聖霊機IS   作:トベ

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十二話

 

 

 

 会議室を後にした三人はユミールの先導にて指定された場所へと向かっていた。

 

「へえ、あの人もここに居たんだ」

「ええ。お変わりなさそうで安心したわ」

 

 目的の場所まで距離があるため、他愛もない話をしながら歩いていたが、その際に一夏が出した話題は委員会の前に聞き損なったデイとユミールの関係である。ユミールの言葉からは変わらない様子を見た事の安堵と辞めてしまった事を本当に惜しむ様子が見て取れる。

 

「三年前に急に辞めてしまわれて……論文の方もあと少しだったのに」

「論文、ですか。どのような研究をされていたのです?」

 

 そのユミールの言葉にセシリアも反応を示し、一夏も気になるようで頷いている。その二人の様子を見てユミールは得意分野である為か、少し得意気に話始めた。

 

「簡単に言うならば自己の解体と変容の第三法則と言うもの。人の心を最も基本的な物まで解体し、そこに変容を促すものを付加する事で起こる相互作用の研究よ」

「……ごめん。全然わからない」

 

 ユミールにとっては簡単な言い方なのだろうが、一般人である一夏にとってはさっぱりわからない。

 

「う~ん、詳しく言うと長くなりそうだし……」

 

 だが、噛み砕いていうのは難しいらしく、ユミールも何というべきか悩んでいる様だ。

 

「そうね。人為的に人に成長を促す理論……いや、これじゃあ乱暴すぎるし……あっ!」

「どうした?」

 

 どう説明すべきか考えこんでいたユミールであったが、そのまま暫く歩いた後、突如気づいたように声を上げた。そんなユミールに驚いて一夏は声を上げるが、彼女はそんな一夏の前で踵を返した。

 

「ごめんなさい。行き過ぎていたわ」

 

 如何やら、話に夢中になり目的の場所を通り過ぎていたようだ。恥ずかしそうに頬を染めながら歩いたユミールは一つの扉の前で足を止めると部屋番号を確認する。

 

「そう、ここよ」

 

 そして目的の部屋である事を確認すると三人揃って入室した。

 

「あ、やっと来た! 長かったわね?」

 

 部屋に入るなり三人にかけてきたのはセリカだ。机と椅子が並んだ講義室でセリカは教壇の様な場所に作業着姿で立っていた。

 

「ええ、遅れてごめんなさい。さっき終わったのよ」

「そっか、ご苦労様。イチカとセシリアもおはよう……もう、こんにちはね」

「ああ」

「もう皆さんお揃いの様ですわね?」

 

 返事をする一夏とユミールの隣でセシリアが講義室内を見回すと既にアーサー、クロビス、シィウチェン、フェイン、シャルロットが揃っており、遅れてやってきた三人に皆の視線が集まっている。因みにカインはここにいない。今まで出来なかったレーヴェの内装系の調整の為に格納庫へと言っているそうだ。ようやくちゃんとした施設で調整が出来ると意気込んでいたとの事だ。

 

「ライブレードの方はいいのですか?」

「そっちはひと段落ついたわ。まぁ……一晩中調査だったお蔭で寝てないけど」

 

 如何やらセリカの方はライブレードの調整作業が終わった後、着替える暇も無くこちらに来たようで作業服のままでショートの髪にも若干の乱れが見られる。その為、一夏も心配から声をかける。

 

「おい、大丈夫なのか?」

「へーき、へーき!」

 

 その言葉にセリカはひらひらと手を振りながら軽い口調で返す。その様子からは確かに疲れた様子は見られない。如何やら本当に大丈夫なようだ。

 

「じゃあ、二人も席について」

「分った」

 

 そして一夏達は席へと促すセリカに従い二人揃って近くにある席に並んで座る。するとユミールはセリカの隣で機器の操作を始め、それを確認しセリカは話し始めた。

 

「さてと、じゃあ、みんな良い。集まってもらったのは聖霊機についてだって事は聞いていると思うけど」

 

