聖霊機IS   作:トベ

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 完成しました。今回もよろしくお願いします。前回もそうですが、今回も少し一夏に厳しすぎるかな?


八話

 巨大な光の柱が聖地中央の庭園から空に向かって伸びている。それは眩く辺りを照らし、その場にいる全ての者は、その光の柱を呆然と見上げている。

 

「まさか……起動したのですか!? あれが!!」

「……」

 

 それは避難シェルターのモニターでその光景を見ているローディスも例外ではなかった。彼は我に帰ると傍に立つイヴェルに問いかけるが、イヴェルは驚愕するローディスや周囲を余所に、何処か確信めいた表情で、唯、黙ってその様子を見ていた。

 

 そして二人の視線の先で光は完全に空へと昇りきっていた。その光を飲み込んだ黒雲はエネルギーをため込むように雷鳴を迸らせ、そして、それが限界まで膨れ上がった時、今度は地上に向かい光の柱が降り立つ。その衝撃で巻き上げられた粉塵は聖霊機の頭部まで巻き上がり、視界を塞がれる形になった皆は光が降り立った一点を凝視、または機体センサーを働かせ状況を把握しようとする。そして、すべての機体はそれを認識した。光が落ちた地点に何かがいると。現れたそれは、その両足に力を込めて立ち上がり、その存在を示すかのようにデュアルアイを光らせる。

 

「……あの時のまんまだな」

 

 それを見ていたのはレイオードに乗るこの男も例外ではなかった。驚愕の表情を浮かべていたローディス達とは対照的に、現れたその機体を感慨深げに見つめている。その男は自身の記憶と照らし合わせる様にその機体を凝視する。手甲、胸部、前頭部装甲、肩と長大な肩部ユニットの一部が真紅に塗られている以外は全て漆黒。その鋭く光る赤い目も相まって、見る者に何処か恐ろしささえ感じさせるその機体こそ、すべての聖霊機の基になった機体、ライブレードである。

 

「これで、ようやく……ん?」

 

 ぼうっとライブレードを見詰めていた男だったが、その時、レイオードのセンサーがドンッっという炸裂音を感知する。

 

「ちっ! なんだよ……」

 

 思考を遮られたからか、苛立ちを隠さず舌打ちしながら視線をやった男が見たのは煙を上げるゼイフォンと、煙から逃れる為に脱出してきた一夏の姿だ。噴き出る煙を吸い込んでしまったのか、咳き込んでいる様子が見てとれる。

 

「ふん、てめえにもう用は無―――!?」

 

 そして、もう興味は無いとばかりに、つまらなそうに鼻を鳴らすと男はライブレードに視線を戻した。だが、たった数秒見た一夏の顔が男の記憶を刺激し、視線を戻させる。

 

「なっ……に?」

 

 バイザーで目元を隠しているにも拘らず、その驚きが分かる程に表情を歪ませ、今度は見間違ないと言わんばかりに映像を拡大し、一夏の容貌を凝視する。そして、そのすべてが記憶と一致した時、驚愕の余り、掠れた声でその名を呟く。かつて自分を裏切り、そして、もういないのだと思っていた人物の名前を。

 

「レ……ニス? いや! 馬鹿な!! そんな筈!?」

 

 男は先ほどまでの不敵さも余裕も嘘だったかのように狼狽えた声を上げ、混乱する思考を必死で整理しようと顔を片手で覆い、自問自答する様に呟く。

 

「なんで……いや、そうか、そういう事か。だから、あの野郎は!」

 

 そして、再び視線を一夏に向けるが、彼は決して一夏を見ていない。唯ひたすら記憶に残る人物に泣き笑いのような声で問いかける。

 

「そうか、お前、まだ俺達の、俺の邪魔をするのか?」

 

 そして、それと同時にその男の心に再び湧き上がってくる感情。今まで向ける対象を失っていたその感情、全ては目の前の一夏に、男にとってのレニスに向けられる。

 

「……ああ、お前がその気ならいいさ。もう邪魔出来ねえように……ここで踏み潰してやるまでだ!!」

 

 そして、その感情の赴くままに男はレイオードを駆動させる。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……何だったんだ、一体? 共鳴結晶が、何で?―――!!」

 

 咳き込んだ後、息を整えていた一夏だったが、聞こえる駆動音に振り向き声を上げた。そこにあるのは巨大な機械の足、一夏は咄嗟に身を前に滑らせ、辛くもそれを回避する。

 

「うわ!?」

 

 その後、振動に次いで、襲ってきた風圧に吹き飛ばされ、一夏の体は一回転した後、地面に勢いよく叩きつけられる。痛みに顔を顰めながらも体を起こした彼はさっきまで自身が居た場所へと視線を向ける。

 

「危なかった……なんだよ、いきなり!?」

 

 地面が陥没する程の重量の込められたそれを見て、一夏は避けられたことに安堵するとともに、あのままそこにいたらと思い肝を冷やす。だが、其れとは対照的にレイオードのコックピットに座る男は怒りに顔歪めている。

 

「こ……の! ちょこまかと! なら……」

 

 男は感情の赴くままに機体を操作する。そして、変化が起こったのはレイオードの胸部だ。突き出した胸部装甲が上方へスライドし、内部にある機構が前方に僅かにせり出す。

 

「これで!」

 

 そこにあったのは砲身、それは青い光を迸らながら現れ、徐々にエネルギーを収束させていく。

 

「な……!?」

「消えろ! レニス!!―――」

 

 自身に向かって放たれようとする砲撃を見て一夏は体を硬直させたが其れが放たれる前にレイオードのコックピットを衝撃が襲った。

 

「―――てめえ!?」

 

 レイオードを阻んだもの、それはライブレードだった。ライブレードがその攻撃から一夏を守ろうとするようにレイオードに組み付いていたのだ。邪魔をされた男はモニターに映るライブレードを睨みつけていたが、そんな事は知らず一夏は呆然とその機体を見上げる。

 

「こいつ……まさか、あの時の?」

 

 一夏は確信を持って呟く。ライブレードは夢の中で自身が戦った機体だ。それがどうしてここに居るかは分からないが、その時は自分を消し飛ばしたその相手が、今度は自分の危機を救ってくれたのだから、何とも言えない複雑な気持ちだった。そんな一夏の目の前でライブレードは拳をレイオードに突き入れると、そのまま身を翻し後ろ蹴りをレイオードに放ち、レイオードは大きく吹き飛ばされた。その間、ライブレードは一夏に向き直り、片膝を付くと迎え入れる様に胸部ハッチを開いた。

 

「乗れ……って事か?」

 

 身構えていた一夏はその様子を見て警戒を解いた。少なくとも、あの夢と違い、敵対する様子は見えないからだ。戸惑いながらも、差し出された手を伝い、一夏はコックピットへと向かった。そして開かれたハッチから内部を覗き込んだのだが、ゼイフォンとは異なる様式のコックピットを見て戸惑いの声を上げる。

 

「誰もいない? それに、シートが二つ?」

 

 それは機体が無人であった事と、見慣れた操作球が供えられた前方のシートと、操作球に加え、コンソールが設置された後方のシートの二つの座席がライブレードにはあったからだ。何で? そう疑問を抱いた一夏ではあったが、聞こえてくるレイオードの駆動音に思考を切り替えた。 

 

「っ……! 考えている場合じゃないか!!」

 

 レイオードが再び動き出している今、考えている暇はない。それに、邪魔をさせないためか、ガドランも聖霊機への攻撃を再開させている。いつ流れ弾が飛んでくるかもしれない状況で生身を晒していては、一夏自身も危険だ。

 

 迷いを振り払うと一夏はコックピット内に身を躍らせる。幸い、機体は今も稼働状態にあるようで、操作球は明滅を繰り返し、モニターも周囲の情報を映している。これなら動かせる。そう思い一夏は前方のシートに座り操作球を握った。だが……。

 

「動かない!?」

 

 ライブレードは何故か反応せず、動く気配を見せなかった。焦りながらも、機体を操作しようと一夏は意識を集中させる。だが、その思いも虚しくライブレードは沈黙を保ったままだ。

 

「どうして……!?」

 

 敵機が迫り、猶予の無いこの状況で一向に動く気配すらない事に一夏は苛立ちながら声を上げる。

 

「まさか……コイツ、二人じゃなきゃ動かないのか!!―――な!?」

 

 確認する様に後ろのシートを見ていた一夏であったが、伝わる振動に前方モニターへ視線を移した。モニターに映し出されるレイオードは、既にその手のマーシュニクスを振り上げている。

 

「く……!?」

「やってくれたな、レニス……今度こそ!!」

 

 その一撃でもたらされるであろう衝撃に身構えた一夏だったが、それを阻まんと声が響いた。

 

「―――させませんわ!!」

 

 ビシャールに乗るセシリアは敢えて声を外部に出力させ、レイオードの注意を引こうとする。その目的は成功した様で、レイオードは視線を逸らし、その方向を凝視する。レイオードの機体モニターに移るのは機体スラスターを全力で吹かせ、こちらに迫るビシャールだ。

 

(やらせません! 私の大切な人をもう二度と!! だからお願い! 力を貸して下さい! アルフォリナ!! ビシャール!!)

