デイ・ラクバルによって議会の開始が宣言され数十分、絶えず議論がされていたが、今ほとんど言葉は交わされていない。参加している二人の議員も何か言いたげであるが、言葉が見つからない様で散々喚いていた口を閉ざし、必死に渡された書類を睨んでいる。
「ふむ。何故、イチカ君にしか動かせないのか。なぜ、パイロットの組み合わせ次第で起動数値さえ上下するのか、現段階では何も分からないか……」
それは幾ら議論しようともライブレードの復活から起動までの原因が一切不明だからだ。
責任を追及しようにもライブレードの件に関して聖地側には一切の責任が見当たらないのだ。
「はい。現在は過去の文献の探索も並行して行っていますが、中々思う様には……」
「そうか……」
何かを思案しているのか、考え込むデイの言葉をこの場にいる皆は固唾をのんで見守っている。その視線を一身に受けるデイはやがて顔を上げるとユミールに話しかける。
「良く分った。ライブレードは引き続き聖地にて解析を続けたほうがよさそうだ」
「では……」
「ああ、これからもライブレードをよろしく頼むよ。さて、今日のところは此処で終了としよう」
これ以上の議論は無意味と判断したのか、彼により委員会の閉幕が宣言された。そのデイの一言で一夏達は表情を緩める。
「議長、我々はこれで……」
だが、二人の議員達はライブレードが聖地預かりのままであるのが不満なのか、対照的に苦い顔をしており、その顔のまま立ち上がると侍従に先導され足早に退室していった。だが、傍らに立つ女性とこの場に残ったデイはその二人を見送った後、一夏とセシリアに声を掛けてきた。
「ご苦労だったね」
「あ、いや。さっきはすみませんでした。それにフォローしてもらって……」
先ほどの失態とフォローに対して一夏は頭を下げる。だが、デイは怒った様子も無く。微笑みながら口を開いた。
「気にする事は無い。礼を失したのは此方も同じだ。それに彼らも根は悪い人物ではない。厳しい状況に置かれて、かなりストレスが溜まっている。そのタイミングで今回の事が起こったからね。まぁ、勿論それを表に出していいわけではないがね」
二人の議員が去った方に視線を向けつつ、デイ・ラクバルは語る。そして再び一夏の方へ視線を向けるとその目を真っ直ぐに見据え、今度は表情を引き締め、言葉を発する。
「でも、君も気を付けなければいけないよ? 今は良くとも、いずれそれが許されない立場になる時が来るかもしれない。その時、後悔はしたくないだろう?」
「はい。すみませんでした」
「よろしい」
その一夏の返答に満足げに微笑むとデイはセシリアの方へ向き直ると口を開く。
「君は……オルコット君だったな。部下が君のパートナーに申し訳ない事をした。謝罪させてほしい」
「はい」
そして、軽く頭を下げた後、一夏と同様にその目を見据え、話し始めた。
「ふう……」
一夏はデイの視線が外れた事により緊張が解れ、一息つくと二人の会話を見守っていた。だが、途中から妙な違和感に気づき、思わず声を上げる。
「ん?」
それはデイと会話していたセシリアだ。当初はパートナーと呼ばれたのが嬉しかったのか、明るい様子あったが、今は何処か戸惑った様子が見て取れるのだ。
「……どうかしたかね?」
「あ、いえ……」
その様子に気づいたのか、デイもにこやかな表情を崩さず問いかけるが、それに対する返答もやはり何処か歯切れが悪い。
「そう硬くならずいつもの通りで構わんよ?」
「はい……」
「えっと……セシリア?」
しばし二人の間に気まずい沈黙が続き、その様子にユミールはどうしていいかわからずおろおろとし、一夏はどう反応していいのか分からず、視線を彷徨わせた。
「う~ん……あっ」
そして一夏がふと入口の方へと視線を向けるた時、入室してきていたイヴェルとローディスの姿が視線に入った。如何やら話し込む二人を見て声をかけられずにいる様だ。
「ラクバル様。そろそろ……」
それに気づいたのは一夏だけでなくデイの傍らに立っていた秘書も同様であるようだ。このままではいけないと考えたのか、デイへと声をかける。
「……ああ。分った」
そして、その秘書に耳元で何かを告げられたデイは視線をセシリアからユミールへと移し、声をかける。
「では、ユミール君、我々はこれで失礼するよ」
「あっ……はい、先生」
その様子にユミールはほっとしたように答える。
「では、行こうか?」
「はい、ラクバル様。こちらへ……」
ユミールに一言そう告げると秘書の女性と連れ添い歩き出し、すれ違いざまにローディスとイヴェルに一礼すると部屋を出て行った。二人が去った後、扉が閉ったのを確認すると先ずはイヴェルが一夏達に言葉をかける。