 セリカの言葉に皆は無言で頷く。それを確認したセリカも一度頷くと言葉を続ける。

 

「これから戦いは厳しくなるし、聖霊機も今のままではいずれきつくなると思うわ。だから聖霊機の強化をしようと考えているのだけど、皆からパイロットとしての率直な意見が欲しいの」

「成程……」

 

 セリカの言葉に皆は考え込む。聖霊機が作られたのは最初期の機体で二年前、勿論、新しいパーツが開発される度チューンナップされてきただろうが、聖霊機が一年で完成した事からもこのアガルティアの機体開発の速度は異常だ。今は性能が高くとも油断はできない。故に聖霊機の強化も急務であるのだ。

 

「どんな些細な事でもいいわ。気づいた事があれば言ってくれる。参考にさせてもらうから」

「じゃあ、俺から良いか?」

 

 真面目な顔で皆を見回しているセリカに、まず、意見を出したのはクロビスだ。すると備えつけられたモニターにバルドックのステータスを映しだされた。如何やら比較しながら検討する様だ。その準備が終わった所でクロビスは話し始める。

 

「テロリストの連中と戦った時に思った。バルドックも他に近接に対応した装備が欲しい。流石に懐まで入り込まれたらアンカーアームだけじゃきつい」

 

 モニターに映し出されたバルドックの戦闘映像を見ながらセリカは考え込む。確かにアンカーアームでは発射後に回避された場合、巻き戻すまで隙が大きすぎる様に見られる。

 

「う~ん。バルドックでも使いやすい近接装備か……成程、考えてみるわ」

 

 別に圧倒できずとも、懐まで入り込まれた際にも対処できる方法はあった方がいい、それ故の意見だ。

 

「私はもう少し特化した性能が欲しいですね。今のままでは遠近共にバランスが良いとは思いますが、どうにも特徴が無いように感じますので」

 

 続いて意見を出したのはアーサーだ。彼のドライデスは良く言えばアーサーの言う通りバランスの良い機体だが、今一つ特徴が無い。今はまだアーサーの運用の巧みさで何とかなっているが、このままで良いわけはないだろう。

 

「ふんふん。でもそれがドライデスの持ち味だから……」

 

 だが、そのバランスの良さがドライデスの持ち味でもあるのも事実だ。如何やらセリカは今のバランスの良さを保ったまま性能の底上げを考えている様だ。

 

「じゃあ……兵装面の強化が出来ないか考えてみるわ」

「お願いします」

「分ったわ。じゃあ、シャルロットは?」

「う~ん、と……」

 

 アーサーの意見を聞いた後、セリカはシャルロットに声を掛ける。彼女はしばし考え込んだ後、口を開いた。

 

「パリカールに乗ってて思うんですけど。あの子、射撃戦を念頭に置いた機体だけど、思った以上に近接戦能力も高いですよね? そっち方面の強化はできます?」

 

 セリカは映し出されたパリカールの映像を見て思案する。確かに先の戦闘を見ても分かるが、この機体は射撃戦主体だが、その機動性を生かした近接戦闘能力もかなり高い。これを生かさない手は無いだろう。

 

「そっか……具体的には?」

「う~ん。機動性を生かして懐に入り込んで、強烈な一撃を叩き込めるようなのがあればいいかな? こう、ガツンと!」

 

 手元の機械にデータを打ち込みながら問いかけるセリカにシャルロットは拳を突き出しながら答えた。

 

「ふんふん、ガツン! とね。 分ったわ……シィウチェンは?」

「……機体の関節部の強度をもっと上げて欲しい。レイオードと戦った時、かかる負荷が想像以上だった。すぐにどうにかなるわけではないだろうが、重量級の機体との戦闘や連戦する様な事態を考えると備えるべきだろう。後は俺で何とかする」

 

 要点だけ伝えるとシィウチェンは黙り込んだ。本当に言う事は無いのだろう。

 