 

 そのコックピット内でセシリアはモニターに映るレイオードを見据え、強い思いを抱きながらビシャールを全力で駆動させる。そして、その速度を殺す事なく、手に持つ打突武器をレイオードへと振り下ろした。だが、レイオードは避けるまでも無いと言わんばかりにその一撃を受ける。

 

「くっ!!」

 

 その一撃は膜の様なもので阻まれ届かない。セシリアはコックピットにて悔しそうに顔を歪める。近接用の機体ではないのと機体重量の差、そして無茶な突貫の所為でビシャールの腕部関節が軋んだ音を立てている。

 

「やはり無理ですわね!! なら!!」

 

 近接武器が効かない事を悟ったセシリアは次の行動に移る。ビシャールの腰部のゼイン・ライフルを展開、レイオードへ銃口を突き付け発射する。放たれた砲撃は彼女の強い思いに反応したのか、普段とは段違いのエネルギーの奔流をその銃口から放射する。それはレイオードの上半身を飲み込むと、尚も止まらず空へと延びていく。

 

「ううううう!!」

 

 発射された一撃の余りの衝撃にセシリアは苦悶の声を上げる。だが、過剰に注がれたエネルギーに耐えられなかったのか、腰部のゼイン・ライフルは炸裂音をたて、爆散する。

 

「これなら……」

 

 煙を上げるライフルを腰部から切り離しながらセシリアはレイオードから距離を取り、突貫と砲撃で巻き上がっていた噴煙の中、センサーを働かせ敵機を観測する。だが、やった、と思ったのも束の間、噴煙を切り裂くように突き出された剣がビシャールを襲った。

 

「な!?」

 

 咄嗟に機体に回避行動を取らせたが、完全に避けきる事は出来ず突き出された剣はビシャールの右肩に突き刺さる。細見の機体であるビシャールの右椀はそれだけで切り飛ばされた。剣が振るわれた衝撃で煙が払われるとレイオードの姿が露わになり、その姿を見たセシリアは驚愕の表情を浮かべる。

 

「そんな!?」

 

 払われた煙の中から現れたレイオードは、あれ程の砲撃を受けたにも関わらず傷一つ見当たらなかった。むしろ増幅された怒りにより赤黒いプラーナが全身から吹き出し、一層その力を増しているようにも見えた。

 

「なめた真似……してくれたなああ!!」

 

 周囲に怒りに燃える男の声が響く。そして、右腕を失った衝撃でよろめいたビシャールに尚もレイオードの剣が迫る。再度、突き出された剣はビシャールの腹部に突き刺さり、コックピットを衝撃が襲う。

 

「あああああ!?」

 

 衝撃と計器類から飛び散る火花に顔を顰めながらもセシリアは尚も機体を制御しようと操作球を握り、敵を見据える。その時、通信機から一夏の悲痛な声が響いた。

 

「やめろ!! セシリア、逃げろ!!」

「できませんわ!! そんな事をしたら、イチカさんが!!」

「だけど! セシリアが!」

 

 今も目の前で残った腕で腹部に突き刺さった剣を掴むビシャールが見える。こんな状況に陥りながらもセシリアの闘志は一向に萎える気配は見えない。その光景を見ながら叫ぶ一夏にセシリアからの言葉が届く。

 

「私は、今も人を撃つのが怖いです!」

「セシリア……!?」

「だけど、私の目の前で大切な人が失われていくのは、もっと怖いんです!!」

「え……?」

「私はこれ以上、大切な人たちを失いたくない!! 私の大切な人達を守る為なら、私はもう迷いません!! 何とだって戦います!! この命に代えても!!」

 

 セシリアはかつて両親を失った。そして、数日前には親友を失っている。其れゆえに一夏を失うかもしれない今の状況は、セシリアから躊躇いを消し去るには十分だった。傷つきながらもビシャールから溢れる力はその思いの強さを一夏に伝えるには十分だ。セシリアの覚悟を知り、一夏はセシリアを助けたい一心で思考を巡らせる。

 

「そうだ! セシリアもライブレードに乗れ!!」

 

 そして一つの考えに行きついた。確証はないが、試してみる価値はある。ほとんど賭けになるが、今の一夏これしか考えつかなかった。

 

「イチカさん?! 何を―――」

 

 一夏からの行き成りの提案に一瞬戸惑ったセシリアだが、一夏の言葉を補足する様にユミールの声が響いた。

 

『―――そうよ! セシリア、あなたもライブレードに!!』

「ユミールさん!?」

『ライブレードは二人乗り、動かすにはもう一人パイロットが必要なの!!』

 

 以前、セリカが入手した情報があるからだろう。ユミールは確信をもってセシリアにそれを告げる。

 

「私が乗ればライブレードは……なら!」

 

 そしてセシリアはあえてマーシュニクスを抱え込むと機体を固定させる。少しでもレイオードの行動を抑制し、時間を稼ぐためだ。その後、コックピットハッチを開けると機体の外に出る。一瞬、傷ついたビシャールを見てセシリアは悲痛な表情を浮かべたが、そんな場合ではないと気を取り直し、ビシャールの肩に立つとライブレードを見据える。

 

「ちっ!……そういう事か!?」

 

 完全に頭に血が上りきった今の男では、あえて剣を抱え込んだビシャールの行動の意味が分かなかったが、そのセシリアの行動で意味を悟った男は阻止行動に移ろうとする。

 

「させっか!!―――なっ!?」

 

 だが、レイオードが行動に移ろうとした時、頭部に命中した光弾がそれを阻んだ。衝撃も無いが、一瞬視界を塞がれる形となった男は苛立たし気にその方向を向いた。その目に映ったのは、倒れながらも肩のキャノンを展開したレーヴェの姿だ。ユミールから通信を受けたカインは注意を引く為、そしてセシリアに影響を与えないように出力を絞り、砲撃を叩き込んだのだ。

 

「―――効かなくても、目晦ましぐらいにはなるね?」

 

 レーヴェのコックピットでカインはふっと笑みを浮べていた。威力も無い一撃であったが、今はそれで十分だった。砲撃で巻き起こされた風にその金色の髪をたなびかせながらビシャールの肩に立った彼女はライブレードを見据えると半歩後ずさる。直立した状態のビシャールと膝を付いたライブレードではかなりの高低差があった為、セシリアは一瞬尻込みする。だが、その心情を察した一夏はコックピットから体を出して、大声で呼びかける。

 

「セシリア、大丈夫だ!! 受け止める! 信じてくれ!!」

 

 一夏のその言葉にセシリアはふっと微笑みを浮べる。その顔にはもう怯えは無く、唯決意の表情だけが見て取れた。

 

「ええ……信じていますわ。あの時から!!」

 

 

 自分に視線を向け呼びかける一夏を真っ直ぐに見据え、セシリアはライブレードに向け身を躍らせる。其れと同時に異変が起こった。

 

「これは、何が……」

「光が……」

 

 ライブレードから放たれた光がセシリアを包み込んだのだ。セシリアに向けて真っ直ぐに伸びた光に導かれるように彼女の体はすっと一夏の手の中に納まった。

 

「ふふ、ちゃんと受け止めてくれましたわね」

「ああ。怪我は無いか?」

 

 パイロットスーツ越しでも伝わってくる互いの温もりを確かめ合うように二人は抱き合い、微笑み会う。そしてレイオードに視線をやると、視線を合わすことなく言葉を交わしあう。

 

「……行くぜ!」

「ええ!」

 

 そして、互いに頷き合った二人は急ぎ、コックピットへ入る。セシリアは後方のシートへ着座。そして一夏が前方のシートに座り操作球を握った途端、一斉にコンソールに光が灯る。

 

「武器は……肩部ユニットの『ゼイフォニック・ブラドラー』……これだけか!?」

 

 機体確認を行った一夏は肩部ユニットにビーム砲らしき装備がある以外に武器がない事に焦る。だが、その時セシリアの声が響き、その考えを否定する。

 

「いえ! ありますわ!!」

「え? あっ……そうか!」

 

 そう言われ、一夏は気づいた。二人の視線の先に有るのは、レイオードの背後、先程切り落とされたゼイフォンの右腕。正確には右腕が握ったままになっているゼウレアーだ。

 

「クソが!!」

 

 一夏が声を上げたのと同時にレイオードは力任せに剣を振り払う事でビシャールから剣を引き抜いた。無造作に転がるビシャールを見て一夏達は顔を顰める。流石にあのような扱いをされてはいい気分はしない。

 

「今度は……」

 

 そして再びレイオードは剣を振り下ろす。だが、一夏はライブレードを操作し、振り下ろされた一撃を膝立ちの状態からスラスターを吹かせ、後方へ跳躍し回避する。

 

「逃げんなあ!!」

 

 それをレイオードもスラスター吹かせ追撃、重厚な機体が高速で迫るが、距離を取った一夏はそれに怯まず体勢を立て直すとレイオードに向け、ライブレードを疾走させる。

 

