聖霊機IS   作:トベ

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十三話

 

 

 マドカとの買い物から時間は流れ、場所は再び居住区の運動場に移る。フェインと一夏は再びここにいた。あの後、フェインか連絡を受け、やって来たのだ。

 

「よーし! そこまで!」

「くっ! はぁ! はぁ! はぁ!……はぁ~!」

 

 たった今、フェインの号令に合わせ今日のメニューを消化し終えたところだ。満身創痍と言った感じで仰向けに倒れる一夏に対して、同じメニューを消化したにも関わらず相変らずフェインは何でもないかのように仁王立ちしている。

 

「うむ! 本当に筋が良いなイチカは!」

 

 そう言いながらフェインは手を差し出すと、一夏を起き上がらせる。そして手に持ったスポーツドリンクの様な物を差し出した。汗だくになり息も絶え絶えになりながらもなんとかそれを受け取ると一気に中身を煽る

 

「悪い! んぐ、んぐ、んぐ! ぷは~!」

 

 渡された飲み物を一気に飲み干すと一夏は大きく息を吐き出す。フェインは落ち着くまで待ってくれていた様で、ちょうどいいタイミングで話し始める。

 

「大丈夫か? よかったら、また家まで送るが?」

「ああ、平気だ。暫くこうしてから帰るから」

 

 威勢よく話すフェインに一夏は疲労の為に座り込んだまま力なく答えた。

 

「わかった。じゃあ、しっかり休んでおくように。明日の朝はまたこの場所でな!」

「ああ……」

「では、またな!」

 

 その返答に満足そうに頷くとフェインは凄い勢いで走り去って行った。その様子を見送った後、一夏は暫く休んでいたが、もう、日は落ちている為、いつまでもこうしてられないと疲労で震える体に力を込めるとどうにか立ち上がり歩き出した。

 

「さてと……もうすっかり暗いな。早く戻らないと―――」

「一夏」

 

 辺りを見回すと陽が落ちて外灯に照らされたところ以外は暗闇に包まれている。その為早く帰ろうと歩き出そうとした時、一夏の耳に声が届いた。

 

「ん? ああ、マドカか……如何したんだ?」

 

 外灯に照らされてそこに立っていたのはマドカであった。暗い中行き成り声をかけられ少し驚いた一夏であったが、その顔を見ると安堵の表情で声をかける。

 

「もうすぐ食事になると言うのに中々帰ってこないからな。パルディアに迎えに行く様に頼まれた」

「えっ? 悪い。もうそんな時間か?」

 

 若干呆れたような表情を浮かべるマドカに一夏は自身の携帯で時刻を確認しつつ答えた。

 

「ああ。もう皆揃っているぞ……ユミールを除いて、だがな」

「そっか、今日も忙しいんだな。おっと、じゃあ急いで帰らないと」

 

 マドカの言葉を聞いて一夏は歩きはじめる。だが、ふと足を止めるとマドカの方へ視線を向けると口を開く。

 

「そう言えば、今日、服を幾つか買っていなかったか?」

「ああ」

 

 マドカが今着ているのは、ユミールから貰ったのだろう長袖の上下に巻頭衣の様な上着を着てそれを帯で縛った民族衣装の様な服だ。昼間に何着か服を買ったと言うのにまだそれを着ている事を不思議に思い、一夏は言葉を続ける。

 

「なんで、その服何だ?」

「この世界に来て初めて貰った服だからな。これもそれなりに気に入っている」

「そっか」

 

 色が暗すぎて外灯の無い所では闇に溶け込んでしまいそうな服なのだが、何処か満足そうな顔で応えるマドカに一夏も満足そうに言葉を返した。

 

「貰った服はいずれ着るさ」

「分った。じゃあ、行こうぜ。あんまり待たせちゃ悪いしな」

「ああ」

 

 そう言うと一夏は再び歩き出した。マドカもその後に付いて歩き出そうとしたが、何かに気づいたように一点の暗がりに視線をやると鋭い目つきで睨みつけると口を開く。

 

「……あいつに何の用があるかは知らんが、二度と近づくな」

 

 何処か冷徹さを含んだ口調で暗がりに向かってマドカはハッキリとそう告げる。そこに何かいるのか、マドカは更に言葉を続ける。

 

