり俺の目に間違いはなかったようだな! 俺の事はフェインと呼べ、俺もお前の事はイチカと呼ばせてもらうぞ!」

「あ……あぁ。そうさせてもらうよ」

 

 一夏の肩を叩きながら目を輝かせ話しをするフェインに苦笑いを浮かべるが、悪い気がしない一夏は頷きながら答える。如何やらかなり気に入られたようだ。

 

「あっ、そうだ」

 

 そんな中、昨日から考えていた事を思い出し、言うにはちょうどいい場である事に思い至り声を掛ける。

 

「あっ、あの」

「はい?」

 

 一夏が話しかけたのはアルフォリナだ。唐突に声を掛けられた事でキョトンとし返答する。周りの皆は真剣な様子の一夏を見守る。そんな中、アルフォリナを真っ直ぐに見据えながら一夏は意を決して口を開く。

 

「聖霊機に乗ることだけど……正直言って、まだ迷ってる。今も人と戦うのは怖いよ、昨日みたいに死にそうになるかもしれないし、相手を死なせてしまうかもしれない。でも、もう、皆とここまで関わってしまった以上、知ないふりは出来ないし、したくない……俺でも誰かを守れるんなら……やらせてほしい」

 

 一夏の決意の言葉に室内が少し明るくなるが、その中でも一際嬉しそうに声を上げたのはセリカだった。

 

「そうこなくっちゃ!! じゃあ早速、行きましょ!! 昨日取れなったゼイフォンのデータとか取りたいし!!」

「元気だな……お前」

 

 昨日、瓦礫に足を挟まれたって聞いたけど大丈夫なのか? と一夏は思ったが、まぁ見た感じピンピンしているので大丈夫なのだろうと一夏は思った。

 

「じゃあ、早くいきましょ!」

「セリカさん、そんな行き成り! ああ、アルフォリナ、では私もこれで……」

 

 そういう一夏に満面の笑顔を浮かべながら一夏の手を取ると強く引っ張りながら、部屋を出ていこうとするセリカにセシリアは焦った様子で声をあげ、アルフォリナに一言告げ、後についていこうとする。満面の笑みを浮かべながら部屋を出ようとするセリカにローディスから声がかかる。

 

「セリカ、あまり無茶な行動は控えるように。唯でさえ国から色々言われているんだ。下手な行動を起こしてこれ以上聖霊機計画に支障をきたすわけにはいかないのだからな」

「わかってる! わかってる! さっ、早く、早く!」

「お、おい! そんなに引っ張るなって」

 

 適当な返事をしながら部屋を出ていったセリカにローディスは疲れたように溜息をつく。

 

「はぁ……本当に分かっているのかしら? では、殿下、それに陛下、私も次の事がありますのでこの辺りで……」

「ああ、行ってくれ。おっと、その前に……」

 

 そして、それはユミールも同様の様だ。だが、ユミールも何かやる事があるようで退出しようとする。だが、そこでローディスから声が掛る。

 

「セリカにはくれぐれも無茶はしないようにとユミールからも言っておいてくれないか……」

「かしこまりました、それでは」

 

 ローディスの言葉に返答すると、一礼をするとユミールは退室する。

 

「それでは陛下、私も失礼いたします」

「はい、ローディス様」

 

 その後ローディスもアルフォリナと幾つか言葉を交わすとフェインを伴い退室する。

 

「ふふ、セシリアも楽しそうでしたわね」

「そうですな。ですが……」

 

 アルフォリナはセシリアの様子を思いながら嬉しそうな笑顔を浮かべている。その言葉を聞きながらタイロンは困ったような様子でアルフォリナに語り掛ける。

 

「陛下、昨夜はオリムラ君に会いに行ったそうですが、あまりそういった行動は控えて頂きたいのですが? お部屋にいらっしゃらないと分かったときは正直、肝が冷えましたぞ」

「ふふ、すみません。でも、どうしても会っておきたかったのです……」

「陛下、ひょっとして……」

 

 自身の主の、微笑みながらもどこか憂いを帯びた表情にタイロンは何かに気づいたのか、僅かばかり眉を顰めながら話す。

 

「また、何か視えたのですか?」

「以前はこの世界を覆う暗雲、そしてこの国にかかる影……ですが、あの方が来た日にはそれを払う強い光が見えたのです」

「光、ですか」

 

 アルフォリナの言葉にタイロンが尋ねる様に呟いた。

 

「えぇ、あの方ならその光になってくれる。そう感じたのです」

 

 一夏たちが出ていった扉を見つめながら、表情を引き締めるアルフォリナだった。その表情には先ほどまでの少女の微笑みは無く、女王としての決意の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、イチカさん……アルフォリナとは、どこで会いましたの?」

 

 場面は変わり、格納庫へと向かっていた一夏にセシリアが語り掛けた。だが、流石に言い難いのか、一夏は恥ずかしそうに答える。

 

「えっ? ああ、昨日、検査を待っている時に偶然会ってさ。俺が不安がっているのを見破られちゃって。愚痴聞いてもらった上に励まされちゃったよ」

「ふふ……アルフォリナらしいですわ、私の時もそうでしたわ」

 

 一夏から帰ってきた言葉に自身の親友を思い浮かべながら嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「そうね……セシリア、最初の頃は、結構沈み込んでいたものね」

「そうなのか?」

 

 ユミールの言葉に対して、今のセシリアの様子からは信じられないと言わんばかりの表情を浮かべながら一夏はセシリアを見る。

 

「えぇ、あの子と私は、ちょっと境遇が似ていまして、そのせいであの子から気になって話しかけてきたんです。まぁ、初めて会った時はまさか女王とは思いませんでしたけど」

「はは、確かに」

 

 ユミールは沈み込んでいたという言い方をしてくれたが、当時の彼女は誰に対しても心を開かず、ヒステリーじみた態度をとっていたと言うのが正しいだろう。まあ、それも無理もない。ここに来る前のセシリアは両親を亡くし、名家である家を継いだばかりであり、家や両親の残してくれたものを守るため、必死に励んでいたのに、今回の事に巻き込まれ、ある意味すべてを失った上に努力した事が全部無意味になってしまったのだから。

 

 アルフォリナもアルフォリナで早くに女王である母を亡くし、幼くしてヨーク王国を継いだのだ。自身と似たような境遇のセシリアに共感を覚え、話しかけたのが始めだった、そうやって言葉を交わすうちに二人は徐々に打ち解けていったというのだ。