「あああ!!」

 

 そして、互いの機体が接触する瞬間、レイオードはその手に持つ剣で水平に切り掛かるが、ライブレードは足裏のブースターを噴射、レイオードの頭上を飛び越えて背後へと着地する。

 

「なに!?」

 

 レイオードのコックピット内で男は驚愕の声を上げる。ライブレードはそのままの勢いでレイオードの背後にあったゼウレアーを掴むと全力で機体各部のブースターを噴射し急旋回する。

 

「くうううう!!」

 

 急旋回でかかる衝撃でゼイフォンの腕はゼウレアーから外れ、転がっていく。

 

「これで!!」

 

 そして、一夏達は衝撃に顔を顰めながらもレイオードへと向き直ると、一気に疾駆する。

 

「舐めんな!!」

 

 それに気づいたレイオードも機体を旋回させるために機体各所のスラスターを吹かせるが、それよりも速くゼウレアーが振るわれ、すれ違いざまに一撃がレイオードの脇腹に入り、それによりレイオードに乗る男は渇いた声を上げる

 

「な……」

 

 振るわれた一撃で、金属同士がこすれる音が周囲に響く。慣れない操作感覚に決定打に欠ける一撃になってしまったが、それでも先ほどの様に膜に阻まれる感覚は無かった。それに気づいた二人は歓喜の声を上げる。

 

「入った!!」

「ええ! 効いています!!」

『……オリムラさんがメインパイロット、セシリアが火器管制と言った所ですね』

 

 モニター越しにライブレードを解析するユミールから情報が伝えられる。どうやら一夏がメイン、セシリアがエネルギー調整の役割を持っているようだ。

 

「セシリア、そっちは任せる! 頼むぜ!」

「ええ、お任せ下さい!!」

 

 お互いの役割を確認しあい、言葉を交わしあうと、再び旋回、そして、剣を構え直し、レイオードへと相対する。見ればレイオードも左手を前に出し、剣を後ろに引く構えを取る。そして、レイオードからは憎悪に燃える男の声が周囲に響いた。

 

「ふっ……ふははははは!! いいぜ、レニス!! あの時の決着、つけようじゃねえか!!」

「……俺はレニスじゃねえ、一夏だ!」

 

 お互いにそう叫ぶと互いに相手に向かって機体を走らせる。其れと同時にほぼ同タイミングで両機は剣を振るう。先に剣を振り抜いたのはライブレードだ。

 

「はあ!!」

 

 レイオードはその剣を振り払うと、返す刀でライブレードを切り付けるが、ライブレードは即座に後方へと跳躍し回避する。

 

「ちっ!!」

「いける!! ライブレードの方が速い! それに……」

 

 一夏は意気込みながらレイオードを見る。思い出すのは先日のテロリストとの戦闘だ。

 

「大丈夫だ、落ち着け。あいつの時より、読める!」

 

 一夏は明らかに実力が上位の相手の戦い方を見ているのだ。それに比べれば、怒りに我を忘れている今の相手は、最初の頃に比べてかなり雑な動きだった。

 

「あああ!!」

 

 叫びを上げ、剣を振り下ろす姿を見ればそれはよくわかる。今のレイオードは剣の振り方一つとっても力任せに振り回しているだけという有様だ。一夏は振り下ろされた剣をゼウレアーで反らしながら、レイオードに向け踏み込む。

 

「これで!!」

 

 そして、そのままゼウレアーを上段に構えレイオードの胸部装甲へ渾身の力を込めてたたきつける。装甲の堅牢さで耐え切ったレイオードだが、それでも装甲をへこませながら大きくよろめいた。そして、一夏はその隙を逃さず更に切りかかった。

 

「ちい!」

 

 だが、レイオードは振り下ろされたゼウレアーをマーシュニクスで受けるとそのまま互いの剣に力を込める。

 

「あああああ!!」

 

 ガチガチと金属音を立てながら、競り合いに打ち勝たんと一夏は叫び声を上げながらブースターを吹かせ、その剣に力を込める。

 

「レニス! レニス!!」

 

 一方、レイオードのコックピット内ではその男はライブレードを睨み、取り憑かれた様に名を呼び続ける。今の男は自分たちの目的を忘れ、唯、その憎悪を糧に力を振るう。

 

「お前、お前は―――!?」

『――――何をやっているのです! ライル!!』

 

 だが、突如入った通信がその行為を中断させる。通信機からは焦りと怒りの籠った女性の声が響き男……ライルを叱責する。

 

「ああ!? 見りゃわかんだろ!! レニスを―――」

『―――そこまでです。ライル』

 

 煩わしそうに女性に対し返答したライルだが、新たに響いた男の声に一瞬狼狽する。そして、それが誰かわかると、怒りを込めた声でその男を怒鳴りつける。

 

「!? てめえ……」

『今、ライブレードを破壊されるわけにはいきません。戻って来て下さい。それに、あなたも私に言いたい事があるのではありませんか?』

 

 その男の自分の心を見透かしたような言葉にライルは湧き上がる怒りを感じる。だが、それを歯を食いしばり耐えると、再び顔を上げ、力任せにゼウレアーを振り払う。そして後方へ跳躍し距離を取ると、ライルは再び剣を構え直したライブレードを見据える。そして、湧き上がってくる衝動を歯を食いしばり必死に堪える。

 

「くうううう!……く!!」

 

 そして、その思いを振り切る様に声を上げると外部に音声を発信させ、一夏に向かい叫びを上げる。

 

「今は退く……だが、てめえは俺が殺す! 覚えて置け!!」

「なっ? おいっ、待て!! ここまで好き勝手やっておいて!!」

 

 その言葉の意味を悟った一夏はライルに、レイオードに向かって叫ぶが、当然、レイオードは其れを聞く事は無かった。そして、一夏達の目の前ですうっと、掻き消える様にその巨体を消していった。

 

「なっ!?」

 

 その光景に一夏は思わず声を上げるが、セシリアは慣れないながらも出来うる限りの方法で索敵する。だが、周囲にはそれらしき反応すら見当たらない。

 

「消えた? セシリア、分かるか?」

「……機体反応、ありません。恐らくワープの様な物かと」

 

 憶測を口にするが、実態は不明のままだ。分かるのは見逃されたのか逃げたのかは分からないが、危機は去ったと言う事だろう。見ればガドランも一機残らず姿を消しており、聖霊機各機が戸惑いながら周囲を警戒する様子が見て取れる。

 

「終わった、のか?」

「はい……」

 

 ポツリとつぶやいた一夏の言葉にセシリアは力なく答える。さすがになれない事の連続だったためか、セシリアもさすがに限界の様だ。

 

「あれが、ゼ・オード」

 

 そのセシリアの様子を気に掛けながらも、一夏はレイオードのいた場所を見つめながら確認する様に呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヴェル様。これは、少々不味い事になりそうですね」

「そうですね……」

 

 ローディスから話しかけられたイヴェルはその言葉の意味を察し声を上げる。ローディス、そしてレイフォンは幾ばくか平静を取り戻しているが、その表情は暗い。ゼ・オードの想像以上の戦闘力に危機感を感じているのはもちろんだが、それ以上に彼等の懸念は各国の動きである。

 

「……取りあえず、僕の方も伝手を辿って議会の動きを探らせてみる」

「すまない、頼めるかい?」

「ああ。では、イヴェル様。ちょっと失礼します」

 

 そう言ってレイフォンはイヴェルに一礼すると退室していった。残ったイヴェルとローディスは皆の先行きを思い、その表情に影を落とすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がは!?」

「イチカさん!」

 

 格納庫へライブレードと共に帰還した一夏であったが、機体を降りた彼を迎えたのは仲間の歓声ではなく、クロビスの拳であった。

 

「クロビスさん!! 何を!?」

「いや、いいんだ。セシリア……」

 

 殴り倒された一夏に思わず駆け寄ろうとしたセシリアであったが、それは他でもない一夏によって制止させられる。その様子を見たクロビスは明らかに怒りの感情を感じさせる声色と表情で一夏に語り掛ける。

 

「その様子じゃあ、何で殴られたか、分かってるな?」

「ああ……」

「じゃあ、遠慮なく言わせてもらうぜ。あいつの言動が頭に来たのはお前だけじゃねえ、俺もそうだ。だけど、お前がやったのは、あの女王の名誉を守るための行為でも何でねえ!」

「……」

「タイロンから聞いたぜ。お前が聖霊機に乗るのを決意したのは守りたいからなんだってな?」

「ああ……」

「……なのになんだ。さっきのは? 勝手にキレて、一人で突っ込んで叩きのめされて、俺達はまだ良い。だがな、セシリアは一歩間違えれば殺されてたんだぜ! お前の自己満足の為にな!!」

「く、う……」

 

 クロビスの言葉に一夏は言葉も出ず黙り込む。少なくともレイオードの剣が後少しでも上にずれていれば、セシリアはコックピットごと真っ二つだったのだ。その事が分かっている為、一夏は反論も出来ない。

