聖霊機IS   作:トベ

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プロローグ(2)

「うわぁーー!! って………あれ?」

 視界を埋め尽くす光が自身を埋め尽くす恐怖から、叫び声と共に体を起こした一夏の目に飛び込んできたのは、非日常的なロボットのコックピットではなく、見慣れた自身の部屋の壁だ。聞こえてくる音は鉄と鉄がぶつかり合う音ではなく、目覚まし代わりにセットしていた携帯が発する電子音、もやもやした思考が徐々にはっきりとしていき、一夏は今までの出来事に対し、答えを出す。

 

「まさか、夢……?」

 

 非日常的な出来事にそう結論付け、安堵の息を漏らし、大きく肩を落とした。そして、先ほどまでの恐怖感からか、少々大げさに言葉を発する。

 

「なんっだよ。はは……そうだよな……空からロボットが落ちてきて、それに乗って戦うなんて……ありえねえっての!!」

 

 誰にでもなく自身に言い聞かせる様に声を上げる一夏であったが、しばらくして落ち着いたのか、呟くように声を漏らす。

 

「でも……まぁ……終わってみれば、凄い現実感、だったよな」

 

 寝てる間は相当うなされていたのだろう。自身のシャツには汗が滲んでいる。そして、額から汗が流れるのを感じた一夏はその手で頬の汗を拭ったのだが、あれが夢であったのなら、あり得ない痛みがまだぼうっとしていた彼の意識を覚醒させる。

 

「痛っ………え?」

 

 痛みに咄嗟に手を放し確認すると、そこに見たのは自身の血液が付着した手の甲だ。即座に部屋の窓ガラスに顔を写し、痛みの走った部位を確認する。そこにあったのは……夢と同じ場所に刻まれた傷だ。

 

「なんだよ、これ……まさか、夢じゃ……なかったって言うのかよ?」

 

 一夏は背中が寒くなるものの、すぐさまその考えを振り払う。

 

「……なわけないって、寝てる間に切ったんだろ……えぇっと、4月○日……金曜日」

 

 そう言いながら携帯のアラームを止め、日付を確認する。そして日付を確認し、ほっと息を吐き一夏は安堵する。日付は夢で友人と出かける約束をした日、つまり、ロボットが落ちてきた日だったからだ。だが、安堵するとともに、一夏は一つのことに気づく。

 

「やばっ、寝過ごした!……何でこんな時間に!!」

 

 なぜか、いつもより遅い時間にセットされていたアラームに疑問を感じる暇も無く、一夏は即座に起きだした。幸い、遅すぎるということはない、一夏は時間もないため先に制服に着替え、朝食を作るために部屋を出る。

 

⦅早く飯を作って……!!⦆

 

 だが、その時、不意に視界が歪むようなめまいを覚えた一夏はふらつく足元を何で何とか姿勢を保つ。

 

「あれ?……寝すぎたかな?」

 

 そして、尚もふらつく頭を堪え、廊下を進み階段をおりていく一夏はある事に気づいた。

 

「え?」

 

 米の炊ける匂い、そして包丁の音が一階から聞こえてくる、この家には一夏以外、家事をする人間はいないにも拘らずだ。

 

(なんだ? 一体)

 

 疑問に思いながら、居間に入った一夏は台所に視線を向ると、そこにあった光景に驚きの声をあげる。

 

「んな!!」

 

 一夏の視線の先にあるのは長い黒髪の女性、見間違えようの筈もない、一か月に一、二回ぐらいしか家に帰ってこない自身の姉、織斑千冬がエプロンをつけ、台所に立っている光景だった。一夏の声に気づいたのか、すぐに千冬が声をかけてくる。

 

「ああ、起きたか一夏。おはよう」

 

 確かに、一夏の姉は第一回IS世界大会にて総合優勝を果たし、世界最強の称号を持ち、世の女性の憧れの対象であるが、それに反比例するように家事技能は全くない。料理はおろか、片づけさえうまくできないというありさまなのだ。その姉が台所に立ち、手慣れた感じで料理をしているのだから、一夏の驚きようも納得できるものである。

 

「なっ?……が、え……?」

 

 一夏は驚きのあまり思考が定まらず、うまく言葉が出てこない。その場に立ち尽くし目を見開きその光景を凝視するのが精いっぱいであった。そんなあれを訝しんだのか千冬が怪訝そうな顔で声をかける。

 

「どうした? そのありえないものを見た、とでも言わんばかりの顔は?」

 

