聖霊機IS   作:トベ

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 取りあえずできた、セリフとか展開にかなり無理やり感がある様な気がする、他にいいセリフが浮かんだら修正してこうかな。


一話

「アガルティア……?」

 

 確認するようにその名前をつぶやき、フォルゼンを見る。今は信号で停車しており、フォルゼンも後部座席の一夏に視線を向けている。

 

「ええ。地球とは別の世界……そして、アガルティアと言うのが私達の世界の名前です。何でも……あっ!!」

「こっ、今度はなんだよ?」

 

 何かに気づいたように声をあげるフォルゼンに一夏は若干体を震わせる。そんな一夏の前でフォルゼンは焦ったようにカバンを漁る。如何やら停車中に出しておきたいものがあるようだ。

 

「忘れていました。えーと……あっ、あった。ハイ、これ」

 

 

 さっきから散々な状況の為、今度は何が起こるのか身構えていたが、フォルゼンはそんな一夏を気にする事無く、焦った様子でカバンを漁り、一枚の紙を取り出す。それは一夏にとっても見覚えのある物であった。

 

「これって…確か」

「えぇ、契約書ですよ。忘れていました……よく読んで、ココにサインをお願いします」

「そういや、書くって言っちまったっけ……サインで良いんだっけ?」

 

 書類を受け取りながら溜息をつき、フォルゼンへと視線を移す。

 

「はい、よろしくお願いします。えぇと、どこまで話しましたっけ?」

 

 一夏に問い掛けつつ、信号が青へと変わり再びフォルゼンは車を発車させる。

 

「私たちの世界の名前です。って、ところまでだったけど……」

 

 書面に目を通しながら、一夏は独り言の様に呟く。

 

「あぁ! そうでしたね。いや、すみません。では、改めて……」

 

 フォルゼンは『コホン』とせき込み、自身の世界の成り立ちを話始める。

 

「先程も話した通り、私たちの世界の名前はアガルティアと言います。君の住んでいた世界から派生したもう一つの世界……創世記によれば世界の創世は4000年前、と言われているのですが、そのあたりの事はかなり曖昧でハッキリとしたことはわかっていません」

「創世……?」

「はい。創世記に記されている内容によれば強大な魔王を倒すために、三体の巨神が降臨しました。巨神と魔王の戦いの際に発生したエネルギーは地球すら破壊しかねない膨大なもので、それを避ける為に創られた空間が元になった、と言われています」

「4000年前って……そんな空間に何で人間がいるんだ? そんなに早く人間が生まれたのか? あっ、契約書、これでいいのか?」

「あぁ、ありがとうございます……」

 

 4000年前に創られた世界に人間がいることに疑問を感じ、質問を投げかけるが、その質問も当然であろう。この世界においても星の誕生から人間の発生まで長い年月を要したのだ。4000年は人が発生するのは明らかに早すぎるのだ。その際、書類の確認が終わった事に気づき、サインをし、フォルゼンに差し出す。先に確認しておきたいのかフォルゼンは車を一旦停車させ書類へと目を通す。

 

「えぇ、問題ありません」

「で、どういう事なんだ?」

 

 そんな一夏の言葉にフォルゼンは書類に目を通すと、再び車を発車させながらその質問に淡々と答える。

 

「えっと、どうやって人間が? と言うことですが、さすがにそんな事はありません。私たちもこの世界の人たちと同じ“人類”ですよ」

「え?」

「簡単な話ですよ、アガルティア創世記にこの世界の人間が一緒に跳ばされて、帰る事もできない以上、そこで子孫を繁栄させ、文明を進歩させ、現在に至る。という訳です」

「なるほど……でも、何でその世界の人間がこの世界にいんだ」

 

 一夏の疑問も最もだろう。異世界で繁栄しているというのなら、なぜ、わざわざ世界を超えてやってきたのか? 先ほどは自分を助けに来たと言っていたが、それだけが目的とは思えない。そう考えていた。

 

「先ほども言った通りです、私は君の様な人達を保護して回っているんですよ」

「……本当なのか……って“君の様な”!? 俺以外にも、誰かいんのか?」

 

 同じような境遇の人間が他にもいる事に、不安と、自分だけではないという安心の入り混じった声で言葉を続ける。

 

「えぇ、君以外には今のところ6名です。君達がどうして、このようなことになってしまったのかはわかっていないのですが、三年前の出来事に何か関係があるのではないか? と言うのが今のところの我々の見解です」

 

「三年前? なんかあったのか?」

「……事の発端は109年前、デビッシュ博士を中心とした科学者によって引き起こされた事件<ゼ・オードの恐怖>と呼ばれる、当時起こった謎の大爆発……それがすべての始まりでした」

「3年前から随分昔に飛んだな。そんな前の事が、どう関係してくんだよ?」

 

 出てくる単語がなんだか物々しい事に若干、体を緊張で強張らせながら一夏は話の続きを促す。

 

「規模こそかなり違いがありますが、その時の反応と、3年前の反応が非常に酷似しているんですよ」

「……ああ」

「……」

「……ん?」

 

 うんうんと頷きながら聞いていた一夏だったが、続く言葉が中々来ないことを不思議に思いながら声をかける。

 

「えぇと……?」

「どうしました?」

「…そんだけか?」

「それだけですが?」

 

 100年以上前の事件まで出てきて、長い話になりそうだ、と身構えていたが、あまりにもあっさり終わったため、拍子抜けしてしまい呆けたように声をあげる。

 

「3年前に109年前と同じ反応があったってだけで、わざわざ、世界を越えてまでの行動を起こしたってのか?」

「いやいや、我々の世界にとっては一大事なのですよ。109年前と同じ反応が確認されたと言う事は、ゼ・オードが復活した可能性があると言う事で、それだけの行動を起こすには十分な理由です」

 

 真剣な面持ちで断言するフォルゼンであったが、ふと表情を曇らせると言葉を続ける。

 

「まぁ、本気で動いているのは、極一部なのですが、こちらの世界と同じように我々の世界も国同士のしがらみとか色々抱えていますからねぇ、調査の結果、ゼ・オードの復活はまず間違いないと言われているのに、嘆かわしい事です」

 

 自身の世界の危機に団結できない国家に対し嘆くものの、どこか「しょうがない」という風にフォルゼンは話す、世界が変わっても人である限り、そういったところは変わらないようだ。

 

「それと異世界人の保護に何の関係が?」

「それは秘密です」

「……」

「あぁ!…もしかして我々に協力してくれると? それならば、こちらの書類にサインしてくだされば、契約内容を説明する際に一緒に……」

「いや! やっぱ、いいや」

「そうですか?……まぁ、その<ゼ・オード>に対抗するために、我々は日々力をつけている最中、と言うことです。まぁ、君たちの事なら、結果があるのですから、必ず原因もあるはずです。それを見つけられれば、君達が元の世界に戻る術も見つかると思いますよ」

「そんな、いい加減な……」

「そのあたりは、私は専門家では無いので軽々しく断定することなどできませんよ」

 

 まぁ、当然だ。フォルゼンが一夏の所に来ている以上、彼は交渉役なのだろうし、安易に安心させるような事を言われても、今の一夏には不信感しか与えない。

 

「まぁ……そうだろうけど、そういえば、その<ゼ・オード>って何なんだ?」

「う~ん、気になるようでしたら、詳しく話しますよ?……数時間は掛りますが……」

「簡単でいいよ」

「おや、そうですか? 残念です、そうですね……ゼ・オードは……簡単に言ってしまえば、悪魔の様な存在です」

「簡単すぎるだろ!……もう少し、詳しく」

 

 簡単で良いとは言ったものの、たった一言で終わらされては、さっぱり分からない。それもそんな曖昧な例えでは、まぁ、簡単でと言ったのは一夏自身だが、まさかたった一言で終わるとは思ってなかった。

 

「うぅ~ん、織斑君は、わがままな人ですねぇ……まあ、記録などは残っていますが、詳しい記録、というものは不足していまして、分からない事の方が多いのですが、古代の装兵機……というのが今、一番有力な説ですね」

「そうへいき?」

「単純に言えば人型のロボットです、君たちの世界の創作物などにも出てくるような」

⦅あの時の奴みたいなものか?⦆

 

 その時、夢の光景が一夏の脳裏に過る。夢で見た二体のロボット、ああいう感じの物なのだろうか? あれが装兵機と断定は出来ないが、他に例えるものが浮かばないため、その時の光景が頭に浮かんだ。急に考え込んだ一夏を心配そうに、フォルゼンは声をかける。

 

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

「そうですか? で、その装兵機の力を利用し、アガルティアの人類の浄化を行おうとしたのが、先ほども話したデビッシュ博士であり、109年前の出来事です」

「何でそんな事を?」

「さぁ、そこまでは……ですが、その時に博士の協力者であったウェニマス博士とレニス博士が阻止行動に出て、その結果起きたのが、巨大な爆発<ゼ・オードの恐怖>です」

 

 話が取りあえずの終わりを見せたため、一夏は今まで感じた疑問を投げかける。

 

「ゼ・オードの恐怖って、そいつがやった事じゃなくて、失敗したから起こった事、なのか?」

「えぇ、博士本来の目的が果たされていたら、どうなっていたかはわかりませんが、ただ単純な破壊活動ではないだろうとは推測されています」

「でも、待ってくれ、109年前に失敗したんなら、もうそこで終わりだろ? まさか、100年以上もそのデビッシュとかいう奴が生きているとでも……」

 

 先ほどフォルゼンはこの世界と同じ人間であるといった、そうである以上、寿命も似たようなものと思っていたが、まさか、アガルティア人はこの世界の人間よりもずっと長生きなのか? そう一夏話すが、フォルゼンはその言葉を否定し、話を続ける。

 

「まぁ、本来ならばそこで終わっていたのですがねぇ、見つからなかったのですよ、その後の調査で」

「何がだ?」

「ゼ・オードの痕跡が、ですよ……関係者の遺体はおろか、機体の破片すら。記録映像を見る限り、膨大な被害が出たようですが、全く痕跡すら残さなかったというのは余りにも不自然ですのでね。協力者がいて、デビッシュ博士の意思を継いだものが、再びゼ・オードで何らかの行動を起こした。今の見解はこんな所ですね」

「えぇと……つまり、109年前にデビッシュ博士が<ゼ・オード>とかいうロボットを使って何かをやろうとしたが、仲間だった二人が阻止した為、計画そのものは未遂に終わった。だけど3年前にそのゼ・オードと同じ反応があったため、再び動き出したかもしれない相手に備えているって事か」

「えぇ、大まかな流れとしてはそういう事です。まぁ、細かい事情は省いていますが。おっと、そろそろ到着しますね……準備しておいてください」

 

 そう言われ、一夏は窓から外の景色に目をやる。かなり長い時間を話し込んでいたようで、確かにだいぶ景色が変わっている。一夏は準備をしようとし、自分が荷物らしいものを何も持っていない事を思い出すと、再度座り直し、窓の外の景色を眺めていた。