「成程、確かに整備の時にもそう言った数値は出ているわね。機体強度は他の機体に比べてもしっかりしている方だけど……うん、油断は禁物ね。セシリアは?」

「そうですわね……」

 

 セリカはセシリアに視線を向けた。セシリアは映し出されたビシャールの映像を見ながら考える。

 

「私はライフルの砲身の強化を。昨日のあの砲撃にも耐えられるようにしてほしいですわ。無理でしょうか?」

「……わかったわ」

 

 セシリアの言葉と共に映し出されたのは、昨日の戦闘映像だ。レイオードには効かなかったが、あの砲撃がかなりの威力あるのは一目でわかる。それが使用できるようになればかなり戦いを有利に進められる。そして、次はフェインのデュッセルドフだったのだが……。

 

「姫! 自分は……」

「機体強度の強化よね? 分かってるわ」

「姫!? 自分はまだ何も!」

「ミレオンを見てれば分かるわ。ハイ、次」

「そんなぁ~」

 

 こんな感じである。そしてゼイフォンの映像に切り替わり一夏の番になったのだが。

 

「俺は、まだゼイフォンを使いこなせている訳じゃないし。今、強化しても……」

 

 そう言って頭を掻きながら一夏は言いよどむ。一夏はまだ他のパイロットの様に欠点や長所を挙げられる程にゼイフォンを使っているわけではない。乗り始めてまだ数日なのだ。其れゆえの保留だ。

 

「そっか……じゃあ、搭乗者保護機能の強化を考えてみるわ」

「悪い」

「いいわ。その方向で色々考えてみるから」

 

 それでもセリカには何か考えがあるのか、コンソールを操作しゼイフォンのステータスに何かを付け加えていく。しばらく機器の操作を行っていたセリカだったが、やがて満足そうに顔を上げると皆に向かって声を上げる。

 

「ふんふん。成程、参考になったわ。実は幾つか考えている事があるのよ。すぐに案を纏めて関係各所に通達して資材を集めるわ!」

「おい。ちょっと待て」

 

 そして早速作業に取り掛かろうと駆け出そうとしたセリカだったが、それをクロビスが呼び止めた。

 

「うん? 何?」

「今すぐで大丈夫なのか?」

「大丈夫! 此処なら資材の融通も利くし、設備もしっかりしてるしね」

 

 やはりセリカの体調が心配なのだろう。案じる様に声をかけるクロビスだが、何を勘違いしたのか、セリカは全く別の事を話し始めた。

 

「そうじゃなくて、クロビスが言っているのはお前の事だよ」

「……へ? どゆこと?」

 

 クロビスに続いて言葉をかけた一夏にセリカはキョトンとした表情だ。如何やら本当に分かっていない様だ。

 

「いや。徹夜だったんだろ?」

「だいじょーぶ! むしろ調子が良いくらいよ。じゃあ、早速行ってくるね!」

 

 一夏の言葉に何も堪えた様子も無く答えるとセリカは走り去って行く。その元気な様子を見ると皆は心配無用かなと安堵だか、呆れだか分からない感想を抱いていた。

 

「……ほんと、元気だな。あいつ」

 

 呟かれたその一言にそのすべてが要約されているような気がする一同だった。

 

 

 

 

 

「はぁぁ……さてと」

 

bセリカがこの場を去った後、一夏は疲れた体をほぐす様に伸びをする。その後、周りを見ると既に他の皆は退室し始めていた。ユミールも先程一夏に声を掛けフィールド対策の仕事に戻る為に研究棟の方に向かって行ったので既にこの場にいない。そんな中、一夏はゆっくりと立ち上がると隣で同様に立ち上がっていたセシリアに声を掛ける。

 

「セシリア。ちょっといいか?」

「えっ。はい、何でしょうか?」

 

 レイフォンのアドバイスに則り、セシリアと話す時間を作るためだ。何分こんな経験は少ない為、若干戸惑い気味に言葉を続けた。

 

「えっと……この後、何か予定有るか?」

「えっ?」

「いや、無いならちょっと一緒に出掛けなないか?……無理ならいいけど」

 