 だが、その声で我に返った一夏は声を荒げながら、返事を返す。

 

「千冬姉! そこで、何やってんだよ!?」

「何って、朝食を作っているに決まっているだろ? お前は私がここで書類整理をしているように見えるか?」

 

一夏の疑問に対し、なんでもない事のように千冬は返答を返す。

 

「いや、見えないけどさ」

「すぐできる。席について待っていろ……ん? その頬は如何した?」

「あ、あぁ。寝てる間に切ったみたいで……」

「そうか、気を付けろ」

「ああ……」

 

 余りの事態に呆然と一言声を上げる事しかできない一夏だったが、取りあえず素直に席に付く。姉が料理を作ってくれている事に、ほんの僅かな喜びと、途轍もない不安を感じながら出来上がるのを待った。

 

「さあ出来たぞ。遅れないように、さっさと食べるぞ」

 

 配膳が終わり、千冬も席に着き、食事を始める。一夏にとっては本当に久しぶりの、姉と囲む食卓である。

 

「えと……じゃあ、先ずはこれから」

 

 一夏は恐る恐る味噌汁に口をつけ、口に含むとじっくりと味わい、飲み下すと素直な感想を口にする。

 

「うまい……うまいよ!!千冬姉!!」

「なんだ。大げさだな……そんなに珍しいものではないだろう?」

 

 一夏の言い方に呆れながらも、少し嬉しそうにいつもなら、きつそうに上がった目じりを下げながら答える。だが、千冬にとっては何気ない一言であったのだろうが、一夏にとって気になる言葉があった。

 

「へ? 珍しくないって……どういう?」

「早く食べてしまえ、遅れるぞ」

 

 一夏の疑問を遮るように千冬が促す。確かに時間も押していることもあり、頭に引っかかるものを残しつつも、おとなしく食べ進める。

 

「さて…私は仕事に行くが、いつも通り片づけはまかせるぞ?」

 数分後、一夏よりも早く食べ終わった千冬が自身の食器をシンクへと下げながら問いかける。

 

「あ……あぁ。大丈夫、やっておくよ」

「それじゃあ、お前も学校におくれないようにな」

 

 そう言いながら、千冬はカバンを持ち居間を出て行った。しばらくすると玄関のしまる音が聞こえる。そして、一人になった一夏は朝からのおかしな事が続くことに首を傾げた。

 

⦅いつも通りって…どう言うことだ? それに千冬姉、いつのまに料理できるようになったんだ?⦆

 

 考えはしたものの、いくら考えても答えは出なかった。気がつけば時間もないため、一夏は食器を片づけると仕度を整える。

 

「さて、そろそろ出るか……!?」

 

 そして学生鞄を肩に掛け、踏み出した瞬間、起床時のように視界が歪むような眩暈を覚え、再びよろめいた。

 

「……また、眩暈か。どっか悪いのかな?」

 

 そう言って一夏は頭をふり、落ち着くまで待っていたが、その時、不意に玄関のチャイムが鳴る。ふらつく頭を押さえ、何とか声を上げようとするが、眩暈は一向に収まる気配はない。すると、うるさい位に相手は連続でチャイムを鳴らし、それでも出ない事にシビレを切らしたのか、玄関を開け家に入ってくる。

 

「おい! 一体、誰……え?」

 

 ようやく落ち着いた一夏が抗議の声を上げようとしたが、入ってきた相手の顔を見て声を詰まらせる。

 

「何よ! 起きてるなら早く出なさいよね!」

「おいおい鈴、勝手に入って行くなって…」

 

 そこにいたのは小柄なツインテールの少女……中学二年の終わりに中国に帰ったはずの幼馴染、凰鈴音だった。そして、その後に続いて無遠慮に家に入って行く鈴の行動に呆れながら、弾が顔を見せる。

 

「どうしたのよ? 変な顔して……」

 

 鈴は言葉を詰まらせる一夏に不思議そうに話かける、その言葉に我に返った一夏は鈴に話しかける。

 

「お前、鈴だよな? もう日本に戻って来たのかよ!? 来るなら来るで、連絡位してくれよ!」

 

 いつの間にか帰って来ていた幼馴染に一夏は疑問と抗議の言葉を投かける……が、久しぶりに幼馴染に再会した喜びを顔に出す一夏とは対照的に鈴と弾は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「日本に戻って? 何言ってんの、アンタ?」

「だって……お前、二年の終わりに中国に帰ったろ?」

 

 その言葉にさらに弾と鈴は不審なものを見る様に更に眉を顰める。

 

