聖霊機IS   作:トベ

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 何とか出来ました。人を説得する描写、人が決意する場面等、本当に難しいですね。


七話(後)

「フェ~イ~ン……何やっているの! あなたは!!」

「ううう、皆が戦っているのに俺だけ何もしないなど……」

「あ、あの?」

 

格納庫に着いて早々、フェインにセリカから雷が落ちた。言い訳無用な状況にフェインは先ほどの勢いはすっかり萎え縮こまっている。だが、そんな時、一人の整備員が声を掛けてきた。セリカの勢いを見て非常に声を掛け辛そうな様子だ。

 

「フェイン、ちょっと待ってなさい。何?」

「すみません。デュッセルドフのデータなんですが」

 

セリカは一旦、フェインへのお説教を打ち切り、その整備員の方へ向くと整備員が差し出したタブレットPCを受け取り、一通りそれを眺めると大きくため息をつく。

 

「はぁ……しょうがないか。フェイン」

「は!」

 

 項垂れていたフェインはそのセリカの言葉に思わず背筋を正す。

 

「如何やら、デュッセルドフはあなたに高い反応を示している様よ」

 

 そう言いながらセリカはフェインへ手に持ったパネルを差し出す。そこに映っているのはデュッセルドフの整備データだった。それとセリカの顔を交互に見ながら、フェインは恐る恐ると言った様子でセリカに問いかける。

 

「へ……で、では?」

「騎士団への対応は私が何とかするし、兄さんにも頼んでみるわ。あなたが、本気であの子に乗るつもりならね」

「ほ、本当ですか! やったー!!」

 

 セリカの話を聞いてフェインは目を輝かせると両手を天に向かって振り上げ、全身を使って喜びを表現する。

 

 

「ただし!! これからはあんな無茶な事は控える事! いいわね!!」

「はい! 分かりました! 姫様の聖霊機の力、存分に示して見せます!!」

「……はぁ」

 

 分かっているのかいないのか、能天気に答えるフェインに溜息を付くセリカ。余程嬉しいのか、フェインは話半分にデュッセルドフに駆け寄ると、これから自身が任される機体の足に頬ずりをしている。その様子に大きく溜息を付くと、セリカは他の機体の様子を見にその場を離れていった。

 

 

 

 

 

「イチカさん!!」

「ああ、大丈夫か? セシリア」

「私よりもイチカさんは!?」

「大丈夫だって、ほら」

 

 場所は変わって、ここはゼイフォンの前だ。昇降機から降りてきた一夏に駆け寄ってきたセシリアは不安気に声を掛けるが、一夏は心配させまいと元気な様子を見せる。その一夏を見て、セシリアは心底ほっとした様子だった。

 

「なっ? ん? あれは……」

「え?」

 

 そんな中、何かに気付き、視線を逸らす一夏に釣られセシリアもその視線の先を見る。その先では微笑みながらカインに語り掛けるシャルロットとそれに答えるカインが見える。その二人の様子を見ながら一夏はセシリアに話しかける。

 

「あのシャルロットって子? カインの彼女か?」

「まぁ、出撃前の様子では、まだの様ですが。シャルロット・ジニア・クラシオさん、私達と同じ召喚された地球人ですわ」

「さっきも聞いたけど、クラシオって……?」

「あの子は、家庭の事情もあって……此方に来た時に兄さんが引き取ったんです。今は兄さんの家で暮らしています」

 

 その時ユミールの声が響きその方向を向く二人。見ればユミールとマドカがやって来ていた。

 

「まあ、最初の頃は仲悪かったんだけどね。あの二人……」

 

 そして新たな声に皆の視線が集中する。そこにいたのはセリカだ。

 

「セリカさん? どうしたんですか?」

「ビシャールの様子を見に来たんだけど、何か面白そうな話してるし~」

 

 セリカの話を聞き改めて二人見る一夏だが、お互い顔を赤らめながら話す二人はとてもそんな風は見えなかった。

 

「まあ、今はシャルロットには感謝してるわ。あの子と付き合うようになって、カイン、すごく明るくなったわ。前は何処か影があったから……少し強引に引っ張ってくれた方がカインにはちょうど良かったのかも」

「へえ―――」

「―――姉さん!」

 

 そんな中、シャルロットの声が響いた。視線を移すと駆け寄ってくるシャルと、その後に続いてカインも歩み寄ってきているのが見える。

 

「シャル、怪我はない?」

「うん、勿論! 姉さんも、無理はしてないよね?」

「え? ええ。大丈夫よ。 それよりシャル、メルヴィや義姉さんは―――」

「―――嘘はいけないよ、ユミール。それに、話題をすり替えようとしない」

 

 シャルの言葉に焦った様な様子を見せ、急に誰かの名前を出すユミールの言葉を遮り、カインが話しかけた。どうやら誤魔化そうとしていた様だ。

 

「はぁ、やっぱり、無理してたんだ?」

 

 補足する様なカインの言葉を聞き、肩を落とし溜息をついたシャルロットだが、すぐに腰に手を当てユミールを叱る。

 

「やらなければいけない事も多いけど、姉さんは度が過ぎるよ! 私がリーボーフェンに乗り込んだら、しっかり休ませるようにするからね?」

「うぅ……」

「……どちらが姉か分からんな。これでは」

 

 目の前でしょぼんとするユミールを見て、思わずマドカが声を上げる。その声にシャルロットは視線をマドカに移し、問いかける。

 

「アレ? 君も新人?」

「機体は無いがな。マドカ・オリムラ……ゼイフォンの操者、イチカ・オリムラの姉(仮)だ」

「こらこら。妹(仮)でもあるだろ」

 

 対するマドカはさり気なく姉アピールをしようとしたのか、一夏を指さして宣言している。だが、其れを遮る様に一夏の声が響いた。邪魔をされる形になったマドカだが、本心からではなかったのか不満そうな様子は見られない。

 

「君がオリムラ君か……それに(仮)って?」

「ああ、まあ……生き別れになっていたって感じかな?」

「だから、どちらが上か分からんのでな。詳しい事情が分かるまでは保留と言う事にしたのだ」

「……そっか、君達も色々あるって事か」

「え?」

「ううん! なんでもない! 私はシャルロット・ジニア・クラシオ。これからよろしくね」

「此方こそ! あっ、呼び方はイチカで良いぜ。紛らわしいから」

「私もマドカで良い」

「うん、じゃあ、私もシャルロットでいいよ。ところでマドカ、その服ってもしかして……」

「これか? これはユミールにもらったんだ」

 

 自己紹介をしていた三人だが。シャルロットはマドカの来ている服を見ると思い当たる事があるのか眉を顰めたが、マドカはその地味な服を見せながら、嬉しそうに声を上げた。

 

「やっぱり、姉さんか……」

 

 義姉の普段着について思う事があるのか、シャルロットは溜息を付く。カインと一夏はそれが分かっているからか、二人して渇いた笑みを浮べていたが、服を見せながら嬉しそうに話すマドカには何か言い難かった。

 

「お久しぶりですわ。シャルロットさん」

 

 そして、三人の自己紹介が終わったところを見計らってセシリアが声を掛けた。

 

「うん、セシリアも……アルフォリナ女王の事は」

 

 当初は明るく返答していたシャルロットだが、突然、伺うようなそぶりを見せると言いにくそうに口籠った。

 

「ええ……」

「あ、ゴメン、セシリア! そんなつもりじゃ」

「いえ、お気になさらずに……」

 

 悔しそうに視線を伏せたセシリアにシャルロットは慌てて弁明する。どうやら、なんて慰めていいか迷っていたようだが、慰めるつもりが返って気を使わせてしまった事に逆に焦っている。暫く謝罪しあっていた二人だが、このままこうしているわけにもいかず話を終わらせたセシリアが、これからの事をユミールに問う。

 

「ところで、ユミールさん、私達はこれから?」

「取りあえず、お待ちになっているローディス殿下のところに向かいます。それから……」

「これから加わるリーボーフェンのクルーの紹介をするって言ってたよ……そうだ。カイン、レイフォンさんが来てるよ」

 

 ユミールの言葉に続くように話し始めたシャルロットだが、気づいたように誰かの名前をだした。話を振られたカインは嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「レイフォンが!?」

「うん」

「レーヴェの事もあるし、ちょうどいいいね。早く行こう!」

 

 そのカインの様子を見て一夏も思いだした。レインフォンとは、レーヴェ・ザクセンを設計したセリカ達の従兄でもあり、カインの憧れの人物でもある人の名前だ。会えることが余程嬉しいのだろう。その様子を微笑ましそうに見るとカインに先導されるように格納庫を後にしていった。

 

 

 

 

 格納庫を出た一夏達は車に乗り込み、研究棟やビルが立ち並ぶエリアを抜け、荘厳な様子の建物まで辿り着いた。そして待機していた侍従の案内で辿り着いたのは応接室らしき部屋だ。

 

「此方になります。レイフォン様も先ほど此方に到着されましたので、もう中でお待ちになっております」

「ありがとう。もう、下がっていいわ」

「それでは、失礼します」

 

 一礼して下がった侍従を見送った後、ドアノブに手をかけようとしたセリカは扉の前で考え込むように立ち止まる。最初、扉に手をかけようとして引っ込めたのを見るところ、如何やら開けようかどうか、迷っているようだ。

 

「セリカ、何で開けないんだ? 早く入った方が……」

「レイフォン兄が来てるなら、まだ、早いかなって……」

「何を言ってんだ。待たせるのも悪いだろ?」

「う~ん、わかった。じゃあ……」

 

 要領を得ない返答をするセリカだが、一夏の言う事も尤もであると判断したのだろう。セリカはドアノブに手をかけ、開いた。

 