 

 

 

 

 その後、程なくして車は富士の樹海へとやって来た。車を停車させ、車外に降り立った二人に少々苛立ち気味な少女の声が投げかけられた。

 

「遅いですわよ! フォルゼンさん!!」

 

 そこにいたのは、丈の長い青いスカートに袖口などにレースをあしらったブラウスを着た西洋系の顔立ちの少女だ。金色のロールがかかった長い髪に青いヘアバンドをしている彼女は怒りも露わにフォルゼンに話しかける。その様子から「気の強そうな子だな」というのが、一夏の第一印象だった。その様子から相当待たされたのだろう、かなり、ご立腹の様子だ。まぁ、こんな所で待たされては無理もないだろう。

 

「いやぁ、すみません。セシリアさん、織斑君が駄々をこねまして……説得に時間がかかったんですよ」

「俺のせいかよ!!……っていうか、あれが説得?」

「フォルゼンさん……わたくしの時のように、また強引なやり方だったのではないのですか?」

「いえいえ、そんな事はありませんよ、ちゃんと本人の了承を得たうえでご同行願いましたので」

 

 以前にも思い当たる事があるのだろう。多少あきれた様子で彼女はフォルゼンを見るが、溜息をつくと話を進める。

 

「はぁ……まぁ、ここでこうしていても仕方ありませんわね……えぇと……」

「あぁ! 自己紹介がまだでしたね。こちらが、今回保護した、織斑一夏さんです」

「え……と、よろしく……あれ?」

 

 そう言って自己紹介をした一夏は目の前の少女を改めて見据えると思わず声を上げた。

 

(あれ?……この子って……確か)

 

 目の前の少女は夢であった人物と全く同じ容姿をしていたのだ。その為、困惑しつつ言葉を詰まらせる。

 

「それで、こちらの方が織斑君と同じように我々が保護した……」

「セシリア・オルコットですわ」

 

 当の少女はフォルゼンとの会話の途中であり、一夏の困惑を知らず、フォルゼンの言葉を遮り彼女、セシリアは髪をかき上げながら、実に優雅な所作で自らの名を名乗る。

 

「オルコットさん、だっけ、一つ聞いていいかな」

 

 そして、互いの自己紹介も済んだ所で取りあえず、一夏は気になる事があるため、彼女に声をかける。

 

「えぇ、なんですか?」

「君の時もフォルゼンだったみたいだけど……君の時は、どうだったんだ?」

「……少なくとも、拒否できない状況まで追い込んでから同意を得ようとするのは、どうかと思いますわ……」

「……ほとんど拉致じゃねぇ。それって」

 

 遠い目をしながら遠くを見るセシリアに同情的な視線を送った後、一夏はジト目でフォルゼンを見る。そんな一夏にフォルゼンは爽やかに笑いながら答えた。

 

「もう、織斑君もセシリアさんも人聞きの悪い言い方は止めてださいよ。事情の知らない人に聞かれたら誤解されてしまいます」

「こんなところで誰が聞くっていうんだよ……」

 

 そう言いながら、誰もいない周囲を一夏は見回す。少なくとも場所が場所だけに人っ子一人見当たらない。フォルゼンの様子に疲れた様にがっくりと肩を落とす一夏だったが、当のフォルゼンが気がついたように声を上げた。

 

「っと、セシリアさん、織斑君を早く案内してあげて下さい。長々と話してしまいましたが、さすがに、いつまでこうしているわけには……」

「そうですわね……あら?……フォルゼンさんは一緒に戻りませんの?」

「えぇ、あと二人、案内しなければいけませんので……お二人とも、中々特殊な事情でして、タイミングを計るのに苦労しそうです」

 

 楽し気に話すフォルゼンにセシリアは目を細めながら釘を刺す。

 

「……くれぐれも“拉致”はしないで下さいませ」

「ははは、大丈夫です。普段通りやってきますので、それではセシリアさん、後はお願いしますよ?」

 

 だが、フォルゼンは相変わらずの調子で帽子とスーツの襟を整え、表情を引き締めるとセシリアに一夏の事を任せ、車に乗り込み走り去っていった。その車を見送りつつ、一夏は不安気に隣のセシリアに声をかける。

 

「な、なぁ、行かせて大丈夫なのか?」

「まぁ、その方の害になる事をしに行く訳ではありませんから……」

 

 走り去る車を見送った後、不安な様子で自身に語り掛ける一夏にセシリアは諦めが交じった声で答えると、一夏へと向き直り言葉を続ける。

 

「それより、私達は早くあちらに向かいましょう。こちらへ」

「あ……あぁ」

 

 いつまでもこうしてはいられないと、セシリアは一夏に付いて来るように促し歩き出した。一夏はセシリアの隣に立ち歩きながら、やはり夢の事が気になってしまい無意識にセシリアの顔に視線を送る。だが、その視線に気づいたセシリアから不機嫌そうに声があがる。

 

「今度は何ですの? 人の顔をジロジロと……」

「ああ、ゴメン。もう一つ、聞いていいかな?」

「はい?」

「君さ、前に俺と会った事……ない、かな?」

 

 自信なさげに尋ねる一夏の言葉にセシリアは記憶を辿っているのであろうか、しばらく押し黙ると口を開く。

 

「……いえ、今回が初対面の筈ですが?……わたくしが忘れていなければ、ですが」

 

 だが、思い当たる節がないのか、頭を振りながら否定の言葉を返す。

 

「そっか、ゴメン……やっぱり勘違いだ……」

 

 セシリアの返答に大げさな所作で誤魔化す様に声を上げ、再び思案に耽る。

 

⦅やっぱ、違うのか? 夢の中であった、なんて言えないし……⦆

「あっ……そうですわ。オリムラさん、腕を貸して下さい」

「へ……あ、あぁ」

 

 だが、そんな一夏に構わずセシリアは気づいたように声を上げると一夏に声をかける。その言葉に一夏は考え事をしていたこともあり、無意識に返答してしまい、腕を差し出す。

 

「ちょっと、痛みますわよ?」

「へ……?」

 

 一夏が差し出した右手をセシリアは掴むと、服の上から円筒形の物を押し当てる。すると針で刺されたような痛みが一夏の腕に走る。

 

「痛!!……ちょ……おい!!……今のなんだ!?一体何を打った!?」

 

 痛みで我に帰った一夏は咄嗟に腕を引き、何かを打たれた腕を確認しながら声を荒げ、セシリアを問い質す。

 

「害はありませんわ。必要な処置ですので……さっ、わたくしの手につかまってください」

「……え、ちょっと!」

 

 抗議の声を上げる一夏に構わずセシリアは再びその腕を掴むと何やら機械を取り出す。

 

「では……行きますわよ、転送!」

「へ…うわ!!」

 

 そして、セシリアが機械に言うと、一夏の見る景色が一変する。まるで宙に浮くような感覚を受けたかと思うと、一気に景色が捻じれ、捻じれの中央部分から穴が広がっていき、一夏の視界を覆う。そして、まるで水中を通っているのかと思わせる空間を抜けると強い光があふれる。そのあまりにも強い光に一夏は目を開けていられず、咄嗟には眼を閉じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、ここはアガルティア世界、ヨーク王国のフラムエルク城。派手さはないものの、背後に山を抱き、城そのものは質実剛健な印象を受ける。その一室にて二人の男女が話をしている。一人はウエーブのかかった長い金色の髪を膝まで伸ばし、ドレスを身にまとった少女、ぱっちりとした目に白い肌、美しいというよりは可憐な印象であり、まだまだ幼ささえ感じさせる少女の名前はアルフォリナ・エル・イスターシュ。若干14歳にてヨーク王国の女王を務める人物である。対する男性は金色の長髪を後ろで束ねた細面の美青年、アガルティア王国皇太子ローディス・ラング・メスティナである。

 

「この度の件について、本当によろしかったのですか?ローディス様」

「ふふ、構いませぬ。アガルティアの為を思うあなたの熱意に打たれて私が勝手に行った事、あなたが気に病むことはありませんよ。アルフォリナ様」

「ですが、国の意向に逆らってまで、これではあなたの立場が」

「構いませぬ。確かにこれから苦難が待ち受けているかもしれません。ですが今回の事であなたという志を同じくするかけがえのないパートナーを得られた……これは大きなことです」

「ローディス様」

 

 聞くものが聞けば口説いているようなセリフが何のためらいもなく、口からから出てくるあたりローディスという人物が女性に慣れているかが分かる。対するアルフォリナは、何処か夢をみているかの様にローディスへ熱を帯びた視線を送っており、彼女が彼に対して好意を抱いている事が伺えるが、次に続いた言葉にその瞳に戸惑いが見える。

 

「そして、例えどのような事があろうとも、私には頼もしい親友が……レイフォンがいてくれます。彼がともにある限り、私には何も恐れることなどないのです……」

 

 その言葉からは彼のレイフォンという人物への深い信頼と友情が伺える。その言葉を聞きながらアルフォリナは表情を曇らせる。

 

「そ、そうですか」

「あぁ、いけない、あなたに渡すものがあることを忘れていました」

「渡すもの……?」

 

 だが、其れも束の間、何かに気づいたように傍らに置かれた箱から取り出したペンダントを自身に差し出してくるローディスを見ると何かに気づいたように声を上げると、笑みを浮べる。

 

「ペンダント? あっ……」

「はい…一日早いいですが、誕生日おめでとうございます」

「……あの、つけて頂けますか?」

 

 その様子からは、ペンダントを送られることよりもローディスが自身の誕生日を忘れていなかった喜びの方が大きいようだ。

 

「もちろんですとも……」

 

 ためらいがちに呟かれたアルフォリナの懇願にローディスはさっとアルフォリナの背後に回ると、その細い首に手を回し、ペンダントをつける。

 

「きれい…」

「とても……お似合いですよ」

 

 ペンダントの為かローディスの言葉によるものかは分からないが、しばし熱に浮かされたように頬を染めていたが、やがて意を決した様に顔を上げると真剣な面持ちでローディスに問いかける。

 

「……あの、ローディス様」

「はい? なんでしょうか……?」

「その……レイフォン様とは、その……」

 

 アルフォリナは意を決し、以前から聞いていた、ある噂を確かめるため口を開くが、どうにも言い難い事なのか、はっきりとしない話し方だ。その為に話を切り出すタイミングを失い、その声は部屋に入ってきた一人の人物に遮られる。

 

「失礼します」

「なにか?」

 

 部屋に入って来たのは体格のいい少々老けた顔の長身の騎士だ。ローディスの問い掛けに対し、姿勢を崩さず声を発する。

 

「そろそろ転送が終わります。その報告を、と」

「あぁ、そうか。そういえば来るように伝えていたな、そのことについてはユミールに一任してある。彼女に任せておけば間違いはないだろう。ただ、くれぐれも今後の事については本人の意思を尊重するように、我々の目的は、飽く迄も保護なのだから」