「ご苦労様でした。皆さん」
「取りあえず、ライブレードは聖地預かりのままで調査をする事が出来そうだ」
「はあ~。よかったです……」
労いの言葉をかけてくるイヴェルに次いで話しかけてきたローディスもほっとしたような様子が見て取れた為、一夏も本当に肩の荷が下りた感覚を覚えた。一夏にしてみれば慣れない体験をしたせいで、どっと疲れた感じで、がくっと、肩を落とした。
「それと、すまないな。嫌な思いをさせて……」
「え?」
だが、突然表情を曇らせ謝罪を始めたローディスに一夏は肩を落とした姿勢から何処か抜けた声を上げて視線を向ける。
「話は聞いた。我が国の議員がすまない事をした。我々もついて行くべきだったよ」
如何やら事の詳細は聞いていた様だ。そう言ってローディスは頭を下げた。
「いや、あれは俺も悪かったですし。それにラクバルさんが止めに入ってくれました」
「そうだな。ラクバル殿には本当に頭が上がらないよ。だが、それでも一人のアガルティア人として謝罪させてほしい。済まなかった……」
「ローディスさん……」
こういった所は本当に誠実な人物である。当の一夏はローディスがそこまでしなくてもと考えていた。そして暫くし、ローディスは頭を上げると今度はセシリアへ視線を向けた。
「セシリア君も……?」
そして同様に声をかけたローディスだったが、彼女の様子におかしなものを感じ、言葉を止めると伺うように声をかける。
「セシリア君? 大丈夫かい?」
「……え?」
「ラクバル殿と話している時から様子が可笑しかったが、どうかしたかい?」
如何やらデイとセシリアのやり取りを見ていた様だ。デイ達が出て行った扉を見詰め考え込むセシリアに対し言葉を続けた。
「あっ……いえ、何でもありません。ちょっと緊張してしまっただけですわ」
「そうかい?」
「ええ。ですからお気になさらずに」
だが、セシリアは余程考え込んでいた様でローディスに声を掛けられ、ようやく我に帰ったと言う感じであり、訊ねてくるローディスに対しても渇いた声で返事を返した。今も口ではそう言っているものの、すっきりしない表情を浮かべており、そう言うと再び考え込む様に俯いてしまった。
「……分かった。では、この場は解散としよう。皆はこれから?」
ローディスもそんな状態では無理に聞き出すような事はせず、皆を待たせている事にも気づいた為、皆の方へと向き直ると声をかけた。
「セリカから終わり次第、ミーティングルームに集まってほしいと話がありまして。恐らく聖霊機についての話だと思うのですが……あっ! あなた達も、この後は大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ」
「……ええ」
その声に答えたのはユミールだ。ハッとした様子で声を上げ、言葉を続けたが、これからの予定を勝手に決めてしまっている事に気づき、途中で言葉を止めると二人の方へ視線を向けると慌てて確認する。それに一夏は迷いなく答え、セシリアは相変わらず上の空といった様子で返事を返した。
「じゃあ、行きましょうか。では、イヴェル様、ローディス殿下、失礼します」
「ええ、頼みましたよユミール」
「あっ……そうだ」
そのユミールの言葉にイヴェルが答えた時、何かに気づいたのか一夏が思いだした様に声を上げた。
「どうかした?」
「ちょっと話があってさ、そんなに時間は掛らないから、ちょっと待っててもらえるかな?」
「ええっと……ええ。構わないわ。外で待っていた方がいい?」
その一夏の言葉に部屋の壁にかかっている時計で時間を確認したユミールが返答を返す。
「ああ、それで頼む」
「分ったわ。じゃあ、行きましょう。セシリア」
「ええ……」
そう言うとユミールは浮かない顔のままのセシリアを伴って退室していった。二人が退出したのを見送ると一夏はイヴェルに向き直り、恐る恐る口を開いた。
「あの、イヴェル様。ちょっといいですか?」
「はい? 何でしょうか?」
少々、緊張気味に話しかける一夏にイヴェルはにこやかに応対する。
「ええ、実は――」
その様子を見て緊張が解れた一夏は思い切って話を切り出した。それはレイフォンに助言された時に思いついた、ある物を手に入れるためだ。
「それならば、まだ、手に入りますが……」
「そうですか。あの、どうにか手に入れる事は……」
イヴェルの返答にほっとした一夏が言葉を続けようとしたその時、二人の会話にローディスが割って入った。
「イチカ君、誰かに渡すのかい?」
「えっ、ええ。まぁ……」
視線を向けた一夏の目には少々驚いた表情のローディス移った。だが、すぐに何か含んだような笑みを浮べ、言葉を続けた。