 そうして、開かれた扉の向こうにいたのは四人。ソファに座るティックス王子、その体面に座るユミールの服と似た意匠の持つ服を着てベールの様な物を被る穏やかな笑みを湛える細身の老齢の女性。そして窓際に立つ二人の男性。一人はローディス、そして、そのローディスの手を取り、柔和な表情のショートヘアーの赤毛の美青年。妙な雰囲気に困惑気味な皆を意に介さず、熱く視線を合わせ言葉を交わしあっている。

 

「ローディス、無事でよかった。君に何かあったら、僕は……」

「すまない、レイフォン。あの時もそうだったな……私は、いつも君に迷惑をかけてしまう」

「そんな事は無いよ。あの時誓ったじゃないか、何があろうと君の側にいるって……それが果たせなかった事が悔しいのさ、アルフォリナ女王を失った君の心の痛みを思うと、僕の胸は張り裂けそうだ。出来うることなら、僕が代わりになってあげたい、こんな時に何も出来ない僕を許してくれ……」

「それはいけない! 私は、この苦しみを君に味あわせ、その笑顔を曇らせたくないのだ。その穏やかな笑みに、私は何度救われたことか……」

「ローディス……」

「君が私の友であって良かった。そう思わない日はない。君が傍にいてくれるだけで私は何度勇気づけられたことか……これからも、私の側であり続けてくれ、レイフォン」

「ローディス……」

「レイフォン!」

 

 互いに名を呼びあい、男同士で妖しい雰囲気を醸し出す二人を確認し、セリカは無言のまま扉を閉め、溜息をついた。

 

「やっぱり、まだか……」

「悪い……」

 

 苦笑いを浮かべ、何処か悟ったような表情をするセリカに一夏は力なく謝罪をする。何か、見てはいけない物を見てしまった気分であった。

 

「あの二人って、もしかしてそういう関係か?」

 

 つまり、同性愛的な意味で、と言う事だが、それをセリカは頭を横に振り否定する。

 

「それは無いわ。兄さんもレイフォン兄もそう聞くと普通に否定するし。まぁ、その話題で盛り上がる侍女を最近、王宮でよく見かけるけど……」

 

 そう語るセリカを見ながら少し、アガルティア王宮が心配になる一夏だった。

 

「アルフォリナも、気にしていましたわ……」

 

 その時の事を思い出しているのか、セシリアは懐かしむような表情をしながら苦笑いをするといった、何とも器用な表情をしていた。

 

「昔から仲は良かったんだけど、何年か前から更に仲良くなっちゃって……最近、変な方向へ進み始めているのよ。お父様も心配してるし……」

 

 本当に困ったと言う風に肩を落とすセリカ。その様子を見ながら、一夏は先ほどから何も話さないカインに話しかける。

 

「はは、カインは良いのか? あれ」

「……? 仲が良いのは良い事じゃないか」

「そっか……」

 

 そう言って爽やかに笑うカインを見て、少し諦めたように返答を返す一夏であった。

 

 

 

 

「待たせてしまったね。無事でよかった」

 

 一夏達は暫く時間を置き入室、その時には二人とも落ち着いていた様で、何処かすっきりした様な表情で皆の無事を喜んでいる。

 

「久しぶりだね、皆……ああ、君達は初めましてだったね?」

 

 一夏達以外は面識があるのだろう。再会を喜ぶレイフォンは面識のない一夏達を見ると自ら自己紹介をする。彼の印象は爽やかな好青年と言った感じだった。

 

「それに、カインも良く頑張ってくれたね」

 

 一夏達と話し終えたレイフォンはカインをみて優しく微笑む。並び立つ二人には血のつながりは無いようだが、本当の兄弟の様に一夏達に感じさせる。

 

「勿論さ。だけど……」

 

 憧れの人物の心よりの言葉にカインは、はにかみながらも答えていたが、ティックスの様子を目にすると途端に表情を曇らせる。その意味が分かったのか、ティックスは力なく歩み寄り、震えた声でカインに話しかける。

 

「カイン、本当なの? アルフォリナ女王の事……」

「……ああ」

「そんな……くっ!」

 

 力なくカインに歩み寄ったティックスは信じたくないと言った表情で問いかけるが、力なく頷いたカインの表情を見て、悔しそうに拳を震わせると、怒りも露わにローディスに詰め寄った。

 

「兄さん!! このままで良いの! まさかジグリムの暴挙を黙って見過ごす積もりじゃないよね!! 大陸の盟主としてジグリム討伐の軍を派遣しなければ!!」

「……それは、いけないよ。ティックス」

 

 詰め寄るティックスを止めたのはレイフォンだ。ティックスはその言葉に声を荒げ反論する。

 

「何でなの!? レイフォン兄さん!」

 

 反論するティックスに対して補足する様に口を開いたのはカインだった。

 

「リンバーグだよ。徒に戦端を開いてあの国が参戦してくる事になれば、世界全土を巻き込んだ戦争になる……してこないにしても何を言ってくるかわかったもんじゃない。フラムが、あの人が、そんな期を見過ごす筈がない。聖霊機の立場が不安定な今、隙を見せては駄目だ。聖霊機計画は今が大事な時なんだから」

 

 リンバーグとはアガルティアの南にある国でその国主は野心家で知られている。レイフォンの後に次いで話し始めたカインは何処か憎しみさえこめて語っている。その言葉にふと我に返ったティックスは周りを見回す。皆の様子を見て自分に味方はいないと、狼狽えながらティックスは叫ぶ。

 

「カインまで! それに……なんで皆平気なの!? アルフォリナ女王の事はもうどうでもいいって言うの!!」

「……!!」

 

 ティックスの言葉にセシリアは身を硬くする。それを見たローディスはティックスを咎めようとする。

 

「ティックス! そんな言い方は!」

「っ!!」

 

 表情を歪めたセシリアを見て、流石に自分の言った事が不味い事だったと感じたのか、身を翻すと駆け出し、応接室から飛び出していった。

 

「ティックス!!―――」

「―――まて、セリカ」

 

 それを咄嗟に追おうとしたセリカだったが、クロビスが留めた。

 

「お前は少々あの王子に対して過保護すぎる。そう言うのは、あの王子の為にならないぜ」

「……そうかな。でも」

「そうだよ、セリカ。それに、ああ言ってはいるけどティックスも分かっているさ」

「レイフォン兄……」

「なら、僕が行くよ。これでもティックスとの付き合いは長いからね」

 

 諭されながらもセリカは何処か釈然としない様子である。そんなセリカを見てカインが声を掛けた。

 

「ティックス!」

 

 退室したカインはティックスの名を呼びながら駆けて行った。その様子を見送った後、ローディスがすまなそうにセシリアへ語り掛けていた。

 

「……すまないね。セシリア君」

「いえ……」

「落ち着かれましたか?」

「はい……イヴェル様」

「え、えっと、あなたは?」

 

 セシリア達の様子を見守っていた一夏は突然話しかけられたことにより咄嗟に返答してしまう。声を掛けてきたのは老齢の女性、ベールの様な物を被っているが、ユミールの衣服と似た意匠の服を着ている事から錬金学士であることは推測される。皆に向け嫋やかな微笑みを浮かべている。

 

「私はイヴェル・エアル・ロシュフォルン、この聖地で教母を務めさせて頂いている者です」

「え、えと、教母って?」

「この聖地の最高責任者よ。本当なら、こうして気軽に話す事は出来ないのよ。お久しぶりです、イヴェル様」

 

 そんな説明をセリカから小声で受け、一夏は焦る。一夏のいた日本とは文化から何から違う。ローディス達は気さくな人物であるが、周囲の人物もそうとは限らない、セリカさえ『様』をつけて呼ぶ様子を見て、戸惑う一夏にイヴェルは穏やかに微笑み返す。

 

「ふふ、そう硬くならなくて結構ですよ。なにも、私個人が偉いという訳ではありません。権威があるのは飽く迄、教母と言う立場なのですから」

 

 だが、そんな一夏にイヴェルは穏やかに語り掛ける。権威ある立場に立つ人物にも関わらず、決して偉ぶる事も無く傲慢さの欠片も無い物腰に何処か穏やかな気持ちにさせられる。確かに“母“といった包容力を感じさせられる。

 

「イヴェル様、ティックスの事はカインに任せて今はクルーの紹介を……」

「分りました、レイフォン様。では、皆さんを呼んで下さい」

 

 イヴェルの言葉に侍従が下がり、間をおいてドアをノックする音が響く。そして、イヴェルに促され一人ずつ入室してくる。

 

「では、まずはリーボーフェンの艦長を務めて下さるロア・ジン・クランクハイト提督です。提督、無理なお願いを聞いて下さり、有難う御座います」

 

 礼を言いながら軽く頭を下げるイヴェルに返礼しながら入って来たその人物は軍服を着用し目深に帽子を被った小柄な老年男性。目元は見えないが、顎と口元には立派な髭を蓄えた、いかにも艦長と言った感じの人物だった。

 

 イヴェルによる紹介の後一夏に歩み寄ると手を差し出した。どうやら握手を求めているようだ。

 

「うむ……」

 

 そう言って艦長が一言発した後、その意図をようやく悟った一夏は、出遅れた事に焦りながら手を取り自己紹介をする。

 

「あ、すみません。 イチカ・オリムラです。これから、よろしくお願いします」

「うむ!」

 

 だが、当の艦長は力強く「うむ」と一言発した後、一夏の隣に立つマドカと握手を交わし、やはり「うむ」と一言発した後、次の人物へと移っている。

 

「なあ、マドカ。何で、あの人、何で何も言わないんだろうな?」

 

 思わず一夏は疑問を口にする。今も視線の先で艦長は「うむ」と一言言っては握手を交わし、次の人に移ると言った行為を繰り返しており、今、それを受けたアーサーもやはり困惑している様だ。