 

「あの子が居なければ私は立ち直れなかったかもしれません。だから、あの子は私にとってかけがえのない親友なのですわ……」

「そうか……」

 

 そう微笑みながら、語る彼女はとても優しい笑みを浮かべていた……しばらくすると別れ道に差し掛かり、そこでユミールが声を掛ける。

 

「あ、すいません、オリムラさん。私はちょっと用意するものがあるのでこれで失礼します。後でそちらへ行きますので……」

「ああ。わかった」

 

 一夏の返答を聞くと今度はセリカへと向き直る。一夏への様子とは違って言い聞かせる様な口調で語り掛ける。

 

「セリカ、殿下からも言われているでしょうけど、少しは自分の立場を分かって行動して頂戴ね」

「は~い。わかってるわよ」

 

 別れ際にユミールは再度セリカに釘を刺していくが、セリカはわかっているのか、いないのか、手をひらひらと振りながら軽い口調で返事を返す。

 

「では、ユミールさん。私もイチカさん達と一緒に……」

「あっ、セシリアは頼みたいことがあるからついてきてね」

 

 そしてセシリアも一夏達について行こうとしたが、ユミールが呼び止める。

 

「えっ!?」

 

 セシリアはそんなユミールに対して抗議の声を上げていたが、二言三言、言葉を交わすと先程とは打って変わって嬉々としてユミールについていってしまった。そんな二人を一夏は良く分からない物を見る様な目で見送っていた。

 

 

 

 

 

「ちょっと待っててね」

 

 二人と別れ格納庫へと着いた二人は、ゼイフォンの下ではなく更衣室の前にいた。そこでセリカはいったん一夏をその場で待たせると何処かへ去っていく。

 

「お待たせ! じゃあ、まずはこれ」

 

 だが、程なくして何かを手にし戻ってくると持っていた物を一夏へと手渡した。

 

「何だ、これ?」

 

 渡された一夏はそれを手に取ると繁々と見つめる。セリカが渡してきたのはビニールに包まれた何かだ。見た目は真空パックの様な感じで、一夏はそれを破り中身を取り出しながらセリカに質問する。

 

「平たく言えば、パイロットスーツよ。耐G機能に加えて、耐弾機能なんかもついているの」

「へえ~、こんな薄いのにな」

 

 セリカの言葉に一夏は感心しながらそれを取り出し、裏表を確認する。

 

「取りあえずそれに着替えてきて、基本的な事を軽く説明するから」

「あぁ」

 

 一夏は更衣室へと向かうと慣れない服に四苦八苦しながらどうにか着こむと、更衣室を出てセリカのもとへ急ぐ。

 

「あ、来たわね」

「なんかこれ、ぴったりしてて恥ずかしいな」

 

 着替えたパイロットスーツは体にぴったりとフィットしたデザインで軽くて動きやすい。セシリアのパイロットスーツは青であったが一夏の物は黒で肩や胸部などの要所に防護のためのプロテクターのようなものがついている。靴はブーツの様な形状で、セリカの前で一夏は履き心地をトントンと地面を叩きながら確かめる。

 

「それは、慣れてもらうしかないわね。えーと……とりあえず問題はないわね」

 

 セリカもパイロットスーツの各所に触れながら確認し、問題がない事を確認すると、セリカの案内の下ゼイフォンの下へと向かう。そして機体を足元で見上げながら話し始める。

 

「じゃあまずは、あなたに乗ってもらう事になるゼイフォンについて説明するわ。ついてきて」

 

 そして、ゼイフォンのコクピットについてくるように促す。一夏も頷くとセリカの後について行きコックピットの高さまでタラップで上がるとハッチを開いた。

 

「じゃあ乗り込んでもらっていいかしら? 起動方法は乗ってから指示するけど。乗り方は分かっているわよね?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 セリカに促され一夏はゼイフォンに乗り込み、コックピットシートに着座する。

 

「失礼するわよ~」

 

 そしてセリカも一緒に乗り込むと一夏の脇に腰かけ、コクピットモニターにゼイフォンの機体情報を映しながらディスプレイを操作し計器類の説明を行う。それが終わると続いて武装説明に入った。

 

「乗って分かったと思うけどゼイフォンは近接戦特化型、主武装は専用の剣、ゼウレアー。それと両肩のエネルギーガン、ラウクルスよ」

 

 セリカの言葉と共にディスプレイには両刃の剣と肩の機構が映し出される。

 

「武装自体はあんま無いんだな」

「まあね。でも聖霊機は十分、現行の装兵機を上回る性能を持っているわ。まぁ、よっぽど、高いプラーナをもってないと起動すらできないものになっちゃてるんだけどね」

「プラーナ?」

 

 聞き慣れない言葉に思わず一夏は聞き返した。

 

 

「まぁ、簡単に言うなら生命エネルギーってところかしらね、イチカの国の言い方なら(気)って言い方もするんじゃないかしら? 武器や機体にまとわせて威力や耐久力を上げたりもできるのよ」

「気って……」

 

 確かにそっちの方が聞き慣れた言葉ではある。だが、あまりなじみのないものであった為、思わず胡散臭いものを見るような顔をしてしまう一夏にセリカは拗ねたように抗議の声を上げる。

 

「あ、その顔は信じてないでしょ~」

「ま、まぁ……」

「まっ、いいわ。それはおいおい感じ取ってもらうしかないわね。それにしてもすごいわね~イチカって。たいてい初めて装兵機に乗った時って感情の高ぶりが激しくて、いつもよりプラーナ消費が激しいのに」

「それって……なるとどうなんだ」

「ああ、大した事じゃないわ。いつもより疲労感が激しくなるとかだけだから、中には大変な事例もあるけど……」

 

 セリカの言葉に一夏は眉を顰めた。思い当たる節があった為だ。

 

⦅あんときのって、そういう事か?⦆

 

 夢の中でゼイフォンに乗った際に異常なまで疲労を感じたのはもしやそういう事なんだろうかと考える。そんな思案をしているとセリカから再び声が掛る。

 

「じゃあ、取り合えず、整備員の誘導にしたがって演習場に出て。まずは一通り動作確認を行うから」

「ああ。わかった」

 

 セリカはそう言ってコックピットを出ていった。そしてセリカが出ていったのを確認すると、ハッチを閉じ、さっき習った方法でゼイフォンを起動状態へと移す。

 