 

「クロビスさん! 私は!」

「セシリアは黙ってろ!」

「っ!?」

 

 その一夏の様子を見て反論しようとしたセシリアをクロビスは一言発しただけで黙らせる。ヨークの時もそうだったが、本当に怒った時のクロビスには有無を言わさぬ迫力がある。セシリアが引いた事を確認すると、クロビスは一夏を見据え尚も言葉を続ける。

 

「さっきのあいつはお前に異常に執着している。いや、あいつだけじゃねえ。聖霊機の性能を危惧したテロリスト達も、これからは死に物狂いで俺達を討ちに来る」

 

 クロビスの言葉を一夏は俯き黙って聞き続ける。少なくともテロリストは機体の性能差を認識している。もう彼らに初戦の様な油断や慢心を期待する事は出来ない。ゼ・オードに至っては下手をすればこちらが瞬殺される程の性能差だ。

 

「そんな中で……またあんな事する様じゃ守るどころか、お前がセシリアを、仲間の誰かを殺すぜ?」

「あ……」

 

 その言葉を聞き一夏は顔を青ざめさせる。

 

「イチカ、お前はまだ弱い。フェインみたいに自分から敵の群れに突っ込んで跳ね除けられる程、実力があるわけでもない」

「……」

「だがな、そんなのは当たり前だ。お前は、ついこの間まで普通の学生だったんだからな。お前だって、一人で何でもできると思ってるわけじゃないだろ?」

「……ああ」

 

 クロビスの言葉を聞き一夏は歯を食いしばり、顔を顰める。

 

「悔しいか、イチカ? 悔しいなら……自分の大切なものを、大切な想いを守りたいと本当に思うのなら……強くなれ。今度こそ誰にも負けない為に」

「ああ……」

 

 クロビスはその言葉を最後に黙り込む。其れと同時に一夏は顔を上げ、その場にいた皆に向き直ると頭を下げる。

 

「ゴメン。皆、迷惑をかけて……セシリアもゴメン。守るって言って、結局、危険な目に遭わせちまった」

「そんな事は! あ、頭を上げてください!」

 

 深々と頭を下げられたセシリアは焦りながら応対する。その二人の様子を見ながらクロビスは一夏に手を差し出した。

 

「……ほら」

「え?」

 

 クロビスの行動に一夏は戸惑いの表情を浮かべ、差し出された手を見詰め、次いでクロビスの顔を見る。困惑の表情を浮かべる一夏に対し、クロビスは険しかった表情を崩し、ニッっと笑い、語り掛ける。

 

「そのまま、へたりこんでたら、恰好つかねえだろ? 立て」

「……っ!」

 

 その言葉で意図を察した一夏はクロビスの手を掴む。クロビスはその手を力強く握り返すと一気に引き上げ一夏を立ち上がらせた。

 

「お前は一人じゃねえんだ。何もかも一人で背負い込む必要は無いさ」

「その通りだよ、イチカ。友達じゃないか。僕たちは」

「ええ、私も協力しますよ。困った事があったら、何でも聞いて下さい。私に出来る限りサポートしますから」

「クロビス、カイン、アーサー……」

「私も忘れないでくださいね。イチカさん」

「セシリア……」

 クロビスの一言を皮切りに自分に語りかけてくる皆の言葉が嬉しくて一夏は言葉を詰まらせた。そんな中、フェインは一夏の肩を掴み鼻息も荒く語り出した。

 

「ふっ、イチカ! 自分が弱いと思うのなら、話は簡単! 鍛錬に鍛錬を重ね、強くなればいい!! それにお前の気持ちはよくわかる! お前が行かなかったら俺が行っていただろうからな! 死者を侮辱するなど、まさに外道! 騎士として許すわけにはいかないからな!!」

「……フェイン、さっきは建前上ああ言ったが、お前も少し自重しろ」

「え!?」

 

 じとっと睨むように視線を向けるクロビスにフェインは驚愕の表情を浮かべる。そんな二人を皆は笑いながら見ていた。それは一夏も例外ではなかった。今までの硬い雰囲気が解け、ようやく緊張が解れたと言うと言う所だろう。

 

「はは……ありがとう。皆、俺―――」

 

 自分には仲間がいる。その事を改めて認識し、一夏は目を潤ませ皆を見回す。そして皆に言葉をかけようとしたその時、それを遮る叫びが響いた。

 

「一夏!!」

「マドカ?」

 

 その声の主はマドカであった。その声にそちらを振り向いた皆の視線には必死に此方に走ってくるマドカの姿が見て取れた。

 

「ははっ、行ってやれ。あいつも心配してただろうしな」

「……ああ。マドカ!」

 

 クロビスに背中を押された一夏はマドカに向かって走り出す。そして走り寄ってくるマドカを迎え入れる様に手を広げた一夏の腕にマドカは飛び込んでくる……。

 

「この……」

「……へ?」

「大馬鹿者が!!」

 

 何て事は無く。代わりにマドカより放たれた渾身の右ストレートが一夏の顔面に突き刺さった。

 

「ぶべらあ!!」

「「「「え?」」」」

 

 皆は声にならない声を上げ吹き飛ぶ一夏を見つめている。想定外の行動に、踏ん張る事さえできなかった一夏は全力で放たれたその一撃を受け、面白いほど軽々と宙を舞った。

 

「へ?」

「ちょ……」

「な!?」

「う~む。見事だ」

 

 マドカの行動に皆はそれぞれ戸惑いの声を上げるが、そんな様子を気にも留めず、マドカは即座に地を蹴ると一夏の追撃に入る。そして、吹き飛んだ先で背中を打った痛みに顔を顰めながらも起き上がろうとした一夏の顔面に再度、拳を突き入れ叩き伏せると、馬乗りになり殴り掛かった。

 

「ちょ、マド……ぐえ!……が!……な! 何を……へぶ!?」

 

 馬乗りになったマドカは一夏の返答を許さず、無言で唯ひたすら拳を振り下ろす。

 

「ぶべ!……ぐは!……お前!……ごは!……いい加減に!……へ?」

 

 苛立ちながら声を上げる一夏だが、マドカの異変に気づいた彼は声を詰まらせる。

 

「この……馬鹿……が……何度……お前は!」

「マドカ……?」

 

 見上げる一夏の視線の先でマドカは泣きながら拳を振り下ろしていた。やがてその手に力が入らなくなったのか、ようやく彼女はその手を止めた。

 

「お前が……殺されるかと、本当に心配を……うぐ、うえああ!!」

「……いや、その、ごめん」

「ごめんで済むか! ごめんで!!」

「それでも、ごめん……マドカ」

 

 自身を責めるマドカに一夏は唯謝る事しかできなかった。マドカの叫びを聞きながら、本当に自分は皆に迷惑かけてばかりだと痛感する一夏だった。

 

 

 

 

 

 

 

 マドカが落ち着きを取り戻した後、皆はローディスの待つ部屋に向かった。

 

「皆! 大丈夫か……」

 

 入室したと同時にローディスが声を上げるが、一夏の顔を見ると心配そうに声を掛けてきた。

 

「本当に大丈夫かい?」

 

 答えは簡単だ。先の一件で一夏の顔は痣だらけだったからだ。

 

「ああ……まあ、これは、何と言いますか」

「ふん……」

 

 気まずそうに視線を逸らす一夏と、目を赤くし、不機嫌そうなマドカを見るとローディスは大方の事情は察してくれたようだ。だが、ティックスはさすがにそこまで分からない様で心配そうに一夏に詰め寄ってくる。

 

「あいつにやられたの!? イチカ、大丈夫なの!?」

「ああ、大丈夫だよ。ティックス」

 

 大半は身内によるものだとは言えず、答えをはぐらかす一夏にティックスは尚も詰め寄ってくる。

 

「本当に!?」

「ああ、この通りだ」

「……二人とも、いつの間に?」

 

 一夏の返答にほっと息を漏らすティックスだが、いつの間にか仲良さげな二人をセリカは不思議そうに見つめている。

 

「ローディス、レイフォンは?」

「ああ。今は議会の動きが気になるからね。少し、伝手を当たって探りを入れてもらっているよ」

「成程……ライブレードか」

「ああ。しかし、なぜライブレードが?」

「えっと、それが……」

 

 考え込むローディスに対し、一夏はためらいがちに声を上げる。そして自身の身に起こった一連の出来事を事細かに説明していった。

 

「アルフォリナ女王が、君に共鳴結晶を?」

「はい」

「そうか……もしや」

 

 ローディスもアルフォリナの能力について知っているのか、考え込むしぐさを見せるが、やがて顔を上げると皆を見ながら語り掛ける。

 

「しかし、ライブレードが動いたのは不幸中の幸いだった」

「そうですね……ですが」

「ああ。まさか、あそこまで差があるとは……」

 

 そのローディスの一言で皆は圧倒的とも言えるレイオードの性能を思い出し、一様に沈み込む。そんな中、ユミールが力なく呟く。

 