 

 声を掛けたマドカからも当然、同じ答えが返ってくると思っていた一夏であったが、思いもよらない返答が返って来た。

 

「何を言っている。ちゃんと自己紹介をしているではないか」

「そうですよ、オリムラさん」

「……へ?」

 

 イチカには『うむ』しか聞こえないのだが、マドカには普通に聞こえている様で、何言っているんだと言う顔をされてしまう。ユミールにもちゃんと聞こえているようで、マドカの言葉に同意するように声を上げていた。

 

「まったく、変な冗談を言うな? お前は」

「ふふ、オリムラさんったら……」

 

 呆れたように笑うマドカの横でユミールは口元に手を添え上品に笑う。その二人の様子は冗談を言っている様子には見えない。

 

「は……え?」

 

 助けを求める様に視線を向けられたセリカは、その疑問に答える様に口を開く。

 

「……ロア・ジン・クランクハイト提督。かつて数隻の艦艇でジグリムの艦隊を手玉に取った名将なんだけど『うむ』しか言わない変わり者だって事で有名なの」

「そっか……」

 

 うむ、しか話さないでどうやって部下に指示を出していたのか疑問ではあるが、なんでも「聴ける」人がいたのだそうだ。まあ、それは此処では関係ないので、次の人物の紹介に戻ろう。

 

「あっ、バート! やっぱり一緒に来るんだ!」

 

 続いて入って来たのは細身で口髭を生やし、隙の無い物腰の灰色の髪の男性だった。その人物が入って来たと同時にセリカが声を上げた。どうやら知り合いの様だ。

 

「はい、お久しぶりです。セリカ姫」

「知り合いか?」

「うん! リーボーフェンの物資の手配をしてくれたのが、バートなのよ」

「へ、へえ……」

 

 ならば、厨房にあった食材の数々は彼の手配によるものと言う事だろう。シチューの素など、どうやって地球の物を取り寄せたか聞いてみたい衝動に駆られた一夏だったが、聞くのが怖くなり出かけた言葉を飲み込む。当のバートは皆の前で堂々とした様子で自己紹介をしている。

 

「バート・ジン・ガッキョクだ。欲しい物があったら私に言ってくれ。大抵の物は取り寄せて見せよう」

 

 自身に満ちた表情で宣言したバートは一歩下がり艦長の横に並ぶ。

 

「では、次は―――」

「で・ん・か♡」

 

 イヴェルに名前を告げられる前に甘えるような声が聞こえ、その声にローディスはビクッと体を震わせる。

 

「……この声は、まさか?」

 

 怯えた様子を滲ませるローディスとは対照的に心の底から嬉しそうに笑顔を浮かべた一人の若い女性が入室する。

 

「シ、シスク!?」

「はい!」

 

 ローディスに名を呼ばれ、嬉しそうに頷く彼女はシスク・テオラ・レトレス。ぱっちりとした目に編み込んだ髪を両サイドで纏めた髪型の活発そうな人物だった。思いもしなかった人物なのだろうか、ローディスは普段の様子からは信じられない程狼狽えていた。

 

「ユミール、君が選んだのかい?」

「はい。彼女の能力的は申し分ありませんし、何より調理師の資格も持っています。今までパイロットのオリムラさんに料理を任せてしまって……これからは彼女に任せられますから、オリムラさんに負担をかけずに済みます」

「そうか……なら仕方ないな。頼んだよ。シスク……」

 

 ユミールの言葉に観念したのか、がっくりと肩を落とし、次いでシスクを見る。ローディスが自分に掛けてくれる言葉全てが嬉しいのか、シスクは満面の笑みを浮べ返答する。

 

「はい! 殿下の為にシスク、頑張っちゃいます!!」

「ふふ、慕われているね。ローディス」

「む!!!」

 

 ローディスに対する好意全開の彼女だったが、二人の噂に彼女は良い印象を持っていないのだろう。現れたレイフォンに反応する。明確に敵意を向けている訳ではないが途端にムッとした表情を浮かべている為、如何やら警戒している様だ。

 

「なあ、何なんだ? あのシスクって人」

「簡単に言うと、兄さんのおっかけ」

「そうか……」

 

 今回、何回目になるか分からない脱力を感じる一夏。しかし、彼の気持ちも分からなくもない。メンバーが非常に濃いのだ。同じ船に一人いればいいような人物が、ほぼ全員とかどんな比率だろうか? そうこうしているうちに目の前のシスクとレイフォンのひと悶着が終ったようだ。ローディスに窘められ、レイフォンに謝罪している。対するレイフォンは全く気にした様子は無く、シスクに微笑み返している。しばらく三人の様子を見ていたが、話が終わったのかシスクは一夏のもとに来ると声を掛けてきた。

 

「あなたがイチカ?」

「え、あ、はい」

「今までご苦労様。これからは私に任せて! 今までできなかった分、腕によりをかけて作るから!」 

「ええ、はい、よろしくお願いします。あ……あの、一ついいですか」

 

 挨拶を交わしあう一夏の脳裏に妙案が思い浮かび、シスクに問いかける。

 

「えっ? なに?」

「マドカの、ああ、コイツ何ですけど」

「おっ、おい?」

 

 キョトンとしたシスクの前に一夏はマドカの手を引き差し出すと戸惑う二人をよそに更に言葉を重ねる。これからもマドカが料理の練習をしていくなら、彼女の許可を取っておかなければと一夏は思ったのだ。そして、よければではあるが、プロでもあるシスクからもマドカを鍛えて欲しいと考えたのだ。その事を伝えた一夏は申し訳なさそうにシスクに頼み込む。

 

「厚かましいとは思いますけど、頼めます……あの?」

「ふ、ふふふふふふ」

 

 当のシスクはどこか笑いを耐える様に視線を伏せ、体を震わせていたが、突然、顔を上げるとマドカの肩を力強く掴む。その瞳を輝かせ満面の笑みを湛えながらこちらを見るシスクに一夏とマドカは少し怯える。

 

「わっかるな~!! その気持ち!! 好きな人に美味しい料理を食べてもらいたい! 分かり過ぎるわ!!……任せて!! どのレストランに出しても恥ずかしくない料理人に育てあげて見せるから!!」

「いや、私はそこまで……」

「心配しないで、大丈夫! それに貴女も美味しい料理を食べてもらいたいんでしょ!」

「……まあ、そうだが」

 

 鼻息も荒く宣言するシスクにちょっと引きながらもマドカは同意する。因みに彼女の好きな相手と言うのは言わなくても分かるだろうがローディスである。その様子に微笑ましそうな視線を一瞬向けた後、イヴェルは皆に向け言葉を発する。

 

「では、これでクルーの方は全員です。皆さん、これからよろしくお願いします」

 

 イヴェルの言葉に皆が頷く。クルーが揃ったという事はこれから本格的に行動が開始されると言う事だ。皆、気持ちが引き締まる思いであった。そんな中、更に新たな声が響いた。

 

「お・ね・え・さ・ま~」

「え? エミィ!」

 

 話が終わったタイミングを見計らったのか、タイミングよく少女が入室し、ユミールに抱き付いた。やはり錬金学士なのだろう、ユミールとは色違いの衣服を着たボブカットの少女。彼女はエミィ・エアル・キャルタス、ユミールが教母になれば次期主席は彼女と言われている位の人物なのだが、目の前の少女はそんな凄い人物には見えない。因みにユミール二世は禁句なのだそうだ。満面の笑みを浮べるエミィに対してユミールは困惑した表情を浮かべている。

 

「会いたかったですわ! お姉さま!!」

「ふんっ、お前か」

 

 余程ユミールを慕っているのか嬉しそうに首に手を回し抱き付くエミィ、それが面白くないのか不機嫌そうに鼻を鳴らしフェインは呟く。

 

「あ~ら。貴方、生きてらしたのね?」

「当たり前だ! そっ、それより!! ユミールさんから離れろ! 迷惑しているではないか!」

 

 鼻息も荒く喧嘩腰のフェインに対し、エミィは視線だけをフェインに向け、余裕すら感じさせる。

 

「まさか! 私とお姉さまは愛し合っているんですわ。迷惑だなんて……ねえ、お姉さま?」

「は、あははは……」

「ぬおー! 何てことだ!!」

 

 頭を抱え絶叫するフェイン、どうやら、ユミールとエミィがそういう関係ではと思っているようだ。当のユミールはそんな事は無いようで唯、如何返答するべきか困惑しているようだ。

 

「……」

 

 そんな騒がしい二人の様子を気にも留めず、心此処にあらずと言った感じのセリカに一夏が話しかける。やはり出て行ったティックスが気にかかるようだ。クルーの紹介が終わった後から、そわそわと落ち着かない様子であった。

 

「戻ってこないな? 二人とも」

「ええ……」

 

 今すぐにでも行きたいのか、扉を見てはローディスの方へと視線の向けるセリカだが、当のローディスは顔を振りセリカの訴えを否定する。そんなセリカの様子にたまらず一夏は声を上げる。

 

「すみません。ちょっと、二人を見てきます」

「え?」

 

 思いもよらなかったのだろう、一夏の提案にセリカは驚いた様子だった。ローディスはすこし思案すると、今のティックスには自分たちが行くより良いと判断したのか、一夏の訴えを了承する。

 

「……すまない。頼めるかい?」

「ええ、じゃあ、失礼します」

 

 皆に一礼し、一夏は部屋を出ていった。その後ろ姿を見送った後ローディスは皆を見回し話し始める。

 

「取りあえず、この場は解散しよう。すまないが、この後は暫くパイロットスーツのまま格納庫で待機してくれ。警戒が解除されたら再び通達する」

「わかりました」

「分かった」

 