「じゃあ、行くぜ」

 

 整備員の誘導にてゼイフォンを演習場に出すと、セリカの指示に従い動作確認を初めた。

 

「じゃあ、次、いい?」

『おう』

 

 通信機で指示をするセリカの目の前で一夏は指示された動作を難なくこなしていく。少なくとも、素人にはまねできない程、スムーズな動きで、それを見ながらセリカは感心しながらも楽しそうに呟く。

 

「うぅ~ん、本当にすごいわね、イチカって。飲み込みも早いし、何よりこのプラーナ値の高さ……時間があれば今度はイチカの方をじっっっっくり、調べたいわね~」

 

 その時のセリカはひじょーーに、いい笑顔を浮かべながら、これからの計画を考える。少なくともその表情は王女が浮かべるものではなく、何かよからぬことを企む科学者のそれであった。

 

「!! な、なんだ?」

 

 其れとほぼ同時に一夏は妙な寒気を感じコックピット内を見回したが、当然だが、何も以上は見当たらない。今のセリカの通信はサウンドオンリーであったから表情までは見れなかった。

 

「気のせいか?」

 

 その為、セリカに妙な視線を向けられているとも気づかぬまま、粛々と作業をこなしていくのであった。

 

 

 

 

 

「お疲れ様~」

「ふう。結構、疲れるな」

 

 一通りの確認を終え、格納庫に戻った一夏をセリカは満面の笑顔で出迎える。一夏の方は機体の動力を落とすと心地良い疲労感を感じながら機体を降りる。するととそこに不意に声がかかった。

 

「お疲れさまです。オリムラさん」

「お疲れさまです。イチカさん」

「あ、ユミールにセシリア、どしたの?」

 

 やって来たのはセシリアとユミールであった。如何やら一夏に用があるようだ。まず、口を開いたのはユミールの方だ。

 

「オリムラさんですけど。この後、午後からはこの世界の事について説明しておこうと思います。ですので、昼食を取ったら会議室の方に行ってください」

「あぁ、わかった。だけど会議室ってどこにあんだ?」

「それについてはオリムラさんの部屋への案内も含めてセシリアに頼んでありますので……セシリア、悪いけど頼むわね」

「お任せ下さい」

 

 その話を聞いて一夏は昨日は医務室で寝てしまったため部屋の場所をまだ聞いていなかったことに気づく。ユミールに任されたセシリアは何処か嬉しそうな様子で自信ありげに答える。

 

「けど、この世界の事を説明するのに何でセシリアなんだ?」

「最初は専門の人を……とも考えたんですが、この世界の人間にまかせて、出身国寄りの考えを話されても困りますし、それでセシリアに頼んだんです」

 

 一夏の当然の疑問に対しユミールが答える。その言葉に意気揚々と言った感じでセシリアは一夏に歩み寄る。

 

「お任せ下さい! イチカさん。このセシリア・オルコット……“付きっ切り”でしっかりと務めさせて頂きます!」

「あ、ああ。頼むよ」

 

 やたら付きっ切りと言う部分を強調し詰め寄るセシリアを見て一夏は若干引き攣りながら答える。

 

「じゃあ、早く案内と昼食を済ませてしまいましょう! こちらですわ!」

「えっと! ちょっとまってくれ!」

 

 もう正午を過ぎているためか、まだ着替えも済んでないのに手を握り宿舎棟へと引っ張って行こうとするセシリアに一夏は抗議の声を上げる。そのことに気づいたセシリアは焦りながら一夏に謝っていた。

 

 

 

 

 

 その後、部屋への案内を終え、食堂に向かった一夏達は、食事のトレーを受け取ると向かい合わせで席に着こうとする。すると二人に対し、聞き覚えのある声が届いた。

 

「おう! イチカ、セシリア、お前らも今から、食事か?」

「あれ? クロビス、それにアーサー、二人もか?」

 

 その声に振り向くと、そこにいたのは自分たちと同じように食事のトレーをもったクロビスとアーサーであった。一夏達の方ににこやかな表情で歩み寄ってくる。

 

「えぇ。私たちは城外にて演習を行っていて、今さっき戻って来たのですよ」

「せっかくだ、一緒にいいか?」

「ああ、勿論」

 

 相席を頼むクロビスに対し一夏はこころよく了承する。セシリアの抗議するような視線に疑問を感じながら席に着くと一夏は食事を始める。

 

「そういやぁ、三人とも随分こっちに慣れてるみたいだけど、いつごろこっちに来たんだ?」

 

 そして食事をとりながら一夏はいい機会だと思い、今まで思っていた質問を三人に向ける。

 

「私は、約2年半ほど前ですね」

「わたくしは半年ほど前ですわ」

「俺は3年前、どうやら俺が最初に異変が確認された人間みたいでな。気が付いたらヨークの召喚施設に倒れていてな。その後ただで飯食わせてもらうわけにもいかないし、何か仕事はないかって思って声を掛けたら聖霊機計画の手伝いを進められて、そんでバルドックとの適合率が高いことが分かって操者をまかされたってわけさ」

「へえ……」

「まぁ……そんなわけで俺がバルドックとの高い適合値を出したから、他にもそんな人間がいるんじゃないかって探した結果、俺が来た時と同様の現象が確認されてな、その人間の保護もかねて捜索に乗り出したってわけさ」

 

 そこでクロビスは一息つくようにコップの水を飲む。

 

「まぁ、はじめはそんな切っ掛けだったが、俺もアーサーも今じゃあの女王の熱意にほだされて、協力してんだ」

「ええ、アルフォリナ女王の思いは間違いなく本物ですから」

「そうですわね……」

 

 そういう三人を見ながら一夏は思う。確かに彼女は幼いながらも、強い意志を持っているように感じた。あの歳ですでに女王としての威厳を感じさせられたからだ。

 

「さて、そろそろ俺たちも仕事に戻らねえとな」

 

 いい加減ゆっくりしすぎたようで、大分時間が経ってしまったようだ。それに気づいたクロビスが席を立った。

 

「そうですね。ではイチカさん、セシリアさん。私たちはこれで」

「ああ。またな」

 

 二人はそう言うと食堂を出て行った。それを見やるとセシリアは一夏に語り掛ける。

 

「……さて、イチカさん。そろそろ私たちも行きましょうか」

「ああ。今度は座学だっけか、よろしくなセシリア」

 