「勝てるのでしょうか? 1機だけでもあれ程の力を持っていると言うのに、6機いっぺんに来られたら……」

「あと5機もいるのか!?」

 

 その言葉に一夏は顔を上げ、思わず叫ぶ。レイオード一機でもライブレード以外では歯が立たなかったのに、あれと同等か、もしくはそれ以上の相手がいると思うと正直ぞっとするのだ。

 

「はい。少なくとも先ほどのレイオードを初め、数機の姿と名称は確認されています。文献の解析は行っているのですが、何分損傷も酷く……」

「とにかく、今は情報が必要です。当時の資料の探索と解析を行わせましょう」

「はい」

 

 イヴェルの言葉にユミールも静かに頷く。

 

「後は、あの特殊なフィールドですね。あれを何とかしなければこちらに勝ち目はないですね」

 

 そう言ってアーサーが議題にあげたのはレイオードの機体を覆っていたバリアーだ。今のアガルティアの技術でも攻撃の威力を減少させるシステムは有るが、あれは此方の攻撃を完全に無効化していた。これを何とかしなければ戦いようがない。だが、セリカはその言葉を聞き、声を上げる。

 

「それは、私達で何とかしてみるわ。何とか解決策を見つけて見せるから」

「頼むぜ」

「任せて!」

 

 セリカは皆の声に力強く返答する。不謹慎であるが、技術者として遣り甲斐を感じているのだろう。ユミールやカインも同様の様子だ。

 

「……あの?」

「何だい?」

 

 そんな中、セシリアがおずおずと声を上げる。先の戦闘から気になっていた一件があったのだ。

 

「レイオードに乗っていた男が言っていたレニスと言う人物なんですが、確か、109年前の……」

「恐らくはそうです。レニス・エンロード博士。かつて、ウェニマス・ラティーア博士と共にライブレードを駆り、ゼ・オードの計画を阻止した人物ですわ」

 

 セシリアの疑問にエミィが答える。だが、それは明確な答えにはならなかった。セシリアが知りたかったのはレニスが誰かではなく、何故奴が一夏をレニスと呼んだのかであったからだ。

 

「だが、何故、あいつはイチカの事をレニスと呼んだのだ?」

「それも随分、感情が籠ってたよな? まるで当事者みたいだったぜ?」

 

 セシリアの心を代弁するかのようにフェインが、そしてクロビスが声を上げる。その二人の言葉に考え込む皆だったが、その時、唐突に声を上げたがイヴェルに視線が集中する。

 

「……恐らく、彼は109年前のゼ・オード本人なのでしょう」

「109年の間、生き延びていた。という事なんですか?」

「いいえ、違います。やってきたのでしょう。この時代へ……」

「タイムスリップという事ですか?」

「そういやあ、フォルゼンの話でゼ・オードの痕跡が何も残ってなかったって言ってたっけ」

「時間移動したからって事か? だが、そんな事が可能なのか?」

 

 皆は信じられないと言った声を上げるが、イヴェルは根拠もない事を言う人物でも嘘を言う様な人でもない。皆は既にイヴェルの言が真実であるとの前提で話をしている。だが、一夏はその輪に入ることなく一人考え込む。以前、マドカより聞いた話を思いだし、思い当たる事があったのだ。

 

「レニス・エンロード博士か……」

「……何か心当たりあるのかい?」

「え? いや! なんでもないんです。なんでも……」

 

 考え込んでいる一夏に気づいたローディスは一夏に問いかけるが、確証もない事を他人に言えないとローディスの問いかけに焦り、誤魔化そうとする。そんな一夏達の様子を見ながらイヴェルは誰に話すでもなく、真剣な面持ちで呟いた。

 

「いずれにせよ。ゼ・オードは現れ、ライブレードは目覚めた。すべては動き出していたのですね、29年前から……」

「イヴェル様?」

 

 表情を曇らせるイヴェルの様子が気になったユミールはイヴェルに声を掛けようとしたが、それをセリカの声が遮った。

 

「ユミール。取りあえず、ライブレードの調査をしたいから格納庫まで行きましょう。皆もいいかな?」

「え? ええ。分ったわ」

「そうだな。考えていても仕方ねえ」

「今は出来る事をしないとね」

 

 セリカの声に皆は話を打ち切り、ローディス達に一礼すると応接室を出て、再び格納庫へと向かって行く。少なくとも先ほどまでの暗い雰囲気は無く、皆はより一層の闘志を滾らせているようだ。その様子をユミールは頼もしく思いながら見つめ、それに続き部屋を出ようとする。だが、先程のイヴェルの様子が気になり、踏みとどまり、イヴェルに視線を送る。

 

「如何しましたか? ユミール」

「……いえ、何でもありません。行って参ります」

 

 しかし、自分の感じている感情が何なのか変わらず、何処か釈然としないものの、その場を後にするユミールだった。

 

 

 

 

 数十分後、格納庫にて皆はライブレードの足元に集まり、解析結果の映るボードを見ている。

 

「取りあえず、一通りの組み合わせは試しましたけど……」

「う~ん。何でだろう?」

「不思議ですわね」

 

 セリカがまず行ったのは皆にライブレードに搭乗してもらって起動データを収集することだった。一通りのデータ収集が終わり、今は解析結果を皆に確認してもらっているのだが、その表情は一様に困惑気味だ。

 

「ふう……」

「おう、戻って来たか」

 

 そんな皆の傍らで、昇降機を使いライブレードのコックピットから降りてきた一夏とマドカをクロビスが迎えていた。当然の事ではあるが、一夏以外にもライブレードを動かせないかと様々な組み合わせでライブレードに搭乗してみたが、結局、一夏にしかライブレードは反応しなかった。そして、それ以外にも分った事が二つあった。それが余りにも奇妙な事の為、皆は頭を捻っているのだ。

 

「……いったいどういう事なんだ?」

「取りあえず、分ったのはイチカと女性パイロットの組み合わせでしか動かせないという事と……」

 

 まず、一つは起動数値の高さに違いはあるが、一夏をメインパイロットに据え、女性パイロットをサブ・パイロットに据えなければ動かないと言う事。

 

「そして、何故か、イチカとマドカの組み合わせでは動かないって事ね」

 

 言いながらセリカは一夏の隣に立つマドカに視線を向ける。なぜかは分からないが、マドカと一夏の組み合わせでは稼働状態にまで持っていけないのだ。

 

「……」

 

 その事が気に入らないのか、マドカは険しい表情でライブレードを睨んでいる。その様子を見ながらクロビスはマドカに話しかけた。

 

「う~ん。一夏と女の組み合わせで動くって事は……マドカ、お前ひょっとして、おと―――げふ!」

「私は女だ!!」

 

 クロビスは思いついた事を口にするが、当のマドカは何を言おうとしているのか分かったのか、クロビスが言いきる前に腹部に拳を叩き込んでいた。

 

「クロビス。いくらなんでもそれは失礼ですよ、それは」

「痛てて、冗談だよ。和ませようとしただけだって……」

「兎に角、ライブレードの稼働数値の高い順に言えば、セシリア、私、シャルって所ね……」

「調べるはずが、謎が増えちまったな」

 

 その言葉に皆はライブレードを見上げるが、当然答えが返ってくるはずは無くライブレードは黙って虚空を見続けている。皆が機体を見上げる中セリカはボードにデータを打ち込み続け、一通りの操作が終わったようで、皆に語り掛ける。

 

「じゃあ、これから内部の調査に入るから、皆はもう休んで。後は私達の仕事だから」

「わかった。後は頼むぜ?」

 

 皆は口々にセリカに声を掛けると格納庫を後にする。皆に激励されながらセリカは満面の笑みを浮べ、ライブレードを見て声を上げる。

 

「任せて!! うふふふふふふ。あの時はデータだけだったけど、今度は違うわ! 実物が目の前にある! 隅から隅まで調べて見せるわ!!」

「……頼むから、やり過ぎないようにな?」

 

 いい笑顔でライブレードを仰ぎ見るセリカに一夏は、引き攣りながら声を掛けた。今のセリカの様子ではライブレードをバラバラにしかねない。そんな不安を一夏は感じていた。

 

「さてと、俺達は……マドカ? どうしたんだ? そんな目でこいつを見て?」

「……いや」

 

 セリカに一言釘を刺した一夏は、次いでマドカに声を掛けたのだが、彼の視線の先でまるで仇を見る様な目でライブレードを見るマドカに釣られ、一夏も機体に視線を送ると再びマドカに視線を戻し、語り掛ける。

 

「動かせなかったからって、気にすることは無いって―――」

「―――いや、そうではない。何でもないんだ」

「そうか? じゃあ、行こうぜ。これからの事をユミールに聞かないと」

「ああ……」

 

 今のマドカは余程気になるのか、一夏の言葉も上の空と言った様子だ。

 

「そう言えば、イチカさんはどちらに泊まるんですの?」

「ああ、その事でユミールから話があるって……あれ? そういえば、ユミールは何処に?」

「ユミールさんなら、イチカさん達がライブレードに乗り込んだ後に―――」

 

 歩き出した一夏を待っていた様で、セシリアが寄り添い話しかける。そんな二人の会話を背後に聞きながらマドカは尚もライブレードを見つめる。

 

(なんだ? こいつを見ていると湧き上がってくる不快感は? いや、違う。これは……憎悪だ)

 

 マドカが険しい表情を浮かべている原因は其れだった。ライブレードに搭乗した瞬間から湧き上がって来た強烈な不快感、それが彼女の表情の原因だった。さっきまでは漠然としていて分からなかったが、今ならば分かる。自分はライブレードに憎しみを抱いているのだと。ライブレードを初めて見たにも関わらずにだ。それが彼女を困惑させる。

 

(……一体、どういう事だ?)