「ひょっとして、セシリア君にかい?」
「え? はい」
「ふむ、成程……」
「如何いう事ですか? ローディス殿下?」
行き成り言い当てられ、一夏は若干動揺しながらに頷き返す。その一夏を見てローディスは感心した様に声を上げたが、イヴェルの方はそれだけで分かる訳が無い為にローディスへと問いかけた。
「ええ。実は、ちょっと、お耳を失礼……」
だが、ローディスがイヴェルの耳元にて二言三言、何かを小声で呟くと合点が言ったのか、口もとに手を当て、上品に笑いながら声を上げる。
「ふふふ、そうですか! 任せて下さい。私が手に入れておきます!」
「え? いや! 別に俺が自分で……」
別に催促したつもりではないのだが、思いもよらずそんな展開になっている事に一夏は焦る。何とか自分で手に入れると言おうとしたが、それに対してイヴェルは実に微笑ましそうな表情をすると何処か張り切ったように言葉を続ける。
「ふふふ、お気になさらずに! ぜひ、任せて下さい!」
「イチカくん。此処はお言葉に甘えておきたまえ」
そしてローディスまでイヴェルに任せる様に話をしている。やがて彼は一夏の傍まで歩み寄り、両手でガシっと肩を掴むと一夏の目を正面から見つめ、強い口調で語り掛ける。
「そのかわり、しっかり決めたまえ。分かりやすく、はっきりと自分の気持ちを伝えるのだよ?」
「へっ? ああ、勿論! その時ははっきり言いますよ!」
セシリアに謝罪するだけなのに、何故か、やたら応援してくるローディスを少し疑問に思いながら、一夏はっきりと返答を返す。
(でも、まぁ。確かに謝るって勇気が必要だしな……)
そう言う意味かなと一夏が頭の中で一人納得しているとその返答に満足したのか、ローディスはふっと微笑むと感心した様に声を上げる。
「ふふ。君も攻めるね」
「いや、ははは……」
ローディスの真意は良くは分らないが、褒められている事は分かるので照れくさそうに頭を掻き、二人は互いに笑いあった。
「おっと、そう言えば二人を待たせているのではないかい? 用件は分ったから、早く行ってあげるといい」
「あっ、そうでした」
だが、一夏はローディスの言葉で二人を待たせている事を思いだすと恥ずかしそうに頭掻きながら声を上げる。
「すみません、ローディスさん。イヴェル様……じゃあ」
「ええ。では、手に入りましたら連絡しますね?」
「はい! ありがとうございます! では、失礼します!」
退室する間際に再度、明るい声と共に頭を下げた一夏は優しい笑みを浮べるイヴェルの視線に見送られ、退室していった。
一方、一夏を会議室に残し、部屋を出た二人だったが、ユミールが扉を閉めた所で、先程から静かだった、セシリアが声を上げた。
「ユミールさん。先程、ラクバル議長の事を先生とおっしゃっていましたが?」
「え? ええ。先生は三年前まで、ここで教鞭をとっておられてね。私も何度か講義を受けた事があるの」
ユミールは当時を思いだしているのか、懐かしそうな様子で微笑みながらラクバルの事を語っている。だが、セシリアは何か気になるのか、疑念に満ちた表情だ。そんなセシリアへユミールは穏やかな表情のまま視線を向けると言葉を続ける。
「さっきから変だったけど、先生がどうかしたの?」
「その……どのような方でしたか?」
「……? 良い方だったわ。男女関係なく慕われて、勤勉で誠実な方で、私も随分とお世話になったわ」
「……そうですか」
ユミールの言葉を聞き、セシリアは更に考え込む。その様子をユミールは不思議がるが、セシリアは気にする事無く再び考え込む。
(ユミールさんのお話を聞く限りは非の打ちどころのない方の様ですのに……何故、話をしていてあんなに嫌な気持ちに……)
それは先ほどのデイ・ラクバルとの会話中に感じた違和感である。言葉自体は此方を案ずるような形ではあるのだが、どうにも彼女はそれを素直に受け取る事が出来ないのだ。その為に一夏と違い気分が晴れる事なく、今も胸中にもやもやした物を抱えたままであった。
「―――失礼します」
だが、セシリアのその思案は退室してきた一夏の声により遮られた。思わず視線を向けたユミールの目に移ったのは満足そうな表情の一夏である。その様子を見てユミールも明るい口調で声をかける。
「あら、イチカ。話は終わった?」
「ああ。悪いな、待たせて……如何した、セシリア?」
「え? ああ、いえ、なんでも。イチカさんの方こそ何の話でしたの?」
「え、あ、いや! こっちも対した事じゃないさ! さっ、行こうぜ!」
流石に謝罪の品を手に入れようとしていたとは言えず、一夏は恥かしさを誤魔化す様に声を上げ、話を切り上げる様に歩き出した。