「はっ! かしこまりました。それではローディス殿下、アルフォリナ女王陛下、失礼いたしま……陛下?」

「……あ、いえ! なんでもありません」

 

 退室する際、自身の主君からの若干拗ねた様な視線に気づき、どうしたのか、と声をかけるがアルフォリナは即座にそれを否定する。

 

「……? それでは失礼いたします」

 

 主君の様子に首を傾げながら退室していった相手を見送った後、先ず口を開いたのはアルフォリナだ。

 

「今回の方は、どうされるのでしょうか?」

「私としては、ああ言ったものの、ともに戦ってくれれば……と思っています。自分たちの世界の危機に対して、他の世界の方々に手を借りなければいけないというのは情けなく思いますが……」

 

 フォルゼンが言っていた通り、人材不足は深刻のようでこの世界の法に縛られない異世界人というのは手に入ればある意味、都合のいい人材なのだろうが、少なくとも自身の世界の事を、異世界の人間を自分たちの問題に巻き込んでしまう事を悔しく思う、と話す彼の言葉に嘘は感じられない、少なくとも目的が保護というのも彼の本心なのだろう。

 

「そう……ですね」

「そういえば、陛下。先ほど、何か言いかけていませんでしたか?」

 

 ふとローディスは先ほど彼女が言いかけていた言葉の続きを促す。

 

「いっ、いえ!! なんでもありません、えぇ! なんでもありませんとも!!」

「?……なら、いいのですが」

 

 が、なぜかアルフォリナは焦った様子ではぐらかそうとする。その様子をローディスは不思議に思うものの、その必死な様子に無理強いは出来ないだろうと、自信を納得させるのだった。

 

 

 

 

 

 

「うわ!! なんだ?……ここ」

 

 そんな二人の会話がされていた頃、フラムエルク城の一画に空間の捻じれより現れた一夏は思わず驚愕の声を上げていた。光がやんだ事を感じた一夏が少しづつ目を開くと、その視線の先にあったのは、まるで魔法陣の様なものが描かれた薄暗い部屋、唯その部屋は、魔法の様な不可思議さではなく、機械の様なシステムチックな構造をしている。普通の生活をしていれば縁のない不可思議な室内に思わず声をを上げてしまっていた。

 

「さぁ、つきましたわよ」

「なんなんだよ。ここ?」

「アガルティア世界のヨーク王国……フラムエルク城内の召喚施設……それと、そろそろ手を離して頂けませんか?」

 

 そんな一夏とは対照的に既に見慣れているのか、平然としていたセシリアがその手に残る感触に気づいたように声を上げる。

 

「…っと!! ごめん!!」

 

 そう言われ、今更ながらに気づいた一夏は慌てて手を離す。そんな時、背後から女性の声が届いた。

 

「ようこそ、アガルティアへ……イチカ・オリムラさん」

「えっ?」

 

 その声に振り返った一夏が見たのは、銀色の膝まで伸びた長い髪を腿の辺りでリボンで二つにわけ、青を基調とした服に白いケープの様なもの着た女性である。困惑気味な一夏に穏やかな笑みを浮べ語り掛けている。だが、咄嗟の事で反応が遅れた一夏に今度は女性の方が顔を曇らせ、セシリアに問いかける。

 

「……あら? セシリア、アジャスターの処置はしてあるのよね?」

「えぇ、間違いなく」

「アジャスターってのはさっきの?」

 

 

 話しかけられたセシリアは頷き答える傍らで一夏は先程痛みを覚えた腕を摩りながら呟くとそれに応える様にセシリアが言葉を発した。

 

「えぇ、腕に打ち込んだものですわ」

「アジャスターは特殊なナノマシンで翻訳機の機能がありまして、細かい説明は省きますが、打ち込むことにより習得していない言語でも、テレパシーの様な機能で意思疎通を可能にしてくれるんです」

 

 そして補足する様に女性からアジャスターの機能説明が入ると一夏は感心した様に呟く。

 

「へえ……」

 

 そして、今度はその女性の言葉に口元をじっと観察するとある事に気づいた一夏は自信なさげに呟く。

 

「……確かに、あなたの口の動きと、話していることがあってないような気が?」

「ふふ、最初の内は不自然に感じますが、すぐに気にならなくなりますよ」

「そうですか……あれ?」

 

 そして確認する様に女性の表情を伺った一夏は再びの既視感を覚え、黙り込んだ。

 

「……」

「あぁ。害を気にしているのでしたら心配はありませんよ、この世界の人間は例外なく使用していますので…」

「あ、いや。そういう事を気にしているんじゃなくて……」

 

 突然黙り込んだ一夏に対し、女性は気遣うように声をかけるが、一夏はそれを否定し、再び女性の顔を見ながら考え込む。彼女は打たれた物の害を気にしていると思い、説明を行うが、一夏の疑問はもっと以前の事柄にあった。

 

「……?」

⦅やっぱり、この人も……⦆

 

 目の前で不思議そうに首を傾げる女性にもやはり見覚えのある印象を受けた一夏は、恐る恐るといった感じで尋ねる。

 

「あの……どこかで会った事、ありませんか?」

「いえ、それはない、と思いますが?」

 

 先ほどのセシリアに続いてまたしても否定されるが、再び思考する前に眉を顰めたセシリアから窘める様な言葉がかけられる。

 

「オリムラさん……あなた、初対面の女性に対して、いつもそうやって声をかけますの?」

「いや。そうじゃなくて……本当にどこかで見た事あるような気がして」

「そうだったとしても、先ほども申しましたが、初対面で人の顔をジロジロ見るのは失礼ですわよ」

「あ……そういや、そうだよな。すみません」

「いえ、私は気にしていませんよ」

 

 セシリアに言われ改めて気づく、確かに先ほどといい、失礼な行動だったと思い、女性に対して謝罪すると、女性の方も微笑みながら答える。

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はユミール・エアル・クラシオ。今回は突然のことで戸惑っていると思いますが、私たちも原因究明のために全力を尽くしますので、どうか……」

 

 ユミールはやたらへりくだった態度で深々と頭を下げる。フォルゼンの時とは違い過ぎる態度に帰って一夏自身が恐縮しながら応える。

 

「いえいえ!! そこまで下手に出なくても、えっと、ユミールさんでしたっけ? 少なくとも、助けてもらったのは事実みたいだし……」

「そういっていただけると助かります。それと、私の事はユミールで構いませんよ。敬語でなくても構いませんので」

「そうですか? えーっと、じゃあ。これでいいかな? だったら、俺のことも一夏で良いですよ」

 

 一夏は基本、目上の者には丁寧な口調で話すが、先ほどからのあまりな環境の変化に気を張りっぱなしであったため、ありがたいとばかりに口調を崩す。それゆえに相手も気軽な口調なら自分も楽だ。そう思い、同様の訴えを返したのだが。

 

「え……それはちょっと」

「ん?」

 

 すると、途端に彼女は戸惑いの表情を見せる。どういう事かと首を傾げる一夏に答えたのは、当のユミールではなくセシリアである。

 

「オリムラさん。ユミールさんは男性からのそうゆうところを気にされる方ですから、特に初対面の方からは」

「そうなのか? じゃあ仕方ないか」

 

 少なくとも二人の年齢はかなり離れているであろうに、それでも気にするのならよっぽどなのだろうと、一夏はあきらめる。

 

「しばらくはこちらにいるのですから、徐々に慣れていけばいいではないではないですか」

「……そうだな」

「それでは、そろそろ行きませんか? オリムラさんをほかの方にも紹介しなければいけませんし」

「そうですわね」

「では、此方へ」

 

 ユミールについて召喚施設を出ると、機械仕掛けの施設からは一転して中世の城の様な通路であった。だが、古いと言った感じは無く何処か現代的な意匠を併せ持つ不思議な建築物である。一夏は物珍しさからきょろきょろと辺りを見回す。清潔感のある白い壁や金色で縁取られた豪奢な窓等、一夏であっても良い物だと分かる。次いで足元に視線を送れば踏んでもいいのかなと思わせる程に仕立ての良い絨毯が敷かれている。だが、そんな一夏の心情は関係なくユミールとセシリアは慣れた感じで歩いている。そんな二人について行くと暫くするとユミールは足を止め、目の前の扉をノックする。

 

『はい?』

「失礼します。イチカ・オリムラさんをお連れしました」

 

 そして、中から男性の声が聞こえ、ユミールが一言断りを入れてから三人揃って入室する。

 

「ご苦労様です。そちらの方が?」

「ええ、先ほど転送が終わりました。今回、異変が確認されたイチカ・オリムラさんです」

 

 声を上げたのは一人の男性。一夏たちが部屋に入ると仕事をしていた手を止め、こちらに対して丁寧な物腰で話しかける。

 

「はじめまして、わたくしはこのヨークにて宰相を務めさせていただいている、オズヴァルド・レイオ・エグゾギルムと申します。お見知りおきを」

 

 一夏に対しても丁寧な物腰で自己紹介をするオズヴァルドと名乗った男はカイゼル髭を生やし、仕立てのいい服を皺ひとつなく着こなしている。少々神経質な印象を受ける人物で年は34であるが、痩せ気味の見た目も相まって、少々老け気味に見える男性だ。

 

「えっと、イチカ・オリムラです。その……俺は、これから?」

「ここまで来られる際、この世界の状況は聞いていますか?」

「は、はい。確か、復活したゼ・オードに対抗するために力をつけている最中だと……」

「その通りです。現在、このヨークにて対ゼ・オードの対策として聖霊機を開発しています。が、他国はゼ・オードの力を過小評価しておりまして……様々なものが不足し、計画は難航しているといえます」

 

 オズヴァルドはこめかみに手を当て、本当に困ったと言う所作をする。

 

「え? 話ではすごい被害だったって聞いたんですけど、そこまで協力者がいないんですか?」

「ええ。幸いアガルティア王国のローディス皇太子殿下の尽力により、なんとかここまで来ましたが、特に人材の不足が厳しく、このままでは部隊としての発足が難しい状態でした。そして特に深刻だったのが、聖霊機の操縦者の確保でした」

「……まさか、ちょっと待ってください!! まさか、俺にその聖霊機とかいうのに乗って戦えっていうんじゃ……」

 

 オズヴァルドのセリフを聞いて言わんとしている事が分かった一夏は焦りながら声を上げる。

 

「もちろん強制はしませんが。ただ、聖霊機は装兵機以上に乗る人間を選ぶのです、セシリアさんやあなたのように、異変後にアガルティアへとやってきた方が高い同調値を示しているのです。これまで来た方々も飽く迄、自分の意思で我々に協力してくださっています」

「それで、わざわざ俺たち世界に来てまで探していたのか?」

「確かに、そういう意図が全くなかったとは言いません。ですが、我々は聖霊機を戦争や殺戮目的で建造しているわけではありません。あくまで対ゼ・オードのために……その点は分って下さい。それに無理だと言われる方に、無理強いするつもりはありません」