 皆は口々にそう言うと部屋を出て行く。だが、セシリアが退出しようとした時、ローディスが呼び止めた。

 

「……ああ、すまない。セシリア君は残ってくれないか?」

「……え? ええ、わかりましたわ」

 

 呼び止められたセシリアはその場に立ち止った。その後、この場にいるのが三人のみになった時、セシリアが困惑した様子で問いかける。

 

「あの、私に何か?」

「……すまない」

「なっ! 何を!」

 

 そんなセシリアにローディスは唐突に頭を下げ謝罪する。行き成りの彼の行動にセシリアは狼狽える。

 

「アルフォリナ女王の、ヨークの件は私が至らなかった所為だ。私が、もっと早く軍の動向に気づいていれば……」

「……」

 

 悔しそうに俯くローディスと同様のセシリア、レイフォンはそんな二人を見ながら悲痛な表情を向けているが、そんなローディスにセシリアが語り掛ける。

 

「あの子は最後まで、この世界の行く末を……ローディス様の事を思っていましたわ」

「……そうか」

「あれは、あなたの責任ではありません。ローディス様、どうか思い詰めないで下さい」

「そうだよ、ローディス。君のそんな様子を見てもアルフォリナ女王は喜ばないよ。どうか顔を上げてくれ」

「すまない、二人とも。ふふ、なんだか、謝ってばかりだな」

 

 二人の言葉に顔を上げるローディス。一瞬、穏やかになる雰囲気だが、次に掛けられた言葉にセシリアは身体を強張らせた。

 

「だけど……セシリアさん、君はローディスに思い詰めないでと言ったけれども、それは君もだよ」

「っ!? レイフォン様、何を言って……」

「これでも人を見る目はあるつもりでね……と言うより、こういう立場である以上、自然と磨かれるものかな?」

「……はい」

 

 セシリアは何処か自嘲気味に話すレイフォンの言葉に頷く。セシリアにも覚えがあるのだろう。そう言った特性は多くの人と接する名家や王家に生まれた者の宿命なのだろう。共感するものがあるのか、3人とも表情が暗い。暫く沈黙していた3人だが、レイフォンが重い口を開いた。

 

「アルフォリナ女王の思いを友である自分が果たさなければいけない。そう、思いつめているのではないか?」

「!?」

「それに、戦う事に……いや、違うね。人を撃つ事に迷いがある、と言う所かな?」

「……」

 

 セシリアはそのレイフォンの問いかけに答えられない。それが肯定の証となった。

 

「やはり、図星か」

 

 ふうっと、息を吐くレイフォンに恐る恐る話しかけるセシリア。

 

「なぜ、そこまで?」

「先ほどの戦闘を見せてもらったけれども機体の動きがぎこちなかった。思考制御式の機体である以上、迷いがあれば強く影響は出る、特に聖霊機はその傾向が強い。もう一つの事については大切な友人の為に何かをしてあげたい。そう思うのは自然な事さ……それに」

「私も、似たような経験があるからね」

 

 レイフォンから視線を向けられたローディスは力なく口を開いた。

 

「ローディス様……」

「王子でなければならない、王子でなければいけない。その責務に押しつぶされそうになった事が何度もある。ちょうど、今の君の様にね」

 

 そのローディスの様子を間近で見ていたから、レイフォンは親友の思いを果たさなければならないと思いつめているセシリアの心情を看破出来たのだろう。真剣な表情で話すローディスに次いで、レインフォンが語り出す。

 

「セシリアさん。確かに力を持ち、それを振るう事を決断することは難しい。だけど、決断をしなければいけない時は必ず来る。それは君も分かるね。力を任された者としても、人の上に立つ者としてもね。それが責務であることも……」

「……はい」

 

 ローディス、レイフォンは王族として国を、セシリアは地球では名家の名を背負う人物である。国を、家を守るために、時として非常な決断を迫られる事もあるだろう。その事を思いセシリアも重々しく返事を返す。そしてレイフォンの言葉を引き継ぐようにローディスが口を開く。

 

「異世界の君たちをこの世界の争いに巻き込み、本来しなくてもいい決断をさせようとしている。その事に関しては、本当に申し訳なく思う」

「……」

「だが、君一人で背負う必要はない。後ろには我々が、隣にはリーボーフェンの皆が、そして何より、思いを寄せる人が、君と志を同じくする彼がいるのではないか?」

「ローディス様!? なぜ、それを!!」

「ふっ、私の持つ12の特技の一つさ」

 

 顔を赤くし狼狽するセシリアに得意げな顔を向けていたローディスだが、すぐに表情を引き締めセシリアの目を真っ直ぐに見つめ、強い口調で語る。

 

「君がどのような決断をしようとも、必ず君の側にいてくれる者はいる。君は決して一人ではない。それを、忘れないでくれ」

「はい……」

 

 セシリアは深々と頭を下げると退室していった。それを見送ったローディスは力なく、ソファに座り込む。そして悔しそうに額に手を当てると、自身の心境を吐露する。

 

「決断させる事を謝罪しながら、決断を彼女に迫るか……我ながら、矛盾しているな」

 

 だが、それは今のセシリアには必要な事だ。迷いを抱えたままでは何より彼女自身を危険に晒す。彼女は責任感の強い少女だ。戦いから離れろと言っても決して引くことは無いだろう。ならば、酷な事とはいえ決断させるしかないのだ。そうと分かっているものの納得は出来ず、力なく笑うローディスに心底申し訳なさそうにレイフォンは語る。必要であったこととはいえ、親友とっては良い思い出ではない事を自ら語らせてしまった事をレイフォンは恥じる。

 

「ごめんよ、ローディス。あの時の事は……」

「……ふふ。レイフォン、この位の事をしなければ彼らに報いる事は出来ない。それに、あの時の事は私にとって決して恥でも、醜聞でもない。私にとってあの時の事は、君という掛け替えのない友がいる事を、心より感謝する事が出来た輝かしい思い出なのさ」

「ローディス……」

 

 かつて、お互いの友情を確かめ合った日の事を思いだし、再び、二人はどちらともなく笑みを浮べる。

 

「信じよう、彼らを……今の私達に出来る事はそのくらいさ」

「ああ……そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~っと、こっちだな」

 

 ローディス達と別れた一夏は以前、ユミールから借りたままだったパーソナルセンサーでティックス達を探していた。画面に映る情報を見ながら足早に通路を曲がった所で探していた人物の一人、カインと鉢合わせする。

 

「うわ!」

「おっと! 悪い」

 

 一夏は画面を見ながら歩いていた為、カインは俯き気味で歩いていた為、ぶつかる寸前に互いの存在に気付いた二人は驚き、声を上げる。

 

「ああ、イチカか……如何したんだい? こんな所で」

「えっと、ティックス王子の事なんだけど……」

「ああ、取り付く島もない。僕もこうして追い返されたところさ」

 

 そう言って歩いてきた方角を見ながら悔しそうに一息つくと一夏に向き直る。一夏がここに居るのが意外であったようだ。

 

「所で、何でイチカは此処に?」

「……ちょっと気になってな、ティックス王子の事」

「何で、君が?」

「ティックス王子だけどさ、セリカやローディスさんにかなりコンプレックスを持ってるって事、ないか? 優秀な兄や姉に比べて自分は何も出来ない。そんな感じの」

「……やっぱり、わかるかい?」

「ああ」

 

 頷く一夏にカインは溜息を吐きつつ答える。

 

「うん、まさにその通りなんだよ。……周りが優秀すぎるから余計にね」

「……ちょっと、王子と話してみていいか?」

「何で、そこまでティックスを気にするんだい? 君が気にするような事じゃ……」

「俺も姉がいるからな。似たような経験は有るからどうしても気になっちまって、昔の自分と重なるんだ」

「っ!?」

「どうした? カイン」

「ああ。いや、なんでもない」

 

 一夏の言葉に一瞬体を震わせたカインだが、すぐに平静を取り戻す。そして一夏に力なく懇願する。

 

「……じゃあ、頼めるかい」

「ああ、行ってくる」

 

 カインに一言そう告げるとカインの脇を通り、ティックスの下へ向かって行く一夏であった。

 

 

 

 

 カインの言葉を受け道を進み、その先にあったのは広大な中庭。そこに設置されたベンチにティックスはいた。項垂れる彼を見つけた一夏は迷いなく声を掛けた。

 

「ティックス王子、ここに居たんですか?」

「っ!? 君は、確か……」

「はい、新しくアガルティアに来た織斑一夏……こっち風に言えばイチカ・オリムラになりますけど、ティックス王子と、お呼びすればいいですか?」

「別に、王子何て呼び方も、敬称もいらないよ。僕なんかには……」

「……そうか、じゃあ、ティックスで」

 

 ふてくされた様に話すティックスに話に一夏は一拍置き、気持ちを切り替えると口調を崩し話しかけた。一夏の事を警戒しているのか、訝しむような視線を向けながらティックスは問いかける。

 

「……なにか用かい? こんな所まで追いかけてきて」

「ちょっと気になってさ。ティックスの事」

「僕の事?」

「セリカやローディスさんに対して引け目を感じてる。もしくは周りの期待が重い、それに答えられない自分が情けない。そう思ってないか?」

「!?」

 

 ティックスはその言葉に体を震わせると、悔しそうに一夏を睨む。

 

「そう考えたら、何かほっとけなくてさ、俺も似たような経験があるから余計―――」

「―――君に何が分かるのさ……」

「え?」

 

 最初は黙って一夏の話を聞いていたティックスだったが、突然絞り出す様に声を上げ一夏の声を遮り立ち上がった。

 