「次にあいつの近くをうろつくような事があったら、その時は容赦しない」

 

 そう言うとマドカは走り去って行った。やがて一夏と合流したマドカがその場を去って行った後、暗がりから一人の人物が姿を現す。

 

「……っ!」

 

 その人物は二人の去って行った方角を睨み、悔し気に舌打ちする。そしてその長い金色の髪をなびかせその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

「如何したんだ? 行き成り立ち止まって」

「いや、大したことではない。ちょっと気になる事があってな」

 

 一夏と合流したマドカは一夏の問い掛けになんでもないかのように振舞いつつ言葉を返す。

 

「気になる事?」

「ああ。まぁ……今、それはいい。唯、私から一つ言って置きたい事が出来た」

「ん?」

「これからは、他人だけでなく、自分の周囲の事にも敏感になれ。恐らく今までの様にはいかないだろうからな」

「えっ? 何でだよ?」

 

 分かってなさそうな一夏にマドカは溜息を付きつつ言葉を続ける。

 

「お前は現在、この世界で唯一『ライブレードを動かせる人間』なのだ。その価値は政治、軍事面からしても計り知れない。もう少し危機感と言うモノを覚えろ。戦闘面以外でもな……」

「……あ」

 

 そう言われ一夏は気づいた。各国が競い合うようにして手に入れようとしていたライブレードだ。それを動かせる自分がそのいざこざと無関係でいられる訳はない。下手をすれば、戦闘以外の時にも何かが接触してくることも有り得る。ライブレードについてはカインなどから聞いた程度の知識しかないマドカではあるが、その程度の事は思いつく。マドカから指摘され、そこに思い至った一夏はマドカに謝罪する。

 

「……そうだな。悪かった。気を付けるよ」

「頼むぞ」

 

 その一夏の様子に満足そうに頷くとマドカは目線で一夏に先に行く様に促す。そして、時折、後ろの様子を気に掛けつつ思案に耽る。

 

『一体誰だ? こいつを見ていたのは。アガルティア、ジグリム、聖地関係者……』

 

 誰かが一夏を見ていたのは確実であるが、それが敵なのか味方なのか目的が何なのかは不明である。

 

『駄目だ、情報が少なすぎる』

 

 だが、今の彼女にはこの世界の情報が少なすぎた。よって精々、出来るのは警告する事のみである。

 

『私もこの世界の情報を集めておいた方がいいだろうな』

 

 そう考えると今度は振り返る事無く、一夏の後に次いで家路につくマドカであった。

 

 

 

 

 

 

「ほんと、男の子が一人いるだけで違うわね。気持ちよく食べてくれるとこっちも嬉しくなるわ」

 

 そして、時間は経ち、夕食後のクラシオ家の食堂では食事を終えた一夏が満足そうに声を上げ、その一夏の横でマドカは無言ではあるが同様な様子で茶を啜っている。

 

「いや、本当に美味しいです」

「ふふ、お粗末さま」

 

 満足そうに話す一夏にパルディア自身も嬉しそうに微笑んでいる。

 

「さて、あれもそろそろ良い頃ね。じゃあ、マドカちゃん行きましょうか」

「ああ」

 

 そんなパルディアはマドカに声を掛けると連れ添ってリビングを出て行った。暫くするとマドカはトレーに皿とフォークを持って、パルディアは大皿にのせられた何かを持って戻って来た。それと同時に甘い匂いがふわっとリビングに満ちる。

 

「これ、パイですか?」

「うわあ! 美味しそう!」

 

 メルヴィは食事が終わった後、居間でシャルロットとテレビを見ていたが、その香りに気づいたのか、いつの間にかやってきており、パルディアに早く食べさせて欲しいと、体をそわそわさせ、せがむ様に視線を向ける。パルディアはちょっと待ちなさいと窘めながら、皿を配り、切り分けていく。

 

「私とマドカちゃんで作ったのよ。マドカちゃんに色々教えてほしいって言われてね」

「……私はほとんど見てただけだ」

 

 流石に行き成り作るのは無理だった様だ。切り分けられたパイを配膳しながら呟くマドカに微笑ましそうにメルヴィを見ていたシャルロットが話しかける。

 

「でも、如何したのお菓子まで?」

「……パイロットの方は私には無理の様だからな」

 