 突然声を掛けられたセシリアはキョトンとした表情をしたが、掛けられた言葉の内容を悟ると満面の笑みを浮べ、返答する。

 

「いえ! 大丈夫です! 今日はずっと暇ですので! と言うより、あってもあけて見せますわ!」

「そうか? じゃあ、行こうか?」

 

 歩き出した一夏に続いてセシリアも足取りも軽くついて行く。連れ添って歩く彼女はふと思った事を一夏に問いかけた。

 

「それにしても、イチカさんから誘っていただけるなんて。如何されましたの?」

「いや、聖地の地理を把握しておきたくってさ。あっ、セシリアは聖地に来たことは?」

 

 レイフォンから言われたと正直に話すのも恥ずかしいので、一夏は取りあえず適当な理由を挙げてみる。こちらもいずれ確認しておこうと思った事柄である為、間違いではない筈だ。

 

「ええ、何度かは。成程、そういう事でしたか。どこから案内しましょうか?」

「そうだな。うーん」

 

 しばし、足を止め一夏は思案する。

 

「……そう言えば、マドカが買い物に行くって言ってた場所って、どういう所なんだ?」

「ああ、それなら、商業区画ですわね。生活に必要な物はそこで揃いますし、此処に住んでいる方は大抵のものはそこで買い物を済ませていますよ。では、今日はそこへ行きましょう」

「ああ、頼む」

「ふふっ、では、ご案内いたしますわ!」

 

 

 

 上機嫌なセシリアに先導されながら通路を進み数分、そしてバスに乗り揺られること数分、二人は目的の場所に降りたった。元の世界の商業施設の様に派手さはないが、広々とした敷地内に色々な店舗が揃っていた。

 

「ここが……」

 

 物珍しそうに視線を巡らせながら一夏は連れ添うセシリアの解説を聞きながら進んでいく。彼女の話によれば飲食店、衣類、スーパーの様な食料品店に雑貨、その他もろもろ。生活に必要な物品は此処で揃えられるようになっているとの事だ。かなりの数の店舗が並んでいるにも関わらず、きちんと区画整理され乱雑さは感じさせない。

 

「結構いろいろな店があるんだな……」

「ええ。ここは聖地に住む方の生活の要ですから」

 

 近くの店舗に入りざっと見回しても品揃え自体は自身の世界と比べて遜色がないように一夏に感じられた。取りあえず二人は手前の店舗から順次、覗いて行った。

 

「へえ。こんなのも……」

 

 そして、とある雑貨屋の店先で一夏が手に取ったのは元の世界にもある様なクマのぬいぐるみだ。色々ひっくり返したりして見ているとセシリアが声をかけてきた。

 

「ええ、そういったものはあまり変わらないですわね。ちなみにそれはクマではなくウルゥスと呼ばれていますわ」

「へぇ……」

 

 セシリアの言葉を聞きながら一夏はぬいぐるみをじっと見つめる。名前がクマに変換されない辺り、違う生き物なのだろうかと思いつつ、そっとそれを降ろすと周囲を見回し呟く。

 

「此処で半分かな?」

「ええ。私もこうしてじっくり見て回ったのは初めてですから、結構時間がかかってしまいましたね」

 

 その呟きはセシリアにも届いた様で二人で辺りを見回す。すると一夏の目にカフェ風の飲食店が目に入った。

 

「ちょっと休憩しようか? 思えば昼食もまだだしな」

「そうですね。では、あのお店に入りましょうか?」

 

 二人はその店に向かうと天気が良い事もあり、テラス席に向かい合って座る。そして適当な料理を注文し、それが届くと食べながら言葉を交わしあった。

 

「そう言えば、こっちの方には被害は出ていないんだな」

「ええ。被害が大きいのは格納庫エリアですから。本棟や調整中の聖霊機に被害が無かったのは不幸中の幸いだったと、皆話していましたわ」

「そうだな、そう言えばさ―――」

 