「……」

 

 話を聞いた一夏は考え込んだ。突然異変に巻き込まれ、この世界に来てしまい、何もない自分に出来ることがあるのなら、やりたいと思う。唯それをやるのならいずれ、ゼ・オードと……人間と戦うことになるのだ。流石に一般人であった一夏がすぐさま答えを出す事は難しかった。

 

 この世界の人間ならば確かにゼオードと戦うだけの理由があるだろう、だが今の一夏には守るべき家族も、友人もいないのだから、それが彼を迷わせていた。黙り込んだイチカに対して掛ける言葉が見つからないのか、その場にいる皆は黙り込む。そんな時、その状態を破るかの様に明るい声が部屋の中に響いた。

 

「あれ? みんな、どうしたの?……なんか、雰囲気暗いわよ」

 

 突然の声に皆、そちらへ視線を向ける。そこには、ところどころ油で汚れた作業着の様な服を着たショートヘアーの少女が一人、体格の良い青年を伴い入室してきたところであった。

 

「あぁ、セリカさん。また、その様な恰好を……まだ聖霊機の格納庫にいたのですか?」

 

 面識があるのか、行き成り現れた人物に戸惑う一夏を余所にセシリアが声を掛ける。

 

「まあね~。それとセシリア、報告にあったビシャールの不具合の調整は終わったわよ。後の調整と確認は任せるわ」

「あら、そうですの? わかりましたわ」

 

 それにたいして少女も親し気な返答を返し、その言葉にセシリアも何処か嬉しそうに応える。

 

「ビシャール?」

 

 聞き慣れない単語に一夏に少女は何処か嬉しそうに応える。

 

「ここで開発されている聖霊機、その内の一機よ。私が設計して、今は彼女が操縦者を務めているわ。これからよろしくね。イチカ・オリムラくん」

「え! 本当に!?」

 

 自身とはあまりそう変わらない年の少女の答えに思わず驚きの言葉をあげた一夏に対し返答したのは目の前の少女ではなく、そばに控えていた青年であった。

 

「無礼な!! このお方をどなたと心得る?! アガルティア王国第一王女セリカ・ラニアード・メスティナ様であらせられるぞ!!」

 

 強い意志が宿ったような瞳で一夏を真っ直ぐに見据え、声を荒げる。その言葉は青を基調とした騎士服の上からでもわかるほどがっしりとした肉体も相まって迫力を感じさせる。年は18歳ころでいかにも血気盛んと言った所だ。

 

「はぁ!? 王女!?」

 

 その言葉に一夏は驚きを隠そうともせずに声を上げ、改めて目の前の少女を見る。歳は16歳ぐらい、汚れた作業着を着た目の前の人物が王女であるとは、とてもではないが思えないからだ。如何やら、気安く話す一夏の態度が気になり声を上げたようだ。

 

「フェイン!……ごめんね」

「いや。別に気にしてない……いや、気にしてません!」

 

 セリカは声を張り上げ、青年を窘めると素直に一夏に謝罪する。如何やら気さくな正確なようだ。再び馴れ馴れしい態度を取ろうとしたところ慌てて言葉を改め、姿勢を正す一夏に苦笑いしながら声を掛ける。

 

「別に敬語でなくてもいいわよ。そう見えないだろうし、あんま自覚もないし……改めてよろしくね。それで彼が……」

「姫様の警護として派遣されたフェイン・ジン・バリオンだ! 姫様に無礼を誰であろと成敗してくれる!!」

「わかった。気を付けます……」

 

 セリカに紹介されたフェインは胸を張り堂々と答えた。その気迫に押されながらも一夏は応える。

 

「お前がイチカ・オリムラか……ふ~む?」

「今度はなんです?」

 

 すると、先程まで目を吊り上げ怒りを露わにしていたフェインが、一夏の目を見ると顎に手を当て急に考え込む様子を見せる。如何やら一夏の人となりを見定めている様だ。

 

「うむ! いい目をしている、悪いやつではなさそうだな」

「そ、そうですか? ていうか、何で皆俺の事知ってるんだ?」

 

 そして一転して親し気に話しかけてくるフェインに戸惑う一夏だったが、先ほどから二人とも自分の名前を呼んでいることに疑問を覚え、一夏は取りあえず近くにいたセリカに尋ねた。

 

「まあ、新しい人が来れば、いやでも噂になるわ」

「そういうものなのか?」

 

 流石にこう行った事は初めてである為、そう言われればそういうものだろうと納得する。そんな一夏の前でセリカは言葉を続ける。

 

「聖霊機は操者を選ぶし、今のままじゃ折角作った機体を遊ばせておく事になっちゃうから、新しい人が来るっていうと、どうしても作る側としては期待しちゃうのよ」

「だけど、俺は……」

 

 セリカの言葉に一夏は視線を伏せ、声を詰らせる。流石にこんな重大な事をすぐにウンと言えるわけがない。

 

「まぁ、当然そうよね……」

 

 その反応は当然だとばかりにセリカは一夏のはっきりしない態度にも嫌な顔せずに応える。その言葉を最後に再び室内に暗い雰囲気が戻ってしまったが、それを変える為に意を決した様に声を上げたのは一夏だ。

 

「……なあ、ちょっといいか?」

「ん、何?」

 

 一夏は思い切ってセリカに声を掛ける。

 

「取りあえず、その聖霊機ってのを見せてくれないか?」

 

 夢で見たセシリアが現れた事で、もしかしたら聖霊機と言うのも夢で見た二体の巨人なのではないかと思ったからである。それに、そうでなくとも聖霊機と言うのがどんなものであるか、見てみたいと言うのもあって一夏はセリカに声を掛けたのだ……が、当のセリカは一瞬キョトンとた表情をしたかと思うと一転して表情を輝かせると実に嬉しそうに答えた。

 

「おっ! そうこなくっちゃ! じゃあ、早速行こうか!!」

 

 一夏の行き成りの申し出にもセリカは嫌な顔をせずに、むしろ嬉しそうに答えた。自分で言い出した事ではあるが、あまりにあっさりと了承された事に意外に思いながら、恐る恐ると言った風に尋ねる。

 

「……いいのか?」

「勿論! じゃあ、ついて来て!!」

 

 大きく頷くセリカは本当に楽しそうで、一夏は思わず気を緩め、善は急げとばかりに歩き出したセリカに付いて行こうとするが、セシリアは何かあるのか、慌てて二人を呼び止める。

 

「セリカさん! その前に、アルフォリナにオリムラさんが到着した事を報告しませんと……」

「あ、そうだった。でも、後でもいいじゃん。アルフォリナちゃんなら気にしないわよ」

「セリカ、そういうわけにもいかないわ、こういう事はちゃんとしないと」

 

 あんまりな言い方にユミールは困り顔だったが、そこにオズヴァルドが割って入った。

 

「でしたら、私が陛下に報告しておきますので、セリカ様はご遠慮なさらずにオリムラさんのご案内を……」

 

 何処か、うずうずと言った様子でオズヴァルドはセリカの返答を伺う。

 

「そう? ならよろしくね」

「かしこまりました。では……!」

 

 セリカの答えを聞くと、オズヴァルドは表情こそ変えず、物腰も丁寧であるが、先程とは違い何処か落ち着きがない様子で踵を返すとその場を後にする。彼が足早にその場を後にしたのを見て、先ず口を開いたのはフェインである。

 

「姫……あやつ、やはり姫に気があるのでは?」

 

 オズヴァルドの態度にフェインはセリカに対し、心配そうに声をかけるが、セリカは首を横に振りながら否定する。心配そうなフェインとは対照的にセリカは心底、安心しきった風に応える。

 

「それはないわ。彼、今はアルフォリナちゃんしか見えてないし、それに私は年齢的にも受け付けないだろうし、あの人」

「年齢的? 低すぎるって事か?」

 

 確かに壮年男性っぽく見えるオズヴァルドと年のころ16歳程のセリカでは不釣り合いすぎる為に一夏はそう考えたが、一夏のその質問にも更に頭振るとセリカは溜息を一つ着くと答える。

 

「違うわ。年を取り過ぎてるの。16才以上に興味ないから、あの宰相……」

「うえ、マジか?」

 

 セリカの口から出たあまりにも答えに思わず声をあげる、かなりまじめそうに見えたのに人は見かけによらないものだと、一夏は彼の出ていった方を見る。

 

「そっ、マジもマジ。だから私は大丈夫ってわけ」

「……アルフォリナ、大丈夫でしょうか?」

 

 セシリアは余程アルフォリナと呼ばれた人物の事が心配なのか、彼が去った扉を見詰め呟いた。

 

「……アルフォリナちゃんが心配?」

「えぇ。あの子、こういう事には慣れていませんし……」

「まっ、あの子にはタイロンがついてるから大丈夫よ。それよりセシリアも気を付けた方がいいわよ。思いっきり彼の守備範囲内だから」

 

 そう言ってセリカはセシリアに警戒を促す。確かに歳を考えるのなら、一夏と同い年のセシリアは思いっきり彼の守備範囲だ。だが、セリカの言葉に答えたのはセシリアではなくフェインである。

 

「姫、こやつなら大丈夫ですよ」

「……どういう意味ですの、フェインさん」

 

 守備範囲と言われても嬉しくはないセシリアではあるが、あまりにもはっきり断定したフェインに対し、少々不機嫌そうに視線を向ける。

 

「お前の普段の言動には、淑やかさが足りん」

「何が言いたいんですの!」

 

 無遠慮に言われたからか、少々声を荒げるセシリアにフェインは得意満面と言った感じに応える。

 

「ほら、そういうところがな」

「…くっ」

 

 余りにも予想通りの反応にフェインが得意気に応える横で一夏は思わず吹き出す。

 

「オリムラさんも、なぜそこで笑いますの!」

「いや、ごめん。くくっ」

 

 一夏にとってフェインの言っている事はもっともに聞こえた。一夏がセシリアに抱いた第一印象は「気の強そうな子だな」だったのだからだ。まあ、其れだけが彼女の全てではないだろうが、今の所それしか知らない一夏はつい吹き出してしまい、セシリアから抗議の声が一夏にもかけられる。

 

「いや、我ながら的確な指摘だ」

「ははっ、確かにそうですね」

 

 一夏は腰に手を当て頷く、フェインに対し同意する。

 

「あなた達は~」

 

 変な所で気を合わせる男二人にセシリアはわなわなと体を震わせる。そのセシリアの視線の先で男2人は笑いあっていた。

 

「まあまあ、そうやっててもしょうがないから、そろそろ行きましょう?」

「そうですね、姫」

「ああ」

「ちょ、ちょっと、お待ちなさい。貴方たち!」

 

 さっさと部屋を出て行く三人について慌ててセシリアもその後を追った。後に残されたのはユミール一人である。

 

「……ふふ」

 