 

 感情などというレベルではなく、魂がライブレードを拒絶している。そんな感覚さえ彼女に抱かせていた。見た事のない存在に、抱くはずのない感情を持っている事にマドカが戸惑っている最中、話が終わったのか大声で自分を呼ぶ一夏の声が響く。

 

「お~い、マドカ! 何やってんだ~! ユミールを探しに行こうぜ!!」

 

 その声に振り向き、自身に向かって手を振るう一夏の姿を確認するとマドカはその感情を振り払うように頭を振るう。そして一夏の元に駆けて行こうとするが、その前に再度ライブレードを見ると一言呟く。

 

「……気のせいだ、そうに決まっている。すまない! 今、行く!」

 

 

 

 

 

 慌てて駆け出したマドカは一夏に追いついた。セシリアとはもう別れていた様でもうその場には姿が無かった。

 

「すまない。待たせたな」

「ああ、行こうか……あれ?」

 

 だが、突如、一夏は視線を逸らせた。そんな一夏の視線の先にあるのは一機の聖霊機だ。細身の灰色の機体で傍らには機体の武装であろう槍が掛けられている。

 

「……あれも聖霊機か?」

「パイロットのいない聖霊機かな? それに、あれはシィウチェンだったか?」

 

 だが、正確に言えば一夏が見ているのはその機体では無く、機体の前に立つシィウチェンだ。整備中なのか、真剣に機体データの映っている手持ち式のディスプレイを見詰めている。思う所がある一夏はその聖霊機の下へと足を進める。

 

「どこへ行くのだ?」

「あ、いや、シィウチェンさんにさっきの事を謝っていなかったからさ……」

 

 戦闘後、シィウチェンはすぐにあの場から去ってしまったのだ。ライブレードの調査の際も終了した後、即座に居なくなってしまっていた。恐らくこの機体の元に来ていたのだろうと一夏は結論づける。そして彼がシィウチェンの下に行こうとしたその時、一夏を呼び止める声が響いた。

 

「ちょっと待った!!」

「へ?」

 

 思わぬ声に振り向いた一夏の元に走り寄って来たのはリーボーフェンの女性整備員だ。

 

「今の彼に近づかない方が……」

「なぜだ?」

「あの聖霊機、アハティっていうんだけどさ」

 

 整備員の説明によると、あの聖霊機の名前はアハティ。元はシィウチェンの恋人が乗っていた機体であったのだが、その女性は二年前の演習で行方不明になったのだそうだ。それ以降、あの機体の整備はシィウチェンが一貫して行っており、今の様な機体整備中は誰も近づけない程なのだそうだ。以前それを知らずに近づいた彼女は大変な目にあったそうだ。

 

「あの時は危うく落とされ―――」

「何の用だ?」

 

 整備員が言葉を続けようとしたその時シィウチェンの声が響いた。見ればすぐそこまで歩いて来ていた。

 

「あ、じゃ、じゃあ。あたしはこれで!」

 

 余程その時の事が怖かったのか、整備員は逃げる様にこちらを後にする。その様子を険しい顔で眺めていたシィウチェンに対し、一夏は恐る恐る声を掛ける。

 

「あの……」

「なんだ?」

「さっきの戦闘ではすいませんでした。俺……」

「……少なくともあの場で取るべき行動では無い」

「はい……」

 

 シィウチェンの指摘に一夏は項垂れる。自覚しているだけに彼の厳しい口調も相まって、正直応えるのだ。

 

「―――だが」

「え?」

 

 しかし、突如として彼の声に悲哀が籠り、一夏は思わず顔を上げる。その目に移ったシィウチェンは、何処か愁いを帯びた顔でアハティを見上げている。

 

「誰かを守ろうとする事、その為に行動を起こせる事。その二つに関してならば、少しは評価できる。あの時の俺には無理だったからな……」

「……シィウチェンさん?」

「後はクロビスの言った通りだ。本当にお前がすまないと思っているのなら、言葉ではなく態度で示せ……話し過ぎたな。もう行け。私もアハティの整備に戻る」

「はい」

 

 その言葉を最後にシィウチェンはアハティの元へと戻って行った。それを見送り一夏達も去ろうと振り向いたその時、ユミールの声がその場に響いた。

 

「オリムラさん!」

 

 見ればユミールがシャルロットを伴いこちらに向かってきている。

 

「ユミール、それにシャルロットも?」

 

 マドカが確認する様に呟く最中、一夏はユミールに声を掛ける。ライブレードの調査後、話があると聞いていたのにユミールの姿が見当たらなかった為、一夏は探しに行こうとしていたのだが、如何やら戻って来ていたようだ。

 

「すみません、ちょっと連絡があって……」

「いや、いいよ。それで俺達はこれから?」

「はい、お二人の宿泊先なんですけど……」

 

 話の内容はもちろん一夏とマドカの宿泊先だ。だが、何か言い難い事なのか、ユミールは口籠る。

 

「その、さっきの襲撃で幾つかの施設が破壊されてしまったんですけど、その中にオリムラさん達の泊まって頂く施設も入っていて……」

「え?」

「その影響で他の施設もいっぱいで、宿泊施設にも空きが無い状態なんです」

「成程、それで俺達はどうすれば?」

 

 本当に申し訳なさそうに視線を伏せるユミールだったが、一夏達の言葉に顔を上げると恐る恐ると言った風に問いかけてくる。

 

 

「そこで何ですが、兄さんの家に泊まってはと言う事になったんですけど……よろしいでしょうか?」

「いや、俺達は良いんだけど……そっちは良いのか?」

「ええ。部屋に空きは有りますし、問題はないとの事です」

「そうか。じゃあ、お世話になるよ」

「よかった……」

 

 一夏の返答にユミールはほっとした様な表情を見せる。ユミールの所為ではないのだからそこまで気にする事は無いのに本当に難儀な性格である。そして、傍らに立つシャルロットに声を掛けた。

 

「じゃあ、シャル。案内をよろしくね」

「うん。任せて」

「……ユミールの兄はフォルゼン。そしてシャルロットはフォルゼンが引き取った。と言う事はシャルロットの家でもあると言う事か?」

 

 シャルロットに問いかけるマドカに彼女は笑顔で答えた。

 

「そういう事、それに姉さんも一緒に住んでるから、これからは家族って事かな?」

「ふふ、そうね。じゃあ、シャル、私は今日、ゼ・オードのフィールド対策でこちらに詰める事になりそうだから、夕食はいらないって伝えて置いてもらえないかしら?」

「……はぁ、言ったそばからこれだよ。まぁ、しょうがないか。うん、分った。でも無理はしないでね?」

 

 ユミールが序に言ったその言葉にシャルロットは溜息を付きながら答える。だがフィールド対策が急務であり、その為にはユミールの知識が必要不可欠である事も分かっているし、自分がどうこう言える事でもない為、渋々納得する。

 

「ええ、分かってるわ。後で必要な荷物だけは取りに行くから。それじゃあ……」

 

 シャルロットに後を任せ、ユミールはその場を去って行く。彼女を見送るとシャルロットは一夏達の方へ向き直る。

 

「じゃあ、イチカ、それにマドカも付いて来て。あっ、荷物はどうするの?」

「あ、そうだ。更衣室にあるんだった。ちょっと取りに行ってくる」

 

 そう言うと一夏は更衣室へ向かって走って行った。その場で待っていた二人ではあったが一夏はすぐに戻って来た。荷物らしい荷物はほとんどないのだから時間はかからなかったのだろう。一夏が持っているのは二人の数日分の着替えの入ったバックとマドカの釣竿位だ。

 

「それじゃあ、行こうか。パルディアさん達も待ってるだろうから」

「ああ」

 

 二人はシャルロットに促され、歩き出した。暫く黙って歩いていた三人だったが、ふと、一夏がシャルロットに声を掛ける。

 

「そういえば、パルディアって人は、フォルゼンの?」

「うん。フォルゼンさんの奥さん。後は二人の娘で妹のメルヴィが居るから、仲良くしてあげてね?」

「ああ」

 

 その言葉を最後に再び沈黙が続くが、再び一夏が口を開く。 

 

「……なあ、シャルロット」

「ん? 何?」

「さっきの戦闘での事なんだけど……ゴメン、迷惑かけて」

 

 その一夏の言葉にシャルロットは振り返ることなく答える。

 