 その後は暫く他愛もない話をしながら暫く和やかな雰囲気が漂う。そんな最中一夏は思っていた。

 

『やばい。全然思いつかない……』

 

 レイフォンからゆっくりとした時間なら機会もあると言われたものの何と謝罪すればいいか全然思いつかないのだ。

 

『ゴメン! 迷惑を掛けた!! う~ん、これじゃあ、誠意が伝わらないよな……普通過ぎるよな。身を挺して守ってくれたのに……』

 

 折角レイフォンがアドバイスをくれたのだ。何故あのような行動に移ったのかも含め、しっかりと説明したい。そう思い目の前のセシリアを見ながら考え込んでいたのだが、いざ考えてみるとどうして自身があのような行動に移ったのか、明確な答えが見つからないのだ。

 

『ついカッとなって……これじゃあないよな? いや、アイツの言葉が頭に来たのは確かだけど』

「あの……一夏さん?」

 

 そんな風にああでもないこうでもないと一夏が悩んでいるとセシリアが声をかけてきた。

 

「ん? ああ、どうした?」

 

 その声に気づいた一夏も口を開いた。その問いかけにセシリアは若干頬を染めつつ応える。

 

「その……そんなに見つめられると流石に恥ずかしいのですが」

「え?」

 

 そう言われ一夏もようやく気がついた。真剣に考え込むあまり無意識のうちにセシリアを凝視してしまっていたのだ。その事に気づいた一夏は慌てて弁明する。

 

「ごっ、ごめん! 考え事をしてて!! 嫌だったよな!」

「ああっ! 別にそんな!! それに別に嫌では……」

「……へっ?」

「いやっ、その何を言っているのでしょうね! 私は……」

 

 二人してあたふたとしながら弁明しあい、何とか話題を逸らせないか考えていたが、それを先に思いつき口を開いたのはセシリアの方だ。

 

「そう言えば……何を考えてらしたのですか!? 随分と真剣な様子でしたが……!」

「あっ! いやっ、その……」

 

 セシリアのその言葉に一夏は焦りつつも何とか誤魔化そうと言葉を発した。セシリアへの謝罪の言葉を考えていたのだが、流石に考えもつかないうちにそれは言いたくなかった。

 

「えっと、そう! さっきの査問委員会の時の事だよ!」

「さっきの……?」

 

 一夏の言葉にセシリアもハッとした様子で声を上げる。

 

「そう! さっきセシリアさ何か変な感じだったからさ。どうかしたのかと思って……」

 

 それを見て何とか話題を逸らせられるかなと思い、ほっとした様子の一夏に対してセシリアは表情を曇らせると再び視線を落とした。

 

『やべっ、これはまずかったか!?』 

 

 表情を曇らせたセシリアを見て一夏も再び言葉を詰まらせた。フラムエルク城脱出の際の失言に加えてその後のランドシップでの彼女の泣き顔を思いだすとどうにも彼女の沈んだ表情に苦手意識を持ってしまっているのだ。

 

『くそっ……またやっちまったか?』

 

 あの時の事は一夏一人の言葉の所為ではないが、矢張り負い目を感じているのだ。その事もあり何とかしようと思い声をかけようとしたのだが、その言葉はセシリアによって遮られた。

 

「その……ちょっと気になる事があって」

「えっと、気になる事?」

「はい。話しかけられた時、何かもやもやしたと言いますか……」

「もやもや? 気づかってくれて良い人そうだったじゃないか?」

「はい。ですが、口では此方の事を気遣っていても何処か本心ではない。何処か空空しい。そんな感じがして……」

 

 表情を曇らせながら、セシリアは言葉を続ける。その様子が気になり一夏の方も更に言葉を続けようとした。

 

「なぁ、セシリア――」

「―――イチカ!!」

 