 皆が出ていった後、ユミールは、一人微笑む。 今まで顔を強張らせていた一夏が初めて声を出して笑ってくれたことをうれしく思いながら、皆の後について彼女も部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私達はこのまま演習場まで行くから、セシリアは格納庫まで行ってビシャールに乗ってきて、確認しておきたいことがあるから」

「わかりましたわ」

 

 部屋を出てしばらくした後、ようやくセシリアも落ち着いた様でセリカは、これからの事に付いて話し始めた。だが、そんな彼女の言葉を遮ったのは傍らに控えるフェインである。

 

「姫、ローディス殿下への報告はいかが致しますか?」

「あっ。アルフォリナちゃんに報告が行くんだったら、兄さんにも話をしておかなければまずいか……」

 

 フェインからの問い掛けにセリカは今気づいたと言わんばかりに声を上げ、頭を掻きながら考えるとフェインに応える。

 

「フェイン、あなたはこのまま兄さんのところへ報告に行って」

「かしこまりました、姫」

「では、わたくしも、また後で」

「ええ、セシリアもよろしくね」

 

 そう言うとフェインは一夏達とは逆方向へと駆けて行き、セシリアも一夏たちと別れ、別の道へ進んでいく。二人が行った事を確認するとセリカは一夏達に向き直る。

 

「さっ、いきましょ。格納庫に行って見てもいいけど、オリムラ君にもどうせなら動いている所を見てもらいたいし」

「……悪いな」

「いいって、いいって。さっ! 行くわよ~。しゅっぱーつ!」

 

 楽しそうに話す答えるセリカに付いて、一夏達も歩き出した。これからどうするかはまだ分からないものの、セリカの様子を見るとこれから行く場所は若干楽しみな一夏であった。

 

 所は変わってここは女王の執務室、先ほど別れたオズヴァルドが女王に対して報告を先程まで話していた内容の報告を行っている。

 

「陛下、イチカ・オリムラ君の転送と事情説明が先ほど終了しました。ただ……本人はかなり落ち込んでいる様子で今後についても迷いがあるようですが」

「無理もありません。突然このような事態に巻き込まれ、見知らぬ世界に連れてこられたのですから」

「はっ…」

「聖霊機に関しても決して無理強いすることが無いように、皆に言い聞かせておいてください」

「かしこまりました」

 

 女王の言葉に恭しく一礼するオズヴァルドであったが、顔を上げた彼は目の前のアルフォリナ女王をじっと見つめ動こうとしない。

 

「……」

「……」

 

 互いに沈黙が続いたがさきにその妙な空気に耐えられず声を上げたのは女王の方であった。

 

「あの…エグゾギルム卿? もう下がってもいいですよ?」

 

 報告終了後も自分を見つめながら無言のまま立ち続ける宰相を不思議に思い、アルフォリナは声をかけるが、その彼はおもむろに口を開き声を興奮気味に話しはじめる。

 

「陛下、今日も本当にお美しい」

「え?あ、ありがとうございます……」

 

 臣下からの突然の賛辞にアルフォリナ女王の顔に浮かんだのは当然ながら喜びではなく、戸惑いである。眉を顰めつつ声を返す女王に気づいているのかいないのか、オズヴァルドは更に言葉を続ける。

 

「その長い金の髪も、透けるような肌も、たおやかな指も、すべてが…」

「…あぁ!忘れていました!この後ローディス様に呼ばれていたのでした、は、早くいかないと…」

 

 だが、その言葉を受けても止まる事のない賛辞に気味の悪さを覚えた女王は徐々に熱を帯びていく彼の言葉を適当な理由をつけ遮ると慌てて執務室を出て行った。

 

「……」

 

 そして、オズヴァルドは一人執務室に残される。

 

「……ふっ、ふふふふ」

 

 しばし無表情で佇んでいた彼だったが、女王の出て行った扉を見詰めながら気味の悪い表情を浮かべている。その彼の目に何処か暗いものが含まれているのに気づける人物は残念ながら、この場には存在しなかった。

 

「アルフォリナ…」

 

 そして嫌悪感を覚える声でポツリと自身の主の名を呼び佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ演習場につくからね。まずはビシャールから見て、そしたら格納庫で……」

 

 セシリア達と別れ、一夏達は演習場に向かい歩いていた。幾つかの建物を通り、結構な距離を歩くと格納庫が近いのか、内装も豪奢な物から変化している。床は石畳の様なしっかりとしたつくりに、壁もコンクリート製の機能性や頑強さを重視した造りになっている。そんな通路で先導する様に歩くセリカは楽しそうに話しており、上機嫌である。止まることなく一夏に話しかけていたが、それは突然響いた轟音に遮られた。

 

「……なっ、なに今の!」

「……爆発!?」

「この方向は、格納庫の方ね?」

 

 その窓からちょうど格納庫が見えるようで、二人は窓から確認しようとし、顔を出す。一夏も二人と同じように窓から身を乗り出して轟音のした方向を見る。其処に見えたのは強引にこじ開けられたのか、歪んで拉げた巨大な格納庫の扉である。そして、その中から、突然現れた10数メートルのロボットを指さし、二人に声をかける。

 

「なあ、あれが装兵機なのか?」

「あの装兵機は……それにあいつらが抱えているのって、ビシャール!?」

 

 問いかけられたセリカはその光景を見ながら叫び声を上げる。現れた二機のロボットは一機の細身の機体を抱えて逃げている所であった。

 

「あのタイプは、確か、時代の曙の……」

「時代の曙?」

「簡単に言うならテロリストよ。力による革命を掲げて、いろんなと所で破壊活動を起こしていてね。特に最近、有力なスポンサーがついたみたいで行動が活発になってきているの」

「テロリストって、こっちにもそういうのがいんのか」

 

 二人の言葉に一夏は苦い顔をしながらその装兵器に視線を向ける。そこにいるのは、短足でトンファーの様な腕をしたオレンジ色の機体と一本角で手が指はでなく、三本爪になっている黄土色の機体だ(のちに一夏が知った事だがそれぞれオレンジの機体がカイザール、黄土色の機体がカイザール・デオという名称だ)そして、二機が抱えているのは女性の様な細身で両腰にライフルを装備したエメラルドグリーンの機体だ。二人の話の通りなら、あの機体がビシャールなのだろう。

 

「まっ、人のやる事なんてどの世界でもあまり変わらないわよ。それより、どうやら目的は聖霊機のようね」

「ええ、でもちょっと不味いわ。アーサーさんやクロヴィスは出払っているし、タイロンさんのブランダイムは整備中……このままではビシャールが」

 

 状況を見ながらユミールは対策を考え込み、セリカも思案に耽る。

 

⦅でも、どうやってあいつらはこんな奥まで……まさか、誰かが中から手引きしたとでも?⦆

「あ、あれって……」

 

 そんな中、一夏が何かに気づいたのか声を上げる。如何やら状況に動きがあったようだ。

 

「どうしました、オリムラさん」

 

 驚きの交じった一夏の声に、ユミールは顔をあげると一夏の視線の先を見る。そしてその目に入った光景を見て、驚愕の声を上げる。

 

「あれは……まさか! セシリアが!」

 

 そこにいたのは逃げる機体を追うように格納庫から姿を現した、一機の鉄色の聖霊機だった。

 

 

 少し時間は戻り、ここは装兵器格納庫。自機であるビシャールの調整を行うためパイロットスーツに着替えたセシリアは突然響いた轟音を確認する為、格納庫へと走っていた。そして格納庫へと辿り着くと整備員から事の仔細を知らされる。

 

「くっ、テロリストなどが、よくもわたくしのビシャールを……」

 

 破られた格納庫の扉をみながら、セシリアは怒りで声を震わせる。だが、そんな事をしている場合ではないとセシリアは即座に状況を打開するべく行動に移った。喧騒のなか格納庫を進むと一機の聖霊機に近づき、タラップで胸部のコックピットまで上り、近くにいた現場責任者に声をかける。

 

「あの!! このゼイフォンは動かせますの!」

 

 周囲の喧噪に負けないくらいに声を張り上げたセシリアに相手も同様に声を上げ、応える。

 

「あたりまえだろ! 機体はいつだって万全に仕上げるのが俺達の仕事だからな……って、まさか、こいつを動かす気なのか!? 君はゼイフォンの機体適正は起動値ギリギリだったろ!?」

「でも、このままではビシャールをあんな奴らに奪われてしまいますわ!」

 

 相手はセシリアの言葉に思案する様子を見せる。如何やら自身の判断で動かしていいものかと迷っている様だ。だが、迷ってはいられないと判断したのだろう。直ぐに顔を上げると周りの整備員に指示を出し、セシリアに対し返答する。

 

「……それしか手は無いか。おい! ゼイフォンのロック外せ! こいつを出すぞ!!」

「了解!!」

 

 その整備員の声に皆が応えると、現場責任者の男はセシリアに向き直ると声を上げる。

 

「でも無茶はするな!! 時間を稼げればいい!! さっき、二人に至急戻ってくるように連絡を入れた。それまで持たせればいい!!」

 

 塔のセシリアはその言葉を最後まで聞くことなく、コックピットへ乗り込み即座に機体を起動させる。幸い、すぐに動かせる状態であったようで、セシリアはハッチを閉じると外部スピーカーで周囲の整備員に呼びかける。

 

「わかっていますわ!! セシリア・オルコット……ゼイフォンで出ます!!」

 

 そして、傍らにある剣を取るとおぼつかない足取りではあるが、その機体を前進させるのだった。

 

 

 そして、時間を戻し、城内の通路……そこで一夏は現れた聖霊機を凝視する。そしてやはり間違いないと確信を持って呟く。

 

「やっぱり、あの時のロボット……」

「え? なんで、ゼイフォンを知ってるの?」

 

 その呟きを聞いていたセリカが一夏に問いかけるが、一夏は現れたロボット、ゼイフォンに視線を向けたまま、再び呟く。

 

「そっか、あいつ……ゼイフォンていうのか」

 

 そして、そんな場合ではないと思いつつ、夢で乗り込んだ機体を感慨深く見つめていたのだが、一方、装兵機に追いついたセシリアはそんな一夏とは対照的に緊迫感に満ちた声で外部スピーカーでテロリストに呼びかける。

 

「お待ちなさい!! この城の中でこれ以上の狼藉はゆるしませんわよ!!」

 

 本来ならばその声に答える義務も無く、そのまま立ち去ってしまえばいいのだが、相手が単純な性格なのか、機体を振り返らせつつ答えてきた。

 

「ふん、これは子供のおもちゃにしておくにはもったいないのでな、我々の目的のためにしっかり、活用してやる」

 

 そして言いたい事だけ言うと再度、背を向け逃亡を図ろうとする……が、セシリアは時間を稼ぐため再度スピーカーに向け声を発する。

 

「……あら、その子供に背中を見せて逃げるなど……所詮テロリストなどその程度なのですね。まぁ、子供相手にしか強気にでれない方などに、まともな戦い方を期待するだけ無駄でしょうけども……」

「なにぃ……」

 