「……私からは、特に言う事は無いよ」

「だけどさ―――!?」

 

 尚も言いすがる一夏だが、それは即座に身を翻したシャルロットが突き出した拳に遮られる。鼻先に当たるギリギリのところで止められた手の甲を一夏は目を見開き見つめ、その一夏の様子をシャルロットは鋭い目つきで見据え、口を開いた。

 

「怒っていいなら、一発いくよ? キツイの」

「……」

 

 そのシャルロットの言葉を一夏は黙って受け止める。平静を装っていたが内心腹に据えかねていたのだろう。だが、それも当然の事だ。一夏を助ける為に駆け出したカインも一歩間違えれば危ないところだったのだから、彼女の怒りも理解できる。シャルロットは拳をおろし、表情を緩めるも尚も一夏を正面から見据え語り続ける。

 

「君が嫌な奴じゃない事は、少し話しただけでわかるし、姉さんの話からも分かるよ。だけど戦闘の事に関しては別。今の君では背中を押してあげる事は出来ても、背中を任せる事は出来ないよ」

「……」

「言いたいことはクロビスさんが言ってくれたから、もう謝罪はいらないよ」

「……ああ」

「これ以上は言い過ぎになっちゃうし、この話はもう終わり。それに、彼女も機嫌が悪くなるしね?」

「……」

 

 その言葉と共にマドカの方を見たシャルロットに釣られ視線をやった一夏が見たのは険しい表情でシャルロットを睨むマドカである。彼女の言う事は尤もである為、手を出す事も口を挟む事もしなかったマドカであったが、矢張り、いい気分はしない様で、黙ってシャルロットを睨んでいる。その後一夏は不機嫌な様子のマドカをなだめつつ、歩を進めていった。

 

 

 

 その後、格納庫エリアからバスに乗り、聖地の関係者の住宅が集まっている居住区で下車した三人はシャルロットに案内され二階建ての住宅に辿り着いた。

 

「ただいま!!」

 

 そして、玄関を開け入って行くシャルロットに一夏達も続いていく。

 

「お邪魔します」

「同じく……」

 

 

 元気よく声を上げるシャルロットとは対照的に一夏達は遠慮がちだ。そんな三人の声を聞きつけたのか、奥の方からパタパタと足音が聞こえ、それと共に一人の女性が姿を現した。

 

「あらあら。お帰りなさい、シャル。それに……こちらが?」

 

 一夏達を招き入れたこの女性はパルディア・テオラ・クラシオ。フォルゼンの妻でありシャルロットの義母である。腰まで伸びたウエーブした金色の髪と口元のほくろが特徴的だ。

 

「あ、はい。お邪魔します。イチカ・オリムラです。で、こっちがマドカです」

「邪魔をする」

「ふふ。さあ、どうぞ」

 

 二人の自己紹介を聞いた後、パルディアは一夏達を招き入れる。三人を居間まで案内した後、当然ながら一夏はパルディアに顔のあざの心配をされた。そんな中、マドカへ視線を向けたパルディアはマドカの服装を見ると、シャルロットへ問いかける。

 

「ところで、シャル。マドカちゃんの服、ひょっとして、ユミールが?」

 

 パルディアの問いかけにシャルロットは苦笑いを浮かべながら答えるとマドカを見る

 

「ひょっとしなくても、姉さんだよ……」

「……どうしたんだ? 何か問題があるのか?」

 

 行き成り自身の話題を出され、マドカは表情にこそ出さないが、困惑気味に声を上げる。その様子を見ながらパルディアは微笑みながらマドカに対し声を掛ける。

 

「マドカちゃん―――」

「お母さん? お姉ちゃん達帰ってきたの?」

「あ、メルヴィ、ただいま」

 

 だが、其れを遮る様に扉を開く音と共に幼い少女の声が聞こえた。見れば一夏達が入って来た扉とは別の扉から一人の少女が姿を現している。彼女はメルヴィ・クラシオ。12歳になるフォルゼンの娘であり、シャルロットの義妹である。ぱっちりとした青い目に金色の髪を肩辺りまで伸ばした少女で、その少女はシャルロットの姿を確認すると笑顔を浮かべる。

 

「あ! お帰りなさい、シャルお姉ちゃん! お姉ちゃんは……誰?」

 

 シャルロットにユミールの事を聞こうとしたのだろう。だが、その目に一夏達の姿をとらえると、一転して困惑の表情を浮かべる。どうやら恥ずかしがっているようだ。すぐにパルディアの影に隠れ一夏達の様子を伺っている。

 

「あ、この子が?」

「もう、メルヴィったら。ごめんなさいね、イチカ君。この子、恥ずかしがってるみたいで」

「うぅ~。お母さ~ん」

 

 押し出す様に自身を前に出す母親にメルヴィは可愛く抗議の声を上げている。

 

「はは、別に気にしてませんよ。メルヴィだっけ? よろしくな」

「う、うん」

「あっ、姉さんは今日、研究棟の方に泊まるから夕食はいらないって。後で荷物だけ―――」

「―――ただいま」

 

 シャルロットが言われた事を伝えようとした時、玄関からユミールの声が聞こえた。どうやら、ユミールも帰ってきたようだ。そう間をおかずに居間のドアが開きユミールが姿を現した。

 

「あら、ちょうどいい時に……お帰りなさい」

「お帰りなさい、お姉ちゃん!」

 

 現れたユミールにパルディア、そしてメルヴィが声を掛ける。

 

「ユミール、今日も泊りになるんだって?」

「ええ。すぐに戻らなければいけないから、オリムラさんとマドカさんの事、よろしくね」

「……ユミール」

「え?」

「イチカ君の呼び方……相変らずなのね。これからは此処で一緒に暮らすのよ。礼儀正しいのは良い事だけど、度が過ぎれば壁を作っちゃうわ」

「でも……」

 

 ユミール話し方にパルディアが窘める様に声を掛ける。気になったのは一夏への話し方だろう。語り掛けるパルディアにユミールは困惑気味だった。

 

「俺は別に構わないんだけど……っていうか、その方がいい」

「え?」

「やっぱり、俺だけ他人行儀に話されるのもな……」

「あ……」

「それに、今まで一緒にやって来たんだ。気にする事でもないだろう?」

「ほら、イチカ君もマドカちゃんもこう言ってくれてるわ」

「う、ん。分りまし……じゃなくて、分ったわ。イチカ」

 

 一夏達に促されユミールの話し方は気軽な様子に代わって行った。その変化に一夏は何処か嬉しそうに声を返す。

 

「ああ、これからもよろしくな」

「はい、宜しい。ふふ」

 

 まだまだ、戸惑っている様子は見られるが、ようやく口調を崩したユミールにパルディアは満足そうに笑顔を向けている。マドカもその様子を見ていたが、傍らのシャルロットの様子が何処か可笑しい事に気づき声を掛けた。

 

「どうしたのだ。シャルロット?」

「え? ううん。なんでもないよ」

 

 だが、彼女は頭を振るうとすぐに表情を戻した。釈然としないマドカだが、再びユミール達に視線を戻すと話はこれからの事に移っている。

 

「そう言えば……ユミールはすぐに出るの?」

「ええ。仕事があるから、荷物を纏めたらすぐに行くわ」

「……お姉ちゃん、行っちゃうの?」

 

 ユミール達の話を聞いていたメルヴィは寂しそうに声を掛ける。そんなメルヴィにシャルロットは諭す様に優しく声を掛けた。

 

「メルヴィ、姉さんは大丈夫だから。ね?」

「……うん。行ってらっしゃい」

「ええ。行ってくるわ」

 

 そんなメルヴィにユミールは笑顔で答えると二階の自室へ向かって行った。どうやら、迎えを待たせている様で、ユミールはいそいそと二階から降りてきた。そのユミールを玄関まで見送り、送り出した後、皆を見回しパルディアが声を掛ける。

 

「それじゃあ、食事にしましょうか。もう用意は終わっているわ」

 

 そのパルディアの言葉で居間に戻った皆はそれぞれ席に着いた。少々緊張の面持ちで席に着いた一夏とマドカであったが、夕食は終始和やかなムードで進んでいった。

 

 

 

 

 食後、居間で出されたお茶を飲みながら一夏は苦しくなった腹を摩る。久しぶりに落ち着いた食卓であり、また、まさに一家団欒といった雰囲気に流され、一夏はつい食べ過ぎてしまっていた。

 

「ふう。ちょっと、食べすぎたな」

「ふふふ。さすがに男の子ね。作り甲斐があるわ」

「……ねえ、シャルお姉ちゃん。お姉ちゃん大丈夫かな?」

「大丈夫だよ、メルヴィ。姉さんにはしっかり言って置いたから!」

 

 そんな中、メルヴィはシャルロットに問いかける。メルヴィを安心させるようにシャルロットは声を上げるが、優しい少女なのだろう。食事の最中もユミールを心配しているのか、どこか浮かない様子であった。

 

「やっぱり、心配だよな。自分の知らない所で無茶してないか」

「うん……」

 

 ユミールの心配をするメルヴィに共感を覚える一夏は優しく声を掛ける。

 