「何を言ってんだ、一夏? 鈴なら、この春からまた同じクラスじゃないか」

「それに、なんであたしが中国に帰らなきゃならないのよ?」

 

 弾は間違いを正すかの様に声をかけ、鈴は一夏に対し、その声に苛立ちを滲ませながら疑問を返す。

 

「え?……さあ、何でだろ?」

 

 幼馴染が中国に帰った理由を一夏は知らない、その為、さらに一夏は質問で返した。その一夏に対し、鈴はため息をつきながら話を続ける。

 

「ハァ、寝ぼけてんの?……まあ、いいわ。それよりアンタ、そんな恰好で行くわけ?」

「そりゃ、学校に行くんだから制服だろ?」

 

 一夏は何を当たり前のことを、と答えを返すが、今度は見るからに不機嫌になり、鈴は声を荒げる。

 

「ちょっと、何で学校に行くのよ! 一昨日の放課後に日曜は皆で遊びに行くって言ったじゃないのよ!!」

「は? 今日は四月○日の金曜日じゃ……?」

「今日は四月×日の日曜日だぞ。一夏」

「え……お前ら、何言って……」

 

 からかってるのか? そう言おうとして一夏は二人を見るが、二人はふざけている様子はない。それに二人とも私服だ。からかっているのだとしたら手間がかかり過ぎている。

 

「……」

「……」

「あんた……大丈夫? さっきから変よ?」

 

 さすがに鈴もおかしいと思ったのか、さっきまでの不機嫌さはなくなり、心底、心配そうに一夏を見る。

 

「は……ははは、悪い! どうやら本当に寝ぼけてたみたいだ。すぐ、着替えてくるよ。外で待っていてくれ!!」

 

 そう言って一夏は二階へ上がり、部屋に入ると私服に着替える。ジーパンをはき、Tシャツを着て、制服をハンガーに掛けたところで学生服ポケットの携帯を取り出して、あることに気づく。

 

「あ……そうだ。携帯で……」

 

 そう言い取り出した携帯で日にちを確認する。

 

「四月……×日……日曜日……やっぱり、俺、どっかおかしいのかな?」

 

 家事が出来なかったはずの姉、中国へ帰ったはずだった幼馴染、食い違う会話、一夏の心の中にある不安はさらに強くなり、携帯を持つ手にもわずかな震えるが、二人を待たせてはいけないと形態をポケットへしまうと部屋を後にする。

 

 

 

 そして、玄関前で二人に合流すると、待たされた二人は一夏の声に振り返ると、それぞれ声を上げる。

 

「やっと来た」

「遅いぞ。一夏」

「悪い悪い。さっ、行こうぜ」

 

 二人に謝罪した後、一夏は先程感じた不安を振り払うように声を上げると先頭に立ち、二人を促し歩き出したが。だが、三人がその場から離れる事は無かった。一夏の家の前に見慣れぬ車が止まったからだ。

 

「ん?」

 

 思わず足を止めた一夏の前で、中から一人の男性が降りてくる。金色の髪に帽子をかぶり、白いスーツを着た穏やかな表情の中肉中背の男性だ。その男性は一夏を見ると一夏に向かって迷わず歩み寄ってくる。

 

「織斑……一夏君だね?」

「……あなたは?」

 

 突然現れた自身を知っている見知らぬ人物を、一夏は過去の経験からか警戒心を隠そうともせずに見据える。

 

「いやいや、怪しい者ではないですよ。私はフォルゼン・ジン・クラシオ。見ての通り、ただのしがないサラリーマンです」

「本当に怪しくないなら、最初にそんなこと言わないでしょう。悪いけど、今から出かけるんで、なんかの勧誘なら他を当たってくれませんか?……鈴、弾、行こうぜ……あれ?」

 

 一夏はさっさとこの場を離れようと二人に向き直るが、その視線の先にすでに二人の姿はなく、慌てて辺りを見回すが、やはり見当たらない。

 

「……あいつら、どこ……行ったんだ?」

「う~~ん、危ないところでしたねぇ。もう少し遅かったら間に合わなかったかもしれませんねぇ」

 

 絞り出す様に声を上げた一夏にフォルゼンと名乗る男は背後から軽い口調で声を掛ける。その男に一夏は得体のしれない物を見るような視線を向け、恐る恐る問いかけた。

 

「あんた、何言って?」

 

 再び起こった異変に一夏の口調も変わる。その様子を見たフォルゼンは問いかける様に話し始める。

 