 何処か小馬鹿にした声がその男の乗る装兵機に届く。普通ならば効果があるとは思えないが、一本角の機体が足を止め、それにつられて僚機も足を止めざるを得なくなった。如何やら、かなり単純な人物の様だ。普通ならば無視して行ってしまえばいいものを、憎々し気な声を発しながら振り返った。

 

⦅これは、いけますか?⦆

 

 それを見て効果ありと判断したセシリアは更に言葉を続ける。

 

「だって、そうでしょう? 私との戦いを避け、コソコソ行動したうえ人のものを勝手に持ち出すなど。あら? これでは、ただのコソ泥ですわね」

「我々は崇高な目的のために集ったのだ、その言葉は取り消してもらおう!!」

 

 その言葉が余程癪に障ったのか、抱えていたビシャールをもう一機の機体に預け、ゼイフォンに向き直ると、その腕のクローを向けながら宣言する。ビシャールを預けられた機体の操者が戸惑いながらも問いかける。

 

「あ、あのバーキン殿? 言い争っている場合では……」

「やかましい!! 小娘にここまでコケにされて黙ってられるか!!」

 

 だが、バーキンと呼ばれた男は相当頭に血が上っているようで額に青筋を浮かばせながら部下を怒鳴りつけ、モニターに映るゼイフォンを睨む。

 

「聖霊機に我々の力を見せつけてやるのだ!」

⦅はぁ……相手が単純な方で助かりましたわ……ですが⦆

 

 自身に向けて叫ぶ男とは対照的にセシリアはゼイフォンのコックピットにて安堵の息を漏らしながら呟く。だが、それもその一瞬である。

 

⦅二人が戻られるまで持たせないと⦆

 

 戦闘態勢に入ったに敵に対し気を引き締め、ゼイフォンの手に持つ剣を強く握らせ、切りかかって行った。

 

 

 

「なんか、あいつ……動き悪くないか?」

 

 ゼイフォンの戦闘を見ながら、一夏はセリカに問いかける。スムーズに動く相手と違い、何処かゼイフォンの動きはぎこちないからだ。それに対しセリカは険しい顔で答えた。

 

「しょうがないわね。セシリアは本来、ビシャールの操者だもの。ゼイフォンは辛うじて動かせるだけだから……このままじゃ不味いわね」

「それって、あの子、危ないんじゃ!?」

 

 セリカの返答を聞き、一夏が焦った声を上げながら三体の方を見る。そこではカイザール・デオの腕から発射したワイヤーアームを受け、倒れたゼイフォンにカイザールが左腕に内蔵されたガトリングガンを発射している所であった。どうやら、不慣れな機体であるのに加え、うまく動かせない事によりかなり押されている様だ。だが、その光景を悔し気に見ていた三人を衝撃が襲う。

 

「危ない!」

「きゃあ!!」

「くっ!」

 

ゼイフォンを狙って射た弾が跳弾し、一夏達のいる付近に着弾した様だ。衝撃で三人とも倒れる三人の中で真先に立ち上がったのは一夏である。一夏は立ち上がりつつ二人に声を掛ける。

 

「二人とも、大丈夫か!?」

「ええ……」

「何とか」

 

 三人とも幸いにも無事だが、その一気の影響で周囲には瓦礫が散乱し、壁に大きな穴を作っている。そこから仰向けに倒れるこむゼイフォンと二体の装兵機が正面に見える。一夏はその光景を見て思案する。

 

「……」

 

 今、起こっている事は場所と相手こそ違えども、この間の夢と似ていた。違うのは自分以外にも危機に陥っている人がいるという事、少なくとも今、あの機体で戦っているセシリアは確実に命の危機に晒されている。二人を、そしてあの子を助けなきゃ……そう考えた時の彼の行動は速かった。

 

「……なぁ、俺もあの聖霊機、動かせる可能性があるんだよな?」

「え、えぇ。もちろん……あなた、まさか!!」

 

 その言葉を確認すると、壁の穴から一夏はゼイフォンに向かって走る。今の今まで聖霊機に乗るか迷っていたが、少なくとも、今、目の前で危険に晒されている人達を知らないふりをするわけにはいかないのだ。

 

「オリムラさん!! 待ってください!」

 

 その無謀とも取れる行為をユミールが声を上げ呼び止めようとするも一夏は事前の戦闘の状況を確認する。見ると倒れたゼイフォンは肩辺りから光弾を発射し、相手を牽制していた。如何やらセシリアは射撃の腕はかなりの物の様で、鈍い動きながらも正確な射撃を放っている。

 

「今なら行けるか?」

「乗り方も分からないのに無茶ですよ!」

 

 その為、敵機も攻めあぐねているのか、一旦距離を取り回避することに専念している。故に、今走れば間に合うだろうと一夏はユミールの制止も聞かず走った。

 

「あっ、そうだ……」

 

 が、その言葉でふと思いだしたことがあった為、振り返ると大声で問いかける。

 

「なぁ! 胸のコクピットハッチってどう開けるんだ!!」

「ハッチ脇にレバーがあるけど……あなた、何でそんなこと知って……!!」

 

 そして、聞きたい事だけ聞き出すと答えてくれたセリカの言葉を最後まで聞くことなく走り出す。そして、外部から声をかけ射撃を止めさせると、素早く機体をよじ登りハッチを開け、コックピット内に入る。

 

「オルコットさん、大丈夫か!!」

「オリムラさん!! どうしてここに? 危ないですわよ!!」

「ハッチを閉めてくれ、俺が操縦を変わるから」

 

 パイロットシート脇に降りた一夏はセシリアに話しかける。だが、そんな事をすんなり受け入れる訳が無く、セシリアは声を荒げる。

 

「無茶言わないでくださいませ! 操縦経験もない方に行き成り任せられるわけ―――」

「経験ならある!!」

「……どこでですの!」

「……夢の中で?」

「何でそこで疑問形なのですか―――!」

「それは、その……危ない!!」

 

 

 セシリアの話の途中であったが、カイザールが左腕の銃口をゼイフォンに向けている事に気づいた一夏はセシリアの言葉を遮ると自身の手をセシリアの手に重ね、に操作球を握る。すると即座にゼイフォンは身体を起こし、後方へと跳躍、回避する。

 

「……くうっ!!」

 

 跳躍したのと同時にカイザールが発砲、先程までゼイフォンが居た場所に土煙が上がる。急な軌道にセシリアは顔を顰めるが、すぐに顔を一夏に向けると驚愕に目を見開き声を発する。

 

「オリムラさん……あなた?」

「……俺、さっきまで考えてた、別の世界に来てまで、俺に戦う理由があるのかって……」

 

 一夏は其のセシリアの目を真っ直ぐ見つめながら語り掛ける。

 

「オリムラさん……」

「今も迷っている部分もあるけど、一つだけわかることがある」

「それは?」

 

 悠長に話している場合ではない事は分かっている。だが、其れでも真剣な様子の一夏にセシリアは耳を傾けずにはいられなっかった。そして、一夏は決意を込めた表情で真っ直ぐに瞳を見据えながら宣言する。

 

「守りたいんだ!……君を!!」

「!!……あっ、あなた!! 行き成り……何を」

 

 少なくとも一夏は危険な状況にあったセシリアを助けたかった。という意味で行ったのであるが、明らかに言葉は足りない。真っ直ぐにセシリアの目を見つめながら答えた一夏にセシリアは顔を赤くしながら少し裏返った声で話す。

 

「変わってくれ。後は俺がやるから」

「……」

 

 セシリアはボーっとした表情のまま、静かに頷くと一夏にシートを任せた。それが自身以上にゼイフォンを操って見せた一夏への信頼か、それ以外かはわからないが。

 

 

 

 

 

「すごい……初めての操縦で、あそこまで……」

 

 明らかにセシリアでは行えないゼイフォンの動きを見たセリカは操者が変わった事を感じ、素人らしからぬ動きに驚きの声を漏らすが、呑気に観戦するセリカにユミールが少々、声を荒げながら声をかける。

 

「セリカ!! 感心してないで早く避難を……」

「そうは言ってもね~。今、足こんなんだし……」

 

 そう言われセリカの足を見るユミール、どうやら先ほど散乱した瓦礫に挟まれている為、身動きが取れないようだ。

 

「姫ー!!」

「フェイン君!! こっち!」

 

 その時、セリカを探すフェインの声が聞こえ、ユミールはハッと顔をあげ声のする方に叫びフェインを呼ぶ、その声に気づいたフェインは大急ぎで駆け付けると、同時にその光景に目を見開くと片膝を突き大仰にセリカに詫びる。

 

「くっ!! 姫の護衛でありながら姫をこのような目に……なんとお詫びすれば!!」

「大げさなお詫びはいいから……取りあえず、どかすの手伝ってくれない?」

「かしこまりました!!」

 

 

 

 そんなやり取りがされている中、一夏は近くに落ちていた剣をゼイフォンに握らせ、相手を見据える。

 

「バーキン様! あの機体、まだ!!」

「なにぃ……」

 

 動きを止めた事で倒したとでも思ったのか、再びビシャールを抱えここから去るつもりだったようだ。だが、ゼイフォンが動き出したことで、散開し、再び此方へとその腕部の銃口を向ける。

 

「させるか!!」

 

 それを見て一夏も即座にゼイフォンを疾走させる。まず銃は潰しておきたいと考え、視界から外れたカイザール・デオを警戒しつつ、カイザールに向かって疾走する。直ぐに二機が発砲を始めるが、一夏も腰部のスラスターを点火し、地面を滑る様に走りながら銃撃を回避しつつ目の前の相手へと迫る。

 

「くらえ!」

 

 そして、右手に持った剣を敵機に向けて振り下ろす。すると何の抵抗も無くカイザールの腕部はバッサリと切り落とされ地に落ちる。その威力に驚愕しつつも、一夏はなおも右腕のハンマーを叩きつけようと突き出す相手を見据え、その攻撃を身を反らせ避けると同時にその腕を剣を振り上げ切り落とす。そして続けて頭部目掛けてスタンプキックを繰り出す。

 

「これで……」

「オリムラさん、後ろ!!」

 

 蹴りつけられた頭部が粉砕し、動きを止めた相手を見ていた一夏にセシリアの言葉がかかる。その言葉に反応し、後ろを振り向くと、背後にいたカイザール・デオは腕部のクローアームを発射、ワイヤーに繋がれたそれは真っ直ぐにゼイフォンに向かって伸びてくる。

 

 だが、その攻撃もスラスターを展開し旋回すると即座に剣で弾いた。

 

「いける!」

「なっ! 速い!?」

 

 そして、すぐに剣先を相手に向けて水平に構え、疾走する。先程とはあまりにも違う動きに驚愕するバーキンであったが、その時にはもう遅く、その一撃は頭部へと突き入れられる。

 

「今度はちゃんと止まれよ……」

 