 2人は揃って食堂を出ると目的地へと向かった。会議室は円卓を備えた部屋で円卓には時計の文字盤と同じ配置に席が並び、中央に何かを投影する為の者か、レンズの様な者が見える。一夏が席に着くとセシリアは時計回りに三つ離れた席に着席する。

 

「では始めましょう」

 

 そして、セシリアはまず何かの装置を起動させる。すると円卓中央の装置が起動し、立体映像が映し出される。世界地図らしく四つの国家が映し出されており、それを確認したセシリアは、一夏の方を見ながら話しはじめる。

 

「では、今日はこのアガルティアの国家について説明しましょう」

「ああ。えーっと、確かこの国はヨーク王国だっけ?」

「ええ。特徴としては女王を頂点とした女系国家で、今の女王はアルフォリナですわ」

 

 そう言いながらヨーク王国の位置が拡大され、フラムエルク城等の映像が流れ始める。

 

「先ほどのタイロンさんを初めとした三剣騎士や剣煌幻聖などの優秀な人材を抱える国ですわ」

「へぇ。騎士か、かなり科学は進んでるけど、そういうのも残ってるんだ。ところで⦅けんこうげんせい⦆ってのは?」

 

 確かに建築物等、古めかしい印象を覚えたが、装兵機や聖霊機、今いる会議室など技術力は地球とそれほど遜色無いように見えた為、意外そうに感想を返した。また、聞き慣れない単語が出たため質問を投げかける。

 

「剣煌はこの世界の騎士の中でも優れた三人の騎士にしか送られない称号ですわ。一席は空白、もう一人は表舞台には出てこないため、今ヨークにいる方が唯一の剣煌ということですわ。さらにこの方は騎士の最高位の位である幻聖の位も持っている為、名実ともに最強の騎士というわけです」

「へえ、すごいな。どんな人なんだ」

「……以前、演習でお見かけしましたが、本当に人間なのかと疑ってしまいましたわ」

「そ、そこまですげえのか?」

 

 その時の事を思いだしているのか、口元を引きつらせるセシリアに一夏も引きつった表情で聞き返す。妙な雰囲気になってしまったため、セシリアは「コホン」と咳払いをすると改めて一夏に向き直り、次の説明に移る。

 

「では気を取り直して……次は、この国、アガルティア王国です」

 

 そう言って次はヨークの東にある国が拡大される。

 

「たしか、セリカ達の国だよな?」

「ええ。この世界と同じ名前を持つ最大の国で今ヨーク王国とは友好関係にあるそうです。立憲君主制の国でして、先ほどのローディス殿下が発案者であり、また責任者となって聖霊機計画を支援してくださっているんですのよ」

 

 確かにセシリアの言う通り、四つある国の中で一番領土が大きい、なんでもアガルティアの領土はこの地図に載ってないだけでもっと広大らしい。

 

「ん? 何で自分の国じゃなくて、わざわざこの国でやってんだ?」

「聖霊機計画がスタートする際、随分と揉めたそうです。私たちの世界でもそうでしたでしょう。他国だけが得をするというのは国家としては我慢できない事でしょうから」

 

 なんでも聖霊機を作ることは決まったものの、どこの国で管理するかで議会が紛糾したらしい、そこをローディスたちがかなり無茶をして何とか開始までこぎつけたらしい。思う所があるのかセシリアは表情を曇らせながら答える。しかし、すぐに表情を戻すと次の国を表示する。

 

「では、次はこの国、ジグリム共和国です。アガルティアとは何度も戦争をしており軍部の力が強い国でもあります。そういう国ですので侮蔑と畏怖を込めて西の蛮勇なんて揶揄されているそうです」

 

 そう言って拡大されたのは、ヨークの西にある国だ。

 

「ここは王国じゃないんだな?」

「ええ。以前起こった革命で王政が廃されたそうです。その他の特徴としては四つの国家のなかで最も諜報機関が優れているとのことです」

 

 そう言いつつ、セシリアは次の国家を拡大させる。

 

「では、最後にこの国リンバーグ公国です」

 

 最後に映し出されたのはアガルティアの南にある島国だ。

 

「へえ。島国か……」

「いえ、なんでも、もともとは地続きだったのですが。過去の戦争で国境の大地を失ってしまったそうです。それに国主はかなりの野心家だと話を聞きます」

「へえ」

 

 ここまでの説明を終え、分かったのだが、今、イチカのいるヨーク王国は東にアガルティア王国、西にジグリム共和国と二つの大国に挟まれた状態のようだ。

 

「では、次の題材に移りましょう」

「ああ」

 

 その後もセシリアの講義は続き、聖霊機、および装兵機を動かすのに関連する国際法などの説明に移っていく。そして、あらかたの説明が終わったところで、セシリアは窓の外を確認する。

 

「そろそろ、終わりにしましょうか? 大分暗くなってきていますし」

「わかった。ありがとな、セシリア」

 

 そう言うと片づけを始めるセシリアを手伝いながら、一夏はセシリアに対し礼を言う。

 

「いえいえ、一夏さんの覚え方も良かったのでこちらとしても教え甲斐がありましたわ」

 

 そして片付けが終わった所でセシリアと共に再び食堂へと向かった。 食堂に着いた一夏たちは開いている席を探すが、そこにクロビスの姿を見つけ歩み寄り、話しかける。その際またもセシリアは非難するような視線を一夏へと向けていたが、一夏は気にせず話しかけた。

 

「ここいいかクロビス? ……あれ? アーサーはどうしたんだ?」

「……別に俺たちは常に一緒にいるってわけじゃねえぞ」

「そうだっけか?」

 

 そうは言うものの、一夏にとっては初戦の時もその後も、そして今日の昼食の時も二人は一緒に行動していた為、ついクロビスとペアなのかと思ってしまっていた。取りあえず二人はクロビスの向かいに着席し、食事を始める。

 

「一緒に居るってんならお前らの方もだろ、セシリアも随分熱心に声を掛けようとしているようだし、さてはお前……コイツに惚れたな?」

「んぐ、な! クロビスさん!! 行き成り何を!!」

 

 すると今度は逆にクロビスが二人の関係をからかうように話しを振る。行き成り話題を出されたセシリアは喉を詰まらせ、顔を真っ赤にして慌てだす。

 

「お! その顔はさては図星だな」

「な、な、な、な、な、な」

 