「今度は、皆そろって食事できるといいな」

「うん!」

 

 メルヴィは一夏の言葉に元気な返事を返す。メルヴィからは先ほどまでの遠慮がちな様子は見られなかった。一夏が本心から自分の思いを汲んでいるのが分かり、打ち解けられた様だ。そんな二人のやり取りを微笑ましそうに横目で見ながらパルディアはシャルロットに対し問いかける。

 

「そう言えば、シャル。まだ、リーボーフェンはここにいるのよね?」

「うん。リーボーフェンのドック入りもまだだし、何かない限りはしばらく滞在すると思うよ」

 

 シャルロットの返答を聞きながら、何か考える様に頷くとパルディアはマドカに対し話しかける。

 

「マドカちゃん。明日は私と一緒にお洋服を買いに行きましょう。ね?」

「いや、私は別にこれで不自由はしていない。まだ何着も替えはあるし問題は―――」

「駄目よ! 駄目! マドカちゃんは女の子なんだから、お洒落しないと! ね?」

「いや……別に」

 

 マドカ自身、服装にこだわりは無く、また困っているわけでもないので何とか断ろうとしたものの、笑顔でありながら真っ直ぐに自分を見るパルディアの視線に負け、喉まで出掛った言葉を飲み込む。

 

「……分った。お願いする」

 

 そんなやり取りが交わされ和やかに会話が進み暫くすると。

 

「―――あれ? メルヴィ、眠いのか?」

「ううん。大丈夫……ふあ」

 

 メルヴィは眠いのか、うつらうつらと舟をこいでいる。如何やら大分夜も更けてきたようだ。

 

「あら、もう眠い?」

 

 パルディアは時計で時間を確認する。遅いと言う程の時間ではないが、年齢から考えればしょうがないだろう。

 

「ううん。大丈夫、だから……」

 

 もう少し起きていたいのだろう。だが、口ではそういうものの、メルヴィはこのまま横になったらそのまま寝てしまいそうな雰囲気だった。パルディアはそんなメルヴィを窘める。

 

「無理は駄目よ。さあ、お風呂に入って、もう休みましょう。皆にお休みを言って」

「うん、シャルお姉ちゃん。マドカお姉ちゃん、お兄ちゃん。おやすみ」

「お休み。メルヴィ」

「ああ、お休み」

「ああ」

 

 そして、パルディアに手を引かれメルヴィは出て行き、居間には三人が残された。一夏は手に持ったカップのお茶を一口飲むと口を開く。

 

「……いいよな。家族って」

「そうだな」

「うん……」

 

 一夏の言葉に続くように、二人もその視線に何処か羨望の色を滲ませながら呟いていた。

 

 

 

 

「じゃあ、私の部屋はそこだから。何かあったら呼んで」

 

 メルヴィの就寝後、入浴を済ませラフな服装に着替えた一夏達は二階のそれぞれ部屋に案内された。この家は部屋数がかなり多く、フォルゼン達の夫婦の寝室に加え、一夏達がそれぞれ一部屋ずつもらっても、まだ余裕があるようだ。一夏も案内された部屋の前でシャルロットと話している最中であった。

 

「ああ、悪いな。シャルロット」

「ふふ、いいよ。それじゃ、お休み」

 

 一言そう言うとお互いに部屋へと入って行った。

 

「ふう……」

 

 さすがに疲れもあり一夏は部屋の中を確認するとすぐさま明かりを消し、ベッドに横になる。そうして目をつぶり眠りに落ちかけた一夏であったが、不意に響いた扉を叩く音がその眠りを妨げた。

 

「!? はい―――」

「―――私だ一夏」

 

 扉の向こうから聞こえてくるのはマドカの声だ。一夏は部屋の明かりをつけ、乱れていた衣服を軽く整えるとマドカに入ってくるように促した。

 

「いいぞ、入って」

「……邪魔をする」

 

 入って来たマドカもパジャマに着替えており、なぜか枕を小脇に抱えている。何か言い難い事があるのか、もじもじしながら言いよどんでいる。

 

「如何した。こんな時間に?」

「その、えっと……」

 

 しばらく恥ずかしそうに俯いて躊躇う様な素振りを見せていたマドカであったが、意を決した様に顔を上げると口を開いた。

 

「ここで、一緒に寝ていいか?」

「……へ?」

 

 マドカの口から出た言葉に思わずマヌケな声を上げてしまう一夏だった。聞き返そうとした一夏の言葉を遮る様に、マドカは矢継ぎ早に話し出す。

 

「あ……いや! 寂しいとか、そんなんじゃないぞ! 唯、その、不安なんだ。一人でいるのが……ずっと、それが普通だったのに、可笑しいよな」

「変じゃないさ。ほら……」

「……あ、ああ」

 

 そんなマドカ様子を微笑ましく思いながらも一夏はベッドに座り、隣に座る様に布団を叩く。その様子を見るとマドカはおずおずと一夏の隣に座った。何だかんだ言って一夏は家族には甘い。変わらなければと思っても、急に変える事の方が難しいだろう。

 

「明かり、消すぞ」

「ああ」

 

 そしてマドカがベッドに入ったのを見ると、一夏は部屋の明かりを消すと彼女に続いてベッドへと入る。

 

「……」

「……」

 

 ベッドに横になったものの、お互い慣れない状況の為、気まずく、喋る事なく時間だけが経過していく。一度ゼイフォンの中で一緒に寝てしまった事があるが、あの時とは状況が違い過ぎる。やがて落ち着いた一夏がポツリと呟くように口を開いた。

 

「なあ、マドカ」

「なんだ?」

「あいつが言ってたレニスってさ、もしかして……」

「……もしかしなくても、そうなんだろうな」

「ほんとに、何やってんだよ。俺達のご先祖様は……」

 

 自分たちの先祖は優秀な科学者だったとマドカに聞いている。そして、ライブレードのかつての操者でもありゼ・オードの恐怖を防いだとされるレニス・エンロードは科学者。合致する部分が多すぎるのだ。自分の祖父か曽祖父か知らないが、その所為で一夏自身は命を狙われる羽目になっているのだ。悪態の一つも付きたくなって当然だ。

 

「また、考える事が増えてしまったな……」

「ああ。元の世界に戻ったら、取りあえず千冬姉を問い詰めないとな。お前の事を認めさせないといけないし」

「元の世界か……」

 

 そう語る一夏の隣でマドカは沈んだ声を上げる。

 

「ああ、流石に避けて通れる事じゃないから。お前をあっちで一人にするわけにはいかないからな」

「……一夏」

「正直、俺に出来る事なんて、たかが知れてるけどな……ふあ」

 

 元の世界では一夏はパイロットですらない、ただの中学生だ。その事を自覚し、力なく声を上げるが、疲労感からくる睡魔に思わず欠伸をする。

 

「一夏……お前の気持ちは嬉しいが、もう休め。さすがに今日の一件は応えただろうからな」

「……ああ、特にお前のパンチは効いたぜ?」

「お前な……」

「セシリアにも迷惑掛けちまったし、ちゃんと、謝らないと……」

 

 余程疲れていたのだろう。話しながら一夏は眠りに落ちて行った。マドカは確認する様に一夏に話しかける。

 

「……寝たのか、一夏?」

「すう」

 

 そのマドカの声に答える事は無く穏やかな寝息がマドカの耳に届いた。それを聞きながらマドカは誰に言う事も無く呟く。

 

「一夏、私は、もう今までのような生活には戻れない」

 

 先のレイオードの一件でマドカは自覚してしまった。今まで耐えられた事が、今はもう耐えられない。一人になる。元の世界に戻る。そう思っただけで彼女は背筋が凍る思いだった。あの世界に帰ると言う事は、あの冷たい組織に戻るという事なのだ。

 

「……っ」

 

 その事を思い、身震いしたマドカは一夏の体に自身の身を寄せる。するとすぐに一夏の体温がマドカに伝わる。

 

「暖かいな……」

 

 たった、それだけで体の震えが止まる。たった数日で今の状況に馴染んでしまった自分がいる。この温かさを知ってしまっては、もう以前の自分には戻れない。いっそ、この異常事態がずっと続けばいい。彼女はそう思ってさえいるのだ。

 

「一夏、私は弱くなってしまったのだろうか?」

 

 その呟きは誰にも聞かれることなく部屋に響いていた。寄り添う一夏の温かさを感じながら、マドカも眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 

「げふ!?」

 

 その数時間後、一夏は腹部に感じた衝撃で目を覚ます。そして、その原因を睨むと溜息を付きながら呟いた。

 

「……こいつ、結構、寝相悪いな」

 

 腹部に走る痛みを和らげるように腹を摩りながら、振り下ろされたマドカの足を自分の上から退けながら一夏は呟いていた。

 




 聖地に関する認識ですが、調べてみたもののよくわからなかったので、研究棟などの施設に加え、開発、整備施設、学術施設、政務関連施設、関係者の居住施設にその人達を対象とした商業施設等が集まっていると言う事にしました。

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