「織斑一夏君……ここ最近、何か変わったことはありませんでしたか? 昨日の記憶がない、他人と自分の記憶が食い違っている……若しくは変な眩暈がした。日にちが行き成り変わっている……とか?」

「!!」

 

 一夏は驚きのあまり目を見開く、フォルゼンが言っている事は全て今の今まで自身に起こっていたことだったのだから。

 

「思い当たるようですね。本当に危ないところでしたよ」

「何か、知ってるのか?」

「それを説明するには、まず……あれ? どこにしまいましたかな? こっちが本題なのですが……あ、あった、あった」

 

 フォルゼンは手に持っていたカバンを漁り、一枚の紙を取り出し一夏へと見せた。

 

「なんだ、これ?」

「まぁ……見ての通り契約書ですよ。よく読んで、印鑑……無理ですね。では、サインでもいいですよ。ここにお願いします」

 

 そう言って、空欄の部分を指さし、一夏へと差し出してくる。

 

「ちょっと待ってくれ!! 行き成り何言って……!!」

 

 要領を得ない男の言葉に一夏も声を荒げた。だが、一夏が言い終わる前に再度の異変が一夏を襲う。急に辺りの視界が歪み、軋むような音を立て始めたのだ。

 

「なんだ、これ! 景色が歪んで!!」

「うぅ~~ん。やはり君の周囲の因果律が変わってきているみたいですねぇ」

 

 明らかな異常事態に対して動揺する一夏に対して、フォルゼンは尚も落ち着いた様子で状況を分析する。

 

「あ、あんたが原因なのか!!」

「いえいえ、違いますよ。私はこうなる事が予想されたので、君を善意で迎えにきたのですよ」

「予想された? それってどういう事だよ」

「簡単に言えば君の存在が世界に固定されていないんですよ。それで世界の浄化作用によって消されてしまう事になったのです」

「消されてしまうって…」

 

 声に怯えを滲ませながら問いかける、もっとも一夏にもどういう事かは薄々と予想がついていた。

 

「消す、という言葉にさほど多くの意味はないでしょう? コンピューターの不要データのように、間違えた文字のように……きれいさっぱりと消されてしまうというわけです」

「ふざけないでくれよ!! 何とかなんないのかよ!!」

「ええ。ですから、サインを頂けますか?」

「はぁ!! なんでそうなるんだよ!!」

 

 明らかに場違いな事を言ってくるフォルゼンに対し、一夏は苛立ち更に声を荒げる。そうしている間にも益々一夏に見える世界は歪んでいき、一層の恐怖を煽る。

 

「そうですか、契約してくださいませんか。では、残念ですが……消えてください」

「おい!! ふ、ふざけてんなよ!!」

「いえ、私はいたって真面目です。契約してくれないのならこの結果は仕方ありません。せめてものけじめとして、この場で君が消えていくのを見届けさせていただきますよ」

 

 そう言うとフォルゼンは一言も発することなく一夏の様子を観察する。

 

「………………」

「………………」

 

 暫く沈黙が続いたが、先にこの状況に耐えられなくなったのは、一夏である。フォルゼンに対し絞り出す様に声を上げる。

 

「……うぅ…わ……かった……よ、契約……するから」

「はぃ? 何か言いましたか? 人と話す時はハッキリと話してください、おっと、そうしている間に、君自身が透けてきましたねぇ……向こう側がはっきりと見えますよ」

 

 そう言われ一夏は自身の手を見るが、確かに彼の手は半透明になってきており、向こう側の景色まではっきりと見える、周囲の歪みもさらに増してきており、恐怖の限界に達した一夏はなりふり構わず大声で叫ぶ。

 

「わかったよ!! 契約する!! サインもする!! 何でもするから止めてくれよ!!」

 

 そう叫んだ瞬間、カチッと、何かが合わさるような音とともに、周囲の歪みも体の透明化も、呆気なく収まり世界は正常な状態を取り戻す。

 

「あ…れ…?」

 

 余りにもあっけない幕切れに唖然とする一夏に対し、フォルゼンは微笑みながら軽く頭を下げ、言葉をかける。

 

「この度はご契約ありがとう御座います」

「え…」

「さて、それでは出かけましょうか? ちょうど仕度はできているみたいですし」

 

 そう言って一夏を車へと促す。

 