 一夏の目の前で剣を突き入れられた頭部拉げて行く。その時、一抹の不安がよぎるが、剣を引きぬいたカイザール・デオは崩れ落ち、動きを止める。夢でのこともあり、暫く様子を見ていた一夏であったが、動く気配が無いのを悟ると、機体内部を見回し感嘆の声を漏らす。

 

「こいつ、こんなに凄かったのか……」

 

 夢では感じることができなかったが、恐らく、目の前の二機とは性能が段違いなのだろう。敵機の攻撃を受けても怯まない装甲、敵の装甲をあっさりと砕くパワー、そして軽快な運動性、どれをとっても圧倒的であった。だが、その一瞬の気の緩みが隙を作った。

 

「オリムラさん!」

「え?……うわ!」

 

 なにかに気づいたセシリアが声をあげるが、反応の遅れにより、ロケット弾らしきものの直撃を許してしまう。だが、ゼイフォンはその装甲で耐え切り、よろめいただけに留まる。

 

「くっ!」

 

 そして姿勢を直し、確認した先にいたのは、三機の装兵機だ。テロリストの増援なのだろう。二体は同様にカイザールであるが明らかに毛色の違う一機の装兵機が立っている。それは尖った頭部に細い腕、両肩に1門づつのロケット砲を持った薄緑色の機体だ。カイザールを後方に控えさせ立つその姿に先ほどまでの2機とは明らかに違う風格を一夏に感じさせる。

 

「新手か……くそっ、まだいたのか!?」

 

 新手の登場により、一夏は相手を見据え、気を引き締めると同時に新手の機体を観測すべく周囲の索敵を行う。夢での経験で周囲の情報は脳内にも直接、送られてくることも分かっている。その為、その機能を生かし注意を巡らす。すると、入って来た反応に咄嗟に視線を向ける。

 

「二人とも……まだあそこに!」

 

 だが、敏感な反応が仇となったか、顔をそむけたゼイフォンの視線の先を緑色の機体に乗る逆立った茶色の髪の目つきの鋭い男は見る。

 

「なるほど、そこにまだ人がいるのか……甘いな」

 

 そしてゼイフォンの視線の先にいる3人に気づいた男は肩の砲門を彼女たちに向ける。

 

「あいつ……まさか!」

 

 相手のやらんとしていることに気づいた一夏は素早く機体をその間に走らせた。そして程なくして発射された砲弾がゼイフォンに直撃、激しく機体を揺らした。

 

「きゃあ!!」

 

 コクピット内で振動に耐えかねたセシリアがよろめき一夏の方へと倒れこむが、一夏は咄嗟に腕で抱き留める。そして心の中でセシリアに謝罪しつつモニターに映る敵機を睨む。其処にいる敵機は今度は砲口をゼイフォンの胸部、コックピットへと向けると再び、発射体制を取る。

 

「さて……いつまで、そうしていられる?」

「くっ!!」

 

 次に来るであろう攻撃に一夏はセシリアの身を庇うように、強く左腕で抱きしめ、身を固くし相手をにらみつけ振動に備えた。だが、それは横からの閃光によって阻まれた。

 

「なに!!」

 

 その光は後方に控えていた二機のカイザールを飲み込むと爆発、四散させる。その光景を見た三人はそれぞれの反応を示す。

 

「また、何か来たのか!?」

「良かった。間に合った……オリムラさん、あれは味方です」

「えっ?」

 

 セシリアの安堵した様子から一夏はそれが敵ではないと悟り、惑いながらも新たに現れた何かを見据える。

 

「貴様は!?」

 

 一夏達とは対照的にテロリストの男はまるで仇を見る様な目で現れた二機の機体を見据える。すると濃緑色の機体から静かながらも怒気を含ませた男の声が響いた。

 

「俺たちがいない間に、随分好き勝手やってくれたみたいだな。この落とし前はつけさせてもらうぜ?」

 

 濃緑色の重厚な機体はその肩の二門の砲を威嚇する様にテロリストの機体に向ける。先程の砲撃はその砲から発射されたのだろう今もまだ熱を帯びた様子が見て取れる。

 

「まだ、抵抗しますか?」

 

 それに続くのは、群青色の、頭部が円盤状になった単眼の機体だ。その機体からも男の声が響き、その右手に備えられた銃口を同様に男の機体へと向けていた。

 

「クロビス・カミリオン、アーサー・ヌコモ!」

 

 テロリストの男はその機体に向けて怒りに満ちた声で叫んだが、それも一瞬、すぐさま機体のコンソールを操作し、上空に向け砲弾を放つ。それは上空で炸裂し強烈な光を巻き起こすと視界とレーダーを遮る。そしてその光が収まった時に緑色の機体も、倒れていたカイザール・デオも消えていた。

 

「……引きましたか。鮮やかな引き際、ただのテロリストではなさそうですね」

 

 視界が晴れるとレーダーでテロリストの機体の反応が完全に無くなった事を確認すると群青色の機体のパイロットは相手を分析する。

 

「だな……おっと、おーいセシリア、それと、一緒にゼイフォンに乗っている奴、聞こえてるか?」

 

 その声に答えたもう一機のパイロットだったが、先程まで攻撃を受けていたゼイフォンに気づくと慌てて通信を入れる。

 

「え?……えーっと!? どうすりゃいいんだ!?」

 

 行き成り通信を入れられた一夏は慌てながらコンソールを見て手を彷徨わせる。流石に電子系の操作までは分からなかったからだ。だが、心配は無用であったようだ。直ぐに全面モニターの一画に相手の映像が映し出された。

 

『落ち着け。怪我はないか』

 

 ゼイフォンのモニターに映ったのは癖のある短い髪の褐色の肌の男性だった。モニター越しでも鍛えられた肉体が見て取れる程がっしりとした体格だ。問題なく通信を受けられた事に一夏もほっとした表情で答える。

 

「は、はい……何とか大丈夫です」

「……こっちも大丈夫です」

 

 そして、コクピット内に一夏の声とセシリアのくぐもった声が上がったが、その光景を見た途端、男性は表情を崩すとニヤニヤと笑いながら一夏に問いかける。

 

『……で、いつまでセシリアを抱きしめてるつもりだ?』

「へ? うわ!!」

 

 そう言われ一夏は視線を下に向ける。そこでようやくセシリアを、それこそ自身の胸に押し付けるくらいに強く抱きしめているのに気付いた。その為、セシリアはくぐもった声になっていた。

 

「ご、ごめん!!」

「い、いえ……気にしてませんわ」

 

 口ではそういうセシリアだったが、先ほどより顔を赤くし気も荒い。一夏からも視線を逸らており、気にしている事は明白だった。

 

「えっと、その……」

 

 自身のしていたことに気づいた一夏も顔を赤くし視線を泳がせ、しばし気まずい空気がコックピット内に漂っていたが、落ち着いたころ合いを見計らって、今度は群青色の機体のパイロットが声を掛けてくる。

 

「……落ち着きましたか? それでは戻りましょう。後始末もしなければなりません。こちらは報告もありますし……」

 

 先程の陽気そうな男性とは違い、此方は生真面目そうな印象を受ける黒人男性である。

 

「だな。行くぜ、二人とも。まぁ、しばらくそうしていたいなら……そう言っておいてやるが?」

「「行きますから!!」」

 

 相変らず何処かからかう様な口調の男の言葉に焦りながらも、一夏とゼイフォンを共に格納庫へと歩を進ませたのだった。

 

 

 

 

 格納庫へ戻りゼイフォンの胸部へと設置されたタラップで地上へと降りるとユミールが息を切らせながら走ってくる。

 

「セシリア、オリムラさん! 大丈夫でしたか!!」

「ああ、大丈夫だ」

「ええ、わたくしも」

「……よかった」

 

 一夏とセシリアの言葉に心底ほっとした様にユミールは息を吐いた。

 

「まさか、初見であそこまでゼイフォンを動かすとはね~。これはこれからが楽しみかも~♪」

 

 そんな時、楽しそうなセリカの声が聞こえた。その声に三人が振り向くとユミールは驚愕と共に声を発する。

 

「セリカ……あなた、検査はどうしたの? ちゃんと受けなきゃダメでしょう」

「えぇ~、折角ゼイフォンがまともに起動したのに、データとか取りたいのに~」

 

 検査を促すユミールに対してセリカは駄々をこねる様に文句をいう。事の詳細を知らない一夏はユミールへと尋ねた。

 

「検査って、どうかしたのか?」

「大したことじゃないわよ。崩れた瓦礫に足を挟まれただけで……ケガはないから全然平気よ」

 

 手をひらひらとなんでもない事の様に話すセリカに流石のユミールも声を荒げる。

 

「そんなわけないでしょう!! 少しは自分の立場を考えてちょうだい!」

 

 そしてユミールは腰に手を当て、まるで子供を叱るようにセリカを怒る。セリカはこれでも一国の王女である、何かあってはそれこそ問題になってしまうからだ。そのユミールの言葉にセリカは肩を落とす。

 

「……はぁ~い、めんどくさいなー」

「困った人ですわね……」

 

 そして心底めんどくさそうに声のトーンを落とし、ふてくされた様に声を返した。その光景を見ながらセシリアは腕を組みながら溜息をつく。

 

「やっぱり、ここにいたか……探しましたよ」

 

 そして、セリカを追ってきたのか、格納庫では場違いな服装をした男性が姿を現す。医務服のようなものを着たがっしりとした体格の中年男性だった。左頬に縦に刻まれた傷が特徴的だ。

 

「ガボンさん、それではよろしくお願いします」

「おう、任せとけ……それから、イチカつったっけか? お前もこの後検査するからついてこいよ」

「え、俺は大丈夫だって」

 

 遠慮するように顔の前で手を振る一夏をユミールはやんわりと窘める。

 

「だめですよ、オリムラさん。初めて聖霊機に乗って戦闘を経験したのですから、異常がないか調べておきませんと……」

「え……あ、そっか……」

「そうですわ。何か異常があってからじゃ遅いのですから」

 

 一瞬、表情を曇らせた一夏に何かを感じながらもセシリアもユミールの意見に同意する。

 

「わかった。一緒に行けばいいんだな?」

「ああ。じゃあ、早く済ませてしまいましょう?」

「はーい……」

 

 ガボンはセリカを丁寧な口調で促すと一夏とについてくるように促した。まだ諦めがつかないのか、セリカも渋々といった感じでついていく。それについて行こうとした一夏であったが、その前にユミールが声を掛けてきた。

 

「それでは、私もビシャールとゼイフォンの調整にかからなければいけませんので失礼します。お部屋への案内もありますので、検査が終わり次第、ガボンさんに人を呼んでもらってください」

「ああ、わかったよ」

 

 一夏の返答を聞くと今度はセシリアに声を掛ける。

 

「セシリアもビシャールの調整があるでしょうけど、機体の状態を確認したらすぐに休んで。今日は迎えまでさせたしまったし……」

「よろしいのですか? なら、そうさせてもらいます」

「それでは、オリムラさん。私はこれで……どうかお大事に」

「失礼しますわ。オリムラさん」

 