 分かりやすいセシリアの態度にさらに言葉を続けるクロビスだったが、そんな様子を見て一夏は冷静に……と言うよりはまるで気づいていない風に答える。

 

「……何言ってんだ、クロビス、そんなわけないだろ、会ってまだ二日目だぞ、俺たち」

「……」

「……」

 

 盛り上がる二人に対して一夏は冷めた言動を二人に返す、それを聞いた二人を沈黙が支配する。

 

「お前、これ見て本気で言ってんのか?」

「何が?」

「はぁ……まぁ、なんだ、セシリア……頑張れよ」

「……くじけませんわ、絶対に!」

 

 一夏のあまりにも鈍い様子に溜息を突きながらクロビスはセシリアに激励の言葉を贈る。当初悲しいようなほっとしたような、複雑な表情を浮かべていたセシリアだったが、その言葉に答えるようにセシリアは声をあげ、気合いを込めるように手を握り締めていた。そんな中、クロビスは面白い物を見つけたかのようにニヤニヤした視線をセシリアに向けた。

 

「それにしても……セシリアも随分と人当たりが良くなったもんだ」

「クロビスさん!!」

 

 顎に手を当てにやにやと笑いながら話しだそうとするクロビスにセシリアは何を話そうとしているかを察し、慌てた様子で席から立ち上がる、

 

「ん? それってどういう事だ」

 

 ユミールは柔らかい表現で話してくれたがクロビスはストレートに話してしまいかねない様子であった為、セシリアは止めようとするが、止まらず話すクロビスに焦りだす。

 

「こいつな、最初の頃は結構……」

「あ、あ、あ、あ、やめてくださいまし! 」

 

 セシリアにとってできれば思い出したくない当時の態度を行き成り一夏の前で話そうとするクロビスを席から立ち、大声で遮ろうとするが、その程度ではクロビスは止まらない。

 

「それでな―――」

「クロビス……さすがにそれは意地が悪いですよ」

 

 だが、それを止めるものが現れた。誰かと思い視線を向けた一夏の目に入ったのは食事トレーを持ったアーサーだった。

 

「はは! 悪い悪い、つい面白くてな」

 

 窘める様に話しかけるアーサーにクロビスは笑いながら答える。どうやら本気で話すつもりはなかったようで素直に話すのを止め、二人に謝罪する。

 

「ああ! もう!……思い出すだけでも恥ずかしい……」

 

 当時の事を思い出しているのであろう、セシリアは椅子に座りながら手で顔を覆い恥ずかしがる。当時の周りへの態度を冷静になってから思い出してみると顔から火が出るほど恥ずかしく思うセシリアにアーサーは助け船を出す。

 

「セシリアさん……あの頃の事はしょうがないですよ。家の事情もそうですが、ISの代表候補生になって専用機も、という話があったのに行き成りこの様なことになってしまったのですから」

「まぁ、そうだな」

 

 クロビスも悪意があったわけではなく、唯、初々しいい様子が微笑ましくてつい、といった感じだった為、アーサーのその言葉に同意し、セシリアの当時の心情を察する。

 

「なあ? ちょっといいか」

 

 そんな三人の様子を見ながら一夏は疑問に思ったことがあるので三人に向かって声を掛ける。

 

「はい?」

「ISの代表候補生って……何だ?」

「……」

「……」

「マジで言ってんのか?」

 

 その一夏に対して信じられない、といった様子で三人は三者三様の視線を向けるが、クロビスは真っ先に口を開いた。

 

「なんだよ、おかしいかよ」

 

 そんな三人の視線やクロビスの言葉に拗ねたように話す一夏にアーサーは説明を始める。

 

「……ISは知っていますね? そのISの国家代表選手、その候補生の事です」

「ああ、成程」

 

 流石にそう言われれば一夏も分かる為、アーサーの言葉に頷いた。

 

「ISは製作者がコアを467個しか制作していない、現在は限られた数のコアを各国に割り振って使用しています。その一個を任されるという事は並大抵の努力ではない事も分りますね」

「ああ」

「そして、セシリアもようやくそれを任されるという時にこちらに来てしまったのです。その時のセシリアの気持ちはわかるでしょう?」

「……そっか、大変だったんだな。セシリア」

 

 アーサーの説明でようやくセシリアの努力と苦労を察した一夏はセシリアに視線を向け、労りの言葉をかける。するとセシリアは焦ったように返答する。

 

「いっいえ! 確かに最初は色々ありましたが、今はこちらに来れてよかったと思っていますし!」

 

 アルフォリナという親友も出来た。それに一夏にも会えた。決して悲しい事ばかりではなかったとセシリアは考える。そんな彼女の横で呆れたようにクロビスは声を上げる。

 

「しっかし、お前、何でそんな事も知らねえんだ? 今じゃ普通に知られてる情報だろ?」

 

 クロビスの疑問ももっともだろう、一夏の行っている事は情報があふれかえっているあの世界ではありえない事だ、ISほどの物であればTVにも当然出てくるし、それに関した本も書店にもあふれている。故意にその情報を遠ざけなければ普通はあり得ない。例えるなら「オリンピック選手って何?」と聞くようなものだろう。クロビスのその言葉に一夏は頭を掻きながら、何処か困った様子で語り出す。

 

「俺さ、千冬ね、いや家族がさ。IS関連の事にはあんまり関わらせてくれなかったんだよ。そのせいで動画とかをちょっと見たことがある程度でさ……」

「千冬?……ひょっとして、ブリュンヒルデの?」

 

 一夏のその言葉にアーサーは少し考えるそぶりを見せると一夏に問いかける、そんなアーサーに視線を向け言葉を続ける。一夏は其の言葉に頷きつつ言葉を続ける。

 

「ああ……やっぱ、知ってるよな。まあ、千冬姉にどういう意図があったか知らないけど、そんなわけで、ほとんどIS関連の知識ってなくてさ」

「そうでしたか……」

 

 そう言うとアーサーも深くは聞いてこなかった。そんなアーサーの前で一夏は寂しそうに視線伏せると呟くように話した。

 

「でも、やっぱり、何も知らされないってのは、寂しいよな……」

「で、では……」

 

 そうやって寂しそうに視線を伏せる一夏に、セシリアは此処で自分が教えようとでも言おうとしているのか、うずうずと言った感じで声を掛けようとしていたが、それよりも早くアーサーが声を上げる。