「君だって、十分に才能が有るじゃないか! 行き成り聖霊機を操ってテロリストを撃退した! そんな事、普通は出来ない!!」

 

 今のティックスにとって一夏は唯、嫌味を言っているようにしか聞こえなかった。悔しそうに声を張り上げ、一夏に詰め寄る。

 

「僕は何もできなかった。いや、あの時だけじゃない、ジグリムの事も教えてすらもらえなかった!! 君には力があるじゃないか!! 聖霊機って力が―――」

「―――違うよ」

「え?」

 

 大声でティックスが自身に詰め寄る中、一夏は力無くその言葉を否定する。静かに発せられたその声は、ティックスの耳にはやけに大きく聞こえた。その一夏の声にティックスは声を詰まらせる。

 

「俺は、聖霊機って力を手にしたって何も出来なかった。あの子を守る事もな……」

「……」

「逆にあの子に俺は守られた。その命をもって……」

 

 そう言ってポケットからある物を取り出した。一夏の手に乗るそれを見て、ティックスの目は大きく見開かれた。

 

「!? それ、共鳴結晶!!」

「正直、あの時、思い知らされたよ。あの子の覚悟をさ。ゼ・オードから世界を守る。命を賭しても、聖霊機を守るって覚悟を」

「……あ」

 

 そう言って、一夏は手に持った共鳴結晶を強く握りしめる。手のひらに爪が食い込む程強く手を握りこむ一夏をみて、ティックスは一夏の悔しさを知る。一夏はそんなティックスに唯静かに自分の思いを語り始める。

 

「俺もさ、同じなんだよ。ティックスと」

「僕と、君が?」

「俺も、千冬ね……ああ、姉さんがいてさ」

「……」

「千冬姉さ、美人で、強くて、世の女性の憧れで、俺もそんな千冬姉に憧れて、近づきたくて、そんな千冬姉を守りたくて、必死に剣を習ったよ」

「……」

「でも、無理だったな。結局、千冬姉と同じやり方じゃ千冬姉を守れないってわかったんだ。だから、俺は遣り方を変えた」

「やり方を?」

「千冬姉さ、普段はすげえだらしないんだ。掃除さえまともに出来ないくらいさ」

「……へえ」

「だから、俺は思ったんだ。何も千冬姉と同じ方法でやろうとする必要は無い。千冬姉にできない事、俺にしかできない事で千冬姉を支えようって」

「自分にしかできない事……」

 

 一夏の話を反芻する様にティックスは静かに呟く。そんなティックスの前で一夏は破顔すると照れくさそうに頭を掻く。

 

「って、ちょっと格好付けすぎかな? 悪く言えば、諦めたって事だからな」

「そんな事は……」

「だからさ、ティックスも無理して何かしようとする必要はないと思うぜ。って、偉そうに言ったけど、俺だって、まだ迷ってる最中だけどな……」

 

 一夏はティックスに自嘲気味に語り掛ける。聖霊機と言う力を手に入れ、使命感ではなく唯浮かれていただけのあの頃の自分を情けなく思いながら。

 

 だが、それも無理はない。自分を守ってくれる姉に憧れ、自分も姉の様に誰かを守りたい。その思いが、それだけ強かったのだ。一夏が聖霊機と言う力を手に入れた事で誰かを守れる、一度諦めた夢を、また目指せる、目指してもいいんだ。そう思い浮かれるのも無理はないだろう。

 

「イチカ……」

「そんな焦る必要は無いさ。自分のやりたい事を、やれる事を見つけて行けばいいさ……」

「……うん。そうだね」

 

 そう言って自身に視線を向ける一夏へ、ティックスは儚げながらも笑みを向ける。ようやく笑みを浮べてくれたティックスに一夏も微笑み返す。暫くそうして笑いあっていたが、ふとティックスは申し訳なさそうに視線を下げる。

 

「ゴメン。あんな事言って、君たちも辛い筈なのに」

「いいって、分かってくれれば、それに俺も偉そうに言い過ぎた」

「でも、彼女にも酷い事を……」

 

 セシリアの事を言っているのだろう。また、自らを責めながらティックスは沈み込む。流石にすぐに元気を取り戻すと言うのは無理だろう。一夏は結構抱え込みやすい奴なんだなと思いティックスに語り掛ける。

 

「う~ん、じゃあ、申し訳ないと思っているなら、俺の友達になってくれないか?」

「え?」

「俺さ、この世界に来てまだ日が浅いし、知り合い何て、ほとんどいないからさ、やっぱ、友人がほしいんだよ。ティックスなら年も近いし……駄目かな?」

 

 こんな風に迫る事は余りいい頼み方ではないと一夏は思ったが、今のティックスには単純に許されるよりは気が楽だろうと踏んだのだ。それに一夏の頼み方は実に真剣だった。

 

「そっ、そんなことない! そんなことないよ!」

 

 伺うように自分を見る一夏の言葉をティックスは焦りながら遮る。王族である以上、真の意味での友と言うのは少ないであろう。自分に対して腹黒さを感じさせない一夏の様子にティックスは嬉しそうに頷き返す。その答えを聞いた一夏も嬉しそうに笑った。

 

「そうか? じゃあ、これでお相子って事で……改めて、イチカ・オリムラだ、これから、よろしくな」

「えっと、その、こっちこそ」

 

 おずおずと手を差し出すティックスの手を一夏は強く握り返す。そんな一夏に対して遠慮がちに手を握り返すティックスははにかみながら一夏を見る。

 

「ふふ」

 

 そして互いに笑いあう二人であったが、その最中、再度の共振が一夏の耳に届き身を震わせ、思わず手を引っ込めた。

 

「!?」

「? どうしたの、イチカ?」

「いや、共鳴結晶が、また……」

 

 その様子を訝しんだティックスが声を掛けたが、一夏が言い終える前にけたたましいサイレンの音が辺りに響いた。

 

「警報!? いったい何が!」

「!! また、さっきの奴らか!?」

 

 

 サイレンの音に周囲を警戒する二人の耳にカインの声が届いた。見れば、侍従を伴ってこちらに駆け寄ってくるカインの姿が見える。

 

「イチカ! ティックス!」

「カイン! 一体何が!?」

「敵襲だ! 恐らく、さっきの奴らだ」

 

 その、一夏の声にカインは声に焦りを滲ませながら応える。

 

「ティックスは早く避難を! じゃあ、ティックスを頼むよ」 

「かしこまりました! ティックス王子、こちらへ!」

「うん」

 

 侍従に伴われ、その場を名残惜しそうに離れるティックス。その様子を見て一夏はティックスに声を掛ける。

 

「ティックス!」

「イチカ……?」

 

 その一夏の声に足を止め振り返るティックス。その不安気な表情をするティックスを元気づける様に一夏は声を張り上げる。

 

「行ってくる!!」

「うん、その……気を付けて、二人とも!」

「「ああ!!」」

 

 躊躇いながらも声を張り上げ叫ぶティックスにカインと一夏は力強く答えると身を翻し走り去る。その様子を確認した後ティックスも侍従に促され、その場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまなかったね、ティックスの事」

「いいって、俺がやりたくてやった事だし……」

「それでもさ、少なくとも僕には無理だったし……ごめん、こんなこと言っている場合ではないか。行こう!」

「ああ!」

 

 

 

 

 

 

 

「? なんだ。何か、様子が変だ」

 

 格納庫に辿りついたカインは即座に異変を感じ取る。出撃前の慌ただしさはすでに知っているが、その雰囲気が今までにないほど張りつめているのだ。一夏も同様に感じたのか、格納庫内を見回す。

 

「確かに、何か、いつもよりピリピリしてるっていうか……」

「イチカさん! カイン君!!」

 

 その時、聞き覚えのある声が響いた。駆け寄って来たのはクロビスとアーサーだ。二人の表情も何時になく険しく、叫び声にも緊張が滲んでいる。

 

「クロビス! アーサー! どうしたんだい! この様子は!?」

「どうもこうもない、ゼ・オードだ! ついに、来たぜ!!」

「「なんだって!!」」

 

 思いもよらない言葉に声が重なり、唖然とする二人。まさか、ここまで早く遭遇する事になるとは思ってもみなかったのだ。そして、ゼ・オードが襲来したという事は聖霊機の真価が問われる事態でもあるのだ。そう思い4人は気を引き締める。

 

「シャルロットさんとシィウチェンさんは既に出撃しています! 我々も急ぎましょう!!」

「分った!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖地中央に位置する広大な庭園にそれはいた。背中に巨大なコンバータを二基搭載し鋭角的に突き出した胸部の赤黒い機体色。手に幅の広い片刃の剣を持ったその機体は、駆け付けてきたパリカールとホンシェンコワンを気にも留めず、唯一点を見つめている。それは放射状に小型の塔が設置され、中央に一際巨大な塔が配置された祭壇の様な場所だ。一見、オブジェの様にしか見えないそれを、微動だにせず見上げる様子は、先程より立ち込めた暗雲により薄暗くなった周囲の様子も相まって、余計に不気味さを感じさせる。

 

「あれが、ゼ・オード……」

「シャルロット、迂闊に仕掛けるな。すぐに皆も合流する」

 

 パリカールのコックピットでシャルロットは緊張した面持ちで敵を見る。パリカールの通信機から響いたシィウチェンの声も平静を装っているが、やはり緊張している様で声が硬い。 

 

「二人とも!」

「クロビスか」

「すまない、遅れた!」

 

 やがて、後続の聖霊機も合流、目の前のゼ・オードと対峙する。一定の距離を置き扇状に広がる様に機体を展開、敵の動きを注視する。

 

「あの機体は、ずっと?」

「ああ、何が目的かは分らんが。動きを見せない」

『皆! 機体のデータを送るわ!!』

 