 二人は話が終わると一夏に挨拶し、ユミールはゼイフォンへ、セシリアはビシャールへと向かって行く。それを見送った一夏は周囲を見回すと声を上げる。

 

「あっ! いけね!」

 

 一夏はガボン達が行ってしまった事に気づき、急いで格納庫を出て通路を見渡す。

 

「おーい、こっちだぞ! ついて来いよー!」

「あっ、はい!」

 

 すると通路の先から手を振り、ガボンが呼んでいるのが見え、その声に慌てて付いていく一夏であった。

 

 

 

「それじゃあここで待っていろ。セリカ様が終わったら呼ぶからな」

 

 医務室に到着した三人だが、まず、ガボンはセリカを伴って医務室へ入って行った為、一夏は医務室前のソファに手待つことになった。

 

「ふう」

 

 ソファに座ると一夏は急に疲労感が湧いてくるのを感じ、大きくため息をつき、背もたれによりかかるが、その時、聞き覚えのある声が響いた。

 

「おいおい、大分お疲れのようだな」

「仕方ありませんよ、クロビス。行き成りあのような事になったのですから」

「え?」

 

 行き成り声を掛けられ驚き、一夏は体を起こすと声の聞こえた方へ視線を向けた。そこにいたのは先ほど通信で見た二人の男性であった。

 

「お前がイチカ・オリムラだな? 俺はクロビス・カミリオン。ブラジル出身で聖霊機バルドックの操者をやっている。同じ地球の出身者同士、仲良くしようぜ」

 

 先程通信ではじっくりと見えなかった為、一夏は改めて二人を見る。一人は年のころ30代の褐色の肌の男性だ。癖のある髪は肩まで伸び、背は高くがっしりとした体格だ。Tシャツに袖の無い上着を着ており気さくに一夏に話しかけている。

 

「私は、アーサー・ヌコモ。聖霊機ドライデスのパイロットをしています。ジンバブエのハラーレ出身です。これからよろしくお願いします」

 

 そして続いて自己紹介するのは対照的に丁寧な物腰の黒人男性だ。ワイシャツに緑のベストを着て青いズボンを履いている。髪は短く年のころは20代中頃だろうか。二人の言葉を受けて一夏も慌てて自己紹介を始める。

 

「あぁ、よろしくお願いします。えっと……イチカ・オリムラです。日本出身です」

「なんだなんだ、随分堅苦しいやつだな。もっと楽に話してくれていいぜ。そんなんじゃこれから疲れちまうって」

「そうですね、私方のもアーサーで構いませんので、もっと楽にしてください」

 

 一夏が自己紹介すると、クロビスは笑いながら答える。随分と気さくな性格のようだ。

 

「いいんですか? じゃあ、そうさせてもらうよ」

「これから一緒に戦う仲間なんだから、なんかあったら遠慮なく相談してくれよ」

「同じ境遇の者同士、協力し合いましょう」

 

 一夏が口調を崩してもアーサーは変わらず丁寧な話し方だ、どうやら此れが普段通りの喋り方のようだ。今まで女性比率が多かったため、気楽に話せる同性の存在を一夏はありがたく感じる。

 

「それでは、私たちは任務の報告もありますので、これで」

「おっと、そうだった。早いとこ終わらせないと」

 

 アーサーの言葉にハッとするクロビス。

 

「そうなのか、じゃあ、また」

「ええ。あ、よかったらこれ、飲んでください」

 

 渡されたのは半透明の液体の入ったペットボトルの様なものだった。それを受け取ると一夏はまじまじとそれを見詰める。

 

「これは?」

「私たちの世界で言うスポーツドリンクの様なものです。かなり酸っぱいですが、疲れた体には美味しく感じますよ」

「あぁ、ありがとう。頂くよ」

 

 一夏がそれを受け取ると二人は踵を返し歩きだす。やがて二人の姿が見えなくなると、一夏は再びソファにもたれかかる。そして体を起こすと、貰った飲み物に手を付ける。開け方は自分たちの世界の500mlのペットボトルと同じような感じであった為、特に問題は無かった為、難なく開けると勢いよく傾ける。

 

「うわ、すっぱ……」

 

 口をつけた途端、想像以上の酸っぱさに顔をしかめるが、疲れた体に妙に美味く感じ、一気に飲み乾すと一息をつき、今日の事を思い出していた。

 

「はぁ……」

 

 これからも変わらないと思っていた日常が、行き成り終わりを告げた日、突然現れた変な男に連れられ、外国どころか異世界に来てしまい、そして……戦った。

 

「戦ったんだよな、俺、人間と……」

 

 少なくともあの時とは違い、テロリストとはいえ、確実に人が乗っていた。あの時は必死だった為、考える余裕が無かったが、こうして腰を落ち着けると急に手が震えだす。

 

「死んでないよな? あいつら」

 

 少なくともあの時、セシリアを、皆を助けるために、戦ったことは一夏も間違ってはいないと思っている。それでも、その思いは強い恐怖を与えていた。

 

「弾、鈴、それに……千冬姉。どうしてんのかな? 今頃……」

 

 今更ながら抱いた不安に、不意に友人の、家族の顔が思い浮かぶ。

 

「これから、どうすればいいんだろ……俺」

 

 不安に耐えられず一夏はがっくりと肩を落とす。だが、そんな時、透き通った少女の声が一夏の耳に届いた。

 

「どうしましたか?」

「え?」

 

 不意にかけられた声に一夏はハッとして振り向いた。そこにいたのは長い金色の髪を三つ編みにした寝間着姿の少女だ。一夏に向け微笑みを向けていたが、一夏はいつの間にか近くにいた少女に戸惑いながら問いかける。

 

「君は?」

「眠れないので、少しお散歩を。そこであなたを見かけまして、悩んでおられた様でしたので声を掛けさせていただきました」

「はは……ごめん、やっぱそんな風に見えちゃったか」

 

 他人にも一目で落ち込んでいるように見えた事に一夏は頭をかきながら、恥ずかしさを覚える。少女はそんな一夏の隣に腰を下ろすとその瞳を一夏へと向け語り掛ける。

 

「よければ、聞かせてくださいませんか? 話して楽になる事もあるかもしれません」

「……」 

 

 一夏はその少女から不思議な雰囲気を感じ、ぽつぽつと話し出す。聖霊機で人を殺したかもしれない恐怖と、一人になってしまった寂しさを。話している間、少女は一夏の隣でその話に黙って耳を傾けていた。その内、言いたいことを言い尽くし、ふうっと一つ息を吐く。

 

「……ごめん、こんなこと話しちゃって、情けないよな、俺……」

 

 自嘲気味に話す一夏に対して少女は優しく微笑みつつ頭を振り応える。

 

「そんなことありませんわ。あなたの思いは正しいと思いますよ……私はあえて、酷な事をいいます。その感情を優しさを失わないでください。それはつまり……正気を保ったまま戦えと言う事です。ですが力は人によって善くも悪くもなります。それを失った人はゼオードと何ら変わりないのですから」

「……」

「それに、あなたはもう、一人ではないじゃないですか」

「え?」

 

 そう言われ一夏はキョトンとした顔になりながらその娘を見る。話しながら少女は真剣な面持ちで一夏の右手を取ると包み込むように握り、尚も語り掛ける。

 

「少なくとも、セシリアも、ユミールも。そして、今は私も……あなたの事を思っています」

「そう……なのかな」

 

 少女の言葉に一夏は二人の事を思いだす。此処に来る際の二人の様子を思えば確かにそうだ。その時の事を思いだし表情が和らいできた一夏に少女は尚も語り掛ける。

 

「自分に何もなくなってしまったと思ったのなら、結んでください。新たな絆を……それが、あなたにとって何よりの力になるのですから」

 

 その手の温かさと、少女の真摯な思いが一夏に伝わり、徐々に平静を取り戻してくる。

 

「新たな絆……か」

 

 確かに別れもあったが、ここに来て新たな出会いもあった。そう考えると沈んでいた心に少しずつだが、元気が戻ってくる気がした。

 

「そうだな。正直、まだ迷っているところもあるけど、君の言っていることも確かだ。少し、前向きに考えてみるよ」

 

 一夏の様子が和らいだ事を感じたのか、少女はふっと微笑みを浮かべると手を離し話しかける

 

「気は、晴れましたか?」

「あぁ、ありがとう」

「おお、イチカ、こっちは済んだぞ。次はお前……って!」

 

 その時、医務室のドアが開き、ガボンが顔を出すと一夏を呼ぶが、その少女を見た彼は、目を見開き少女を凝視する。

 

「あ、終わったんですか? セリカは大丈夫でしたか?」

「ああ、大丈夫だ。どこも異常はない……それより……」

 

 

 ガボンの様子を訝しみながらも一夏はセリカの様子を気にする。その問いかけにガボンは尚も少女に視線を向けながら、上の空ながらも応えている。どうやらなんというべきか迷っている様だ。そんなガボンを余所に少女はすっと立ち上がる。

 

「構いませんよ。もうお話は終わりましたので、それではオリムラさん、お休みなさい」

「あぁ、お休み」

 

 そして最後に軽く会釈すると歩き出し通路の先に消えて行った。それを見送った一夏はガボンに向き直る。

 

「さあ、俺の番ですよね。はやく済ませてしまいましょう?」

「お、おお! じゃあ、中に入ってくれ。今、セリカ様が出てくるから、そしたら始めるぞ」

 

 そう言ってガボンは医務室の中に入って行く。一夏はそれに続くように入ろうとし、立ち止まる。そして彼女の消えた方向を見ると呟いた。

 

「……ありがとな」

 

 少なくとも、もう聞こえる訳はない。だが、そう言わずにいられなかった一夏は見えなくなった彼女の姿を思いつつ、そう呟いたのであった。

 

 

 

 

 所は変わってここは格納庫。ビシャールのコクピット内にて計器類を操作し、真剣な面持ちで機体のチェックを行うセシリアの姿がある。一旦検査の手を止めるとシートに背を預け、目を閉じ今日の事を振り返る、考えるのは今日の一連の出来事、そして一夏の事だ。

 

「オリムラ・イチカ……」

 

 そう呟くと、今も頬が赤くなる、非常時とはいえあそこまで強く抱きしめられたのは初めての体験だった。今も抱きしめられた時に聞いた一夏の強い胸の鼓動が耳に残っている。

 

 イチカのことを思うとあふれてくる感情にセシリアは戸惑う。初めての感情だが、決して不快なものではない。むしろ心の底から湧き上がってくる力を感じる。

 

「オリムラ・イチカ……わたくしは知りたい、あなたの事を、そしてこの想いが何なのかを」

 

 そして、再び目を開くと機体のチェック作業に戻る。湧き上がってくる感情に反応するように機体を震わせるビシャールの駆動音を聞きながら、セシリアは再びその手をコンソールに滑らせるのであった。

 


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