 

「イチカさん、宜しければ私が知っている限りのことですが、ご説明しましょうか?」

「「!!」」

「え、いいのか!」

 

 そのアーサーの言葉にクロビスとセシリアはビクッと体を震わせるとお互いに視線を交わし、うなずき合う。だが、一夏はそれに気づくことなく嬉しそうに声を上げた。

 

「ええ、まあ、私の国にはISはありませんでしたし、現物をみたことはありません。ですのであくまで本で得た知識ですが。それにISを語る以上様々な事柄が絡んできますし、それを説明するにはISが発表された当初まで遡らなければいけませんが……」

「いや! ありがたいよ!」

 

 そう言いながら一夏は顔を綻ばせ感謝の視線をアーサーに向ける。その言葉にアーサーは満足そうに頷くと先程から黙っている二人に視線を向ける。

 

「ああ、良ければ二人も―――」

「ああ!! 悪い!! 俺、これから聖霊機の事で整備の連中と話すことがあるんだ。それじゃ、これで!!」

「わ、わたくしも、これからアルフォリナと約束が……ではこれで!!」

 

 だが、アーサーが何か言うよりも早く、二人は何か焦った様子でどこかわざとらしく理由を話し、食器を片づけ食堂より出て行ってしまった。そんな二人を一夏は不思議そうに眺める。

 

「どうしたんだ? あんなに焦って」

「まあ、セシリアは代表候補生ですし、私が話したところで釈迦に説法でしょう。おっと、先に食器を片付けてしまいましょうか」

「それもそうだな。あ、じゃあ、俺が下げてくるよ!」

 

 一夏は教えてもらう礼の意味も兼ねて提案する。

 

「そうですか? ではすみませんが」

「いいって。じゃあ貸してくれ」

 

 そう言って一夏はアーサーの分の食器も受け取り、席を立つと返却口に食器を返し、いそいそと再び同じ席に着く。

 

「でも、ほんと悪いな……」

「いえいえ、私にも兄弟がおりまして。こちらに来る前は、よく勉強を教えていたものです……」

 

 そう言いながら家族を思い出したのだろうアーサーは目を細め、視線を伏せる。その目も若干潤んでいる様だ。普段は平静を装っているが、当然郷愁の念はあるだろう。一夏もそんなアーサーを見て若干表情を曇らせる。

 

「アーサー……」

 

 だが、その声に気づいたのか、アーサーは慌てて目元を拭うと顔を上げ表情を戻し謝罪を口にする。

 

「おっと、失礼。湿っぽくなってしまいましたね」

「いや、しょうがないさ……」

 

 家族を想うアーサー見た一夏は、その姿に共感を覚え、自身も自らの家族を想い、顔をうつむかせる。その姿を見てアーサーは場を暗くしてしまったことを謝罪するがその言葉に一夏は頭を振り、気持ちを切り替えると座り直す。

 

「よし! じゃあ、始めてくれ!」

 

 アーサーに気を使わせぬよう一夏は明るく振舞い話を切り替える。その様子にアーサーも表情を緩めると語り始めた。

 

「ふふっ、そうですね。では……そもそもISが世に出たのは―――――――」

「ああ」

 

 だが、一時間が経過する頃、一夏は異変に気づいた。

 

「……あれ」

 

 何というか止まらないのだ。話し始めてから、これまで少しも休むことなくアーサーは喋り続けている。

 

「そして―――――」

 

 その後さらに1時間が経ち、やっと導入部分らしき話が終わった。アーサーは自身の考察を含めながらも決して偏見的な話をせず、常に客観的な解説をしてくれるため、非常に聞きやすい……のだが、はっきり言って長すぎた。自分に原因の一旦はある物の、一夏はいい加減疲労を感じてきており、いまだ話し続ける、アーサーに恐る恐る、といった感じに話しかける。

 

「な……なあ、もう終わりだよな?」

「いえ、まさか、こんな中途半端な所では終わりませんよ。さあ、これからISを語る上では欠かせない現行兵器との差異について話しましょう」

 

 だが、一夏のその言葉をにこやかに否定すると、次の議題を切り出した。

 

 

 

 

 ここで、時間は戻り、2時間前、アーサーの話が始まる前に席を立ったクロビスとセシリアは食堂前にて一息ついた。

 

「ふう、危ない、危ない。あの分じゃアーサーの奴、宇宙開発史ぐらいまで話すぜ……」

「うーん」

 

 食堂の外から二人の様子を覗きながらも、これから一夏が辿るであろう道に、思いを巡らすクロビスだが、隣で腕を組み唸りながら考え込むセシリアに気づき、声を掛ける。

 

「どうした? セシリア」

「いっいえ! なんでも!」

「イチカを置いてきちまって、嫌われないか心配って訳か?」

 

 その言葉に慌てた様子で否定するセシリアにクロビスは語り掛ける。一夏に好意を持つセシリアにしてみれば、なるべく好印象を与えて置きたかったのであろうが、慌てて出てきてしまい、ほとんど見捨てるような形になってしまったのだ。そのことを突かれたセシリアは顔を赤くして否定する。

 

「そっ!……そんなこと!」

 

 おそらくクロビスの考えは図星だったのだろう、顔を真っ赤にして否定するセシリアに内心「気にしすぎだ」と思いながらも、その様子に微笑ましさを感じながらアドバイスする。

 

「大丈夫だって、今までの様子じゃ、あいつはそんな事でとやかく言うような奴じゃねえよ。それでも不安だってんなら、終わった後に差し入れでもして、アピールしとけ」

「そうですわね! なら」

 

 その言葉に先ほどまでの戸惑いの表情から一転、何かを決意したように頷きながら胸の前で拳を握るセシリアを見て、クロビスは「じゃあ俺は行くぞ」と声を掛け、やれやれと言った感じで頭をかきながら自身の部屋に向けて歩を進める。だが、一つ思い出し、歩みを止めると、振り向きながら声を掛ける。

 

「ああ、そうだ。あいつに何か言いたい事があんなら、まどろっこしい言い方するんじゃねえぞ。どうやら相当な鈍感みたいだからな。告白するってんなら特にな……」

 

 それを言うとクロビスはその場を去っていく、その言葉にセシリアは一瞬ハッとして様に顔を上げるが、その場面を想像したのか、顔を耳まで真っ赤にしながら再度俯くセシリアだった。