「出かけるって、どこへ? あんただけ納得してないで説明してくれよ!!」

「先ほども言いましたでしょう、君の周囲の因果律が狂い、その結果、君自身の存在するべき場所にまで支障をきたすようになってしまったのです。今のまま、この世界にいる限り、過去も現在も君のものではありません。この世界の過去も未来も、本来はこの世界の君の物なのです」

「おい…なに、いってんだよ?」

 

 さっぱり分からないと言う顔でフォルゼンへと問いかける。

 

「つまり、君の存在が世界から離れた存在になってしまったというわけです」

「わけわからねえよ……」

「うぅ~ん、まぁ実際に見て頂いた方がわかるでしょう、取りあえず乗ってください」

「だから、どこへ行くんだよ?」

「ふふふふ」

 

 問いかける一夏に笑みで答えるフォルゼンだが、理不尽な状況にいい加減、一夏は我慢の限界だった。

 

「いい加減にしないと……本気でキレるぞ」

「冗談ですって、場所は富士の樹海です」

 

 声に怒気を滲ませながら話す一夏に、少々焦りながらフォルゼンは弁明する。

 

「………」

「そんな顔をしなくても別に自殺をするわけでも、死体を埋めに行くわけでもありませんよ、この日本で門があるのはあそこだけですからね」

「門?…なんだそれ」

「君の世界と我々の世界をつなぐものです、後の詳しい事は車の中で話しましょう。乗ってください」

 

 車のドアを開け、背中を押して乗るように促された一夏だったが、ある事に気づいた為、その場に踏みとどまり訴える。

 

「ちょっとまってくれ! 千冬姉……家族に連絡……は無理か……せめて手紙を残していきたいんだけど……」

 

 黙って出ていくのはまずいと思ったが、連絡しようにも連絡先は知らない為、せめて手紙ぐらい残していきたいと訴えるが、フォルゼンは問答無用とばかりに押し込めるように一夏を促す。

 

「さあさあ、時間も押していますので早く乗って下さい。ほらほら」

「ちょ、おい!!」

 

 そして、一夏を車の後部座席に押し込むと即座に車に乗り込み、ドアを閉め、車を発車させる。

 

「そんな強引に!!……え?」

 

 背中を押され、倒れ込む様に後部座席へと乗り込む事になった一夏は抗議の声をあげるが、その言葉が続くことは無かった。彼の視線は運転席のフォルゼンを捉えておらず、車外にあるあり得ない光景だった。

 

「なんで……」

 

 視線の先にいたのは先ほど消えた弾と鈴、そして……自分が談笑しながら歩いていく姿だった。驚愕の表情を浮かべる一夏を余所に発車した車は其の三人からどんどんと遠ざかり、やがて一夏の視界から消えていった。

 

 

 

 

 一夏は走る車の中で今見たことが理解できず言葉を失っていた。今もその視線は車外の光景を呆然と見詰めている。

 

「今……いたの、俺だよな?……何だよ……どういう事だよ」

「今、君が見たのがこの世界の君であり、ここにいる君はもう存在しないことになっていますからね」

 

 問いかける様な一夏の言葉にフォルゼンは運転中である為か、視線を前方へと向けたまま答える。

 

「なんだよそれ……」

「不安定な存在だった君がいなくなった事で、あの世界は本来の流れを取り戻した。と、言うことです。君も考えた事はありませんか? あの時ああしていればという事を、本来世界は人の選択の数だけ存在する。ただ、それを人が見る事が出来ないでと言うだけで……」

「別の世界が幾つもあるって事か、それならここは?」

「ここは君のいた世界です。君の存在が不確定になった事で別の可能性の世界になってしまっていたのです。世界が変わったのではなく別れた。世界が分岐した瞬間に君は立ち会ったと言うわけです。ですが……君はその世界の君ではない、それゆえに消滅しかかった、と言うわけです」

「でも……俺は、消えずにここにいるじゃないか」

「当然です。私との契約によって、今までの世界との関係は完全に断ち切られたのですから」

「え……」

 

 その言葉に唖然とする一夏にさらにフォルゼンは話し続ける。

 

「そんな怖い顔をしなくても心配いりません。今までいた世界との関係が切れてしまったのなら、新しい世界との関係を結べばいい。あの時、君は新しい関係を結んだのです。私たちの世界……アガルティアとね」

 

 その言葉を聞きながら、一夏はただフォルゼンを見る。繰り返すが、彼の名前は織斑一夏……特殊な家庭事情を抱えるが、極々普通の少年だった……そう、昨日までは。

 




一夏の弾の呼び方って「弾」でいいんだよな? 1,2巻だと五反田って呼んでたんだが……

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