 悔しそうに眉を顰め、聞こえない程の声で呟いたマドカだったが、その声はハッキリと一夏の耳に届いた。

 

「……無理だったのか?」

「ああ」

 

 如何やら二機ともマドカと相性が悪かったようだ。悔しそうに顔を歪ませたマドカだったが、其れを誤魔化す様に不敵な笑みを浮べ、パルディアの方へ視線を送った。

 

「まあ、これでこちらに専念できると言うものだ。お前がパイロットとして鍛錬を積むなら、私は此方を頑張るさ。まずはこの家の味から盗んで見せるさ」

「あら、ずいぶん挑戦的ね? いいわよ、かかってらっしゃい。覚えきれない程、教えてあげるから」

「ふっ、望むところだ」

 

 マドカの視線を受け止めながら微笑むパルディアは実に楽しそうである。

 

「お母さん! 早く食べようよ!!」

「あらあら、こちらはまだまだ食い気ね」

 

 

 

 メルヴィの催促に従ってパルディアはパイを切り分けると皆は揃って口に運ぶ。中身は如何やらフルーツとクリームの様で甘酸っぱさとクリームの甘さが口に広がる。

 

「うん、美味しい!」

 

 パイを口に運んだシャルロットも満足そうに声を挙げる。他の皆も満足そうにパイを口に運んでいる。

 

「……お姉ちゃんも一緒に食べられれば良かったのに」

「メルヴィ、大丈夫だ。私がユミールの分もリーボーフェンで作るからな」

 

 そんな中ポツリとつぶやいたメルヴィにマドカが何処かずれた返答をする。そんな二人を見ながら一夏は苦笑いをしながら声掛けた。

 

「マドカ、そうじゃないって……」

「ん?」

「メルヴィはユミールと一緒に食べたかったんだよ。みんなで食べる方が楽しいだろ?」

「……そうだな」

 

 少なくとも一人での食事より大勢で食べる方が楽しいに決まっている。マドカも一夏もその事は身に染みて分かっている。その為、マドカもすぐに納得する。

 

「だろ? あっ、メルヴィ、口元にクリームついてるぞ」

「んむ?」

 

 マドカの返答に満足そうに呟きながら一夏はメルヴィの口もとに付いているクリームを拭う。メルヴィも嫌がる様子は無く黙ってそれを受け入れていた事から、もうこの家に馴染んでいる様だ。そんな風に和やかに食後のデザートを楽しんでいたが、一人忙しそうに動くパルディアに気づき、一夏は声を掛ける。

 

「パルディアさん? どうしたんですか。何か忙しそうですけど?」

「ふふふ。シャル、メルヴィ。明日が何の日か分かる?」

 

 パルディアは嬉しそうに話すとシャルロットとメルヴィに声を掛ける。話を振られた二人はパイを食べながら少し考えていたが、ハッとしたように声を上げる。

 

「あっ!」

「そうだよ! フォルゼンさんが返ってくる日!」

 

 嬉しそうに声を上げる二人を余所に何処か暗い表情をするのは一夏である。

 

「帰ってくるのか。フォルゼン」

「如何したの。イチカ?」

「いや、俺の時、もう何人か連れてくるって言ってたからさ。大丈夫かな? 新しく来る奴?」

「……あ、あははは」

「……」

 

 つまり、割と無理やり連れてこられないかなと言う意味でだ。シャルロットはその意味が分かっているからか、顔を引き攣らせている。

 

「……はむ?」

 

 苦笑いを浮かべるシャルロットと腕を組みながら考え込むマドカを見ながら首を傾げつつメルヴィは再びパイを口に運んでいた。帰ってくる人物の事を思うと微妙な表情を浮かべてしまう三人であるが、それでも何だかんだでクラシオ家の夜は今日も和やかに過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「で? 結局、聖霊機とライブレードは聖地所有のままって訳かい?」

「ああ、すまないね。私の力が足りないばかりに」

 

 場所は移り、どことも知れぬ場所に数人の人物が集まっているが、今、話しているのは軟弱な表情の薄茶色の縮れ毛の若い男と、細見で髪が肩辺りまで伸びた中年男性だ。中年の男は得意になって話す若い男に不自然な程に腰が低い。傍に控えている数人の人物はその様子が気に食わないのか、明らかに不機嫌そうな表情であるのだが、若い男はその雰囲気を悟る様子も無く、高い位にあるその男が自身に対して腰を低くするのを見て気を良くし更にまくし立てる。