 

 

 そして再び時間は戻り……いや、更に1時間半ほど進み、人もまばらになった食堂にて、煤けた様子の一夏と、本や資料もないというのに、止まることなく話し続けるアーサーがいた。

 

「……」

「では、これから宇宙開発史に入りましょうか」

 

 戦闘機を初め、兵器とISに対しての話が終わり、話題はクロビスが予想した通り……宇宙開発史に突入していくのだった。

 

 

 

 

 

 その後、さらに2時間が経過し「そろそろ、閉めたいんだけど……」という厨房担当の言葉にアーサーは話を止め、やっと一夏は解放された。その時の「すいません、こんな中途半端な所で……」と本当に申し訳なさそうに話すアーサーに一夏は戦慄を感じたが「続きを……」と言い出される前に、一夏は悪いとは思いながらも即座に話を切り上げると、昼間に教えられていた自身の居室へと足早に戻るとベッドに突っ伏した。

 

「やっと……終わった」

 

 そして、ベッドに身をゆだね、疲労感から一夏がその心地よさウトウトし始めた頃に行き成り自室の扉を開く音が響く。鳴り響いた音に少しイラッとしながらも、気持ちを落ち着けながら体を起こしていると、ドアの向こう側から声がかかる。

 

「イチカさん、起きていますか?」

「ああ、セシリアか?」

 

 ドアの向こう側から聞こえてきた声に、平静を取り戻すと一夏はドアまで歩み寄りドアを開ける。するとそこにはトレーを持ったセシリアが一夏の表情を伺いながら立っていた。

 

「大丈夫でしたか?」

「ああ、まあ……セシリア達が焦って出てった訳が、よくわかったよ」

「すっ、すみません……」

 

 疲れと眠気からか話し方は穏やかだかだが、少々棘のある言い方になってしまい、それを聞いてシュンとなってしまったセシリアに、慌てて一夏は言葉を返す。

 

「ああっ、気にしなくていいって、アーサーに頼んだのは俺なんだし、まぁ、充分、為になったしな……」

「そうですか……あっあの!!」

 

 一夏のその言葉にほっとした表情を見せると、セシリアは話を切り出す。

 

「ん?」

「喉が渇いてませんか? その、お茶を入れてきたのですけど!」

 

 そう言うセシリアを見ると確かにトレーの上にはポットとティーカップが乗っている、一夏が部屋に戻ったのを確認すると準備してあったものを持ち部屋に駆け付けたのだ。

 

 

「え? あ、いいのか? なんか悪いな」

「いえ! そんな事ありませんわ、では……」

 

 言いながら一夏はセシリアを部屋に入れテーブルに促す。礼を言う一夏に顔を赤くしながらポットからカップへと中身を注ぎ、差し出す。

 

「どうぞ」

「ああ」

 

 それを受け取った一夏は一口それを口に含むと、スーッとした清涼感が口に広がる、どうやらハーブティーの様なものらしい一夏は「ほぅ」と一息つくと感想を口にする。

 

「……うまい」

「それはよかったですわ、本当ならちゃんと入れたかったのですが」

「いや、充分うまいよ……あれ? セシリアは飲まないのか?」

「え! ええ!! 大丈夫です! 私ならこうしているだけで、満足ですので!!」

「? ならいいけど……」

 

 セシリア自身は一度、手料理を……とも考えらるが、彼女は以前の失敗から、まだ早いと考え除外した。それに時間も時間である為、此方にした様だ。

 

「そういやあ、前にもあんな事あったのか?」

「ええ、まあ……アーサーさん、とても真面目な性格なんですが……いえ、だからこそ中途半端で終わらせるのが、お嫌みたいで。少しでも関係あるとなればとことん話すようなのです」

 

 一夏の質問に対し、アーサーの印象を話すセシリア、それに対してはイチカも同意する。如何やら彼女も同じような目に遭った様だ。

 

「確かに知識量はすごかったよな……」

 

 暫く一夏は黙ってティーカップを傾けていた、セシリアはそんな一夏に熱のこもった視線をむけながらも、空になったカップにお茶を注ぎ続けるが、一息ついたところで一夏は満足げに話す。

 

「……ごちそうさま」

「いえいえ、お粗末さまでした」

 

 そう言いながら、片づけを始めるセシリアを見ながら一夏は声を掛ける。

 

「悪かったな、こんな時間まで」

「いえいえ!! 私がやりたくてやった事ですから!」

 

 カップを片づけるセシリアを見ながら、礼を告げる一夏にセシリアは慌てながら言葉を返す。

 

「そうか……じゃあ、ありがとうな」

「いえ、そんな!! そっ、それでイチカさん、その、あの!」

「ん、何だ?」

「えぇと。また、その……」

 

 一夏の言葉に喜色満面といった感じで返事を返すと顔を赤くしながら、口ごもる。そんなセシリアを疑問に思い、一夏は声を掛けるが、行き成り慌てた様子で声を返す。

 

「いえ!! やっぱり何でもありませんわ!! お休みなさいませ!!」

「あっ、ああ……」

 

 幾らはっきりと言えよ、と言われても、簡単に口にできるのであれば苦労はしない。少なくとも異性と面と向かって話すのも初の経験であろうし無理もない。

 

「どうしたんだ? まあ、いいか」

 

 見送った一夏は行き成り、慌てて部屋を出ていったセシリアを疑問に思いながらも生憎、一夏では今のセシリアの心情を察する事は出来ないのであった。

 

 

 

 

 場所は変わりここは一つの平行世界の地球……日本のとある都市の薄暗い路地裏で一人の少女がへたりこんでいる。年のころは14、5歳で黒髪、普段通りであるならば鋭い視線を放つその目に覇気は無く虚ろ、手足は力なく投げ出され、力なく項垂れ体を壁にもたれ掛けている。

 

 彼女はとある組織の構成員だった、と言ってもほかの構成員との間に信頼関係もなく彼女は常に一人だった、ただ姉たちに復讐するために、自身を鍛え生きてきた、それはその目的を達成するまで変わらず続いていく、そう思っていた……だがある日、突然異変が起こった、他の構成員との会話で姉の名前を出したとき、その相手から帰ってきた言葉は信じられないものだった。

 

「誰だ? それ」と。

 