 その時、通信機よりユミールの声が響き、その声と共に転送されてきたデータを順次、確認する。過去の記録データなのだろうか、機体名称と外見の特徴と言ったもので詳細なデータとは言えないが、それでも今の皆には貴重な情報だ。

 

「助かる! えっと……」

「機体名称……レイオード」

 

 情報を確認しながら一夏は確認する様に呟き、相手を見る。今までの相手とは、けた違いの存在感を放つ機体に一夏は緊張感を募らせる。

 

「うん? セシリアは如何したんだ?」

『ごめん! ビシャールの調子がおかしいの! もしかしたら、さっきの戦闘の影響かも……』

「わかった。そっちは任せる!」

 

 整備中なのであろう、セリカの声に機械の駆動音が交じっている。慌ただしくそれだけ伝えると通信は切られた。だが、その時聞き覚えのない男の声が辺りに響いた。

 

『ふん、成程な』

「な……!?」

 

 その声に一同は思わず各々の武器を構える。目の前のレイオードから男の声が響き、値踏みする様にゼイフォンを、いや、一夏を見据え語り掛けてくる。

 

『……どうやら、まだの様だな』

「何を言ってんだ!! 何者なんだ!!」

『亡霊さ、百年前のな……』

 

 訳の分からない事を一方的に話す相手に一夏は苛立たし気に声を返すが、抑揚のない声で男は返答する。

 

「ふっ、イチカ!! 奴がゼ・オードならば飛んで火にいる夏の虫! ここで一気に―――」

『―――うるせえよ。雑魚が』

「なんだとう!!」

 

 苛立つ一夏とは対照的に明るいフェインの声が響いたが、それが、余程煩かったのか、男は挑発気味に苛立った声を上げる。雑魚と言われたことが癪に障ったのかフェインは声を荒らげ反論するが、男は気にも留めず更に言葉を続ける。

 

『暫く、ガドランで遊んでな』

 

 その男が言い終えると同時に飛来したのは、先程戦った浮遊型の装兵機。以前とは比べ物にならない数が一度に飛来し、聖霊機を取り囲む。

 

「!? こいつら!」

「さっきの浮遊型の装兵機!」

「ゼ・オードの仲間だったのか!?」

 

 機体色が先程とは違い紫だが、それを確認した聖霊機は各々の武器を構える。だが、その時ユミールの声が皆のコックピットに響く。

 

『いいえ! ちょっと、違います!』

「ユミール?」

『さっき解析結果が出ました! この機体に人は乗っていません! つまり、無人機です!!』

「無人機ってそんな事が……」

 

 ユミールに質問しようとした一夏であったが、ビームソードを展開したガドランがゼイフォンへと迫る。すんでのところで気付いた一夏は間一髪それを回避する。

 

「とっ! 話してる場合じゃないか!!」

 

 一夏はそう言うと態勢を立て直し、ゼウレアーを構えると敵機に向け突貫する。

 

「そうだね!!」

「だな!!」

 

 その脇ではレーヴェが同様に攻撃してきた敵機を回避、盾で地面に叩きつけるとランスを突き刺し、沈黙させている。クロビスも発射されたミサイルごと肩のキャノンで敵機を攻撃、それを受けた敵機は発射したミサイルごと飲み込まれ、爆散していく。敵機が沈黙したのを確認すると、カインは離れた場所で戦うシャルロットへ通信を送る。

 

「シャル! そっちは如何!?」

『大丈夫! だけど……』

 

 通信に答えながら、シャルロットは敵機の攻撃を回避しながらライフルを撃ちこむ。傍らで戦うゼイフォンもゼウレアーを新たな敵機に振り下ろしているが、敵機に違和感を感じた二人は声を上げる。

 

「さっきのより、速い……」

「それに、多いな!?」

 

 それは、先ほどの機体よりも上位機種なのか、装甲が僅かばかり硬く、動きも速い。それに先ほどから次々と飛来してきており、既に聖霊機の倍以上のガドランがこの場におり、シャルロットは苛立たし気に、一夏は新たに飛来したガドランにゼウレアーを突き刺しながら愚痴る様に呟く。

 

「ああ、先程の倍以上だな」

 

 少し離れた場所ではホンシェンコワンが自身を取り囲むガドランを展開した三節昆で薙ぎ払っていた。昆の軌道に沿って巻き上がった炎に焦がされたガドランはその熱量で燃え尽きていく。その様子を見ながらシィウチェンは冷静に呟いた。

 

「ええ。それに……」

 

 これほどの攻勢をかけてきているのに当のレイオードはこちらの様子を観察するだけで一向に動きを見せない。目的が見えない相手をアーサーは訝しむ。

 

「……動きませんね?」

「そうだな、何が目的なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ! まだかよ!……じれってえ。まどろっこしいのは止めだ。おい、そこの鉄色の機体のパイロット!!」

 

 その男はレイオードの内部で苛立たし気に舌打ちすると、コンソールを操作し外部音声を出力し、聖霊機に語り掛ける。何かを待っていたのか、どうやら、敢えて動かなかった様だが、もう我慢の限界の様だった。どうやらあまり我慢強くない性格の様だ。声を飛ばしたのは目の前の鉄色の聖霊機、ゼイフォンである。

 

「なに!?」

 

 ゼイフォンのコックピットでそれを聞いた一夏は、驚愕しながらも、怯むことなくレイオードを睨み、声を張り上げた。

 

「……聖地を襲って、何が目的だ!!」

「しいて言うなら……聖霊機の威力偵察って所だ。だけど、とんだ無駄足だったな」

「……なんだって」

 

 嘲る様な男の言葉に一夏は眉を顰め、声に怒気か籠る。

 

「はっ、聖霊機がこんな雑魚なら鼻から気にする必要は無かったって事だよ」

「な……」

「あの女王……死んだんだってな」

「……!!」

「命かけて、こんなガラクタしか作れなかたってんだから、とんだ、無駄死にだな……」

 

 その言葉に一夏の思考が一気に沸騰する。怒りの余り言葉にならない声を上げる。

 

「て……め」

「はっ! 事実だろうが、現にガドラン如きに四苦八苦してやがる。てめえも、てめえの仲間もな」

「黙れ……よ」

「落ち着け、挑発だ! 乗るんじゃねえ!!」

 

 

 クロビスより窘める声がゼイフォンのコックピット内に響く。クロビスも悔しそうに顔を歪めているものの、これが明らかな挑発であることが分かっている為、歯を食いしばり耐える様子がモニターに映っている。だが、そのクロビスの声を気にすることなく男は更に言葉を続ける。

 

「てめえじゃ俺達には敵わねえ、早いうちに尻尾まいて逃げ出しとけ。あの女王の後を追う前に―――」

「―――黙れって……言ってんだよ! てめえ!!」

 

 その言葉を相手が言い終わるより先に一夏の我慢が限界に達した。飛来していたガドランを邪魔だと言わんばかりにゼウレアーで力任せに薙ぎ払い、怒りの感情の主も向くまま、機体スラスターを全力で噴射し、レイオードに向かって一気に加速していく。

 

「おい! やめろ、イチカ!!」

「迂闊に近づくんじゃない!!」

 

 突然の一夏の行動に焦り、止めようとする皆の静止を聞こうともせず、一夏は全速力でレイオード目掛け突っ込んでいった。一夏は大抵の事に寛容な性格ではあるが、自身の大切にしている想いや人を貶されて黙っていられる程、大人ではなかった。クロビス達も追いかけようとするものの、まるで、阻むように次々に飛来するガドランに邪魔され応戦を余儀なくされていた。

 

 

 

「ふん……」

 

 迫るゼイフォンを男は不機嫌そうに鼻を鳴らし睨みつける。男のやった事は明らかな挑発であり、今の状況は男の思い通りであるにも関わらず、何処か気に食わない様子の視線を向ける。そこにはゼウレアーを振り上げ、迫りくるゼイフォンが映る。

 

「はああああ!」

 

 一夏は叫びと共にゼウレアーを振り下ろすが、レイオードは自身の剣、マーシュニクスを振り上げ、難なく弾いた。戯れの一撃とも言えるものに、自身の渾身の一撃を防がれたことに一夏の頭は更に沸騰する。

 

「弱えな……」

「くううう……!!」

 

 剣を弾かれ、大きく後方に飛ばされるゼイフォンだが、一夏は衝撃に耐える様に呻き声を挙げながらスラスターを吹かせ、体制を立て直す。そして、再びゼウレアーを振りかぶると、地を蹴り、スラスターの勢いも合わせ突貫、そして渾身の力を込めて剣を振り下ろした。

 

「はっ! 遅え!!」

 

 だが、それは相手が振り上げたマーシュニクスに再び防がれ、その威力を発揮することは無かった。

 

「くそ!!」

 

 自身の攻撃が届かなかった事に一夏は、悔しそうに声を上げる。そして、再度攻撃に移ろうとしたその時、頭に送られてきた情報で一夏はその異変に気づいた。そして、今度は起こった事が信じられないと目を見開き、それを見つめる。

 

「……え?」

 

 その眼に見えているのはゼイフォンの腕だが、そこにあるべきゼウレアーが無い。切り落とされていたのだ、ゼウレアーを持つゼイフォンの右腕ごと。切り飛ばされた右腕はゼウレアーを掴んだままくるくると回転し、離れた場所に突き刺ささった。

 

「そんな……」

 

 今まで、どんな敵の攻撃にも耐えてきたゼイフォンの腕が前腕の真ん中で切り飛ばされた事に唖然とし、一夏は信じられないとばかりに突き刺ささるゼウレアーを見る。だが、その一瞬が隙となった。突然の振動がゼイフォンのコックピットを襲い、それにより彼は現実に引き戻された。

 