 

「しっかりしてくれよ。まったく、普段はあんなに偉そうにしているくせに役に立たないんだから」

「はは、全くだな、ヨアニス君。今度はしっかりやって見せるさ」

「ああ、頼むよ。それじゃあ、僕はこれで」

 

 ヨアニスと呼ばれた男は得意げに笑うと取り巻きらしい男を二人連れて去って行った。それを見送ると男性は大きく溜息を付き、疲れた表情を隠そうともせず呆れた様な声を上げる。

 

「……ふぅ。やはり、ああいう手合いの相手は面倒だ」

「何故、あのようなものを引き入れたのです? 奴は何の志も待たぬ者……唯、自身の虚栄心のみでこの場にいる様な物です」

 

 その時、そばに控えていた者の一人が彼に声を掛けた。それは時代の曙のメンバー、聖霊機と幾度も戦闘を行ったレンダーである。彼がいると言う事は、此処は彼らのアジトなのだろう。余程、ヨアニスと言う男が気に入らないのか、丁寧な物腰で話しかけているが、その口調からは不満がにじみ出ていた。他のメンバーも一様に不機嫌な事からヨアニスと呼ばれた人物が好かれていない事が良く分かる。

 

「……奴に期待するのは財力のみ、奴自身には何の期待もしておらんさ。おだてて置けば、何かすることも無いだろう」

「そうですか」

 

 レンダーの言葉に、先ほどとは打って変わってその男性は侮蔑の言葉を吐き出す。余程、不満を覚えているのか、遠慮する気配すらない。

 

「比べて、あちら側に新しく加わった少年も少女もかなり有望な人物の様だな」

「ええ……」

 

 その言葉にレンダーは眉を顰める。あちらと言うのは、当然表立って敵対している聖霊機だ。少なくとも交戦経験があるレンダー達は男性の言う事が身に染みて分かっている。

 

「それにセシリア・オルコット君と言ったか。彼女は此方に疑念を持っていた様だ。考えが顔に出てしまう分、まだまだ甘いが……ふむ、こう言ってはあれだが、敵でなければ将来が楽しみだな」

「貴方がそこまで言うのなら、相当なのでしょうね……」

 

 その言葉にレンダーは眉を顰める。

 

「ああ、すまないレンダー君。君達に不満があるわけではないのだ」

「いえ、分かっております」

「……今後も君達には苦しい戦いを強いることになりそうだ」

「もとより覚悟の上です」

 

 そう言うと今度はレンダーに対し労いの言葉を投げかける、彼らに対しては上辺だけの言葉ではなく、本心の様だ。レンダーもその言葉に表情を引き締め応えている。

 

「あの、それで姐さんの方は?」

 

 その時、新たに会話に加わった者がいる。灰色の髪の細身の男、レシュである。

 

「ああ、ライブレード操者の少年の暗殺には失敗したそうだ」

「そうですか。姐さんが失敗するなんて……」

「近づく前に遠ざけられ警告を受けた、と。中々厄介な護衛もいるとの事だ。彼らの立場では少々疑念を抱かれたところで何ができるわけでもないだろうが、直接接触する様なやり方は今後、控えるべきだろうな」

 

 彼の言う通りだろう。一夏達の今の立場は飽く迄、一パイロット、一部隊に過ぎない。この男性に疑念を持ったところで、何ができると言うわけではないし、今彼らが得ている情報でそこまで辿り着くのは不可能だろう。

 

「貴方は大事な身なのです。もう少し自重してください」

 

 時代の曙にとって大事なスポンサーであり、志を同じくする同志として、レンダーは心から気遣う声を掛ける。

 

「すまない……では、これからも頼む。我らの理想の世界の為に」

「かしこまりました。ラクバル様」

 

最後に再度その場にいる皆にその男、デイ・ラクバルは再度ねぎらいの言葉をかける。アガルティアが持つ闇は、想像以上に深く食い込んでいる様であった。

 

 

 




 今年の投稿はこれで最後になります。皆様良いお年を……。

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