 ……のだが、そこに割って入る声があり、二人ともハッとした表情でその方向へと視線を向ける。すると見知った姿が走り寄ってくるのが見えた。声の主はマドカであった。やはり此処に買い物に来ていた様だが、様子が可笑しい。息を切らせ、こちらに向かって走り寄って来ている。そしてその恰好はいつもの地味な民族衣装の様な服ではなく、随所にリボンがあしらわれたピンク色の西洋人形の様な服だ。その黒髪にもピンク色のリボンが付けられていてやたらと可愛らしい格好だ。

 

「マドカさん!?」

「どうした!? そんなに焦って……」

 

 自分達に向かって走り寄って来る彼女の只ならぬ様子に二人も席を立ち駆け寄った。

 

「どうもこうも無いぞ! 私は着せ替え人形じゃ―――」

「―――マドカちゃん。駄目よ? 逃げちゃ」

「うっ!?」

 

 問いかける一夏に息を整えながら、返答しようとしたマドカだが、更に聞き覚えのある声が聞こえた途端、マドカは声を詰まらせ、顔を青ざめさせた。

 

「もっ、もう、いい加減にしてくれ!」

「もう! お買い物はこれからじゃないの……あら?」

「あっ。お兄ちゃん!」

「イチカ君にそれにセシリアさんも。こんな所で奇遇ね」

 

 新たに現れたのはパルディアとメルヴィだ。二人は実に楽しそうな声で二人に話しかけきた。如何やら、マドカはかなり長い間買い物に付き合わされていたようだ。体力はかなりあるだろうが、慣れない事をしていたからか、彼女の表情には疲労の色が濃い。

 

「は、はあ。どうも……」

「如何したんですか? パルディアさん」

 

 妙な雰囲気に戸惑いながらも会釈するセシリアの傍らで一夏はパルディアに問いかけた。するとパルディアは手に持った服を二人に見せ、問いかける。

 

「ちょうどいいわ。マドカちゃんに次はこの服を着てもらおうと思うんだけど……二人はどう思う?」

 

 パルディアが見せたのは飾り気のない、清楚な印象を受ける白いワンピースだ。マドカは止めてほしいのだろう。似合わないと言ってくれと首を横に振りつつ無言の訴えを投げかけてくるが、その意に反して一夏は同意を示す。

 

「まあ、似合ってるんじゃないかと……」

「お前!?」

 

 裏切られたマドカは思わず一夏を睨んだが、パルディアは逆に表情を明るくさせた。

 

「ほら! マドカちゃん、イチカ君もこう言ってくれているわ。恥ずかしがらないで色々試してみないと!」

「お母さん! 次はメルヴィが選んだの!!」

 

 そう言ってメルヴィが見せたのは袖などにフリルが付いたピンク色のドレスの様な服だ。今着ている服と類似点が多い事から今の服もメルヴィの見立てなのだろう。

 

「そうだ! イチカ君も選んであげたらどうかしら? マドカちゃん、こういう事、初めてなんでしょ?」

「ええ……まあ、そうですね」

「なっ!?」

 

 その一夏の声に驚愕の声を漏らすマドカだが、パルディアとメルヴィは楽しげな声でそれぞれマドカの手を掴んだ。

 

「さあさ、マドカちゃん。お店に戻ってお着替えしましょうね~」

「行こ! マドカお姉ちゃん!!」

 

 味方を失ったマドカはパルディアとメルヴィに引きずられる様に一軒の店に連れ戻されていった。それを見届けると二人は顔を見合わせ頷き合う。

 

「しょうがない。行くか?」

「ええ」

 

 口ではそういうもの一夏は実に楽しげであり、セシリアはそんな一夏を見て今は先ほどと違い微笑ましそうに笑みを浮べる。だが、それにより一夏も安堵の表情を浮べつつ考える。

 

『……ああ、そうだ。やっぱり笑っていてくれた方が良いよな?』

 

 聞きそびれてしまった事もあるし肝心の謝罪の言葉は何も思いつかなかったが、セシリアはやっぱり笑ってくれていた方が良い。だから今はこれで良いかとばかりに苦笑いしながら、実に楽しそうに三人を追いかける一夏であった。

 

 


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