「しまった!!」

「はっ! よそ見してる余裕あんのかよ!」

 

 その時、一夏の視界に見えたのはモニター前面を覆う、無機質な機械の腕だ。即座に機体状況が頭に届き、頭部を掴まれている事を一夏に伝える。其れと同時に響く、ミシミシと金属が拉げる音。コックピットモニターにも異常が現れ、徐々に視界が歪んでいく。

 

「く、ああ……な! くそ!!」

 

 頭を掴んだ手を振りほどこうと咄嗟に相手の腕を掴もうと手を差し出すが、逆にその腕を掴まれ、難なく引き千切られる。そして、ゼイフォンを軽々と掴んだまま持ち上げ、力任せに地面へと叩きつけた。

 

「く……な!?」

 

 地面にたたきつけられた衝撃に顔を歪めながらも相手を見据える一夏の目に飛び込んできたのは、その手に持った片刃の大剣を逆手に持ち、自身に向かって振り下ろそうとするレイオードの姿だ。逃げようと足掻くが、左肩を踏みつけられ、再び地に伏せられ、そして、一夏の抵抗も虚しく、それは振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ! 言わんこっちゃねえ!!」

「ユミール、イチカは!!」

 

 クロビスは目の前の光景を見ながら顔を顰め、カインは焦りながらもユミールにゼイフォンの状態を確認する為に通信を送る。通信に出たユミールも半ば悲鳴のような声を挙げ、通信機からもブリッジの喧騒が伝わってくる。

 

『ゼイフォンからオリムラさんのバイタルは検出されていますから、今のところは大丈夫ですが、このままでは……!!』

「くっ、シィウチェン! フェイン! ゼイフォンから奴を引きはがす! 行くよ!!」

「分った!」

「了解しました!」

 

 ユミールから現状を確認したカイン即座に皆に指示を出す。

 

「フェイン、全力で突っ込んで……分かるね、さっきの戦闘のあれだ!! シャル、クロビス、アーサーは無人機を近づけさせないで!!」

「うん!」

「分りました!」

「了解した。おおおおおお!!」

 

 カインの言葉にシャルロットとアーサーは即座に武器を構え、フェインは力を高める様に声を上げる。高まるプラーナに反応したのか、ガドランが来襲するが、それをドライデスとパリカールは即座に迎撃する。

 

「はああ!!」

 

 その隙に収束したエネルギーを自身のランスにまとわせたデュッセルドフはレイオードに向け突貫していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべ!……殺しちまったか?」

 

 感情にまかせ、つい剣を刺してしまったが、今、自分達の目的は殺す事ではない事に気づき、今更ながらに焦る男だった。レイオードは覗き込むようにゼイフォンに視線を向けたが、突如発射された光弾を避ける様に身を反らした。

 

「……おっと!」」

 

 ゼイフォンがラウクルスを発射、攻撃してきている事により、コックピットは外れていた事が分かり男は安堵する。

 

「あぶねえ、あぶねえ。生きてるな」

 

 目の前のゼイフォンはラウクルスを連射し、尚も攻撃を続けているが、それを余裕を滲ませながら男は見下ろす。

 

「おお、おお。頑張るな……―――――ン?」

「はあああああ!!」

 

 ゼイフォンを見下ろすレイオード目掛け、咆哮を上げ、突き出される両刃の高周波ランサー。ゼイフォンへの影響を考慮してか、軽く跳躍、レイオードの背後より頭部目掛けてそれは放たれた。だが、レイオードは焦ることなく振り返ると突き出されたそれを、掴んだ。

 

「無駄な事を……」

「な!?」

 

 並の機体であれば、何機も纏めて吹き飛ばすほどの威力を持ったデュッセルドフの一撃を、レイオードは難なく受け止める。その装甲に傷一つなく、ランスを掴んでいる手にも異常は起きていない。渾身の一撃を微動だにする事なく受け止められた事にフェインは言葉を失う。侮蔑を含んだ声を吐く男だが、それにより、生まれた隙を縫ってレイオードへ追撃が入る。

 

「はああ!!」

 

 フェインの一撃を目くらましにし、レイオードに側面より接近していたレーヴェのランスが迫るが、レイオードは思いもよらない方法でそれを防いだ。

 

「うぜえ!!」

 

 レイオードはランスを掴んだ左手に力を込め、デュッセルドフを持ち上げると、力任せにレーヴェへと叩きつける。

 

「おわあああ!!」

「なあ!?」

 

 叩きつけられたデュッセルドフはレーヴェと絡まりながら飛ばされ、地面へと叩きつけられた。

 

「無駄だ、つったろ?」

 

 起き上がろうともがく二機を見ながら、不敵に笑う男だが、その最中、二機が作った隙を付いて、新たな影がレイオードの懐深く潜り込んでいた。

 

「それは、どうかな?」

 

 それはホンシェンコワンである。既に構えをとり、レイオードが回避行動をとる前に拳が放たれるのは誰の目にも明らかだ。

 

「ん……?」

「はぁぁ!!」

 

 そして、シィウチェンは気合いと共に渾身の一撃が放たれる。まず一撃、そしてシィウチェンは此処が好機とばかりに次々に拳を叩き込む。

 

「おおおお!!」

 

 コックピットに響くシィウチェンの声が更に激しさを増す。それと共に正拳、裏拳、肘、あらゆる打撃がうち込まれる。

 

「はあぁ……はあ!!」

 

 そして、だめ押しとばかりに渾身の仁王拳が裂帛の気合いとともに打ち込まれた。

 

「なっ、に……」

 

 そして、今度はシィウチェンが先程のフェインと同様に言葉を失う。彼の放った渾身の右拳は間違いなくレイオードの腹部に入っていた。だが、先程までの連撃のダメージも、今の一撃の打撃音も破砕音も上がる事なく機体の拳から伝わる妙な感覚がシィウチェンに異常を伝える。

 

「馬鹿が……」

 

 ホンシェンコワンの拳は間違いなくレイオードの脇腹に入っていた。だが、機体表面に張られた何かに阻まれ、威力が届いていないのだ。

 

「少し、黙ってろ!」

 

 レイオードはゼイフォンから自身の剣を抜き去り、切り上げる。シィウチェンは即座にホンシェンコワンの身を捻らせ、剣の軌跡から機体を逸らせようとするが、完全に避ける事は敵わず、右前碗部を切り飛ばされ振り上げた衝撃により錐もみながら吹き飛ばされた。

 

「があ!!」

 

 地面にたたきつけられシィウチェンはコックピット内で苦悶の表情を浮かべる。そして、まだ健在の聖霊機を見回しつつ男は声を上げる。

 

「ふん……邪魔が入らねえようにガドランを増やしとくか」

 

 そう呟くと同時に、大量のガドランが飛来し聖霊機に向かって行く。それを確認するとレイオードは再度ゼイフォンに向き直った。その背後から聖霊機の攻撃がレイオードを襲うが、気にした様子も無く、ボロボロになりながらも身を起こそうとするゼイフォンを嘲笑うかの様に、胸部を踏みつけると再び地へと叩きつけていた。

 

 

 

 

 ブリッジの皆の目に映るのはボロボロのゼイフォンの姿、モニターのゼイフォンのステータス画面は既に危険域を示す赤に染まっている。

 

「このままじゃまずいんだな!! そ、そうだ、エプシオンカノンで……」

「馬鹿!! それじゃ、イチカまで吹き飛ばしちゃうわよ!」

 

 デロックは焦ったように主砲を起動させようとしたが、それをシスクが頭に拳を振り下ろす事で制止させる。

 

「でも、このままじゃイチカが殺されるんだな!」

 

 慌てながらデロックが指し示す先では、両碗を失い、今も胸部……コックピットを踏みつけられるゼイフォンの姿が見える。理由は分からないが、レイオードは一夏に狙いをつけている様で、今も嬲る様にゼイフォンを踏みつけ、皆がこうしている間にもレイオードの足は徐々にゼイフォンの胸部に沈み込んでいる。その様子をみて身を硬くしたユミールだったが、それを破る様に艦長の声が響いた。

 

「うむぅ!!」

「は、はいっ! シスク!! 皆の状況は!?」

 

 艦長の言葉で我に帰ったユミールの言葉でブリッジ前面の映像が切り替わる。新たに映し出されたのは他の聖霊機の戦闘状況だ。映し出されたと同時にシスクの声が響く。

 

「聖霊機各機が、継続して攻撃を行っていますが、レイオードに対してまるでダメージを確認できません!! 機体表面に張られた膜の様な物で弾かれています!!」

 

 シスクにより映し出された映像では、聖霊機達はガドランの猛攻を掻い潜りながらもが攻撃を続けているが、レイオードは尚も平然としている。ガドランの攻撃はカイン達の機体にも及んでおり、損傷した機体で応戦しているが、捌くので手いっぱいの様子だ。それに加え、撃破したと同時に倍以上の敵機が飛来する為、聖霊機も思うように動けない様だ。現状を打破するべくブリッジにて方法が模索されるが、どうにもすることが出来ず、皆の怒号のみが響いていた。

 

 

 

 だが、そんな皆の喧騒をよそに、一人静かにモニターを見つめる者がいた。マドカである。傍目には冷静に現状を見つめている様に見える彼女だが、内心ではこの場にいる誰よりもその心は混乱していた。

 

(殺される……誰が、一夏がか?)