 そんな答えはあり得なかった、もう一人はともかく姉の名前を知らない相手などいるはずがない。どうせ自分を馬鹿にしているのだと、その時はそう思い気にも留めなかったが、数日たち、他の人間にもその名前を知るものがいないと分かった時、彼女は背筋が凍りついた。そんな馬鹿と思い、今まで読んだ姉の書かれている本を見るも、そこに姉の名前はなく、見知らぬ誰かの名前があった。だから彼女は焦りのあまり身一つで組織を飛びだし、そして姉たちの住む家に向かったが、彼女は何もない広い空き地が広がっているのを、ただその場に立ち尽くし、呆然と見続けることになっただけだった。その後手当たり次第に歩行者に名前を聞いても「知らない」の1点張り、ふと目に着いた書店に入り、おもむろに目についた関連書物に目を通してみても、やはりそこにあるのは見知らぬ名前があった。そうして日が暮れるまで駈けずり周り、やがて彼女は本当に二人が存在しないことを知った。じゃあ自分の記憶にあるこの二人は誰なんだ、そう考えながら、当てもなく町をさまよい、一つの考えにいきついた、それは決して認めるわけにはいかない、自身の存在意義すら否定してしまう考えだった。

 

それは「二人は自分の妄想の産物だったのか?」

 

 自身に何もない事を認めたくないため、頭の中に架空の人物をつくりあげ、さも目標が存在しているかのごとく振舞っていたのではと、その考えに行きついた時、彼女の心は砕け散った。あまりの事に涙すら出ず、周囲を歩く人間に怪しまれるのも構わず、ただひたすら笑い続け、当てもなく町を彷徨い、一つの路地裏に入り込むと壁にもたれかかり、もはや四肢に力すら入らず、時間の経過すら忘れへたりこんでいた。そんな彼女に話しかける人物が現れるまで。

 

「おや? こんな所でどうしましたか、お嬢さん」

「……何だ?……お前は」

 

 その声に彼女は顔を上げ、光の映らない目を向ける。そこにいたのは白いスーツに金色の髪の帽子を被った一人の男性、一夏をアガルティアへと導いたフォルゼンが彼女に近づき話しかける。

 

「見ての通り、通りすがりのサラリーマンです、この様な所でどうしました? 体調でも崩されましたか?」

「……関係ないだろお前には。もう……私には何もない。いや、初めから何もなかったんだ……」

 

 《この様な所》などと現す場所を通りすがるサラリーマンなど、普通に考えれば怪しさ抜群だろう、普段通りの彼女ならば相手にもしないか、警戒の対象になるが、今の彼女にはそんなに余裕はまるでない。感情のこもらない声で言葉を返す。

 

「そう言われましてもねぇ。このまま放っておいたら大変な事になりますよ。いえ、もうなっていますね。ほら、手を見てみてください、このままではあなた……消えてしまいます」

 

 フォルゼンにそう言われ、自身の手をぼんやりと見る彼女の目には透けはじめ、向こう側すら見える自身の手が映るが、その様子を見ても尚、彼女は動じる事なく力なく渇いた笑いを浮かべる。

 

「消える……はは、そうか私自身も幻だったという事か……」

「ふふ。実は私は……あなたを救いに来たんです。私と契約してもらえれば、あなたは助かりますよ?」

「余計なお世話だ。姉さんも、あいつもいない世界で……私に存在する意味なんて無いんだ……」

 

 少し大げさな話し方でフォルゼンは話を切り出すも、完全に自暴自棄になっており見ていた手を地面に放り出すと再び視線を彷徨わせる。どうにも取り付く島すら見当たらない。

 

「うう~ん、困りましたねぇ、契約して下さいませんか……」

「……」

「はあ……強情な方です。そういう所は……織斑一夏君そっくりですねえ」

 

 しばらくお互いに沈黙が続くが一つ思いついた事をフォルゼンが口にすると明らかな変化が彼女に現れる。

 

「!!……お前!!」

 

 その名前は、もはや彼女にとって聞くことすら出来ない名前、この世界にはいないんだとあきらめたはずの相手の名前を聞いた瞬間、彼女の目に徐々に光が戻り、はっと顔を上げ驚愕に見開かれた目をフォルゼンに向ける。

 

「おや? どうしました? このまま消えるのではなかったのですか?」

「うるさい!! 知っているのか!! あいつを!!」

 

 フォルゼンがおどけたように話しかけるも、先ほどとは打って変わって強気な様子で彼女はまくしたてる世に詰め寄る。

 

「ええ、知っていますよ。彼を連れて行ったのは私ですから」

「あえるのか!! 姉さんに!! あいつに!! うあっ!!」

 

 咄嗟に立ち上がろうとした彼女だったが先ほどまでの事で膝に力が入らず、転びそうになり咄嗟に前からフォルゼンが支える。

 

「姉さんというが誰かは分りませんが、契約して下さるなら……少なくともオリムラくんになら会えますが?」

 

 織斑一夏の方の資料を見ているので姉さんと言うのが誰かは予想がつくものの、名前を聞いたわけではないので、確実性のある方の名前をフォルゼンは出す。

 

「ああ!! する!! 契約する!! なんでもするから……頼む!!」

「わかりました……では参りましょう、アガルティアへとね」

 

 その返答を聞き、満足そうに答えるフォルゼンに、彼女は疑問を投げかける。彼女の訴えを聞きながらフォルゼンは少女の手を取り、立ち上がらせる。

 

「アガルティア?」

「まあ、詳しい事は車中で話します。こちらへ……えーっと?」

 

 彼女の質問に後で答える旨を伝えると、迷うようなそぶりを見せ此方を見るフォルゼンに訝しむような視線を向ける。

 

「……なんだ?」

「そういえば、名前を聞いていませんでしたね。一応、確認ですのでお名前の方を……」

 

 そのフォルゼンの言葉に一瞬迷うようなそぶりを見せるが、はっきりと彼女は自身の名前を告げる。

 

「マドカ、織斑マドカだ」

「マドカさん……でしたか、では」

 

 その名前を聞いたフォルゼンは、満足そうに頷きながら自身の持つ鞄を漁りだす。

 

「何だ?」

 

 その様子をマドカは何事かと見つめていたが、やがて目的のものを見つけると、それをマドカへ差し出し、いつも通りのセリフでこう告げた。

 

「この契約書にサインを……」

 

 それはかつて、一夏に差し出したものと同じあの紙。それをあの時と同じ調子で手渡すフォルゼンだった。

 


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