 

 彼女は唯、余りの事態に理解が追いつかないだけだった。レイオードにゼイフォンが叩き伏せられ、剣を突き立てられた姿を見た時、彼女の心臓は跳ねた。以前の組織にいた時の、まわりは全て敵と認識し、心を凍らせていた彼女であれば耐えられただろう。だが、今の彼女は違う。やりたいことも出来た、それを共に目指す友人もいる。それを支え、導いてくれる先輩もいる。そして自分を受け入れてくれる家族が、一夏がいる。以前とはまるで違う環境、温かい仲間がいる事に比べれば異世界にいる事等、些細な事でしかなかった。その一つが今目の前で失われようとしている。その事が彼女の心をかき乱す。

 

「……やめろ」

「マドカ?」

 

 マドカがやっとの事で絞り出した声はユミールの耳に届いた。怒号の響く中、明らかにその声は異質だった。振り向いたユミールの目に映ったのは明らかに平静ではないマドカの姿だ。

 

「やめろ……やめろ! やめろ!! やめてくれ!!!」

「マドカ! 落ち着いて!!」

 

 ユミールの制止も振り切り、マドカはブリッジ全面のガラスに張り付き、一心不乱にガラスを叩きながら叫び続ける。その様子は普段の彼女とは明らかに違い、完全に我を忘れている。

 

「一夏! 何をやっている!! 起きろ!! 逃げろ!!」

「デロック! マドカを連れ出して!!」

「分ったんだな!! さ、こっちへ来るんだな!!」

 

 シスクから頼まれたデロックが錯乱するマドカを強引にブリッジから連れ出そうとするが、マドカは拘束から逃れようと、もがぎ、尚も叫び続ける。

 

「何をする! は、離せ!! 一夏……一夏が!!」

 

 連れ出されるマドカを見ていたユミールであったが、皆の叫びに再び視線を戻した。そこで目にしたのはゼイフォンを踏みつけ、その手の大剣を振り下ろさんとする、レイオードの姿だ。とどめを刺すつもりだ、誰もがそう思い、声を挙げていた。

 

「オリムラさん!!」

 

 そして、同じように、ユミールの叫びがブリッジに響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆……くっ」

 

 踏みつけられ、拉げていくコックピットの中で一夏は呻いた。攻撃に晒されながらも自分を助けようとする皆を見て、今まで沸騰していた思考は急速に冷えた。そして自分の招いた事態を、自分がやろうとした事を思い、顔を歪め自問自答する。

 

「何をやってんだよ、俺は! カッとなって一人で突っ込んで……違うだろ! 俺がやりたいのは、相手を叩きのめす事じゃないだろ!」 

 

 彼が憧れたのは自身を〝守ってくれた″姉の姿であり世界最強と言われた〝力を振るっている″姿ではない。一夏が目指しているのは守る事だ。決して気に入らない相手を叩きのめす事ではない。確かに、時には力が必要な時もあるだろう。だけど、それも過ぎれば唯の暴力でしかないのだ。気に入らないと言う理由で、拳を振り挙げるだけでは目の前のゼ・オードや今まで戦ってきたテロリストと何も変わらない。さっきの一夏はまさにそれだ、相手の言動が気に食わないからと言うだけでカッとなって仲間の制止を振り、切りかかった。気に入らない相手を力で叩き伏せる等、それは一夏のなりたい姿からは程遠いものだ。

 

「あの子は命を懸けて、俺たちに後を託したのに……俺はこんな!! 終わりたくない、俺はまだ、誰も守れてないんだ!―――!?」

 

 その事を思い知り一夏は自己嫌悪に陥る。最悪のタイミングでその事に気づいた彼は操作球を握りしめ強く願う。だが、今更ながらの願いであった……と、その時、その思いに反応したのか、再びの異変が起こる。

 

「―――なんだ、また!?」

 

 それは共鳴結晶。それはこれまでにない程の強い音を放ち、溢れだした光は止まることなく膨れ上がる。コックピット内は光に満たされ、やがて、内部からの光に耐え切れなくなったかのように結晶は光りとなって四散する。

 

 それと同時に異変は外部でも起こっていた。巨大な塔の周囲に配置された小さな塔が同じように弾け飛ぶ。真先にそれに気づいたのは戦闘を行っていた聖霊機だ。

 

「何が起こっているの!!」

「これは、一体!」

「そんな、まさか……なぜ、あれが!!」

 

 それを確認した皆は敵機を捌きながらも目の前で起こっている事態が分からず声を上げる。だが一人、それがどういう事か分かっているのか、カインは機体の各所を軋ませレーヴェを立たせながらその塔を見つめ、驚愕の声を上げる。

 その間にも巨大な塔の内部からエネルギーが発せられ、枷から解き放たれたかの様にその力は膨れ上がっていく。

 

「ふん、やっとか……」

 

 そして、その反応をレイオードのコックピットで観測した男はゼイフォンにはもう目もくれず、その先を見詰めると口の端を吊り上げ、呟いた。

 

 

 

 閉鎖された空間いそれはあった。今迄、それを縛り付けていた封印が消え、機関が動きだした事でその機体全体へエネルギー供給が始まる。四肢に力が籠り、暗闇の中でその双眸にどこか禍々しい赤い光が灯る。やがて、それが発する余剰エネルギーは外部へと溢れだし、巨大な光の柱となって空を貫いた。

 

 

 その場にいた全ての人間が、無人機であるガドランさえも時が止まったかのように静止し、天を貫く巨大な光の柱を見上げる。それはレイオードのコックピットに座る男も例外ではない。そして、その声に万感の思いを込めて呟いていた。

 

 

「ようやく動いたか……ライブレード!」

 

 

 

 

 

 

 

 

~番外編・その頃のラウラ~

 

 

 そこは、もうもうと湯気が立ち込める場所。そこにいるのは一糸纏わぬ姿で湯に浸かる二人の少女だ。一人は銀髪の少女、ジグリム軍少尉、ラウラ・ボーデヴィッヒ。もう一人はクルル・バーグリー、その名からわかる通り、ラウラの上官であったグラードの娘である。ちなみに現在12歳、ぱっちりとした目が特徴の活発そうな少女である。此処はジグリムとヨークの国境のコルネル村だ。その名物である温泉にてリラックスして湯に浸かるクルルに対して、ラウラは何処か表情が硬い。それを不思議に思ったのか、クルルは首を傾げながらラウラに問いかける。

 

「如何したの、お姉さん。なんか暗いよ?」

「いえ、何でもありません。クルルお嬢様」

 

 その言葉にラウラは丁寧な口調で返答するが、ラウラの口調が気に入らなかったのか、クルルは頬を膨らませる。

 

「むう……お姉さん、かた~い。クルルでいいよ?」

「いっ、いえ! 奥様もそう仰っていましたが、そう言う訳には……」

 

 ラウラの上官であるグロウスターは規律や礼節には特に厳しい。目上の者に不遜な態度を取ろうものなら、問答無用で鉄拳制裁だ。そんな事もあり、ラウラに口調を崩すのを躊躇わせる。さすがに本人達が良いと言っているならば、問題は無いのだが、ラウラにとってクルルとその母であるトーラは尊敬する上官の家族である。その家族の前でいい恰好をしたいと思うのはしょうがない事だろう。まだまだラウラは若いのだ。そう考えるのも仕方が無かった。

 

「むぅ、ま、いっか」

「……ふう」

 

 クルルが話題を切り上げた事にラウラはほっと息をつく。なぜ、ラウラがこのような事になっているのかと言うと、今回ラウラに言い渡されたのは体の良い休暇だったのだ。暫く前にコルネル村に到着したラウラは上官の家族に手紙を渡した後、その事を聞かされ唖然としたものだ。言われるまま食卓に招かれ、その後、母親から村を案内する様に言いつけられたクルルの後に付いて村を巡り、最後にコルネル村名物の温泉へ案内されクルルにせがまれ入浴、現在に至る訳である。上官からの最後の任務だと意気込んでいたラウラは少々脱力していたのだが、ふと思い至った事があり感慨深げに周囲を見渡す。

 

「これがコルネル村の……ジグリムの日常なのだな」

 

 ジグリムに来てからと言うもの、ひたすら訓練に軍務にとまい進してきたラウラにとって、これが初めて目にする国民の生活という事になるのだ。国民を守るための軍に所属しておきながら国民の生活を何も知らなかった自分を恥じて、一人落ち込んでいたのだ。ましてやドイツにいた頃など言わずもがなである。

 

「栄光あるジグリムと事あるごとに言いながら、何てざまだ」

 

 また一つ、覚えるべき事が出来たラウラはやる気を滾らせるが、今は上官から命じられた事が休暇である事を思い出す。上官が折角与えてくれた機会を無駄にするわけにはいかない。今は身を休め、また明日から全力で軍務にまい進すればいい、今もヨークで軍務に励む同志を思うと少々心苦しいラウラだったが、その思いを振り払うように頭を振るうと、肩まで湯に浸かる。

 

「……まるで、疲れが湯の中に溶けていく様だ。折角、少佐が与えてくれた機会だ。堪能させて頂こう」

「? なんだろ? あれ……」

 

 その時、耳に届いた声にラウラはクルルへと視線を移す。当のクルルは湯から身を上げ、ある方角を見つめているのだが、ラウラがその視線の先に目をやる事は無かった。なぜなら目に入ったクルルの身体に、同年代のそれより若干女らしいそれを見て湧き上がってくる奇妙な敗北感に頭を捻っていたからだ。だが、今やるべきことは休む事だと思い出した彼女はその奇妙な思いを払拭する様に目を瞑ると、その身を更に湯に預ける。そして今までの苦労も苦難も全て吐き出す様に呟いた。

 

「はあ、ほっとするな……」

 

 はるか彼方に屹立する、今にも消えそうな、か細い光の柱をクルルが不思議に見つめるその横で、ラウラは心の底からそう呟いていた。

 




 クロスさせている作品の特性上ヒロインを増やすべきなんでしょうが……まあ、いいか。これでまた一夏に友人が増えました。ちなみに私に男×男の趣味はありませんので、念のため言って置きます。

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